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第5節幼児対象プログラム経験者への聞き取り調査

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Academic year: 2021

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(1)

第5節 幼児対象プログラム経験者への聞き取り調査

Ⅰ.聞き取り調査の背景

本節では、大原美術館の幼児対象プログラムを経験した児童生徒に対し行った聞き取り 調査について論述する。大原美術館では、1993 年(平成5)年から幼児を対象にした鑑賞 プログラムを実施しており、初期の経験者は、既に成人している。同プログラムは、幼児 が美術館や美術に親しみを持つこと、幼児期の豊かな経験の1つとなることを目的として おり、美術作家や特別な愛好家を育成することを目的としていない。プログラムの内容な どは、幼児期の他の記憶と同様に忘れられ、覚えていても断片的なものとなっていること は容易に想像できる。しかし、彼らの中に残された断片を見ることにより、プログラムの 目的が機能しているのか、美術館や美術が彼らの中にどのように位置付けられているのか を、わずかながらでも知ることができるのではないかと考えた。これまで、プログラム経 験者への調査研究は行われていない。職員が、近隣在住者など個人的な繋がりの中で、「パ ズルをしたことを覚えているそうだ」「美術館探検でシャッターを上げるところが面白かっ たらしい」といった断片的な発言を拾い集めていたに留まる。本調査は、プログラム経験 者への初めての調査研究となるが、小規模なものであり、今後の本格的調査の予備調査と 位置付ける。

Ⅱ.聞き取り調査と分析の方法

1.調査の方法

大原美術館の幼児対象プログラムを経験した児童生徒合計

10

名から協力を得た。聞き 取り調査を行う場所は、対象が、質問者(筆者)に対して身構えたり、緊張したりすること なく、話ができる場所を選択した。また、保護者や保育者も同席し、保護者や保育者も交 えた座談会形式で会話をすることにより、くつろいだ雰囲気の場を設定した。時間は、い ずれも約

60

分で行った。

(2)

1)高階秀爾/監修,高階秀爾他/著:『大原美術館名作選155』,財団法人大原美術館,2004年.

2)木下康仁:『ライブ講義 M-GTA ―実践的質的研究法 修正版グラウウンデッド・セオリー・アプローチのすべ

て』,弘文堂,2007年.

聞き取り調査の流れは、次の通りである。先ず、互いに自己紹介をし、次に、聞き取り 調査の趣旨を説明した。ただし、「調査」などの言葉を使うことにより、児童生徒が緊張 することを避けるため、「お話を聞かせて下さい」「おしゃべりしましょう」などのやわ らかい印象を与える言葉を用いた。それから、いくつかの質問をし、自由な発言を促した。

質問は、「保育施設(具体的園名)から、大原美術館へ行ったことを覚えているか」「どん なことをしたか覚えているか」「どんな作品を見たか覚えているか」「大原美術館を知ら ない人に、大原美術館のことを紹介するとしたら、どのように伝えるか」「大原美術館へ また行きたいと思うか」の5つを柱とし、状況や発達過程に応じて補足的な質問や説明を 加えた。例えば、「大原美術館を知らない人」という対象が想定しにくい児童には、同席 した保護者が、他県に住む児童の従兄弟の名前を挙げ、「○○ちゃんに教えてあげるとし たらどうする」などと、補足的な説明を加えて質問した。最後に、図録『大原美術館名作 選

155

1)に掲載されている作品図版を、筆者が1頁ずつ提示して見せ、反応を観察した。

発言内容は、

IC

レコーダーで録音し、再生して逐語録を作成した。なお、発言には、

岡山県地方の方言が含まれていたが、事例では、標準的な日本語表現にして表記した。

2.分析の方法

分析は、木下康仁(2007)による修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下、

M

-GTA と記す)を参考に行った 2)。この手法を採用した理由は、M-GTA が、聞き取り調査 により得られたデータの分析に適していること、また、個人を調査対象とせず、共通する 条件を持つ複数人を総合的な分析対象者と設定し分析を進めることから、この手法が本研 究に適していると判断したからである。本研究において、分析対象者は、「大原美術館の 幼児対象プログラムを経験した児童生徒」である。

分析の手順は、次の通りである。先ず、聞き取り調査により得られたデータから

20

の 概念を抽出した。次に、それらの概念を、類似するもの・対立するものなどの観点から分 析し、6つのカテゴリーを設定した。さらに、カテゴリー間の関係を精査し、図に示した。

最後に、総合的考察を行った。

(3)

Ⅲ.聞き取り調査の概要

聞き取り調査は、2回に分けて行った。参加者はそれぞれ異なる。

1.調査1の概要

小学5年生男子と、その妹の小学2年生女子の2名が参加した。小学5年生男子(以下

「小5兄」と記す)は、近隣の公立幼稚園に在園中(2年保育の年少3月から年長にかけて) 5回来館した。小5兄が経験したプログラムを、表1に示す。小学2年生女子(以下「小 2妹」と記す)は、近隣の私立幼稚園3年保育の年中時に3回来館した。小2妹が経験し たプログラムを、表2に示す。聞き取り調査には、兄妹の保護者も同席した。保護者は、

両幼稚園から大原美術館のプログラムへ、引率補助として同行した経験がある。大原美術 館の近隣に在住し、プログラム外でも2人を連れて数回来館した経験がある。

兄妹とも、現在は近隣の公立小学校に在学している。同小学校は、毎年1回全児童が大 原美術館を訪れる「学校まるごと美術館」という事業を行っており、兄妹は幼稚園卒園以 降も、大原美術館を訪問する機会を得ている。このことを配慮し、聞き取りを行った。

2013

11

月5日(火)17:00~

18:00

に、協力者自宅近隣の公共施設で行った。

表1.小5兄が経験したプログラム一覧(2007年度・2008年度)

日時 内容 鑑賞した場所・作品、特記事項など

1214日(火)9:30-10:30 「全体鑑賞」 本館と工芸・東洋館.年少で.

3月10日(金)9:30-10:30 絵画鑑賞「対話とパズル」 本館2階.年少で.

6月25日(水)9:30-10:30 彫刻鑑賞「対話」 本館と分館.

