保険自由化10年と消費者問題
上 柳 敏 郎
■アブストラクト
保険自由化10年は,保険商品の多様化や業者間競争の変容等をもたらし,
消費者利便を向上させた面とともに,かえって混乱を招いた面や期待された 消費者利益に結びついていない面がある。開示面での改善も,いまだ消費者 が十分に活用できるものとは言い難い。他方,変額保険被害や,保険会社の 破綻,保険金の不払い等が顕在化し,消費者の不信は深まってきたともいえ る。
現行勧誘規制の実効性の検証や販売体制のあり方の検討が必要である。そ の際,不招請勧誘禁止論の問題意識をふまえる必要がある。勧誘規制の中核 は適合性原則であるが,顧客調査義務(ノウ・ヨア・カスタマー)とともに,
商品調査義務(ノウ・ヨア・プロダクト)が強調されるべきである。消費者 からの信頼を回復するために,プーリング機能に純化(アンバンドリング)
したもののみを保険と呼称して不招請勧誘禁止を解除する等,創意工夫が求 められていると考える。
■キーワード
不招請勧誘の禁止,適合性原則,保険の定義
1.自由化の10年…消費者と大きな関わりのある諸改正
本報告は,1995年保険業法改正以降の制度改革とそのもとでの運用につい
*平成20年10月25日の日本保険学会大会(獨協大学)報告による。
/平成21年2月3日原稿受領。
て,保険契約者ないし消費者の視点から,功罪を検討するとともに,今後の 方向性を考えようとするものである。
保険業法は,1995(平成7)年に全面的に改定された。同改定とその後の 制度改革は,多岐にわたるが,全体として自由化ないし規制緩和をめざした もので,保険商品の多様化や業者間競争の変容を招来した。また,保護基金 の創設や開示の強化は,一面ではその後の保険会社破綻の土俵を整備したも のといえ,いずれも消費者の利害に大きな影響を与えるものであった。
⑴ 1995年保険業法改正
1995年保険業法改正 は,1939(昭和14)年制定の保険業法のカタカナ表 記をひらがな表記に改め,それまで省令や通達によりなされてきた制度改革 を反映させるとともに,保険行政のもとでの統制色の強かった制度を,抜本 的に改めようとしたものと位置づけられる。
同改定による諸制度改革について,消費者の立場からも第一に注目される のは,規制緩和ないし自由化の諸策である。①保険商品設計の自由化や,② 業際規制の緩和,③資産運用方法の規制緩和にかかわるものである。同改定 に先だってとりまとめられた保険審議会の平成4年6月7日答申 新しい保 険事業の在り方 は, 3つの指針 の一つとして, ①規制緩和,自由化に よる競争の促進,事業の効率化 を掲げていた。
すなわち,商品設計や料率に関し届出制が一部導入された。商品設計は,
従来保険行政の一律認可制のもとにあったが,大企業向け大口保険等,契約 者保護に欠けるおそれの少ないものに限定されたものの,届出制が新たに導 入され,自由化にむかったのである。損害保険料率について,料率算出団体 が算出する火災保険,地震保険,自動車保険等の料率を,届出制とした。そ れまでの業者間競争は,商品設計や料率という商品価格の根幹について競争 制限下におかれたものであったところ,同改定により商品設計上の競争に道
1) 鹿野嘉昭 日本の金融制度 第2版 東洋経済新報社,2006年,434頁等。
が開かれた。消費者側からみると,それまではともすれば,親族や地縁,職 場関係の知り合いないしその紹介の生命保険募集人や損害保険代理店がある かどうかが選択の基準であったのが,商品比較による選択の条件が開かれる ことになったのである。
また,子会社方式による生損保相互参入の道が開かれた。生命保険事業と 損害保険事業の兼業禁止規定は維持されたものものの,それまでは,性質が 異なるとされた生命保険と損害保険が,子会社方式のもとに事実上同一ブラ ンドのもとで提供されるようになった。また,傷害・疾病・介護保険のいわ ゆる第三分野保険について,生損保両者が扱える方向が打ち出された。第三 分野商品が目立つようになったことと相まって,購入チャンネルが増加ない し多様化することになった。
