新画面影視発行沓詞有限責任公司︑監督
張藝謀︒第五六回ヴェネチア国際映画祭︑
金獅子賞などを受賞(李燕﹃一個都不能
少﹄貴州東方音像出版社︑二〇〇〇年お
よび﹃キネマ旬報﹄二〇〇〇年七月k旬
号︑キネマ旬報社︑一二八頁参照)︒
︿15>﹃URGA﹄(ウルガ)︑一九九.年フ
ランス︑モンゴル遊牧民の一家をヒュー
マニズムあふれるタッチで描いた(渡辺
健太編﹃ぴあCINEMACLUB1993﹄ぴあ︑ 一九九三年︑一二八頁等参照)︒訳出にあたっての参考文献は本誌一八九
頁以下の主要参考文献一覧にあわせて掲載した︒(郡倫目テープ起し︑藤森猛"邦訳)
付記 インタビューの実施において︑張小
華女史の協力を得たことに感謝申し上げ
ます︒
中 央 戯 劇 学 院 と 映 画 人 材
路海波︿中央戯劇学院映画・テレビ脚色演出学部長﹀インタビュアー藤㎝森猛︿編集部﹀
葦倒︑姜文︑呂麗捧︑李保田︑醇白︑岳紅⁝⁝︒第五世代監督作品には常に"中戯"の俳優あり︒﹁主旋律﹂と﹁多様化﹂の中で激動する映画製作︑第四世代と第五世代監督の相違︑テレビ事業の発展︑映画製作・配給・興行体制の再編と資金問題︑ハリウッド映画の輸入︑アニメーション映画の方向⁝⁝︒中国映画事業の現状と問題点を︑映画人養成の立場から中央戯劇学院の指導者が語る︒
"中戯"の活躍
編集部中央戯劇学院は︑中国唯一の話
劇(現代劇︑新劇)専門の国立大学とし て︑名高いだけではなく︑映画界にも多
くの人材を送り出し︑その名前は"中戯"
として知られています︒今日は︑その中
で︑映画人材養成の中心的な役割を果た しておられる路教授にお越しいただきま
した︒まず︑改革開放以後︑中国映画界
で活躍している中央戯劇学院の卒業生の
概況をご紹介ください︒
路海波改革開放以後︑中央戯劇学院の
卒業生は︑映画界の中でも特に俳優の演
技において国内外に大きな影響を与え︑
また有名な監督も輩出してきました︒な
ぜなら第五世代の監督の多くの映画作品
の中で︑その主たる俳優の多くは"中戯"
に関係する人です︒例えば︑一九八四年
の陳凱歌の﹃黄土地﹄(黄色い大地)に﹁翠巧﹂という役柄で主演した女優(醇
白)は︑中央戯劇学院の出身です︒また
﹃紅高梁﹄(紅いコーリャン)の二人の主
演俳優も本学出身で︑一人が﹁私の祖父﹂
役に扮した姜文であり︑もう一人が﹁私
の祖母﹂役に扮した輩倒であり︑当時︑
中国全土に与えた影響はたいへん大きい
ものがありました︒姜文は︑後に第四世
代である謝飛監督の﹃本命年﹄(黒い雪の
年)などに主演しました︒また輩倒は張
藝謀の多くの映画で主演となり︑﹃大紅燈
籠高高掛﹄(紅夢)︑﹃菊豆﹄︑﹃秋菊打官
司﹄(秋菊の物語)などに出演しました︒
また︑一九八三年につくられた張軍釧
の﹃一個和八個﹄(一人と八人)の中で︑
八路軍の指導員に扮した陳道明も本学の
出身者です︒彼はその後︑連続テレビド
ラマ﹃末代皇帝﹄の薄儀の役など︑映画・
テレビ界で幅広く活躍し︑昨年は老舎の
長編小説﹃二馬﹄に基づく作品に出演し︑﹁小馬﹂の役に扮しました︒それから︑一
九八八年に撮られた田壮壮の後期作品
﹃揺漠青年﹄(ロック青年)のファッショ
ンデザイナi役を演じた史可も中央戯劇
学院出身の女優です︒また李保田などの
演技派の俳優もいます︒彼は﹃菊豆﹄の
中において染物工房で働く﹁天青﹂とい
う役柄を演じました︒また最近は張藝謀
の﹃有話好好説﹄(クールダウン)の中で
知識分子の役を演じました︒
総じて言えば︑中央戯劇学院は演劇︑
特に演技面における教育には定評があ
り︑一般に中国映画界において︑中央戯
劇学院出身の俳優は︑演技の基礎が非常
にしっかりとしているという見方を持た
れています︒特に舞台演技の訓練を経て いますので︑一旦スクリーンに登場する
と︑その演技はさらにダイナミックなも
のになるとともに︑細部にわたった演技
力を発揮するのです︒
ある人が張藝謀についてこのように