9月10日(金)9:30-10:30 「美術館探検」 本館のバックヤード.

1214日(火)9:30-10:30 絵画鑑賞「模写」 本館.

表2.小2妹が経験したプログラム一覧(2010年度)

日時 内容 鑑賞した場所・作品、特記事項など

9月14日(火)10:30-11:30 「全体鑑賞」 本館と工芸・東洋館.

1210日(金)10:30-11:30 絵画鑑賞「対話とパズル」 本館2階と新展示棟2階.親子鑑賞.

2月25日(金)10:30-11:30 絵画鑑賞「模写」 本館2階と新展示棟2階.

(4)

2.調査2の概要

私立

N

保育園の協力を得て、同園卒園者8名が参加した。内訳は、中学2年生男子3 名、小学5年生女子2名、小学4年生女子1名、小学2年生女子2名である。また、同園 副園長、主任保育士も同席した。児童生徒は、いずれも年長時に5回来館している。中学 2年生3名は

2005

年度、小学5年生2名は

2008

年度、小学4年生1名は

2009

年度、小 学2年生2名は

2011

年度である。それぞれが経験したプログラムを、表3から表6に示 す。聞き取り調査は、

2013

11

19

日(火)

17:00

18:00

に行い、会場として

N

保育園 遊戯室の提供を受けた。

表3.中学2年生3名が経験したプログラム(2005年度)

日時 内容 鑑賞した場所・作品,特記事項など

5月10日(火)10:15-11:15 絵画鑑賞「対話とパズル」 本館2階.シニャック『オーヴェルシーの運 河』

6月28日(火)10:15-11:15 「全体鑑賞・美術館探検」 本館と工芸・東洋館,本館のバックヤード.

東洋館で「神様のお部屋」などと発言する.

手を合わせるなどしていた.双眼鏡を作って 持参した.「モネの睡蓮の池」を「カエルの 池」と呼ぶ.

9月1日(木)10:15-11:15 彫刻鑑賞「対話」 本館と分館.

12月2日(金)10:15-11:15 絵画鑑賞「模写」 本館2階と新館2階.

1月20日(金)10:15-11:15 絵画鑑賞「絵探し・お話作り」 本館2階.シャバンヌ『幻想』,シダネル『夕 暮れの小卓』,シニャック『オーヴェルシー の運河』

表4.小学5年生2名が経験したプログラム(2008年度)

日時 内容 鑑賞した場所・作品,特記事項など

5月14日(水)10:15-11:15 絵画鑑賞「対話とパズル」 本館2階.シニャック『オーヴェルシーの運 河』

7月2日(水)10:15-11:15 「全体鑑賞・美術館探検」 本館と工芸・東洋館,本館のバックヤード.

9月10日(水)10:15-11:15 彫刻鑑賞「対話」 本館と分館.『大原孫三郎像』,『大原總一郎 像』,分館前庭展示作品.

12月3日(水)10:15-11:15 絵画鑑賞「模写」 本館2階と新館2階.

1月28日(水)10:15-11:15 絵画鑑賞「絵探し・お話作り」 本館2階.ピサロ『りんご採り』,セガンテ ィーニ『アルプスの真昼』,セルジエ『青い 鳥』

(5)

表5.小学4年生1名が経験したプログラム(2009年度)

日時 内容 鑑賞した場所・作品,特記事項など

5月15日(金)10:15-11:15 絵画鑑賞「対話とパズル」 本館2階.モネ『睡蓮』

7月3日(金)10:15-11:15 「全体鑑賞・美術館探検」 本館と工芸・東洋館,本館のバックヤード.

9月3日(木)10:15-11:15 彫刻鑑賞「対話」 本館と分館.

12月2日(木)10:15-11:15 絵画鑑賞「模写」 本館2階と新館2階.

1月27日(水)10:15-11:15 絵画鑑賞「絵探し・お話作り」 本館2階.ミレー『グレヴィルの断崖』,フ レデリック『万有は死に期す,されど神の愛 は万有をして蘇らしめん』,モネ『積みわら』

表6.小学2年生2名が経験したプログラム(2011年度)

日時 内容 鑑賞した場所・作品,特記事項など

4月14日(木)10:15-11:15 絵画鑑賞「対話とパズル」 本館2階と新館2階.アマン・ジャン『ヴェ ニスの祭り』,グレコ『受胎告知』,ピカソ『頭 蓋骨のある静物』

6月3日(金)10:15-11:15 「全体鑑賞・美術館探検」 本館と工芸・東洋館,本館のバックヤード.

7月14日(木)10:15-11:15 彫刻鑑賞「対話」 本館と分館.ロダン『歩く人』,ムーア『母 と子』,柳原義達『鳩』,ノグチ『リチャード』,

ジャコメッティ『コンポジション―男』『ヴ ェニスの女』,クライン『イル・ド・フラン スのトルソ』,ブールデル『果物を持てる裸 婦』『年をとったバッカント』など.

9月1日(木)9:45-11:15 絵画鑑賞「模写」 本館2階と新館2階.

1月27日(金)10:15-11:15 絵画鑑賞「絵探し・お話作り」 本館2階.モネ『積みわら』,ヴラマンク『風 景』

Ⅳ.各概念とカテゴリー

1.各概念の概要

分析の結果、

20

の概念が抽出できた。概念1から順に「(

1

)プログラム経験の明瞭な記 憶」「(

2

)プログラム経験の不明瞭な記憶」「(

3

)自然に思い出した活動」「(

4

)具体的な質 問により思い出した活動」「(

5

)自然に思い出した作品」「(

6

)具体的な質問により思い出 した作品」「(7)図版の提示により思い出した作品」「(8)作品の内容物に関する発言」「(9) 作品の色彩に関する発言」「(10)作品の構図に関する発言」「(11)作品の大きさに関する発 言」「(12)作品の展示に関する発言」「(13)作品の素材に関する発言」「(14)美術館の機能

(6)

