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密教研究 Vol. 1919 No. 2 007金山 法龍「密教の正意 P183-211」

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全文

(1)

(承

)

佛 教 の 根 本 主 義 を 直 に 提 示 す る せ 云 ふ こ と は 至 難 の こ と で あ る が 、 か の 縁 起 法 身 偈 の 諸 法 因 縁 生 の 義 、 こ れ 佛 教 の 根 本 義 な り と は 、 諸 家 の 一 致 せ る と こ ろ で あ る 。 一 切 佛 教 は 因 縁 生 の 原 理 の 上 に 立 て る も の な る も 、 今 は 報 身 阿 彌 陀 佛 を 本 尊 と す る 淨 土 眞 宗 、 心 不 可 得 を 直 觀 體 達 せ ん と す る 禪 、 三 論 、天 臺 、 華 嚴 等 の 顯 教 、 及 び 法 身 大 日 如 來 の 靈 力 を 顯 得 せ ん と す る 密 教 も 、 凡 て 因 縁 、生 の 義 に 基 く こ ご を 叙 じ 、 後 に 顯教 の 一 切 の 教 は 、 法 身 大 日 如 來 に 歸 す べ き も の な る こ ご を 述 べ よ う と 思 ふ 。 宇 宙 人 生 は 世 界 を 超 越 せ る 神 の 所 造 な ら と 云 ふ 、 超 絶 的 一 神 教 の 説 よ り も 、 萬 有 は 因 縁 生 な □ 密 教 の 正 意 り と 説 く 佛 教 の教 義 は 、 個 々 差 別 の 現 象 の う ち , に 、 存 在 統 一 の 原 理 を 求 め ん と す る 、 現 代 の 科 學 哲 學 の 思 潮 と 相 調 和 す べ き も の が あ る。 盖 し 佛 教 は 因 縁 生 の 義 よ り 世 界 解 釋 を な す も 、 安 心 立 命 の 宗 教 の 第 一 義 を 立 せ ん が 爲 め で あ る 。 顯 教 の 大 乘 佛 教 は 、 萬 有 は 衆 因 縁 生 の 故 に 、 生 ぜ し 物 そ れ 自 身 に 堅 實 の 自 性 な く 、 自 性 無 自 性 空 な る 旨 を 説 き 、 人 生 の 矛 盾 苦 痛 に 惱 め る も の を し て 、 苦 に 定 ま れ る 苦 の 自 性 な く 、 苦 そ の ま ゝ 空 な る 理 趣 を 逹 悟 せ し め 、 煩 惱 衆 苦 の う ち に 居 な が ら 、 苦 惱 の 解 脱 し 、 自 心 の 本 性 に 住 せ し め 、 涅 槃 常 樂 の 宗 教 的 眞 境 に 至 ら し め ん と す る も の で あ る 。 一 八 三

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□ 密 教 研 究 天 臺 の 藏 通 別 圓 の 四 教 の 中 、 通 教 に 明 す 、 因 縁 生 無 生 の 義 に 、 無 量 の 義 趣 を 含 み 、 別 圓 二 教 も 通 教 の 縁 生 無 生 の 理 よ り 出 で し も の に し て 、 釋 迦 如 來 一 代 所 説 の 顯 教 は 、 此 因 縁 生 法 無 自 性 の 原 理 の 上 に 立 て る も な る の が 密 教 殊 に 弘 法 大 師 の 眞 言 宗 は 、 因 縁 生 無 自 性 の 性 の 源 底 に 、 色 心 本 有 の 一 大 實 在 觀 を 立 す る も の で あ る 。 凡 本 布 處 必 有 無 性 理 無 性 邊 有 不 本 有 者 是 故 住 表 徳 本 有 理 者 攝 從 縁 無 性 理 唯 證 無 性 理 行 者 末 知 本 具 功 徳 所 謂 顯 乘 説 法 示 轟 相 縁 起 未 法 令 證 遮 情 無 相 空 理 秘 密 開 示 遮 表 双 證 止 淺 深 異 若 夫 本 有 輪 圓 體 無 無 自 性 功 徳 遇 外 縁 時 可 不 變 爲 諸 法 故 有 常 有 失 攀 縁 起 葉 者 失 本 有 根 故 諸 顯 教 皆 歸 無 性 空 理 ﹁法 性 大 日 義 ﹂ 因 縁 生 無 自 性 と い へ ば 、 無 我 寂 滅 の 消 極 の 思 想 を 顯 す も の の 如 く 思 惟 せ ら る る も 、 必 ず し も 然 ら す 、 龍 樹 菩 薩 の 作 と 稱 せ ら る る 菩 提 心 論 の 勝 義 の 菩 提 心 に 相 説 と 旨 陳 と の 二 門 あ り 、 其 の 説 よ り い へ ば 萬 有 は 定 ま れ 自 性 な き が 故 に 向 上 一 八 四 進 化 す る 旨 を 示 す 。 若 し 惡 人 に 惡 人 の 定 ま れ る 性 あ ら ば 善 人 と な る こ と 出 來 ぬ で あ ら う が 、 惡 入 も 善 人 と な り 、 凡 庸 の 者 も 修 養 に 依 つ て 偉 器 と な り 得 る は 、 凡 て 物 に 固 定 の 性 な き ゆ ゑ で あ る 。 佛 教 に 無 限 の 世 界 を 十 種 に 分 類 し 、 地 獄 、餓 鬼 、 畜 生 、 修 羅 、 人 、 天 、 盤 聞 、 縁 覺 、菩 薩 、佛 と 漸 次 向 上 し 得 る 所 以 を 明 す は 、 全 く 法 の 無 自 性 に 依 る も の で あ る 。 か の 眞 宗 の 阿 彌 陀 佛 の 如 き は 、 因 位 の 五 劫 修 行 に 酬 ゐ て 成 じ た る 果 體 で あ る が 、 阿 彌 陀 佛 の 果 報 を 成 せ ら れ し も 、 萬 法 無 自 性 の ゆ ゑ で あ る さ れ ば 報 身 阿 彌 陀 佛 の 信 仰 も 、 因 縁 生 の 理 よ り 必 然 生 じ 來 る 宗 教 思 想 で あ る。 但 し 因 縁 生 無 自 性 の 本 來 の 教 意 は 相 説 門 に 於 け る 因 果 差 別 、 向 上 進 趣 の 義 よ り も 、 寧 ろ 直 に 無 自 性 平 等 の 理 を 觀 達 す る 旨 陳 の 方 面 仁 存 す る の で あ る 。 即 ち 人 生 の 矛 盾 苦 痛 も 究 竟 無 自 性 に し て 、 苦 に 苦 の 定 ま れ る 自 性 な く 、 苦 本 來 空 な る 理 趣 を 體 達 し 、 一 切 の 苦 相 を 解 脱 し 、 無 念 無 想 直 に 自 心 の 本 性 に 任 す る 旨 趣 を 示 す と こ ろ に 道 の 眞 意 が 存 す る

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の で あ る 。 顯 教 の 大 乘 佛 教 は 何 れ も 此 原 理 の 上 に 立 て る も の に し て 、 三 論 、 天 臺 、 華 嚴 、 禪 等 の 諸 宗 は 此 因 縁 生 無 自 性 の 理 を 明 す 、 淺 深 に 依 っ て 、 其 教 義 自 ら 別 を な せ る ま で ゞ あ る 。 但 し 無 自 性 の 理 を 體 達 す る を 佛 教 の 本 旨 と す と 聞 き 、 佛 教 は 虚 無 主 義 な ら ん と 解 す る も の あ ら ば 、 こ れ ま た 大 な る 誤 謬 で あ る 。 無 自 性 の 性 に 無 量 の 無 漏 の 性 功 徳 を 含 藏 す と は 、 一 切 經 論 の 等 し く 説 示 せ る 所 で あ る。 か の 起 信 論 等 の 如 き は 無 自 性 の 體 は 、 眞 如 一 心 な り と 説 く 。 か く 無 自 性 の 性 に 無 漏 の 性 功 徳 あ り 、 ま た 無 自 性 の 體 は 眞 如 な り 、 法 身 な り と の 釋 あ る も 、 其 實 相 を 述 ぶ る や 、 多 く 否 定 的 に し て 、 無 自 性 の 性 た る 眞 如 は 空 な り 、 無 我 な り 、 不 可 思 議 、 不 可 言 の 無 相 の 境 な り と 説 か ざ る は な し 、 大 師 の 所 謂 觸 顯 綱 以 羝 箸 壅 槽 關 以 税 駕 所 謂 息 化 城 之 賓 愛 楊 葉 之 兒 何 能 得 保 無 蠱 莊 嚴 恒 沙 巳 有 □ 密 教 の 正 意 こ の 無 自 性 の 性 の 秘 藏 を 實 の 如 く 開 顯 せ る も の は 、 弘 法 大 師 の 密 教 で あ る 。 大 師 の 寳 鑰 に 顯 藥 拂 塵 眞 言 開 庫 秘 藏 忽 陳 萬 徳 即 證 或 は 九 種 心 藥 拂 外 麈 遮 迷 金 剛 一 宮 排 内 庫 授 寳 又 覺 鑁 上 人 の 顯 密 二 教 の 淺 深 の 釋 文 に 顯 因 縁 厘 法 密 法 界 本 有 顯 因 分 可 説 密 果 分 可 説 顯 法 身 黒 然 密 性 佛 説 法 顯 性 佛 無 形 密 法 身 右 體 顯 性 身 失 利 密 自 他 竝 益 顯 法 身 無 逋 密 性 佛 靈 用 顯 一 心 爲 本 密 三 等 爲 宗 顯 以 事 歸 理 密 事 理 不 二 顯 理 一 事 異 密 事 理 平 等 顯 教 遮 情 門 密 教 表 徳 門 顯 事 劣 理 勝 密 共 居 殊 勝 此 等 は 何 れ も 、 顯 教 に 無 自 性 の 性 に 無 漏 の 性 功 徳 を 具 す 、 ま た は 無 自 性 の 性 は 眞 如 法 身 な 一 八 五