さらに,財産利用方法書が廃止された。運用対象の制限や,国内株式や外 貨建て資産への投資,不動産等について,一般勘定の一定割合以内にとどめ る旨の制限は設定されたものの,資産運用面での大きな変化である。
1995年改定では,④ソルベンシーマージン基準導入,⑤標準責任準備金制 度の導入,⑥経営財務内容の開示,⑦保険契約者保護基金の創設,⑧保険金 額削減に関する規定の削除などもなされた。これらの規定は,前述の自由 化・規制緩和策と裏腹の関係にあるとともに,保険会社の破綻がありうるこ とを前提とする制度といえる。つまり,このうち保険契約者保護基金の創設 は,まさに破綻時の対応方法の整備であり,そのほかの諸策も,破綻予防策 ないし早期警戒措置,さらには消費者側に回避可能性を与えようとするもの と位置づけることができる。
⑵ 1990年代後半の改革
その後1990年代後半の自由化の進展としては,保険会社と金融他業態との 相互参入,窓口販売があげられる。
1998年12月から,保険会社が証券子会社を設立したり破綻銀行を取得した りすることができるようになった。証券会社が保険業に参入することも認め
られた。さらに,1999年10月から,銀行子会社及び証券子会社の設立や既存 銀行の取得が可能となった。銀行は,1998年12月以降,破綻した既存保険会 社を子会社とすることができるようになり,2000年10月からは,既存保険会 社一般を子会社とすることができるようになった。
また,1998年12月から,保険会社が投資信託を販売できるようになった。
さらに,破綻予防・対応策の展開として,保険早期是正措置の導入(1999 年4月),支払保証制度の創設などがあげられる。
⑶ 2000年代の改革
2000年代にはいり,さらに業際規制の緩和や破綻予防・対応策等が進展し た。
自由化・規制緩和の展開として,2001年4月以降,銀行が一定の保険を窓 口販売できるようになった。
破綻予防・対応策の展開として,2000年5月,保険相互会社の株式会社化 を促進する保険業法改正がなされ,同年6月に施行された。また,金融機関 等の更生手続の特例に関する法律(更生特例法)が制定され,2000年10月か ら施行され,同月千代田生命保険相互会社と協栄生命保険株式会社の2社が 更生手続きに入った。生命保険契約者保護機構への政府支援強化もなされた。
さらに,2003年8月施行の改正保険業法は,予定利率の引き下げを可能と した。契約条件の変更を行わなければ営業の継続が困難となるおそれが高ま った場合に,3パーセントを限度として,当局による承認を受けるというも のである。
また,2000年代に入り,勧誘規制にかかわる法律改正がなされた。
2000年の消費者契約法や金融商品販売法の制定,2005年の無認可共済・少 額短期保険業者規制,2006年の金融商品取引法とそれにともなう保険業法改 正,2008年の保険法改正と続いた。さらに,保険業法改正の議論が続いてい る。
2.利便性の向上とその影
1995年保険業法改定にあたっては,国民経済的見地及び国際性とともに,
利用者の立場が強調されたが,その実現度や功罪については慎重な検証が必 要である。
前述の保険審議会平成4年6月7日答申は, ①規制緩和,自由化による 競争の促進,事業の効率化,②健全性の維持,③公正な事業運営,の3つを 指針と する旨述べるとともに,その前提として, 保険事業については,
利用者の立場,国民経済的見地,国際性のいずれの視点からも,効率性が強 く求められている。 と指摘していた。
1995年以降の制度改革は,基本的に自由化・規制緩和をめざすものであっ たが,必ずしも自由化施策が徹底したわけではない。また,その自由化等が 利用者の立場を強化したわけでもない。むしろ全般的にみると,国際性ない し外資参入への対応の側面が強かったように思われる。
⑴ 販売ルート及び商品の多様化
例えば,生損保の相互参入や銀行の窓口販売など,販売ルートの多様化は,
一般的に歓迎されたと思われるが,他業態での優越的地位濫用や,リスクに ついての説明不足による誤解や混同が懸念される 。特に,貯蓄的部分や投 資的部分が大きい変額保険のような商品について,銀行等が販売手数料目当 てに,無理な保険販売をするのではないかという懸念は根強い。1990年前後 の変額保険をめぐる消費者被害の記憶は,まだ払拭されていない。