に関する発言」「(

15

)美術館の空間・構造・施設に関する発言」「(

16

)美術館職員に関する 発言」「(17)美術館での行動に関する発言」「(18)評価」「(19)共通理解」「(20)期待」であ る。各概念の概要を述べる。

(1)概念1:プログラム経験の明瞭な記憶

この概念は、「美術館へ行ったことや鑑賞プログラムを経験したことを明瞭に記憶して おり、自信をもって「覚えている」と発言する」と定義した。

分析対象者による発言

「覚えてる」「覚えてる。めちゃめちゃ覚えてるよ」「5回(行った)」など。

「保育施設(具体的園名)から、大原美術館へ行ったことを覚えていますか」という質問 に対し、すべての児童生徒が「覚えている」と答えた。「覚えてる。めちゃめちゃ覚えて るよ」「5回行った」などと、自信を持って答えていた。聞き取り調査は、その趣旨を予 め伝達した上で実施しているため、これは概念として抽出すべきではないとも判断できる。

しかし、次に挙げる概念2と対比できるため、敢えて概念1として設定した。

(2)概念2:プログラム経験の不明瞭な記憶

この概念は、「「覚えている」などと発言するが、記憶している内容の説明を求めると、

説明することができない」と定義した。

分析対象者による発言

「覚えてるけど、名前は分からない」「うーん。分からない」「忘れた。分からない。学校と記憶がごちゃ ごちゃになってる」「覚えてない」「何か分からない」「…(首を傾げる)」など。

概念1で、全員が保育施設から大原美術館を訪問したこと、即ち幼児対象プログラムを 経験していることを、自信をもって答えたにも関わらず、記憶している具体的な内容の説 明を求めると、当初あいまいな返答をする児童生徒が見られた。「忘れた。分からない」

「覚えてない」という返答や、「美術館探検」で機械を見たことを覚えていると発言した 児童に、どんな機械だったか説明を求めたところ、答えられなかったりした。

(3)概念3:自然に思い出した活動

定義は、「初めに発言したり、言葉を続けるうちに自然に思い出したり、他参加者の発 言を聞くうちに自然に思い出すなどしたプログラムの活動」である。

(7)

分析対象者による発言

「絵を見た」「全部まわった。全部絵を見た」「絵を見てまわった」(6件)「絵を見て、自分で色鉛筆で絵 を描いた」「お絵描きした」「感想みたいなのをかいた」(5件)「機械を見た。行っちゃいけないとこへ行っ た」(1件)など。

美術館での活動の総合的な記憶を表すと思われる「絵を見た」は、6件に上ったが、中 には「全部まわった。全部絵を見た」「絵を見てまわった」という発言があり、「まわっ た」「全部」という表現から、「全体鑑賞」の記憶を述べているとも考えられる。

次に多かったのは、「絵を見て、自分で色鉛筆で絵を描いた」「見て描いた」などの「模 写」であり、5件あった。

「機械を見た。行っちゃいけないとこへ行った」という言葉は、「美術館探検」の内容 を表している。機械がどのようなものであったかなど、具体的な内容は覚えていないよう だが、日頃入ることができないバックヤードに入り、機械室などを見学したことは、この 発言をした児童に強く印象付けられていたようだ。聞き取り調査の後、迎えに来た同児童 の保護者に話を聞くことができた。「プログラムに関して、お子さんの反応など、何か覚 えておられることはありますか」という問いに、「当時、美術館へ行った日は、帰ってか らいろいろと話をしてくれていました。機械を見たとか、入ってはいけない所に入ったと か、楽しそうに話していました」と答えられ、同児童が「美術館探検」の活動を、当時か ら現在まで深く記憶に留めていることが確認できた。

(4)概念4:具体的な質問により思い出した活動

定義は、「プログラムの活動内容を具体的に例示して尋ねることにより思い出した活動」

である。

分析対象者による発言

「したした。覚えてる」(5件)「(お話作りについて)1個の絵を見て…あ、何か集まって」(1件)など。

「パズルをしたことを覚えていますか」という質問に対し、「したした。覚えてる」な どの反応が5件あった。笑いながら高揚した様子で答える児童が複数あり、楽しかったと いう感情と共に思い出されたと推測できる。また、「お話作り」に関する発言が1件あっ た。「1個の絵を見て…あ、何か集まって」というものであり、1つの絵画を皆で鑑賞し

(8)

た形態を思い出すことを通して、「お話作り」の活動内容を思い出していた。「お話作り」

が、絵画への幼児らの共同的な探求であることに通じると言えよう。

(5)概念5:自然に思い出した作品

定義は、「初めに発言したり、言葉を続けるうちに自然に思い出したり、他参加者の発 言を聞くうちに自然に思い出すなどした作品」である。

作者と作品名 分析対象者による発言

モネ『睡蓮』 「カエルがいそうな葉っぱがいっぱいある池の絵」「池みたいなの」「水の中に、

何か花が散らかってる」(4件)

セガ ンティー ニ『アルプ 「ヒツジかヤギと女の人」「砂漠の所、ヒツジがいた。木のとこに、男の人が スの真昼』 座ってた」(2件)

フレ デリック 『万有は死 「でっかい、天国と地獄の絵」「天国と地獄。おっきいやつ」(2件) に帰 す、され ど神の愛は

万有をして蘇らしめん』

エル・グレコ『受胎告知』 「何か、男と女の天使が、こんな感じだった」(1件) 児島虎次郎『朝顔』 「朝顔の絵。(中略)朝顔と、女の人がいた」(1件) シニ ャック『 オーヴェル 「風車か何か」(1件)

シーの運河』

マルケ『マルセイユの港』 「船のとこに、何かいた」(1件)

特定不可(ミロ『夜の中の 「変なかっこうをした5人の女の人」(1件) 女たち』か)

モネ『睡蓮』が、件数としては最も多い4件で、次いでセガンティーニ『アルプスの真 昼』、フレデリック『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』がそれぞ れ2件挙がった。その他に、エル・グレコ『受胎告知』、児島虎次郎『朝顔』、シニャッ ク『オーヴェルシーの運河』、マルケ『マルセイユの港』などが挙がった。

(6)概念6:具体的な質問により思い出した作品

定義は、「プログラムの活動内容を具体的に例示して関連付けて尋ねることにより思い 出した作品」である。例えば「どんな絵のパズルをしましたか」などの具体的質問である。

