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中央学術研究所紀要 第33号 047塚本啓祥「インド仏教と外教の交渉 -最高存在と化身に関連して-」

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Academic year: 2021

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最高存在と化身に関連して

問 題 の 所 在 研 究 史 マ ハ ー バ ー ラ タ の 世 界 展 開 説 と 法 華 経 の 化 生 ・ 蓮 華 生 ヅィ シ ュ ヌ 神 と 化 身 法 華 経 に 現 れ る 本 地 と 垂 迫 ガ ン ダー ラ に お け る 諸 神 習 合 の 事 例 あ と が き 1 . 問 題 の 所 在 本 論 文 の 執 筆 に 当 っ て 、 編 集 者 か ら 要 請 さ れ た 課 題 は 、 「 碑 銘 ・ 貨 幣 を 視 点 と し た イ ン ド 仏 教 と 外 教 の 交 渉 」 で あ っ た 。 し か し 、 イ ン ド 亜 大 陸 に 数 千 年 に 亙 っ て 展 開 し た 仏 教 と 外 教 ( 諸 宗 教 ) の 交 渉 に つ い て は 、 そ の 背 景 と な っ た 社 会 的 環 境 と 交 流 の 契 機 を 与 え た 歴 史 的 状 況 は 多 岐 に 及 ん で お り 、 一 編 の 小 論 に よ っ て 尽 く せ る も の で は な い 。 し た が っ て 問 題 を 限 定 さ れ た 内 容 に 絞 る 必 要 が あ る。 B . C . 2 世 紀 以 降 、 西 北 イ ン ド ( 現 在 の パ キス タ ン ) の ガ ン ダー ラ 地 方 を 支 配 し た イ ン ド ・ ギ リ シ ア の 諸 王 、 サ カ ・ パ フ ラ ヴ ァ の 太 守 等 、 ク シ ャ ー ナ の 諸 王 に よ っ て 発 行 さ れ た 貨 幣 に は 、 ギ リ シ ア ・ ペ ル シ ア ・ イ ン ド の 王 の 称 号 と か れ ら の 彫 像 が 刻 ま れ 、 ま た そ こ に 居 住 し た 諸 民 族 が 信 仰 し た 神 々 の 像 と そ の 名 称 が 鋳 刻 さ れ て い る 。 こ れ は 貨 幣 の 流 通 に よ っ て こ の 地 域 に 諸 宗 教 の 融 合 と 万 神 殿し21ntheon)が形成されたことを意味する。 諸 宗 教 の 習 合 と い え ば 、 そ れ ぞ れ の 宗 教 に お け る 信 仰 と 対 象 と な っ た 神 々 の 実 体 と 神 観 念 の 諸 相 が 明 ら か に さ れ な け れ ば な ら な い 。 そ れ と 同 時 に 信 仰 の 対 象 と な る 神 々 と 人 々 の 救 済 は 、 宗 教 の 基 本 的 内 容 に 関 連 す る こ と は 言 う ま で も な い 。 こ の 問 題 に 関 連 し て 重 要 な 条 件 を 与 え る も の は 、 貨 幣 に 登 場 す る 神 々 の 当 該 宗 教 に お け る 位 置 関 係 で あ ろ う 。 そ し て そ の 主 な も の と し て 、 ヒ ン ド ゥ ー 教では最高存在(至上神)たるBrahll 、visnu、Sivaとかれらの化身(権化)たち が挙げられる。これらの神観念は訂晶励/zara叫7・97uの諸文献に登場する。こ れ に 対 し て 仏 教 で は 、 仏 陀 と そ の シ ン ボ ル 及 び 守 護 神 た ち が 挙 げ ら れ る が 、 そ 4 7

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の仏陀観は華厳経の毘盧遮那(vairocana)仏たる法身(dllarmakaya)、法華経の 久 遠 本 仏 たる 法 身 と 、 過 去 の 諸 仏 と 釈 牟 尼 仏 たる 応 身 ( n i r m a n a k a y a ) 、 無 量 寿 経の阿弥陀仏{Anlita}、us/Amitabha)たる報身(s岬bhogakaya)等が関連する。 諸 宗 教 の 習 合 に つ い て は 、 A . D . 1 ­ 3 世 紀 に ガ ン ダ ー ラ 地 方 で 諸 信 仰 の 統 合 を図ったものとして法華経の「開会」(止揚int(ぅgration、Aufheben)の思想が顕 著 で あ る の で 、 こ れ を 視 点 と し て 検 討 を 試 み よ う 。 2 . 研 究 史 こ の 問 題 に 関 し て 、 そ の 出 発 点 と し て 金 倉 圓 照 博 士 の 「 イ ン ド 文 化 と 法 華 経 の交渉(序説)」1)を取り上げよう。博士はまず「交渉」というのは、「かような 文 化 現 象 に お け る 法 華 経 の 位 置 、 い う な れ ば 外 部 か ら そ れ が 自 体 を 形 成 す る た め に 受 け 入 れ た 要 素 、 及 び 形 成 の 後 に 或 は 形 成 の 途 上 に 於 て 外 部 に 与 え た 影 響 等 を 、 歴 史 的 に 明 か な ら し め る 意 味 」 と の 概 念 規 定 を な し て い る 。 こ の 問 題 に つ い て は ① 形 態 論 ② 内 容 ( 思 想 ) 論 の 2 方 法 が あ る が 、 博 士 は こ こ で は ② に 限 定 して い る 。 こ の 中 で 他 の 仏 教 思 想 と 法 華 経 の そ れ と の 関 係 に つ い て は 従 来 、 わ が 国 で 論 及 し た 学 者 は 少 な か っ た が 、 イ ン ド 思 想 と 法 華 経 の 位 置 づ け に つ い て は 、 こ れ ま で 深 く 追 求 さ れ て い な か っ た の で 、 こ の 点 を 明 か に す る こ と は 、 イ ン ド 思 想 と し て の 法 華 経 の 価 値 を 決 定 す る に 甚 だ 大 切 で あ る と 指 摘 し て い る。 ( 1 ) ケ ル ン の 見 解 ま ず 従 来 の 研 究 史 を 概 観 す る に ケ ル ン ( H . K e m ) は 「 法 華 経 英 訳 の 序 文 」 2 ) の 中 で 、 訟 昭 。 と z 面 脂 ( 以 下 拠 G ) と 法 華 経 の あ い だ の 思 想 に つ い て 論 及 し て い る 。 ケルン は 法 華 経 中 に D e v f i t i d e v a ( 天 中 天 ; 神 々 の 中 の 最 高 神 ) の 称 号 を 釈 尊 に 帰 して い る こ と を 指 摘 す る ( 典 拠 は 示 さ れ な い ) 。 こ れ は P a l i 、 S k t . の 仏 典 に は 広 く 現 れ る 3 ) 。 金 倉 博 士 は 化 城 喩 品 第 3 5 偶 を 該 当 個 所 と し て 挙 げ る 。 従 地 涌 出 品 4 ) には、「まさしく本初(はじめ)から(iidkaeva、fromtheverybt、1;inning)、私は 無 数 の 菩 を 、 菩 地 に 適 合 す る よ う に 励 ま し た 」 ( K e m 、 p . 3 1 2 、 / / 。 4 ­ 5 ; I・;1lchida、p.265、//パー2)の文句を、ケルンは釈 が本初仏(Acl沁tlddha) と 同 一 で あ る こ と を 仄 め か し て い る と な し 、 如 来 寿 量 品 に 釈 が ガ ヤ ー で 始 め て 覚 っ た の で は な く 、 久 遠 本 仏 で あ る こ と に 対 比 す る 。 寿 量 品 第 2 1 偶 ( a ) に 、 「 か く 実 に わ れ は 世 界 の 父 な り 、 自 ら 生 ぜ る 者 な り 。 一 切生類の医師なり、保護者なり」(yamevahamlokapita、;vayambhnhcikjtsakah sarvE11)Γφnaniithaり)と述べているが、ケルンは「世界の父」㈲1(apitr)、(自ら生 ぜる者_IGvayambhn)を訟αjJ、rzvajJびM5)IX.17aの[われは世界の父なり、母なり、 創造者なり、宗祖なり](pitahama、;yajagatommdhmpitamah呻)に対比する。 4 8