また,保険商品の多様化は,第三分野保険を中心に一定程度実現したとい
2) 18年1月〜19年5月までに保険会社及び銀行等で受け付けた窓販関係の苦 情は,期間通算で3828件(銀行等1406件,生保会社2315件,損保会社107件)
となっており,18年7月を境に大幅に増加している。このうち,説明不足に関 するものが最も多く,圧力・抱き合わせ販売に関するものは,8件であった。
金融庁 銀行等の保険募集に関するモニタリング結果について 金融審議会第 二部会資料平成19年9月18日(金融庁ホームページ所収)
えるが,違いが良くわからないとか,かえってそれほど意味のない差異のた めに商品比較がしにくいという声も多い。この点からは,実効性ある不実表 示規制のもとに,比較広告を解禁するのも一方法である。もっとも,金融商 品の広告全般について,不実表示やリスクリターンのバランスを欠いた表示 がなされるのではないかという消費者側の不信は根強い。商品の単純化,単 機能化を進める方法もあると思われる。
募集人や代理店の勧誘姿勢は,自由化ないし競争促進のもとで,消費者に とって改善された面もあるが,不招請勧誘の弊害がなくなったわけではない。
予定利率低減について理解しないままに,募集人や代理店の販売圧力のも とで,保険契約を新商品に乗り換えた例も多い。この場合も,新たに開発さ れた 多様な 商品が,かえって,旧契約との損得比較をしにくくしたとも いえる。あるいは,高い予定利率への対応のために,多様な商品をもって,
乗り換え促進策がとられたとも見られる。また,商品の多様化が保険料不払 い多発の一因でもあるという見方もある。
マルチチャネル化や保険仲立人は,消費者側を支援することが期待された が,活用はまだまだである。消費者側に対する助言による売り上げを中心と するという仲立人のビジネスモデルは,理念としては望ましいと思われるが,
現実に採算を確保するのは難しいのかもしれない。
⑵ 破綻処理
この10年の間に,保険会社の破綻が現実のものとなり,契約者に大きな実 損 と心労をもたらした。もっとも,一面としては,破綻処理を一定の透明 性のもとに整然となしとげた,早期警戒措置等の施策が被害を抑えたという 面もあると思う。
例えば,東邦生命のある39歳男性契約者は,同社破綻により,死亡保険金 が2000万円から1200万円に約4割削減され,入院給付金が日額1万円から
3) 解約返戻金の削減率,早期解約控除の内容について,田口誠 被保険者のた めに積み立てられた金額と解約返戻金 生命保険論集162号,2008年,286頁等。
6900円に削減されたということであり,破綻各社の契約者に対する 保険契 約の変更のお知らせ によると,終身保険で保険金が当初の1/3以下,すな わち,7割削減された事例も見受けられるという 。
保険業法に基づく手続により,保険契約を新会社に包括移転したのが,
1997年4月の日産生命(現あおば),1999年6月の東邦生命(現
AIG
エジソ ン),2000年5月の第百生命(現マニュライフ),2000年8月の大正生命(現 大和)である。前述の更生特例法の手続によったのが,2000年10月の千代田 生命(現AIG
スター)と協栄生命(現ジブラルタ),2001年3月の東京生命(現
T&D
フィナンシャル)である。この7社の破綻のあと破綻例はなかったが,2008年秋に大和生命が破綻し た。
⑶ 無認可共済規制等
消費者契約法と金融商品販売法は,2000年に制定されたものであるが,保 険契約にも適用がある。また,無認可共済規制や不払い摘発は,金融行政が,
業界だけでなく消費者のほうを向き出した一つの現れといえる。さらに,
2006年に証券取引法が改正され金融商品取引法となり,行為規制が強化され たが(施行は2007年),これにともない,保険業法300条の2等において,投 資性の高い 特定保険 について,行為規制が強化された。
これらは,いずれも消費者の立場から歓迎されるものであるが,裏から言 うと,消費者保護が弱いままに,また法のすき間が放置されたままに,自由 化が先行したということでもある。
⑷ 開示,ガバナンス