活動内容 分析対象者による発言

パズル 「睡蓮のやつ」(モネ『睡蓮』)、「向日葵みたいな花があって、女の人がいた」

(ゴーギャン『かぐわしき大地』)

模写 「水のところに、花が散らかってるぶん」(モネ『睡蓮』)、「何か、お城みた いなのがあって、下に街があって。…赤い感じ」(コッテ『セゴヴィアの夕景』)

(9)

好きな絵 「天使とマリア様」(エル・グレコ『受胎告知』)、「毛が3本。絵か分からな いやつ。絵か、何か本物か分からない」(フォンタナ『空間概念』)(後半の「絵 か、何か本物か分からん」という発言は、デュシャン『L.H.O.O.Q』とも考え られる)

概念5でも挙がった作品として、モネ『睡蓮』(パズルと模写をした作品として)、エル・

グレコ『受胎告知』(「好きな作品」として)があったが、概念6で初めて挙がった作品と して、ゴーギャン『かぐわしき大地』(パズルをした作品として)、コッテ『セゴヴィアの 夕景』(模写をした作品として)、フォンタナ『空間概念、期待』(「好きな作品」として) があった。概念5で挙がった作品は、第2章第2節で取り上げた、「好きな絵を見つける」

活動とも共通する。概念6で初めて挙がった作品は、多様な活動を通し印象付けられた作 品と言える。このことから、活動を通し、幼児が多様な作品と出会っていることが分かる。

(7)概念7:図版の提示により思い出した作品

定義は、「図版の提示により思い出したり、反応するなどした作品」である。

分析対象者による発言

「そう!それそれ」「ある。見たことある」「あ!ある」など。

図版を提示すると、すべての参加者が、「知ってる」「あった」などと声を上げて、記 憶している作品を伝えようとした。図版の提示により思い出した作品を一覧にする。

調査1

エル・グレコ『受胎告知』,コロー『ラ・フェルテ=ミロンの風景』,クールベ『秋の海』,ミレー『グレ ヴィルの断崖』,マネ『薄布のある帽子をかぶる女』,モネ『積みわら』『睡蓮』,ルノワール『泉による女』,

ゴーギャン『かぐわしき大地』,ロートレック『マルト X 夫人の肖像―ボルドー』,セザンヌ『風景』,シ ニャック『オーヴェルシーの運河』,セガンティーニ『アルプスの真昼』,ホドラー『木を伐る人』,フレ デリック『万有は死に帰す,されど神の愛は万有をして蘇らしめん』,ルソー『牛のいる風景―パリ近郊 の眺め,バニュー村』,ルオー『道化師(横顔)』,マティス『画家の娘―マティス嬢の肖像』,ピカソ『鳥 籠』『頭蓋骨のある静物』,モディリアーニ『ジャンヌ・エビュテルヌの肖像』,カンディンスキー『尖端』,

キリコ『ヘクトールとアンドロマケーの別れ』,アペル『母と子』,フォンタナ『空間概念,期待』,ポロッ ク『カット・アウト』,フランシス『メキシコ』,ロダン『歩く人』『カレーの市民―ジャン=デール』,ジャ コメッティ『ヴェニスの女』,児島虎次郎『和服を着たベルギーの少女』,満谷国四郎『緋毛氈』,藤田嗣

治『舞踏会の前』 (計32点)(図録掲載順)

(10)

調査2

エル・グレコ『受胎告知』,コロー『ラ・フェルテ=ミロンの風景』(中2生),クールベ『秋の海』(中2 生),シャヴァンヌ『幻想』(小5・4生),ドガ『赤い衣裳をつけた3人の踊り子』(小2生),モネ『積み わら』(中2生)『睡蓮』,ゴーギャン『かぐわしき大地』,ロートレック『マルトX夫人の肖像―ボルドー』

(中2生・小2生),シニャック『オーヴェルシーの運河』(中2生・小5・4生),セガンティーニ『アルプ スの真昼』,ホドラー『木を伐る人』,ルドン『鐘楼守』(曖昧),アマン=ジャン『ヴェニスの祭』(中2 生),シダネル『夕暮れの小卓』(小2生),フレデリック『万有は死に帰す,されど神の愛は万有をして 蘇らしめん』,ボナール『欄干の猫』(小2生),ピカソ『鳥籠』(小2生)『頭蓋骨のある静物』,ドラン『イ タリアの女』(曖昧),ヴラマンク『パリ郊外』(曖昧),モディリアーニ『ジャンヌ・エビュテルヌの肖像』,

スーラージュ『絵画』(曖昧),ポロック『カット・アウト』,ロダン『カレーの市民―ジャン=デール』,

マイヨール『イル・ド・フランスのトルソ』,ブールデル『果物を持つ裸婦』,ジャコメッティ『キュビス ム的コンポジション―男』『ヴェニスの女』,ムーア『横たわる母と子』,コーネル『無題(ホテル:太陽の 箱)』(中2生),カルダー『波状の舵』(小5・4生),クライン『青いヴィーナス』 (33点)(図録掲載順)

プログラムは、内容に応じて大原美術館内の各所で行われるが、欧米の作品を中心に展 示している本館で行われることが多く、挙げられた作品も、それを反映する結果となった。

(8)概念8:作品の内容物に関する発言

定義は、「画中に描かれているものなど作品の内容物に関する発言」である。

作者・作品名 分析対象者による発言

エル・グレコ『受胎告知』 「天使とマリア様」(3件)

ゴー ギャン『 かぐわしき 「向日葵みたいな花があって、女の人がいた」(2件) 大地』

コッ テ『セゴ ヴィアの夕 「お城みたいなのがあって、下に街があって」(1件) 景』

児島虎次郎『朝顔』 「朝顔の絵」「朝顔と女の人がいた」(2件) シニ ャック『 オーヴェル 「風車か何か」(1件)

シーの運河』

セガ ンティー ニ『アルプ 「ヒツジかヤギと女の人」「砂漠の所、ヒツジがいた。男の人が座ってた。木 スの真昼』 のとこに。男の人が座ってた」(8件)

フォンタナ『空間概念』 「毛が3本」(2件)

藤田嗣治『舞踏会の前』 「女の人がいっぱいいて」「お面をかぶってた」(4件)

