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『宗教研究』新第5巻第6号(*45号)

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(1)

――目次――

1,

宗教信仰と学的研究との関係,佐野勝也,Katsuya SANO,pp.1-18.

2,

楞伽経研究雑記,鈴木大拙,Daisetsu SUZUKI,pp.19-32.

3,

光宅の天台及び聖徳太子に及ぼせる影響について,幸村法輪,Hōrin YUKIMURA,pp.33-52.

4,

仏伝文献に現れた数論瑜伽思想について,平等通昭,Tsūshō BYŌDŌ,pp.53-76.

5,

十二部経の研究,林屋友次郎,Tomojirō HAYASHIYA,pp.77-108.

6,

ヨーガスートラにおける哲理と体験,岸本英夫,Hideo KISHIMOTO,pp.109-124.

7,

神聖樹としての樫について,薗川四郎,Shirō SONOKAWA,pp.125-143.

8,

パウロ書翰の諸問題,三枝義夫,Yoshio SAEGUSA,pp.144-151.

9,

新刊紹介,pp.1-8.

Posted in 1928(昭和3)年

(2)

745

佐 野 勝 也

倍仰の岱皮と掟究の磋度とが 且に和典なる心的焦度でぁることは、云ふまでも蝕⋮いことでぁる。

帥ち信仰の愚度は.正畳的へ㌧心意の活動であり.探究の燈戊は、何よりも先つ批列約手ぁり・従っ て、之れには,必ず.怯疑的な心意の所動を必要とする。勿論・そう云った・からとて・信仰の堤度 が批判的惜崖を全然排斥†るわけでは無く.探究の佗崖に正光的へ㌧眞環把捉の岱戊が無いわけでは 救い。宗教の信仰においても.是も非も無く.無闇に信じなければならないわけのものでは熱く・

細腰に理知を働かせろことも、差支へないばかりか必要でさえある。特に偶数のような理知的な宗

数を信仰する場合には.債分沈い理知的な探究が行はれてゐるように思はれる。かゝろ場合には、

信仰の佗崖と探究の焙度との問に、根本的な差異は無いとさえ考へられる。元饗、印度人は・暫邸

的態戊と︷ポ数的焦戊と一で混紡して、然も何等不便・ど成じへ∼かったようである。印度人の横座と、郡 異なつた岱度一で与言のは、キリて撃で信仰する人たちでぁるが、これ主し〓鱒に信仰の軽度l 宗軟信仰一ヽ学的研究↓−の関係

宗教信仰.と学的研究との踊係

(3)

Tlo ▲■

宗教信仰一し隼的研究ごの闇路

探究の磋戊とぉ常に駈別してゐ一句とは云ひ難い。所謂るアレキサンドリアの宗敢萬頚鹿や、中世の 散骨思想家は・云ふまでも無いが、その以前、すでに紀元節二世紀肇キリスト教骨内には衝寧的 にキブス寸致を把載せんとする人々が多く存在した。 ・信仰の債皮は、心理的に見で、極めて複雑な心意の活動でぁる。ゼエムスの如く、信仰は、何と 云っても成偶が中心だと云ひ得jかも知れないが.さればとて、威傭以外.の心的要素を排除してゐ るとも考へられない。ゼエムスが取扱った宗教経験は、異常な、特森元宗数倍仰が多い焉に.かゝ る鐙厳から見た宗歓心は、著しく戚僻的であるが、もし.−これに反して、申静な、凡庸な、崇敬震 唸を研究の封象とすれば、宗教経唸が必ずしも成情を中心としてゐないことが明かとなるでぁらう。 戚情を中心とするか.これに反し、・理知を中心としないまでも∴理知的傾向が著しいかは、偶人に 依サ..倍やる宗教の耗顛に依み/従って又民族性の相違に依って互に異なるように思はれる。従つ で.信仰.若しくは宗教と云ふ普遍的な名辞で呼ぶ場合は、成慣とか、理知とか云ネ特殊の心理活 動で片つけてしまふことは、無理であると云はなければなるまい。 更に、攻究の方南から見るに、探究の恩度と錐も,何等かの主張を超さんがためには正殿的に何 等かのことを鼎理として蟹察することを必要とする。絶射的懐疑ま我が.自家掃着であるからには. 英資なる探究の感度は、単に疑ふのみで無く.積極的にま張することが必要である。或ことを具現

(4)

747 とレ.てこれ一で身窮する場合の心的鰻度は、宗教信仰者の信仰の岱度と相違するとは云ひ許ない。デ

カルトが、串間研究の方法を教見したと信じた場合の心諸には、・宗数的光耀に・ら比すべきものがろ

ったようでぁる。即ち、暫塾的探究にも.宗教的な、一種の信仰の焙度が.必然的に件ふ主石ふべ ぎである。ベルグソソの如きは、暫密約異理は.正男に依ってのみ得られるものであると主張する

が、宮邸的探究において、荘発作用が重要なろ働らきをすることは、否定できない。

而tて、その 封において.哲坤的探究と宗数的信仰とが、何等かの共通鮎・で有することも明かである。 かくの如く、信仰の近接と琵琴り桂皮との問には、密接へサ勺開院がゐ♭、而して又.多くの邦似 鮎を有してはゐるが.二つの鰻援の問に院別があぇことは否めない。それは、信仰の焙度にlま、必 ず⊥も懐疑的な心意の活動一ど必要としないが−掟究の岱度には、必ず、何等かの懐疑的な心意の活 動を必要とする。なるほど、紅先の哲率がま張するように、異理の把握は、結局正史に依る外は無 いが∵それ.までに至る悶には、長い論理的過程がぁる。﹁創造的進化﹂・と云ふことが異理でぁると⊥ てら丁此の異型が哲畢的に確立されるには.精緻な論理的探究を必要とする。正男に依って把転々

れたま∼では、未だ澄明されざるものでぁり、従って、哲卒的異理とは云ひ難い。.

或ことが、具理として哲撃的に認容されたのは、精緻仁論理的探究の結華疑ふことができない

むのと考へむれたからでぁる。而して、哲畢の岱伍は.勿論、そのとらへ得た真理の慣伍に依って 宗軟信仰ミ拳的研究ミの間係

(5)

748

以上述べ茶つ烏ところで明かなように■信仰の鎮圧と探究の鰐皮とは、たしかに和瓦に罷別され

得る。l然しながら、それは、心意活動の仰向として見た場合のことで、忠誠作用として去へば、両

者が互に孤立して、如⋮闘係でぁると云ふわけでは無い。元来、信仰することも、探究することも∵

い、づれも同一なる意識の活動であるから、串賓におい†い、両者は互に密接なる闘係を保つは節然で

ろる。何軒かを信せんとする時、探究した結果を無親して差支へないわけでも無く、文、那智にお

いて.そんなことは出水ることも無い。即ち1箪賓においては、倍仰は常に攻究に影響される。同

じょうに、探究も又信仰に影響される。

信仰と探究との脚係において、常に.探究が上位にぁつて信仰を統御すると云ふ考へ方は、可な り一般的な考へ方でぁるが.きーi賓においては、必すしもそうでは無い。なるほど、攻究の場合にお

ずしも論理的探究を排斥しはしないが、それを必須の要件とはしない。

へれば.哲学にとつては、思索の過程は必須の要件でぁる。之れに反し、票数信仰においては∵必

の最後の断真のみで無く、それまでに至る思雫の過程に依っても批判さるべきものである。云ひ代

誤謬がぁれば、暫牢としては無償放であ・Qlと云はなければならない。即ち、哲草的眞埋は、騒にそ 決するのではあろが、たとひ、そのとらへた結果に債仏があつても.それまでに至る論理の過程に 宗教信仰ミ塑的研究寸しの悶係 四

(6)

丁49

いては、信仰に囚はれないことセ必要とする。デカルト的に、すべからく苦難一で疑ふペしと云ふ経

度が、探究においては必須の要件である。疑ひ燕・さところに抜究はあ♭符ないと云はなければ左ら

ない。けれども、すでに云ったように﹂攻究の憩度は、疑ふのみが篤郎では如⋮い。否ひしろ何等か

の具現を樹立することが.探究の究先の目的でぁる。而して、すでに述べたよぅに、かく.何等か の異見を樹立せんとする場合は、怯放で無くして、むしろ正史作用が中心となる。而して.正光作 用は▼ 意識の活動でぁり、信仰も又‡詔の革質であるからには.正史の所動に対しては−信仰の堤 度が.意識的.新しくは無意識的に、小ポ接に閉奥するに加速熱い。元箪.哲寧は.苦虫永の人格と

密接なる尉係を有してゐ・¢。フィヒチ︰が云ったよぅに如何なる暫串をま張するかは、如何左る哲人

であるかに依って決定する。これ一ど前澤史上において見るに.倍仰を否定したところのヒユームは、 自ら宗致を信じない人でぁつたし、道徳的宗教のみを肯定した与−ろのカ∴/トは、道怨的宗敬の信

