先行手続の違法と証拠排除
――「毒樹の果実」論と「違法の承継」論高 田 昭 正
* 目 次 1 先行手続の違法と証拠排除 2 アメリカ法における「毒樹の果実」論 3 「毒樹の果実」論の意義 4 最高裁判例と「毒樹の果実」論1 先行手続の違法と証拠排除
捜査機関の証拠収集行為じたいに違法はない事案で,その証拠収集 に先行する捜査機関の手続に違法があるとき,収集された証拠の証拠能力 は否定されるだろうか。この問題に関し,最判昭和 61・4・25(刑集40巻 3 号215頁)が「違法の承継」論によって事案を処理したとされる。覚せ い剤の自己使用が疑われる被告人から採取した尿について,その鑑定書の 証拠能力が問題となった事案である。被告人じしんが尿の「任意提出書」 や尿検査について「同意書」を作成していたため,最高裁昭和61年判決 は,「採尿手続自体は,何らの強制も加えられることなく,被告人の自由 な意思での応諾に基づき行われている」と認めた。しかし,最高裁昭和61 年判決はこの外形上適法にみえる採尿手続について,先行する一連の手続 の「違法の有無,程度」まで考慮に入れて,その適法性を判断すべきだと する。すなわち,「本件においては,被告人宅への立ち入り,同所からの 1 * たかだ・あきまさ 立命館大学大学院法務研究科教授任意同行及び警察署への留め置きの一連の手続と採尿手続は,被告人に対 する覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられたものであるうえ,採 尿手続は右一連の手続によりもたらされた状態を直接利用してなされてい ることにかんがみると,右採尿手続の適法違法については,採尿手続前の 右一連の手続における違法の有無,程度をも十分考慮してこれを判断する のが相当である」と述べた。その判断の結果として,「採尿手続前に行わ れた前記一連の手続には,被告人宅の寝室まで承諾なく立ち入っているこ と,被告人宅からの任意同行に際して明確な承諾を得ていないこと,被告 人の退去の申し出に応ぜず警察署に留め置いたことなど,任意捜査の域を 逸脱した違法な点が存することを考慮すると,これに引き続いて行われた 本件採尿手続も違法性を帯びるものと評価せざるを得ない」と判示した。 先行手続と証拠収集手続が「同一目的に向けられた」とか,先行手続が もたらした「状態を直接利用して」証拠を収集したとか,さらに,先行手 続に引き続いて行われた証拠収集手続も「違法性を帯びる」という最高裁 昭和61年判決の言葉遣いから,一般的には,「違法の承継」論 1)を認めた 1) 行政法分野では「違法の承継」論が正面から肯定される。たとえば名古屋地判平成 2・ 10・31(判時1381号37頁)は,送電線設置用土地収用裁決等の取消請求事件において, 「土地収用法に基づく事業認定と収用裁決は,その直接の効果は異なるものの,結局は, 互いに相結合して当該事業に必要な土地を取得するという法的効果の実現を目的とする一 連の行政行為である」と認め,「事業認定と収用裁決のように,先行行為と後行行為とが 相結合して 1 つの効果を形成する一連の行政行為である場合には,以下の理由から,原則 として,先行行為の違法性は後行行為に承継される」と述べた。その理由として,「先行 行為の違法性は後行行為に承継され,後行行為の取消訴訟において先行行為の違法を主張 できると解するのが相当である。なぜなら,この場合,法が先行行為を独立の行政行為と し,それに対する争訟の機会を設けた趣旨は,国民の権利利益に大きな影響を及ぼすよう な行政行為につき,その手続がより慎重に遂行されるようにすることによって,行政手続 及び内容の適正さを 1 層強く担保しようとしたものと解することができ,したがって,先 行行為が独立の行政行為であり,それに対する争訟の機会が設けられていることを理由 に,違法性の承継を否定することは,右のような法の趣旨に反するものと解せられるから である」と判示した。収用裁決じたいに瑕疵がないときであっても,また,先行する事業 認定について取消判決がまだないときであっても,「違法の承継」論を援用して,先行す る事業認定の違法を理由に収用裁決取消を請求できることが根拠づけられた。名古屋地 →
ものと解されている 2)。そのような判例解釈の基礎には,外形上適法な手 続により収集された証拠であっても,先行手続の違法を承継すると捉える ことによって違法収集証拠の範疇に取り込むことができ,違法収集証拠排 除法則の適用範囲が拡大するという積極的評価もあるのだろう 3)。 しかし,最高裁昭和61年判決について,「違法の承継」論により違法収 集証拠排除の射程を拡大したと積極的に評価できるのか,疑問がある。捜 査機関による先行行為の違法がその後に収集された証拠の証拠能力に影響 する場合があることは,すでに「毒樹の果実」論によって肯定されてきた ことであった 4)。川出敏裕教授が的確に指摘されたように,「毒樹の果 実」論によれば,「最終的に獲得された証拠の証拠能力を判断するために は,直接の証拠獲得手続が先行手続の違法性を承継するか否かを論じる必 要はない。端的に,当該違法行為と因果関係を有する証拠が,どのような 場合に,その証拠能力を否定されるのかを検討すればよい」といえた 5)。 それゆえ,最高裁昭和61年判決の「違法の承継」論が,もしも先行手続と 「毒樹の果実」収集行為のあいだに「同一目的」かつ「直接利用」の実質 的関係がない限り,違法収集証拠排除の俎上に載せないというものであれ 裁平成 2 年判決は,結論として,「本件事業認定は適法であり,したがって,また,本件 〔収容〕裁決も適法である」と判示した。行政法分野の「違法の承継」論が果たす機能 は,刑事訴訟法分野のそれとは異なるだろう。しかし,「違法の承継」を肯定するために 先行行為と後行行為がもつべき実質的関係の内容は,参考になる。名古屋地裁平成 2 年判 決の言葉遣いも踏まえていえば,捜査手続における「違法の承継」とは, 先行手続と証拠 収集行為が一体的に結びつくことによって捜査の具体的目的を完遂させようとする実質的 関係を認め,その関係を根拠に先行手続の違法が証拠収集行為に承継されることをいうも のとなろう。 2) たとえば,村瀬均「先行手続の違法と証拠能力( 1 )」刑事訴訟法判例百選〔第 9 版〕 198頁など。 3) 加藤克佳「違法収集証拠排除法則」法学教室245号40頁は,「当該証拠の収集だけを孤立 的に見ず一連の手続を全体として評価する方法をとった(先行手続の違法の後行手続への 波及効を認めた)点で違法判断の対象を拡大している」という。 4) 「毒樹の果実」論について,光藤景皎『刑事訴訟行為論』〔1974〕291頁以下。 5) 川出敏裕「いわゆる『毒樹の果実論』の意義と妥当範囲」『松尾浩也先生古稀祝賀論文 集下巻』〔1998〕517頁。 →
