セクシャル・マイノリティのアイデンティティ形成に関する質的研究 [ PDF
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(2) 伴って、動揺や混乱をきたすことが考えられる。その原. のは事実である(北丸,1997) 。. 因としては「正確な情報がない」「ロールモデルがいな. 同性愛者の存在自体が否認されてきた欧米の歴史と. い」 「社会からの偏見・差別」があると考えられる。. の比較を通じて、日本は同性愛に寛容な歴史/文化を持. そして、これらは「自分は世の中から受け入れられない. つという結論がよく導かれてきている。しかし、それは. 否定された存在である」という認識を形成し、自分の存. 同性愛者という主体を非在へ導くような、欧米的ではな. 在そのものの価値を低いものであると思い続ける危険性. いもうひとつの抑圧形態にほかならないことをヴィンセ. を生み出す。さらにそれは社会的にも感情的にも認識的. ントら(1997)は指摘している。1996∼1997 年に行われた. にも孤独感を深めていくことになり、これが自殺や精神. 「ノンヘテロセクシュアル(非異性愛)女性の性意識調. 病理へと結びついていく可能性も否定できない。. 査アンケート」 (性意識調査グループ,1998) によると 「ヘ テロセクシュアルではない、または性自認が女性ではな. <内面化されたホモフォビア>. いということで、差別されていると感じることがある」. 異性愛者と同様にレズビアンやゲイ男性も文化的に公. と答えた女性が 46.1%存在した。そして「差別されてい. 認されている反同性愛バイアスをもたらされている. ると感じるのはどのような時か」との問い(自由記述). (Malyon,1981,1982,1982)。. には「TV などで、ニューハーフやレズをネタにしたも のを一緒に見ているときに、自分たちにはまるで関係の. 幼いときに「周りとは違っている」という意識 ↓ その意識は否定的に見なされていることを学習 ↓. ない、人間以下のもののように言われるとき」といった マジョリティにも明らかに差別であると分かる回答があ った。だが、他方で「メディアにおいて親子または家族 が一番の幸せだと強調されているところ」「同性愛は不. 同性指向に対する否定的な社会の反応を理解し、. 自然だとか文明病だとか、幼い頃に傷ついているからな. 自己イメージに取り入れられる. るのだとか、非難や間違った解説を聞かされるとき」と いった回答もあった。これらの回答はマジョリティの側. こうして自己イメージとして取り入れられたホモフォビ. が差別と明確に自覚していない言動であってもマイノリ. アは「内面化されたホモフォビア」と呼ばれ、 「他者の同. ティが差別であると感じているケースが存在することを. 性愛に対する否定的な態度や感情と自分自身の同性愛の. 示す例である。. 特徴に対する否定的な態度や感情が 1 セットになったも の 」 (Shidlo,1994) 、「 レ ズ ビ ア ン や ゲ イ 男 性 自 身 の gayness に対する否定的な感情」(Herek ら,1998)と定義. これらの知見をまとめると、図 1 のようなモデルがあ ることが想定される。. されている。 ホモフォビアの内面化は異性愛主義者や反ゲイ社会. <日本のセクシュアル・マイノリティ研究の現状>. の中でのほとんど全てのレズビアンやゲイ男性にもたら. 欧米ではセクシュアル・マイノリティに関する学術誌. さ れ る 発 達 的 な 出 来 事 で あ る (Fortein,1988;. が発行されるなど、研究が活発に行われている。だが、. George&Behrendt,1988;Gonsiorek,1988;Sophie,1988) 。. 日本では社会学の領域を中心に若干の研究が行われてい. 内面化されたホモフォビアはしばしば心理的な苦悩の重. るものの、心理学的な視点から行われた研究は非常に少. 要 な 原 因 と な る (Committee on Lesbian and Gay. ない。つまり、日本にいるセクシュアル・マイノリティ. Concerns,1991;Gonsiorek,1982;Malyon,1982)。. を心理学的視点から捉える枠組みがまだ存在していない というのが実状なのである。以上のことを考慮し、本研. <日本は同性愛に対して寛容か?>. 究では量的なデータではなく、 質的なデータを採用した。. 欧米ではソドミー法などによって同性愛が犯罪化さ. 箕浦(1999)が「人の日常行動の背後にある文化は当人. れたという歴史がある。 ソドミー法とは 1965 年にニュー. さえ感知されないくらいその人の一部分となっているこ. ヨーク州で制定された同性愛行為に対する刑事犯罪法で. とが多く、質問紙調査や面接などのその人の意識を頼る. あり、1986 年にはアメリカ全州に存在、1997 年の時点で. ような研究方法では取り出せないことも多い。それを、. も 25 州で有効であった。 ソドミー法は同性愛行為のみを. その人の生きている文脈ごと抽出しようと試みるのがフ. 禁じていたが、同性愛者自体を生来の犯罪者としてみな. ィールドワークである」と述べているように、異性愛中. す風潮を生み、ソドミー法が差別と偏見の前提になった. 心主義社会というある種の文化の中にあるセクシュア.
