共生科学と初等教科教育法(理科)の役割について
ー理科をしっかり教えることができる教員養成のためにー 西 村 哲 雄
星槎大学紀要(Seisa Univ. Res. Bul.)共生科学研究 No.10 41〜47(2014)
星槎大学共生科学部(理科教育)
1 .はじめに
1)共生科学における人と自然との関わり
星槎大学の建学の精神の中で、「…人と自然との関わりに目を転じますと、生態系の頂点に立 つ我々人類の人口の激増とその営みによって森林破壊、水質・大気汚染、温暖化等々の環境破 壊が加速され、このままでは宇宙でも稀有な、生命に溢れる水と緑の惑星地球における生命の 生存環境が損なわれるおそれがあります。次の世代に豊かな生存環境を引き継ぐことができるよ うに、今、自然との共生が強く求められる所以であります。」とある。これからの持続可能な社会 を継続していくためには、特に 生命の生存環境が損なわれるおそれ について、一人一人が自 らの問題として捉え、真剣に議論し、地球規模での科学的な見方や考え方をもつ必要がある。
ESD(Education for Sustainable Development)・持続発展教育(日本ユネスコ国内委員会)
の育みたい力として、持続可能な発展に関する価値観(人間の尊重、多様性の尊重、非排他 性、機会均等、環境の尊重等)などが掲げられている。ESDの基本的な考え方として、持 続可能な発展のための知識、価値観、行動等を重視し、環境教育、エネルギー教育、国際理 解教育、世界遺産や地域の文化財等に関する教育、その他の関係する教育があげられている
( 我が国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画 より)。この中で、
これからの21世紀を担う児童の教育において、特に環境教育、エネルギー教育などに関し て理科教育の果たす役割も大きい。
2)小学校学習指導要領における理科の目標
小学校理科の目標は「自然に親しみ、見通しをもって観察、実験などを行い、問題解決の 能力と自然を愛する心情を育てるとともに、自然の事物・現象についての実感を伴った理解 を図り、科学的な見方や考え方を養う。」である。この 実感を伴った は今回の改訂で、
新たに加わった文言であり、具体的な体験や主体的な問題解決を通して、さらには日常生活 と関係付けて初めて得られるものである。
実感を伴った理解は、義務教育を修了し、その後の高等学校さらには大学、社会人となっ たときに、自然の事物・現象に興味・関心をもち、疑問を解決するうえでの基礎学力となり、
意欲となり、理科にかかわる様々な課題解決に自らが向かう原動力になるものである。従っ 特集 共生科学と私の研究
て、義務教育における理科教育の充実こそ重要視すべきものであり、特に、 実感を伴った 理解 は、好奇心旺盛な児童期に理科を教える小学校教員の理科指導能力に負うところが大 きく、小学校教員養成段階からその能力を高めることが重要である。
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.指導方法の工夫・改善を図れる教員の養成「理科の学習指導の改善・充実に向けた調査分析について」(平成24年度全国学力・学習 状況調査(小学校6年生、理科)の結果を踏まえた詳細分析(国立教育政策研究所・教育課 程研究センター)によると、児童の平均正答率の高さについて、「理科の指導について学校 の意識の高さよりも児童の意識の高さの方が、影響が大きい⇒学校の積極的な取組も重要だ が、児童の視点をより意識した学習指導が重要である」と述べている。
一方、独立行政法人科学技術振興機構(JST)と国立教育政策研究所は、平成20 年8月 に公立小学校で理科を教える教員を対象として、全国的なアンケート調査を実施した。その 結果、学級担任として理科を教える教員の約5割は理科の指導を「苦手」または「やや苦手」
と感じ、教職経験年数が10 年未満の若手教員ではその割合が6割を超えている。また、約 7割の教員は理科の指導法についての知識・技能が「低い」または「やや低い」と感じている。
この割合も教職経験10 年未満の教員で特に高くなっている。さらに、4割以上の教員が理 科の指導法についての知識・技能を大学時代にもっと学んでおいた方がよかったかに対して
「そう思う」と答えており、教職経験10 年未満の教員で特にその割合が高い(「平成20 年度 小学校理科教育実態調査」集計結果(速報)について・平成20年11月20日より)とあり、
教員養成の段階から理科の指導能力の向上が欠かせない。