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また「医師」(cil(itsaka)は道徳上の意味で「救世主」、神話的にApo116nを表す とする(英訳本、p.310、n.1)。 ま た ケ ル ン は 法 華 経 の 所 説 は 加 G . I V . 6 「 わ れ は 不 生 に し て 、 不 滅 の 性 、 ま た 万 有 の 主 宰 者 な れ ど 、 自 己 の 自 然 を 立 場 と し 、 自 己 の 幻 力 に よ っ て 顕 現 す 」 (Rjopisannavyayatmabhtitanam扨varoPisan/Prak叫甲svamadh叫hayasa甲­ bhavamyatma­mayaya//)に相当するとする。シャンカラの 釈6)によれば、こ の中の「われ」とはvasu(l、jva­Kfsna天であり、「不滅の性」とは「滅することな き 知 と 力 と を 本 姓 と し て い る 」 。 ま た 「 自 己 の 自 然 」 と は 「 三 徳 所 成 の v i s n u の m a y a 」 で あ り 、 「 そ れ に よ っ て 全 世 界 が 転 現 し 、 そ れ に 幻 惑 せ ら れ て 、 人 が へ/iistl(1eva自体を認識しない所のもの)である。それを「立場とする」とは「従 え る 」 「 踏 ま え る 」 意 味 で 、 法 華 経 寿 量 品 第 1 0 掲 に 「 か く の 如 き は 、 こ の 想 像 も 及 ば ざ る 劫 波 の 千 万 億 数 の 間 つ ね に わ が 立 場 ( a ( l h i s t h a n a ) な り き 」 の 「 立 場 」 と 同 根 の 辞 で あ る と い う 。 励 G . I V . 7 に 「 実 に 法 の 衰 微 が 生 じ 、 非 法 の 興 る こ と が あ る 毎 に 、 バ ー ラ タ よ、われは自身を造り出す」(yadayadahidharmasyaglanirbhavatiBharata/ abhyutthanamadham!as)/atadytmana甲s巾myaham//);IV.8に「善き人をまも る た め に 、 悪 行 者 た ち を 亡 ぼ す た め に 、 法 を 樹 立 せ ん が 為 に 、 世 界 期 の 度 毎 に われは顕現すバpal­nra叫}/asa(nluna甲viniiayacadu町tam/clhlfma­sa印stllripana­ rthay21・;a叫)11avamiyugeyuge//)とあるが、ケルンはこの詩句を(法華経が釈 を最高存在GllPremebeing)、神中の神、全知全能として示そうと努めたことは、 寸 毫 の 疑 も な い 」 と し て い る が 、 金 倉 博 士 は さ ら に こ れ ら の 問 題 が 、 古 代 イ ン ド で 行 わ れ た 神 知 学 上 の 観 念 と 関 連 し て い る こ と を 指 摘 し て い る 。 す な わ ち 、 ① 同 一 視 さ れ る 2 つ の 最 高 存 在 、 大 宇 宙 の 偉 大 な る 照 明 者 ( 太 陽 ) と 小 宇 宙の光照者(意または覚):G励と/aきrJyとz一叩.III.18、19;Cf.訟G.XV.12. ②励G.V.14ぷTΓε11(antha sComパ「主は知性の我である。あたかも太陽の 如く、われら自身と他を照らすものである」;釦(:八XIII.33. ③訟(7.VI.30、NTrakantha sCom.汀内我はNfirayanaすなわち最高存在で ある」;IX.28:Narii}/aリaは一切有情の内我である;XII.14:Narayaリaを 無属性のBrahmaと同一視する。Narayaリaとその複本である釈 牟尼はpu­ I sottama(至上人)、paramatman(最高我)、最高梵であり、意である。釈 牟尼は秘教的には善悪の観照者、訂とz、7aj、77❹、VIII.91の善悪観照者たる牟尼 と 同 じ 牟 尼 で あ る 。 瓜 G . I X . 1 4 ­ : 最 高 の 存 在 者 が 人 々 の 知 能 の 程 度 に 従 っ て 、 異 な っ た 方 法 で 理 解 さ れ 、 尊 敬 さ れ る べ き で あ る 。 法 華 経 の 釈 牟 尼が理想であり、人格化(apersonmcation)であって、人格(ap(、rson)で は な い 。 一 層 古 い 宇 宙 論 の 神 話 か ら 借 用 さ れ た 特 色 と 、 古 代 の 自 然 崇 拝 の 痕 跡 が 、 法 華 経 と 肌 G . の 両 方 に 充 満 し て い る 。 し か し 勝 義 に お け る p u r u ­ 49

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sottamaが両方の精神生活の中心である。 つ ぎ に ケ ル ン は 法 華 経 と 加 G . の 類 似 点 を つ ぎ の よ う に ま と め て い る 。 田 薬 草 喩 品 : 如 来 は 一 切 有 情 に 対 し て 公 平 無 私 で あ り 、 等 し い 配 慮 を 恵 み 与 え る 。 訟 ( 2 7 . 1 X . 2 9 : わ れ は 一 切 生 類 に 平 等 な り 。 わ れ に 憎 む べ き も の な く 、 愛 すべきものなり。(lntr(姐.xxxiv、f.n.) ( 2 ) 如 来 神 力 品 : 釈 如 来 と 多 宝 如 来 が 共 に 塔 中 の 獅 子 座 に 坐 し 、 大 神 変 を 現 じ 、 舌 を 出 し て 、 そ れ が 梵 の 世 界 に 達 す る 。 し か も そ の 舌 か ら 無 量 の 光 明 か 現 れ 、 そ れ ぞ れ の 光 明 か ら 無 数 の 菩 が 出 現 す る 。 釦(ELXI.30:Nril iiya叩はAljunaの要請によって壮大な偉観において自 身 を 示 す 。 「 焔 を 発 す る 口 に よ っ て 、 す べ て の 世 界 を 普 く 呑 喧 し つ つ 、 汝 は 凪 め る 。 v i s n u よ 、 全 世 界 を 光 に よ っ て 満 た し て 、 汝 の 強 き 輝 き は そ れ を 熱す」(lntr()d.xxxi、f.n.) ( 3 ) 讐 喩 品 : 三 乗 を 三 車 に 喩 え る 。 訟 ( 孔 x n . 1 2 : 実 に 実 修 よ り も 知 は 優 れ た り 、 知 よ り も 黙 想 ( = 禅 ) は 勝 る 、 黙 想 よ り も 行 為 の 果 の 断 念 は 勝 る 、 断 念 に よ っ て 直 ち に 寂 静 あ り 。 加 G . I V . 5 ( V . 2 5 の 誤 記 ) : 罪 垢 を 滅 ぼ し 、 二 心 を 断 じ 、 自 己 を 制 御 し 、 万 有の安寧・|一|見ぶ聖仙は梵涅槃を得る。 実 修 仙 t ) h y a s a ) は 師 の 下 に あ っ て 学 ぶ 時 ( 梵 行 期 ) = 声 聞 乗 黙 想 の 時 期 ( 林 棲 期 ) = 縁 覚 乗 断念(tyaga捨施)( 世者、;ε11即yasin、苦行者yati、解脱者muktaの生活 に 等 し い ) = 菩 乗 要 す る に 、 三 乗 は ア ー リ ヤ 人 の 理 想 の 生 活 に お け る 段 階 た る ア ー シ ラ マ (iiS4rama)の模倣であるとなす。(lntr(:)d.xxxiv、f.n.) ( 2 ) ヴ ィ ン テ ル ニ ッ ツ の 見 解 ヴィ ン テル ニ ッ ツ ( M . W i n t e m i t z ) は 『 イ ン ド 文 学 史 』 第 2 巻 7 ) 「 すべ て こ れ ら の 法 外 な 表 現 、 及 び 特 に 経 典 自 体 の 中 で 、 経 典 を 賛 美 す る こ と の 一 切 は 、 そ れ が プ ラ ー ナ の 特 徴 で あ る と 同 様 に 、 大 乗 経 の す べ て の 特 徴 で あ る 。 実 際 わ れ わ れ が 法 華 の 一 行 一 行 に よ っ て 思 い 出 さ し め ら れ る 所 の そ れ は 、 プ ラ ー ナ の 精 神 で あ る 。 法 華 経 の 仏 陀 は 、 時 々 わ れ ら に 、 ギ ー タ ー の ク リ シ ュ ナ を 思 い 起 こ させる](pp.301­302) ( 3 ) フ ァ ル カ ー の 見 解 ファルカー(J.NJarquhar)は『インド宗教文献の輪郭』8)の中で、ヅェーダー ン タ と ギ ー タ ー の 影 響 は 、 こ こ に 極 め て 顕 著 で あ る 。 上 帝 ( t h e S u p r e m e ) と し 5 0

