名古屋中郵事件判決の間題点おぼえ書
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(2) 早法五七巻三号︵一九八二︶. ︵1︶. 六四. 早稲田大学憲法懇話会の会長をつとめられるなど︑狭義の専門の枠に閉じこもらない幅広い民主主義法学の担い手と して︑私の敬愛する先輩である︒. 標記の判決については数多くの文献が存在する︒それにもかかわらず︑先生の還暦を祝賀する小稿にこのようなテ. !マをえらんだのは︑右判決がなお法史的に今後克服されるべき対象であり︑その検討は先生に捧げるのにふさわし. いと考えるし︑また比較的論じられることのすくない二︑三の点で︑私なりの観点から述べておきたいものを感ずる からである︒標題に︑おぼえ書と付記したゆえんである︒. 最高裁判決における︑争議行為禁止の合憲性の根拠. などは︑本判決の特集か︑またはそれに近い︒. ︵1︶ たとえば︑労働法律旬報九三〇号︑法律時報四九巻九号︑ジュリスト六四三号︑判例時報八五三号︑季刊労働法一〇六号. 二. 最高裁が官公労働者の争議行為禁止・処罰規定にたいするいわゆる合理的限定解釈をしりぞけ︵仙台安保六・四事. 件︿最判昭四四・四・二刑集二三巻五号六八五頁﹀の判例を変更︶︑判例を再び全面禁止合憲論へと逆転させたのは︑. 周知のように全農林警職法事件︵最判昭四八・四・二五刑集二七巻四号五四七頁︶であった︒同事件は国家公務員法. にかかわるものであるが︑最高裁はさらにその後地方公務員法に関しては岩手県教組学力テスト事件︵最判昭五一・. 五二二刑集三〇巻五号二七八頁︶︑公労法に関しては名古屋中央郵便局事件︵最判昭五二・五・四刑集三一巻三.
(3) 号一八二頁︶でいずれも全農林判決を引用し︑その理が︑そのまま︑または基本的に妥当する︑としてこれをふえん. しながら︑全面禁止合憲論の適用範囲をつぎつぎに拡大していった︒その過程で全農林の論理にも一定の変容が生じ. るが︑ともかく現在における最高裁論理の集成版ともいうべき名古屋中郵事件判決︵多数意見−以下とくにことわ らない場合も同じ︶は︑これらを綜合するものとして︑つぎのように結論づけている︒. ﹁非現業の国家公務員に関して全農林事件判決が︑また非現業の地方公務員に関して岩手県教組事件判決が︑そ. うして五現業の国家公務員及び三公社の職員に関して本判決がそれぞれ判示するところは︑ω公務員及び三公社そ. の他の公共的職務に従事する職員は︑財政民主主義に表れている議会制民主主義の原則により︑その勤務条件の決. 定に関し国会又は地方議会の直接︑間接の判断を待たざるをえない特殊な地位に置かれていること︑@そのため︑. これらの者は︑労使による勤務条件の共同決定を内容とするような団体交渉権ひいては争議権を憲法上当然には主. 張することのできない立場にあること︑のさらに︑公務員及び三公社の職員は︑その争議行為により適正な勤務条. 件を決定しうるような勤務関係にはなく︑かつ︑その職務は公共性を有するので︑全勤労者を含めた国民全体の共. 同利益の保障という見地からその争議行為を禁止しても︑憲法二八条に違反するものとはいえないこと︑に帰する のである︒﹂と︒. この判示を読んでまず生じてくる疑問は︑ω@とのの関連︑つまり最高裁は︑公務員や公社職員らに憲法上争議権. 六五. 等の保障がないというのか︑それとも保障はあるが︑他の憲法上の根拠からこれを制約・禁止しても合憲だというの. だろうか︑ということである︒この点は︑この結論にいたる判決の論理過程をみても︑わからない︒ 名古屋中郵事件判決の間題点おぼえ書︵佐藤︶.
