1
安 房 館 山 言 語 調 査 報 告
2013
早稲田大学文化構想学部 複合文化論系言語文化ゼミ
(ことばの歴史・ことばの地理)
2 は じ め に
言語文化ゼミ(ことばの歴史・ことばの地理)は、2013年度あらたに11名の仲間を迎えた。
2012年度が6 名であった(のち1 名休学)のに比べると格段に賑やかになり、言語調査実習 にもみんなで出かけられる人数にもどった。
今回の調査地は、これまで群馬、伊豆、東信濃で実施してきたので、おもむきを変えて房総 半島の安房館山に定めた。このたびもまた校友会の協力を仰いで、この地に生育した 12 名の 方をご紹介いただいた。とくに館山市大賀の山崎吉英氏には大変お世話になった。ここに厚く 御礼申し上げる。
調査の目的は、この地域に伝統方言がどれほど残存しているかを調べることにある。それに は、とくに高齢の方々に直接面接して、日常生活でこのような言い方をするか、この語はどう 発音するかなどといったことをお尋ねして、その結果を分析する。これは、従来このゼミでや ってきた言語調査の目的と方法を踏襲したものである。調査項目は、文法事項と音韻・アクセ ント事項の中から、この地域で特徴的なところを選んで構成した。準備期間と調査時間などの 制約から語彙項目などを加えられなかったことは残念であった。
近時、個人情報に注意が払われることにかんがみ、この調査報告でも被調査者のお名前はイ ニシャルであらわし、属性情報は【生育地・性別(M・F)・生年(西暦下二桁)】をもって簡略 に記載する。ご協力くださった方々は全員 70 歳以上の高齢者で、多くは館山周辺で生育した 方々であるが、なかには幼いころにこの地に移ってきたとか、青年期に比較的長く東京などで 働いておられたという方もいらっしゃる。また、ご職業も農業関係、漁業関係、会社員などさ まざまであり、それぞれに注意しなければならない。
最後に、このたびの調査は、上記の山崎氏に負うところが大きいが、たまたま宿泊場所が調 査地から遠かったことから、山崎氏の経営する旅館(海紅豆)を「中継基地」として利用させ ていただいたことも忘れられないことである。総勢 12 名の昼食もそこで摂らせていただき、
時間調整による空き時間も素晴らしい眺望のロビーで休ませていただいた。校友の有難みをし みじみと感じたことであった。
今後このような調査報告書を作成していけるかどうか、また調査実習そのものをつづけてい けるかどうかは、大学のカリキュラム改革がすすむ中で不確定であるが、なんらかのかたちで、
このような記録を残していければ、と思っている。
3 目 次
はじめに 2
目 次 3
第1章 調査概要 4
第1節 調査目的と調査概要 4
第2節 調査項目と項目設定の意図 6
記録用紙 8
第2章 館山方言の文法的特徴 15
第1節 意志表現 竹内美貴 15
第2節 推量表現 齋藤 結 19
第3節 可能表現 宇佐美陸斗 24
第4節 完了表現 高橋美樹 28
第5節 過去・過去回想表現 三橋拓也 30
第6節 仮定条件表現 伊東千佳 36
第3章 館山方言の音韻的特徴 38
第1節 語中カ行音の脱落 植竹美樹 38
第2節 連母音融合 井上理央 42
第3節 合拗音残存、拗音直音化 宮田麻祐子 46
第4節 二拍名詞のアクセント 舟津里美 47
付 ガ行鼻音と母音無声化について 第5節 三拍名詞のアクセント 山田涼子 50
参考文献 53
補 記 齋藤 結 54
おわりに 55
4 第1章 調査概要
第1節 調査目的と調査概要
千葉県館山市は房総半島西南端に位置し、東京から直線距離にして 100km 以内とは言いな がらも、東京湾をはさんで必ずしも交通の便のよいところとは言えない。人口は減少傾向にあ る由で、現在約5万人を割っているという。
この地の方言を早く報告した大岩正仲「千葉県館山市竹原(旧九重村)」(国立国語研究所編
『日本方言の記述的研究』1959:pp.53-72)には多くの方言的特徴が記述されている。ただし、
竹原は安房の中央部であり、被調査者もほとんどが農業従事者であるが、われわれの調査地域 は海岸部であり、被調査者も農業ばかりではない。さらに半世紀という時間差がある。
また、館山市相浜の談話が加藤信昭によって『方言談話資料( 5 )』(秀英出版1981:pp.193-239)
に収録されている。これも 30 年以上前の記録であるが、相浜が海岸部であること(今回の調 査地の一つである布良地区は、相浜よりも海岸線を少し進んだところにある)は参考になる。
調査項目は、上記二つの先行研究を参考にして作成した。そこに記されている方言特徴が、
現在の高齢の方々にどれほど聞かれるかを明らかにすることが調査目的である。
調査地は、館山市街から海岸線に沿って車で南下すること 10 分ほどの大賀(オーカ)地区 を中心に、そこからさらに海岸線に沿って香(コーヤツ)地区、洲崎(スノザキ)地区、伊戸
(イト)地区、布良(メラ)地区まで足をのばして、高年層の方々からお話を聞かせていただ いた。調査したのは2013年9月24日である。
以下にそれぞれの方々のイニシャルを属性情報などとともに記載する。外住歴については、
10年以上の長期にわたるものだけをここに注記した。
大賀地区
①SM【大賀M27】調査時86歳、漁業など
②SN【大賀F 30】調査時83歳、南房総市富浦に生育、23歳以降当地に在住※
③TY【大賀F 33】調査時80歳、農業
④KK【大賀M35】調査時77歳、会社員、途中10年間茨城県に在住※
⑤TM【大賀M36】調査時77歳、建築業
⑥HY【大賀M37】調査時76歳、会社員、7歳まで東京、就職後は全国で営業の仕事※
香 地区
⑦SS【 香 M33】調査時80歳、農業、長期間東京在住※
⑧TH【 香 F30】調査時83歳、長期間東京在住※
洲崎地区
⑨MW【洲崎M31】調査時82歳、漁業
⑩ I X【洲崎F42】調査時71歳、現在は大賀に在住、洋裁など 伊戸地区
⑪KH【伊戸M31】調査時82歳、農業(花)
布良地区
⑫HH【布良M32】調査時81歳、漁業関係(鮮魚仲買)
5
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%8D%83%E8%91%89%E7%9C%8C%E9%A4%A8%
E5%B1%B1%E5%B8%82%E3%80%80%E5%9C%B0%E5%9B%B3&hl=ja&biw=1280&bih=
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洲崎
伊戸
布良 大賀
香
6 第2節 調査項目と項目設定の意図
調査項目は、「はしがき」にも述べたように文法項目と音韻・アクセント項目とに分かれる。
文法は、〔 1 〕意志表現、〔 2 〕推量表現、〔 3 〕可能表現、〔 4 〕完了表現、〔 5 〕過去・
過去回想表現、〔 6 〕仮定条件表現 それぞれについて、いくつかの質問を用意して質問した。
音韻・アクセントは、〔 7 〕語中カ行子音の脱落、〔 8 〕連母音融合、〔 9 〕合拗音、拗音の 直音化、〔 10 〕2 拍名詞アクセント、〔 11 〕3 拍名詞アクセント、それぞれについて調査し た。詳細は以下に添付する記録用紙を見てほしい。赤字は調査時の注意事項であり、心覚えで もある。
質問は多くの場合使用状況を問うものがほとんどである。それぞれに共通する記録上の基準 として、以下の5項目を設定する。
