博 士 ( 理 学 ) 黒 川 孝 幸
学位論文題名
Effect of Polymer Dynamics on Friction of Gels (ゲルの表面摩擦に及ぼす高分子ダイナミクスの効果)
学位論文内容の要旨
グル 科学 者は、関節軟骨、半月板、腱および靭帯のようた生体中でカのかかる 部位 の合 成結合組織を作り出す問題に取り組んでいる。しかし、天然の組織を ハイ ドロ グルに取り替えるには、低い表面摩擦や磨耗、適切な弾性係数、およ び高 い機 械的な強さといった問題をクリアしなくてはならない。たとえぱ、関 節 軟 骨は70% の 水 を 含 むゲ ルで 数十MPaの圧 力下で 、何 百万 回と 様々 な速 度 で動 いて もほと んど 磨耗 しな ぃ。 本論 文の3章で述べるように、ゲル表面に自 由末端鎖を導入すると摩擦係数が10−4と著しく小さくなることがわかった。そ ういった意味では、グルは関節軟骨代替材料となりえると期待される。しかし、
ポリ ビニ ルアル コー ル(PVA)ゲル が機 械的に強く、軟骨代替材料の候補となっ てい るほ かは、往々にして天然および人工由来にかかわらずハイドロゲルは機 械的 強度 にかけている。筆者はゲルに二重網目構造(DN)を導入することにより 様々 な親 水性高分子の組み合わせで丈夫なゲルを作り出す方法を発見した。こ れら のDNゲルは60―90% の水 分を 含み 、数から数十MPaの強度を持ち、低摩擦 性の おか げでほとんど磨耗しない。この研究によって、機械的強度の低さから 今ま で不 可能であった実験や測定が可能となり、これまで知られていなかった ゲル の様 カな性質について深く追求できるようになると思われる。またこのよ うな 基礎 研究的な意味だけでなく、ゲルの持っ物質透過性を生かした人工血管 や低 摩擦 表面を有する高強度ゲルの人工関節軟骨への応用などといった実用レ ベル での 高機能性バイオマテリアルの開発が可能となり、高分子ゲルの利用価 値が 飛躍 的に高まることが期待される。このように本テーマは高分子ゲルの科 学 を 探 求 す る 上 で 非 常 に 意 味 深 く 、 ま た 有 用 な 研 究 で あ る と 考 え る 。 第2章 では 、構 造の 不均 一性 を生 み出 す基板効果にっいて重合のキネティクス につ いて 検討した。疎水性基板での重合で起こる構造不均一性は、疎水性表面
にトラップされた酸素による重合の阻害によって起こるものであると解釈でき る。
第3章では低摩擦表面の作成と低摩擦性の解釈を行った。第2章で明らかにし た、基板効果を用いて合成したゲルの低摩擦性は重合の際にできた表面の自由 末端鎖の存在が寄与しているものと思われる。親水または疎水性基板で合成し たゲルの表面形状および弾性率を走査型プローブ顕微鏡(SPM)を用いて測定し た。表面粗さと表面弾性のすべり摩擦に与える影響を明らかにするとともに、
表面自由末端鎖の効果を明らかとした。
筆者は2重網目構造(DN)を導入することによルゲルを強くする方法を発見した。
DNゲルは各々独立したニつの網目構造を持ち、1つ目の網目が剛直な電解質で できており、2つ日の網目がしなやかな中性のポリマーでできているときに最も 効果的であることなどを第4章で明らかとした。
ゲルの高強度化を可能にしたDouble一Network (DN)法の重合条件を最適化するこ とにより関節軟骨に匹敵するlOMPa以上の圧縮にも耐えるゲルを合成すること に成功した。大荷重下での摩擦挙動を観察するため、新たに高荷重型摩擦試験 機を開発し、MPaオーダーの荷重をかけつつ、摩擦係数がわずか10−4程度しかな い材料を精度よく測定することが可能になった。第5章において、双方の開発 によりはじめて大荷重下での低摩擦性を研究するはこびとなった。その結果、