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□ 密 教 研 究 り と 稱 し な が ら 、 而 も 不 可 説 な り 、 不 可 思 議 な り と 云 ふ 、 眞 如 洪 身 の 實 體 を 開 見 す る も の は 、 密 教 な る こ と を 示 さ れ た る も の で あ る 。 大 師 は 顯 教 に 不 可 説 な り と 云 ふ 、 眞 如 法 身 の 秘 藏 を 開 き 、 人 (人 格 的 ) に 約 し て 毘 盧 遮 那 法 身 と い ひ 法 ( 非 人 格 ) に 約 し て 色 心 本 有 、 三 密 本 有 、 六 大 一 實 、 三 大 圓 融 等 の 法 門 を 立 て ら る 。 即 ち 顯 教 は 因 縁 生 の 俗 論 に は 十 界 の 差 別 を 存 し 、 佛 あ り 衆 生 あ り 、 迷 悟 、 眞 妄 の 區 別 を 見 る も 、 無 自 性 無 相 の 眞 諦 に は 佛 な く 衆 生 な き 一 味 平 等 の 理 な り と 説 く も の な る が 、 弘 法 大 師 の 宗 教 は 一 味 平 等 の 理 な り と 見 る 顯 教 の 眞 諦 に 、 佛 あ り 衆 生 あ り 、 此 眞 諦 の 佛 と 衆 生 と の 感 應 道 交 の 秘 趣 を 明 し 、 衆 生 の 身 心 に 即 し て 佛 身 無 限 の 靈 徳 を 顯 得 す る 即 身 成 佛 の 旨 を 開 示 す る も の で あ る 。 蓋 し 大 師 の 教 の 正 意 は 即 身 成 佛 に あ り 、 し か る に 顯 教 の 如 く 、 我 等 の 身 心 は 衆 因 縁 生 無 自 性 に し て 、 眞 實 の 實 在 性 な き こ と 幻 の 如 く 夢 の 如 し と い ひ 、 或 は 心 の 本 性 は 眞 如 と 同 體 な る も 、 一 八 六 身 は 幻 、 夢 、 陽 炎 の 如 き も の な り 。 衆 生 の 自 性 の 無 自 性 空 寂 な る の み な ら ず 、 諸 佛 の 自 性 も ま た 無 相 無 我 に し て 、 第 一 義 諦 は 佛 な く 衆 生 な き 一 味 の 法 な り と 云 ふ 、 説 の 上 に は 即 身 成 佛 義 立 せ ざ る が 故 に 、 大 師 は 無 自 性 の 源 底 に 六 大 一 實 の 秘 義 を 開 立 し 、 佛 の 體 性 も 本 有 の 六 大 、 衆 生 の 本 性 も 本 有 六 大 、 而 も 冥 然 同 一 體 に し て 、 加 持 無 碍 の 故 に 、 衆 生 の 身 心 に 即 し て 佛 身 を 成 す る 、 即 身 成 佛 の 宗 義 を 立 せ ら れ た の で あ る 。 さ れ ば 即 身 成 佛 義 は 六 大 一 實 の 義 に 依 つ て 明 か に な れ る も の と 云 は ね ば な ら ぬ 。 問 今 眞 蜜 教 意 依 何 道 理 立 即 身 成 佛 義 乎 答 義 門 雖 無 量 暫 述 大 綱 者 有 二 義 一 者 一 切 衆 生 色 心 實 相 故 者 法 身 如 來 色 相 莊 嚴 故 所 謂 色 心 實 相 義 者 衆 生 雜 染 父 母 所 生 肉 身 即 本 有 金 剛 躰 性 故 當 相 即 本 初 不 生 也 本 不 生 即 是 佛 躰 故 衆 生 色 心 實 相 直 名 毘 廬 遮 那 平 等 智 身 也 次 法 身 色 相 者 諸 佛 法 身 理 智 躰 性 也 理 即 五 大 智 即 識 大 也 仍 六 大 本 有 躰 稱 理 智 法 身 ( 中 畧 ) 依 此 二 義 立 即 身 成 佛 義 也 如 諸 教 談 者 九 界 迷 人 身 心 共 假 名 也 無 實 體 故 非 當 相 即 佛 仍 捨 雜 染 色 心 哨成 無 爲 佛 體 諸 佛 法 身 寂 滅 無 相 如 虚 空 ﹁ 故 成

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佛 位 無 有 身 心 依 之 能 成 行 人 假 名 無 實 無 即 身 實 義 所 成 法 身 寂 滅 無 相 無 成 佛 馗 理 但 妄 盡 眞 顯 名 成 佛 也 依 之 法 華 説 終 歸 於 空 華 嚴 判 情盡 躰 露 是 故 諸 教 中 曾 無 即 身 成 佛 義 此 教 不 爾 衆 生 躰 性 本 有 無 作 故 當 相 即 佛 也 諸 佛 法 身 色 相 荘 嚴 故 即 衆 生 成 佛 躰 云 々 ﹁東 聞 記 ﹂ 一 般 佛 教 の 因 縁 生 無 自 性 説 と 密 教 の 色 心 本 有 の 義 と は 、 相 異 せ る 雨 説 の 如 く 思 惟 せ ら る ゝ も 無 自 性 の 法 性 に 具 せ る 無 漏 の 性 功 徳 藏 を 開 見 せ る も の は 、 眞 言 の 教 養 で あ る 。 こ れ 眞 言 宗 は 如 來 内 證 の 甚 深 秘 藏 を 開 演 す と 云 ふ 所 以 で あ る 。 以 上 に て 佛 教 は 因 縁 生 の 義 を 本 義 と せ る も の な る こ と を 述 べ し が 、 同 じ く 因 縁 生 の 説 を 明 す も 、 小 乘 佛 教 は 三 世 實 有 法 體 恒 有 の 義 の 上 に 、 因 縁 生 の 法 門 を 立 つ る が 故 に 、 因 縁 生 有 自 性 の 説 と な る 。 顯 教 の 大 乘 佛 教 は 因 縁 生 無 自 性 の 原 理 の 上 に 立 て る も の な る が 、 密 教 は 六 大 法 界 體 性 の 縁 起 を 明 す が 故 に 、 文 相 よ り い へ ば 小 乘 に □ 密 教 の 正 意 似 て 因 縁 生 有 自 性 の 説 と な る 。 但 し 小 乘 は 有 爲 法 の 上 の 因 縁 有 自 性 説 に し て 、 密 教 は 無 爲 法 性 界 中 の 本 有 六 大 の 縁 起 説 な る が 故 に 、 因 こ れ 六 大 法 界 、 縁 こ れ 六 大 法 界 、 因 縁 所 生 の 法 も ま た こ れ 六 大 法 界 な り 。 即 身 義 に 如 是 六 大 法 界 躰 性 所 成 之 勇 無 障 無 碍 同 住 實 際 常 住 不 變 即 ち 密 教 は 因 縁 の 實 體 の 本 有 常 住 を 説 く の み な ら ず 、 因 縁 所 生 の 人 體 の 本 有 を 明 し 、 人 法 本 有 の 理 趣 を 開 示 し 、 人 法 二 空 を 宗 と す る 普 通 佛 教 と 天 地 懸 別 の 差 が あ る 。 上 來 の 所 述 を 要 約 す れ ば 、 顯 教 の 大 乘 教 は 因 縁 の 無 自 性 を 觀 じ 、 無 執 無 念 に し て 生 死 の 迷 執 を 離 る と 共 に 、 因 縁 差 別 の 有 を 觀 じ 、 慈 悲 の 妙 業 を 全 う す べ き を 説 く 、 即 ち 有 空 不 二 の 法 門 に 依 り 無 我 と 慈 悲 、 止 觀 双 修 し て 大 菩 提 を 成 す べ き 道 を 示 す も の 、 淨 土 門 の 報 身 阿 彌 陀 佛 の 信 仰 も 、 因 縁 無 自 性 の 説 よ り 出 で 、 ま た 眞 言 の 色 心 本 有 説 も 、 衆 因 縁 無 自 性 の 性 に 具 す る 無 蠱 莊 嚴 藏 を 開 説 し 、 生 佛 體 性 本 有 の 理 を 宣 暢 し 、 入 我 一 八 七

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□ 密 教 研 究 々 入 、 三 密 加 持 、 即 身 成 佛 の 理 趣 を 明 す も の な る こ と の 一 端 を 述 べ し が 、 以 下 此 等 佛 教 の 諸 説 凡 て 眞 言 の 法 門 に 歸 す ぺ き も の 、 即 ち 眞 言 宗 は 一 切 佛 教 の 歸 趣 な る こ と を 論 ず る で あ ら う 。 大 師 の 説 示 に よ れ ば 、 一 切 佛 教 の 歸 趣 は 秘 密 輿 言 宗 に あ り 、 即 身 成 佛 義 に は 一 切 佛 法 の 本 旨 は 即 身 成 佛 に あ る こ と を 明 し 、 是 四 字 含 無 邊 義 一 一 切 佛 法 不 出 此 一 句 と い ひ 、 秘 藏 智 鑰 に は 九 種 住 心 無 自 性 、 轉 深 轉 妙 皆 是 因 、眞 言 密 教 法 身 説 、 秘 密 金 剛 最 勝 眞 、 と 釋 し 、 理 趣 經

便

無 有 是 處 又 は 大 日 經 疏 に は 横 統 一 切 佛 教 こ い へ り 、 此 等 は 密 教 は 一 切 佛 教 を 統 攝 し 、 一 切 佛 法 は 密 教 に 歸 す べ き 旨 を 示 さ れ た る 女 な る が 、 大 日 經 の 三 句 、 三 劫 、 菩 提 心 論 の 三 種 の 菩 提 心 、 大 師 の 顯 密 二 教 、 十 住 心 等 の 法 門 は 、 こ れ 一 切 佛 教 統 一 の 原 理 は 密 教 に あ り と し 、 一 一 八 八 切 佛 教 を 密 教 に 統 攝 し て 釋 せ ら れ た る も の で あ る 。 今 此 等 祖 釋 に 依 り 一 代 佛 教 は 密 教 に 歸 す べ き も の に て 、 密 教 は 一 切 佛 教 の 歸 結 で あ る こ と の 一 端 を 述 ぶ る で あ ら う 。 佛 教 の 因 果 差 別 門 よ り い へ ば 、 迷 悟 、 染 淨 の 縁 起 を 明 し 、 五 戒 十 善 を 修 し 、 人 天 の 果 報 を 得 四 諦 十 二 因 縁 を 觀 行 し て 、 小 乘 の 有 餘 無 餘 の 二 涅 槃 を 成 じ 、 三 大 無 數 劫 に 六 ハ 度 萬 行 を 修 し 、 菩 提 、 涅 槃 の 妙 果 を 得 る 道 を 示 す 。 而 も 大 乘 佛 教 の 本 義 よ り い へ ば 所 謂 大 乘 因 果 皆 是 實 相 に し て 因 果 と 實 相 、 差 別 と 平 等 と の 一 如 不 二 を 説 く 隨 つ て 、 因 果 差 別 と 實 相 平 等 と の 不 二 一 如 を 明 か さ ゞ る 、 因 果 因 縁 の 義 は 皆 妄 説 な り 、 假 論 な り 芝 し 、 菩 提 心 論 に は 、 因 果 と 實 和 と の 一 如 を 説 か ざ る 法 相 宗 ま で を 勝 義 菩 提 心 の 相 説 に 屬 し 其 教 の 未 了 義 な る を 示 す 。 即 ち 人 天 の 果 報 も 生 死 の 迷 界 を 出 で ず 、 二 乘 の 湟 槃 も 眞 の 大 湟 槃 に あ ら ず 、 法 相 大 乘 の 菩 提 浬 槃 の 妙 果 も 、 な ほ こ れ 權 佛 乘 た る を 脱 か れ ず と 。

(7)

先 徳 の 淨 土 門 に 對 す る 判 釋 を 見 ざ れ ど も 、 淨 土 門 は 凡 聖 因 果 差 別 の 方 面 に 教 を 立 て た る も の な る が 故 に 、 勝 義 菩 提 心 の 相 説 門 に 屬 す べ き も の と 思 ふ 。 淨 土 門 は 因 果 差 別 の 方 面 に 教 を 立 つ る も 、 固 よ り 因 果 と 實 相 不 二 の 上 の 説 な れ ば 、 法 相 宗 と 同 一 に 見 る べ き も の に あ ら ざ る は 勿 論 な る も 、 因 果 差 別 の 方 面 に 偏 せ る こ と 、 及 び 因 果 と 實 相 一 如 の 理 も 、 こ れ ま た 顯 教 の 無 自 性 の 理 で あ る 。 因 縁 所 生 の 法 は 無 自 性 空 な り と の 説 は 、 一 面 よ り い へ ば 因 縁 生 法 は 永 劫 の 實 在 性 な き も の と も 解 せ ら る 。 さ れ ば 法 藏 菩 薩 因 位 に あ り 五 劫 修 行 に 報 ゐ て 圓 成 せ ら れ た る 報 身 の 身 土 も 、 因 縁 に 依 つ て 滅 ず る こ と あ り と い ひ 得 ら る る で あ ら う 。 即 ち 阿 彌 陀 佛 も 秘 密 の 法 身 毘 盧 遮 那 の 常 住 本 有 の 光 明 を 以 て 加 持 せ ら れ ず ば 、 永 劫 性 を 失 す る こ と に な り は せ ぬ か 。 觀 音 授 記 經 に 阿 彌 陀 佛 入 涅 槃 後 、 觀 世 音 菩 薩 次 補 佛 處 と 云 ふ 文 あ り 、 此 文 に つ き 導 綽 禪 師 の 安 樂 集 、善 導 大 師 の 觀 經 立 義 分 、 親 鸞 上 人 の 教 行 信 證 等 に □ 密 教 の 正 意 會 釋 あ る も 、 而 も 經 意 は 阿 彌 陀 佛 の 身 土 は 因 縁 酬 答 の 報 果 の 色 身 の 故 に 、 遂 に 涅 槃 に 入 る と の 意 で あ ら う 。 大 乘 , 因 果 皆 是 實 相 な り と 云 ふ 大 乘 佛 教 の 本 義 は 三 論 宗 よ り 演 説 せ ら る。 即 ち 三 論 宗 は 因 縁 生 ( 因 果 ) 無 自 性 (實 相 ) の 義 を 力 説 し 、 一 切 皆 空 の 理 を 立 つ る も の で あ る 。 嘉 鮮 大 師 の 中 觀 論 の 疏 に 若 識 佛 法 是 因 縁 即 須 知 因 緑 生 畢 竟 寂 滅 若 不 爾 即 不 識 因 縁 義 此 進 退 之 言 定 佛 法 之 得 失 也 (中 畧 ) 問 因 緑 生 云 何 寂 滅 答 他 云 因 縁 生 是 世 諦 寂 滅 是 眞 諦 於 因 縁 寂 滅 中 更 起 眞 俗 見 也 今 明 因 縁 生 宛 然 而 常 寂 滅 (中 畧 ) 彼 巳 寂 滅 誥 然 大 均 即 是 涅 槃 故 因 縁 衆 生 宛 然 即 是 大 涅 槃 法 華 明 諸 法 從 本 來 寂 滅 即 是 涅 槃 今 亦 爾 ( 中 略 ) 了 衆 生 寂 滅 即 波 若 母 寂 滅 衆 厘 即 方 便 父 三 世 佛 由 此 而 生 識 因 縁 一 句 遍 通 一 切 佛 法 一 也 云 々 か か る 三 論 の 空 義 を 聞 か ん も の は 、 佛 教 な る も の は 、 一 種 の 虚 無 生 義 な ら ん と 誤 解 す る に 至 一 八 九