フレデリック『万有は…』 「天国と地獄の絵」「天国と地獄」「何か、地獄みたいなやつは、みんな裸で。

何か、見れない」(8件)

マルケ『マルセイユの港』 「船のとこに、何かいた」(アマン=ジャン『ヴェニスの祭り』とも考えられ る)(2件)

モネ『睡蓮』 「カエルがいそうな葉っぱがいっぱいある池の絵」「睡蓮のやつ」「池みたいな の」「水の中に何か花が散らかってる」(12件)

(11)

特定不可 「変なかっこうをした5人の女の人」(ミロ、ドガ、関根正司らの作品が候補 に考えられる)(3件)

内容物に関する説明は、合計

48

件挙がっており、分析対象者にとって「何が描かれて いるか」ということが、作品鑑賞の大きな手がかりになっていることが分かる。

(9)概念9:作品の色彩に関する発言

定義は、「作品に使われている色彩や明暗に関する発言」である。

作者と作品名 分析対象者による発言

エル・グレコ『受胎告知』 「明るい。天使が来てる方が光ってた。マリア様の方が暗かった」「完璧覚え てる。ほら。明るくって、暗い」(4件)

コッ テ『セゴ ヴィアの夕 「赤い感じ」(1件) 景』

速水史郎『道しるべ』 「真っ黒い石」(1件)

色彩・明暗についての説明は、合計6件であったが、そのうち4件がエル・グレコ『受 胎告知』についてである。

(10)概念10:作品の構図に関する発言

定義は、「作品中の内容物の配置など、構図に関する発言」である。

作者と作品名 分析対象者による発言

エル・グレコ『受胎告知』 「天使が上から飛んでくる。マリアさまは下にいる」「男と女の天使が、こん な感じだった。(右手を上方に、左手をその斜め下に挙げ、画中で天使が右上 に、女性が左下に描かれていたことを示す)」(3件)

コッ テ『セゴ ヴィアの夕 「お城みたいなのがあって、下に街があって」(1件) 景』

藤田嗣治『舞踏会の前』 「これだ!この人描けたよ。描けたよ。真ん中に1番最初に描いて、このお面 描いて、描けた。描けた。描けた。顔だけ。顔だけ。顔だけになった」(1件)

この概念では、合計5件の発言があった。藤田嗣治『舞踏会の前』についての発言は、

図版を見ながら、自分が「模写」した手順を具体的に説明したものである。「模写」を通 して構図が印象付けられたのか、画面中央に描かれた女性を中心に描き進めたことを、う れしそうに説明した。

(12)

(11)概念11:作品の大きさに関する発言

定義は、「作品の実際の大きさに関する発言」である。

作者と作品名 分析対象者による発言

藤田嗣治『舞踏会の前』 「めちゃくちゃ大きい」「大きくて、すぐ目に入った」(2件)

フレデリック『万有は…』 「大きい、天国と地獄の絵」「(図版を見て)大きいから入りきらない」「天国と 地獄。大っきいやつ」「天国と地獄。一番上にあった。むっちゃ大きい」(4件) フランシス『メキシコ』 「むちゃくちゃ大きい」(1件)

美術館について 「絵が飾ってある所で、小さい絵だったり大きい絵だったり」「絵がきれいで、

大っきい絵とか小さい絵とかあって」(4件)

合計で

11

件の発言があった。フレデリック『万有は死に帰す、されど神の愛は万有を して蘇らしめん』の図版を見ての「大きいから入りきらない」という発言は、原作品の大 きさを指摘したものである。原作品は、縦

161cm

、横

1

100cm

という大きさである。そ のため、図版も見開き2頁には収まらず、3頁分の幅を持つ折り込み頁となっている。こ の言葉は、「(原作品は)大きいから、(図録の1~2頁では)入りきらない(掲載できない)」

ということを意味している。原作品を見ていなければ、指摘できない内容である。

(12)概念12:作品の展示に関する発言

定義は、「作品の展示場所や展示形態に関する発言」である。

作者と作品名 分析対象者による発言

カルダー『波状の舵』 (図版を見ながら「上からぶら下がってる」という説明を受けて)「あ!階段の 所」(1件)

フランシス『メキシコ』 「突き当たりにある」(1件)

フレデリック『万有は…』 「入り口の所の上にあった」「一番上にあった」(2件)

ロダ ン『カレ ーの市民』 「外にあった。入口の前に銅像みたいなのがあった」「階段があって、その登 などの立体作品 りきった所に銅像があった」「階段の下にあった」(4件)

美術館について(美術館の 「飾ってる所が変わってたりするから。変わってたから。今度は、あそこにあ 楽しみ) るかなと思ったりする」「こんな所に、こんな絵あったかなとか」(3件)

フランシス『メキシコ』についての発言は、図版を見てのものであった。『メキシコ』

は、縦

239.5cm、横 426.5cm

という大きな作品である。そのため展示場所も広い壁面に限

られ、そうした壁面は展示室の「突き当たり」に位置することになる。どの展示室の「突 き当たり」を言い表しているのかは確認できなかったが、適切な説明である。作品の大き

(13)

3)「博物館法」では、次のように定義されている。「(第1章第2条)この法律において「博物館」とは、歴史、芸術、

民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ)し、展示して教育的配慮の下に一般 公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれら の資料に関する調査研究をすることを目的とする機関(中略)をいう」

さは、原作品を見ることでしか知り得ることができない。

A

4サイズを一回り大きくした 図録の見開き2頁に掲載されている図版を見ただけで、原作品の大きさを想起することが できるのは、原作品を見た実体験に基づく。

また、分析対象者は、彫刻作品を展示場所と関連付けて記憶していることを読み取るこ とができる。第2章第2節で彫刻鑑賞プログラムについて、幼児は彫刻を空間との関わり の中で鑑賞していることを指摘したが、そのこととも整合する。

(13)概念13:作品の素材に関する発言

定義は、「作品に使われている素材に関する発言」である。

分析対象者による発言

「銅像」「石」

件数は少なく、「銅像」「石」という言葉が見られた。いずれも、立体作品についての 説明であり、絵画について、素材を指摘するものはなかった。

(14)概念14:美術館の機能に関する発言

定義は、「収集、展示など美術館の機能に関する発言」である。「美術館を知らない人 に伝えるとしたらどのように伝えるか」という質問に対する答えなどに見られた。

分類 分析対象者による発言

収集 「こんな絵あったっけ。新しく入ったかなとか(思う)」

展示 「絵が飾ってある」(2件)

