博 士 ( 歯 学 ) 阿 部 貴 惠
学 位 論 文 題 名
統合失調症患者における口腔ケア介入研究 学位論文内容の要旨
【緒 言】
精神 疾患を有する者の多くは,自己管理の低下や 抗精神病薬の副作用により,口腔内 環 境の 劣悪性が指摘され,口腔衛生の支援が必要と されている,精神疾患のなかでも統 合失調 症は発症の割合が高く,全人口の約1%が罹患している,また,統合失調症は,思 考,情 動,意欲など人格全体に障害が及ぶ精神疾患で,発症すると経過が長期に及ぶため 長 期 入 院 患 者 の 退 院 促 進 や 社 会 復 帰 が 重 要 な 課 題 と な っ て い る . 近年 口腔ケアは誤嚥性肺炎の予防,摂食・嚥下機能の向上,栄養改善等に有効であるこ と が報 告されている.しかし,口腔ケアが精神科領 域に対してどのような効果を及ぼす かにっ いては,科学的には確認されていない.また,統合失調症の病態や治療効果等を評 価 する ために,精神症状のみならずストレスマーカ ーの変化を指標とした研究が報告さ れてい る.そこで本研究では,長期入院中の慢性統合失調患者を対象とし,口腔ケアが精 神 症 状 や 生 活 障 害 , 唾 液 ス ト レ ス マ ー カ ー に 及 ば す 影 響 を 検 討 し た .
【対象 ・方法】
札幌 花園 病 院・ 精神 神経 科に 入院 して いる 慢性 統合 失調 症患者30名(男性11名,女 性19名 )を対象とした.
1) 第1期 介 入 : 介 入 群 と し で2006年11月 か ら2007年2月 ま で 患 者10名 ( 男 性4 名 ,女 性6名 ,平 均年 齢55.8土5.7歳) に 対し ,月1回 の歯 科医師による専門的口腔ケ ア (直 接介入)船よび日常の看護師・介護者による セルフケア介助を施行した.これに 先 立ち ,この病院に勤務する看護師および介護者に 対して,口腔保健に関する集団指導 と 口腔 ケア 教 育を 施行 した (間 接支 援) ,ま た同 時期 に, 患者10名(男性2名 ,女性8 名 ,平 均年 齢54.7土5.5歳 )を 非介 入群 とし ,通 常の セル フケアのみを施行させた.
2) 第2期 介 入 : 介 入 群 と し て2007年11月 か ら2008年2月 ま で 患 者10名 ( 男 性5 名 ,女 性5名 ,平 均年 齢71.6土4.9歳) に 対し ,週1回 の歯 科医師による専門的口腔ケ ア(直 接介入)を施行した.
評価 方法に関しては,口腔ケア介入前後に口腔内 診査として歯面衛生状態評価(DPI: Dental Plaque Index),舌衛生状態評価(TPI:Tongue Plaque Index),ならびに口腔乾燥 度 を 用 い , ま た , 精 神 症 状 の 評価 を陽 性 ・陰 性症 状評 価尺 度(PANSS:Positive and Negative Syndrome Scale),生活障害の評価を精神障害者社会生活評価尺度(LASMI:Life Assessment Scale for the Mentally Ill)を用いた,さらに第2期介入群においては,
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口腔 ケア介 入前後に 抑うつ 症状の評 価をべッ ク抑うつ質問表(BDI‑II: Beck Depression InventoryーSecond Edition)を用い,唾液中ストレスマーカーの指標として,アミラーゼ,
コルチゾール,クロモグラニンA,スーパーオキサイドディスムターゼ(以下,Cu/Zn SOD) の測定を施行した.
統計 学的解 析は,SPSS for WINDOWS (ver.ll)を用いて,Mann Whitneyの順位和検定,
ズ2乗 検 定 ,Spearmanの 順 位 相 関 係 数 な ど の 統 計 手 法 に て 行 っ た (p〈0.05) , 【結果】
第1期介 入群(月1回専 門的口 腔ケア) では, 口腔ケア 介入に より口腔衛生状態に改善 傾向 が認め られたが ,精神 症状や生 活障害の 変化は みられな かった .第2期介入群(週1 回専 門的口 腔ケア) では, 口腔ケア 介入によ り口腔 衛生状態 や乾燥 状態の改善のみなら ず,生活障害(対人関係,労働課題遂行,およぴ自己認識)の有意な改善を認めた(p〈0.05).
唾液 ストレ スマーカ ーに関 しては, 口腔ケア 介入前 後におい て有意 な変化は認められな かったが,アミラーゼと生活障害評価尺度との間に弱い相関関係(r=0. 413,p二ニニ0.08)が 認め られた .一方,非介入群においては,口腔衛生状態,精神症状およぴ生活障害のいず れも変化を認めなかった.
