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「満洲国親属継承法」 立法過程に おける女性財産相続権の問題

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論 説

「満洲国親属継承法」 立法過程に おける女性財産相続権の問題

譚 娟

は じ め に

満洲国は, 日本の影響のもとで中国東北に 年に建国され, 年に日本の敗戦により崩壊した国家であり, 独立国家の形式 が取られたが, すべての実権が日本の軍人, 官吏, 顧問によって独 占されたため, 日本の植民地と言われることもある。 ただし, 実権 を握っていた日本人統治者は独立国家という擬制を貫くために, 満 洲国が独立国家として備えなければならない最低限の要件を整備し ようとした。 司法制度はその要件の一つである。

満洲国は 年に法令の編纂に着手して, 治外法権撤廃と満鉄附 属地行政権の満洲国への譲渡実施 ( 年 月) の直前に, 刑法, 民法 (親属継承法を除く), 会社法等を公布した。 これらはいずれも 日本法を母法とし, 日本法とほとんど相違ないものであった 。 一 方, 民法に属する親属継承法 は 「民族的色彩が強く, よく慣習を 調査した上で立法しなければならない困難な法律であり, 国民の日 常生活に密接な関係のある重要な法典であるため, 早急に立法し難 く, 後日に残され」 た。 満洲国における親属継承法の作成は 年に始まり, 年 月 日に敗戦を目前にして親属継承法が公布 された。 満洲国史 各論 によれば, この親属継承法は女子の法 律上の地位の問題について, 「慣習に従って男系主義をとりながら も新時代の要求に従い, 女子の法律上の地位もある程度認め, 慣習 と異なる種々の規定を設けた」 。 では, 満洲国で女性の法律上の 地位を認めたこの法律はどのように作り上げられたのか, 満洲国の 統治とどのように関わったのか。 これらの問題は, 満洲国のジェン

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ダー秩序と満洲国統治を理解するための重要な課題である。

末次玲子は満洲国親属継承法を日本民法及び中華民国民法と比較 して親属継承法における女性の地位の向上を肯定しながら, 親属継 承法起草に関わった穂積重遠ら日本人法学者の果たした役割を評価 している 。 しかし, 満洲国史 各論 によれば, 親属継承法の 立法には中国人法学者の関与が多かった。 「満系 の委員幹事は, この立法こそは自分の仕事であるという気持ちをもって非常に熱心 に連日審議し, 従来の立法の中でこれほど慎重を期し, 同時にこれ ほど満系の人々が力を注いだ立法はなかった」 。 ただし, 両研究 は親属継承法の作成過程に関する史料を用いていないため, 日本人 法学者・中国人法学者の果たした役割を実証し得ていない。 また, 両研究には女性の地位に対する当時の議論に関する史料も引かれて いないため, 当時の法学者がどのような認識に基づいて女性の法律 上の地位をある程度認めたのかも不明である。 そこで, 本稿は親属 継承法を作成する委員会の会議記録 親属継承法要綱審議録 など の史料を用いて, 両研究において未だ実証されていない部分を補う ことを目指す。

本稿では特に, 女性の財産相続権の問題に焦点を当てる。 女性の 財産相続権をめぐり, 法学者たちは, 諸民族の多様な慣習をどの程 度取り入れるか, またその慣習が変容しつつある状況をどのように 把握し改革を目指すか, といった課題に直面し, 慣習調査や民間人 の意見聴取を行うと共に, 立法方針について討論を展開した。 満洲 国の崩壊により, 満洲国親属継承法は実際に施行されることはなかっ たものの, その立法過程には, 満洲国統治下のジェンダー秩序の変 容や, そうしたジェンダー秩序に対する満洲国政府の姿勢が反映さ れているといえる。 ジェンダーはある社会の社会構造を作り出す力 であり, 序列化が行われる基盤でもある 。 とすれば, 女性の財産 相続権をめぐる当時の議論を通じて, 満洲国の社会構造と統治理念 の一端を探ってみることもできるだろう。

本稿はまず満洲国における法律制度及び家族制度の慣習を整理し, 多民族国家の満洲国における家族制度の慣習の多様性, 及び法学者

満 洲 国 親 属 継 承 法

立 法 過 程 に お け る 女 性 財 産 相 続 権 の 問 題

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による立法方針を考察する。 また, 満洲国民事法典審議委員会が 年 月に可決した親属継承法要綱を取り上げて, その中の女性 財産相続権に関する規定を慣習と比較しながら検討する。 さらに, 要綱の審議過程を通じて, 要綱の作成に対する満洲国司法官僚の参 与を明らかにする。 最後に民間の立法意見を通して, 立法の社会背 景を考察し, 親属継承法における女性財産相続権の変化と満洲国統 治との関係を探る。

一 満洲国成立後の女性の財産相続権に関する法律制度

満洲国成立直後の 年 月 日に, 満洲国の司法制度について 教令第 号 が公布された。 この教令によると, 従来施行されて いた中華民国の法律が満洲国でも援用されることとなっている。 た だし, 中華民国の法律をそのまま援用するのではなく, 満洲国の国 情に適合するものだけを援用するという方針であった。 満洲国に援 用されていた中華民国民法は, 年施行の総則編, 年施行の 債権編・物権編, 年施行の親属・継承編であった。 なお, 法律 の適用範囲も限られていた。 中華民国民法の親属・継承編が適用さ れたのは日本人以外の満洲国人即ち満, 漢, 回, モンゴル人等に限 られていた。 また制度上においては, 白系ロシア人にも中華民国民 法が適用されていた。 「日本人の身分に関する事柄については, 条 約を以て日本の法令によることになって居」 た。 ここで言う 「日 本人」 は朝鮮人, 台湾人も含めている。 つまり, 在満の日本内地人 には日本の親族相続法と戸籍法が適用され, 朝鮮人には朝鮮の民事 令と戸籍令, 台湾人には台湾の法令が適用されていた。

中華民国民法親属・継承編は女性の財産相続権について次のよう に規定していた。 財産相続について, 第一順位の継承人として直系 血族の卑属を掲げ, 男女の別なく財産継承権を認める。 直系卑属と 同順位で妻の継承権を認める 。 この法律は男女平等主義を原則 とし, 男女に平等な財産相続権を認めた 。 また, この法律は中 国伝統の大家族を維持する家産制度を認めないだけではなく, 伝統 的家族制度において財産相続の前提であった宗 兆相続 をも廃止

