建築における記憶の継承について
−長崎バプテスト教会新会堂建築を事例として−
橋 口 剛
To Inherit from Memories of An Architecture
−A Case of Nagasaki Baptist Church New Chapel Project−
Tsuyoshi HASHIGUCHI
In case of designing a new building with removing an old one, the design, in general, is not concerned about the old works. However, for the people loving the old building, it often can be a cause of losing their interest of the new building, because of also removing their special memories and loves. Therefore, the case of constructing a new building is even expected of concerning about the inheritance of old building memories
1). This article is writing about inheriting the memories of an old architecture, in case of a building Nagasaki Baptist Church new chapel project.
1.はじめに
人々は建物の中で多くの時を過ごし活動している。建物は時間の経過とともに、人々の活動の記 録をその内に留め、古さを増していく。建築は、しばしば「記憶の器」
2)と言われるが、人々の使 用による傷や風化を通した建物に残る記憶とともに、建築そのものが、人々の営みの思い出として の記憶の背景となりうることを表している。特に、教会のような宗教建築においては、その傾向は 顕著に認められる。教会は、キリストへの信仰を精神的支柱として人々が集い形成される組織であ り、教会堂は、「キリストの身体」と例えられる通り、その信仰生活を支える器とされ、信徒にとっ ては一般の建物以上に愛情を投影した建物となりうるものである。さらに一定の年月の経過した古 い教会の場合には、信仰生活の歩みを留める記憶の蓄積された器として、信徒はその建物に愛着を 感じている場合も多い。
こうした建物も、耐震性の問題や経済性などの様々な理由により建て替えざるをえない場合があ る。この際、旧建物から刷新された真新しい建築がデザインされるケースが多く、旧建物の意匠性 が継承されるケースは稀である。しかしながら、旧建物への愛着が大きい場合には、人々は建て替 えられることによる喪失感を感じたり、新しい建物へ馴染めないなどのネガティブな状況も起こり うる。筆者が設計に関わった長崎バプテスト教会新会堂建築プロジェクトにおいて重要なテーマと なったのは、建て替え前の旧礼拝堂の意匠を受け継ぎ、新しい機能性や意匠性を加味した新しいデ ザインの建築物を計画することであった。本稿では、このプロジェクトについて、建築プロジェク トにおける旧建物の記憶を継承する一例として紹介する。
2.建て替えの経緯
長崎バプテスト教会旧礼拝堂は、一粒社ヴォーリズ設計事務所の設計監理、旧辻組(現株式会社
九州建設)により施工され、1956年に完成したものである。この時、教会は礼拝堂部分と教育館部
分からなる木造にて造られ、木造トラスの梁組の印象的な簡素ながらも優美さのある教会であった
(写真1)。教会員から愛され続けた礼拝堂であったが、教会の成長に伴い、規模が手狭になってき たことなどにより1995年に1期工事となる教育館部分が建て替えられ、礼拝堂部分は2期工事とし て後年の工事に持ち越された。その後、十数年が経過し、教会の財政状況が整ったこと、そして何 より、礼拝堂部分のシロアリによる柱梁等の構造体への被害が深刻で、改修には新築以上の費用が 必要とされたことなどから、改修不能と判断され、建て替えを検討する運びとなった。
この時、教会内で活発に議論されたのが次なる新会堂のイメージである。当初は、RC造や鉄骨 造などの全く新しいデザインにて新会堂のデザインが進められたが、教会員の間で、旧礼拝堂への 愛着や、全く新しいデザイン性を有する建物への反発も見られたことなどから、次の時代を見据え つつも、旧礼拝堂のイメージを継承する木造の礼拝堂とする方向性が決定された。