0. OIMPa−2.5MPaの範囲で荷重が増加するにっれDNゲルの摩擦係数は減少する ことがわかった。さらに、ゲルを形作る高分子鎖の運動性に着目し、溶媒の粘 度を変えて同様の実験を行なった結果、次のようなことが明らかとなった。溶 媒の粘度すなわち高分子鎖の運動性と、摩擦係数・相対摩擦速度の間にはある シフトファクターが存在し、同荷重で測定した摩擦係数の速度依存性のグラフ どうしで重ね合わせることにより、マスターカーブを描くことが可能である。
そのマスターカーブの挙動は以前より我々が提案していた吸着摩擦モデルで統 一的に理解ができることがわかった。それによると、ゲルの高分子鎖が摩擦相 手基板と吸着相互作用し、移動により引き伸ばされると摩擦カとして現れるの だが、その吸着点の熟運動による吸着寿命と相対摩擦速度の兼ね合いで、吸着 摩擦 か ら境 界 潤滑を 経て流体潤 滑へと移り 変わってい くと解釈で きる。
学 位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
襲 川端 佐々木 古川
剣萍 和重 直樹 英光
学 位 論 文 題 名
EffeCtofPOlymerDynamiCSOnFriCtionofGelS
( ゲ ル の 表 面 摩 擦 に 及 ぼ す 高 分 子 ダ イ ナ ミ ク ス の 効 果 )
ゲ ル 摩 擦 の 研 究 は 非 常 に 滑 ら か に 動 く 生 体 関 節 摩 擦 を 理 解 す る う え で 最 も 適 し た 方 法 で あ る 。 な ぜ な ら 関 節 軟 骨 は 水 分 を お よ そ70% 含 む ゲ ル で あ り 、 よ り 単 純 な 系 で あ る ゲ ル の 摩 擦 を 系 統 的 に 研 究 す る こ と が 複 雑 な 要 素 を 持 つ 生 体 の 摩 擦 を 理 解 す る 最 も 有 効 な 方 法 で あ る た め で ある 。そ こで 生体 関節 摩擦 を正 しく 理 解 す る た め に は 生 体 内 と 同 程 度 の 条 件 で ゲ ル の 摩 擦 を 研 究 す る こ と が 必 要 で あ る が 、 ゲ ル は 一 般 に も ろ く 大 き な 荷 重 を 加 える と簡 単に 壊れ てし まう ため 関節 摩 擦 に 近 い 大 荷 重 下 で の ゲ ル 摩 擦 の 研 究 は 妨 げ ら れ て い た 。 本 学 位 論 文 は 第1章 の 序 論 、 第2章 か ら 第5章 の 本 論 、 第6章 の 結 論 か ら 構 成 さ れ 生 体 関 節 摩 擦 を 理 解 す る た め に 有 用 な 知見 を与 えて いる 。そ の要 旨は 以下 の と お り で あ る 。
第2章 で は ゲ ル 合 成 の 際 用 い る 疎 水 性 基 板 の 表 面 粗 さ が 基 板 界 面 付 近 で の 構 造 不 均 一 性 に 及 ば す 影 響 を 明 ら か に し た 。 モ ノマ ー水 溶液 と粗 い疎 水性 基板 の間 に は ガ ス が ト ラ ッ プ さ れ た ま ま 残 り 、 そ の 中 に存 在す る酸 素が ラジ カル 重合 を阻 害 す る た め 表 面 構 造 が 不 均 一 に な る 。 基 板 表 面が 粗い ほど 、ま た基 板の 疎水 性が 強 い ほ ど ガ ス は ト ラ ッ プ さ れ や す く な り 基 板 と の 接 触 界 面 付 近 で の 重 合 の 阻 害 が 強 く な る こ と が 明 ら か と な っ た 。
