セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考 察(2)
その他のタイトル On Selig Perlman's Theory of the Labor Movement (2)
著者 小林 英夫
雑誌名 關西大學經済論集
巻 11
号 1
ページ 52‑89
発行年 1961‑04‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/15528
52.
﹁ギ
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ける
﹁機
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共有
制﹂
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権利
﹂に
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︒
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.
多く依拠しながら︑この点をつぎのように追求している︒ る︒その発見の出発点には︑中世風の小商人をば商業的技術を有せる手職人として考えるヴェルナー・ゾムバルト流の思考様式がひそんでいたようではあるが︑その直接の動機は︑ギルドの
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ての﹁分け前の権利﹂
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であった︒かれは︑ が︑特徴的なことにかれは︑中世のギルドと近代の労働組合との間に︑
英国の著名な経済史家たるリプソンに
﹁機
会の
共有
制﹂
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共通の集団心理をみいだしているのであ
前章でもふれたようにセリグ・パールマンは︑経済的機会と集団心理との間に密接な関係を設定したのである
そ の
第 四 章 労 働 規 則 と 労 働 組 合 の 哲 学
小
理 論 に 関 す る
考 察
セ リ グ
ノゞ
ルマン
の 労 働 運 動 の
林
(二)
英 五
夫
セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶
より金銭で買いとった権利以外にはなんらの権利をも有せず︑
五 またかれが自己の熟練と原始的道具の助けによっ
﹁生
産者
は︑
その土地の支配者
リ︒フソンは︑﹁分け前の権利﹂をば︑市または縁日︑もしくは郷土の町のいずれでなされるを問わず︑仲間の組合員のなすど
の購入の分け前にもあずかる特権として︑定義している︒これは︑疑いもなく機会の配分にまさしく等しかったのである︒とい
うのは︑こうした初期の時代における取引商品の常態的不足は︑その商品の利用しうる狭陰なる販路が制限したよりも︑ずつと
深刻に商人の機会を制限したからである﹂
( 1 )
と︒この結果として︑購入されたる商品をば割当名簿にしたがつて会員に割当てるというギルド的慣行が︑生れる にいたる︒おなじことは︑職人ギルドについてもいえる︒
﹁原料品の稀少は︑取引商品の稀少が商人にたいするのと同じほど︑職人にとつて重大なるハンディキャップであった︒⁝⁝
⁝⁝かくしてあらゆる組合員は︑ギルドの共有の機会からみずから専有することについて︑﹁割当額﹂に抑えつけられたのであ
る︒
﹂
( 2 )
︐
﹁職人ギルドにおいては︑一定数以上の職人および徒弟の雇用にたいする慣例的紫止が︑商人ギルドにおける﹁割当て﹂とお
なじ結果をもたらしたのである﹂
( 3 )
﹁他のはるかによく知られた多くの規則も︑同様にギルドの内部の機会を平等化することを求め︑または外部の世界にたいす
るものとしては︑それを保艘し︑かつそれを拡大することを目ざしていたのである︒正規の徒弟についての厳守された条件によ
らないでは︑なにびとについてもギルド独占への参加の容認は拒否すること︑他のギルドが自己の経済的管轄権を侵害しないよ
うに行なわれたる油断のない監視︑価格協定のしばしばの実施︑たとえば組合の許可なしには﹁多くて﹂三人の家僕と一人の徒
弟しか親方に許さなかったエキゼターの仕立屋たちに関するごとく︑経済的﹁規模﹂への直接的制限をつうじての不平等の妨
止こうした諸慣行は︑上に示された範疇のどれかに容易に該当するのである︒﹂
( 4 )
と︒以上のようなギルドの制限的慣行は︑前資本主義時代の生産者たる手職人が︑
54
て︑その地方の限られた市場のなかに見いだした経済的機会をのぞいては︑なんらの経済的機会をも有しなかった
( 5 )
ところの世界﹂に住んでいたことによっているのである︒ところでセリグ・パールマンは︑このギルド規則とまつ た<類似した仕事支記の規則を︑近代の労働組合の慣行のなかに見いだしているのである︒かれは︑
(t he I n t er n a ti o n al Typogr