(8)

□ 佛 教 研 究 る や も 知 る べ か ら ず 。 西 洋 人 の 佛 教 を 解 す る も の を 見 る に 徃 々 か か る 誤 謬 に 墜 れ る 者 が あ る 。 こ は 今 日 に 始 ま れ る こ と に あ ら ず し て 、 印 度 に 於 て 無 相 大 乘 の 隆 盛 の 時 代 に 、 外 道 が か か る 疑 難 を 懷 し と 見 ぬ て 、 分 別 明 菩 薩 の 般 若 燈 論 に 外 道 が 佛 教 の 空 義 を 疑 難 せ る に 對 す る 會 釋 あ り 。 外 道 謂 へ ら く 佛 教 は 因 緑 生 無 自 性 を 説 き 、 無 我 空 寂 の 理 を 教 の 本 體 と な し 、 眞 如 法 身 と 稱 す 。 而 も 其 法 身 た る や 無 意 識 の 空 理 な れ ば 、 其 眞 身 あ る こ と な く 、 ま た 大 慈 悲 な く 、 ま た 説 法 な し 此 の 如 き 理 を 教 の 本 體 と せ ば 佛 教 な る も の も 、 存 在 す べ か ら ざ る は す な り と 。 か か る 外 道 の 難 問 に 對 す る 會 釋 あ り 、 曰 く 佛 教 の 眞 諦 た る 法 身 佛 は 外 道 所 難 の 如 く 、 寂 滅 無 相 に し て 説 法 あ る こ と な け れ ど も 、 三 大 無 數 劫 に 修 行 成 滿 せ る 報 身 佛 、 應 身 佛 あ り 、 よ く 説 法 し 、 大 慈 悲 を 以 て 衆 生 を 攝 取 し 給 ふ っ 即 ち 佛 教 は 第 一 義 諦 の 無 我 空 を 説 く も 、 こ の 空 は 有 の 外 な る 空 に あ ら ず 、 有 宛 然 と し て 空 な る が 故 に 、 空 を 説 く も 因 縁 差 別 の 有 を 壞 せ ず 、 隨 つ て 此 因 一 九 〇 縁 生 の 有 の 方 面 よ り 見 れ ば 十 界 の 差 相 歴 然 た り 此 の 如 ぐ 有 空 中 道 の 妙 趣 を 説 く は 佛 教 な る が 故 に 、 其 半 面 の み 見 て 難 ず と も 固 よ り 當 ら ざ る な り と 。 思 ふ に 大 乘 佛 教 は 有 空 不 二 の 妙 理 を 説 き 、 衆 生 を し て 止 觀 双 修 し 、 智 悲 双 べ 行 じ 、 佛 果 菩 提 を 成 す る 道 を 示 す も の で あ る 。 大 智 の 故 に 無 自 性 の 法 性 を 觀 じ 、 生 死 に 住 せ ず 、 大 慈 悲 の 故 に 因 縁 の 有 を 覿 じ 、 衆 生 の 救 度 を 事 と し て 涅 槃 に 住 せ ず 、 か く 有 空 不 二 、 止 觀 双 修 、 無 我 の 大 智 と 慈 悲 の 妙 行 を 全 う す る は 、 こ れ 大 乘 佛 教 の 二 大 精 神 に し て 、 大 乘 の 經 論 は 何 れ も 此 理 趣 を 説 か ぬ も の は な い 。 上 に 擧 げ た る 中 槻 論 疏 に 了

便

佛 由 此 而 生 と は 、 以 上 の 意 義 を 示 さ れ た る も の で あ る 。 前 逃 の 般 若 燈 論 に 出 つ る 外 道 と の 疑 難 應 答 は 二 教 論 に 引 用 せ ら れ た る 文 意 な る が 、 大 師 は 何 故 に 外 道 が 佛 教 を 難 せ し 文 を 掲 出 せ ら れ た る や

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祖 意 量 り 難 た け れ ど も 、 思 ふ に 世 人 、 佛 教 は 因 縁 生 無 自 性 無 我 を 本 義 と す と 聽 き 、 空 理 に 悟 入 す る を 主 .と す る 寂 靜 主 義 な ら ん と 解 せ ん こ と を 恐 れ 、 無 自 性 の 空 を 説 く も 、 因 縁 の 有 を 離 れ ざ る 空 な る か 故 に 、 無 我 に 住 し 妄 我 を 離 れ 、 而 も 因 縁 の 有 に 出 で ゝ 大 慈 悲 の 妙 業 を な す 、 こ れ 大 乘 佛 教 の 本 義 な る こ と を 知 ら し む る と 共 に 、 外 道 の 所 難 の 如 く 顯 教 の 大 乗 佛 教 の 第 一 義 は 無 自 性 の 室 理 に し て 、 體 も な く 靈 用 も な き 非 人 格 の 法 で あ る 。 か ゝ る 非 人 格 の 法 を 教 の 本 體 と し 、 無 神 論 的 傾 向 あ る 教 義 を 有 神 論 的 に 説 き 、 法 身 は 靈 活 無 碍 の 體 に し て 衆 生 攝 取 の 妙 用 あ り 、 三 世 常 恒 に 三 平 等 句 の 法 門 を 演 説 せ る 佛 身 な る 旨 を 開 説 せ る も の は 、 密 教 な る こ と を 明 か さ ん と し て 、 か ゝ る 文 を 引 用 せ ら れ た も の で あ ら う 。 洵 に 冷 灰 な る 一 味 の 理 を 教 の 體 と せ る 佛 教 に 、 靈 氣 を 附 與 し た る も の は 大 師 の 佛 教 で あ る 。 印 度 の 大 乘 佛 教 は 衆 因 縁 の 有 ど 無 自 性 の 空 と の 不 二 平 等 を 説 き な が ら 、 尚 空 を 偏 重 す る 傾 き □ 密 教 の 正 意 あ り し が 、 支 那 に 入 つ て 寧 ろ 其 衆 因 縁 の 有 を 重 ん ず る 傾 向 を 生 じ た 。 即 ち 萬 有 は 衆 因 縁 所 生 に し て 、 生 ぜ し 物 そ れ 自 身 に 固 定 の 性 な き が 故 に 、 萬 有 互 に 相 即 無 碍 、 自 在 に し て 、 一 に 一 切 を 攝 盡 す る 、 圓 融 無 碍 を 説 く 天 台 、 華 嚴 の 教 義 が 成 立 す る に 至 つ た 。 天 台 の 一 念 三 千 、 三 諦 圓 融 、 華 嚴 の 事 々 無 碍 圓 融 も 、 凡 て こ れ 衆 因 縁 無 自 性 の 理 よ り 成 す る も の で あ る 。 即 ち 萬 有 は 其 本 性 各 々 有 自 性 な ら ば 、 互 に 障 壁 あ り 無 碍 し 得 ざ る も 、 其 本 性 無 自 性 の 故 に 、 無 碍 無 障 に し て 、 萬 法 互 に 相 即 し 、 一 法 に 一 切 を 圓 具 す。 さ れ ば 天 台 に は 一 切 詩 法 無 非 心 性 一 性 無 性 三 千 宛 然 法 華 玄 義 釋 籖 と い ひ 、 又 別 行 宣 記 に は 以 三千 法 皆 因 縁 生 是 故 一 一 即 空 假 中 、 三 諦 亙 具 非 縱 非 横 華 嚴 の 五 教 章 に は 只 由 無 性 得 成 一 多 縁 起 演 義 鈔 に 日 く 由 事 理 無 碍 方 得 事 事 無 得 一 九 一

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□ 密 教 研 究 天 台 の 一 念 三 千 、 華 嚴 の 事 々 無 碍 法 界 の 理 、 何 れ も 一 塵 一 法 無 限 の 理 趣 を 包 含 ず る 實 相 法 身 の 體 な る 旨 を 明 す も の に て 、 眞 言 宗 の 當 相 即 道 、 即 事 而 眞 の 説 と 卒 ち 見 れ ば 異 な り が な い や う で あ る 、 さ れ ば 學 佛 の 徒 の 中 に は 、 天 台 の 三 諦 圓 融 と 密 教 の 阿 字 の 三 諦 ど 同 な り 、 或 は 華 嚴 の 事 々 無 碍 の 事 々 の 體 を 六 大 と 説 く は 密 教 に し て 、 其 教 理 歸 趣 一 な り と 見 る も の も あ る 。 而 も か ゝ る 所 論 は こ れ 未 だ 大 師 の 天 台 、 華 嚴 の 教 理 も な ほ こ れ 無 明 因 分 の 教 と し て 、 こ れ 以 上 に 高 く 密 教 の 立 場 を 開 示 せ ら れ た る 、 立 教 開 宗 の 根 本 精 神 を 了 せ ざ る も の ゝ 言 で あ る 。 上 述 の 如 く 天 台 華 嚴 の 二 宗 も 衆 因 縁 無 自 性 の 原 理 を 出 で ず 。 衆 因 縁 無 自 性 の 説 は 、 こ れ 衆 因 縁 の 假 相 に 愛 執 す る 著 我 の 妄 執 を 拂 除 す る を 生 と す る 教 な れ ば 、 大 師 は 此 等 の 諸 教 は 凡 て こ れ 無 明 を 帶 せ る 因 人 の 教 な り と 判 せ り 。 邸 ち 始 め 小 乘 よ り 法 相 、 三 論 、 天 台 、 華 嚴 等 の 衆 因 縁 無 自 性 の 原 理 に 立 つ 教 は 、 こ れ 我 執 を 空 す る を 主 と せ る も の に し て 、 直 に 法 身 大 我 の 眞 際 に 往 し 、 大 我 の 眞 光 を 開 見 一 九 二 す る 道 を 示 さ ざ る 教 な り ど 見 給 ふ 。 蓋 し 天 台 華 嚴 等 は 因 縁 無 自 性 の 原 理 よ り 、 一 念 三 千 、事 々 圓 融 、 有 限 相 對 の 事 々 物 々 に 無 限 絶 對 の 理 趣 を 觀 ん と す る も の な る も 、 大 師 の 教 よ り い へ ば こ れ 眞 の 絶 對 無 限 に あ ら ず 、 先 徳 の 釋 に 顯 理 所 生 末 密 事 能 生 源 と い へ り 。 所 謂 縁 起 所 生 の 末 法 た る 相 對 有 限 の 現 象 に つ き 、 衆 因 縁 無 自 性 の 義 よ り 事 々 圓 融 の 説 を 立 す る も 、 此 の 如 き は こ れ 相 對 有 限 物 、 相 互 の 障 壁 を 徹 し た る ま で 也 。 こ ゝ に 事 々 圓 融 の 義 成 す る も 、 こ れ 相 對 有 限 物 の 積 集 に し て 、 眞 の 絶 對 無 限 に あ ら ず 、 因 縁 無 自 性 の 原 理 よ り し て は 、 如 何 に 諸 法 實 相 、無 壷 法 界 の 義 を 明 す も 、 究 竟 は 高 有 は 實 在 性 な き 、 幻 化 、 泡 沫 、 影 像 の 虚 妄 に 等 し き も の と 觀 じ 去 る こ ど に 歸 し 、 大 空 無 我 の 淌 極 觀 に 墮 す 。 か ゝ る 説 の 上 に は 眞 の 即 事 而 眞 、 即 身 成 佛 の 義 成 立 せ ざ る が 故 に 、 大 師 は 無 自 性 法 性 の 源 底 に 色 心 本 有 の 實 在 觀 を 立 し 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 の 靈 格 を 證 示 し 、 一 切 衆 生 を し て 最 初 よ り 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 の 三 昧 道 に 住 す