(4) 早法五七巻三号︵一九八二︶. 六六. すなわち︑判決は公労法一七条一項の合憲性を説くのに︑まず︑①公務員らは憲法二八条の勤労者にあたるとしな. がら︑その﹁憲法上の地位の特殊性﹂から労働基本権の保障が重大な制約を受けているとし︑憲法七三条四号︑四一. 条︑八三条等との関連で︑﹁私企業の労働者の場合のような労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権. の保障はなく︑右の共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されている争議権もまた︑憲法上︑当然に保障. されているものとはいえないのである︒﹂とする非現業国家公務員についての全農林判決の理は︑五現業三公社の職 員にも﹁直ちに又は基本的に妥当する﹂という︵前記ω@に対応︶︒. ついで︑以下のに対応する部分であるが︑②﹁さらに﹂として︑﹁社会的︑経済的関係における地位の特殊性﹂が. のべられる︒私企業の場合は︑﹁極めて公益性の強い特殊のものを除き一般に使用者にはいわゆる作業所閉鎖︵・ッ. クアウト︶をもって争議行為に対抗する手段があるばかりでなく︑⁝⁝いわゆる市場の抑制力が働くことを必然とす. るのに反し︑﹂五現業三公社の職員は︑﹁その労使関係にはいわゆる市場の抑制力が欠如していることの結果として︑. 非現業の公務におけると同様︑争議権は︑適正な勤務条件を決定する機能を十分に果たすことができず︑競合する国. 民の諸要求を公平に調整すべき行政当局や国会等に対する一方的な圧力と化するおそれがある⁝⁝のみならず︑これ. らの事業は︑それが独占的なものないし公共性の強いものであるところから︑その争議行為のもつ圧力は著しく強大. となり︑公正な決定過程を歪めるおそれをさらに増大させることになるといいうるのである︒﹂とする︒. ③﹁加えて︑﹂として︑﹁職務の公共性﹂についての判示がくる︒五現業三公社の職員は︑﹁身分及び職務の性質︑. 内容において右の非現業の国家公務員と異なることはあっても︑等しく公共的職務に従事する職員として︑実質的に.
(5) 国民全体に対し労務を提供する義務を負うものである点では︑両者の間に基本的な相違がなく︑これらの職員の業務. が﹃多かれ少なかれ︑また直接と間接との相違はあっても︑等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有するもので. あり︑その業務の停廃が国民生活全体の利益を害し︑国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあることは疑いをい れない﹄ことは︑さきに東京中郵事件判決が判示したとおりである﹂︒. ④﹁したがって︑このような事情を考慮するならば︑国会が︑国民全体の共同利益を擁護する見地から︑勤務条件. の決定過程が歪められたり︑国民が重大な生活上の支障を受けることを防止するため︑必要やむをえないものとし. て︑これらの職員の争議行為を全面的に禁止したからといって︑これを不当な措置であるということはできない︒﹂. ⑤﹁また︑全農林事件判決は︑非現業の国家公務員に関し︑﹃公務員についても憲法によってその労働基本権が保. 障される以上︑この保障と国民全体の共同利益の擁護との間に均衡が保たれることを必要とすることは︑憲法の趣意. であると解されるのであるから︑その労働基本権を制限するにあたっては︑これに代わる相応の措置が講じられなけ. ればならない︒﹄と判示している︒右の判示が五現業及び三公社の職員に関しても妥当することは︑いうまでもない︒﹂. この点につき現行法制で︑これらの職員が﹁法律によって︑身分の保障を受け﹂るなどしていること︑特に公労法が. 公労委によるあっせん︑調停及び仲裁の制度を設けていることは︑﹁協約締結権を含む団体交渉権を付与しながら争. 議権を否定する場合の代償措置として︑よく整備されたものということができ︑右の職員の生存権擁護のための配慮 に欠けるところがないものというべきである︒﹂. 六七. ⑥﹁以上の理由により︑公労法一七条一項による争議行為の禁止は︑憲法二八条に違反するものではない︒﹂と結 名古屋中郵事件判決の問題点おぼえ書︵佐藤︶.
