第6節 応答の分析
第1項 人間関係と単独応答型・複合応答型
1.応答の種類
談話における「ほめ」は、「ほめ主体」の一方的な働きかけによってだけでなく、「ほめ られ主体」との相互作用によって成立するため、円滑なコミュニケーション、さらには人 間関係を構築、維持するには「ほめられ主体」の応答の仕方も重要で、「ほめ」と同様、人 間関係等に応じた配慮がなされていると考えられる。アメリカ人はほめを連帯意識の確認 に用いるため、ほめられた側も、まずは“Thank you.”と言って受け入れることが理想的 である(Herbert,1990)ようだが、日本の場合、ほめを受け入れることは、相手より上 に位置することを認め、横柄な行為となるために拒否すべきである、と東(1995)では述 べている。
日本語の「配慮」された応答が、果たして「ほめ」の拒否なのか、本節では、「ほめ」の 応答を分析対象とし、応答の種類、表現形式などの特徴、受けた「ほめ」の対象との関係 などから分析することにする。
日本語の「ほめ」の応答に関する先行研究には、横田(1985)、熊取谷(1989)、彭(1990)、
丸山(1996)、寺尾(1996)、金(2002)、大野(2004a、2005b)があり、そこで指摘さ れる応答型は、大きく「受入れ」、「否定」、「回避」の三種に分類することができる。本研 究では、「ほめ」の内容を肯定したり、直接的に受入れる応答を受入れ型、「ほめ」の内容 を否定したり直接的に受入れない応答を否定型、また、「ほめ」の内容を否定はしないもの の直接、或いは全面的には受け入れない応答や、完全な態度保留を表す応答を回避型とす る。資料の用例では、これら三つの型を、さらに次のような詳細な方法に下位分類するこ とができた。以下、談話例を示す場合には、応答部分に下線を付している。
A.受入れ型
A1「賛同の発言・態度」
「そう」(58-14、90-1 など)のように「ほめことば」全般を肯定したり、「もっとほめ て」(88-3)のように更なる「ほめ」を要求したり、「でしょ?」(40-1)、「あたりまえ」(39-2)
など当然のこととして表現するもの。いわゆる「自画自賛」はここに分類できる。この他、
(55)のように、「ほめ」を受ける水準にある理由を述べるものも、「ほめ」を前提とした 表現としてここに分類した。
(53)富士男「へえ、門限のあるお嬢さんか」
陽子「まあね」 (「天上の青」13デパートの屋上(タ))
(54)有川「けど、どこの調査員も見つけられなかった。(鼻で笑って)アンタ腕が良すぎ たな……」
探偵「ウチは少数精鋭だって言ったろ」 (「鉄と鉛」8警察署・取調室)
(55)(ボクシングの試合前の軽量で)
体重計に乗る林。
重田「静かに乗れよ。なんだお前、着たままでいいのか」
林 「大丈夫ですよ。絞ってますから」
重田「ほお、安定してんだな」
林 「ええ、摂生してますから」 (「Kids Return」77ジム)
A2「感謝・喜び」
「ありがとう」、「どうも」等、「ほめ」への感謝や、「うれしい」など「ほめ主体」の喜 びの気持ちを表現したもの。
(56)朝妻「(カセットテープを置いて)いや、聞かせてもらったけど、なかなかよかった よ、オレは好きだな」
新田「ありがとうございます」 (「緑の街」37オフィスビル・ロビー)
(57)(美沙、脚本家の石上から、渾身の新作の感想を聞かれ)
美沙「先生、私鳥肌たったわ。何度も何度も。それも体の――ずっと中の方から」
石上「――」
美沙「先生。――これは絶対よ」
間。煙草とる石上の指が震えている。
石上「うれしいな」
美沙「――」
石上「本当に。――うれしいな」 (「町」159 ロンド)
A3「控えめな同意」
言語表現では、「うむ」(17-7)、「はい」(25-2)、「そう」(51-3)、「ン」(38-9)などの あいづち的な短い同意や、「はあ、なんとか」(11-2)、理解したことの表明である「そうで すかあ」(86-7)や「ヘエ」(104-4)などがあり、非言語表現では、はにかんだ頷き(49-8)、
ほほえみ(4-5など)、あいまいな頷き(25-16)、小さく頭を下げる(37-5)、照れ笑い(41-51)
などがあった。
(58)おばちゃん「よッ、看板娘!」
なぎさ 「ヘヘッ……」 (「NAGISA」64海の家『ふじみ屋』)
A4「ほめ返し」
「ほめ」を受けてすぐに、「ほめ主体」を「ほめる」場合である。
(59)(友人に、自慢できるほど野球ができて凄いとほめられ)「お前にだってピアノがあ るじゃないか―」 (「いちご同盟」63同・病室中)
B.否定型
B1「不賛成の発言・態度」
「ほめ」の内容を直接的に否定する表現で、「いいえ、(ほめ内容)ではありません」と 解釈、或いは補うことが出来る表現が相当する。「そうでもない」(18-1、91-5、94-1)な どの他、評価語の反復(60)や置換(61)による具体的な否定、「とんでもない」(97-5)、
「全然」(63-5)などの強い否定がある。
(60)(高速道路の下で久、下手なハーモニカを吹いている)
ある男「にいちゃん、ハーモニカ上手(じょうず)だね!」
久 「上手(うま)かねえよ」
(「愚か者」39同じくダンボールハウスの並ぶ高速道路の下)
(61)(史華の父と史華が慕う森原がほぼ同年代であることについて)
史華「でも森原さんの方がずっと若く見えます」
森原「いやいやかなりおじさんです」 (「恋と花火と観覧車」51野外音楽堂(夜))
B2「意図への疑い」
「本気かね?」(7-7)、「それってほめられてんのかな」(20-2)のようないわば「確認型」
と、「からかうもんじゃない」(25-6)、「バカにして」(8-4)、「皮肉をいうな」(103-3)、「嘘」
(74-13)、「冗談ばっかり」(69-18)、「調子いい」(13-2)、「(営業にでてると)上手にな るのね」(59-2)、「お世辞言わなくったっていいです」(46-11)のように、別意図による
「形式ほめ」を前提としたものがある。
(62)大久保「優しいじゃないですか」
佐古 「本当にそう思う?」 (「絆」59佐古のアパート)
B3「中止要求」
「ほめ」や、その話題の継続を望まず、中止することを「ほめ主体」に要求する形式を とるもので、「やめろ」(88-38)、「もういいよ、私のことは」(69-41)、「〜のことはもう 言うな」(13-8)などがあった。