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る 即 身 成 佛 の 道 を 示 さ れ た の で あ る 。 而 し て 天 台 の 一 念 三 千 ど 華 嚴 の 事 々 無 碍 法 界 説 、 こ れ 紫 朱 辨 じ 難 き 教 な る も 、 大 師 は 大 日 經 三 刧 段 の 釋 文 等 に 依 り 、 天 台 よ り 華 嚴 を 勝 れ た り と な す 。 但 し 天 台 と 華 嚴 の 深 淺 談 容 易 の こ と な ら ず 、 二 宗 の 差 異 種 多 の 方 面 よ り 論 ぜ ね ば な ら ぬ が 、 二 宗 の 深 淺 を 論 ず る 一 義 に . 天 台 は 事 理 無 碍 、 華 嚴 は 事 々 無 碍 に し て 、 事 々 無 碍 説 の 事 理 無 碍 よ り 一 徃 勝 る ゝ 義 あ る を 所 由 と し て 、 華 嚴 の 殊 勝 を 説 く こ と あ る も 、 今 天 台 よ り 華 嚴 を 勝 れ た り と な す 所 以 は 、 此 等 の 説 に 異 な る が 、 即 ち 天 台 は 因 分 に 在 つ て 因 分 な る こ を と 知 ら ざ る も 、 華 嚴 は 因 分 に 居 な が ら 暗 に 果 分 の 實 在 (秘 密 曼 茶 羅 境 界 ) を 認 む る が 故 に 天 台 よ り 華 嚴 を 勝 れ た り と な す 。 さ れ ば 先 徳 天 台 を 醉 中 に 居 な が ら 醉 ゐ る こ と を 知 ら ざ る も の に 比 し 、 華 嚴 を ば 醉 中 に 自 ら 醉 ゐ る を 幾 分 自 覺 せ る に 喩 ふ 。 此 義 を 委 釋 せ ん に は 、 因 心 の 無 生 を 觀 じ 、 此 無 生 の 一 心 に 住 す る と き 、 諸 佛 の 驚 覺 開 示 を 蒙 り 、 無 生 の 一 心 こ れ 道 の 究 竟 に あ ら ざ る を 知 り 、 無 □ 密 教 の 正 意 生 の 一 心 よ り 立 つ て 、 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 の 果 地 に 進 趣 す る 行 相 、 即 ち 無 生 眞 如 の 理 に 契 合 せ る 極 致 に 於 て 、 更 に 毘 廬 遮 那 法 身 の 靈 格 の 光 明 を 仰 ぐ に 至 る 菩 提 心 の 轉 生 の 相 を 明 す 、 十 住 心 中 の 第 八 、 九 、 十 の 住 心 に つ き 叙 せ ざ る べ か ら ざ る も 、 今 は 眞 に 天 台 、 華 嚴 の 所 明 に 依 つ 、て 釋 せ ん 。 凡 そ 天 台 宗 は 法 華 經 に 依 つ て 開 宗 せ ら れ た る 宗 で あ る 。 而 し て 法 華 經 は 敗 種 の 二 乘 を し て 作 佛 得 果 せ し む る を 經 旨 と す 。 即 ち 如 來 成 道 第 二 七 日 海 印 定 中 一 時 炳 現 の 自 覺 内 證 を 説 き 給 へ る 華 嚴 の 會 座 に 如 聾 如 盲 た り し 、 二 乘 の 作 佛 を 明 す に あ り 。 敗 種 の 二 乘 も 作 佛 得 果 し 得 る 所 以 は 諸 法 實 相 の 理 に 依 る 。 さ れ ば 法 華 玄 義 の 第 九 に 法 華 經 の 經 體 を 明 し 、 實 相 一 乘 な り と 云 ふ 。 諸 法 實 相 と は 所 謂 、 三 千 圓 具 の 妙 理 で あ る 。 天 台 に て は 窮 子 そ の ま ゝ が 長 者 な る が 故 に 、 因 果 不 二 の 義 を 明 す も 因 を 本 と し 、 理 事 不 二 の 義 も 、 事 の 色 心 の 外 に 理 の 本 有 の 色 心 な く 、 衆 生 の 身 一 九 三

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□ 密 教 研 究 心 の 當 體 、 こ れ 本 有 常 住 の 法 身 毘 盧 遮 那 の 體 な る 旨 を 説 き 、 萬 有 の 奥 に 深 く 潜 め る 能 生 の 本 體 と か 、 實 在 と か 云 ふ も の を 立 て な い 。 故 に 摩 訶 止 觀 五 之 三 に 攝 大 乘 論 の 阿 黎 耶 説 や 、 十 地 論 の 眞 妄 依 法 性 義 を 破 し て あ る 。 天 台 に 縁 起 の 説 あ る も 、 横 に 萬 法 の 實 相 を 觀 り る 實 相 論 が 主 で 萬 有 は 本 有 無 作 の 實 相 に し て 別 に 能 造 の 體 は な や 、 十 界 の 諸 法 は 宛 然 と 並 び 立 ち 、 而 も 自 性 無 性 、 體 性 互 融 の 妙 理 を 三 千 圓 融 の 實 相 と 名 く 、 か く 萬 有 は 塵 融 に し て 三 千 圓 具 の 妙 體 な る を 知 ら ず 、 諸 法 の 上 に 差 別 の 情 を 起 し 、 寂 光 土 の 中 に 居 な が ら 、 自 ら 牢 獄 を 造 り 、 三 毒 の 苦 に 逼 迫 せ ら れ つ ゝ あ る は 、 生 死 の 衆 生 な り 。 .如 來 か ゝ る 迷 途 の 衆 生 を 愍 み 、 萬 有 に 我 他 彼 此 の 差 別 な き 、 三 千 圓 具 の 實 相 の 理 を 説 き 、 凡 夫 の 迷 情 を 破 し 、 直 に 虚 融 の 實 相 を 觀 達 せ し め ん と す る も の で あ る 。 大 師 は 二 教 論 、 寳 鑰 、 十 住 心 論 等 に か ゝ る 天 台 の 所 説 を 批 判 し て 、 入 佛 道 の 初 門 な り 、 無 相 不 可 説 の 理 を 本 と せ る 遮 情 教 な り 、 無 明 因 分 の 教 に し て 、 未 だ 如 來 自 證 の 果 分 を 明 か 一 九 四 さ ゞ る も の と 説 示 せ ら る 。 即 ち 寳 鑰 に 第 八 住 心 な ほ 遮 情 教 な る 所 以 を 釋 し て 非 青 非 黄 等 言 並 是 明 法 身 眞 如 道 無 爲 之 眞 理 佛 説 此 名 初 法 明 道 智 度 名 入 佛 蓮 初 門 言 佛 道 者 指 金 剛 界 宮 大 日 曼 荼 羅 佛 於 諸 顯 教 是 究 竟 理 智 法 身 望 眞 言 門 是 則 初 門 文 二 教 論 に 天 台 宗 の 尚 こ れ 人 佛 道 の 初 門 な る こ と を 明 し て 喩 日 此 宗 所 親 不 過 三 諦 念 心 中 即 具 三 諦 以 此 爲 妙 至 如 彼 百 非 洞 遣 四 句 皆 亡 唯 佛 典 佛 乃 能 究 盡 此 宗 他 宗 以 此 爲 極 此 則 顯 教 關 楔 但 眞 言 藏 家 以 此 爲 入 道 初 門 不 是 秘 奥 仰 覺 薩 堙 不 可 不 思 大 師 は 空 性 無 境 の 一 心 に 證 入 し 、 恰 も 二 乘 の 沈 空 に 等 し く 、 上 は 諸 佛 の 求 む べ き を 見 ず 、 下 と ゆ 衆 生 の 度 す べ き を 見 ず 、 自 ら 無 生 の 一 心 に 住 し て 、 究 竟 の 涅 槃 を 體 得 せ る と 謂 ふ 、 十 住 心 中 の 第 八 住 心 に 天 台 の 教 義 を 配 屬 し 給 ふ 。 即 ち 第 八 住 は 能 攝 の 住 心 に し て 天 台 は 其 住 心 に 配 屬 せ ら れ た る 所 攝 の 宗 教 な り 。 第 八 住 心 の み な ら ず 他 の 住 心 に て も 能 攝 の 住 心 と 所 攝 の 宗 教 と 、 所 明

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の 理 趣 全 然 一 致 せ ざ る こ と あ る も 、 義 の 相 應 に 依 つ て 配 屬 せ る も の な り 。 天 台 よ り い へ ば 大 日 經 に 明 す 第 八 住 心 は 無 相 の 一 心 に 、 沈 空 滯 寂 せ る も の な る や も 知 ら ざ れ ど も 、 天 台 は 必 ず し も 無 相 の 空 理 を 教 の 極 致 と せ る も の に あ ら ず し て 、 一 切 諸 法 、 三 千 三 諦 圓 具 の 妙 法 な る 理 趣 を 明 し 、 一 念 に 具 す る 三 千 三 諦 の 實 相 を 觀 成 す る を 宗 旨 と す る も の な れ ば 、 第 八 住 心 に 配 屬 し 、 或 は 天 台 は 籍 斷 心 滅 の 境 を 極 致 と 釋 す る が 如 き は 、 當 ら ざ る べ し と 云 ふ で あ ら う が 、 眞 言 よ り 見 れ ば 、 天 台 も 究 竟 は 言 斷 心 滅 、 眞 諦 無 相 の 法 を 極 致 と す と 云 ふ こ ご に 歸 す o 蓋 し 高 祖 大 師 が 天 台 を 十 住 心 中 の 第 八 住 心 に 攝 在 し 、 或 は 無 相 絶 離 の 法 を 極 致 と す と 判 ぜ ら れ た る は 、 天 台 宗 の 大 成 者 た る 智 者 大 師 の 釋 又 に 依 れ る も の で あ る 。 而 る に 支 那 に 於 け る 天 台 宗 は 、荊 溪 湛 然 に 依 つ て 、 其 眞 義 發 揮 せ ら れ 、 宋 朝 に 入 つ て 所 謂 山 家 、 山 外 の 法 義 の 論 爭 あ り 後 の 天 台 學 者 は 山 家 の 四 明 知 禮 の 説 を 智 者 大 師 及 □ 密 教 の 正 意 び 荊 溪 尊 者 の 正 意 を 傳 へ た る 正 統 派 と 目 す る も 虚 心 坦 懐 智 者 荊 溪 の 釋 を 見 る に 、 山 外 の 説 或 は 智 者 荊 溪 の 眞 意 を 得 た る も の な る や も 知 る べ か ら ず 。 山 家 と 山 外 の 異 説 を 詳 述 す る 餘 裕 な き も 、 今 密 教 よ り 天 台 を 判 ず る に つ き 、 要 義 と 思 は る ゝ 一 二 の 點 を 擧 ぐ れ ば 、 事 理 の 解 釋 の 如 き は 山 家 は 事 理 に 各 々 總 別 あ り と し 、 平 等 の 理 に も 差 別 の 別 の 義 あ り 、 差 別 の 事 に も 平 等 の 惣 の 義 あ り と 論 ず る に 反 し 、 山 外 は 理 惣 事 別 に し て 理 平 等 の 中 に 差 別 の 別 を 立 て ず 、 或 は 山 家 は 空 假 中 の 三 諦 に 何 れ も 三 千 を 具 す と 云 ふ も 、 山 外 は 空 中 を 理 と し 、 假 諦 を 事 と し 、 事 具 の 三 千 は た .ゞ 假 諦 に あ り て 空 中 に な し 、 或 は ま た 山 家 は 忘 心 を 觀 境 と し 、 山 外 は 眞 心 を 觀 境 と す 等 の 相 違 が あ る 。 而 し て 第 八 住 心 は 空 性 無 境 の 一 心 に 住 す る 位 な り と い へ ば 、 平 等 の 理 中 に 直 に 差 別 の 別 を 見 ず 、 ま た 假 諦 に 三 千 を 具 す る も 空 中 に 三 千 の 差 相 を 立 せ ず 、 觀 心 よ り 云 ふ も 絶 對 の 眞 如 心 を 觀 す と 云 ふ 山 外 の 説 に 親 し き も の が あ る 。 さ れ 二 九 五

