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スクールソーシャルワークからみた 不登校と貧困に関する一考察

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はじめに

 不登校は,児童生徒を教育する立場にある学校教育 の視点からは,いじめや暴力行為と並び,児童生徒が 抱える問題行動あるいは課題のひとつである.社会福 祉の視点からは,その一領域としての児童福祉や学校 福祉が支援対象とする子どもがあらわす徴候のひとつ である.しかし,児童福祉による不登校へのアプロー チは心理的なアプローチが主であり,福祉的な視点に もとづき生活全体へアプローチするという意識やしく みは不足している.そのため,虐待や障害,非行に付 随して不登校があらわれる場合は,児童ソーシャルワー クの「出番」となる一方で,学校福祉は,実際のソー シャルワーク活動としては,ほとんど行われていなかっ たといってよい.学校福祉=学校社会事業としての教 育福祉を論じた小川(2001)は日本の学校教育におけ る「福祉」概念は必ずしも明確なものではなく,吟味 が必要である(1)と指摘しているが,ある種の不登校は,

子ども自身が抱えこまされている困難な状況をあらわ すサインのひとつであり,福祉と教育が重なり合う領 域にある課題である.こうした課題に取り組む訪問教 師(visiting teacher)という名のスクールソーシャル ワーカーは,Richmond の時代から活動していたもの (2),日本において,その存在が全国的に知られるよう になったのは,文部科学省による「スクールソーシャ ルワーカー活用事業」が2008年より実施されてからで ある.

 本稿は,スクールソーシャルワーカーに介入依頼が あった不登校ケースを,子どもの貧困という見地から 考察し,福祉の視点から不登校問題を捉えることの重

要性を示すものである.その上で,家族支援を視野に 入れつつ,あくまでも子どもを中心とした支援のため にスクールソーシャルワーカーが持つべき視座につい て検討する.

1 .不登校とスクールソーシャルワーク の接点

 2011(平成23)年度「児童生徒の問題行動等生徒指 導上の諸問題に関する調査」によれば,小中学校にお ける不登校児童生徒数は約11万7千人であり,小学校 では0.3%(304人に1人),中学校では2.6%(38人に1 人)の割合で発生している(3).その割合は2001(平成13)

年度をピークにやや減少傾向にあるものの,不登校の 状態が前年度から継続している児童生徒数は,小学校 で38.3%,中学校で50.9%にのぼり,不登校の長期化が 問題となっている.同調査では,不登校になったきっ かけと考えられる状況を,本人,学校,家庭の3つに 区分した上で,本人に係る状況としては,「不安など情 緒的混乱」26.5%,「無気力」24.4%などが大きな割合 を占め,次いで,「いじめを除く友人関係をめぐる問 題」14.7%など学校に係る状況,「親子関係をめぐる問 題」10.9%など家庭に係る状況があると報告している

(複数回答).このように,不登校の原因には,本人の

「こころの問題」とする見方が多いものの,学校や家族 の側にも児童生徒が不登校となる要因があると捉えら れている.

 次に,不登校の改善に効果のあった措置としては,

「登校を促すため,電話をかけたり迎えに行くなどし た」49.5%,「家庭訪問を行い,学業や生活面での相談 に乗るなど様々な指導 ・ 援助を行った」48.4%,「ス

立正大学社会福祉学部社会福祉学科

キーワード:不登校,スクールソーシャルワーク,子どもの貧困

スクールソーシャルワークからみた 不登校と貧困に関する一考察

新 藤 こずえ

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クールカウンセラー等が専門的に指導にあたった」

39.6%などがあげられている(複数回答).従来,不登 校となった児童生徒に対応するのは,クラス担任や養 護教諭,生徒指導担当を中心とした教師の役割であっ た.しかし,1980年代から1990年代にかけて,「不登校 といえば優等生の息切れ型,神経症型が主たるタイプ(4) であるという見解および不登校を心理学や精神医学に 依拠する「こころの問題」とする捉え方が相まって,

「こころの専門家」であるスクールカウンセラーが導入 された.しかし,森田(1991)の大規模調査では,「神 経症的傾向などのタイプに偏りすぎた従来の研究状況 が,実際には,不登校問題のごく一部にすぎない(5)」こ とを明らかにしている.さらに,その後の保坂(2000)

の研究では,不登校は「神経症型」と家庭の劣悪な社 会経済的背景を抱えた怠学傾向や非行傾向のある「脱 落型」に二分できるとし,「『脱落型』が中学校におい て学年とともに激増している(6)」ことを確認している.

このような背景から,基本的には学校内やカウンセラー 室を拠点とするスクールカウンセラーのみならず,児 童生徒の家庭を訪問する,家族の生活する地域に出向 くなど,アウトリーチを可能とする支援の担い手は不 可欠であった.

