防災科学技f;,∫総.介〃化報告 第22り 1970 ギ2」j
551,243:551.3(522.2)
佐々川断層東西両地域の造構造運動 長浜春夫
地質調企所地質部地質第1課
Tectonic Movements of Sazagawa Fault,
Nagasaki Prefecture
Byト1aruo Nagahama
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Abstract
Tectonic movements of the area around Sazagawa fault have been considered from isopach maps of the formations of the Sasebo Group deposited during the Miocene Period which was prepared from boring data in the area on the basis of correlation of tuff,tuff hreccia and coal seams.
In general,tectonic movement was gentle during the Midd]e to Lower Miocene and active during the U叩er Miocene Period.The west side of the Sazagawa fault was rela,
tively uplifted and the east side was lowered,except the time of post−sedimentation of the Fukui formation and pre−sedimentation of the Kase formation during the Upper Mioce,e Period.
佐世保炭田地域は地すぺりの多発地帯として有 名である.この地すぺり発生の原因には数多くの 要因があると考えられるが,その要因の一つとし て造構造運動が考えられる.造構造運動を考える 場合に,こ\では地層の等層厚線と不整合により 削象1」された,すなわち被侵食量を示す図とから推 論する.
一般に地層の厚く堆積した地域は薄い地域に比 べて沈降が大で,不整合により削剥された地層の 削剥量の多い地域は少ない地域より隆起運動が著
しかったと考えられている.
佐々川断層は佐世保炭田の中心を北東一南西に 走る北西側上昇の大断層である.この断層の東西 両地域について,佐世保層群中の主なる鍵層をも とにして図一1,図一2のような分層をおこない,
多くの試錐資料を検討し,その呑のおのの厚さを 地図上に記入し,これらの資料から等層厚線図を 下位から上位に向って作成した.
大瀬五尺層一江里凝灰岩層間等層厚線図 図一3に示すようにその層厚は最大340Tn,
最小220mである.この等層厚線図からわかる ように,最大厚の地域は佐々川断層の南東側にあ り,そのうち調川付近に最大があり,伊万里湾か ら佐世保に向って薄くなる.
すなわち最大沈降部Hは調川と楠久の2個所が ある.これに対して地層の薄い地域,すなわち相 対的隆起部(L〕は断層の西側の臼ノ浦北西方にある.
江里凝灰岩一松浦三尺層等層厚線図
図一4にホすようにその層厚は,最大200m,
最小120m以ドである.最大厚の地域,すなわ ち最大沈降部は前期では調川と楠久との2点が存 在したが,これが一一点の浦ノ崎付近に集まる.地層 の薄い剖分,すなわち相対的隆起部は江迎と飛島 の2個所にある.最大沈降部nは調川拾よび楠久 の両地域から浦ノ崎に移り,その形は図一3とほ㌧
同様に南西に張出している.相対的隆起部σ、〕ば前
北松型地すべりの発生機構拾よぴ予知に関する研究(第1報)防災科学1支術総合研究報告 第22号 1970
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図一1
佐世保炭田鹿町地区地質概念図(等層厚線図の基準鍵層を示す)
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図一3
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松浦三尺層一歌ケ浦凝灰岩層等層厚線図 図一5に示すようにその層厚は,最大190m 以上,最小130m以卜 である.最大厚の地域す
なわち最大沈降部凹は松浦市田ノ平北方付近にあ る.その位置は前期に比ぺるとや㌧西方に移動す る.しかしその方向性は北東一南西である.この 沈降部に対して層厚の薄い,すなわち梱対的隆起 部(Dは図一5に示すように鹿町西ブラと矢岳を結ぶ ほぼ南北で矢岳を南下するにっれてその方向を東 に変えて南南東方向と左る.
歌ケ浦凝灰岩層と本ケ浦凝灰岩層等層厚線図
図一6に示すように,その層厚は最大175m,
最小96jnである.最大厚の地域すなわち最大 沈降部nは田ノ平南方にあり,その最大沈降軸の 方向は前期のそれと全く異なり,北北西一一南南東 方向を示す.地層の最も薄し(地域,すなわち相対 的隆起部ωは前期の南北性に対し,東に転じ,顕 著な南西一北東の方向性を示す.