どのような作品が 「絵が飾ってある所で、小さい絵だったり、大きい絵だったり」「あと彫刻と 展示されているか かもある」、「広くて、地下があって、絵とか、彫刻とか、いろんなものがある

よ」「絵がきれいで、大っきい絵とか、小さい絵とかあって」

作品数 「絵がとにかくある所」

教育普及 「広くて、優しく教えてくれて、いい所だよ」

「収集」「保存」「展示」「調査研究」「教育普及」を、美術館の機能とするならば 3)分析 対象者にとっては、「展示」が最も印象付けられている。「絵がとにかくある所」という

(14)

答えは端的であるが、「とにかくある」という表現に、作品が多数あったことが印象付け られていることが分かる。作品を「きれい」と感じたこと、大小様々な大きさの作品があっ たことも述べられている。また、繰り返し訪れる中で、展示替えや新収蔵が行われること も理解しており、「収集」機能も認識されている。また、概念

16

でも見るように、美術館 職員との関わりの中で、「教育普及」が認識されている。

(15)概念15:美術館の空間・構造・施設に関する発言

定義は、「美術館の建築物としての空間や構造、施設に関する説明」である。

分類 分析対象者による発言

空間 「広い」(4件)「明るい」(2件) 構造 「広くて、地下があって…」「外歩いた」

施設 「階段があった」(4件)「池のとこ行った」「井戸がある。出口にあるよ。ト イレの横」「店があった。絵葉書がある店」「行っちゃいけないとこへ行った」

「広い」「明るい」という言葉は、続けて発言されることが多かった。構造や施設につ いても、いくつか発言があったが、これらは「美術館探検」や「全体鑑賞」といった、美 術館全体を会場としてなされるプログラムとの関連が推測できる。

(16)概念16:美術館職員に関する発言

定義は、「美術館の職員に関する発言」である。

分析対象者による発言

「広くて、優しく教えてくれて、いい所だよ」「(プログラムを担当した職員は)女の子だった」「(担当の 職員は)優しいよ」

これらの発言から、美術館での鑑賞プログラムが、保育における物的環境、空間的環境 であることに加え、人的環境としても機能していることが分かる。

(17)概念17:美術館での行動に関する発言

定義は、「作品保護や鑑賞環境保全のため、来館者が取る行動に関する発言」である。

分析対象者による発言

「(美術館で話す時は)普通の声。質問する時は、小さい声。だって大きい声出したらダメだもん。ルール だもん」「静か(にする)」

(15)

美術館で作品保護や鑑賞環境保全のために、来館者が取る行動については、すべてのプ ログラムの導入時に、ピクトグラムを使い幼児と共に考える形で行われている。上記2件 があったが、こうした美術館での行動に関する発言を引き出す契機となった言葉は、いず れの調査の場合も、保護者や保育者からなされた。このことは、幼児対象プログラムにお いて、美術館などの公共施設でのマナーを身につけさせたいという、保護者や保育者らの 期待が反映されていると考えることができる。

(18)概念18:評価

定義は、「美術館や作品についての個人的な感想や評価となる発言」である。

分類 分析対象者による発言

美術館について 「広くて、優しく教えてくれて、いい所だよ」

「(小学校から美術館へ行った時)何となく懐かしいとちょっと思った」

フレ デリック 『万有は死 「天国と地獄」「(保護者)あの絵を見てどう思うの」「えぐい」

に帰 す、され ど神の愛は 「ちょっと過激」「(筆者)いい表現だね」「刺激がある」「(筆者)どんなところ 万有をして蘇らしめん』 が刺激」「地獄みたいなやつは、みんな裸で。見れない」「(保育士)年長の時も、

見れないなって思いながら見てたの」「みんな見てたから見てたけど…まだ早 かったなーって」(中略)「今の俺から見ると、おーって思う」

フレデリック『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』についての会 話は、分析対象者が、自らの中に美術館経験が蓄積されていることを自覚した上で、幼児 期のことを思い出そうとしていることと同質にあると指摘できる。つまり、幼児期の自分 と作品との関わりを、現在と自分と作品との関わりと、参照しながら述べようとしている。

このことは、彼らの中に、美術館との関わりの指標とも言える作品が保持されていること を表している。将来にわたり美術館を利用しようとする際の基盤となると言えるだろう。

さらに、同作品への評価は「えぐい」「刺激がある」など発達過程特有のものとも言える。

こうした評価がどのよう変化していくのかを、彼ら自身が認識できる可能性を含んでいる と言えよう。

(19)概念19:共通理解

定義は、「他児童生徒の発言に対し共感したり、説明している作品を理解する様子や発 言」である。

(16)

作者と作品名 分析対象者による発言

ゴー ギャン『 かぐわしき 「向日葵みたいな花があって、女の人がいた」「こんなふうにしてる(ポーズを

大地』 真似る)」

セガ ンティー ニ『アルプ 「ヒツジかヤギと女の人」「ああ、あれね。(自分の名前)も覚えてる」

スの真昼』 「砂漠の所、ヒツジがいた。木のとこに。男の人が座ってた」

速水史郎『道しるべ』 「石があった」「石、あったあった」

モネ『睡蓮』 「カエルがいそうな葉っぱがいっぱいある池の絵」「(その絵の)名前が分かる。

『睡蓮』」

美術館について 「(美術館へ行くのは)楽しみ」「(自分の名前)も、だーい好き。楽しみ」

セガンティーニ『アルプスの真昼』の2番目に挙げた事例の発言には、混乱が見られ、

必ずしも作品を正しく説明していない。描かれているのは砂漠ではなく草原であり、木に 座っている(もたれている)のは女性である。おそらく、草原の広がりを広い砂漠に置き換 え、1人そこに居る人物を男性に置き換えて記憶していたのだろう。あるいは、草原の草 が黄土色を含んだ黄緑色で描かれていることから、砂漠と捉えたとも推測できる。あるい は、作品名の『アルプスの真昼』が示す通り、黒々とした影を真下に映す真昼の強い光の 表現を、砂漠に照りつける太陽の光と捉えたとも考えられる。しかし、ヒツジがいること や、木にもたれた人物の存在感、空間の広がりといった共通する認識から、他の参加者は 皆、どの作品を説明しているのか、理解している様子だった。