(63)広井「ほんとに泣いてるのかと思っちゃった」
信子「(強がって)あんな女々しくなれないよ私は」
広井「のぶちゃん、やっぱりうまいわ、あれ見たら団員も刺激になるだろうな」
信子「やめなよ、そんなことないって」 (「緑の街」48郊外私鉄車内〈好きな人〉)
C.回避型
C1「冗談・おどけ」
冗談を言ったり、非言語表現も含めておどけた態度や表現で応答するもの。
(64)リハビリ中の康平、補助棒につかまりながら、懸命に歩行訓練を続けている。
藤川「いいですねえ。……神山さん、ずい分調子がいいじゃありませんか」
康平「いや、イメージトレーニングをはじめたんですよ」
藤川「イメージトレーニング?」
康平「朝起きた時と眠る前に、気合いをかけてるんですよ。『おい、俺の左手左足よ。
機能を失ったキミたちはたしかに気の毒だが、すぐ右手右足の世話になること を考えちゃあ駄目だ。オレの手足である以上、最後まで人間性を失うな』って ね」
藤川「それはいいことを思いつきましたね」
雌平「ハハハ。まあ、いつまでも囚われの身ってわけにもいきませんからね」
(「火星の我が家」31○○病院・リハビリテーション室)
C2「情報的コメント」
「ほめ」られた対象の由来など付加的情報を伝えるものであり、単なる説明の場合(C2)
と、「ほめ」の肯定的な内容を下方修正する場合(C2↓)とがある。
・C2の例(65)勝英「やさしいじゃないか、あいつ……」
霧雨「翔ちゃん、父方のおじいさんと十八の時から暮らしてるの……」
(「枝の上の白色レグホン」SE)
・C2↓の例(66)(友人に、出世もし、幸せな家庭を築いて偉いとほめられ)
「俺だって、こうなるまでは苦労したさ。今だっていろいろ有るよ」
(「我等の放課後」23同・リビングルーム)
C3「シフト」
「〜さんのおかげ」等、「ほめ」の内容が「ほめられ主体」の努力や能力によるものでは ないとするもの。
(67)(客としてやってきたお得意様の社長に、店が良くはやっている、とほめられ)「社 長が招き猫なんでしょう」 (「絆」4クラブ『モア』)
C4「ほめことばの内容の確認・的確さへの疑問・とまどい」
「そうですか?」や「ほめことば」の反復等によって内容を確認したり、「ほめ」の的確 さに対する疑問や、とまどい、驚きの気持ちを表すもの。
(68)(車の中で、富士男が瞳の目の美しさなどをほめる)
富士男「近眼だからよけいきれいなんだな。ぞくぞくするよ。なんて色っぽいんだ」
瞳 「色っぽい? 私が?」 (「天上の青2」23その車の中)
(69)部下「仙台の支店長か。栄転は栄転ですもんね」
上司「なに言ってんだ君」 (「Kids Return」89ヒロシのタクシーの中)
C5「談話の流れに沿って話が逸れる」
談話の流れに沿って話題が進んでいるため、「ほめ」への返答をしないことが自然な場合。
(70)法子「(割り込んで)わあ。勝さんて頭いいんだ。幽霊と殺し屋両方引き受けて大 変だけど、がんばってね」
勝 「おう。任しときな」 (「あした」63バスターミナル・表(夜))
C6「無言・意図的に話を逸らす」
何も答えなかったり「ほめられ主体」自身が話を逸らすもの。
(71)中崎「まあ、自宅のマンションに呼んでも良かったんだけど、やっぱりここの方が ねえ、ゆっくりお話が出来ると思って」
美都子「普段、ここにはお住まいじゃないんですか?」
中崎 「ここはもう、週末とか、休みの日とか、そういう時だけ来て、ボケーッとす るだけの場所ですよ」
タモツ「いいな、そういうの」
美都子「素敵……」
中崎「あ、飲み物が無いな」 (「アベック・モンマリ」37同・庭(昼))
C7「恩恵を与える」
例えば、淹れたお茶を「ほめ」られ、そのお茶を「ほめ主体」に勧めるという場合(36-p76)
など、物に限らず何らかの恩恵を「ほめ主体」にもたらす場合。
(72)(寮祭で多田が焼きそばを作っているところへ知人の淳子が現れ、代金不要で勧め る)
淳子「おいしそうですね」
多田「最高だって。ひとつ食べてってよ」 (「クロスファイア」21独身寮・中庭)
(73)河辺「木山、おまえ電話しろ!こういうのはおまえが一番うまい!」
諄、受話器を握っておそるおそるダイヤルする。
(「夏の庭TheFriends」49河辺家、リビング)
C8「その他」
あきれる(50-37)、苦笑する(48-29)、皮肉を言う(90-19)、呆然とする(26-47)等 があった。
2.人間関係と応答型
前述の分類に基づいた応答型について、人間関係別の出現傾向を調査する。ここでは、
全944例のうち、「ほめられ主体」以外による応答22例と、シナリオに応答の様子が描か れていない 30 例を除外することにする。また、同じ人間関係にある複数の「ほめ主体」
による「ほめ」に対して「相手」の応答が一発話だった場合、資料では「ほめ」の数だけ 全て用例としてカウントしているが、本項では応答が同一のものは重複例と見なすことに し、重複例44例も除いた。よって、残りの計848例を対象とする。このうち、複数の異 なる応答型(以下「複合異種応答型」)による応答66例は区別して示すことにする。複数 の応答型を重ねた場合でも、それらが同種の応答型(以下「複合同種応答型」)であれば、
単独応答型の場合と同じように 1 件としてここでは累計するが、これは、「複合同種応答 型」が、「ほめ主体」の表現意図や特徴がより顕著に現れた用例だと判断するためである(9)。
複合異種型以外の計782件の内訳は、単独応答型が749件、複数かつ同種の応答型(以 下「複合同種応答型」)は33件で、それらの結果は表10の通りであった。
どの人間関係でも約 5〜7 割を占めて最多だったのは回避型であり、受け入れ型がそれ に続いた。多い順から回避、受入れ、否定となる結果は、資料が異なる他の先行研究とも 一致し、寺尾(1996)によれば、日本人はアメリカ人と比較して2.5倍の確立で謙遜する とのことであるが、「ほめ」応答の全般的な傾向としては、顕著な謙遜である否定型よりも 受入れ型の方が多く用いられているという傾向は確かなようである。
<表10:人間関係と応答>
受入れ 否定 回避 複合異種 計
12 5 43 9 69
17.4% 7.2% 62.3% 13.0% 100%
22 14 65 10 111