第3章 で は 生 体 軟 骨 を 凌 駕 す る 超 低 摩 擦 ゲ ル の 創 製 と 摩 擦 に 及 ば す ゲル 表面 物 性 の 影 響 を 明 ら か に し た 。 第2章 で 解 明 し た ゲ ル 合 成 に お け る 基 板 の 効果 を用 い る と 、 表 面 が 自 由 末 端 鎖 に 富 む ゲ ル を 得 る こと がで きる 。表 面自 由末 端鎖 を持 っ ア ニ オ ン 性 電 解 質 ゲ ル は ガ ラ ス 板 に 対 す る 摩擦 抵抗 が著 しく 小さ く、 摩擦 係数 が10‑4の 超 低 摩 擦 特 性 を 観 察 し た 。 ま た ゲ ル の低 摩擦 特性 に及 ばす ゲル 表面 弾性 率 の 影 響 、 ゲ ル 表 面 粗 さ の 影 響 、 ゲ ル 表 面 高 分子 鎖の 運動 性の 影響 を初 めて 明ら か に し た 。
第4章 で は2重 網 目 構 造(DN)を 導 入 す る こ と に よ ル ゲ ル が 高 強 度 化 す る こ と を 明 ら か と し た 。DNゲ ル は 各 々 独 立 し た ニ つ の 網 目 構 造 を 持 ち 、1つ 目 の網 目が
剛 直な電解 質ででき ており、2つ目の網目がしなやかな中性のポリマーでできて い るときに最も効果的であることなどを明らかとした。ゲルの高強度化を可能に し たDouble一Network (DN)法の重合条件を最適化することにより関節軟骨に匹敵 す る lOMPa以 上 の 圧 縮 に も 耐 え る ゲ ル を 合 成 す る こ と に 成 功 し た 。 第5章 にお い て、大 荷重下で の摩擦挙 動を観察 するため 、新たに 高荷重型低 摩 擦試験機 を開発し 、MPaオーダ ーの荷重をかけつつ、摩擦係数がわずか10‑4程 度 しかなぃ 材料を精 度よく測 定することが可能になった。第4章で述べた高強度 ゲ ルと摩擦 試験機の 双方の開 発により 大荷重下で の摩擦特 性をはじめて明らか とした。その結果、0. OIMPa−2.5MPaの高荷重の範囲で荷重が増加するにっれDN ゲ ルの摩擦係数は減少することがわかった。さらに、ゲルを形作る高分子鎖の運 動 性に着目し、溶媒の粘度を変えて同様の実験を行なった結果、次のようなこと が 明らかとなった。溶媒の粘度すなわち高分子鎖の運動性と、摩擦係数・相対摩 擦 速度の間にはあるシフトファクターが存在し、同荷重で測定した摩擦係数の速 度 依存性のグラフどうしで重ね合わせることにより、マスターカーブを描くこと が 可能である。そのマスターカーブの挙動は従来のゲル摩擦研究から得られたゲ ル 摩擦の吸着・反発モデルで統一的に理解ができることを確認した。それによる と 、ゲルの高分子鎖が摩擦相手基板と吸着相互作用し、移動により引き伸ぱされ る と摩擦カとして現れるのだが、その吸着点の熱運動による吸着寿命と相対摩擦 速 度の兼ね合いで、吸着摩擦から境界潤滑を経て流体潤滑へと移り変わっていく と解釈できる。
以上のことから本研究では次のように成果をまとめられる。1)ゲル表面に自 由末端鎖が存在すると著しい低摩擦性を示すことを明らかとした。2)ゲルを高強 度 化するDouble―Network法を発見 し関節軟骨に匹敵する強度を持っゲルを創製 した。3)関節軟骨が置かれているのと同程度の高荷重下での摩擦挙動は高分子の ダ イ ナ ミ ク ス が 大 き く 関 係 し て い る こ と を 明 ら か と し た 。 . こ れらの研究によって、機械的強度の低さから今まで不可能であった研究が 可 能となり、これまで知られていなかったゲルの様女な性質について深く追求で き るようになる新たな展望を与えた。とりわけ、高荷重下でのゲル摩擦の特性に 関 する新たな知見を提供した。またこのような基礎研究的な意味だけでなく、実 用 レベルでの高分子ゲルの利用価値が飛躍的に高まることが期待される。このよ う に本研究は高分子ゲルの科学を探求する上で非常に意味深く、また有用な知見 を与えた。
よって著者は北海道大学博士(理学)の学位を授与される資格があるものと認 める。