「法」』について
著者
芦野 訓和
著者別名
Norikazu ASHINO
雑誌名
東洋法学
巻
61
号
2
ページ
121-140
発行年
2017-12
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00009277/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止《 講 演 》
連続シンポジウム『デジタル社会における「人」
と「法」』について
芦野 訓和
Ⅰ.はじめに ここに掲載する一連の論稿は、2017年 3 月14日、15日の二日間にわたり東洋 大学において開催された連続シンポジウム『デジタル社会における「人」と 「法」』の報告にもとづいている。シンポジウム登壇者は両日共に、基調報告者 マーティン・シュミット=ケッセル(バイロイト大学)、翻訳兼通訳者藤原正 則(北海道大学)、コメンテーター宮下修一(中央大学)、そして司会・コー ディネーター芦野訓和(東洋大学)である。 シンポジウムは当日開始時に配布された原稿および翻訳、コメントレジュメ をもとに行われた。 1 日目の内容は、Marin Schmidt-Kessel” Die Richtlinien über Digitale Inhalte-Vertragstypen und Verantwortung für Mangel-“、藤原正則訳「デジ タルコンテンツに関する(EU)指令―契約類型と瑕疵に関する責任―」、宮下 修一「『デジタルコンテンツに関する(EU)指令―契約類型と瑕疵に関する責 任―』に関するコメント」であり、 2 日目の内容は、Martin Schmidt-Kessel und Anna Grimm” Unentgeltlich oder Entgeltlich? - der vertragliche Austausch von digitalen Inhalten gegen personenbezogene Daten”、藤原正則訳「無償か、有償か? ―個人データを対価とするデジタルコンテンツの契約による交換」、宮下修一 「『無償か、有償か?―個人データを対価とするデジタルコンテンツの契約によ る交換』に関するコメント」である。 シンポジウム当日は学内外の多くの研究者の参加を得ることができ、長時間 にわたり活発な議論が行われた。それらの内容につき、改めてここでコメント デジタル社会における「人」と「法」①を述べることは屋上屋を架すことになりかねない。そこで本稿では、本シンポ ジウムの開催に至った経緯および背景について簡単に説明し(Ⅱ)、また、本 シンポジウムの基礎的素材である「EU デジタルコンテンツ指令提案」公表後 に開催された第71回ドイツ法曹大会での議論の概要を示すこととし(Ⅲ)、今 後の研究の一助としたい。 Ⅱ.本シンポジウムの背景および開催の経緯 1 .本シンポジウムの背景 本シンポジウムは平成28年度井上円了研究助成(海外協定)、テーマ『デジ タル社会における契約当事者としての「人」と「法」』(研究代表者:芦野訓 和)にもとづくものであり、東洋大学法学会との共催により開催された。 研究代表者である芦野は、2014年 4 月より 1 年間、本務校である東洋大学の 在外研究制度を利用し、ドイツ・バイロイト大学消費者法研究所(所長マー ティン・シュミット=ケッセル)において客員研究員として在外研究を行っ た。当初研究の主眼のひとつにおいていたのは、有形無形を問わない取引目的 物に関するさまざまな瑕疵概念についてであった。それらの問題につき、シュ ミット=ケッセル教授や他の研究者と議論をするうち、今日のデジタル化され た社会においては、デジタルコンテンツの瑕疵についても研究すべき必要性を 強く感じるようになった。それまでもコンピュータプログラム製作契約につい ての論稿の中でその瑕疵について若干の検討を行ったことはあったが、問題意 識を提示するにとどまっていた( 1 ) 。今日の技術の発展はすさまじく、コン ピュータプログラムについては、記憶媒体を用いたソフトの引渡し・利用とい う形態にとどまらず、ダウンロード、さらにはクラウド上でのソフトの完成・ 利用などの新しい方法が登場するようになってきており、それらに対応すべき 新しい視点からの研究が必要であると考えていた。さらに、 2 日目の講演でも ( 1 ) 拙稿「コンピュータプログラム製作における仕事の完成と瑕疵(平成14・ 4 ・22東京地判)」 私法判例リマークス29号30頁(2004年)、同「ソフトウェア開発委託契約」椿寿夫・伊藤進編『非 典型契約の総合的検討』(別冊 NBL142号)(2013年)など。