19.8% 12.6% 58.6% 9.0% 100%
64 32 134 21 251
25.5% 12.7% 53.4% 8.4% 100%
28 10 92 7 137
20.4% 7.3% 67.2% 5.1% 100%
30 8 54 7 99
30.3% 8.1% 54.5% 7.1% 100%
59 16 94 12 181
32.6% 8.8% 51.9% 6.6% 100%
215 85 482 66 848
25.4% 10.0% 56.8% 7.8% 100%
応答型 人間関係
上→下 親 疎 計 下→上
親 疎
同→同 親 疎
注)「下→上」は目上への「ほめ」を、「同→同」は対等の相手への「ほめ」を表す。
ところで、表 10を、上下、親疎のそれぞれで一括して比較をすると、表11、表12 の ようになる。
<表11:上下関係と応答>
受入れ 否定 回避 複合異種 計
34 19 108 19 180
18.9% 10.6% 60.0% 10.6% 100%
92 42 226 28 388
23.7% 10.8% 58.2% 7.2% 100%
89 24 148 19 280
31.8% 8.6% 52.9% 6.8% 100%
上→下 下→上 同→同
応 答 型 上下関係
<表12:親疎関係と応答>
受入れ 否定 回避 複合異種 計
106 45 231 37 419
25.3% 10.7% 55.1% 8.8% 100%
109 40 251 29 429
25.4% 9.3% 58.5% 6.8% 100%
親 疎
応 答 型 親疎関係
表11より、「上→下」で、受入れ型が他の関係での場合よりも約8〜13%高い結果であ ったことから、目上から受けた「ほめ」は最も受入れやすいと言える。応答の相手が同等 や目下の場合は、受入れ型が少ない分、回避型などが多くなっていた。
一方で、表12より、親疎で比較するとほぼ同じ傾向であった。
仮説では、上下よりも親疎の条件の方が、「ほめ」や応答の在り方により大きな影響を与 える場合がありうるとしたが、本資料の応答においては、親疎というよりも上下の影響を 強く受けていた。そこで以後の応答の調査では、特に上下関係での違いを重視するために、
親疎の関係を一括することにする。
表13は、表10より複合同種型を除いた、単独応答型749例の下位分類の分布を示した ものである。複合同種型を扱わなかった理由は、単独で応答する場合の純粋な傾向をまず 調査するためであり、型は同じでも下位分類が異なる組み合わせのものが含まれる複合同 種型は、この後で、複合異種型と共に扱うことにする。
<表13:上下関係による単独応答型の内訳>
A1 A2 A3 A4 B1 B2 B3 C1 C2 C2↓ C3 C4 C5 C6 C7 C8
賛 同
感 謝
・ 喜 び
控 え 目 な 同 意
ほ め 返 し
不 賛 成
意 図 へ の 疑 い
中 止 要 求
冗 談
・ 笑 い
情 報
下 方 修 正
シ フ ト
確 認
談 話 の 流 れ に
無 言
・ 話 題 転 換
恩 恵
そ の 他
9 6 16 2 10 6 2 9 10 6 1 23 27 21 3 3 154
5.8% 3.9% 10.4% 1.3% 6.5% 3.9% 1.3% 5.8% 6.5% 3.9% 0.6% 14.9% 17.5% 13.6% 1.9% 1.9% 100%
29 17 30 11 14 18 3 11 11 14 2 46 65 48 5 14 338
8.6% 5.0% 8.9% 3.3% 4.1% 5.3% 0.9% 3.3% 3.3% 4.1% 0.6% 13.6% 19.2% 14.2% 1.5% 4.1% 100%
24 28 33 4 14 6 2 5 13 9 3 30 49 29 3 5 257
9.3% 10.9% 12.8% 1.6% 5.4% 2.3% 0.8% 1.9% 5.1% 3.5% 1.2% 11.7% 19.1% 11.3% 1.2% 1.9% 100%
62 51 79 17 38 30 7 25 34 29 6 99 141 98 11 22 749
8.3% 6.8% 10.5% 2.3% 5.1% 4.0% 0.9% 3.3% 4.5% 3.9% 0.8% 13.2% 18.8% 13.1% 1.5% 2.9% 100%
下→上 同→同
計
計
受入れ 否定
上→下
回避
全体的な傾向として、選択された最多の方法はC5「談話の流れに沿って話が逸れる」で、
続いてC4「ほめことばの内容の確認・的確さへの疑問・とまどい」、C6「無言・話題転換」、
A3「控え目な同意」、A1「賛同の発言・態度」の順で高い使用率であった。
C5「談話の流れに沿って話が逸れる」や C6「無言・話題転換」などは、アンケート調 査などからは解明しにくい談話の実態である。談話展開上、意図的に或いは非意図的に「ほ め」に直接言及しない型がシナリオでは多く現れていたと言える。言及する方法にしても、
10%を超えたのは、C4「ほめことばの内容の確認・的確さへの疑問・とまどい」や A3「控 え目な同意」であり、明確な受入れや否定を表す言動ではなく控えめな態度が好まれてい たと言える。
人間関係別で比較すると、「上→下」においてA2「感謝・喜び」が他の関係の2〜3倍 の比率で現れていた以外は目立った差は見られなかった。この結果から、相対的な傾向と して、目上から「ほめ」られた時の応答では、受入れの中でも感謝や喜びによって相手へ の配慮を示す傾向が強くなると言える。
続いて表14は、複合型99例(複合同種33例、複合異種66例)を構成する応答型の下 位分類について、それぞれの数を集計したものである。複合型には3つ以上の応答が連続 したものもあるため、合計が198(99×2)より大きい数になっている。
複合型で圧倒的に多く用いられていたのは、47 件の B1「不賛成の発言」で、99 例中 44例で確認できた。
<表14:複合応答型の内訳総数>
A1 A2 A3 A4 B1 B2 B3 C1 C2 C2↓ C3 C4 C5 C6 C7 C8
4 6 5 1 12 1 0 1 3 9 1 6 2 1 4 0 56
6 7 5 8 24 5 3 3 7 13 1 15 0 4 2 1 104
