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地方都市における中心市街地居住推進事業に関する考察
政 策 研 究 大 学 院 大 学 まちづく りプロ グラ ム MJU09051 赤 沼 孝 昭
1.はじめに1
これまで、商業機能や居住機能が集積する中心市 街地は地域経済の核として発展・拡大を続けてきた が、近年の人口減尐に伴う税収減や地方交付税・補 助金等の削減により、肥大化したインフラの整備・
維持管理コストに係る地方自治体の財政負担を懸念 する声が強まっている。また、特に地方都市におい て、都市部から郊外への人口流出や中心商店街の弱 体化が進み、中心市街地の衰退も問題視されている。
これら諸問題に対処すべく、いわゆるまちづくり 3法が2006 年に改正され、中心市街地活性化に向 け多額の国庫補助金が支出されているほか、それと 連動する形で多くの地方自治体が「中心市街地活性 化基本計画」を策定し、中心市街地の再構築に向け、
各種補助事業を実施している。
しかし、依然として多くの地方都市において中心 市街地の居住人口や小売業売上は減尐し続けており、
中心市街地の衰退に歯止めがかかっているとは言え ない。
そこで本稿では、地方都市における中心市街地居 住人口の減尐という問題に着目し、地方都市で実施 されている中心市街地の居住人口増加に向けた補助 事業の効果を経済学的、実証的手法を用いて分析し、
今後の補助事業のあり方について提案する。
2.中心市街地居住推進政策の意味
2.1 中心市街地居住推進政策の実施に至るまでの 経緯
2.1.1 まちづくり3法制定及び改正
中心市街地に係る各種政策は 1956 年の百貨店法
1本稿は論文の要約であるため、参考文献等については論文を参照 されたい。
制定に端を発する。百貨店法は中小商業と百貨店の 事業活動を調整し、商業の正常な発達を図るために 大型店舗の出店を規制する目的で制定されたが、企 業単位での店舗面積規制であったことからかえって 中小企業や既存百貨店の業績に打撃を与えることと なった。そこで 1973 年に大店法が制定され、出店 面積の規制基準を建物単位に切り替えるなど規制の 強化が図られた。しかし、1980年代に入ると米国や 日本の大手小売業からの圧力により規制緩和が図ら れた。この流れを受け、大店法の廃止とともに1998 年に制定されたのがまちづくり3法であるが、立地 規制が不十分であったこともあり、結果として大型 店舗の郊外立地を進めることとなった。
こうして中心市街地の中小小売業は、百貨店等近 隣の大型店舗との競争に加え、郊外大型店舗との競 争にも晒されることとなり、急速に弱体化していっ た。また、中心市街地の大型店舗も郊外大型店舗と の競争に敗れ撤退が相次いだことにより、核を失っ た中心市街地の商業はさらに加速度的に衰退してい った。
このような状況を受け、2006年に新たなまちづく り3法の体制がスタートした。新体制の下では、郊 外大型店の出店を規制するとともに、中心市街地活 性化に係る各種補助制度を制定することで、中心市 街地内外で連動したまちづくりを目指す形となった わけだが、現状では中心市街地の衰退という問題の 根本的な解決には至っていない。
2.1.2 中心市街地活性化基本計画の概要 (1) 旧中心市街地活性化基本計画
1998年のまちづくり3法制定に合わせ、大多数の 市町村で策定されたのが旧中心市街地活性化基本計 画である。この計画では、土地区画整理事業や市街
2 地再開発事業などの「市街地の整備改善」、民間事業 者と連携した「商業等の活性化」を柱として、各自 治体において様々な事業が試みられたが、前述のよ うに大型店舗の立地規制が不十分であったことから、
中心市街地の衰退を食い止めるものとはならなかっ た。
(2) 新中心市街地活性化基本計画
この問題に対処すべく、2006年のまちづくり3法 の改正に合わせて設けられたのが新中心市街地活性 化基本計画である。この新計画は中心市街地活性化 法に基づき市町村が策定するもので、自主的・自立 的な取組を内容とする中心市街地の活性化に関する 施策を総合的かつ一体的に推進するための基本的な 計画である。新基本計画では、旧基本計画の内容の ほかに、「都市福利施設の整備」と「住宅供給及び住 居環境向上のための事業」、すなわち中心市街地居住 推進事業が新たに項目として加わることとなり、特 に中心市街地居住推進に関しては各市で様々な事業 が展開されることとなった。
2.2 中心市街地居住推進政策の目的
中心市街地居住推進事業は新中心市街地活性化基 本計画の認定要件の一つであり、中心市街地活性化 施策の重要な根幹となっている。各市の新中心市街 地活性化基本計画を見ると、①中心市街地における 定住人口の増加を推進し街の賑わいを取り戻すこと、
②都市基盤インフラの整備・維持管理や行政サービ スに係るコストの削減・効率化を図ること を中心 市街地居住推進の目的としており、主に国土交通省 の各種支援措置に沿い、住居や住居環境の整備に向 けた補助事業を展開している。
3.中心市街地居住推進政策の理論分析