 このような流れに鑑みると,2008年から文部科学省 が導入した「スクールソーシャルワーカー活用事業」

は必然であったといえる.不登校を含む,いじめ,暴 力行為,児童虐待など,児童生徒の問題行動等が教育 上の大きな課題となっていることを受け,スクールソー シャルワーカーは「社会福祉士や精神保健福祉士等の 資格を有する者のほか,教育と福祉の両面に関して,

専門的な知識 ・ 技術を有するとともに,過去に教育や 福祉の分野において活動経験の実績等がある者(7)」が任 にあたることとされた.その職務内容は次の5点にま とめられている(8)

 ① 問題を抱える児童生徒が置かれた環境への働き掛

 ②関係機関等とのネットワークの構築,連携 ・ 調整  ③学校内におけるチーム体制の構築,支援

 ④保護者,教職員等に対する支援 ・ 相談 ・ 情報提供  ⑤教職員等への研修活動等

 スクールソーシャルワーカーの主たる業務である,

児童生徒が置かれた環境への働きかけや関係機関等の ネットワークの構築等は,アウトリーチを伴う相談援 助が前提となる.そういった意味では,スクールソー

シャルワーカーは,2010年に国が決定した「子ども ・ 若者ビジョン」においても,学校における相談体制の 充実させるためのものとして(9),関連して「ニート,ひ きこもり,不登校の子ども ・ 若者」に対する訪問支援

(アウトリーチ)の担い手を要請する文脈においても求 められている.

 こうしたアウトリーチの手法を用いた児童生徒に対 するソーシャルワーク活動は,今日のスクールソーシャ ルワーカーの源流であるとされる訪問教師(visiting teacher)においても中心的な活動であった.教育委員 会として初めて訪問教師プログラムを実施したのは1913 年のニューヨーク市の取り組みであるが(10),Richmond は,「訪問教師はソーシャル ・ ワーカー」であり,「学 業不振,不健康,不品行,遅刻,無断欠席あるいは不 幸な家庭状態などのために学校から報告を受けた一定 の数の生徒に対して,困難の原因となる要因を発見し,

よりよい調整を図るよう試みようとする(11)」者であると 述べている.

 一方,日本において初めてスクールソーシャルワー カーという名称を用いて,このような活動を行ったの は,埼玉県所沢市において1986年より教育相談員とし て活動を始めた山下英三郎の実践であると言われてい (12).だが,それ以前に,長期欠席 ・ 不就学対策として 1950年に高知県にはじめておかれた福祉教員制度は,

現在のスクールソーシャルワークの源流とされており(13) 一般の教員の中から校長級の人材を「福祉教員」に充 (14),学校をベースにしたソーシャルワーク活動あるい はソーシャルワーク的な視点を持った活動を行ってい た.そのような活動は,その後,1962年から実施され た京都市教育委員会の生徒福祉課の取り組みや,1962 年から行われた大阪市のあいりん小中学校での実践に もみられ,ケースワーカー,カウンセラーなどがその 任にあたっていた.

 これらの「スクールソーシャルワーカー以前」の取 り組みは,貧困や差別を背景とした児童生徒の長期欠 席 ・ 不就学や非行に対応するものであったが,たとえ ば,高知県の福祉教員の実践とスクールソーシャルワー カー活動の比較を行った研究(15)では,両者が対象とする 児童生徒の層に共通性があることを指摘している.す なわち,福祉教員が対象としていた子どもは,長期欠 席 ・ 不就学,異常児,盲聾児,同和地区の子ども,経 済的困窮家庭など,貧困をベースにして複数の問題が 絡まり合っている多問題家族であり,高知県のスクー

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ルソーシャルワーカーが対象としていた子どもは,不 登校,児童虐待,発達障害,非行 ・ 不良行為などがあ る子ども,他職種では対応困難な子ども,ハイリスク ケースなど,子どもを養育する親の立場にある者自身 の困難(経済的,心理的,身体的,社会関係的)があ り,子どものみならず他の家族員も課題を抱える多問 題家族であった.ここでの不登校は「こころの問題」

というよりは「生活の問題」や「家族の問題」が多く を占め,いわば「脱落型」あるいは養護性の不登校で あると考えられる.ゆえに,福祉の視点から不登校を 捉える必要性があった.

2 .子どもの貧困の視点からみた不登校 児童生徒の生活

⑴ 「不登校」を主訴としてスクールソーシャルワー カーに介入依頼があった事例

 では,具体的にどのようなケースがあるのか.ここ では,「不登校」を主訴としてスクールソーシャルワー カーに介入依頼があった2つの事例をみていく.事例 は,筆者が2008年以降のスクールソーシャルワーカー 活用事業において介入したケースの概要である.個人 のプライバシーへの配慮から,事例を紹介する目的に 合致する以外の個人データは捨象し,修正を加えてい る.

