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「トランスレーション・スタディーズ」と日本における翻訳研究の展望

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「トランスレーション・スタディーズ」と日本における翻訳研究の展望

杉山 香織

A皿stttze der ,,Tra皿slatio皿Studies und ein neuer Diskurs innerhalb

         

der Ubersetzungswissenschaft in Japan

Kaori Sugiyama

Zusammenfassung

  Uber das Ubersetzen wurde und wird unter vielen verschiedenen Aspekten diskutiert. Viele bemUhten sich dabei herauszufinden, was eine。gute Ubersetzung ausmacht. Sie setzten das Original Uber die Ubersetzung mit dem Versuch,

Aquivalenzen zwischen den beiden Texten herzustellen. Auf diese Weise entstanden Meinungen wie。die Uberseztung soll den WOrtern des Originals treu sein C oder。die Uberseztung soll den Bedeutungen des Originals treu sein . Der Gegensatz zwischen der wortgetreuen und der sinngetreuen Uberseztung war lange das zentrale Thema der Ubersezungstheorie und man versuchte, die ideale Art des Ubersetzens praskriptiv festzustellen. GenUgt es jedoch, die Probleme des Uberseztens nur aus dieser Perspektive zu betrachteh?

  Solche Fragen stellte man sich in den 1970er Jahren. Anton Popovic z.B. schlug vor,

die shifts C die beim Ubersetzen unvermeidlich entstehen, als solche zu akzeptieren und deren Ursachen zu untersuchen. James Holmes nannte die Disziphn des Ubersetzens Translation Studies und versuchte, deren Gegenstande zu konkretisie−

ren. Itamar Even−Zohar entwarf die Polysystemtheorie C die die Literatur eines Landes als ein Komplex von Literatursystemen betrachtet, in denen auch die Ubersetzte Literatur eine Rolle spielt. Er er6terte, dass die Systeme in der Zielkultur Einfluss auf die Entscheidungen der Ubersetzer ausUben k6nnen. Gideon Toury analysierte, wie die Normen in der Zielkultur den Entscheidungsprozess des Uberseztens beein且ussen und klassifizierte solche Normen. Sie alle setzten die Ubersetzungen mit dem Original gleich und versuchten, die Probleme des Uberseztens deskriptiv zu analysieren.

  Betrachtet man die Situation des Ubersetzens ins Japanische, kann man feststellen,

(2)

dass viele Elemente beim Versuch einer wort−bzw. sinngetreuen Uberseztung verloren gehen wUrden. Es sollten auch Aspekte, die die Leser oder die Asthetik betreffen, mit in die Uberlegung einbezogen werden. Hier sol daher versucht werden,

vom Standpunkt der。Translation Studies die Probleme des Ubersetzens ins Japanische deskriptiv zu er6rtern.

0. はじめに

1.「トランスレーション・スタディーズ」成立   までの翻訳論の展開

 1.1.19世紀以前の翻訳論   1.1。L 直訳・意訳論争   1.1.2.翻訳不可能論

 1.2.20世紀前半〜1960年代の翻訳論  L3.機能主義的翻訳理論

2.「トランスレーション・スタディーズ」

 2.1.初期

 2.2.多重システム理論  2.3.80年代以降

3.日本における翻訳論の展開と展望  3.1.翻訳への関心の高まり

 3.2.「科学的な」翻訳研究の萌芽  3.3.近年の翻訳論の傾向

4. 日本における児童文学翻訳の研究に向けて 参考文献

0. はじめに

  ich というタイトルのドイツ語の絵本がある が、これを日本語に翻訳しようとすると、様々な 問題に直面する。まず、「ぼく」「僕」「わたし」

「私」「おれ」「オレ」「俺」等々、日本語には一人 称単数の人称代名詞に相当するものが多数存在す るという言語的な問題がある。この点のみを考え ても、 ich を単純に「直訳」することは不可能 であることに気づく。次に、この作品の主人公が オスの熊であるというテクストレベルのコンテク スト、さらにはこの本が子どもを読者に想定して いるという文化的コンテクストを考慮して初めて、

