改定常用漢字の高等学校国語科における教育に関する考察
── 2011(平成 23)年度の北海道を中心に──
矢部 玲子
はじめに
「常用漢字表 」(平成 22 年内閣告示第 2 号)1)が 2010 年 11 月 30 日に発表された.従来の 1945 字から, 196 字追加・5 字削減という,当用漢字表(1947)の制定以来最大の変更である.本稿は,これら追 加された漢字(以下改定常用漢字)が,北海道内の高等学校での国語の授業において,どのように教 授されたかを調査・分析することにより,授業による指導の重要性を主張することを目的とする.1.問題の所在
改定常用漢字の教授は,高等学校の国語教育において早急に扱われるべき案件であった.発表当時, ほとんどの生徒にとっては,高等学校での教育が,改定内容についての知識を得る最後の機会となる はずだったからである.国語教師はこのことを理解し,国語表記の変更を学習者に伝えるという,自 らの責務を自覚して指導に当たるべきであったと考える. しかしながら,改定の発表が 11 月末だったことを考慮すると,同年度や翌年度に十分な教育を施 すには,時間的に困難な状況があった可能性も否定できない.また,2013 年度から新学習指導要領 が年次進行で開始されるという高等学校独自の事情が,指導にタイムラグを生じさせるおそれもあっ た.この状況を分析することは,今後起こりうる同じ事象を回避する上で,重要だと考えられる. また,改定常用漢字発表後,追加された各漢字へのアプローチ方法(小林 2011,島村 2011)や, 高等学校における常用漢字の指導法(中神 2011)を提案している研究はいくつか見受けられる.中 神は,高等学校での指導が低調な印象を述べている.しかし,実際の指導状況を扱ったものは,筆者 の知る限り皆無である.この点からも,この研究を行う価値はあるだろう.2.調査概要
実際の調査は,各地方自治体の教育委員会,北海道内の公立高等学校と高等専門学校の国語教師と その生徒たちに対するアンケートや電話取材及び面接という方法で行った.その結果,教育行政機関 から学校への指導における過程で意思伝達の不足が問題を引き起こしていたということが明らかに なった.それゆえ,行政側と教育現場との間の意思伝達が改定内容を伝えるうえで不可欠だと結論づ けられる.3.改定常用漢字の学校教育における取扱い
本章では,改定常用漢字の学校教育における指導内容の決定経緯について述べる.これらの決定さ れた指導内容が,実際に教育現場での指導に反映されていたか,確認の目安を得るためである. 3.1 文化審議会答申 「常用漢字表」発表に先立ち,「文化審議会答申(2010 年 6 月 7 日)」がまとめられた.ここに,学校教育における漢字指導についての言及がある. 5 その他関連事項 (2)学校教育における漢字指導 現行常用漢字表の「答申前文」に示された以下の考え方を継承し,改定常用漢字表の趣旨を学 校教育においてどのように具体化するかについては,これまでどおり教育上の適切な措置にゆだ ねる. 続けて,「答申前文」が以下に挙げられている. 常用漢字表は,その性格で述べた通り,一般の社会生活における漢字使用の目安として作成し たものであるが,学校教育においては,常用漢字表の趣旨,内容を考慮して漢字の教育が適切 に行われることが望ましい.なお,義務教育期間における漢字の指導については,常用漢字表 に掲げる漢字のすべてを対象としなければならないものではなく,その扱いについては,従来 の漢字の教育の経緯を踏まえ,かつ,児童生徒の発達段階等に十分配慮した,別途の教育上の 適切な措置にゆだねることとする. (昭和 56 年 3 月 23 日国語審議会答申「常用漢字表」前文) 3.2 常用漢字表改定に伴う学校教育上の対応に関する専門家会議 上を受け,「常用漢字表改定に伴う学校教育上の対応に関する専門家会議」において初等中等教育 における改定常用漢字の取り扱いに関する審議が,「常用漢字表」の告示 4 ヶ月前の 2010 年 7 月7 日から足かけ 3 ヶ月間,計 6 回行われた. 同会議は 9 月 29 日に,『「常用漢字表改定に伴う学校教育上の対応について」(まとめ)』(以下(ま とめ))を集約した.高等学校における改定常用漢字の指導に関する部分は以下の通りである. 