〈A君のケース〉

 A君は小学6年生である.4年生の頃から徐々に登 校を渋りだし,5年生になる頃には週に1回登校する のがやっとの状況だった.6年生になってからは一度 も登校していない.A君は,彼の母親が16歳のときに 生まれた.望まぬ妊娠だったが,中絶できる時期は過 ぎていたため,祖母の協力を得て育てることになった.

当時17歳であった父親は高校を辞めて働き始めた.そ の後,両親の間にはA君の下に妹が2人生まれたが,

父親は建築関係の見習いの仕事でイライラすると母親 にたびたび暴力を振るった.不景気のあおりで父親の 仕事が激減したことに伴う経済的困窮が原因となり,

A君が4歳のときに両親は離婚し,A君と妹2人は母 親に引き取られた.母親は3人の子どもを育てるため に水商売の仕事に就いた.夜は遅くまで帰宅できず,

日中は寝ていることが多かった.A君と妹たちの食事 はファストフードやコンビニのおにぎりがほとんどだっ た.母親に恋人ができ,同居するようになると,相手

の男性から「子ども3人とは暮らせない」と言われ,

父親に引き取ってもらおうとしたところ,父親はすで に再婚していたため,A君が小学1年のときに,妹た ちとともに祖母に引き取られることとなった.

 A君は保育園にも幼稚園にも行ったことがなく,全 般的に発達の遅れがみられたが,小学校に入ると,徐々 に遅れを取り戻していった.しかし,夜尿はなかなか 治らなかった.妹のうちひとりには知的障害が認めら れたが,母親と暮らしていたときには気づいていなかっ た.祖母がA君きょうだいの面倒をみることに疲れて きた頃,父親がふたたび離婚したため,1Kのアパー トに家族5人で暮らすことになった.父親は不安定な 季節労働のため,祖母のパート収入と児童扶養手当が 生活費であった.父親の飲酒やパチンコは家計を圧迫 し,サラ金に借金をした.祖母と父親は料理ができな いため,A君きょうだいの食事はファストフードやカッ プめんであり,徐々に肥満になった.また,A君は何 日も洗っていない服を着て学校に行っていたため,臭 いがきつく,ときどきクラスメイトに冷やかされ学校 に行くことが苦痛になっていった.祖母が学校に行く ように言っても言うことをきかず,暴言や暴力を振る うようになった.父親の言うことは聞いていたが,父 親が出稼ぎのため家を空けると,「学校に行け」と言わ れることがないため,家でゲームをして遊んでいた.

父親が出稼ぎから戻って来て,家に居づらくなるとき だけ,渋々登校していたが,A君が小学6年になって から父親が家に帰ってこなくなり,完全に登校しなく なった.

 A君のクラス担任が家庭訪問すると,一家が住むア パートは,誰も掃除をしないため,汚れた食器,カッ プめんの器やビールの缶,洗濯されない服が散乱した 上に,飼いネコの糞尿のにおいがひどく,ゴミ溜めの ような状態になっていた.A君は玄関先で担任に,「家 には来てほしくない」と言い,担任や養護教諭が祖母 や父親に電話をしてもなかなか出ないため,学校から の依頼でスクールソーシャルワーカーが介入すること となった.

〈B君のケース〉

 B君は中学1年生の学期途中で県外から転校してき てきた.転校初日に登校したのみで,もう半年近く欠 席している.B君の両親は,彼が幼い頃に離婚し,母 親に引き取られたが,経済的な理由で,1年後には父

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親に引き取られた.父親は,男手ひとつでB君を育て,

B君の身なりや食事の栄養バランスにも気を遣い,勉 強などの面倒を良くみていたが,建設関係の仕事が激 減してからは,ストレスがたまり,飲酒量が増えていっ た.また,その頃,交際相手ができ,家をあけること が多くなるとともに,徐々にB君に関心を向けなくな り,食事も作らなくなった.B君が父親に話しかけて も冷たい態度を取り,飲酒時には暴力をふるうように なった.B君は父親に包丁をつきつけられたこともあっ た.

 それでもB君は,学校には休まずに行った.B君の 1日の食事は,学校の給食のみになっていたからであ る.父親からの暴力で,ケガをしていることもあった が,学校では周囲に悟られないよう活発にしていたこ とから,教師や友人から気に留められることもなかっ た.

 ある日,母親が父親の異変に気付き,再度,B君を 引き取った.しかし,母親の仕事は安定せず,B君は 母親とともに県内 ・ 県外を転々としている間に,学校 に行かなくなってしまった.また,母親は帰宅しない ことが多く,帰宅するときは,夜遅くに交際相手を連 れてきた.B君にとって見知らぬ土地のアパートの一 室で,一人ぼっちでテレビやゲーム漬けの日々が続い ていた.生活リズムは乱れ,朝起きることができなく なった頃,不調を訴え母親が病院に連れて行くと,自 律神経失調症と診断された.しかし,診断されたあと も,母親もB君も生活リズムを整えるための努力はし なかった.見かねた祖母が,B君を引き取ることとなっ た.しかし,B君は転校初日以降登校せず,登校させ ようとする祖母との葛藤が生活に支障をきたすように なったため,祖母が市の教育委員会に相談し,スクー ルソーシャルワーカーが介入することとなった.B君 の担任は,家庭訪問を行っていたが,ほとんど会うこ とができていなかった.

