海で死んだ子供の強迫観念
―『アナトールの墓』からマラルメの詩的航海を読む馬 越 洋 平
序
マラルメは、息子アナトールを、一八七九年、病によって八歳の若さで 亡くした。その時に書かれた『アナトールの墓』(草稿)には、アナトー ルの闘病と死が、『古代の神々』の影響のもと、マラルメの神話的想像力に よってアナトールという英雄と死との闘争劇として描かれている。本稿で 注目したいことは、寝台の上で死んだアナトールが、航海中に溺れ死んだ 船乗りとして描かれていることである。マラルメは病気で死んだアナトー ルを海で溺れ死んだと想像せざるを得ないのである。 この海で死んだ子供のイメージは、あたかも「亡霊」のように、「強迫観 念hantise」となってマラルメに憑りつくことになる。溺死した子供のイメー ジは、子供の死後の「詩的航海navigation poétique」の作品群のなかに繰り 返し現れるのである。マラルメの「詩的航海」とは未知の詩句を求める詩 人の姿を、船乗りの航海のテーマのなかに描いた作品群である。高名な「海 の微風」(一八六六年)がマラルメの「詩的航海」の始まりとなっている。 「海の微風」のあとマラルメの「詩的航海」は鳴りを潜めるが、アナトー ルの死を挟んで、九〇年代に突如数編も現れる。「挨拶」(一八九三年)、「の しかかる雲のあたりに」(一八九四年)、「賽の一擲」(一八九七年)、「ひた すらに、船を進める」(一八九八年)である。本稿で取り上げるのは、前か ら三つの詩篇である。これら三つの詩篇には、老年にさしかかった詩人の 境地が歌われているのだが、そこに海で死んだ子供の幻が現れるのである。 本稿では、海で死んだ子供の「強迫観念」が、マラルメの「詩的航海」の なかでいかなる意味を持ち、いかなるドラマを作ってゆくのかを追ってゆ きたい。 まず第一章で、なにゆえに寝台の上で死んだアナトールが、海での溺死 に結びつくのかということを詳しく検証するところから始めたい。第二章では、アナトールの死までの詩的航海や海の体験を振り返ったあと、子供 の死後の「詩的航海」を子供の溺死の強迫観念を中心に読み解いてゆきた い。
第一章 子供の溺死の観念形成
ここでは、アナトールが、海で溺れ死んだ船乗りに描かれている理由に ついて考察する。そのためにさっそくアナトールが、航海のさなかに溺死 する場面を覚書のなかから見てみよう。(188) petit marin ― costume mis 小さな水兵―着せられた服
quoi !― pour grande traversée なんということだ!―大航海のために une vague t’emporta 波がお前を連れ去った
mer, ascite1 海、腹水
アナトールは、「大航海」のさなかに海で溺れ死んだ英雄に高められてい る。また、紙片4 でも、「vague」を形容詞ではなく、「波」という名詞とし てとり、「春に病んで秋に死んだ― この子は太陽だ ― 波 観念 咳 malade au printemps mort en automne ― c’est le soleil― la vague idée la toux」と読む と、アナトールは、海に没した太陽の英雄として描かれていることになる。 病で死んだ子供が、溺死として描かれるのには必然的な理由がある。マ ルシャルによって、すでに指摘されてきたことだが、それは紙片188 にヒ ントが隠されている。その一つ目が、「腹水ascite」という単語である。リ シャールが「禁欲主義者ascète」と読んできたところを、マルシャルは「腹 水ascite」と読んだ。マラルメは、アナトールという英雄が溺死して、海水 をたらふく飲んで腹が膨れ上がった情景を描いているが、実はこれはアナ トールの病と関係があることなのだ。 マラルメにアナトールの病で最も印象に残っている症状が、水が溜まっ て膨れ上がった腹なのである。多くの書簡で異様に膨れ上がった腹につい て詩人は言及している。それは「以上の通りだ。わが友よ、君は遠くから