引用されているが、当時博士論文を執筆中であったカルメン・ラングハンケ氏 の研究(「給付としての個人情報」)に触れ、その着眼点に深い興味関心を持っ た。 周知の通り、20世紀末頃から始まったデジタル革命は、21世紀に入り発展の 速度を加速し続けている。さまざまな技術が発展し、それに伴う社会基盤が調 うことにより、人々の生活はデジタルネットワークなしでは成り立たないもの となっている。たとえば、現在では多くの人々がインターネットを用いた通信 販売、通信役務(たとえば語学授業など)を利用し、また、SNS を利用した 交流、さらには取引を行っている。このような社会状況に対し、わが国の法整 備は十分とはいえないだろう。研究面においても、これらの新たな社会現象に 対して、どちらかと言えば、これまでの伝統的な理論を基礎に対応するものが 中心であり、そのような方式では必ずしも新しい問題には対応できていないよ うに思われる。さらには、たとえば、多くの SNS の利用において、人々は(金 銭の支払という点では)無料でそのコンテンツを利用することが可能である が、その前提として、氏名・生年月日などの自己の個人情報を入力する必要が あり、この場合、SNS 開設者・利用者との間にどのような法的関係が生じる のか、SNS 開設者は利用者の個人情報をどこまで、どのように利用できるか (約款は存在するが)、等についてのわが国の研究をみつけることはできない。 視点を外国に向けてみるならば、EU の活発な動きがある。EU 委員会は、 2015年 5 月、加盟各国で異なっているデジタル市場の規制などの障壁を取り払 い、EU 圏内におけるデジタル市場を統合することを目指し「デジタル単一市 場戦略」( 2 ) を発表した( 3 ) 。この「デジタル単一市場戦略」は 3 つの行動目標か ら成っている。ひとつは「欧州にまたがるデジタル商品及びサービスに対する
( 2 ) Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions - A Digital Single Market Strategy for Europe, COM (2015)192 final.
( 3 ) 本戦略の概要およびそこに至るまでの EU の動きを解説するものとして、カライスコス=寺川 =馬場・後掲注 4 )367頁~370頁。
消費者と企業のアクセスを改善すること」であり、そのためには、国境を越え たオンライン活動の障壁を打破するために、オンラインとオフラインの世界の 相違点を迅速に除去する必要である。そしてもうひとつは「デジタルネット ワークと革新的なサービスが繁栄していくための適切な条件と公平な競争の場 を創り出すこと」であり、そのためには、イノベーション、投資、公正な競争 および対等な競争のための適切な規制条件によってサポートされる高速、安全 で信頼できる基盤とコンテンツサービスが必要である。そしてさらには「デジ タル市場の成長可能性を最大化すること」であり、そのためには、クラウドコ ンピューティングやビッグデータなどの ICT 基盤およびテクノロジへの投資 が必要であり、そして、よりすぐれた公共サービス、包括性そして技術ととも に、産業競争力を高めるための研究と技術革新が必要である、とされている。 そこで示されたタイムテーブルに沿い、同年12月には 2 つの提案が公表され た。ひとつは「デジタルコンテンツ供給契約の一定の側面に関する欧州議会及 び理事会指令提案」( 4 ) であり、もうひとつは「物品のオンラインその他の通信 売買契約の一定の側面に関する欧州議会及び理事会指令提案」( 5 ) である。これ らについては、公表から時間を空けずにわが国でも邦語訳が発表され、多くの 研究者の興味関心を引いており、また、前者の内容については、 1 日目のシン ポジウム報告でも紹介されている。 これらの EU の動きを受け、EU 域内のドイツにおいても、デジタル社会に 対する法律面での議論が活発化している。2016年 9 月13日から16日にわたりド イツ・エッセンで開催された第71回ドイツ法曹大会では、民法部会において
( 4 ) Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on certain aspects concerning contracts for the supply of digital content, COM (2015) 634 final. 邦語訳として、カライスコス・アン トニオス=寺川永=馬場圭太「デジタル・コンテンツ供給契約の一定の側面に関する欧州議会及 び理事会指令提案」関西大学法学論集66巻 2 号367頁(2016年)。
( 5 ) Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on certain aspects concerning contracts for the online and other distance sales of goods, COM (2015) 635 final. 邦語訳として、カラ イスコス・アントニオス=寺川永=馬場圭太「物品のオンラインその他の通信売買契約の一定の 側面に関する欧州議会及び理事会指令提案」関西大学法学論集66巻 3 号722頁(2016年)。