⑵ 貧困の視点からみた不登校児童生徒の生活  これら2つの事例は,「不登校」を主訴として,ス クールソーシャルワーカーが介入したケースだが,不 登校の背景にさまざまな課題があることを直感できる だろう.2人に共通していることは,両親の離婚に伴 い基本的には「ひとり親」家庭であるが,次々と同居 者や居住地が変わり家族関係が複雑である.また,い ずれの親も不安定な就労であるために,低所得な状況

におかれ,けれども,その低所得は「やりくり」で乗 り越えるということも不可能な状態にみえること,そ して,子どもが不登校であるということである.この ような状態に陥るさまざまな要因が考えられるものの,

なぜ,このような状態にあるのかを説明することは容 易ではない.

 そこで,脱落型あるいは養護性を有するという背景 に相対的貧困の状態にある多問題家族という視座から,

A君とB君の家庭を捉えるとすると,経済的貧困がも たらす子どもへの影響を説明した Seccombe(2006)の 枠組み(16)が役立つ.すなわち,貧困が子どもに影響を与 える道すじについて,経済的貧困を独立変数とし,次 の6項目の子どもの状態を従属変数として配したもの である.①健康と栄養(妊娠中の栄養不足が低体重出 産を招き,栄養不足が低学力を生じさせ,鉄分の不足 が貧血や注意欠陥,長期的には低い IQ となる,医療 保険への未加入はヘルスケアからの排除をもたらす),

②家庭環境の質(親による養育の欠如,きびしいしつ け,愛着関係の未構築,乏しい刺激,女性に対する特 別な責任の欠如),③親のストレスとメンタルヘルス

(おとなのうつ,両親のけんか,社会的サポートの欠 如,虐待とネグレクト,子どものうつ ・ 問題行動),④ 学習資源の不足(不適切な教育,本 ・ おもちゃの不足.

乏しい放課後の活動,高校中退,経済的理由による低 い大学進学率),⑤住居問題(ホームレス,頻繁な転 居,ユーティリティの停止,不十分な広さ,ねずみと 害虫,含鉛ペイント),⑥近隣地域(犯罪と暴力,劣悪 な学校,公害,有害物質,ドラッグ,ロールモデルと しての怠惰なおとな)(小西,2008(17)).

 このモデルを用いた分析によれば,乳幼児期の貧困 の重大性が明らかにされている.「5歳未満での貧困の 経験は,その後の子どもの発達に大きな影響を与える ため,解決すべき最も大きな課題」(小西,2008)なの である.A君とB君の家庭は,生活保護を受給してお らず,衣食住はかろうじて確保されているように見え るため,学校からは必ずしも貧困家庭として捉えられ ているわけではない.しかし,上記の枠組みを用いて 2人の生活を考察すると,彼らの幼少期から現在に至 るまでの低所得に派生する問題が影響をもたらしてい ることが看取できる.

 たとえば,健康と栄養について,A君は栄養の偏り で肥満になり,家庭で食事が与えられないB君の唯一 の食事は給食のみであった.不登校になってからは,

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生活リズムが乱れ,昼夜逆転の生活であった.歯磨き 習慣がないために虫歯が多かった.また,家庭環境に ついては,A君は幼少期から,B君は学齢期から親に よる養育が欠如しており,愛着関係が未構築であるこ とが窺えた.A君はまったく警戒することなく,初対 面からスクールソーシャルワーカーに(過剰に思える ほど)甘えたのだった.親のストレスとメンタルヘル スについては,2人とも両親のけんかを幼少期からた びたび目撃し,身体的 ・ 心理的虐待とネグレクトにさ らされていた.しかし,父親に暴力をうけ,ケガをし ているB君に教師は気づかないなど,彼を取り巻く社 会的なサポートが欠如していた.A君の夜尿症やB君 の自律神経失調症は,生活状況の困難とそれに伴う心 理的なしんどさに端を発しているようにみえる.学習 資源については,B君は親の度重なる転居でまともな 教育を受けられず,A君とB君の両親ともに,中卒か 高校中退であり,両者とも高等教育機関への進学はお ろか,高校進学ですら想定していないようであった.

住居問題については,両者とも頻繁な転居を経験して おり,不十分な広さのアパートであった.A君の家は 極度に汚れており,1Kに祖母,本人,妹2人,父親 と5人で住んでいた.B君はワンルームに母と母のパー トナーと暮らしていた.