経営財務内容やソルベンシーマージンに関する開示が進んだ。これは,大 きな改善であるが,とはいっても消費者が十分に活用できるものとは言い難
4) 出口治明 生命保険入門 岩波書店,2004年,147頁(東邦生命の例につい ては,朝日新聞2003年5月2日を引用。)。
い。消費者及び消費者団体側のリテラシー不足の問題もあろうが,開示のわ かりにくさ,内容及び真実性への不信,適切な解説者ないし助言者の不足等 の問題が大きいと考える。
2008年10月に破綻した大和生命は,2008年3月期決算で発表したソルベン シーマージンは555.4%と200%を上回っていたが,破綻時に発表した2008年 9月末のソルベンシーマージンは26.6%に急落した 。同社は,特異な経営 モデルで,保有する有価証券のうち外国有価証券や仕組み証券等の割合が 42.2%と際だって高く, ハイリスク・ハイリターン運用 で有名な会社だっ たとのことであるが ,消費者一般に周知のことであったわけではない。
また,大同生命や太陽生命等,相互会社が株式会社に転換する例がでてき た。相互会社においても,ガバナンス上の工夫は可能であり,2003年保険業 法改正により委員会等設置相互会社制度も導入され,また株式会社化は手間 やコスト面で容易ではないが,一般的にいって,株式会社のほうが,ガバナ ンスについての制度的整備と実務経験が蓄積されていると考える。
3.事故・不祥事とその背景
⑴ 保険金不払い
保険金不払いをめぐって,2005年以降,生命保険(2005年2月,2005年10 月,2006年7月),付随的損害保険金(2005年11月,2006年5月,2006年6 月),第三分野(2007年3月),火災保険料過徴収(2007年)と,摘発が相次 いだ。
自由化以前から同様の問題はあったともいえるが,自由化を背景に各社
5) asahi.com2008年10月10日。
6) 出口治明 生命保険はだれのものか ダイヤモンド社,2008年,115頁。
で 大量発生したと思われる 。言い換えると,従前からの契約者軽視姿勢 の問題と,自由化・収益重視経営下での収益優先傾向の問題とがあると考え る。
⑵ 破綻
前述のように,1997年から2001年にかけて現実化した保険会社の破綻は,
契約者に大きな実損と心労をもたらした。その後終息をみていたが,今後は 本当に大丈夫なのか,消費者側の不安は残っていた。
2008年10月には,8社目の大和生命の破綻が現実化した。前述したように,
同社は外国有価証券や仕組み証券への投資が多いのに対し,他社は異なると 言われるが,それでも不安は払拭しきれないところである。2000年前後の破 綻7社の破綻要因について,一時払い養老保険や変額保険などの商品政策の 失敗や資産運用における問題 ,ガバナンスの問題 が指摘されているが,
それらの教訓が生かされているかどうかは,消費者側にとって明らかでない。
保険会社は,ようやく逆ざやを解消したところであったが ,2008年後半 以降,全般的な株価下落が逆風となった。
7) 金融庁 保険金等支払管理態勢の再点検及び不払事案に係る再検証の結果に ついて 平成17年10月28日(金融庁ホームページ所収)は,明治安田生命の件 数が突出していることを指摘しつつ,同社以外において ①支払査定基準等の 改定等に関する経営陣の関与,②支払査定の過程における外部チェック機能,
③不払状況への経営陣への報告,④不払に関する苦情への適切な対応 につい ての要改善点が認められたとする。
8) 社内弁護士の関与が問題とされた事例もあった。同弁護士のコンプライアン ス上の問題とともに,収益優先の結果であったとも思われる。高柳一男 明治 安田生命の不当不払い事件における企業法務対応 2005年12月15日研究会報告
(早稲田大学グローバルCOEプログラム 企業法制と法創造総合研究所ホー ムページ所収)参照。
9) 武田久義 生命保険会社の経営破綻 成文堂,2008年。
10) 植村信保 経営なき破綻 平成生保危機の真実 日本経済新聞出版,2008年。
11) 日経新聞2008年5月8日(日本生命及び第一生命の逆ざや解消)。
⑶ 不当勧誘,変額保険等