小学校の児童においても、自然災害や環境問題、感染症や福島第一原子力発電所の事故な ど日常生活における危機管理能力、判断力の基礎を学ばせる必要がある。また、青色LED やiPS細胞など身近な科学に関する話題も多く、児童の関心も高く疑問も投げかけてくるこ とが予想される。従って、自然の事物・現象に常に関心をもち、理科の授業でどのような話 題提供をするのか、児童の発達段階に応じて指導方法の工夫・改善に努めなければならない。
科学的な見方や考え方を身に付けさせるとともに、科学技術発展の担い手として社会に貢献 する人材を育てるためには、また、児童が知的好奇心をもち、持続的に探究するようになる には、小学校理科を担う教員の指導能力の向上が急務である。
そこで、理科指導能力の高い小学校教員を高めるような初等教科教育法(理科)、教科理 科などの指導方法等を研究する。
1) 初等教科教育法(理科)の進め方 (1)受講生の理科に関する知識理解
大学の授業においても、受講生のレディネス状態を把握し、授業を行うことは重要である。
そこで、義務教育修了段階の理科に関する知識理解として、2002年の神奈川県公立高校入 学試験問題(理科)をレディネステストとして実施した。初等教科教育法(理科)スクーリ
ング時(2013年度2か所、2014年度1か所)に、合計103名の受講生の理解状況を調査した。
その結果、平均点は19.6点(50点満点)であった。第1分野では、速さに関する問題で単 位当たりの速さの差、銅の酸化に関する問題で化学反応式や定比例の法則などについての理 解が不十分であった。第2分野では地震、湿度に関する問題などで課題があった。第1分野、
第2分野に共通して課題のあるところは、表やグラフをもとに科学的な思考力を問う問題に あった。この傾向については、同じレディネステストを行ったA大学教育学部の初等理科 教育法受講の学生と同様であった。レディネステストについては、 実感を伴った理解 が 図れるような授業の見本として①日常生活と関連付けたり②モデル化を通して③簡易的な実 習などを通して、分かりやすく納得のいく説明を行った。
また、以前に教員採用試験の問題でインゲン豆の種子の中の子葉の様子を書かせる問題が 出題されたこともあり、実際に水に浸したインゲン豆(商品名・金時豆)を縦に切って見さ せた。また、学生に、柿のタネを縦に切ったときの図を画かせたところ、4.6%(3か所スクー リング65名中3名)の正答率であった。日常生活で枝豆やピーナツを食べたりしているが、
そのタネの中身を実際に目で確かめ、どのように成長し、結実していくのかを考えることが 実感を伴った理解 につながる。
インゲン豆については、第5学年B生命・地球「植物の発芽、成長、結実」で扱うので、
学生に自宅で育てるように惣菜用トレイ、金時豆約10粒、コットンなどを渡し、下の写真 のように実習の手順や留意点などを具体的に説明し、宿題とした。
2 )“実感を伴った理解”を図る授業研究(「風やゴムの働き」「振り子の運動」を例に)
小学校学習指導要領解説理科編(文部科学省・平成20年8月)第3学年A物質・エネルギー
「風やゴムの働き」では、
風やゴムで物が動く様子を調べ、風やゴムの働きについての考えをもつことができ るようにする。
ア 風の力は、物を動かすことができること。
イ ゴムの力は、物を動かすことができること。
とある。ここでのねらいは『風やゴムの働きについて興味・関心をもって追究する活動を 通して、風やゴムの力を働かせたときの現象の違いを比較する能力を育てるとともに、それ らについての理解を図り、風やゴムの働きについての見方や考え方をもつことができるよう にすること』と述べられている。
ここでは、大人でも好奇心が湧くように、また、どのように創意工夫すればテーマにあっ た車を製作できるかを重視した。自らが授業の教材研究、事前準備、指導の展開、学習の個 別化や試行錯誤させる時間帯、身近な素材など、教師になった状態をイメージして臨ませた。
① テーマの設定を工夫する。「ぼくのレーシングカー」「ぼくのF1」
② オリジナルな自分の車風で動く車、ゴムで動く車を製作する。
③ 身近な素材を使用する。
④ 安全に配慮する。
⑤ 競争心をくすぐる。
児童が興味・関心をもって追究する活動を行うようにするためには、指導方法の工夫・改善 が必要である。大学生にとっても興味・関心がもてるようにテーマを「ぼくのF1」として、ペッ トボトルのキャップ(タイヤ)、厚紙(車体)、串(車軸)、ストロー(車軸受け)などを用意し、
試行錯誤させながら写真のような風で動く車やゴムで動く車を製作させ、車レースを行った。
第5学年A物質・エネルギー「振り子の運動」では、
おもりを使い、おもりの重さや糸の長さなどを変えて振り子の動く様子を調べ、振 り子の運動の規則性についての考えをもつことができるようにする。
ア 糸につるしたおもりが1往復する時間は、おもりの重さなどによっては変わら ないが、糸の長さによって変わること。