「ぼく」「ボク」といった選択肢が残ってくる。だ が翻訳の際にはこれらの問題だけでなく、絵本の

タイトルとして魅力的か否かという美的な問題や、

多くの人を惹きつけ販売を伸ばしたいという商業 的な要素も関わり、互いに絡み合い影響し合って いる。日本で実際に採用された翻訳のタイトルは

『ひとりぼっち?』1であり、いわゆる「意訳」が 行われたわけだが、これをただ単に「直訳」「意 訳」の問題として論じるだけでは上記のような要 素まで考慮することはできない。では、例えばこ れらの問題をどのように把握し、分析していけば

よいのだろうか。

 翻訳という行為は、異なる言語や文化が出会い 交流する場においては常に行われてきたものであ り、特に他国の文化や文学を輸入し受容する際に は、翻訳者や通訳者は欠かせない存在である。そ

して、「直訳すべきか」「意訳すべきか」という問 題に関しても、ヨーロッパでは、古くはキケロ

(BC106−BC43)やヒエロニムス(348−420)、時 代を下りマルティン・ルター(1483−1546)やブ

リードリッヒ・シュライアーマッハー(1768−

1834)など、多くの人物が取り組んできた。だが、

例えば上述のような ich を、直訳すべきか、

意訳すべきかと論じるだけでは、多様なレベルの 問題は扱いきれないだろう。翻訳者あるいは編集 者がタイトルを選択し決定する過程には、多くの 要因、様々なコンテクストが関わっている。それ は、単に「ある単語を別の言語のある単語に置き 換える」という単純な作業ではなく、異文化と接 触しながら自文化の読者へと語りかける、本来的 なコミュニケーション行為だ。こうしたコミュニ ケーション行為について、「このように翻訳すべ きである」と論じることには、限界があるのでは ないか。

 これまでは翻訳について論じられる際に、原書

(3)

(=起点テクスト)を絶対的な上位に据え、翻訳

(=目標テクスト)とは起点テクストとの「等価」

を目指すべきものという考えが前提条件として存 在していた。そこから、起点テクストとの「等 価」は「直訳によって成し遂げるべきか」、「意訳 によって成し遂げるべきか」という見解の相違も 生まれたのである。だが1970年代になると、果た して起点テクストとの「等価」はそもそも可能な のか、という疑念が呈される。起点テクストを上 位に、目標テクストを下位に置き、両者の「等 価」や「理想的な翻訳」を追及するこれまでの理 論は、規範的(prescriptive)にすぎると主張さ れた。そして、このように論じるのではなく、起 点テクストと目標テクストがそもそも異なる存在 であることを認め、翻訳の際には必ず何らかの

「ずれ」が生じることを受け入れた上で、何がこ うした「ずれ」を生じさせるのか、何が翻訳の際 の選択決定に影響を与えるのかなど、実際の翻訳 をめぐる現象を記述・分析していこうという提唱 がなされるようになる。このような、目標テクス ト志向で記述的な(descriptive)翻訳へのアプロ ーチは、やがて「トランスレーション・スタディ ーズ」と呼ばれるようになり、次第に世界中に広 まっていった。

 本稿は、こういった「トランスレーション・ス タディーズ」を評価する観点から、それが日本に おける児童文学の翻訳の諸問題へのアプローチと なることを目指している。欧米諸国の言語と日本 語は、語彙も統語構造もかけ離れており、一語一 語対応させて訳す直訳は、ほとんど不可能といっ てよい。文化の違いも大きく、翻訳しにくい要素 も多い。だがこれまで「トランスレーション・ス タディーズ」は、欧米諸国を中心に展開してきて おり、研究対象も欧米諸言語間の翻訳が主流とな っているのが現実だ。しかし、欧米諸言語とは言 語的にも文化的にもかけ離れているという特殊性 をもつ日本語への翻訳を分析してこそ、多様な