 A君とB君の家族はともに,近隣地域とのつきあい は少なく,B君が県外で通った学校(ほとんど登校し ていないが)では,不登校がめずらしくなかったため,

非行や虐待にさらされていることが明るみになってい ないB君に対して,学校からの働きかけは後回しになっ た.また,A君が知る両親の仕事は,母は水商売,父 は季節労働で,家にいるときは飲酒すると暴力を振る う場面が多かったが,A君にとっては父母が「ふつう のおとな」の姿だった.A君が知る親戚や両親の友人 もまた,不安定な仕事に就いている者が多く,高校に 進学 ・ 卒業した者は少なかった.B君の母の仕事はネ ズミ講のような商売であり,犯罪ではないものの詐欺 に近いものであった.父親は子どもの目からは羽振り がよさそうであったが,実際は借金に苦しんでいた.

A君やB君のもっとも身近な大人はこのような状況で あり,彼ら周りにはロールモデルとなる家族や大人が ほとんど存在していないのである.

3 .スクールソーシャルワークからみた 不登校と貧困

⑴ 福祉の視点から不登校問題を捉えることの重要性  戦後しばらくの間,児童生徒の長期欠席 ・ 不就学の 多くは,児童労働や学校の持つ価値の認識の低さに起 因するものであり,その割合は,1970年に向かって減 少した.その後,長期欠席する児童生徒は再び増加に 転じたが,1980年代以降の長期欠席 ・ 不登校は,さま ざまな要因があるものの,神経症的なものが主たる理 由とされていた.概括的には,児童労働や経済的理由 によって子どもが学校に行けないという状況はほとん ど消滅したとみられていたものの,実際には,「脱落 型」と形容されてしまう養護性のある子どもは,先の 事例のような不安定な家族で貧困な状態におかれてい ることによって,存在し続けていたと考えられる.

 もちろん,事例のような子どもを取り巻く家族が有 する問題は,不登校の児童生徒に特有なものではない.

また,いうまでもなく,不登校の児童生徒の誰もが彼 らのような生活困難を抱えているわけではない.しか し,今日,彼らのような生活背景の中で,困難に直面 している子どもが少なくない割合で存在していること は,日本の子どもの相対的貧困率(14.2%(18))に鑑みれ ば,首肯できるだろう.2009年において,日本の子ど もの貧困率は,OECD に加盟する先進35か国のうち27 位であった.実際には1980年代から子どもの貧困率は 高い割合を占めていたが(19),数値として発表されるイン パクトは大きく,近年は,「子どもの貧困」の再発見の 時期であるといえる(20)

 同時に,「子どもの貧困を語ること,議論すること は,つまるところ『子どもは親の責任』で覆い隠され ている不平等を徹底して暴くことであり,そこに『容 認できない不平等』としての貧困を明らかにすること(21) でもある.たとえば,事例にあげた家族は,不登校の 子どものために情報収集して,新たな居場所を探した り,カウンセラーなどを活用したり,友だちとの交流 の場をつくるなど,さまざまな機会をコーディネート するゆとりはない.岩田(2007)は,スクールソーシャ ルワーカーとしての経験から,生活に余裕があれば子 どものために「頑張れる」場合もあろうが,目前の生 活のために「頑張りきれない」母親の存在が少なくな いことを指摘している(22).ましてや,フリースクールを はじめとする新たな居場所づくりや,不登校児童生徒

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の親が主導となり新たな教育理念にもとづいた学校を 建設することなどは,誰もが経験できるものではない(23) 一部を除き(24),家族が経済的基盤や社会関係資本を有し ているからこそ,「学校か,フリースクールか」という 選択肢を子どもに用意し,選択する余地を与えること が可能となるのである.

 しかし,事例の子どもたちは,オルタナティブな教 育の機会はおろか,実質的には,学校に行くという選 択すらできる状態にはない.このことの含意は,朝,

学校に行く時間に起きることができるか,朝食は用意 されているか,友だちと比べて恥ずかしくない程度の 服や靴,学用品を持つことができているか,からだを 清潔に保つことができているか,一緒に遊ぶ友だちが 学校にいるか,好きな先生はいるか,勉強したい科目 はあるか,学校に行きたいと思える気持ちを持てるか,

といったことを含めて,子どもが登校するという選択 肢をとれる状況にあるかということである.

 この状況を考える際に参考になるのが,「その人が何 をすることができ,どのような状態にあるのか」に基 づいて人の福祉と自由を評価するケイパビリティ ・ ア プローチである.このアプローチは経済学者の Sen に よって提起されたものであり,開発経済の領域で用い られてきたが,現在は,ジェンダーや社会福祉などの 領域での議論にも取り入れられ始めている(25).Nussbaum のケイパビリティ ・ アプローチ(26)は,Sen が具体的には 示さなかった,「人間らしい生き方の核となる,機能的 潜在能力(central human functional capabi1ities)」の リストを提示している.10項目からなるそのリストは,

生命,健康,身体の自由,感覚,想像,思考,感情,

実践理性,他者との関係,動植物との関係,遊び,環 境のコントロールからなり,「もしリストに掲げた全て のケイパビリティを持つ大人を育てようとするならば,

子どものときに特定のタイプの機能を満たすことが必 要となるだろう(27)」と述べている.