とある。ここでのねらいは、「振り子の運動の規則性について興味・関心をもって追究す る活動を通して、振り子の運動の規則性について条件を制御して調べる能力を育てるととも に、それらについての理解を図り、振り子の運動の規則性についての見方や考え方をもつこ とができるようにすること。」とある。
受講生に、「振り子が1往復の時間は①おもりの重さ②糸の長さ③振れ幅のうち、どのこ とによって変化するか」と問うたところ、②の糸の長さを答えた受講生は、どのスクーリン グ会場でも半分以下であった(過去に、教員採用試験問題として同様な内容が出題されたこ とがあった)。ブランコ、メトロノーム、柱時計、振り子の原理を応用したおもちゃなどを 例にあげて説明した。様々な大きさのスーパーボールに、カーテンレールランナーを瞬間接 着剤で着け、乾かしたのち、刺繍糸を使って振り子を製作した。
ここでも同様に、身近な素材で学習の個別化を意識して授業に取り組ませた。
3)双眼実体顕微鏡を用いての火山灰等の観察
①浅間山、新燃岳、桜島、タクラマカン砂漠、南極などの火山灰や砂粒の観察
②人参(北海道)畑の土、サツマイモ(鹿児島)畑の土を洗って石英、長石、角閃石、輝 石などの鉱物の観察
浅間山噴火(2009年2月2日・夕刊読売新聞)、桜島の噴火(2013年8月19日・読売新聞)
などの新聞記事を配布し、臨場感を高めた。特に、浅間山の噴火による火山灰は、自動車の フロントガラスに積もったものを刷毛で集め、サンプルとした。
4)模擬授業の工夫
スクーリング時の人数、教員経験の有無、男女のバランス、年齢構成などによって異なるが、
4、5人の班に分かれ、第3学年の「風やゴムの働き」、第5学年の「振り子の運動」の単元で、
製作した車、製作した振り子を用いての授業展開を各班で討議した。模擬授業は、本時の指 導案を班全員で考え、役割分担しながら20分〜30分程度で行った。ベテランの学生(臨時 的任用職員、中学校教員など)の助言を得ながら若い学生が緊張しながら行うことが多かっ た。その後、授業の自評、質疑応答、振り返り、助言などを行った。
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.まとめ児童に知的好奇心を喚起し、授業に夢中になるような指導方法の工夫・改善を行い、楽し くよく分かる授業を創造したいものである。児童が、次はどんな授業? 理科室で実験?
というようなワクワク感をもたせる授業こそ、教師の醍醐味である。小学校で理科を教える 教員が授業に対して自信をもって臨めるように、教員養成段階で理科の内容や観察、実験の 指導に関する知識と技能などを身に付けておくことは極めて重要である。下の写真は速く走 るためにウチワの風をたくさん受けるために、あるいは、ゴムで動く車の距離を伸ばすため には?と受講生が工夫した作品である。何回か授業を重ねる中で、「ぼくのF1を作ろう!」「あ とで競争」などによって自由に製作することを優先したところ、大きな帆や輪ゴムを二重に したり、車体を軽量にしたり(骨組みだけで乗れない)するなど、条件の統一にこだわらな い方法をとった。このことで、自動車レースをすると、児童から「○○ちゃんのずるい!」
などというクレームも予想される。逆に、そのときこそチャンスである。「どうして?」「だっ て…」と授業が盛り上がり、望むところである。初等教科教育法(理科)を受講した学生が 教壇に立ち、創意工夫した授業を行い、児童が目を輝かして「次の授業は?」というように したい。小学校理科教育のさらなる充実に向けて初等教科教育法(理科)を行うことが、21 世紀の知識基盤社会、グローバル社会、さらには共生の社会を生きる児童の基本的な科学的 な見方や考え方を養うと確信する。
そこで、スクーリングを受けた受講生の感想例(抜粋)を掲載する。
・私自身、理科への強い苦手意識があり、来るまでとても嫌でしたし、最初のレディネステ ストも、ほとんど忘れていてすっかり疲れてしまいました。しかし、おもちゃを5つ作る ことで、自然と「どうしたらもっと速くなるか」「ピンポン玉をとばすにはどうするのか」
と、気づいたら夢中になって考え、試行錯誤している自分がいました。まさに、自分で実 感を伴った理解のために、自ら考え、試すことの大切さを味わうことができました。これ は理科の授業に拘わらず、これからの世の中を生きていく上で、見通しを立て学んでいく ことがいかに大事かを感じることのできる体験となりました。一言で感想を言うと「楽し かった」です! 自分で身近な植物や色々な自然について考えたり、おもちゃをつくった り、外発的な動機から自らを奮い立たせ、少しずつもう一度理科を学び直しながら勉強し ていきたいと思います。そのやる気をもてるスタートラインに立てた2日間でした。(女性)