(6) 早法五七巻三号︵一九八二︶. 論づけているのである︒. 六八. 右の判旨の①によれば︑公務員らには︑団体交渉権や争議権が﹁憲法上︑当然に保障されているものとはいえな. い﹂︒だがそれならば︑憲法上保障のない争議行為を禁止することに︑憲法上の間題が生ずる余地はないはずだろう︒. この立場からすれば②以下の︑﹁社会的︑経済的関係における地位の特殊性﹂とか︑﹁職務の公共性﹂︑﹁国民全体の共. 同利益の保障という見地﹂などの理由は︑実は憲法論としてはどうでもよい︑飾りの議論にすぎないとでも解するほ. かはない︒ところが⑤になると突然に①の立場が消え︑﹁公務員についても憲法によってその労働基本権が保障され. る以上﹂︑争議権否定が﹁その労働基本権を制限する﹂ものであり︑﹁代償措置﹂が必要だとされているのである︒. 右の矛盾は︑どうして生じたのだろうか︒②以下の理由は︑﹁社会的︑経済的関係における地位の特殊性﹂といっ. た目新しい表現があるにせよ︑基本的には東京中郵事件︵最判昭四一・一〇・二六刑集二〇巻八号九〇一頁︶以来少. 数派となり︑全農林事件において再び多数派に復活してきた旧来の思考による論理である︒その全面禁止合憲論の体. 勢たてなおしの過程で︑①の﹁憲法上の地位の特殊性﹂という理由が案出︑導入された︒しかしこの多数派裁判官. は︑﹁公共の福祉のために基本的人権が制限をうけるのは当然である﹂という旧来の思考の持主であるがゆえに︑② 以下の理由をも捨てることなくつけ加えたということであろうか︒. こうして︑判決は全体としてみると形式論理的な整合性さえ忘れ︑自家撞着をしめしている︒そしてその点をおく. としても︑②以下の理由は︑法的論理としては意味のない言葉の飾りか︑またはすでに︑東京中郵事件から仙台安保.
(7) 六・四事件にいたる判例の展開過程において克服されてぎた飛曜した論理の︑くりかえしにすぎない︒より詳細な批. 判を必要とするのは①の点であり︑またそれがこの判決の特徴をなす主要な理由と思われる︒だが便宜上︑まず②以. 争議行為の機能と争議権. 下の理由から間題点を指摘していこう︒. 三. 判決が︑公務員らの﹁社会的︑経済的関係における地位の特殊性﹂として説くのは︑・ヅクアゥトという対抗手段. がないこと︑および市場の抑制力が働らかないことの結果︑﹁争議権は︑適正な勤務条件を決定する機能を十分に果 たすことができず︑−⁝二方的な圧力と化するおそれがある﹂ということであった︒. このうち︑使用者が・ックアウトできないという点は︑それが憲法上そうだということの説明が欠けているだけで. なく︑判決自体︑私企業でも﹁極めて公共性の強い特殊のもの﹂は・ックアウトが認められないという見解を前提に. しているので︑この判決の立場からしても公務員ら︵公企体職員を含む︒以下同じ︶を︑公務員らだという理由で私. 企業労働者と差別する根拠とはなりえない︒また︑﹁市場の抑制力﹂という問題でも︑その認識の誤りについて多く. の批判が加えられている︒公務員らの労使関係も窮極的に経済法則の作用を免れるものではないこと︑かえって独占. 的事業の場合には私企業であっても︑判決のいうような﹁市場の抑制力﹂は働らかないこと︑公務員らの争議行為に. も私企業の場合とひとしく賃金の喪失を伴なうこと︑そして﹁市場の抑制力﹂が働らかないとしても︑使用者側であ. 六九. る政府等の強大な対抗力が存在し︑また国会や世論の抑制力︵いうならば﹁市場の抑制力﹂に代わる代償的抑制力︶︑ 名古屋中郵事件判決の問題点おぼえ書︵佐藤︶.
(8) 早法五七巻三号︵一九八二︶. 七〇. 労働者の自制等が十分に働らきうること︑などを考える必要がある︒だがここでとくに指摘したいのは︑﹁市場の抑 制力﹂と﹁適正な勤務条件﹂との関係である︒. まず︑﹁適正な勤務条件︵労働条件︶﹂とはなにか︒﹁市場の抑制力が欠如していることの結果﹂︑争議権が﹁適正な. 勤務条件を決定する機能を十分に果たすことができず﹂というところからすると︑最高裁は﹁市場の抑制力﹂の作用. するもとでの︑つまり企業の経済力に応じた労働条件を﹁適正﹂とみるかのようである︒しかしそうだとすると︑た. とえば︑経済的に有利な立場にある大企業と︑弱小︑零細企業との間の労働条件の格差はどう評価されるのであろう. か︒零細企業の劣悪な労働条件も︑その経済力に応じたものとして﹁適正な労働条件﹂とされてしまうのか︒もしそ. うだとするならば︑労働基準法など保護立法による労働条件への介入は︑﹁市場の抑制力﹂に敵対する悪法なのだろ. うか︒だが︑この点では︑﹁労働組合の結成を憲法および労働組合法で保障しているのは︑社会的・経済的弱者であ. る個々の労働者をして︑その強者である使用者との交渉において︑対等の立場に立たせることにより︑労働者の地位. を向上させることを目的とするものであることは︑さきに説示したとおりである︒しかし︑現実の政治・経済・社会. 機構のもとにおいて︑労働者がその経済的地位の向上を図るにあたっては︑単に対使用者との交渉においてのみこれ. を求めても︑十分にはその目的を達成することができず︑労働組合が右の目的をより十分に達成するための手段とし. て︑その目的達成に必要な政治活動や社会活動を行なうことを妨げられるものではない﹂︵三井美唄労組事件︑最判. 昭四三・一二・四刑集二二巻一三号一四二五頁︶とするのが︑古くからの確立した判例の態度である︒﹁市場の抑制. 力﹂のもとでの対使用者との交渉が︑﹁適正な労働条件﹂を決定するものとも限らないだろう︒いいかえれば﹁適正.
