文部省科学研究費重点領域研究 『自然災害の予測と防災力 j 研究成果 重点領域研究 f 自然災害』総合研究班
『傾斜都市域の洪水・土砂氾濫災害の予測と軽減・復興対策に関する研究』
( 研 究 代 表 者 京 都 大 学 防 災 研 究 所 教 授 高 橋 保 ) .平成 5 年 3 月
長崎水害での応急復旧と本復旧持
5 . 1 . 1まえがき
昭和 . 5 i1 p J 1 長崎豪雨災害よは、現代都i/i烈;1< W とも " f l i れて、高度に分業化された現代の都i/i の持つ脆さが浮き彫りにされた│高僑ら 1 9 8 2 1。道路・路面電車・路線ノ〈ス・ o 動 車 な ど の 交 通 施 設、電気. J I ' B i l i ガス・上水道といったライフライン被宮、通信施設、近代ビルの地下動})施設〔屯 力、冷暖房、その他の施設)などが位大な被 ( t i‑を受けた。高度に上地利川の進んだ現代都iIiが水 容を受けたのは、近作の 7 1 < W で は 長 附 が 絞 初 で あ る 。 し た が っ て 、 そ の 都 市 水 容 を つ ぶ さ に 調 宣 す る こ と は 、 現 代 の H . 会に浴む脆さを切らかにすることになると思われる。
被容を受けた都 ilí 施設はほぼ完全復川している。 II~ i l i 施設の彼旧においては、現状復旧に部ま るものではない。水~j.を教訓とした防災窓識の高 fsj によって、新たな防災対策が導入されたはず で あ る 。 長 崎 豪 雨 災 脊 後 の 復 川 に お い て 、 各 機 関 で 導 入 さ れ た 防 災 対 策 を 調 夜 し て お く こ と は 、 古 1 1 i l i の 水 防 災 に 対 す る 防 災 J J 向上を図るうえで重要な資料を提供することになると考えられる。
こ れ ま で の 都 市 災 害 の 調 査 は 、 水 害 後 数 ヶ l J の 都 i / i 機 能 回 復 ま で の 応 急 復 I U を 対 象 と し て い る ものが多い。これら に つい て は 数 多く の 報告 書に 詳細 に報 告さ れて いる 。し かし 、完 全復 旧ま で
f 及った研究は少ない。以上の観点から、本文は災害直後から継続している長崎豪雨災害による都 市水 w の復 1 1 1 をi'}調査し新しく導入された防災対策も含めて I リ j らかにするものである。
5 .1 . 2都市災害発生の慨要[長崎大学学術調貸付J 1 9 8 2 1
7 J j 2 : 1日夕刻から、 F 寄り自 f ; めた雨 I ; J : I ! J 時明から沌のような豪雨となって各地を興った。図 5 .1 . 1 は 長 崎 海 洋 気 象 台 の 1 0 分 間 降 雨 鼠 と 都 i l i 災脊の発生時間を示したものである。激しい雨のために、
自動車のワイパ も役に立たないほとであった。斜i1i i 古F>iIiである長崎では河川はみるみるうちに
! ( i / /1<、都市下水路などの ' 1 ' 小河川│に続き、市街地をながれる小鳥 1 1 1 、 自 I U :1 1 1 、 八 郎 川 が i g 法。側 溝道路が冠水して川のような状惣。このため、 I~l 動取がまず流され、国鉄長崎本線、路面屯l\!、
~而パスなどの交通機関が次々とストップ。 111 H 1 1 s Bでは i l i 内入 L Iの国道:.1‑1号と塚地区では大規模 な道路決壊が発生。交通が全く l 作姉した。各交通険関の豪雨時の対比;を表 5 . 1 . 1 に示す。長崎駅前 や白Ii上駅前のような幹線道路に而したわ'[ i 置に'託業所をもっタクシー会社では雨が強くなって約 5 分後に路而冠水に気がつき、 1 ) 耳 i jlf(に戻れ、 2 ) 高 f T の 平 地 に 行 け 、 と 無 線 連 絡 を し て 被 害 を 免 れ た 。 し か し 、 情 報 の な い マ イ カ ー は 孤 立 状 態 の 中 で 、 交 通 渋 滞 、 路 而 冠 水 に よ る 通 行 不 能 の た め路上に放置された。この放蹟自動車が路線ノ〈スや緊急自動車の j i!i行の障害となった。