1 『 ア ナ ト ー ル の 墓 』 の テ ク ス ト は、Stéphane Mallarmé, Œuvres compètes I, édition présentée, établie et annotée par Bertrand Marchal, Bibliothèque de la Pléiade, Gallimard, 1998.(OC. I と略記)を用いる。括弧内の数字は紙片番号である。
見ることができる。最も頻繁に、往診で繰り返されている言葉は、腹水と いう語と、僧帽弁閉鎖不全という語なのだ2」、「ただ腹部だけが私たちを怖 がらせている、以前と同じで水でいっぱいなのだ3」、「こうなっては水で異 様に膨れ上がった腹に施す穿刺にしか希望を見いだせない4」などと語られ ている。腹水は最も父親を不安にさせた症状なのであった。モンドールに よるとこのアナトールの腹水は、関節リウマチに併発したと考えられる結 核性腹膜炎によるものであった可能性がある。腹水とはタンパクを含む体 液が腹部にたまる症状で、マラルメが水を抜くための穿刺に言及している ところを見るとかなり症状は重かったように思われる。 いずれにせよ、マラルメは息子の病気による「腹水」をもとにして、海 水を飲んで死んだ水死者のイメージをつくりだしているのである。リシャー ルが解読できなかった「腹水」の下にある線の引かれた単語は、「水腫症 hydropisie」であるとマルシャルは指摘しており、やはりこれは病気をもと にしたイメージであることが分かる5。 さらに、この「腹水」に、紙片188 で「着せられた服 costume mis」とあ るように、アナトールの着ていた「水兵服」の思い出が結びつくのである。 私たちに残されたアナトールの二枚の肖像写真で、アナトールは水兵服を 着ている。リシャールによると、アナトールは、この水兵服を着て埋葬さ れたのである。アナトールにとってもこの水兵服はお気に入りのものであっ たに違いない。紙片77 でも「彼の上着―(水兵の)? sa veste― (marin?)」 とあるように、マラルメはアナトールが、水兵服を着ていたことを強く記 憶に刻んでいるのである。 もう一つの理由としては、マラルメが趣味としていたセーヌ川の船遊び も影響しているように思われる。アナトールが仕度する父の船の名をある 人に聞かれ、「僕の船に名前はないよ!馬車に名前をつけますか?」と機 智の利いた返答をする逸話も報告されているように、ヴァルヴァンを流れ るセーヌ川で、父に一緒に船に乗せてもらったこともあったのだろう。覚
2 アンリ・カザリス宛 九月一六日 Stéphane Mallarmé, Correspondance 1854-1898, édition établie, présentée et annotée par Bertrand Marchal, Gallimard, 2019, p. 462. (CC と略記)
3 アンリ・カザリス宛 九月二五日 Ibid., p. 464. 4 ジョン・ペイン宛 一〇月六日 Ibid., p. 496.
5 Bertrand Marchal, « Anatole et « la tragédie de la nature » » Europe, vol.76, 1998, p. 209-210.
書には、「帆― 航行する 川、お前の命は過ぎさり、流れるのだ―voile― navigue fleuve, ta vie qui passe, coule―」(51)と、セーヌの流れとアナトー ルの命の流れを重ね合わせた紙片まであるが、セーヌでともに船遊びをす るアナトールは、詩人に危険をはらんだ海へと子供が船出する姿を想像さ せたにちがいない(もしかするとアナトールは、セーヌでの船遊びのとき、 あの印象的な水兵服も着ていたのかもしれない)。 ここまで述べてきたように子供の「腹水」、「水兵服」、また「船遊び」の 思い出は、マラルメに、大航海のなかでの英雄の溺死を想像させるのに十 分すぎる題材を提供しているのである。これらの思い出が結びつき、病床 で死んだ子供は、海で溺れ死んだ子供となったのである。