「デジタル経済―アナログ法―ドイツ民法典はアップデートが必要か―」とい うテーマで議論が行われた。その際には報告者より、デジタル社会の発展に追 いついていないドイツ民法典の現状が指摘され、このようなデジタル社会に適 応した民法典の改正が必要か否かについて意見が交わされた(概要については 後述Ⅲを参照)。そこでは、本シンポジウムの講演者であるシュミット=ケッ セル教授も登壇し意見表明を行った。 一方、わが国においては、2001年 1 月、高度情報通信ネットワーク社会の形 成に関する施策を迅速かつ重点的に推進するために、内閣に「高度情報通信 ネットワーク社会推進戦略本部(IT 総合戦略本部)」が設置され、さまざまな 取り組みが行われてはいるが、EU やドイツのような新たな法的枠組みの構築 を目指すものは現時点ではみられない。 2 .本シンポジウム開催の経緯 前述の通り、筆者は平成28年度井上円了研究助成(海外協定)(テーマ『デ ジタル社会における契約当事者としての「人」と「法」』)を受けることがで き、民法の側面からデジタル社会と法について研究をする機会を得た。それに もとづき、前述の第71回ドイツ法曹大会に参加したほか、シュミット=ケッセ ル教授とも議論を重ねるとともに、わが国において今後の議論の基礎となるよ うな報告を依頼したところ快諾を得ることができた。テーマについては、前記 の趣旨に鑑み、EU およびドイツの現状と概要、さらに、主要問題の一つにつ いての報告を依頼した。 シュミット=ケッセル教授とはその後もメールでやりとりを行い、具体的 テーマ名を決定すると共に、開催時期について調整を行い、今回のテーマおよ び日程でシンポジウムを行うことになった。シンポジウムの開催にあたって は、ドイツ民法に造詣が深く、ドイツ語力も堪能で、すでにシュミット=ケッ セル教授とも交流のある北海道大学藤原正則教授に翻訳・通訳を依頼した。そ して、民法・消費者法の専門家であり、ドイツ法にも精通している中央大学宮 下修一教授にコメントをお願いし、東洋大学法学会の協力を得ることができ、
本シンポジウムを開催することができた。両氏には多忙な中、メールや電話で のやりとりや、事前の協議を経て可能な限りの準備を行っていただいたことに つき、ここに感謝したい。 Ⅲ.EU 指令提案後のドイツの動向―第71回ドイツ法曹大会 前述の通り、2016年ドイツ・エッセンで開催されたドイツ法曹大会では、ま さに本指令案の内容を含んだ議論が行われた。すでにドイツ語文献はいくつか 存在するが( 6 ) 、本稿では資料にもとづき議論の概要を以下に示すことにする。 1 .概要 民法部会のテーマは「デジタル経済―アナログ法―民法典はアップデートが 必要か」であり、その問題意識は以下の通りである( 7 ) 。 ドイツ民法典のような100年以上前の法典は今日のデジタル社会に適合 しているだろうか、あるいはアップデートが必要だろうか。私法分野で は、ますます進行する日常生活のデジタル化が問題である。 ドイツ民法典契約法の中心は、移転すなわち「現実の(real)」物の利用 の移転、あるいは、役務の提供である。これに対して、「デジタル社会」 においては、人はプログラムをインターネットからダウンロードするか、 あるいは、外部のサービス供給者が運営する IT インフラにアクセスす る。ときには、それに対して金銭を支払う必要がない。むしろその代わり に、供給者に個人情報を提供することにより「支払う」ことができる。ド イツ民法典は、このような取引にふさわしい規定を有しているだろうか。 新しい契約類型を追加する必要があるだろうか。あるいは、デジタルコン テンツのためのいくつかの特別規定(ドイツ民法312f 条 3 項( 8 ) )を制定す ( 6 ) 公刊された主なものについては、第 1 日目の講演録の注 6 )にあげられている。Martin Schmidt-Kessel, Die Richtlinien über Digitale Inhalte -Vertragstypen und Verantwortung für Mangel-, Fn. 6 . ( 7 ) 以下は、ドイツ法曹大会プログラム11頁からの邦語訳である。
るだけで十分だろうか。 デジタル製品は、書籍や録音媒体などの従来のメディアと異なり、品質 を損なうことなく無制限にコピーすることができる。したがって、著作者 の法的地位はまったく新しい攻撃にさらされている。著作者は、たとえば コンピュータプログラムやオーディオブックをインターネットから合法的 にダウンロードした人が、それをさらに転送することを防ぐことができる だろうか。もしできないならば、あるいは、そのデジタル製品が譲渡人に より消去されず、それゆえ「譲渡」が実際には複製を意味するという危険 があるだろうか。著作権法はどの程度まで遮断機になっているだろうか。 製品の性質に応じて異なるヨーロッパ法の規制が適用される。いくつかの EU 裁判所の判決にもかかわらず、未だ多くの点でなお未解決なままであ る。 記憶媒体からのデジタルコンテンツの分離は、最終的にはその保護に関 しても問題を投げかける。