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て の K r s n a ­ v i s n u の 概 念 が 仏 教 の 概 念 に 改 作 せ ら れ て い る 。 称 号 の 多 数 が 変 化 を加えないで剽窃せられている。たとえば最高の霊ひ;1JPreme5;pirit)、自存(Self­ ミミ訟訟添nt)、偉大なる父(Gre21t­Father)、世界の父(WOI・1(1­F11ther)、三界の統治者 (RuleroftherripleWorld)、創造主(CI・ator)、破壊者(De、;tl­oyer)、医師(Phy­ sician)である。かれは無窮であり、一切知であり、一切視儀11­seeing)である。 か れ は 不 思 議 力 ( m a y a ) を ふ る い 、 そ し て そ れ を 遊 戯 リ ー ラ ー に 使 う 。 か れ は 繰 り 返 し 生 類 の 世 界 に 生 ま れ る 。 人 間 が 不 信 心 に な っ た 時 、 救 済 の た め に 、 か れはこの世に現れる。(pp.114­115) 3 . マ ハ ー バ ー ラ タ の 世 界 展 開 説 と 法 華 経 の 化 生 ・ 蓮 華 生 前 節 に お い て は 金 倉 博 士 の 「 イ ン ド 文 化 と 法 華 経 の 交 渉 」 ( : L 9 6 5 ) に 依 拠 し て 、 従 来 の 研 究 史 と 問 題 点 を 明 ら か に し た 。 そ の 中 で 最 高 存 在 ( 至 上 神 ) と 久 遠 本 仏 と の 世 界 の 創 造 主 ・ 自 生 者 と し て の 性 格 の 類 似 性 が 指 摘 さ れ た 。 よ っ て 本 節 で は 、 マ ハ ー バ ー ラ タ の 世 界 展 開 説 と 法 華 経 の 化 生 ・ 蓮 華 生 の 関 連 に つ い て 考 察 を 試 み よ う 。 筆 者 は す で に 「 蓮 華 生 ・ 蓮 華 座 の 源 流 と 展 開 」 9 ) に お い て 検 討 し た 。 す な わ ち 法 華 経 提 婆 達 多 品 で は 、 未 来 世 に お い て 法 華 経 の 提 婆 達 多 品 を 聞 い て 、 清 浄 な 心 を も っ て 信 順 す る な ら ば 、 地 獄 ・ 畜 生 ・ ヤ マ の 世 界 ( n a r a k a ­ tiryagyoni­yama­1oka)に落ちることなく、十方の仏陀の国土に生を享けて、それ ぞ れ の 生 存 に お い て ( j a n m a n i ) こ の 経 典 を 聴 聞 し 、 天 ・ 人 の 世 界 に 生 ま れ て 、 すぐれた地位(vigista­sthana)を獲得するであろう、と述べ、さらにどの国土に 生 を 享 け よ う と も 、 か れ は 如 来 の 面 前 で 、 自 然 に 生 じ た 七 宝 づ く り の 蓮 華 の 中 に生まれるであろう(a叩11Padukesapt11­ratna­mayepadmaupaPatsyate)という。こ の 皿 P a p i i ( l u k e は 「 自 己 よ り 生 起 せる 、 自 然 生 の 、 化 生 の 」 を 意 味 す る 。 これと類似の関連を示すものとして、訂晶晶/zど7a7❹o)(以下訂訟)のMoksa­ (1hllrma­Parvan(解脱法品)第335­;E137には、サーンクヤ・ヨーガの世界展開説 が述べられ、梵天(Brahma)が蓮華生(Padmaja、padma­s叩I)hava)として現れ る 。 筆 者 は こ の 3 章 の 和 訳 ( p P . 5 2 ­ 6 2 ) と 記 を 提 示 し た 後 に 、 つ ぎ の 要 点 を 示 し た ( p p . 6 2 ­ 6 3 ) 。 こ こ で は 最 高 存 在 に し て 世 界 の 保 持 者 で あ る V 肺 u 神 は、fヽJjilayana、Aniruddha、visvaksena(335.17)、Hari035.17)等と呼ばれ、梵 天(3;3Fモ;。16、18;336.13、28、44;337.18、19)は1ヽヽJiilyayalulaの恩寵によって、自然 生 G v a y a m b h u ) と し て 生 ま れ た 。 梵 天 に は 再 生 が 認 め ら れ 、 そ の 第 7 の 生 存 は、Niil ayana(またはAniruddha)の臍から生じた千弁の蓮華の中に生まれ た(33E5.17jS);336.・↓4;337.17­19)とする。したがって、梵天は蓮華生 (Padmkja、Padma­sa印bhava)とも名づけられる。 ま た H 1 1 r i 神 は 水 輪 に 横 臥 し て 、 ヨ ー ガ の 実 修 に よ っ て 誘 導 さ れ る 睡 眠 に 入 り、世界の創造を熟慮し(335.17)、我慢(ahamkara)を生じた(;E335ユ8)。この 5 1

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最 高 我 が 梵 天 で あ り 、 世 界 創 造 の 根 本 プ ル シ ャ ( p u r u s a 霊 我 ) と 同 一 視 さ れ る 。 またHil・211Jyagarbha(黄金の胎)とも名づけられ(335.18)、輝かしい蓮華のよう な眼をもち(33E5.19)、三徳中の闇(tamas)と激情(rajas)を遠離して善(sat­ tva)に依止する(335.20)という。この完成された梵天の相は蓮華に住し(ara­ 、、1nda4ha)(336.25)、闇の彼岸に到達せるもの(3236.29)と称せられる。 つぎに梵天はヴェーダの創造者であり(3:E35.25)、Nal・iiyanaによって法 (dharma)が説示された(3;36.28)。またかれは有情の創造者であり(330.19)、 かれによって7人の聖仙(rsi)に法が伝承された(J337.52)。Hariの恩寵によって 生まれたApantllratamaバ帽まvyasa(訂訟の作者と伝えられる)の前生であり、 前生のそれぞれはNjiriiyanaの部分であり(337.54­55)、それは熱烈な苦行 ( t a m a s ) が 最 高 の 三 昧 で 修 せ ら れ た 結 果 で あ る ( 3 3 7 . 5 6 ) と す る 。 し た が って 古 えから伝えられた法、すなわちサーンクヤ(Siirnkllya)とヨーガ(Yoga)の2体 系はNarayanaそのものであるという。 4 . ヴ ィ シ ュ ヌ 神 と 化 身 へ / i s n u は 「 遍 在 す る も の 」 を 意 味 し 、 太 陽 エ ネ ル ギ ー の 少 数 派 の ヅ ェ ー ダ の 人 格 化 さ れ た 顕 現 で 、 か れ は 世 界 の 7 地 域 を 三 段 で 閑 歩 す る も の と 記 さ れ て い る 。 バラモンでは、へ/isnuは新しい属性と7でJJ­ギ6、面に知られなかった伝説を付加さ れ 、 後 に 重 要 な 神 性 ( 最 高 神 ) の 地 位 を 獲 得 し 、 ヒ ン ド ゥ ー の 三 神 一 体 ( t r i m u r t i : 131­ahmii、visnu、Siva)の成員となった。かれは世界の保護者、善と恩寵の権化で あり、ヴィシュヌ信奉者(va蜘ava)にとって、最高存在(Stll)remel3eing)であ り 、 か れ か ら 一 切 が 流 出 す る 。 へ / i s n u は そ の 重 要 な 神 | 生 と な っ た す べ て の 理 由 を 追 求 す る こ と は で き な い に し て も 、 主 な 特 質 は 、 ① 苦 と 悪 意 か ら 人 々 を 救 済 す る た め に 、 種 々 の 形 態 で 地 上 へ 垂 迫 ( a v a t a r a 権 化 、 化 身 ) す る と い う 教 義 ② 擬 人 化 さ れ た 犠 牲 と し て の か れ の 儀 式 主 義 の 卓 越 である。権化の教義はKr、;na­vasudeヽ/a、Ramacandra等の同様に歴史的・伝説的 人 物 を 可 能 と し 、 歴 史 的 仏 陀 は 全 衆 生 の 主 i v a r a ( 自 在 神 ) と して の v i s n u の 概 念 に 吸 収 さ れ る こ と に な っ た 1 1 ) 。 18プラーナの1つである臨、7叩ε。i7、7❼よヴィシュヌ信奉者(ヴィシュヌ派)の 主 著 で あ る 。 R a m a n u j a の ヴィ シ ュ ヌ 派 の 創 始 者 で あ る 哲 学 者 R a m a n a は 、 W 直 心 z 一 如 加 を 釈 す る に 当 っ て 、 そ の 検 証 と し て し ば し ば こ の プ ラ ー ナ を 引 用している。この書の中でX/isnuは最高の霊、唯一の神、BrahmanとSivaとの 合 一 し た も の 、 世 界 の 創 造 者 、 保 護 者 と し て 讃 さ れ て い る 。 し か し こ の 中 に は v i s n u に 捧 げ ら れ た 特 別 の 祭 式 ・ 犠 牲 祭 ・ 祭 礼 に つ い て の 指 示 が 全 く な い こ 5 2

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と は 、 本 書 が 非 常 に 古 く 成 立 し た こ と の 理 由 と な っ て い る 1 2 ) 。 この書には、プラーナ文献の特色の1つである五特相(Pafi(ja­lalisana)〔①天 地創造(sarga)、②天地壊滅と回生(prati、;arga)、②神々と聖仙の系譜(va叫a)、 ④太祖マヌの劫期㈲anvantara)、⑤王統史(vam弧nu、:;arita)〕以外のものを含ま な い の で 、 プ ラ ー ナ に つ い て の 古 い 定 義 に 最 も 近 い と 見 ら れ て い る 。 こ の 書 の 概 念 の 多 く は 多 分 B . C ハ 世 紀 に 構 成 さ れ た 。 そ れ が 複 数 の 改 訂 ・ 付 加 、 並 び に 削 除 を 経 た に し て も 、 そ の 言 語 は 梵 語 で 、 そ の 様 式 は 優 雅 で あ り 、 そ の 体 裁 は 注 意 深 く 構 成 さ れ 、 B . C ハ 世 紀 よ り 後 の 時 期 の 洗 練 さ れ た 編 集 力 を 反 映 し て い るoφ7ちI:)。33C5a­b)13) 本 書 は 6 巻 よ り な り 、 第 1 巻 に は 世 界 創 造 説 ( 乳 海 攬 伴 の 物 語 等 ) 、 第 2 巻 に は 空 想 的 な 世 界 の 描 写 、 第 3 巻 に は マ ヌ ( 人 類 の 祖 ) お よ び マ ヌ た ち の 支 配 す る 劫 期 の 記 事 、 第 4 巻 に は 太 陽 神 に 起 源 を も つ 日 種 と 月 種 の 古 代 王 統 の 系 譜 、 第 5 巻 に は 神 の 牧 人 ク リ シ ュ ナ の 伝 説 、 第 6 巻 に は 4 つ の つ づ い て 起 こ る 劫 期 (krta円満時、treta三分時、clvapara二分時、kali闘争時)が現れ、悪世のカリ劫 が 予 言 の 形 で 述 べ ら れ る 。 こ れ に 世 界 の すべ ての 種 類 の 還 滅 ( 1 ) I ・ a l a y a ) の 説 明 が 結 合 す る 。 貿祠1z/7『ど7卯と密接な関係にありながら後期の作品に属するものに7?/zどなおa­ r叩『励aがある。成立の年代については13名の学者がB.C.1200­A.D.1300に亙 って推定しているが、取り敢えずWintel­nitz14)に基づいてA.D.10世紀に想定し て お く 。 本 書 に は 3 種 の 権 化 ( ィ ヒ 身 ) の リ ス ト が 含 ま れ る 。 す な わ ち 、 ①VP.I.3、6­22:22の化身 ②VP.IL7、1ff.:23の化身 ③VP.XI.4、3ff.:16の化身 を挙げると共に、Buddha(I.3、24;XL・↓、22)及びジャイナの最初の救世者 (tillh❹1kara;Pkt.titthagara)Rsabha(PktJsabha)に言及する。しかし本書の編 纂者はさらに「神の垂述は無数である」仙ヽ/atar陣hyasa甲khyeyah、I.3、25)と 宣 言 し て い る 。 Zj/7・ぅ7即回叫・Ef/77叩15)、第1巻第3章1­28頌の和訳を( 釈の見解を参照しな が ら ) 、 以 下 に 提 示 し よ う 。 バ ー ガ ヴ ァ タ プ ラ ー ナ 第 1 羅 第 3 章 に は 世 尊 ヴ ィ シ ュ ヌ に よ る 2 4 権 化 ( 化 身 ) の 記 述 が な さ れ る 。 ス ー タ は 語 っ た 。 世 尊 は 太 初 、 世 界 を 創 造 し よ う と す る 意 欲 に よ って、 大 等 ( m a h a d ­ i i d i ) 〔の原理〕によって形成されたエ6部分(sodElgakalam)からなるプルシャ(pu­ r u s a 、 知 者 ) の 形 態 を 把 持 し た ( 1 ) 5 3