第二章 溺死した子供の強迫観念から詩的航海を読む
この海で死んだ子供の強迫観念は、マラルメの後の海の詩編に多大な影 響をもたらすことになる。マラルメの詩的航海のなかでのその影響をはか るためにも、ここでは少し遠回りして、アナトールの死までの、マラルメ の海が現れる主要な詩篇と、マラルメの実人生での海の体験を振り返るこ とにする。 Ⅰ.アナトールの死までの詩的航海 マラルメの「詩的航海」の最初の歌は、序で述べたように、「肉体は悲し い、ああ!La chair est triste, hélas!」の悲嘆から始まる高名な「海の微風」 である。この詩篇では、「海」が日常の煩わしさから人間を解放してくれる 場所として歌われていた。詩人は、「海」に無限への憧れを抱き、船を出す のである。しかし、このような逃亡は、やがて嵐を招き難破を運命づけら れた旅路となるのである。また、この航海には、未知の詩句を求めて旅立 つ、詩人の姿が重ねられている。マストに張られた白い帆は、理想的な詩 句を求めるがゆえに、何も書けないでいる詩人のページである。このマス トは、おそらく嵐を招くと歌われ、詩の挫折や、志半ばでの死を予感させ るのである(この恐るべき予感は、この後に読むマラルメの詩篇を見ると 当たっていたということになる)。この詩編は、これから始まる航海に胸を 高鳴らせた若き詩人の船出の歌にふさわしいものである。 マラルメは、「海の微風」を書いた後、一八六六年の春、地中海の美に彩 られたカンヌの風光を体験している。マラルメは、復活祭の休みを利用してカンヌ滞在中のルフェビュールのもとを訪れたのである。マラルメはル フェビュールと、カンヌの港や海岸、地中海の島々をめぐった。地中海の 風光は、「海の微風」の詩人を魅了したに違いない。マラルメは地中海の旅 を振り返り、次のように述べている「ルフェビュールが私に永遠にニース の舞台風景を隠していた幕を上げてくれたのだ。そして私は気が狂ったよ うに地中海に陶酔した。ああ!わが友よ、この地上にある空は、なんと崇 高なのだ!6」。 マラルメの虚無の発見という形而上学的回心が起こったのは、カンヌの 旅で見た自然も影響しているとマルシャルが指摘している7。カンヌの「海」 とそこに沈む太陽、つまり、自然が繰り広げる生と死の厳粛な営みは、宗 教的幻想を拭い去り、虚無が人間の運命であることをマラルメに悟らせる のに寄与したと思われるのである。マラルメは、後に神話学を通して知る ことになる「自然の悲劇」を、自らの感覚を通して先駆的に発見していた のである。 六八年にも、マラルメは、カンヌの近くの漁港バンドルでバカンスを過 ごし、その時、カザリスに「私は海と私の思想全体との照応関係を完全に 掴んだとしたら、婚姻のときを迎えるだろう8」との言葉を残す。それを証 明するかのようにマラルメは、「イジチュール」で「海」を通して形而上学 的認識を語るのである。「イジチュール」には、具体的に「海」そのものが 現れるわけではないが、イジチュールの住む城のなかにある家具の装飾の なかには、「金銀細工の海と星々の複雑な配置9」がほどこされており、そ こに「無限に組み合わせ可能な偶然10」が読み取られるのである。これは後 の「賽の一擲」の「海」を予感させるものであるが、マラルメが「海」を、 偶然性と虚無が支配する空間として認識していたことを示すものである。 七〇年代に入ってもマラルメの「海」に対する関心が続く。妻が子供を 連れて実家のカンベルクに帰省している間、七三年には大西洋に面したドゥ アルヌネとル・コンケ、七五年に英仏海峡に面したエキアンに滞在し、バ カンスを過ごしている。マラルメは、単に海水浴をしに行ったわけではな ─────────── 6 アンリ・カザリス宛 一八六六年四月二八日 CC, p. 162. 7 Bertrand Marchal, La Religion de Mallarmé, José Corti, 1988, p. 58. 8 アンリ・カザリス宛 八月一七日 CC, p. 216.