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□ 密 教 研 究 ば 先 徳 に し て 天 台 の 遮 情 教 な る 所 以 を 明 か さ ん と し て 、 天 台 は 差 別 の 相 を 見 ざ る 中 道 を 至 極 と す と の 義 を 立 つ る も 、 こ れ ら は 天 台 の 異 解 者 と 稱 せ ら る ゝ 山 外 乃 説 に は 當 ら ん も 、 山 家 よ り 、 い へ ば 、 か ゝ る 所 難 は 凡 て 當 ら ず と 云 ふ で あ ら う 。 今 山 家 四 明 の 説 、 即 ち 平 等 の 理 中 に も 差 別 を 見 、 室 中 に も 三 千 を 立 し 、 妄 心 を 觀 境 と す と 云 ふ 、 天 台 正 統 説 と い は る ゝ 義 も 、 な ほ 遮 情 教 な り と の 意 を 逃 す る で あ ら う 。 高 祖 大 師 の 所 判 よ り い へ ば 山 外 ば 遮 情 教 た る は 勿 論 、 山 家 も ま た こ れ 遮 情 教 で あ る 。 但 し 四 明 は 天 台 の 所 謂 有 相 家 に し て 、 無 自 性 無 相 を 道 の 至 要 と す る も の に あ ら ず 。 今 家 明 三 二 千 之 體 隨 縁 起 三 二 千 之 用 不 隨 縁 時 三 千 宛 爾 故 差 別 法 與 體 不 二 以 除 無 明 右 差 別 故 云 云 ﹁指 要 鈔 ﹂ 大 師 に 天 台 の 三 千 宛 爾 の 法 體 も 、 こ れ 遮 情 な り と の 釋 あ る を 見 ざ れ ど も 、 二 教 論 に 融 三 世 間 の 華 嚴 の 毘 盧 遮 那 佛 を 釋 し 、 こ れ 因 分 の 一 切 を 一 九 六 攝 す る も 果 分 を 攝 せ ず 、 即 ち 華 嚴 の 融 三 世 間 の 毘 盧 遮 那 も こ れ 無 明 因 分 の 域 を 出 で ず と の 釋 あ る よ り 見 れ ば 、 天 台 の 三 諦 三 千 圓 具 の 法 體 も 、 な ほ こ れ 緑 起 因 分 の 現 象 に つ い て の 説 、 即 ち 囚 緑 生 無 自 性 の 説 を 擴 充 し て 説 け る も の に し て 、 未 だ 深 く 縁 起 の 本 際 た る 不 二 果 分 の 眞 境 に 至 ら ざ る も の で あ る。 さ れ ば 興 教 大 師 は 顯 教 の 三 諦 を 縁 起 の 三 諦 と 名 け 、 只 一 心 縁 起 の 諸 法 を 談 じ て 未 だ 法 身 法 爾 の 三 色 を 知 ら ず 、 密 教 の 極 法 に 及 ば ず と い ふ 。 以 上 は 四 明 の 有 相 説 を 認 め て の 判 釋 な る も 、 直 に 智 者 及 び 荊 溪 の 釋 に 微 せ ば 、 天 台 は 究 竟 無 相 一 味 の 法 を 宗 極 と す と い ひ 得 ら る ゝ で あ ら う 。 荊 溪 尊 者 の 法 、華 玄 義 釋 籖 の 染 淨 不 二 門 の 釋 に 染 を 轉 じ て 淨 と な し 、 つ ひ に 染 淨 の 二 法 を も 亡 す る 、 宗 極 に 契 証 す る に は 、 三 觀 の 中 に も 空 中 二 觀 の 力 用 に 依 る こ と を 明 し 、 染 淨 の 二 相 を 亡 す る に 至 れ ば 、 空 中 の 能 亡 の 用 も ま た 亡 す る 旨 を 釋 し て 曰 く 由 空 中 轉 染 爲 淨 由 了 染 淨 空 中 自 亡

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當 知 四 句 求 心 不 可 得 、 求 三 千 法 亦 不 可 得 、 ( 中 略 ) 亦 縦 亦 横 求 三 千 法 不 可 得 、 非 縱 非 横 求 三 千 法 亦 不 可 得 、 著 語 道 斷 心 行 處 滅 故 名 不 可 思 議 境 大 經 云 生 生 不 可 説 生 不 生 不 可 説 不 生 生 不 可 説 不 生 不 生 不 可 説 即 此 義 也 當 知 第 一 義 中 一 法 不 可 得 況 三 千 法 世 諦 中 一 心 尚 具 無 量 法 況 三 千 耶 . 此 等 の 文 は 智 者 大 師 自 ら 世 諦 に 三 千 の 法 を 具 す る も 、 眞 諦 は 不 生 不 生 不 可 説 に 、し て 、 言 語 道 斷 心 行 處 槭 な り と 釋 せ る 明 文 な ら ず や 。 或 は 華 法 玄 義 第 六 に 感 應 妙 を 説 き 眞 諦 は 不 可 得 の 理 な れ ば 、 生 佛 共 に 無 相 に し て 、 隨 つ て 感 應 を 論 ず べ か ら ず 、 感 應 は 俗 諦 の 法 門 な り と 云 ふ が 如 き は 、 密 教 に 如 來 種 々 の 三 業 は 第 一 義 諦 妙 極 の 境 に 通 徹 し 、 生 佛 本 有 の 三 密 加 持 を 明 す 説 に 對 比 せ ば 、 ま た 顯 密 二 教 の 相 異 、 及 び 大 帥 が 天 台 を 遮 情 教 な り と 判 じ 給 ふ 意 も 自 ら 會 せ ら る ゝ で あ ら う 。 若 就 至 理 窮 覈 三 世 皆 不 可 得 故 無 機 亦 無 應 故 經 言 非 謂 菩 提 有 去 來 今 但 以 世 俗 文 字 數 畝 説 有 三 世 以 □ 密 教 の 正 意 四 悉 檀 力 隨 順 衆 生 説 云 云 智 者 大 師 の 禪 門 要 略 の 結 文 に 一 切 行 人 常 歛 念 觀 四 大 五 薀 空 無 所 有 名 爲 道 三 千 三 諦 圓 具 の 表 徳 の 釋 あ る も 、 第 一 義 諦 は 不 可 得 に し て 、 入 道 の 要 は 無 生 觀 な る べ き 釋 多 し 。 況 ん や 三 千 の 法 相 は こ れ 本 經 に な き と こ ろ に し て 、 智 者 大 師 華 嚴 經 の 十 界 各 具 、 法 華 經 の 十 如 、 智 度 論 の 三 世 間 の 文 に 依 て 止 觀 に 始 め て 明 か さ れ た る 法 門 で あ る 。 若 し 直 に 本 經 の 文 を 拜 讀 せ ん か 、 法 華 經 の 藥 草 諭 品 に は 如 來 知 是 一 相 一 味 之 法 所 謂 解 脱 相 、 離 相 滅 相 、 究 竟 涅 槃 、 常 寂 滅 相 、 終 歸 於 空 或 は 提 婆 達 多 品 に 今 皆 修 行 大 乘 空 義 〇 演 暢 實 相 義 或 は 安 樂 行 品 に 一 切 法 空 無 所 有 無 有 常 住 亦 無 起 滅 是 名 智 者 所 親 近 處 か ゝ る 經 文 に 依 ら ば 、 諸 法 實 相 の 理 も 、 縁 起 無 性 よ り 説 く こ と 一 暦 明 か で あ ら う 。 一 九 七

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□ 密 教 研 究 天 台 の 所 明 は 其 宗 當 分 よ り い へ ば 、 頗 る 表 徳 の 義 あ る も 、 高 き 密 教 よ り 見 れ ば 、 な ほ 遮 情 の 分 域 を 出 で な い も の で あ る。 但 し 其 宗 の 當 分 よ り い へ ば か の 虎 溪 の 懷 則 の 佛 心 印 記 に 只 具 字 彌 顯 今 宗 以 性 具 善 他 師 亦 知 具 惡 縁 了 他 皆 莫 測 是 知 今 家 性 具 之 功 功 在 性 悪 若 無 性 悪 必 須 破 九 界 修 悪 顯 佛 界 性 善 是 爲 縁 理 斷 九 非 今 所 論 宇 宙 萬 有 、 善 惡 染 淨 、 一 と し て 性 徳 圓 具 の 妙 法 な ら ざ る は な く 、 一 と し て 三 諦 相 即 の 實 相 な ら ざ る な き 理 よ り 、 性 惡 を 談 じ 、 斷 戚 の 實 義 不 斷 に あ り 、 修 証 の 眞 意 無 作 に 存 す と し 九 界 を 斷 じ て 佛 界 を 求 む る を 却 つ て 菩 薩 の 無 明 と な す が 如 き は 、 高 妙 な る 教 な れ ど も 、 一 面 よ り 見 れ ば 、 存 在 す る も の 聖 凡 て を そ の ま ゝ に 肯 定 し 、 あ ま り に 不 二 平 等 に 偏 す る も の 、 因 果 の 中 に は 因 を 偏 重 す る も の に し て 、 大 日 經 に は か ゝ る 因 の 本 心 に 住 す る を 、 な ほ 至 極 の 法 な ら ず と し 如 來 の 驚 覺 開 示 に 依 て 、 高 き 佛 果 を 仰 慕 せ し め 、 更 に 進 趣 の 道 あ る を 知 ら し む 。 一 九 八 次 に 華 嚴 の 教 義 を 叙 し 、 以 て 天 台 、 華 嚴 よ り 秘 密 直 言 宗 に 至 る 理 路 を 明 か さ ん に 、 華 嚴 宗 は 華 嚴 經 を 根 本 所 依 の 本 經 と せ る も の で あ る 。 而 し て 華 嚴 の 宗 趣 に つ き 、 賢 首 大 師 は 探 玄 記 第 一 に 諸 家 の 説 の 未 盡 理 な る を 指 摘 し 、 華 嚴 經 の 宗 趣 は 因 果 縁 起 、 理 實 法 界 な る こ と を 顯 示 せ り 。 今 惣 尋 名 案 義 以 因 果 縁 起 理 實 法 界 以 爲 其 宗 即 大 方 贋 爲 理 實 法 界 佛 華 嚴 爲 因 果 縁 起 因 果 縁 起 必 無 自 性 無 自 性 故 即 理 實 法 界 法 界 理 實 必 無 定 性 無 定 性 故 即 成 因 果 縁 起 是 故 此 二 無 二 唯 一 無 礙 自 在 法 門 故 以 爲 宗 因 果 縁 起 と は 所 謂 衆 因 縁 生 の 義 に し て 、 理 實 法 界 と は 無 自 性 の 理 な り 、 衆 因 縁 生 の 事 が 擧 體 無 自 性 の 理 こ の 事 理 の 二 、 無 二 に し て 、 無 障 無 礙 の 故 に 、 一 塵 一 法 に 宇 宙 法 界 を 含 容 す る 無 盡 法 界 、 事 々 無 碍 の 理 顯 は る 。 賢 首 大 師 探 玄 記 又 び 華 嚴 經 旨 歸 に 事 々 無 碍 の 原 理 を 十 種 の 方 面 よ り 釋 せ り 。 夫 以 法 相 圓 融 寔 有 所 因 因 縁 無 量 略 辨 十 種 一 爲 明 諸 法 無 定 相 向 故 二 唯 心 現 故 三 如 幻 事 故 四 如 夢 現 故 五 勝 通 力 故 六 深 定 用 故 七 解 脱 力 故 八 因 無 限 故 九 緑 起 相 由 故 十