(9) な労働条件﹂の決定に近づくのに必要な条件は︑﹁市場の抑制力﹂ではなくて労使の﹁対等の立場﹂とさらに政治活. 動や社会活動である︒そして強大な力を有する使用者としての政府等と対等の立場を保障するのに︑公務員らの争議 行為の全面禁止が必要だとは︑到底考えられない︒. つまり︑かりに﹁市場の抑制力﹂の作用についての最高裁の見解にしたがうとしても︑争議権がいかなる制約もな. しに認められた場合には﹁公正な決定過程を歪めるおそれ﹂があるというだけであり︑一切の争議行為がつねに公正. な決定過程を歪めるわけではない︒﹁公務員の争議行為は場合によっては一方的に強力な圧力となり﹂ということが. 言えるとしても︑それは判決みずから認めるように︑まさに﹁場合によっては﹂のことである︒事業の性質︑争議行. 為の形態・規模・期間︑世論の動向︑その他請般の事情によることであり︑全面禁止を合理づける理由とはなりえな. い︒このことは︑﹁職務の公共性﹂という観点を加えてみても︑おなじことである︒判決は︑東京中郵判決から﹁業. 務の停廃が国民生活全体の利益を害し︑国民生活に重大な障害をもたらすおそれがある﹂という部分を引いている︒. しかし︑この国民生活に対する影響という観点から考えるかぎり︑東京中郵判決の論理は︑争議行為の一律的禁止を. 否定し︑影響の種類︑程度を考慮する限定解釈へと移るのが必然的な筋道であった︒﹁勤務条件の決定過程が歪めら. れたり︑国民が重大な生活上の支障を受けることを防止するため︑必要やむをえないもの﹂は︑もしあるとしても︑ ︵1︶ 一定限度を越える影響をもつ争議行為の制約であって︑その全面一律の禁止ではない︒それでは︑①の﹁憲法上の地. 七一. この点は全農林判決においても︑田中二郎︑大隅健一郎︑関根小郷︑小川信雄︑坂本吉勝の五裁判官の意見が指摘してい. 位の特殊性﹂は︑全面一律禁止の合憲性の根拠となるだろうか︒ ︵1︶. 名古屋中郵事件判決の間題点おぼえ書︵佐藤︶.
(10) 早法五七巻三号 たところである︒. ︵一九八二︶. 四 勤務条件基準の法定と団体交渉権. 七二. 判決は︑公務員らに団体交渉権︑争議権が﹁憲法上︑当然に保障されているものとはいえない﹂とし︑その理由と. して﹁憲法上の地位の特殊性﹂からの制約を主張した︒具体的には︑﹁法律の定める基準に従ひ︑官吏に関する事務. を掌理すること﹂を内閣の事務と定めた憲法七三条四号や︑﹁憲法八三条に定める財政民主主義の原則﹂等を根拠に︑. 公務員らが勤務条件を﹁国会の意思とは無関係に労使間の団体交渉によって共同決定することは︑憲法上許されない. ところといわなければならない﹂︒つまり公務員らには︑憲法上︑﹁私企業の労働者の場合のような労使による勤務条. 件の共同決定を内容とする団体交渉権の保障はなく︑右の共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されてい. る争議権もまた︑﹂同様だというのである︒しかし同時に判決は︑国会がその団交権や争議権を認めるならば︑それ. は国会の裁量として︑憲法上差支えないとする︒たとえば現行公労法の規定について︑つぎのようにいう︒. ﹁このような労働協約締結権を含む団体交渉権の付与は︑憲法二八条の当然の要請によるものではなく︑国会. が︑憲法二八条の趣旨をできる限り尊重しようとする立法上の配慮から︑財政民主主義の原則に基づき︑その議決. により︑財政に関する一定事項の決定権を使用者としての政府又は三公社に委任したものにほかならない︒−⁝公. 労法一六条によって︑予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とするいかなる協定も国会が承認するまでは政. 府を拘束せず︑その承認によって初めて資金の支出が許容されるものと定められており︑その団体交渉権は︑私企.