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宇 宙 の 創 造 主 B r a h m a ( 梵 天 ) は 、 ヨ ー ガ に よ っ て 誘 導 さ れ た 〔 形 態 の 〕 睡 眠 を 拡 げ て 、 水 上 ( 後 期 大 洪 水 の 唯 一 の 大 洋 ) に 横 臥 し て い る 世 尊 の 湖 の よ う な 臍 の 蓮 華 ( a m b u j a ) か ら 〔 生 じ た プ ル シ ャ の 形 態 を 把 持 し た 〕 (2) 広 大 な 世 界 が そ の 四 肢 の 状 態 に よ っ て 形 成 さ れ て い る 世 尊 の 形 態 は 、 清 浄で力強く善で満たされている(、;ε1ttvam)。(3) かれら(yogin苦行者)は、その形態が広大な知の眼によって(a(1abhra­ c a k s u s a ) 、 子 の 足 ・ 大 ・ 腕 ・ 口 〔 を 所 有 す る こ と で 〕 不 可 思 議 な 、 千 の 頭 ・ 耳 ・ 眼 ・ 鼻 で 、 子 の 王 冠 ・ 衣 服 ・ 耳 輪 で 輝 い て い る の を 想 起 す る 。 ( 4 ) これ18づ最高存在の本来の形態)は種々の化身の貯蔵所19)(nidhanam)、破 壊できない種子2o)(bijamavyayam)であって、その部分と部分の部分によっ て 、 天 ・ 傍 生 ・ 人 等 が 創 造 さ れ る 。 ( 5 ) 第一に21)かの神のみが青年とし で72)〔かれ自身を〕顕現し(sargamasthi­ tah)、バラモン(brahman=brahmana)となって実行できない損なわれるこ と の な い 梵 行 を 実 践 し た 。 ㈲ またヽ供犠の主{yiljiieaIJI、Narii}/叩a­bllagElvan)は、地界23イrasatala)へ沈 ん だ 大 地 を 上 げ る こ とを 望 んで、 第 2 の 〔 権 化 〕 野 猪 の 色 相 2 4 ) ( s a u k a r a m vapuh)を得た。(7) か れ ( 世 尊 ) は 聖 仙 と な っ て 、 そ こ に お い て 第 3 の 〔 権 化 た る 〕 神 の 聖 仙位25イdev211­jtvam)〔Naradaの形態〕に到達して、〔そのタントラから世界 の法の形態たる〕業の活動の放棄26イnai、;kal­lnyam)が〔生じる〕jSiitvata (visnuの帰依者)に属するタントラ/=wica、・と7z司即、uを述べる。(8) 第4〔の権化〕が、Dharmaの部分27)(妻)から顕現する時、NaraとNara­ yan1128)の2聖仙が生れて、我の寂滅を成就して実行し難い苦行をなした。(9) 第5〔の権化〕はSiddhaの主Kapila29)と名づけるものであった。〔世尊は〕 時を経るに従って失われた㈲plutam=11astam)〔二十五の〕原理(tattva) の集成(grarlla­samUha)を決択した5;iir皿hya(数論)〔の学説〕をÅ、;1lri3o)に 語った。(10) 第6〔の権化〕において、かれは、Anasny❹1)によって求められてAtri32)の 子供たること(al)atyatvam)を達成して、Alarka33)、Pr21111ada34)等に形而上学 (iillvTksikim)を語った35)。㈲ それから第7〔の権化〕においてY2tj❹6)はRuciとAkntiの間に生れた。 かれはYama37)を始めとする天衆(、;uΓε1gaIJla)と〔共に〕5;vay叩bh♂(自然 生)と呼ばれる〔マヌに属する〕劫期を保護し7tこ39)。(12) 第8〔の権化〕においてUrukrama(閑歩するもの=visnu)lヽヽJabhi(王) とMel­u­devi(后)の間に生れた。かれ4o)(Rsllbha)は一切の生活階梯㈲rama) 5 4

(9)

によって尊敬された(narnas­krta)〔 世の〕路を示した。㈲ 嗚 呼 バ ラ モ ン だ ち よ 、 聖 仙 た ち に よ っ て 懇 願 さ れ て 、 〔 か れ は 〕 P r t h u (V励u)に属する第9の身体㈲irthiva印vapuIUI=町thu­r叩a吊r司ε1­detlam王 の 身 体 ) を 賦 与 さ れ た 。 こ の 〔 大 地 〕 か ら か れ は 薬 草 の 樹 液 を 搾 っ た 。 そ れ に よ っ て か れ は 最 高 に 悦 ん だ 。 ㈲ (五1(susa41)という〔Manvantara劫期の〕大洋の大洪水の時に、かれは魚の 形7謡42づm出ya平1二叩吟)を把持し、船頭は地所成の〔船〕に乗らしめてvai­ vasvataManu43)を保護した41)。㈲ 第 1 1 〔 の 権 化 〕 に お い て 亀 の 形 態 で 遍 在 す る も の ( 全 能 の 神 へ / i s n u ) は 、 天・非天(、;urfisura)が大洋を攬伴している時にへMandara山を背で支え プサ)。㈲ 第12〔の権化〕はI:)harlvantara47)(Dhanvantaraの形態)であり、そして第 13〔の権化〕はMohini48)の女性〔の形態〕であり、他の非天(asura)らを 惑 わ して、 諸 天 ( s u r a ) の も とへ 〔 甘 露 を 得 る た め に 〕 出 発 せ し め プ こ 4 9 ) 。 ㈲ 第14の人獅子5oりNiirasimha)の形態を把持して、かれは編む人が絨毯を 鈎 爪 に よ っ て 裂 く よ う に 、 D a i t y a 族 の 力 強 い 王 の 胸 を 裂 い た 呪 端 第15の倭人52)(vamana)〔の形態〕となってBali53)の供犠〔の場所〕に到 達 し た 。 三 段 の 閑 歩 を 懇 願 す る 者 は 三 世 界 ( k ( l r a 神 の 天 界 ) を 獲 得 す る こ とを望む54)。㈲ 第 1 6 の 権 化 に お い て バ ラ モ ン に 敵 意 を 懐 く 王 に 怒 っ て 、 三 七 回 5 5 ) ( 2 1 回 ) 大 地 か ら K s a t r a ( 王 族 ) を 根 絶 し た 岡 〔かの世尊は〕その後第17〔の権化〕において、Parii、;ara57)とSatyavatTの間 に生れた。少知の(aIPamedhasah)人々を見て、かれはヴェーダの樹木から 枝(支派)を造った58)。(21) こ の 後 ( 第 1 7 の 権 化 の 後 、 第 1 8 の 権 化 に お い て ) 神 の な す べ き 事 ( 神 々 を 保 護 す る こ と 、 す な わ ち R a v a n a を 殺 す こ と ) を な さ ん と 欲 す る 渇 望 に よ っ て 、 か れ は 人 中 の 神 ( 王 ) た る こ と を 得 て 、 海 の 征 服 等 の 勇 猛 な る こ と を な し た 5 ‰ 蝉 ) 第19〔の権化〕と第20〔の権化〕において、vrsni族にRamaとKrsna と し て の 出 生 を 獲 得 せ し め て 、 世 尊 は 地 の 重 荷 を 除 去 し だ 。 聯 そ れ か ら K a l i の 劫 期 が 終 っ た 時 、 仏 陀 ( B u d d h a ) の 名 に よ って、 J i n a の子が天(sura)の敵対に困惑して1くjykata61)〔の国々〕において生ずるであ ろう62)。叫 そ の 時 〔 第 2 2 の 権 化 に お い て 〕 王 た ち が 盗 賊 に 似 た Y u g a 期 の 薄 明 に 、 こ の世界の主はKalkjの名によってへ/扨nuya asから生れるであろう63)。叫 嗚 呼 再 生 す る 者 よ 、 尽 き る こ と が な い 湖 か ら 数 千 の 小 川 が 流 出 す べ き で 55

