密 教 事 相 史 上 よ り 見 た ろ 観 賢 僧 正 大 山 公 淳 序 支 那 よ り 大 規 模 に 密 教 を 傳 へ 、 そ の 密 教 を 中 心 と し て 眞 言 宗 を 創 唱 せ ら た 弘 法 大 師 の 、 そ の 偉 大 な 學 と 徳 ど 宗 教 的 否 密 教 的 信 念 と 、 そ の 實 行 力 と は 時 代 の 教 學 界 を 風 靡 し 、 上 下 殆 ん ど 弘 法 大 師 を 中 心 と し て 、 大 師 の 密 教 に 化 せ ら れ た 。 そ の 大 勢 に 動 か さ れ て 先 づ 立 つ た も の は 比 叡 山 を 中 心 と す る 天 台 教 徒 で あ つ た 。 日 本 天 台 は 傳 教 大 師 に よ つ て 開 創 せ ら れ た の で あ つ だ け れ ど 、 時 代 の 大 勢 に 歴 倒 せ ら れ た と 云 ふ て 可 で あ ら う か 、 そ の 教 徒は 、 當 時 殆 ん ど 密 教 の 研 究 に 没 頭 し 、 慈 覺 ・ 智 證 両 大 師 の 如 き は 、 そ の 趨 向 を 代 表 す る 偉 傑 で あ つ た と 見 る べ き で あ ら う 。 両 大 師 は 共 に 大 陸 に 渡 り 、 長 年 暦 を 費 し て 大 陸 の 密 教 を 研 究 し 修 得 し て 歸 朝 、 當 時 の 教 學 界 へ 向 つ て 新 進 の 氣 を 吐 か れ た 。 勿 諭 傳 教 大 師 も 密 教 を 傳 へ ら れ た と い ふ こ と に な つ て ゐ る け れ ど 、 弘 法 大 師 と 對 立 し て 、 時 代 の 教 學 界 へ、 密 教 と し て の 効 績 を 残 さ る と い ふ 程 の も の で は な か つ た 。 此 の 點 は 慈 覺 ・ 智 證 両 大 師 の 効 績 を 推 さ な く て は な ら な い 。 か ゝ る 叡 山 系 密 教 を 大 成 し た も の は 何 と 云 つ て も 五 大 院 安 然 和 尚 で あ ら 密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 觀 賢 僧 正 六 九
密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 觀 賢 僧 正 七 〇 う 。 天 台 に 於 け る 密 教 研 究 は 如 是 き 諸 學 匠 に よ つ て 萬 丈 の 氣 が 吐 か れ て ゐ る 時 、 一 方 本 家 と し て 立 つ た 東 寺 中 心 の 密 教 は ど う で あ つ た ら う 。 弘 法 大 師 御 入 定 後 眞 雅 ・ 實 恵 ・ 眞 然 等 の 諸 徳 あ り 、 何 れ も 東 密 學 界 を 代 表 す る 大 立 物 で は あ つ た け れ ど 、 今 日 よ り 顧 る 時 天 台 の 學 匠 に 比 し て 、 當 代 の 學 界 へ 効 績 を 残 す こ と に 於 い て 多 少 の 損 色 あ る か の 如 く 思 は る る 。 か や う な 大 勢 に あ る 時 、 我 觀 賢 僧 正 は 、 聖 寳 理 源 大 師 の 後 を 継 い で 世 に 出 で ら れ た の で あ る 。 觀 賢 僧 正 の 事 跡 に 就 い て は 他 の 人 に よ つ て 叙 せ ら れ る と 思 ふ の で 、 今 は 唯 、 一 代 事 相 に 關 係 す る 方 面 の み を 略 述す る 。 僧 正 は 讃 州 の 人 に し て 仁 壽 三 年 に 誕 生 、 聖 寳 尊 師 に 伴 は れ て 入 京 鞠 育 せ む れ 、 貞 觀 十 四 年 に 出 家 受 戒 満 年 、 十 九 後 、 貞 觀 寺 の 國 師 眞 雅 僧 正 に 就 い て 十 八 契 印 の 法 を 受 け 両 部 の 大 法 を も 授 け ら れ た 。 後 暫 ゝ 南 京 奈 良 に 留 り 、 三 論 法 相 を 學 び 、 興 福 寺 維 摩 會 の 請 に 應 じ て 竪 義 を 勤 め 、 其 の 名 聲 天 下 に 傳 は る と い ふ 。 寛 平 七 年 十 二 月 十 三 日 官 符 を 賜 ひ 、 即 日 聖 賢 尊 師 宣 を 奉 つ て 東 寺 灌 頂 院 に 於 い て 傳 法 阿 闍 梨 位 の 灌 頂 を 授 け ら る 。 信 正 延 喜 二 年 三 月 二 十 三 日 權 律 師 に 任 せ ら れ 、 同 五 年 八 月 八 日 正 律 師 に 轉 じ 、 延 喜 十 年 三 月 二 十 五 日 少 僧 都 に 進 み 、 同 十 二 年 五 月 十 五 日 法 務 を 兼 ね 、 同 十 六 年 四 月 六 日 權 大 僧 都 に 轉 じ 、 延 長 元 年 五 月 三 十 日 轉 大 僧 都 、 同 三 年 三 月 二 十 三 日 權 僧 正 に 任 せ ら れ 、 般 若 寺 僧 正 と 號 さ る る こ と と な つ た 。 蓋 し 僧 正 は 昌 泰 三年 と い ふ に 般 若 寺 を 創 立 せ ら れ た 。 そ の 般 若 寺 は 奈 良 に 非 ず し て 洛 西 仁 和 寺 の 近 邊 に あ つ た と 聴 く 。 延 喜 十 年 三 月 に は 東 寺 灌 頂
院 に 於 い て 宗 祖 弘 法 大 師 の 御 影 供 始 行、 現 在 各 地 に 行 は る る 弘 法 大 師 御 影 供 は 觀 賢 僧 正 此 時 に 始 行 さ れ し を 本 と す 。 そ し て 同 月 二 十 五 日 に 少 僧 都 に 任 せ ら れ た の で あ る 。 延 喜 十 二 年 五 月 十 五 日 法 務 を 兼 ね 、 同 月 二 十 四 日 神 泉 苑 に 於 い て 祈 雨 の 法 を 修 せ ら れ 、 同 二 十 七 日 子 剋 に 大 雨 あ り 、 雨 脚 池 に 濺 き 霄 を 通 し て 止 ま ず と 傳 ふ 。 同 二 十 九 日 に 結 願 さ れ て ゐ る 。 同 十 八 年 東 大 寺 の 検 校 に 補 せ ら れ 、 同 十 九 年 九 月 十 七 日 に 醍 醐 寺 座 主 に 任 せ ら れ 、 又 高 野 山 金 剛 峰 寺 座 主 に 補 せ ら れ 、 同 二 十 一 年 僧 正 上 表 し 、 終 に 同 十 月 廿 七 日 吾 宗祖 に 弘 法 大 師 の 諡 號 を 賜 は る こ と と な つ た 。 權 僧 正 に 任 ぜ ら れ た 延 長 三 年 の 六 月 十 一 日 に 頓 滅 年 七 十 三 、 膓 五 十 四 と 。 僧 正 が 東 寺 の 座 主 と な ら れ た の は 延 喜 九 年 の こ と に し て 、傳 燈 廣録 を 見 る に (巻 上 、 百 十 七 紙 左 ) 延 喜 二 十 年 に 旱 魃 甚 し く 、 勅 を 受 け て 神 泉 苑 に 祈 雨 、 下 旬 三 日 甘 雨 滂 沱 、 九 日 解 散 と 記 し て ゐ る 。 然 ら ば 前 十 二 年 に 祈 雨 の こ と あ り 、 今 又 所 雨 の こ と あ り 、 前 後 二 回 に 及 び 、 共 に 靈 験 を 示 さ れ た こ と に な つ て ゐ る 。 師 資 の 付 法 相 承 に 就 い て は 次 の 項 に 於 い て 記 す こ と と す 。 尚 、 三 寳 院 流 に 属 す る 血 脈 相 承 の 一 紙 朱 書 に よ る に 觀 賢 僧 正 は 般 若 寺 並 に 醍 醐 の 中 院 を 建 立 さ れ て を る 。 蓋 し 僧 正 の 開 基 と 傳 ふ る 寺 跡 は 其 他 多 く 存 す る を 知 る 。 け れ ど 今 は 本 論 に 直 接 の 關 係 が な い か ら 略 す 。 密 教 事 相 史 上 ま り 見 た る 觀 賢僧 正 七 一
密 教 事 相 史 上 よ り 見 たる 觀 賢僧 正 七 二
一
、
血
脉
に
就
い
て
師
資
付
法
の
次
第
凡
そ
東
密
付
法
相
傳
の
順
序
を
記
し
た
る
血
脉
を
開
く
に
規
を
一
に
し
て
次
の
加
く
記
さ
れ
て
ゐ
る
の
を
見
る
で
あ
ら
う
。
勿 論 高 組 大 師 に は 十 大 弟 子 達 を 初 め 、 幾 多 の 英 傑 は あ つ た が 、 そ の 中 で 實 慧 ・ 眞 雅 と い ふ 二 人 最 も 著 れ 、 法 流 傳 持 の 二 人 者 と な ら れ た の で あ る 。 そ の 二 人 の 次 に 南 池 院 源 仁 あ り 、 源 仁 の 下 で 益 信 ・ 聖 寳 と い ふ 二 大 徳 匠 顯 れ 、 此 塵 に 小 野 廣 澤 と い ふ 二 大 流 派 が 分 れ る こ と と な つ た 。益 信 の傳 を 廣 澤 方 と い ひ 、 聖 賓 の 傳 を 小 野 方 と す と い ふ 。 小 野 方 聖 寳 の 衣 に 今 の 觀 賢 僧 正 が出 で ら れ た 。 前 述 觀 賢 僧 正 の 略 歴 に 出 す 如 く 、 僧 正 は 聖 寳尊 師 に 随 ひ 、 寛 平 七 年 十 二 月 に 、 東 寺 に 於 い て 傳 法 灌 頂 の 職 位 を 授 け ら れ 、 付 法 正 嫡 と な ら れ か 。 時 は 同 月 十 三 日 乙 未鬼宿木曜甘露日 と 記 さ れ て ゐ る 。 (宥快法印御自筆なる﹁秘密筋脉傳﹂觀賢の條下 ) 僧 正 は 聖 賢 尊 師 以 外 、 貞 觀 寺 の 眞 雅 僧 正 に 就 い て 受 法 し て ゐ ら れ る こ と に 注 意 し な く て は な ら ぬ 。次