2 各学校段階における対応 (3)高等学校 (ⅰ)高等学校学習指導要領における取扱い 現行学習指導要領及び新学習指導要領における漢字の指導は,「読み」,「書き」ともに,改定 常用漢字表に基づいて行うこととする.(下線筆者) なお,今回,文化審議会答申(平成 22 年 6 月)においては,改定常用漢字表の性格として,「情 報機器の使用が一般化・日常化している現在の文字生活の実態を踏まえるならば,漢字表に掲げ るすべての漢字を手書きできる必要はなく,また,それを求めるものでもない」と述べている. このため,「書き」の指導に当たり,「主な常用漢字」の範囲を示すことが考えられるとの意見も あったが,高等学校においては,高等教育を受ける基礎として必要な教育を求める者,就職等に 必要な専門教育を希望する者,義務教育段階での学習内容の確実な定着を必要とする者など,様々 な生徒が在籍していることを踏まえると,「主な常用漢字」の範囲を一律に示すことよりも,こ の改定常用漢字表の性格を十分に周知することで,各学校が生徒の実態に応じて指導できるよう
にすることが適当である. (ⅱ)改定常用漢字表に基づく漢字指導の時期 ○ 改定常用漢字表に基づく漢字指導は,中学校の実施時期と合わせ,平成 24 年度から行うこと とする. ○ 平成 23 年度までは従来どおりの取扱いとするが,追加された常用漢字についても,その必要 性や使用頻度などを勘案して適宜指導することができるものとする.(下線筆者) 3.3 常用漢字表の改定に伴う中学校学習指導要領の一部改正等及び小学校,中学校,高等学校等 における漢字の指導について(通知) 上記下線部の指導方針は,最終的に,「常用漢字表の改定に伴う中学校学習指導要領の一部改正等 及び小学校,中学校,高等学校等における漢字の指導について(通知)2)」(以下「通知」)に,以下 のように反映された. (3)高等学校(中等教育学校の後期課程を含む.以下同じ.) 高等学校国語科における漢字指導については,「読み」,「書き」ともに,次の通りとする. ア)平成 22 年度中及び平成 23 年度は,特例告示により,改定前の常用漢字表に基づいて, 現行の高等学校学習指導要領(平成 11 年文部省告示第 58 号)(以下「現行高等学校学習指導要 領という.)により指導すること. イ)平成 24 年度以降は,改定後の常用漢字表に基づいて,平成 24 年度以前の入学生について は現行高等学校学習指導要領により,平成 25 年度以降の入学生については新しい高等学校学習 指導要領(平成 21 年文部科学省告示第 34 号)により,指導すること. なお,平成 23 年度までの間,追加された常用漢字について,「読み」,「書き」ともに,その 必要性や使用頻度などを勘案し,生徒や地域の実態等に応じて,適宜指導することができるもの とする. また,今回,文化審議会答申(平成 22 年 6 月 7 日)においては,改定常用漢字表の性格として,「情 報機器の使用が一般化・日常化している現在の文字生活の実態を踏まえるならば,漢字表に掲げ るすべての漢字を手書きできる必要はなく,また,それを求めるものでもない」とされているこ とから,「書き」の指導に当たっては,この改定常用漢字表の性格を十分に踏まえ,各学校にお いて生徒の実態に応じ適切に行うこと.(下線筆者) 上からは,2011(平成 23)年度までの改定常用漢字の指導は,多様な各高等学校の実態に合わせ, 行うとしているのが分かる. 3.4 文化庁による内閣告示「常用漢字表」説明会 「常用漢字表」内閣告示を受け,文化庁は,以下の趣旨に基づき,全国で説明会3)を計 6 回行った. 1 趣旨 文化審議会答申「改定常用漢字表」(平成 22 年 6 月 7 日)が「常用漢字表」として内閣告示(同
年 11 月 30 日)されたことを受けて,その説明会を開催することで,広く国民に内閣告示「常 用漢字表」の趣旨を理解していただくとともに,同漢字表が各方面で生かされるよう,その 周知を図るものです. この説明会は国語教育関係者のみが対象ではいなかったが,開催地では,「全ての小中高特別支援教 員(各校1名),各市町教委指導主事,大学等教職員等が参加4)」していた例もあるという. 3.5 常用漢字改定に伴う教科書表記の見直し (通知)と同日,「義務教育諸学校教科用図書検定基準,高等学校教科用図書検定基準及び教科用図 書検定規則実施細則の一部改正について(通知)」が発表された5).