奉者でぁった。これに反し、成情的な宗教軌をま窮したところのシュライエルアプヘルは、ローマ

ンチケ〝として、慣熟の人でぁつた。ePち、探究の究・先勤を規定†るものは、探究者の人林である。 然るに、人格と信仰とは、密接不饉なる開係を保っ手ゐる。人格︰か、信仰の内容一ぎ決定すると匝1時 に.信仰が人格l︰影響を奥へ■る。して見れば.信仰は.人格一で通じて、探究の濃度に影響せぎる一で 得ない。否、信仰は.人格の内容一ざ構成するところの重要なる要素でぁる鮎から云へば、信仰が正 宗軟信仰ご学的研究一︼の国保 五

(7)

75J 建、探究一り蝮既に㍍増すると云ふこともできる。 かくの如く考察して凍れば、攻究の結某が信仰に影幣了今−とも可槌であると同時に、反対に、 信仰が探究一で影草することも考へ得られ一㌔即ち、信仰の柁蓬と、探究の経度とは、傾向を異にす るところの意識活動ではあ一心が、両者は互に密接なろ閉係一で保ってゐる。 退席考へられてゐるとこ・つでは、攻究は信仰を冷却する。此の通常の考へ方は、果して正しいで ぁらうか。元凍、宗放信仰が螢生し、若しくは、強められるのは、まとして成應に依る。勿論、此 の成應をば.理知的探究の結果が援助することもあり得るが、その場合でも.理知は一應成應へ鑓 化させられる必要がぁる。然も.異に寧問的な探究においては.意識は先づ懐疑的に拗らく必要が ある。然るに、懐疑は.究先の鮎では信仰の内容一で費展させるとしても、少くとも、信仰自身に封 して疑ひをさしはさむが故に、信仰の強さを窮めることは、明かでぁる。かくの如く考察して凍れ ば、攻究が信仰一で冷却させると云ふ考は、それだけの意昧では正しいと云はなければならない。従 って、常に探究にいむしんで.信仰を狐めること一ざ思って居れば.蓬には、信仰が失はれてしまふ と云ふことも、あト・得ること∼云はなければならない。 然しながら−かゝる考へ方は、むしろ一両的な考へカではあるr−いか。すでに述べたように.探 究は.単に疑ふばかりでは無く.疑一♪と同時に或こと・で異として認容することもする。而して、此 ′ 宗教㍍仰ご裡的研究ヾ−の関係

(8)

丁8l の場合の探究は.信仰の鰻皮における忠誠の活動と決して相反†るものでは無い。即ち.托究の値 段には・かくの如く二つの方面がぁるから.必ずしも信仰と常に矛盾すると考へる必要は無い啓で ある。否むしろ攻究に依って.信仰に理知が加へられ、盲目的熱狂的信仰に代ゆるに−叡智の光に 揮いた信仰を以てすること∼へ与らう。而して.かくすることに依って、信仰の内容に費展が行はれ .るのでぁる。宗歓の敬遠が、文化の費過と相伴ふのもその秀であり、一個人として云っても.知識

の進歩と共に、信仰の内容に発展がぁると云はなければならない。

以上の叙述に依って、信仰の絹崖と、探究の堤度王封了Q心理的へ与考察は.大鰹において終った つlりLソである。然しながら、今少し、此れと開聯して.論じて見皮い問題がぁる。.以上逓べ凍った やうに、信仰の膿歴と、掟究の隼戊とが、互に和典なる心の尽皮であり、或場合には.探究が信仰 を弱めることは疑ふことが出奔ない串賃でぁるが、此の郡安から.屡々、次の与フな結論が導き出 されるかのように考へられてゐ.る。即ち、信仰と串間とは一致しないものでぁる。信仰は、非合理 的であるのを特色とし/−れに反し、串間は、合理的合了る・ざ特色とす・〇。故に雨着は根本的に相違 するばかりで無く、互に両立し得ないものでぁると。これは、古くは、テ〝一7クリアヌスの如く、信. 仰を草間の圏外に置いて、これを維持せんとすj立場からと、近代ではコムJの如く、信仰を寧問 宗飲信仰ミ畢的研究せの囚係 七

(9)

7∂3 的に︰否定せんとす一q許場からと、双方からま現されにー⋮・りであろ。然し;がら.私拉.両者の何 れにも賛成し得ハ㌧いものであ・つ。先つ、コムトの場今で考ふ一りに.彼・い鹿本的鍔叩けは、窓軍ざの去 りに取純に見過ぎた鮎にある。自然斜隼勃興時代の時代精細に影響されて.臼.然斜塁的恵考抜式・り

みが、唯一の正しい思考様式でぁるとした勤にぁる。云ふまでも難く、意識作用は、彼が考へた如

くに畢純では如⋮い。自然判型のみが.人斬文化最高の所産では察く.輩術や.道徳も又/とれと同 じく職位一のる文化的所産で今0。而して、それ等の文化■ピ支配†るところのほ則は、自然界に桁ほ

るヽとこ一のの汰則とは、全然典なつたものでぁる。

恐らく此の瓢を研かにした=とが新カント畢派中クヰソデルノント及びヮッケルトの一大功損でぁ らう。彼等に依って初めて、自然科草の外に、それとは英なつた法則・ざ石し、然も.n然科邸と同等な

程度で正確なる利草と柿すべき邸問の柳城の存在することが明かにされた。而して、点数の草的研

究たる宗歓押が、彼等の云ふところの文化科邸に屈するものなることは云ふ▲訂でも無い。即ち、㌫歓

の研究たる崇敬草は、自然科寧の如く、普遍的.一般的法則・ど賢兄しなくとも埋た・り得るのである。 同一なろ現象に封して.細々写Q税別が可能である。此の睨鮎の相違に従って、同l現象が、迫 捻とも号ト㌧托砧ともなり、自然現象ともなり、更に又宗教ともな一ら。従って.崇敬として誠二仰 の現象が輿へられた畔.すでに、そこに宗教的脱理の支配が行lまれたのである。即ち、宗致現象り 宗飲信仰一、邸的研究一−em=仔、

(10)

753 存在するところ.宗教的原理がある。私は、これを﹁聖﹂なる名祁を以て呼ぶ。或一つの行男ほ∵. 心理塾の規勤から考察さ一Qれば、自然必然的ぢ因果閉係に依って行はれた行属である。然しながら.

その同一なる行男は、倫理隼の粗鮎から考察し得られる。倫理寧の軌動から考察された場合の行男

は、自由の原理に従って行はれたものである。帥ち.同一行男に闘して.二つの互に細反するとこ ︰ろの軌動がある。一つは.自然必然的な取出であり、他はそれに反射するところの自由の税別であ

る。心理革的税別からすれば、行焉はすペで、自然必然的ぢ因果関係に依って螢生したものでぁり、

従って.そこには白山はあり得ない。故に、道徳なるものもあ∼得へ㌧い。格言すれば.心柁草的立 脚地からは.道徳は前足されてし▲一三。少くとも.遺徳の依って立つ根拉は.心和学に依っては奥

ぺられない。道徳的板接が輿へられろ偏には、此の自然必然的へ㌧国共関係に依る行男と見られてゐ

るところのものが.むしろ他の原理に依るところの行男と見られなければならない。帥ち、自然必

然的因果七依るに非ゃして、自由の放丑に放って行はれたところの行男と見られなければならへ甘い。

かくすることに依って初めて、行秀のうちから、道徳的原理が螢見し得られるのでぁる。

正一のことは・宗教の場合も云ひ得られる。宗教現象と稀せ.られてゐる;の現象も、自然必然 的ぢ因果関係の取鮎の下に畏き得られる。例へば.カタツ/などが試みて居るように、キリスト教 の超酔を考察するにあたつて、唯物論的見地から試みることも不可能では無い。然L.そうした取 荒牧信仰ご摺由研究ごの僻係 九

(11)

丁5ヰ 宗教信仰ご塑的研究︸−の閑係

一〇

察は、必然的に、キリスト激白身の宗教としでの存在を叔⋮糾する絃巣となるは明かである。キリス

ト教が存立し得る焉には.唯物叡軌以外の史貌が認容さ、れなければならない。根に、これ一で唯物史

取と封比する焉に、唯心史軌、若しくは精細史軌と云ふならば、そうした史扱を認容しなければ、

キ,スト敦なる一つの社食現象は.宗教現象としては到底成立し行ない。唯物的軌鉛と宗教とが、 全然細排除し合ふところの取払である似上、唯物的取鮎が把持された時、すでに宗致としてのキ,

ヌー軟は否定されたのである。これに反して、キリスト敦に射して、宗教的軌粘から考察が行はれ

るとすれば、そこに.宗教としてのキリスト教の覇自性は認められ、従って、原始キリスト敦なる 一つの現象中から.キリスト教の本栗が把起され.真に又、それが一つの宗教現象として見られる ことに依って.宗教の本英が、そのうちから把塩されるに相違無い。 .コムトの如く、宗教紆駁そのものを.過去の人類の迷妄であるとして否定してしまふ立場からは. 到底、宗教経験に関する畢たる宗敦畢は、成立し得ない。宗教邸が成立する森には、先つ第l、宗 教経験そのものが、迷妄でなく,動かし難い耳在として認容され.而して後.乙︵の経瞼的都賀が. 畢的に組織されなければなら甘い。そこで或現象が宗教現象として恕容された後に起り凍る問題は.

