九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
蘭文和訳論の誕生 : 志筑忠雄「蘭学生前父」と徂 徠・宣長学
大島, 明秀
熊本県立大学
http://hdl.handle.net/2324/4061064
出版情報:雅俗. 18, pp.37-54, 2019-07. 雅俗の会 バージョン:
権利関係:
蘭文和訳論の誕生
上 筑 忠 雄
﹁ 蘭 学 生 前 父
﹂ と 狙 麟 宣 長 学 ー
雅 俗
大 島 明 秀
第十八号
令和元年七月
はじめに
蘭文和訳論の誕生
志筑忠雄︵中野柳圃︑一七六〇\一八〇六︶の登場によっ
て ︑
日本のオランダ語理解が飛躍的に向上したことは定説となって久し
い︒ただ︑緩徐ではあるが志筑の天文・物理学的著作や海外事情・地
理志に関する研究が進められてきたのに対
し︑蘭語学研究について
は︑大半が資料紹介や翻刻に留まっている状況にある︒加えて︑これ
ら先行研究の主な問題点は︑次の三点にまとめることができる︒
第一に︑志筑の著作は全て写本で残存しているため︑論を進めるに
は︑諸本を校合した上でテキストを定める文献学的な手法に
基づ
く必
要があるが︑かような取り組みが為されてこなかったこと︒
第二に︑志筑の生前に成された著述と没後のそれとを弁別していな
いこ
と
︒特に没後の著作には門人をはじめとした書写者の手が加わっ
ていることが想定でき︑生前の著作との扱いを同一にすることはでき
ない
(l)0 @論考
近世
第三に︑志筑が典拠としたオランダ語文法書
に加
え︑
影響を受
けた
国学や儒学
とい
った学問背景が十分に究明されていないことである︒
以上を踏まえて︑本稿では︑志筑の手で編まれたオランダ語文法学 書のうち最も謎の多い﹁蘭学
生前
父﹂
(2)を主題として
(3
︑その現存写)
本を比較検討した上で︑手始めにこれまで不明であった書名の持つ意
味を解き明かし︑そこから志筑の執筆意図と該書の方針を浮き彫りに
する︒ついで︑各種蘭書や祖彼学ならびに宣長学からの影響を勘案し
ながら︑志筑が該著で達成したことを明らかにし︑日本蘭学史におけ
る﹁蘭学生前父﹂の位置を定めるとともに︑志筑蘭語学の後世への伝
播相についても併せて検討する︒
(1
)書名の意味
管見の限り︑現存する﹁蘭学生前父﹂は岐阜県歴史資料館蔵本︵以
下︑岐阜歴本︶︑神田外語大学附属図書館神田佐野文庫蔵本(4)︵
以下
︑
神田佐野本︶︑公益財団法人無窮会専門図書館蔵本︵以下︑無窮会本︶︑
早稲田大学図書館蔵本(5)︵以
下︑
早大本︶の四本である︒
資料の成立年次を明確に示す記述は確認できないものの︑まず︑文
化二年
( ‑
八
0
五︶二月の志筑自践(6)を有する﹁四法諸時対訳﹂︵岐阜歴 本︶
に
﹁ 生
前父﹂の名が確認できることから(7)︑それ以前に成立 ‑︑本来の面目を識れ
ー 書 名の意味と執筆の狙いー
上心筑 忠 雄 ﹁ 蘭学生前父
﹂と 但侠 ・ 宣長学ー
大
島
明
秀
した著作であることが分かる︒次に︑後述するように﹁蘭学生前父﹂
の自序には﹁柳圃﹂署名が認められるが︑目下この号の初出は﹁日食
絵算﹂における享和三年(‑八
0
三 ︶
︱二月の自序であり
(8
︑)
つい
で︑
﹁ 大
槻玄幹宛中野柳圃蘭文詩︵甲
・ 乙
︶清書﹂︵ともに一八
0
四年三月︶にも蘭文署名w
i l g en ak ke r (柳の田圃︶が窺える(9)︒これらを勘案す
ると︑﹁蘭学生前父﹂の成立時期は︑志筑の生前︑享和三年の後半頃か
ら文化二年二月の間と見てよいだろう(
10
)0
さて︑志筑が生前に著したオランダ語文法学著作を見ると︑初期は
﹁和蘭詞品考
﹂ ︑
﹁助
詞考
﹂といった文法用語や単語・旬の説明あるいは
語彙集に留まっていたものの︑二十年にわたる﹁暦象新
書﹂ (‑
八0
ニ
成︶訳業の完了後は︑﹁三種諸格﹂︑﹁四法諸時対訳﹂のように︑名詞の
性・格変化や動詞の人称変化︑もしくは時制や法といった西洋文法カ
テゴリーにおける各種項目に狙いを定めた各論が編まれ︑加えて︑そ
れぞれの書名は内容を反映して付されている︒かように見ると︑﹁蘭学
生前父﹂は﹁暦象新
書 ﹂
完成後に成立したにもかかわらず︑その題名
からは一瞥して何を意図した著作であるかは汲み取りにくく︑さらに
言えば︑その命名の在り方も随分異質である︒ そもそも書名は何と読むのが正しいのだろうか︒この問題に先鞭を
つけた杉本つとむは︑先に岡村千曳が﹁ランガクセイゼンノチチ﹂と
読み方を示していたことを紹介しながら︑馬場佐十郎﹃蘭語冠履辞考﹄
︵ 一
八五五序︶に﹁ランガクセイゼンフ﹂とルビが振ってあることか ら︑これを正しい読みとしたが(1 1
)︑書名の意味するところは依然不明
のままであることからすると︑むしろこの読み方は通称であると見る
方が適切である︒ ここで従来看過されてきた志筑自序に着目したい︒当該序は︑現存
する四写本のうち美濃大垣藩医であった江馬家の蘭学塾に蔵されてい た岐阜歴本(1 2
)と ︑
﹃遠西観象図説﹄の著者として知られる尾張藩医吉
雄俊蔵︵常
三 ︶ の塾で校合した写本に遡る神田佐野本(1 3
)にのみ確認で