これは,「社団法人 教科書協会」 が発表に先立ち,9 月 27 日,「常用漢字改定に伴う学校教育上の対応に関する専門家会議」主査宛に 出した,「常用漢字表改定に伴う教科書上の記載の在り方について」要望書への回答に当たるもので, 「改定常用漢字表の制定に伴い,義務教育諸学校教科用図書検定基準,高等学校教科用図書検定基準 及び教科用図書検定規則実施細則における関係規定を整理し(1.改正の内容)」たものである. 高等学校国語科に関する記述は以下の通りである. 2.施行時期等 (1) 改正後の規定は,平成 22 年 11 月 30 日から施行し,平成 24 年度以降の使用に係る教科用 図書の検定から適用されること.(後略) 3.留意事項 (1) 既に検定を経た教科用図書又は現在検定の申請が行われている教科用図書である平成 24 年度以降使用する中学校の国語の教科用図書並びに高等学校の「国語総合」及び「国語表現Ⅰ」 の教科用図書については,訂正申請により,改定常用漢字表又は追加漢字一覧等を巻末に掲載す る等学校において改定常用漢字表に基づく漢字指導が平成 24 年度から適切に行われるための措 置がなされることが望ましいこと. 上記については教科書会社に照会し6),以下を確認した. ◦ 改定常用漢字が検定教科書の本文に反映されるのは,学習指導要領改訂後の 2013 年から. ◦ 教材文中の常用漢字以外には振り仮名をつけているが,経費の関係で現在は旧常用漢字表に 準拠している. ◦ 2012 年度から巻末の常用漢字表は改定常用漢字を含むもの7)に差し替えている. 上記を総合すると,改定発表から 2011(平成 23)年度にかけては,以下 3 点においてタイムラグ が生じ,高等学校では,指導が困難な状況であったことがわかる. 1. 2012(平成 24)年度から中学校で改訂学習指導要領に従って指導開始. 2. 2013(平成 25)年度から高等学校で改訂学習指導要領に従って年次進行で指導開始. 3. 2013(平成 25)年度から年次進行で高等学校の教科書本文に改定常用漢字の内容が反映される. 上記を図示すると,次のようになる8).現場に求められる対応が複雑なものであるのが分かる.
漢字指導 高校入学年別一覧 補足資料 改訂前 改訂前 改訂後 改訂前 改訂前 改訂前 改訂前 改 訂 前 改訂前 改訂後 改訂後 改訂前 改訂前 改訂後 改訂後 改訂前 改訂前 改訂後 平成20年度 平成21年度 平成22年度 平成23年度 平成24年度 平成25年度 平成26年度 平成27年度 平成28年度 平成29年度 平成30年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 平成23年度 平成24年度 平成25年度 平成26年度 平成27年度 平成28年度 平成29年度 平成30年度 改訂後 改訂後 改訂前 改訂後 改訂後 改訂後 改訂後 改訂後 改訂後 改訂前 高等学校入学年度 平成22年度入学生 平成23年度入学生 平成24年度入学生 (これ以後は新学習指導要領による) 平成25年度入学生 平成26年度入学生 平成27年度入学生 は,漢字の指導,実践は高校,破線は中学校. は,入試,実線は大学,破線は高校 この資料は平成22年度高等学校教科等担当指導主事連絡協議会国語部会において配布されたものです. 図 1 漢字指導 高校入学年次別一覧表9) 3.4 結論 高等学校での国語教育は,小中学校の教育内容習得を前提として成立している.これは以下の学習 指導要領10)の記述からも明らかである. 国語総合〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕 ウ 漢字に関する事項 ア 常用漢字の読みに慣れ,主な常用漢字が書けるようになること つまり,通常なら,常用漢字の内容を意識せずとも,指導には,特に支障はない. ところが,今回の常用漢字改定から中学校で新学習指導要領による指導が開始されるまでの間は, 中学校における指導に依存できない状況となった.2012 年度現在,高等学校に在学中の生徒たちは, この,通常起こり難い教育内容の急な変更に影響を受けることになる. 文部科学省はこの事態を看過せず,各自治体の教育委員会に,高等学校国語科教諭への指導を要請 し,各教育委員会はそれに従った.次章で詳しく述べる.
