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国際関係理論の歴史的展開 一論争・対話・覚醒−

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論 文

国際関係理論の歴史的展開

一論争・対話・覚醒−

平 田 准 也*

はじめに

本論文は,現代国際関係論および国際政治学 における理論研究の歴史的展開を概観し,その 特徴および今日的意義の考察を試みる。本論文

の構成は,以下の通りである。

第1に,国際関係理論の誕生を,第一次世界 大戦後の国際連盟構想に位置づけ,その後の国 際連盟の挫折とこれに対する反応としての「リ

アリズム(Reahsm)」の登場を確認する。

第2に,第二次世界大戦以後,主としてアメ リカ,イギリスの研究者を中心として展開され た計3回のいわゆる「大論争(greatdebatPS)」

をとりあげる。冷戦時代を通じて繰り広げられ た各論争の争点を整理し,それが冷戦後の国際 関係学に与えた影響を明らかにする。

第3に,冷戦終結直後から2000年前後にかけ て活発化した「相互対話」状況に注目し,その 背景および意味を検討する。ここでは,理論研 究の動向のみならず,冷戦後あらたに顕在化し た事象にも日を配る。

第4に,2001年9月11日にアメリカのニュー ヨークで発生した「米国同時多発テロ事件」(以 下,9/11)後のジョージ・W・ブッシュ米政

権の対外政策をとりあげる。とくに,これに 対する国際理論研究者の論説を確認し,前述 の「相互対話」状況がさらに一歩進み,「アメ リカ批判」という点に収赦して,国際関係理論 の「覚醒(awakening)」という新たな段階に到 達したことを明らかにする。

このように,本論文は,冷戦期の国際関係理 論の教科書的な網羅,あるいは時系列的な整理 をめざすものではない。この時期の国際関係理 論に関する評価については,すでに日本におい ても彪大かつ精赦な研究成果が存在すること を,筆者は十分承知している。その先行研究に 依拠し,むしろ近年の国際関係理論をめぐる諸 問題に及ぼした過去の影響の指摘と,これに対 する研究者たちの問題意識こそを浮き彫りにし たい。

1 国際関係理論の誕生

現代国際関係の起源はいつであろうか。国家 間関係に限定するならば,一般的には,主権国 家が国際社会の主要な行為体として定着した 1648年のウェストフアリア条約の成立以降を指 す。20世紀以前の国家間関係としての国際関係 は,戦争に至るケースをみると,「君主と君主

*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程4年

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国際関係理論の歴史的展開      189

との戦い」にすぎず,戦闘員も職業軍人あるい は志願兵であり,戦場も限られていた。ところ が,第一次世界大戦において状況は一変する。

ヨーロッパ中をまきこみ,一般民衆にも多くの 犠牲がうまれた[多賀1981:123]。そのような 意味で,国際関係論の学問的発展・理論的解明 が人びとから希求され,実際に研究者および政 策決定者たちが,政治学・経済学あるいは法学 などと区別されるような独自の方法論で模索を はじめたのが,第一次世界大戦以後である。

1−1 第一次世界大戦の反省と国際連盟 第一次世界大戦における死者数は,それを戦 闘員に限定しても800万人を優に超えた。新兵 器による犠牲の拡大に加えて,1917年のアメリ カの参戦によって戦争が長期化し,各国が総力 体制をしくことになった。

具体例を示そう。フランダース地方の沼地で の戦闘は,1日かけてほんの数ヤード相手領土 に侵攻するだけで数千人の死者が出る一方で,

翌日の戦闘で再びそれが失われるという苛烈な

状況であった[HoⅡisandSmith1990:17]。

こうして,戦争を「制度的・機構的」に防ご うと試みたのが,当時のウイルソン米大統領に よる国際連盟構想であり,1919年のパリ平和会 議において,その設置が約された。

1−2 国際連盟の挫折

国際紛争解決を,制度・機構の創設を通じて 試みた国際連盟の今日的意義を軽視することは 誤りである。ただし,集団安全保障機構として は機能しなかった。その典型として,真っ先 に想起されるのがナチス・ドイツの台頭であ るが,最上敏樹は,さらに2つの事例を示し

ている。以下に,まとめてみよう[最上2006:

53−54]。

第1に,1931年9.月の満州事変である。日本 の武力行使を受けた中国は,連盟理事会に捷訴 した。しかし,翌月,日本の撤兵を求める決議 の採択を日本の反対によって阻まれた[長上 2006:53]。理事会の議決には全会一致が必要な ため,当時常任理事国であった日本に対して制 裁が課せられるはずがなかったからである[最 上2006:52]。次に,中国は,この事態を理事 会から総会へ移管する。ところが,総会も日本 に対して具体的な措置をとることはなかった。

リットン調査団による報告書において,H本の 武力行使が,日本の主張するような「自衛権の 行使」ではなく,「満州国」建設の正統性も否 認されたが,結果的に1933年3月,日本は国際 連盟を脱退する[最上2006:53−54]。

第2に,1934年に開始され翌年本格化したイ タリアによるエチオピア侵略である。イタリア に対する軍事的制裁は,イギリス,フランスの 消極姿勢によって実現しなかったが,1935年10 月に理事会はイタリアに対する経済・金融制裁 の実施を決定した。当時イタリアは日本と同様 に常任理事国であり,これに反対したが,連盟 規約第15条6項の適用により「拒否権」行使の 効果を持たなかった。ここに,史上初めての国 際機構による加盟国への制裁が実現する[最上