6 1 3 3 11 2 1 0 8 6 0 3 1 0 2 0 47
16 14 13 12 47 8 4 4 18 28 2 24 3 5 8 1 207
計
回避 計
上→下 同→同
受入れ 否定
下→上
B1を含めた否定型が用いられたのは、単独型では749例中、計75例に過ぎないのに 対して(10)、複合応答型では 99例中47例(計 59件)が確認できたことから、否定は複 合型として組み合わせて用いられることが多いと考えられる。
(74)「同→同・親」(11)/B1+B1 八重 「(苦笑)沢田です」
希代子「大学時代からの古い友達。ちぎり絵の作家なのよ」
耕介 「ちぎり絵ですか。面白そうですね」
希代子「個展も何度か開いて、その世界じゃ、けっこう有名なのよ。そのうち、取 材してあげて。高尾君」
耕介「じゃ、そのうち、是非」
八重「とんでもない。私、取材されるほど有名じゃありません。もう、希代さんっ
たら」 (「霧の子午線」20同・表)
(75)「上→下・疎」/B1+C2↓
夏目「どんなバイトやってんの」
真下「パラグライダーのインストラクターやってます」
夏目「へえー、あんなのやってんだ、すげえな」
真下「別にすごくないですよ、他に何も出来ませんから」
(「緑の街」44郊外の喫茶店)
また、次に多かったのは、B1と同じく単独型では出現率が低かったC2↓「下方修正」
の28件で、複合型99例中24例に現れていた。
否定型やC2↓「下方修正」は、「ほめ」に対して否定的な態度をとる、いわば謙遜の応 答であるが、これら謙遜の要素を少なくとも一つは含む複合応答型は99例中62例あり、
全体の62.6%という高頻度であった。ちなみに、単独型の出現数がB1 で38件、C2↓で 29件だったことと比較しても、他のストラテジーより複合型となる比率が高いと言え、「ほ め」の応答で謙遜を表明する際には複合型として組み合わせて用いることが多いようだ。
単独型で多かったC4「ほめことばの内容の確認・的確さへの疑問・とまどい」は複合型で も24件と多く、単独、複合に関わらず使用しやすいストラテジーであった。
3.各応答型と「ポライトネスの原則」
応答型の出現率で最多だった回避型は、受入れや否定の明確な表明を行わない態度留保 の姿勢を「ほめ主体」に示すものだが、これは、Pomerantz, A.(1978)が指摘した「相 手に同意する」ことと「自賛を避ける」ことによる葛藤を解決する方法だと言える。熊取 谷(1989)にも詳述されているように、「ほめ」の応答では、「ポライトネスの原則」(Leech,
1983)において、「同意の原則」(できるだけ相手に同意し反対しない)と「謙遜の原則」
(自賛を避け謙遜する)が、表裏一体となって「丁寧さ」を損なわせるという矛盾が生じ る。即ち、「ほめ」を受入れれば「謙遜の原則」に、否定すれば「同意の原則」に反してし まうのである。一方で、回避型は、否定しないことから「同意の原則」に違わず、同時に 自身への賞賛に賛同しないことで「謙遜の原則」をも侵さない。故に回避型は、「ほめ」の 応答で矛盾しがちな二原則の拮抗状態への解決策であると言え、多く選択される所以なの
であろう。
例えば、次の2例はいずれもC2↓「下方修正」の例であるが、(76)では対象の「良さ」
が全体の基準と比較した場合にそれほど高いものではないこと、(77)では「良さ」の基 準自体が低いことに言及しており、否定的な要素が含まれている点で「謙遜の原則」の性 格が強いものの、基本的には「ほめことば」の受入れを前提にした表現であるといえ、両 原則をたてていることが分かる。
(76)(コンサートを無事に終えたことをほめられ)
「まだまだひよっこでございますから、一つよろしく」
(「緑の街」5日本武道館・ゲスト・ルーム)
(77)(同僚にダンスが上手だ、とほめられて)
「いやー、うまいだなんて、五年もやってりゃ誰だってあれぐらい踊れますよ。あれく らい」 (「Shall we ダンス?」46居酒屋)
回避型に限らず、他の応答型においても、「ポライトネスの原則」に対する何らかの配慮 が見られた。
まず、受入れ型のうち、A2「感謝・喜び」やA4「ほめ返し」は、「ほめ主体」に好意的 に働きかけたり「ほめ」に対する喜びの気持ちを表現する点で、単なる「ほめ」の肯定と は違って、相手への配慮が加わっている。
A1「賛同の発言・態度」でも、(78)のように「けど」、「だけど」といった逆接要素の 暗示が付加されているものが複数例あり、これらは積極的に賛同しつつも、暗示された謙 遜的要素が「謙遜の原則」への配慮となっている。同様に、B1「不賛成の発言・態度」
の例でも「そうでもないけど」(94-1)のような「同意の原則」への配慮が確認できた。
(78)(娘の交際相手に、夫の会社での地位をほめられて)
「(いささか自慢気に)そりゃまあそうですけど」
(「てやんでえッ」39 大森家・LDK(夜))
A3「控えめな同意」は、ほほえみや照れ笑いなどの非言語表現によるものや、相づちのよ
うな曖昧な同意が大半であるが、明確な言語化を避けることによって両原則のいずれをも 侵さず、尚且つ応答の意味内容の判断を「ほめ主体」に委ねることができる点で効果的な 方法だと言える。
(79)黒田「俺に死ぬまで付いてくるか」
浦山「え?いや、はい……」
黒田「(微笑んで)だから好きなんだ、おまえが。くだらんよ、営業なんか。だか ら命を賭けてやるんだ。価値のあることに命を賭けるなんて、誰だって出来る。
そうだろう?東京で俺と心中しろ。おまえ以外はみんな阿呆だ」
と耳障りな高笑いを上げる。
浦山、微笑んで盃を干す。 (「コキーユ」10焼鳥屋)
否定型では、(80)や(81)のように表現を変えたり省略したりして、「ほめことば」の 全面否定を避ける例が見られた。
(80)史華…若い女性、森原に好意を持つ、森原…中年男性
史華「紅茶セミナーとかで講習会をしたり、講師をしたりしてるんです」
森原「じゃあプロだ」
史華「まだまだ単なる趣味です」 (「恋と花火と観覧車」73同・史華の部屋)
(81)奈美「すごい上達ぶりですね」
柳田「(格好つけたつもりで)いやあ、それほどでも。フフ」
(「大失恋」57アミューズメントフロアー・Q-ZAR表)