4.各自治体教育行政からの改訂常用漢字の取り扱いに関する指導
本章では,各自治体の教育委員会が,管轄する高等学校に対して行った,改定常用漢字の取扱いに 関する指導について述べる.これらの指導内容が,実際に教育現場での指導に反映されていたか,確 認の目安を得るためである.4.1 教育委員会の役割 『常用漢字表の改定に伴う中学校学習指導要領の一部改正等及び小学校,中学校,高等学校等にお ける漢字の指導について(通知)』(2011)には,以下のように,教育委員会の果たすべき役割が明 記されている. (前略)各都道府県教育委員会におかれては,所管の学校及び域内の市町村教育委員会に対し, 各指定都市教育委員会におかれては,所管の学校に対し,各都道府県知事及び構造改革特別区域 法第 12 条第 1 項の認定を受けた地方公共団体の長におかれては,所轄の学校及び学校法人等に 対し,国立大学長におかれては,その管下の学校に対して,小学校,中学校及び高等学校等にお ける漢字の指導が,その趣旨に即して適切に行われるよう周知を図るとともに,必要な指導等を お願いします. 上記を受けて各自治体の教育委員会が行った指導内容について,実態を調査した. 4.2 全国教育委員会による改訂常用漢字の指導に関する高等学校への指導 調査内容を以下に記す. 時期:2012 年 8 ~ 10 月 対象:全都道府県の教育委員会高等学校国語教育担当 方法:電子メール,電話,FAX 有効回答総数:47 件(全自治体) 表1の通り全国の指導内容が明らかになった.具体的には以下の 通りである. 1. 全校資料配布:文部科学省の(通知),(まとめ)などの資料 を全校に配布して周知を図る. 2. 研修会:教育課程編成や国語教育など該当の研修会で扱い, 指導への周知を図る.全高等学校の担当者に出席を義務付け ている自治体とそうでない自治体がある. 3. 教育課程編成手引等への記載:教育課程編成手引等に改定常用漢字の内容や指導への注意喚起を 促す内容を記載する.教育委員会のウェブサイト上で公開している自治体もある. 4.3 結論 以上のように,ほとんどの教育行政は,文部科学省の指示に従って,行動していたことが分かる. 上の,1. ~ 3. を単独で行うか複数組み合わせるかは様々だったが,最も支持されていたのは,1. の 資料配布だった.資料配布と研修会の両方を行った自治体もほぼ同数あった.また,1. ~ 3. すべて の指導を行なっていた自治体は北海道のみであった. 表1 各教育委員会の指導内容 指導内容 自治体数 全校資料配布 18 全校資料配布・研修会 17 研修会 5 教育課程編成手引記載 1 資料配布・編成手引 1 研修会・編成手引 2 上記すべて 1 指導なし 2 計 47
5.高等学校国語科における改定常用漢字に関する指導の実態(1)教師への調査
本章では,前章で行った調査のうち,教育委員会が最も多岐にわたる指導を行なっていた北海道教 育委員会(以下道教委)の指導効果を明らかにすることを目的として,道内の高等学校・高等専門学 校における改定常用漢字の指導実態調査を行った.以下に報告する. 5.1 調査内容 時期:2012 年8月~ 11 月 方法:対面・電話・文書・電子メール 対象:北海道内の全 14 管内の普通科公立高等学校全日制課程 245 校のうち 82 校ならびに 高等専門学校全4校の教員 結果:14 管内のうち 12 管内の教員 40 人から回答を得た. 質問項目: 1. 2010 年 11 月 30 日の常用漢字改定をご存知ですか?(はい いいえ) 2. 改定常用漢字に関する指導を国語の授業中に行いましたか?(はい いいえ) 3. 