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法 性 融 通 故 於 此 十 甲 隨 一 即 能 令 下 彼 諸 法 混 融 無 碍 何 れ も 圓 融 無 碍 の 所 由 を 示 す も の な れ ど も 、 第 九 の 縁 起 相 由 、 第 十 法 性 融 通 の 釋 文 を 見 ば 、 事 々 無 碍 の 説 は 衆 因 縁 生 、 無 自 性 の 理 よ り 成 れ る こ と 一 層 明 了 に 知 り 得 ら る ゝ で あ ら う 。 緑 起 無 性 故 得 有 性 相 無 礙 義 相 關 互 攝 散 得 有 主 伴 無 礙 義 文 云 菩 薩 善 觀 縁 起 法 於 法 中 解 衆 多 法 衆 多 法 中 解 了 一 法 云 云 十 注 性 融 通 力 故 者 謂 若 唯 約 事 相 互 相 礙 不 可 即 入 若 唯 約 理 性 則 唯 一 味 不 可 即 入 今 則 理 事 融 通 具 斯 無 礙 云 云 か く の 如 く 縁 起 の 法 は 無 自 性 に し て 、 事 々 無 碍 の 義 を 顯 示 す る を 華 嚴 の 宗 趣 と 見 ば 、 か の 天 台 の 一 性 無 性 三 千 宛 然 の 理 と 相 違 な き が 如 し 、 即 ち 天 台 と 華 嚴 の 教 理 仔 細 に 分 別 せ ば 、 二 家 の 教 格 種 々 の 點 に 於 て 異 な る も の あ る も 、 因 縁 生 無 自 性 の 義 よ も 圓 融 を 説 く に 至 つ て は 二 家 殆 ん ど 一 致 で あ る 。 而 し て 大 師 天 台 よ り 華 嚴 を 勝 れ た り と 見 給 ひ し は 、 先 き に も 論 ぜ し が 如 く 、 華 嚴 は 萬 有 の 縁 起 を 明 す に 、 一 法 縁 起 す れ ば 法 界 縁 □ 密 教 の 正 意 起 す る 重 々 無 盡 の 理 を 説 く の み な ら ず 、 其 縁 起 の 本 源 た る 性 起 を 明 し 、 更 に 不 可 説 絶 慮 と 唱 し つ ゝ も 、十 佛 自 境 界 た る 果 分 の 實 在 を 暗 示 す。 華 嚴 に 暗 に 認 め な が ら 、 而 も 不 可 説 に 屬 す る 十 佛 の 自 境 界 こ れ 秘 密 の 領 分 で あ る 。 華 嚴 は か く も 密 教 の 領 分 た る 果 分 の 實 在 を 遙 か に 指 示 す る が 故 に 、 天 台 よ り 殊 勝 な り と し 、 第 九 住 心 に 配 屬 し 給 ひ し も の で あ る 。 華 嚴 の 事 々 無 碍 法 界 の 玄 旨 は 、 因 果 二 分 の 中 に は 、 こ れ 普 賢 槻 人 の 法 門 に し て 、 其 果 分 の 佛 境 界 は 、 其 状 相 を 説 く べ か ら ず と す 。 五 教 章 に 曰 く 夫 法 界 縁 起 乃 自 在 無 窮 今 以 要 門 略 攝 爲 二 一 者 明 究 竟 果 証 義 即 十 佛 自 境 界 也 二 者 隨 縁 約 因 辨 教 義 即 善 賢 境 界 也 初 義 者 圓 融 自 在 一 即 一 切 、 一 切 即 一 不 可 説 其 状 相 耳 如 華 嚴 經 中 究 竟 果 分 國 土 海 及 十 佛 自 體 融 義 等 老 即 其 事 也 不 論 因 陀 羅 及 微 細 等 此 當 不 可 説 義 何 以 故 不 與 教 相 應 故 地 論 云 因 分 可 説 果 分 不 可 説 者 即 其 義 也 果 分 に 圓 融 自 在 無 碍 の 徳 あ る も 、 而 も 果 界 は 唯 一 九 九

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□ 密 教 研 究 佛 與 佛 の 境 界 に し て 、 其 状 相 説 く べ か ら ず 、 さ れ ば 重 々 帝 綱 、 微 細 相 容 等 の 十 玄 門 を 以 て も 、 其 實 相 を 陳 説 す べ か ら ざ る と の 義 で あ る 。 凝 然 大 徳 の 通 路 記 に 果 分 は 不 可 説 な る も 、 其 體 は 理 事 、 性 相 の 無 碍 自 在 な る も の な る べ し と 云 ふ 、 こ れ 豈 に 密 教 に 果 分 の 實 相 を 開 説 し て 、 軽 相 常 住 、 事 理 本 有 、 三 大 圓 融 な り と 顯 示 す る ご 、 懸 か に 契 合 せ る も の に あ ら す や 。 問 此 果 分 者 既 是 如 來 究 竟 自 在 圓 滿 大 果 爲 是 約 理 名 果 分 耶 爲 亦 通 尊 爲 果 體 耶 若 云 局 理 者 應 十 地 所 証 即 是 果 分 十 地 是 因 証 十 如 故 又 終 頓 等 教 皆 証 眞 理 應 輿 今 果 全 是 一 同 以 所 証 理 無 差 別 故 若 云 通 事 者 既 是 不 可 設 應 定 是 理 事 法 即 是 可 説 相 故 既 言 性 海 非 理 是 何 兩 邊 有 疑 請 陳 實 義 答 究 竟 自 在 果 海 之 法 該 羅 事 理 貫 括 性 相 一 切 諸 法 入 佛 果 中 即 是 如 來 所 知 非 巳 分 不 簡 事 理 一 切 諸 法 唯 望 如 來 皆 名 果 分 章 主 大 師 所 繹 分 明 如 玄 記 第 十 但 文 言 性 海 者 窮 事 理 性 源 敷 理 智 事 理 性 相 體 義 各 有 其 性 約 本 源 故 非 謂 眞 理 獨 名 性 海 華 嚴 宗 に て 一 切 佛 教 の 究 竟 の 歸 趣 な る 如 來 果 地 二 〇 〇 を 暗 示 し 、 而 も 果 體 は 事 理 を 該 羅 し 、 性 相 を 貫 括 す ご 云 ふ が 如 き は 、 こ れ 密 教 の 本 分 を 懸 か に 釋 す る も の に し て 、 一 切 佛 教 の 所 歸 所 入 つ ひ に こ ゝ に 至 ら ず ば 止 ま ざ る を 示 す も の で あ る 。 こ の 一 切 佛 教 の 根 本 歸 趣 を 高 く 明 示 せ る も の は 、 弘 法 大 師 の 秘 密 眞 言 宗 で あ る 。 大 師 は 何 故 に 印 度 支 那 等 の 前 代 の 佛 教 家 の 未 だ 曾 て 談 ぜ ざ り し 、 因 分 を 超 絶 し 、 直 に 果 分 に 佳 す る 法 身 爲 本 の 教 義 を 宣 傳 せ ん と し 給 ひ し や 此 義 を 明 か に せ ん に は 、 多 方 面 よ り の 論 述 を 要 す る も 、 大 師 以 前 の 佛 教 を 凡 て 無 明 因 分 の 教 な り と 貶 し 、 此 等 の 諸 教 を 超 越 し 、 直 に 此 等 諸 教 の 究 竟 の 證 果 た る 、 法 身 に 超 入 す る 教 を 開 示 せ ら れ た る は 、 こ れ 大 師 の 宗 教 の 一 切 佛 教 に 卓 越 せ る 點 で あ る 。 他 佛 教 は 衆 因 縁 無 自 性 の 義 を 本 義 と し 妄 我 の 否 定 に 急 に し て 、 直 に 法 身 大 我 の 眞 光 に 觸 る ゝ 道 を 開 か ざ ら し が 故 に 、 大 師 は 法 身 本 果 を 直 證 す る 法 門 を 示 さ れ た の で あ る 。 佛 教 は 衆 因 縁 の 現 象 を 無 自 性 な り 無 我 な り 苦

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な り 空 な り 無 常 な り と し 、 そ の 無 自 性 の 法 性 を 觀 じ 、 解 脱 を 得 ん と す る も の な る が 、 か ゝ る 解 脱 は 三 論 宗 等 の 如 く 空 も ま た 空 す る 遮 倩 の 極 致 た る 一 種 の 空 觀 あ ら ざ れ ば 、 起 信 論 等 の 所 明 の 如 く 、 有 限 の 善 惡 の 一 切 を 妄 法 と 否 定 し 、 即 ち 生 滅 門 に 有 す る 一 切 の 諸 性 を 遠 離 せ る 絹 言 眞 如 の 一 味 の 法 を 究 竟 證 悟 の 道 體 と す る 者 と な る 。 し か ら ざ れ ば 天 台 宗 等 の 如 く 一 切 有 限 の 制 約 、 障 壁 を 徹 し 、 善 も 惡 も 、 淨 も 染 も そ の ま ゝ に 實 相 な り と の 圓 融 觀 と な る 。 か ぐ し て 到 逹 せ る 法 性 實 相 、 眞 如 法 身 に は 何 ん ら の 積 極 的 靈 用 な き 一 味 の 法 、 所 謂 非 人 格 の 理 た る に 歸 す か く の 如 く 生 滅 よ り 眞 如 、 有 限 よ り 無 限 に 至 ら ん と す る は 普 通 入 道 の 徑 路 な れ ど も 、 所 謂 入 佛 道 の 初 門 た る に 止 ま り 、 法 身 無 限 の 果 體 に 直 入 す る 道 な ら ず 。 か の 淨 土 門 は 一 念 佛 地 に 超 入 す る を 説 く も 、 こ れ 因 果 差 別 の 方 面 よ り 立 し た る 佛 身 佛 土 に し て 、 此 身 此 土 は 罪 惡 の 塊 團 な り と し 、 ひ た す ら 彼 岸 の 報 身 の 救 濟 に 信 頼 す る 者 に し て 、 自 己 本 有 の 法 身 の を 靈 性 を 無 視 し 、 個 人 格 の 偉 大 □ 密 教 の 正 意 を 認 め ざ る も の に し て 、 こ れ ま た 遮 情 教 た る の 域 を 出 で ず 。 大 師 は 直 に 法 身 の 果 地 に 立 ち 、 法 身 の う ち に 生 滅 の 萬 有 を 見 、 萬 有 は 法 身 の 差 別 智 印 な り 、 法 身 の 靈 相 の 顯 現 な り 、 即 ち 曼 荼 羅 體 な る 秘 旨 を 示 し 、 衆 生 は 法 身 如 來 の 靈 徳 を 顯 得 ず べ き 金 剛 子 な り 、 菩 薩 子 な り 、 佛 子 な れ ば 、 大 菩 提 心 を 發 起 し 、 法 身 の 三 昧 地 に 住 し 、 法 身 の 本 誓 を 己 が 本 誓 と し 、 如 來 に 替 つ て 如 來 の 事 業 を 成 す る 、 即 身 成 佛 の 道 を 開 示 せ ら れ た の で あ る。 瑜 祗 經 に 堅 住 金 剛 性 全 成 金 剛 體 速 轉 自 身 分 便 同 金 剛 身 如 秋 八 月 霧 微 細 清 淨 光 常 住 此 等 持 是 名 微 細 定 又 は 當 現 世 替 諸 佛 現 生 救 度 有 情 名 大 金 剛 薩 垂 亦 名 大 覺 本 有 金 剛 云 云 所 謂 顯 教 の 諸 家 は 下 界 に 居 て 雲 霧 を 拂 ふ て 月 を 見 ん と す る が 如 く 、 大 師 の 教 は 直 に 月 宮 に 住 し 雲 霧 を も 有 光 と 見 る に 似 た り 。 即 ち 顯 教 は 有 限 よ り 無 限 に 至 ら ん と す る も の 二 〇 一