 つまり,子どものときに,あらかじめあるタイプの 機能を満たしていなければ,大人になってから,人間 らしい生き方の核となる機能的潜在能力を持つことは 困難であり,したがって,その子どもが置かれている 状況をふまえ,「その子どもが何かすることができるよ うになるためには,どのような状態にあることが望ま しいのか」という観点で,子どもの生活を看取する必 要があるということである.そういった視座に立った 場合,たまたま「弱い家庭」に生を受け,そこで育っ

た子どもが,教育の場から引き剥がされてしまう状況 は容認されるべきではない.しかし,不登校を「選択」

しているかのように見える子どもの「教育からの引き 剥がし」の責任を全面的に親に委ねてしまうことは誤 りであろう.このことについて,青木(2011)は,日 本は「とくに強い家族主義と市場主義の型の中で,貧 困の家族の子どもは必然的に不利になる可能性が,他 の先進諸国よりも強い枠組みにおかれている(28)」と指摘 している.

 Nussbaum(2005)は,「国家は家族の維持に関心を 持つとしても,子どもの生活に干渉するにも限界があ ることを認識しておかなければならない.なぜなら,

親は子どもに対して少なくとも何らかの正当な権利を もっているからであり,親の権力と子どもの経済的依 存を考えると子ども自身の選択かどうかを確かめるこ とは困難だからである(29)」と述べる一方で,「子どもの選 択を考慮せずに,子どもの健康 ・ 情緒的福祉 ・ 身体的 保全 ・ 尊厳を主張することも正当である.このような 主張は親によってなされるのに対し,国家には親が子 どもを虐待し無視するのを防ぐ正当な役割がある(30)」と も述べている.それは,「子どもの頃の機能は,大人に なったときのケイパビリティのために必要なのである.

国家が大人のケイパビリティに対して関心を持つとい うことは,そのケイパビリティに長期的な影響を与え ることになる子どもの育て方にも強い関心をもつこと になる(31)」からである.

 事例の子どもたちがおかれた状況は極めて個別的 ・ 具体的であるが,それは一面では他の不登校の(とく に貧しい家庭の)児童生徒が直面している問題と全く 違うというわけではない.それぞれの子どもの個別的 な事情,あるいは一般的な様々なレベルでの社会的状 況,そして家族の社会的立場を理解することなしに,

A君やB君の選択や制約を理解することはできないだ ろう.ケイパビリティ ・ アプローチからみると,A君 やB君は彼らの福祉が損なわれているために,学校に 行く自由を持っていないということである.社会的に 不利な立場にある家庭の子どもの不登校を考えるため には,まず,子どもたちがおかれている状況を理解し なければならない.ここに,福祉の視点から不登校問 題を捉える重要性がある.

(7)

⑵ 子ども中心の支援のために-スクールソーシャル ワーカーが持つべき視座

 冒頭でも述べたとおり,1980年代以降の不登校問題 は,主として学校教育が取り扱う課題であって,必ず しも社会福祉の課題とはみなされておらず,児童福祉 において要養護の子どもが有するリスクのひとつとし て理解されるのがやっとであった.また,学校福祉は 長らく忘れられた存在であった.あるいは,かつての 学校福祉を米国における訪問教師(visiting teacher)

や高知県における福祉教員という名の教師が担ってき たことに鑑みれば,ソーシャルワーカーにとって,学 校福祉というジャンルはほとんど存在していなかった といったほうが妥当かもしれない.

 岩田(2007)は,abuse でも neglect でもなく,障害 児でもない子どもと家族に介入することの困難さを指 摘したうえで,「不謹慎ながらも,こうした子どもたち が『何か』をやらかしてくれるのを内心『待ってしま う気持ちになることもある』」と述べている(32).すなわ ち,中学生という児童福祉施設が利用できる間に,教 師やスクールカウンセラーやスクールソーシャルワー カーなどの見守り役がいる間に,「育ち直し」ができる 道すじへとつなぎたいということである(33).しかし,先 の事例にあるような不登校などの「小さな問題行動(34) では,児童福祉の射程には入らず,教育と福祉の狭間 におかれることになる.また,子どもに向き合う余裕 がなく,子どもへの意識すら低められている状況の親 を,児童相談所や教育相談センターにつなげることに は限界がある.

 従来から,不登校の児童生徒の一定数は,まぎれも なく福祉の視点から支援すべき対象であったが,教育 と福祉の接点はほとんどなかったといってよく,学校 をベースにしたソーシャルワークの必要性が認識され るのは,外部から学校に入り込む専門職の先駆けとなっ た,スクールカウンセラーが配置されてからであった.