(ア)(現在でも)日常よく使う。
(イ)たまに言うが、ふだんは使わない。
(ウ)昔は自分でもそのように言っていたが、いまは使わない。
(エ)自分で言ったことはないが、祖父母や父母、またはこの土地のほかの人が言っているの を聞いたことがある。
(オ) 言ったことも聞いたこともない。
さて、一つひとつの質問項目について概略を説明する。
〔 1 〕文法(意志表現)では、ベーを使用するかどうかを問うものである。①は五段活用動 詞、②は一段活用動詞について、前者は基本形(終止形)、後者は連用形に接続するかどうかも 確認したい、という趣旨のものである。
〔 2 〕文法(推量表現)では、同じくベーを使用するかどうかを問うものであるが、①は名 詞文、②は動詞文、③は形容詞文に接続することがあるかどうかを尋ねる。それぞれに、いく つかのバリエーションを想定して、このような言い方をしないかを問うことにした。
〔 3 〕文法(可能表現)では、とくに不可能表現(~できない)について「能力可能」①③ と「状況可能」②④とで、表現形式に差があるかどうかを調べるものである。それぞれ五段活 用「読む」①②と一段活用「着る」③④、それぞれについて質問項目を用意した。
〔 4 〕文法(完了表現)では、①形容詞否定形「暑かった」と②動詞否定過去形「知らなか った」について(いずれも形容詞型活用)、それぞれ土地のことばでどう言うか尋ねるものであ る。アツッタ、シナネッタのような表現形があらわれるかどうかを調べるものである。さらに
③は「~してしまった」に相当する形を問う。
〔 5 〕文法(過去・過去回想表現)は、「~があった」という過去の意味に対して、「あった のだったなあ」という過去回想(詠嘆)表現を問うものである。「っけ」の形があらわれるかど うかが問題になる。
〔 6 〕文法(仮定条件表現)は、「蓋を開けてみなければ」を「~ミネッケバ」と言うかどう か、また「~なら・・・だ」などと言うときに、「~ダバ」などと言うかを尋ねる。
つぎに、音韻・アクセント項目について、いくつかの質問を用意した。まずこの地域に特徴的 なものにカ行子音の問題がある。
〔 7 〕音韻(語中カ行子音の脱落)は、これを直接に問うものである。この地域では、タバ
7
コは共通語の[tabako]に対して[tabao]>タボー[tabo:]となり、キク(聞く)は[kiku]>[kiu]>
キュー[kju:]となるかどうかが問題になる。とくに後者は、「きう(聞)」が活用して、否定形「聞 かない」に対応するかたちがキュアナイ・キュアネァとなるかどうかを尋ねる。
〔 8 〕音韻(連母音融合)は〔 6 〕の「語中カ行子音の脱落」とも関係して、いろいろな場 合を尋ねる。/ai/連母音、/au/連母音(naku>nau)、/ui/連母音、/oi/連母音になる場合をそれ ぞれ用意してある。
〔 9 〕音韻(合拗音、拗音の直音化)では、合拗音の有無(「菓子」/kwasi/ か /kasi/ か)を 確認し、拗音の /sju/ や /zju/ が、直音の /si / や /zi/ で発音されるかどうかを問うものであ る。ここでは共通語のシュジュツ(手術)/sjuzjucu/ が シジツ/sizicu/ と発音されるかどうか を調べる。
〔 10 〕アクセント(2 拍名詞)では、いわゆる類別語彙の第一類から第五類までの各類につ いて、2語ずつ(それぞれの第2拍の母音に広狭の別あり)計10語を取り上げ、従属式助詞(「が・
を」など)接続形と、短文形(さらに述語の付いたもの)とを読み上げるように設定してある。
もちろんアクセント体系を確認するだけでなく、無声化やガ行鼻音の有無などにも注意するこ とにする。
〔 11 〕アクセント(3拍名詞)では、同じく類別語彙のうち第1類(きもの・さくら)、第4 類(かがみ・むしろ)、第5類(すがた・なみだ)、第6類(うさぎ・すずめ)、第7類(くす り・はたけ)の10語について調査する。第2類と第3類は所属語が少なく、現代では東京ア クセントでもそれぞれ第4類、第5類と合同しているので、ここでは取り上げなかった。ここ でも無声化やガ行鼻音に注意することは2拍名詞と同様であるが、読み上げる短文によっては カ行子音の脱落や連母音融合にも注意する必要がある。
以上が、調査項目の概略である。具体的な調査項目を記した「記録用紙」を以下に転載する。
8
千葉県館山市言語調査 2013 記録用紙
(フリガナ)
生年
または
年齢
( 生 育 地 )
( 学 歴 )
( 外 住 歴 )
( 父 母 ・ 祖 先 ・ 家 系 )
2013 年 9 月 日 調査年月日
調査地
調査者 ご経歴
( 職 業 )
個人情報は取り扱いに注意し、研究以外の目的には使用しません。
〒( - )
千葉県 市・郡 町・村 電話 - -
ご住所
大正・昭和 ( 19 ) 年生れ 満( )歳 お名前
( )
性別( 男・女 )
報告書を作成することがあれば、必ずイニシャルで記し、実名を出すことはありません。
※ 日常のかざらないことば、家庭のなかや、近所の友達と話すときのことばを聞かせて ください。また、昔おじいさんやおばあさん、おとうさんやおかあさんの話していたこと ばも教えてください。念のため録音もさせていただきますが、研究・教育以外のことには 使いません。
9 使用状況を尋ねるときは、以下の5段階で回答してもらう。
(ア)日常よく言う。
(イ)たまに言うが、ふだんは使わない。
(ウ)昔は自分でもそのように言っていたが、いまは使わない。
(エ)自分で言ったことはないが、祖父母や父母、またこの土地のほかの人が言っているのを聞いたこ とがある。
(オ)言ったことも聞いたこともない。
〔1〕文法(意志表現)
①自分でこれから「山に登ろう」というとき、
[Aノボルベー/Bノボンベー]などと、ベーを使いますか。
※[A/B]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
※これから「勉強しよう」とか、これから「仕事しよう」などというときの「しよう」にあたる表現は、
〔Aヤルベー/Bヤイベー/Cシベー〕どの形を使うか(どちらもか)。新古・地域などの違いはない か。
※「山に」はヤマサ、 イグ、
などと、サを使うか。たとえば「東京サ、 行グ、
」などと。
②朝、目がさめて「さあ起きよう」というとき、
[Aオキベー/Bオキンベー]などと、ベーを使いますか。
※[A/B]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
〔2〕文法(推量表現)
①遠くのほうに人影をみて「あれは誰だろう」というとき、
〔Aダレダッペー/Bダレダンベー/Cダレダベー〕などとベーやペーを使いますか。
※[A/B/C]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
②停留所でバスを待っていて、バスは「もうすぐ来るだろう」というとき、
もうすぐ〔Aクッペー/Bクルベー/Cクベー〕などとベーやペーを使いますか。
※[A/B/C]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
※なかなか来ないバスに、だんだん心配になってきて「ほんとうに来るんだろうな」などというときは、