(11) 業におけるそれに比して︑重大な制約を受けているが︑これは︑国会が︑右の財政民主主義の原則に基づぎ︑政府. 又は三公社に対する委任に特別の留保を付したことを意味するものと解すべきである︒﹂. そして一般に︑国会が︑その立法︑財政の権限に基づき︑一定範囲の公務員その他の公共的職務に従事する職員. の勤務条件に関し︑職員との交渉によりこれを決定する権限を使用者としての政府その他の当局に委任し︑さらに. はこれらの職員に対し争議権を付与することも︑憲法上の権限行使の範囲にとどまる限り︑違憲とされるわけはな いのである︒﹂と︒. この判決の見解は︑つぎのような諸点で法解釈としての合理性を全く欠き︑とうてい支持することのできない︑恣 意的なものといわなければならない︒. 第一に特徴的なのは︑それが憲法の条文の文言︑ないし条文の存在自体を無視していることである︒まず︑判決み. ずから引用するように︑憲法七三条四号は︑﹁法律の定める基準に従ひ⁝⁝﹂と規定する︒同条は文言上も明らかに︑. 法律が公務員の勤務条件等の﹁基準﹂を定めることを予定しているのであって︑具体的な労働条件の細部まで法律で定 ヤ ヤ. めるものとされているのではない︒ところが判決は︑故意か不注意か︑この基準という点を脱落させ︑﹁国家公務員. の場合︑その勤務条件は︑憲法上︑国民全体の意思を代表する国会において法律︑予算の形で決定すべきものとされ. ており︑﹂というように︑すりかえてしまっている︒しかも憲法には労働基本権を保障する二八条も存在するのであ. り︑法の解釈としては︑その全体を統一的にみなければならないはずである︒だから判決の見解に対しては︑﹁憲法. 七三. 二八条との関連で︑憲法七三条四号に基づく公務員の勤務条件に関する﹃基準の設定﹄はできるだけ﹃大綱﹄的基準 名古屋中郵事件判決の問題点おぼえ書︵佐藤︶.
(12) 早法五七巻三号︵一九八二︶. 七四. の設定にとどめ︑その具体化は団交i協定に委ねるのが憲法上の要請と解すべきであり︑かつ︑この場合に協定に ︵1︶ もとづく国費の支出については︑財政民主主義の原理に基づく制約があると解すれば︑必要にして十分である﹂とい った批判が加えられるのは︑当然だといわなければならない︒. もっとも判決も︑弁護人の反論に対する判断という形で︑いくつかの主張に答えてはいる︒ω﹁大綱的基準のもと. でその具体化を団体交渉によって決定するという制度﹂は﹁団体交渉によって具体的な勤務条件を決定するという余. 地を国会から付与されて初めて認められるものであって⁝⁝労使間の団体交渉による勤務条件の共同決定権が憲法上. 当然に保障されていると主張することは︑その事項につき国会に決定権が存在しないということに帰し︑前述した憲. 法上の原則︵四一条︑八三条等︶に沿わないというほかはない︒﹂@﹁国会の承認を求める原案を決定する﹂とい. う意昧の団体交渉権であっても︑﹁もし右の意味における共同決定の権利が憲法上保障されているものとすれば︑勤. 務条件の原案につき労使間に合意が成立しない限り政府はこれを国会に提出することができないこととなり︑常に合. 意をもたらしうるという制度的保障が欠けていることとあいまって︑国会の決定権の行使が損なわれるおそれがある. ものというべきであり︑他に︑このような特殊の権利が憲法上保障されていると解すべき根拠は︑見当たらない︒﹂ と︒. この判示部分では前述の憲法七三条四号が明示されていないが︑これは公務員以外の公社職員の場合を含めての理. 由づけだからであろう︒そこで同条の﹁基準﹂の解釈はおくとしても︑この最高裁の見解で二八条の存在が無視され. ていることに変りはない︒なぜなら︑判決は公務員らの勤務条件の共同決定を内容とする団交権が憲法上は保障され.