(10)

あるが如くに、実に善の大洋たる(sattヽ/anidhi)Hariの権化は無数である‰ 叫 聖仙Manuたち65)、神々、同様に非常に力あるManuの息子たちは、Pra­ j 卯 a t i ( 創 造 を 主 宰 す る 神 ) と 共 に 、 H a r i の み の すべ ての 部 分 で あ る 6 6 ) 。 勁 しかし67世尊Krsnaは、〔最高存在〕自身(、;ヽ/ayam)であり、またこれら は すべ て 〔 最 高 存 在 の 〕 部 分 ( a m a ) と 小 部 分 ( k a l a ) で あ る 。 か れ ら は 各 々 のYuga期にlndraの敵(ari)に混乱させられた世界を人々のために(pum­ sah)粉砕する68)。(28) 5 . 法 華 経 に 現 れ る 本 地 と 垂 廸 法 華 経 に は 種 々 の 形 態 の 本 地 と 垂 迫 の 関 係 が 説 か れ て い る 。 そ の 主 な も の と し て 、 ① 如 来 寿 量 品 に 説 か れ る 久 遠 本 仏 と 応 身 の 関 係 、 ② 見 宝 塔 品 に 現 れ る 多 宝 如 来 と 分 身 の 関 係 、 ③ 観 世 音 菩 普 門 品 に 現 れ る 観 音 菩 と 三 十 三 身 の 関 係 を 挙 げ る こ と が で き る 。 以 下 に そ の 特 質 に つ い て 考 察 し よ う 。 ( 1 ) 寿 量 品 に お け る 久 遠 本 仏 と 応 身 と して の 釈 牟 尼 仏 筆者は「法華経の時間論」69)において、天・人・アスラを含む世間と如来の2 つ の 視 点 ( 問 題 の 所 在 ) よ り 、 「 伽 耶 成 道 と 久 遠 実 成 」 の 如 来 へ の 認 識 の 相 違 を 明 ら か に し 、 「 本 仏 の 常 住 と 過 去 仏 の 入 滅 」 に つ い て 、 法 身 の 証 得 と 応 ・ 化 の 二 身 の 実 体 を 明 示 し た 。 つ い で 「 本 仏 と 応 化 と の 関 係 」 を 、 己 身 と 他 身 の 顕 示 (ul:、adar ana)と、依処(arambana)との関係で理解した(妙法華は「六或示現」 で 説 明 す る ) 。 そ して そ の 理 由 と して 、 如 来 は 「 三 界 を 如 実 に 見 る の で あ っ て 、 愚 か な 凡 夫 が 見 る が 如 く に 三 界 を 見 る こ と は な い 。 実 に 如 来 は こ の 状 態 に つ い て 現 証 の 支 持 者 ( 現 証 す る を 本 質 と す る も の ) で あ っ て 、 妄 失 の 支 持 者 ( 妄 失 するを本質とするもの)ではない」φI・atyak a­dharmatathiil;Malulkhalvasmin ・;tlliinesampramokyl­dharma)(Kern小318)として、両者の本質的な相違点が明 かされている。 こ の よ う に して 、 寿 量 品 に 説 く 「 久 遠 実 成 の 本 仏 」 は 無 始 無 終 ( 常 住 不 滅 ) の 法 身 で あ り 、 伽 耶 成 道 の 釈 牟 尼 は 衆 生 救 済 の た め に 応 身 と し て 顕 現 し た 仏 陀 に 他 な ら な い 。 法 華 経 は 凡 夫 の 立 場 か ら の 認 識 を 「 方 便 」 と して 、 仏 陀 の 「 真 実 」 の 認 識 に 対 比 さ せ る 。 し か も 相 反 す る 2 つ の 認 識 は 異 な っ た 2 つ の 存 在 ( 一 乗 と 三 乗 、 本 仏 と 応 化 、 本 地 と 垂 迫 ) と 2 つ の 時 間 ( 無 始 無 終 と 有 始 有 終 ) に 対 す る 認 識 の 結 果 ( 真 諦 と 俗 諦 ) で は な く 、 同 一 の 存 在 と 時 間 に 対 す る 異 な っ た 立 場 か ら の 認 識 で あ り 、 究 極 に お い て 仏 陀 の 認 識 ( 真 諦 ) に 統 合 さ れて い る 。 寿 量 品 の 偶 に 説 か れ る 現 在 の 「 非 生 現 生 」 「 非 滅 現 滅 」 と 未 来 の 「 機 感 」 と 「 常 住 不 滅 」 は 、 正 に 本 地 と 垂 迫 の 関 係 を 明 示 して い る 。 5 6

(11)

( 2 ) 宝 塔 品 に 現 れ る 多 宝 如 来 と 分 身 筆 者 は 「 イ ン ド に お け る 仏 塔 信 仰 と 法 華 経 の 交 渉 」 7 o ) に お い て 、 多 宝 塔 の 釈 ・ 多 宝 二 仏 の 本 体 と 分 身 の 関 係 を 論 究 し た 。 す な わ ち 「 こ の 宝 塔 の 中 に は 如 来 の 身 体 ( a t r l l a b h a v a : 我 の 恒 久 的 存 在 、 自 己 の 存 在 、 本 体 ; 全 身 ) が ひ と か た ま り G k a g h a n a ) に さ れ て 安 置 さ れ て い る 。 こ の 塔 は か の 〔 如 来 の 〕 も の で あ る 」 (Kel゛n、p.240、//。10­11)という。ビュルヌフ71)ぱ1ecorsdunTathagataestrelト ferm6toutcぅntier(p.146)と訳し、ケルし/ぱtheproperbodyoftheIathiigatasis (;ontainedcondensed(Ke❹stl丿。228)と訳している。チペット語訳は「如来の 1つに集合した身体(skugcigstu1J(luspa)が住する」(D.89b7丿。103a6)と 訳 して い る 。 こ れ に 対 して e 、 1 1 ε 1 g h a n a を 正 法 華 は 「 完 具 す る こ と 一 定 に して 欠 減 無 し 」 ( 大 正 9 、 1 0 2 c ) と 、 妙 法 華 は 「 全 」 ( 大 正 9 、 3 2 c ) と 訳 し て お り 、 塔 中 の 法 身 を 開 顕 し よ う と し て い る 。 ま た 「 わ が 滅 度 の 時 に 、 こ の 如 来 の 分 身 の た め に 一 大 宝 塔 が 建 立 さ れ る べ き である隔th貼atatmabhava­ヽ/igralmsyaikomahii心nast叩呻kllmvy呻)。また他の 諸 塔 が わ が た め に 建 立 さ れ る べ き で あ る 」 ( K 三 頌 n 、 p J 4 1 、 / / 。 6 ­ 7 ) と あ って、 塔(、;tupa)のなかに如来の分身(atmabhjiva­vigraha)があるとする。チベット語 訳(D.90a4­5;P.310b4­5)は「色身」㈲、;gzugs)となっているが、ビ ュルヌフぱpourlecorPsduTathagata、…de、sub、;tancesr、IJ、5cieuses(p.146)と、 ケルンぱprecioussubs;tancesofthisframe(orf1)rm)oftheproperbodyofthe Iathagata(Kel­njr.P.229)と訳している。vigrahaには「分離・分割」の意味が あり、atamabhav11­vigrahaの複合語を持業釈(同格限定複合語;AがBを限定す る が 、 B と 同 格 関 係 に あ る も の ) に 読 め ば 、 「 分 割 さ れ た 身 体 」 す な わ ち 分 身 の 意 味 と な る 。 妙 法 華 は 「 分 身 の 全 て 」 と 解 し て 「 全 身 」 と 訳 し た の で あ ろ う 。 ま た v i g r a h a に は 「 ( 分 割 し た ) 個 々 の 形 式 ま た は 形 態 、 身 体 」 の 意 味 も あ り 、 依 主 釈 ( 格 限 定 複 合 語 ; A と B と の 間 に 格 の 関 係 が 成 立 す る も の ) に 解 し て 、 「 身 体 の 個 々 の 形 態 」 と 読 む こ と も 出 来 よ う 。 ま た 「 諸 仏 世 尊 は 私 の 分 身 を 開 い て 四 衆 に 示 そ う と 欲 す る 時 、 か れ ら は 諸 の 如 来 に よ っ て 十 方 の 他 の 仏 国 土 に お い て 、 本 体 よ り 変 化 し た 如 来 の 分 身 (atamabhavE1­nirmitastattliilgata­ヽ/igrahas、加z77。μ.s.)それぞれの名をもって、… 四衆に示すべきである」(Kel­nJ.242、//。4­11)と述べている。チペット語訳 (D.90b4­7;P.104a5­b1)では「わが色身の塔」叫的iltl・;gzugskyimchod rten)が与えられる。 こ の 後 宝 塔 品 の 文 脈 で は 、 世 尊 の 大 宝 塔 の 扉 を 開 き 、 釈 ・ 多 宝 の 二 仏 並 坐 の 形 式 を 描 写 す る 。 こ の 時 の 多 宝 如 来 の 相 貌 に つ い て 、 「 世 尊 多 宝 如 来 応 供 等 正 覚 者 は 獅 子 座 に 結 助 ‖ 訣 坐 し 、 四 肢 は 枯 蝸 す る こ と な く 、 身 体 は 一 緒 に 集 め ら れ て、三昧に入れるが如くに見えた」72)(Kel­n、p.249、//。3­6)と表現している。 5 7