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した。

だが, このような民国民法親属・継承編に対して, 満洲国の司法 官僚は不満を抱いていた。 満洲国親属継承法の起草者であった司法 部参事官千種達夫 の後日の記述によると, 「民国の民法親属継承 編は当時国民党の指導原理たる三民主義社会を実現するに際し, 人 民の耳目を新にし, 党の綱領を実現する便利に供するため, 早急に 頒布する必要ありとし, 当時一部の女権拡張論者等の声に動かされ て, 大いに革新的原理に基き立案せられたのであった。 古来支那満 洲は男系中心の強固な家族主義をとっているに拘らず, 家族主義を 棄てて個人主義により男女平等の原則を貫き……法律は実生活と全 く遊離して一般に行われず, 国民は法に対して甚だしく不満に思っ ている。 然も独立国たる満洲国が, 満洲国民に適用する法律を何時 までも外国法に依ることは許され」 ない。 つまり, 日本人司法官 僚から見れば, 中華民国民法親属・継承編は外国の法律であり, 男 女平等の原則下に立案されたもので, 男系中心の家族制度という満 洲国の現実に合わなかった。 また, 中国人司法官僚で, 満洲国親属 継承法のもう一人の起草者であった朱広文は, 民国民法が男女平等 の原則に基づいて宗親 (同一祖先から出た男系血親, 出嫁しない女子と 男系血親の妻も含む) と外親 (母の実家と生じた親属関係) の区別を廃 止したことを批判し, 中国の伝統的な家 (異姓の雑居ではなく, 同姓 の宗親からなる団体) 制度の維持を主張した 。

二 親属継承法の立法方針と女性の財産相続権に 関する満洲国各民族の慣習

親属継承法の立法方針

年 月に治外法権の撤廃を達成した満洲国司法部は, その直 後満洲国の家族制度の慣習調査と親属継承法草案の作成を始めた。

年 月に法律を立案・審議する民事法典審議委員会が設けられ, その第一部 で親属継承法を審議することになった。 当時東京地 方裁判所判事であった千種達夫が 年 月に親属継承法起草のた め, 満洲国司法部参事官として赴任した。 中国人側の起草委員は朱

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広文で, 彼は奉天公立法政専門学校卒業, 満洲国成立後, 最高法院 の推事に任じられ, 年に日本の司法制度を研究するために, 司 法部の派遣で日本に留学したことがある。 建国大学教授村教三によ ると, 「満系の間において満洲親属継承法は満系の慣習を基礎とし て制定したいとの念頭が強いが, 其起草上の責任は主として同氏 (朱広文) の双肩に負わされていると世間では見ている」 。 また, 東京帝国大学教授穂積重遠と東北帝国大学教授中川善之助は立法の 相談役であった 。

千種達夫と朱広文は起草の命を受けてから, 資料の収集, 文献に よる調査, 実地慣習調査等を行っていた。 そして, 年 月に民 事法典審議委員会の第一次小委員会で親属継承法の立法方針が決定 された。 その方針とは 「一, 日本人 (内地, 朝鮮, 台湾人) は日本の 法令によらしめ満・漢・蒙・回教族等に付ママ統一法典を制定すること, ただし慣習を異にするものに付いては, 多少慣習によるべき余地を 残すこと, 白系露人に付いては大部を慣習に委ねること。 二, 各民 族の慣習はよく調査し, 出来るだけこれを尊重し, 東洋の醇風美俗 を保存すると共に, 法律と実生活とが遊離しないよう努めること, ただ弊風と思われる点は改革して文化の促進を計ること。 三, 東亜 の新秩序建設に適合するよう考慮すること。 ……」 というもので あった。

民事法典審議委員会は大東亜新秩序建設のために, 「共通の法律 は長い間には共通の風俗と慣習を作り, 共通の道徳的確信に導くこ とは……各民族を結びつけ, 東亜共栄圏内の結束を堅うする上に力 ある」 と考えて, 日本人以外についての統一法典を作ると決めた。

また, 「多数国民の同情を失い反感を買うに至るならば満洲国の政 治上好ましくない結果を生ずる」 ことを恐れて, 慣習を尊重する 親属継承法を作ると決めた。 そして, 民事法典審議委員会から見れ ば, 当時のモンゴル人と回教人 の家族制度の慣習は満漢人と異 ならないため, 東洋道義に基づく同一法典を作ることが可能であっ た。 この 「東洋道義」 とは 「家を重んじ, 祖先を尊び, 男系主義を とる」 ということであった。 これはまさに当時の満漢人の家族制

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度の根本であった。 つまり, 民事法典審議委員会によるこの立法方 針は主に満漢人の家族制度の慣習を尊重して立法しようとするもの であった。 さらに, 民事法典審議委員会は文化の向上を図るため, 慣習を尊重しながらも, 「国民を離反せしめないようにしつつ多少 の改革を加え」 ようとしていた。 そして, 女性の財産継承権は, 慣習重視と改革とのバランスをいかに取るかという問題の一つの焦 点となった。

次に, 女性の財産相続権に関する満洲国各民族の慣習を確認する 上で, 民事法典審議委員会によるこの立法方針の性質を見ていきた い。

民事法典審議委員会による認識と女性の財産相続権に 関する満洲国各民族の慣習との相違 まず, 漢人の慣習について, 司法部は 年 月 日〜 日にハ ルビンで調査を行った。 漢人の家庭では家族が家産のほか, 各自の 特有財産 (個人財産) を所有することができる。 妻は亡夫の財産を 相続する権利がなく, 息子がいる場合, 息子はその財産を相続する。

息子がいない場合は, 必ず夫のために立嗣して, 宗 兆相続を行わせ る。 そして, 宗 兆相続人として嗣子は遺産を相続する。 実の息子・

嗣子その他の継承人が全くいない場合, 娘ははじめて遺産を相続で きる 。

つまり, 漢人家庭では宗 兆相続と財産相続との両方が行われてい た。 宗 兆を相続する人であってはじめて, 遺産を相続できる。 宗 兆 相続人は男子に限り, 娘は宗 兆相続人になれず, 財産相続権も持て なかった。 実の息子・嗣子その他の継承人が全くいない場合に, 娘 は遺産を相続できるが, 立嗣制度が存在し, 父母・祖父母も継承人 になれるため, 娘が遺産を相続することは極めて少なかった。 一方 で, 大家族制度の弛緩に伴って, 大家族制度を支える家産のほか, 家族個人所有の特有財産が多く存在していた。

満洲旗人の慣習は 年 月 日〜 日濱江省双城県で, 調査さ れた。 調査記録 によると, 満洲旗人の慣習は漢人のそれと殆ど

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同じであった。

モンゴル人の慣習については, 年 月 日〜 日興安北省ハ イラル市及び 年 月 日〜 月 日興安南省王爺廟街で調査が 行われた。 モンゴル人の家庭では, 家族の収入は家産となる。 家族 は各自の特有財産を所有することができない。 妻は実家から家畜を 多く持って来ることはあるが, 家産として取り扱われる。 宗 兆相続 は行われていないが, 直系血統を継続するために立嗣することがあ る。 夫死亡時, 息子がいる場合, 妻に相続権はない。 息子がいない 場合, 妻は夫の遺産を相続することができる。 ただし, 相続した財 産を持って再嫁することはできない。 娘には相続権を認めず, 出嫁 費を渡す。 娘一人しかいない場合でも娘を出嫁させて, 嗣子あれば 嗣子, なければ同姓の親族に財産を相続させる 。