ば,「毒樹の果実」論にない新たな要件を追加するものとして疑問だとい わねばならなかった 6)。ただし,その後の最決平成 7・5・30(刑集49巻 5 号703頁)では,「同一目的」について明示的な言及がなく,かりに黙示的 に考慮されていたとしても抽象的な捜査目的という程度の意味しか認めら れないうえ,言及があった「直接利用」の意義については先行手続がもた らした状態を利用した外形的事実があれば足りるというかのようであっ た 7)。そのためもあって,近時では,「同一目的」や「直接利用」は違法 6) 「毒樹の果実」排除の範囲を限定しようとする主張は,最判昭和 58・7・12(刑集37巻 6 号791頁)における伊藤正己裁判官の補足意見にみられた。伊藤裁判官は,「違法収集証 拠(第 1 次的証拠)そのものではなく,これに基づいて発展した捜査段階において更に収 集された第 2 次的証拠が,いわゆる『毒樹の実』として,いかなる限度で第 1 次的証拠と 同様に排除されるかについては,それが単に違法に収集された第 1 次的証拠となんらかの 関連をもつ証拠であるということのみをもつて一律に排除すべきではなく,第 1 次的証拠 の収集方法の違法の程度,収集された第 2 次的証拠の重要さの程度,第 1 次的証拠と第 2 次的証拠との関連性の程度等を考慮して総合的に判断すべきものである。本件現住建造物 等放火罪を理由とする逮捕,勾留中における,捜査官に対してされた同罪に関する被告人 の自白のように,第 1 次的証拠の収集者自身及びこれと一体とみられる捜査機関による第 2 次的収集証拠の場合には,特段の事情のない限り,第 1 次的証拠収集の違法は第 2 次的 証拠収集の違法につながるというべきであり,第 2 次的証拠を第 1 次的証拠と同様,捜査 官に有利な証拠として利用することを禁止するのは,将来における同種の違法捜査の抑止 と司法の廉潔性の保持という目的に合致するものであつて,刑事司法における実体的真実 の発見の重要性を考慮にいれるとしても, なお妥当な措置であると思われる。 したがつて, 第 1 審判決及び原判決が,その適法に認定した事実関係のもとにおいて,捜査官に対する 被告人の各供述調書の証拠能力を否定したことは適切なものと考えられる」と述べた。 「第 1 次的証拠収集の違法は第 2 次的証拠収集の違法につながる」場合にかぎり「毒樹の 果実」の証拠能力を否定しようとする趣旨がうかがえる。「違法の承継」に類似した言葉 遣いが,「毒樹の果実」排除の範囲を限定する文脈で用いられたことに注目しておきたい。 7) 最決平成 7・5・30(刑集49巻 5 号703頁)は,「本件採尿手続についてみると,右のとお り,警察官が本件自動車内を調べた行為が違法である以上,右行為に基づき発見された覚 せい剤の所持を被疑事実とする本件現行犯逮捕手続は違法であり,さらに,本件採尿手続 も,右一連の違法な手続〔自動車捜索,現行犯逮捕〕によりもたらされた状態を直接利用 し,これに引き続いて行われたものであるから,違法性を帯びるといわざるを得ない」と 判示した。信号が青色に変わったのに発進しない自動車を警察官が認め,運転者が寝てい るか酒を飲んでいるのではないかという疑いを持ち,本件自動車を運転していた被告人に 対し職務質問を開始したという事案であった。この職務質問の当初から覚せい剤事犯の捜 査ないし証拠収集の「同一目的」があったと認定することは困難であるほか,違法手続 →
の承継を判断する「指標」にすぎず,「違法の承継の判断場面における因 果関係の判断要素というべきもの」と捉える立場が一般的になってい る 8)。しかし,「違法の承継」論の理論枠組みを援用するかぎり,違法を 承継させるに足りる実質的関係の存在が前提とされるはずであり,その意 味で排除要件や考慮要素の内容も厳格なものになってしまうのではないか。 もっとも,最高裁昭和61年判決の事案については,「毒樹の果実」論を 適用できない理論的理由があったかもしれない。なぜなら,わが国では 「毒樹の果実」論における「毒樹」の意味について,捜査機関の違法行為 じたいでなく,その捜査機関の違法行為から直接に収集された証拠,その 意味で第 1 次の違法収集証拠が「毒樹」だとされたからである(以下,第 1 次の違法収集証拠をたんに「第 1 次証拠」という)。この第 1 次証拠に もとづいて収集された第 2 次の証拠(以下,「第 2 次証拠」という)が, 「毒樹の果実」とされた 9)。この「毒樹」ないし「毒樹の果実」の理解によ とされた自動車捜索も覚せい剤発見がその目的であって採尿目的ではなく,現行犯逮捕も 覚せい剤所持を理由とするものであって採尿目的の逮捕行為とは認められなかった。その ため,「同一目的」について明示的な言及がなかったといえよう。もしも「同一目的」が 黙示的に考慮されていたとしても,それは抽象的な捜査目的という程度の意味しかもたな いだろう。また,言及があった「直接利用」の判断についても,採尿手続が「一連の違法 な手続〔自動車捜索,現行犯逮捕〕によりもたらされた状態」,すなわち捜索や逮捕の強 制処分がもたらした影響や強制的雰囲気などを「直接利用」したと認めながら,最高裁平 成 7 年決定は,採尿手続じたいは「何らの強制も加えられることなく,被告人の自由な意 思による応諾に基づいて行われている」とも述べており,ちぐはぐな認定となっている。 「直接利用」の意義も,先行手続がもたらした状態を利用した外形的事実があれば足りる というかのようであった。 8) 村瀬・前掲199頁。このほか,朝山芳史・最判解刑事篇平成15年度40頁も,最高裁昭和 61年判決以降の最高裁判例の展開も踏まえて,最高裁判例は「後行手続が先行手続の違法 の影響を受ける場合を『同一目的』,『直接利用』の双方が満たされる場合に限定したもの ではないと解され」,「『同一目的』,『直接利用』というメルクマールは,後行手続の違法 性を判断する基準として絶対視する必要はなく,因果関係の判断の中に解消するのが適当 であると考えられる」と述べた。 9) 筆者じしんが,かつて川端 博・田口 守一編『基本問題セミナー・刑事訴訟法』〔1994〕 の執筆担当部分(25「違法収集証拠の排除法則」)で,違法収集証拠物じたいを「毒樹」 と表現した(前掲書268頁)。最近では上口裕教授も,『刑事訴訟法〔第 3 版〕』〔2012〕 → →
れば,最高裁昭和61年判決の事案では捜査機関による立入り,連行,留め 置きという一連の手続からなんら「毒樹」たる第 1 次証拠が収集されてい ない以上,その後に採取された尿やその鑑定書も「毒樹の果実」にあたら ないことになる。そうであれば「毒樹の果実」論は捜査機関の違法な先行 行為から証拠が収集されなかった場合を適用外に置くことになるため,補 完的に「違法の承継」論の新たな理論枠組みが必要とされたのかもしれな い 10)。 しかし,上述の「毒樹」ないし「毒樹の果実」の理解じたいについ て,見なおしが必要ではないか。なぜなら,「毒樹」とは,本来,証拠を 「毒する」「汚す」ことになる捜査機関の違法行為じたいを意味するはずだ と思われたからである 11)。また,そもそも第 1 次証拠が存在しない「毒 樹の果実」の類型もあると思われた。たとえば,違法な別件捜索により, 被害者の遺体を埋めた場所を撮影した写真を捜査機関が発見したとき,別 件の証拠ではないために写真を差し押さえなかった――すなわち,第 1 次 証拠として収集しなかった――としても,その写真から得た知識・情報に もとづいて発見した被害者の遺体は「毒樹の果実」になるのではないか。 もしも写真が第 1 次証拠として違法に差し押さえられていれば,発見され た遺体が「毒樹の果実」たる第 2 次証拠になることに異論はないだろう。 しかし,写真が差し押さえられず,その写真から得た知識・情報だけを利 用したとき,「毒樹」たる第 1 次証拠が存在しない以上,発見された遺体 2 503頁において,「違法な手続で収集された証拠(第 1 次証拠=毒樹)が排除される場合 は,それに基づいて得られた証拠(第 2 次証拠=毒樹の果実)も排除される」と述べられ ている。 10) ただし,「違法の承継」論じたいは,違法な先行行為から証拠が収集されなかった場合 だけでなく,違法な先行行為から第 1 次証拠が収集されたのち適法な後行行為から第 2 次 証拠が収集された場合についても,その射程におさめる理論枠組みであった。その意味で 「違法の承継」論は,「毒樹の果実」論のたんなる補完物ではない。むしろ,「毒樹の果 実」論に代わろうとする理論枠組みであった。 11) 緑大輔『刑事訴訟法入門』〔2012〕298頁が,「アメリカの『毒樹の果実』論における 『毒樹』とは,違法行為そのものを指〔す〕」と指摘する。 →