(12)

しかし梵文のpari乱嘸a嘔atr呻s岬11gh岬ta次ay呻をビュルヌフぱayantlesmem­ bres(lc5s;sdchds、sansquesoncorpseUtdiminu6devolume(p.151)と、ケルンは withemaciatedlimbsandfaintbody(Kem、tllp.236)と訳しているが、チペッ ト 語 訳 ( D . 9 3 b 6 ­ 7 ; P . 1 0 7 b 6 ­ 8 ) で は 「 御 身 は すべ て 枯 渇 して 、 御 身 は 動 かずに」(skukunbskam、;gi14skumalgyoリar)とあって、前半は一致犬戸。pari一 血 s k E 1 ­ g a t r a h は 妙 法 華 に は 相 応 個 所 は な い が 、 正 法 華 に は 「 肌 の 色 は 故 の ご と く、また枯燥せず」とあるに従えば、梵文ぱI:、ε1ddhva Palr活uska と読まれたもの の 如 く で あ る 。 こ の 文 が 多 宝 如 来 の す で に 滅 度 せ る こ と を 示 す の で あ れ ば 、 p a r i u 嘸 a 一 朗 t r 呻 は そ の 遺 骨 を 意 味 す る こ と に な る が 、 そ の 常 住 性 を 現 す の で あ れば、apari胎皿a­1;atr呻(枯端することなく)と読むべきであろう。 以 上 の よ う に 、 多 宝 如 来 と 分 身 の 関 係 は 、 法 身 た る 本 地 と 分 身 た る 垂 迫 ・ 化 身 の 関 係 に あ る と 言 え よ う 。 ( 3 ) 普 門 品 に お ける 観 音 菩 と 化 身 現 世 の 危 難 を 救 済 し て 人 々 に 利 益 を 与 え る 観 音 の 信 仰 は 、 イ ン ド に 発 生 し 、 中 央 ア ジ ア か ら 中 国 を 経 て 、 朝 鮮 半 島 ・ 日 本 に も 伝 来 し 、 深 く 民 衆 の 間 に 根 を 下している。梵文の普門品では「〔苦を受けている衆生が〕観自在(Avaloki­ t&vara)菩 の名を聞くならば]「名を持たば」「〔名を〕呼べば」あらゆる苦悩 より救済されることを述べる(Kel­n、p.439)。これに対して妙法華は「この観世 音 菩 を 聞 き て 一 心 に 名 を 称 え ば 」 「 観 世 音 菩 は 即 時 に そ の 音 声 を 観 じ て 」 人々を一切の苦悩より救済することを宣言する(56c)。この表現の相違は、この 菩 の 名 称 の 原 形 を 推 定 す る 論 拠 を 与 え る も の で 、 本 来 は 妙 法 華 の 如 く 、 Avalokita­svala(音声を観察する)と称したものとみなされる。 因 み に 正 法 華 で は 「 光 世 音 」 と 、 妙 法 華 及 び 添 品 で は 「 観 世 音 」 と 意 訳 し 、 そ の 他 の 経 典 か ら 「 観 音 」 「 観 自 在 」 「 観 世 音 自 在 」 等 が 知 ら れ る 。 こ れ に 対 し て、現存梵本の大部分では、Avalokitegvara(観自在)を用いている。ところが 唯一の例外として、N.D.Mironov73)は東トゥルキスタン出土の大谷本法華経(A. D.5世紀頃)の普門品の断簡中にAvabkita­svara(観音)の語が5回現れること を 指 摘 して 、 観 音 の 原 語 と 漢 訳 と の 関 係 を 指 摘 して い る 。 さ て 「 観 世 音 菩 は こ の 娑 婆 世 界 に お い て 、 衆 生 救 済 の た め に ど の よ う な 姿 (rupa)で遊歴されますか」との無尽意菩 の問に対して、妙法華はいわゆる観 音 三 十 三 身 ( 梵 本 は 十 六 身 ) を 示 現 して い る 。 す な わ ち 、

妙法華

1 仏 身

2 祚 支 仏 身

58 本 buddha­rapa t)odhis2tttva­riipa(菩 身) 1)IEttyekabuddha­rapa

(13)

3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 2t 25 26 27 28 29 30 31 32

声聞身

梵王身

帝釈身

自在天身

大自在天身

天大将軍身

毘沙門天身

小王身

長者身

居士身

宰官身

婆羅門身

比丘身

比丘尼身

優婆塞身

優婆夷身

長者婦女身

居士婦女身

宰官婦女身

婆羅門婦女身

童男身

童女身

天身

龍身

乾閥婆身

阿修羅身

楼羅身

緊那羅身

摩喉羅伽身

3 3 執 金 剛 身 と な っ て い る 。

ravaka­rUpa Brahma­r叩a Sakra­riipa lgvara­rnpa lx/lahevafa­rnpa Cakfavartir司a­Iipa vai ravana­lipa ・;(5n卯ati­rnpa(将軍身) ⑩brahmana­rapa

3/akりa­rnpa gandharva­rapa 1)i aca­rapa(食血肉鬼神身) V疸ε1pii単一rupa こ の 中 で 、 1 ­ 3 は 仏 教 の 三 乗 を 示 す。 4 は 梵 天 と も 称 し 、 v i s n u 、 S i v a と 共 にヒンドゥーの三大神の一犬5は釈提桓因(Sakrodc、vanamlndrah)とも言い、 心 一 W 面 で は 雷 寝 神 の 性 格 が 著 し い が 、 そ の 擬 人 化 か 進 ん で 武 勇 神 ・ 英 雄 神 と 59

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し て 描 か れ て い る 6 は 初 期 の ヴ ェ ー ダ で は 支 配 的 な 権 力 を 示 し た が 、 / 1 z / 、 む z n ノ a ­ W 面 で は 神 の 権 威 、 宇 宙 的 プルシ ャ ( 不 死 の 支 配 者 ) を 意 味 し 、 肘 α ­ 旭 Z 7 / z & 7 心 以 降 は 最 高 神 の 意 味 に 用 い ら れ た 。 ま た 権 化 仙 v a t a r a ) の 思 想 の 発 達 に伴って、Krsna­vasudeva、Ramacandra等や歴史上の仏陀のように、全存在の主 ( T a ) と して の v i s n u の 概 念 中 に 吸 収 さ れ た 7 は S i v a と も い い 、 ヒ ン ド ゥ ー 三 大 神 の 一 。 梵 天 か ら 生 じ た と も 、 v i s n u の 額 か ら 現 れ た と も い い 、 四 面 を 有 し て い る 。 多 数 の 名 を も ち 、 兇 暴 と 柔 和 の 2 性 質 の い ず れ か に 属 す る 。 万 物 の 創 造主1、ε1gtl­pati(獣主)であるが、苦行者の模範、真のヨーガ行者であると共に、 音 楽 や 舞 踏 を 好 む 。 S i v a は そ の 起 源 を ヅェ ー ダ の R u d r a 神 に 求 め ら れ る が 、 そ の 本 地 は 明 ら か で な い 。 疾 病 の が 人 間 に お そ い か か る 山 林 の 神 で あ っ た と 見 ら れ て い る 。 ま た 豊 殖 多 産 の 神 と し て リ ン ガ ( 男 根 の シ ン ボ ル ) 崇 拝 に 結 び つ き 、 イ ン ダ ス 文 明 の 遺 跡 か ら の 出 土 物 に そ の 原 型 が 発 見 さ れ 、 土 着 の 信 仰 に 由 来 し た こ と が 明 ら か と な っ て い る 8 は ヴ ェ ー ダ 以 降 、 輪 ( c a k r a ) と 呼 ば れ る 領 土 を 支 配 す る 者 の 意 味 に 用 い ら れ 、 訂 晶 励 / 7 ど 7 心 い こ 現 れ る 。 転 輪 聖 王 の 領 土 は A o k a 王 の よ う に 、 海 か ら 海 へ 拡 大 す る 領 土 と し て 言 及 さ れ て い る 9 は 多 聞 天 と も い い 、 別 名 K u b e r a ( 拘 毘 羅 、 金 比 羅 ) と 称 す る 。 四 天 王 の 一 で 、 須 弥 ( S u m e r ) 山 の 北 面 に 住 し て 閻 浮 提 ( J a m b n d v T p a イ ン ド ) の 北 方 を 守 護 し 、 財 宝 ・ 富 貴 を 主 宰 し 、 仏 法 を 護 持 す る 10は軍(sena)の指揮官(pati)である。 1 1 は 商 主 ( 大 所 加 ) と も い い 、 金 融 業 者 や 商 人 の ギ ル ド ( 組 合 ) の 長 で あ る 。 仏 教 以 前 の 即 ど 7 / 7 。 z α u ( 祭 儀 書 ) で は 、 村 落 共 同 体 の 首 長 を 表 し た が 、 都 市 の 発 展 に 伴 っ て 指 頭 し た 商 人 階 級 の 首 長 の 名 称 と な っ た 。 1 2 は 恂 ­ w 加 や 即 a / z 一 匹 7 叩 で は ヽ 供 犠 を 行 う と き の 主 人 役 を 家 長 ( S ; y h a p a t i ) と 名 づ け た が 、 経 済 の 発 展 に 伴 っ て 、 商 業 ・ 手 工 業 ・ 農 業 に よ っ て 富 を 取 得 し た も の は 出 身 の 階 級 に 関 係 な く 尊 敬 さ れ 、 家 父 長 的 な 大 家 族 の 長 を 意 味 し た 。 こ の よ う な 新 興 階 級 、 殊 に 都 市 に お ける 商 工 業 を 代 表 す る 資 産 者 ( g ! ・ 1 1 a p a t i ) は 、 や が て 発 生 し た 仏 教 や ジ ャ イ ナ の 教 団 を 経 済 的 に 支 援 す る こ と に な っ た 。 1 3 は 王 の 下 に あ っ て 国 家 の 行政を執行する大官(mahiilnatra)をいい、Agoka王の治世では法大官・監婦大 官 ・ 飼 獣 苑 官 ・ 辺 境 大 官 が 設 置 さ れ た 。 1 4 は バ ラ モ ン 社 会 に お け る 四 姓 ( 階 級 ) の 最 上 位 を 占 め た 司 祭 者 を い い 、 バ ラ モ ン 教 の 儀 式 を 執 行 し た 8 ‰ 1 5 ­ 1 8 は 仏 教 僧 伽 を 構 成 す る 四 衆 。 19­24は11­14の婦女とその子どもたち。 2 5 ­ 2 6 は 初 期 大 乗 経 典 に 登 場 し た 衆 会 の 構 成 員 に 含 ま れ た 。 本 来 は ヒ ン ド ゥ ー 教 の 神 格 で あ っ た が 、 大 乗 仏 教 が ヒ ン ド ゥ ー 教 や 土 着 の 信 仰 を 吸 収 す る 過 程 で 経 典 中 に 導 入 さ れ た 。 委 細 は 拙 稿 「 法 華 経 構 成 の 視 点 と 背 景 尹 に お い て 検 討 し た 。 60