〔Aクンダッペナー/Bクッペーナー/Cクルベーナー/Dクベーナー〕などとベーやペーを使いますか。
③大きな荷物を持って歩いてくる友だちに、それは「重たいだろう」と声をかけるとき、
それは〔Aオモテァッペー/Bオモテァベー〕などとベーやペーを使いますか。
10
※[A/B]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
〔3〕文法(能力・状況 不可能表現)
①あの子はまだ小さくて漢字を習っていないから、新聞の字を「読むことができない」と いうとき、〔Aヨメネァ/Bヨマンネァ/Cヨメナイ/Dヨマレナイ〕などと言いますか。
※[A/B/C/D]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をす るか。
②あたりが暗くて新聞の字を「読むことができない」というときはどうですか。(状況)
〔Aヨメネァ/Bヨマンネァ/Cヨメナイ/Dヨマレナイ〕
※[A/B/C/D]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をす るか。
③あの子はまだ小さくて、一人では服を「着ることができない」というとき、
〔Aキレネァ/Bキランネァ/Cキレナイ/Dキラレナイ〕などと言いますか。
※[A/B/C/D]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をす るか。
④服が小さくて、もう「着ることができない」というときはどうですか。(状況)
〔Aキレネァ/Bキランネァ/Cキレナイ/Dキラレナイ〕
※[A/B/C/D]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をす るか。
〔4〕文法(完了表現)
①「きょうは暑かったなあ」というとき、「暑かった」のところを
〔Aアツーッタ/Bアツッタ/Cアツカッタ〕などと言いますか。
※[A/B/C]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
②「そんなことは知らなかったなあ」というとき、「知らなかった」のところを
〔Aシラネーッタ/Bシラネッタ/Cシラネァッタ〕などと言いますか。
※[A/B/C]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
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③ボールを手で受け取らなければならないところを、「足で蹴けってしまった」というとき、
「蹴ってしまった」のところを
〔Aケッチマッタ/Bケッチャッタ/Cケッチッタ〕などと言いますか。
※[A/B/C]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
※「蹴ってしまう」というときは〔ケッチウ〕または〔ケッチュー〕と言うか。
〔5〕文法(過去・過去回想表現)
①「昔そこには神社があった」と過去の事実としていうとき、「あった」のところを
〔Aアッタナー/Bアッタッタナー/Cアッタッケナー〕などと言いますか。
※[A/B/C]どの形を使うか。とくにそれぞれの意味の違い、新古・地域などの違いはないか。
ほかの言い方をするか。
②「昔そこに神社があったなあ」と懐かしく思い出したとき、「あった」のところを
〔Aアッタナー/Bアッタッタナー/Cアッタッケナー〕などと言いますか。
※[A/B/C]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
〔6〕文法(仮定条件表現)
①「ふたを開けてみなければ、中になにがあるかわからない」などというとき、
「開けてみなければ」のところを
〔Aアケテミネバ/Bアケテミネッケバ〕などと言いますか。
※[A/B]どの形を使うか。意味の違い、新古・地域などの違いはないか。ほかの言い方をするか。
②郵便ポストをさがしている人がいて、「ポストならそこだよ」と教えてあげるとき、
〔ポストダバ(そこだ)〕と言いますか。ほかの言い方はしますか。
〔7〕音韻(語中カ行子音の脱落)
①「たばこ」のことを〔タボー〕と言いますか。
※「煙草一服」を〔タボーイップー〕などと言うか。ほかに「カアシ(かかし)」「カアト(かかと)」「ザ シイ(座敷)」「ナイゴエ(泣き声)」「ハタエ(畑)」「ハウモノ/ハーモン(履く物)」なども確認するこ と。
②「人の話を聞く」などというときの「聞く」を〔キュー〕、「聞かない」を〔Aキュアネ
12 ァ/Bキャネァ〕などと言いますか。
※「布団を敷く」も「敷く」〔シュー〕、「敷かない」〔シュアネァ/シャネァ〕などと言うか。
〔8〕音韻(連母音融合)
①「手紙を書いた」などというとき、「書いた」のところをどう言いますか。
〔Aケータ/Bケァータ/Cカイタ〕
②「人が少なくなった」などというとき、「少なくなった」のところをどう言いますか。
〔Aスクナーナッタ/Bスクナウナッタ/Cスクナクナッタ〕
※「買う」〔カー〕、「習う」〔ナラー〕などと言うかも確認すること。
③「種を蒔いた」というときの「蒔いた」と、「舟が見える」というときの「見える」はど う言いますか。発音は違いますか。
〔メァータ:メータ〕
④「きのうは風が吹いた」などというときの「吹いた」はどう言いますか。
〔Aヒータ/Bフィータ/Cフイタ〕
※お祭りのときなどに吹く「笛」はどう言うか。〔Aヒー/Bヒエ/Cヒェー〕
⑤「空が青い」などというときの「青い」はどう言いますか。
〔Aアウェー/Bアエー/Cアオイ〕
※「力が強い」などと言うときの「強い」はどう言うか。〔Aツウェー/Bツエー/Cツヨイ〕
〔9〕音韻(合拗音残存、拗音直音化)
①「菓子」を発音するとどうなりますか。
〔Aクヮシ/Bカシ〕
※ほかに「火事」「会社」「外国」など
②「手術」を発音するとどうなりますか。
〔Aシジツ/Bシュジツ/Cシジュツ/Dシュジュツ〕
※ほかに「新宿」「出勤」など
13
〔10〕アクセント(2拍名詞)
つぎの①~⑩を、この土地のことばにして読んでみてください。文も一息に、切らずに
① かぜ(風) かぜが かぜが吹ふいた ガ行鼻音
(東京) LH LH-H LH-H-HLL
② きり(霧) きりが きりが晴はれた ガ行鼻音
(東京) LH LH-H LH-H-HLL
③ うた(歌) うたを うたを歌うたう (ウター)
(東京) LH LH-L LH-L-LHH~LLL
④ いし(石) いしを いしを投なげる ガ行鼻音 「イシ.
」無声化
(東京) LH LH-L LH-L-LHL~LH-L-LBB
⑤ くさ(草) くさが くさが生はえた (ヘァータ)「ク. サ、ク.
サ~」無声化 ガ行鼻音
(東京) LH LH-L LH-L-HLL~LH-L-LBB
⑥ みみ(耳) みみが みみが痛いたい (イテァー) ガ行鼻音
(東京) LH LH-L LH-L-LHL~LH-L-LLB
⑦ そら(空) そらを そらを飛とぶ
(東京) HL HL-L HL-L-LH~LL
⑧ はり(針) はりを はりを刺さす 「サス.
」無声化
(東京) HL HL-L HL-L-LL ~HL-L-LB
⑨ まど(窓) まどを まどを開あける (「開ける」エァールか)
(東京) HL HL-L HL-L-LHH~LLL
⑩ はる(春) はるが はるが来きた ガ行鼻音 「キ.