回教人の慣習については, 年 月 日〜 月 日新京特別市 清真寺での調査によると, 家族は各自の特有財産を所有することが できる。 回族にはもともと立嗣の慣習がなかったが, 満漢人の影響 により, 宗 兆相続のため立嗣することがある。 娘は宗 兆相続権がな いが, 家産相続権がある 。 また, 娘には特有財産の相続権もあ る。 即ち, 妻の特有財産の継承人の第一順位は夫であるが, 第二順 位としては息子と共に娘も相続する 。

上で述べたように, 満漢人と回, 蒙人との家族制度の慣習は必ず しも同じではなかった。 満漢人と違って, モンゴル人・回教人の家 庭では宗 兆相続の慣習がもともとなかった。 つまり, 満漢人が女性 の財産相続権を認めなかったのに対して, モンゴル人の家庭では妻 の相続権を, 回教人の家庭では娘の相続権をある程度認めた。 また, モンゴル人と回教人の間にも相異があった。 回教人は満漢人のよう に近代化に伴って家族の特有財産を認めたが, モンゴル人は依然と して厳しい家産制度を維持していた。 「満漢, 蒙古及び回教人は親 族相続上の慣習は同一である」 という民事法典審議委員会の認識は, 満洲国家族制度の現実と相違していた。 そして, 諸民族の慣習を上 述した立法方針と対照してみると, 民事法典審議委員会による立法 方針は, 満漢人の慣習を重視し他民族の慣習を重視していなかった

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ことが分かる。 このような立法方針に対し, 当時反対意見を出す日 本人法学者もいた。 村教三はモンゴル人に特別な家族法を立法する ことにつき, 「千種氏が……満漢人と蒙古人とは慣習が大体似てお り, 之を一に立法するも大なる支障がないとの確信を得たと述べて いる点はどうかと思う。 ……慣習上の相似形と立法上の合一とは其 間に飛躍があるのでないか。 政治的感情の強い内外蒙古人の為には 漢人の身分法から区別された蒙古家族法を立法した方がよいのであ るまいか」 と指摘していた。 結局, このような指摘に基づいた修 正は見られず, 満漢人の家族制度の慣習に偏った立法方針に従って 立法が進められていった。

三 満洲国親属継承法の作成過程及びその要綱の内容

満洲国親属継承法の立法過程

年 月から 月まで計 回に亘り, 民事法典審議委員会の第 一次起草委員会が開かれた。 起草委員会で千種達夫の起草した大綱 試案が審議されて, 要綱第一次案になった。 中国人の委員 名と, 慣習調査に参加して慣習を熟知している少数の日本人の委員が会議 に参加した。 年 月 日〜 日の第二次起草委員会で要綱第二 次案が作成された。 この要綱第二次案は 年 月 日の第二次小 委員会に提出され, わずかな部分が変更された以外, ほとんどその まま採用された。 年 月に満・漢・蒙人について慣習調査をす ると共に, この要綱第二案を実施した場合の支障の有無を確かめた。

月には穂積・中川両教授に第二案を説明し, 検討を依頼した。

年 月に第三次起草委員会及び第三次小委員会を開いて穂積・

中川両教授の疑問と意見について審議を行い, 要綱の最終案を作成 した 。 そして, 年 月 日に第二次大委員会でこの最終案 が可決され, 親属継承法要綱として成立した。 その後, 年半の時 間をかけて, 年 月 日に成文の満洲国親属継承法が公布され た 。

満洲国親属継承法の作成において, 要綱の成立が重要であったこ とが, 作成過程から窺えるだろう。 次に, 要綱の女性の財産相続権

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に対する規定を見ていこう。

親属継承法要綱における女性の財産相続権

要綱は依然として男系中心主義の家族制度を原則とした。 その結 果, 要綱は男系中心主義の家族制度を維持していくために最も重要 な家産制度を, 慣習のままに法制化させた。 一方で慣習に対する改 革もあった。 例えば, 家族がその収入等を特有財産として所有する ことを承認した。 また, 夫婦分別財産制を取り, 妻の特有財産 (持 参財産, 自力で稼いだ財産等) については夫の管理・使用・収益権を 認めないことにした。 次に, 女性の財産相続権について見てみよう。

家産相続人の範囲及び順位は①息子, ②未出嫁の娘, ③妻, ④父,

⑤母, ⑥祖父, ⑦祖母, ⑧出嫁した娘と入夫 となって出た者に して嗣子とならない息子, ⑨兄弟, ⑩未出嫁の姉妹, ⑪その家にい る他の家産所有者, である。 娘の家産相続権については, 息子がい る場合, 娘に相続権を認めず, その代わり相続財産中より相当額を 譲与する。 息子がいない場合, 第二順位者として未出嫁の娘に相続 権を認める。 ただし, 娘は家産を持って出嫁することはできない。

また, 出嫁した娘の家産継承権については, 第七順位までの相続人 がいない時に限り, その相続権を認める, とした。

妻の家産相続権については, 前述した第一・二順位の直系卑属が いる場合は, 慣習と同様に, 妻の相続権を認めず必要相当額の養贍 費 (老後の生活費) を与える。 第一・二順位の継承者がいない場合 は, 第三順位者として妻に相続権を認める, とした。

特有財産の相続については, 家や宗 兆の問題とは直接の関係がな いため, 専ら情誼に基づいて定めることにした。 特有財産相続人の 範囲及び順位は①子女, 嗣子, 養子女及び配偶者, ②父母, ③兄弟 姉妹, ④祖父母, ⑤その家にいる家産所有者, である 。

この要綱は男系中心主義を原則としたが, 慣習上の男系中心主義 の家族制度に対して改革をも施した。 要綱は財産相続を宗 兆相続か ら分離させて, 女性に宗 兆相続権を認めなかったが, 財産相続権を ある程度認めた。 つまり, 息子がいない場合, 嗣子を立てず, 娘に

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家産を相続させることができるようになった。 そこで, 未出嫁の娘 と妻の相続順位がそれぞれ第二, 三位に上がった。 さらに, 家産と は別に, 家族の特有財産を制度化し, 特有財産に対する男女平等の 相続権を認めた。 当時, 特有財産に対する承認は, 家族制度がその 価値と権威を喪失している現れであると言われた 。

では, 親属継承法要綱は慣習上の男系中心主義の家族制度に改革 を施したにもかかわらず, どうして男女平等主義を貫徹できず, 女 性に男性と同じような財産相続権を認めなかったのか。 女性の財産 相続権をある程度認めたこの要綱は, どのように作り上げられたの か。 次章では, 要綱の審議過程を通じて, 日本人法学者と中国人法 学者がそれぞれ要綱の作成にどのように参与したのかを明らかにす る。