も「毒樹の果実」になりえないとか,第 1 次証拠とするほかないというの は形式的な理解にすぎないか。第 1 次証拠が存在しない「毒樹の果実」の 類型もあり 12),それを狭義の派生証拠と呼んで,名称だけ区別しておけ ばよいのではないか。そう考えるとき,最高裁昭和61年判決の事案につい ても,「毒樹の果実」論を当然に適用できることになる。 このような疑問ないし理解は,正鵠を射たものだろうか。本稿では,こ の点を確認するため,かつ,その目的に限ってアメリカ法の「毒樹の果 実」論を参照する。アメリカ法の「毒樹の果実」理論については光藤景皎 教授の優れた研究 13)があり,小早川義則教授の浩瀚な研究 14)があること はいうまでもない。本稿も,それら教授の著作を繰り返し参照しながら, 限られた問題に絞り込んで,考えた結果をかたちにしたものにすぎない。
2 アメリカ法における「毒樹の果実」論
アメリカ法において,捜査機関による先行行為の違法がその後に収 集された証拠の証拠能力に影響することを明らかにし,同時に,「独立入 手源の例外則」を認めた最初の連邦最高裁判例が1920年シルヴァーソン判 決(Silverothorne Lumber Co., Inc. v. United States, 251 U.S. 385)であっ た。シルヴァーソン父子の逮捕中に,ふたりの経営する企業の事務所が違 法に捜索され,事務所内の書類はすべて押収された。押収された書類は還 付されるが,重要書類について写真や複写がとられ,その写真や複写物か ら得た「知識(knowledge)」にもとづき正式起訴がなされた。大陪審面 前への書類原本の提出を命令する罰則付召喚令状(subpoena)が発付さ 1 12) 川出・前掲論文527頁は,アメリカ法の毒樹の果実論について,「第 1 次証拠に基づいて 派生証拠が獲得されたという類型だけではなく,第 1 次証拠が存在しない類型,例えば, 違法な身柄拘束中の取調べによって得られた自白の証拠能力といった問題も扱われてい る」と指摘する。 13) 光藤景皎『刑事訴訟行為論』〔1974〕291頁以下。 14) 小早川義則『毒樹の果実論』〔2010年〕。とくに,309頁以下。れ,提出を拒絶したシルヴァーソン父子に対し裁判所は令状に従うよう命 令する。しかし,シルヴァーソン父子はこの命令にも従わなかったため, 法廷侮辱罪にあたるとされた。訴追側は,違法に押収し還付すべき書類で あっても,その写真や複写物から得た知識を利用し(avail),あらためて 原本の提出を求めることはできると主張した 15)。 これに対しシルヴァーソン判決の法廷意見は,「一定の方法による証拠 の収集を禁止する〔合衆国憲法第 4 修正〕条項の真髄は,収集された証拠 を裁判所面前で使用してはならないというだけでなく,その証拠はどんな かたちでも使用されてはならないということにある(The essence of a provision forbidding the acquisition of evidence in a certain way is that not merely evidence so acquired shall not be used before the Court, but that it shall not be used at all)」 16)と判示し,訴追側主張を斥ける。な お,法廷意見はつぎのようにも判示した。違法収集証拠から知った事実に ついて,これをおよそ法廷に顕出できないのではなく,「独立した源から その事実を知ったのであれば,他の事実と同様に,立証の対象とされてよ い。しかし,みずからの違法行為によって得た知識については,訴追側が 本件で求めたような方法で〔その知識を〕使用することはできない(If knowledge of them is gained from an independent source they may be proved like any others, but the knowledge gained by the Government’s own wrong cannot be used by it in the way proposed)」 17),と。 このシルヴァーソン判決において,違法な捜索・差押えにより収集した 第 1 次証拠(違法押収書類とその写真・複写物)の証拠能力が否定される だけでなく,その第 1 次証拠から得た知識にもとづき第 2 次証拠(書類原 本)を収集することじたいが禁止され,従って,その第 2 次証拠の証拠能 力も否定されるべきことが明らかにされた。「毒樹の果実」の証拠能力を 15) Silverthorne Lumber Co., Inc. v. United States, 251 3385 (1920), at 391. 16) Id. at 392. 17) Id. at 392.
否定する理論の基本的枠組みがつくられたといえる。 ただし,「毒樹の果実(a fruit of the poisonous tree)」という表現 じたいは,連邦最高裁の1939年第 2 次ナードン判決(Nardone v. United States, 308 U.S. 338) ではじめて用いられた。この第 2 次ナードン判決は, 「稀釈の例外則」を明示的に認めた連邦最高裁判例としても重要である。 アルコール飲料の密輸・隠匿について,共謀関係にあると疑われた被告 人らの電話通話が連邦捜査官によって違法に傍受された。第 2 次ナードン 判決に先立つ,1937年第 1 次ナードン判決(Nardone v. United States, 302 U.S. 379)において連邦最高裁は,電話通話を違法に傍受した者が連邦捜 査官であり,かつ,その連邦捜査官が傍受した通話内容を公判廷で証言す る場合であっても,送信者が認めない通信の傍受および傍受した通信の存 在・内容・目的などの漏洩を禁止した連邦通信法(Communications Act of 1934, 47 U.S.C.)605条の規定にかんがみ,連邦捜査官の公判廷証言は 違法収集証拠として排除されねばならないと判示した。破棄・差戻後の第 1 審では,連邦捜査官ではなく,連邦捜査官の傍受した電話通話から判明 した事件関係者が証人として公判廷に召喚され,電話通話と同一内容の事 実について,証言を行う。第 2 次ナードン判決では,この事件関係者の公 判廷証言について,証拠能力が問題とされた。すなわち,違法に傍受した 電話通話から得た知識ないし「情報(information)」を利用することによ り訴追側が法廷に召喚できた証人についてまで,その公判廷証言の証拠能 力を否定すべきかどうかが問題とされた 18)。連邦捜査官は違法に傍受し た通話内容を「みずからの胸にしまい込んで」 19)一言も漏洩しておらず, ただ,その情報を捜査に活用しただけだともいえたからである。 第 2 次ナードン判決の法廷意見は,次のように判示する。「本裁判所は 〔第 1 次ナードン判決において〕, 論理的関連性をもつ証拠であっても, 『倫 理的基準に反し,個人の自由を破壊するものであるために』,議会が〔通 2 18) Nardone v. United States, 308 U.S. 338 (1939), at 339-340. 19) United States v. Nardone, 106 F.2d 41 (1939), at 44.