・授業の最初に配られたレディネステストの内容を見て、私は普段、科学的な見方や考え方 をしておらず、目の前にあるものに疑問をもたず生活していたなーと思いました。ちょっ とした事でも、何でだろうと思うことが気づきや学び、科学的な見方や考え方につながる のかなと思いました。私もまだまだ勉強をしなくてはと思いました。(男性)
・様々な実験を通して身をもって理解したことは忘れないだろうなと実感しました。私自身 が小学生の時、そこまで実験をたくさん取り入れていた記憶はないので、その重要さがよ くわかりました。また、教え方もとても分かりやすかったです。飽和水蒸気量の説明など 分かりやすく、こども達にどう伝えるかによって、その子の勉強に興味のもち方も変わっ てくるのでとても大切だと思います。これから現場に少しでも多く触れ、こども達とかか わり、伝え方の工夫をしていきたいです。(女性)
・2日間のスクーリングを受けて思ったことは、知識、授業の展開などの力不足である。ま ず大前提に基本的な理科の力がなくては教えるにも教えられない。だが知識があるから良 いわけででもなく、実験に何の道具が使えるのか、どういった方法があるのか、どうすれ ば児童は楽しく授業を受けることができるのか、それをしっかり考えなければならない。
1日目の物づくりでは、すごく身近な物で教材ができると知ることができ、またその時に は児童の安全第一に行わなくてはならない。学年に応じた対応が必要なのだと学ぶことが できた。2日間のスクーリング楽しく終われて良かったです。学べた工夫点などを教師に なった時に活用していきたいです。(男性)
・今まで私が忘れかけていたものを思い出させてくれた授業でした。私は小学生の時、沢山
の疑問をもった児童でした。常に「何んで?」って言っていた気がします。しかし、大学 生の今、その「何で?」を気軽に発することができないでいた気がします。そして、いつ の間にか好奇心が薄れてしまっていました。しかし、この授業で沢山の「何で?」を皆で 共有して、そして先生も「何でだろうね?」って言ってくれて、いつの間にか私の心はウ キウキでした。教師として、一番大切なものを教えていただきました。私が教員になった 時、どんな教科でも児童の「何で?」を引き出せるような先生になります。(女性)
・授業を受ける前は最も苦手な科目であったが、小学校の教員をするに当たり「苦手です」
では通用しないと改めて思い知らされた。児童に教えるためには何十倍も教員はしていな いと、そのことについて指導することはできない。理科だけではなく、物理、化学、生物 などについてよく勉強し、広い教養を身に付けていくことが専門性という意味でも現在の 教員に求められていることだと考える。
・理科は昔から苦手意識が強く、授業も楽しかった思い出がなかったので、正直このスクー リングは不安でした。しかし実際に授業を受けてみて、これほど実際に試してみて、自分 の目で見て、考えて…と体と頭をフルに使って楽しめる教科はないなと感じました。
小さい頃理科が楽しくなかったのは、きっと自分が実験に対して消極的で記録をとること にばかり集中していたからだと思いました。きっと私のような児童は、たくさんいると思う ので、自分が授業をするときは、児童が一人一人自分でやろうとする意欲を起こし、ためらっ ている子には、そっと背中を押してあげる授業をしたいなと思います。また、その単元が 終わると忘れてしまうということが少しでも減るように、自分たちの生活との関わりやもっ と理解が深まるとすごく楽しい!ということを意識させていきたいと思います。(女性)
引用・参考文献
星槎大学建学の精神(星槎大学学生便覧)
小学校学習指導要領解説・理科編(文部科学省・平成20年8月)
ユネスコスクールと持続発展教育(ESD)(日本ユネスコ国内委員会・2013年2月)
平成22年度小学校理科教育実態調査集計結果
((独)科学技術振興機構・理科教育支援センター・平成23年8月)
(http://www.jst.go.jp/pr/announce/20081120/)(2014年10月25日)
平成20 年度小学校理科教育実態調査集計結果(速報)について
(独立行政法人科学技術振興機構(JST)・国立教育政策研究所・平成20 年8月)
(http://www.jst.go.jp/pr/announce/20081120/)(2014年10月25日)
「理科の学習指導の改善・充実に向けた調査分析について」(平成24年度全国学力・学習状況 調査(小学校6年生、理科)・国立教育政策研究所教育課程研究センター)
(www.nier.go.jp/science-rpt/)
浅間山噴火に関する新聞記事(夕刊読売新聞2009年2月2日)
桜島噴火に関する新聞記事(読売新聞2013年8月19日)