四 女性の財産相続権に対する満洲国司法官僚の認識

小委員会で議論された女性の財産相続権

親属継承法の立案に入る前, 立法上の問題及び慣習調査の方法を 検討するため, 年 月に第一次小委員会が開かれた。 第一次小 委員会の出席者は 人で, 表 の通りである。 中国人参加者は 名, 日本人参加者は 名, 司法部事務官林鳳麟は台湾人であった。 この 会議で女性の地位・財産相続権が討論された。

まず, 男女の不平等問題について, 井野英一委員長代理 と菅 原達郎は男女平等にした方がよいと主張した。 それに対して, 朱広 文は男女平等にすることが理想であるが, 女子にそれだけの能力が あるかどうかということを理由とし, 男系中心主義を主張した。 千 種達夫は女性の財産相続について, 「慣習は男子であって初めて財 産を相続することができ, 女子には相続権がありません。 ……満洲 の慣習は極端に男尊女卑であります。 故に援用親族相続法の如く, 総てに亘り男女の平等を認めたのでは, 実際と余にかけ離れる恐れ があります。 ……これをどの程度で調和するか」 という問題を提 起した。 ただし, 討論はこの問題提起に沿わず, 女性に財産相続権 を認めるかどうかという問題をめぐって, 朱広文と菅原達郎の間で

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激しく展開された。

朱広文は 「宗 兆相続は同 宗の男子を以て充てること になっております。 それは 家を永久に維持していくと いう考え方から来たもので あり, 財産も同宗の男子が 相続することになっており まして, 女子には財産相続 を認めておりません。」 「家 は男系を中心として独立し たものでありますから, 男 子が継承するのが理想と思 います。」 と述べて, 男

系中心主義の家を維持する立場から女性の財産相続権を認めるべき でないと主張した。

朱の主張に対し, 菅原達郎は 「女子の相続権を認めないという考 え方は昔の誤った考え方でありまして, 此際清算した方が宜くはな いでしょうか。 ……女子が宗 兆相続をしてはいけないとは考えられ ません。」 「五族を前提として已むを得ない慣習のみを取入れたい……

満, 漢人は今までの女子相続権を認めぬという観念を捨てることは できませんか」 と, 満漢人の宗 兆相続の慣習を批判して女性の財 産相続権を主張した。

このような対立意見に対して, 井野委員長代理は折衷案を再び提 出したが, 結局女性の財産相続権については明確な答えを出さずに 小委員会は終了した。 女性の財産相続権を否定したのは朱広文ただ 一人であるのに対して, 肯定する委員が 名いた。 童沂, 鄒宗 孟 は男女平等の相続を認めた方が宜しい, 陳士杰は未出嫁の女 子には男の半分を与え, 結婚した女子に対しては男の十分の一位で よいとそれぞれ意見を出した。 菅原・井野以外の日本人はほとんど 意見を出さなかった。 千種によれば, 彼ら日本人法学者は満洲国の

表 第一次小委員会の出席者

委員長代理 最高法院次長井野英一 起草委員 司法部参事官千種達夫・朱広文

委員

新京高等法院長陳士杰 新京高等法院次長柴田健太郎 司法部民事司長菅原達郎 最高法院審判官万歳規矩楼 司法部参事官新関勝芳

幹事

司法部民事司第一科長西尾極 司法部参事官小木貞一 司法部民事司第二科長渡辺泰敏 法制処参事官米田正弌 司法部民事司第三科長鄒宗孟 最高法院審判官童沂 司法部事務官林鳳麟

出典: 親属継承法要綱審議録 頁より, 作成。

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慣習をよく知らないため, 議論に参加できなかったという 。 そ こで, 中国人法学者の意見を徴し, 着実な議論を行うために, 小委 員会の準備委員会を開くことが提案された。 その準備委員会は次に 紹介する起草委員会である。

親属継承法起草委員会で議論された女性の財産相続権 第一次起草委員会は 年 月から 月にかけて開かれ, 参加者 は表 の通りで, 中国人 名, 日本人 名と台湾人の林鳳麟であっ た。 中国人参加者は多くなった。 比較的少数の日本人参加者は慣習 調査に参加し, 満洲国の慣習をよく知っている人たちであった。 そ して, 着実な議論が行われて, 親属継承法立案に関する多くの内容 がこの起草委員会で討論・決定された。

まず, 息子がいる場合の娘の家産相続権について, 激しい論争が あった。 中国人法学者の間には女性の家産相続権を認める考え (王 夢齢, 許雲閣, 鄒宗孟) と認めない考え (朱広文, 童沂, 程義明, 衛成 志) の つがあった。 王夢齢は 「継承権は男女平等とすべきだ……

女子は国民の半分を占めているの でありまして, 生まれつき女子は 男子に劣るのでありません」 と, 女性を国民と見なし, 男性と平等 に女性の地位を認めるという立場 から女性の家産相続権を主張した。

童沂は 「我国の宗 兆継承は女子に 関係がなく, 財産は宗 兆継承の一 効果に過ぎぬ……女子に継承権を 認めることは家族制度を乱してく る危険性があります」 と, 男系 中心の宗 兆継承を重視して, 女性 の家産相続権を否定した。

ここで注意すべきことは童沂の 主張における変化である。 小委員

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表 第一次起草委員会の出席者 司法部民事司長 万歳規矩楼 司法部参事官 朱広文

同上 千種達夫

同上 嘉村満雄

司法部行刑司長 王夢齢 新京高等法院長 陳士杰 新京高等検察庁長 程義明 司法部民事司第三科長 鄒宗孟 司法部資料科長 衛成志 司法部刑事司法務科長 童沂 新京区法院監督審判官 小石寿夫 司法部事務官 林鳳麟

同上 許雲閣

同上 呉多森

満鉄社員 戸矢雅弥

出典: 親属継承法要綱審議録 頁より, 作成。

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会で男女平等の相続を主張した童は, 起草委員会で女性の家産相続 権を否定するようになった。 変化の原因は不明であるが, 日本人法 学者はすべて女性の財産相続権を肯定したのに対して, 中国人法学 者の一部はそれを否定したことを考えれば, 起草委員会の参加者に 中国人法学者が多く, そして議論も主に中国人法学者の間で展開さ れたことと関係しているだろう。 また, 中国人法学者は多く発言し たのに対して, 日本人法学者はあまり発言しなかった。 ただし, 発 言した日本人法学者戸矢雅弥は世界情勢に基づいて, 「世界各国何 れも男女の性により差別を置かないのは, 民法上のことだけではな く, 一般法の原則で, 人道上最も正しいことであります」 と, 女 性の家産相続権を肯定した。 小石寿夫は訴訟に女性の敗訴が多いと いうことから, 女性の立場を主張した。 結局, 男系中心の宗 兆継承 を維持し, 女性に家産相続権を認めないという満漢人の家族制度の 慣習を重視する朱広文・童沂等の主張が要綱に採用された。