1995年に文部科学省がスクールカウンセラーの派遣を 開始してから間もなく,スクールカウンセラーの立場 からも,スクールソーシャルワーカーの必要性は指摘 されていた(35).それは,スクールカウンセラーを含む,

外部から学校に入り込む専門職による教員サポート ・ システム(36)のアクターとしてであり,いまひとつは,子 どもを含む,家族支援の担い手としてである.むろん,

家族は子どもを取り巻く最大にして最も強い影響を与 える環境のひとつであり,子どもの貧困とは,つまり

家族の貧困である.そのような視座にたったとき,ス クールソーシャルワーク活動は必然的に家族支援を含 んだものでなければならない.

 しかし,実践レベルでは,経済的困難をはじめとす るさまざまな課題を有する多問題家族でありながら,

表面化している子どもの課題が不登校のみであり,児 童相談所の措置が期待できず,社会的養護の対象とま ではいかないケースの場合,教師やソーシャルワーカー などの支援者は,社会資源の乏しさを改善する前に,

家族の育児力ともいうべきもの(子どもの生活リズム を整え,衣食住を遺漏なくなく用意し,しつけもしっ かりとするといったもの)を求めがちになる.子ども が自力で衣食住をまかなえるようになる以前の年齢で あれば,それらの役割は当然,母親が担うべきという ジェンダー規範と相まって,なおいっそう家族への圧 力を強めていく.

 だが,だからといって「早寝早起き朝ごはん」運動(37)

のようなロジックに陥るべきではない.子どもの健康 にとって,「早寝早起き朝ごはん」が望ましいのは自明 である.しかし,たとえば,文部科学省が推進する「早 寝早起き朝ごはん」運動では,その必要性の根拠のひ とつとして,毎日朝食をとる子どもほど,ペーパーテ ストの得点が高い傾向があるとして,朝食と学力の相 関関係をあげている(38).ここには,子どもの朝食を準備 できる家庭とは,どのような家庭であるのか,という 観点が欠落している.すなわち,「朝食を食べるから,

テストの点数が高い」のではなく,「朝食(という象徴 的なもの)をはじめとする,子どもにとって必要なも のを準備してやれるだけの生活のゆとりや家族の意識 がある家庭だから,テストの点数が高い」といったほ うが適切であろう.朝食を食べる子どもほどテストの 点数が高いという短絡的なロジックは,家族背景をまっ たく考慮しておらず,家族主義に拍車をかける見方で ある.少なくとも,事例であげた家庭は,ひとり親で,

その親は不安定でかつ不規則な仕事に就いており,子 どもに与えられる朝食がファストフードやカップめん がやっとであるような状況である.こうした家庭に「早 寝早起き朝ごはん」運動のロジックが通用するとは考 えられない.むしろ,「早寝早起き朝ごはん」によるメ リットとして提示されていることをインセンティブと して,子どもに朝食を準備させようという動きは,親 を追い詰めることになる.

 もちろん,親への働きかけが不要であるわけではな

(8)

いが,子どもと家族を切り離して考えることの重要性 もまた認識しなければならない.スクールソーシャル ワーカーの子ども支援は,親に「親役割」を期待する ことによって,問題解決を目指すべきではない.スクー ルソーシャルワーカーによる子どもへの貢献は,子ど もをサポートするための社会資源を,どれくらい持つ ことができるか,開発することができるか,その必要 性を子どもの代弁者となって説得的に訴えることがで きるかにかかっている.スクールソーシャルワーカー には,このような視座を持つことが求められるだろう.

おわりに

 本稿では,スクールソーシャルワーカーに介入依頼 のあった不登校児童生徒の生活背景を手がかりに,子 どもの貧困の視点から不登校問題を捉えることの重要 性を指摘した.従来,児童福祉の対象とはみなされて こなかった不登校のケースには,養護性をもった子ど もが少なくない.こういった子どもと家族を支援する という意味において,スクールソーシャルワークは教 育と福祉の接点に立つことができる.そのメリットの ひとつは,子どもであれば誰もが享受すべきものとし ての学校教育の普遍性を学校福祉の枠組みで活用でき ることであり,いまひとつは,対象を制限するものの 個別的な支援が得られる児童福祉の個別性を活用して,

子どもの最善の利益のために活動することができるこ とである.

 子どもの最善の利益といった場合,必ずしも子ども を取り巻く人々が皆共通の「子どもの最善の利益」観 を有しているわけではない.そこで,ケイパビリティ ・ アプローチに立ち返ってみたい.ケイパビリティ ・ ア プローチによれば,「内的な潜在的能力(internal capa- bility)は教育によって発達させられる(39)」のであり,教 育は「子どもたちがその後,どのように生きていくの かを,自らで選んでいくための基礎を養うこと(40)」とし て捉えられている.子どもの福祉と自由を保障するた めの取り組みは,こういった共通理解にもとづいてな されるべきである.少なくとも,子どもが教育の場と いうステージにあがることを可能とする状況をつくる ために,福祉的な視座から不登校問題に取り組むスクー ルソーシャルワーカーは,よりいっそう活用されなけ ればならないだろう.