「ずれ」の形や、「ずれ」を生じさせる要因、翻訳 の選択決定に影響する要素などが、より明確に立 ち現れてくるのではないか。それゆえ、これまで

翻訳を「直訳」対「意訳」という二項対立で捉え、

「こう翻訳すべき」という規範的な理想を掲げが ちであった日本の翻訳論にも、「トランスレーシ ョン・スタディーズ」の観点は、新たに有効な視 点を与えてくれるのではないか、というのが、本 稿での基本的なスタンスである。

 さらにいえば、日本語への翻訳という特殊な状 況の中でも、いっそう特異な存在である児童文学 の翻訳を取り上げることで、「ずれ」や選択決定 の分析はより多角的になるのではないだろうか。

なぜなら、児童文学の翻訳の際には、一般的な文 学を翻訳する際に生じる問題に加えて、子どもを めぐる独自の問題が関わってくるからである。翻 訳を異文化間のコミュニケーション行為と考える とき、起点テクストと目標テクストの関係だけで なく、目標テクストとその読者の関係も重要とな ってくるが、特に児童文学の翻訳では、読者に子 どもを想定することから、様々な制限が生じる。

これらの制限は、なぜどこから生じるのか、制限 の結果どのような翻訳がなされているのか、翻訳 の選択決定に関わってくる要素とは何なのか。そ れは時代により変化するのか、翻訳への影響はど のようなものか。これらの視点は「トランスレー ション・スタディーズ」により広がりを持たせる と同時に、こうした目標テクスト志向のアプロー チこそが、日本における児童文学の翻訳の諸問題 に取り組むためにも、不可欠であると考えられる だろう。

 本稿ではまず、こういった問題設定の前提であ る「トランスレーション・スタディーズ」とはど のようなものか、またこれまでの翻訳論とどうい った点で異なっているのかを確認する。その上で、

日本の翻訳論の中に、これをどのように位置づけ ることができるのかを考察し、今後の翻訳研究、

とりわけ児童文学翻訳についての考察の可能性を 探りたいと思う。そのために、第1章では、「ト ランスレーション・スタディーズ」が成立する以 前の翻訳論の展開を、現在まで伝わる主な論を中 心にしつつ、概観する。それを踏まえて、第2章 では「トランスレーション・スタディーズ」の成

(4)

立と展開を追い、その特徴と、それまでの翻訳論 との違いを考察したい。そして第3章で、これま での日本の翻訳論の展開を概観し、そこに「トラ ンスレーション・スタディーズ」をどのように位 置づけることができるのかを検討する。最後の第

4章では、日本における児童文学の翻訳の諸問題 に関して、「トランスレーション・スタディーズ」

の観点からのアプローチの可能性について考えて いきたい。

1. 「トランスレーション・スタディ   ーズ」成立までの翻訳論の展開

1.1. 19世紀以前の翻訳論

 すでに見たように、あるテクストを翻訳する際 には、語彙、表現形式、文化などの様々なレベル における多様な問題に突き当たる。それらの問題 を現実にはそれぞれが自分自身の見解に従って解 決し、信念をもって翻訳することが多いため、そ れに対する批判に対しては、自らの翻訳方法の根 拠を述べて反論する、ということが起こる。特に、

直訳すべきか意訳すべきかという問題は、常に論 争の的となってきた。また、翻訳とはそもそも可 能なのか、不可能ではないか、という問いかけも 存在する。中世から19世紀までは、主にこの2点

をめぐって、個人的な経験に基づく翻訳論が展開 した、と言えるだろう。

1.1.1. 直訳・意訳論争

 中世初期の聖書翻訳者ヒエロニムスは、当時主 流であった、一語一句を文字通り対応させていく

「直訳」ではなく、起点テクストの文意を汲み取 ってそれを自然なラテン語に訳すという「意訳」

の方法をとり、多くの批判を浴びた。こうした批 判に対する反論として、ヒエロニムスは友人に宛 てた書簡の中で、「翻訳の最良の方法について」

の考えを綴っている2。彼は、翻訳においては、

単語を別の単語で表現するのではなく、原書の意 味を再現していると主張した。そして手本とする 人物として、プラトンの著作をラテン語に翻訳し

たキケロを挙げ、彼が「解釈者のようにではなく 演説者のように訳し」、「単語を別の単語で再現す るのではなく、全体としての表現方法や全単語の 意味を維持することが重要だと考える」と述べて いる箇所を引用した3。また、過去にも多くの人 が意訳しており、聖書の翻訳も例外ではないとし て数例を挙げ、単語ではなく意味を重視するこれ らの例からも、自分の訳し方は間違っていない、