きる
(1
4)0
物氏の訳茶に漢学をせんものは文字の本来の面目を識れといへる
が如く︑蘭釈む出が糾なか的ななが叫︑おのれ此ごろ和漢の語を
[をしも
] [ 生 れ ぬ ]
ゑらびて訓訳しつる︒此ふみの名をも︑かの生ぬ前の父そこひし
[るるに]きとよめるが︑本来の面目をいへる歌なるにそへてなん蘭学生前
[著 ]
父とは名づけつる︒柳圃書(1 5
)
[生
れ
ぬ]後半の二重傍線部から︑志筑は﹁生ぬ前の父そこひしき﹂を下の旬
とする﹁本来の面目をいへる歌﹂を典拠として題を付したことが分か
る︒結論から言うと︑その﹁歌﹂とは︑志筑在世時︑人口に謄灸して
いた道歌﹁闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば生まれぬ前︵先︶の父ぞ恋し
き﹂である(1 6
)︒歌意を読み解くために︑
﹁ 生
まれぬ前
︵先
︶の 父﹂
と
同義である﹁父母未生以前本来面目﹂という文旬を参照すると(1 7
)︑
そ
の心は︑認識している人や物の姿は本来の様相ではない︑という禅的
な境地にある︒これを手掛かりに本題の道歌に立ち戻る
と ︑
﹁闇 の夜 の
烏﹂は見えず︑﹁鳴かぬ
烏の 声﹂
は聞
けず
︑
﹁ 生
まれる前の父﹂を知る
ことはできない︒そこから転じて︑凡夫には知ることができないが︑
物事には﹁本来の面目﹂︵本当の姿︑様相︶が存在する︑という禅的な
境地を意味する歌ということが分かる︒
後述するように︑﹁蘭学生前父﹂は蘭文和訳論であり︑当時世間では
理解されていないオランダ語の﹁本来の面目﹂︑すなわち志筑のみが見
表1 志 筑 忠 雄 の オ ラ ン ダ 語 文 法 学 著 作
著 述 名 成立時期 成立時期の典拠 内 容 備 考
志筑生前 寛 政9年12月18日
宇田川玄随撰「蘭学秘蔵」 文 法 用 語 や 単 語・ 和閾詞品考 (1798年2月3日)
(早大本) 句の説明
以前
助詞考 (助字考、和 寛 政9年12月18日
宇田川玄随撰「蘭学秘蔵」 冠詞、代名詞、前筐
o o
助語考) (1798年2月3日)(早大本) 詞、副詞、前置詞、
以前 句などの語曲集
享和3年 (1803)後 名詞の性・格変化、
「西 肥 崎 賜 柳 圃 中 野 先生 三種諸格 半 頃 か ら 文 文化2 「四法諸時対訳」(岐阜歴本) 動 詞 の 人 称 変化な
撰著」 (岐阜歴本)とあり 年(1805)2月以前 ど
享和3年 (1803)後
柳圃号(序文)の使用、「四
蘭学生前父 半 頃 か ら 文化2年 和訳論
(1805) 2月の間 法諸時対訳」(岐阜歴本)
四法諸時対訳 (l蘭文 文化2年 (1805)2 柳圃号の使用 (岐阜歴本)、
法諸時) 月 岐阜歴本践 時制と法 「三種諸格」および「蘭学
生前父」に言及 蘭詩作法(大槻清準 「三国祝章」目次(早大本、
撰「三国祝章」の一 文化2年(1805)頃 ただし「OO詩作法」部分本 作文
編) 文は脱落)
志 筑 忠 雄 没 ( 文 化3年 [1806]7月 ) 以 降 享和3年 (1803)8 日 本 語 の 各 種 文 立
柳圃文集 月以降 大槻如電手稿 を オ ラ ン ダ 語 訳 し 志筑没後の組集か たもの
志 筑 没 後 、 西 吉 右 衛 門 が
「蘭語九品集」を編集、の
「三種諸格絹」、「蘭 ち馬場佐十郎「訂正蘭語九
蘭語九品集
学生前父」以降 静盛堂文庫本 時制、法、品詞など 品集」に(「訂正蘭語九品 集」諸言、文化11年9月成 より)、「三種諸格」および
「蘭学生前父」に言及 属文錦嚢(吉雄権之助 文政4年(1821)8
文章解説(統語) 杉本つとむの指摘により、
述、志筑忠雄遺教か) 月 志筑辿教と判断
片桐一男「「四十五様Jにつ いて」(「洋学史研究」第27 四十五様(森田千庵 文政6年(1823)以 号、 2010年)、岡田和子「森
動詞の変化を示した 著、志筑忠雄遣教か) 降か 田千庵 「四十五様」につい
もの 一翌表
て 一 中 野 柳 圃・森田千庵 と仏文法の関係一→」 (「洋 学史研究」第28号2011年) 蘭学凡(大槻玄幹著、 文政7年(1824) 8
「蘭学凡」序(早大本) 文法総論 志筑忠雄遺教) 月
西音発微(大槻玄幹 志 筑 没 後 、 文 政9
版本 音声
著、志筑忠雄遺教) 年 (1826)1月
成立年不明
和蘭語格 不明 未見、「本朝医家著述目録」
より 不明
九品詞名目 不明 杉本つとむ 「国語学と蘭語 学」(武蔵野書院、1991年) 品詞
文楚(志筑忠雄辿稿、
不明 文法用語集
吉雄俊蔵校訂)
柳圃先生虚詞考 不明 前掲杉本つとむ 「国語学と 冠 詞 、 代 名 詞 な ど
蘭語学」 の語梨集
蘭 枡 畠
・ 各
;
知 総 叫
芦 % 伽 聾 畜 り レ ︑ 細 ;
イ ヤ ハ 靖 ふ 呼
1 d l l
トつ
ト
ノが
い後
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給 之 異
和 語 只 喜 令 日 ご 呼 丙 伍 イ ヘ ト だ 洵 詫
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名 .
