キャピタル・ゲイン課税の論点
その他のタイトル Issues on the Taxation of Capital Gains
著者 鶴田 廣巳
雑誌名 關西大學商學論集
巻 40
号 4‑5
ページ 505‑535
発行年 1995‑12‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/4939
関西大学商学論集第40巻第4• 5号合併号 (1995年12月) (505)189
キャピクル・ゲイン課税の論点 鶴 田 廣 巳
は じ め に
キャビタル・ゲイン課税は,租税論の領域においてももっとも論争的な分 野のひとつである。アメリカにおいては, 1986年の税制改正によりキャビク ル・ゲインについても普通所得と同様の所得課税が行われるという,ある意 味で連邦所得税制発足以来ともいうべき重要な改革が行われた。しかし,こ のことはキャピタル・ゲイン課税についての論争に終止符を打つというより も,むしろ新たな論争の再燃をもたらしているように思われる。とりわけ,
プッシュ政権になってから毎年度提案されるようになったキャピクル・ゲイ ン減税案の評価をめぐっては,学問的論争にとどまらず,租税政策の選択の あり方ともかかわって活発な議論が交わされている。本稿は, 80年代以来高 まっているアメリカでの論争の整理を通じて,キャビタル・ゲイン課税のあ り方を考える手がかりを得ることを目的としている。
I ア メ リ カ に お け る キ ャ ピ タ ル ・ ゲ イ ン と そ の 課 税
1988年,アメリカ議会予算局は, 1954 85年という長期にわたる期間につ いて,キャビタル・ゲインの実態を検証し,キャピタル・ゲイン税が租税収 入にどのような影響を及ぽすのかを検討した研究を公表した1)。 これは戦後 1) The Congress of the United States, Congressional Budget Office, How
Cap社alGains T心 RatesAffect R徊 叩es:T加 HistoricalE成d孤ce,March 1988, Chapter Il[,参照。
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アメリカにおけるキャビタル・ゲインの実態を明らかにした数少ない成果の ひとつである。そこで,キャピタル・ゲイン課税をめぐる近年の主要論点を 検討するまえに,アメリカにおけるキャビタル・ゲインの実態についてまず みておきたい。
表1は,所得階層ごとの,実現された長期キャピタル・ゲインの配分状況 をみたものである。この表から,まず第1に,実現キャビタル・ゲインが高 所得層に著し<集中していることがわかる。このことはこれまでもたびたび 指摘されてきた点であるが, 80年代においてもなお妥当することが改めて確 認された。年間所得100万ドル以上の階層は,申告書の数のうえではわずか 0.01%にすぎないが,他方,実現した長期キャビタル・ゲインのうち全体の
表1 所得階層別長期キャピタル・ゲインの配分 (1984年度)
(単位:千ドル,%) 所得階層 (AGIclass) 長期キヶタル・ャ主゜イ 贔キャヒ゜タル・ンを除く 納税申告書
ンのシェア のシェア のシェア 0以下 7.11 ‑1.80 1.01 0‑5 0.92 2.05 16.33 5‑10 1. 64 5.87 16.54 10‑15 2.39 8.31 14.14 15‑20 3.13 9.51 11. 55 20‑25 2.51 9.44 8.87 25‑30 1. 95 10.00 6.68 30‑40 4.96 18.32 11. 14 40‑50 4.94 12.59 6.00 50‑75 9.54 12.94 4.68 75‑100 6.31 4. 11 1.06 100‑200 12. 15 4.47 0.77 200‑500 12.96 2.40 0.20 500‑1, 000 8.19 0. 72 0.03 1,000以上 21. 30 1.06 0.01
ムロ 計 I 100.00 I 100.00 I 100.00
(出所) The Congress of the United States, Congressional Budget Office, How Capita、Gains Tax Rates Affect Revenues: The Historical Evidence, March 1988, p. 22.
キャヒ°タル・ゲイン課税の論点(鶴田) (507)191 21. 3彩を獲得している。申告書数で全体の 1彩を占める高所得層である10万
ドル以上の階層をとってみると,長期キャビクル・ゲインのうちの54.6%と 過半を獲得している。キャビクル・ゲインの高所得層への集中度がいかに高 いかがわかる。
第2に,表1に示されているキ ャビクル・ゲインは物価上昇の影響を考慮 にいれていない名目価額であるが,これを実質価額に換算すると,高所得層 への集中傾向はいっそう強まるという。現在までに公式に数値を利用できる のは1973年と77年だけであるが,たとえば, 77年の株式および非事業用不動 産について所得階層毎に算定されたキャヒ°タル・ゲインの名目値,実質値は 表 2のとおりである。株式の場合には,名目で約57億ドルが実質では35億ド ルのマイナスとなっており,不動産の場合も約36億 ド ル の 名 目 額 に 対 し 実 質 額は9億ドル余りにすぎない。しかも,そうしたなかで年間所得20万 ド ル 以 上の階層への集中度がきわめて大であることがわかる丸
表2特定資本的資産の売却による名目ゲイン•実質ゲインの比較 所得階層 (AGIclass) 法 人 株 式 非事業用不動産
(千ドル) 名(百目万ゲドイルン) 1実(百質万ゲドイルン) 名(百目万ゲドイルン) 1実(百質万ゲドイルン)
0 ‑ 5 239 ‑177 204 40 5 ‑ 10 132 ‑460 579 87 10 ‑ 15 ‑79 ‑729 179 ‑15 15 ‑ 20 ‑50 ‑585 294 36 20 ‑ 30 ‑29 ‑1,373 659 127 30 ‑ 50 860 ‑1,169 691 276 50 ‑100 978 ‑843 525 183 100‑200 983 85 224 106 200以上 2,646 1,763 215 101
ムロ 計 │ 5, 680 │ ‑3.488 1 3,570 I 941
(出所) Officeof the Secretary of the Treasury, Office of Tax Analysis, Report to Congress on t加 CapitalGains Reductions of 1978, Sept. 1985, p. 11.
