博 士 ( 医 学 ) 佐 々 木 孝 治
学 位 論 文 題 名
心筋 Na チャネルのフイルター領域はイオン選択性と ともに抗不整脈薬の薬物動態もコントロールする 一特発性心室細動変異チャネルを用いた解析一
学位論文内容の要旨
【 は じ め に 】 膜 電 位 依 存 性Naチ ャ ネ ル は 脱 分 極 に よ る 活性 化と それ に引 き続 く不 活性 化と いう 開閉 機 構( ゲー ト機 構) によ って イオ ンの 通過 がコ ント ロー ル され て い る 。I群 抗 不 整 脈 薬 はNaチ ャ ネ ル に 結 合 し こ れ を 遮 断 す る 薬 剤 で あ る が 、 活 性 化 チ ャ ネ ル よ り も 不 活 性 化 チ ャ ネ ル に 対 す る 親 和 性 が 高い 。そ れはNaチ ャネ ル遮 断薬 の薬 効が 薬剤 感 受性 を決 定す る「 チャ ネル の分 子構 造」 より も、 むし ろ 薬剤 そ のも のの 特性 であ る 「ゲ ート 依存 性」 に由 来す るた めで ある と考 えら れて い る。 し か し 最 近 、 「Naチ ャ ネ ル の 通 過 孔 に 存 在 す る イ オ ン 選 択フ イル ター と呼 ぱれ る部 位 は 、Naチ ャ ネ ル 遮 断 薬 が 結 合 部 位 ヘ ア ク セ ス す る 過 程を 規定 する 」と いう 報告 がな され た。 この 仮 説を 検証 する ため に、 我々 はイ オン 選択 フイ ルタ ーに 隣 接す る 部 位 に 見 出 さ れ た 心 筋Naチ ャ ネ ル 遺 伝 子(SCN5A)変 異S1710Lを 用 い て 、Naチ ヤネ ル遮 断薬 の分 子 薬理 学的 機構 を検 討し た。 この 変異 は心 室細 動に よっ て 突然 死 を き た す 特 発 性 心 室 細 動(Brugada症 候 群 ) に 見 出 さ れ た 変 異 で あ る 。Brugada 症 候 群 で は 、Naチ ャ ネ ル 遮 断 薬 の 投 与 に よ っ て 右 側 胸 部 誘 導 の 特 徴 的 なST上 昇 の 増 悪 や 不 整 脈 発 生 を 来 た す が 、 そ の 機 序 と し て 心 筋Naチ ャネ ル不 活性 化の 亢進 と そ れ に よ る 二 次 的 な 薬 剤 感 受 性 の 亢 進 が 唱 え ら れ て いる 。我 々はS1710Lの 不活 性 化 が 非 常 に 亢 進 し て い る こ と を す で に 見 出 し て お り 、も しNaチャ ネル 遮断 薬の 薬効 がゲ ート 機構 だ けで 規定 され てい れば 、強 カな 遮断 効果 が観 察さ れる と 推測 さ れる 。
【 方 法 ・ 結 果 】S1710L及 び 正 常(WT)の 心 筋Naチ ャ ネ ル を 培 養 細 胞 に 発 現 さ せ て 、 ホ ー ル セ ル パ ッ チ ク ラ ン プ 法 に よ りNa電 流 を 測 定 した 。単 回の 脱分 極刺 激で 得 ら れ る ブ ロ ッ ク ( ト ニ ッ クブ ロッ ク;TB)は 、静 止状 態に おい て不 活性 化し てい る チ ャ ネ ル の 割 合 を 反 映 す る が 、 保 持 電 位‑120 mVで 測 定 し た メ キ シ レ チ ン(50 pM) に よ るTBはS1710Lで 有 意 に 亢 進 し て い た 。 こ れ は 過 分 極 側 に 大 き く 偏 位 し たS1710Lチ ャ ネ ル の 不 活 性 化 膜 電 位 依 存 性 と 一 致 す る 所見 であ る。 不活 性化 の膜 電 位 依 存 性 か ら 、 保 持 電 位 を‑150 mVと 深 く す る とWTとS1710Lの 不 活 性 化 チ ヤ ネ ル の 割 合 は ほ ぼ 同 程 度 ( 約1% ) に な る た め 、S1710LとWTの 差 は 小 さ く な