次に, 息子がいない場合の娘の家産相続権について, 朱広文は娘 が実子で, 嗣子が他人の子であることから出発して, 自己の子たる 娘を可愛がるのが人情の自然だと考え, 家産の相続権を認めるべき だと主張した。 他の中国人法学者も朱広文の提案に賛成した。 しか し, この問題について発言した唯一の日本人法学者小石寿夫は朱の 発言における矛盾を指摘した。 小石によれば, 男系中心主義の家族 制度を徹底的に貫こうとすれば, 実の息子がいる場合だけではなく, 嗣子の場合も女子に相続権を認めないことが妥当である 。 結局, やはり朱広文の意見が要綱案に取り入れられ, 小石の指摘は採用さ れなかった。 そして, 息子がいない場合の娘の相続分についても, 朱広文の意見 が採用された。

さらに, 女性の特有財産相続権も議論された。 まず, 都市生活者 の多さ, 個人主義思想の浸透という社会情勢に基づいて, 家産のほ か, 家族の特有財産権が承認された 。 家産と区別された特有財 産は家族制度の維持と関係がないため, 千種は 「特有財産に付いて は男女平等の継承を認めるとしては如何ですか」 と提案した。 こ の提案に対して, 朱広文はやはり家の維持という立場から反対した。

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千種は朱の意見に反対し, 「そうすると女子の継承財産はほとんど なくなります。 男子中心主義の家族制度を維持するとは申しまして もそこまですれば女子に酷である」 と主張し, 女性の特有財産相 続権を肯定した。 結局, 千種の意見が採用されて, 特有財産におい て男女平等の相続権が認められた。

以上, 小委員会と起草委員会を通じて親属継承法要綱の審議過程 を見てきた。 総じて言えば, 日本人法学者は満洲国の家族制度の慣 習を改革して, 男女に平等な財産相続権を認めようと主張した。 起 草委員会に参加した日本人法学者のほとんどは慣習調査に参加して, 満洲国の慣習をよく知っている人々である。 慣習を知った上で, 彼 らは男女平等の理論から出発して, 女性の家産相続権を認め, 満洲 国の慣習を改めようと主張した。 これはまさに立法方針の第二条で 述べられたことである。 つまり, 彼らから見れば, 男女を差別視す る満洲国の慣習は弊風であった。 これに対して, 中国人法学者の立 法意見は一枚岩ではなかった。 日本人法学者のように, 慣習を改革 して男女平等の継承権を認めようと主張する中国人法学者もいる一 方で, 男系中心主義の家族制度の維持を主張し, 女性の家産相続権 を否定した朱広文のような中国人法学者もいた。 結果として, 親属 継承法要綱は家産相続において男系中心主義の家族制度を主張する 一部の中国人法学者の意見を, 特有財産の相続において男女平等の 相続権を主張する日本人法学者ともう一部の中国人法学者の意見を 採用した。 つまり, 審議過程における法学者の間の対立は要綱にお いて折衷的内容として現れ, 女性の財産相続権をある程度認めるこ ととなった。 なお, 立法顧問である穂積・中川教授は要綱における 女性の財産相続権に対して異議を出さなかった。 上述した女性の財 産相続権に関する内容が最終的に親属継承法として条文化された。

また, 息子がいる場合の娘の家産相続権は認められなかったが, 息子がいない場合に出嫁しない娘の相続権が認められたことについ ては, その承認理由は立嗣制度の変化にあったと考えられる。 千種 の記録によると, 「旧律では嗣子は専ら祖先の為の嗣子であるから, 祖先と血族関係ある者でなければならなかったが, 現在では宗 兆継

満 洲 国 親 属 継 承 法

立 法 過 程 に お け る 女 性 財 産 相 続 権 の 問 題

譚 娟

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承の制度は廃すべしとの意見も相当あり, 嗣子の制度も単に祖先の 為のみではなく親の為の嗣子という意味も含めて考えねばならなく なって来た」 , その結果, 「異姓の者を嗣子とすることができる」

という新しい内容が親属継承法要綱に取り入れられた。 婿あるいは 娘が生んだ子は嗣子となることができ, 家産も相続できる。 これを 拡大解釈すれば, 娘が家産を相続することと大体同じである。 つま り, 息子がいない場合に出嫁しない娘の家産相続権を認めるなら, 家族制度を維持できるだけではなく, 女性の相続権を認める意味も ある。 この部分も折衷的内容の一つである。

では, 満洲国で生活していた人たちは自分の実生活と直接関わる この親属継承法の作成に対して, どのような立法意見を持っていた のか。 そして, 彼らあるいは彼女らの意見はどのように法律に反映 されていたのか。 次に, 慣習調査の記録 (慣習調査の対象は殆ど男性 である) と婦人座談会を通じて, 民間の立法意見を見て行こう。

五 民間の立法意見

慣習調査における立法意見

ハルビンの漢人の立法意見によれば, 女性に財産相続権を認めた 方がよいとされる。 「父母としては女子も自分の娘に違いないから, 遺産を遣りたい気持ちはあるから認めた方が良い」 というのが理 由である。 間島省延吉地方の漢人も同じ意見で, 女性の財産相続権 を主張した 。 モンゴル人の意見は様々であったが, 女性に相続 権を認めた方が良いという意見は多かった。 その理由は 「親等にお いて娘は嗣子より自分に近いから, 娘に相続権を認めないのは人情 に反する」 というもので, これはまた漢人と同様であった。 回教 人は上述した理由のほか, コーランの規定通りに女性の相続分を決 めると主張した 。 慣習調査で, 女性に相続権を認めないという 立法意見を多く表していたのは満洲旗人である。 認めない理由とし て, 満洲旗人は 「継承の目的は宗 兆の継承を主とし, 遺産の継承は それにつぐ。 宗 兆を継承する目的は, 永く血統を伝え, 祖先の祭祀 を絶やさないためである。 財産を継承する目的は, 祖先の遺産を帰

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するところあらしめ, かつ家庭を継続するためである。 故に嗣子の ない者は立嗣して宗 兆を永続させるようにし, それに遺産を継承さ せるべきである。 宗 兆を連続させ, 血統を伝えるのは, 慣習上男子 に限られ, 女子は結局出嫁して異姓の人となる。 ……この権利を享 受し得ない」 と, やはり宗 兆継承を挙げた。

上述した慣習調査の立法意見をまとめると, 女性に財産相続権を 認めるという意見が多く, 認めないという意見が少ないのが分かる。

そして, 意見の分岐点は宗 兆相続と財産相続との関係に対する認識 にある。 認めないという意見を持っていた満洲旗人は宗 兆相続を重 視し, 財産相続を宗 兆相続に附属させていた。 これに対して, 認め るという意見を持っていた者は, 財産相続を宗 兆相続から分離させ て, 祖先の祭祀より, 家族制度における親等の遠近を重要視した。