此の現象が畢的に組織される場合の指導原理となるのは何であるかと云よことでぁる。此の指導原

理如何に依って.宗教㌫駁が、それ自身においてとらへられもすれば、或は又、否定されもする。

(12)

75さ − 換言すれば、宗数倍仰が、串間的に研究されもすれば.否定されもする。これに封して、カントが

とつた方法は、誰しも知ってゐるように、道培的要求に照らして宗敬一で批列することでぁつた。カ

ントに依れば.宗教緯駐中に存する泣徳的要素、即ち、道徳的に認撃Jれ.従って道徳的原理に依 って基礎つけられ得るところのものは、宗教の本質的要素であるが..然らぎる部分は.認識されや. 従って.非木貿的でぁり、否むしろ韻語である。然しながら.此のカントの主張の正しからざるこ とは.早くすでにシュライエル†,ヘルが茄破したところである。即ち.故に依れば、宗教は、遺徳

と云ふが如き自己以外のものに依って批列さるペきで無い。何となれば、宗款は、道稔の寄生木で

は無いからでぁる。㌫故は、それnらり存する濁自性に依って自立してゐる。従って.宗教の本質を 規定する卓1.ろのものは、宗致白身の石→る鮨貿で一のつて・道徳の如き・宗教以外のものでは無い。

まさしくシータイ†クヘルの主張する如く、タン、・の主張を以てすれば、票数経桧中の鱒空し嚢妥

なる要素たる神秘的鎧桧は、道徳的に認攣Jれ符ないが故に.宗教に非本節約行丁ものとして否定さ れてしまふ。即ち、我々は、カントのとつた方鱒堅甲ぞ・とに依っては、結局.宗教紅桧を否定す

るところの結果とじらざるを符ないのである。然らば、如何なる他の方法が存†ろであらうか。

我々に奥へられ七久一つの正しき方法は、宗教信仰自らのうちから、宗教の本琴で貴兄するこ上

でぁる。経験的串督のう・りに本貿的な

ものが存在することは∵粁は、最初の出費卦において仮定さ

宗軟信仰ミ草的研究亡¢闊係

(13)

7さ6 れたことでぁつた。帥ち、宗教損麓一で以で迷妄なりとせや.一問依然にる智証ならと見ることは. 我等の出費鮎において.すでに認容されたところでぁつた。さすれば.鍔愚叩串㌍が焉在たる焉に は.野在たらしめるところのものが.そのうちに存在す・Qは、明かでヤの・Qまいか。かくの如く、 宗教経験をしで、宗教経瞼にらしめるところのもの、それ一.;、は、宗敢の本貿.に外へ与ら仁い。かく ︰以上の立場からする宗敢の研究は・先づ何よhごも先に・宗致現像と耕し得べきもの亨㌢へて凍

かかる循環論をも認めな

.る劉問新究において属されるところでぁつて、云はゞ、止むを待ざる、不可蓮的な紹星諭である。 ︰ま駁するからである。けれども.かゝる循童諭は,ひとb宗教の場合においてのみならす、あらゆ して伎.そが常在たる焉には、そは軒在たらしめる何物か.ゞ、その中に存在しなければならないJ の如き主張は、たしかに一個の循量諭でぁる。即ち、宗教鎧陰の質在位を.先づ茄一に認容し.而

なければならない。かくの如き日的に應すべき宗教的革質の光弘は、現代の串間研究の結畢 非常

に豊富にされた。即ち.未開文化の宗数的串賓は、人相単著の研究に依って.如何へuる過去の時代

よりも多く集められ、吏ぺ東西の交絶頂繁なるにつれて、世界のすペての霊歌的革労が、一日の

下に集められた。更にそれのみで無く、宗教の心理堺的研究は、現代人の聞に存す・〇非宗派的.非 東歌信仰ミ塑的研究ごの悶係 V

(14)

数裾的宗教心・でも、蒐嘉してくれた。これ等の宗教的さIi賀は.そ・りすペてが悉′∴ポ故の赤封n与婁衷 だと云ょことはで1エ㌧い。即ち、それ等の宗数的串賀り小には、ルポ数l二本貿的でへ㌧いところの、さ まぎまハサ一こりり物がノ?り。そこで.我々は、此等の混拾物を描ひ除くことから試みぢければhナっハ㌧

い。それが男には、描出的普屁の跡一ざにどつて、或時代において極めて硫安なるものとしてぃせら

れたことが、必ゃしも次の時代仁おいてはそうでは無く号り、然も情禦として、喜色は㌫禦として

在れ了?−とか、・リ/′・の禿筆㌧りとされて

ることもぁらう。或は又.加異万一りとこ一?り賀川のハポ霊的≠宰ノー比持すえこ・Uに依って、何れか.で 宗教に本貿的なものとし.他・で井本封的なものとして取除くことも一のらう。或は又、票数的−1i賀ょ されてゐるものと、宗教以外の他り文化と・で比摸することに依って.㌫故に本窄的ぢろ要素とされ

たものが、むしろ却って他の文化・い木賃的川手邦でやり、㌫莞‖身にネ封的へ㌧ものでは如⋮いことが馴

らかにされることもぁらう。・とにかく、かくの如く.宗豹に非木貿的亨?もの一で妨ひ除く㌧−とに依 って∵木罰的な一〇・bのに近づき得るに相違︰㌧い。 かゝる方法.若しくは手段豆〓見鱒空し招相的であり.従って、自然科寧におけ・Qが如く.研究 者白身の人格.若しくは醗琴で配れて行はれ得るかのように‖心はれ易いが、祭は決してそうでほ嚢 い。何となれば.比較研究において、何れがより木貿的へ㌧るか一ぎ鱒符丁るものは、互に比較されつ 宗軟信仰ご学的習究ヾ、の関係l巾

(15)

758 宗教信仰J・貿的研究ごの関係

一日

ゝぁる現象それ自らでは無くして、夢二着でぁるからでぁる。これは歴史の進展中において研究さ れる場合も同校で一のる。歴史の進展において、多くの喝句稜l二凍るものは先に在りしものよりも. より鐙れて居り、且つ又よら木邪的であるが、これは常にそうときまつたわけでは無い。或場合に は先にありしものが却って後に凍るものよトも摩れてゐる。宗教信仰においては.段々.退去は先 金時代として後世から追慕されてゐる。従って.歴史的過程における先攻の比較l二おいて.必ゃし も彼のものがその上位を占めるとはきまつて居ない。して見ると、比較には比較の規準たる箪二者 を必要とする。此の第三者こそは云はゞ宗敢研究における指導揖理である。然らば.それは何に依 って得られるであらうか。これは、結局は研究衰自身の宗歓心と閥係を和すると云はなければなる\ まいと思ふ。か∼る意妹にて、比較研究が必ずしも生命ぢき梼招的方法で無いことは捌かである。 けれども、か∼るま張は又、著しく猫晰的な宗致軌一で填き出すものとの反対が改期される。何と なれば、自己の宗教心が指導原理となる結巣は、恰も自己の身性から導き出した糸で染を造って. 自己の世界を形成してゐるところの蜘妹の如き状態に陥るからである。けれども、必ゃしも,てう考 へる必要はぁるまいと思ふ。なるほど.指導原理が、先つ研究者の宗放心一ざ韮建とすることは、疑 ひ無きところではぁるが、一度定められた指導原理は、.固定的に.いつまでも蔓化しないものと考 へる必要はあるまい。研究者が、宗教現象の研究に従姉してゐる問に、現はれ辣・勺緩々の需敢現象

(16)

丁69 に依って、自己の宗教鍔愈に.多くの訂正を加へられるであらう。此の場今如何なる程度まで猫 晰的鰻度を廠却し得るかは、研究者各自の性格に依ることでぁる。従って.結局は、研究者白身の 宗教心を離れ得けいとしても、覇晰的偏見を.舵ふ限り少なくすることは.必ずしも不可能なこと では無い。クオブ〆−ミソが云ふところの宗教心埋却的循現も.私の今云ふところと同一なことでぁ らうと思ふ。即ち、主づ自己の宗教綜放から出費して、宗教史的串賓一で探究し.かくして鋭くされ

