- 1 - 論文の要旨
申請者 板 倉 紗也子 研究論文題目
痛みのシグナル伝達におけるERK2経路の役割に関する研究
1 目 的
本来、痛みは組織傷害の察知や回避のために重要な生理反応であるが、様々な要因に よって痛みのシグナル伝達メカニズムが変化し、痛みそのものが大きな苦痛となること もある。痛みは、炎症・刺激による痛みである「侵害受容性疼痛」と、神経の痛みであ る「神経因性疼痛」とに分類される。侵害受容性疼痛は本来の痛みの機能に由来する痛 みであるが、神経因性疼痛には本来の痛みの機能である警告という意味はなく、苦痛と しての痛み自体が障害となる。
動物を用いたこれらの疼痛モデルにおいて、細胞外シグナル制御キナーゼ(ERK)の 活性を阻害すると疼痛応答が大きく変化することから、侵害受容性疼痛および神経因性 疼痛における痛みのシグナル伝達の制御メカニズムにERKが大きく関与していること が近年わかってきた。しかし、ERKによる痛みシグナルの制御メカニズムは極めて複雑 で、ERKのアイソフォームや組織の違いによって役割が違うことも示唆されている。今 までの多くの研究では、ERK の役割を調べるためにその上流のMEK を阻害する薬物 が利用されていたが、MEK はERK のアイソフォームを区別しないため、これらの実 験ではERKアイソフォームの働きを区別できなかった。よって、阻害剤を用いた実験 のみではERK経路の役割を詳細に解析することは困難であった。
本研究では、Cre-loxPシステムを用いて我々の教室が作出した中枢神経系あるいは末 梢神経系でERK2アイソフォームを欠損させたマウス系統を使用し、これらのマウスを 用いて侵害受容性疼痛および神経因性疼痛の発症におけるERKアイソフォームの部位 特異的な役割を明らかにすることを目的とした。
- 2 - 2 対象ならびに方法
(1)Erk2 遺伝子が脊髄を含む中枢神経系で部位特異的に欠損したマウス(Erk2 CNS- CKOマウス)の作出は、Cre 発現がNestine由来の転写プロモーターによって誘導 されるNestin-creトランスジェニックマウスとErk2 floxマウスとの掛け合わせによ って達成した。Erk2 遺伝子が後根神経節に存在する一次知覚神経の中の侵害受容神 経で部位特異的に欠損したマウス(Erk2 PNS-CKOマウス)の作出は、Cre 発現が Nav1.8由来の転写プロモーターによって誘導されるNav1.8-creノックインマウスと Erk2 floxマウスとの掛け合わせによって達成した。
(2)生後8-10週齢の各種標的遺伝子欠損マウスおよび野生型マウスを用いて、坐骨 神経結紮モデルマウスを作成し、アロディニアをvon Frey testで、痛覚過敏をPlantar testで評価した。
(3)侵害受容性疼痛はFormalin testで評価した。
(4)脊髄および後根神経節(DRG)について、抗ERKリン酸化抗体を用いた免疫染色 学的手法でFormalin投与前後のERKのリン酸化(p-ERK)の局在を解析した。
(5)DRG における各種サイトカイン発現についても免疫染色学的手法を用いて解析し た。
(6)統計はt-testおよびtwo-way repeated measures analysis of variance (ANOVA) を用いて解析した。
3 結 果
(1)von Frey testにおいては、Erk2 CNS-CKOマウスで疼痛閾値の低下がみられたが Erk2 PNS-CKOマウスでは野生型マウスとの有意差はみられなかった。Plantar testにおいては、Erk2 CNS-CKOマウスおよびErk2 PNS-CKOマウスともに 野生型マウスとの有意差はみられなかった。
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(2)Formalin testにおいては、Erk2 CNS-CKOマウスおよびErk2 PNS-CKOマウス ともに野生型マウスと比較して第2相に有意な反応抑制がみられた。また、MEK 阻 害剤投与後のFormalin testにおいては、Erk2 PNS-CKO マウスと野生型マウスで 同程度に第2相反応が有意に抑制された。
(3)ホルマリン投与後の野生型マウスではDRGの衛星膠細胞においてERKのリン酸 化の有意な増加がみられたが、Erk2 PNS-CKOマウスでは衛星膠細胞におけるERK リン酸化の顕著な増加はみられなかった。
(4)ホルマリン投与後の野生型マウスではDRGの神経細胞の一部においてIL-1βの有 意な増加がみとめられたが、Erk2 PNS-CKOマウスではIL-1βの有意な増加はみと められなかった。
4 考 察
神経因性疼痛においては、脊髄におけるErk2が重要な役割を果たしているのに対し て、侵害受容性疼痛においては、脊髄およびDRGの2つのレベルでErk2がシグナル 伝達の制御に関係していることがわかった。特に侵害受容性疼痛の痛みシグナルにおい て、DRG の Erk2 は神経細胞周囲にある衛星膠細胞を介した炎症性サイトカインの放 出を制御することによって痛みの強さを修飾しており、脊髄レベルでの制御よりも複雑 な制御を担っていることが示唆された。以上の結果より、痛みのシグナルは脊髄とDRG の2つのレベルで二重に修飾されており、その結果、複雑な制御が可能になっていると 推測される。
5 結 論
(1)脊髄後角神経細胞のErk2はアロディニアの発症に関与しているが、後根神経節の 侵害受容神経細胞におけるErk2はアロディニアの発症に関与していない。
(2)脊髄後角神経細胞のErk2および後根神経節の侵害受容細胞におけるErk2は、い
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ずれも侵害受容性疼痛のシグナル伝達の可塑性に関与している。
(3)後根神経節の侵害受容神経細胞におけるErk2を欠損させると、ホルマリン刺激に よる後根神経節の衛星膠細胞の活性化が抑制され、炎症性サイトカインであるIL-1β の放出が抑制される。