ap hi ca l Un io n)
について︑
つぎ
﹁印刷工組合の規則を研究するとき︑われわれは︑注意深く作りあげられたる労働独裁iしかしながら︑ロシャ型の独裁で
はなくて︑その型において︑まった<労働自身のものーの図を得るのである︒というのもそれは︑雇用主をして︑かれの財産
や事業についての挑戦されることなき地位にとどめておき︑︳雇用機会のみを組合の独裁下にもたらすことに満足しているからで
ある
︒﹂
( 6 )
﹁:・⁝⁝印刷工組合は︑経営者自身よりはむしろ職場の職長こそが︑雇い入れおよび解雇をなし︑またその他の点についても
労働者を取りあっかうべきであると︑常に主張してきた︒かくして組合は︑雇い入れおよび解雇についての﹁規則﹂を規定し︑
また組合員たる職長は︑名目上は経営者を代表しているけれども︑もしかれがこれらの﹁規則﹂にしたがつて行動しないなら
ば︑組合によって処分または除名されるかもしれないのである﹂
( 7 )
﹁雇用機会の組合﹁所有制﹂と併存しているものに︑かかる機会の﹁占有と保有の規則﹂の法典がある︒仕事の星が減少する
場合には︑国際印刷工組合規約によれば︑最後に一贋用されたものが︑解扉されることになっている︒⁝⁝⁝組合員印刷工が追加
雇用されうるときには︑なにびとも超過時間労働を許されない﹂
( 8 )
と︒さらに︒ハールマンは︑組合員にたいする仕事の機会の総量を拡大するための手段として︑クローズド・ショッ プ制︑職人にたいする徒弟数の割合の縮少︑経験の富める組合員印刷工のみへの新機械使用の許可と徒弟のそれよ
りの排除︑をあげている︒また同一経営に属さない印刷所相互間での︑以前に一度使用された植字または紙型の交 のようにのべている︒ 組
織 さ れ た ア メ リ カ 最 古 の 労 働 組 合 た る 国 際 印 刷 工 組 合
セリグ・パールマンの労慟運動の理論に関する一考察︵小林︶
一八五一年に
五四
セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶
B e
a t
r i
c e
W
e b b )
の批判である︒ウェップ夫妻によれば︑まず第一に︑
五五 近代労働組合は中世ギルドの後身であると 関連してすぐに想起されるのは︑かのルヨ・ブレンタノにたいするウェッブ夫妻
( S
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n e
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そ
の
換︑借用︑貸与および購入を禁ずるという組合規則も︑かかる雇用機会の保存を目的としているものとして描かれ
略的な地位とをつうじて︑
( L
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o
B r
e n
t a
n o
)
﹁合衆国およびカナダ国際印刷工組合は︑いち早き発足と当産業でのすぐれて戦
いかなる組合によってもいまだかつて案出されなかったほどの﹁戦業統制﹂の遠大な制
度をつくりあげることができたのであって︑
満ちて強力だったギルドが︑われわれにたいして中世の親方労働者の集団心理を示しているのと同じほど明白に︑
( 9 )
とのべているのである︒今日の賃金労働者の特徴的な集団心理にたいする洞察をば︑われわれに与えてくれる
註
(1
)
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( 3 )
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2 5 9
(4
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( 5 ) I b
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( 6
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p .
263
(7
)
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pp.265266
( 8
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p .
268
( 9
) I
b i d .
, p
p .
271272
以上のようにセリグ・︒ハールマンは︑ギルド規則と労働組合規則との類似性を強調しているのであるが︑これに ている︒かくして︒ハールマンは︑
それは︑宗教的なまた世俗的な権威によって承認されたが故に活気に
sb
セリ
グ・
バー
ルマ
ンの
労働
運動
の理
論に
関す
る一
考察
︵小
林︶
むしろかつてはギルドの政策によ
.いうプレンター教授の説にもかかわらず︑英国では労働組合が中世のクラフト・ギルドの直系であるという証拠
( 1 )
︵
2)
は︑なんら存在しない︒このウェッブ夫妻の理論は︑たとえばコール教授( G.
D•
H .