経済学的論点からいうと、そもそも、政府が市場 に介入するには市場の失敗とされる5つの要因(公 共財、外部性、取引費用、情報の非対称、独占・寡 占・独占的競争)が存在している必要があり、しか もその関与の程度や態様は市場の失敗を超えない範 囲内でなければならない。市場の失敗がないのに介 入したり市場の失敗を超える程度・態様の関与を行 ったりすると死荷重を招き、いわゆる「政府の失敗」
となってしまう。中心市街地の居住人口減尐に関し
ては、市場の原理により住民が選択した結果である と言え、市場の失敗が存在しておらず政府が介入す ることは、本来であれば望ましくない。それにも関 わらず現状においては中心市街地居住推進に向け多 額の補助金が支出されており、税金の投入にロスが 生じていると考えられる。このことをモデル化する と、図1のようになる。図中では中心市街地におけ る住宅の需要と供給の関係を、補助金を需要者側へ 支出する場合と供給者側へ支出する場合に分けて示 している。どちらの場合においても市場の失敗は存 在せず、均衡点は E0 となる。ここで需要者へ補助 金を支出する場合は、需要曲線がPからP’へと上方 へシフトし、供給者へ補助金を支出する場合は、供
給曲線がSからSS’へとシフトするが、どちらの場
合も△FE1E0(図の塗りつぶし部分)が死荷重とな る。このことからも分かるように、△FE1E0の死荷 重の部分が社会的余剰として反映されておらず、補 助金、つまり税金の投入にロスが生じてしまう。こ のように、市場の失敗が存在しないところへ政府が 介入すると必ず死荷重を生み出す結果となるのであ り、本来であれば中心市街地居住推進のための政策 は実施せず、市場の原理に任せておくのが最善の策 と言える。
図1 中心市街地に係る住宅用土地取引の需要供給曲線
B A
q1 q0 E0
E1
F
S:供給曲線 P:需要曲線
P':補助金導入後の需要曲線 地代
住宅供給量
地代
住宅供給量 S:供給曲線
S':補助金導入後の供給曲線 P:需要曲線
q0 q1 B
A E0
E1 F
住宅供給者への補助金支出の場合 需要者への補助金支出の場合
3 4.中心市街地居住推進政策の定量的分析
前章で述べたとおり、中心市街地の衰退の原因が 市場の原理に沿うものである以上、本来であれば中 心市街地居住推進政策は実施すべきではない。しか し、現状を見ると既に多額の補助金が中心市街地居 住環境の整備等に向け支出されており、今後の補助 事業実施を検討している市も多いため、これまで実 施されてきた中心市街地居住推進政策がどの程度中 心市街地居住人口の変動に影響を及ぼしているか、
その効果を定量的に観察していく。
4.1 研究の方法
a.中心市街地居住推進政策を、以下の5事業と定義 する。
①街なか居住推進事業(建設費補助等)
②景観政策(歴史的町並み保全への補助等)
③再開発事業(住宅供給を伴うものに限る)
④公営住宅新築・移転(中心市街地区域外から区域 内への建て替え)事業
⑤区画整理事業
b.上記事業に係る実績や中心市街地人口等のデータ
(H11~20)を、新旧基本計画策定市への照会調査 により収集。(有効回答52市)
c.データをパネル化し、固定効果モデルにより、事 業の中心市街地人口増加への効果を分析する。また、
事業の実施年度効果のみではなく、実施1年度後、
2年度後の効果についても分析する。
4.2 中心市街地居住推進事業の効果測定
①事業実施年度における効果 推計式
N:中心市街地人口
C:中心市街地居住推進事業の年度支出額 (i=1~5)
:ln(街なか居住推進事業支出額)
:ln(景観政策支出額)2
:ln(再開発事業支出額)
:ln(公営住宅新築・移転事業支出額)
2 景観政策については、歴史的町並み保存への補助等を通じ、中心 市街地への定住を促進することを目的の一つとして事業を実施して いる市もあるため、居住推進政策の項目として用いた。
:ln(区画整理事業支出額)
※年次ダミー・その他コントロール変数については 省略
推計結果は以下のとおり。
分析結果から、再開発事業のみ有意(1%)であり、
一定の効果があると認められる。しかしながら係数 の値を見ると、事業支出額を1%増額したとしても、
中心市街地人口は 0.0009164%増加するにとどまる。
なお、街なか居住推進事業、景観政策、公営住宅新 築・移転事業、区画整理事業については、効果があ るとは統計上言えない結果となった。
②事業の1年度後、2年度後における効果 推計式
1年度後における効果
2年度後における効果
※年次ダミー、その他コントロール変数については 省略
推計結果は以下のとおり。
ln (中心市街地人口)
係数 標準偏差 t値 P値
ln(街なか居住推進事業支出額) -0.0007506 0.0004557 -1.65 0.101 ln(景観政策支出額) -0.0006499 0.0004523 -1.44 0.151 ln(再開発事業支出額) 0.0009164 *** 0.0003312 2.77 0.006 ln(公営住宅新築・移転事業支出額) 0.0004852 0.0006547 0.74 0.459 ln(区画整理事業支出額) -0.000093 0.0004101 -0.23 0.821 補正R2値