語っています︒呉天明監督はかつて﹃老
井﹄(古井戸)という映画を撮りました︒
呉天明はこの映画の中で︑﹁旺泉﹂という
男性の役柄を演ずる役者を求めて全国を
駆け巡ったのですが︑満足できる俳優が
いませんでした︒当時︑張藝謀は呉天明
監督のキャメラマンであり︑本来はこの
映画の撮影を担当する予定でしたが︑そ
の後︑呉天明は張藝謀と自らが頭で描い
ていた﹁旺泉﹂という人物像が非常に似
通っていることに気づきました︒張藝謀
の気質︑雰囲気が黄土一帯の農民のよう
で︑またわりとセンシブルな面や素朴な
面を持ち合せていることを発見したので
す︒
張藝謀はこの映画に主演して︑翌年︑
東京国際映画祭において主演男優賞を獲
得しましたが︑中国国内の映画専門家は︑
張藝謀がけっしてプロの俳優であるとは る拡臥駒蹴
柵 犠 懸 無 轟 蹴
映改
主旋律 と多様 化のは ざまで
zs
みていません︒彼の演じた役柄は︑彼自
身の姿そのままであり︑役柄において︑
細かな部分にわたる演技を表現するには
至りませんでした︒例えば︑泥酔する場
面において︑人物を内面からみると︑酔っ
払った後には心理的に複雑な感情がとも
なうのですが︑それを張藝謀は表現する
ことができませんでした︒それゆえ︑あ
る人が言うには︑﹃老井﹄における張藝謀
の演技については︑我々はあまり高く褒
め称えるべきではなく︑さもなければ映
画における演技とは︑地のままで行けば
よいというような偏った考えに導かれて
しまうのです︒
しかしながら︑映画における人物描写︑
心理描写はたいへん複雑なものであり︑
様々な面がありうるので︑こうした演技
派の俳優︑確かな演技力を持った俳優が
求められます︒この点から︑国内の映画
の観客︑映画評論家の多くは︑中央戯劇
学院出身の俳優に対して︑姜文にしても
輩倒にしても評価が高いのです︒例えば
盤倒は︑貴婦人︑農民の娘︑さらには現
代の農村の女性など︑様々な役柄を演じ ることができるのです︒
改革開放以後︑中国映画界では﹁百花
賞﹂﹁金鶏賞﹂または﹁政府賞﹂など︑映
画賞における主演・助演賞の大部分は︑
中央戯劇学院で養成された俳優が受賞し
ています︒例えば︑﹃野山﹄で主演した岳
紅は︑戯劇学院の学生であり︑金鶏賞の
最優秀主演女優賞を受賞しました︒また
﹃野山﹄の中で岳紅の夫の役を演じた杜源
も戯劇学院出身です︒彼は岳紅より一つ
上の学年で︑一九七八年度入学の学生で
す︒
編醇白も戯劇学院の児童演技班の出身
ですね︒
路醇白は戯劇学院で臨時に設けられた
児童演技班(中等専門学校の教育課程)
で四年間演技を学びました︒このように
俳優の養成の点からいうと︑戯劇学院は
改革開放以来︑映画界で活躍する俳優が
際立っています︒
映画製作の面では︑戯劇学院出身者に
も監督やプロデューサーはいます︒例え
ば︑最も早くからカンフー映画撮影の道
に入った謝洪などがいます︒彼が最初に 製作した﹃神秘的大佛﹄(謎の大仏)で
は︑四川省の楽山が舞台となりました︒
他にも古椿などの監督がいます︒彼は﹃紅
塵﹄の中で︑一九四九年の解放から文化
大革命のプロセスの中で人々の偏見を受
ムフこけた女性を描き︑また話劇﹃天下第一楼﹄
をもとに映画﹃老店﹄(老店︹しにせ︺)
を撮り︑当時好評を得ました︒なお一九
九八年頃から︑中国では第六世代と称せ
られる監督たちがいますが︑例えばその
中の一人は戯劇学院出身の張楊であり︑
﹃愛情麻辣礎﹄(スパイシー・ラブ・スー
プ)︑﹃洗操﹄などの映画を撮り︑興行成
績はすこぶるよかったのです︒その他に
も﹃美麗的世界﹄の盧暁楠︑﹃網絡時代的
愛情﹄の金探などがいます︒
編彼らはいつ頃の中央戯劇学院の学生
でしょうか︒
路張楊︑盧暁楠は一九九〇年に監督科
を卒業した学生であり︑金探は二年間の
進修クラスの学生です︒古溶は一九八七
年に監督科を卒業しています︒
編中央戯劇学院の監督科は︑俳優科と
ともに歩んできたのですね︒