に
僧
正
傳
法
の
弟
子
を
見
る
に
、
先
の
三
寳
院
流
な
る
血
脉
相
承
一
紙
の
裏
書
に
該
本
は
永
亭
七
年
に
權
大
信
都
榮印
の
記
し
た
所
の
も
の
と
す
。
次
に
﹁瑜
伽傳
燈
鎌
略
系
譜
觀
賢
の
下
に
、
一 定 醍 瑚 山 塔 院淳祐
石 山 内 供遍
基
東 大 寺 兼 般 若 寺 (不 詳 )平
遍東 大 寺 已 上 四 人 同 日 受法
皇
仁 和 寺 重 受遍
勝
清 尾 寺増
命
比 叡 山 千 光 院寛
救
東 大 寺寛
空
香隆 寺 重 受峰
學 醍 瑚 重 受 襌 念 慈 恩 寺 重 受觀
照
内 供 重受貞
慶
神 樂 岡 重受 道 猷 不 詳 と あ る 。 そ し て ﹁ 小 野 血 脉 鈔 ﹂ に は 、 一 定 ・ 淳 祐 ・ 遍 基 ・ 平 遍 の 四 人 を 記 し て ﹁ 灌 頂 四 人 授 與 之 旨 一 紙 注 之 與 一 定 律 師 是 印 信 濫 觴 歟 ﹂ と あ る 。 そ の 四 人 に 灌 頂 を 授 け ら れ た の は 延 長 三 年 二 月 二 十 三 日 東 大 寺 の 灌 演 院 に 於 い て で あ つ た 。 即 そ の 特 一 定 律 師 は 同 受 者 四 人 の 中 の 上 座 で あ つ て 、 こ れ に 觀 賢 僧 正 は 印 信 を 授 け ら れ た と い ふ の で あ る 。 小 野 血 脉 鈔 は こ れ を 記 し て 印 信 を 授 與 す る こ と の 濫 觴 歟 と 注 し た 。 此 の 寫 本 は 享 禄 二 年 に 尭 海 と い ふ 人 が 寫 し て ゐ る の で あ つ て 、 今 の 記 事 は 非 常 に 注 意 を 與 へ る も の と す 。 尤 も 此 處 に 印 信 と い ふ は 、 傳 法 灌 頂 印 信 に 付 屬 す る 紹 文 の こ と を 指 す 。 紹 文 は ジ ヨ ウ ノ モ ン と 讀 む を 古 來 の 習 ひ と す る の で あ る が 、 此 れ に 就 い て は 項 を 改 め て 別 に 出 す 。 但 し か ゝ る 紹 文 の 出 處 に 就 い て 、 或 は 聖 寳 尊 師 よ り 觀 賢 に 傳 へ ら る る を も つ て 最 初 と す る の 説 も め る 密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 觀 賢 僧 正 七 三密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 観 賢 僧 正 七 四 け れ ど 、 今 は 觀 賢 僧 正 よ り 一 定 律 師 に 與 へ ら れ た と す る を 見 る 。 現 在 印 信 に は 皆 此 の 文 を 附 す の で あ る が 、 そ の 紹 文 の 最 初 は 此 處 に あ る こ と を 知 る 。 そ し て 此 の 中 に 記 さ れ て あ る 問 題 は 、 一 宗 相 傳 の 實 義 と 規 模 と を 示 す も の と し て 、 古 來 事 相 上 の 秘 事と し 大 事 と し て 扱 は れ て ゐ る も の で あ る 。 尚 他 本 血 脉 鈔 を 見 る に 觀 賢 の 下 に 於 い て 付 法 九 人 と し て 、 淳 祐 ・ 一 定 ・ 遍 基 ・ 平 遍 ・ 遍 勝 ・ 増 命 寛 空 ・ 智 泉 ・ 寛 空 と そ の 名 を 列 ね 、 淳 祐 の 下 に 於 い て 延 長 三 年 二 月 二 十 三 日 般 若 寺 に 於 い て 灌 頂 を 受 く と 記 し て ゐ る 。 以 上 觀 賢 僧 正 を 中 心 と す る 傳 持 付 法 の 師 資 血 豚 の 一 般 と す 。 印 信 と し て は 前 記 延 長 三 年 に 淳 祐 と 同 壇 な る 一 定 律 師 に 授 け ら れ た 紹 文 が 現 に 傳 へ ら れ て 安 流 の 大 事 の 中 に あ る 。 尚 、 興 雅 僧 正 の 記 さ れ た 大 血 脉 に は 觀 賢 の 次 に 、 寛 平 法 皇 と 蓮 臺 寺 寛 空 ・ 一 定 ・ 淳 祐 の 四 人 を 出 し、 一 定 ・ 淳 祐 二 人 の 資 に 元 杲 が あ る や う に 記 さ れ て あ る 。 觀 賢 の 子 弟 に 又 か く の 如 き 相 傳 あ る か 次 に 僧 正 の 口 訣 學 説 等 を 出 す べ き な れ ど 、 そ の 前 に 述 作 目 録 を 、 予 の 精 査 し 得 た 範 園 に 於 い て 記 す 。
二
、
述
作
目
録
先
、
寫
本
と
し
て
残
さ
れ
て
ゐ
る
﹁
諸
師
製
作
目
録
﹂
を
見
る
に
、
觀
賢
僧
正
の
遠
作
と
し
て
次
の
如
き
も
の
が
列
ね ら れ て あ る 。 一 、 五 大 力 秘 釋 一 、 水 歓 喜 天 次 第( 三 賢 院 流 幸 心 方 の 聖 教 目 録 一 本 の 中 に こ れ な 見 る 、 般 若 寺 僧 正 と あ る) 一 、 神 供 次 第 一 、 五 大 明 王 義 私云眞 然 作 云 云 一 義 又 頼瑜 草 決 観 賢 作 云 云 一 、 大 疏 鈔 四 巻 一 、 三 昧 耶 戒 式 一 、 不 動畧 次 第 一 、 胎 藏 次 第 以 上 大 疏 鈔 の 外 は 皆 一 巻 づ ゝ と な つ て を る 。 こ れ を 他 本 (松永 教 授所藏 ) に 見 る に 一 、 如 意 論 次 第 一 、 阿 眉 駄 密 記 一 、 後 七 日 由 緒 作 法 と い ふ 三 本 が 加 へ ら れ て ゐ る 。 そ の 中 大 日 経 疏 鈔 四 巻 と 五 大 明 王 義 一 巻 及 び 後 七 日 由 緒 作 法 一 巻 の 外 は 今 見 る に 由 な く 、 附 言 す べ き 何 も の も 持 た な い 。 五 大 明 王 義 に 就 い て は 右 來 作 者 に 就 い て 異 密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 観 賢 僧 正 七 五
密 教 事 相 史 上 よ り 見 た ろ 觀 賢 僧 正 七 六 説 あ り 、 或 は 眞 然 め 作 と い ひ 、 或 は 一 定 の 作 と い ひ 、 或 は 大 師 の 作 と 傳 へ 、 觀 賢 の 作 と も 傳 ふ 。 そ の 中 觀 賢 の 作 と 云 ふ も の 最 も 信 す る に 足 る か 、 天 明 二 年 既 に 刊 本 と な つ て 顯 れ た 本 に は ﹁ 般 若 寺 觀 賢 撰 ﹂ と さ れ て を る 。 長 谷 寳 秀 師 弘 法 大 師 全 集 を 編 せ ら るゝ や 、 大 師 作 と い ふ 一 説 あ る に よ つ て 全 集 の 中 に こ れ を 編 し(全集巻第十三 ) 、 奥 書 し て ﹁ 爲 般 若 寺 觀 賢 僧 正 者 蓋 得 其 實 ﹂ 云 々 と 述 べ て を ら れ る 。 大 疏 鈔 四 巻 合 し て 上 下 二 冊 と な つ て ゐ る 。 こ れ に 就 い て 本 に は ﹁ 般 若 寺 觀 賢 著 ﹂ と あ る 。 然 し 或 説 に は 偽 作だ と す る も の も あ る と 聴 く 。 そ の 眞 偽 を 断 定 す る こ と は 容 易 で な い が 、 偏 作 と し て の 確實 な 證 明 の 擧 ら ざ る 限 り 、 今 は 尚 ﹁ 般 若 寺 の 鈔 ﹂ と し て 見 る べ き で さ る 。 上 記 す る も の の 外 、 般 若 寺 の 述 と し て 傳 へ ら れ て ゐ る も の に 一 、 三 十 帖 策 子 勘 文 一 、 石 山 内 供 口 傳 親 質 授 淳 祐 記 一 、 集 記 胎 藏 念 誦 次 第 八 巻 石 山 な ど あ る 。 そ の 中 ﹁ 策 子 勘 文 ﹂ は 、 高 祖 大 師 入 唐 し て 求 め 得 ら れ た る 三 十 帖 の 策 子 を 本 寺 の 経 藏 に 納 め 、 宗 の 長 者 を し て 代 々 相 承 せ し む る こ と を 述 べ ら れ た 觀 賢 僧 正 の 文 で あ る 。 當 時 こ の 策 子 は 東 寺 と 高 野 と の 問 に 極 め て 復 雜 な 紛 争 を 惹 起 し て ゐ た そ れ が 觀 賢 僧 正 の 此 の 一 文 と な つ て 顯 は れ た の で あ る 。 こ れ に 就 い て は 本 誌 上 で 森 田 教 授 が 論 述 せ ら る る こ と に な つ て ゐ る の で 今 は そ れ に 譲 る 。