ドイツ民法823条 1 項( 9 ) は、物(Sachen)の所 有権を保護する。しかしながら、デジタルコンテンツは記憶媒体の所有者 には権利がない場合がしばしばある。たとえば、供給者の外部サーバに データが記憶されている場合である。記憶媒体が破壊された場合、あるい は、外部からの攻撃の結果データが消失した場合、データの所有者はどの ような方法で保護されるだろうか。この点に関し、ドイツ民法823条 1 項 の意味において、新しい保護法が規定されるべきだろうか。あるいは、不 ( 8 ) ドイツ民法312f 条 3 項「物理的なデータ記憶媒体上に存在しないデータであって、電子形態 で作成され、利用に供されるもの(デジタルコンテンツ)の提供に関する契約の場合には、前 2 項の規定による契約書の謄本又は確認書上に、必要に応じ、以下のことも記録しなければならな い。 第 1 号 消費者が、契約の履行前に、事業者が撤回期間の満了前に契約の履行を開始すること に明示的に同意したこと。 第 2 号 消費者が、契約の履行前に、その同意により、契約の履行の開始とともにその撤回権 を失うことを承知していることを確認したこと。」 ( 9 ) ドイツ民法823条 1 項「故意又は過失により、他人の生命、身体、健康、自由、財産、又はそ の他の権利を違法に侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する義務を負う。」
当な侵害からデジタルコンテンツを保護するために、ドイツ民法823条 1 項の意味において、まったく新しい絶対的な法が作り出されるべきであろ うか。 2 .提案 上記の問題意識にもとづき、提案および報告が行われた(10) 。紙面の関係上、 以下には提案(11) のみを示す。 Ⅰ.デジタルコンテンツに関する契約 1 .デジタルコンテンツが利用者にどのように提供されるかに左右され る適用可能な規定を制定することは意味がない(媒体の中立性の要請)。 2 .一定の種類の製品にのみ該当する契約への契約法の断片化は追求す るに値しない。したがって、デジタルコンテンツに関連するすべての 契約に共通の規律を創設するというデジタルコンテンツ指令提案のア プローチは疑わしい。意味のある規律は、製品の種類に応じて区別す るべきではなく、当事者が当該製品に関して負うべき義務に応じて区 別しなければならない。デジタルコンテンツに関する特別規定は、デ ジタルコンテンツの特殊性が特定の問題を提起する場合にのみ制定さ れるべきである。同様に、特定の消費者保護の観点が重要な場合にの み、消費者契約と他の契約は区別されるべきである。 3 .インターネット上で提供されるサービスに対する対価は、利用者が 供給者に対して、その情報を利用可能なものとし、その使用を許可す ることであってもよい。ただし、そのような合意は、連邦個人情報保 護法(BDSG)28条 3 b 項(12) の結合の禁止(Koppelungsverbot)により しばしば失敗する。それ以外の場合には、対価が存在するかどうかは
(10) Thesen der Gutachter und Referenten, S. 5 ff. http://www.djt.de/fileadmin/downloads/71/71_Thesen_ web.pdf
個人情報保護法の規定に基づき判断すべきである。すなわち、個人情 報の収集および使用が当該本人の同意なしに許可されている限りで は、供給者はその給付に対する何らの対価もこの個人情報の収集およ び使用により受け取ることはない。それに対して、個人情報保護法 上、利用者の個人情報の収集および利用に関する供給者の使用権限が 本人の同意にもとづいている限りでは、供給者の給付に対する対価を 意味する。これらの基準にもとづき、有償契約と無償契約とを区別す る必要がある。 4 .個人情報保護法上の同意の付与は、ドイツ民法107条(13) 、131条 2 項 2 文選択肢 1(14) の意味における法的不利益を意味する。それゆえ、制 限行為能力者は、該当する契約を締結するためには法定代理人の同意 が必要である。このことは、制限行為能力者が個人情報保護法上の同 意を単独で有効に行い得る場合にも同様である。未成年者に関する法 規範を、個人情報保護法において同意に対して適用される原則に適合 させる必要はない。 5 .個人情報保護法上の同意の付与がドイツ民法312条 1 項(15) の意味の 有償性を意味するか否かは、未解決のままかもしれない。というの (12) 連邦個人情報保護法28条 3 b 項「責任機関は、第 3 項 1 第 1 文の当該本人が、同意なしに同等 の契約上の給付にアクセスできない、又は、無理のない方法でアクセスできない場合には、当該 本人の不同意に契約の締結を依存させることはできない。そのような状況で認められた同意は無 効である。」 (13) ドイツ民法107条「未成年者は、単に法的な利益を得るだけの意思表示を除き、意思表示を行 うには、その法定代理人の同意を必要とする。」 (14) ドイツ民法131条 2 項「(「意思表示が行為無能力者に対して行われたときは、これが法定代理 人に到達するまでは効力を有しない」とする第 1 項は、(条文訳中のカッコ内は筆者による注釈 である。以下、同))意思表示が制限行為能力者に対して行われたときも同様とする。ただし、 意思表示が制限行為能力者に対して法的利益を与えるのみであるとき又は法定代理人が同意を与 えたときは、意思表示は、制限行為能力者に到達した時点で効力を発生する。」 (15)ドイツ民法312条 1 項「この款(第 2 款「消費者契約における原および特定販売形式」)の第 1 目(消 費者契約における適用範囲及び原則)及び第 2 目(営業店舗外契約及び通信販売契約)の規定は、 310条 3 項にいう消費者契約であって、事業者の有償の給付を目的とするものに限り適用する。」
は、この規範における対価性の要件が、EU 法に反し、削除されなけ ればならないからである。 6 .ドイツ民法によれば、無償の取引は一般的に軽減責任規準に支配さ れないため、この点に関しては、個人情報保護法上の同意の付与に対 価性があるかは関係がない。 7 .事業者の普通取引約款への包括的な合意は―それが明示であったと しても―追加の対価の合意としては不十分であり、規範の要件を満た さない合意は無効ではなく単に消費者を拘束しないことを、ドイツ民 法312a 条 3 項 1 文(16) に明記すべきである。 8 .契約にもとづき事業者により消費者に利用が認められたデジタルコ ンテンツを、消費者が撤回権行使後も削除せず、それゆえこれを永続 的に無料で使用するという危険がある。事業者はこの点に関して保護 されなければならない。この保護に関する今日の制度は、デジタルコ ンテンツが有体の記憶媒体上で消費者に利用可能なものとされている かどうかに依存しており、したがって媒体の中立性の要求に反してい る。パッケージの開封やデジタルコンテンツへのアクセスボタンのク リックなどの行為を消費者が行う前に、そのような行為により撤回権 の期間が開始し、そのような行為が撤回権の消滅をもたらすことにつ いて明白に通知された場合には、消費者の撤回権を失効させる規定を 設ける必要がある。有体の記憶媒体により利用可能とされているので はないデジタルコンテンツの場合には、撤回権の期間は、消費者がデ ジタルコンテンツをオンラインで試す機会が与えられた場合にはじめ て開始すべきである。 9 .消費者に撤回権がある限りは、事業者は、(たとえば、消費者の個 人情報を使用する権利などのような)金銭でない反対給付を使用する (16) ドイツ民法312a 条 3 項 1 文「事業者は、主たる給付に対し約定された対価を超えて消費者が 支払を行うことを内容とする合意を、消費者との間で明示的にのみ行うことができる。」
ことができないことを命ずべきである。さらに、消費者から事業者に 提供された個人情報の返還に関しても法律上の規定が制定されるべき である。このことは、撤回権の場合だけでなく、契約終了のいかなる 形態においてもあてはまる。 10.ドイツ民法312j 条 2 項(17) は修正しなければならない。事業者が同 条 3 項(18) の義務に違反した場合にも、312j 条 2 項にもとづく契約が 発生するはずであるが、この場合、消費者は契約に拘束されない可能 性がある。同条 5 項 1 文(19) は削除すべきである。 11.利用者(Erwerber)にデジタルコンテンツを終局的に有償で提供す る義務は、売買契約に支配され、デジタルコンテンツが永続的な記憶 媒体で利用可能となっているか否か、支払が金銭で行われたのかそれ とも個人情報の使用についての同意で行われたか否かに左右されな い。デジタルコンテンツに関する契約について、売買法上の特別類型 を作り出すことは適切ではない。 12.賃貸借法にドイツ民法453条 1 項(20) に相当する規定をおくべきであ る。それにくわえて、賃貸借の期間中に貸主が目的物であるデジタル コンテンツを変更する権利をいつ有するかを規定すべきであり、そし て、デジタルコンテンツに関する賃貸借の解約期間を規定すべきであ (17) ドイツ民法312j 条 2 項「事業者は、有償の給付を対象とする電子取引による消費者契約に際し て、消費者に対し、消費者が注文する直前に、民法典施行法第246a 条パラグラフ 1 第 1 項第 1 文第 1 号、第 4 号、第 5 号、第11号及び12号の規定にしたがった情報を、明確かつ理解できるよ うに、明示的な方法で提供しなければならない。 (18) 同条 3 項「事業者は、消費者が、支払の義務を負うことになることを注文とともに明示的に確 認できるよう、前項の規定による契約の際の注文環境を形成しなければならない。注文がクリッ クボタンによって行われるときは、前文の規定による事業者の義務は、このクリックボタンが「支 払義務を負って注文する」との文言により又はこれに相応する一定の表現により、読みやすく示 されているときに限り、履行されたものとする。」 (19) ドイツ民法312j 条 5 項 1 文「契約が、もっぱら個人的なつながりにより締結されるときは、第 2 項から前項までの規定は、適用しない。」 (20) ドイツ民法453条 1 項「物の売買に関する規定は、権利及びその他の売買について準用する。」