9 OC. I, p. 483. 10 Idem.
く(実際に海水浴もしているが)、詩作・思索のために、「海」を瞑想の場 所に決めたのである。そこで詩人は荒ぶる波、「壮麗な落日の祝祭11」、海上 の星々の輝きを眺めていたのである。このとき何が書かれていたかは分かっ ていないが、中畑寛之が指摘するように、マラルメにとって「海」とは、 詩を書くために必要な「虚無」の現前であったと考えられるのである12。 そして同じ七〇年代の最後、アナトールが死んだのである。我が子の死 がマラルメの詩的航海に付け加えられるのである。アナトールをマラルメ は大航海中の溺死者として描いたが、アナトールが投げ込まれた海とは、 マラルメが瞑想してきた偶然性と虚無を表す「海」であった。「海」を見つ めて行われてきた孤独な瞑想が、息子の死を語るなかで、皮肉にも活かさ れてしまうのである。 さらに、わが子という現実の犠牲者が捧げられることで、この海はいっ そう深い虚無を含んだのだと言える。ジャン=リュック・ステンメッツは、 「マラルメはといえば、死、完全なる喪失という単純な現実を前に、否定の 術に通じていた彼は、自分のそれまで知っていた虚無がもつ、まったく文 学的な側面に気づいたのである13」と語ったが、逆に言えば、マラルメは子 供の死によって完全な虚無を知ったのであり、ここにきてマラルメの虚無 の海は、絶対的なものとなったのだ。 この後、作品を読んで詳しく分析してゆくことになるが、「海」は、アナ トールの死後、マラルメにとって子供の死を思い出さざるをえない場所と なる。「海」は、子供の死やそれを通して自己の死を見つめる場所になるの であり、詩人をさらに深い虚無の認識に導くのである。マラルメはアナトー ルの死後はバカンスにはもっぱらヴァルヴァンに滞在し、「海」に滞在する ことはなくなるが、子供を葬り去った「海」は詩人の心のなかに内面化さ れたのだと考えられる。絶対的な虚無の空間となった「海」は、九〇年代 の最後の航海の詩篇を生みだしてゆくのである。 Ⅱ.アナトールの死後の詩的航海 ここからは具体的に、アナトールの死後の「詩的航海」を読んで、アナ トールの溺死がそこで持つ意味や、その強迫観念がいかなるドラマを作っ ─────────── 11 マリー・マラルメ宛 一八七五年九月九日 CC, p. 352. 12 中畑寛之『世紀末の白い爆弾』、水声社、2009、p. 252.
てゆくかを探ってゆきたい。だが、その前にまず言及しておきたいのは、 これから取り上げる、「挨拶」、「のしかかる雲のあたりに」、「賽の一擲」は、 マラルメの晩年の境地を表している詩篇であるということである。したがっ て、それは「海の微風」のように、理想の高さゆえにもたらされる破滅を 予感しつつも、未知なる詩句を求めて旅立つ若き詩人の境地が歌われてい るのではない。それは近づいてくる自己の死を見据えた作品となっている ということである。言わば、前者が若き詩人の船出の歌だとしたら、後者 は、老船長の最後の航海の歌であると言えよう。 1. 人魚の溺死 それではこのような前置きをしたところで、アナトールの溺死のイメー ジを三つの作品のなかに探してゆきたい。最初に取り上げるアナトールの 溺死を起源とする幻は、幼い人魚の溺死である。この三つの作品にはすべ て、幼い人魚が溺死する情景が描かれているのである。マルシャルもまた この人魚の溺死が、アナトールの水死のイメージを起源とするものである ことを指摘している14。 「挨拶」では、「無、この泡沫、処女なる詩/盃を指し示すのみ;/遠くには あまたの人魚の群れが/身を翻して溺れる。Rien, cette écume, vierge vers / À ne désigner que la coupe; /Telle loin se noie une troupe / De sirènes mainte à l’envers.15」 と歌いだされ、シャンパンの泡のような海の泡沫のなかに人魚の溺死を幻 視する。「のしかかる雲のあたりに」では、「虚しい全深淵が開かれて/た なびくかくも白い髪のなかに/貪欲にも溺れさしたのだろう/ひとりの人 魚の子供の腹をTout l’abîme vain éployé / Dans le si blanc cheveu qui traîne / Avarement aura noyé / le flanc enfant d’une sirène16」と歌われて、海面に浮か んでくる泡に、人魚の溺死した跡を想像する。「賽の一擲」でも、「可愛い 暗黒の身の丈が直立して 人魚の身を翻す様だ ほんの一瞬 平手打ちする 末端 が二つに分かれた性急な鱗でもって 岩をune stature mignonne ténèbreuse debout en sa torsion de sirène le temps de souffleter par d’impatientes squames ultimes bifurquées un roc17」とあり、海上に一瞬、直立した人魚が分かれた鱗で岩を
14 « Anatole et « la tragédie de la nature » » art.cit., p. 209. 15 OC. I, p. 4.