たる限・で以て、再び自己白身に錆♭凍る町でぁる。自己の綴瞼が出費勤ではぁるが、必ゃしもそれ

に固執するのでは無い。自己の損桧は、常に他の鍔愚に取って祁正されるのでぁる。

以上のま張は、必然的に鎧般的鵜野と研究の掃苗原理との抑えぎる相似々係を導き出す。何とな

れば.指薮原理が綜駿的郡安の外部に求められす、㌫箇的串賓そのものゝ中から求められるかちで ある。従って、我々の立場は、経協約.串節約なろものを正ちに誤謬でぁるとし∵︼れに封して. 合理的なるものを封立させ、かく封立させられたる合理的なるもの∼み一箪∵宗教の木賃なりとする 見解とは一致し難い。合理的︵r註。−1Pl︶なる語の意暁次第では、票数の本栗を合理的と挿す一〇こと に警反対はしないが、これ・蒜験的訴賓と対立問係に苧ことには、飽くまで反対である。か1ハ る理由から私は、多くの勤において費成しながらも.なほその枚本の鮎において、Lrソルチに賛同 _ 宗秋信仰ご学的研究ごの駆係

(17)

丁紗 し難い次第である。・トレ〝チにとつては.宗欽的憤仇は合理的︵−ゴ㌻三⋮︼︶㍍もの七ハ甘ければ尤らな い・。但し紋は、彼の云ふとこ・ハの合理論が古き合印諒とは英へ.−つて、∴紀塩が内在†・?∈〓ろの鎧法 内在.的︵erぎ⋮一旦ヨヨ⋮−1こ人竺埋設であると云ふ。而して彼は浣致告監の小心要請として相和主我 を串重する。.彼に依れば、納経韮謁如⋮くしては現賓の宗教.はぁb行ない。而して、此の現賀の宗教 が出現する眉には、理性的法則︵d羞︼・註○−一首二号邑且と典偲的、個別的、心理的姉悪とが結合しなけ ればならない。紳路はむしろ、かくの如く相反す・チところのもの、帥ち必然的・合理的・法則的ハ住も のと∵姉栗的・心理的・特殊的なものと.両者が相交如して、宗教的アプリオサが心理的に郵税化 ︵Alハt=已訂ぎ⋮l豹︶するところにぁると見たのである。か∼る意味での紳醒ま醜か食鹿守ることに依っ て.彼は異に必然的・合和的・法則的ぢもののみならす、き1i伸∫l的・心和的・特殊的なものをも令流し.而し て.かくして宗教をその生命ぁる焉在位つくき≡一keit︶において.とらへ得ると信じてゐるようである。 然しながら.叉は果して充分に.御船ま鶉を尊重し得たかと云へば・非常㍍疑問が起って凍る。 何となれば、彼は、純粋へ言心理的姉欝は、幻影と異埋の交錯なbとし∴︼れが整理される必要あ bとする。而して.此の緯股的雛祭一ピ整理する場合の規範たるものは、L﹁レルチに依れば、依然と して合理的なものでゐり、理性の合理的先天性中にのみ費見さるペきものでゐ一〇。而して、此の合 理諭からのみ、宗放り具艶内容は.基建づけされる。かくの如き考は−宗教の核心一で結局合理的号 宗教信仰ご裡的研究ごの囲係

(18)

耶;1 るものにのみ極限すること∼ならざる一望得仁い。現に彼は﹁宗数の心理的現部位は.常に宗教の合 耶的核心を考慮し、㌫寧どば、意識緯済の小心として、理性の金堂餌と致琴のり.中街一ゼ保っとこ ろの控籾の下に置かなければならない﹂と云ってゐる。︵ゴ已互=弓切笠⋮lつ音11⋮=キ訂コごt=㌻ニー8rie ㌻︵一弓冒︼i㌢≡一一ふ箋=已;∋こ・諾♪仇・声︶ 然しながら、−レルチは以上のま睨に依って、宗教的斬軍で普及せんとする最初の出費封から非

常に泣ざかつてゐると思はれる。何となれば、彼は紳秘ま表を似て㌫数緯眩め沌婁なる恕葱と認め

てはゐるが、然もそれは必然的・合理的・ほ則的打了らのと粥砕⊥l的・心理的・特苑的号ものとの結合関係

であるとしてゐ一〇。・ところが、ハポ放り心理的串㍍は鍔叩けと異相との交錯へ㌧るが故に、それ一で整館す

る必要が今Qが、然もその時の規堆と有るところのものり一︰相性の合印的先天性である。さすれば.

彼の所謂・つ紳秘鍔瞼中の竿而的要素だけが宗致の異相内容としてとらへられるに過ぎす、他の宇宙

的要素たる軍部的・心理的・特殊的なるもの持依然として排除jれてしまふでほ報い.かり従って∵彼 の.希望するが如く、宗数は、その生きたるが主ゝの具象位において上らへられないでは無いか。要 するに我々はトレルチの泣からしても宗教緯陰の串的把捉・で不可篤と云ほざる一で得ないであ.らう。

宗教を寧的に把捉し、然もその生命性一で逸しぢいが焉には心理的露駿的絹製と本貿的要素と一で対

立蜘係に説かす.交互闘係に乾く必要がある。即ち空・で串欝の外に求めす部署の中に求め﹂ 姉賓一ぜ 宗軟信仰ミ却的研究↓−の関係

(19)

丁62

宗秋信仰一ふγ的研究一﹂の催仔

通じて撃ど把捉する必要が今Q。即ち、それ等の外じ一〇∵′・れ等と相ぢらべる合印的・法則的・必然的 むしろ心理的.串箸的、個別的なるもの∼中た動けるもの.我軍り所謂る準でと

打丁ものではなく、

らへることでぁる。亜はそれ等を経れてあるのでは蝕⋮い。そ五等の難賓仁一身が撃で核心としてゐる。

即ち、我々は.トリルチの如く、合理的・必然的・法則的捏了ものと、弔節約・心理的.個別的なものと を・封立的に考へす∵相互的打了ものと見る。彼にも全然か∼る考が無くは甘いが、然も.ぁまりにそ の合理主義を高調するが翁.串賓的なるもののカが著しく爬迫されてゐる黙に不浦がある。革質を 離れて蟄は如く、聖を耽れて宗教的訴蜃はあ丁り得ない。串間は−見、現野なる宗教的きIi野に附随する

ところの非本質的要素々抄ひ除ゝく本貿的要素を明かにするにある。それは、印璽的なるものを取

除いて合印的なるものを撰み出すことでは無い。むしろ奥の恥質そのもの・で把捉することである。

勿論.現粟の宗教緯愴には、多くの非本項的なるものが附隠しでゐるから、宗数塾は、それ等を 彿ひ除かなければならない。徒つで.挙がとらへ得た本質と.現賓の宗故緯瞼とは.同一芳るもの では無い。然しながら.両者は、トレルチの場合におけるが如く、永遠に接近し得ないものでは無 い。むしろ、現賓の票数鮭駿は、益々非本質的なるものをふb発てつゝぁる。帥ち、率がとらへた 宗款の本葉は.現餌の宗敢経験に封して指導原理光り得る。かくして.宗教緯瞼と撃とが互に相反

捺せす、手に手をとつで進み行く。

(20)

763 坊伽綻の研究には種々の問題がぁる。今一.々これ・で列摩するのではない、たゞ二三の箪項につき

て識者の珪忠一ど乞はんとするのでぁる。

拐伽には現存の支部評に三縄ぁり.それに西戎羅もあら.殊に茄近︵丙恨千九亨章二年︶に政

商條博士の校訂になれる梵文の刊行がぁる。それで訪露を研究するものには幾多の便宜がぁる。

防が、此綴は中々解し難くい虞の多いので.古井軍事が因つて居た。千E百年ほど前に達磨が此む を慧可に樽へて以凍、支部では中々に研究せられた.ものと見えて随分多くの註疏戯が古かれた。中 には只首班を口託す.文記を出さす﹂と云上のもぅQ。︵壁前作倍、法坤倍。︶殊に慧可の如きは1造 を受けて心に行じ、ロ未だ曾て説かす﹂と云ふやうに整蒜記鋭は残って居る。法坤の如きも、1意を

得れば如一ぁゎ∵言に随へば伐ち異なり、﹂殊にこれを紙上に焉してむの鶉撃ど温くさんとすると

・きは血中の虫な♭等と云ふて中々に註繹を雷くこと皇‖んじなかった主言ことでぁる。かく拐伽

ば、−

■ 梯伽鍔研究雑記

坊伽経研究雑記

木 大 拙

(21)

丁64 るに止められたのである。今月覆って居る詫梓聾は十五六部も・の・0。・肝から清に至るまでの時代一ど 通じて居ろが、明代に出水たものが、その.中死んど草野で占めて居る。㍍高付付小には名‖だけ載 って居るが.これが紫苑つで居れば、が易に現存のもの一で倍にすることが出水るであらう。中竹澤