ちなみに親しい関係では、(82)、(83)のように、明らさまな受入れや否定で「ポライ トネスの原則」に敢えて反することによって、仲間意識を強めるポライトネスとなりうる 場合もあった。
(82)(叔母が経営する店で手伝いができるようになったことを親しい従姉からほめられ)
「今やおばちゃんの片腕」 (「NAGISA」81少し離れた場所)
(83)(想い合う親しい男女が海辺を歩いている)
雪子「あなた、私を買い被ってるわ。私なんて、ただの孤独な中年女なのよ」
富士男「そんな事ないよ。あんたは綺麗だよ」
雪子「(笑って)嘘」
富士男「ほんとだよ。すごく綺麗だよ」
雪子「嘘よ。私はもうこんな年だし、若い時だって綺麗だった事なんてないのよ」
(「天上の青」27海辺の草むら)
複合型は、ストラテジーの組み合わせ方により、「ほめ主体」の意図をより強く出すこと ができる場合(複合同種型など)もあれば、逆に両原則への配慮が同時に行える応答型に もなりうる。次の例では、目上・疎の相手からの「ほめ」を受け、「とんでもない」と強い 否定(B1)をした直後に、相手への A4「ほめ返し」を行っている。複数の応答型の要素 を明示的に表現することによって両原則をたてている例と言える。
(84)米太郎「しかし、一流大学を出て一級建築士で三男となれば、何もこんな娘と一緒 にならなくたって、いくらでもいたでしょう」
道枝「本当に。さっき伺ったらご家族、ご親族もそうそうたる方たちばかりなのよ、
お父さん。何か見劣りするわ、うち」
青木「とんでもないです。それに、そんなことおっしゃるならお父さんだってすごい じゃないですか。東洋電機本社の総務部長っていったら大変なものですよ」
(「てやんでえッ」39大森家・LDK(夜))
第2項 対象と応答
1.全体の傾向
寺尾(1996)では、受入れ型が多いのは持ち物ほめ、少ないのは内面ほめで、打ち消し 型が多いのは家族ほめ、少ないのは持ち物ほめ、さらに、内面は回避型が多いという結果 を指摘している。
本資料での対象と応答の関係は、表15のような分布となった。
<表15:上下関係別対象と応答の関係>
受入れ 2 22% 1 10% 8 28% 7 15% 2 14% 1 25% 10 29% 3 11% 0 - 34 19%
否定 2 22% 0 - 4 14% 5 11% 3 21% 1 25% 0 - 3 11% 1 25% 19 11%
回避 5 56% 8 80% 13 45% 33 70% 8 57% 2 50% 21 60% 15 54% 3 75% 108 60%
複合 0 - 1 10% 4 14% 2 4% 1 7% 0 - 4 11% 7 25% 0 - 19 11%
受入れ 6 17% 3 20% 16 28% 20 19% 9 17% 3 43% 30 39% 3 10% 2 29% 92 24%
否定 10 28% 2 13% 6 10% 9 9% 7 13% 2 29% 3 4% 3 10% 0 - 42 11%
回避 17 47% 8 53% 30 52% 69 66% 35 66% 2 29% 37 49% 24 77% 4 57% 226 58%
複合 3 8% 2 13% 6 10% 7 7% 2 4% 0 - 6 8% 1 3% 1 14% 28 7%
受入れ 4 20% 0 - 26 45% 24 31% 7 28% 2 50% 22 36% 4 18% 0 - 89 32%
否定 6 30% 0 - 2 3% 4 5% 6 24% 1 25% 2 3% 2 9% 1 50% 24 9%
回避 10 50% 2 100% 30 45% 43 56% 11 44% 1 25% 35 57% 15 68% 1 50% 148 53%
複合 0 - 0 - 9 13% 6 8% 1 4% 0 - 2 3% 1 5% 0 - 19 7%
受入れ 12 18% 4 15% 50 32% 51 22% 18 20% 6 40% 62 36% 10 12% 2 15% 215 25%
否定 18 28% 2 7% 12 8% 18 8% 16 17% 4 27% 5 3% 8 10% 2 15% 85 10%
回避 32 49% 18 67% 73 47% 145 63% 54 59% 5 33% 93 54% 54 67% 8 62% 482 57%
複合 3 5% 3 11% 19 12% 15 7% 4 4% 0 - 12 7% 9 11% 1 8% 66 8%
家族 その他 計
内面 作品
才能
計
他
上→下 同→同 下→上
人 外見 持ち物 行動
*数字は出現件数(「−」は該当例なし)、比率は、それぞれの人間関係における当該対象の全応答に対す る、その応答型の割合を表している。
*それぞれの対象の応答型について、人間関係別に比較した場合、他と顕著な差が見られると判断したも のについてはセルに網掛けを施した。
全般的な傾向として、受入れが最も多いのは「作品」、少ないのは「家族」で、否定型で は「外見」が多くて「作品」が少なく、回避型は「持ち物」や「家族」が多いという結果 となった。資料では「持ち物」の用例が少なかったものの、寺尾(1996)と比較しても、
明確な具体物である対象(「作品」)は否定せずに受入れやすい点や、「家族」が受入れ難い 点は共通する。
まず、否定が少なく受入れ傾向にあった「作品ほめ」に関して、「ほめ」の談話を観察す ると、その「作品」に限っての、完成に至るまでの過程や努力などについて、「ほめられ主 体」自身が自信や自負を有している場合が多いことが分かる。(85)は「ほめられ主体」
にとって思い入れのある長期に亘る仕事が対象となっていて、否定をしない例である。こ の点に関連して、「作品ほめ」ではないものの参考として挙げた(86)は、誰もが認める 献身的な看病についての「ほめ」であるにも拘らず、「ほめられ主体」の感じ方の違いから 強く否定をする例である。
これらの例から、「ほめられ主体」自身が対象に対してどのように感じているかが、応答
に大きく影響を与えるものと考えられる。
(85)「同→同・親」/受入れ型+回避型(A1+C2)
完成途上の作品を希代子に見せている八重。
八重「どう?」
希代子「いいけど」
八重「何?」
希代子「少し、寂しくない?」
寒色系の色の組み合わせである。
八重「ここに赤が入るのよ」
希代子「赤?」
八重「この赤」