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□ 密 教 研 究 密 教 は 無 限 よ り 有 限 を 見 、 有 限 の 事 々 に 無 限 の 眞 意 義 を 顯 得 せ ん と す る も の で あ る 。 洵 に 最 初 よ り 佛 地 の 三 昧 道 に 住 し 得 べ き 道 を 示 す も の は 眞 言 密 教 で あ る 。 上 來 述 べ し が 如 く 、 印 度 の 佛 教 は 衆 因 縁 の 萬 有 、 即 空 の 理 な る 所 以 を 説 き 、 生 死 即 涅 槃 の 旨 を 明 か す も 、自 ら 無 生 の 空 を 偏 重 す る 傾 き あ り 、 支 那 に 於 て 衆 因 縁 無 自 性 の 表 徳 的 理 趣 發 揮 せ ら れ 、 圓 融 觀 と な り 、 因 縁 生 の 事 々 に 無 限 の 理 趣 を 觀 んと す る に 至 り し も 、 因 縁 生 無 自 性 説 は 、固 と 萬 有 に 永 刧 の 實 在 性 な き 義 な れ ば 、 此 義 を 如 何 に 擴 充 し て 説 く も 、 つ ひ に は 因 緑 生 の 體 は 幻 の 如 く 影 の 如 く 虚 妄 非 眞 實 な り と 云 ふ に 歸 し 、 天 台 華 嚴 も 法 相 三 論 等 と 同 じ く 無 我 無 自 牲 の 理 に 沒 入 せ ん と の 傾 き 全 然 脱 す る こ と 能 は ず 。 此 遮 精 爲 本 の 教 を 根 本 的 に 復 活 せ し め 、 有 限 に 即 し て 無 限 の 理 趣 を 開 説 し 、 衆 生 の 色 心 に 即 し て 毘 盧 遮 那 法 身 と 同 根 一 體 な る 玄 旨 を 陳 説 し 、 凡 身 即 佛 の 義 を 顯 示 せ ん に は 、 一 大 實 在 觀 を 以 て 二 〇 二 す る よ り 外 な け れ ば 、 大 師 は 顯 教 の 大 乘 教 に 萬 の 有 は 衆 因 縁 無 自 性 な り 、 其 無 性 は 單 な る 空 な ら ず し て 、 不 空 の 一 心 眞 如 な り と の 説 を 、 更 に 積 極 的 に 説 き 、 無 自 性 の 性 は 法 (非 人 格 ) に 約 し て い へ ば 六 大 一 賓 の 體 な り 、 人 (人 格 的 ) に 約 し て い へ ば 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 な り 、 而 し て 入 法 固 よ り 不 二 な れ ど も 、 大 師 の 教 義 は 寧 ろ 人 を 表 と す と 云 ふ べ き で あ る。 か ゝ る 大 師 の 教 義 に 依 り 、 衆 因 縁 生 無 自 性 に し て 如 幻 虚 妄 な り 、 生 滅 暫 有 な り ご 見 ら れ た る 、 生 滅 の 萬 法 凡 て 法 身 如 來 の 靈 相 の 顯 現 に し て、 一 切 衆 生 は 如 來 の 徳 を 實 現 す べ く 甚 深 の 意 義 あ る 、 金 剛 子 な り 、 佛 子 な りと の 秘 旨 顯 示 せ ら る ゝ に 至 り ぬ 。 蓋 し 法 身 佛 常 住 の 説 は 大 乗 經 論 の 處 々 に 出 づ 故 に 大 師 は 二 教 論 に 諸 經 論 中 往 々 旃 斯 義 雖 然 文 隨 執 見 隱 義 逐 機 根 親 而 己 と 示 し 給 ふ 。 而 も 顯 教 の 諸 大 乘 經 論 の 法 身 は 、 密 教 よ り 見 れ ば 、 眞 如 の 理 に し て 人 法 の 中 に は 寧 ろ 法 を 表 .と せ る も の 、 随 つ て 眞 の 人 法 不 二 の

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義 未 だ 顯 れ ず 、 法 身 如 來 の 普 遍 の 靈 用 を 釋 す る も の あ る を 見 る も 、 其 實 體 を 明 す に 至 つ て は 、 無 相 無 體 と 釋 す る は 殆 ん ど 一 致 で あ る 。 起 信 論 に 眞 如 法 性 を 法 身 と 稱 す る も 、 こ れ 不 生 .不 滅 の 理 で あ る 。 大 智 度 論 第 九 等 に 出 つ る 眞 身 の 釋 の 如 き は 、 密 教 の 法 身 觀 と 異 な ら ざ る が 如 き も の あ る も 、 且 ら し 注 華 玄 論 の 説 に 依 ら ば 、 こ れ ま た 法 身 よ り も 報 身 を 主 と せ る 尊 に し て 、 其 法 身 に 至 つ て は 、 無 相 の 空 理 で あ る 。 大 般 涅 槃 經 は 智 者 大 師 の 説 の 如 く 、 こ れ 佛 性 を 明 す を 以 て 經 體 と せ る も の で あ る 。 而 も 佛 性 と 法 身 體 一 の ゆ ゑ に 、 佛 性 常 住 を 明 す と 共 に 法 身 常 住 の 義 を 説 き 、 而 も 頗 る 表 徳 の 尺 あ る を 見 る も 、 こ れ ま た 法 體 を 釋 す る に 至 つ て は 無 自 性 無 相 に 軆 す 。 高 貴 徳 王 菩 薩 品 之 五 に 曰 く 善 男 子 一 切 諸 法 本 自 空 、 何 以 政 一 切 法 性 不 可 得 故 善 男 于 色 性 不 可 得 (中 略 ) 見 一 切 法 性 不 空 者 當 知 是 人 非 是 沙 門 不 得 修 習 般 若 波 羅 密 不 得 入 於 大 般 涅 槃 不 得 □ 密 教 の 正 意 現 見 諸 佛 菩 薩 是 魔 眷 屬 善 男 子 一 切 諸 法 性 本 自 空 亦 因 菩 薩 修 習 空 輔見 諸 法 空 か ゝ る 經 文 は 巻 中 至 る と こ ろ に 見 る の で あ る 。 ま た 彼 の 華 嚴 經 の 如 き は 、 實 に 法 身 無 限 の 靈 用 を 説 く も の で あ る も 、 而 も 其 本 體 を 釋 す る に 至 つ て は 、 無 自 性 の 理 で あ る 。 佛 昇 須 彌 頂 品 第 九 一 切 法 無 生 、 一 切 法 無 滅 、 若 能 如 是 解 、 諸 佛 常 現 前 、 無 取 亦 無 見 、 空 寂 無 眞 實 諸 佛 本 來 空 、 或 は ま た 分 別 一 切 法 皆 悉 無 眞 實 如 是 解 諸 法 則 見 廬 舍 那 又 は 無 礙 寂 滅 觀 、 是 則 佛 正 法 、 十 方 世 界 中 一 切 如 夾 所 、 一 念 悉 偏 至 、 或 は 十 地 品 第 二 十 二 五 二 一 切 法 空 寂 、 先 來 無 性 相 、 同 若 如 虚 空 大 師 亦 如 是 か る 經 文 は 全 卷 に 滿 て る の で あ る。 即 ち 顯 教 の 諸 大 乘 は 等 し く 眞 如 法 身 を 究 竟 の 歸 趣 と し 、 眞 如 法 身 に つ き 、 頗 る 積 極 的 釋 あ る を 見 る も 、 人 法 不 二 の 實 義 未 だ 顯 れ ず 、 小 乘 教 以 來 の 法 爲 二 〇 三

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□ 密 教 研 究 本 の 義 勝 れ 、 法 身 も 無 自 性 眞 如 の 理 で あ る と 云 ふ 釋 が 多 い の で あ る 。 か く 諸 大 乘 の 等 し く 説 か ん と し て 、 未 だ 明 か に 説 か ず 、 至 ら ん と し て 未 だ 至 ら ざ り し 、 法 身 の 果 地 に 立 ち 、 法 身 の 實 在 法 身 の 説 法 、 法 身 無 限 の 靈 用 を 明 か さ れ た る は 大 師 の 宗 義 の 根 基 に し て 、 ま た 一 切 佛 教 の 歸 趣 で あ る 。 大 日 經 疏 第 二 十 巻 に 曰 く 何 況 如 來 法 身 而 不 能 成 就 如 是 自 在 神 力 加 持 神 變 耶 然 常 途 説 法 或 云 法 性 或 云 法 身 寂 諍 如 空 無 所 動 作 都 説 具 足 如 是 力 用 以 爲 凡 起 神 變 皆 是 有 爲 之 心 三 昧 之 力 而 不 言 法 體 如 是 此 其 未 了 也 法 身 如 來 の 靈 體 靈 用 は 、 金 剛 頂 經 大 日 經 其 他 の 密 教 の 經 典 に 説 か れ た る も の な る が 、 大 師 に 依 つ て 其 旨 趣 明 か に 發 揮 せ ら れ た る も の で あ る 。 顯 教 は 俗 諦 に は 佛 あ り 衆 生 あ り 、 迷 悟 、 染 淨 眞 妄 の 差 別 を 認 む る も 、 其 眞 諦 は 一 如 無 相 の 非 人 格 の 法 と 見 る は 、 本 來 の 教 格 に て 、 未 だ 人 と 法 と の 不 二 の 實 義 が 十 分 に 顯 れ て 居 な い 。 か の 阿 彌 陀 佛 も 無 自 性 の 涅 槃 に 沒 入 し 去 る と 云 ふ が 二 〇 四 如 き は 、 天 の 一 方 に 幽 か に 認 め た る 明 星 も 忽 ち 蒼 空 に 沒 し 去 り 、 空 し く 虚 碧 を 望 む が 如 く 、 眞 諦 は 衆 生 と か 佛 と か 云 ふ 假 人 を 絶 せ る 一 味 の 法 と 説 く も の で あ る 。 こ の 佛 な く 衆 生 な き 無 自 性 の 眞 諦 の 奥 底 に 佛 あ り 衆 生 あ り 、 十 界 曼 荼 羅 の 嚴 存 を 説 き 、 佛 と 衆 生 と の 感 應 道 交 、 加 持 瑜 伽 の 道 を 明 す も の は 密 教 で あ る 。 以 て 知 る べ し 、 密 教 は 一 般 佛 教 の 如 く 無 自 性 無 我 を 觀 じ 、 無 相 の 理 を 體 得 せ ん と す る が 如 き に も あ ら ず 、 ま た 佛 陀 と 衆 生 と の 感 應 加 持 を 明 す も 、 か の 一 神 教 の 如 く 全 智 全 能 な る も の は 神 の み に し て 、 人 は 罪 惡 の 塊 團 な れ ば 自 己 に 何 等 の 神 性 も な く 、 一 切 の 個 人 性 を 沒 却 し て 、 た ゞ 神 の 恩 惠 に の み 依 ら んと す る に も あ ら ず 、 ま た 淨 土 門 の 如 ぐ 、 ひ た す ら 他 方 の 佛 身 佛 上 に 徃 詣 せ ん こ と を 教 ゆ る に も あ ら す 、 衆 生 と 佛 陀 と の 感 應 道 交 の 道 を 明 し 、 佛 ご 衆 生 ご 永 く 隔 た れ る と 見 る 二 而 の 隔 執 た る 根 本 無 明 を 斷 じ 、 自 己 本 有 の 佛 、 即 ち 無 限 の 靈 性 を 顯 得 す る 秘 旨 を 説 く も の で あ る ⊃ 大 師 の 秘 藏 記 に 曰 く