? ︑ 人 是
l 令
卜 立 ス ︵ キ ; に ゾ
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釈
スヘキとノィえ鉤号を勤也和3
出
f b ‑ ノ £ を 名
1
島 ` i ヽ ヘ
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9f,i
︑ さ
埓 R
七
図2
,可‑ ‑ "1.盪』l
「蘭学生前父」内題。項目1および 2も見える (岐阜県歴史資料館蔵)
図1
抜いたオランダ語に対する理解と和訳法の要諦を一三
点にわたって提
示したものであった︒そして︑そのことを道歌﹁闇の夜に嗚かぬ烏の
声聞
けば生まれぬ前
︵先
︶の 父ぞ 恋
しき﹂に託した書名の後半部は﹁ウ
マレヌサキノチチ﹂と読まねばならず︑前半部についても後半部と同
州
要 一
f
喩
戯含 への 絹 f
! ッ ぽ
i学 を
笑 ・ タ は そ 邸 窃 主 召 り 和
l a t
織も f 蒼
6や え
困 誓
$ ︷ 盆 や ふ
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庄 み 和 度
・
? 飴か名心多︐訓紅
ょ 此 ク グ
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5
農 . ;
々 よ ー り
\ し ;
ふ t :
令
広
誓2
区$
萩
9 象 了 り面乎生約
' ゃ ん み
1?
「蘭学生前父」志筑忠雄自序
(岐阜県歴史資料館蔵)
じく和風に読むのが自然であろうし︑何より本書は和訳論である︒以
上を勘案すると︑志筑が付した書名﹁蘭学生前父﹂の読みは﹁オラン
ダマナビウマレヌサキノチチ﹂であり︑かように読まなければ︑本書
に込めた志筑の自負と意味︑そして資料的な位置づけが闇に埋もれた
ままとな
って
しまう︒
( 2 )
祖練学と執筆の狙い
それでは﹁本来の面目﹂とは具体的には何を指しているのだろうか︒
ここで先ほど挙げた序文に戻ってみよう︒
まず︑先に掲げた序文
冒頭の傍線部は﹁物氏の訳
答に漢学
をせんも
のは文字の本来の面目を識れといへるが如く﹂とあるが︑ここに言う
﹁ 物
氏の訳答﹂とは︑荻生祖株﹃訳文茎蹄﹄初編
( ‑
七
︱ ︱ 刊︶を指し
ており︑その序に掲げた﹁題言十則﹂の二則目を典拠としている︒漢
文読解をめぐる状況について
一石を投じている当該部分は︑﹁蘭学生
前父﹂序文の破線部﹁蘭学もまたさるわざなるから﹂の伏線となって
いるので以下に掲げる︒
此
方学者
︒以二方言玉
9
読︒号日二和訓一 ︒
取二諸訓詰之義ー ︒其実
訳也︒
而人不
レ知
其 為
>訳突
︒
[⁝
]若
下此
方読法
︒順逆週環︒必
移二
中華文字
一 ︒
以就二方
言 玉
?