【考察】
第1期 介 入群 と 第2期介 入 群 とで は 平均年 齢や自 立度に差 があり単 純に両 群を比較 す る こ とは で きない が,この2段階 にわた る介入研 究に韜 ける考察 は以下 の通りで ある,
1.口腔環境にっいて
歯面 衛生状 態評価, 舌衛生 状態評価 ともに 第1期 介入群, 第2期介入群では改善傾向を 認め るもの の有意差 はなか った.一 方,口腔 乾燥状態にっいては,第1期介入群では介入 効 果 を認 め な かっ た が , 第2期 介 入群 では有 意に改 善した. 第1期 介入群 では,介 入後 に口 腔衛生 状態や口 腔乾燥 状態が悪 化した症 例も散 見され, この介 入法では介入効果に 個人 差が生 じやすく ,必ず しも改善 効果が得 られな いことが 推察さ れた.精神障害者な ど知 的ある いは心的 側面に 障害があ る者への 口腔ケ アに関し ては, 低頻度の専門的口腔 ケア や看護 ・介護職 への間 接的支援 だけでは 改善効 果は得づ らく, 障害者個別の口腔状 態 を 把 握 した 専 門 家に よ る 高頻 度 か つ 個別 の 口 腔ケ ア が 重要 で あ ると 考 え られ た , 2.精神症状にっいて
本研 究 にお いて, 精神症状 の指標 としての 陽性・ 陰性症状 評価尺度(PANSS)に っいて は 第1期 介 入 群お よ び 第2期 介 入 群の いず れにおい ても明 確な口腔 ケア介 入効果は 得ら れ な かっ た . 一方 , 生 活 障害 の 指 標と し て の精 神 障 害者 社 会 生活 評価尺 度(LASMI)に つ い ては 第2期介 入 群 ( 週1回 の 専門 的口 腔ケア) におい て対人関 係,労 働または 課題 の 遂 行, 韜 よぴ自 己認識の3項目 で有意 な改善効 果を認 めた.こ れは, 口腔ケア を通し たコ ミュニ ケーショ ンが他 者との信 頼関係の 構築や 自己自信 の回復 にっながり,対人関 係 や 労 働 ま た は 課 題 の 遂 行 , 自 己 認 識 に 良 い 影 響 を 与 え た た め と 考 え ら れ た . 3.唾液ストレスマーカーについて
唾 液は非侵 襲的に採 取でき る試料で あり, 唾液中の 様々な ストレスマーカーの相対 的な 変化を 調べるこ とでス トレスを 測定す ることが 可能であ る.本 研究では,口腔ケ
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ア介入前後において唾液ストレスマーカーの有意な変化は認められなかった.その理
由として,多くの唾液中のストレスマーカーは短時間のストレスにはよく反応するも
のの,本研究で実施した口腔ケアのように,比較的長い期間をかけて徐々に口腔内状
況が改善していくような変化には反応しにくいことが考えられた.しかし,精神評価 尺度と各ストレスマーカー値との相関係数を算出した結果,精神障害者社会生活評価
尺度(LASMI)とアミラーゼとの間に弱い相関関係(r=0. 413,p=0. 08)が認められた,
このことはアミラーゼが生活障害と連動する可能性を示しており,ストレス評価とし
ー
ての有用性を示唆していた.
【結語】
統合失調症患者への適切な口腔ケア介入は,口腔環境のみならず,生活障害を改善す ることが示され,口腔ケアの新たな有効性が示唆された.
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学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
統合失調症患者における口腔ケア介入研究
審査は, 審査担当 者全員の 出席の下に 行われた .最初に 申請者よ り提出論文の 概要が説 明され, その後, 申請者に対 し提出論 文とそれ に関連し た学科目にっい て 口 頭 試 問 が 行 わ れ た . 以 下 に , 論 文 の 要 旨 と 審 査 の 内 容 を 述 べ る ,
【論 文の内容 】
[研 究の背景 ]
統合 失調症は ,思考,情動,意欲など人格全体に障害が及ぶ精神疾患で,発症す ると 経過が長 期に及ぴ ,自己管 理の低下や 抗精神病 薬の副作 用により ,口腔内 環 境の 劣悪性が 指摘され ,口腔衛生の支援が必要とされている.しかし,統合失調症 患 者 に 対 す る 口 腔 ケ ア の 効 果 に っ い て は , 科 学 的 に は 確 認 さ れ て い な い .