(13) ていないとしながら︑他方そのような権利を法律で認めることが憲法的に許されないのではなく︑国会の意思による. 立法裁量として付与することは可能だとしていた︵現行法では公労法八条︶︒そうだとするなら︑憲法制定議会が︑. 憲法制定権の行使として公務員らの団体交渉権を保障することも︑もちろん可能だったはずであろう︒そしてまさに. 憲法二八条は﹁勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利﹂を保障すると規定しているのであ. る︒逆にその保障について︑﹁公務員およびこれに準ずる者の団体交渉その他の団体行動をする権利については︑法. 律でこれを定める﹂といった︑保障内容に立法裁量を認める除外規定は︑存在しない︒それにもかかわらず︑争議行. 為禁止︑処罰規定についての限定解釈を︑﹁犯罪権成要件の保障的機能を失わせることとなり︑その明確性を要求す. る憲法三一条に違反する疑いすら存するものといわなければならない﹂︵全農林判決︶としてしりぞけた最高裁が︑. 団交権や争議権の憲法上の保障規定については︑明文にあきらかに反するー﹁これを保障する﹂という規定を︑. ﹁憲法上︑当然に保障されているものとはいえない﹂と読むのだからー限定解釈をして︑恥じるところがない︒こ. の多数意見の裁判官諸公は︑憲法の﹁保障的機能﹂を︑いったいどのように理解しているのだろうか︒. また前述のように判決は︑憲法上労使の団交による勤務条件の決定権があるとすれば︑その事項につき国会に決定. 権がなくなるか︵前記ω︶︑あるいは勤務条件の原案につき労使間の合意がなければ国会にこれを提出できなくなっ. て︑国会の決定権の行使が損なわれるおそれがあり︵前記@︶︑憲法四一条︑八三条等の原則に沿わない︑という︒. しかし︑憲法の他の規定とみくらべるだけで︑これほど馬鹿げた議論はあまりないといわなければならない︒. 七五. 一つは憲法二七条である︒同条二項は︑﹁賃金︑就業時間︑休息その他の勤労条件に関する基準は︑法律でこれを 名古屋中郵事件判決の問題点おぼえ書︵佐藤︶.
(14) 早法五七巻三号︵一九八二︶. 七六. 定める︒﹂と規定している︒もし法律事項について団交による労使の共同決定権はなく︑団体交渉権もないとするな. らば︑勤労者の団交権はいっさい存在しないことになる︒そうではなく︑問題は︑こうして定められた法律と︑労使 ︵2︶ 間の﹁共同決定﹂︵労働協約︶の効力関係だけである︒. もう一つは︑憲法九五条のような例である︒憲法四一条が国会を国権の最高機関であり︑国の唯一の立法機関であ. ると規定しているからといって︑どんな事項についても︑つねに国会の意思だけで立法できるというわけではない︒. たとえば憲法九五条は︑﹁一の地方公共団体にのみ適用される特別法は︑法律の定めるところにより︑その地方公共. 団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ︑国会は︑これを制定することができない︒﹂と規定する︒. これと同様に︑憲法二八条の保障の結果︑公務員らにのみ適用される勤務条件立法の内容について︑その公務員らの ︵3︶ 労働組合との合意を前提とすると解しても︑それが憲法四一条の原則に沿わないといういわれはない︒. また︑たとえこの点で右のような同意までは要せず︑効力関係において法律が優先すると解しても︵私企業におけ. る労働協約であっても︑労働基準法等の法律に反しえないのは当然である︒︶︑それはつぎにのべる憲法八三条の財政. 民主主義に関連してみられる問題と同じく︑憲法の保障する公務員らの団体交渉権ないし協約の効力が︑その使用者. の性質上︑私企業の場合と若干その現れを異にする︑あるいはその限りでの制約をうけるというにすぎない︒むしろ. そのような︑部分的に制約された代償として︑争議権がますます重要性をもつというべきである︒これを憲法上の団. 交権保障の否定︑争議権の全面否定に結論づけるのは︑団結による現実の交渉や争議を通して労働者の要求実現︑地. 位の向上をはかることを妨害されないという︑これらの権利の歴史的性格からはなれた︑ためにする議論だといわな.