信の傍受や傍受結果の漏洩を禁止した連邦通信法605条の法的効果として〕 その証拠能力を否定したものと認めた。〔中略〕そのように捉えられた 〔証拠収集〕方法について,その直接の使用を禁止しながら,間接的な使 用をなんら制約しないのであれば,まさに『倫理的基準に反し,個人の自 由を破壊する』とされたそれら〔証拠収集〕方法を奨励することにしかな らないであろう(To forbid the direct use of methods thus characterized, but to put no curb on their full indirect use, would only invite the very methods deemed “inconsistent with ethical standards and destructive of personal liberty.”)。シルヴァーソン判決で述べられたことは,脈絡が異 なっても,本件にあてはまる。すなわち,『一定の方法による証拠の収集 を禁止する〔合衆国憲法第 4 修正〕条項の真髄は,収集された証拠を裁判 所面前で使用してはならないというだけでなく,その証拠はどんなかたち でも使用されてはならないということにある』」 20),と。また,法廷意見 は,「独立入手源の例外則」を認めたシルヴァーソン判決の上記判示を引 用したのち,つぎのようにいう。「実務において,この〔シルヴァーソン 判決の判示の〕一般的な言い方は,具体的な〔例外則適用の〕複雑さを覆 い隠すものとなりうる。〔そうであっても,〕こみいった議論を経て,違法 な通信傍受により得られた情報が原因となって訴追側の立証を結果させた のだと判明するかもしれない。〔そのときは,独立入手源の例外則は適用 されない。〕しかしながら,良識の問題として,〔違法な通信傍受による〕 汚れを消し去るほどに,そのような因果関係が稀薄化したものになってい ることもあるだろう。〔そのときは,「毒樹の果実」ではあっても,稀釈の 例外則を適用し,その証拠能力が肯定される〕」 21),と。なお,因果関係 が稀薄化し,汚れが稀釈されたか否かの判断は,「経験ある〔第 1 審の〕 公判裁判官に委ねるべきことである(ought to be within the reach of
20) Nardone v. United States, 308 U.S. 338, at 340-341. 21) Id. at 341.
experienced trial judges)」 22)とも判示された。 第 2 次ナードン判決は,事案の処理としては,通信傍受が違法に行われ たことが明らかな本件では,「公判裁判官は,自己に不利益な検察側証拠 の重要部分が毒樹の果実である(a substantial portion of the case against him was a fruit of the poisonous tree)ことを立証する機会を――狭く限 定されたものであっても――被告人に与えなければならない。この被告人 側の立証に次いで,訴追側の証拠が独立の源(independent origin)に由 来することを公判裁判所に確信させる十分な機会を,訴追側にも与えるこ とになる」 23)と述べ,原審の第 2 巡回区連邦上訴裁判所の1939年判決 (United States v. Nardone, 106 F.2d 41)を破棄し,事件を連邦地方裁判 所に差し戻した。 第 2 次ナードン判決は,「倫理的基準に反し,個人の自由を破壊するた めに」違法とされた証拠収集方法について,その「間接的な使用」ないし 「派生的な使用(derivative use)」 24)を制約すべきだと判示した。「間接的 な使用」ないし「派生的な使用」を制約するとは,具体的には,違法な電 話傍受から判明した事件関係者が訴追側証人として証言したとしても,そ の証言の証拠能力が否定されることを意味した。すなわち,捜査機関の違 法行為(違法な電話傍受)から得た知識や情報を利用し,その意味で違法 行為が間接的原因となって法廷に顕出された証拠(事件関係者の公判廷証 言)を「毒樹の果実」として排除するものであった。ちなみに,第 2 次 ナードン判決の原判決である第 2 巡回区連邦上訴裁判所の1939年判決 (United States v. Nardone, 106 F.2d 41)では,「通信を傍受した結果とし て間接的に収集された」証拠という言葉遣いがなされた 25)。 この第 2 次ナードン判決に対する解釈としては,やはり,違法に電話通 22) Id. at 341. 23) Id. at 341. 24) Id. at 340. 25) United States v. Nardone, 106 F.2d 41, at 42.
話を傍受した連邦捜査官の公判廷証言を「毒樹」と捉えたというより,違 法な電話傍受行為じたいを「毒樹」と捉えたというほうが素直な理解であ ろう。すなわち,連邦捜査官が違法に傍受した通話内容を公判廷で報告す ることは,違法な電話傍受行為という「毒樹」から直接に生じた結果とし て禁止される。違法な電話傍受から判明した事件関係者を証人として公判 廷で証言させることは,「毒樹」から間接的に生じた結果として禁止され る。第 1 次証拠(通話内容を報告する連邦捜査官の公判廷証言)と第 2 次 証拠(通話内容と同一事実を叙述する事件関係者の公判廷証言)の収集に ついては,違法行為を直接利用した結果か,間接的に利用した結果かとい う違いがあり,かつ,その違いしかないといえた。 「包括的な毒樹の果実論を展開」 26)した重要な連邦最高裁判例が 1963年ワン・サン判決(Wong Sun v. United States, 371 U.S. 471)であっ た。 逮捕されヘロインを発見されたウェイ(Hom Way)が,ヘロインはレ ヴェンワース通りにある洗濯屋主人の「黒のトイ(Blackie Toy)」から昨 晩買ったと供述したため,この供述にもとづき 6 , 7 名の麻薬取締官が早 朝 6 時にレヴェンワース通りの洗濯屋に赴く。ドアには「オイの洗濯屋 (Oye’s Laundry)」と表示されていた。顧客を装った中国人捜査官に対し トイ(James Wah Toy)が,営業時間前だから 8 時に来てくれと言って ドアを閉めようとしたとき,中国人捜査官が麻薬取締官であることを告げ た。トイはいきなりドアを閉め,店内を通って奥の居住部分に逃げこん だ。麻薬取締官らはドアを破り,トイの妻と子どもが就寝している寝室ま でトイを追いかけ,ベッド横の机引出に手をやったトイに拳銃をつきつけ る。引出から手を引き出させ,逮捕したトイに手錠をかける。引き続き捜 索が行われたが,引出にはなにもなく,住居内から麻薬類はなにも発見さ れなかった。逮捕した寝室でヘロイン譲渡の事実を追及したところ,トイ 3 26) 小早川・前掲書322頁。
は「自分は売っていない。麻薬を持っているのはジョニー(Johnny)だ」 と供述し,11番街にあるというジョニーの居宅の特徴を説明した。11番街 のジョニー・イー(Johnny Yee)の居宅に急行した麻薬取締官らは,居 宅内に立ち入り寝室にいたイーを発見する。口論があったのち,結局イー は机の引出からヘロインの入った筒を複数取り出し,麻薬取締官に任意提 出した。トイとイーは麻薬取締官事務所に連行され,イーが「ヘロインを 持ちこんだのはトイともう 1 人,『シー・ドッグ』のあだ名の中国人だ」 と供述し,トイが「それはワン・サンだ」と供述した。近所まで連行され たトイがワン・サンの居室のある集合住宅を指さしたため,捜査官が呼び 鈴を押し,出てきたワン・サンの妻に麻薬取締官であることを告げ,「夫 のワンはどこだ」と尋ねた。妻が「奥の部屋で寝ている」と答えたため, 麻薬取締官らは集合住宅内の階段を上がり,ワン・サンの居室に立ち入っ て寝室でワン・サンを逮捕した 27)。 このような事実関係の下で連邦最高裁のワン・サン判決は,ヘロインの 購買者にすぎず信頼に足りる情報提供者ではないウェイの供述――しか も,被疑者を一義的に明示しない不明確な供述――にもとづき,また,前 科・前歴や公的記録などを照会して「黒のトイ」を絞り込もうとすること もなく行われたトイの逮捕は,相当な理由(probable cause)を欠き,違 法だと判示した。また,トイの逃走が罪を犯した疑いを強めさせたという 訴追側の主張についても,捜査官が来訪の権限や目的を明確に告知しな かった本件では,トイの逃走は無法な立入を拒みたい気持ちの表れ以上の ものではなく,罪を犯した意識(guilty knowledge)の徴憑にならないな どと判示し,これを斥けた。そのうえで,違法逮捕時のトイの供述の証拠 能力について,つぎのように判示する。「寝室におけるトイの供述が,取 締官の違法行為の『果実』(“fruits” of the agents’ unlawful action)だと判 断されるときは,その証拠能力を否定されねばならない。住居の神聖およ 27) Wong Sun v. United States, 371 U.S. 471 (1963), at 474-475.