3.設計趣旨
新礼拝堂は、ヴォーリズ設計事務所により設計された旧礼拝堂の面影を継承しつつ、長崎バプテ スト教会に示された使命である7つの目的を中心とし、「すべての人々に開かれた教会」という理 念に基づいて計画された。この理念を受けて、新会堂建築のコンセプトは、光に溢れ、木の温もり を感じられる「光と木の礼拝堂」と設定された。
4.建築概要
「光と木の礼拝堂」は、後述の通り、「光」と「木」を基本テーマとして計画された。
写真1.旧礼拝堂聖壇正面
4−1.「光」=「開かれた」会堂への刷新
旧礼拝堂に照射する光は、やや抑制され、内部の濃い木部塗装と相まり、やや薄暗い印象を与え ていた。新会堂では、すべての人々に開かれた教会を目指し、光により四季を感じることのできる 開放的な礼拝堂を創ることを志向した。
「神は光であり神には闇がまったくない」
3)(ヨハネ1 1.5)
「神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりをもち、御子イエ スの血によってあらゆる罪から清められます。」
3)(ヨハネ1 1.7)
光は神そのものであるというヨハネの御言葉に従い、光りがある所に神が存在し、その光を受け る者は、新たな命が与えられる。この光を会堂の中に導き、その光によってこの会堂内を満たすこ とを、会堂計画の主要なテーマに設定した。
まず、会堂上部のトップライトは、そこから放たれる光によって、会堂全体を光の精霊で満たす ために設けた。この光によって会堂全体が明るく、闇のない空間となった(写真2)。聖壇上のトッ プライトはイエスの十字架が主の栄光を受けて勝利した証として設けられ、また、この光は洗礼用 水槽(バプテストリー)にも照射され、洗礼を受け信仰の道に入る人を祝福する光ともなる。両サ イドのステンドグラスからは、キリストの象徴たる十字架を通して、私達一人一人が精霊を受けて いることを表している(写真3)。こうした光は季節や天候、時間によって変化し、その移り行く 姿は美しく躍動感に溢れている。生きた主なる神が、常にこの教会に働いていることを表している。
写真2.トップライトからの光
4−2.「木」=旧会堂からの継承のシンボル
約60年あまり前につくられた旧礼拝堂は、ヴォーリズ建築事務所の得意とする木造トラスの建物 であった。その簡素で、静謐な会堂は、長きに渡り信仰の歩みを見守り続けてきた。新会堂はこの 教会の信仰の歩みと精神性を継承すべく、同じシザーズトラスによる木構造によって計画された(写 真4)。そのトラスの中心には、旧会堂で使われていた星形(くびき)金物を流用し(写真5)、こ のトラスの要として屋根を支え、この教会の伝統と記憶を継承するシンボルとなっている。
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわた しがその人とつながっておれば、その人は実を豊に結ぶようになる」
3)(ヨハネ15.5)
ヨハネによるこの有名な一節は、創世記2.9に描かれる命の木の一節を受けて、イエスが言われ た御言葉と言われている。アダムが善悪の木から実を食べた時から、吾々人間の罪は始まったと言 われているが、イエスは自らをぶどうの木(命の木)と宣言することにより、吾々を救いの道に導 いた。このイエスを身体として、イエスを信じる人々が集う場所、それが教会である。光に満ちた 白い空間の中に確固と並び立つ木造の骨組みは、イエス=命の木を身体として教会を立上げること への証として、これからの教会の歩みを支え続ける。
写真3.新会堂聖壇正面
5.おわりに
本稿では、建て替え工事を行う場合に、新しい建築物の中にどのように旧建物の要素を導入し、
建物のもつ記憶要素の継承を図るのについて、筆者が設計した長崎バプテスト教会新会堂建築を事 例として紹介した。基本コンセプトを「光」と「木」の礼拝堂として、新しいデザイン要素として 四季の移ろいを感じうる光の導入と、旧建物の記憶を受け継ぐものとしての木造トラスを代表する 木質のデザインを融合し造り上げた礼拝堂である。教会員の方々の新しい礼拝堂への感想としては、
全体として雰囲気が明るく、広々となり、木を基調としたデザインにより暖かい印象となり、旧礼 拝堂と比較しても違和感を感じないなど、概ね良好なものであった。今後は、さらに、旧礼拝堂の デザイン要素が人々にどのように受け入れられているかについて定量的調査を実施したい。
写真4.トラス構造と木ルーバーによる吸音壁面
写真5.トラスの星形(くびき)金物(左)と聖壇の十字架(右)
図1.1F平面図
図2.2F平面図
図3.矩計図
図4.北側立面図
参考文献)