オリーブがかった鮮やかな朱の紙を見せる。
希代子「(感嘆)いい色……」
八重「(嬉しそうに)私も気に入ってるの。何度も失敗してようやくできたのよ」
希代子「これをあそこにいれるのね」
八重「ええ。この赤が命なの」 (「霧の子午線」77八重の家・仕事場)
(86)「同→同・疎」/否定型(B1)
レイ「大変でしたわね、奥様も」
見返る久枝 ―― その目のなかに、苦痛に満ちた悔恨の色が浮かぶ。
久枝「いいえ、私なんか何も……」
レイ「ほんとによくおやりになりましたわ。若い看護婦たち、感心してました」
久枝「……」
レイ「残念な結果でしたけど、亡くなられたこ主人は、きっと感謝してらっしゃると 思いますわ」
久枝、足を止める。
久枝「ほんとにそうでしょうか」その、恐い程真剣な眼差しをじっと見返るレイ。
久枝「教えて下さい。私、それが知りたかったんです」
レイ「だって、あれほど一所懸命に看病なさったんだから……」
久枝「私、看病なんかしてません」
久枝はふいに、自虐的な泣き笑いの顔になる。
久枝「看病じゃなくて、監視してたんです」 (「復活の朝」68公園)
次に「家族ほめ」は、受入れ型が少なく、(87)のような回避型が多かった。受入れ型 が少ないのは人間関係に関わらず共通する傾向であったが、回避型は同等の関係で77%と 最多で、目上への応答でも65%と高かった。
(87)「同→同・疎」/回避型(C4)
岩崎「……良い人ですね、君のお母さん」
木実子「うちの母が?」
岩崎「ああいう人、好きです。ハッキリしてて」
(「結婚しない女達のために」53同・店内(夜))
最後に、「外見ほめ」の否定傾向についても触れておくと、資料中の「外見」の例では、
髪型など比較的容易に変化する対象は少なく、恒常性のある要素が大半であった。
(88)「上→下・疎」/否定型(B1)
(義則と、取引先の先輩社員である修善寺が、仕事の用で一緒に温泉に入っている)
修善寺「(義則のところまで泳いでできて)あんたからだは若いな」
義則「――そんなことはないでしょ」 (「お墓と離婚」78 同・風呂)
参考として、聞き書き資料では、同等の者同士の「外見ほめ」は女性同士で多く観察で きたのだが、次の例のように、足の細さや容姿の美しさなど肉体に関わる内容では、同様 に「謙遜」傾向にあった。一方で、髪型など比較的変化させやすいものは、(90)のよう に「ほめ」の直後に受入れて完結する例などが観察できた。ここからも、各人固有で容易 にその特徴を変えられないような身体的特徴に関する指摘には、謙遜が出やすいと言える。
(89)A…女子学生、B…女子学生でAの友人
(大の仲良しの二人がピアノ室で)
B:ゆっちゃんって足細いよねー、いいな。
A:ほんとそんなことないよぉ。もっちゃん、足の形キレイじゃん! 私なんてO 脚だもーん。いいなー
B:いやいや、キレイじゃないって。例えキレイでも太くちゃ意味ないよー。
(「聞き書き」80)
(90)A:男子学生、B:女子学生でAのサークル仲間 A:髪きった?イメチェン?
B:長いの、もういいかなとおもって。イメチェンになったかな?
A:かわいいとおもうよ!きるまえもかわいかったけど!
B:そういってもらうとうれしいわ! (「聞き書き」66)
2.人間関係による傾向
2.1 目上からの「内面ほめ」
寺尾(1996)の結果と異なっていたのは「才能・達成」など「内面ほめ」の受入れ傾向 である。特に人間関係別で比較すると、「上→下」で、「才能・達成」と「性格・行動」の受 入れが多く、否定が少なくなっている。
「内面ほめ」が受入れ傾向にある理由としては、まず第一に、特に「才能・達成」にお いて、根拠が明確な「ほめ」が多かったこと(表6)が指摘できる。「作品ほめ」が受入れ 傾向にあったように、眼前にその具体物やパフォーマンスが存在した場合、「良さ」の根拠 がより具体的なものになれば、相手は受入れやすくなる。第二に、たとえ本質的特徴の「内 面」であっても、目上からの「ほめ」であれば受入れやすくなるのではないかという点が 予測できる。
そこで、目上からの「内面ほめ」の談話を検証することにする。(91)と(92)は、「上
→下」での「才能・達成ほめ」の例である。(91)ではお笑い芸人を目指す二人が、養成 所の講師から、(92)ではロッククライミングを習得しようとしている「咲子」がインス トラクターから、それぞれの技術を「ほめ」られて、A2「感謝」やA3「控えめな同意」
によって受入れている。
(91)「上→下・疎」/「才能・達成」/受入れ型(A2)
コメディアン養成所。雄平、秀人とコントをやっている。それを聞いている講師た ち。二人、欠陥住宅ネタをやる。
講師、「よーし!」
と二人を止める。不安な面持ちで講師を見る二人。
講師「お前ら、新人発表会出てみるか」
二人、パッと顔を輝かせて。
雄平・秀人「ありがとうございます!」 (「大安に仏滅!?」57スタジオ)
(92)「上→下・疎」/「才能・達成」/受入れ型(A3)
咲子が手際良く崖を登ってゆく。登り切ると岩田が手を差し出して引っ張り上げる。
岩田「やれば出来るじゃない」
咲子「はあ……、なんとか……」
と座って眺めを見下ろす。 (「秘密の花園」84ロッククライミング練習場)
一方で、(93)と(94)は、同じく「才能・達成ほめ」の「下→上」、「同→同」の例で ある。(93)は初対面の真下が、目上である夏目のバッティングをほんの短時間見学した 後でその技術を「ほめる」ものの、否定されている。(94)では、ダンス教室に通い始め たばかりの初心者「杉山」が、会社の同僚でかつ同じダンス教室の古株である「青木」に 対して、ダンスの技術を「ほめ」ているが、受入れ型ではなく、謙遜の応答が出ている。
(93)「下→上・疎」/「才能・達成」/否定型(B1)
真下「真下ですよろしくお願いします」
夏目「よろしく」
真下「監督結構やりますね」
夏目「いまいちだよ……君、打つ?」(「緑の街」14バッティング・センター)
(94)「同→同・疎」/「才能・達成」/否定型+回避型(B1+C2↓)
スルメの足にルンバを踊らせている青木。
青木「ふふふ……だけど驚いちゃったな。いきなり杉山さんが立ってこっち見てるん だもん」
杉山「最初、全然気がつきませんでした。いや、感心して見てました。うまいな、と 思って」
青木「いやー、うまいだなんて、五年もやってりゃ誰だってあれぐらい踊れますよ。