C o
l e
)
もすでに踏襲している
ところであり︑ひとつの定説となっているといえる︒セリグ・︒ハールマンも︑ギルドと組合の類似性を認めはする
ものの︑両者の直系関係についてはなんらの言及もなく︑したがつて否定的なようである︒
だがより重要なのは︑ウェッブ夫妻の批判の第二の点ーすなわち︑
その起源はともかくとして労働組合は中世
ギルドとおなじエレメントを有し︑かつ産業制度のうえでおなじ役割を演じてきたという通俗的解釈にたいする批
判である︒夫妻によれば︑なによりもギルドと労働組合とは︑前者がみずから生産用具を有する親方職人を中心と
し︑後者がいわゆる賃金労働者より成りたっている故に︑同一に取りあっかわれえない︒さらにクラフト・ギルド
は︑近代社会の三要素たる資本家的企業家︑手労働者および消費者一般の利益を代表するものであり︑したがつて
労働者としての成員の利益のみを保設する労働組合とは︑まったく異つている
C
またギルドと労働組合との間の類似性の通俗的証拠とされる入会規則︑三錠前つきの函の使用︑会食︑役員の称
号などの類似性についても︑これは当時の英国のすべての団体にみられるものにすぎない︒最後に︑ギルドと労働
組合との目的をともに生活水準の保設にあるとするプレンタノ説は︑もつとも核心を衝いているようではあるが︑
これ
とて
も︑
労働組合がクラフト・ギルドに似ていることを意味するよりは︑
つてのみ表現されえたところの中世社会の許容原理をば︑労働組合が新たに主張していることを意味するにすぎな
( 3 )
以上のウェップ夫妻による批判のうち︑︒ハールマンの理論との閲係からとくに問題となるのは︑中世ギルドが生
五六
ギルドと労働組合についての︒ハールマンの理論にたいするアルマンの批判は︑結局はウェップ夫妻の所説を敷術
しているにすぎないといつてよい︒すなわちかれによれば︑
直接には海外よりの輸入品にたいする競争的付け値を妨止し︑間接には当該業種の従事者を制限する
ことにより︑価格を低からしめる傾向にあり︑また最低徒弟期間の設定や製品品質の維持の努力をつうじて︑生産
者と消費者とをともに保設せんとするものであった︒これにたいして労働組合による雇用機会の配分の規則は︑雇
用の保障よりは競争的水準以上での賃金の維持にその重点があったと考えられるべきであるから︑
には高価格という形で消費者を犠牲とするものであった︒このようにギルドと労働組合との間には︑決定的なる相
セリ
グ・
パー
ルマ
ンの
労働
運動
の理
論に
関す
る一
考察
︵小
林︶
の配
分︶
は︑
い方をしている︒ グ
・︒
ハー
ルマ
ンは
︑
五七 それは︑間接的 ギルドによる市場機会の個人的独占の禁止︵市場機会 産者と消費者との双方の利益を代表していたという主張である︒いわばギルドの指導者は︑
( 4 )
や詐欺より公衆を保謹する責任を負わされたるところの都市の官吏となっていた﹂のである︒これにたいしてセリ
つぎのような反対論をのべている︒
﹁⁝⁝ほとんどの著述家たちは︑ギルドの権威による不完全な商品の抑制と︑また不誠意な仕事にたいして罰金および除名と
いう極刑をすら課するという︑大いに賞諧されたる慣行をば︑消費者の福祉にたいするまった<真正の純粋に理想的なる配慮と して︑みるという傾向にあった︒しかしながらかかる慣行は︑主としてギルドの集団的市場機会と充分な価格にたいするその交
渉力とを保護するために工夫されたものとして︑ただちに把握されうるであろう﹂
( 5 )
と︒けれども︒ハールマンのこの反対論は︑ウェッブ夫妻の所論とそこに潜む権威とを崩壊せしめうるほどには︑充
分ではなかったようである︒だからロイド・アルマン氏は︑﹁かれ︵バールマン︶の引用するギルド規則について
( 6 )
の個々の例は︑現実にはウェッブ夫妻の見解を論駁するよりは︑支持する傾向にある﹂と︑いささか皮肉めいたい ﹁事実上は︑粗製濫造
58
第二
に︑
ある
︒
その集団的︑ぃ理としての稀少意識であるが︑この点にたいしては︑
アルマンの批判はなんら致命的なものではな
違が存在するのである
C
もつともアルマンも︑ギルド規則がのちには独占強化のために利用されたことを認めはす
( 7 )
るが︑ギルド本来の越源としての性格とその存在理由とは︑無視してはならないと強調している︒
その程度の差はあれともにリプソン氏の著書を主要な典拠としながら︑パールマンとアルマンとがこのように恣
見を異にするということは︑
ども重要なことは︑
たしかに面白いことではある︒そのいずれの見解が正しいかは経済史学上の問屈であ ろうけれども︑︒ハールマン自身もギルドの消費者保渡的性格を完全に否定しているようには思われないし︑またア ルマンもギルドの独占的性格を無視してはいないのだから︑二人の見解の相違は本質的なものとはいえない︒けれ