16 Ibid., p. 44. 17 Ibid., p. 380-381.
打って、身を翻して海に消える。 アナトールの死後のマラルメの詩的航海にしばしば見出されるのが、こ の幼い人魚なのであり、それは息子の死の思い出が生みだす一種の幻であ る。その強迫観念は、人魚が身を翻し「腹」を見せて溺れるという動作に 現れている。この人魚のか弱い「腹」は、水が溜まって異様に膨らんだア ナトールの腹が、詩人に残した痛ましい印象が反映されたものである。 特に以下に全文を引用する「のしかかる雲のあたり」では、アナトール と完全に同一視できる、「腹」を見せて死んだひとりの幼い人魚がドラマの 中心を担っている。このドラマは、老年となったマラルメの詩的航海の終 わりを表している。 À la nue accablante tu のしかかる雲のあたりに沈黙した Basse de basalte et de laves 玄武岩と溶岩の暗礁
À même les échos esclaves とらわれた反響にじかに触れて Par une trompe sans vertu 無力な警笛によって
Quel sépulcral naufrage (tu いかなる墓を思わせる難破が(お前は Le sais, écume, mais y baves) それを知る、泡よ、だがそこに涎を流す) Suprême une entre les épaves 漂流物の間の至高のひとつ
Abolit le mât dévêtu 帆をはぎ取られたマストを廃したのか Ou cela que furibond faute あるいは隠したのか 怒り狂って De quelque perdition haute ある崇高な破滅がないので Tout l’abîme vain éployé 虚しい全深淵が開かれて Dans le si blanc cheveu qui traîne たなびくかくも白い髪のなかに Avarement aura noyé 貪欲にも溺れさしたのだろう Le flanc enfant d’une sirène ひとりの人魚の子供の腹を
雲に圧せられ、玄武岩と溶岩の暗礁が迫りくるという、天地に押しつぶ されそうな空間のなかに、警笛は無力となりその反響はとらわれて放たれ ることはない。死者がでた難破があったようだ。そこには泡が立っており、 難破した帆のはぎ取られたマストが海に浮かんでいる。しかし、泡は起こっ
たことの顛末を決して語らない。そこで、この泡は難破船の死によるもの だけでなく、もう一つの死、人魚の死までも隠していたのではないかと問 いたてる。 つまりこれは情景としては、幼い人魚が溺れ死んだ海の深淵に、老船長 が難破して沈んでいった場面を表している(船長が年老いていることは、 泡が白髪に譬えられることから仄めかされている)。マラルメは、ここで自 らの死を、幼い人魚を飲みこんだ深淵に飲みこまれる老船長のイメージで 描こうとしていると考えられるのである。海に見出されるこの「深淵」こ そ、アナトールを飲みこんだ虚無の「深淵」である。マラルメは、その底 で久しい昔に沈んだ息子が、父が沈んでくるのを待っているものと夢想し ているのである。マラルメは、虚無のなかにいる子供のもとへ降りてゆく というかたちで自らの死を語っているのである。 子供の待つ虚無の深淵に降りてゆくという自己の死のイメージは、『アナ トールの墓』にも見出せるものである。覚書には、子供の死が開いた「深 淵」に、将来、両親が死を迎え降りてゆくところが描かれている「彼の死 以来、開かれた私たちの死のときまで私たちを追いかけてくるだろうこ の深淵― お前の母と私 私たちがそこに降りるときまで ce gouffre ouvert depuis sa mort et qui nous suivra jusqu’à la nôtre―quand nous y serons descendus ta mère et moi」(59)。ここでいう「深淵」とは、アナトールが開いたサモ ローの「墓穴」を表している。マラルメにとって死ぬとは、子供の掘った この「墓穴」に入ることである。サモローの墓地に子供が開いた虚無の「深 淵」に降りてゆく自己の死のイメージもまた、この老船長の死の場面に反 映されていると思われるのである。「墓を思わせる難破」と言われているの も、子供の待つ墓穴に降りてゆく連想が働いているからである。 このようにアナトールの死によって、海は、幼い人魚の溺死のイメージ のみならず、死んだ子供のもとへと老船長が降りてゆくという詩人の死の 光景までも出現させる場所となったのである。つまり、その死によって、 子供を飲みこんだ、そしていつの日かマラルメを飲みこむ絶対的な虚無の 深淵が、海のなかにもたらされたのである。マラルメは、子供の死に直面 して、はじめて自己の死を真に自覚するようになったのであり、それが老 船長の死の場面に表されていたのである。マラルメの「詩的航海」は、虚 無の深淵で自分を待っていた息子と一つになることによって幕を閉じるの である。マラルメは幼い子供を失った親として、虚無のなかで子供と一つ