(15) 蓼沼謙一﹁名古屋中郵判決における公労法一七条合憲論の検討﹂︵ジュリスト六四三号︶三八頁︒なお室井力﹁公務員の. ければならない︒. ︵1︶. 憲法二七条二項の法定と憲法七三条四号の法定との関連について︑松岡三郎﹁労働条件の法定﹂︵法律時報四五巻三号︶. 勤務条件法定主義﹂法律時報四五巻八号参照︒ ︵2︶. 条例と地方公務員の団体交渉権の関係について︑佐藤昭夫・佐藤英善・筒井信隆﹁公務員の労働関係と議会・住民ー地. 参照︒. ヤ. 財政民主主義と争議権. 方公務員の給与決定問題を中心に﹂︵労働法律旬報八九二号︶参照︒. ︵3︶. 五 ヤ. 憲法七三条四号の﹁法律の定める基準﹂の解釈がどうであろうとも︑同条や憲法四一条から生ずる問題は法律と労 ヤ. ヤ. 働協約の効力関係であって︑労働協約締結権を含む団体交渉権︑判決のいわゆる﹁勤務条件の共同決定権﹂の全面否. ヤ. ヤ. 定でないことは︑前にのべた︒それは︑法律の定める基準とてい触する協約は︑その法律の改正または廃止がなされ. るまでは︑法律とてい触する限度において規範的効力を有しないと解することにより︑解決される種類のものであ. る︒条例との関係では︑上記の趣旨の地公労法八条が︑憲法の趣旨にそった解決であろう︒同様に︑﹁憲法八三条に. 七七. 定める財政民主主義の原則﹂との関係で生ずる間題も︑協約の効力をめぐってであり︑しかももっぱら使用者側の権 限との関連でのものにすぎない︒ 名古屋中郵事件判決の問題点おぼえ書︵佐藤︶.
(16) 早法五七巻三号︵一九八二︶. 七八. すなわち︑憲法八三条は︑﹁国の財政を処理する権限は︑国会の議決に基づいて︑これを行使しなければならない︒﹂. と規定する︒つまり︑国の財政処理権限の最終的所在を定めたものであって︑それ以外のものではない︒それは︑団. 体交渉に関しては判決も引用する公労法一六条のような内容の制約︑すなわち︑政府等が予算の許容範囲を越えた財. 政支出を必要とする協約を締結しても︑国会の承認がなければ資金を支出できないことを意味するにとどまる︒これ. を相手方の労働者側についていえば︑たとえば組合がその代表者たる委員長の交渉妥結権︵協約締結権︶を制限し︑. 協約締結の承認を中央委員会または大会決定に留保しているのと︑ことがらとしては変りはない︒. 財政民主主義の原則は︑使用者側の意思形成についての権限配分の問題である︒環裁判官の反対意見は︑この点を. ﹁使用者として最終的決定権をもつのは国会であり︑政府︑公社等は一部の決定権をもつ交渉担当者の立場に類する. 実質をもつものとも考えられる︒たしかに︑法理論としては︑労使の意思の合致があっても︑法的に国会を拘束しな. いから︑交渉といっても単なる話合いにすぎないといえるかも知れないが︑事実として交渉が行なわれ︑その結果と. して労使の意思の合致があった場合︑それが国会の意思に︑事実として︑あるいは政府等と国会の折衝等の結果とし. て︑影響をもち︑結局公務員の経済的地位の向上に資することが考えられるから︑このような交渉もまた︑不十分な. がら︑憲法二八条の保障する団体交渉の一態様と解すべきであろう﹂という︒﹁法理論としては﹂﹁交渉といっても単. 労働協約がそれだけで最終的効力を生じないからといって︑﹁法理論と. なる話合いにすぎないといえるかも知れない﹂という点はやや不正確であるが︑事態はおおむねこのようなものであ る︒政府等との団体交渉による﹁共同決定﹂. しては﹂それは︑公務員らに団体交渉権がないからではなく︑使用者である国の最終的意思が欠けているから︑つま.