﹁ 石 山 内 供 口 傳 ﹂ は 、 天 慶 九 年 八 月 十 八 日 淳 祐 法 師 が 觀 賢 阿 闍 梨 の 口 傳 を 記 さ れ た も の で 、 極 め て 紙 数 の 少 い 一 帖 の 記 録 で あ る 。 次 に 胎 藏 八 巻 の 石 山 次 第 に 就 い て 、 野 山 成 蓮 院 の 先 徳 眞 源 上 綱 の 調 査 記 録 に よ る に 第 二 省 批 云 胎藏 大 法 念 誦 次 第 他 師 傳 授 集 記 了 、 又 別 本 批 云 始 目 延 喜 七 年 至 十 六 年 九 月 九 旦 (淳祐 年十七ヨリ二十七迄 受 學 己 了 、 遍 基 ・ 寛 救 ・ 延 壽 ・ 平 遍 及 淳 祐 等 般 寺 御 室 承 了 (己 上 取 意 ) と あ る 。 猶 、 前 の ﹁ 御 修 法 由 緒 作 法 ﹂ と い ふ の は そ の 奥 書 に 依 る に 、 延 喜 二 十 一 年 正 月 十 五 日 に 觀 賢 師 の 記 さ れ た も の と な つ て ゐ る 。 印 信 類 に し て 予 の 調 査 し 得 た る は 前 項 に 記 す が 如 き 一 通 の も の と 、 安 流 の 聖 教 な る 小 皮 籠 の 中 に 、 ﹁ 唯 嫡 傳 口 決 ﹂ 最 秘 々 々 の 一 結 あ り 、 そ の 一 紙 に 石 山 内 供 寳 珠 造 作 秘 曲 傳 觀 賢 秘 密 大 事 又 獨 極 源 底 也 と い ふ も の が あ る 。 又 ﹁ 冥 合 七 重 密 印 、 般 若 寺 ﹂ と い ふ も の が 外 に あ る 。 觀 賢 よ り 相 承 す る も の か 。 最 後 に 問 題 と な る は 石 山 寺 に 存 す る 薫 聖 教 で め る が 、 そ の 箱 の 中 に 收 藏 さ れ て 現 存 す る も の は 主 と し で 経 軌 並 に 高 祖 大 師 の 記 さ れ た 本 の 書寫 で あ つ て 、 直 接 今 必 要 だ と 考 へ ら れ る も の は な い や う で あ る 。 云 ふ ま で も な く そ れ ら は 皆 淳 祐 内 供 の 筆 寫 本 が 大 部 分 を 占 め て ゐ る 。 そ の 第 四 重 の 分 に ﹁ 三 摩 地 次 第 法 ﹂ ﹁ 台 藏 界 大 灌 頂 次 第 ﹂ ﹁ 胎 藏 次 第 ﹂ ﹁ 仁 王 経 念 誦 法 ﹂ 及 び 第 五 重 に ﹁ 無 景 壽 如 來 念 誦 次 第 法 ﹂ ﹁ 付 法 次 第 記 ﹂ 等 を 見 る の で あ る が 、 そ の 内 容 は 如 何 な も の で あ る か 、 因 縁 熟 せ ず し て 今 拜 見 す る を 密 教 場 相 史 上 よ り 見 たる 觀 賢 僧 正 七 七
密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 観 賢 僧 正 七 八 得 な い こ と は 遺 械 で あ る 。 醍 醐 三 寳 院 の 聖 教 藏 に は 如 何 な る 聖 教 の 現 存 す る か 、 そ の 現 本 を 見 得 ら れ な い こ と は 遺 憾 で あ る が 、 そ の 目 録 に よ つ て 、 僧 正 關 係 の も の を 見 る に 、 別 項 ( 醍 醐 の 聖 教 目 録 を 参 照 ) の も の が 存 す る こ と に な つ て ゐ る 。 弘 法 大 師諡 號 奏 請 の 文 は 前 後 二 回 ま で も提 出 し て ゐ ら れ る 。 多 分 こ れ は 他 の 文 章 家 の 作 る 所 で は あ ら う け れ ど 、 又 僧 正 に 關 す る 尊 い 文 献 た る を 失 は な い 。 弘 法 大 師 行 化 記 の 中 に は 般 若 寺 の 日 誌 な る も の を 出 す 。 又 見 る べ き も の と す 。 醍 醐 の 聖 教 目 録 よ り 東 京 帝 國 大 學 史 料 編 纂 所 の 中 古 文 書 研 究 室 に 於 い て 、 京 都 醍 醐 三 寳 院 所 藏 現 存 聖 教 目 録 を 開 き 得 る の 機 會 を 得 、 觀 賢 僧 正 に 關 す る 聖 教 の 現 存 す る も の を 摘 出 す る こ と が 出 來 た の で 、 此 の 一 篇 を 設 け 此 處 に 出 す こ と と し た 。 差 し こ れ に 就 い て は 同 研 究 室 の 三 成 文 學 士 の 好 意 に 負 ふ 所 多 き を 記 し て 、 同 文 學 士 に 謝 す る 。 前 項 述 作 目 録 中 に 出 だ し た も の で 、 三 寳 院 に 現 存 す る 聖 教 を 見 る に 、 次 の 如 き も の が 存 す る 。 一 、 不 動 略 次 第 般 若 寺 御 作 、 金 剛 佛 子 眞 海 一 帖 一 、 水 歓 喜 天 般 若 僧 正 良 覺 ( 数 本 あ り ) 一 帖 一 、 神 供 法 般 若 僧 正 二 帖 二 部 一 、 後 七 日 御 修 法 由 緒 作 法 一 帖
末 文 、 延 喜 二 十 一 年 正 月 十 五 日 阿 闍 梨 権 大 便 都 法 眼 和 尚 位 觀 賢 (已 上 前 項 所 出 ) 起 請 文 明 白 也 不 可 外 見 努 々 莫 後 疎 矣 次 に 新 に 見 ら れ た る も の は 一 、 理 趣 護 摩 圖 觀 賢 作文明 四 年 頼 眞 一 帖 一 、 後 七 日 觀- 一 帖 奥 弘 安 元 年 十 二 月 十 二 日 令 書 寫 畢 淳 海 生 年 五 十 二 一 交 了 一 、 五 大 尊 法 報 検 御 筆 一 包 ノ 中 不 動 般 若 御 筆 金 剛 夜 叉 調 伏 軍 荼 利 調 伏 大 威 徳 降 三 世 以 上 五 大 尊 五 冊 の 中 、 不 動 の 下 に ﹁ 般 若 僧 正 ﹂ と 出 し 、 次 に は こ れ が 無 い 、 各 尊 と も に 般 若 僧 正 の 作 で あ る か 、 不 動 魯 法 の み 然 る も の か 、 現 本 を 見 な い の で 何 れ と も 断 定 し 兼 ね る 。 不 動 尊 法 の 僧 正 作 な る こ と は 、 他 の 場 所 に も こ れ あ る に よ つ て 確 實 と す べ き で あ ら う 。 密 教 事 相 史 上と り 見 た ろ 觀 賢 僧 正 七 九
密
教
事
相
史
上
よ
り
見
大
る
觀
賢
僧
正
八
〇
次
に僧
正
の
眞
筆
若
し
は
眞
筆
と
し
て
傳
ふ
る
も
の
に
次
の
二
本
が
あ
る
。
一
、
壽
命
経
般
若
僧
正
筆
壹
巻
包
紙
に
云
、
門
跡
相
承
般
若
寺
便
正
觀
賢
筆
跡
壽
命
経
一
局
爲
御
守
可
(
九
字
ノ
間
不
明
)有
御
貴
重
不
可
被
敢
御
身
者(
六
字
不
明
)
應
永
三
年
二
月
日
前
信
正
隆
源
一
、
般
若
理
趣
経
所
傳
觀
賢
僧
正
筆
一
巻
奥
、
延
文
四
年
六
月
一
日
法
印
権
大
信
正
仙
恵
次
に
觀
賢
僧
正
に
關
係
め
る
も
の
を
見
る
。
一
、
不
動
頸
次
第
付
般
若
寺
金
剛
佛
子
神
海
寫
一
帖
一
、
太
峯
荘
嚴
自
在
儀
一
綴
序
文
ニ、
寛
平
七
年
冬
月
法
務
律
師
聖
寳
敬
書
ト
ア
リ
、
奥
ニ
、
霜
月
星
宿
日
筆
了
延
喜
九
年
己
巳
二
月
翼
宿
日
拜
寫
授
離
(一本ニハ
校合ト出ス
)
了
即
日
傅
授
沙
門
觀
賢
寛
徳
二
年
乙
三
月
下
浣
四
日
於
山
水
法
頭
石
山
御
坊
拜
書
傳
授
了
律
師
皎
山
於
座
主
之
御
所
書
寫
傳
授
了
文
治
元
年
已
己
七
月
入
峯
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沙
門
成
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一
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軌
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一
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法
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式
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範
此
道
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本
軌
只
一
軸
五
十
紙
耳憑據
乎
諸
儀
軌
今
注
定
之
令
此
道
具
支
備
足
昔
役
君
於
本
峯
傳
示
一
密
印
與
十
界
修
行
難
苦
之
行
相
是
修
行
之
族
必
於
峯
中
吉
野
飯
道
世
義
之
徒
無懶
惰
共
凡
類
遂
於
季
節
之
入
峯
而
國
家
之
安
平
十
界
経
歴
不
可
怠廢
是
爲
當
山
之
勾
當
之
散
耳
觀
賢
貞
崇
之
徒
者
貫攝
此
道
而
師
資
之
遺
注
不
可
令
断
絶
此
道
爲
軌
範
故
此
本
軌
唯
受
一
人
不
許
枝
葉
須
爲
如
守
眼
肝
若
存
庶
儀
者
不
我
徒
亦
此
法
可稱
最
勝
恵
印
三
昧
耶
流
名
峯
受
三
昧
所
以
者
何
最
勝
者
大
日
異
名
慧
者
戒
定
慧
省
(?
