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現代中国憲法学の発展について

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Academic year: 2021

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資 料

現代中国憲法学の発展について

The Development of Modern Chinese Constitutional Law

張    千   帆

訳 

江    利   紅

**

は じ め に

 日中両国は長い交流の歴史をもっている。古代にあって日本は,中国か ら漢字を取り入れるなど,中国文化を摂取した。近代になると,中国は日 本を通じて,西洋の進んだ文化や技術を学んだ。法学領域でも,中国は,

日本の明治時代に作られた和製漢字熟語を法律用語として取り入れ,現 在,中国でも日本とほぼ同じような法律用語が使われている。例えば,

「憲法」という用語については,「憲」と「法」という漢字はそれぞれ中国 で昔から用いられてきたが,「憲法」という組み合わせを

constitution

と いう英語の翻訳語として使うのは日本人の戧作に由来する。中国はこの用 語を取り入れて,近・現代的な意味での「憲法」を制定した。数からみれ ば,日本は「憲法」を二つしか制定していないが,中国は数多く制定し た。しかし,中国における憲法の実質化はまだ不十分である。その原因に

 本稿は,2013年 ₂ 月 ₆ 日,中央大学多摩キャンパス ₂ 号館 ₄ 階において 開催された,日本比較法研究所主催の講演「中国憲法学の発展」(張千帆・

北海道大学招聘教授,北京大学法学院教授)の講演の記録を加筆修正した ものである。

 北海道大学招聘教授・北京大学法学院教授

** 嘱託研究所員・華東政法大学教授

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は,二つのレベルの問題がある。第一に,憲法そのものの問題である。第 二に,憲法学の問題である。ここでは後者,すなわち中国憲法学の発展お よびその問題について取り上げることにしたい。

 中国の憲法学は,改革開放以降,発展し続けている。その発展は下記の 通り,四つの転換に表れている。

I 理論科学から実践科学への転換

 中国では,憲法理論の発展は,憲法の制定に先行して始った。しかし,

中国の憲法理論の発展は,政治による制限を受けている。改革開放から,

中国の憲法理論,民衆の憲法意識は,法治建設の歩みとともに発展した。

しかし,1990年代になると,政治制度の改革が中断した。その影響によ り,憲法理論の発展も停滞した。2000年以降,もう一度憲法理論の発展が 始まった。また,この時期に憲法学は純粋な理論科学から実践科学へ転換 した。

 明の哲学者である王陽明が提唱した「知行合一(理論と実践はあわせて 発展しなければならない)」からすると,憲法学は学問的体系(理論)と 実践的体系(実践)の両面をもち合わせなければならない。憲法学は,憲 法事件という実践の場面を対象としているため,実践の学問(実践の科 学)という側面を有している。

II 政治学から法学への転換

 改革開放以前の中国では,憲法学は独立した学問ではなかった。文化大 革命の影響により,政治権力が社会を全面的にコントロールしていた。当 時,すべての社会科学,そして一部の自然科学も政治の中の一部でしかな かった。そのため,憲法学は政治学に属していると考えられてきた。現 在,中国の憲法学はめざましく発展したが,政治による制限にまだ強く服 している。そのため,憲法学が政治学に所属すると考える人も少なくな

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い。この意味で,政治学の一部として存在していた中国の憲法学は,中国 の政治制度を維持するために研究を行っていたといえよう。

 改革開放以降,憲法学は政治学から独立して独自の道を歩み始めた。現 段階では,研究の内容からみれば,憲法学でも政治学でも,国家制度,国 家機構の構造などを研究しているが,両者の研究の対象および研究の方法 が異なっている。憲法学は法学に所属し,法学的方法(法律規範的分析な ど)を利用して分析するものである。こういう政治学から法学への転換は 憲法学の独立のシンボルになる。

III 中国中心主義から諸国の比較への転換

 改革開放以前,中国では,西洋の憲法を批判していた。当時,西洋の憲 法を正しく紹介した論文もあるが,論文の最後には「これは資本主義の憲 法であって,人民にとって偽物である」とする記述がしばしば存在した。

 1980年代,法学のテキストや著作は少なかった。例えば,1983年にはじ めて行政法学のテキストが出た。当時,外国の法制度を紹介したテキスト や著作はほとんどなかった。2000年以降になり,外国の法律や法学著作の 翻訳が徐々に増えてきた。憲法学も同じである。1982年,憲法制定当時,

西洋の憲法学の紹介は少なかった。2000年以降,憲法学者は,西洋の憲法 および憲法学を紹介する論文や著作を徐々に増やしていった。さらに,憲 法学が中立の学問としての性格をもつと考え,自国の憲法を宣伝するため に他国の憲法を批判することは意味がないとした上で,全面的に他国の憲 法を紹介し,中国憲法改正の参考に供すべきという認識をもつ憲法学者が 増加した。