3. で「はい」と答えられた先生にお尋ねします.次の指導内容で最も近いものは? 改定に関する話のみ プリント配布等改定された漢字の内容を知らせた 改定された漢字の書き取りや試験などを行った その他 4. 上記 1. ~ 4. に関しまして,お気づきの点などご教示下さいましたら幸甚です. 5.2 調査結果 図2 改定常用漢字に対する教師の認識・対応 9人 31人 8人 40人 0 32人 はい いいえ 0% 50% 100% 常用漢字改定を授業で扱った 道教委指導を知っている 常用漢字改定を知っている 調査の結果は,図 2 の通りとなった.内容を以下に述べる. 常用漢字改定については全員が知っていた.しかし実際に指導したのは,その 2 割強に留まった. また,道教委の指導を知っていたのも同程度であった.このように,指導を知っていたとする教師数 と授業で扱った教師数はほぼ一致するが,その内容は必ずしも一致しない.改定常用漢字に関する指 導を行った教師 9 人のうち,道教委の指導を知っていた教師は,4 人に留まる.それ以外の 5 人,つ まり半数以上は,自身の判断のみに基づいて指導を行ったことになる. 指導内容は以下の通りである.◦ 改定に関する話のみ :4 人 ◦ プリント配布等改定された漢字の内容を知らせた:4 人 ◦ 改定された漢字の書き取りや試験などを行った:1 人 書き取りや試験などを行った 1 校は,全校で漢字検定に取り組んでおり,そのための指導の一環であ るという. また,道教委の指導を知っているが改定常用漢字の指導はしていない,という回答も 6 人あった. 最後に,自由記述欄にあった教師たちの声を記す. ◦ 指導が本格化するのは改定常用漢字が大学入試で取り扱われる 2015(平成 27)年度からでは. ◦ 漢文の授業では常用漢字の訓の制限はむしろ弊害. ◦ 「常用漢字」を意識する以前に日常の生活で最低限「読める」,「書ける」を中心に指導. ◦ なかなか常用漢字改定の指導ができず苦々しい思い. 5.3 結論 道教委の懇切な指導は,教師たちの手元に届くのも彼らの意識を変えるのも困難だったと結論付け ることができよう.道教委の指導が正しく理解されていれば,教科書改訂や新学習指導要領実施以前 も,高校生たちに指導が可能であった.何よりも教師自身にとって,「常用漢字表」の性格や小・中 学校の指導内容について理解を深めるなど,意識変革の好機ともなったことだろう.
6.高等学校国語科における改定常用漢字に関する指導の実態(2)生徒への調査
2010 年 11 月末の改定常用漢字発表以来,筆者は,大学入学後間もない学生たちに,高等学校で改 定常用漢字に関する指導の有無を調査していた.その結果,ほとんどの学生が指導を受けていなかっ たことが明らかになった11).筆者はこの事態に規模を広げて調査する必要性を感じた.そこで,北 海道の大学生と看護学校生にアンケート調査を行い,585 人から回答を得た.本調査は,前章の証左 を得る目的をも有する.以下に報告する. 6.1 調査内容 調査内容を以下に述べる. 時期:2012 年 7 ~ 10 月 対象:北海道内の大学4校と看護学校1校に在籍する 1 ~ 2 年生12)の学生 方法:質問紙記入,電子メール 有効回答総数:585 人 回答者のうち改定常用漢字発表当時高等学校在学中だったのは 514 人だった.そのうち,国語の授 業で改定常用漢字について学んだと答えた者は 54 人であった.これは回答者中の高校在学者の 1 割 強に当たる.以下に詳細を述べる. 6.2 改定常用漢字発表時の学年 第 1 問:一昨年の 2010 年 11 月当時,あなたはどの立場でしたか? 