る。 13.デジタルコンテンツ契約のために新しい契約類型を創設する必要は ない。 Ⅱ.インターネット上の無料サービス利用の際の責任 14.インターネット上で無料サービスを利用する際に、供給者と利用者 との間に契約関係があるかどうかは、個々の事情のあらゆる状況にも とづいてのみ決定することができる。債務関係は契約の状態によって 生じる可能性がある。しかし、当事者意思の擬制は避けなければなら ない。対応する当事者意思がない場合には、ドイツ民法311条 2 項(21) 3 号が法律上の債務関係を形成することができる。 15.そのような契約関係に起因する義務の決定に際しては、供給者の態 様、利用者のための適切なサービスの意義、供給者のあり得る商業的 利益を考慮する必要がある。法律上の規定の必要性はない。 Ⅲ.個人情報の保護 16.個人情報は現行法により既存の債務関係の範囲内で適切に保護され ている。しかし、個人情報が、個人情報の紛失または変更により損害 を受ける者が所有も占有もしていない記憶媒体に記録されている場合 に関し、不法行為法には多くの欠陥がある。この脆弱性は、個人およ び事業者の両方にとって価値のある個人情報という重要な観点により 埋められるべきである。 (21) ドイツ民法311条 2 項「第241条第 2 項の規定による義務をともなう債務関係は、次に掲げる行 為によっても生ずる。 1 .契約交渉の開始 2 .当事者の一方による、何らかの法律行為上の関係で、相手方に対して自己の権利、法益及 び利益に影響を及ぼす可能性を許可する契約、又は相手方に対してこれらを委託する契約の着手 3 .同様の取引上の接触
17.「自己の個人情報に関する権利」は、ドイツ民法823条 1 項に適合し ない。それゆえ、判例によりその他の権利として認められるべきでは ないし、法改正により823条 1 項の例示に補充されるべきでもない。 18.個人情報はドイツ刑法303a 条(22)の方法による保護法の制定により 保護されるべきである。この保護法は、対応する作為義務のみを定め るべきである。過失によるこの義務の違反は、ドイツ民法823条 2 項 2 文により、不法行為法上の損害賠償請求がなされるだろう。 3 .決議 提案、報告に続く議論の結果、以下のような決議がなされた(23) 。以下には採 択されたもののみ内容を示す。 A.デジタルコンテンツに関する契約 Ⅰ.基本的問題 1 .(案 b)デジタルコンテンツを利用者がどのような方法で利用でき るようにするかによって法的規制を区別すべきかについては、デジタ ルコンテンツの提供の方法により特別な問題が生じた場合にのみ特別 規定をおくべきである。 2 .ドイツ民法典中にデジタルコンテンツに関する新たな契約類型を創 設すべきではなく、デジタルコンテンツの特性により特別な問題が生 じた場合の特別規定を挿入すべきである。 3 .デジタルコンテンツの契約が継続的債務関係の性質を有する場合に (22) ドイツ刑法303a 条「第 1 項 (第202a 条第 2 項の)データを、違法に消去し、削除し、又は、 使用不可能もしくは改変した者は、 2 年以下の禁固又は罰金に処する。 第 2 項 未遂はこれを罰する。 第 3 項 第 1 項の犯罪の準備については、第202c 条を準用する。」
(23) Beschlüsse des71.Deutschen Juristentages Essen 2016, S. 5 ff. http://www.djt.de/fileadmin/ downloads/71/161213_71_beschluesse_web.pdf
は、立法者はそれぞれに固有の規定を制定すべきである。 4 .そのようなデジタルコンテンツの特質は、消費者契約と他の契約と の区別を正当化しない。 5 .(案 b)個人情報の使用は、個人情報保護法にもとづき当該本人の 同意によってのみ許可された場合に限り、対価の基礎とすべきであ る。 6 .契約の撤回あるいはその他の契約の終了の際に、利用者による提供 されたデジタルコンテンツの返還を可能とすることを供給者に義務づ ける法律上の規定を制定すべきである。 7 .未成年者法の規範を、個人情報保護法上の同意原則に適合させる必 要はない。 8 .(案 b)民法典中にデジタルコンテンツに関する固有の契約が規定 されない場合には、立法者は、ドイツ民法453条 1 項に相当する規定 を製作物供給契約についても制定すべきである。 (案 c)ドイツ民法90条(24) の物の概念をデジタルコンテンツに一般的 に拡張することが認められるかを立法者は確認する必要がある。(責 任法、財産法、強制執行法、そして破産法の結果)。 9 .賃貸借法 a)ドイツ民法典の賃貸借法おいては、453条 1 項は適切な規定とし て受け入れることができる。 c)デジタルコンテンツの賃貸借に関しては、特別な解約期間を設 定する必要がある。 10.インターネットでの無償のサービスの利用には特別な法律上の規定 は必要ない。 (24) ドイツ民法第90条「この法律において物とは、有体物のみをいう。」