(17) り最終的合意が成立していないからである︒. ふたたび憲法七三条をみるならば︑内閣の事務としてコ一外交関係を処理すること︒﹂﹁三. 条約を締結するこ. と︒但し︑事前に︑時宜によっては事後に︑国会の承認を経ることを必要とする︒﹂と規定している︒憲法上︑内閣が. 締結する条約に国会の最終的承認を必要とするからといって︑その行なう交渉が法的に国を代表しての外交関係の処. 理でなくなるのではない︒政府等との団体交渉やその結果締結される労働協約と︑財政民主主義の原則による国会の. 意思との関係は︑右の関係に類似する︒公務員らに憲法上の団体渉権が保障されていると解すると︑憲法八三条や四. 一条に沿わないなどということは︑勤務条件基準の法定の問題についてのべたのと同じく︑一部の制約の根拠1も. しそれが認められるとしてもーを全面否定のそれにすりかえるものであって到底成り立ちえない︑不合理な独断だ といわなければならない︒. 六 国会に対する﹁争議行為の圧力﹂の問題. 以上のべてきたように︑公務員らに憲法上団体交渉権の保障がないという判決の主張は︑到底維持しがたい︒そし. て実際上も議院内閣制のもとでは︑政府や公社等との団体交渉︑その一環としての争議行為等によって︑ほとんど問. 題は解決されうるといってよい︒ただ争議権をめぐって理論的に問題がのこるとすれば︑公務員らと国会との関係で ある︒この点に関連して︑判決はつぎのようにのべていた︒. 七九. ﹁公務員の場合は︑その給与の財源は国の財政とも関連して主として税収によって賄われ︑⁝⁝その勤務条件は 名古屋中郵事件判決の問題点おぼえ書︵佐藤︶.
(18) 早法五七巻三号︵一九八二︶. 八○. すべて政治的︑財政的︑社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならず︑しかもその決定. は民主国家のルールに従い︑立法府において論議のうえなさるべきもので︑同盟罷業等争議行為の圧力による強制 を容認する余地は全く存しないのである︒しと︒. ここには︑二つの注意すべき点がある︒その一つは︑公務員らの勤務条件の決定までが労使間の問題ではなく︑政. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 治の問題だとみられていることである︒そう考えるから判決は︑前述のように﹁市場の抑制力﹂が欠如している結. 果︑公務員らの争議行為は︑﹁競合する国民の請要求を公平に調整すべき行政当局や国会等に対する一方的な圧力と. 化するおそれがある﹂︵傍点筆者︶とのべることにもなったのであろう︒そして注意すべきもう一つの点は︑政治の. 間題にかかわってストライキを不当な圧力とみる︑政治スト違法論につらなる考え方である︒. この第一の点については︑私はかつて全農林事件における検察官の主張を批判して︑つぎのようにのべたことがあ. る︒現在もそのまま︑これを引用しておきたい︒﹁公務員の労働力の取引きを政治の問題とするこの論理にしたがえ. ば︑政府を当事者の一方とするかぎり︑いかなる取引きも経済間題ではなくなってしまう︒たとえば︑戦闘機の開. 発︑納入の価格をめぐる交渉も︑政治の問題だということになるだろう︒だがメーカーが売値をつけるのは一般に経. 済の問題であり︑政治の問題はそれを前提に︑そのような戦闘機を必要として購入するのか否かの決定にあるのでは. ないだろうか︒そして︑政治的に可能な選択の範囲もまた︑経済的に限界づけられている︒同様に︑どのような公務. 員のサーヴィスが必要かを決定し︑そのための財源を調達するのは政治の問題であるが︑合意しうる労働条件を提供. し︑そのサーヴィスを確保するのは経済取引きの問題である︒この関係を認めないならば︑ドライヤー報告にもしめ.
(19) された﹃政府としての政府﹄と﹃使用者としての政府﹄との区別という基本的な国際的常識を︑全面的に否定するこ ︵1︶ とになる︒それはとうてい︑今日維持しうる考え方ではあるまい︒﹂. 最後に︑政治ストの問題については︑いわゆる純粋政治ストを含め︑それは労働者の平等な実質的政治参加︑主権者の. 一人としての正当な国家意思形成過程への参加という性格をもつ︒形態としてもストライキは︑不作為であってもっ. とも平和的形態である︒それは政治的﹁圧力﹂ではあるが︑まさに政治が一部の金権等の支配力に服するのを防ぐ︑. 八一. 正当な対抗力だと考える︒しかしこの点も︑くわしくはすでに論じたところである︵佐藤・政治スト論︿改訂版﹀一. 野村平爾・佐藤昭夫﹁大法廷三労働事件弁論の問題点﹂︵法律時報四四巻ニニ号︶六四ー五頁︒. 九七五年︑一粒社︑参照︶︒ ︵1︶. 名古屋中郵事件判決の問題点おぼえ書︵佐藤︶.
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