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る こと が推 測さ れたが、‑150 mVにおいてもメキシレチン(100 VLM)によるTBは S1710Lで亢 進し てい た。 これ らの結 果は 、S1710LのTB亢進 が変 異に よっ て生 じたゲート機構の変化のみでは説明できないことを示唆している。一方、メキシレ チン(50 ptM)における頻度依存性ブロック(use‑dependent block; UBD)はS1710L の 方がWTよ りも 逆に減弱しており、メキシレチンによるブロックからの回復も S1710Lで亢 進し てい た(50%回 復ま での 時間 ;WT=601土22 ms,S1710L=176土9 ms)。さらに不活性化チャネルに対する親和性もS1710Lで低下していた(解離定 数 : KI; WT=3.4土0.9ロM,S1710L=13.8士1.5ルM)。このことから、S1710Lチ ヤネルでは不活性化が亢進しているものの、必ずしもそれがメキシレチン感受性の 増強にっながっておらず、薬物結合部位からの解離や細胞外への薬物移動が促進し ている可能性が考えられた。一般にNaチャネル遮断薬が細胞外から細胞内の結合 部位に至るに経路としては、チャネル孔を介する親水性経路と細胞膜を介する疎水 性の経路があると考えられ、S1710L変異によるチャネル孔(親水性経路)を介し た 薬物 動態 の変 化を 検討 する ために 、細 胞膜 を通 過し ない りド カイ ン誘 導体 QX314を用いた検討を行った。細胞外に投与されたQX314(100 VM)によるTBは゛.
メキシレチンと同様にS1710Lで亢進していた(WT= 4.1土1.8%,S1710L= 19.6土 4.1%)。また、細胞内に投与したQX314(100 Lr,IvDによってもたらされたブロック か らの 回復 はS1710Lで亢進していた(時定数て:WT= 905.4士212.48,S1710L=
207.4士22.7s)。これにより、S1710Lでは細胞外からチャネル孔を介する受容体 へのアクセスが容易になっていること、受容体からチャネル孔を介した薬物解離が 亢進していることが示唆された。S1710がイオン通過孔に面してイオン選択性を 変化させているか否かを見るために、K゛とNa゛の透過性の比率(PKIPNa)を測定 し た 。S1710LのPK/PNaはWTの約1.9倍 とな って おり 、変 異に よっ てNa゛の み ならずK゛も通し易い性質をもっことが示された。これらの結果から、S1710はチ ヤネル孔の親水性経路に面して存在しており、S1710L変異によってチャネル孔の 構 造変 化がNaチ ャネル遮断薬の親和性とイオン選択性の変化をもたらすものと 考えられた。
【考察】Brugada症候群の病態は、Naチャネルの活性化の亢進によるNa電流の 減 少で あり 、Naチャネル遮断薬によるST上昇の増悪の機序は変異がもたらすゲ ート機構の変化による二次的な薬物親和性の亢進であると理解されている。しかし、
今 回我 々が 検討 したS1710L変異チャネルは、亢進した不活性化と一致して強い TBを示 すも のの 、UDBは逆 に減 弱し てお り、 不活性化チャネルに対する薬剤親 和性も低下していた。これらの事実は、I群抗不整脈薬の薬効を規定する主たるメ カニズムとして考えられている「Naチャネルのゲート機構」だけでは説明するこ と がで きな い。QX314を用 いた 実験 から は、 むしろS1710L変異によってもたら されたイオン選択フィルターの構造変化が薬物のアクセス経路を変化させること により薬物の解離が促進し、それがUDBの減弱や薬剤親和性の低下にっながって いると考えられる。Naチャネルのイオン選択性フイルター近傍の構造がイオン選 択性のみならず薬剤の動態や感受性を規定するということが、基礎研究レベルの事 実だけではなく、臨床的な病態にも関与していることが自然発生の心筋Naチャネ ル変異を用いた本研究によって明らかになった。
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学位論文審査の要旨
学位論文題名
´ふ筋Na チャネルのフイルター領域はイオン選択性と ともに抗不整脈薬の薬物動態もコントロールする
―特 発 性 心室 細 動変 異 チ ャネ ル を 用い た 解析―