たとえアルマンの説にして正しいとしても︑︒ハールマンの理論構造は担われても崩壊しないと
いう点である
L)
いいかえれば︑︒ハールマンの理論構造の主柱は︑
い︒というのも中世ギルドが生産者および消費者の保設をめざしていたということは︑
マニュアリストの一例とし
てのギルドの成員たちが︑稀少な経済的機会にたいして稀少認識をもつにいたることを︑なんら否定しないからで ところでロイド・アルマンのパールマンにたいする批判は︑ギルドよりはむしろ労働組合規則についてより適切
である︒まず第一に︑制限的徒弟規則による機会の拡大は︑想像されるほどしばしばおこなわれておらず︑また︒ハ ールマンの引用する国際印刷工組合の徒弟規則は︑かれの考えるように徒弟の供給を制限しなかったし︑また制限 しえなかったのである︒この組合の徒弟規則は︑印刷工の才能と能力とを確保するためのものであった︒
多くの労働組合がその縄張り内の仕事
( j o b )
の数を増大せしめんとしたことは事実であるけれども︑
マニュアリスト
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l i
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)
の稀少な経済機会と
セリグ・パールマンの労慟運動の理論に関する一考察︵小林︶
五八
セリ
グ・
パー
ルマ
ンの
労働
運動
の理
論に
関す
る一
考察
︵小
林︶
つものである︒パールマンの強調するクローズド・ショッ︒フも︑技能資格のある非組合員を強制して忠実なる組合
員ならしめるためのものであり︑
﹁罪あるものの死ではなくて︑かれが組合に頼りくることのみ﹂であった︒要するに組合の縄張り政策の
﹁機会の共有制﹂の生じたのも︑パールマンのいう雇用機会の稀少性すなわち労働供給︐の過
剰によるよりは︑むしろ﹁相対的交渉力﹂の強化をつうじて組合賃率を保護するためであったといえる︒なぜなら
低い競争的賃金水準のもとでの充分なる雇用機会というものは︑
る︒したがつてもし労働者が︑パールマンのいうごとき稀少意識をもつていたとしても︑それは︑かれに仕事の機
( 8 )
会を割りあてたところの組合の賃金政策によって︑惹起せしめられたものと考えられると︒
以上のロイド・アルマンの批判は︑労働組合の縄張り政策または﹁機会の共有制﹂が相対的交渉力の強化を目的
としているとする点において︑非常に適切であるといえる︒けれどもこの批判は︑︒ハールマンにたいして︑かなら
ずしも正当なものとはいえないようである︒なぜなら︑ジョン・コモンズ教授のもとで労働巡動の歴史的研究に専
心してきた︒ハールマンが︑労働組合の究局目標としての労働条件の維持改善を無視するものとは︑とても考えられ
ないからである︒事実かれは︑その﹁労働運動の理論﹂のなかで︑組合規則が組合員の労働条件ないしは生活条件
した
がつ
て第
一︳
一に
︑
目的は︑仕事の数の維持または増加よりも︑
組合員にとつておよそ意味をなさないからであ ﹁相対的交渉力﹂の維持または強化であった︒
だの
は︑
は︑組合の﹁相対的交渉力﹂
五九
その追加されたる仕事については︑新しい仕事保有者を組合員として組織に包含せしめるこどが多かったために︑
オリジナルな組合員に留保される仕事の数は︑かならずしも増加されていないのである︒けれども新組合員の包含
( re l a ti v e negotiating
strength)~J~:\ll::111l~
~~
ル 2
せしめるゆえに︑大いなる価値をもそれゆえ﹁排除の政策よりはむしろ包含の政策﹂であったといえる︒組合の望ん
60
ることができる︒
セリ
グ・
バー
ルマ
ンの
労働
運動
の理
論に
関す
る一
考察
︵小
林︶
( 9 )
の改善をもたらすものであることを︑指摘している︒ただかれは︑労働運動の基本的前提としての強力な組織の確
立という点に着目するあまり︑労働運動の目標︵労働者の生活条件の維持または改善︶よりもその手段︵組合組織の確立
と機会の共有制︶.を強調するという極端にまで︑たちいたったのである︒このことは︑アメリカ労働組合の哲学を表
(w ag
︑ec
on sc io us )
という形容を用いたのにたいして︑
(10)
認識
的﹂
( jo b
‑ co n s ci o u s)
. . . ¥ J
い ‑
つ 平
ル ︷
谷 土
9EE
いていることに︑端的に示されている︒けれども労働組合にとつて︑雇用い︒また実際のところ︑ある水準の賃金を前提としない一屁用機会などは考えられないことであろう︒