2006:54]。

その制裁内容について,やや詳しく引用して みよう。以下の4項目であった。(1)イタリア に対する武器弾薬の禁輸,(2)イタリア政府あ るいは企業に対する信用供与の停止,(3)イタ リア製品の輸入停止,(4)ゴム・錫・マンガン などの一次産品の禁輸などであった。ところ

(3)

が,(3)のうち,石油・鉄鋼・石炭などが禁輸 項目から除外される。その理由は,それらが,

すでに連盟を脱退していた日本やドイツ,非加 盟国のアメリカなどから輸入される,というも のであった。さらに,戦争をヨーロッパに飛び 火させないことを主眼にしていたイギリスとフ

ランスが,徹底した制裁に気乗り薄で,イタリ アは制裁を乗り切り,エチオピアを征服した

[最上2006:54]。

周知のように,その後のドイツの再軍備宣言 およびラインラント侵攻に対して国際連盟はな すすべもなく,第二次世界大戦に突入していく。

この2つの事例における問題点を,最上は次の ように指摘する。「大国」の実力をあてにした 集団安全保障体制には構造的欠陥がある(1)。つ まり,「大国」が機構内にあり,かつ機構の意 思決定に「拒否権」を行使できる限り,集団安 全保障の措置が当の「大国」に向けられること が原則的にないからである[最上2006:56]。

1−3 リアリズムの登場

国際連盟の挫折の要因には,日本,イタリア およびドイツの行動を制止できなかったという 制度的欠陥が存在したことは明白である。とこ ろが,イタリアによるエチオピア侵攻へのイギ リスとフランスの対応旦顕著なように,国際連 盟を通じた「世界平和」という普遍的価値の実 現よりも,自国の安全保障を露骨に優先した政 治的現実も大きな要因であった点は見逃せな い。

こうした歴史的教訓を踏まえて,国家間のパ ワー関係の分析に力点を置く「リアリズム」が 登場する。第二次大戦後,カー(E.H.Carr)や モーゲンソーを中心として発展し,1970年代後

半に登場するウオルツらの「ネオリアリズム

(Neorealism)」との対比で,「古典的リアリズ ム(ClassicdReahsm)」と呼称される。

ここでは,モーゲンソーの理論的主張をと りあげてみたい。その理由は,第二次大戦後 の国際関係理論をめぐる諸論争が,彼の理論 に対する「批判・誤解あるいは再評価」[大畠 1989]の歴史であったからにはかならない(2)。

まずは,1954年に彼の主著乃〟血』那珂∧加わ乃∫

の第2版において提唱された政治的現実主義 の6原則をみていく[大畠1989:176−178;CE

Morgenthau1985]。

(1)権力欲の普遍性と権力政治−すべての 人間には,「他人の精神と行動に対する 心理的な支配」,つまり「権力欲(1ust丘)r power)」が偏在するため,その行動は意図 と無関係に,結果的として悪である。した がって,政治の本質は「パワーを拡げ,維 持し,あるいはこれを誇示すること」であ

り,これが直接目的となる。

(2)国際政治と国力−公権威間の政治である 国際政治も,主権国家間のパワー,つまり 国力(nationalpower)をめぐる闘争である。

国力とは,地理,天然資源,工業力,軍備,

人口.国民性.国民の士気 外交の質およ び政府の質の9要素から成る。

(3)ナショナル・インタレスト−パワーの観 点から定義されるナショナル・インタレス

ト(nationalinterest)が,国際政治におけ る中心概念となる。とくにその「固い芯」

であるバイタル・インタレストとは,国家 生存つまり安全保障である。

(4)勢力均衡−権力闘争が展開される国家

(4)

国際関係理論の歴史的展開      191

間関係に安定と平和を保障する調整原理 として作用するのが,勢力均衡(balance ofpower)である。均衡状態においての み,ナショナル・インタレストの合理的 追求が可能となる。

(5)外交−したがって,外交(diplomacy)

とは,自国と相手国との間のパワーの均 衡を維持・回復させることであり,これ によって自国の生存のみならず他国のそ れも確保できる。東西冷戦も,「永遠の 真実」である国際的な権力闘争のひとつ にほかならない。イデオロギー的熱狂あ るいは「十字軍的精神」とは無縁の,冷 静な相互妥協による全面戦争回避の道 は,勢力均衡外交によってのみ可能であ る。

(6)政策決定者の「慎重さ」−上述のよ うに,人間のすべての行動が結果とし て悪であるため,政策決定者の慎重さ

(prudence)とは,「より小さな悪(lesser evu)」を選択することであり,それこそ が道徳的行為である。政治行為を道徳 的・非道徳的とに二分することは誤りで ある。

このように,モーゲンソーの国際政治理論 は,従来のアメリカの古き良き伝統としてのア イデアリズム,リベラリズムに対して真っ向か ら挑戦する論争志向的なものであった。しか し,その政策妥当性を理解する上で,決して見 落としてはならない点を指摘しておく。

第1に,彼の理論は戦争肯定論ではない。上 の(5)に明確に表現されるように,むしろ,パ ワーの観点からかけ離れた「別の理由」によっ

て安易に他国に軍事介入することに反対するも のである。事実,モーゲンソーは朝鮮戦争およ びベトナム戦争を厳しく批判していた(3)。

第2に,同じく(6)において明らかなように,

モーゲンソーが,最終的には政策決定者の「慎 重さ」に期待しているという意味で,彼の人間 観の本質は「理想主義的」といえるものである。

たしかに彼は,すべての人間が権力欲を有 し,その意図とは無関係に行動は悪であると断 定する。ただし,それは,「人間は生まれなが らにして悪である」とする主張とはいえない。