(3) 社会 「差別するべきではない」という認識 ---------------------------------------------ホモフォビア (同性愛などに対する否定的態度). 3.結果 事例 1 T さん(関東在住/20 代/学生) 性自認:男性. 性的指向:男性. ・ゲイという自覚がないまま、成人同性愛者向けの映画 ――――――――――――――――――――――――― セクシュアル・マイノリティ. 館(いわゆる薔薇族映画)で出会った男性と性行為を 行う(高 1) 。 ・性的欲望の対象として男性を据えた話をする友人のこ. ホモフォビアの内面化. とを「ホモだ」と思ったことから、自分自身もゲイだ ろうと気付く(高 2) 。 ・ゲイ雑誌に載っていた記事の内容が自分に当てはまる. アイデンティティの混乱・葛藤. ので、このときに「自分はホモだ」とはっきり自覚し た(高校生) 。 ・その後は、薔薇族映画館へ行く、新宿 2 丁目へ行く…. メンタルヘルスの悪化. と行動の範囲を拡大(高校生∼大学生) 。 ・カミングアウトに関しては以前の環境では周囲がほぼ. 図1:セクシュアル・マイノリティのアイデンティティの葛藤. 知っている状態。現在はごく親しい人に対してのみ。. に関するモデル. 親は気付いていると思うが、はっきりと言ったことは ない。20 歳前後はゲイであることを隠していることに. ル・マイノリティに関わる言説を抽出するためには、研. ストレスを感じていたが、現在では「どっちもワタシ」. 究者が作ったフォーマットに沿ったデータを収集するよ. と考えており、ストレスに感じることはない。. りもフィールドワークの手法が適していると考えられる。. ・ゲイ・リブ(ゲイの権利獲得活動)は必要ない。権利. 本研究ではフィールドワークの一種としてライフヒスト. を求めると縛られる。マイノリティ優先の社会は生き. リーインタビューという形式を使った調査を行うことと. づらい。マジョリティ優先の社会を作った上で余裕が. した。. あればマイノリティのことを考えてほしい。 事例 2. <ライフヒストリーインタビューの利点> ライフヒストリーインタビューでは「個人の歴史」に 関する語りから、セクシュアリティに関するアイデンテ ィティ形成過程をより詳細に、また時系列的に辿ること を可能にすることが利点として挙げられる。また、個々. K さん(九州在住/20 代/学生) 性自認:男性. 性的指向:男性. ・近所に女の子が多く住んでいたことから女の子と遊ぶ ことが多かった。男の子の遊びが嫌いだった(幼児期) 。 ・男子を好きになるが「たまたまかな?」と思う(小 5). のセクシュアリティに関する情報量が増えることにより、. その後も好きになる相手が全て男性だったことから. セクシュアル・マイノリティという大きな枠組みから見. ゲイだと自覚する(小 6 頃) 。. るだけではなく、マイノリティの中に存在する差異を明 らかにすることが可能であると考えたためである。. ・ 「それ(ゲイ)っぽいね」とからかわれるが認めずに否 定していた(小 6) 。 ・ゲイであることを嫌だと思ったことはなく、認めたら. 2.方法 具体的な方法としては、被験者 3 名と個別に会い、ラ イフヒストリーを語ってもらうという調査を行った。 被験者は「 『性自認』は男性、 『性的指向』は男性」い わゆる「ゲイ」であり、3 名とも 20 代である。調査者は 被験者に対して特にあらかじめ質問を用意することなく 調査に臨み、被験者にこれまでの人生を振り返りながら 自由に語ってもらった。. 「変な目」で見られるのが嫌だったから否定していた にすぎない。ゲイであることは個性のひとつだと思っ ていた。 ・ゲイ雑誌の投稿欄をきっかけとして文通を始める(大 1) ・ゲイである友だちと過ごす時間が楽しいが、学校の友 だちとの付き合いも多い。 ・偶然が重なり、友だちにカミングアウトし、学校の同.