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本 奪 與 吾 無 二 無 別 故 吾 三 密 鏡 能 照 同 本 算 非 唯 本 奠 奥 吾 無 二 無 別 一 切 巳 成 未 成 諸 佛 亦 同 與 吾 無 二 無 別 故 諸 佛 三 密 鏡 能 照 與 我 同 諸 佛 萬 徳 圓 滿 眷 屬 圍 繞 故 吾 亦 萬 徳 圓 滿 眷 屬圍 繞 諸 佛 法 界 男 故 吾 鈞 在 諸 佛 中 吾 法 界 身 故 諸 佛 在 我 身 中 上 來 普 通 佛 教 、 即 ち 顯 教 は 因 縁 生 無 自 性 を 本 義 と し 、 而 も 無 自 性 無 我 の う ち に 法 身 大 我 を 求 め 、 究 竟 の 歸 趣 と せ ん と し て 、 未 だ 法 身 大 我 の 實 義 を 説 か ざ る こ と 、 密 教 は 最 初 よ り 法 身 大 我 を 教 の 本 體 と せ る も の 、 即 ち 密 教 は 一 切 佛 教 の 歸 趣 な る こ と を 叙 せ し が 、 な ほ こ の 義 を 明 か に せ ん が 爲 め 、 二 教 論 に 於 け る 四 家 大 乘 に 對 す る 大 師 の 判 釋 の 要 旨 を 述 ぶ る で あ ら う 佛 教 は 因 縁 生 (俗 諦 ) 無 自 性 ( 眞 諦 ) を 本 義 と す と い へ ば 、 俗 諦 は 有 に し て 眞 諦 は 空 な り と 説 く が 、 本 來 の 教 意 の や う 思 は る ゝ も 、 か ゝ る 因 縁 生 無 自 性 を 原 理 と す る 顯 教 中 に 、 ま た 實 相 家 と 縁 起 家 の 二 門 あ り 、 實 相 家 に て は 眞 諦 の 空 を 説 く も 、 縁 起 家 に て は 寧 ろ 眞 諦 の 有 を 生 張 す □ 密 教 の 正 意 る も の で あ る 。 實 相 家 と は 因 縁 生 法 の 無 自 性 を 觀 じ 、 無 生 實 相 に 契 達 せ ん と す る を 教 ゆ る 宗 に し て 、 か の 三 論 宗 で あ る。 ま た 三 論 宗 よ り 一 進 轉 せ る 天 台 宗 も こ の 教 系 に 屬 す る も の で あ る 。 次 に 縁 起 家 と は 無 自 性 の 法 性 よ り 衆 因 縁 に 依 つ て 萬 有 の 生 起 す る 義 を 委 説 す る 宗 で あ る 。 縁 起 家 よ り い へ ば 法 性 は 無 目 性 に し て 、 隨 縁 々 起 す と い ひ な が ら 、 一 面 法 性 の 不 變 常 住 の 體 の 存 す べ き を 説 く 、 こ れ 生 起 の 第 一 原 理 と し て 法 性 の 實 有 を 許 さ ず ば 、 萬 有 の 生 起 明 し 得 ざ る ゆ ゑ で あ ら う 。 か の 眞 如 縁 起 を 明 す 起 信 論 、 及 び 華 嚴 宗 等 は 眞 如 法 性 の 無 自 性 隨 縁 を 説 く ど 共 に 眞 如 の 不 變 の 理 を 談 ず 、 其 他 眞 如 の 實 在 を 認 め な が ら 、 眞 如 は 不 變 常 住 の 一 面 の み に し て 、 無 自 性 隨 縁 の 義 な し と 見 る 法 相 宗 は 、 何 れ も 眞 諦 の 妙 有 を 明 す も の で あ る 。 大 師 は 無 自 性 法 性 の 源 底 に 本 有 の 色 心 、 六 大 一 實 の 法 體 を 立 せ ら る ゝ が 故 に 、 眞 言 宗 は 眞 に 眞 諦 の 實 有 を 説 く も の で あ る 。 隨 つ て 二 教 論 に 於 け る 法 相 、 三 論 、 天 台 、 華 嚴 の 四 家 大 乘 と 眞 二 〇 五

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□ 密 教 研 究 言 宗 と の 淺 深 優 劣 の 判 釋 を 見 る に 、 衆 因 縁 無 自 性 を 説 き 眞 諦 空 の 理 を 主 張 す る 三 論 宗 に 對 し て は 、 こ れ 衆 生 の 妄 我 を 除 か ん が 爲 め に 、 無 自 性 皆 空 の 理 を 示 す も の な れ ば 、 か ゝ る 教 は 佛 道 に 入 る 初 門 に し て 、 未 だ 佛 遺 の 本 體 た る 法 身 自 證 の 法 を 明 か さ ざ る も の な り と 釋 し 、 岡 じ く 三 論 宗 の 教 系 に 屬 し 、 三 論 の 教 義 よ り 開 展 せ る 天 台 宗 の 説 に 對 し て も 、 眞 諦 空 を 説 く 三 論 宗 の 喩 釋 と 同 じ く 、 入 佛 道 の 初 門 な り と 判 じ 給 ふ 。 蓋 し 天 台 の 如 き は 理 具 の 三 千 を 談 じ 、 三 身 の 果 を 説 き 、 卒 ち 見 れ ば 眞 諦 空 の 教 系 に 屬 せ ざ る が 如 く 思 は る ゝ も 、 か の 因 果 不 二 を 明 し 、 一 念 本 具 の 三 千 を 知 ら ざ る を 因 と し 、 三 千 の 實 相 に 契 ふ を 果 と す 、 而 も 極 致 は 因 も 泯 亡 し 果 も 泯 絶 し 、 實 相 の 理 も ま た 不 生 不 生 な り と 云 ふ が 如 き に 至 つ て は 、 こ れ 道 の 至 極 を 不 可 得 絶 離 ご 云 ふ も の に あ ら ず や 。 荊 溪 尊 者 法 華 玄 義 釋 籖 に 曰 く 縁 因 果 理 一 用 此 一 理 爲 因 理 顯 無 復 果 名 登 可 仍 存 因 號 因 果 既 泯 理 性 自 亡 因 果 も 泯 し 、 實 相 も 泯 せ る 不 生 離 言 の 極 致 は 、 二 〇 六 單 空 無 相 な ら ず と す る も 、 衆 生 と 佛 と の 假 人 を 絶 せ る 一 味 の 法 と 見 る も の で あ る。 智 者 大 師 法 華 玄 義 に 日 く 諸 諦 不 可 説 者 諸 法 從 本 來 常 自 寂 滅 相 那 得 諸 諦 毅 紜 相 礙 一 諦 尚 無 諸 諦 安 有 こ れ 弘 法 大 師 、 天 台 宗 も 三 論 宗 と 同 じ く 、 寂 滅 絶 離 を 宗 極 、と し 、 何 れ も 入 佛 道 の 初 門 ご 判 じ 紺 ふ 所 以 で あ る 。 眞 諦 有 の 教 系 に 屬 す る 法 相 、 華 嚴 の 雨 宗 に 對 し 、 此 等 の 宗 に 眞 諦 を 妙 有 と 説 き な が ら 、 而 も 不 可 説 な り 、 不 可 思 議 な り と 云 ふ 。 そ の 不 可 説 の 眞 諦 果 海 の 實 相 を 開 演 せ る は 秘 密 眞 言 宗 な る こ と を 明 か さ る。 二 教 論 に 華 嚴 宗 の 果 分 不 可 説 こ れ 密 教 の 本 文 な る こ と を 釋 し て 喩 曰 十 妙 論 及 五 教 性 海 不 可 説 文 與 彼 龍 猛 菩 薩 不 二 摩 訶 衍 圓 圓 性 海 不 可 説 言 懸 會 所 謂 因 分 可 説 者 顯 教 分 齊 果 性 不 可 説 即 是 密 藏 木 分 也 何 以 知 然 金 剛 頂 經 分 明 説 故 有 智 着 審 思 之 ま た 法 相 宗 の 四 重 二 諦 に 依 つ て 顯 は る ゝ 第 四 の 勝 義 勝 義 、 一 眞 法 界 は 、 こ れ 因 人 の 思 議 を 絶 せ

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る 果 境 に し て 、 た ゞ 如 來 の 正 智 の 所 證 な り と 云 ふ。 此 勝 義 々 々 諦 こ れ 密 教 の 本 分 な る こ と を 判 じ て 曰 く 、 喩 日 此 章 中 勝 義 々 々 廢 詮 談 旨 聖 智 内 証 一 眞 法 界 體 妙 離 言 等 如 是 絶 離 即 是 顯 教 分 域 言 因 位 人 等 四 種 言 語 皆 不 能 及 唯 有 自 性 法 均 以 如 義 眞 實 言 能 説 是 絶 離 境 界 是 名 眞 言 秘 教 金 剛 頂 等 經 是 也 顯 教 の 大 乘 佛 教 の 所 説 を 仔 細 に 見 れ ば 眞 諦 空 を 立 す る 説 と 、 眞 諦 有 を 唱 ふ る 雨 義 あ る も 、 眞 諦 は 無 相 不 可 説 不 可 思 議 な り 、 佛 な く 衆 生 な き 一 味 の 法 な り と 見 る 義 一 致 せ り 。 即 ち 衆 生 、 佛 等 の 人 は 因 縁 生 の 假 に し て 、 法 は 眞 實 な り と は 顯 教 本 來 の 教 格 で あ る 。 さ れ ば 大 師 は 以 上 の 四 家 大 乘 に 對 す る 判 尺 終 り 、 四 家 大 乘 の 説 を 惣 括 し 以 て 密 教 と の 相 異 點 を 示 さ ん と し て 、 二 重 の 二 諦 の 義 を 立 せ り 。 初 重 の二 諦 は 俗 諦 に は 佛 あ り 衆 生 あ る も 、 眞 諦 は 無 相 一 味 の 法 な れ ば 、 佛 な く 衆 生 な し と 見 る 顯 教 の 説 に し て 、 四 家 大 乘 の 義 を 初 重 の 二 諦 に 攝 し 、 後 重 の 二 諦 と は 密 教 に し て 、 佛 な く 衆 生 な き 一 味 の 法 と 見 る 顯 教 の 眞 □ 密 教 の 正 意 諦 の 極 致 に 佛 あ り 衆 生 あ り 、 十 界 曼 荼 羅 を 開 説 せ る 義 で あ る 。 即 ち 知 る 大 師 の 佛 教 は 、 最 初 よ り 顯 教 所 説 の 生 死 迷 妄 の 俗 諦 を 超 越 し 、 顯 教 の 究 竟 の 目 的 た る 眞 諦 果 地 を 立 脚 地 と す る も の な る 事 を 。 始 め よ り 一 般 佛 教 に 説 く 俗 諦 を 超 越 し 眞 諦 に 立 つ と こ ろ に 、 大 師 の 宗 教 は 印 度 以 來 の 俗 諦 は 幻 化 な り 、 迷 妄 な り 、 處 僞 な り 、 罪 惡 な り 、 無 常 な り 、 苦 な り 、 無 我 な り 畢 竟 厭 離 す べ き 有 爲 の 法 な り と の 、 厭 世 寂 靜 の 消 極 思 想 を 全 然 脱 出 す る を 見 ち べ く 、 ま た 眞 諦 に 佛 あ り 衆 生 あ り 、 此 佛 と 衆 生 の 加 持 感 應 を 説 き 、 自 己 無 盡 の 靈 性 を 顯 得 す る 道 を 明 す 、 こ れ 大 師 の 教 の 宗 要 な る を 思 ふ べ き で あ る 。 か く の 如 き は 卒 ち 見 れ ば 一 般 佛 教 と 原 理 を 異 に せ る 新 た な る 宗 教 を 開 説 せ ら れ た る が 如 き も 、 而 も こ れ 因 縁 無 自 性 の 性 に 具 す る 無 蓋 莊 嚴 藏 を 開 見 せ ら れ し も の 、 一 般 佛 教 の 自 然 に 到 達 す べ き 究 竟 の 歸 趣 を 證 示 せ ら れ し も の に し て 、 こ れ 最 新 の 佛 教 に し て ま た 最 後 の 佛 教 で あ る 。 二 〇 七

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