したがって,性善説・性悪説という単純な二分 法で彼の理論を分類すれば,実は前者というこ とになる(4)。以下で検討するように,特に第2 点目の部分で,モーゲンソーの理論は批判ある いは誤解されることになる。

2 冷戦期国際関係理論をめぐる大論争 冷戦期の国際関係理論における大論争は,第 1回論争(1950年前後〜)と第2回論争(1950 年代後半〜)が,主としてモーゲンソーの理 論をめぐって展開された。他方,第3回論争

(1980年代〜)は,当時国際関係論においてあ まり馴染みのなかった批判理論あるいはポスト モダンのアプローチを援用した論者による,既 存のあらゆる国際関係理論に対する挑戦であっ た(5)。

2−1 第1回論争(リアリズムvsアイデア リズム)−1950年前後〜

モーゲンソーの理論を中心としておこなわれ た第1回論争は,国際関係理論における基本的 概念を問う論争であった(6)。つまり,国家とは 何か,国力とは何か,くあるいは国際関係とは何

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か,つまり国際関係理論の what の部分を争 点とするものである。冷戦後の国際理論研究に おいて頻繁に使用されるようになったタームで 表現するならば,「存在論(ontology)」を問う 論争ともいえよう。

モーゲンソーの理論に対して,とくにウイル ソン主義を知的背景にもつアイデアリストから 批判が寄せられた。ここでは,この論争を詳細 に分析した大畠英樹の論稿から,つぎの3つの 批判的主張を挙げてみる[大畠1968]。

第1は,モーゲンソーの権力論に関して,彼 らの批判は,モーゲンソーの理論において,人 間が絶えず権力欲を求める存在と定義されるこ とは,単純かつ曖昧ではないのか,したがって,

国際政治がつねに権力政治であると断定できる のかというものである[大畠1968:104]。

第2に,ナショナル・インタレスト概念に 関して,これを定義する国力の9要素が広範 かつ曖昧すぎて何物の説明にもなっておらず,

ゆえに,ナショナル・インタレストの明確な 作定基準も存在しない点である[大畠1968:

104−105]。

第3に,勢力均衡外交について,この外交 ゲームに実際に参加できる国家は大国だけで あって,モーゲンソ一には西欧および東アジ アの大国間政治しか見えていない。したがっ て,彼は,国際関係を,安全保障をめぐる大国 間ゲームに限定してしまっている[大畠1968:

104−105]。

2−2 第2回論争(伝統主義vs科学主義)

−1950年代後半〜

つぎに,1950年代後半より展開された第2回 論争をみていく。この論争では,国際関係はど

のように,いかなる視点で研究されるべき対象 なのか,つまり国際関係の how の部分を争 点として展開された0「認識論(epistemology)」

を問う論争である(7)。この論争の背景には,

1950年代中盤よりアメリカの社会科学全般を 席巻した「行動科学(behavioralsciences)」が 存在し,これに共鳴する研究者によって,リ アリズムおよびアイデアリズムは「伝統主義

(仕aditionahsm)」として厳しく批判される。

行動科学の基本的視点を,ホリスとスミスは 以下のように説明する。すなわち,「知識への 道は,観察可能なデータを通じたものである。

データ内部の規則性が仮説の構築・検証へと至 る。リアリズムの試みは,人間性に関するアプ リオリな前提に依拠している。人間性は観察可 能ではない」。したがって,「リアリズムは理論 の名に値しない。権力欲,国力,ナショナル・

インタレストのすべてが観察可能な属性ではな いから,そもそも検証(テスト)さえできない」

[HollisandSmith1990:28−32]。

たとえば,行動科学の影響を受けた国際関係 理論として,スナイダーらの対外政策決定論

[Snyder,BruCk,andSapin2002]とカプランの国 際システム論[Kaplan1957]が代表的である。

事実,スナイダーらの著書において,その前半 葺麟_昼L旦_ア_−I茎与旦__[矛盾点」__堪す る批判に剖かれている。ところが,その対外政 策モデルのエレガントな装いとは別に,彼らが 最も拘ったテーマは「価値」の問題であった。

政策決定者の認知構造あるいは信条体系,彼が 置かれた周囲の環境との相互作用は,観察可能 な要素ではないからである。

カプランに関しても,パーソンズ(Tacott Parsons)由来のシステムズ・アプローチの援

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国際関係理論の歴史的展開       193

用は,国際政治学の「科学化」を模索する試み であった。しかし,彼は,前記の「観察不可能 な要素」が,国際政治分析において不適切ある いは不必要なものであると断定したり,これを 拒否するような強硬な立場をとっていない。た とえば,「伝統主義vs科学主義」を読み解く上 での最重要文献として,1966年の桁1〟乃〟血 誌でのカプラン[Kaplan1966]とブル[Bun 1966]の論文がある。そこで,カプランは,ブ ルによる行動科学批判に真っ向から反論しなが らも,国際関係理論に物理学のような正確さ はありえないことも認めている[Kaplan1966:

11]。

したがって,国際関係論における行動科学革 命は,理論構築のための客観性・科学性追究の 要請や,手法的な斬新さを求める一種のムーヴ メントであったことは事実である。ところが,