︒一
読便解
︒不レ
解不
レ可
レ読
︒信
乎︒和訓之名為
レ当
︒而学者宜=一或易
二於為レカ也︒但此
方自有
二此
方言語
一 ︒
中華自有二中華言
語 一
︒体
質本殊
︒由レ
何胞合
︒是以和訓
週環之読︒雖レ若レ可レ通︒実為二牽強
ー ︒
而世人不省︒
書レ 読作 レ文 一唯 和
訓是罪0[⁝]需所謂易二於為>力者︒実為二
之祟
一也︒故学
者先務︒
唯要
下其
就 華 人 言 語
一識中其本来面目
上 ︒
︵此
の方
の学
者︑
これ方言を以て書を読み︑号して和訓と日ひ︑諸を訓詰の義に取れり︒
其の実訳なり︒しかも人は其の訳たることを知らず︒
[⁝
]此
の方
じゅんぎゃくかいかんの読法︑順逆逍環して︑必ず中華の文字を移して︑以て方言に
す な わ ま
こと就く者の若きは︑一読便ち解す︒解せざれば読むべからず︒信な
やするかな和訓の名︑当と為す︒而して学者宜しく或は力を為すに易
おのずかるべきなり︒但し此の方自から此の方の言語あり︑中華自から
も と ぶ ん
ここ中華の言語あり︑体質本殊なり︑何に由て胞合せん︒是を以て和
f}
と け ん
きょう訓逍環の読み︑通ずべきが若きと雖︑実は牽強たり︒しかも世人
さきただ省みず︑書を読み文を作るに一に唯和訓是れ葬る[:']需に所謂
や す た た
る力を為すに易き者︑実はこれが祟りを為せばなり︒故に学者の
先務︑唯ただ其の華人の言語に就きて其の本来の面目を識らんこ
とを要す︒︶︵1 8 ︶
ここで述べていることをまとめると︑以下のようになる︒
﹁此
の方
﹂
︵日本︶の学者は︑日本語で漢籍を読んでおり︑それを﹁和
訓﹂
︵訓
読
︶と名付け︑訓詰学︵語義を研究する学問︶として認識して
いるが︑これは翻訳でしかない︒しかも世間の人はこれが訳業である
ことを自覚していない︒古い漢籍の文章も︑﹁和訓﹂を用いて当代日本
語の形に変えることで簡単に理解できるようになる︒しかしながら︑
日本には日本の言語があり︑中国には中国の言語があり︑その性質を
異にしていることから︑これを結合させることはできない︒漢文を読
み下すと意味が通じるような気になるが︑それはこじつけにすぎな
い︒
しか
し︑
書を読み︑文を作る際︑﹁和訓﹂にのみ拠っているのが現
状である︒簡便な﹁和訓﹂の存在が︑実は裏目に出ているのである︒
よって︑学者は中国語に真剣に向き合って︑その言葉の﹁本来の面目﹂
︵本 当の 姿や 様
相︶を知るようつとめることが急務である︒
かかる問題点を示した祖株は︑中国語の﹁本来の面目﹂を理解する
ために︑その語順通りに読むことを提唱し︑また︑歴史性・地域性を
踏まえた本来の字義を明らめる古文辞学という方法を創出したが︑実
際にはそれほど原文とかけ離れた訳を作成するにはことはなかっ
た(1 9
)︒つまり︑祖株は訓読という翻訳方法に問いを投げかけることに
は成功したものの︑それを大きく改めるような和訳法の提示にまでは
至らなかったのである︒
他方︑蘭文読解の状況に目を移すと︑﹁蘭学﹂の権威であった大槻玄
沢が成した﹃蘭学階梯﹄
︵一 七八 八
刊︶
や︑ 宇田 川玄随﹁蘭訳弁慇﹂
︵ 一
七九
︱ ︱ 一 序︶ ある い
は前野良沢
﹁蘭 語訳 答﹂
︵
一七九七跛︶など︑志筑の
同時代における蘭学書に示された和訳法は︑オランダ語に一対一で訳
語︵主に漢語︶をあて︑語順を示した訓点を振って転倒させて読む︑
いわば﹁欧文訓読(2 0 )﹂と呼びうるようなものであった︒
ここで﹁蘭学生前父﹂成立前後における外国語和訳法の状況を踏ま
えて再度まとめると︑祖彼は中国語理解に対する画期的な理念を示し
たものの新たな和訳法の提示には
至ら ず︑
加えて蘭学者によるオラン
ダ語読解法は従来の漢文訓読を応用した﹁欧文訓読﹂の域に留まって
ヽ こ
︒し
t
かかる状況下で志筑忠雄は︑アルファベット表記の上に文法体系が
日本語とは全く異なるオランダ語に対峙
し︑
﹁蘭
学もまたさるわざな
るから﹂と︑オランダ語にはオランダ語の性質が存在することを見抜
いた
上で
︑
﹃訳文答蹄﹄の理念を踏まえてその﹁本来の面目﹂の理解に
向き合い︑祖棟が成しえなかった外国語の和訳法︑すなわち﹁欧文訓
.︐
荘也〗 赤又闇様 而軌 1
物i
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一 告 知 せ ン ト 微
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愕 例
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ーカコンス ト 予 常 テ 得
‑ 1 碍 稿
? 為 せ
1
俊図4 藤林普山 『蘭 学 遥』1810刊「訳例」(架
蔵)。志筑没後においても「欧文訓読」が
中心的な読解法であった
.Iン V Iゾ ブ Iィャ 姿シ,..̲ ~グ/
men1eeren.J , k W e n f c h ugoe
人 誓 我 堂 竹 、 吉
ペ ブ 磁 兎 テ . . ブ グ , , ノィグ ヘ1'ゾ
v
り
J..ゃd e n d a g m y n h e e r . 又 ・ § 1
、 日 佑 吾^イ フ …グ ,. が,,, 詞言蜆是望嘉我
Hybrengt g a n t
_ 也命 .JL平 ス 日 責他t 終
i はい
, ..
9 9 9ン メ ッ,. イ令 へ•/ュ~ 弓9,f J'ンf c h e n a g t e n n e t J K b e n u d i e n a a t
夜 , ス 我 者 称 臣
V l.. グ 1•·,,レ
1 e e f e n d o o r .