と主張している。しかし彼の主張は、キケロなど の先人の見解をよりどころとするものであり、意 訳の優位性を客観的に証明するものではなかった。

 ヒエロニムスと同様に、翻訳は自然なドイッ語 として読めるようにすべきだとの論を展開したの が、宗教改革者マルテイン・ルターである。こう

した彼の翻訳に対しては、聖書の翻訳は原書と一・

語一句違わず語順まで原書のままに訳すべきだと いう考えからの批判がなされた。ルターはこれら の批判に反論する形で、1530年に Sendbrief vom Dolmetschen(翻訳に関する書簡) を執筆

した。この中でルターはローマ書3章28節の

Wir halten, daB der Mensch gerecht werde ohne des Gesetzes Werke allein durch den Glauben(人 が義と認められるのは、律法の行いによるのでは なく、信仰によるというのが、私たちの考えで す) 4を例に挙げ、この部分を、ラテン語の起点 テクストにはないallein(のみ)を入れて信仰の みによるなりと訳した理由を説明してい る。起 点テクストには sola の語はないが、ドイッ語 では2つのことを並置して1つを肯定、1つを否 定する場合、 nicht と allein を組み合わる のが自然なために、訳文にも入れたのである。訳 文はドイッ語として自然に読めるものでなければ ならず、民衆が話すのと同じドイツ語で書かれな ければならない、というのがルターの主張であっ た。彼は原文の言わんとする内容を重視し、翻訳 者はそれに近づく努力をすべきだと述べている。

このようなルターの翻訳論ではしかし、何が自然 かという点についての検証は、母語話者の直感の みを頼りに行われており、またなぜ自然なドイッ 語が良いのかという根拠も示されてはいない。と

(5)

はいえ、ルター以来、「自由で、ドイッ語らしい 翻訳」をすべきだとの意見と、「起点テクストの 単語や形式に忠実な翻訳」をすべきだという意見 の間での対立は、長く続くこととなる。

 フリードリッヒ・シュライアーマッハーも、こ の問題に取り組んだ一人である。彼は Ueber

d乞θVθr8chiθdθnen Mθthodθn dθS UθbθTSθt2iθn8

(翻訳の様々な手段について) (1813)の中で、

芸術作品の翻訳について、その手段を忠実さ

(Treue)と自由さ(Freiheit)の2種類に分け、

より正確に区別しようと試みた。彼は自由な翻訳 について、ドイツ人がドイツ人に語り書いている かのように、まるでオリジナルであるかのように 訳すこと、としている。つまり翻訳を読者の方に 近づける方法を指す。だがシュライアーマッハー は、原語における思考と論述は不可分であり、別 の言語で表す思考は同じものにはならないため、

つまりはこの翻訳の仕方は不可能だと考える。人 の世界観とは言語によって成り立っており、「そ の人がもしドイッ人だったらこのように書いたで あろうというように訳す」というのは、その人が ドイッ語を母語としていたらそもそも別の思考や 世界観をもっていたであろうことから不可能であ る、というのだ。そしてむしろ、読者を作者のほ うに近づける原作に忠実な翻訳を推奨し、そうで なければ原作における「原語の精神」(Geist der Ursprache)や原作者の独自の精神を翻訳で再現 するのは不可能であるという、直訳支持の立場を

とった。

 ここでは紙面の関係上これ以上の論を追うこと はしないが、直訳と意訳をめぐっては、中世から 19世紀を通じて他にも多くの意見が述べられた。

それらはほとんどが、「翻訳は原書に忠実でなけ ればならない」という、原書を絶対視する考えか ら生まれたものである。だが、その「忠実」の概 念そのものにおいて、例えば原書の単語に対する 忠実なのか、原書の意味するところに対する忠実 なのか、原書のスタイルに対する忠実なのか、原 語や原作者の精神に忠実なのか、といったような 見解の相違が生じたために、何をもって忠実とす