)
字
印
者
手
相
印
之
印
字
故
也
亦
於
峯
中
暫
時
傳
受
之
故
復
此
萬
行
自
在
法
者
尊
師
思
熟
本
軌
之
心
所
編
作
也
理
智
不
二
禮
讃
亦
然
也
末
子
可
秘
藏
勿
恣
私
意
昌
泰
三
庚
申
年
六
月
初
五
日
觀
賢
御
在
判
貞
崇
御
在
判
右
の
﹁
自
在
儀
﹂
と
﹁
儀
軌
﹂
と
い
ふ
も
の
は
共
に
数
本
あ
る
を
見
る
。
上
述
す
る
所
、
前
節
・本
節
共
に
、
觀
賢
僧
正
に
關
す
る
重
要
な
文
献
と
す
べ
き
も
の
の
み
。
そ
し
て
高
祖
以
後
、
密
教
事
相
史
上
よ
り
見
た
る觀
賢
僧
正
八
一
密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 観 賢 僧 正 八 二 こ れ ら の 述 作 を 口 訣 と は 、 や が て 小 野 六 流 分 振 の 前 提 を な す も の と は 見 得 ら れ な い で あ ら う か 。 三 、 血 脉 の 等 葉 と 不 等 葉 此 の 問 題 は 東 密 の 眞 言 に 於 い て 初 祖 大 日 如 來 よ り 高 祖 大 師 に 至 る ま で 付 法 八 代 と し 、 そ の 八 代 は 胎 藏 界 ・ 金 剛 界 共 に 等 し く 八 代 と 数 ふ る の が 普 通 で あ る 。 然 る に こ れ に對 し て 第 三 祖 龍 智 菩 薩 と 次 の 金 剛 智 三 藏 及 び 不 室 三 藏 と の 三 師 の 間 に 特 殊 の 關 係 が あ つ て 七 代 と 数 ふ る こ と が あ る 。 こ れ に よ つ て 今 の 問 題 が 起 つ て 來 る 。 觀 賢 僧 正 は こ れ を 如 何 に 扱 は れ た か 。 否 一 面 か ら 見 れ ば 、 此 の 問 題 が 公 に 提 出 さ れ た の は 全 く 觀 賢 僧 正 に 出發 す る の で は な か ら う か と さ へ 考 へ ら れ る 。 口 傳 と し て は 古 く よ り 傳 へ ら れ て ゐ た の か も 知 れ な い が 、 そ れ を 文 献 と し て 、 學 界 へ 此 の 問 題 を 公 に 提 出 し た の は た し か に 觀 賢 僧 正 で あ る と 思 ふ の で あ る 。 付 法 傳 等 に は 既 に そ の 事 實 を 認 む べ き 資 料 が 誌 さ れ て あ つ た に し て も 、 等 葉 不 等 葉 な ど と い ふ 名稱 を 呼 び 起 す べ き 、 調 はゞ 特 殊 の 問 題 化 さ る べ き 性 質 の も の で は な か つ た 。 然 ら ば そ は 如 何 な る こ と か と い ふ に 、 前 項 に 出 し た 延 長 三 年 二 月 二 十 三 日 に 觀 賢 阿 闍 梨 が 一 定 に 授 與 し た 血 脉 の 紹 文 に 縁 由 す る 。 彼 の 紹 文 を 見 る に 、 先 づ 、 告 我 金 剛 弟 子 等 、 在 昔 大 日 如 來 開 天 悲 胎 藏 金 剛 秘 密 両 部 界 會 授 金 剛 薩? 錘 数 百 歳 之 後 授 龍 樹 菩 薩 如 是 傳 授 金 剛 秘 密 之 道 迄 吾 祖 師 根 本 大 阿 闍 梨 耶 弘 法 大 師 既 経 八 葉 今 至 余 身 爲 昌十 二 葉 、
十 二 葉 と は 大 日 如 來 よ り 高 祖 大 師 ま で 八 代 、 大 師 の 次 よ り 觀 賢 ま で 四 代 を 経 て ゐ る の で か く い ふ 。 次 に 據 大 悲 胎 藏 之 道 當 第 十 一 葉 前 は 金 剛 秘 密 の 道 、 即 金 剛 界 の 傳 持 に 就 い て 云 つ た の で あ る が 、 こ れ は 胎 藏 界 に 就 い て 云 ふ 。 そ し て 金 剛 界 は 常 に 云 ふ 如 く 、 大 日 ・ 金 剛 手 ・ 龍 猛 ・ 龍 智 ・ 金 剛 智 ・ 不 空 ・ 恵 果 ・ 弘 法 と 相 傅 へ 、 胎 藏 は 大 日 ・ 金 剛 薩 錘 ・ 達 磨 掬 多 ・ 普 無 畏 ・ 玄 超・ 恵 果 ・ 弘 法 と 七 代 相 承 し 、 大 師 の 次 よ り 觀 賢 ま で 四 代 、 都 合 十 一 代 と な る 。 こ れ を 安 流 の 習 ひ で は 、 金 剛 界 大 日 よ り 大 師 に 到 る ま で 八 葉 と は 、 胎 藏 起 も 八 葉 と 習 ふ の 傳 あ つ て そ れ を も 含 め て い ふ と す 。 随 て 此 の 意 味 で は 両 部 八 代 等 葉 と い ふ こ と に な り 、 次 に 胎 藏 七 葉 と 云 ふ 時 に は 金 剛 界 も 八 葉 と す る の 傳 あ つ て 、 両 部 と も に 七 葉 と い ふ 。 さ れ ば 金 剛 八 葉 と 云 へ ば 胎 藏 も 八 葉 で あ り 、 胎 藏 七 葉 と 云 へ ば 金 剛 も 七 葉 の 外 な い 。 一 を 擧 げ て 一 を 略 し 、 両 説 合 せ て 一 は 八 葉 と 表 は し 一 は 七 葉 と 表 は さ れ 両 部 に 於 い て 代 数 を 異 に す る 説 を 不 等 葉 と い ふ 。 更 に 文 に 、 傳 授 次 第 師 資 朕 脉 相 承 , 明 鏡 普 在 秘 密 家 當 今 吾 生 年 過 七 十餘 命 難 期 以 去 寛 平 七 年 十 二 月 十 三 日 於 東 寺 灌 頂 道 場 明 受 僧 正 法 印 大和 尚 位 阿 梨 耶 摩 尼 印 可 阿 梨 耶 と は 梵 語 で あ つ て 聖 と譯 し 、 摩 尼 は 寳 で あ る 。 即 聖 寳 を 梵 語 に譯 し て 阿 梨 耶 摩 尼 置 い ふ 。 密 教 事 相 史 上 よ り 見 た ろ 觀 賢 僧 正 八 三
密
教
事
相史
上
よ
り
見
た
る
觀
賢
僧
正
八
四
此
の
印
信
は
延
長
三
年
に
授
け
ら
る
。
そ
の
年
の
六
月
十
一
日
に
は
僧
正
入
滅
し
給
ふ
、
即
觀
賢
僧
正
最
後
の
授
法
と
な
つ
た
も
の
は
こ
れ
で
あ
る
。
年
七
十
を
過
ぎ
て
﹁
餘
命
難
期
﹂
と
は
眞
に神
嚴
の
氣
に觸
れ
さ
せ
ら
る
る
言
葉
で
は
な
い
か
、
次
に
前
文
に
績
い
て
若
不
授
受
學
弟
子
等
徒
然
終
焉
断
種
之
罪
何
以
免
脱
乎
今
淳
祐
・遍
基
・
壹
定
・
平
遍
・親
致
承
仕
之
功労
普
受
諸
尊
之
印
明
年
來
見
其
所
志
三
時
觀
念
不
怠
四
等
契
印
彌
勤
季
膓
漸
高
持
念
年
深
因
之
今
以
先
師
所
授
傳
法
印
可
授
金
剛
弟
子
等
能
洗
世
間
五
塵
之
染
可
專
出
世
八
葉
之
蓮
是
即
酬
三
世
佛
恩
答
世
師
徳
也
吾
願
如
是
不
可
餘
念
矣
延
長
三
年
二
月
二
十
三
日
賜
壹
定
傳
授
阿
闍
梨
大
僧
都
法
眼
和
尚
位
觀
賢
觀
賢
師
よ
り
直
接
淳祐
内
供
に
授
け
ら
れ
た
印
信
と
い
ふ
の
は
未
だ
見
な
い
が
、
前
の
紹
文
に
よ
つ
て
、
一
定
律
師
に
授
け
ら
れ
た
も
の
は
、
そ
の
ま
ゝ
淳
祖
内
供
に
も
授
け
ら
れ
た
も
の
な
る
こ
と
の
推
察
が
出
來
る
。
次
に
そ
の
淳
祐
内
供
よ
り
元杲
師
に
授
け
ら
れ
た
秘
密
灌
頂
の
印
信
が
や
は
り
安
流
の
聖
教
の
中
に
見
ら
れ
る
の
で
、
参
考
の
爲
に
そ
れ
を
も
出
す
こ
と
と
す
。
最
極
秘
密
法
界體
傳
法
許
可
灌
頂
阿
闍
梨
位
之
印
先
師
誠
云
秘
惜
有
罪
不
授
善
人
故
傳
授
有
罪
授
非
器
故云
云