けれどもアルマンが低い賃金率での充分なる雇用機会を指摘するとき︑かれは失業の原因を賃金の硬直性に求め
る理論を前提にしているようである︒一雇用機会の稀少性を生みだすものこそ組合の賃金政策であるという主張も︑
その例にもれない︒そこには︑十九世紀の労働巡動に深い傷痕をのこした賃金基金説以来の失業の理論を︑読みと
またクローズド・ショップを﹁包含の政策﹂として規定するアルマンの主張は︑そのかぎりではまったく正しい
けれども︑同時にそれが排除の政策であることも︑また事実である︑
働組合が労働市楊を統制する最大の武器であるが︑
その場合アウトサイダーの排除とは︑
ルマ
ンは
︑
その
理由
は︑
アウトサイダーたる個人の排除であるよりはアウトサイダーたる状態の排除
であり︑それ故アウトサイダーたる個人の組織への包含をも意味しているのである︒したがつてこの点では︑パー
いささかも批判されていないということができる︒ 機会の支配がなによりも基本的であるという意味では︑ 視するのにコモンズが﹁賃銀意識的﹂
いいかえればクローズド・ショップとは︑労
それがアウトサイダーを排除しうるからである︒
︒ハ
ール
マン
の主
張は
︑
依然として正しさを失ってはいな
︒ハ
ール
マン
が﹁
職業
六〇
註
( 1 )
Si dn ey n a d Beatrice Web b, T he History o
f T ra de U ni on is m,
1 9 2 0 ,
pp.1113
(2)G•D•
H .
Co le
︑
ASh or t H is to ry of h e t B r it is h W or ki ng
, C
la ss M ov em en t,
1 9 4 8 ,
p .11
(3
)
We bb s, op . c i t . , pp .
1521
• ( 4 )
I b i d . , p .
18
( 5 )
Se li g P er lm an
;
A
Th eo ry of h e t L ab or Move me nt , p
260
.( 6
)
Ll oy d U lm an , T he Ri se of h e t N at io na l Tr ad e Union,
p .
585
( 7
)
I b i d . , p .
585
(8
)
I b i d . , pp .
579581
(9
)
︒ハールマンはつぎのようにいう﹁ギルドまたは労働組合が︑仕事もしくは顧客の引き立てをめぐる競争を排除または抑制
するところの﹁労働規則﹂︵または﹁機会の占有および保有についての規則﹂
I'
われわれはこう呼んでもよい︶として
﹁普通規則﹂を適用するとき︑それは︑雇主または顧客にたいする強固な交渉戦線を創出し︑また同時に︑生計を稼ぐ機 会の万人に公平なる配分を︑もたらす傾向にある︒匝用機会をめぐる競争の抑制は︑組合員間の保障を平等化する傾向に あり︑また同時に︑生活水準を擁護または上昇せしめ︑産業的自由を確立し︑未来の稼得力を保護し︑そして余暇を増大
せしめる﹂と︒
(P er lm an , o p. c i t . , p .
2 4 3 )
( 1 0 )
コモンズ教授は︑その一九一八年の﹁労働史﹂への序文のなかで﹁雇主階級からは分離しているが︑それと協力するという
意味﹂での﹁賃金意識﹂をば︑﹁階級意識﹂と対照的に述ぺている︒
( J .
R. C om mo ns , History
of a L bo r i n t he Un it ed S ta t e s, Vo l. I , p.
1 5 )
これにたいしてパールマンは︑コモンズの賃金意識とほぼ同じものを指すのに︑﹁職業意識的﹂
という表現を用いているのであるが︑それはもっぱら一九二八年の﹁労働運動の理論﹂においてであり︑前述のコモンズ の労慟史のなかのパールマンの担当した章の部分では︑﹁賃金意識﹂という言葉を用いている︒︵たとえば
Co mm on
̀ s
o p . c i t . , V ol .
T I
"
p .
3 5 4 )
なお﹁職業意識﹂は︑一九三五年の﹁合衆国労働史﹂の第四分冊でも強調されており︑﹁した がつて︑アメリカの労働者全体として唯一の容認しうる意識は︑賃金および職業統制の限られた目的をもつ職業意識であ
った﹂とのべられている︒
( Se l Pi g er lm an an d P h il i p T a f t, Hi st or y o f L ab or in t he Un it ed St a t es , V o l . I V,
1 9 3 5 ,
p .