び身体の不可侵性に関する基本的な憲法上の保障を実効的なものとするた め〔中略〕,本裁判所は,ほぼ半世紀前に〔1914年ウィークス判決におい て〕,違法な捜索によって押収された証拠は,その違法捜索の被害者に不 利益な証拠とすることはできないと判示した。〔中略〕この排除による証 拠禁止(exclusionary prohibition)は,そのような侵害の直接の結果と同 様に間接的な結果(the indirect as the direct products)にも及ぶ。シル ヴァーソン判決の法廷意見を執筆したホウムズ裁判官は,違法な捜索に よって得た情報について,これを訴追側が,違法に閲覧したその書類の原 本を〔違法捜査の〕被害者に強制提出させる(subpoena)ために使用して はならないと判示するさいに,この〔毒樹の果実まで排除する〕広範な排 除法則(the broad exclusionary rule)のポリシーを簡潔に表現した。す なわち,『一定の方法による証拠の収集を禁止する〔合衆国憲法第 4 修正〕 条項の真髄は,収集された証拠を裁判所面前で使用してはならないという だけでなく,その証拠はどんなかたちでも使用されてはならないというこ とにある。』」 28),と。ワン・サン判決は,この判示につづけて,「独立入 手源の例外」を認めたシルヴァーソン判決の判示部分も引用したうえで (詳細は省略。本章の 1 参照),違法逮捕時のトイの供述の証拠能力を否定 する。関連の判示はこうであった。「証拠排除法則は伝統的には,違法な 〔住居〕侵入中に収集された,または,その〔住居〕侵入の直接の結果と して収集された物質的な有形物について,その証拠能力を否定してきた。 〔しかし,それにとどまらず,連邦最高裁の1961年〕シルヴァーマン判決 (Silverman v. United States, 365 U.S. 505) 29)の判示では,〔合衆国憲法〕 第 4 修正条項の保護が,伝統的な『書類および所持品』の押収と同様,口 28) Id. at 484-485. 29) 盗聴用マイクを隣室壁の割れ目から暖房用ダクトに接触させ,ダクトを反響板 (sounding board)として利用し,室内の会話を盗聴した事案について,連邦最高裁のシ ルヴァーマン判決は,物理的侵入(physical invasion)があったことを理由に合衆国憲法 第 4 修正条項違反を認め,盗聴した会話内容を報告する捜査機関の公判廷証言について, その証拠能力を否定した。
頭の供述を盗み聞くことに対しても及ぶことが明らかにされた。同様に, 違法な〔住居〕侵入中に観察された物件に関する証言についても,〔第 1 巡回区連邦上訴裁判所の1955年〕マクギニス判決(McGinnis v. United States, 227 F.2d 598) 30)において,憲法の基本的ポリシーを実現するた め,その証拠能力が否定された。こうして,本件における麻薬取締官の行 為のような違法な立入りと権限なき逮捕から直接に派生する供述証拠 (verbal evidence which derives so immediately from an unlawful entry and an unauthorized arrest as the officers’ action in the present case) は,不当な〔住居〕侵入の有形的果実――通常はこの有形的果実が多い ――に劣らず,捜査官憲の違法行為の『果実』にあたる」 31),と。「毒樹の 果実」であるトイの供述について,ワン・サン判決は「稀釈の例外」に該 当しないと判示する。「訴追側は,寝室において麻薬取締官にしたトイの 供述について,違法と認められた〔住居〕侵入に接着してなされたもので あるが,それにもかかわらず,『〔逮捕と供述の〕あいだに介在した〔トイ の〕自由意思による独立の行為』に基づきなされたものであるために,そ の証拠能力が肯定されると主張する。しかしながら,この主張は,本件の 状況を説明するものとしては不十分である。 6 , 7 名もの取締官がドアを 押し開け,妻と子どもが就寝している寝室まで,トイの後を追いかけた。 トイは,ほとんどその直後に,手錠をかけられ逮捕された。このような状 況のもとで,〔供述した〕トイの対応について,違法な〔住居〕侵入によ る当初の汚れを除去するために十分な,自由意思による行為であったと推 30) 捜索すべき場所を「カンタベリー所在の某所有納屋」と記載した捜索許可状により, ニューハンプシャー州警察巡査部長や合衆国財務省調査官らが通称ホーズ農場の納屋を捜 索した事案について,第 1 巡回区連邦上訴裁判所のマクギニス判決は,捜索場所を明示し ない本件令状を無効として,この違法な捜索により差し押さえられた物件の証拠能力を否 定しただけでなく,違法捜索中に観察した物件に関する捜査機関の証言の証拠能力を否定 し,さらに,右証言を疎明資料として発付された令状により差し押さえられた証拠物の証 拠能力も否定した。 31) Wong Sun v. United States, 371 U.S. 471, at 485.
認することは不合理である」 32),と。 なお,ワン・サン判決では,イーが任意提出したヘロインの証拠能力も 問題とされた。ワン・サン判決は,公判裁判所に対し検察官じしんが「ト イの助力がなければ,麻薬を発見してはいなかった」と認めており,「独 立入手源の例外」にはあたらないとしたうえで,「警察の違法行為と〔証 拠能力が〕問題とされた証拠の収集〔行為〕との結びつき(connection) が,『汚れを消し去るほどに,稀薄化したものになっている』ような事案 でもない」 33)と判示し,「警察の行為がなければ明らかにならなかっただ ろうというだけの理由で,その証拠がすべて『毒樹の果実』になるという 必要はない」,「適切 な問いかけは,『基本となる違法 行為(primary illegality)が立証されたときは,異議申立のあった証拠がその違法行為を 利用して得られたのか,それとも,最初の汚れを除去したと十分に認めら れる手段によって得られたのかどうか』である。本件麻薬が『その違法行 為を利用して得られた』ものであり,それゆえ,トイに対し証拠とするこ とができないことは明らかである」 34)と結論した。すなわち,イーによる 任意提出物のヘロインについても,トイの違法逮捕を「毒樹」とする「果 実」にあたり,「稀釈の例外則」も適用されないとして,その証拠能力を 否定したのであった。 また,トイの供述により逮捕されたワンは,アレインメント後に保証誓 約書(recognizance)を提出して釈放されており,その後に,麻薬取締官 の許に任意に出頭し,みずから供述していた。ワン・サン判決は,ワンの 逮捕が違法であることを認めたうえで,麻薬取締官面前でなされたワンの 供述はその違法逮捕の「果実」ではなく,その供述を録取した調書も,無 署名ではあっても,証拠能力を肯定できると結論した 35)。なぜなら,逮 32) Id. at 486. 33) Id. at 487. 34) Id. at 488. 35) Id. at 491.