隣接諸科学からの知見が国際関係論に本格的に 導入されることによって,これまで国家間関係 とくに大国の政府間交渉だけ見ていれば国際政 治分析たりうるという研究者の知的態度を改め させる契機ともなった。たとえば,場合によっ ては心理学・生物学・医学・統計学などの知識 をも総動員することに躊躇せず,「人類生存の 科学」として出発した「平和研究」[多賀1981:

125]は,まさに行動科学革命によって産み落

存論なども展開されていく。そのような流れの 中で,「伝統主義」としてのリアリズムの「科 学化」をめざした理論構築も,1970年代後半か らみられるようになる。とくに,「広範かつ曖 昧」とされたパワー概念を,軍事力・経済力な どの数量化可能な要素に限定し,これを「能力

(capabi叫′)」概念として再定義したウオルツの 理論[Ⅵ旭tz1979]は,ネオリアリズムと呼ば れ,国際関係理論の中心的存在となっていく。

2−3 第3回論争(実証主義vsポスト実証 主義)−1980年代〜

1980年代に入ると,批判理論およびポストモ ダンの知見を積極的に吸収した研究者が登場す る[Cox1981;Ashley1984;Cf:大畠2001]。彼

らは,新登場のネオリアリズムを頂点に,こ れまでの国際関係理論のすべてが,「実証主義

(positivism)」に基づくものであると激しく攻撃 した。既存の国際関係理論家と,上述のラディ カルな研究者との間の論争は,すでに確認した 2回の大論争とは異なる側面を持つ。ラビッド は,これを「実証主義vsポスト実証主義」とし ての「第3回論争」と名づけた[Lapid1989]。

まず,実証主義について簡潔な定義を示して おきたい。ウェントは,実証主義において断定 される3要素を提示する。(1)事実と価値の分 とされた学問といってよい。そこから,グロー

バリズムという視点による諸個人の営みへの注 目,「人間の安全保障」概念の登場,貧困撲滅 を目的とした開発経済学あるいは国際協力論と の連携に結びついていく。

逆に,1970年代頃より,諸個人の「対抗概念」

としての多国籍企業の国際政治経済への影響力 の注目,トランスナショナリズムおよび相互依

離,(2)主体と客体の区別,および(3)世界に 関する客観的知識の達成である[Wendt2001:

205]。

これら3要素を,国際関係研究者に対する問 題提起という形で補足すると,以下のようにな る。第1に,国際関係分析の際に用いるデー タ・歴史的記述は客観的事実たりうるのか。第 2に,したがって,彼らは客観的立場に立つこ

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とができるのか。第3に,千客観的」でない事 実によって検証された「国際関係理論」の正当 性はどこにあるのか。そもそも,なぜ「国際関 係理論」なるものを構築する必要性があるの か。つまり,この論争は why を問う論争と もいえよう。

もちろん,このような方法論的な批判の根っ こには,既存の国際関係理論が,複雑化・多様 化の一途を辿る国際的諸問題によって挑戦を受 けつつあるという,ポスト実証主義者たちの危 機意識があるからにはかならない。彼らの批判 は,こうした新しい現象をも反映した形で,以 下のように展開される[C【大畠2001]。

第1は,戦後アメリカ国際理論研究の支配的 理論たるリアリズムは,国家を主要な国際行為 体であることを前提視する時点で,「大国によ る人間支配を肯定するもの」であって,「権力 に奉仕する現状肯定論」以外の何物でもない。

第2に,もはや「国際関係」という概念自体 が時代遅れで誤りである。むしろグローバル社 会として理解し,マクロ的(ネオマルクス主 義・「帝国」論)あるいはミクロ的(市民社会 論)な知見を援用して,接近すべき現象である。

第3は,大国間の全面戦争の可能性が低下 し,国際関係研究者は,地域紛争の分析,主と

_して非物_質的要素」文化__宗教,エスニシティJ をめぐる闘争にこそ目を向けなければならな い。「観察不可能」な要素の検討こそ急務であ る。

このような,方法論的な批判とあらたな国際 現象を反映した批判との,大きく分けて2つ

の批判に対する主流派国際理論研究者の反応 は,「拒絶」というべきものであった。コへー ンの見解が象徴的である占すなわち,ポスト実

証主義に属する研究者は,既存の枠組みを批判 することに終始している。その批判的主張にど の程度正当性があるのかを検証することができ ない。つまり同じ土俵にさえ立っていない。早 急に「研究計画(researchprogram)」[Keohane 1988]を提出することが求められる。

3 冷戦後国際関係理論における諸問題 とパラダイム間対話の形成

冷戦の終結によって,アメリカが唯一の超大 国となり,資本主義および民主主義体制の世界 規模の拡大と強化,つまりグローバリゼーショ ン(globahzation)の波が押し寄せることになっ た。これによって,冷戦期に顕著であった「二 項対立的」思考様式の修正を,個人も国家も同 様に迫られることになる。ここでは,冷戦後 国際関係論におけるキーワード(8)となったグ ローバリゼーションとアイデンティティ(9)を出 発点としながら,国際理論研究への影響をみて

いく。

3−1 グローバリゼーションとアイデンティ ティ

まず,事象に目を向けたい。第1に,個人レ ベルの生活において,これまで「安心」,「信頼」

を寄せてきた価値体系を再考し.様々なケース において「自己決定」,「自己解決」せざるをえ ない状況が出てきた。周知のように,日本にお いて,学校の名前だけで企業に就職できる時代 はすでに終わり,絶対安泰な企業も存在しな い。年金・介護等の社会保障に関しても信頼が 揺らぎ,自分で蓄え,あるいは自分で運用して,