(4) 級生はほぼ知っている(大 4 頃) 。 ・家族にはカミングアウトできない。家族に嫌われるの は怖い。. 4.考察 Cass のモデルと今回の 3 名のライフヒストリーを比較 すると、決定的に異なる点が 1 つある。Cass は「段階 5:. ・差別されなくなったらもっとやりたいことが出来るの かもしれない。. アイデンティティの尊厳」で「 『同性愛者=良い、異性愛 者=悪い』と考える」ことを指摘しているが、今回の 3. 事例 3. 名の語りの中にはこのような善悪の二元論的な思考が現. G さん(関西在住/20 代/社会人). れていない。これは「日本の」男性同性愛者の特徴であ. 性自認:男性. るといえるのではないだろうか。. 性的指向:男性. ・意識的に「自分は男の子が好きやな」と思ったのは多 分 5 歳くらい。. Kさんは社会と同性愛者の関係について考えることが ほとんどなかったようであるが、Tさん・Gさんは考え. ・小学校低学年のとき「男の子が好きやから結婚でけへ. た上で全く別の結論を導き出している。これまでのセク. ん」と思ったことから社会に出ることを極度に恐れる. シュアル・マイノリティ研究は当事者による研究が多か. ようになる。 「何歳まで生きなあかんのかな」と思い. ったことなどからGさんのようなタイプの人間を典型例. 始め、この疑問は大学時代にゲイ・サークルに関わる. として描き出しているが、潜在的なゲイの中にはTさん. ようになるまで続く。結婚しなくてはならないという. のようなタイプが数多く存在している可能性がある。そ. 考えは本家の長男であることから発生している。. して、この 2 つのタイプへと分かれていく要因としては. ・小学校 4 年生まで非常におとなしい子どもだったが、. やはり「ホモフォビアの内面化」が関係しているように. これは「根本的に自分はなんか変やからみんなと交わ. 思われる。Tさんは比較的ホモフォビアを内面化するこ. って喋ってたらバレるのが嫌やった」というのが一因. となく、他のゲイ男性へと関わっていった。しかし、G. ではないかと考えている。. さんは幼少期にすでにホモフォビアを内面化し「何歳ま. ・大学時代、ゲイ雑誌の投稿欄をきっかけとしてゲイ・. で生きなあかんのかな」と思いながら成長し、その結果. サークルに参加したことから一気に世界が広がるこ. として「性の問題は人権問題」と考えるに至っている。. とになる。関西の大きなセクシュアル・マイノリティ. 3 名へのインタビュー以外に数名のゲイ男性と会話す. の団体の一部門の代表者を 2 年間務めた。. る機会があったが、その際興味深い話を聞いた。 「ゲイに. ・25 歳のときに父・母・親友の 3 人に手紙を書き、ゲイ. なるのは家庭に問題がある場合が多いと言うが、そうで. であることをカミングアウトした。母からは肯定的な. はない。家庭に問題があるが故に親から結婚を初めとす. 返事が返ってきた。親友はゲイであることに未だ触れ. る気体を課せられないで済むためにゲイとして生きるこ. ないが、友人関係が続いている。父はその当時「なん. とを選択できるのである」という話であった。つまり、. か変な手紙が来たけど、よう分からん手紙やったわ」. これはヘテロセクシズムが強調されることのない環境に. と他人事のように言ったが、その後、亡くなる 1 か月. あれば、ゲイとして生きていくという選択肢が現実的な. 前に訪ねていくと「お前ほんまにいいんか?」と質問. ものになるという可能性を示唆している。. を投げかけてきた。Gさんは「俺はすごく今一生懸命 生きてるし、別に全然人に恥じることをしているとは. 5.主要引用文献. 思ってない」と答えるが、これに対し父は「お前は自. Cass,V.C. 1984. Homosexual identity formation:. 分の好きなことをしたらいい」と言った。 ・家族らへのカミングアウトと同時期に職場でもカミン. Testing a theoretical model. Journal of Sex. Research, 20, 143-167.. グアウトした。これは職場が福祉系であることから、 自分がゲイであるということは、人々に人権について. 6.主要参考文献. 語りかけていく上でひとつの武器になるのではない. Cass,V.C. 1979. Homosexual identity formation: A. かと考えたからである。 ・性の問題は人権問題。それを社会が認めなければ生き ていくことの環境すら整わないと考える。ピア・サポ ートを行いながら社会に対して主張していくという セルフヘルプグループの重要性を認識し、活動を行っ ている。. theoretical model. Journal of Homosexuality, 4, 219-235. キース・ヴィンセント・風間孝・河口和也. 1997. ゲイ・ スタディーズ. 青土社 桜井厚. 2002. インタビューの社会学 ライフストーリ ーの聞き方. せりか書房.
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