捕後に釈放された事実や麻薬取締官の許に任意に出頭した事実にかんが み,「〔ワン・サンの〕逮捕と供述のあいだの結びつきは『汚れを消し去る ほどに,稀薄化したものになっている』」 36)からであった。 本稿の関心からは,ワン・サン判決が,違法逮捕中に捜査機関が得たト イの供述についても,「毒樹の果実」の範疇で捉え,その証拠能力を否定 したことが重要であった。逮捕時のトイの供述について,ワン・サン判決 は「取締官の違法行為の『果実』」と述べ,「毒樹」が捜査機関の違法行為 であることを文言上も明らかにした。また,ワン・サン判決の事案では, トイを違法に逮捕した麻薬取締官の先行行為とトイの供述を引き出した証 拠収集行為が区別され,違法な先行行為じたいは証拠収集行為でないため 第 1 次証拠が存在しなかったこと,さらに,トイの逮捕から得た知識や情 報を利用したのでなく違法に身体を拘束した事実状態を利用して供述が引 き出されたことが特徴であった。ワン・サン判決は,そのような事案にも 「毒樹の果実」論が適用されることを明らかにした。すなわち,違法な身 体拘束の事実状態の下で獲得された供述証拠についても,違法な先行行為 から派生した「果実」と捉えられ,その証拠能力が否定されたのであった。
3 「毒樹の果実」論の意義
「毒樹の果実」論は,捜査機関の違法な先行行為が,その後に収集 された証拠の証拠能力を否定する理由になることを認める。 2 で確認でき たように,その「毒樹」とは捜査機関の違法な先行行為じたいであった。 この点を明確にしたとき,「毒樹の果実」論の意義も明確になる。 捜査機関が違法に収集した第 1 次証拠にもとづき収集された第 2 次証拠 が,典型的な「毒樹の果実」であることはいうまでもない。 2 で管見した アメリカ法の言葉遣いにならえば,第 1 次証拠は捜査機関の違法行為の直 1 36) Id. at 491.接の結果として収集されたものであり,「毒樹の果実」たる第 2 次証拠は 違法な先行行為から派生する間接的結果として収集されたものであった。 さらに,違法な先行行為が証拠収集行為でなくとも,その先行行為から派 生して収集された証拠については,「違法な先行行為から派生する間接的 結果として収集された」点で第 2 次証拠と同じであり,やはり「毒樹の果 実」としてその証拠能力が否定されねばならない。この「毒樹の果実」の 類型を,前述したように,以下,狭義の派生証拠と呼んでおく。 違法収集証拠である第 1 次証拠の証拠能力を否定する証拠法則が定立さ れたときは,あわせて,「毒樹の果実」たる第 2 次証拠や狭義の派生証拠 についても,その証拠能力が否定されねばならない。なぜなら,第 1 次証 拠を排除したとしても,「毒樹の果実」たる第 2 次証拠や狭義の派生証拠 の証拠能力を肯定するのであれば,捜査機関の違法行為を「利用」して証 拠の収集が行われるという問題状況は――「直接の利用」と「間接的な利 用」の違いはあっても――つづくことになるからである。その問題状況が つづく限り,「憲法上の保障」,「司法の廉潔性」,「違法捜査の抑止」とい う違法収集証拠排除法則がよってたつ理念ないし政策じたいも損なわれつ づけるといわねばならない。この意味で,違法収集証拠排除法則は,第 1 次証拠とともに,「毒樹の果実」たる第 2 次証拠および狭義の派生証拠を あわせ排除してはじめて,証拠法則として完全なものになるといえる。そ れゆえ,「毒樹の果実」排除は第 1 次証拠排除のたんなる波及的効果 37)と して認められるものではない。それは,狭義の派生証拠が排除されねばな 37) 田宮裕『刑事訴訟法〔新版〕』〔1996〕405頁は,「毒樹の果実」の問題を第 1 次証拠排除 の「波及効」の問題とする。波及効とは,ドイツ法の用語(Fernwirkung)に倣ったもの であろう。ドイツ法では,証拠の収集・提出禁止に違反して獲得された証拠について使用 禁止が肯定されるとき,その使用禁止の効果が「当該証拠収集・提出の禁止に反して獲得 された直接の証拠のみに限らず,更に,その証拠に基づいて間接的に得られた証拠にまで 及ぶか」(井上正仁『刑事訴訟における証拠排除』〔1985〕296頁以下)が問題とされ,波 及効の問題と呼ばれる。しかし,「波及効」論は第 1 次証拠の収集を前提とするために, 狭義の派生証拠まで排除する「毒樹の果実」論に代わるものではない。その意味で両者を 同一視できない。
らないことからも明らかであろう。第 1 次証拠の排除と第 2 次証拠の排 除,そして狭義の派生証拠の排除は,それぞれがひとしい重要性をもって 違法収集証拠排除法則の内容となるものであった。 このように「毒樹の果実」排除の意義を捉えたとき,最高裁昭和61 年判決について「違法の承継」論を認めたものと解する立場の問題点も明 らかになる。その趣旨はこうである。 「違法の承継」論が適用される事案は,本来,「毒樹の果実」論が適用さ れるべき事案であった。アメリカ合衆国の連邦最高裁ワン・サン判決は, トイの違法逮捕時に外形上は任意になされたトイじしんの供述について, 「毒樹の果実」としてその証拠能力を否定した。違法な身体拘束の事実状 態を利用してトイから「毒樹の果実」となる供述が引き出されたワン・サ ン判決の事案は,違法な立入り,連行,留め置きによる事実上の身体拘束 状態を利用して被告人から尿が採取されたわが国の最高裁昭和61年判決の 事案と類似する。その対比からも最高裁昭和61年判決における尿とその鑑 定書が,「毒樹の果実」たる狭義の派生証拠にあたることは明らかであろ う。 「毒樹の果実」たる狭義の派生証拠まで排除されることにより,違法な 先行行為から得た知識や情報を利用したり,違法な先行行為がもたらす事 実状態を利用した証拠収集行為じたいが禁止されることも明らかになる。 その意味で,「毒樹の果実」排除の射程は広いことが認められるべきであ る。ただし,「毒樹の果実」たる第 2 次証拠ないし狭義の派生証拠は,先 行する捜査機関の違法行為から区別されるそれじたいは適法な手続によっ て収集された。そのために,第 1 次証拠の排除法則には認められない特別 な例外則が適用されるものとなる。すなわち,「稀釈の例外則」,「独立入 手源の例外則」,そして「不可避的発見の例外則」が適用される 38)。「毒樹 2 38) 例外則が肯定されるのは,第 1 に,捜査機関の違法行為と「毒樹の果実」との結びつき ――因果関係――が稀薄になって,違法行為による「汚れ」は除去されたといえる場合で ある。「稀釈の例外則」と呼ぶ。その典型的事例は,違法な捜索・差押え(毒樹)に →
の果実」たる第 2 次証拠および狭義の派生証拠については,証拠能力の原 則的否定と例外的肯定という理論枠組みがつくられたということもできよ う。このことのもつ意義を認めるとき,「毒樹の果実」論に代わる理論枠 組みである「違法の承継」論を認めようとする立場の問題点も明らかにな る。すなわち,「違法の承継」論は,「毒樹の果実」たる第 2 次証拠や狭義 の派生証拠の証拠能力を原則的に否定する立場をとらない。すでに本稿 1 よって収集された書類(第 1 次証拠)からその存在が判明した目撃者が,後にみずからの 意思で公判廷に出頭し,証言するような場合である。目撃者の公判廷証言(第 2 次証拠) が「毒樹の果実」になるが,証言台に立つという目撃者じしんの主体的決定によって, 「汚れ」は除去されたといえ,証拠能力が肯定される。 第 2 に,捜査機関の違法行為とは関係しない独立の収集過程を経て,「毒樹の果実」が 獲得された場合である。「独立入手源の例外則」と呼ぶ。たとえば,違法な捜索・差押え 〔毒樹〕によって収集された被告人の書類(第 1 次証拠)から,大麻草の栽培場所が判明 したが,その情報じたいは,別の捜査機関が適法に取り調べた参考人からすでに取得され ており,その参考人の情報にもとづき大麻草(第 2 次証拠)が発見され,収集された場合 である。