改定常用漢字発表時,回答者 585 人のうち,高等学校に在籍していたのは 88%と,全体の 9 割近かった.人数にして 514 人となる.従って,次の「第 2 問」はこの 514 人を母数とする. 6.3 常用漢字改定の知識 第 2 問:2010 年 11 月 30 日に常用漢字表が改定されました.新たに 196 字が加わり,5 字が削除 されました.知っていますか? 結論から言えば,知っていたのは 3 人に 1 人ほどであった.以下に詳しく述べる. 514 人のうち,「知っている」と答えた者は 33% に当たる 169 人,「知らない」と答えた者は 67% に当たる 345 人であった.改定常用漢字に関する指導を高等学校で受けた可能性があるのは,「知っ ている」と答えた 169 人となる.従って,次の「第 3 問」は,この 169 人を母数とする. 6.4 常用漢字改定を知った機会 第 3 問:常用漢字改定を何によって知りましたか? 高等学校の国語授業で知ったのは,32% に当たる 54 人であった.第 2 問で,「当時高等学校に在 籍していた」と答えた 514 人のうち,約 11% に当たる人数である. 「それ以外」と答えた者は,68% に当たる 115 名であった.これは,当時高等学校に在籍していた と答えた生徒のうちの 22% に当たる.何によって知ったのか,内訳を人数で述べる. ◦ 報道(新聞・雑誌・テレビ・インターネットなど):112 人 ◦ 家族や友人などとの会話:2 人 ◦ その他(漢字検定の受検勉強):1 人 次の,「第 4 問」と「第 5 問」は,国語授業で知ったと回答した 54 人を母数とする. 6.5 改定常用漢字を扱った授業の時期 第 4 問:「国語の授業」と答えた人へ.その授業はいつのことでしたか? 結果は,「図 3」の通りとなった. 図3 改定常用漢字を扱った授業の時期 2012年1∼3月 5% 2011年 17% 2010年 22% 不明 56% 54人
具体的な人数は以下の通りである. 不明:30 人 2010 年:12 人 2011 年:9 人 2012 年(1 ~ 3 月):3 人 半数以上が不明と答えている.しかし,改定発表間もない 2010 年のうちに時宜を捉えて指導した 教師や,2012 年 1 ~ 3 月に,生徒たちの卒業前にと授業を行ったと思われる意識の高い教師たちも 存在していることが分かる. 6.6 改定常用漢字を扱った授業の内容 最後に,「第 5 問:その授業に最も近い状況を,以下から選んで下さい.」という質問を立てた.結果は, 「図4」の通りとなった. 図4 改定常用漢字を扱った授業の内容 その他 5% 書き取り・試験 11% プリント配布など 漢字の内容説明 20% 教師の話のみ 67% 54人 具体的な人数は以下の通りである. ◦ 教師の話のみ:36 人 ◦ プリント配布など漢字内容についての説明を受けた:11 人 ◦ 書き取り練習や試験をした:6 人 ◦ その他:1 人 回答者全員が授業内容を記憶していた.前問で,授業を受けた時期が「不明」と回答している者は ほぼ全員,「教師の話のみ」を選択していた.また,「その他:1 人」は,「学校全体で漢字検定に取 り組んでおり,受検対策用のテキストブックを購入させられた」,という. 6.7 結論 大学生らを対象とした調査の結果,実際に高等学校の国語授業で改定常用漢字の内容に接するこ とができたのは 18 人であったことが分かった.これは,本調査で,改定発表時に高等学校に在籍し
ていたと答えた 514 人のうちの,4% 弱であった.前章で,「指導した」と回答した教師の割合より, 更に少ない.次章では,この状況の背景について考察する.