タ」無声化
(東京) HL HL-L HL-L-LH~LL
〔11〕アクセント(3拍名詞)
つぎの⑪~⑳を、この土地のことばにして読んでみてください。文も一息に、切らずに
⑪ すがた(姿) すがたが すがたが良いい ガ行鼻音 「いのち(命)」
(東京)HLL HLL-L HLL-L-HL~LB
⑫ なみだ(涙) なみだを なみだを流ながす 「まくら(枕)」
(東京)HLL HLL-L HLL-L-LHL~LLB
⑬ うさぎ(兎) うさぎが うさぎが跳はねる ガ行鼻音 「ひばり(雲雀)」
(東京)LHH LHH-H LHH-H-LHL~HHL
14
⑭ すずめ(雀) すずめが すずめが飛とんだ ガ行鼻音 「ねずみ(鼠)」
(東京)LHH LHH-H LHH-H-LHH~LLL
⑮ はたけ(畑) はたけを はたけを 耕たがやす (「畑」ハタエ/ハテァー)「たらい(盥)」タレ ァ
(東京)LHH LHH-H LHH-H-LHHL~HHHL
⑯ くすり(薬) くすりを くすりを飲のんだ 「クス..
リ」無声化 「いちご(苺)」
(東京)LHL LHL-L LHL-L-HLL~LBB
⑰ かがみ(鏡) かがみを かがみを見みる ガ行鼻音 「あたま(頭)」
(東京)LHH LHH-L LHH-L-HL~LB
⑱ むしろ(蓆) むしろを むしろを編あむ
(東京)LHH LHH-L LHH-L-HL~LB
⑲ きもの(着物)きものを きものを着きる 「こおり(氷)」 「かつお(鰹)」
(東京)LHH LHH-H LHH-H-LH~HH
⑳ さくら(桜) さくらが さくらが咲さいた (「桜」サウラ/サーラか、「咲いた」セァータ)
(東京)LHH LHH-H LHH-H-LHH~HHH
15 第2章 館山方言の文法的特徴
第1節 意志表現
大岩正仲(1954)によれば、〈館山市では意志表現に助動詞べーが使われる。この助動詞は基本 的に動詞型活用の語の終止連体形から続くのが一般的であるが、例外として、一段活用の語に は連用形から続く。そのため、共通語(ノボロ、
ー、オキヨ、
ーなど)と異なり、動詞がオ段に活 用することはない〉という。大岩の調査当時と比較して、現在の館山方言(高年層)における 意志表現を明らかにしたい。
①自分でこれから「山に登ろう」というとき、【Aノボルベー / Bノボンベー】などと、ベーを 使いますか。
ノボルは五段活用動詞であるから、意志をあらわすときはノボルベーになると考えられる。
ノボルベーと回答したのは、KK【大賀M35】、TH【香M33】の2名であった。撥音便化した であるノボンベーと答えたのはTY【大賀F33】、TM【大賀M36】、HY【大賀M37】、SS【香 F30】、HH【布良 M32】の5名、促音便化した形であるノボッベーと答えたのは MW【洲崎
M31】、KH【伊戸M31】の2名である。この促音形はノボルベーのルの促音化した形である。
このほか、「のぼる」という動詞を使わずに、「いく」や「あがる」を用いて回答したのは、
SM【大賀F30】、IX【洲崎F42】(インベ)、SM大賀【M27】(アガルべ)である。
いずれの回答者にも助動詞べーの使用が確認されたが、現在でも日常的に使うと答えたのは、
TH【香M33】、MW【洲崎M31】、KH【伊戸M31】の3名のみである。他の回答者は、昔は 使用していたが、今では使わないとのことであった。
※これから「勉強しよう」とか、「仕事しよう」などというときの「しよう」にあたる表現 共通語ではサ行変格活用動詞スルを用いるが、大岩(1954)は、館山では上二段活用動詞シル を用いるとしている。ベーはこの動詞の場合に連用形に接続するので、シベーとなることが予 想される。しかし、スルという動詞を用いて回答したのは、SN【大賀F30】(シヨーカヨー)
のみで、シベーの形は聞かれなかった。
ほかの回答者は動詞ヤルを用いて回答している。ヤルは五段活用動詞であるからヤルベーと いう形が予想される。ヤルベーと回答したのは、SM【大賀 M27】、HY【大賀 M37】の2名、
撥音便化した形であるヤンベーと回答したのは、KK【大賀M35】、TM【大賀M36】、SS【香 F30】、IX【洲崎F42】の4名であり、促音便化した形であるヤッベーと回答したのはKH【伊
戸M31】のみであった。
興味深いのは、イ音便化したヤイベーを使用すると言った HH【布良 M32】の回答である。
イ音便は、元の音がイ段音であることが多い。したがって、音便化する前の形がヤリベーであ った可能性も考えられるだろう。
付 格助詞サの使用 「山サ イグ」「東京サ イグ」などと言うか。
館山では、方向や位置などを表す格助詞としてサが用いられるとされている。しかし今でも サを使用すると答えたのはMW【洲崎M31】とHH【布良M32】の2名だけであった。中で
16
もMW【洲崎M31】には、サと同じ用法のセの使用も認められた。
KK【大賀M35】、HY【大賀M37】の2名は、助詞サについて、昔は使っていたが今では使
わないと回答している。
②朝、目がさめて「さあ起きよう」というとき、【Aオキベー / Bオキンベー】などと、べーを 使いますか。
一段活用動詞であるオキルは、ベーに連用形で接続し、オキベーとなることが予想される。
TY【大賀F33】、KK【大賀M35】、TM【大賀M36】、HY【大賀M37】、SS【香F30】、MW
【洲崎M31】の6名がオキベーと回答している。SN【大賀F30】のオキベーヨーもこれに加 えてよいであろう。一段活用動詞の連用形接続が維持されていると言える。
一方、TH【香M33】、HH【布良M32】は、オキンベーと回答した。これはオキルベーが撥 音便化したと考えるのが自然であり、連体形に接続した形であると考えられる。
表1 動詞別 意志表現・アクセント一覧 設問番号
調査協力者
① ※ ②
のぼる (その他動詞) する やる おきる
SM【大賀M27】 アガルべ
LHHH
ヤルベナ LHHH
オキヨーカナ LHHHLH
SN【大賀F30】 インベヨ
LLLL
シヨウカヨー LHHLLL
オキベーヨー LHHHLL
TY【大賀F33】 ノボンベー オキベー
LHHL
KK【大賀M35】 ノボルベー
LHHLL
ヤンベ LHH
オキベー LHHL
TM【大賀M36】 ノボンベオー
LHHHLL
ヤンベカ LLHL
オキベー LHHL
HY【大賀M37】 ノボンベー
LHHHL
ヤルベー オキベー
SS【香F30】 ノボンベー ヤンベー
LLHH
オキベー LHHH
TH【香M33】 ノボルベー
LHHHL
オキンベオー LHHHLL
MW【洲崎M31】
ノ ボ ッ ベ カ ヨ ー
LHHLHH
ヤローカヨー LHHLHH
オキベヨー LLHLL
I X【洲崎F42】 インベサ
LLLH~LLHL
ヤンベヨ LLLH
オキヨーカナー LHHLLHL
17
KH【伊戸M31】 ノボッベー
LHHL
ヤッベー LHL
HH【布良M32】 ノボンベ
LHHH