2) Office of the Secretary of the Treasury, Office of Tax Analysis, Report
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第31こ,年間所得ゼロ以下,つまりマイナス所得の階層が手に入れるキャ ビクル・ゲインのシェアも7.1彩と,その所得状況とは不釣り合いに高いこ とがみてとれる。この所得階層は決して低所得階層ではなく,むしろ膨大な 資産を所有し,それゆえに巨額のキャピクル・ゲインを実現しているのであ るが,他方では,一般に,プロプライエクーシップ,パートナーシップ,農 場などから発生する損失によって年間所得をマイナスにしているのである。
要するに,これらの損失は多くの場合,経費控除や加速税務減価償却などと 同様に,課税上の優遇措置としての効果を発揮することになるのであり,ぃ わばクックス・シェルターとして機能しているのである。
つぎに,時系列で実現キャビタル・ゲインの動向をみると,表3および表 4のとおりである。
第1に実現ゲインの推移をみると, 1960年代および78年以降の伸びが著し いことがわかる。指数でみると, 60年には54年の 1.7倍であったものが69年 には4.7倍に増加をとげ,また, 78年には7倍にとどまっていたものが85年 には24倍近くに増大している。
第2に,実現ゲインの動きをGNP,あるいは家計部門が保有する法人株式 の価額と対比させてみると,この時期全体にわたり実現ゲインの増加テンボ がもっとも速い。 1955 85年の年平均伸び率をみると, GNP,家計保有法人 株式がそれぞれ8.0彩, 8.4彩であるのに対し,実現ゲインは12.5彩を示す。
とりわけ, 78年以降の伸びは年平均で18.7彩と著しく,対GNP比でみても 2.2彩から4.1彩へほぼ倍増し, 対象時期全体を通じてビークを記録してい る。また, 70年代末からは家計保有法人株式の増加ペースも年率16彩ときわ めて高かったが,実現ゲインの増加ペースはこれをも上回り, したがって,
法人株式価額に占めるその比率も上昇した。
第3に,最高所得階層とその他の所得階層について実現キャビクル・ゲイ
to Congress on t加 CapitalGains T.心 Reductionsof 1978, Sept. 1985, pp. 10‑12.
キャヒ゜タル・ゲイン課税の論点(鶴田) (509)193 表3 実現キャピタル・ゲインの動向 (単位:低ドル,%) 実現純長期ゲイン GNP 家計所有分法人株式 価額(A)│塁麿 1指 数 価額(B)I塁麿I指 数 1(A)(/B)価 額(c)/塁麿 l指 数l(A)(/C)
1954 70 100 3,725 100 1. 9 2,350 100 3.0 1955 97 38. 6 139 4,059 9.0 109 2.4 2,863 21. 8 122 3.4 1956 96 ‑1.0 137 4,281 5.5 115 2.2 3,051 6.6 130 3.1 1957 82 ‑14. 6 117 4,510 5.3 121 1.8 2,674 ‑12.4 114 3.1 1958 93 13.4 133 4,568 1. 3 123 2.0 3,733 39.6 159 2.5 1959 129 38. 7 184 4,958 8.5 133 2.6 4,020 7.7 171 3.2 1960 117 ‑9.3 167 5,153 3.9 138 2.3 3,955 ‑1. 6 168 3.0 1961 157 34.2 224 5,338 3.6 143 2.9 5,008 26.6 213 3.1 1962 136 ‑13.4 194 5,746 7.6 154 2.4 4,374 ‑12. 7 186 3.1 1963 145 6.6 207 6,069 5.6 163 2.4 5,139 17.5 219 2.8 1964 170 17.2 243 6,498 7. 1 174 2.6 5,647 9.9 240 3.0 1965 208 22.4 297 7,051 8.5 189 2.9 6,356 12.6 270 3.3 1966 218 4.8 311 7,720 9.5 207 2.8 5,756 ‑9.4 245 3.8 1967 273 25.2 390 8,164 5.8 219 3.3 7,204 25.2 307 3.8 1968 358 31.1 511 8,927 9.3 240 4.0 8,579 19.1 365 4.2 1969 326 ‑8.9 466 9,639 8.0 259 3.4 7,461 ‑13.0 317 4.4 1970 213 ‑34. 7 304 10,155 5.4 273 2.1 7,286 ‑2.3 310 2.9 1971 282 32.4 403 11,027 8.6 296 2.6 8,328 14.3 354 3.4 1972 361 28.0 516 12,128 10.0 326 3.0 9,206 10. 5 392 3.9 1973 358 ‑0.8 511 13,593 12.1 365 2.6 7,097 ‑22.9 302 5.0 1974 300 ‑16.2 429 14,728 8.3 395 2.0 4,944 ‑30.3 210 6.1 1975 307 2.3 439 15,984 8.5 429 1. 