バブル期の銀行融資による変額保険によって多数の契約者が生活の本拠を 失った。変額保険は,1980年代後半,生命保険会社及び提携銀行の大きな収 益源となったが,同時にその後の破綻の要因の一つともなり,あわせて,多 数の契約者に被害を与えた。
生命保険に関する消費者相談は近年,増加傾向にある 。変額保険・年金 の消費者相談が,最近,また増えている。
4.消費者保護法上の課題
⑴ 勧誘規制
コンプライアンスや手数料の問題,金融商品取引法及び保険業法改正によ る勧誘規制の実効性の検証,さらに生保外交員や損保代理店という販売体制 自体の再考が必要である。この検証や再考にあたって,不招請勧誘の禁止論 の問題意識とその現実性についての真剣な論議が必要だと考える。
適合性原則について,販売チャンネルや商品の多様化に対応して,顧客調 査義務とともに,商品調査義務が強調されるべきである。顧客調査義務や説 明義務,助言義務については,証券に関して判例理論や行政実務が蓄積され てきたが,保険における消費者のニーズや契約の長期性に対応した適用ない し応用が課題である。保険料は誰のものか,契約なのか金融商品なのか,保 険とは何なのか等,法理の原理的な部分の再検討も必要であると考える。
また,日本の保険会社は,国内の少子化に対応して,海外展開を進めるも のと思われるが,その際,外国においてもコンプライアンスや自主規制を含 め規律を遵守し,消費者保護と保険会社への信頼を損なうことがないように すべきところである。
12) 独立行政法人国民生活センター 高齢者に急増 生命保険の販売トラブル 平成19年9月6日記者説明会資料1頁(同センターウェッブに掲載)。
不招請勧誘の禁止
保険契約について,不招請の勧誘を原則禁止し,例外的に同禁止を解除す ることとすべきであると考える。
不招請勧誘の禁止は,顧客からの招請がない限り,業者側から勧誘しては ならないとするものである。不招請勧誘の禁止は,旧金融先物取引法76条4 号が外国為替証拠金取引について導入し,ついで金融商品取引法38条3号が 規定し(2007年9月施行),特定預貯金について銀行法13条の4,特定保険 について保険業法300条の2が準用している。金融商品取引法38条3号は,
金融商品取引契約(当該金融商品取引契約の内容その他の事情を勘案し,
投資者の保護を図ることが特に必要なものとして政令で定めるものに限る。)
の締結の勧誘の要請をしていない顧客に対し,訪問し又は電話をかけて,金 融商品契約の締結の勧誘をする行為 を禁止し,同法施行令16条の4第1項 は,店頭金融先物取引を指定している。
つまり,保険業法300条の2は,金融商品取引法38条3号の不招請勧誘の 禁止規定を準用しているが,同条による政令指定はなく,現時点において,
実際に保険商品で不招請勧誘の禁止の対象になっているものはない。
しかし,不招請勧誘の禁止の保険分野への導入は,特定保険はもちろん保 険商品全般についてなされるべきであると考える。これは,消費者の不測の 損害を回避するためだけでなく,保険商品のビジネスモデルに対しても大き な意義がある。
すなわち,不招請勧誘の禁止のもとでこそ,リスクとリターンの配分ない しポートフォリオや,保険商品と投資商品の配分について,真に消費者主導 での選択が実現することになる。これは,市場の価格形成機能が真に機能す ることでもある。
また,保険商品についていえば,募集人や代理店の積極的な勧誘によって 購入意欲を喚起する手法ではなく,商品設計や募集主体の健全性についての 競争を実現することになる。
不招請勧誘の禁止を原則とした場合,どのような場合にその例外として禁
止を解除するかは,工夫のしどころである。例えば,周知性のある商品や相 対的にリスクが低い商品,あるいは,社会的に加入が推奨されるような商品 について,禁止を解除することが考えられる。あるいは,個社コンプライア ンスや業界の自主規制が一定のレベルに達している場合に,解除するという 手法もありうる。
この点についての私見は,保険の本質的機能をプーリング・アレンジメン トによるリスク軽減機能と把握し ,同機能に純化している商品について,