るかで直訳派・意訳派に分かれたように思われる。

こうして意訳・直訳論争は、20世紀に入って1970 年代に「トランスレーション・スタディーズ」が 成立し訳文志向のアプローチが展開されるまで、

翻訳論の一つの中心となっていた。

1.1.2.翻訳不可能論

 直訳か意訳かという論争がある一方で、そもそ も翻訳とは可能なのかという、可能・不可能をめ ぐる対立も存在した。不可能論を展開した代表的 人物は、シュライアーマッハーとは同時代人のヴ ィルヘルム・フォン・フンボルト(1767−1835)

である。フンボルトは EinleitZLng 2ze

>>Agα7nemnon《(『アガメムノン』の前書き)

(1816)の中で、「このような作品はその独特の性 質のため翻訳不可能である」5と述べている。当時 のロマン主義の影響を受けて、フンボルトは、思 考とは母語に依存するものであると考え、言語と 精神とを切り離して考えることはできないと論じ た6。言語は個人の世界観やその語り方、思考の 基本をなすものであり、任意に取替え可能な付属 品などではない。作者の世界観は所属する社会や 時代、文化の影響のみでなく言語の影響も受けて おり、原書の作者と同じ世界観を翻訳者が持つこ とはできないために、翻訳は不可能である、とフ ンボルトは主張した。彼は文学における翻訳の必 要性を認めながらも、翻訳と原書を比較すると両 者がいかに異なっているか驚くほどである、と述 べている7。特に、詩的テクストは翻訳不可能だ

と考えていた。だが、実際に自分が翻訳した『ア ガメムノン』の前書きにおいてこのように述べる ことで、フンボルトは実は自らの擁護を試みたと も考えられる。

 ここまで19世紀以前の翻訳に関する言説を概観 してきたが、その多くは、それぞれ自身の翻訳原 則の釈明や、自らの翻訳観の主張など、個人的で 直感的なものであった。なかでも文学の翻訳に関 しては、上述のように「直訳」すべきか「意訳」

すべきかという観点から論じられることが多い。

(6)

これらに共通するのは、翻訳のあるべき姿や、

「正しい翻訳」の原則を探求する規範的なアプロ ーチであった、と言ってよいだろう。つまり、理 想的な翻訳のあり方をあらかじめ結論として想定 して、それを証明するために、実践に基づいた翻 訳の例を根拠として挙げているのである。そのた め、このようなアプローチには理論的、体系的、

学問的な理解や記述が欠けている、と言える。ジ ョルジュ・ムーナン(1910−1993)はこれらにつ いて、「せいぜい大ざっぱな所感、個人的な直感、

経験の羅列、職人的な手法などを述べたり、法則 化したりしているだけである」と批評している8。

また近年にはラーデグンディス・シュトルツェが、

これらの論は自身の翻訳の手法を理由付けるため のものであり、翻訳を理論的に捉えたり、学問的 に記述したりするものではなかったため、「翻訳 理論」とは呼び難いと述べる9など、現在では、

19世紀以前の翻訳論は科学的でない、と考えられ

ている。

1.2.20世紀前半〜1960年代の翻訳論

 20世紀になって、フェルディナン・ド・ソシュ ール(1857−1913)により近代言語学が始まると、

言語は、ロマン主義のように世界観を決定するも のではなく、思考に表現を与える機能をもつコミ ュニケーション手段である、と捉えられるように なる。それとともに言語は、論理的、文法的に記 述可能な記号システムとみなされるようになった。

個々の言語記号は分析可能であり、意味は素性に 分解できるとされ、言語で表現できないものはな いと考えられたことから、あらゆるテクストは原 則的に翻訳可能であるという考え方が生まれてく