このほか,違法な立入り・捜索の行為(毒樹)によって捜査機関が証拠物を発見 したが,差し押さえることはせずに,その立入り・捜索の前にすでに請求していた捜索・ 差押え許可状の発付を待って,あらためて捜索を行い,その証拠物〔派生証拠〕を差し押 さえたという場合にも,「独立入手源の例外則」が適用される。なぜなら,違法な立入 り・捜索によって得られた情報(証拠物の存在)は,捜索・差押え許可状の請求について も発付についてもなんら影響を及ぼしていないからである。 第 3 が「不可避的発見の例外則」である。「不可避的発見の例外則」とは,捜査機関の 違法行為が間接的原因となって収集された「毒樹の果実」が,かりにその違法行為がな かった――すなわち,捜査機関の違法行為を「利用」しなかった――としても,発見ない し収集されたであろう高度の蓋然性が認められる場合には証拠能力を否定しないというも のである。たとえば,捜査機関の違法な捜索・差押え(毒樹)により収集された書類(第 1 次証拠)にもとづき,その捜査機関じしんが被害者の遺体(第 2 次証拠)を発見した が,被害者の遺体が放置された場所付近については,違法な捜索・差押えとまったく関係 なく,適法な検索ないし令状による捜索が別の捜査機関によってすでに行われており,被 害者の遺体はその別の捜査機関によっていずれ発見されたであろうという場合である。こ の「不可避的発見の例外則」を認める考え方は,実質的には,上述した「独立入手源」を 仮定することができる場合に「毒樹の果実」の証拠能力を肯定するものになる。そのた め,「不可避的発見の例外則」は「仮定的な独立入手源の例外則」とも呼ばれる。なお, 「不可避的発見の例外則」を適用したアメリカ合衆国の連邦最高裁判例として著名なのは, Nix v. Williams, 467 U.S. 431 (1984)) であった。この1984年ウィリアムズ判決の内容とその 意義について,小早川・前掲書368頁,458頁,500頁以下参照。 →
で述べたように,違法を承継させるに足りる実質的関係の存在が積極的に 認められたときにかぎり,例外的に第 2 次証拠や狭義の派生証拠の排除を 認めることになる。証拠能力の原則的肯定と例外的否定という理論枠組み をとる「違法の承継」論は,「毒樹の果実」排除の要件や考慮要素の内容 を厳格化させるための理論枠組みであり,その意味で,証拠排除の範囲を 狭める機能をもつといわねばならない。 「毒樹の果実」論と「違法の承継」論は併存できるという考え方もある かもしれない 39)。しかし,上述した「違法の承継」論の意味ないし機能に かんがみる限り,「違法の承継」論を採るべきではない。わが国の最高裁 判例についても,「違法の承継」論の枠組みで捉えるのではなく,「毒樹の 果実」論の枠組みで捉えなおし,その要件や考慮要素などをあらためて検 討の俎上に載せることが必要であると思う。この観点から,本稿の最後 に,捜査機関の重大な違法行為と密接に関連する尿とその鑑定書につい て,その証拠能力を最高裁がみずから否定した最判平成 15・2・14(刑集 57巻 2 号121頁)の意義について検討し,また,「毒樹の果実」たる第 2 次 証拠の証拠能力について判示した最決平成 21・9・28(刑集63巻 7 号868 頁)の意義について検討しておきたい。
4 最高裁判例と「毒樹の果実」論
最高裁平成15年判決の事案において,捜査機関の違法行為は,手続 的に違法な逮捕行為(令状の不呈示,緊急執行手続の不遵守)とその違法 逮捕を糊塗する犯罪行為(虚偽公文書作成,偽証)であり,刑事訴訟法の 強行規定(刑訴法201条 1 項,同 2 項,73条 3 項但書)に違反する行為に 加え刑法上処罰すべき犯罪行為(刑法156条,169条)が重ねられた。捜査 機関の証拠収集行為は身体拘束中の採尿と捜索・差押え許可状にもとづく 1 39) 緑・前掲書298頁。覚せい剤の差押えであり,証拠能力の有無が問題となったのは尿とその鑑 定書および覚せい剤とその鑑定書であった。最高裁平成15年判決は次のよ うに判示し,前者の尿とその鑑定書について,証拠能力を否定する。 「( 1 )本件〔窃盗罪の〕逮捕には,逮捕時に逮捕状の呈示がなく,逮捕 状の緊急執行もされていない(逮捕状の緊急執行の手続が執られていない ことは,本件の経過から明らかである。)という手続的な違法があるが, それにとどまらず,警察官は,その手続的な違法を糊塗するため〔中略〕, 逮捕状へ虚偽事項を記入し,内容虚偽の捜査報告書を作成し,更には,公 判廷において事実と反する証言をしているのであって,本件の経緯全体を 通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば,本件逮捕手 続の違法の程度は,令状主義の精神を潜脱し,没却するような重大なもの であると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そして,こ のような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは,将来におけ る違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから,その証拠能力 を否定すべきである〔中略〕。 ( 2 )前記のとおり,本件採尿は,本件逮捕の当日にされたものであり, その尿は, 上記のとおり重大な違法があると評価される本件 〔窃盗罪の〕 逮 捕と密接な関連を有する〔覚せい剤自己使用罪の〕証拠であるというべき である。また,その鑑定書も,同様な評価を与えられるべきものである。」 最高裁平成15年判決は,逮捕状の不呈示や緊急執行手続の不遵守の事実 に加え,違法逮捕後の虚偽公文書作成や偽証の事実に表れた捜査機関の態 度を重視して,「本件逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を潜脱 し,没却するような重大なものである」と結論した。ただし,最高裁平成 15年判決はそれらの事実から,最判昭和 53・9・7(刑集32巻 6 号1672 頁)が「違法の重大性」の排除要件について考慮要素とした「令状主義に 関する諸規定を潜脱しようとの意図」を推認してはいない 40)。捜査機関 40) 最高裁平成15年判決の事案で,被疑者の身体拘束時に,令状主義の保障を潜脱する意 →
の主観的意図でなく,あくまでその客観的態度を重視したといえる 41)。 なお,証拠収集行為後の虚偽公文書作成や偽証の事実まで考慮に入れた趣 旨については,捜査機関の側に捜査の違法を糊塗する行為が事後にあった とき,その特別の結びつきがある限りで事後の行為も一体として考慮に入 れ,「違法の重大性」の排除要件を認めたものといえよう 42)。 図をもって捜査機関が「逮捕状の呈示」や「逮捕状の緊急執行手続」を行わなかったと推 認することには,そもそも無理がある。なぜなら,逮捕状を請求し発付させていた捜査機 関の側に,令状による逮捕手続を意図的に懈怠する合理的な理由や目的があったとは思わ れないからである。最高裁平成15年判決の事案については,逃走した被疑者を追跡して取 り押さえた警察官らは,緊急の状況に対応するだけで精一杯で,逮捕状の緊急執行手続に まで思いが至らなかっただけであろう。 41) ちなみに,令状主義に関する諸規定を潜脱する捜査機関の意図が違法の程度を「かさ上 げ」する場合もあると考え,最高裁平成15年判決がそのかさ上げをしたという解釈もあ る。たしかに,最高裁平成15年判決の事案では,窃盗罪の逮捕行為には逮捕状の不呈示, 緊急執行手続の不遵守の手続的違法しかなかったともいえる。そのため,捜査機関が事後 に虚偽の捜査報告書を作成したことや公判廷で偽証したことを間接事実として,違法逮捕 時における令状主義の諸規定潜脱の意図が推認され,かつ,その意図が認められたからこ そ,それだけでは重大でない逮捕手続の違法を「重大な違法」にかさ上げできたというわ けである(参照,佐藤文哉「違法収集証拠排除の新局面」法学教室275号42頁)。