これらの立法意見を親属継承法要綱と対照してみれば, 民間の意見 が立法に反映されたと言えるだろう。 要綱は男系中心主義の家族制 度を採ったため, 宗 兆相続を廃止できなかった。 だが, 要綱は慣習 のように徹頭徹尾男系中心主義の家族制度を貫徹していたわけでは なかった。 要綱は財産相続を宗 兆相続から分離させて, 女性に宗 兆 相続権を認めなかったが, 財産相続権をある程度認めた。

婦人座談会における女性の立法意見

親属継承法は女性とも深く関わる法律である。 司法部は 「親属継 承法は女子にとって最も利害関係の深い法律であるに拘らず, 以上 の慣習の調査や立法上の意見は全部男によるもので, これでは全国 民の半数を占める女子の意見が立法に反映せず, 手落

マ マ

になる恐れが あります」 と考え, 二回の婦人座談会を開いて女性の立法意見を 聴取した。 第 回は 年 月 日に開かれた 「親族相続の立法に 関する満系婦人座談会」 である。 女性参加者は表 の通りで, 代 後半以上の中年女性が多かった。

女性参加者はまず娘の財産相続権について立法意見を出した。

人が娘の財産相続権を肯定したのに対して, 人(孫静軒と呉佩蘭) は反対意見を持っていた。 景新夫人は 「女の子と男の子一人宛ずつあっ

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た時遺言によって女の子に少しの相続権を認めた方がよい。 例えば 百の財産があるとして男の子に五十, 女の子に三十, 残りの二十は 母の養老費とし, ……」 と, 男女平等の財産相続権ではなく, 男 女に差をつけて相続権を認めるべきだと主張した。 これに対して, 呉佩蘭は 「女は結婚すると実家を離れて他家の者になってしまうの ですから, 継承権を認めることはよろしくない。 認めると実家の財 産を持ち出すことになります。」 と, 家産の流出を恐れて, 女性 の相続権を否定した。

次に, 妻の財産相続権について全員が 「認める」 との意見を出し た。 孫静軒は子がいない場合の妻の財産相続権を肯定したが, 景 新夫人は 「子の有無に拘らず子と平等に分配せられなければなりま せん。 子が不孝者で残された妻に財産がないならば子の虐待を受け ねばならず, 妻は生活できないことになります。」 と, 妻の財産 相続権に制限を加えるべきでないと主張した。

第 回座談会に参加した女性達は政府要員の夫人あるいは商人の 夫人であり, 彼女らの意見は一般性に欠けるとも言えるが, 結果か ら言えば, 娘・妻の財産相続権を肯定する女性が多かった。 ただし, 彼女らは男女平等の相続権を要求してはいなかった。

第 回目は 年 月 日に開催された 「満系青年婦人の親族相 続座談会」 である。 この回の女性参加者は表 の通りで, , 代 の若い女性が多かった。 そして, 女性たちには 「親族相続に対し各 方面から忌憚なく意見を披瀝」 することが望まれた。 まず, 夫 権 について, 女性全員は孫恵 の意見に賛成して, 夫権を強く 否定した。 孫恵 によれば, 「男女は皆平等であるべきで若し男子 に夫権がありますならば女子にも亦妻権がなければならないことに

表 第 回婦人座談会の出席者

氏名 宋夫人 王夫人 孫静軒 呉佩蘭 景新夫人 陶景新夫人 王李雪亭 職業

協和会首都 本部参事夫

司法部行刑 司長夫人

道徳総会徳 育部長

道徳総会講 習班主任

協和会分会 長春区長夫

商家 商家

年齢

出典:「親族相続の立法に関する満系婦人座談会」 頁より, 作成。

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なります。」 という。 続いて, 彼女らは全員娘の財産相続権を肯 定した。 更に, 孫恵 , 楊隠君は妻の財産相続権に対しても, 全面 的に肯定した。 楊隠君によれば, 「夫の財産は即ち妻の財産であり ます。 夫が死亡したら管理人が一人減っただけであるから, 妻は当 然遺産の所有者であります。」 という。 この回の女性参加者はす べて有職女性であり, 経済面において独立していた可能性が大きい。

従って彼女らは, 家庭に入った中年女性に比べてより強く女性の権 利を肯定しようとしていたと思われる。 また, その発言から見て, 彼女らは学校あるいは職場で男女平等の思想にも影響されたのでは ないかと考えられる。 彼女らの職業には一定の専門的知識が必要で, これらの女性は少なくとも中等教育を受けた満洲国のエリート女性 であった。

以上, 女性の立法意見を見てきた。 彼女らの多くは前述の男性よ り更に積極的に女性の財産相続権を主張した。 即ち, 彼女らは男子 の有無に拘らず, 男女平等の思想に基づいて女性の財産相続権を認 めるべきだと主張した。 民国民法における男女平等の財産相続権を 否定する満洲国の親属継承法要綱は, 女性が望んだことをすべて取 り入れたわけではなかった。 とはいえ, 一種の立法意見・社会情勢 として, 女性達の主張は立法の参考資料になったに違いない。 千種 は第 回座談会の女性の意見について, 「各位の新しい意見は, 貴 重な資料であって, この点, 朱参事官も定めし御同感であると信じ ます。 ……吾々は過去を参考とし, 更に之に新なる思想を盛り, 合 理的にして進歩的な法律を制定せんと企図しています。」 と述べ ていた。

以上, 総じて見ると, 女性の財産相続権をある程度肯定すること

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表 第 回婦人座談会の出席者

氏名 王秀英 傅喜珍 孫恵 尚璧清 楊隠君 張雲影 金薇 常向日 職業

女子高等 師道学校 教授

民生部編 審官佐

大同報社 記者

国務院官 房事務員

新京女子 国民高等 学校教諭

法律事務 所事務員

新京交通 会社観光 係員

百楽蓄音 機会社歌

年齢

出典:「満系青年婦人の親族相続座談会」 頁より, 作成

(19)

は満洲国で一定の社会認識になっていたことが窺えるだろう。 男性 達は宗 兆相続より親等の遠近を重視し, 女性の財産相続権を肯定し た。 女性達は男女平等の思想に基づいて女性の財産相続権を肯定し た。 このような社会認識が法律制定の参考資料としての役割を果た したと考えられる。 千種は審議過程で常に民間の意見を取り上げた。

例えば, 第一次起草委員会で女子の家産相続権について議論した時, 女性の見解が必要であるという王夢齢の発言に対して, 千種はすぐ に婦人座談会における女性達の意見を取り上げて, 「二回に亘り婦 人の座談会を開いて女子の意見を聞きましたが, 女子に継承権を与 えよという主張も大分ありました」 と主張した。

お わ り に

満洲国では日本人法学者が従来多くの立法作業に当たった 。 そして, これらの日本人法学者が法律制定において果たした役割も 多くの研究 によって評価されている。 しかし, 従来の立法と異 なり, 親属継承法の立法には中国人法学者の関与が少なくなかった。