 私は,2000年に中国政法大学出版社で『西洋憲政体系』というシリーズ 本を出版した。その中でアメリカ,ドイツ,フランスの憲法制度を紹介し た。これが中国ではじめて外国の憲法制度を全面的に紹介したものであっ た。これ以前には,憲法学が政治制度と密接な関連をもっているので,こ ういう政治的リスクを冒そうとする者はなかった。この本は中国の憲法学

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界で高い評価をうけた。それ以降,外国の憲法制度の紹介が可能になっ た。

 現在の中国では,憲法学の一部の領域にはまだその研究が厳しく制限さ れているものがある。例えば,政党制度,社会主義の根本制度などを挙げ ることができる。研究の自由はまだあまりない。このテーマについての論 文を雑誌で発表することは難しい(インターネットで発表することは可能 であるが)。しかし,外国の憲法制度を紹介することは,さほど難しいわ けではない。

 現在,中国憲法の問題点を比較法的視点から研究することは多くなって いる。はっきりと中国憲法のことを批判しないという前提のもとで,外国 憲法の紹介や中国憲法と外国憲法との比較的研究はさほど厳しく制限され ていない。そして,その研究の政治的リスクも減少している。さらに,中 国の憲法の問題点のみを論じている論文は,質の高い論文ではないという 認識が生じている。

 現在の段階では,外国憲法学に関する著作は多すぎて,どれを学生が読 めればよいか迷うほどに至っている。そして,外国憲法学の紹介は,アメ リカ,イギリス,ドイツ,フランス,日本についてのものに集中してい る。日本について一例を挙げると,蘆部信喜の『憲法』の翻訳や,魏暁陽 による渡辺洋三の『日本国憲法の精神』の翻訳が代表的である。

IV 憲法制定から憲法実質化(憲法実施)への転換

 1982年現行憲法制定以前,中国の憲法学者は,憲法の制定を特に重視 し,これを研究の対象としていた。しかし,当時は,憲法が政治のシンボ ルであり,実際には適用されないこともあった。また,アメリカに代表さ れるような,憲法判例というものもよくわかっていなかった。そうであれ ば,違憲審査制の導入がなかったのも当然のことである。

 現行憲法制定以降,中国の憲法学者は憲法の実質化に関心を有してい る。特に,2000年以降,アメリカの憲法の紹介を通じ,こうしたことが知

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られるようになった。そして,これによって,現行憲法の問題点も明らか になった。

 中国共産党も,憲法の実質化の重要性を強調している。そのためには,

最高裁判所の司法審査も一つのやりかたであるが,その導入は難しいのが 現状である。いままで憲法は実質的には実施されていない。憲法の判例は 一件もない。2001年に教育権に関する判決が出たが,2008年に最高人民法 院により取り消された。地方裁判所で,判決の中で,憲法という用語がで たこともあるが,それは憲法判例といえるものではない。日本の憲法学者 は,憲法の条文の他,判例を引用できるが,中国ではできない。しかし,

憲法の具体的問題を研究する必要はある。報告者の研究グループでは,憲 法判例がないことは国にとって不幸なことであるが,憲法学者にとっては 悪いことではない。というのは,中国では,憲法判例がないが,憲法事件 があるからである。憲法に関する事件はときどき生じている。これらの憲 法事件を検討することは憲法研究にとって有意義である。今後,違憲審査 制の導入について,フランスの憲法委員会という方法が参考になると思 う。中国は,これを模範とすべきであると思う。

 改革開放以前は,憲法学は普通の人には関係ないと思われていた。しか し,いまは国民の憲法意識が発展している。例えば,土地収用について,

憲法10条・13条の財産権に関する問題として認識される。現在,憲法は抽 象的なものではなく,われわれの権利と密接なつながりをもつものである とされている。そして,インターネットの発展が言論の自由を促進してい る。しかし,反政府の発言であれば,すぐ削除される。また,反政府の発 言で,人身を拘束される事件もあった。例えば,重慶「打黒」(闇社会を 打撃)の際,村で働いていた大学卒業生が,重慶政府を批判したため,逮 捕され労働教養の処罰をうけた事件があった。この事件では,憲法によっ て定められた言論の自由が侵害されている。

 また,背の高さ,伝染病を理由とする公務員不採用という事件もあっ た。これは憲法で定められている平等権に違反している。そして,中国で は,出身地や戸籍によって,大学入学試験の合格点数が異なっている。こ