になることのできる自己の死を宜ったであろう。 だが、虚無の世界で子供と一つになれたとしても、もしこれがマラルメ の「詩的航海」の最後の光景なら、マラルメの文学は、理想にはたどり着 けずに挫折で終わるということになってしまうのだろうか。というのも難 破は、マラルメにとって詩の挫折をも表すからだ。難破したマストから剥 ぎとられた帆には、マラルメが果たせなかった夢の数々が記されていたは ずである。そのなかには完成できなかった『アナトールの墓』の夢も記さ れていただろう。 しかし、マラルメの「詩的航海」のドラマにはまだ続きがある。それは 「賽の一擲」に見出せるものであり、そのドラマの続きも、溺死した子供を めぐる夢を中心に展開されるものなのである。 2. 幼い亡霊と詩人の義務の継承 「賽の一擲」では、偶然性を超克し、絶対に至ろうとする老船長が登場す る。老船長は、二つのサイコロを振って、六・六=一二という唯一の数を 出そうとする。これは「イジチュール」が深夜に試みた劇を、詩的航海の なかに移したものである。この航海は、絶対的必然によって書かれた詩を 目指す航海なのだが、偶然が支配するこの宇宙のなかにあっては、詩の挫 折や、夢の途上での死を運命づけられた旅なのである。老船長にとって、 これは生涯最後のそして最大の旅となるようだ。 「賽の一擲」は、第一面、第二面、第五面、第九面に、最も大きな字で 書かれた「賽の一擲は/決して/偶然を廃棄しないであろうUN COUP DE DÉS / JAMAIS / N’ABOLIRA / LE HASARD18」と、それを受けた「もし/そ れが数であったとしても/それは偶然であろうSI / C’ÉTAIS / LE NOMBRE / CE SERAIT / LE HASARD19」、「場所以外は/なにも/起こらなかっただろ うRIEN / N’AURA EU LIEU / QUE LE LIEU20」という詩句によって、主要 テーマを物語る。これはマラルメの詩的航海の挫折を物語っているのだが、 その間に挿入されている情景には、やはり「のしかかる雲のあたりに」と 同様に、嵐に沈みゆく難破船が登場する。 ─────────── 18 Ibid., p. 367, 369, 375, 383. 19 Ibid., p. 381-383. 20 Ibid., p. 384-385.
第二面から、難破の底から骰子は投げられると歌われており、すでに船 が難破していることが示唆される。そして第三面では、暗雲の立ちこめる 海原に、「のしかかる雲のあたりに」でも難破船を飲みこんだあの白く泡立 つ「深淵l’Abîme21」が現れるのである。 老船長は、骰子を振って唯一の数をだすことに逡巡しつつ、この「深淵」 に船ごと飲みこまれてしまう。この情景は、老船長の死を表しているのだ が、大事なのは、船長の沈みゆく「深淵」には、やはりあの死んだ子供の 幻が現れることである。第五面には次のように書かれている。
son ombre puérile caressée et polie et rendue et lavée
assouplie par la vague et soustraite aux durs os perdus entre les ais22
船長の幼い亡霊 愛撫され磨かれ押し返されそして洗われた 和らげられた波によって硬い骨から 引き離され消え失せたのだ板の間に こ こ で は ア ナ ト ー ル は、 人 魚 で は な く「 船 長 の 幼 い 亡 霊son ombre puérile」と言われ、その存在が明確にされている。老船長を飲みこむ深淵の なかに、死んだ息子の亡霊が、波に揺さぶられながら現れ、難破船の破片 の間に消えてゆくというのである。注目すべきことに、ここでもマラルメ は自己の死を、息子を飲みこんだ海の「深淵」に飲み込まれることとして 描くのである。この「深淵」は、息子の死が開いた虚無の深淵であり、サ モローの「墓穴」を思わせるものである。 ここまでの展開は、「のしかかる雲のあたりに」と同様の展開であると言 える。マラルメの詩的航海がこれで終わるのであれば、その生涯は偶然性 に敗れ「絶対」にはたどり着けない挫折に終わるものとして語るほかない が、「賽の一擲」では、ここに新たな展開が加わり、一筋の希望の光を投げ かける。それが次の世代への「詩人の義務の継承」のテーマである23。「賽 ─────────── 21 Ibid., p. 370. 22 Ibid., p. 374. 23 「挨拶」にも、「船尾」にいるマラルメが、荒波をかき分ける「船首」にいる