不招請の勧誘の禁止を解除するというものである。つまり,このようないわ ば純保険については,勧誘可とする。この場合でも,後述の適合性原則と説 明義務等の遵守は求められる。逆にいうと,投資性や貯蓄性のある保険商品 については,不招請の勧誘を禁止するのである。
適合性原則
適合性原則 は,金融サービス全般にかかる原則として重要であり,顧客 調査義務と商品調査義務を内包する。
金融商品取引法40条は, 金融商品取引行為について,顧客の知識,経験,
財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認めら れる勧誘を行つて投資者の保護に欠けることとなつており,又は欠けること となるおそれがあること のないように業務を行わなければならないと規定 し,同規定を,特定預貯金について銀行法13条の4,特定保険について保険 業法300条の2がそれぞれ準用している。
また,最高裁判所平成17年7月14日判決は,証券会社について,適合性原 則違反が損害賠償責任を発生させることを明示した。
各界で検討が始まっている民法(債権法)改正論議のなかでも,民法の一 般原則として,適合性の原則が論じられている。民法(債権法)改正検討委
13) 米山高生 物語(エピソード)で読み解くリスクと保険入門 日本経済新聞 出版,2008年,14頁。
14) 山下友信 保険法 有斐閣,2005年,202頁等。
員会では, 当事者は,相手方の知識,経験,取引目的及び財産の状況等に 照らして過大な危険を伴う契約を勧誘してはならない。 との案が検討され ている 。
純粋な保険商品について,投資商品(証券等投資取引)との異同を考える と,このような適合性原則がストレートに当てはまるかどうかは検討の余地 がある。あてはまるとしても,不適合な商品の購入を勧誘してはならないと いうだけでなく,保険の場合は顧客に最も適合した設計の契約を提示すべき であるというベストアドバイス義務が強調されることも多い。
法理の検討にあたっては,保険においては,契約関係が長期間にわたって 継続すること,業者の契約履行がずっと後の時期になることを十分にふまえ る必要がある。が,保険も現在と将来のキャッシュフローの交換であり,一 定のリスクを含有するという面からは,金融商品一般と同様に保険一般に適 合性原則が適用されるべきであると考える 。保険業法改正から金融サービ ス法へつながっていく分野である。
そして,適合性原則については,顧客調査義務(ノウ・ヨア・カスタマー)
と商品調査義務(ノウ・ヨア・プロダクト)の両面が強調されるべきである。
説明義務
説明義務について,法令及び判例法理が展開してきた。いわゆる変額保険 について,消費者勝訴事例も敗訴事例も多数蓄積されてきたところであり ,
15) 民法(債権法)改正検討委員会第5回全体会議用資料2008年3月18日4頁
(【Ⅰ−2−3】⑴)。
16) 貸金は,投資等とは資金の流れが逆であるが,適合性原則の適用があると考 える。貸金業法16条3項は, 貸金業者は,資金需要者等の知識,経験,財産 の状況及び貸付けの契約の締結の目的に照らして不適当と認められる勧誘を行 って資金需要者等の利益の保護に欠け,又は欠けることとなるおそれがないよ うに,貸金業の業務を行わなければならない。 と規定している。上柳敏郎・
大森泰人 逐条解説貸金業法 商事法務,2008年,40頁(上柳執筆)等。
17) 山下友信・前掲180頁等,保険問題研究会編 保険被害救済ハンドブック 民事法研究会,2007年,156頁等(伊勢田道仁執筆)。
再発防止のためにも,個社における遵守態勢の確立と,自主規制や当局監視 が必要である。
金融商品取引法37条の3は,契約締結前の書面交付義務を定め,金融商品 取引業等に関する内閣府令117条1項1号は,同 書面の交付に関し,あら かじめ,顧客(中略)に対して,法37条の3第1項第3号から第7号までに 掲げる事項(中略)について,顧客の知識,経験,財産の状況及び金融商品 取引契約を締結する目的に照らして当該顧客に理解されるために必要な方法 及び程度による説明をすることなく,金融商品取引契約な締結する行為 を 禁止している。つまり,説明義務があることになる。この条文は,特定保険 について,保険業法300条の2により準用されている。