6 2 3 )
セリグ・バールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶
六
6 2 .
オロギーをもたざるをえないのである︒
ところでパールマンによれば︑前述の﹁印刷工の組織の組合主義において︑われわれは︑労働者による真に安定
( 1 )
し成熟した型の集団的行動に直面したのである﹂とされている︒それは︑
展させたのみならず︑
( 2 )
板挟みを克服した﹂のである︒それは︑
﹁さらにより深い意味において︑組合員個人と全体としての集団とに同時に奉仕するという
﹁個人的熱望を⁝⁝満たさんとしているという意味において個人主義的﹂
であり︑また﹁個人のなかに︑かれ自身の利益を優越せる全体の利益に従属させるという寇志を発展させんと切望
( 3 )
しているが故に︑集産主義的﹂である︒その点で組合主義は︑﹁国家の額土の保全が危機に面するや︑市民に最高
( 4 )
の犠牲を要求しうるし︑また要求するところの愛国主義と︑異なるところがない﹂のである
C
全体の利益のために個人の利益を犠牲にすることは︑もちろん崇高なひとつの理想主義であり︑その訟味では︑
組合主義もひとつの理想主義である
C
アメリカのいわゆるビジネス・ユニオニズムも︑綿密に検討してみればその
例外ではない︒︒ハールマンによれば﹁実際︑組合主義は︑
方において︑
式において︑ 理想主義を示しており︑それは︑
( 5 )
そうであるにすぎない﹂のである︒しかもその場合︑
自由としての職場の権利であり︑かかる自由こそが労働者にとつて直接的であり︑また確実に達成しうる唯一のも のなのである︒また逆にいえば︑組合は︑全体のために個人の犠牲を要求するがためには︑それ目身の立派なイデ
そ
の
﹁ビジネス・ユニオニズム﹂ですらも︑目的と方法の双
﹁トム︑ディックおよびハリーの理想主義という徹底的に索朴な様
セリグ・バールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶
﹁仕
事の
規則
﹂
理想主義をうみだす行為の目標となるものは︑
( la w
o
f t h e j o b )
六
を 発
セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶ 註
( 1
)
る獲得に存しているのであると︒ に協力することは︑
なんら不思議ではない︒なぜならそれは︑
六
現在の職業機会の保有の運動にすぎないからであ
﹁労働者の自生的なる哲学﹂
( l a b
o r ' s
^ ' h o m e
, g
r o
w n
"
h p
i l
o s
o p
h y
)
としてつぎのようにい﹁しかし︑﹁ビジネス・ユニオニズム﹂でさえも一応はイデオロギーを所有しているものと仮定すれば︑結局のところ︑ここ
に提出されたる組合主義の概念は︑狭義の識能別組合主義にのみ適合しうるのであって︑労働者の大同団結という︑より広い概
念をもつ組合主義にたいしてではない︑ということにならないだろうか?実際のところ︑一定集団の識業別同一性がより明確と
なり︑それゆえに︑その特定の﹁職業の範囲﹂の境界線がより明白となればなるほど︑組合員を自発的団結に結びつける絆は︑
普通はより強力である︒しかし他方において︑その共通の職業の範囲の︑もしくはある集団がそれ自身のものであると考えると
ころの共通の機会の︑その特定の領域は︑めったに固定されたものではなくて︑その集団自体の数的規模や構成が︑たえず増大
しがちであるのとまったく同じように︑たえず拡大する傾向にあるのである︒蓄稿された技術的変化が︑ある産業における労働
者の若干の格付けの間の区劃を損い︑かくて︑その産業におけるすべての被用者にたいして︑事実上区分されざる﹁職業の範
囲﹂を生みだしたとき︑いまや拡大せる職業の範囲にふくまれる職業機会にたいして︑﹁占有と保有の規則﹂を作製する機能
は︑遅かれ早かれ︑産業別組合によって︑または産業別類型に近似せる合同組合によって︑ひきつがれるであろう﹂
( 6 )
と︒しかし︑労働者の団結には実際上の限界があり︑同情ストライキであれ統一的政治行動であれ︑階級的な統一 行動に訴えるためには︑トム︑ディックおよびハリーのごとき大衆的要求の哲学を︑大きく逸脱してはならないの である︒他方このように仕事の機会の確保に専念する組合主義が︑経費節減と能率増進のため共同運動の形で経営 る︒結局のところ組合主義の真の目的は︑各産業において資本主義と闘うことにではなくて︑職業の支配の完全な
(2
)
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かくして︒ハールマンは︑
64
( 3 )
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( 5 ) I b i d s p .