山の註環群がぁるわけだ。

日本では、大谷大軍の稲川正君の御許で、自分も訊べたが、奈良朝時代の古記盤に.朽伽とその

註粁審と一で蟹焉した恥部がのせられてぁる。して見ると我囲でも此羅は請丁一品たものと見える。併

しn本で群かれた証群書は自分の見たところでは二部しかない。﹁拐伽羅論疏折衷﹂と過して許岐

の沙門標駁巷存と云ふ人の著述である。ぷ享礎卯即ち萌展千六吾人十七年の出版である。此﹁祈亥﹂

は中々よく出水て居る。殊に此人は結合醍の連絡をとると云ふよりも、m心想の轡一ろて居る何だけ を一章として.・金轡で八十六分節に判断して居る。自分止元凍此緯を一種の大桑綱目螢帳であると 見て居るので、毛布が八十以上の分章を立て去のには賛成である。材伽はきれ人\にして讃むのが

本雷であると思ふ。

七宕や十谷の拐伽にある羅婆那王が係官勧請する部分即ち第言脚、それから放校にある陀放尼晶

と侶胡品−1−.この三晶は架謬四岩本にはないのでゐむから何れも後代の附加でぁらう。第言ll−・などは 基群方から見ても稜からの郁ひであ了e︼とは一見⊥てわかる。陀羅屈品は彿歓の陀羅尼がはいり込 持Ⅲ絹研究班籠

(22)

テ6ゴ んで以来の=とでぁらう。偶曲品−・Iも梵本や十巻本から調べ・⋮・本耗中に現はれて居る多数の仙文 を取b入れて居るので、本絹との問係が大分妙になる。七巻は組織的に正視したものを省いて慮る ので−此評本は徐稚整現しセものであることがわかる。それは本文の中でも焚本と比較して見ると﹂ 整理の跡歴々として見るべしでぁる。躍で此購頗品と本絹との閉係でぁるが−何故こんな電復した ものがやQかと、まづ尋ねられ・つ。それから偶鎖品を後から出凍たものとすれば−何故にこれ一言ん なに拐伽の後尾に附けたか。殊に偶響.1。の似は切れぐlのもので・少しも鋸まつたものでないのだ。 中には四句だけで−偶の㍊想・ど現はして屠るのもゐ・Q。脛妃のやうなものもあり・預言あいたもの ー勿サ∵減枠に閲したやう仁ものも一のる。拐伽本文の思想一芸み説いては居へ与い。偶響l・uを読むに は1それ故全部宮昆ぐlにして見なくてはならね∵−んハ盲の一で何故に本文のあとへ附けたか。 これが問題でぁる∵−れは何れもの内容を詳⊥く調べて比較した後でぢいと・解決はつけられぬ。 唯これだけは云へる・。明朗品全焼に渉云思想は・梯伽本文のよbも裡まつた餌がぁるやに見える。 *文では混沌としたものが、偶響いuでははつ1JLリして居・つやうだ。但し本文で云ふところの白魔空 智は、代替・lUでは、それほどよく顕はされて居ガい。何れにしても・本文と侶響川との闊係は・仔

細に部位すると面白い郡もあ云と思ふ。

・・四谷拐伽の竺品は七笹と十巻との節二品た・該軍⋮が、此に所軍芸人の問質甘言の及び訂

拐伽拓研究撒詑

(23)

768

梯冊絹研究稚詑

二〓

八句の否定がある。これが拐伽で有名なものだが.大慧わ問も備の答も不思議なものが今0。大慧

は百八の撃ど以て問ひたいと云ふと、俳は我汝のために﹁日和之堤界﹂を説くペしと答へる。而し

て墾に出る大㌫の百人の問なるものは、自然﹁自在之境界﹂に何か関係の争○ものゝやうに思はれる

が、その筋頓珍技な項日も可打→り多く掲げてぁる。伽陀に幾柁あるとか、長行句に幾栽今Qとか飲 食是水誰が作寸とか、輔翰王が何とか、日月星宿が何とか、・甚しきに宣すては.藤樹等の行列は誰 の作か、象馬猷はどうして輔へるとか.如何打Tるか澤迦種とか、何とか云ふやうなこともある。而

して世令はまた是等の問を見とめて、﹁大乗微妙、諸政云心、最上法門﹂だ主ヲ♪。世令は更に偶を

説いて、こんなことも問ふペきだと敬へる。その中には、上中下の衆生は、その身幾徴慮ある・二の

別に幾虔がぁる。一一の弓は幾附か、幾弓で倶成合になるかと云ふやうな小葦珪に課する歎塾の問

答のやうなものが点く。それから、如何にして財富を得るとか、男女林がどうとか云ふこともある。

﹁如是等話墾云何不問我﹂と世令は附け加へる。こんな事が大桑微妙の法門でぁるものと見える。

・此次に﹁古人耗句﹂なるものが出る。此盲人句と前の百八我とどう云ふ夙に関係するかはわから

ぬが.﹁生句は生句にぁらす﹂と云ふ否定から始よつて.﹁文字句は文字句に非す﹂と云ふまで、兎に

角百八句に勘定出水ろだけの否定が並べられて居る。此中には前の古人鶉又は百八悶なるものと何

等の関係のない歩も、はいつて居る。﹁水句は水句にぁらす﹂、﹁方便句は方便句にぁらす﹂・﹁原句は原句

(24)

76丁

にぁらす﹂などが、それでゐる。何れにしても百八の否定一で以て自発の境界を滑極的に現はしたも

のと見れば、見られぬこともないが、これと.訂の百八哉の問との関係については、どうも碍然た らぬヰのがぁる。法戎の﹁愕伽心玄我﹂には.別に三聖ハ千偶の拐伽がぁつて.その中に備さに古

人問に答へてぁると云ふこと・で書いてある。これによると今日の朽伽は盲人閃を悉く答へて居ない

ものと見てよい。一寸見たところでは、百八の否定句で、百八閉・ど答へて居一っやうにも考へられる。

が、帯伽は﹁自謹之境界﹂をその全部にわたりて説いたものと見れば、百八問は本文に入りても仰

仔細に説くペきものでぁらう。成種市入間中のあの串項は充分に訣別せられてあるとも云へる。只

事等今日の限では百八悶には﹁日和之境遇﹂と闘係の仁いこ1Tbムγり.百八非句はーーハ無暗な否定の

やうにも考へられて、必ゃしも﹁白詮﹂に切れて居ないとも云ひ得るのである。

四港と七穿と十巷と梵本との典同の一例を示さんため、左に四谷の甘に載せてある侶を引用する。

全巻を通じて研究すふと中に面白き貴兄が時にぁる。今のはほんの手雷ら次第の比較表でぁる。

四 笹 本 世 間 放 生 城 辺 知 慮 空 撃 ℡ 不 特 有 も 両 界 大 怨 心 材伽紹房究沌紀 世 間 柾 暫 知 慮 智 不 帰 両 界 大 七 稔 本 生 空 有 悲 減 花 無 ヽ ′︼ 有.独 世 併 無 知 悶 慈 不 丘 舷 大 可 壬 生 悲 付 帯 沌 孤 十 ℡ 本 梵 木 与写.一こ−t一芸笥邑一ぎ︼○ぎー一 字蔓−さー一革−ぎ彗一与■ 冒︼勇P⋮○すhE,e訂 p且ぎyン雷l声号2tP−

(25)

丁68 而 常 幻 知 而 智 世 温 軒 有 益 興 活 偶 人 ・典 不 同 粧 興 不 妊 大 洋 及 法 大 雪:‡恒 於 大 持 於 訟 魚 雷 無 艶 矛l● 如 描 悲・有 心 心 相 談 我 心 無 夢 粘 心 無 ユ 泣 無 恵 一 併 有 宥 切 覚 併 柁 無 斬 汽!郭 和 紀 ¢ 併 茹 櫻伽撞那究持餌 一朝 法 知 幻 音 速 捏 併 有 駐 英 不 着 兜 不1E 非 所 任 詮 有 史 悌 重 所i語 根 知 而 軒 泣 世 而 脅 迫 一 貝 捕 惜 人 興 不 能 ロq 典 不 離 明 大 押 及 法 大 得 於 似 大 炸 於 法 悲 熱 田 触 悲 有 騎 如 悲 甘 心 如 心 相 敲・我 心 無 常 夢 心 無 式 幻 有 離 陀 併 有 二 析 併 有 逮 世 併 有 広 一.俳 触 兜 娘 不 無 無■価 慧 東 征 同 荘 ● 無 監 切 慧 二 所 亦 入 不 我 偉 大 不 於 狛 犬 不 心 技 大 仏 究 不 不 可 清 智 恕 可 駈 如 悲 可 意 有Ⅰ悪 陛 法 任 減 枠 沖 陣 取 持 飴 多 紀 弊 誌 幻 視 d訂・・蔓弓与讐一己lPirぎ毒旨 E巾風害∼︸事卦二ヨー○已ざ ま㌢ddl;コlうn㌻︼−11eコp. p且㌢号k壱p箋21P O つ且㌢盲ざpp号ePぎU 買︼寮写コ○︻P︼旨d訂・山tO ︼〇F一︸雪ぢ喜つ2−一き二軍旨− 封㌢巳ウ只h乙小一一・月官許 こ四 ⋮ヱ;︼一撃−与;r⊇〓■写−1言 っご空言ぎ葺iぎ一︶− 苔d衷l≡ヱ一︰一︼︰l己l一ぎtq l︸r卓1p一計r︻lき盲一山二つ■u ●l● nP≡ヨ孟−n訂2.霊−一P コ〓・雪盲−㌢t;コ竺訂ニーit弓一● ●l b〓己,旨Oddh雪盲r已−iF許 否d巳Pt−・PFFくiiぎ宇可