こ れ に 類 す る 語 は 大 日 経 奥 疏 等 に も 誌 す 所 で あ つ て 、 先 の 紹 文 の 終 り と 合 せ 讃 む こ と に よ つ て、 觀 賢 僧 正尊 法 の 生 誠 心 は 、 動 い て 吾 人 の 耳 に 直 接 觸 れ る の 思 ひ が す る 。 次 に 金 剛 界 者 始 自 大 日 如 來 迄 至 般 若 寺 僧 正 大 師 凡 経 十 二 代 嫡 々 相 承 也 淳 祐 数 年 之 間 盡 承 事 誠 蒙 大 師 許 訶 也 今 授 元 杲 大 法 師 爲 次 後 阿 闍 梨 大 悲 胎 藏 始 自 世 尊 迄 至 我 之 大 師 傳 十 一 代 淳 祐 遍 蒙 哀 憐 得 其 傳 授 也 今 得 元 杲 大 法 師 爲 後 阿 闍 梨 耶 夫 以 顯 教 化 身 釋 迦 如 來 付 法 弟 子 嫡 々 相 承 歴 二 十 七 代 於 師 子 比 丘 時 付 法 既 断 也 今 秘 密 家 付 法 之 事 今 相 次 未 断 絶 矣 是 法 身 如 來 不 思 議 、 加 持 力 所 致 耶 師 資 相 承 具 如 傳 天 暦 三 年 八 月 二 十 八 日 傳 授 阿 闍 梨 内 供 奉 十禪 師 淳 祐 上 の 文 に 見 ゆ る 如 く 觀 賢 ・ 淳 祐 等 の 印 信 、 胎 藏 は 一 葉 少 く 、 金 剛 は 一 葉 多 い 。 こ れ 一 界 に し て 両 部 を 合 せ 各 等 葉 と す る こ と 既 に 記 す 所の 如 く 、 全 く 両 部 に し て 不 二 な り と い ふ 東 密 家 教 格 の 規 模 が 、 か ゝ る 相 傳 の 上 に 明 了 に さ る る こ と な る 。 胎 の 全體 が そ の ま ゝ 金 で あ り 、 金 の 全體 そ の ま ゝ が 胎 で あ る と す 。 一 宗 の 大 事 は 此 處 に 極 る 。 若 し 中 院 流 等 に 傳 ふ る 所 に よ つ て 今 の 問 題 を 見 る に 、 不 室 三 藏 は 金 剛 智 三 藏 の 弟 子 で あ る け れ ど 、 再 び 師 命 を 奉 じ て 、 師 入 寂 の 後 に 印 度 に 往 き 、 龍 智 阿 闍 梨 に 謁 し て 、 両 部 の 法 流 を 重 受 す と い 密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 觀 賢 僧 正 八 五
密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 観 賢 僧 正 八 六 ふ 。 然 ら ば 不 室 は 金 剛 智 よ り も 両 界 を 受 法 し 、 龍 智 よ り も 両 界 を 受 け た 。 こ れ に よ つ て 、 金 剛 智 三 藏 よ り 受 く る の 血 脉 を 立 つ れ ば 、 龍 智 阿 闍 梨 よ り 受 く る 所 の 血 脉 断 絶 す る こ き と な る 。 そ こ で 両 師 の 血 脉 を 同 時 に 立 て ん と し て 、 胎 藏 界 は 表 面 一 葉 短 く し て 龍 智 ・ 不 室 と 相 承 し 、 そ の 半 面 金 界 に も か ゝ る 相 傳 のあ る こ と を 顯 し 、 金 界 の 方 は 表 面 一 葉 遠 く し て 龍 智 ・金 剛 智 ・ 不 室 と 相 承 し 、 金 剛 智 よ り 受 く る 胎 界 も か く の 如 く 現 は す 、 か く 二 様 の 血 脉 を 同 時 に 收 め て 等 葉 不 等 葉 の 義 あ り と す 。 今 此 の 中 院 流 の 説 と 前 の 説 と を 批 較 す る に 、 こ は 龍 猛 ・龍 智 ・ 金 剛 智 ・ 不 室 と 相 承 す る か 、 金 剛 智 の 一 を 欠 す る か で あ る が 、 前 の 説 は 、 金 剛 界 は 良 し と し て 、 胎 藏 に 於 い て 達 磨 掬 多 と か 玄 超 と か と い ふ 異 名 の 人 體 が 入 る こ と に な つ て ゐ る 。 こ れ は 怪 む べ き で あ る 。 善 無 畏 を 特 に 出 す こ と も 異 様 と 云 は ね ば な ら ぬ 。 而 も こ れ ら の 名 は 多 く 台 密 の 方 に 出 す 人 名 と す 。 東 密 家 に は 龍 智 と 達 磨 掬 多 と 同 一 人 な る か 否 か の 論 諍 研 究 さ へ 行 は れ て ゐ る の で あ る が 、 そ の 名 は 寧 ろ 直 接 台 密 に 親 し み を 有 す る も の で あ る 。而 も 觀 賢 上 人 當 時 の 台 密 は 慈 覺 ・智 證 ・ 安 然 等 の 大 學 匠 の 時 代 を 受 け て 随 分 盛 に 行 は る る 頃 で あ つ た と せ ね ば な らぬ 。 少 く と も そ れ ら 大 學 匠 の 學 説 は 當 時 の 學 界 に と つ て 十 分 な 權 威 を 示 す も の で な く て は な ら ぬ 。 こ れ に よ つ て 若 し 觀 賢 僧 正 や 淳 祐 内 共 の 血 脉 代 数 の 数 へ 方 に 於 い て 達 磨 掬 多 や 玄 超 を 豫 想 し て あ つ た と す れ ば 、 そ は 台 密 の 方 か ら 受 け た 影 響 で は な か ら う か と 思 ふ 。 現 に 紹 文 の 口 訣 に 於 い て か く 表 は れ て ゐ る の で あ 。る か ら 、 予 の 推 定 も 亂 暴 の み と は 云 ひ 得 ら れ な い で あ ら
う 。 そ の 丈 の 底 に 流 る る 口 決 の 意 味 は 別 と し て 、 少 く と も 文 の 表 面 か ら の み 見 れ ば か や う な 結 論 に 到 達 す る 。 そ し て 台 密 か ら の 影 響 の あ る こ と を 思 ふ て 、 一 層 興 味 を 覺 ゆ る の で あ る 。 時 代 と し て は 寧 ろ そ れ が 必 然 で あ つ た か と も 考 へ る 。 そ れ が 年 次 を 重 ぬ る に 從 つ て 、 後 の 學 者 再 び 高 祖 の 付 法 傳 に 還 り 、 達 磨 掬 多 等 の 名 稱 を 除 き 、 龍 智 ・金 剛 智 ・ 不 空 等 の 間 に 於 い て 、 両 部 の 等 葉 不 等 葉 を 見 ん と し た の が 前 掲 中 院 流 等 の 見 方 と な つ て 表 は れ も の と す べ き で あ ら う 。 盖 し 等 葉 と は 既 に 誌 す 如 く 金 剛 胎 藏 両 部 相 傳 の 代 数 を 等 し く す る と い ふ こ と 、 不 等 葉 と は そ れ を 異 と す る の 説 で あ つ て 、 古 來 東 密 家 事 相 吏 上 有 名 な 問 題 と な つ て を つ た 所 の も の 、 そ れ だ け 此 の 等 葉 不 等 葉 の 問 題 は 一 流 の 大 事 と し 秘 事 と し て 傳 へ て あ つ た こ と を 知 る 。 四 、 五 大 明 王 義 取 意 五 大 明 王 義 は ﹁ 般 若 寺 觀 賢 撰 ﹂ と な つ て ゐ る も の で あ る が 、 少 し そ の 大 意 を 抄 出 す る こ と と す 。 第 一 の 降 三 世 明 王 、 こ れ は 佛 身 の 中 に は 教 令 輪 と な つ て を り 、 三 千 大 千 世 界 の 主 た る 大 自 在 天 を 降 伏 す る 。 大 自 在 天 は 一 切 衆 生 の 無 明 を 住 處 と し 、 諸 惑 誘 起 の 根 元 と な る 。 か 、 る 大 自 在 天 に 對 し で 、 降 三 世 尊 が 在 す 、 降 三 世 と は 喩 で あ つ て 菩 提 心 を 表 は す 。 自 在 天 は 畢竟 無 明 を い ふ 。 そ の 無 明 に 十 重 あ り 、 そ の 第 一 よ り 第 十 に 到 つ て 漸 次 に 無 明 を 断 盡 し な く て は な ら ぬ 。 こ れ に よ つ て 十 地 の 密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 観 賢 僧 正 八 七