これに備えるわけである。その底流にあるの は,アメリカ発のグロ丁バリゼーションにほか

(8)

国際関係理論の歴史的展開       195

ならない。したがって,諸個人は,「自分が何 者であるか」の存在基盤としてのアイデンティ ティ,「何をなすべきか」の指針としてのイン タレストを「自己定義」しなければならない。

第2に,国家の対外行動のレベルにおいて,

従来の「西側か,東側か」を基準とした対立軸 が崩壊し,超大国アメリカでさえも,対外政策 においてアイデンティティの自己定義が困難な 状況に立たされた[Ⅵ屯ndt1992:398−399]。「ア イデンティティ・クライシス」にはかならな い。

具体例を示そう。冷戦後のクリントン米政権 によるユーゴスラビアあるいはソマリアへの紛 争介入政策は,期待された成果を残せず,ア メリカ国民から支持を得られなかった。これ に対する「全面的見直し」を表明したジョー ジ・W・プッシュは,「アメリカ軍は世界のあ ちこちに手を出しすぎている。アメリカが『世 界の警察官』になるのは望まない」[高畑2003:

196]として,大統領に当選する。ところが,

9/11後,政策は一変する。アフガニスタン空 爆,その後のイラク政策において明らかなよう に,まさに「自己矛盾」を露呈することになる。

3−2 個人主義と組織主義の新展開一新しい 国際行為体の登場

大国主義的な視点から距離を置いてみる。

「国際関係は国家間関係のみでは語れない」と いう言説が,いまや可視的状況にあることを指 摘したい。今日の諸個人は,個人による自己選 択,つまりアイデンティティの模索が否応無く 求められるからこそ,既存の組織(政府・企業)

に安易かつ無批判的に頼るのではなく,組織を 自分たちの手で創り上げていこうとする試みが

なされる。3つの事例を挙げておきたい。

第1は,国際協力論の領域における,NGO およびNPO活動の活発化である。グローバリ ゼーションの進展による「自己責任社会」の到 来によって,人びとのアイデンティティが激し く揺さぶられながらも,不変の事実をあげるこ とができる。すなわち,人の一生は一度きりと いうことである。ならば人のために何かをした い。人のために役に立ちたいという発想が生ま れる。もちろん,冷戦期においても熱心な国際 協力活動は多方面で展開されてきた。しかし,

深い専門知識を有した「選ばれた人たち」が,

危険を省みず,紛争地域に足を運ぶことだけが 国際協力活動ではない。地方の人間が,手作り ではじめたささやかな活動が,実を結びはじめ ているのである,[多賀2002]。

第2に,自治体外交の拡大である。たとえ ば,日本・韓国間の姉妹友好都市締結数をみる と,日本の経済発展をリードしてきた太平洋岸 地域を,日本海側の都市が圧倒していることが わかる。つまり,日本の「顔」としての太平洋 岸地域は長い間アメリカ側に向いており,それ は,中央政府と歩調をあわせていただけ,とい うこともできる[多賀2005:292−294]。これと は質的に違った外交が,あらたに展開されてい る(10)。

第3に,ヨーロッパ統合過程における各種地 域協力の進展である。それは,冷戦期の統合論 者の議論を借りた,EU加盟国間の政府間合意 のみを指さない。ヨーロッパ地域における,「陸 上,海峡,河川国境線などをはさんだ国家を異 にする地方と地方,住民と住民との交流や協同」

[多賀2007:207]という新しい現象である。

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3−3「新多元主義」から「ism離れ」へ 再び,国際理論研究に戻ってみよう。第3回 論争をめぐって,ポスト実証主義者に対する

「拒絶」の見解を示したコへ−ンらの主張とは 対照的な反応にも触れておきたい。

すなわち,彼らの視点を真撃に受け止めた研 究者たちが,冷戦後の国際関係が国家間関係だ けでは語れないという「厳然たる事実」を認識 あるいは共有し,一種の「相互対話」というべ き反応をみせる。彼らは,上で確認した3回の 大論争は「冷戦の産物」であったことを認め,

このような不毛なパラダイム間論争ではなく,

建設的な対話を目指す「新多元主義」を模索し ていく[大畠2000;FbaronandWendt2002]。

さらに,近年ではこの新多元主義の延長線上 に位置する,国際理論研究の「ism離れ」の動 向も顕著となった[平田2007:164]。たとえば,

前述のグローバリゼーション,アイデンティ ティに匹敵するキーワードのひとつとして,コ ンストラクティビズムをあげてみよう。コンス トラクティビズムは,ウェントを主唱者とし,

「アイデンティティ・ポリティクス」の国際政 治版として,冷戦後国際理論研究の有力なパラ ダイムとなった。ところが,「21世紀の国際関 係論の領域において,主要な論争軸は,ラショ ナリズム(rationalism)vsコンストラクティビ ズムとなるであろう」[Katzenstein,Keohane,and Krasner1998]とする,カッツェンスタインら の予測は当たっていない。逆に,たとえば,「ネ オコンストラクティビズム」なるものを主張す

る論者も見当たらない。むしろ古典的リアリス トとの融合を目指す「リアリスト・コンストラ クティビズム」[Barkn2002]が提起され,相 互補完・相互対話の傾向が継続している。