(26)

7Cミ) 苛 新 著 無 右 足 二 怒 仇 駐 中 尼 寂 静 訊 是 別 n 檻 生 正 人 今 絶 世 牡 醤 性⋮併 収 愕伽符研究維兜 不 ヱ 乃 志 ヒ︰ ● 一 I l 月 イ 名 比 如 幻 夢 l ヽl■ ■■l 1 ︼い 軌小 丹− 性 無 生 郁照射 川併 ㍑ 川根 和 名▼ 〓几偶 故 人 今 後 世 豊 垢 熊 染 駄 寂 辞 任 虹 沌 若.邦 是 n 彷 リ・ヘリつヲ3コこ≡≡一ニ㌢むコt弓一 っ一・璽一三p呈ぎまi一p≡、 一つ 〓一⋮.iコぎl一︺きl一声

ぎぎ≡trpコぎよpコ已一●∞ 〓一孝三・写t︰■ht㌻一ご ≡一;仁一〇 ︼一⋮J.︰⋮一さり・乙i lンコニー一; 乙苛り・己ご︸壱り・h:㌻ナ㌢≡⋮一, ぎ−r官主−弓ぎ≡︶・〓ぎ≡I で−三三一己与≡蔓≡ニー弓与.− 〓一首ざ一己㌻〓i訂≡〓一首ご一己㌻ 字弓=乙︵音読↓;一;一︶已P一・与− ⋮ギ君↓Mlウ一一つ箪己・≡壬Ⅵコ

▼ ▲ 五

(27)

770 坊m㍍H光招詑 二六 これで田本に各出入のあ妄ご︼とが今別になると思ふ。川谷本や七谷本には柏伽で和名な一句子が ハイシナナカモメ ゾ 同じく出て居る.帥ち﹁和不わこ石偏叫−而爪ハ▲大悲心この旬は二木共同じいが、十谷本と梵本とは余程 違って出て居る。而して十谷と梵ホとの読み方は又一抜である。世事が大利と大悲と一で以て世問を 取ると、世間は生滅一貨鱒れたもので、塩基に見える輩のやうだ、あるかと思へば如⋮で.無かとM心へ ば有である.世問は幻のやうだと云ふのが.十谷本と梵木との読み方である。然るに四谷と七谷と では、鶉を正にして、恕なるものは有如⋮を経れた紹封の境を摂すが、悲はそれにも拘はらす勅封の 境に出て、所謹る勲功用の働きをなすと云ふのだ。どうも此後者の誤方が自分には甫白い。併しこ れで以て北本・ピ正すわけには行かぬが、四谷や七谷の讃み方もあつたものとすると、同じ結文でも. その苫焉の仕方.或は整理の丑方.従って治者の考で.色々に読めたものと見てよい。これはほん の一例に過ぎぬが、本文へはいると此虞に似たことが少なからぬ。中には否定句の有無で苦味の反 対なところもある。 それ政文法で梵文が試めるだけでもいけハ仏い。大乗なら大系の数理の大億七心持て、それから意 眈の上で文意■で汲み取らねばならぬ。梵文俳典の欧文評も、之れ故に、日本の愉敢者の手で出凍る と、両日いこともあると思ふ。時に死文には設み手次第の解決を容るべき除地が可なトにぁろと信 やる。

(28)

丁7l 三身給の始まbは、・何時頃か、はつきりわからぬが、此諭の宰一品る■は.勲着世幕の頃でぁつた やうだ。それで普通に法身は亭弓m芦訂yP報身はb2ilb︼−つg乙ハ芦.箋化身はーlぎー一ぞ乙ハ⋮iy芦の評語で一のる ときまつて居j。萩原氏の梵注射謬、沸教解典、即ち己已−ぎづ阜葛ttiの≡身下には、此梵語に此決 評を附してある。何れこれは三身論が確立し.てからのことであらうが、その前にはダルマカーヤ、

サンボーガカーヤ、ル丁ナカーヤ晶示せられて居慕ったに相違ない。只ダルマカ

は.色身に封して出非たものでぁるから、固よb早くから成語となつて居た。報身と應身.又は應

身と化身の二身につ㌢ては、保身詮の研究が段々複葉にたつてくるに従って、その始めは耗々の文

字が用ゐられたものと思ふ。支那の評語にしても軍一一〓1つg=︼茸ゴに封して.或は報身.或は應身.

或は共用卑 或は愛用身或は食身など電々である。かく詳字の英なるに従ひて、支那係数串者の中

にも三身の解辞に関しては、必ずしも一致した意見のなかったこと・ど許する。望1弓mp訂での方は、 S互−−一列v芦k錯,とも云ふので、法身.具身.自性身、又畢に性身とも云って居る。

冴伽経には三身がどうなつて居るか。

坊伽には訂ypと出て居るのはd−1弓ヨ已ハギき又は要l一着亘官宅と云ふときだけである。而して

これは必ずしも三身の中の一つを意味するのでない。ニ真の関係で云ふと思はるるときは言盲と

云はすに.blldd−1pと云ふ。即ちd1−Prm戸苧bl−dd−・P︵梵本l一−︺・宗、e・︼○蔓Sこ●ごー・雪、−●︼ご 鍔伽粁研究鰻徹

(29)

77空 ︼︶●3こ○ニー−望÷Pご.又は≧−⋮⊇′b≡︼幸エフ諾メっ●3が〆〝†カーヤに訪蕾する。またl邑⋮宇 i罫一P・b一己皇⋮︵フ崇−1、ご︼一●ぎl・∽︶ と云ふこともゐ・Q。十な本にはこれ一で如利他と詳し、・七谷 本には異如智㍊偽となし.四谷本はこれ一竺一つに分けて如如僻と智慧位とにしてある。これに化倣 と報彿と一で加へると凹身扱が揖凍るわけだ。又要一u︼ヲす己−董ltp︵l一・芝は、l−・可−訪︶根本加水と択て 居るところもある。研が、第十六封の十四行にはづき−亨Ft一義.已きとニケ踵に緻b返してぁる。蛸鐸 も挽謂もこれを根本備又は秋本如凍としてぁる、宛化如恋又は應化化備に封比するのである。言〒 −1Pにも根本の我があるのかしらん−それとも喜乙pの焉説かしらん。何れの北本にもさうぁつた かと見えて絹條悼士の校訂本は喜喜きと七て何も註がない。意味としても.又は地産の聞係から 見てもヨ⋮︼夢の方がよいやうであるが、予は梵語尊者でないのでわからぬ。 瞥宣−品Pk卓二細身と普迫に云ふ。笈多は共用身.玄奨は受用身.披雅駈蜜多羅の大衆荘厳結論 謬には食身と云ふ︶に該督するものは、楔伽ではーー訂︼−y⋮︵一P︵又はーl古書d〒bl一己︼=﹁︶、或は喜一巴ハ17 jP︵又は風葬−1・堅忍−己を已⋮でぁる。−−訂音声ip又は−1ざ書一エl︸●芦タ〓−〓ニー●崇ひ−のさS、 00こ︸・60、︼︶は等像の哉であるから、報身・ぎ等像偽と.拐伽では云ふ。ヱ︸已ハ∼一︵l︸●誌∴ご宝−柑芯‡ ひ・ひ︶ならば典熟傭でぁる。−1ぎ竃一ユPの前に≧一弓ヨーきを附加したところもある.︵第五十六頁十閂 行︶。これは法彿と棺備にわけて讃むペきか.或は一つに法性等像偽と一つにすべゝ・−か。塊渾は﹁法 拘Ⅲ樟研究結託

(30)