密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 観 賢 僧 正 八 八 菩 薩 位 が あ る 。 然 る に 最 後 一 品 の 無 明 は 、 断 盡 す る こ と 極 め て 困 難 な 事 に 屬 す る 、 そ の 時 菩 薩 勇 猛 の 加 行 を 發 し て 遂 に 頓 断 し 、 そ の 刹 那 に 菩 提 心 の 實 相 顯 れ る 。 是 を 智 波 羅 密 と 名 く 。 菩 提 心 の 體 浄 満 月 の 如 く に し て 九 重 の 月 輪 如 々 た る 境 界 を 實 現 す る の で あ る 。 此 の 尊 體 黒 色 に し て忿 怒 形 な る は 、 内 に 大 慈 悲 を 發 し 外 に 大 忿 怒 の 形 を 現 す る 。 大 忿 怒 な る は 断 惑 の 相 に し て 、 黒 色 菩 提 心 の 作 用 を 表 す 。 第 二 軍 荼 利 菩 薩 、 此 處 に は 菩 薩 と い ふ て ゐ る 。 第 七 末 那 識 韓 じ て 平 等 性 智 と な る 時 の 断 惑 の 形 を 標 幟 す る 。 凡 夫 位 の 第 七 識 は 執 我 の 體 で あ る 。 此 の 惑 體 は 常 に 衆 生 を 生 死 に 輪 廻 せ し め 菩 提 の 果 を 得 し め な い 。 菩 薩 は 第 一 僧 祇 の 間 に 四 十 心 位 を 修 行 し て 人 執 の 惑 末 那 を 伏 し 、 第 二 僧 祇 に こ れ を 断 じ 、 第 三 僧 祇 に こ れ を 除 く 。 此 の 尊 四 種 の 蛇 を も つ て 理 珞 と す る 。 こ れ は 凡 夫 位 に あ る 末 那 識 の 四 煩 悩 (我 痴 ・ 我 愛 ・我 執 ・ 我 見 ) を 表 す 。 而 も そ の 蛇 は 生 き な が ら の 形 に あ る 、 こ れ は 四 煩 悩 や が て 菩 提 を 成 ず べ き の 意 味 と す 。 因 時 の 末 那 に は 我 執 あ つ て 法 執 が な い 。 け れ ど 第 六 識 に 於 い て は 我 執 法 執 と も に 有 る 。 此 の 第 六 識 が 佛 果 の 位 に 至 る 時 二 執 を 断 じ て 妙 觀 察 智 と な り 、 此 の 智 が 断 惑 す る 時 第 七 の 平 等 性 智 は 第 六 識 に 影 響 さ れ て 倶 に 断 惑 す る 。 第 三 焔 曼 得 迦 、 此 の 尊 は 第 六 意 識 が 人 法 二 執 を 断 ず る 特 の 形 と な つ て ゐ る 。 凡 夫 の 第 六 識 は 常 に 人 法 皆 空 の 眞 理 に 迷 ふ て を る 。 人 空 の 理 に 迷 ふ か ら 二 乗 の 菩 提 を 得 る こ と が 出 來 な い 、 又 法 空 に 迷
ふ か ら 佛 果 菩 提 を 得 な い 。 此 の 第 六 識 は 轉 化 し て 妙 觀 察 智 と な る 。 此 の 智 は 諸 法 に 於 い て 常 に 法 性 の 理 を 照 し . 大 悲 願 を 起 し て 衆 生 の 苦 を 觀 ず 。 此 の 尊 は 水 牛 に 乗 つ て ゐ ら れ る 。 そ の 水 牛 の 力 は 餘 の 牛 に 勝 れ 、 車 を 曳 く に 大 力 あ る べ き に よ る 。 唯 力 の 大 な る を 見 れ ば よ い の で あ る 。 此 の 尊 六 臂 六 面 六 足 と す 。 皆 六 識 の 活 動 を 表 す る の 外 な い 。 此 の 尊 の 行 法 中 に は 損 他 の 法 を 説 く 、 こ れ 妙 觀 察 智 動 い て 轉 法 輪 と な り 、 自 他 の 煩 悩 を 摧 破 す る に 依 る 。 第 四 金 剛 夜 叉 、 眼 耳 鼻 舌 身 の 五 識 佛 果 の 位 に 至 り 成 所 作 智 と な る 時 の 断 惑 の 形 を 表 は す 。 五 識 は や が て 身 土 を 化 作 し て 、 化 身 と な つ て 佛 事 を 成 す る に よ つ て 成 所 作 智 と い ふ 。 第 五 中 央 不 動 尊 、 此 尊 は 第 九 阿 末 頼 識 法 界 體 性 智 を 成 ず る 時 の 断 惑 の 形 と す 。 第 九 識 は 第 八 識 に 顯 は さ る る 所 の も の で 或 は 無 垢 識 と い ふ 。 法 界 體 性 智 の こ と で あ る 。 是 の 智 は 煩 悩 所 知 の 二 障 を 断 ず 。 此 の 尊 童 子 形 を 現 す る こ と 、 法 性 法 身 は 一 切 の 障 を 断 じ 一 切 の 相 を 離 れ 、 言 語 道 断 し 心 行 共 に 滅 す 、 是 れ 凡 夫 の 境 界 に 非 す 、 今 此 の 尊 は 本 願 力 の 故 に 無 相 の 中 に 相 を 現 じ 、 生 死 の 中 に 入 つ て 雜 類 の 者 を 攝 す 、 故 に 法 身 の 瓔 珞 を 捨 て 此 の 形 を 現 じ 、 如 來 使 者 と な つ て 未 來 際 を 盡 し 一 切 衆 生 を 濟 ふ 爲 に 此 の 形 を 現 す る 。 五 大 尊 と 五 佛 と 前 後 の こ と 、 顕 教 で は 断 惑 は 前 で 證 理 は 後 と す 。 即 断 惑 す る こ と に よ つ て 證 理 に 達 す と い ふ 。 今 五 大 尊 の 断 惑 の 形 は 五 佛 證 理 の 後 で あ る 。 何 故 な れ ば 忿 怒 の 體 は 金 剛 喩 定 に 入 る 刹 密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 觀 賢 僧 正 八 九
密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 觀 賢 僧 正 九 〇 那 の 加 行 の 形 で あ る か ら 。 今 秘 密 家 の 意 は 菩 薩 に 二 種 の 身 あ り 、 一 に 轉 法 輪 身 、 四 智 圓 満 し て 微 妙 不 思 議 な る 法 性 の 世 界 へ 歸 す る 位 に 當 る 。 二 に 教 令 輪 身 、 諸 佛 の 本 誓 活 動 し て 迷 惑 の 衆 生 を 汲 引 し 、 佛 果 に 入 ら し め ん が 爲 め に 現 す る 形 で あ る 。 教 と は 教 導 の 義 ・ 令 と は 嚴 勅 の 義 ・輪 と は 摧 破 の 意 味 を 有 す る 。 一 切 衆 生 の 煩 悩 を 摧 破 し て 如 來 の 體 性 に 入 ら し め ん と す 。 上 述 す る 如 く 五 大 尊 の 體 は 五 智 の 用 と い ふ こ と に 外 な ら な い 。 五 智 の 総 體 は 菩 提 心 で あ る か ら 五 大 尊 は 菩 提 心 の 外 に な い こ と ざ な る 。 明 王 使 者 の 明 を 誦 ず る 時 は 必 す 部 母 、 三 部 五 部 の 部 母 を も つ て 軌 を 護 り 障 を 除 か し む る 。 不 動 は 如 來 を 請 じ 奉 る 時 魔 王 随 從 し 來 る 、 そ の 時 不 動 の 言 を も つ て 避 除 す る に 、 魔 王 も 不 動 の 忿 怒 尊 の 威 勢 に 押 へ ら れ て 還 る 、 こ れ に よ つ て 速 に 三 摩 地 を 成 す る こ と が 出 來 る 。 こ れ を 遣 魔 住 尊 の 義 と す 。 こ れ に よ つ て 弘 法 大 師 は 餘 の 尊 法 を 修 す る 次 い で に 必 す 此 の 尊 の 呪 を 誦 ず べ し ざ 云 は れ た 。 一 切 の 眞 言 を 誦 じ て 修 法 す る に 若 し 障 り 重 う し て 成 就 せ す ん ば 最 後 に 此 の 一 字 の 眞 言 を 念 ず る に 、 不 成 就 の 法 も 一 時 に 皆 成 就 す る 。 又 臨 終 の 時 阿 彌 陀 佛 を 念 じ て 極 樂 に 生 せ ん と 欲 す る に 心 散 亂 し て 佛 法 現 前 せ ず ば 、 此 の 一 字 の 呪 を 誦 ず る に 、 明 王 の 本 誓 に よ つ て 行 者 の 心 を 助 け 正 念 に 安 住 す る を 得 し め 彼 の 世 界 に 生 れ る 。