4 国際関係理論の「覚醒」−9/11以 降のアメリカ外交への危機意識から

ここでは,9/11およびアメリカのイラク政 策に関する国際理論研究者の最新の論文をいく つか紹介し,彼らの知的態度を明らかにしてい

く。そこから,今日の国際理論研究の特徴およ び意義を浮き彫りにしてみたい。

4−1 9/11と国際関係理論

9/11に対して,国際理論研究者たちは,い かなる反応を示したのか。この事件に関して,

最も包括的かつ多様な見解が揃い,なおかつ 2002年初頭公刊という速報性の高さも備えた 文献として,ブースとダンが編集した腕7倣血

CoHi∫ionがある[BoothandDunneeds.2002]。

計31本の論文で構成され,執筆者には主として 国際関係論の第一線で活躍する研究者がずら りと並び,またチョムスキー(NoamChoms吋)

やサッセン(SaskiaSassen)のような,研究の メインフィールドが国際関係理論ではなくと も,これまで国際間題に積極的な発言を繰り返 してきた論者も含まれている。ここでは,見解 の多様性を強調するために,ブザン,スミスお

よびウオルツの主張を紹介してみたい。

第1に,ブザ_ンjま,__9_41の_翌月,_ブ_∑シュ 大統領が宣言した「テロとの戦い」について,

次のように警鐘を鳴らした。・すなわち,彼によ れば,9/11の実行犯と目されるテロ組織がト ランスナショナルな活動形態をとることを考慮 すれば,テロに対するアメリカの戦争には際限 が無くなる。しかも,アフガニスタンだけでは なく,その潜伏情報によっては,イラク,フィ

リピン,ソマリア,あるいはスーダンまでも

(10)

国際関係理論の歴史的展開      197

が攻撃対象となってしまうからである[Buzan

2002]。

第2に,スミスは,9/11をめぐって,少な くとも10の未回答の問いが残されていると指摘 し,またそれらを解決するた捌こは,従来の国 際関係理論が前提条件とした「合理性十の概念 は不適切であると主張する。たとえば,テロリ ストの動機は何か,オサマ・ビンラデインやア ルカイダはなぜ攻撃を命令したのか,という問 題を考えるに際して,「個人および行為体は,

自己の安全を確保し,利益を追究するものであ る」という西洋的観念を前提条件とすると,説 明がつかない[Smith2002a]。したがって,ス ミスの主張は,国家が合理的行為体であること を前提祝してきた従来の国際関係理論に対する 批判のみならず,それが依拠する社会理論・メ タ理論のレベルへの問題提起をも含んでいる。

第3に,ウオルツは,彼らとはまったく対照 的な見解を提示する。すなわち,9/11の実行 犯とされるテロ組織,あるいはテロネットワー クは「厄介なもの」ではあるが,彼らは今日の 国際政治において,主権国家と比べれば,いま だに「弱者」にすぎない。「弱者」の使う武器 が国家の安全を深刻に脅かすことはないので,

国際政治の構造に影響を与えることもないし,

アメリカの政策も変わらない[Ⅵ胤tz2002](11)。

4−2 イラク戦争と国際関係理論

イラク戦争に対する批判の中で,時期・論理 構成の両面で対照的な2つの見解を紹介する。

第1は,2003年3月のイラク戦争開戦直前に 発表されたミアシャイマーとウォルトの論文で ある[MearsheimerandⅥut2003]。「不必要な 戦争(AnUnnecessaryWar)」と題されたこの論

文は,ともにリアリストとよばれろ彼らの理論 的立場がストレートに反映された内容となって いる。すなわち,まず彼らは,1980年から8年 間続いたイラン・イラク戦争に触れ,当時イラ ンを後方支援したソ連に対抗して,イラクを援 助したアメリカとの両国関係は戦略的かつ両国 の利害が一致したものであった。ゆえに,当時 のフセイン大統領は「合理的行為者」であって,

アメリカにとって「話の通じる相手」である。

また,これまでイスラム過激派組織とサダム・

フセイン政権との関係は対抗的・闘争的なもの であり,両者を混同することは,イスラム社会 に対してあまりにも無知である。したがって,

イラクへの軍事介入は「不必要な戦争」であり,

イラクに対する,「油断のない封じ込め(前gdant c。ntainment)」政策は成立する(12)。

第2は,2007年に入ってから凡rgな乃ノ郷前誌 に掲載されたフイアロンの論文である[Raron 2007](13)。まず,「イラクの内戦(Iraq scivn Wぴ)」というタイトルそれ自体に,ブッシュ 政権に対する痛烈な批判が込められている。す なわち,フイアロンによれば,2003年6月のイ ラク戦争の「勝利宣言」から現在に至るまで,

ブッシュ政権は,イラク国内が内戦状態である と公式に認めたことは一度もない。しかし,内 戦研究の見地から,現在のイラクの状況は内戦 状態以外の何物でもない。一般的に,政治学者 が「内戦」と定義する闘争は,1000人以上の死 者が出たものを指す。第二次世界大戦終結以 降,これまで125の内戦が確認され,現在まで 継続しているものは20件である。実は,イラク において,この3年間の死者数は60000人を優 に超えている。さらに,1945年以降に発生した すべての内戦の中で,イラクにおける死者数は

(11)

9番目にランクされる[Raron2007:4]。ブッ シュ政権が「内戦」というタームを使用しない 理由はなぜか。先述のように,クリントン政権 期のソマリアとユーゴの経験から,「内戦」と