膜電位依存性Naチャネルは静止、活性化およぴ不活性化状態という開閉(ゲート)機 構によルイオンの通過をコントロールしている。多くのNaチャネル遮断薬は不活性化 チャネルに対する親和性が高く、これは受容体との親和性がチャネルの状態によって変 化すること(ゲート依存性)に由来している。特発性心室細動の一群であるBrugada症 候群(BS)は心筋Naチャネルaサブュニット遺伝子(SCN5A)の変異を原因とするが、Na チャネル遮断薬の投与により特徴的なST上昇の増悪や不整脈発生などの薬剤感受性の 亢進を示し、その機序は変異チャネルの不活性化亢進による薬物親和性の亢進であると されている。また近年、「Naチャネルのイオン選択フイルターは薬剤が結合部位ヘアク セスする過程を規定している」という説が提唱された。本研究では、特発性心室細動症 例のSCN5A内イオン選択フイルター隣接部位に同定されたS1710L変異チャネルを用い て、薬理作用の分子学的機構を検討した。この変異チャネルはBSと同様な不活性化亢 進を示すことから、薬物親和性がゲート機構のみに規定されるならば、薬物感受性の亢 進が予 想される 。S1710L及ぴ正常(wDの心筋Naチャネルを培養細胞に発現させて、
ホールセルバッチクランプ法によるNa電流を測定した。S1710Lの不活性化膜電位依 存性はWTよりも過分極側に偏位していたが、これに一致して、保持電位ー120 mVに おけるメキシレチン(Mex)によるトニックプロック(TB)はS1710Lで亢進していた。また、
不活性 化チャネ ルの割合 がWT、S1710Lともに 約1%である保持電位―150 mVにおい て もMexのTBはS1710Lで 亢 進 して お り、 両 チ ャネ ル のTBの違 いはゲー ト機構の 変化のみでは説明できぬいと考えられた。一方、Mexによる使用頻度依存性ブロック (UDB)はS1710LでWTよ りも逆に 減弱して おり、またMexによるブロックからの回復
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顕
直
哲
秀
畠
木
藤
々
北
佐
丸
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
はS1710Lで亢進し、不活性化チャネルに対するMexの親和性はS1710Lで低下してい た。次に、細胞膜不透過のりドカイン誘導体QX314を用いて、親水性経路であるチャ ネル孔のみを介する薬物動態を検討した。細胞外に投与したQX314によるTBはS1710L で亢進しており、細胞内に投与したQX314によるブロックからの回復はS1710Lで亢進 していた。このことから、S1710Lでは細胞外からチャネル孔を介する受容体へのアク セスが容易となり、さらに受容体からチャネル孔を介した薬物解離が容易となると考え られた。さらに、イオン選択性の指標であるK十とNa゛の透過性の比率(PK/PNa)を検 討 した とこ ろ、S1710LのPK/PNaはWTの1.9倍であり、S1710Lがイオンの通過経路 であるチャネル孔の構造変化を来たしてイオン選択性と薬剤動態の変化をもたらすも の と考 えられた。BSの病態は変異Naチャネルの不活性化亢進によるNa電流の減少 であり、ゲート機構の変化によりNaチャネル遮断薬の感受性が亢進していると考えら れている。しかし、S1710Lは亢進した不活性化に一致して強いTBを示すが、UDBは 逆に弱く、不活性化チャネルに対する薬剤親和性も低下していた。これらの結果はNa チャネル遮断薬の薬効を規定するヌカニズムとして考えられている「ゲート機構による 変化」だけでは説明できない。QX314を用いた検討とイオン選択性の変化から、イオ ン選択フイルタ一近傍の構造変化が薬物の動態を亢進させて、TBの亢進やUDBの減少、
薬剤親和性の低下をもたらすものと考えられた。Naチャネルのイオン選択性フイルタ ー近傍の構造がイオン選択性のみならず薬物動態や感受性に影響し、臨床的な病態にも 関与していることが自然発生の心筋Naチャネル変異をもちいた本研究によって明らか になった。
口頭発表に際し、佐々木教授から他の変異による特発性心室細動症例に対するNaチャ ネル遮断薬の影響、薬物治療の可能性についての質問がなされた。次いで、丸藤教授か ら検討に用いた薬剤の性質や、他の薬剤で予想される結果、構造変化以外の機序の可能 性についての質問がなされた。最後に北畠教授から臨床的な考察、新たな薬剤の開発に ついての質問がなされた。いずれの質問に対しても、申請者は研究結果に基づいて、あ るいは文献的知識により、適切な回答を行った。この論文は、イオン選択性フイルタ ー領域が及ぼす薬物動態への影響を明らかにしたものとして意義のあるものと評価さ れ、審査員一同は、これらの成果を高く評価し、申請者が博士(医学)の学位を受ける のに充分な資格を有するものと判定した。
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