773 俳、報傭﹂としてぁる.肝詳は﹁法任所後備﹂と云ふ。意吹から見れば唐澤の方が修理が立って屠る。 店罪即ち七谷本ではー1ぎ︶・⋮一−∴か≧一弓≡註と一緒に出て居るときのみ所像と詳し.最後の侶鱒 品でも、綜の本文でも.猫立して出るときは、戦備としてぁる。何故にこんだ展別をしたものかわ からん。 本文のところで報棚と云ふのは与已八戸︵異動︶である。偶茹品には釣下四十二偶にも第祈円十一 偶にもぁろ机偽は.一はニシャン〆で一はブヰパーカでウ匂。訣謂にぁらて甚何れも配備でぁる.栂 蝕品と緯の本文との情別︰じく、=ざ⋮一−−もノ÷ニハ∋一り棺彿としてぁろやうでぁろ。 ≡宣言・ヲと云ふ文字の出るのは呵抽品の郡三百八十四隅でぁる。三身の位一軍分けて居るものと見 られる。 警旨b毛−芦ぎ至rb−−OyO−1ぎ︼ニ2ごl一日弓∼⋮ぎ1ご⋮一︸ 学長r茸乙︿己rb一一d参与ま≡−ざニ︵C一︸一;ノ.つtコ事〓l蛸詣では.﹁自性及愛用.化身従現化.悌徳 ︵?︶三十六、常自性所成﹂で、奴詣でば.﹁欝醗及受琴化復作詩化、彿衆三十六、是詩体欝位﹂で ぁる。傭衆又は偽鱒二十六と云ふのは、どんな訴偽.又は穐徳の現化上しての詩体至芸ふのか、わ からぬが、此虞では.どうも明かに三位一で建立して居るらしい。こんなに定まつた考は、鎧の本文 のところには見えぬ。偶頗晶が後代の添加で今Q主芸ふのも.こんh仏所.即ち本文よりも組拭立て ′ 椙伽持研究雑記

(31)

77ヰ

稚梯と化梯との捌係はわからぬが、法性彿と是等二偽との問には判然したものが・のろ如く見える。

次の引文一で見よ。

線起性小で妄計を焉して種々の和をなすが、是は法任所像偽︵即ち報倣︶の説法の相である。︰か. 法作備けn紀和の境界に屁て和一ざ離れて居る。︵五十七封。︶ ーーぎー︼iざごぎー一⋮i盲︵−一・S、P−○ごー﹂タe・−ひ︶” =ぎ亡itll圭1ir−已乞l;︵−一・望♪P﹂葺 nぎ一一ぎ︵つ・泣付−e−︼2ごーJ●冨¢、声︼・N︶い ごir邑宮家㌢︵7望−−?ご 大橋=んハ㌧ものである。 務伽紹研究托詑 られて層一匂ところぢどを指して云ふので一の一り。 がぁるやぅだ ︼一ぎ一昔2︵︼J・ひP︼・〓こ一・琵ひーl・G︶い ー1ぎ一一首ニハ2︵︼一・望・l・ヱい ㌢ぎ意訂︵l一.ぶっ.ごー一●相賀声:ll、︼の与諾ひ∵e●ナチ00︶い ごぎ与5k錯叉化身︶.に封す一心心偽又は腔化偽と許すぺき字に色々の形がある。何れも多少の相違

(32)

775

化彿は布施ぢど云ふこと空軍三し差別一ぎ祉立するか.法性伽は怒絶すべき所ぢし云々。︵五十七封。︶ 法任所像仙は一切はの自和英相など云ムー.︼と・ざ詑く.云々、︵五十六頁︶。

詩法の日和共和などを拓別して愚夫の所見に従ひ、自行寧笥三昧塁琴ど鱒不廿ぬのは、化傭の

ことで、法性俳は然らす。︵九十三貞。︶ 拷化身によbて化窮閉は記荊一箪授けら≠ろか、法性備によりてにはぁらす︵︵l盲四十一封。︶ 鼻化如郊には令剛手の脇付があるが、根本加水にはな心。︵二百四十六封︶。 所有桃子読.及訪娼帥説、悉是化身説、非真義偽。︵棚矩“m︶偶響P・−.百四十三侶。ここで戦 備︵典熟仰︶と化伐との舶退がノーツ?やう左れども、餌食り列転せす。 法併走泉彿、伶菅是化彿、︵夢二封入十二偶︶。法俳とは法位牌と莱ぢ・0ペし。 環伽緯の俳論− 三身説から見たものは.大柁これで基きて居ろはすで一の一つ。化伐と云ふのは、 衆生の舵機によ上し現は・りるところのものでゐ一〇.蜂性彿又は自性彿は白帯架智の墳に任し.差別 界を群れたものである。これだけはわかるが.報傭又は等倣彿又は典熟傭と化俳文は慶化彿又は應

化偽との隅別は明かにせられて居ら氾。

坊伽には如凍の法身︵例へば節二百三十二田、三行︶と云ふ文字はぁるが.三身軌へ与るものはな

カー†

い。≡荊の彿はぁるが、.ての彿を各身として、三身又は四身ぢどにすスこ︼とは、更に進んだ考では 務伽種別究燕託

(33)

7テ6 ’−† むからうか。徳性彿は必ずしも法身でない、化身も基軸休も必ずしも化身と朝身とでない。身と云 ふ逐ので此等諦彿・ど系統づけ・Qことは、偽身諭におけ一心一つの進歩と見てよい・。拐伽はまだその城 に返して彪ないやうだ。 これは灘記であるから、据まつては居ぬ。飼っご;ヨ巴−・芦︵唯心︶と去ぎー§一ぎ⊇人又は真言テ m写P唯識︶との砧別は坊加においても中心問題の一つでぁる。是も論じたいが、■またの研一で 待っ.。 用用純研究用詑

(34)

7丁7

宰 村・ 法 輪

一 光宅 ヾ1天台

一∴︶ 光宅草法中大ン・コ・・−雪−だロ︶に僧堂や恕減と共に後世梁化生二大は伸と仰がれた人マみ乙。就中 光宅はほ撃で以て梢歩せろも釣として有名で一の一小。先非は世話担い轄更に支那に㌍しに勅許に苦く. 彼の咋代に嬰しも琴1.か升ハの・人もれったのてあ・匂。然し畔代拉り主・●︰つても況禦損公雄時代でぁり、 従って其の時代のほ堆批は捏禦い粧の前井伏としてのそれてJ一りつ”﹂串︰続謂澤整宗の五時の−数列が雄 ㍍に物語ってゐる。かヽる叶代に依って光宅が現れ、大根は時代放列一で耶史的串砕⊥lと訟容せざる一ど 得なかったでぁらうが、法非鱒で令訳して殆ど至上り位郡を典へ.澤整露と同列にまで引き勲げた ︵二︶ かの軌がある。その後一で永けて出現したのが天台であつて.法華壷上のま揖を椛宜し.泣棄綜を迫 設追批の鎧と列挿したのである。此の如き次第亨Qが故に天台が光宅の数草を無成することの出水 な を引き受け・ら一しとになつたのでゐ一り。天台が玄萩中に 光篭り天台及び聖恐太子に及ばぜる郎班仁ついて

光宅の天台及び聖徳太子に及ぼせる影響について

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三日 光電り犬山,l及び聖び火†に及lごぜろ臣㌍について

m 言綜、雄一親元草野長、郡消毒矢来多芸什感付爵1慧元蒜妙、琵・攣、富野北軍慧声望真義

︼下、p●芦b︶ と言ってゐるのは此秒間の消息を伯へるものであろ。故に吾人が正辟⋮に天台を和郎†るには、どう しても光宅を知一?小輩がみる。而して如何に光宅の歌草が天台に影響一で及にしたか.天台は如何に 光宅一で利用したか一で研究しなけれはへ㌧らぬ。かくて両者が如何に類似し.如何l二相違してゐ↓りか′で 列輌ならしめハけけitばへ与ら克。私は此の小論文に於て其の一斑・で調べて見たいとM心ふ。 先つ吾人は南新のほ革靴に於て、先つ和文′ぜ比較して見る必要がぁる。勿論その細部に論及する ことは出水ぬが.描く大別のみ一で左に記すこと∼する。 −仔 介 1巣苑− 一円鵡− †略耽間近射通醐執在捷−丁⋮坊間近郎通−

羊懐 疑 致 摘﹂

l;Il 1別序聞近朗退勤執根揖﹂・⋮⋮⋮⋮⋮⋮:⋮⋮⋮⋮・・序 分− 航托岩倉最長折越生信⋮・⋮・煤間近新通Tl 購 他 哨 別流苅m三朝一之哉 紙 三郎一印緑化信⋮⋮⋮・・廣拘三郎〓−− 鼓 動 軌 在疑− 七日.1 ■●

丁忠志千丁属宏て

正宗分1 流通分1 流通分I 序 分− ノ

(36)

779 右の封照別に依て大概肌かなるが如く、天台光宅両者の斜文は極めて瑚似するものと言ってよい。 多少の出入は射るとしても、天台の所細川一撃二段の三分思想は殆どガ宅と合致するものでぁり、二 門六段の思想は明かに光宅の中に胚胎†・匂ものでぁる。 さで斯の如く形式的には両者は極めて相近いJのであるが∵・′、の内容に突ゝ一恵んで税務丁んと、 前々の斯に於て隔−一で成せざろ・で得ない。・けれども更に浣′、詳かに軌察了ると.両者の問には和恵 の賑絡の存†ること.に気骨くの・であ一㌔ 光宅り法華租並びに彼・り督枠全椙一で通じて最も苅要へ㌧のに円準り机念である。先づ法華鍔の標題 を説明し一\ 上山▲鳩法ゼ出■踵撃野草紹−此持㍍蒜㌢川巣之藁ご三ム義元〓、つ∴・P︶ と言ひ.又肪雲は因を崇となし、捏璽は巣を宗となL.法非は国華で以て宗とへ仏す︵−一●↓●b●︶とも 言って・のか。即ち法華登別彼の二段に分ち.前は型二親一似て囚を示し.後は開近親淀以て巣を説 くものでぁるとする。即ち前に掲げた閉に伐ても明かでぁる。斯の如く一荘を両分して因果と†ろ 串は甚だ判然たる鮎に於て特琴で持っのみならす、従来の法華睨に封して一組織を奥へたものとも こご 考へ持去ので一90が、何としても評成一で免れなかった。即ち法華玄或は次の漂に言って居る。 ● 光宅l即二束目撃元−宗、別段警区l、伎持岱−巣、私詔二文各有高果著互存互ほ、別軍拓朱︵九下∵フごP︶ 光宅の天台及び聖徒大子に及ばぜる耶平について ﹂ニ五