ヤイベサ LLHL
オキンベー
付 動詞イク(行)をイグと発音するかどうかについて
館山の方言とされるイグは、共通語の「いく(行)」にあたるガ行五段活用動詞である。SM
【大賀M27】、MW【洲崎M31】、IX【洲崎F42】、KH【伊戸M31】の4名には、イグの使用 が見られた。イグは使用せずイクを使用すると回答したのは、KK【大賀 M35】、HY【大賀 M37】の2名である。
表2 格助詞サ・動詞イグの使用一覧 サ イグ
SM【大賀M27】 不明 ○
SN【大賀F30】 × 不明
TY【大賀F33】 不明 不明
KK【大賀M35】 △ ×
TM【大賀M36】 不明 不明
HY【大賀M37】 △ ×
SS【香F30】 不明 不明
TH【香F33】 不明 不明
MW【洲崎M31】 ○ ○
I X【洲崎F42】 × ○
KH【伊戸M31】 × ○
HH【布良M32】 ○ 不明
・○…現在も使用、△…昔は使っていたが現在では使用していない、×…使わない
どの地域でも、べ(ー)の後にヤ・ヨ・オ・カ・ナ・サ等の終助詞が付く現象が見られた。意 味は共通語とあまり変わらず、呼びかけや強調、語調を整える等の機能があると見られる。た だ共通語のノボローヨ・シヨーヨのように、これらの助詞が付くことで、すべてが勧誘の意味 を持つようになるかは、今回の調査からは不明である。MW【洲崎M31】では、漁師言葉の影 響であろうか、~カヨーの使用が特徴的だった。
意志表現に関しては、ほとんどの地域で伝統的方言形について「昔は使っていたが今は使わ ない」という回答であった。しかし洲崎と伊戸では「日常よく使う」との回答が得られたこと から、洲崎・伊戸地区には比較的方言が残っていると見てよさそうである。
地域差に関しては、音便という観点から分類することができそうである。洲崎・伊戸地域は
18
促音便の使用が特徴的であった。イ音便が見られたのも布良だけであり、その他の大賀・香地 区に聞かれた音便形は撥音便のみだった。
大岩(1954)の調査報告と今回の調査結果を比較すると、①全体的に伝統的方言形が使われな くなってきていること、②助動詞ベーの一段活用動詞への接続は連用形に限らず、連用形と終 止連体形、どちらにも接続するようになっている、ということが言えよう。
〔竹内美貴〕
19 第2節 推量表現
大岩正仲(1959:69)の行なった館山市竹原における調査によると、〈推量の助動詞には、
ペー、ダッペーがあり、まれに意志の助動詞であるベーが使われ、これらの活用形は終止連体 形のみ、かつ終止法のみで用いられる。また、敬体の語の推量表現は、共通語と同じく、~ウ、
~デショウが用いられる〉とある。
今回の調査では、敬体の推量表現についての質問項目は設けなかったが、調査の際に録音さ れた音声資料を確認した限りでは、敬体の推量表現に関してはどの被調査者も~ウ、~デショ ウを用いており、この地域に特徴的な表現は聞かれなかった。
佐々木英樹(1997:49)の表13「アトランダム調査による推量/意志・勧誘助動詞の使用頻度 の傾向」(原資料は『千葉県方言の自然談話』(Ⅰ)~(Ⅲ)、『浦安のことば』に基づく)からも 館山市相浜においては、~ッペが推量、ベーが意志・勧誘の助動詞として使い分けされている ことがわかる。
これらの先行研究から、伝統的な言い方が残存しているならば、この調査項目に関しては~
ペ、~ペーの使用が確認されるはずである。
①遠くのほうに人影をみて「あれは誰だろう」というとき、〔Aダレダッペー / Bダレダンベー / Cダレダベー〕などと ベーやペーを使いますか。
大賀地区のTY【大賀F33】、KK【大賀M35】、HY【大賀M37】、HH【布良M32】で、~
ベーを使うとの回答が得られた。~べーの使用は大賀地区の調査協力者に多く聞かれ、~ペー の使用はその他の地域で使われる傾向が読み取れる。HHは「ダレダベーとダレダッペーの両 方が使われるが、自分はダレダッペーを使う」と述べていることから、~ぺーと~べーに関し て使い分けをする意識はあまりないものと考えられる。大賀以外の地域においては現在~ペー が優勢であるが、今後これらの地域でもベーの使用が広がっていくかもしれない。
また、SN【大賀 F30】がアラダンダノ、TM【大賀 M36】アラダンダ、IX【大賀 F42】ア ラダンダネ、MW【洲崎M31】アラダッダヨーというように、~ペーや~ベーを含まない回答 も得られた。
大賀地区は館山市中心部に近く、共通語化の影響が強く働いていることが考えられるが、洲 崎は街の中心部から遠く離れているため共通語の影響は小さいのだろう。洲崎では、ナセーや ヨーなど、ほかの地区では聞かれない終助詞が多く記録されている。
20 表1
① あれはだれだろう
SM【大賀M27】 (アノヤロウ、デレスケヤロウ)
SN【大賀F30】 アラダンダノ LHHLLL TY【大賀F33】 ダレダンベー HLLLHL KK【大賀M35】 ダレダベー LHHHL
TM【大賀M36】 ダレダッペ HLLHH アラダンダナー LHHLLHL HY【大賀M37】 ダレダベー LHHHL
IX【大賀F42】 アラダンダネ LHHLLL SS【香F30】 ダレダッペー HLLLLL
TH【香M33】 ダンダッペー HLLLLL
MW【洲崎M31】 アラダッダヨー LHHLLLL KH【伊戸M31】 ダッダッペー HLLLL
HH【布良M32】 ダレダッペー HLLLLL ダレダベーHLLLL
②停留所でバスを待っていて、バスは「もうすぐ来るだろう」というとき、もうすぐ〔Aクッ ペー / Bクルベー / Cクベー〕などと ベーやペーを使いますか。
SM【大賀 M27】は調査対象者の中で一番の高齢にも関わらず、キターという共通語の回答
が得られた。ペーやベーの使用の有無を尋ねたところ、「クッペーはここらの人は言わないね、
西に行くと悪い言葉を使うけど」と述べていた。TY【大賀F33】が「自分はクルベーを使うが、
クッペーを使う人もいる」と述べていたことと、KK【大賀M35】がクルベー、TM【大賀M36】
がクッペヨー、HY【大賀M37】がクベーを使うと言っていたことから、必ずしもSMの述べ るように、大賀で「来る」の方言形クルベー・クッペーが使われないということはないのであ ろうが、大賀の調査協力者の多くの人が「若い人は方言を使わない。自分も同世代の人としか 土地の言葉は話さない」と言っていたように、「来る」という日常生活で頻繁に使用される言葉 であっても若年層や中年層では共通語が使われ、70代以上の高齢層でしかクルベーやクベーな どは使われないのであろう。
他にもSN【大賀F30】がクルヨーと回答した。これは、SNが(富浦出身であることに加え
て)6 年間浅草に外住の経験があることから、共通語の影響をある程度受けている可能性も考 えうる。
地域差の観点から検討すると、大賀地区についてこの地区の在住者7人中、4人が~ベーを 用いていることから、やや~べーが優勢な地域であるといえるかもしれない。この点に関して は、さらに調査の必要がある。