Ⅱ.消費者契約 11.ドイツ民法312条 1 項(消費者保護の範囲)は、無償契約も含むよ うに改正する必要がある。 12.事業者の普通取引約款への包括的合意は―それが明示であったとし ても―、追加の対価の合意としては不十分であり、規範の要件を満た さない合意は無効ではなく単に消費者を拘束しないことを、ドイツ民 法312a 条 3 項 1 文に明記すべきである。 13.有体の記憶媒体で利用できないデジタルコンテンツの撤回期間は、 消費者がオンラインでデジタルコンテンツを試す機会が与えられたの ちに初めて開始すべきである。 14.記憶媒体の中立性要件にもとづき、事業者は、デジタルコンテンツ が提供される方法にかかわらず、消費者撤回権の行使の場合には、保 護されなければならない。それゆえ、撤回期間の開始後、消費者が、 自己の行為を通じてデジタルコンテンツへアクセスし、そのような行 為の前にその消失の理由を明白に通知された場合には、消費者の撤回 権を失効させる法律上の規定を設ける必要がある。 15.消費者契約に関しては、消費者が撤回権を有している間は、金銭で はない消費者の反対給付の使用(たとえば、消費者が利用可能とした 個人情報の使用)を事業者に禁ずる法律上の規定を制定する必要があ る。 16.電子商取引の締結 a)ドイツ民法312j 条 4 項は以下のように変更されるべきである。 事業者と消費者との間の契約は、事業者が同条 3 項の義務に違反し た場合にも成立するが、消費者はこの場合に拘束されない。 Ⅲ.瑕疵担保法 17.否決 18.供給者の義務
a)常に最新バージョンを供給するというソフトウェア供給者の一 般的な義務は、ソフトウェアの永久的な取得の場合には却下すべき である。デジタルコンテンツ指令草案は変更されるべきである。 b)供給者がアップデートを提供すべき一般的な義務も拒否される べきである。 c)デジタルコンテンツに対する継続的債務関係の範囲で、供給者 はその時々の最新の技術によりサービスを提供することを義務づけ られる。 19.ドイツ商法377条の通知義務は、それ自体 IT の領域では積極的では ない商人間の契約に際しては省略される。立法者は、同条のさらなる 制限を検討すべきである。 20.ソフトウェア契約に関しては、ドイツ民法363条(25) の代わりに、規 定に従った履行の証明を供給者の負担とする規定を制定すべきであ る。 21.否決 Ⅳ.継続的債務関係 22.給付障害法 a)継続的債務関係について給付障害に関する特別規定が適用され る限りは、旅行契約法のモデルによれば広範な瑕疵概念を含めるべ きであり、瑕疵、遅滞、あるいは付随義務違反のカテゴリーに区別 すべきではない。 b)障害を除去する方法(たとえば、助言、修理、新たな給付)の 選択権は、サービス供給者にあるべきである。 d)雇用契約の現行の規程とは異なり、減額権が与えられるべきで (25) ドイツ民法363条「債権者が提供された給付を弁済として受領した場合に、給付が債務の対象 と異なっていた又は給付が不完全であったため、その給付に弁済としての効力を生じさせること を債権者が望まないときは、証明は債権者が負担する。」
ある。 e)ドイツ民法438条 1 項 3 号(瑕疵担保権の 2 年の消滅時効)が適 用されるべきである。 f)デジタルサービスについて固有の契約類型が規定されない場合 には、立法者は少なくとも(a)から(e)の意味での障害障害法に 関する特別規定を制定すべきである。 23.解約権 a)デジタルサービス契約に関する契約の一般的な新規定の範囲に おいて、ドイツ民法314条(26) の規定は、暦月の終わりまでの 3 か月 間は、正規の解約権の規定により補われるべきである。 b)デジタルサービスに関して固有の契約類型が作成されていない 場合には、立法者は(a)の意味の特別規定を制定すべきである。 24.付随義務 a)デジタルサービス契約に関する一般的な新規定の範囲におい て、サービス供給者は、自らあるいはそのあとのサービス供給者が サービスの遂行のために必要とするすべての個人情報を、契約終了 の際に情報提供者に返還する義務を負うべきである。 b)デジタルサービスに関し固有の契約類型が規定されない場合に は、立法者は(a)の意味での特別規定を制定すべきである。 (26) ドイツ民法314条「第 1 項 継続的債務関係は、いずれの当事者も、重大な理由にもとづき、解 約期間を遵守することなく解約することができる。個々の事例のあらゆる事情を考慮し、双方の 利益を衡量した上で、約定された終期まで又は解約期間の満了まで契約を継続することが解約を 行う当事者に期待することができないときは、重大な理由が存在するものとする。 第 2 項 契約から生じる義務違反において重大な理由があるときは、是正のために定めた期間が 満了しても効果がなかったとき又は催告を行っても効果がなかったときに限り、解約が許される。 是正のための期間の定め及び催告を省略できることについては、第323条第 2 項第 1 号及び第 2 号の規定を準用する。是正のための期間の定め及び催告は、双方の利益を衡量した上で、直ちに 解約をすることを正当化する特別の事情が存在するときにも省略することができる。 第 3 項 権利者は、解約の理由を知った後、適切な期間内に限り、解約を行うことができる。 第 4 項 損害賠償を請求する権利は、解約によって排除されない。」