虹名事;是撲我言讀撤~
} i i g ; "
ノ;‑;.ノ封 臣 占 者 餞 え 99^ン す , レ メ ジ
扱 ぼブ 終
Ouden i a l men
スグ夜 光 可 人
ィそ ヘップア,レ,,,イシ ;. I v<シ ョシク.,,,サ,レ
J k h e e a h a l 1 n y n e e r e n J o n 炉 z a l
我 恙 吾 破 少 可
図3 大 槻 玄 沢 『蘭 学 階 梯』1788刊、下 巻
「成語付訓点並二訳文」(ゆまに書房、
2000年影印版より)。オランダ語文の下 方に対応する漢語が示されているも のの、語順は示されていない
読﹂から離れたオランダ語和訳とその方法の提示に臨んだのである︒
2 ー3 ー
上記のように﹁蘭学生前父﹂は
二二
項目から成るが︑本書の狙いや
11 10
︐
8 7 6 5 4 3 2 ー六詞ヲ重ヌル秘訳
( 2 1
)
事迦ノ詞
種々ノ詞遺ヒ
zo
ud
en
ノ事
種々ノ結ヒ詞
六詞秘訳井定格
詞品図 (1)動他詞
(2)自動詞
( 3 ) 静虚詞
三世図 和語例両語ノ異蘭語三世名目
切ル︑詞
続ク詞 二︑和漢の語をえらびて訓訳しつる
ー 蘭 文 和 訳 論 の 構 成 と 展 開 ー
( 1 )
内容構成 それでは志筑忠雄はいかなる和訳論を展開したのだろうか︒ここで
﹁蘭学生前父﹂の内容構成を理解するために︑神田佐野本に転写過程で
付加された目次を示す
︒なお︑番号は
籠者 による︒
体系を理解するために各項目の内容を確認していこう(22
)0
項目1﹁和語例﹂では︑日本語の言葉の活用を対象としている︒完
了などを表す助動詞﹁ぬ﹂が︑﹁ぬる﹂となった場合には次に言葉を接
続するが︑﹁ぬ﹂の場合にはそこで終わるように︑言葉には後に語が接
続する形︵続ク詞︶と︑そこで終わる形︵切ル︑詞︶とがあることを
指摘する︒
2﹁両語ノ異﹂では︑日本語の﹁いひつる人﹂︑﹁いひし人﹂はオラ
ンダ語に置き換えることができるものの︑﹁いへる人﹂に相当する蘭訳
が不可能であるとし︑それは蘭日で動詞の自他に違いがあることに起
因するものであることを説く︒
3
﹁蘭
語
三世名目﹂では︑オランダ語に現在・過去・未来の三時制
があることを紹介する︒
4﹁切ル︑詞﹂では︑動詞﹁言ふ﹂︑﹁隕つ﹂および形容詞﹁白し﹂
を例に︑様々な時制の︵助動詞を伴った形も含めた︶切れる形を蘭日
対照にして示す︒また︑自動詞には﹁ぬ﹂︑他動詞には﹁つ﹂が接続す
ることも言い添える︒なお︑志筑忠雄の時制の考え方は︑中世ヨー
ロ
ッパ
のラテン文法である叉角的五分法︵現在︑過去︿未完成過去[過
去ノ現在]完成過去[孤立過去
r
大過去[過去ノ過去]﹀ヽ未来)に基づく(
23
)0
5
﹁続 ク詞
﹂で は︑
﹁言 ふ﹂
︑﹁折る﹂︑﹁隕つ﹂ならびに﹁白し﹂を例
に︑動詞の自他の別に留意しながら︑様々な時制の︵助動詞を伴
った
形も含めた︶続く形を蘭日対照にして示す︒また︑他動詞には目的語
が必要であることにも言及する︒
6﹁三世図﹂では︑時制を表すオランダ語の助動詞および存在動詞
綬 [ セ ズ ん, . .
ネ 咋£ ⑯ 来 ̲ z ‑ d , t f , .
現必
E O O
妃ヽと;ダ f . i i .
令 ぞ 過
4
没 ふ
未 ふ磁ん,々よ 心砂.但 ` j
忍 が ・
が 必
r9ウ . 現 , , , / v f . 1 ‑ i
巴 必 f ロ .
過. 坪 と 辺 伍 必
1参ん¢.幻這 `又 } 憧
-•口よん況9日
図5 三世図(岐阜県歴史資料館蔵)
とその変化を図示する︒
具体的には︑まず︑上段左に未来を表す助動詞
z u l l e n が
挙げ
られ
︑
その不定形ならびに一人称主語と三人称主語に用いる際の変化を提示
し︑右方に過去形である
zo
ud
en
と変化形が示される︒中段左には現
[マ
マ]
在を表す存在動詞
z i j n
と変化形︑右方にはその過去形
wa ar en
< 2 4
)と変
化形︑下段左に完了形を作る助動詞としての
he
bb
en
︑右方に過去形
ha
dd
en
と変化形が掲げられている
︒
なお︑志筑は以上の
z u l l
e n ︑
zo ude n ︑ z i j n
︑
wa ar en
︑
he bb
en ︑
ha dd en
を﹁六詞﹂と呼ぶ︒
7
﹁六 詞ヲ 重ヌ
ル秘訳﹂では︑前項6で挙げた助動詞を対象として︑
その文例と訳を挙げつつ︑意味の微妙な差異について比較説明する︒
8﹁事迩ノ詞﹂では︑オランダ語の動詞九語
( N u l l en︑
z i j n
︑h
eb be
n ︑
[マ
マ ] 0
̀
マ]