また大賀地区について、SM 以外についてクルまたはクルのルが促音となった終止連体形に 助動詞が接続しているのに対して、街から離れ、海に近い地域では、TH【香 F30】のキベー ヨ、MW【洲崎M31】のキベヨーナセーのように、「来る」の連用形接続の形がみられる。
21 表2
②もうすぐ来るだろう ※本当に来るんだろうな
SM【大賀M27】 キター HLL SN【大賀F30】 クルヨー HLLL
TY【大賀F33】 クルベーLHHL、クッペーLHHLを使う人もいる
KK【大賀M35】 クルベー HLLL クルベーナー LHHHL
TM【大賀M36】 クッペヨー HLLLL クンダッペヨー HLLLLHL
HY【大賀M37】 クベー LHL コネーナー HLLHH
SS【香F30】 クッペーヤデヨ LHHLLLL 、クルベーHLLHも使う。 クンダッペナー HLLLLHL
TH【香M33】 キベーヨ LHHL クンダッペナー HLLLLHL
MW【洲崎M31】 キベヨーナセーLHLLLHL キベーナセー LHLLHL
I X【洲崎F42】 キベーヨLHHL
KH【伊戸M31】 クッダッペー HLLHL クッダッペナー HLLLHL
HH【布良M32】 クルベー HLLL クルベーナー LHHHHL
HH【布良M32】「クッペーは記憶にない」、KK【大賀M35】「クッペーは聞いたことがない」
と述べていたが、TY・TMからはクッペーの使用が確認できる。大賀地区では、~べーと~ぺ ーの両方が使われているのではないかと推測されるが、布良地区についてはこの地域の他の人 を調査しなければ~ペーの使用状況について明らかなことは言えない。
※ なかなか来ないバスに、だんだん心配になってきて「ほんとうに来るんだろな」などとい うときは〔Aクンダッペナー / Bクッぺーナー / Cクルベーナー / Dクベーナー〕などと ベ ーやペーを使いますか。
疑問の意味を含んだ推量表現である。
補足項目であったため、すべての調査対象者から回答が得られなかったが、回答を得た8人 のうち3人、KK【大賀M35】、MW【洲崎M31】、HH【布良M32】に~べーの使用が見られ た。HY【大賀M37】は一つ前の設問、「もうすぐ来るだろう」に関しては、クベーと言ってい るが、こちらの問いには共通語形に近いコネーナーという回答をした。中学卒業後から定年ま で東京に勤めに出ていたので、共通語の影響を強く受けているのだと考えられる。また、TM
【大賀M36】はクンダッペヨー、SS【香F30】、TH【香M33】はクンダッペナーと、ペーを
用いている。
③大きな荷物を持って歩いてくる友だちに、それは「重たいだろう」と声をかけるとき、それ は〔Aオモテァッペー / Bオモテァベー〕などと ベーやペーを使いますか。
「重たかるべき」が「重たかるべい」に、さらに「重たかんべー(っペー)」に変化し、カ行 が脱落したとしたら、オモタアンベー、オモタアッペーとなっていてよいはずである。
ところが実際に聞かれるのは、オモテァッペーである。これは「重たいベー」の/ai/連母音融合 の結果だと思われる。
22
調査協力者12人のうち、10人に~ペーの形が聞かれ、特に地域差は見られなかった。
館山市全体として、オモテァッペーが使われていると考えてもよいだろう。
オモテァッペーと回答した人のうち、TM【大賀M36】で~ヨー、HY【大賀M37】、KH【伊 戸 M31】で~ナー、MW【洲崎 M31】で~ナセーが終助詞として接続している。洲崎の~ナ セーは、そこが海に面した地域であること、また、MWは漁師を生業としていることから、漁 師言葉の一つではないかと思われる。
なお SS【香 F30】からは「ベーを使うと、きつい感じがする」との回答が得られた。意志
をあらわす場合は~ベー、推量を表す場合は~ぺーのように明確に使い分けているわけではな いのかもしれないが、「きつい感じ」というのは、意志をあらわすときにはベーが使われやすい、
ということを背景にもつ感想であろう。
オモテァッベーナーというように~ベーを含む回答をしたのはKK【大賀M35】ただ一人で あった。18~28歳に茨城に住んだ経歴が関係しているのかもしれない。
表3
③重たいだろう
SM【大賀M27】 (グズグズシテルベー)
SN【大賀F30】 オモテァッペー LHHHHL
TY【大賀F33】 オモテァッペー LHHLLL
KK【大賀M35】 オモテァッベナー LHHLLHL
TM【大賀M36】 オモテァッペヨー LHHLLHL
HY【大賀M37】 オモテァッペナー LHHLLLL
SS【香F30】 オモテァッペー LHHLLL
TH【香M33】 オモテァッペー LHHLLL
MW【洲崎M31】 オモテァッペナセーLHHLLLHL
I X【洲崎F42】 オモテァッペー LHHLLL
KH【伊戸M31】 オモテッペナー LHHLLLLL
HH【布良M32】 オモテァッペー LHHLLL
③の質問以外では、推量表現において~ぺーと~べーの両方が使用されており、特に地域差 はみとめられなかった。先行研究から、推量は~ぺー、意志は~べーのように使い分けがなさ れているのではないかと推定していたが、今回の調査結果を概観すると使い分けの有無に関し て明らかな地域差はあらわれなかった。また、男女による差もなかった。TM【大賀 36】、SS
【香F30】、TH【香M33】、KH【伊戸M30】だけが、この推量表現の項目のすべての質問で
~ぺーの形を用いていた。香地区については現在も推量表現として~ぺーの形だけを用いてい るのではないか。
大賀地区の調査対象者からは、しばしば共通語の回答が得られた。館山市の中心部に近く、
首都圏などからの人口流入もあることから共通語化しやすいのだろう。
また、日常における方言の使用に関して、TM【大賀M36】「同窓会では使うけど普段はあま り使わない」、HY【大賀 M36】「方言は 70歳以上の人が同窓会で集まると使う」、KH【伊戸
23
M31】「親しい仲間じゃないと使わない」と述べていたように、現在は方言は、高年齢の人た ちが、同年代の仲間同士でしか使わないものになりつつある。MW【洲崎 M31】「家族の間で も方言は使う」のような例は減少しつつあるのではないだろうか。
それは、SM【大賀M27】の「西の方はもっと悪い言葉を使うけどさ」、HYの「浜の方に行 くと言葉が汚くてびっくりするよ。ここいらよりもっとすごいんだから」などの言葉にもある ように、〈方言=良くない言葉〉〈共通語=良い言葉〉というような規範意識が働いているからで あろう。
〔齋藤 結〕
24 第3節 可能表現
ここでは、「読む」の可能表現(打消し)形「読むことができない」と「着る」の可能表現(打 消し)形「着ることができない」を能力可能と状況可能に分けてみていく。質問は全部で4つ である。その質問項目を以下に挙げる。