9 6,410 29.7 273 4.8 1976 392 27. 7 560 17,828 11. 5 479 2.2 7,541 17.6 321 5.2 1977 444 13.3 634 19,905 11. 7 534 2.2 7,088 ‑6.0 302 6.3 1978 489 10. 1 699 22,497 13.0 604 2.2 7,213 1.8 307 6.8 1979 713 45.8 1,019 25,082 11. 5 673 2.8 8,725 21. 0 371 8.2 1980 708 ‑0. 7 1,011 27,320 8.9 733 2.6 11,667 33. 7 496 6.1 1981 783 10. 6 1,119 30,526 11. 7 819 2.6 11,203 ‑4.0 477 7.0 1982 871 11. 2 1,244 31,660 3. 7 850 2.8 12,657 13.0 539 6.9 1983 1,173 34. 7 1,676 34,057 7.6 914 3.4 14,542 14. 9 619 8.1 1984 1,359 15.9 1,941 37,650 10.5 1, 01 1 3.6 14,907 2.5 634 9.1 1985 1,655 21. 8 2,364 39,981 6.2 1,073 4.1 19,480 30.7 829 8.5
(出所) TheCongress of the United States, Congressional Budget Office, op. cit., p. 5 and p. 27.
194(510) 第 40 巻 第4• 5号合併号 表4 最高所得層による純長期ゲインの実現
(単位:億ドル.%) ト実ッ現プ純1長%期所ゲ得イ層ンの ト実ッ現プ純0.2長5%期所ゲ得イ層ンの 金 額 シ ェ ア 金 額 Iシ ェ ア 1954 36 51. 2 26 36.9 1955 52 54. 1 37 38.4 1956 50 52.1 36 37.5 1957 39 47.2 27 32. 7 1958 44 47.0 30 32.5 1959 64 49.5 46 35.5 1960 57 48.8 42 35.6 1961 82 52.5 61 38.8 1962 65 47.8 49 35.8 1963 66 45. 7 50 34.6 1964 79 46.6 63 36.7 1965 99 47.3 77 37.2 1966 94 43.4 73 33. 7 1967 126 46.2 97 35.4 1968 179 50.0 132 37.0 1969 157 48.1 120 36.8 1970 92 43.3 67 31. 5 1971 125 44.4 91 32.1 1972 164 45.4 117 32.2 1973 144 40.4 100 28.1 1974 114 38.0 75 24.9 1975 104 34.0 70 22.7 1976 127 32.4 88 22.4 1977 151 34.1 105 23.6 1978 158 32.2 105 21. 4 1979 311 43.6 225 31. 5 1980 313 44.3 220 31.1 1981 367 46.9 265 33.8 1982 481 55.2 373 42.8 1983 621 52.9 474 40.4 1984 739 54.3 576 42.8 1985 920 55.6 699 42.2
(出所) Ibid.,p. 31.
キャビタル・ゲイン課税の論点(鶴田)
図1 実現長期キャピタル・ゲインの対GNP比の推移
(所得階層別)
長期ゲインのGNP比 0.028
0.024 0.020 0.016 0.012 0.008 0.004
残余99パーセント
(511)195
゜(出所)1955 1960 1965 1年970 1975 1980 1985
Ibid.,p. 30.
ンの変動度合いをみると,前者のほうが一般に変動が激しい(図1,参照)。
これは,高所得層のほうがキャビクル・ゲインをめぐる諸条件に対して敏感 に反応することを示している。最高所得層が獲得する実現ゲインのシェアの 変遷をみると, 1968年までの時期には変動はあるものの一定の幅のなかで推 移していたが,それ以降は減少に転じ,ついで78年を境に急速にシェアを高 めたことがわかる(表4,参照)。 70年代末から, 高所得層はキャビタル・
ゲインを積極的に実現したことが読みとれるのである。
ところで,キャピクル・ゲイン課税をめぐる論争のなかで中心的な論点と なったのは,キャビタル・ゲインの実現に対してその税率がどのような影響 を及ぼすのか,具体的には,税収を増加させるのか,それとも減少させるの かという点であった。論点の中身は次節でみることにして,ここではデータ によって基本的事実を確認しておこう。
図2は,長期キャビクル・ゲインに対する平均限界税率と長期ゲインの対 GNP比の推移を示したものである。ゲインの対 GNP比は1954年から67年