wa ar en ︑ ha dd
en ︑
sp re ek en
< 2 5
)︑V邑le
n ︑ ze gg en︑ wo rd en )
ならびに
写マ ]
助動詞
二語
(k on ne
(n 2 6
)︑
mo
et
en
) の不定形と過去形
(w aa re
nと
ha dde
は過去完了形︶を掲げているn︒
9﹁種々ノ詞遺ヒ﹂では︑まず︑副文を備えた文章を基本
文として掲げ︑次に︑そこから時制など一部を変化させた計
二六の例文を挙げ︑その文法的な説明と具体的な訳し方を
説く︒
1 0
﹁z
ou de
ノ事﹂でn
は ︑ zo ude n
(仮定︶の訳を古語﹁ま
し﹂に求めながらも︑これが同時代に使われない言葉であ
ることから︑古歌三種を例に挙げながら﹁べし﹂で代用で
きることを説明する︒
また
︑ zo ud en
が推量の意で用いられ
る例も付記する︒
1 1
﹁種々ノ結ヒ詞﹂では︑日本語の文末に用いられる言
葉に︑オランダ語には該当するものの無い場合があること
を説く︒具
体例
とし
て﹁
けり
﹂︑
﹁め
り﹂
︑
﹁ら
ん︵
む︶
﹂
︑﹁
ら
し ﹂ ︑
﹁つ
つ
﹂︑
﹁か
な﹂
︑﹁
がに
﹂を
含ん
だ和歌を引き︑その
蘭訳例を示す︒また︑日本語の口語訳も併記する︒
1 2
﹁六
詞秘
訳
井定格﹂では︑項目6で扱った六語の訳例で︑どの品
詞に付いたらどう和訳すればよいかが分かるような具体的な訳語を与
えている︒
1 3
﹁詞品図﹂では︑蘭日両語で品詞を挙げ︑その関係を図式化して
いる
︒ただし︑説明は付されていない︒
ここまで計
一 三
に渡る項目を見てきたが︑項目
l¥5
までが基礎編
︵蘭日の文章構造および言葉の活用に関する基礎知識︶
で︑
項目
6¥ 13
が発展編︵文例と具体的な和訳法︶と考えてよいだろう︒オランダ語
については︑全体を通して詳細な文法事項に説明が費やされることは
なく
︑
むしろ動詞の自他︑
いる点に特徴がある(27)0
留意すべきは︑﹁蘭学生前父﹂という著作が︑志筑の他作品のように
オランダ語文法の理解のみに焦点を絞ったものではなく︑その読解し
たオランダ語をいかにして日本語に置き換えるかということに照準を
合わ
せた仕事であることで︑その達成のためには︑当然日本語の﹁本
来の面目﹂に対する理解も不可欠であった︒かかる意味合いにおいて︑
﹁蘭学生前父﹂は志筑による日本語文法学とも言え︑したがって志筑
は︑オランダ語理解の要諦をとりわけ動詞の自他や助動詞ならびに時 . J
J
\ 痩 虚治 . 勧—ーー伶図 I 祝烹仇
> 八 自 拓 飢
助動
詞 ︑
そして時制の説明に紙幅を割いて
\
咲 邸
ー 釦 之 た
/
麿 化
⑬
飴 乞
〜
仰 ︐ 竺 図
/ 〜 ん砂
必りて〜
図7 詞品図(岐阜県歴史資料 館蔵)。ここでの「虚」は動詞と 形容詞、「実」は名詞、「死」は用 語が活用しないことを意味する。図6 よって、「静之死」、とは形容詞が 名詞化したものを指す
゜ ^
釦 紗 玖 坑 足 飴
言 戸 巳
屈
六詞秘訳井定格(岐阜 県歴史資料館蔵)。ただ し「訳」を「訣」に誤る
表2 「蘭学生前父」の内容構成
項目(目次) 内 容 分 類 典拠の明示
(岐阜歴本より)
日本語(和語)には、後に語が接続する形(続
言葉の性質(日本語の 1和語例 ク詞)と、そこで終わる形(切ル、詞)とがあ
ることを指摘 活用)
オランダ語と日本語を対照させながら、意味上
言 葉 の 性 質 ( 蘭 日 の 2両語ノ異 訳すことができない言葉があることを説くは同じでも自動詞 •他動詞という点で異なり、 自 •他動詞)
3蘭語三世名目 オランダ語には時制 (過去・現在・未来)がある 文構造(時制:用語の
ことを紹介 説明)
「言ふ」、「隕つ」、「白し」の様々な時制の(助動
4 切ル、詞 詞を伴った形も含めた)切れる形をOO日対照に 言葉の性質(OO日語の して示す。加えて、自動詞には「ぬ」、他動詞に 切れる形への活用)
は「つ」が接続することも言い添える 続ク詞 動詞の自他の別に留意しながら、様々な時制の
「本居氏」、「物氏」、
5 動他詞 (助動詞を伴った形も含めた)続く形を蘭日対照 言葉の性質(蘭日語の
「mann三板」、「halma 自動詞 にして示している。また、 他動詞に目的語が必 続く形への活用)
静虚詞 要であることにも言及 初板」
6三世図 時制を表す6詞 (オランダ語の助動詞および存 文構造(時制'6詞と 在動詞)とその変化を固示 その変化)
6詞の文例と訳を挙げ、微妙な差異について比 文構造(時制. 6詞の
7 六詞ヲ重ヌル秘訳 文例、具体的な和訳、
較説明する