7.考察
繰り返すが,高等学校の教育指導は,小・中学校の習得内容の上に立脚している.それゆえ,普段 はその習得内容に無意識でも指導が可能である.常用漢字はその典型と言えよう.しかし,このたび の常用漢字改定は,中学校での指導内容に依存できないという,いわば緊急事態であった.この事態 に対処すべく,教育委員会は様々な指導を行ったが,高等学校の国語教師たちの意識を変えるのは難 しかった.改定常用漢字に関する指導の実施率の低さが,それを物語る.「常用漢字表改定に伴う学 校教育上の対応に関する専門家会議」の議論にも,この高等学校教師の持つ意識の特徴は,しばしば 登場した13).筆者が行った教師対象の調査では,「常用漢字は音訓が制限されているので古文・漢文の 学習にはむしろ障害になる」という意見も出た.このような誤解も存在する状況であることがわかる. これらは教師個人と言うよりも,小・中学校の指導内容に依存しつつも無自覚である,という高等 学校の持つ構造の問題であると言えよう.今回の,改訂常用漢字の高等学校における指導に関する経 緯は,この構造の存在と改革の困難さを浮き彫りにした.もし,高校教師たちが,今回の事態の緊急 性を正しく理解できていれば,中学校での指導が始まるまでの間,改定常用漢字の指導に責任を持つ のは彼ら自身である,という自覚を持って指導ができたと思われる. この改定常用漢字が大学入試問題に反映されるのは,2015(平成 27)年度からである.調査に協 力してくれた教師からも,それを機に指導が本格化するのでは,という指摘があった.しかし,それ までに卒業する生徒たちは,授業で知識を得る最後の機会を失うことになる.常用漢字の改定は,漢 字や音訓が大幅に追加された,国語教育の観点からも,決して小さくはない転換であった.そして, 学校の授業は,すべての子どもに網羅的に作用し得る,唯一の仕組みである.高等学校の国語教師た ちは,この国語表記の変更を生徒たちに伝えるという自らの責任を自覚し,授業という仕組みを最大 限に活用すべきである.また,教育行政にも,今後,このような事態が起こった際は,高等学校の国 語教師たちに,責任の自覚をより促す方向で指導を続けることが必要であろう.おわりに──まとめと今後の課題──
今回の調査では,高校国語教師の常用漢字に対する関心が,決して高いとは言えない現状が明らか になった.しかし,「社会に出たとき知らないと困るからと改定常用漢字一覧表を配ってくれた」と, 学生が感謝していた尊敬に値する教師の存在を申し添えたい.このような教師が増えることを願う. 今後は特に教師について調査範囲を広げ,この傾向が全国的なものであるかを確認し,よりよい改 訂常用漢字の指導について提案したい.注
1) 1981 年,「法令・公用文書・新聞・雑誌・放送等,一般の社会生活で用いる場合の,効率的で 共通性の高い漢字を収め,分かりやすく通じやすい文章を書き表すための漢字使用の目安」とし て「常用漢字表」で示された,1945 字からなる現代日本語の漢字.2010 年 11 月 30 日に改定さ れ,196 字が追加され,5 字が削除された.現在は 2136 字.2) 22 文科初第 1255 号として文部科学大臣政務官名で各都道府県教育委員会・各指定都市教育委 員会・各都道府県知事・附属学校を置く各国立大学長・構造改革特別区域法第 12 条第1項の認 定を受けた地方公共団体の長宛に「常用漢字表」発表同日通知された. 3) 該当する説明会は 2010 年 8 月札幌市,別府市(国語問題研究協議会として),2011 年 1 月 22 日伊丹市,同 2 月 19 日松山市,同 2 月 28 日福井市,同 10 月 21 日文部科学省講堂 4) 福井県など 5) 22 文科初第 1252 号として文部科学大臣政務官名で各教科書発行者宛に通知された. 6) 2012 年 10 月 24 日電話取材. 7) 文部科学省(2011.3)『音訓の小・中・高等学校段階別割り振り表』準拠.指導段階を高等学 校としているのは,淫(みだら),鑑(かんがみる),痩(ソウ),阜(フ),絡(からめる)等 23 種. 8) 平成 22 年度高等学校教科担当指導主事連絡協議会国語部会配布資料 9) 文部科学省教科調査官から提供されたもの. 10) 改訂学習指導要領においても同内容. 11) 2011 年度調査の場合,指導を受けたと回答した者は 63 人中1人だった. 12) 改定常用漢字発表時の高等学校在籍者を調査対象としたため. 13) 第 1 回【宝官委員】「高等学校で教える際,あまり常用漢字というのは意識しておりませんで, どちらかというと大学入試でどういうふうに出てくるかということについてはでも,生徒のほう も反対に今,とても神経質になっておりまして。」など.
文献
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YABE Reiko
Abstract : The aim of this paper is to reveal the fact that there was an instructional problem in dealing “the
revised Chinese characters in common use” (jōyō kanji) in high schools in Hokkaido, mainly in 2011. The problem was that the majority of high school students hardly had an opportunity to gain sufficient knowledge of the revised contents. The research was carried out by using a questionnaire for boards of education in Japan, Japanese language teachers and approximately 600 students in several universities in Hokkaido. This paper shows the analysis of the questionnaires.