満洲国親属継承法の作成に日本人法学者も中国人法学者も参与した。

これは法律の審議過程に現れていた。 菅原達郎をはじめとする日本 人法学者と一部の中国人法学者は, 男女平等の思想に基づいて男女 平等の財産相続権を認める法律を作ろうとしていた。 しかし, 朱広 文をはじめとする別の中国人法学者は満漢人の慣習上の男系中心主 義の家族制度を維持しようとして, 女性の財産相続権を否定した。

結局, 朱広文らの意見が法律に取り入れられて, 男系中心主義の家 族制度が法律化された。 だが, 慣習上の家族制度がそのまま法律化 されたわけではなく, 日本人法学者と一部の中国人法学者の意見も 考慮に入れられて, 慣習上の家族制度に対する改革が施された。 そ の結果, 最終的に出来上がった親属継承法は男系主義の宗 兆相続を 維持したが, 財産相続を宗 兆相続から分離させ, 息子がいない場合 の娘と妻の財産相続権と特有財産に対する女性の相続権を認めた。

つまり, 満洲国親属継承法における家族制度は徹頭徹尾男系中心主 義というわけではなかった。

(20)

また, このような立法の社会背景についてみると, 民間の立法意 見には女性の財産相続権を肯定するものが多かった。 男性達は宗 兆 より親等を重視し, 娘の財産相続権を肯定した。 女性達は男女平等 の思想に基づいて女性の財産相続権を肯定した。 これらの立法意見 が立法の参考資料として果たした役割を看過することはできない。

なぜなら民意を立法に反映させることは司法部慣習調査の目的の一 つであったからである 。

さらに, 上記の立法意見が出てきた社会状況について考えれば, 植民地的近代化に伴う都市生活者の増加及び個人主義思想の浸透に より, 大家族制度を維持する家産のほか, 家族員の特有財産が多く 存在するようになっていた。 これは男系中心主義の大家族制度の動 揺の表れで, 既存のジェンダー秩序の変動の契機でもあると思う。

つまり, 男系中心主義の大家族制度の動揺に伴って, 家族制度にお ける女性の地位の上昇が可能になったのではないか。 それがまさに 女性の財産相続権を肯定する立法意見となって現れたのである。 従っ て, 満洲国親属継承法における女性の財産相続権の変化は現実社会 における家族の状況の変化を反映するものでもあった。 そして, 満 洲国における家族の状況のこの変化は満洲国統治下の植民地的近代 化の産物であったと言えよう。 本稿では家族の状況の変化と植民地 的近代化との繋がりを指摘するにとどめざるを得ないが, 両者間の 具体的な関係に対する考察は別稿に譲りたい。

山室信一 「「満洲国」 の法と政治 序説」 ( 人文学報 号, 年) 参照。

副島昭一 「 満洲国 統治と治外法権撤廃」 山本有造編 「満洲国」 の 研究 京都大学人文科学研究所, 年, 頁。

日本語における親族は男系の血族だけではなく, 配偶者及び姻族をも 含んでいるが, 中国語における親族は男系血統の連繋による同宗親だけ を指している言葉である。 日本語における親族に相当する中国語は親属 と言う。 それで, 満洲国民法第四編が親属継承法と命名された。 ただし,

満 洲 国 親 属 継 承 法

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本稿では史料用語と固有名詞以外, 日本語の親族を使用する。

朱広文・千種達夫・林鳳麟 「親属継承法の立法方針について」 法曹雑 誌 巻 号, 年 月, 頁。

満洲国史編纂刊行会編 満洲国史 各論 満蒙同胞援護会, 年, 頁。

末次玲子 「「王道楽土」 のジェンダー構想」 早川紀代等編 東アジアの 国民国家形成とジェンダー 女性像をめぐって 青木書店, 年,

頁。

満洲国成立後, 満洲国で生活していた漢・満・蒙・回族の人は中国人 ではなく, 満系と呼ばれるようになった。

前掲 満洲国史 各論 , 頁。 最近の研究 (呉旅燕・張闖・王坤 偽満洲国法制研究 中国政法大学出版社, 年) でもこの主張が援用 されている。

三成美保・姫岡とし子・小浜正子編 ジェンダーから見た世界史 歴史を読み替える 大月書店, 年, 頁。

「従前施行せる法令は建国の主旨国情及法令に抵触せざる条項に限り 一律に之を援用す, ……」 (「満洲国重要法令紹介」 法曹雑誌 巻 号, 年 月, 頁)。 なお, 戦前の刊行物の引用に際しては, 旧仮名遣 いを現代仮名遣いに, 旧漢字を常用漢字に変更し, また, 一部の漢字を ひらがなにしたところがある。 以下, 同様。

千種達夫 「身分関係と民籍法」 法曹雑誌 巻 号, 年 月, 頁。

国民政府 中華民国民法親属継承 会文堂新記書局, 年, 〜 頁。

女性の財産相続権を認めた民国民法親属・継承編は多くの研究 (例え ば何黎萍 「中国婦女争取財産権和継承権的闘争歴程」 北京社会科学

年第 期; 全紅 「論民国時期女子的財産継承権」 社会学輯刊 年第 期) 等によって高く評価されている。 ただし, 国共両党の政 治闘争の中で作成されたこの法律は, 女性の権利を保障することにおい て限界もあった。 詳しくは 中国女性の一〇〇年 史料にみる歩み (中国女性史研究会編, 青木書店, 年, 頁) 参照。

(22)

中国の伝統的大家族では家族が同じ屋敷で共同生活 (同居共財) を行 う。 大家族の経済基礎をなすのは家産制度である。 家長は家産を管理・

処分する権利を持つ。 中国の私法における相続はある人を祭る義務を引 き受ける宗 兆相続と, その結果として故人に属していた財産権を引き継 ぐ遺産相続という つの側面を含む。 そして, 両側面は不可分の関係に ある (滋賀秀三 中国家族法の原理 創文社, 年, 〜 頁, 参 照)。

千種達夫 ( 〜 年) は早稲田大学法学部卒業, 長野・横浜・東 京等の地方裁判所判事を歴任。 法律文体の口語化を唱え, そして満洲国 でその考えを 「満洲国親属継承法」 の起草に実践した。 なお, 参事官は 司法法規の調査及び立案に従事する人であり, 重要な職責を有するため, 法律学に通曉すると共に司法事務に経験ある新進有為の人が選ばれた。

千種達夫 「満洲国親属継承法の立法方針と要綱」 早稲田法学 号, 年, 〜 頁。

朱広文 「満洲国制定親属法宜採家属主義乎宜採個人主義乎」 法曹雑 誌 巻 号, 年 月, 〜 頁。

民事法典審議委員会は三部に分かれ, 第一部は親属法・継承法, 第二 部は民籍法・人事訴訟法, 第三部は破産法・和議法の作成に当っていた。

村教三 「満洲法政学界の素描 (二)」 法曹雑誌 巻 号, 年 月, 頁。

穂積重遠は 年代日本の民主主義思想の代表者であり, 家父長制を 強化しようとする臨時法制審議会においても権威主義的家父長制に真っ 向から反対した。 中川善之助は穂積重遠の学生で, 旧来の家制度の解体 に尽力した。