2 0時頃から川の氾震が始まり、濁流が i l i 街地に P I I し寄せたために、建物の一階部および地 F 室 が冠水した。特に地下に電力・空調繋備等を備えたt(,高層ビルではそのt( q 区機能が全くI! l l 砲した。
f f i i 官、河川の m 殺による護i1!の決演、土砂崩れによる電柱の例洩および販僑変電所の冠水なと によって、 2 0 1 1年頃から停電が , i I 内の各所で生じ h f iめ た 。 九 州 電 力 長 崎 営 業 所 管 内 の 停 電 は 辰 大 I l ! j
G 2 , O O O 戸(停電 J f . ; 3 0 A % ) に淫した。
激 し い 雨 の ' 1 . ' で帰宅できない人の安否連絡、救:1:を求める人の通話および電話機の冠水なと
*高機手¥l11t: Kazuo TAI<AIIAS 川
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図 5 . 1 . 1 都市災害の発生状況
岨 原 4
3 崎間
による犠能障害などのために、 2 0 時から 24 日 2 時 ま で 電 話 表 5 . 1 . 1 交通機関の褒雨時の対応 が幅緩した。
中島川の石橋 g l に添加 l されていたガス管が流出したた めに、 2 4 日 2 時半に 42 , 000 戸のガスが供給停止となった(停 止 l f . 43%) 。
市内の 5 つの浄水場の冠水によって浄水犠能を失い、他 の浄水場て'もポンプ系統が停止して、 93 , 000 戸が断水した (断水 $62%) 。
この他国鉄長崎本線の信号、信号施設が冠水し、路面電
時刻
1 9 : 1 5 1 9 : 1 8 1 9 : 3 0 1 9 : 3 0 1 9 : 3 5 2 0 : 0 0 2 0 : 1 2
内 容
ラッキータクシー引き上げ命令│
国鉄畏崎本線停止指令 国道 3 4 号長崎バイパス通行止 鴻上タクシー引き上げ命令 市内電車運行不能
長崎県営パス運転中止指令 国道 3 4 号芝草署決繊
車の軌道の大きな被害を受けた。また、道路も路面決媛、崩土による路面の埋没、橋梁の流出な どで寸断された。このように、わずか数時間のうちに、長崎市の都市機能が麻輝した.
翌 24 日から都市胞設の復旧作業が開始されたが長崎市と外部を結ぶ幹線道路が国道 206 号 1 本 ; であったために、激しい交通混乱が長期にわたった。
5 . 1 . 3交通施設の被害と復旧
( 1 ) 道路
長崎市は地形的に袋小路となっているために長崎市と外部を結ぶ幹線道路は国道 3 4 号、同バイ パスおよび一般国道 206 号のわずか 3 路線である(図 5 . 1 . 2) 。長崎市の道路網は地形的制約もあっ て、次のような大きな制約をもっ。
( i ) 幹線道路網は都市部を中心として放射状となっているのみで、都市間を連結するネットワー クとしての幹線道路網の整備が遅れている。放射状の道路の中心とも言うべき長崎駅前は九州 ーの交通量である。
( i i ) 数少ない幹線道路網に交通が集中しているために、道路の混雑度は1. 2 を越えている。特に国
道 34 号には容量の 2 . 5 倍の交通量がある。このために、災害時に代替道路として、他の幹線道路
の 他 の 交 通 昆 を さ ば く こ と が で き ない。
この ( i )、( ii )による交通網の不備 がこの水害の復 1 1 1 過程ではっきり と浮きぼりにされた。
道路の他に、長崎市と外 :~II を結 ぶ交通手段として、 1 1 . , 鉄 ( . 1 H)長 崎 本線がある。長崎本線には道ノ尾、
長与経 r l l の 1 1 1 線と、現川、iIi布終
L I I の新線の 2 線がある。また、長崎 市内の交通手段として、t! i内の ' 1 '
心部を結ぶ路而電取がある。
次に、長崎市内の交通千段をノぞ ー ソ ン ト リ ッ プ 調 奈 ( I I f {f 1 1 5 2 " r . )
よ り 依 粋 す る と 、 鉄 道 0.1% 、パス
2 1. 8% 、電車.1.1%、 I~l 家川市l!).ï% 、
タ ク シ ‑ 3.0% 、 2 輪市 1.9% 、徒歩 45.3% 、 そ の 他 0.5% である。
( 2 ) 道 路 の 被 脅 と 復 川