諸 尊 念 誦 の 最 後 に 佛 眼 の 明 を 誦 す る こ と 、 佛 眼 尊 は 佛 母 で あ つ て 、 一 切 眞 言 の 逼 数 は 皆 是 れ に 付 屬 し 、 諸 の 眞 言 は 皆 こ れ に 歸 す る 。 而 も 成 佛 の 時 に も 散 失 せ す し て 早 く 成 就 す る こ と が 出 來 る 。 一 字 頂 輪 王 脛 に は 餘 尊 の 呪 の 終 り に 一 字 の 明 を 念 す る 時 餘 尊 そ の 威 力 を 失 ふ こ と 日 光 出 現 し て 星 の 光 り 没 す る が 如 し と 説 く 、 若 し 此 の 一 字 を 念 す る の 後 佛 眼 の 呪 を 念 せ ば 、 そ の 失 は れ た 餘 尊 の 威 徳 更 に 出 現 し 本 意 成 就 す 。 凡 そ 次 第 に 於 い て 総 と 別 と の 二 つ が あ る 。 総 と は 佛 部 ・蓮 花 部 ・ 金 剛 部 を 順 次 に 誦 ず る 。 そ の 佛 部 と は 一 切 諸 佛 の 明 、 蓮 花 部 は 諸 菩 薩 の 明 、 金 剛 部 は 一 切 忿 怒 尊 の 明 、 別 と い ふ は 部 毎 に 部 主 ・ 部 母 ・ 明 王 ・ 使 者 と あ り 、 佛 部 は 大 日 を 主 と し 、 虚 空 眼 を 母 と し (佛眼なり ) 降 三 世 を 明 王 使 者 と す 。 蓮 花 部 は 觀 音 を 主 と し 、 白 處 尊 を 母 と し 、 馬 頭 を 明 王 使 者 と す 。 金 剛 部 は 金 剛 手 を 主 と し 、 葬 忙 鶏 を 部 母 と し 、 軍 荼 利 等 を 明 王 使 者 と す 。 先 金 剛 手 の 明 次 に 明 王 の 明 、 最 後 に 部 母 を 念 じ て 付 屬 す 。 そ れ は 総 攝 不 失 の 部 母 の 徳 に 約 す る の で あ る 。 線 を 修 多 羅 と い ふ 、 こ れ 文 の 義 意 が 文 の 華 を 貫 く の 意 と す 。 香 象 、 象 は 一 日 に 萬 里 を 行 く 、 金 輪 王 位 を 受 け ん と 欲 す れ ば 浄 行 の 婆 羅 門 此 の 香 象 に 乗 り 、 四 大 海 の 水 を 取 り 來 つ て 太 子 の 頂 し 漉 ぎ 其 の 身 を 浄 め 、 而 し て 後 に 王 位 を 受 く る 。 菩 薩 も 亦 如 是 、 來 る べ き 時 に 佛 の 位 に 登 ら ん と 欲 す る か ら 、 阿 闍 梨 甘 露 の 智 水 を も つ て 、 其 の 頂 に 漉 ぎ 、 無 始 生 死 の 惑 密 教 事 相 吏 上 より 見 た る 觀 賢 僧 正 九 一
密 教 事 相 史 上より 見 た る 觀 賢 僧 正 九 二 を 消 除 し 、 諸 佛 の 印 可 を 蒙 る 。 こ れ 金 輪 王 郎 位 の 法 に 召 ひ 、 入 壇 灌 頂 せ ん と す る 人 は 、 必 ず 香 象 を 超 え て 入 る 。 五 佛 の 中 大 日 は 菩 薩 形 四 佛 は 佛 形 で あ る 。 大 日 は 寳 冠 瓔 珞 を 以 つ て 身 を 荘 嚴 し 、 十 地 最 後 の 菩 薩 、 灌 頂 の 位 を 受 け ん と す る 時 の 形 と な つ て ゐ る 。 四 佛 の 佛 形 は 大 日 如 來 四 智 圓 満 の 相 で あ る 。 五 秘 密 軌 に 計 里 枳 羅 明 王 は 虚 空 藏 の 忿 怒 形 に 現 は れ た る も の 、 此 の 明 を も つ て 供 具 を 加 持 し 、 如 來 に 供 養 す れ ば 、 諸 の 供 具 を し て 廣 大 豊 美 な ら し め 、 垢 を 去 つ て 清 浄 な ら し む る 。 眞 言 教 説 法 の 主 は 三 身 の 中 に は 智 法 身 、 他 受 用 は 初 地 よ り 第 十 地 に 至 る 菩 薩 に 受 用 せ ら る 。 即 そ れ ら の 菩 薩 は 、 彼 の 説 法 を 聞 い て 断 惑 修 喜 す る に よ つ て 受 用 と い ひ 、 地 前 の 菩 薩 並 に 聲 聞 縁 覺 人 天 の 爲 に 説 法 す る を 變 化 身 と い ふ 。 人 天 二 乗 の 爲 に 小 教 を 説 く 佛 身 は 一 丈 六 尺 の 尊 體 に し て 、 菩 提 樹 下 に 坐 し 給 ふ 。 其 の 座 に 於 い て 人 天 は 五 色 の 蓮 花 を 見 、 聲 聞 縁 覺 は七 寳 蓮 華 を 見 、 又 人 天 定 性 の 二 乗 は 五 色 の 菩 提 樹 を 見 、 廻 心 し て 大 乗 に 向 ふ 聲 聞 及 び 地 前 の 菩 薩 は 七 寳 荘 嚴 の 菩 提 樹 を 見 る 。 他 受 用 身 に 於 い て 初 地 の 菩 薩 は 百 葉 の 蓮 花 臺 を 見 、 此 の 佛 の 説 法 を 聞 く 人 は 百 法 明 門 を 修 し て 百 佛 世 界 に 往 き 衆 生 を 利 益 す る 。 一 佛 の 世 界 は 一 の 三 千 大 千 世 界 に し て 、 そ れ を 百 合 し て 百 佛 世 界 と い ふ 。 百 法 と は 善 悪 の 法 に 於 い て 百 名 あ り 、 そ れ を 明 に す る は 智 に よ る 。 智 に よ つ て 百 法 は 明 了 と な る 。 智 は 簡 擇 を 義 と し 、 煩 悩 菩 提 の
體 を 簡 擇 し 了 知 す る を 眞 諦 と い ふ 。 煩 悩 の あ る 衆 生 を 見 て 悲 願 力 を 發 起 す る を 俗 諦 と い ふ 。 大 悲 大 願 に 二 種 あ り 、 一 は 無 作 の 大 願 、 一 は 有 作 の 大 願 と す 。 衆 生 の 爲 に 抜 苦 與 樂 す る を 有 作 と い ひ 、 衆 生 を 度 す る に 我 法 の 二 相 を 離 れ 、 一 切 智 々 に 廻 向 す る を 無 作 と い ふ 。 此 の 願 は 地 前 初 發 心 住 に 於 て 發 起 す と 。 以 上 五 大 明 王 義 の 文 意 を 取 つ て そ の 大 綱 を 記 し 了 る 。 事 相 學 上 よ り 見 て も 、 教 相 學 上 よ り 見 て も 得 べ き こ と の 多 く 存 す る を 知 る べ き で あ る 。 五 、 後 七 日 御 修 法 後 七 日 御 修 法 に 就 い て 事 相 の 立 場 か ら 論 じ 、 こ れ を 雜 誌 の 上 で 公 に す る こ と は 、 態 度 と し て 少 し 輕 々 し い こ と に な る か も 知 れ な い け れ ど 、 學 問 の 上 か ら 見 て 觀 賢 僧 正 所 見 の 一 端 を 知 る こ と は 、 こ れ 又 肝 要 な こ と で な く て は な ら な い 。 敢 て 越 法 の 責 を 受 く る の 覺 悟 を も つ て 少 し 記 す 。 ﹁ 後 七 日 御 修 法 由 緒 作 法 ﹂ に 、 何 の 爲 に 御 修 法 を 修 す る か を 記 し て 、 正 月 後 七 日 の 御 修 法 は 聖 朝 地 久 の 御 願 を 満 足 す る に あ る 。 即 四 海 の 安 寧 を 祈 り 萬 菓 成 就 五 穀 豊 饒 の 修 法 を 凝 ら す の 外 な い と 記 さ れ て あ る 。 總 て 密 教 の 修 法 に は 息 災 を 祈 る と か 増 益 を 祈 願 す る と か 敬 愛 を 祈 る と か 佛 法 若 し は 國 家 の 怨 敵 を 降 伏 す る と か 、 そ れ ぞ れ の 精 神 に よ つ て 形 式 も 多 少 異 る こ と に な つ て ゐ る 。 そ の 中 御 修 法 密 教 事 相史 上 より 見 た る 観 賢 僧 正 九 三