いう言葉にアメリカ国民は敏感で,彼らにとっ て「内戦」とは「アメリカとは無関係の戦争」

であり,ゆえにイラクにおける米軍駐留の継続 に対する国民の支持を得られなくなってしまう からである[Raron2007:2]。

4−3 国際関係理論の「覚醒」−「アメリカ 批判」への収鼓によって

ここで,3−3で確認した新多元主義から

「ism離れ」へと展開する近年の国際関係理論 の研究動向と,9/11およびイラク戦争に対す る研究者の発言をすりあわせてみる。そこに,

ひとつの変容がみられることを指摘したい。す なわち,国際関係理論および国際理論研究者の

「目覚め」,いわば「覚醒」にはかならない。

冷戦時代に激しく繰り広げられてきたパラダ イム間論争が,冷戦後には研究者間の「建設的 対話」としての新多元主義に進展した。その背 景には,国家行為体のみの対外行動では解決が きわめて困難な,国際的諸問題が顕在化したか らである。その延長線上に位置するのが「ism 離れ」である。

られたリアリストたちも,その「伝統」に従っ て,ブッシュ政権の外交分析に真正面から向き 合っている 恥元S2005;C£Ⅵ視t2005]。

逆に,代表的なコンストラクティビストで あるウェントも,直接的なアメリカ批判の論 説を発表してはいないが,現在のアメリカに 対して,きわめて痛烈な表現をしたことがある

[Wendt2003]。すなわち,1−2で触れた「大 国をあてにした集団安全保障」としての制度的 欠陥は,今日のNATOおよび国際連合にも同 様に存在し,それを彼は,「ならずものの大国

(roguegreatpowers)」[Wendt2003:506]が安 易に戦争に踏み切ることのできる現状であると 断じた。

他にも,1980年代にリアリストを徹底批判し たポスト実証主義に属する研究者は,早々にア メリカ批判の声をあげ[Smith2002b,200札さ らにラディカルな研究者の中からも,ブッシュ 政権の国内外の対応に関する批判的論稿が続々 と登場している[BlakeleY2007;Jackson2007]。

その手法も,政治学の領域を越え,あるいは従 来のような,「自然科学か,社会科学か」とい う区分とも一線を画して,マスメディア学ある いは映像論・表象文化論の知見を援用した業績 もみられるようになった[Ⅵ屯ber2006]。その 発想jも_国際風係理論を学生たちにど往ように ところが,9/11以降のブッシュ政権の対外

政策によって,国際理論研究者の「危機意識」

に質的変化が起こる。彼らの見解は,主義・主 張を趨えて,「アメリカ批判」に収赦する。先 に紹介したミアシャイマーとウォルトおよび フイアロンは,カッツェンスタインらの分類に よれば,ラショナリストである。他にも,ポス ト実証主義者によって痛烈な批判の矛先を向け

伝えるべきか[Weber2005],あるいは「教育 者としての国際理論家」[Widmaier2004]の模 索という問題意識からも生まれている。

おわりに

本論文では,主に,アメリカ・イギリスを中 心とする国際関係理論をめぐる論争状況を概観 した。また,冷戦後顕在化した国際現象にも言

(12)

国際関係理論の歴史的展開       199

及しつつ,近年の研究者間の相互対話が,9

/11以降のブッシュ政権の諸政策への厳しい批 判に収赦し,国際関係理論の「覚醒」というべ き状況に変容しつつあることも浮き彫りにし た。

もちろん,ここで触れた国際関係理論およ び研究者は,ごく一部にすぎない。いまから 30年も前に,ホフマンが国際関係論のアメリ カ的特殊性を喝破した言をなぞるまでもなく

[Hofhann1977],本論文は限られた「国際関 係理論史」である。

しかし,どの理論が正当か,どこ生まれの学 問かという,いわゆる「学問的縄張り争い」と は「無関係」にみえるほど,さらにいえば「学 者の問題関心」を裏切るかのように,国際関係 は進行している。たとえば,3−2で確認した 組織主義の新展開は,ある意味で,学者の予測 をはるかに上回るスピードでの変容である。そ こには,諸個人が,誰に言われるまでもなく自 己を律し,すでにグローバル社会の「主体」と して参加している政治的現実が存在する。彼ら は極力「既存の容れ物」に頼ろうとしない。で は,研究者は,「既存の枠組み」からどれほど 自由な発想で事象にアプローチできているだろ うか。

また,超大国アメリカに向けられた9/11も,

国際理論研究者の「常識」を超えた事件であっ た。その後の,プッシュ政権によるアフガニス タン空爆・イラク政策の「失敗」によって,わ れわれ研究者に突きつけられた現実は,政治あ るいは政治学に対する「絶望」ではなかろうか。

冷戦の終結が,政治の「勝利」であったことと,

実に対照的である。ゆえに,その当時は「相互 対話」で済んだともいいうる。

「覚醒」という言葉には,規範性も込められ ている。ある時には現実に希望を見出し,ある 時には現実に絶望する。そこからの目覚めと

「自己対話」が,国際関係理論に求められてい る。

〔投稿受理H2007.09.21/掲載決定日2007.11.29〕

(1)集団安全保障論者にも暗黙的に共有される「力 による力のコントロール」という基本的発想の危 険性を指摘したものとして,[多賀1988:209]も 参照されたい。

(2)ユニークな視点をひとつ招介したい。国際関係 理論の歴史的展開と,ポピュラー・ミュージック のそれとの比較を試みたエッセイがある。そこで

は,国際関係理論のパイオニアとしてのモーゲン ソーは,ロックを「発明」したエルビス・プレス リーに匹敵する貢献をし,しかも1950年代前後よ り活躍したという「時間的類似性」も指摘されて