長 崎 県 F の 豪 雨 に よ る 道 路 被 災 図 5 . 1 . 2 長 崎 市 の 主 な 交 通 網 と 被 災 箇 所
筒所数は建設省管科!の同道 3 1 号 J f i 筒 所 、 日 本 道 路 公 団 管 轄 の 長 崎 バ イ パ ス 1 8 筒 所 、 県 管 轄 の 同 道・県道 9 1 1 筒 所 、 計 約 5 , 0 0 0 筒 s i と非常に多い。地域的には長崎'1'央部の道路被害は少なく、周 辺 部 の 山 間 部 地 帯 で は 全 域 に わ た っ て 生 じ た 。 こ れ ら の 道 路 災 害 の う ち 大 動 脈 で あ る 国 道 : 3 . 1 号 の ! 1 . 6km (長崎市平間町 本河内町)の被害[中担 1 9 8 3 ) が 甚 大 で あ っ た 。 被 災 区 間 は か つ て 長 崎 街道と呼ばれた沿線に造られたもので、 I J1 腹 に 沿 っ て 走 る 道 路 で 、 道 路 決 嬢 が 生 じ や す い 状 況 に あった。特にで塚町の 8 0 川にわたる流失、 1 5 0 1 1 1 にわたる 2 i , 0 0 0 1 1 1 3 の崩 J : に よ る 路 而 の 埋 没 の 2 筒 所の被害が大規模であった。在塚地区では道路陥没のために、 I~J 動車が土砂とともに流され、 3
f
' : 1 5人の人的被害があった。しかし、残りの主要路線、すなわち、国道:34号 長 崎 バ イ パ ス お よ び 国道 2 0 6 号 の 被 害 は 軽 微 で あ っ た 。 特 に 、 国 道 3 4 号 長 崎 バ イ パ ス は n g 和 ,1 2 :íf:建設完成で、~土部 分 が な い 災 努 に 強 い 椛 j E であったために、決壊はなかった。
市 内 で も 中 央 部 と 周 辺 部 を 結 ぶ 道 路 が 各 地 で 途 絶 し て 、 東 長 崎 、 茂 木 、 式 見 地 区 な ど 孤 立 し た。応急復 1 1 1 を第 l と し た 電 力 ・ 電 話 な ど は 道 路 不 通 の 影 響 を 著 し く 受 け た 。 こ れ ら の 地 区 に 対 しては、陸上愉送を断念して、フェリーおよびヘリコプターによって資材および作業員を運んだ。
主 要 道 路 お よ び 交 通 機 関 の 復 1 1 1 状 況 は 図 5 . 1 . 3 1 こ示すとおりである。悶に示すように国道 3 1 号 、 同 長 崎 バ イ パ ス は 不 通 と な っ た が 、 国 道 2 0 6 号が翌 2 1 ' 1 1 午前 ' 1 ' か ら 通 行 可 能 と な っ た 。 ご の 路 線 l
本が災害直後、長崎 ilí と外部を結ぶ "I~-- の通行可能な幹線道路であった。長崎バイパスも崩土処 理 の み で あ っ た の で 、 数 日 後 に 応 急 復 旧 し た 。 他 の 道 路 の 復 旧 は パ ス の 通 行 路 線 を 優 先 的 に 行 っ た た め に 、 パ ス を 中 心 に 順 調 に 進 ん だ 。 災 害 直 後 の 長 崎 市 内 の 交 通 情 報 は 、 ( i ) 郊 外 か ら の 幹 線 道 路 が わ ず か に 国 道 2 0 6 号 だ け で あ る こ と 、 お よ び
( i i )市 内 の 道 路 も 各 所 で 寸 断 さ れ 、 交 通 信 号 機 の 故 障 筒 所 が 多 い こ と な で き わ め て 悪 く な っ て い
た。そこへ交通機関の麻 w によるマイカ ラ ッ シ ュ な ど で 交 通 渋 滞 が 生 じ た 。 災 害 復 旧 川 の 車 が
被 災 地 に な か な か 入 れ な い と い う 状 況 に な っ た 。 こ の た め に 、 愉 送 路 の 搬 保 と 被 災 地 境 内 の 混 雑
緩拘i を 凶 る こ と を u 的として、長崎繁終小;日目、民的県および長崎 d i 災??対策本部はマイカー自粛 の 広 報 活 動 を 行 っ た 。 し か し 、 呼 び か け の 効 巣 は あ が ら な か っ た 。 一 方 図 5 . 1 . 3 に示したように、