274
(6
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275276
組合主義についての︒ハールマンの以上の所論からは︑大体において三つの点を抽出することができる︒第一にそ
れは︑個人にたいする集団の優位を強調する点において︑ひとつの理想主義であり︑また愛国主義となんら異らな
い︒第二にそれは︑狭義の職能別組合主義に適応するにすぎない︒もちろんそれは︑技術の変化にともなう職業区
分の変化により︑産業別組合主義へと移行することはあっても︑全労働者階級の大同団結を意味することはない︒
さらに第三にそれは︑職業機会の支配以上の行動に移ることはなく︑
らゆる行動の可能性は︑職業意識を前提としている場合にのみ︑現実に転化しうるにすぎないと︒
このようにみてくると︑︒ハールマンの主張には︑若干の問題点がふくまれているように思われる︒まず第一の点
については︑個人の全体への献身を理想主義と評することは︑もちろん論者の自由であるけれども︑
には程度の差こそあれ個人への統制は必然的であって︑
いする統制の目的は︑職場における諸権利の確立という至って現実的なものであり︑理想というにはあまりにも身
近かすぎる︒したがつて︑かかる組合主義をも理想主義と評することは︑いささか大袈裟にすぎるようである︒この
点を考慮してであろうか︑パールマンは︑ そ
の 四
その意味では反資本主義的ではない︒またあ
ひとつの集団
それは労働組合だけに特有の現象ではない︒また個人にた
理想主義という言葉に﹁トム︑ディックおよびハリーの﹂という限定を セリグ・バールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶
六四
︑ ︒
, V
セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶ 者階級の大同団結と組合主義との結合の可能性は︑ 附しているけれども︑
( 1 )
たけ
れど
も︑
マーク・︒ハールマンのいうように︑
( 2 )
に適当しいのである︒ それは﹁労働哲学﹂
六五
そ
いま述べた印象は免れがたい︒かれの師たるコモンズ教授も﹁理想主義﹂という言葉を用い
第一の点が︑たんに用語の選択上の問題にすぎなかったのにくらべると︑第二の点は︑かなり論理上の難点を妊
んでいる︒トム︑
れの
主張
は︑
ディックおよびハリーの組合主義は狭義の職能別組合主義にのみ適合しうるにすぎないというか
それが職能別組合主義より生じたという事実の裏返しにすぎない︒労働組合の原型が職能別組合であ
り、またそこに支配した哲学がパ—ルマンの組合主義であったということは、ひとつの歴史的事実ではあるが、そ
のことは︑組合主義が蹴能別組合とのみ結びつくことを意味しない︒組合主義とは現実に対処する上でのひとつの
( 3 )
態度であり︑したがつて組織形態とは直接的関係をもたない︒︒ハールマンのいうように﹁一定集団の識業別同一性
がより明確となり︑
それ
ゆえ
に︑
その特定の﹁職業の範囲﹂の境界線がより明白となればなるほど︑組合員を自発
的団結に結びつける絆は︑普通はより強力である﹂ということは事実であるけれども︑また︒ハールマン自身認める
ように︑識業の同一性やその範囲の境界線は︑時代の発展と技術の変化とともに大いに変化するのであり︑したが
つて︑組織形態も産業別組合から︑さらにはより広汎なる大同団結へと発展することもありうる︒もちろん全労働
現実の問題としては非常に乏しいと考えられるけれども︑
れは︑︒ハールマンのいうような両者の非親和性のゆえではなくて︑大同団結の現実的可能性の欠除のゆえにすぎな
ただ組合主義と産業別組織との結合を予測していた点では︑パールマンは鋭い歴史的ヴィジョンをもつていた
( w o r k i n g p h i l o s o p h y )
とよぶ方が︑はるか
66
な主張であるかもしれないが︑マックス・カムペルマン CIO
をこのように呼んだのだが︶
は変化してきており︑ サボス
一九一四年より一九四五年にいたる間の慣習や制度の変化により︑
業統制﹂を目的とする組合は早晩脱皮の要があるというハロルド・ラスキー ず︑かならずしもアメリカの現実はそのように向つていない︒ラスキーの称譜してやまなかったシドニー・ヒルマ
に代表されるアメリカのCIO
も︑その母胎たりし
AFLと基本的な相違をもたないと
( 5 )