あれくらい」 (「Shall we ダンス?」46居酒屋)
同様に「性格・行動」の用例を挙げると、(95)では上司から仕事ぶりを「ほめ」られ て受入れる一方で、(96)では、部下から数時間前の言動等について「ほめ」られ、回避 型をとっていた。(95)と比較するには、仕事に関する部下からの「ほめ」を示すべきで あるが、資料ではそれに適した例が見られなかった。
(95)「上→下・疎」/「性格・行動」/受入れ型(A1)
北村塗装店・事務所敬輔「おい、今週の分だ」と、週給の入った茶封筒を渡す。
司 「ありがとうございます」
敬輔「四週間もったからな」
司 「そうッスねえ」 (「ロード」46北村塗装店・事務所)
(96)「下→上・疎」/「性格・行動」/回避型(C4)
百合子と義則。百合子、かなり酔っているようだが、乱れてはいない。
百合子「係長って優しいですね」
義則 「なにが?」
百合子「蓮見さん、結婚しますね」
義則 「ああ」
百合子「蓮見さんにちゃんと言わせようと思って私も誘ってくれたんでしょ」
義則 「(そんなつもりはなかったが)ああ」
百合子「トイレも四回行ってくれて」
義則 「――」
百合子「それなのに蓮見のバカ」
義則 「――まあ、そういうのも彼の優しさなんだろ」
百合子「私、彼に言われたら、ちゃんとおめでとうって言うつもりだったんです。そ れなのに蓮見のバカ」
義則 「――」
百合子「薄い女って何だと思います?」
義則 「薄い?」
百合子「あのバカが昔私に言ったんです。私、言われたときすこく悩んで、情が薄い のか、幸が薄いのか。そしたらただ単に軽い女を言い間違えただけで」
義則 「――」
百合子「私ってそんなに魅力ないかな」
義則 「そんなことないさ」
百合子「本当にそう思います?」
義則 「ああ、百合ちゃんは可愛い女だよ」
百合子「係長って本当に優しいですね」
義則 「なに言ってんだよ」
百合子「係長って優しい」 (「お墓と離婚」44走るタクシー・その車内(夜))
目上から受ける「才能・達成」や「性格・行動」の「ほめ」が、他の関係の場合よりも 受入れの対象になりやすい現象について考察する。これまでに挙げた例のうち、(91)、(92)、
(95)ではいずれも受入れられているが、この3例の共通点として指摘できるのは、「ほ め主体」と「ほめられ主体」の上下関係である。3例全てで両者の上下を決定付けている のは、「ほめ」の対象に関することであり、その対象に関しての行動、努力、考え方等を評 価できる立場にある者が「目上」という位置付けになっている。つまり、いずれの例にお いても、対象に関する上位者が、当該対象を「ほめ」ているのである。実際、「作品ほめ」
の例でも「ほめられ主体」の指導的監督的立場にある上位者が「ほめる」例があった。(97)
は上司であるプロデューサーから自分の音楽について「ほめ」られ、また(98)では、上 司でもあり、かつゴルフでも大先輩である「徳田」から、一打目のショットを「ほめ」ら れて(12)、いずれもA2「感謝」によって受入れている。
(97)「上→下・疎」/「作品」/受入れ型(A2)
朝妻「(カセットテープを置いて)いや、聞かせてもらったけど、なかなかよかったよ、
オレは好きだな」
新田「ありがとうございます」 (「緑の街」37 オフィスビル・ロビー)
(98)「上→下・疎」/「作品」/受入れ型(A2)
サラリーマン風の三人、徳田、住吉、右田が立っている。住吉、アドレス。オーバ ー気味のスウィング。ボールの行方を見つめる三人。徳田が口火を切る。
徳田「朝一にしては、まあまあじゃないか」
住吉「ありがとうございます」
徳田「しかし、相変わらずオーバースウィングだな。トップで手首折ってるぞ、そう すると、どうしてもクラブヘッドはカットに入ってくるから……」
上司風の徳田、理路整然と住吉に解説。¥住吉、ありがたく拝聴している。
(「織部金次郎2」4同・スタートホール・ティーグランド)
一方で、(99)も、同じく目上からの「ほめ」の例である。「ほめ主体」は映画監督で、
「ほめられ主体」は「ほめ主体」が現在撮影中の映画の製作スタッフで年下であることか ら、両者は社会的立場や役割、年齢といった点で恒常的な上下関係にある。しかし、実際 には、年下である「ほめられ主体」の方が、映画の世界での下積み経験が長く、(99)の 場面では、「ほめられ主体」の「船田」が自らの経験を活かして「ほめ主体」の「夏目」に 親身のアドバイスを行っている。つまり、この場面においては、「ほめられ主体」が恩恵を 与える立場となることから、心理的には「ほめられ主体」上位、「ほめ主体」下位の臨時的 関係にあると解釈することができるのである。実際、「ほめられ主体」の言語形式等を観察 しても、普段は「ほめ主体」に対して丁寧体を使用し発言内容にも留意しているにも拘わ らず、「僕の言うことも信用して下さいよ」(波線部)以降では常体も混じるようになり、
「歌ってあげればいいじゃないですか」、「勿体つけてると思われますよ」など、いくらア ドバイスとは言え「ほめ主体」への批判とも解釈されかねない発言をしている。「ほめ主体」
も、そのような態度の「ほめられ主体」に対して注意したり怒るわけでもなく、むしろ低 姿勢になっている点からも上下関係が臨時的に逆転していることが分かる。
(99)「上→下・疎」/「性格・行動」/受入れ型(A1)
運転する船田、助手席に座る夏目。
夏目「冗談じゃねえぞ、オレはオレだ。よその監督がよけりゃそっちへ行きゃいいじ ゃねえか、な、オイ!」
船田「勿論ですよ、失礼ですよね」
夏目「うるせえぞババァ、(真似して)『つながらない』って、つながらないからなん だっつうんだ、そんなこと気にしてられるかよ、いちいち……(ちょっと気が変わ って)つながらないとまずいと思うか」
船田「分かんないすけど、まずいこともあるんじゃないですかね」
夏目、『ちぇっ』、とばかりにハンドルを回す。よれる車。
船田「(慌てて)危ないですよ……あの、この車で移動するのも構わないんですけどね、
皆と一緒にロケバス移動っていうのも大事だと思うんですよ」
夏目「お前、キャッチボールだって、全然受けてなかったぞ」
船田「そんなことないですよ、あれが人事なんだから、僕の言うことも信用して下さ いよ」
夏目「(わざとらしく)信用し切ってるじゃないですか、こんなにけなげに」