路 線 パ ス 、 路 l 而 o ' l 1 * (i) j : 2 6 L I )および 1 T < 1 i ) ; L { l j な本総(7 J J ' 2 i 1 . 1 )などの復旧によって公共輸送織 聞 が 次 第 に 雌 保 さ れ て き た 。 こ れ ら の 状 況 か ら 、 7 月 2 ! )[ ] 7 1 時から国道 206 号の長崎市中心部向け の 自 動 車 に 対 し て 、 筈 務 2 5 1 1 日長による交通規制が実織された。 l 皮 1 与が甚大であった国道 3 4 号 苦 塚 地 区 は 復 I I J が 遅 れ た た め 、 被 災 2ir! 後 の 8 J j 2 0 U に 2 車 線 応 急 復 I r l す る ま で 、 長 崎 市 内 の 幹 線 道 路 に 対 す る 交 通 規 制 が 継 続 さ れ た 。 こ れ に よ っ て 、 長 崎 市 内 の 観 光 、 尚 業 活 動 が 大 き な 打 撃 を 受 け f こ 。
i 副 . A l 0 6 培線
白遁2 0 7 号組
長 崎 多 且 見 線 {長与匝 I 高凶鱒}
2 . 交 i 畠償問 断続 O 出 銭
1 1 1 繊
1 ) 竜 司 ・ ( ) , 、 ノ .
長 崎 県 営 " ス
長崎, , λ
~~上」←しムムーL.!_~
図 5 . 1 . 3 主 要 道 路 お よ び 交 通 機 関 の 復 旧 状 況
道 路 の 復 I U は 、 応 急 復 I U の 後 、 本 復 旧 が 凶 ら れ る l 小垣 1 9 8 3 ] 。 た と え ば 、 長 崎 市 に と っ て 被 害 が位大であった国道:3 1 号正塚地区の盛土器 U I : u に よ る 路 体 流 失 箇 所 に は 、 土 石 流 を 避 け る た め 、 構 梁然設( J : ス パ ン 、 プ レ テ ン シ ョ ン 桁 j 、会 I i 1 i i i i I i ~在、土石流による迎没個所では、擁壁工、水抜き 1 : 、モルタル吹き十 l け 、 岩 盤 緑 化 が 図 ら れ た 。 な お 、 凶 道 34 号のfJ見トンネル内には、ラジオ用 ア ン テ ナ を 設 置 し 、 ト ン ネ ル 内 で も ラ ジ オ に よ る 情 報 収 集 が で き る よ う 便 宜 を 図 っ た 。
l i i l 益 i . 3 4 号 の 被 害 は 、 長 崎 市 内 の 交 通 、 流 通 の 必 活 を 左 右 す る 重 要 性 を も っ て い た 。 環 状 道 路 、 バ イ パ ス 、 道 路 の 車 線 数 を 増 や す 拡 幅 が 、 進 ん で い た な ら ば 、 交 通 規 制 も 余 俗 が あ っ た は ず で あ る。 X~ j l i 化がl1主み、分業を建 i j i j と す る 現 代 の 社 会 が 進 燥 す る ほ ど 、 道 路 網 は 資 的 、 量 的 に 高 い 犠 能 が 要 求 さ れ る 。 こ れ に 応 え る た め に 、 幹 線 道 路 網 拡 張 、 軽 備 が 必 要 で あ る 。
「長崎防災都 i l i t ,'4忽!策定委員会 J [長崎県 1 9 8 , 1 ] では、その答 I P の ー っ と し て 、 災 害 に 強 い 基 幹 交 通 網 の 確 立 を う た い 、 特 に 、 現 従 事 業 中 な ら び に 計 画 中 の 国 道 3 1 号 日 比 バ イ パ ス の 建 設 、 同 3 1 E f 長崎ノ〈イパスのお L 幅 延 N I 、 長 崎 外 環 状 線 、 内 環 状 線 、 そ の 他 の 主 裂 な 道 路 の 平 均 j 完成に努める ほ か 、 長 崎 の 特 性 を 盛 り 込 ん だ 防 災 都 i l i ネットワークの吉 1 I 血 i 的 実 現 を l 主 i るべきと提言した。
( : 1 ) l f l 鉄 ( J R) 長 崎 本 線
1 i ! 1 tJ,;の通行体:tJ J I l ! 幣 1 ;1:雨量のデータをケーブル倣送で小倉の CTC ' I ' *‑袋路に送って、 I 時間雨