しかし, 令状主義の諸規定を潜脱する捜査機関の意図が排除要件の「重大な違法」を充たす積極的 要素として考慮される場合がありうるとしても(井上・前掲書560頁),最高裁平成15年判 決が上述のような違法のかさ上げをしたと解することには賛成できない。最高裁平成15年 判決は,端的に,逮捕の違法を糊塗する事後の虚偽公文書作成や偽証も直接の考慮要素と して,「違法の重大性」の排除要件を肯定したと解すべきである。 42) ただし,証拠収集行為後の事情も考慮すべき場合を,捜査行為の違法を糊塗する場合に 限定する趣旨ではない。なぜなら,証拠の発見,収集過程における違法だけでなく,収集 後の保全過程における違法や証拠の使用過程における違法まで考慮に入れて,違法収集証 拠排除の可否を判断すべきだと思うからである。この点で,違法収集証拠物排除法則を最 高裁がはじめて認めた最判昭和 53・9・7(刑集32巻 6 号1672頁)は,考慮に入れた捜査 機関の違法行為の範囲が狭きにすぎると批判されねばならない。最高裁昭和53年判決は, 「違法の重大性」の排除要件を判断する考慮要素として,違法の客観的程度(「所持品検査 の必要性と緊急性が認められる」,「所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行 われたに過ぎない」)やその客観的内容(「強制等のされた事跡も認められない」)に言及 した。しかし,捜査機関が覚せい剤粉末を発見した行為,すなわち,無承諾で所持品を検 査した捜査機関の行為だけを取り上げて違法判断の対象にした狭隘さがあるといわねばな らない。最高裁昭和53年判決の事案では,「違法な所持品検査」が被告人の身体を違法 → →
に拘束することにつながり,さらに,逮捕現場において「違法といわざるをえない」差押 えを行わせ,覚せい剤粉末を「本件証拠物」として収集するにいたっていた。証拠の発見 だけでなく,その後の収集にいたる手続においても身体の自由や個人のプライバシーが侵 害されていた。この点,控訴審の大阪高判昭和 51・4・21(判時823号106頁)は,「本件 公訴事実である覚せい剤粉末不法所持の点については,前記違法な所持品検査及びこれに つづく試薬検査の結果初めて容疑が明らかとなり,現行犯人として逮捕され,本件証拠物 の差押手続がなされたものであって,右違法な所持品検査がなされなかったならば,これ に続く試薬検査,現行犯逮捕,差押の手続もあり得なかったという関係にあり,本件証拠 物の収集手続の瑕疵は極めて重大であって,憲法35条及び刑事訴訟法218条 1 項所定の令 状主義に違反する」と判示した。しかし,最高裁昭和53年判決は,捜査機関が覚せい剤粉 末を発見した行為だけを取り上げ,ただちに「本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重 大であるとはいいえない」と結論した。証拠の収集過程における逮捕行為などの違法につ いて考慮に入れなかった理由は説明されておらず,この点,やはり批判されねばならな い。同様な批判が,最決平成 8・10・29(刑集50巻 9 号683頁)についても当てはまる。 捜索・差押え許可状にもとづき行われた捜索の現場において,警察官が被告人に暴行を加 えたために,その暴行前に発見されていた覚せい剤とその鑑定書〔覚せい剤所持罪の証 拠〕,および暴行後に収集された尿の鑑定書〔覚せい剤自己使用罪の証拠〕について,証 拠能力の有無が問題とされた事案で,最高裁平成 8 年決定は,「捜索の過程において関係 者に暴力を振るうことは許されない」と述べ,捜査機関の行為〔暴行〕は「違法なものと いうほかはない」と判示したうえで,違法な「暴行の時点は,証拠物〔覚せい剤〕発見の 後であり」,暴行は「右証拠物の発見を目的とし捜索に利用するために行われたものとは 認められない」ために,「右証拠物を警察官の違法行為の結果収集された証拠として,証 拠能力を否定することはできない」と判示した。すなわち,本件における捜査機関の違法 行為〔暴行〕が覚せい剤とその鑑定書を証拠として収集する原因になっていないこと,そ れゆえ,覚せい剤とその鑑定書は違法収集証拠の範疇に入らないことを明らかにした。さ らに,この捜査機関の違法行為〔暴行〕の実質的な影響はその後の証拠収集行為〔尿の任 意提出〕に及んでおらず,採尿手続には「何らの違法もない」と判示した。しかし,最高 裁平成 8 年決定が本件覚せい剤とその鑑定書は違法収集証拠の範疇に入らないとした点に は,疑問がある。なぜなら,本件において,被告人が「そんなあほな」という言葉を発し たのは,警察官らを侮辱・挑発したというよりは,警察官が覚せい剤を発見したことに異 議ないし不審を申し立てる趣旨だったからである。すなわち,被告人の発言に触発され, 警察官は足蹴にするなどの違法行為に出たものであり,たしかに,その違法行為は証拠物 を収集する直接の原因となったものではない。しかし,証拠物の収集に対する被告人の抗 議を封ずる警察官の行為であった。その意味で,証拠物の収集と無関係な違法行為ではな かった。最高裁平成 8 年決定の事案については,捜索の過程,すなわち,証拠物〔覚せい 剤〕を発見する過程には捜査機関の違法行為がなかったとしても,捜索につづいて証拠物 を強制的に所持する過程,すなわち,捜索と直接に関連する差押えの過程において捜査機 関の違法行為〔暴行〕があったというべきであった。ちなみに,第 1 審判決の和歌山地 → →
最高裁平成15年判決の事案は,「毒樹の果実」論で捉えなおしたと き,狭義の派生証拠の排除が問題となる事案であった。捜査機関の違法行 為は,違法逮捕にせよ虚偽公文書作成や偽証にせよ,証拠の発見,収集や 保全行為そのものではなかったからである。被告人が「任意の採尿に応 じ」,「強制が加えられることはなかった」ために適法に収集された尿とそ の鑑定書について,最高裁平成15年判決は,重大な違法がある逮捕手続と 「密接に関連する証拠」として,最高裁昭和53年判決の「許容の不相当 性」の排除要件も充たし,証拠能力を否定すべきだと判示した。「密接な 関連」の言葉遣いを用いて,それじたいは適法に収集された証拠物を排除 すべき場合を肯定したのである。ただし,「密接な関連」を有するとした その具体的根拠について,最高裁平成15年判決はなんら述べていない。 「本件採尿は,本件逮捕の当日にされたものであり,その尿は,上記のと おり重大な違法があると評価される本件〔窃盗罪の〕逮捕と密接な関連を 有する〔覚せい剤自己使用罪の〕証拠である」と述べたにとどまる。「毒 樹の果実」論からは,最高裁平成15年判決の事案に関し,被疑者が体内に 保有する尿について,違法逮捕によって被疑者の身体を24時間警察の管理 下に置いた状態を利用して収集したものといわねばならない。その意味で 違法逮捕と採尿行為の因果関係は明らかであり,尿とその鑑定書は「毒樹 の果実」たる狭義の派生証拠として,その証拠能力が否定されるべきもの 2 判平成5・4・9(刑集50巻 9 号722頁)は,警察官の「暴行は本件覚せい剤が発見されたの ちに行われたものであるから,暴行を加えたことにより証拠が収集されたという関係には ないが,本件覚せい剤の捜索差押の過程で,すなわち,本件覚せい剤が発見された直後, これを被告人が自分のものではない旨否認したことを契機に,警察官 4 名が被告人を蹴っ たり踏みつけるなどの激しい暴行を加え,その結果全治まで 2 週間程度を要する傷害を負 わせるという重大な違法行為が行われている」と判示した。捜査機関の暴行が,差押えの 過程において証拠〔覚せい剤〕を強制的に所持しつづける直接の原因になった行為だとす る趣旨が窺える。最高裁もこの点に踏み込み,証拠物の発見,収集過程だけでなく,さら に事後の保全過程における違法の有無についても,実質的な検討を尽くす必要があったと いうべきである。 →