(1) 小川利夫・高橋正教編著(2001)『教育福祉論入門』光生 館.

(2) Richmond, Mary E. (1922) What is Social Case Work:

Russell Sage Foundation.

(3) 文部科学省(2011)『平成23年度「児童生徒の問題行動等 生徒指導上の諸問題に関する調査」』

(4) 酒井朗・川畑俊一(2011)「不登校問題の批判的検討:脱 落型不登校の顕在化と支援体制の変化に基づいて」『大妻女 子大学家政系研究紀要』47,47-58.

(5) 森田洋司(1991)『「不登校」現象の社会学』学文社.

(6) 保坂亨(2000)『学校を欠席する子どもたち-長期欠席・

不登校から学校教育を考える』東京大学出版会.

(7) 文部科学省(2008)『スクールソーシャルワーカー実践活 動事例集』

(8) 同上

(9) 子ども・若者育成支援推進本部(2010)「子ども・若者ビ ジョン」

(10) 青木紀(1997)「アメリカにおけるスクール・ソーシャ ル・ワーク」『教育福祉研究』3,8-26.

(11) 小松源助訳(1991)『ソーシャル・ケース・ワークとは何 か』中央法規.

(12) 日本学校ソーシャルワーク学会(2008)『スクールソー シャルワーカー養成テキスト』中央法規.

(13) 同上

(14) 倉石一郎(2007)「〈社会〉と教壇のはざまに立つ教員-

高知県の「福祉教員」と同和教育」『教育学研究』74(3),

40-49.

(15) 新藤こずえ(2010)「高知県における福祉教員の実践とス クールソーシャルワーク活動に関する考察」『高知女子大学 紀要 社会福祉学部編』59,125-138.

(16) Seccombe, Karen(2006)Families in Poverty, Person Education.

(17) 小西祐馬(2008)「先進国における子どもの貧困研究-国 際比較研究と貧困の世代的再生産をとらえる試み」浅井春 夫・松本伊智朗・湯澤直美編『子どもの貧困-子ども時代 のしあわせ平等のために』明石書店.

(18) 厚生労働省2009年10月20日発表.

(19) 阿部彩(2008)『子どもの貧困』岩波書店.

(20) 松本伊智朗(2010)「いま,なぜ子どもの虐待と貧困か」

松本伊智朗編著『子どもの虐待と貧困』明石書店.

(21) 青木紀(2011)「基調報告:貧困・家族・子ども」『貧困 研究』6,5-10.

(22) 岩田美香(2007)「貧困家庭と子育て支援」『季刊社会保 障研究』43,211-218.

(23) 青木紀(1993)「現代社会の子育てと社会階層:北海道子 どもの生活環境調査から」『教育福祉研究』2,1-70.

(24) たとえば,西原尚之(2006)「『養護型不登校』における 教育デプリベーション-補償教育システムおよび家族との 協働の必要性について-」『社会福祉学』46(3),87-97.

(25) 鳥山まどか(2004)「M. ナスバウムの潜在能力アプロー チに関する研究ノート -- ソーシャルワークに示唆するもの」

『北海道大学大学院教育学研究科紀要』95,179-190.

(26) Nussbaum, Martha Craven (2000) Women and Human Development: The Capabilities Approach,Cambridge Univ.

Press(=2005,池本幸生・田口さつき・坪井ひろみ訳『女 性と人間開発―潜在能力アプローチ』岩波書店)

(9)

(27) Nussbaum(2005)同上

(28) 青木(2011)同上

(29) Nussbaum,(2005)同上

(30) 同上

(31) 同上

(32) 岩田(2007)同上

(33) 同上

(34) 同上

(35) 村尾泰弘(2001)「学校現場の抱える問題と教員サポー ト・システム ‐ スクールカウンセリングとスクールソー シャルワーク」『人間の福祉』10,25-35.

(36) 同上

(37) 文部科学省「早寝早起き朝ごはん」国民運動の推進につ いて

http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/asagohan/index.

htm

(38) 文部科学省『家庭で・地域で・学校でみんなで早寝早起 き朝ごはん-子どもの生活リズム向上ハンドブック』http://

www.mext.go.jp/a_menu/shougai/katei/08060902.htm

(39) Nussbaum, Martha Craven (1988) Nature, Function, and Capability: Aristotle on Political Distribution, Oxford Studies in Ancient Philosophy, Clarendon Press, 145-184.

(40) 馬上美知(2005)「M.C. ヌスバウムの思想:教育におけ る公共性再考のための基礎作業として」『東京大学大学院教 育学研究科紀要』45,21-29

(2013年2月13日受理)

参照

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