また,前述の民法(債権法)改正検討委員会では, 契約交渉の際に,当 事者は,相手方に対し,当事者の属性,当該契約の内容,取引条件その他当 該契約に関する事項であって,契約を締結するか否かに関し相手方の判断に 影響を及ぼすこととなるものにつき,信義に従い誠実に説明しなければなら ない。 との案文が提示されている 。
なお,広告規制や団体生命保険のヒューマンバリュー特約についての同意 の問題等も,重要である。
⑵ 開示規制
開示の必要性について,総論的には争いはないと思われる。しかし,実質 については,不信は深い。消費者側リテラシーの向上も課題である。ここが 解消されないと,別の場面でも問題が発生したり,制度改革の論議がゆがん だりすると思う。
保険数理面や積立金,解約返戻金の計算関係についても,開示をもっと進 めるべきであると考える。各社の企業秘密である部分や事業上のノウハウの 部分も多いとは思うが,実際には業界関係者は互いにおおよそ知っていて,
18) 民法(債権法)改正検討委員会第5回全体会議用資料2008年3月18日4頁
(【Ⅰ−2−3】⑵)
しかし実際にはカルテル的に消費者には知らせないことになっているのでは とさえ思う面がある。
しかし,保険契約者保護のためには,開示だけでは足りないと考える。一 定の運用制限や一定の商品規制が必要である。投資性の商品や組み合わせ商 品は制限し,保険商品は保険に純化するべきであると考えている。保険は保 険にアンバンドリングされるべきである。業際規制緩和は持ち株会社方式で 進めて良いが,商品は純化すべきである。保険勘定の分別管理や倒産隔壁を 維持しつつ,総合金融サービス業として,ワンストップサービスやポートフ ォリオについての助言サービスを提供しうるようにし,個人情報の一定の利 用を認め,ノウハウや国際競争条件を確保するのである。
この点について,私見は,前述のように,保険の本質的機能をプーリン グ・アレンジメントによるリスク軽減機能と把握し ,同機能に純化してい る商品についてのみ 保険 と称することを認め,消費者に分かりやすくす るというものである。逆にいうと,投資性や貯蓄性のある保険商品は,保険 組み合わせ商品と呼称することにするのである。
⑶ ガバナンス規制
勧誘や販売の問題について,消費者は金融行政や司法事後救済に頼らざる をえないのであるが,それらに完全を求めるのはそう簡単ではなく消費者に しわ寄せがきている。
本来は,保険会社のガバナンス機構を通じて自治的に,利害関係者が経営 陣に対し勧誘や開示の適正を実現させることが期待される。本来は,契約者 の利益を最大にしてこそ,会社の長期的利益が実現され,出資者の利益にも なるはずである。相互会社制度や総代制度も,本来,最適のガバナンス態勢 をめざしたものであったと思われる。株式会社制度も,ガバナンス機能を通 じ,会社のミッションを効率的に遂行することにより,社会に奉仕しようと
19) 米山高生・前掲14頁。
するものであると考える。
しかし,保険会社の運用について,消費者・契約者の関与ないしコントロ ールは,実質的には皆無に近い。いわば契約者大衆が,日常の運用には無関 心であるというか,参画する余裕や意思を持ち合わせていないことも現実で ある。
そこで,相互会社や株式会社の出資者が契約者(消費者)利益をはかるた めのインセンティブとして,公的規制ないし監督が必要となる。価格統制や 業際統制に復帰する必要はないが,前述のどんな商品を保険と称することが できるかとか,運用方針や実施状況の開示をきちんとさせるとか,各社規律 の設定,開示,実施状況のモニタリング等は強化されるべきである。消費者 利益として,料金設定や還元率とともに,プーリング・アレンジメントの状 況やリスク配分状況の透明化・納得感や,契約履行確保が重要であると考え る 。
(筆者は,弁護士・早稲田大学大学院法務研究科客員教授)
20) 筆者は,豊田商事事件や投資ジャーナル事件以来,証券取引や変額保険,団 体生命保険問題等に消費者側で関与し,また,現在日本弁護士連合会消費者問 題委員会委員や金融審議会第一部会臨時委員であり,本稿は,これらの活動で 接した方々の議論に多くを拠っているが,見解は,私見である。