25.補充的サービス給付:否決 26.立法者は、B 2 B の領域における普通取引約款規制に関する第69回 法曹大会の議決を採用し、実施すべきである。(ミュラー提案) B.デジタルコンテンツの保護 27.既存の債務関係の領域においては、デジタルコンテンツの特別な法 的保護は必要ない。 28.不法行為法上の保護 a)不法行為法において、デジタルコンテンツの保護に関しドイツ 民法823条 1 項を補充する必要はない。「個人情報を所有する権利」 は同条同項の意味での「その他の権利」とみなすべきではない。 b)とりわけ、個人情報の紛失または修正により損害を受ける者が 所有も占有もしていない記憶媒体に記録され保管されたデジタルコ ンテンツを保護に関しては、ドイツ民法823条 2 項に関し過失によ る侵害の責任をもたらすドイツ刑法303a 条の方法による保護法を 制定すべきである。 C.ライセンス契約としてのデジタルコンテンツに関する契約 29.ライセンス契約を、売買、用益賃貸借、請負契約あるいは類似する 他の契約のような債務法上の義務水準に、一般的かつ内容的に分類す ることは、ライセンス契約の多様性、契約自由および知的財産法上の 方式自由に反する理由から除外される。 30.否決 31.デジタルコンテンツに関するライセンス契約の包括的な民法上の規 定は必要ない。その代わりに、個々の特別法において幅広い規定を制 定する必要がある。 32.権利の割当て(著作権、データ保護)と給付の交換(契約法)の機 能分離は、デジタルコンテンツにとっても重要である。給付の交換は
民法典に規定すべきである。 33.否決 以上のように、ドイツ法曹大会での議論は、前述のデジタルコンテンツ指令 提案を意識したものとなっている。内容的には本シンポジウムの両日の報告と 関連するところも多く、今後ドイツにおいてどのような議論が展開されるのか が注目される。 おわりに EU のウェブサイトによれば、デジタルコンテンツ指令提案は、2015年12月 の公表後もなお議論が行われているようである。とりわけ、適用範囲について の定めである第 3 条 6 項、そして継続的契約関係を解消する権利についての定 めである第16条について(27) は、2017年 4 月11日付で加盟国から意見書が提出さ れている(28) 。また、2017年 6 月 8 日、EU の理事会は、本指令の適用範囲、不 履行および適合性の欠如に対する救済手段、供給者の責任期間制限、証明責任 の転換の期限についての委員会の立場を採択した(29) 。 今後、本指令提案が、指令となり、EU 各国においてどのように国内法化さ れるかについては現時点では定かではないが、とりわけドイツにおいてどのよ うに収斂されていくのかは興味深い。 技術の発展は、新しい供給と利用、対価関係を生み出し、既存の契約類型や 法規範はそれらとの整合性の適否に直面している。また、技術の発展は既存の 枠組みを超え、一つの国内にとどまらない理論枠組み構築の必要性を投げかけ ている。わが国の契約法規範がどのように形成されるべきかについては、もち (27) 両規定の邦語訳については、アントニオス=寺川=馬場・前掲注 4 )を参照されたい。 (28) http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CONSIL:ST_8229_2017_INIT&from=EN (29) http://m.european-council.europa.eu/en/press/press-releases/2017/06/08/contracts-for-digital-content-supply/
ろんわが国の契約の実態に即して考えるべきではあるが、と同時に、いま目の 前で発生している同じ社会現象を他の国々がどのように解決するのかは十分参 考に値するだろう。本シンポジウムおよび本誌掲載の緒論稿が、デジタルコン テンツ契約研究に関する基礎資料となることを望み、また、筆者もさらに研究 を続けることを期し、むすびと代えたい。 本稿は、平成28年度東洋大学井上円了研究助成(海外協定)テーマ『デジタル社会における 契約当事者としての「人」と「法」』(研究代表者:芦野訓和)にもとづくものである。 ―あしの のりかず・東洋大学法学部教授―