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6 . ガ ン ダ ー ラ に お け る 諸 神 習 合 の 事 例 筆 者 は 「 大 乗 仏 教 発 生 期 の ガ ン ダー ラ に お け る 文 化 ・ 宗 教 の 融 合 と そ の 背 景 」 「 西 北 イ ン ド の 貨 幣 に 現 わ れ た 宗 教 ・ 文 化 の 融 合 」 及 び 「 法 華 経 統 一 思 想 形 成 の 基盤一源流と展開」8町こおいて、B.C.2世紀以降のインド・ギリシア王朝、サカ 族 の 太 守 国 、 ク シ ャ ー ナ 王 朝 の 支 配 者 が 発 行 し た 貨 幣 に 彫 刻 さ れ た 諸 神 の 彫 像 とそ の 銘 を 検 討 し た 。 以 下 にそ の 事 例 を 示 そ う 。 [ O = 表 、 R = 裏 ] ( 1 ) イ ン ド ・ ギ リ シ ア 王 朝 DemetriosAniketos(DemetriosH,B.C.180­165) 円形銀貨83):(R)ギリシアのZeus神の立像[Fig.1] I)antaleon(B.C.185­175) 方形青銅貨84 (O)I_.aksmT(吉祥天女;X/弛nu神の妃)の立像[Fig.2] /ゝgathocles(B.C.180­165) 方形青銅貨85):(O)caitya(霊 )のアーチからなるstupa(仏塔) ( R ) 欄 に 囲 ま れ た 菩 提 樹 ( 仏 陀 成 道 の シ ン ボ ル ) [ F i g . 3 ] M,5nandros(B.C.155­130) 方形青銅貨86):(O)法輪(イム陀の教法のシンボル)[Fig.4] ( 2 ) サ カ ・ パ フ ラ ヴ ァ 太 守 国 Maues(B.C.100­75) 円形銀貨87):(O)Ze,us神の立像 (R)ギリシアのrヽJik已神(勝利の女神)の立像[Fig.5] Azesl(B.C.75­) 方形・円形の銀貨・青銅貨88):(R)Zeus,I)o,;(,ide6n,Pahs,Ni隨(ギリシ ア 神 ) の 像 * M a u e s は サ カ 族 で あ る が, 西 部 ガ ン ダー ラ の イ ン ド ・ ギ リ シ ア 王 1 1 1 P p o ­ stratos(B.C.85­70)を滅ぼしたのはパフラヅァ族のAzeslであった。 サ カ ・ パ フ ラ ヴ ァ 族 が イ ン ド に 侵 入 し た 時 , か れ ら は ゾ ロ ア ス タ ー ( 拝 火教)の信仰をもっていた。それはSakasthana冶(,istan)がゾロアスター の 発 祥 の 地 で あ っ た こ と に よ る 。 A z e s l に よ っ て 建 立 さ れ た と 推 定 さ れ るジャンディアール(Jandia1)寺院は,AhuraMazda神を祀り,正義と秩 序 の 代 行 者 た る こ と を 宣 す る た め で あ っ た 。 ( 3 ) ク シ ャ ー ナ 王 朝 KujulaKadphises(Klldl)hisesl,B.C.25­A.D.35:I_.ohuizen;A.D.15­65 Sircar;150c.:M11rsha11) 61

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円形銅貨89):(R)H6rak把sの立像 vimaKadphises(Kadl)hisesII,A.D.35­62:L.ohuizen;c.65­75yE;ircar;即 位78:Konow,Mal・shal1) 円形金で貨9o):(R)S;iva神の立像[Fig.6] カ ロ ー シ ュ テ ィ ー 文 字 ガ ン ダ ー ラ 語 の 銘 Mahar£りasarajadi副asasarvaloga­i varasamahi varasavima­KathPhigasatra­ (恒ra[sa] ( 大 王 ・ 王 中 王 ・ 全 世 界 の 支 配 者 ・ シ ヴ ァ 神 の 信 奉 者 ・ 保 護 者 v i m a ­ Kathphi aの〔貨幣〕) 1・こaniska(Kaniskal,78c­101/102c:I.Jhuizen;78­102:5;ircar;即位128: Konow,Mars;ha11;144:Ghirshman) 円 形 金 貨 ・ 青 銅 貨 : ( R ) 種 々 の 神 格 の 像 と そ の 銘 ( ギ リ シ ア 文 字 ) が 鋳 刻 さ れ て い る 。 ④ ギ リ シ ア と 半 ギ リ シ ア の 神 格 拉1刀C[C=Σ]=I­{e5110s91}:太陽神。[Fig.7] (:7・も/177yv77=5;111姜首):男性の月神。 yVj4 4M=Nanaia93):笏を持つ女性神。Elalljte/Sumerの母神。月と狩猟の 女 神 A r t e m i s , ロ ーマ 神 I ) i a n a に 比 定 さ れ る 。 yvAyVノ1=Nana94):同上。 ΛWVぶび10[力こ ]=NanaShiio95):同上。Shaoは王を意味する。 ⑤ ペ ル シ ア の 神 格 /1θ/70=yltllsho96):火神。PelJ,1Atash,像の形態はギリシアの金属神 1一一lc5phaist()s,Lat.H(ぅ1)haestusから写されたと見られている。 jPC)0/1C770=I­Jooaspo97):花輪を持つ男性神。 児40=Mao98):月神。 y附仔)0=Mihiro99):太陽神。イランの太陽神Mihira。 με?C)=Mehi❹oo):同上。 言垂言垂=M沁rolo1):同上。 (つ/1 IO=Oadolo2):風神。[Fig.8]01dPers.vat6(風神),Pers.vado,Skt. v a t a 比 定 さ れ る 。 (:)登1j゛1r/VO=OIhlgnolo3):戦の神。ペルシアの戦の神varhran/Bahramに比 定 さ れ る 。 三回垂き=Pharrolo4):火神。Pers.far/farr(火・光)の神格化。 ○ イ ン ド の 神 格 j4j)ぶ7)X/0=Ardokhsholo5):豊饒の角を持つ女性像。[Fig.9]Skt.Ardh6­ k s a n ( 牡 牛 の 配 偶 者 ) , ま た は ペ ル シ ア の 富 の 女 神 A s h i s ( A h u r o の 娘 ) 62