の一擲」では老船長が死の場面で、次の世代へと詩的冒険を引き継がせよ うとするのである。このテーマこそ、アナトールの死と深く関わるものな のだ。 実は、次の世代への「詩人の義務の継承」のテーマは、『アナトールの墓』 で初めて見出されたテーマなのである。『アナトールの墓』においてマラ ルメは、「イジチュール」に見られた詩人の義務を先祖から受け継ぐという テーマをさらに進めて、次の世代に詩人の義務を継承する夢を語ったのだっ た。覚書のなかに「悪い時代に生まれた父は― 息子に一つの崇高な義務を 準備したpère qui né en temps mauvais― avait préparé à fils― une tâche sublime」 (10)と記されているように、詩人の義務の継承の相手は、詩人を思わせる 子供であったアナトールなのである。これは、息子に詩人の義務を受け継 がせることの挫折を語る「後継者の死」のドラマをかたちづくっていたの である。 『アナトールの墓』の「後継者の死」のドラマのつづきは、「賽の一擲」 のなかに見出されるのである。「賽の一擲」は、叶えられなかった父から子 へと詩人の義務を継承する夢を、息子の代わりに新しい世代の詩人に託す るドラマとして読むことができるのである。そのドラマは第五面の次の詩 句に見出すことができる。
ancestralement à n’ouvrir pas la main crispée
par-delà l’inutile tête legs en la disparition à quelqu’un ambigu24 祖先のように開かない手 ─────────── 友人らを激励する場面があるが、ここにも後進に詩人の義務を引き継がせよう とするマラルメの姿を見出すことができよう。だが、この「詩人の義務の継承」 のテーマが、老船長とその子供の死に結びつけられ、明確にそれも悲劇的に表 現されるのは「賽の一擲」である。 24 OC. I, p. 374.
痙攣した 無益な頭を越えて 消滅のなかでの遺贈 ある者に向けた 定めがたき 老船長は海に沈んでゆくとき、骰子を握りしめた手を突き出し、骰子を 「遺贈legs」するのだ。「遺贈」とは、次の世代に伝える遺産の意味であり、 ここでは、骰子を振ること、つまり詩を書くという詩人の義務を遺贈する のである。「定めがたきある者」とは、次の時代の詩人のことである。老船 長は、深淵に飲み込まれて、息子の幻とともに消えてゆく光景のなかで、 詩的冒険を次の世代に受け継がせようとするのである。この光景のなかに は、息子に詩人の義務を受け継がせることのできなかった父の無念と、息 子の代わりに新たな世代に自らの詩人の義務を受け継がせるという希望が 表されている。 実際このあと「賽の一擲」には、老船長の突き出した骰子を受け取る者 が現れるのである。それが、第七面で空から舞い落ちてくる老船長の「半狂 乱の孤独な羽根plume solitaire éperdue25」を、縁なし帽に受け止める「暗礁の
苦悩の王子prince amer de l’écueil26」である。この舞い落ちる「羽plume」と は、当然、「ペンplume」のことであり、先ほどの遺贈された骰子の言い換 えである。 この若き王子こそ、息子に代わって詩人の義務を受け継ぐ次の世代の詩 人である。この王子もいつかは偶然性との闘争に敗れ、旅のなかばで破滅 することが予感される。しかし嵐が止んで第一一面で雲間から現れた「北 斗七星27」は、偶然的な宇宙のなかに目指すべき必然的な詩が存在すること を示唆するのである。「賽の一擲」は、偶然性が常に人間の意図を越えて存 在するとしても、詩人の義務を未来の世代に果たしてゆくように訴えかけ るところで終わるのである。 ─────────── 25 Ibid., p. 378. 26 Ibid., p. 379. 27 Ibid., p. 387.