意味の差異)
オランダ語の動詞および助動詞9語の不定形と 文構造(時制 動詞お 8 事迩ノ詞 過去形を挙げ、さらに助動詞2語の過去形と過 よび助動詞の不定形、
去分詞を掲げる 過去形、過去分詞)
従属節を備えた文章を基本文として掲げ、そこ
翻訳法(文例と具体的 9種々ノ詞遣ヒ から時制など一部を変化させた計26の例文を挙
げ、その文法的な説明と具休的な訳し方を説く な和訳)
zoudenは基本的に古語「まし」で訳せばよいが、
翻 訳 法 (zoudenの 訳 10 zoudenノ事 同時代語「べし」で代用できることを説明。ま
た、 zoudenが推屈の意で用いられる例も付記 し方)
日本語の文末に用いられる言葉に、オランダ語 翻訳法(閾訳が難解な 11種々ノ結ヒ詞 に該当するものが無い場合があることを説き、 日本語について、その
「本居氏」
古歌を具体例としてその閾訳例を示す。日本語 蘭訳例と日本 語 の ロ
の口語訳も併記 語訳例)
項目6で扱った時制を表すオランダ語の助動詞
翻訳法(時制を表す助 12 六詞秘訳井定格 および存在動詞の訳例で、どの品詞に付いたら
動 詞 ・ 存 在 動 詞 の 和 「本居翁ノ言業の玉の どう和訳すればよいかが分かるような具体的な
訳例) 緒」
訳語を与えている
13詞品図 蘭日両語で品詞の関係を図示 言葉の性質(品詞の関 係図式)
Ha
lm a : Wo
odr
en bo
ek der Ned
er du it
hs ce にハらび
ルマ
制の理解に見ながら︑これと並行
して
日本語の性質と理解の勘所を説
明し
︑ その
上で吟味
した
訳例とその和訳法を
提示していくのである︒
( 2 )
和訳作成の神髄と本居宣長の言語学
それでは志筑忠雄が提示した和訳論
の神髄とはい
かなるものであ
ったの
か︒ここで﹁蘭学生前父﹂の典拠を探
ると
︑
項目5に﹁m
ar i n 三
板﹂
︑﹁h邑ma
初板﹂ならびに﹁物氏
﹂︑
﹁本
居
氏﹂と
明示されて
いる
ことに気付く︒前
二者
の﹁
m臼in三板﹂︑ ﹁
h邑ma初
板 ﹂
とは
︑
蘭書マーリ
ン﹃
大蘭仏
辞典﹄第三
版
(P
itee
r
Ma
ri
n :
Gr oo
t Nde
er du
ih tsc
en
Fミ
ns
ch
Wo
odre
nb
ok3 e.
dr uk ,
1752
. )
な
﹃蘭仏辞典﹄
(F r a n c , ; o i s
en
Fr an c s h e
)あるt a a l 1710でen. .︒
これ
らはheb
ee
nを
はじ
めとした三語の動
詞
・助
動詞の参照に
使用されて
いる
が︑
その
利用法は局所的で︑蘭書から
の影響はむしろ例文の挙げ方に見て取
wo l k d ie wi t g ew or de n
i s . z
u l l e n s pr ek en
wolk
d ie wi t is
[ママ]wolk
<d i idt e wwor
2 9 )
[:・]
ge p s ro ken z i j n
[ a l
ge p s ro ke n w aa re n
ge p s ro ken he bb en ge p s ro ken ha dd en
︻項
目
4
[マ マ
]
sp re ek en
言ふ
言っ
言き
言
へり
言ん
白くなる雲
白くなれる雲 白き雲︻白クアル雲也︼
︻為白雲︼ 白かりし雲 言
へり
き zo ude n sp re
言ken
べし
/言
てん
( 28 )
ここでは蘭語
sp re
(話す︶kという動詞の現在形を掲げ︑続いてen
この動詞の変化形︑すなわち現在完了形︑過去完了形︑受動態の現在
形とその過去形︑さらに助動詞z
u l l
enを用いた未来形とその過去形
︵ここでは話者の意思を表す︶を挙げている︒項目題からすると︑日本
語の動詞や形容詞︑あるいはそこに助動詞を付けて様々な言い切りの
形︵終止形︶を説くことが眼目であるが︑それ以上に︑オランダ語の
︱つの単語を軸にそのごく単純な変化形を掲げつつ︑日本語の動詞の
活用や各種助動詞を使い分けることで蘭語に対応した和訳を示すこと
を意図したものと見てよいだろう︒
︻項
目
5
続ク 詞︼
wo
l k
d ie w i t
wa s
るべきである︒例えば以下を見てみよう︒
切ル ヽ詞
︼
walk
d ie it w
ge wo rd e n w as
.
wolk
d i e w i t
ge wo rden z a l
. 白くなれりし雲
白くならん雲
白くなるべき雲(3 0
)w
o lk d i e w i t
ge wo rden
zo u .