F値 サンプル数
(注)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%で統計的に有意であることを示す。
0.0000 520 表1 事業実施年度効果推計結果
固定効果モデル
0.5301
ln (中心市街地人口)
係数 標準偏差 t値 P値
ln(街なか居住推進事業支出額) -0.0009222 * 0.000535 -1.72 0.085 ln(景観政策支出額) 0.0000731 0.000498 0.15 0.883 ln(再開発事業支出額) 0.000588 0.000381 1.55 0.123 ln(公営住宅新築・移転事業支出額) 0.0005575 0.000819 0.68 0.496 ln(区画整理事業支出額) -0.0000251 0.000444 -0.06 0.955 補正R2値
F値 サンプル数
(注)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%で統計的に有意であることを示す。
1年度後効果推計結果
0.0000 468 1年度後効果
0.5053
4 分析結果から、5つの事業すべてについて、1年 度後、2年度後になると、事業が中心市街地人口の 増加に効果があるとは、統計上言えなくなることを 示している。
5.まとめと今後の課題 5.1 まとめ
中心市街地人口増加への効果に焦点をあてて研究 を進めてきた。分析結果から、現在実施されている 中心市街地居住推進を目的とした事業のうち、街な か居住推進事業、景観対策事業、公営住宅新築・移 転事業及び区画整理事業については、中心市街地人 口の増加に対して効果が認められなかった。過去 10 年間にわたり、まちづくり3法の見直しも含め、各 市では中心市街地の再生に向け様々な取り組みがな されてきたが、効果が認められない以上、中心市街 地居住推進に係る各種事業については、見直ししな ければならない。とりわけ、一般的に多大な投資を 要する公営住宅新築・移転事業については、特に見 直しが必要と言える。
また、再開発事業については、一定の効果が認め られる推計結果が現われているものの、先述のとお り係数の値が非常に小さいため、その中心市街地人 口への影響は微々たるものである。防災面、高度利 用の可能性など再開発事業の事業種別や範囲を十分 に考慮し、計画・実施を行う必要があろう。
中心市街地の人口を増加させることの意味とは何 か。中心地として賑わいの空間、区域と捉えて見る 場合、商店街に多くの買い物客がいる光景を思い浮 かべることになろう。しかし、旧中心市街地活性化 基本計画において、商店街活性化のみの施策では効 果が見られなかったこともあり、商店街に人が来な いなら、中心地に居住してもらおうという発想で、
居住推進政策が追加されたものと考えられる。
公営住宅等の直接的居住政策では、住宅供給分の 増加があるのは当然であり、転出の抑制には効果が あるものと予想されるが、中心市街地への転入にど の程度効果があるかについては、疑問が残る。
また、政策に直接関係ない者については、中心市 街地からの転居が進み、中心市街地の人口が減尐し ている。つまり、転出する動機となる要因を取り除 かなければ、直接的(強制的)居住とも捉えられる 公営住宅や、引き留め策としての建築費補助政策に は、限界があると言わざるをえない。
そのため、中心市街地の居住を尐しずつでも増加 させるような波及効果を伴う施策が必要だろう。そ の際、政策介入の必要があるか否かについて、費用 と効果に関する分析が必要である。
これらの政策には大きな費用がかかる。上記直接 的居住政策には、誘導の効果は期待できないことに 加え、大きな費用がかかるため、政策実施の妥当性 は見あたらない。
結論
中心市街地人口の増加のみを目的とした補助事 業については、支出に見合う効果がないことから、
実施の見直しをかける必要がある。
5.2 今後の課題
本論文では、中心市街地居住推進に係る各種事業 の効果測定を中心に進めてきたが、中心市街地人口 の変動に関わる主要因をつきとめ、今後も中心市街 地居住推進政策を実施するのであればどのような内 容が相応しいのかといった、詳細な部分について究 明できていないため、より掘り下げた研究を進める ことを今後の課題としたい。
ln (中心市街地人口)
係数 標準偏差 t値 P値
ln(街なか居住推進事業支出額) -0.0007107 0.0006305 -1.13 0.260 ln(景観政策支出額) -0.0000406 0.0005288 -0.08 0.939 ln(再開発事業支出額) 0.000497 0.0004293 1.16 0.248 ln(公営住宅新築・移転事業支出額) 0.0004942 0.0008849 0.56 0.577 ln(区画整理事業支出額) 0.0000337 0.0004698 0.07 0.943 補正R2値
F値 サンプル数
(注)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%で統計的に有意であることを示す。
2年度後効果推計結果
0.0000 416 2年度後効果
0.4834