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学生時代と図書館 —知の共同体としての図書館— 84

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Academic year: 2021

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 まず本学図書館の話である。1920年代ペルー のマリアテギという思想家の翻訳書を出版する にあたって、どうしても参照したい本があっ た。が、おそらく入手できないだろうと諦めて いた。それはフランスの紀行作家による日本の 初期の労働運動についての著作である(Félicien Challaye. Le mouvement ouvrier au Japon, Paris: Librairie du Parti Socialiste et de l’

Humanité, 1921)。その思想家は日本の社会主 義についてのエッセーを書いているが、その情 報をほぼその著作から得ていた。灯台下暗し、

本学のアジア関係図書館で手に取ることができ たのは、まさに感動的であった。その後、辞書 と首引で逐語訳していったことも一昔の話であ る。現在の本学図書館の利用は、専ら美術切手 のデータを得るための美術関係図書の借り出し がほとんどである。しかし、与えられたテーマ は学生時代の図書館との関わりである。学生時 代ははるか昔のことであり、当時の図書館につ いての記憶は希薄で、あまり思い浮かばない。

そこで院生時代での図書館との付き合いについ て記憶をたどりながら書いてみた。

 前号のこのコラムで宇城先生が図書館を小宇 宙になぞらえておられたが、経済史の領域では

「小宇宙」という言葉はしばしば「共同体」の喩 えとして使用される(大塚久雄『共同体の基礎 理論』)。共同体が土地の共有とその生産物の平 等な分配にもとづく生産と生活の場であるとす れば、図書館は知識の共有にもとづく知的生産 と知的活動の場ということになろう。

 院生時代には研究テーマをラテンアメリカの 近現代史、およびペルーを中心としたラテンア メリカの土地制度史と経済史に絞って、前者の 研究には大学とイベロアメリカ研究所の図書館、

後者の研究には当時、市ヶ谷にあったアジア経 済研究所の図書館にそれぞれ豊富な資料があり、

今にして思えばラテンアメリカ研究には贅沢な 非常に恵まれた環境にあった。アジア経済研究 所は大学から比較的近いところにあり、お堀端 に沿ってよく歩いて通った。記憶に間違いがな ければ、図書の貸し出しは行われず、当時コピー は一枚50円だったので、長居をすることが多かっ た。大学図書館では院生は書庫に入ることがで き、書庫は片隅に机とスタンドが置いてあって 書棚が外光を遮る薄暗い書籍独特のかび臭い匂 いがする、しかし安らぎが感じられる場所であっ た。授業の合間に、助手時代は仕事の合間にそ こで本を読み、また原稿を書いたりなどして過 ごした。こうした意味では私にとっての図書館 は単に本の貸し借りの機能をもつ設備というよ り、居場所としての存在であった。時間を忘れて、

むしろ時間が止まったようにというべきか、閉 館ぎりぎりまでいたことがよくあった。これは 院生の頃だったかどうか定かではないが、ある とき書庫でいつものように何かしていると、職 員の方から今から消灯するので、すぐ退室する ようにと言われた。もうそのような時間かと怪 訝に思いながら、帰り道、土手を歩きながらふ と後を振り返って見上げると、当時としてはま だ珍しかったと思うが、建物が十字に輝いてい た。今日はイブだったのかと今でも寒い時期に なると思い出す当時の光景である。

 図書館は過去からの知の集積である本との対 話の場ということになろう。知が共有され、平 等に分配される知の共同体である。本来の共同 体は閉ざされた時空間であり、まさに小宇宙で あるが、この共同体は過去にも未来にも広く開 かれた知的な時空間である。ともかくいつも静 かに快く迎えてくれる、飽きることのない終生 の友である。

 つじ とよはる(教授・ラテンアメリカ史、ラテンアメリカ経済史)

学生時代と図書館 —知の共同体としての図書館— 84

辻 豊治

研究者と図書館

参照

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