南アジア研究 第29号 025学会近況・山下 里香, Choksi Nishaant, 吉岡 乾, 名和 克郎「英語テーマ別セッションⅡ」
4
0
0
全文
(2) 学会近況 英語テーマ別セッションⅡ Beyond multilingualism: New approaches to the study of contemporary…. なったため、実際には4名による発表が行われた。 まず吉岡乾は、自身の長年にわたる調査の成果に基づき、ブルシャス キー語(系統不明) 、ドマーキ語、シナー語(共に印欧語)など北パキス タンの諸言語の数詞におけるウルドゥー語からの借用の問題を論じた。 先行研究では、数詞の借用を、知覚の容易さや文化的優越から説明して きた。これに対して吉岡は、現地で用いられる数字との関係で言えば、 二十進法に基づく北パキスタンの諸言語の数詞よりも十進法的なウル ドゥー語の数詞の方が確かに直覚的であること、英語の数詞が電話番号 にのみ用いられることから単純な文化的優越の議論はこの地域に当ては まらないことを指摘した上で、二つの論点を付け加えた。その第一は、 北パキスタンの諸言語が大きな数を表す固有語彙を持たないこと(例え ばブルシャスキー語の最大の数詞は1000を意味する saa´ s、カティ語では 400を意味する azor) 、第二は、ウルドゥー語の数詞の方がより短く、経 済的であることである。さらに吉岡は、こうした現象は借用語なのか コード混交なのかコード切替なのか、また、言語使用領域に基づく多言 語性という議論が、 「語類」による言語使用領域という説明を許容する か、といった問いにより、ここで論じられた現象の複雑性を指摘した。 続いて山下里香は、モスク教室での子供達の教室内相互行為のトラン スクリプションに基づいて、日本におけるパキスタン人の子供達の言語 使用の詳細を論じた。多言語使用の社会言語学的研究においては、言語 がしばしば(例えば民族の言語対受け入れ社会の言語といった形で)二 項対立的に扱われてきたが、本発表で山下が注目するのは、そうした二 項的な図式からはこぼれ落ちる、彼女が「形式化された南アジア風日本 語」と呼ぶレパートリーである。山下の詳細な分析によると、子供達が、 日本語でもウルドゥー語でも英語でもなく「形式化された南アジア風日 本語」を用いるのは、自らを大人たちが教えようとする共同体の道徳的 社会的秩序に結び付けようとする場面に限られる。つまりこのレパート リーは、必ずしも特定の言語使用領域(domain)に対応する言語コード ではなく、特定のペルソナが持つ権力を指標する形式化された特徴の束 なのである。 続くチョクシと名和の発表は、共に南アジアにおいて「トライブ」と されてきた人々の言語がどのようにデジタルに書かれつつあるかを論じ たものである。ニシャント・チョクシが取り上げたのは、オーストロア 291.
(3) 南アジア研究第29号(2017年). ジア語族のサンタル語の文字化を巡る問題である。19世紀以降のサンタ ル語の書記化の歴史(ミッショナリーの用いたローマ字、デーヴァナー ガリー文字、東ブラーフミー[ベンガル]文字、サンタル語のために作ら れたオル・チキ文字)を概観した後、チョクシは近年のデジタル・コ ミュニケーションの増大に伴い、ローマ字による非標準的な文字使用が 増大していることを指摘する。こうした文字使用は多文字性の縮減を示 すように見えるが、ローマ字による書かれ方の変異を詳細に検討すると、 そこには従来存在してきた多様な書記法との選択的連続性が明確に存在 していることが判る。チョクシは、ベンガル語やヒンディー語には存在 しない語末の声門閉鎖音を例にそれぞれの書記法の文字使用と近年の Facebook でのローマ字使用との連続性を明らかにし、さらに近年刊行 された小冊子の分析から、オル・チキ文字で用いられた規範が文字を超 えて流通しつつある実態を解明した。そこにあるのは、特定の文字を用 いた特定の書き方が、別の文字による書法を指標する、という複雑な事 態である。 対して名和克郎は、人々自身が「ラン語」と呼ぶチベット・ビルマ語 族の一連の言語変種(通常ビャンス語、チョウダンス語、ダルマ語と呼 ばれる)がいかに書かれてきたかを論じた。ネパール極西部からインド、 ウッタラーカンド州東部のヒマラヤ地域を故地とするランの人々は、し ばしば「我々の言語にはリピ(文字、正書法)がない」と語る。しかし実 際には、過去数十年にわたり、かなり多くのランが、近代学校教育を通 じて学んだ文字(デーヴァナーガリー文字、ローマ字等)を用いて、自分 達の言語で書いてきた。ただし個々人が自分のやり方でアドホックに書 くため、書かれた文書の相互理解可能性は必ずしも高くなかった。近年 では Facebook 等の SNS 上で、ラン語がローマ字で書かれる場面が劇的 に増加しているが、そこでも、南アジア系語彙の英語風ローマ字表記に 対応する書き方(例えば/i:/を ee と書く)が優勢ではあるが、書き方 の揺れは依然として大きい。ただし、SNS 上においてこのことは大きな 問題を生じさせてはいない。問題が生じているのは、例えばラン語の定 型的な口承伝承を、文字を介して次世代に伝えていくといった、語彙に 関する共通了解を予め前提出来ない文脈においてである。 当日は、大会2日目の最後の枠であったためもあってか、セッション 参加者は10名ほどと多くはなかったが、各発表者により提示された資料 292.