また、図版の提示の際にも、全員が共通して大きく反応した作品がいくつかあった。顔 を見合わせて頷くなどして、共感する様子が見られた。エル・グレコ『受胎告知』、モネ

『睡蓮』、セガンティーニ『アルプスの真昼』、ホドラー『木を伐る人』、フレデリック『万 有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』、ピカソ『頭蓋骨のある静物』で ある。特に、『受胎告知』、『睡蓮』、『アルプスの真昼』、『万有は死に帰す、されど神の愛 は万有をして蘇らしめん』には、強い反応があった。

(20)概念20:期待

定義は、「美術館再訪への期待や、その際に持つ具体的な希望や期待についての発言」

である。

(17)

分類 分析対象者による発言

美術館再訪への期待 「(美術館へ行くのは)楽しみ」「(自分の名前)も、だーい好き。楽しみ」

「(筆者)(大原美術館へ)また行ってみたいと思うか」「(全員、にっこり笑って、

うなずく)」

「(保護者)(従兄弟の名前)ちゃんが来たら、倉敷でどこに連れて行ってあげた い」「美術館」「(商業施設)」

見たい作品がある 「(保護者)何が楽しみなの」「あの絵があるかな」「忘れてる絵もあるかもな」

「(保護者)あの絵あるかなって、探す絵ってあるの」「天国と地獄」

展示の変化を楽しむ 「飾ってる所が変わってたりするから、変わってたから。今度はあそこにある かなと思ったりする」

記憶にある作品と参照 「変わってる絵があるから。前行って、なかった絵があったりするから」「こ して楽しむ んな所に、こんな絵あったかなとか」「こんな絵あったっけ。新しく入ったか

なとか」

美術館再訪への期待について、「大原美術館へ、また行きたいと思いますか」という質 問をした際の反応は、他の質問に対する反応と異なっていた。他の質問では、すぐに反応 がなかったり、恥ずかしそうにしていた児童生徒も、全員が顔を上げ筆者の方を真直ぐに 見て、うれしそうに笑いながら答えていた。筆者が大原美術館職員であることは認識して いるので、彼らなりの筆者への配慮に基づいた反応と捉えることもできる。しかし、彼ら の表情や場の雰囲気と総合すると、彼らの素直な心情が現れていたと、筆者は理解する。

分析対象者の発言を総合すると、彼らは彼らなりの美術館の楽しみ方を持っており、そ れは大人の楽しみ方と変わりがないことが分かる。即ち、「期待する作品、見たい作品が ある」「展示場所や作品の入れ替わりなど、展示の変化を楽しむ」「記憶にある作品と参 照して楽しむ」ということである。

2.カテゴリーの設定

以上の

20

の概念から、6つのカテゴリーを設定した。概念1・2から成るカテゴリー 1「原型となる記憶」、概念3・4から成るカテゴリー2「プログラムの活動の記憶」、

概念5・6・7から成るカテゴリー3「プログラムを通して鑑賞した作品の記憶」、概念 8・9・

10

11

12

13

から成るカテゴリー4「幼児に印象深い作品の要素」、概念

14

15

16

17

から成るカテゴリー5「プログラムを通して形成された美術館の概念」、概念

18

19

20

から成るカテゴリー6「生涯にわたる美術館との関わりの基盤」である。

(18)

(1)カテゴリー1:原型となる記憶(概念1・2)

概念1で示したように、美術館へ行ったことを明瞭に記憶しているにも関わらず、概念 2で示したように、それについての具体的な内容を説明できないという反応が見られた。

これらの反応には、3つの理由が推測できる。1つは、発達過程における「恥ずかしさ」

や詳細に説明することが「面倒くさい」という感情である。参加者それぞれの性格などに もよるだろうが、特に小学校高学年の参加者にこの傾向が見られた。そのため、発達過程 ゆえの感情に起因していると考えられる。2つ目は、記憶していることの言語的説明の困 難さである。これは、児童生徒に限らず成人でも同様であり、見たり行ったりしたことが あるのは記憶していても、それらを思い出して詳細に説明することは難しい。しかし、こ うした困難さを伴った上で、概念3以下に分類された説明がなされたことは、それらの活 動や作品が、彼らの中に、印象深く残されていることを表していると言える。3つ目は、

質問に正確に答えようとする姿勢である。例えば、「学校と記憶がごちゃごちゃになって る」という言葉は、自らの中に美術館経験の蓄積があることを自覚した上で、幼児期の活 動を思い出そうとしていた過程と、読み解くことができる。蓄積された経験から学んだも のは認識されていないが、経験が蓄積されていることは認識されていると言える。このこ とは、生涯にわたる美術館との付き合いの原型になるだろう。

(2)カテゴリー2:プログラムの活動の記憶(概念3・4)

概念3で事例として挙げた発言の中に、「感想みたいなのをかいた」というものがある。

この発言は、感想文を想起させ、当初違和感を持った。幼児対象プログラムには、幼児に 感想文などを書かせる内容がないためである。しかし、後に会話が続く中で、「絵を描い た」ということを意味していたことが分かった。既に見てきた通り、幼児対象プログラム における「模写」は、原作品の忠実な再現を目的とするものではなく、「描く」という行 為を通して、よりよく原作品を「見る」ことが目的であり、鑑賞者である幼児が感じたこ と思ったことを、描画という形態により表現することである。原作品を見ながら描いたこ とを、生徒が「感想みたいなのをかいた」という初発の言葉で表したことは、幼児対象プ ログラムの本質を言い表したとも言えよう。こうした活動を通し、幼児は美術館や作品と 出会い、美術館についての概念や作品についての記憶を形成している。

(3)カテゴリー3:プログラムを通して鑑賞した作品の記憶(概念5・6・7)