そこ で本研究 の目的は ,長期入 院中の慢性 統合失調 患者を対 象とし, 口腔ケア が精 神症状や 生活障害 ,ならぴ に唾液スト レスマー カーに及 ぼす影響 を明らか に する ことにあ る,
[対 象・方法 ]
札幌 花 園 病院 ・ 精神 神 経 科に 入 院し て い る慢 性 統合 失 調症患 者30名(男 性11 名, 女性
19
名) を対象と した,1
) 第1
. 期 介 入 :2006
年11
月 か ら2007
年2月ま で 患者10
名( 男 性4
名, 女 性6
名 , 平 均年 齢55
.8
土5
.7
歳 )に対し ,月1回の歯 科医師に よる専門 的口腔ケ ア(直 接介入) および日 常の看護 師・介護者 によるセ ルフケア 介助を施 行した. こ れに 先立ち, この病院 に勤務す る看護師お よび介護 者に対し て,口腔 保健に関 す る集 団指導と 口腔ケア 教育を施行した(間接支援).また同時期に,患者10名(男 性
2
名 , 女性8
名 , 平均 年 齢54.7
土5.5
歳 ) を 非介 入 群と し, 通常のセ ルフケア のみ を施行さ せた.2
) 第2
期 介 入 :2007
年11
月 か ら2008
年2
月 ま で 患 者10
名 ( 男 性5
名 , 女 性5
名 , 平 均 年 齢71. 6+4.9
歳 )に 対 し, 週1
回 の 歯科 医 師に よ る 専門 的 口腔 ケ ア(直 接介入) を施行し た.
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ー男 政
孝
夫
農 善
保
上 川
若
井 北
八
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
口腔 ケア介入 前後に口 腔内診査 ,精神症 状および生 活障害の 評価を行った.さ ら に 第2期介 入 群において は,口腔 ケア介入 前後に抑 うつ症状 の評価と 唾液中ス トレ スマーカ ーの指標 として, アミラーゼ,コルチゾール,クロモグラニンA,ス ー パ ー オ キ サ イ ド デ ィ ス ム タ ー ゼ ( 以 下 ,
Cu/Zn SOD)
の 測 定 を 施 行 し た ・[結果と考察]
第1期 介入(月
1
回専門的 口腔ケア )群では ,口腔ケア 介入により口腔衛生状態 に改 善傾向が認められたが,精神症状や生活障害の変化はみられなかった.一方,第
2
期 介 入( 週1
回 専門 的 口 腔ケ ア )群 で は, 口腔ケア 介入によ り口腔衛 生状態 や乾 燥状態の改善のみならず,生活障害(対人関係,労働課題遂行,およぴ自己認 識)の有意な改善を認めた(p〈O.05).唾液ストレスマーカーに関しては,口腔ケ ア介 入前後に おいて有 意な変化 は認めら れなかった が,アミ ラーゼと生活障害評 価尺度との間に弱い相関関係(r=0. 413,p二ニO.08)が認められた.精神障害者など 知的 あるいは 心理的側 面障害が ある者へ の口腔ケア に関して は,低頻度の専門的 口腔 ケアや看 護・介護 職への間 接的支援 だけでは改 善効果は 得づらく,障害者個 別 の 口腔 状 態 を把 握 した 専 門 家に よ る高 頻 度かつ個 別の口腔 ケアが重 要である と考えられた.以上 より,統合失調症患者への適切な口腔ケア介入は,口腔環境のみならず,生 活 障 害 を 改 善 す る こ と が 示 さ れ , 口 腔 ケ ア の 新 た な 有 効 性 が 示 唆 さ れ た .
【審査の 内容】
以上,論 文につい て概要が 説明された後,各審査員より,本研究の背景,方法,
結果 ,考 察潟よぴ 関連の研 究にっいて 質問がな された. 主な質問 内容は, @唾液 スト レ ス マー カ ーの 特 徴 ◎日 内 リズ ム と 唾液 採 取 時間 に つい て ◎口腔ケ アを続 ける と歯 の喪失を 予防でき るか@専門 的口腔ケ アの効果 的な介入 方法,な どであ った ;論 文提出者 はいずれ の質問に対 しても明 確かつ的 確に回答 し,さら に今後 の研究に っいても 発展的な 将来展望 を示した.
試問の結 果,統合 失調症患 者への適切な口腔ケア介入は,口腔環境のみならず,
生活障害 を改善す ることを 明らかにし,口腔ケアの新たな有効性を示唆した点が,
今後 の歯 科医学の 発展に大 きく貢献す るものと 評価され た.さら に,学位 申請者 は, 本研 究を中心 とした専 門分野はも とより, 関連分野 について も十分な 学識を 有してい ることを 審査員一 同が認め た.