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エジプト西部砂漠のベドウィンと20年間つきあうこと 赤堀雅幸

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Academic year: 2021

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Field+ 2010 01 no.3

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 一昨年の夏、フィールドで私は、ある光景 を目にして考え込んだ。若者が、治病を願 いに聖者廟に参詣する母に向かい、「唯一神 の教えに反する」と言ってなじり、そこに出 くわした父親が怒って息子の方を厳しく叱っ たのである。父親は私の20年来の友人だ。

 場所は、エジプトのアレクサンドリアから 西に延びる地中海岸の小村で、一帯の住民の 多くは、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、 ウマを飼育し、

テントを住み処に移動する遊牧を、代々のな りわいとしてきた。一般にベドウィンとして 知られるそれらの人々の間で私は、1980年 代末に長期調査を実施し、その後も折に触れ 立ち戻っては滞在を繰り返している。

 そもそも遊牧は、今も昔もあまり国から好 かれない生業である。とりわけ、税金を納 めたり兵役に就いたり学校に通ったりするこ とが国民に求められ、そのために戸籍や住 民票といった、国民を登録する仕組みが大々 的に動き始めると、国は強力に定住化を進 めようとする。この働きかけに抗しきれず に、あるいはまた定住生活がもたらす利便 に惹かれて、昔ながらの生業を捨て去った ベドウィンは数多い。私の調査地でも20世

紀の後半に急速に定住化が進行し、今では ほぼ完了している。

 生業が変わり住居が変わり、彼らの生活 の変容は著しい。現代のベドウィンたちはテ ントの代わりに石造りの平屋に住み、ラクダ やウマを自動車に替え、養鶏や牧牛に挑戦 し、スイカやイチジク、オリーブを栽培する などして生計を立てている。商売や運送業 に精を出す者もいるし、なかには政府の事 業や民間企業に投資して、たいそうな羽振 りの者もいる。若者の多くは学校に通い、年 配者でも少しは字が読める人の方が多い。

 そうした現代のベドウィンたちを相手にし て、いきおい私の調査の主題は、近代におけ る彼らの暮らしの変容に絞られてきた。彼ら が今考えていること、やっていることを、彼 ら自身の昔語りや旅行者と役人の残した記録 と照合しながら、暮らしの変化をくっきりと 浮き彫りにしてくれる題材を求めて回った。

 見つけた題材は部族意識、住まい、伝統 的歌謡、婚礼と葬礼など様々で、聖者信仰 も重要な調査事項だった。冒頭に触れた発 言などは、今時のベドウィンの若者が口に する台詞としては典型的で、若い世代の間

遊牧をやめた遊牧民たち

エジプト西部砂漠のベドウィンと20年間つきあうこと 赤堀雅幸

あかほり まさゆき / 上智大学、AA 研共同研究員

に学校教育を通して教科書的なイスラーム 理解が浸透し、聖者信仰に力点をおいた信 仰伝統が衰えつつあることの現れとみえる。

実際、1994年に書いた論文では、私は堂々 とそう書いた。

 ところが、15年後に冒頭の場面を目にし て私が少なからず考え込まざるをえなかっ たのは、若者を殴った当の父親が、20年前 に息子と全く同じ主張をして妻をそしったこ とを、私が覚えていたからである。「言え、

そはアッラー、唯一なる御方」とクルアーン

(コーラン)の章句を唱えてみせて、子授け を願って聖者廟に通うとは何事かと、20代 後半だった父親は、めとったばかりの若妻 を難詰したものだった。

 現象学者なら「生活世界(Lebenswelt)

の植民地化に抗する二重意識の形成」など とむずかしく説明しそうだが、この変節が何 なのか、フィールドの現場ではいろいろと訊 ねても、結局のところはわからない。何せ 本人も息子の発言の何が気に障ったかうま く説明できない上に、昔、自分が何を言った かもまるきり覚えてはいないのだ。結局のと ころ、私ばかりがこの件にこだわり、周りか らは相変わらず日本人は変なことばかり気に すると笑われ、話はそれきりになってしまっ た。しかし、私にしてみれば、20年前の出 来事の記憶がなければ、冒頭の事件を、以 前に書いた論文の内容を単純に補強してく れる材料と受け止めていたかもしれず、人 様の生活世界とその変容を描こうとする試 みの危うさにひやりとせざるをえない。

 ベドウィンたちの生活に大きな変化が あって、しかもそれが現在進行形であるの は事実だが、変化は遠い昔と今現在とを、

二つの離れた時点としておいたときだけ はっきりみえ、現に今目にしている風景か ら、ベドウィンの生活世界が一変したことを 実感するのはひどくむずかしい。生活はい つも、変わったのだか変わっていないのだ か、何とも煮え切らない様子で続いていく。

それを、だからこその生活世界であると言 うべきなのか、それとも長いつきあいのなか で、自分が彼らの生活世界に組み込まれす ぎていると考えるべきなのか、それさえも が悩ましいのが、私にとってもっともつきあ いの長いこのフィールドである。

会合に集まったベドウィンの顔役たち。婚礼 や部族の会合は、今でもテントで行われる。

駄獣としてのラクダは無用になりつつある。

子ラクダが生まれる 2 月のころに撮影。か なり寒い。ラクダは基本的に放し飼い。

収穫したスイカを 見せてくれるベド ウィンの少 年。ス イカ、イチジク、オ リーブはベドウィン が栽培する代表的 作物。境界のはっ きりした畑は作って おらず、家の近くに 適当に植えている。

夏になると住居の脇 にテントを立て、そ こで食事したり、農 作業をしたりする。

ベドウィンの定住家 屋。平屋で右側は客 間への入り口、勝手 口は裏にある。

ベドウィンの村に ある聖者の墓。

ローマ

アテネ

カイロ

アンカラ 黒海

地中海

エ ジ プ ト

紅海 アレクサンドリア エルサレム

参照

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