既に述べた通り、幼児に印象深い作品が共通して挙げられる一方で、プログラムの活動 を通じて印象付けられたことが推測できる作品も挙げられた。活動を通じ、幼児は多様な

(19)

作品と出会っていると言えよう。

(4)カテゴリー4:幼児に印象深い作品の要素(概念8・9・10・11・12・13)

作品を印象付ける要素として、作品の内容物と大きさが重要であることが分かる。また、

エル・グレコ『受胎告知』では、色彩や構図が強く印象付けられており、原作品の特徴と 整合する。カテゴリー3を支える要素として、幼児は作品の内容物や大きさを中心に、原 作品の特徴的な要素を捉えていることが分かる。

(5)カテゴリー5:プログラムを通して形成された美術館の概念(概念14・15・16・17)

分析対象者による発言は、いずれも保育施設や家庭とは異なる空間を認識していること を示すと同時に、親しみを持ち好ましく感じていることを示している。

(6)カテゴリー6:生涯にわたる美術館との関わりの基盤(概念18・19・20)

カテゴリー2・3・4に支えられ、カテゴリー5に分類できる「美術館の概念」が形成 される。それらが支えとなり、カテゴリー6に分類できる「生涯にわたる美術館との関わ りの基盤」が形成されている。各カテゴリーの関係を図に示す。

図1.カテゴリー間の関係

(20)

Ⅴ.総合的考察と今後の課題

1.同じ作品がそこに在るということ

聞き取り調査は、必然的に児童生徒がかつて美術館で経験したことを、思い出して話す というものになった。その中で、彼らが、現在の自分の姿と、幼児期の自分の姿を参照し ながら話すという場面が見られた。「(幼稚園と)学校と記憶がごちゃごちゃになってる」

と言いながら幼稚園在園当時のことを思い出そうとしていたことや、フレデリック『万有 は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』についての感想を、現在の自分から の視点で話そうとしていたことなどである。彼らの中に形成された美術館や作品の心象が 指標となって、自身の幼児期を振り返っていたと言える。美術館や美術作品は、一般的に は変わらずそこに在ると認識される。そうした普遍的なものが、自らの中に心象として確 かに存在することは、生涯にわたる美術館との関わりの重要な基盤となると指摘できる。

2.美術館での鑑賞という実体験

児童生徒は、美術館で鑑賞した実体験がなければ知り得ることのできない情報に基づく 発言をいくつか行った。具体的には、作品の大きさ、色彩、展示場所、空間の広がりなど である。特に、彫刻は展示場所や展示形態と総合して記憶されていた。彼らにとって、最 も理解しやすい要素は、大きさだったようだ。フレデリック『万有は死に帰す、されど神 の愛は万有をして蘇らしめん』や、フランシス『メキシコ』についての大きさの指摘は、

いずれの聞き取り調査の参加者にも共通していた。また、概念

20

に示した「展示場所が 変わっていることを楽しむ」ということも、作品を空間との関わりの中で鑑賞していると 理解できる。こうした鑑賞は、美術館という空間に自ら身を置くことでしか成り立たず、

美術館での鑑賞独自のものである。そうした実体験が、彼らなりの鑑賞スタイルの形成に 関与していると言えよう。

3.プログラムの方法・内容

「どんなことをしたか覚えているか」という質問に対して、ほどんどの児童生徒が、「絵 を見た」と答え、また「絵を描いた」と答えた。「絵を見た」というのは非常に端的な表 現であるが、10 種あるプログラムのうち5種が絵画鑑賞プログラムに類し、「全体鑑賞」

(21)

でも絵画を鑑賞する活動が含まれることを参照すれば、「絵を見た」という表現に総合さ れるのは理解できる。端的な表現であるが、単に美術館へ「行った」だけではなく、作品 を「見た」と表現されることから、各プログラムの方法や内容は機能していると言えよう。

また、「どんな作品を見たか覚えているか」という質問に対し、多くの作品が挙がったが、

それらのうちいくつかが何らかの活動と連動して記憶されていた。このことも、単に美術 館へ行き、作品の前に立っただけではなく、「模写」などの活動を通じて作品と相互に関 わったことによると言えよう。

4.生涯学習社会の中で

「大原美術館へまた行きたいと思うか」という質問に対し、すべての児童生徒が、「ま た行きたい」「行くのが楽しみ」と答えた。筆者への配慮に基づいた答えと捉えることも できるが、彼らの様子などから素直な心情であると理解する。こうした「また行きたい」

と思う気持ちが、生涯学習社会の中で、美術館を学習手段と位置付け、彼らの学習を支え る。学習とは、学校教育における知識の体系化のみを意味するわけではない。人生の過程 において様々な事柄に出会う時、自己や社会を映し出す鏡としての芸術作品に学ぶことは 多い。芸術作品の中でも特に美術作品を収蔵展示する美術館を、学習手段として持つこと は、自身の生き方や社会などについて考える時、何らかの示唆や指標を得ることに繋がる。

生涯にわたり学び続けるための、原初的な動機を、彼らは持っていると言えよう。

また、聞き取り調査は、異なる学年や保護者らを含めると異なる世代の人々が、大原美 術館について話し合う場であった。児童生徒が覚えている作品などを説明する時、詳細な 説明でなくとも、互いにそれを理解することが出来ていた。家庭や地域の中で、共通の話 題となり得る。また、地域への愛着ともなり、学びの循環へも繋がるだろう。

5.今後の課題

本聞き取り調査は、10 名の児童生徒を対象にしており、小規模なものである。これま で述べてきた考察をもとに、今後さらなる調査を重ね、異なる視点や方法での分析を加え るなどし、研究の精度を向上させることが今後の課題である。また、2つの聞き取り調査 を通して、児童生徒が強く反応する作品は共通していた。既に挙げた通り、エル・グレコ

『受胎告知』、モネ『睡蓮』、セガンティーニ『アルプスの真昼』、フレデリック『万有は 死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』、ホドラー『木を伐る人』などである。

(22)

これらの作品は、絵画鑑賞プログラム「対話」での「好きな絵を見つける」活動でも、「好 きな絵」として挙げられることが多い。これらの作品が幼児に好まれ、長く記憶されるの はどのような理由や要素からであるのか、さらなる分析も今後の課題である。

参照

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