一般的な主張のようであったし︑事実両者は一九五五年にはふたたび合同してしまったのである︒もち ろんその間の条件の変化は︑︒ハールマンのいう組合主義にも変化を及ぼしてきている︒実際のところデヴィッド・
(D av id S ap os s) の指摘するように︑ヴォランタリズム
(V ol un ta ri sm )
﹁アメリカ労働運動にとつては︑生存権の獲得こそ︑
( 6 )
主要な問題であったという結論は︑もはや適用されえない﹂ということは︑ある意味では疑えない事実である︒シ
﹁社
会的
組合
主義
﹂
ドニー・レンス
(S id ne y Le ns ) が
︑ に 代 表 さ れ る 組 合 主 義 を
︑
( 7 )
呼び
︑
AFL
のビジネス・ユニオニズムに対照させたのは︑そのためでもある︒したがつて︑たとえ﹁社会的組合
主義﹂が﹁社会主義的﹂ではないとしても︑たとえばフィリッ︒フ・タフトのように︑
( 8 )
合の内容を盛った道ー~無哲学の道をいった」というのは、正しいとはいえないであろう。その点では妥協的 い
うの
が︑
ン
(S id ne y Hi ll ma n)
といつてよい︒
(M ax Ka mp el ma n) たいする主要な刺激は︑労働者にとつては依然としてかれの識業関心
( jo b i nt e r es t ) である︒その関心の定義と範
( 9 )
囲とは変化を経てきたが︑その目的はそうではない﹂のであり︑﹁職業意識的という言葉の意味するところのもの
( 1 0 )
についての労働者の理解が︑変化を経てきたのである﹂といえる︒それゆえに晩年のパールマンは︑
CIOが職能
セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶
のように﹁労働組合の内部の働きに ﹁CIOが︑あらゆる労働組 ( s
o , 1 1 1 1 un io ni sm )
︵サミュエル・ゴム︒ハースは自己の哲学
ウィスコンシン学派のいう﹁職( 4 )
(H ar ol d La sk i)
の批判にもかかわら
六六
と つねにその
ある
︒
セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶ も︑はなはだ根拠に乏しいようである︒﹁論理的に一貫するためには︑
(d yn am ic jo b , c on sc io us ne ss )
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い.つl-― -n
呻未ーc
珀~g呪、していス)にナリギotJい。以上のように︑産業別組合形態にも組合主義が貫徹すると主張するかぎりでは︑
とき︑論理はおのずと飛躍してくるのである︒いわば職業機会の支配をめざすということは︑
六七
先任権や仕事割当などの
jo
ba d
m i n i
s t r a
t i o n
の旧手続を再生産してきたことに
﹁その基本哲学をしめすアメリカの労働︒フログラムが︑急速な外部的変化の時代をつうじて︑いちじるし
( 1 1 )
き不変性を示してきた﹂ことを強調しているのである︒ただ時代の変化にともなう︑労働者の関心の領域の拡大を
セリグ・︒ハールマンの理論の外
観の崩れ落ちることはなかったけれども︑かれが労働組合の反資本主義的性格の否定という第三の点に立ちいたる
その支配のみにとど
まるということとは無関係であり︑したがつてそれは︑資本主義にたいする特定の態度をも意味しないのである︒
まことにギューリックとバースの疑問としているように︑﹁限られたる職業機会にたいして集団的所有制を課し︑
若干の伝統に由来する衡平の原理にしたがつて︑これらの職を処分することは︑制度としての資本主義にたいする
( 1 2 )
心理的愛好または反感について︑なにかを証明または意味するものであるか?﹂と疑われるのである︒経済的機会
の稀少とそれに基づく稀少意識という前提からは︑反資本主義の否定という結論はでてこない︒なおこれと関連し
ていえば︑前にもふれたように︑労働者階級は政治的活動を二次的なものとしか考えないという︒ハールマンの主張
力において︑政治活動を二次的または三次的役割に帰せしめることが︑なんとしても労働者の基本的﹁心理﹂にま
で遡及せしめうることが︑要求される︒だがこの点で︒ハールマンは︑なんら因果的連結環を提供していない﹂ので ば︑かれは﹁動的職業意識﹂ 注
目し
︑
別の幻想的区分を侮りながらも︑
その地位を改善せんとの筋肉労働者の努