単語の変化形を扱った前項を踏まえて︑項目5では文構造に複雑さ
を増した︑関係詞を使用した例文が挙げられる︒上記は女性名詞wo
l k
︵ 雲 ︶
を関係節において
wi t
(白
い
︶で修飾する文章を基本に︑そこか
ら時制や助動詞︑態を変化させた文例と︑助動詞z
u l l e
とその過去形n
を用いた文例を示し︑それぞれに和訳をあてている︒項目題からする
と︑日本語の動詞や形容詞︑あるいはそこに助動詞を付けて後ろの語
に接続する形︵連体形など︶を説明することを目的と
して
いる
が︑
よ
り重要なのは︑オランダ語の︱つの文章
の変
化形を列挙
して
いる
こ
と︑加えて︑日本語の形容詞の活用や助動詞を使い分けることで︑原
語の
意味の微妙な差異を的確に訳出していることである︒
ところで︑項目9に﹁以上二十七則ノ語ハ余ガ作為二出タレドモ各本
[謬 ]
ヅク所ナキニ非ズ︒
然レ
ドモ
猶倒置等ノ誤モアルベケレバ後人ノ正シタ
[ マ
ワ]
ハン
事
ヲ希
フ
(3 1
)﹂とあるよ
うに
︑﹁
蘭
学生前父﹂における文例は基本的
に志筑自作のものと考えられる
( 3 2
種本が明示されては) ︒
いな
いも
のの
︑
同語もしくは同文の一部を変化させた文例を列挙する方法や発想は︑セ
ウェ
ル
﹁オランダ語文法﹄(W
i l l em Se we l: Ne de rd uy ht s ce
Spr aa kk o n
<s t . 3 3 )
︶
などの各種オランダ語文典に由来するものと見られる
(3 4)
0
さて
︑﹁
蘭
学生前父﹂の構成や内容を見る限り︑﹁物氏
﹂ ︵
荻生祖株︶︑
﹁ 本
居氏
﹂ ︵
本居宣長︶の学問が蘭書以上に影響を与えていることは疑
いな
い
︒項目5において︑志筑は祖棟﹃訓訳示
蒙﹄
︵一
七三八刊︶を典
拠として﹁応﹂字が推し量る意であることを述べ
( 35 )
︑ま
た︑
宣長﹃古
今集遠鏡﹄︵一七九七刊︶を典拠に︑同じ項目5において助動詞﹁ん
︵む
︶﹂ に推
量の意があること︑項目
1 1 では﹁らん︵らむ︶﹂が疑いの意
を含むことを説いているが(3 6
)︑かかる局所的な利用より︑むしろ前述
したように祖株﹃訳文笞蹄﹄における外国語︵中国語︶に対する翻訳
論を﹁蘭学生前父﹂におけるオランダ語理解と和訳作成に対する理念
としていることに目を向けるべきで︑さらには︑翻訳に対する理念的
側面を祖棟に負う一方︑蘭文の和訳法といった実践的側面に宜
長の
言
語学を利用した形跡が認められることにも注意を払うべきである︒
︻項 目
1 2
六詞 秘訳 井定 格︼
穴 詳
二本]﹁言へる﹂﹁降れる﹂﹁隕たる﹂﹁上たる﹂ナドノ言ヒザマハ本居翁
[学 ]
ノ言葉の玉の緒ニモ見エテ難事ニハアラネドモ︑一向二国字二無
案内ナラン人ハ︑唯﹁言たる﹂﹁降たる﹂ナド︑皆﹁たる﹂ヲ付テ
[ヒン]心得ベシ︒訳二用フルモヨシ︒﹁たり﹂ハ即チ﹁てあり﹂ナリ
o (3 7
)
SPRAAKKONST.
応nde
D E E L W O O R D E N.
D E eIルOOrdenWordenzo.genocmd omdat zy aan de砂 加oordendeel hebben, en ook
を
eboogenwordcnalsdeBfvo,gり 砂 叩?uoorde"; y worden vcrdccld in 『'加aord•g9Cl lvcr/c←如9; zynde dc ecrfl:e Bc ryvend9, als SI de, cn dc loal{te L)'dend9, als G!fl4g991; dcC7,Cwoor: den. wordcn ook in de G,fl叫t9uonder[eheyden, en aid us gcboogen.
l I : │
│
\
5 ー3
E叩 .
De Werkendc Man Des Werkcndcn Man•
Dea Werkendcn Man Den Werkcoden Mao 6 Werkende Man Van den Werkendcn lvhn
Meerv. Nom. DeWcrkcndcMaooen Ge".DcrWcrkendeManttcn
枷,.Den Wcrkende Manoeo Acc. De W crkcodc Maoncn
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図8
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︱ ︱ ︱ ︱
︱ ︱ ︱
‑ l u , l : i t
ー ー
3 3 の 化
m
詞 変 分 た 辺在じ
応こ
文 現 語 る
i
ダ け 格 ンおの ラ に 詞 渇 名 し 蔵とて
ォ f
ェ ル架複し
︑ 単 挙 ウ 版
︒列 セ 年 項 を
その利用を示す発言は︑項目
1 2
の詞の玉緒﹄︵一七八五刊︶から動﹃詞四語の用例を援いた箇所に現れ︑傍線部から志筑が﹁国字︵国学︶﹂
に通じた上で和訳に臨んでいる自負と姿勢が読み取れる︒
また︑﹁蘭学生前父﹂の構成に目を移すと︑和訳にあたる基礎的知識
として︑前半部の項目4に﹁切ル︑詞﹂︵動詞︑助動詞︑形容詞の終止
形︶︑それに続いて項目5に﹁続ク詞﹂︵動詞︑助動詞︑形容詞の連体
形など︶が配置されていることは︑﹃詞の玉緒﹄における﹁すべての詞
づかひに︒切る︑ところとつゞく所とのけぢめあることを︒まづわき
まへおくべし(3 8
)﹂を踏まえていることは明らかである︒無論︑それを
日本語だけでなくオランダ語にも適用し︑蘭日対照形で示していると
ころは志筑の応用である︒
︻項
目
5
続ク 詞︼ , . . . ,
: w
oo
rd
en
d i e
me n g
es
pr
ok
en
h ad
︻曽百之語/言夕語︼
2:
wo
or
de
n
d i e
me n ges
pr oken
h e e f t
言つる語
︻ 既
言
ノ語
/言夕語︼
[マ マ]
3;
wo
or
de
n
d i e
ge
p s ro
ken
wa
ar
en
言
へり
し語︻曽言在之語/言
テア リシ 語︼ 4: w
oo
rd
en
di e ge
sp
ro
ke
n
z i j n
言へる語︻言在之語/言
テア ル語
︼ 5
;
wr oo
d en
d i e men
pr~~ks
en
zou
[ラ]いふべき語
︻ 応
言ノ語/言
テア ロフ 語︼
﹁ 言
てん語﹂トモ訳スベシ︒﹁いひてん﹂﹁ありなん﹂ナド末ヲ
推シハカル意卜本居氏イヘリ︒又﹁応﹂ノ字モ推ハカル意卜 言し語