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に 比 定 さ れ る 。 り尺促)=Ok・;holo6):四腎のjg;iva神の立像。[Fig.10]Skt.Uksanに比定され る。 0万死)=015sllolo7):四腎のS;iva神の立像。5;kt.vrsa/1311avega=jgi,,aに対比 さ れ る 。 £OjjO=Boddolo8):仏陀の立像(説法相)。[Fig.11]Skt.Buddha(仏 陀 ) に 対 比 さ れ る 。 C/1瓦4jj/1yvOβOMO=5E;111(amanoBoudolo9):釈 牟尼イムの立像(説法相)。 [Fig.12]SktJiiliyamtlniBuddhaに比定される。 1­{uヽ/iska(106­138;c.106­14ミ5:Sircafに11­138:I.ohuizc5n;即位169:Mar­ shal1) 円 形 金 貨 ・ 青 銅 貨 : ( R ) [ K a n i s k a と 共 通 な も の を 除 く ] j乃1ε£¥カ0=ノxraeikhshollo):太陽神。 777ニy1幻/10=H6rakno111):Gk.Haakle已s,1丑rakl己s;ZeusとAlemensの息 子 。 ギ リ シ ア の 英 雄 。 yW/L/1ぴ7Mっ=Mahase5no112):Skt.Mahasena;大将軍,章駄天の称。 yW/1X10R4rO=Manaobago113):月神。Pers.Man6vohn,Bahman. (::)z・1N7yv M=Oaninda114):Nikeの立像。Zend.vana6t. G1瓦477りニ5S£11・aPo115):Gk.Sar即is. (:7ムフ/1yV IO瓦OA£47)0召7Z4rO=SkandoKomaroBizago116):[Fig.13]Skt. S k 2 1 n d a ( 章 駄 天 ) , K u m a r a ( 鳩 摩 羅 天 八 V 臨 k h a ( 毘 舎 怯 , 氏 宿 ) 。 (27尺ン1yv jC)尺C)A£4?Oj/ZんzR丿万/VO召7Z/1rO=SkandoKomaroMahas6no Bizago皿:Skt.Skanda,Kumara,Mahasena,vi akha. と班りyV=01­on118):Gk.0uranojheaven),Skt.varuna(司法神卜 ylj7琵MfO召0TJO=MaragoBoudo119):[Fig.14]弥勒仏の坐像(説法 相)。Pkt.MetragaBuddha<MetrakaBuddhaくSkt.MaitreyaBuddha. X/jistlcleva(140­180:5E;ircar;202­230:M11rshal1) [Kanisl(a,Fluviskaと共通なものを除く) 円形金貨120):(R)0万死)=Oesho;二腎のSiva神の立像。Skt.vrsa/IElhave a = S i v a に 対 比 さ れ る 。 円形銅で|;¥121):(R)二腎のSiva神の立像(銘ない。 以 上 の よ う に 、 ガ ン ダ ー ラ 地 方 を 支 配 し た イ ン ド ・ ギ リ シ ア の 諸 王 、 サ カ ・ パ フ ラ ヅ ァ 族 の 太 守 等 、 ク シ ャ ー ナ の 諸 王 に よ っ て 発 行 さ れ た 貨 幣 に 、 ギ リ シ ア ・ ペ ル シ ア ・ イ ン ド の 王 の 称 号 が 銘 刻 さ れ た 。 ま た そ こ に 居 住 し た 諸 民 族 の 信 仰 す る 神 々 の 像 と そ の 名 称 が 鋳 刻 さ れ た 貨 幣 が 流 通 す る こ と に よ っ て そ の 社 6 3

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会 に 万 神 殿 ( P 1 1 n t h e o n ) が 形 成 さ れ 、 諸 宗 教 の 習 合 が 存 在 し た こ と を 知 る こ と が で き る 。 7 . あ と が き 本 論 の 1 に お い て 、 金 倉 博 士 は 法 華 経 に 対 す る 外 教 の 影 響 に つ い て の ケ ル ン、 ヴィ ン テ ル ニ ッ ツ、 フ ァ ル カ ー の 学 説 を 検 証 し た 後 に 、 「 〔 思 想 の 〕 貸 借 関 係 の 証 拠 を 止 め な い の が イ ン ド 文 献 の 通 則 で あ り 、 た と い 他 に 強 く 影 響 せ ら れ 、 他 の 思 想 を 採 用 す る よ う な 事 が あ っ て も 、 十 分 に そ れ を 咀 し 、 自 家 薬 寵 中 の も の と な し た 上 で 発 表 す る の が 常 で あ る か ら 、 そ れ に つ い て 後 世 の 者 が 発 想 の 原由を決定することは甚だむつかしい」(p.25)と述べている。 また、エリオットが『インド教と仏教』122)の中で、「仏教発展の後期の段階を 詳 し く 説 明 し よ う と 試 み る 歴 史 家 の 一 つ の 困 難 は 、 イ ン ド 及 び 外 国 の 要 素 の 影 響 を 、 正 し く 配 分 す る こ と で あ る 。 ‥ ・ 併 し 、 他 方 に 於 て 、 イ ン ド 仏 教 は 、 外 国 の 観 念 、 特 に イ ラ ン の そ れ と 、 接 触 す る に 至 っ た 。 … 一 般 に 外 国 の 観 念 は 、 極 め て 徹 底 的 に 克 服 せ ら れ 、 イ ン ド 化 せ ら れて い る の で、 明 白 で な く な っ て い る 」 と 述 べ て い る こ と に 関 し て 、 金 倉 博 士 は 「 外 来 要 素 の 別 を 学 者 が 甚 だ 困 難 と 考 えて い る 事 情 は 、 こ れ に よ っ て 知 ら れ る で あ ろ う 。 の み な ら ず、 他 の 影 響 、 或 は 相 互 の 交 渉 と い う 点 に の み と ら わ れ る な ら ば 、 却 っ て 事 の 真 相 を 見 う し な うおそれを生じないでもない」(p.27)と評している。 ついで、グラーゼナップ123)が「大乗仏教一法華経はもとよりその代表的な教 典 の 一 つ で あ る が ー の 成 立 と 普 及 に 、 宗 教 的 並 び に 人 種 的 性 質 の 外 来 的 影 響 が 決 定 的 に 協 力 し た こ と は 、 全 く 可 能 で あ り 、 む し ろ 真 実 ら し く 思 え る 。 し か し 、 こ の 偉 大 な ( 大 乗 仏 教 の ) 運 動 の 本 質 は 、 運 動 を 孤 立 的 に で は な く 、 汎 イ ン ド 的 発 展 の 進 行 に 於 て 観 察 す る 場 合 に の み 、 そ れ の 正 し い 理 解 に 達 す る こ と が で き る の で あ る 。 そ れ は 、 バ ラ モ ン 教 で 、 こ の 間 に 、 君 臨 す る に 至 っ た 宗 教 的 ・ 倫 理 的 理 念 を 、 仏 教 の 内 で も 成 就 し よ う と す る 試 み 以 外 の 何 物 で も な い 」 と 論 じている。これに対して博士は、「法華経の思想は、インドの新しx、ヽ思潮に乗じ て 現 わ れ た の で あ っ て 、 個 々 の 特 色 が 外 教 の 影 響 に よ っ て 成 立 し た と は 考 え が た い 。 仏 教 に 流 れ こ ん だ 新 思 潮 は 、 仏 教 内 に 於 て 独 自 の 発 展 を と げ、 外 教 に お け る そ れ と 平 行 し て 、 類 似 の 点 を 示 す に 至 っ た と い う の が 、 著 者 の 見 解 の 基 調 をなしている」(p.29)と論評している。 筆者は『インド仏教における虚像と実像』の第9章124)の中で、「共生はなぜ社 会 に 必 要 で あ っ た か 」 の 問 題 を 取 り 上 げ た 。 初 期 大 乗 経 典 に 指 摘 さ れ る ① 教 法 の 普 遍 化 、 ② ヒ ン ド ゥ ー 教 神 格 と の 習 合 、 ② 呪 法 ・ 陀 羅 尼 の 包 摂 は 、 そ の 主 な 事 例 と 言 え よ う 。 こ の 乙 | 判 生 は 一 見 矛 盾 す る よ う に 思 わ れ る が 、 宗 教 そ れ ぞ れ は 6 4

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相 侯 っ て 宗 教 の 普 遍 化 と 各 民 族 ・ 地 域 へ の 同 化 を 促 進 し た よ う で あ る 。 交 易 を 媒 介 と し た 諸 文 化 と 諸 宗 教 の 融 合 は 、 社 会 に お け る 安 定 し た 共 生 ( 併 存 ) を 維 持 す る た め の 論 理 と 方 法 を 形 成 せ し め た 。 ( 1 ) ガ ン ダー ラ に お ける 貨 幣 の 流 通 を 媒 介 と しての 諸 神 の 習 合 ( 前 述 ) 。 ( 2 ) タ ク シ ラ ( シルカ ヽ ノ プ ) の 双 頭 鷲 塔 に 、 宗 教 統 合 の コ ン セ プ ト が 指 摘 さ れ た 1 2 ‰ す な わ ち 、 こ の 塔 の 設 計 者 は ギ リ シ ア 人 ・ パ フ ラ ヅ ァ 人 ・ サ カ 人 ・ イ ン ド 人 か ら な る タ ク シ ラ の 住 民 を 、 仏 教 僧 伽 に 統 合 す る こ と を 意 図 し たもの と 推定さ れ た。 こ の よ う に 多 くの 民 族 と 宗 教 ・ 文 化 と が 併 存 し た B . C . 2 ­ A . D . 3 世 紀 の ガ ン ダ ー ラ に お い て は 、 住 民 の 智 慧 と し て 、 現 実 の 社 会 を 直 視 し 、 そ れ を 出 発 点 と し て 共 生 の 世 界 を 具 現 す る こ と が 要 請 さ れ た 。 そ こ に 異 な っ た 民 族 ・ 言 語 ・ 宗 教 ・ 文 化 ・ 慣 習 の 併 存 を 前 提 と し た 統 合 の 論 理 ( 法 華 経 の 開 三 顕 一 ・ 開 権 顕 実 ) が 形 成 さ れ た の は 当 然 の 帰 結 と 言 え よ う 。 法 華 経 の 「 開 会 」 の 思 想 は 真 実 、 す な わ ち 仏 の 悟 り の 立 場 か ら 見 れ ば 、 存 在 す る の は ( 理 念 と し て ) 一 仏 乗 の み で あ る が 、 三 乗 ( 声 聞 乗 ・ 独 覚 乗 ・ 菩 乗 ) の 実 践 道 は ( 現 実 の 存 在 で あ る が 故 に ) 否 定 さ れ る の で は な く 、 悟 り に 至 る 実 践 道 の 体 系 に 組 み 込 ま れ る こ と に よ っ て 、 そ れ ぞ れ の 存 在 価 値 が 認 め ら れ て い る 。 こ の よ う に 方 便 の 世 界 が そ の ま ま 真 実 の 世 界 へ 止 揚 ( 統 合 ) さ れ て い る 。 65

参照

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