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『龍馬暗殺』

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日本の歴史 22

日本の歴史 56

『龍馬暗殺』

桐野作人著 (吉川弘文館 歴史文化ライブラリー 2018)

本書の請求記号 210.58‖Kir

稲垣宏行

 幕末の謎の一つとされる龍馬暗殺、すなわち 近江屋事件。犯人が京都見みまわりぐみ廻組の今井信のぶらだ と判明しているにも拘わらず今も謎とされるのは、

彼に敵意を抱く人物や組織が多いからです。同盟 関係にあった薩摩(現・鹿児島県)、いろは丸事 件で深い因縁のある紀州(現・和歌山県)。さら には大政奉還の功績独占を画策した土佐藩(現・

高知県)家老の後藤象二郎や幕府の処遇を巡っ て意見を異にした仲間の中岡慎太郎を黒幕と疑う 説まで挙がっています。歴史作家でもある著者は、

散逸を免れた当時の書簡、見廻組や事件当初は 犯行を疑われていた新撰組の供述書などの資料 を中心に事件の真相を解明し、同時に当時の政 治状況を従来の廃幕(倒幕)派内部での対立図 式からではなく、廃幕派と保幕派との対立から見 直し、黒幕説の一つとして存在する「薩摩説」の 反証を行っています。

 龍馬が薩摩や長州(現・山口県)、土佐との同 盟のために奔走し、廃幕派として幕府に危険視さ れたことは、寺田屋事件にも見られる通りです。

薩長同盟成立後は大政奉還(政権交代)建白と いう穏便な手段での廃幕を目指しました。しかし、

武力による徳川家打倒を目指す薩摩と衝突し、

暗殺されたとするのが前述の薩摩説です。これに 対し著者は、西郷隆盛が後藤象二郎よりも早くか ら大政奉還を主張していたこと、見廻組など幕府 勢力とは敵対的で接触は有り得ないこと、寺田屋 事件の際には龍馬を屋敷に匿っていたことなどを 挙げて反論しています。そして龍馬暗殺の黒幕を、

幕府勢力の守旧派で見廻組に指令を下せる立場 にあり、かつ優秀な情報収集能力を有する京都 守護職の会津(現・福島県)と京都所司代の桑名

(現・三重県)としています。両藩は大政奉還を 忌避する余り、薩摩の小松帯たてわき刀や土佐の後藤象 二郎ら廃幕派要人の暗殺や、武力をちらつかせ た朝廷への圧力などで阻止しようとしていたとさ れていますが、著者はその理由の一つとして、廃

幕によって京都での要職を失うことに対する恐れ を挙げています。特に会津は、京都守護職によっ て年20万両の資金援助を幕府から受けていて、

それを困窮する財政に充てていたそうです。

 また著者は、大政奉還の主な功労者は龍馬で はないと主張しています。龍馬は薩土盟約やその 後の大政奉還にも繋がる「船中八策」を記したこ とで有名ですが、これを裏付ける資料は皆無であ り、福沢諭吉の『西洋事情』などによる後付けの 疑いがあるとしています。そして、実際に薩土盟 約や大政奉還の建白を立案したのは後藤で、他藩 への密勅や徳川慶喜に朝廷への政権返上の上奏 を働きかける形で廃幕を推し進めたのは小松だと 述べています。それどころか龍馬は、むしろ武力 による廃幕を目指す強硬派であるとしています。

 本書の主張の成否はともかく、異なる視点から の見方は我々読者にとって新鮮な発見と驚きをも たらしてくれます。本書は薩摩説の起源も解明し、

その誤った見方を刷り込みかねない小説やドラマ などにも警鐘を鳴らしています。薩摩説に真実味が 感じられるのは、味方であっても信条の相違など で対立することは特に混迷の時代では起こり易く、

また一見すれば、大政奉還は徳川家を存続させる ので、幕府側にすればむしろ有利だからだと思い ます。ただし真相が明らかでない以上、薩摩説も 飽くまで説の一つに過ぎないとも考えられます。

 本書では定説とは異なる対立図式や各勢力の 思惑、大政奉還の実態が目を引きますが、他に も見廻組の今井信郎らの経歴や龍馬暗殺につい ての証言、そしてこの事件が土佐を憤激させ京都 がさらなる戦火に見舞われる恐れが指摘されたこ となども、注目すべきものがあります。運命が違 えば、明治時代の道筋そのものが変わっていた かもしれないからです。その意味でも、近江屋事 件は良くも悪くも重大だったと言えます。

いながき ひろゆき(司書・管理運営課)

図書館員の文献紹介と      資料の活用

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