(4) 学会近況 英語テーマ別セッションⅡ Beyond multilingualism: New approaches to the study of contemporary…. に基づき、本来の終了時間を超えて、詳細にわたる検討が熱心になされ た。指標性(indexicality)に代表される近年の言語人類学の主要な理論 的課題から、トランスクリプションに示された語の音声学的な詳細、さ らにはトランプのカードの数字の各言語での呼び方に及ぶ議論が、豊か な踏査経験を持つ様々なディシプリンの研究者によってなされたことは、 単なる情報交換を超えて、参加した全ての方々にとって刺激的なもので あったことを確信している。 もとより、南アジアの言語状況を巡っては、文献学、歴史学、文学等 様々なディシプリンにおいて多くの成果が挙がっている。対して本セッ ションは、言語学、社会言語学、言語人類学、社会文化人類学、という隣 接するディシプリンを基盤として、今まさに発話され、書かれつつある ことばに焦点を当てたものとして、本学会の歴史の中でも固有の意義を 持つものと確信する。他方、改めて振り返ってみると、多言語性を超え た言語状況の分析を行う試みは、個々の発話等の具体的な記述分析にあ たり、その前提として言語の体系性をある程度措定することが避けられ ないため、ある時点での通念に対してその都度新たな分析視角を提示す るといった形でしかなし得ないのではないか、という思いもある。 なお本稿は、他の参加者のやむを得ないご事情のため、一発表者に過 ぎない名和が、主に参加者相互の事前のやり取りや、報告要旨集、当日 のメモ等を元にして執筆し、山下、吉岡両氏に内容をご確認いただいた ものである。そのため本稿には、執筆者自身の学問的志向や能力の限界 による偏りが生じていることをお断りしておく。 やました りか ●関東学院大学 にしゃんと・ちょくし ●Indian Institute of Technology Gandhinagar よしおか のぼる ●国立民族学博物館 なわ かつお ●東京大学. 293.
(5)
関連したドキュメント
地蔵の名字、という名称は、明治以前の文献に存在する'が、学術用語と
「文字詞」の定義というわけにはゆかないとこ ろがあるわけである。いま,仮りに上記の如く
問題の中心は、いわゆるインド = ヨーロッパ語族 のインド = アーリヤ、あるいはインド = イラン、さ らにインド =
いずれも深い考察に裏付けられた論考であり、裨益するところ大であるが、一方、広東語
噸狂歌の本質に基く視点としては小それが短歌形式をとる韻文であることが第一であるP三十一文字(原則として音節と対応する)を基本としへ内部が五七・五七七という文字(音節)数を持つ定形詩である。そ
スキルに国境がないIT系の職種にお いては、英語力のある人材とない人 材の差が大きいので、一定レベル以
基本的金融サービスへのアクセスに問題が生じている状態を、英語では financial exclusion 、その解消を financial
さて,日本語として定着しつつある「ポスト真実」の原語は,英語の 'post- truth' である。この語が英語で市民権を得ることになったのは,2016年