前掲 「満洲国親属継承法の立法方針と要綱」, 頁。

前掲朱広文等 「親属継承法の立法方針について」, 頁。

同上, 頁。

「回教人」 とは中国ムスリムを指す。 年の満洲国臨時国勢調査に よると, 満洲国に住むムスリムの殆どが漢語を話すムスリム, 即ち現代 中国でいう回族であった (千種達夫編著 満洲家族制度の慣習 一粒社, 年, 頁, 参照)。 本稿では便宜的に, 史料の用語をそのまま用い

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た。

千種達夫 東亜法秩序の建設とその立法 日本法理研究会, 年, 頁。

同上, 頁。

中国の伝統的な同居共財の家庭では, 家族員が個人財産を持つことは なかった。 家族員の所得はすべて家産に帰した。 ここでいう特有財産と は家族員が家産とは別に, 個人財産として所有するものである。 伝統的 な家庭における, 特有財産は大家庭における 「房」 (夫婦) の特有財産 (贈与された財産, 妻の持参財産) と妻の特有財産 (身の回り品) を指す (前掲註 滋賀秀三書, 〜 頁, 参照)。

満洲国司法部編 満洲家族制度慣習調査 第 巻 (哈爾浜及延吉地方) 有斐閣, 年, 〜 頁。

千種達夫編著 満洲家族制度の慣習 , 〜 頁。

同上, 〜 頁。

実兄弟・嗣子たる兄弟がいる場合でも, 出嫁していない娘は家産相続 権を持つ。 また, 実兄弟・嗣子たる兄弟がいない場合, 出嫁した娘は他 の継承人と共に, 家産相続権を持つ。

前掲 満洲家族制度の慣習 , 〜 頁。

前掲 「満洲法政学界の素描 (二)」, 頁。

前掲 「満洲国親属継承法の立法方針と要綱」, 〜 頁。

前掲 満洲国史 各論 , 頁。

結婚により夫として妻の家に入る男性は入夫と言う。

千種達夫・林鳳麟 「親属継承法要綱解説 (一) 〜 (五)」 法曹雑誌 巻 〜 号, 年。

これについては組原政男は 「近代的資本主義経済組織は個人主義の思 想を台頭せしめた。 個人思想発達の結果家族団体内部においては第一に 家族員相互間の財産上の利害衝突となって現れる。 家族はその団体の統 制権に服することなく自らの労働の結果を所謂特有財産として自ら所有 するようになる。 斯の如くして家産の基礎が薄弱となる。 現代の支那民 族の慣習上・事実上家族制度が存在し, 其の客観的基礎たる家産制度を 具備している。 併し社会文化発達の影響を受けて其の家産制度の漸次崩

(24)

壊して行くべきことも又否定出来ない。」 と述べている (「家の統制 無能力者制度に関連して」 法曹雑誌 巻 号, 年 月, 頁)。

井野英一 ( 〜 年) は東京帝国大学法科大学独法科卒業, 東京 地方裁判所部長, 大審院判事等を歴任, 年に満洲国に赴任。 満洲国 の司法法規の立案において, 彼の息吹のかからなかった法文は少ないと 言われた (前掲 「満洲法政学界の素描 (二)」, 頁)。

満洲国司法部 親属継承法要綱審議録 満洲国司法部, 年, 頁。

同上, 〜 頁。

同上, 〜 頁。

鄒宗孟 ( 〜?年) は京都帝国大学法学部卒業, 国立北京大学講師, 北京高等審判庁推事を歴任。 満洲国成立後, 吉林高等法院院長, 牡丹江 地方法院院長, 民事司第三科科長を歴任した。

前掲 親属継承法要綱審議録 , 頁。

同上, 〜 頁。

同上, 頁。

同上, 頁。

同上, 頁。

つまり, 「実女の継承分は全家産の二分の一とし, 女子数人あるとき は之を均分する。 或期間内に贈与を受けた時はその財産を合算する」 と いう意見である (同上, 〜 頁)。

千種達夫によれば, 「都会地殊に商工階級の者や俸給生活者の間には 家に共同の家産があっても, 各自の収入は之を自己の生活費に充て, 残 余があれば全部又は一部を家の承認を得て或いは私かに自己の特有財産 にする者が多くなってきた。 ……農家の家族の中で都会に出稼している 者が居れば, その者が特有財産を有つようになるのも亦自然の勢である。

即ち家族制度が個人主義的修正を余儀なくせられて来た結果, 財産的家 族共同関係も多分に個人主義的色彩が濃厚となって来たのである。 従っ て本要綱もこの傾向を認めて, 家族がその収入等を特有財産として所有 することを承認したのである。」 という (前掲 「親属継承法要綱解説」

法曹雑誌 巻 号, 年 月, 〜 頁)。

前掲 親属継承法要綱審議録 , 頁。

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同上, 頁。

前掲 「満洲国親属継承法の立法方針と要綱」, 頁。

千種達夫 満洲家族制度の慣習 第 一粒社, 年, 頁。

同上, 頁。

前掲 満洲家族制度の慣習 , 〜 頁。

同上, 〜 頁。

同上, 〜 頁。

「親族相続の立法に関する満系婦人座談会」 法曹雑誌 巻 号, 年 月, 頁。

同上, 頁。

同上, 〜 頁。

同上, 頁。

「満系青年婦人の親族相続座談会」 法曹雑誌 巻 号, 年 月, 頁。

ここで言う夫権とは妻の行為に対する夫の同意権である。

前掲 「満系青年婦人の親族相続座談会」, 頁。

同上, 頁。

同上, 頁。

前掲 親属継承法要綱審議録 , 頁。

前掲 「満洲国親属継承法の立法方針と要綱」, 頁。

小口彦太 (「満州国民法典の編纂と我妻栄」 日中文化交流史叢書第 巻 法律制度 池田温・劉俊文編 年, 〜 頁), 安田敏朗 (「日 本語法律文体口語化と 「満洲国」 千種達夫をめぐって」 一橋論叢

, 年) の研究が挙げられる。

家族制度の慣習調査を行う際, 千種は 「満洲では議会がないため, 民 意を立法に反映させることが困難である。 従って慣習の調査を通じて, 広く立法に対する国民の声を聞くことにした」 と, 調査の目的の一つは 国民の立法上の意見を聞くことであると述べた (千種達夫編著 満洲家 族制度の慣習 , 頁)。

(お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士後期課程) 東

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驛 鋪

軍機處

雍 正 乾

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東洋 義 大東亞

菅原

朱 廣文

宗 兆

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