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の点について,憲法の定められている教育権,平等権に違反している。今 後,試験の統一化,平等化が実現されねばならない。

 2003年には「孫志剛事件」があった。広州市で働く湖北省出身の孫志剛 が身分証明書不携帯のために連行され,収容所で暴行を受けて死亡すると いう痛ましい事件である。北京の三人の博士課程の大学院生が,全国人民 代表大会に,条例の違憲審査を提起した。当時は,まだ違憲審査制度がな かったが,国務院が「都市流浪物乞いの収容・移送規則」(強制収容に関 する政令)の内容を審査し,廃止させた。違憲審査という形ではなく,国 民の事件によって条例を取り消させたことは,事実上の違憲審査であると いえる。

 これから10年の間に,中国の憲法はこういうモデルで発展していくこと であろう。例えば,大学入学試験の統一化も,多くの学者が参加し,教育 部に意見を提出している。また,土地収用,不動産立ち退きなどの事件に ついても,多くの法学者が関与してきた。さらに,これらの事件と関連す る論文も増えている。以前,憲法学者は人民独裁とか社会主義という抽象 的な理論だけを研究していたが,現在,これらの具体的な憲法事件を起点 とする憲法研究が増加している。すなわち,中国の憲法研究の方法は抽象 的なものから具体的なものへ転換しているといえる。すなわち,抽象的な 理論から,個人に関連し,個人の基本権をいかに守るかという課題に取り 組んでいる。これにより,個人と憲法の関連が緊密となったといえよう。

お わ り に

 上述のように,現在の中国では,憲法学の研究方法は四つの面で転換し ている。この四つの転換は全体主義から個人主義への転換であると総括す ることができる。中国では,2004年の憲法改正により,ようやく人権保障 についての条文がはいった。これにより,中国憲法が実質的にかわった。

現行憲法は,人民主権を定めているが,人民主権は全体主義の現れであ る。これに対して,人権保障という憲法規定は個々の人間の基本権を保障

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することになっている。中国の現行憲法はこの30年でようやく,人権保障 発展させることができるようになった。これに応じて,憲法学の研究も

「個人主義」的なものが増えてきた。もちろん,「全体主義」的研究もなお 存在する。中国の権力者はこういう全体的な用語を利用して,国民の基本 権を侵害することもある。まだ全体主義的なものは残っている。例えば,

土地の公有制などがその例である。全体主義の概念を利用して,権力者が 自分の利益をはかることがある。今後,人権保障という憲法規定のもと で,国民の基本権の保障を重視していかなければならない。

〈質疑応答〉

(質問)

 今日の報告は,近代立憲主義憲法を中国がうけいれるときにどういう問 題があるかという視点で行われています。憲法を比較し,他国の制度を導 入するときは,その制度の土台,国民意識・政治等々の問題があります。

日本でフランスやドイツなどの制度を導入したが,いつもその土台・土壌 のことが問題となります。中国でもっとも摩擦を生じるのはどういうこと でしょうか。

(回答)

 中国法文化の土壌論というものが提唱されており,こういう問題がある という認識は今日もある。しかし,これを理由として外国のすべての憲法 制度を除外するのは妥当ではない。一番の問題は,政治制度である。例え ば日本の制度を導入することは,共産党指導体制,一党独裁制度を否定す ることになり,問題が多い。

(質問)

 現在の中国の憲法学の成果の中で,輸出すべきものがあります。

(回答)

 まだその段階ではない。

(8)

(質問)

 報告の中にある政治の影響というのは,「政治学」のことなのでしょう か,それとも「政治」なのでしょうか。また,憲法学に参画するのは誰で すか。それが開かれたものであることはいかに確保されるのでしょうか。

学問の自由や言論の自由はいかに確保されるのでしょうか。

(回答)

 ネットの発言で汚職事件がでてきた。憲法は統治者にとって危ない。

「政治憲法学」という提唱もあったが,それを報告者は否定した。政治と きちんと区別されねばならない。

 主たる主体は憲法学者である。制度建設は当局にまかせなければならな い。

 現在では,判例などの,憲法理論を研究するための原材料がない。それ にかえて「憲法事件」をあつめている。

 言論の自由は重要である。これは,その他の権利の基盤をなす。GDP の発展を官僚たちは誇っている。しかし,国民の豊かな生活を確かにもた らしたが,権利の侵害もこれにともなって増大している。ネット技術の発 展により言論の自由が高まっている。ネットでの発言はほとんど自由であ るが,そのあと,当局により削除されることもある。私的領域では何を話 してもかまわないが,国家権力に関するものは制限があるのが現状であ る。

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