ここまで読んできたように、次の世代へと詩人の義務を継承するテーマ を動かす原動力の一つとして、息子に詩を語り継いでゆくことのできなかっ た父の無念があったのである。波間に現れた息子の幻とともに海に沈みゆ く老船長が、海上へと腕を突き出して、骰子を次の世代の詩人に渡そうと する情景には、マラルメの父親としての無念を読みとることができたのだ。 この骰子を新たな時代の詩人が受け取ることは、息子と夢を叶えられなかっ たマラルメの無念に報いることなのである28。
終わりに
本稿では、アナトールの死によってもたらされた、海で死んだ子供の強 迫観念が、マラルメの「詩的航海」で演じた役割を検証してきた。最初に、 なにゆえに病床で死んだアナトールが、海で死んだ子供となったのかを考 察した。海で溺死した幼い子供のイメージは、腹水や水兵服、船遊びの思 い出によってもたらされたものである。六〇年代からの詩人の海への関心 は、虚無を瞑想するためのものであったが、皮肉にも息子の死を語るのに 活かされてしまうのである。海は、子供の死を契機にさらに深い虚無の空 間になるのである。 そのあとアナトールの死の影響をはかるために、九〇年代の詩的航海を 読んだ。すると、溺死の強迫観念はマラルメの頭脳に憑りつき、詩的航海 に多大な影響をもたらしていることが分かった。腹を翻して溺れ死んでゆ く人魚は、アナトールの幻である。「のしかかる雲のあたりに」では、この 幼い人魚を飲みこんだ深淵に老船長が飲みこまれる光景が描かれていた。 これは、息子を飲みこんだ虚無の深淵に自らも飲みこまれてゆくというマ ラルメの自己の死に対する認識を示すものだ。その深淵には、サモローの 墓穴のイメージが反映されているのである。 そうであるならば、マラルメの詩的航海の最後の風景は、帆のない帆柱 ─────────── 28 「賽の一擲」のなかで、「詩人の義務の継承」のテーマが重要なのは、マラル メが「賽の一擲」を最初に読み聞かせた相手がポール・ヴァレリーであったこ とにも表れている。マラルメは「賽の一擲」が完成するやいなや、ヴァレリー を自宅に呼んで原稿を机の上に並べ朗読したのだった。マラルメにとって、ヴァ レリーは「ある定めがたき者」の一人として意識されていた詩人であっただろ うし、息子と同い年生まれで、親しかったヴァレリーに、自らの詩人としての 意志を受け継いでほしい気持ちはひときわ強かっただろう。Paul Valéry, Variété II, Gallimard, 1930, « Le coup de dés », p. 193.を廃棄する難破と、虚無の深淵のなかでの子供との一体化ということにな る。そこには『アナトールの墓』を含めたマラルメの詩的挫折しか見いだ せない。ゆえに新たな展開を探りに「賽の一擲」を読んだ。するとそこに は、同様の老船長の死の光景が広がっていたのだが、溺死した子供の夢を めぐる新たなドラマが見いだせた。子供の幻とともに沈みゆく老船長が、 若き王子へと骰子を譲る光景に、息子の代わりに、次の世代に詩人の義務 を継承させようとするマラルメの姿を見ることができたのである。 こうして見てみると、マラルメが周りに多くを語らなかった子供の死は、 詩人の死のときまで常に心の重要な位置を占めていたのであり、海という 場こそが、子供の死を思い起こさせるものであったことが分かる。マラル メの海を覗くとは、あたかもその無意識を覗くようであった。ボードレー ルが、「おお海よ 何人も君の心の奥の富を知らない、/それほどまでに君 らは己が秘密を守るのに、執拗なのだ!29」と歌ったように、マラルメの海 もまた、息子の死という極めて悲しい秘密を隠していたのである。 (早稲田大学大学院博士後期課程)
29 Charles Baudelaire, Les Fleurs du Mal, texte présenté, établi et annoté par Claude Pichois, Gaillimard, 1972, « L’Homme et la Mer », p. 49.