いる[Leira2007]。

(3)国際関係論において,必ずしも研究者の理論的 立場から,その政治的立場を容易に推測できない。

ローゼンベルグが,1993年5月におこなったウオ ルツへのインタビュー(文章化は1998年)が参考 になる。ローゼンベルグは,かつてモーゲンソー がベトナム戦争に反対の立場であったことを知っ て率直に驚いたと語る。これに対して,ウオルツ は以下のように返答している。すなわち,ウオル ツ自身もモーゲンソーと同じ理由でベトナム戦争 に反対であったし,「リアリストだからこそ戦争に 反対する」という主旨の発言をしている[Hamday

Jnd_Rosenbergi99&_3詔l。__逆_に.」塑_論_的立場に

おいては対極に位置する平和研究者のフォーク

(RchardFalk)も,ベトナム戦争には反対であっ た。

(4)モーゲンソーと同様に古典的リアリストのひと りとして活躍したニーバーの理論にも簡単に触れ ておきたい。彼の人間観を端的に示す記述を引用 してみる。「個人的人間は本来道徳的であるが‥・

人間のどのような集団であっても,その集団のな かのその個人的諸関係において示すものと比較し てみるならば,その本能的衝動を方向づけたり抑

(13)

′ 制したりする為に必要な理性,自己を超越する能 力,他者の必要をかえりみる能力が不足しており,

個人のエゴイズムはもっともっと野放しになって いる」[Niebuhr1960(大木訳7〜8頁)]。「悪」の 根源を個人に求めるのか,社会に求めるのか。上 の引用で明らかなように,ニーバーにおいては集 団つまり社会であり,モーゲンソーの考えとも一 致する。近年,古典的リアリズムとの共通性を指 摘される理論に,1990年前後に登場した「コンス トラクティビズム(construCtivism)」がある。と ころが,アイデンティティ(identity)を中心概念 とするウェントの理論は,人間をあくまで多元的 存在としてとらえ,人間の本性が善か悪かという 議論を展開しない。しかし,彼は,人間が生物学 的衝動によって左右される存在であることを十分 承知して,人間個人の意図よりも集団あるいは組 織の意図こそ,コンストラクティビズムは多くを 説明できると明確に主張している[Wendt1999:

244]。また,古典的リアリストに関する最新かつ 本格的な比較研究として,[奥迫2002]を挙げて おきたい。

(5)2000年以降,部分的にみられる倫理的・道徳的 関心をめぐる諸論争を,「第4回論争」とする見解

[Roach2007]もある。

(6)第1回論争の存在自体を疑問視する論稿として,

[Wilson1998;Ashworth2002]もある。

(7)第2回論争の再検討を試みた最新の研究として,

[KratochwⅡ2006]を挙げておきたい。

(8)国際理論研究誌のひとつ£〟γ少g〟乃♪〟甥α/〆 hternationalRehtion∫所収論文のAbstractに併記さ れるKeyWordsを2000年〜2006年まで集計すると,

globalizationはconstruCtivismと同数の1位にランク され,それに次いでidentityが2位であった。詳し

がある。国際関係論において,日本はもとよりア メリカにおいても決して広く認知された理論では ないが,これを紹介した邦語文献として[柑本 1999]も見逃せない。第3に,「時空封」では不足 する部分を,時間・空間・認識の3次元によって 補完・拡大させ,この概念をモデル化した成果と

して[多賀1999]がある。

㈹ 東北アジアにおける自治体交流の網羅的なデー タは,[毛里・森川編2006]を参照されたい。

(11)一見極端な見解のようにも思われるが,テロの 脅威に対して,過剰反応あるいは過大評価すべき ではないとする研究者は少なくない。アメリカ国 内で国際関係論の講義を受け持つ教員へのアン ケート調査によれば,9/11が各人の理論的アプ ローチにさほど影響を与えていないとする結果も 出ている[Petcrsonetal.2005:11]。

佃 では,ミアシャイマーとウォルトにとって,イ ラク戦争が「不必要な戦争」とされるならば,「必 要な戦争」とは何か。この点に関する具体的な記 述は無かったが,彼ら自身の理論的立場が単なる

「反戦論者」の主張ではなく,「外交つまり政治の 延長線上としての戦争」を場合によっては認める リアリストとしての批判的見解であることを,強 調したかったのではあるまいか。ここにも,「リア

リストだからこそ戦争に反対する」という「知的 伝統」をみることができる。

㈹ 前述のピーターソンらの調査結果で,フイア ロンは,「近年国際関係論においてもっとも興味 深い著作を発表した人物」として,ウェント,パ ンチントン(SamuelPHuntington)あるいはナイ 00SePhS.Nye)を抑えて,1位にランクされてい

る[Petersonetal.2005:20]。

く_8L[平田_2007こ1_6Ll_64]」巨参照さ_ね加     ・参考文献

(9)アイデンティティ概念は,心理学者エリクソン

(ErikH.Erikson)によって1950年代に使用されて 以来,まず哲学・社会学および人類学に拡大して いった。国際関係論の領域への流入は比較的遅く,

冷戦終結前後である。以下に3つの論稿を挙げて おく。第1に,社会学・政治学および国際関係論 を主なフィールドとする研究者によるこの概念の

「辞書的」定義を,手っ取り早く確認する上で有用 なものとして[naron1999]がある。第2に,イ ギリスのランカスター学派による「時空封理論」

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