回答には、打消しのナイの部分が、ネァとネェになることがあった。しかし、ネァとネェに 関しては、同じ人でもどちらの言い方も使っているため、ここでの考察の対象外とする。
①あの子はまだ小さくて漢字を習っていないから、新聞の字を「読むことができない」という とき、〔Aヨメネァ/Bヨマンネァ/Cヨメナイ/Dヨマレナイ〕などと言いますか。(能力不 可能)
②あたりが暗くて新聞の字を「読むことができない」という言うときはどうですか。〔Aヨメネ ァ/Bヨマンネァ/Cヨメナイ/Dヨマレナイ〕などと言いますか。(状況不可能)
③あの子はまだ小さくて、一人では服を「着ることができない」というとき、〔Aキレネァ/B キランネァ/Cキレナイ/Dキラレナイ〕などと言いますか。(能力不可能)
④服が小さくて、もう「着ることができない」という言うときはどうですか。〔Aキレネァ/B キランネァ/Cキレナイ/Dキラレナイ〕(状況不可能)
以上の質問の、回答結果は一覧表にして最後に示す。
①の質問事項では、ヨメネ~というものをA、ヨマン~というものをB、ヨメナ~というも
のをC、ヨマレ~というものをDとしている。②も同様である。③の質問事項では、キレネ~
というものをA、キラン~というものをB、キレナ~というものをC、キラレ~というものを Dとしている。④も同様に振り分けている。この区別により、AとCがヨメ~とキレ~といっ たように、エ段に続くようになっているもので、BとDがヨマ~やキラ~というように、ア段 に続くものというような分類ができる。大岩(1959)を見てみても、「ai、aeは[ɛæ]となる 傾向がある」「打消のナイと欲望のタイ。形容詞式活用のアーエァ変化をする」とある。
このことから、Cのヨメナイ、キレナイというのはAのヨメネァ、キレネァが共通語に修正 された形である。要するに、ヨメネァがヨメナイに、キレネァがキレナイに戻ったということ である。例を挙げると、散財はサンゼァというように言い、暗いはクレァのように言う形が館 山の方言である。同じように、Dのヨマレナイ、キラレナイといのは、Bのヨマンネァ、キラ ンネァが共通語に修正された形であるといえる。ここからもA、CグループとB、Dグループ というグループ分けができるということがわかる。
それでは、一覧表から読み取れることを述べていく。
まず分かるのは、能力、状況不可能のどちらも同じ言い方をしているということである。こ れは、調査した全地域に共通しており、①と②は同じ回答、③と④は同じ回答というようにな っている。このことから、能力と状況の不可能の表現において使い分けはしていないというこ とになる。質問の意図を理解してもらえておらず、区別していないという回答になっている可 能性もあるが、能力と状況の不可能の表現は概ね区別していないと言えるだろう。
また、館山市西南部の今回調査した地区では、ヨメネァ、ヨマンネァ、キレネァ、キランネ
25
ァの方言的な言い方の回答が圧倒的に多く、ヨメナイ、ヨマレナイ、キレナイ、キラレナイの 共通語的な言い方の回答が少なかった。
次に、それぞれの地域で、どの回答が最も多かったのかということについてみていく。する と、大賀地区、洲崎地区、布良地区ではAという回答が最も多い。また、香地区、伊戸地区で はBという回答が多くなっている。Aというのは、ヨメネァやキレネァであり、2拍目の母音 がエ段になっている。そして、Bというのが、ヨマンネァやキランネァで、2拍目と3拍目に anという連母音を含むものになっており、2拍目の母音がア段になるものである。これらの結 果から、地区ごとに使っている言葉に違いがあることがわかる。
しかし、その違いを地理的観点から考えると、近い地区で同じ言い方というわけではない。
ちなみに、生育地をみても、父母もその地域で育っており、とくに父母の生育地の影響を考え る必要はなさそうである。また、館山市内には目立った山や川は無く、山や川の有無が言葉の 伝播に影響を与えたということも考えられない。いまのところ、大賀地区、洲崎地区、布良地 区ではAの表現を使っており、香地区、伊戸地区ではBの表現を使っているのがなぜかは分か らない。
さらに地区ごとに詳細にみると、大賀地区には特徴的なことが多く読み取れた。まず見て取 れるのが、他の地域に比べてCとDの回答が多かったということである。CとDというのは、
共通語に近い形である。
さらに、大賀地区では「読む」(五段活用)と「着る」(上一段活用)で回答に違いがあった。
大賀地区での、質問事項の①と②の「読む」に対する回答では、ヨメ~といったものが多かっ た。比率にしてみると、A、C(12):B、D(1)という結果になっている。また、③と④の「着 る」に対する回答では、キラン~とキラレ~といった答えが多くなった。これも比率で表すと
B、D(7):A、C(5)となる(両方回答した場合は、それぞれに数えた)。この結果は、先ほ
ど述べたグループ分けの分類が顕著に出ているとともに、「読む」と「着る」では回答が逆転し ているということになる。他の地域では、①と②でAと回答していれば③と④でもAと回答す るといったように、回答がすべて同じになる場合がほとんどであった。
このことからみて、この現象は大賀地区に特徴的なことであるといえる。さらに、この回答 結果から読み取れる重要なポイントがある。それは、可能動詞の「ら抜き言葉」という問題で ある。ヨメナイというのは、可能動詞を作っているが、キレナイはいわゆる「ら抜き言葉」に なっている。規範的な言い方では、「着ることができない」のことをキラレナイと言うのが一般 的である。そのキラレナイをキレナイと言うのは「ら抜き言葉」である。共通語では、その「ら 抜き言葉」が新しい表現として広まっている。
ここからは、その新しい形である「ら抜き言葉」が、館山市南西部でどの程度使用されてい るのかをみていくことにする。質問項目に対する回答で「ら抜き言葉」に該当するものは、キ レネァとキレナイである。それに対して、規範的な言い方には、キランネァとキラレナイがあ る。また、ヨメネァとヨメナイは、可能動詞を作っているものであり、ヨマンネァやヨマレナ イというのは、共通語では使わない形である。
それでは、実際の大賀地区の回答結果から「ら抜き言葉」と規範的なことばの使用状況につ いてみていく。
一覧表から明らかなように、大賀地区の5名(ほかに1名いるが、ほとんど回答していない
26
ので除く)は、「ら抜き言葉」に当たるキレネァとキレナイと、規範的な言い方であるキランネ ァとキラレナイを両用している。SN【大賀F30】は能力にキランネンカ、状況にキレネエヨと 回答し、KK【大賀 M35】は逆に、能力にキレナイ、状況にキラレナイと回答している。おそ らく能力可能と状況可能は表現上の区別をしていないのであろう。
つぎに、同様な観点から大賀地区以外についてもみると、香地区の2名は、能力可能・状況 可能ともにキランネァ、キランナイなどという回答ばかりで、キレネァ、キレナイという「ら 抜き言葉」を使っている人はいなかった。洲崎地区の2名と布良地区の1名は、香地区とは対 照的にキレネ、キレネァッペ、キレネェッペヨという「ら抜き言葉」ばかりを使う。また、伊 戸地区の1名は、ともにキランネェッペという。