鼠が501 1 1 1 1 1 になると列市の迎行を ' 1 ' 1 1 . . して、軌道の安・全を確認する ) j 法である。このシステムに よって 1 9 時 1 8 分に列 i l ( 停止令が:1:され、交通憐│民!のうち疲初 j に逆行 ' 1 ' 1 1:.になった。
以下に主な被許状況を示す。
(i) 土木および軌道:同鉄長崎本線|天の Lt:および軌道の被容は海,~線沿いの旧線(大草経 III )に 集中した。高いわ I 置 に あ っ て 、 ト ン ネ ル の 多 い 新 線 ( i l i 市経 1 1 1 )の被警は経微であった。自然傾 斜にさらされない術造物の強さが実証された例であった。
( i i ) 通 信 お よ び i H -~J 施設・長崎駅 1111 、おIì 1 : 駅 2111 の冠水によって、駅術内の ' 1 f 席 予 約 装 置 、 筏 写 受信機など被書を受けた。信号施設については、同 I U : 駅構内の CTC 装置、終電通動機が冠水した のをはじめ、長崎駅、i1I iL 駅、事 U r 1 j ~J~ 桃 1 1 '1の'b;てつ機、沿線の f元号装罰 .m 切が被害を受けた。
復 旧 は 被 害 の 軽 か っ た 新 線 か ら 開 始 さ れ た 。 悶 鉄 で も 道 路 の 寸 断 の た め に 資 材 の 逮 鮫 に 苦 労 した。交通渋滞で資材の到着の u 途が立たなかったという。新緑の復旧工程では、 i i l iJ ニ駅惰内の
CTC (J{装置および縦電述動機の復 1 1 1 のあいろとなった。
制 i 上 駅 が 7 H 2 7 [ 1 1 s r ; ! 5 分に復川したことによって、!日線の列 i f t も す べ て 新 線 に 移 し て 正 常 ダ イヤで運転再開した。 I U 線の復 1 [ 1 に作って、 i } j : 1 I Hから所定の運転が再開した。 7 月 30 日‑8 月 4 1Jまで災警復 1 1 1 川に語 U , [ 1.̲ 長崎間に L 下 i ‑ * の臨時列車を運転した。夏休み'1'であったために、
他の線の i l i 同を移絡して、この臨時便にあてた。ノ'1< i 守復 1 1 1 n 手に悶鉄長崎本線の利川状況を明らか にするために、長崎駅の1' 1 動販売機の近 U I ! 離切符の販売状況を調交した。 i H 2 8 日からの利J1J.苛 は通常の 3 倍以上となっており、同 j 1 ! 3 4 号の不通および国道 206 号・長崎パイノぞスの交通規制中の 代将手段として、国鉄が利川されたことが推定できる。普段は利川効率の悪さが指摘される同銀、
であったが、この水害の復旧時には高い詐 @ i を受けた。この水害では専川の軌道をもち、かつ、
災害対応技術をもっ同鉄の強みが発仰された。このように、同鉄は斡線道路の復旧以前に運転を 再開し、また、交通渋滞の影響を受けない川 t. の多軍愉送機関であった。
( 4 )路面 i 電車
1 9 時 1 5 分頃から軌道敷内冠水のために、電車の運転不能がではじめ、次いで、電車内冠水のた めに乗客、運転手が避難して、市ー阿は軌道上に放置された。 20 時 1 0 分 に 制 御 室 が 冠 水 し た た め に、全両運行中止となった。都 i l i ;)<~および河川の氾読によって、 ïfj 小央部の平地に路線をもっ
路面電車は孫大な被害を受けた。すなわち、在籍取両 6 8 同小 43 両が冠水被害を受け、変電所をは じめ信号・通信施設・工場・軌道などすべてが長大な被害を受けた。
復 旧 は 冠 水 被 害 を 免 れ た 変 電 所 か ら の 送 電 力 で 20 両が動かせることから、 26 日1 5時 か ら 運 転 が再開された。復旧 ' 1 ' に発注小の 8 阿の新進車両が到着したことはラッキーであった。中継とも 言 う べ き 変 電 所 の 冠 水 の た め に 、 電 力 の 全 両 復 H l には時間を要し、 9 月 1 0 日に完了した。復旧の 建物の地下室の動力施設の被害と同様に、 ' 1 ' 板部の防災対策の不備が露呈した抽象的な例であっ
句 同
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