加勢層による福井層の被浸食を示す図
図一7は本ヶ浦凝灰岩層の下限を0とし,加勢 層基底の不整合面が本ヶ浦凝灰岩層の下隈より上 位にきた場合を㈹,この0面より下位の地層と接
北松型地すべりの発生機構拾よぴ予知に関する研究(第1報)防災科学技術総合研究報告 第22号 1970
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松浦(鹿町)三尺一江里凝灰岩層間等厚線図(m)
した場合をHとして,加勢層による福井層の被侵 食量を示す図である.この図でわかるように佐々 川断層の東側の地域に拾いては,不整合によって 削剥される量の等層厚線は南北方向を示し,南へ 沈む舟底型を在している.このことから,福井層 堆積後加勢層堆積前の基盤運動によって志佐駅南 東7kmを中心として,南北方向を軸とした北方へ 沈んだ隆起部凹がある.佐々川断層の西側には北
東一南西に走るレンズ状の相対的沈降部①〕がある.
このことは福井層堆積後一加勢層堆積前には断層 の東側が隆起し,西側が相対的に沈降したことを 示している.
加讐口の等層厚線図(図一8)
佐々川断層西側から同断層東側にかけての加勢 層と大屋層との関係を凝灰岩層・カキ砂岩層・含 有孔虫泥岩層などの鍵層をもとに対比すると佐々
佐々川断眉菓西両地域の造お造迎動一長浜
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松浦(鹿町)三尺一歌ヶ浦凝灰岩(下位)間等厚線図(m)北松型地すべりの発生機構およぴ予知に関する研究(第1報)防災科学技術総合研究報告
第22号1970
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図一6
歌ヶ浦凝灰岩層一本ヶ浦凝灰岩層間等層厚線図(m)佐々川断眉東西両地域の造柑造迎動一長浜
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図一7
加勢眉による福井層の被侵食を示す図(m)川断層の西側では大屋層の基底が下位の加勢層を 300m近くも削り去っている.一方同断層の東 側では両眉の関係はむしろ整合的である.図一8 は試錐資料から作成したもので大屋層基底にょっ て削剥された加勢層の削剥量の等層厚線図である.
この図でわかる占うに,件刈11断戸西側の地域に
おいては,不整合によつて削剥される量の等眉厚 線の方向,北北東一南南西方向を示し,西方に向 って層厚を次第に滅じ侵食量を増す.したがって 志佐・江迎・鹿町付近では,加勢眉堆積後一大屋 層堆積前に北北東一南南西方向を軸として,東南 東方向へ傾動したことは明らかである.したがっ
北松型地すぺりの発生機構およぴ予知に関する研究(第1報)防災科学技術総合研究報告 第22号 1970
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図一8
加勢眉の等眉厚線図㎞)て上記付近に北北東一南南西方向の細長い隆起部 日が形成されたと考えられる.佐々川断層東側地 域に玲いては志佐付近から東南東の田ノ平付近に 向って眉厚を増し350mとなり,相対的沈降部
ωとなる.
このことは前期の福井眉堆積後に形成された隆 起部は,加勢層堆積期に入ると沈降部に変ったこ とがわかる.このことは加勢o堆積後一大屋層堆 積前に佐々川断層の西側は東1側に以ぺて隆起を続 け,とくに断層両側の志佐と江迎の間付近では著
佐々川断眉東西両地域の造構造遁動一長浜
しく隆起して,加勢層が侵食削剥されたことを示
している.
以上の諸事実から新第三系の中里層一大屋層の 堆籏中には最大沈降部拾よぴ最大隆起部の中心が,
それぞれ時代とともに各方向に移動したことが明 らかである.すなわちこの時期には基盤の昇降遅 動が時代とともに各処に,その中心を移行して行
なわれたことがわかる.
地すベリ発生との関係
北松型地すべりの発生原因は以上の過去の地質時 代の基盤の昇降運動が決定的な直接の原因と断定 することはでさないにしても.つぎのことは一つ の考え方としてみることができるであろう.
前述した新第三系の佐世保層群堆積中にも,ま ・)
た倉沢一 が別の報告書でのぺることなどからわ かるように,地質時代には多くの基盤の昇降迎動 とこれに伴う断層違螂とが引続いて行なわれたこ
とを示している.このような基盤の活動は引続い て現在までもきわめてわずかの動きとなってあら われ,それが地すぺり発生の引金の役目を果した という一つの考えがなりたつことになろう.
参 考 文 献
1)Kurasawa,H・(1967):Petro1ogy of
t he Ki t ama t uswr a ba s a1t s i n t he no r t hwe s t Kyu s hu,So ut hwe s t J apan,
Ge o1・Su r v・J a p an,Re po r t No.217,
P.1−111
く み2)倉沢一(1967):長崎県北松浦郡吉井町子産 坂附近の佐々川断層と玄武岩類.
3)長浜春夫(1965):斜層理からみた北西九州 第三紀層の堆積,地調報告,No.211,P.1−66 4)沢村孝之助(1952):北松浦炭田地帯の玄武
岩と断層,(演旨),地質雑,Vo1.58,
p.308