船田「(無視して)それと……あの時歌ってくれって言われてたでしょ」
夏目「ああ、あのギターヤローな」
船田「折角コミュニケーション取ってきてんだから、歌ってあげればいいじゃないで すか」
夏目「やだよ、オレは」
船田「勿体つけてると思われますよ」
夏目「思われたって構わねえよ」
船田「なんだかあん時、一ノ瀬さんも聞きたそうでしたね」
夏目「(船田をこづいて)バカ」
船田「あとね」
夏目「なんだまだあんのか」
船田「スタッフの名前覚えて、できるだけ名前で呼んで下さい」
夏目「それが大事か」
船田「大事です、分からなかったら僕に聞いて下さい」
夏目「お前みんな知ってんの」
船田「そりゃ、知ってますよ」
夏目「へー、偉いな」
船田「仕事ですから」
夏目「ババァはなんてったっけ」
船田「松井さんです」
夏目「そうか、松井ババァさんね」
笑う船田。 (「緑の街」35車の中)
このように、年齢や社会的地位など、いわば恒常的な上下と、「ほめ」の対象に関する上 下は別であり(13)、両者の恒常的上下関係を決定付けるのが「ほめ」の対象に関する分野 である場合、即ち「ほめ主体」が目上であり、かつ「ほめ」の対象が両者の上下関係を決 定付ける因子となる場合は、「性格・行動」であれ「作品・パフォーマンス」であれ、「ほ め主体」は他の関係の場合よりも、根拠や確信をもって認めることができる立場にあるこ とから、「ほめられ主体」は上位者(「ほめ主体」)から認められた、と解釈することになり 受入れやすくなる、と考えられる。
2.2 目上からの「恩恵ほめ」
ところで、先に、対象の「恩恵」との関連について触れたが、「恩恵」に対する「ほめ」
の応答には何かしらの特徴が見られるのだろうか。表16は、「ほめられ主体」による単独 応答型、複合応答型の計 848 例の「ほめ」の対象を、「恩恵」か「非恩恵」かで分類し、
上下関係別で示したものである。
<表16:上下関係別恩恵と応答の関係>
受入れ 8 27% 26 17% 34 19%
否定 2 7% 17 11% 19 11%
回避 17 57% 91 61% 108 60%
複合 3 10% 16 11% 19 11%
受入れ 23 30% 69 22% 92 24%
否定 3 4% 39 13% 42 11%
回避 44 58% 182 58% 226 58%
複合 6 8% 22 7% 28 7%
受入れ 11 20% 78 35% 89 32%
否定 2 4% 22 10% 24 9%
回避 35 64% 113 50% 148 53%
複合 7 13% 12 5% 19 7%
受入れ 42 26% 173 25% 215 25%
否定 7 4% 78 11% 85 10%
回避 96 60% 386 56% 482 57%
複合 16 10% 55 7% 66 8%
恩恵 非恩恵 計
計 上→下 同→同 下→上
人間関係に関わらず、「恩恵」では「非恩恵」よりも否定型が少なかった。「下→上」や
「同→同」では、「非恩恵」の場合よりも受入れ型が多く現れており、これらの人間関係で の「恩恵」が関わる「ほめ」では、「非恩恵」の場合よりも受入れやすく否定しにくいと言 える。次の例では、親友から妻の料理を「ほめ」られた後で、「ほめられ主体」の「花田」
は謙遜をせずに賛同し、さらに料理を勧めている。
(100)「同→同・親」/「作品」(恩恵)/受入れ型+回避型(A1+C7)
(ジョーが親友の花田宅を訪れ、花田の新妻の料理をご馳走になっている)
ジョー「うまいなあ……」
花田 「だろッ、いっぱいあるからよっ、どんどん食えッ。お前顔色悪いぞ」
(「ポストマンブルース」95花田家)
一方で、「上→下」では、「恩恵」の受入れ型が「非恩恵」の場合の15%も少ないことか ら、目上への恩恵について「ほめ」られた場合には、受入れや否定単独による応答よりも、
回避型(101)や複合型((102)、(103))が多くなる傾向があるようである。
(101)「上→下・親」/「性格・行動」(恩恵)/回避型(C4)
弓 「一つだけ、最後のワガママを聞いて欲しいの」
節子「なあに?」
弓 「私が死んだら……お墓に閉じ込めないで」
節子「ん?」
弓 「だって暗くて寂しそうだもの」
節子「……だけど……」
弓 「大丈夫だよ、お母さん。私が死んだって……17 年間精一杯生きて来たってこ とは……お母さんの娘だったってことは……絶対に消えないよ」
節子「……私が、あなたの母親だってことも……」
弓 「もちろんよ」
節子「……こんなに素敵なプレゼントを貰えるなんて、思わなかったわ」
弓 「喜んで貰えた?」 (「お墓がない」122海の見える丘(劇中回想))
(102)「上→下・親」/「人全体」(恩恵)/否定型+受入れ型(B1+A4)
節子「(サングラスを外す)お元気そうね」
一平「はい。僕には、この仕事しかありませんから」
節子「そうですね」
一平「それも、あなたに出会えたお陰なんです」
節子「違うわ。それは、あなたの実力です」
(「お墓がない」128富士山の見える霊園(数日後))
(103)「同→同・親」/「性格・行動」「人全体」(共に恩恵)
/回避型+受入れ型+回避型+回避型(C4+A2+C4+C5)
恵介 「これで良かったのかな」
木実子「うん、おかげさまで、助かった。お母さんも気に入ったみたいだし」
恵介 「本当に?」
木実子「いつもああなのよ、無愛想で、だけど、気に入ったと思うわよ」
恵介 「そりゃあ、良かった」
木実子「そうよ、私だって気に入ったんだから」
恵介 「君が?」
木実子「……良い芝居だったって言ったの、仲々のもんだった」
恵介 「しかし、大丈夫かな(と登喜江を気にして)」
木実子「何が?」
恵介 「こんな嘘をついて、後々、困ることがあるんじゃないか」
(「結婚しない女達のために」39同・外(昼))
総じて、特に目上に対する応答の特徴としては、一連のやり取りや観察などに基づいた 即時的働きかけが可能な物理的対象である「作品」に限らず、本質的特徴である「才能・
達成」や「性格・行動」でも、認められたという意識が関連するためか、受入れ型傾向が 強くなる。一方で、目上への「恩恵」に関する目上からの「ほめ」に限っては、単独の受 入れや否定以外の方法、即ち回避や複合型により、謙遜の意図を表することが多いようで ある。