上記の結果をまとめると、「ら抜き言葉」が使われているかどうかという観点で地域差をみる と、香と伊戸は規範的な言い方をしており、洲崎と布良は「ら抜き言葉」を使っており、大賀 地区は両用という結果になった。今回調査した館山市西南部では、近くの地域で同じ言い方を するなどの傾向はみられず、むしろ漁業関係者と、農業関係者ほかとの違いと考えることがで きそうである。
ただし、すでに述べたように、香地区の2名は、五段活用動詞「読む」においても可能動詞 形をとらずに、いまなおヨマンネァ、ヨマレナイを用いるのであり、伊戸地区の1名にもその 傾向がみられる。対して洲崎地区2名と布良地区1名においては、五段活用動詞では可能動詞 形を派生してヨメネァ、ヨメネァッペなどと回答しているのであるから、いずれも規範的な用 法とは異なっていることに注意しなければならない。それに対して大賀は、五段活用動詞「読 む」の場合は可能動詞形を派生してほとんど例外がなく(HY【大賀 M37】にヨマンネァが聞 かれた)、一段活用動詞「着る」においてはキランネァとキレネァとが両用されているのである。
被調査者(外住年数) ①「読む」
能力不可能
②「読む」
状況不可能
③「着る」
能力不可能
④「着る」
状況不可能
SM【大賀M27】( 0) ― ― ― ―
SN【大賀F30】( 6) ヨメル ヨメネデヤヨ キラレネンカ キレネエヨ
TY【大賀F33】( 1) ヨメネァ ヨメネァ キランネァ
キレネァ
キランネァ キレネァ
KK【大賀M35】(10) ヨメナイ ヨメナイ キレナイ キラレナイ
TM【大賀M36】( 5) ヨメネァ ヨメネァ キランネエ
キレネエ
キランネエ キラレナイ
HY【大賀M37】(43) ヨメネァ
ヨマンネァ ヨメナイ
ヨメネァ キレネッペ キレネァ キラレネエ キランネエ
キラレナイ
SS【香F30】(42) ヨマンネァ
ヨマレナイ
ヨマンネァ ヨマレナイ
キランネァ キラレナイ
キランナイ
27
TH【香M33】(36) ヨマンネァペァ ヨマンネァ キランネァッペァ キランネァ
MW【洲崎M31】( 1) ヨメネァッペ ヨメネァッペ キレネァッペ キレネァッペヨ
IX【洲崎F42】( 2) ヨメネェッペ ヨメネェッペ キレネェッペ キレネェッペヨ
KH【伊戸M31】( 0) ヨメネェッペ
ヨマンネェ
ヨマンネェ キランネェッペ キランネェッペ
HH【布良M32】( 3) ヨメネァ ヨメネァ キレネ キレネ
〔宇佐美陸斗〕
28 第4節 完了表現
2013年 9 月に行われた千葉県館山市での方言調査での結果を基に、完了表現について述べ る。調査項目は、
(1)「今日は暑かったなあ」と言う時の「アツカッタ」はどのように言うか
(2)「そんなことは知らなかったなあ」と言うときの「シラナカッタ」はどのように言うか
(3)(手で取らなければいけないところを)「足で蹴ってしまった」と言うときの「ケッテシ マッタ」はどのように言うか
の三点である。
大岩(1959)には、完了形には助動詞「タ」が使われ、すべての活用語の連用(音便)形に接続 するとある。また、動詞の撥音便及びガ行イ音便から続く場合、連濁を起こすと述べられてい る。活用は指定詞「ダ」と同じで、次のようになる。
未然形 連用形 連用音便 終止連体形 仮定形 命令形
テ タッ タ タラ
仮説(1)アツイという形容詞は、大岩のいわゆる「ウーイー変化」をするとされているので、
連用音便形は「アツーッ」となる。つまり(1)は「アツーッタ」となると思われる。
仮説(2)打消しのナイは形容詞式活用をし、動詞の未然形に接続すると述べられている。ナ イの連用音便形は「ナーッ」であるので、(2)は「シラナーッタ」となるのではないか。
仮説(3)伊藤一也(1983)は山武地方について述べたものであるが、それによると共通語の 補助動詞「シマウ」は、ノンジマウ、ノンジャウとなる。したがって、この地域も同様であれ ば、(3)は「ケッチャウ」または「ケッチマウ」となるのではないかと思われる。
(1)
アツカッタ …アツカッタ(大賀KK、大賀SM)
アツーッタ…(大賀TY)
アツッタ …アツッタ(布良HH、大賀TY)
アッツッタ …アッツッタナー(洲崎MW)
アッチッタ…アッチッタ(香SS)、アッチッタネエ(洲崎IX)、アッチッタナー(大賀
TM、伊戸KH)、アッチッタノー(大賀SN)、アッチッタナー(香TH)
アッチイー(大賀HY)
完了表現には助動詞「タ」が用いられることがほとんどである。唯一例外であるアッチイー は、質問の意図が伝わらなかった可能性がある。
また、アツ~のアの後に促音が挿入されることが多い。これは、これまで言われてこなかっ た現象である。大岩の調査と今回の調査の間にアツーッタからアッツッタへと、長音の脱落と 促音の挿入が起こったと考えられる。アッチッタは、アツイのui連母音を融合させたアチーの
29 影響を受けたものと考えるられる。
(2)
シラネッタ…シラネッタ(大賀KK、大賀TM、大賀TY、香TH、香SS、洲崎MW、 布良HH)、シラネッタナー(伊戸KK)
シラネー…シラネー(大賀HY)、シラネーヤ(洲崎IX)、シラネーデヤヨ(大賀SN)
その他…デレスケ(大賀SM)
予想に反して、シラナーッタと回答した人は一人もいなかった。打消しの助動詞ナイがネに なっていることが共通している。先行研究で調査されたころと打消しの助動詞の活用が変化し ているのかもしれない。k子音の脱落により、シラナカッタがシラナーッタとなり、一方ai連 母音がエァに変わるからシラナイがシラネァになる。このシラネァの影響で、シラナーッタが シラネァッタになる。それがさらにシラネッタとなったか。
シラネ―と答えたのは皆大賀の方だが、これはデレスケと同様、質問の意図が伝わらなかっ たのかもしれない。
(3)
ケッチャッタ…(大賀TH、大賀TY、大賀TM、香SS、香TH、洲崎MW、洲崎IX、
布良HH)
ケッチマッタ…(大賀KK)
ケットバシタ…(大賀HY、大賀SN、伊戸KH)
◆蹴ってしまう
ケッチャウ(大賀SN)
ケットバス(香TH、大賀HY)
予想したとおり、ケッチャッタ、ケッチマッタが確認できた。ケットバシタは蹴飛ばすに促 音を挿入したものであるが、質問の意図が伝わっていない回答であろう。
今回の調査を通して過去形と完了形の区別して尋ねることの困難さを感じた。どの調査項目 も、こちらが完了を意図して質問しても、回答者は過去と捉えてしまう可能性があるからであ る。もちろん完了と過去は、アスペクトとテンスという、そもそも文法のカテゴリーからして 違うものだが、どちらも「タ」で表されるのが混同の原因であると考えられる。被調査者に完 了形の表現を回答していただくためには、質問の仕方をさらに工夫する必要があると痛感した。
〔高橋美樹〕