(37)

丁80 三六 光電の天ふ〓及び聖徳大†に及ぼぜ一り黒川川︰について そこで天台は光宅の此の法準組を今∴段王威して寓椙的に配して、荷役各々に阿畢で見んとした。 即ち本迩二門夫々に帥嬰一門の捕欝の田野芸腑め、そわ上に立って泣は弟子の女囚を成せんが爵で あつて阿は正、某は併であ・0となし、本は帥の質草で耕さんが秀で.巣は正、因は併な♭と言ふ。 ︵l一・P∋−1︶︶。然し之も光宅が路々認めてゎた訴であつて、 今此縦l!ロー区l之良、亦和姦薫帥ぎ問彿知見純一英之中亦有向哉融ぎ久代許所帯前則野田敏明史、絃帥芦典故明一匹l、故知同 − 異埠訣〓虹撞正宗、︵薫㍊一、ワ00●2︶ 此の・他光宅は基の鶉記の内容よら見る時は帥塑一門の考を粘ってゐたのであるが.それを斬罪上衣 に現さなかったと見なければならぬ。従って光宅の言はんと欲してゐた串はさながらに天台に依て 慰来せられたと言ってもよからうと思ふ。要するに,天ムn単に所謂克としての因果の概念よりする 咋は、.両者の考lま殆ど一致するものと言っても然るべき程である。 宗としての法非軌に於ては以上の如くであるが、次に債盆卜眺める咋は、表面上可なりの隔b・で 成せぎるを得ないが、吾人は更に一考一で要する。先にも二宮せる如く、光宅に於ては因梨の概念は 飴であ♭絡である。そこで光宅は一系の撃ピも国光でや。とした。之が間組の起る鮎であつて、天 台は之を批評して、国典は二法なるが故に理一よなすは非仁りとして、黙相なき魔の所詮だと言ふ て屠る︵玄議七上.p・声こ。天台は閃光を二と見て、理一の内容としては有b得ないと説いた。

(38)

781 成る群光宅も二に分けてゐる産もJのるけれども、それは放念上の坪に既†るもので一のつて、光宅の 考へてゐた牡一の内容としての国典は固く簡畢に推して考へる串の出水るものではない。致とは一 国一果の理でぁる。■もーつ言ひ拍へ・匂と.高著は必らす成沸の原田たりとの原理自研一で指すもので ある。元殊彼は一死の記としての因果一で認めながら.三粟lニほ三の椛埋を恵めへ仏かった。是は一面 奇怪な詑であつて、誰しも光義一で挟み戊くなる設である。が彼の見解に徒へば、三放の背後に存† ろもの旦二捕捉に非ゃして、一理の外にない。一理を表現せうとして持す、止ひを持すして三なと なったもので一の・り。三放と掟土けき見地よ・り眺曽Qと背後に杭たはるものは一理でゐ・㌔三故人は 只知らぎるのみ。知一匂と知らぎると一三川はす.一班の上一で歩むものでぁる。故に汝等所行是非醸造 と揖にも言ふではないか。賀に郎川の小和も︰僻某一で得るの行である。此の原理一で理と名ける。概 念的には因果と分つ。かく彼は即す・つ。要†る所、彼の・根本立脚地は絶封首足の思想で.三乗の三 田三先も畢克行人の計執に過ぎす.新し之生前次的に一乗s・見地より見れば彼等も一乗迫一ざ歩ひ着 でぁる。故に彼は此の理を次の様に言ふてゐる。 紀.軟論.埋者、何弊1・糀沃招ここ非正化−鑑待■三明大迫−之人一向不◆知−向錆之群舞三之別︰几口汚弟拓官、若人不−知二職常任二日云 帝丞−持′㌍悶絶世帯澤︰仰視竹㌣得れ無上菩提り若不−知▲体温常任︰別田信木−成、五職不−立、且日揮ぢル聖賢三乗勧業不−愚ホ於法り又首、安 閑摸堂ll知化一有鉛地⋮必什㌣持誌⋮上苧饗︵董託三、−一●−P石 衣で軒閉経兜ぁる所以一ざ説明して、 光宅の天台及びヤ徳太子lニ及ばぜる影響について

(39)

丁$2 常行内紺芋症行、外税是難問︵マ︼デュ 賞に興味ゐ・言︰克と言はなければ.ヘサ♭ぬ。こゝに彼の一同二m聖羊満とも軍‡成備東鶉とも言ひ得る ものが躍如として説かれてゐる。之が損諭吉品竺と断じた恥は必らす記憶すべきことでぁる。 / ︵丘﹂ 斯く考へ凍って天ム〓の所説と比較して見ると、天台ほ右の如き‖心惣一里軍と師じ、俄は訪ほ野面で なければぢらぬとした。光宅の埋一と天台の賓相とは豪商上極めて相違して居るかの如き租がある。 然し僅に前に述べ凍れる践に光宅の理一は絶対悪想の道徳的辞職であ丁り.天台山偲はその吾輩的批 披を探ったものとも言ひ符やうかと思ふ。こ∼に両者に和迩がありながら.一脈の連絡一で成せざる 一で得ない。剋して言ふならば、光宅の理一の内容は因襲の概念一で以て説明するには飴♭に抽象的で ある。或は抽象的になb得ると言った方がよいかもしれね。−∵、に天台の概が生れなければへ†らぬ 契機がある。 以上租察し来らしが如く.光宅が内典の名の下に合めて居た二耗の拓別は天台に依って列然と開 明せられたが、一之は光宅の時代は支那件数史上研究時代に威してゐるが属に押沌としてゐたもの・で、 次期に至って始めて粗描せられたのであつた。吾人は次に︸爽偶数として甚だ鍾嬰な・Q所謂根位相l 妙と開農耕妙との問題に就て此の和の準備を更に軌察することヽする。 抑光宅の根本班命と†ろ握はほ華緯に依る一乗偶数の問明に一のつたとは吾人の有する意見でゐ 光電の天山■l及び聖徳太子に及lrぜろ㍍誓lこついて

(40)

TS3 る。その一乗偶数は三窮仰故に封比する咋は極めて肪rLぶものでなければ仁らぬ。然し彼の二準備

敬は一度法堰閲骨の思想より眺めると、法華以前の詩歌悉く一乗仁ちぎるはない。従って惜統一で経

つものでぁるとすろ。此の二種の造痩は天台はど明確には説かれてゐない・。然し其の思想の存す・匂

串だけは否定出水ぢい。以下之一ピ考容する。

光宅は法弗の妙なる所以・g説明して、普の因炎は三義・で以て蛮.今日の田果は三義一で以て妙であ ると説く。帥ち囚よりしては、普旦二非外り拾遺に及ばざるに︵内輪知︶.今日蟹心よら金印・一−で三 界内外の治追︰切の苫善一で常田の憺と†ら︵関根長︶。是一で構に諭†れば、昔日の偏わ六虎等に射し ︵田鶉狭︶今日は凡ゆ・ヱ苧ざ指す︵内薫供︶。羊′・の作用よりする昨は、昔日は四仏地の柄惰一で晰す るのみなるに︵因用劣︶、今日は如⋮明任地・∽梢侶に迄及ぶ︵内用勝︶。次に果に於ては、普日の俳詩人 十七育阿付紙なるに射し︵巣梧短︶、今日は語命贅几皿と云ふ︵果億長︶。普の無窮果は分段生死一貨附す るのみ.有馬巣は功徳智恵未田未備なるに︵果薄氷︶.今日の熱演巣は丙種の生死を断じ、有盛衰は 智は八諦一国一巣を黒し功徳は内外の衆生に及五︵葉菜成︶。其の作用に至っては昔日の小々の説法 に封して︵共用彗今日は殊形前象姐御釜物でぁる︵果川肪S叱 光宅に以上聖一鎮三妙を述べて彼、﹁又復作こ和解Lとて、為に持せゃして三妙を記してゐ・ヱ鶉記 l一・P∋−b︶。こヽに注意を要することは何が名に煩しくも殆ど同校の鞘一貨鱒り返さねばへ㌧らなかつ 光宅の天台及び聖徳太子にÅばぜる影響について

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