密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 観 賢 僧 正 九 四 は 息 災と 増 益 と を 兼 ね 修 す る 。 四 海 の 安 寧 を 所 る こ と は 即 息 災 を 所 る の で あ つ て 、 そ は 唯 、 上 御 一 人 い ふ の で な く 、 上 御 一 人 は 勿 論 四 海 萬 民 の 安 寧 を 祈 願 し て 、 上 の 御 叡 慮 を な ぐ さ め 奉 り 、 下 萬 民 の 無 事 安 穏 な ら ん こ と を 神 明 佛 陀 に 祈 願 す る の で あ る 。 萬 菓 成 就 五 穀 豊 饒 は 増 益 の 外 な い 。 天 下 李 安 で あ る ば か り で な く 富 み 榮 え な く て は な ら の と い ふ の で 此 の 所 傭 を 凝 ら す 。 上 御 一 人 の 満 足 は 四 海 の 安 寧 と 五 穀 成 就 萬 菓 豊 饒 と い ふ こ と 以 上 に 比 す べ き 何 も の も な い 。 民 の 喜 び を も つ て 喜 び と し た ま う 、 そ の 大 御 心 を 助 け 奉 ら ん が 爲 に 此 の 法 が 修 さ れ る こ と と な つ て ゐ る 。 後 七 日 と い ふ の は 正 月 の 元 日 よ り 七 日 間 を 初 七 日 と い ひ 、 そ の 初 七 日 の 次 の 七 日 間 を 後 七 日 と い ふ 。 初 七 日 間 は 宮 中 に 公 事 多 き 爲 め 、 御 修 法 の 儀 は 後 七 日 と せ ら れ た の で あ る 。 そ し て そ の 修 法 に 甲 の 年 は 胎藏 界 、 乙 の 年 は 金 剛 界 と 隔 年 に 両 界 を 勤 修 す る 。 但 し 甲 の 歳 に 胎 、 乙 の 年 に 金 と い ふ は 、 初 胎 後 金 の 順 序 で あ つ て 、 こ れ は 後 世 廣 澤 方 に 用 ふ る 所 と な つ て ゐ る 。 觀 賢 僧 正 は 本 來 小 野 方 に 屬 す る 人 で あ る か ら 初 金 後 胎 で な く て は な ら な い 。 然 る に 今 初 胎 後 金 と 記 さ れ た る こ と は 如 何 な 事 情 に よ る か 、 更 に 決 す べ き 問 題 と し て 残 し て 置 く 。 次 に 御 修 法 に は 息 災 と 増 益 と の 二 壇 の 護 摩 、 及 び 五 大 尊 、 聖 天 壇 、 十 二 天 供 、神 供 等 を 勤 修 し そ の 壇 を 設 け 荘 嚴 す る 。 そ し て 十 二 天 供 と 五 大 尊 供 と は 初 夜 に 只 一 度 ば か り 勤 修 し 、 聖 天 供 は 後 夜 と 日 中 と の 二 時 に 勤 行 す る 。 現 今 も 備 此 の 規 模 に よ つ て 御 修 法 は 行 は れ て ゐ る の で あ る 。 次 に 本 尊 の こ と 、 、 勿 論 大 日 で は あ る が 、 す べ て を 寳 部 に 約 し て 、 種 子 は タ ラ ク 、 三 形 は 如 意 寳
珠 、 印 は 智 拳 印 と す 。 厚 隻 紙 下 に 、 ﹁ 般 若僧 正 の 御 傳 に 云 く ﹂ と し て そ の 口 訣 を 出 す 。 文 に 雖 行 両 界 實 寳 生 如 來 法 也 種 子 三 昧 耶 形 印 明 圖 如 金 剛 界 但 壇 上 置 舎 利 本 尊 三 昧 耶 形 並 舎 利 宀 一 山 此 三 寳 一 體 可 觀 之 胎 藏 又 如 是 但 依 爲 因 曼 荼 羅 行 寳 菩 薩 耳 私 云 五 佛 種 子 可 觀 之 。 と 。 又 云 ふ 般 若 僧 正 巻 数 被 本 尊 ( 寳 生 如 來 也 )眞 言 名 近 代 秘 不 書 之 前 の 文 に 宀 一 山 と あ る は 室 生 山 の 略 宇 と す 。 室 生 山 は 如 意 寳 珠 の 山 と し て 古 來 特 に 尊 重 す る こ と に な つ て ゐ る 。 又 安 流 ﹁ 後 七 日 ﹂ 口 訣 の 中 に 、 ﹁ 後 七 日 本 尊 事 ﹂ と し て 、 諸 説 不 同 に し て 一 致 す る 所 は な い け れ ど 今 は 一 読 に 就 い て 寳 生 尊 と し て 之 を 用 ふ と 。 香 隆 寺 僧 正 寛 空 が 、 延 喜 二 十 年 八 月 六 日 に 般 若 寺 僧 都 (此 の 頃 は 観 賢 僧 正 猶 僧 都 で あ つ た ) と 共 に 醍 醐 山 へ 参 上 し 、 夜 に 入 る ま で 御 物 語 あ り 、 そ の 次 い で に 、 眞 言 院 (宮 中 に あ る 佛 室 と す ) 後 七 日 御 修 法 と は 何 様 の 事 哉 と 尋 ね た 。 そ れ に 就 い て ﹁ 後 七 日 御 修 法 は 國 家 の 太 平 と 五 穀 成 就 を 所 請 せ ん 爲 に 、 一 の 阿 闍 を も つ て 阿 闍 梨 と し 、 数 口 の 助 修 を も つ て 毎 年闕 が ず に 行 ふ 。 そ れ は 全 く 陛 下 の 御 願 に 依 る も の で あ つ て 、 一 の 阿 闍 梨 の 外 餘 人 の 知 る 可 か ら ざ る こ と で あ る 。 ﹂ と 答 へ ら れ た 。 か や う な 話 な ど を し て 夜 を 過 し 同 七 日 に 般 若 寺 じ 還 御 あ り 、 九 日 に 又 参 上 し て 前 の 事 を 尋 ね た 。 そ う す る と 口 受 に ﹁ 御 七 日 の 御 修 法 に は 両 界 の 法 を 行 す け れ ど 實 は 寳 生 如 來 の 法 で あ る ﹂ 云 云 と 説 か れ た 。 以 上 延 喜 二 十 年 八 月 九 日 佛 子 寛 空 の 記 さ れ だ も の の 取 意 と す 。 御 修 法 道 場 觀 は 上 密 教 事 相 史 上 よ り 見 た る 觀 賢 僧 正 九 五
密 教 事 相 史 上 よ り 見 六 ろ 觀 賢 僧 正 九 六 述 の 規 模 に よ つ て 種 子 は タ ラ ク 、 三 形 は 如 意 寳 珠 室 生 山 、 本 尊 は 大 日 印 三 摩 耶 賢 生 尊 の 印 に 羯 摩 會 の 言 と す 。 但 し 安 流 の 相傳 に 依 る と 此 の 意 、 只 賢 生 尊 と 習 ふ は 淺 略 で あ つ て 、 般 若 寺 僧 正 は 寛 空 僧 正 に 授 け 、 範 俊 は 増 俊 阿 闍 梨 に 授 け 給 ふ 所 、 皆 淺 略 の 意 味 の み と す 。 そ し て 醍 醐 の 説 も 亦 同 じ き 歟 と 。 正 念 誦 に は バ ン ウ ン タ ラ ク キ リ ク ア ク の 言 散 念 誦 に は 佛 眼 ・大 日 ・ 不 動 ・降 三 世 ・ 如 來 慈 護 ・ 本 尊 ・寳 生 尊 ・虚 室 藏・ 藥 師 ・延 命 ・吉祥 天 ・ 八 方 天 ・ 一 切 成 就 ・ 一 字 の 各 眞 言 を 誦 ず る 。 安 流 後 七 日 の 徳 に は ﹁ 散 念 誦 ﹂ 般 若 寺 の 巻 数 に 云 く と し て 、 寳 生 ・佛 眼 ・ 不 動 ・吉 群 ・護 摩 ・ 聖 天 ・ 大 日 寳 號 ・ 藥 師 ・觀 音 寳 號 を 出 す 。 但 し 巻 数 は 後 に 更 に 出 す こ と と す 。 息 災 護 摩 、 不 動 を も つ て 本 尊 と す 、 種 子 は カ ー ン マ ン 、 三 形 は 劍 索 、 印 獨 古 、 眞 言 火 界 呪 、 増 益 護 摩 、 淺 略 に は 吉 祥 天 を も つ て 本 尊 と し 、 深 秘 に は 賢 生 尊 を も つ て 本 尊 こ す 。 或 は 最 深 秘 に は 大 日 を も つ て 本 尊 と す 。 加 持 香 水 、 左 手 に 水 精 の 念 珠 を 取 り 右 手 に 五 鈷 を 執 り 、 先 軍 荼 利 の 小 呪 を 誦 じ 、 ラ ンバ ン の 言 常 の 如 く 、 先 主 上 に 漉 ぎ 奉 り 、 次 に 宮 中 の 諸 人 、 次 如 來 、 了 つ て 本 の 所 へ 散 杖 を 置 き 、 右 手 の 五 鈷 を も つ て 不 動 慈 救 の 呪 を 誦 じ 主 よ を 加 持 し 奉 り 宀 一 山 を 觀 念 す る 。 そ し て 左 手 に 念 珠 を 取 る 云 々 祥 流 五 七 日 御 修 法 記 録 の 中 に 、 正 月 十 四 日 に 加 持 香 水 の 儀 あ り 。 長 者 は 眞 言 院 よ り 参 内 し て 作 法