る。こうして、言語学の一部として翻訳学を扱い、

研究する動きが進んでいった。これにより、それ まで個人的な感覚に基づいて論じられてきた翻訳 の可能/不可能性の問題が、科学的に証明可能な

ものと捉えられるようになっていく。

 中でもローマン・ヤコブソン(1896−1982)の 翻訳可能論は、翻訳の定義を拡大している点で、

興味深い。ヤコブソンは「翻訳の言語学的側面に

ついて」(1959)の中で、「われわれにとって、言 語学的記号の持つ意味とは、さらにつっ込んだ別 の記号への移しかえである」1°と述べている。そし て言葉の記号を解釈する方法を、言語内翻訳(同

じ言語の他の記号への翻訳)、言語間翻訳(他の 言語への翻訳)、記号間翻訳(別の、言葉でない 記号の体系への翻訳)の3種類に分類している。

それまでは、言語から言語への移しかえのみがい わゆる「翻訳」とみなされてきたが、ヤコブソン の分類により、言語間翻訳が「記号から記号への 移しかえ」の一種であるという認識が生まれたと 言えるだろう。このように記号論的な枠組みに基 づいた翻訳論を展開した上で、ヤコブソンは、全 ての認知的経験とその分類は、どの現存する言語 によっても伝達可能であるため、翻訳は可能であ る、と主張した。

 ドイツ・ライプツィヒ学派もまた翻訳学を言語 学の一部とみなし、翻訳を言語間伝達と捉えて、

翻訳のコミュニケーション論的モデルを提案して いる。コミュニケーションモデルの基本要素には、

送信者と受信者、情報伝達の媒体、コード、情報、

妨害、実用的意味、フィードバックがあり、コミ       デコ−ド

ユニケーションとは、情報のコード化とその解読 の2段階から成り立つものである。翻訳の場合に は、送信者と受信者の間に翻訳者が入って、3段 階になる。つまり翻訳者は、起点テクストの情報 の受け手であり、その情報のコードを変換し、目 標テクストの情報として発信する送り手でもある、

とみなされる。コミュニケーション論的モデルで は、翻訳とはある言語の言語記号を別の言語の言 語記号に置き換えるコード変換であると考えられ、

そこから、全ての情報はコード化可能であり、コ ード化の結果生まれたテクストは原則的に全て解 読可能であるため、翻訳は可能である、という考 え方が生じた。

 このように、近代言語学の発展に伴い、翻訳に ついて論じる姿勢もまた、それまでの経験的で偶 発的なアプローチから、科学的な研究を志向する 態度へと転換していった。そして、言語学やコミ

(7)

ユニケーション論といった観点からの翻訳研究が 進められていく。これらの研究は、「翻訳は可能 である」ということを論理的に証明しようと試み た点でも、画期的だったと言えよう。

 だが一方で、その論理的展開として、情報の不 変性への要求も生じる。起点テクストを最小単位 に分割し、その全てが目標テクストに含まれてい れば「等価」である、と考えられるようになった のだ11。翻訳とは、同じ意味内容に対する起点言 語と目標言語の記号の等位関係である、とみなさ れた。このため、言語は内容を伝達する手段とし てしか認識されず、研究の対象はテクストの意味 内容に制限されて、表現の多様な形式は問題視さ れなくなる。つまり、言語の記号としての側面に ばかり注目が集まり、言葉のもつ響きやリズムや 美しさといった美的要素は考慮の対象からはずさ れたのだった。言葉に「精神」があるとしたロマ ン主義的思考は顧みられなくなり、情報伝達の媒 体という無機的な役割のみが言語には与えられた。

その結果、表現形式にも重点を置く文学テクスト は研究対象に含まれなくなる12。翻訳論の学問化 への要請は、「芸術」という枠組みのうちに翻訳 を捉えようとする思考から翻訳論を解き放った一 方で、科学的な翻訳学の対象から文学翻訳を排除 することになったと言えよう。

 また、近代言語学に基づく翻訳学では、論点は あくまでも単語単位や一文単位であり、テクスト 全体を捉えて論じられることはない。研究の焦点 は、翻訳の際の語彙、コノテーション、統語構造 等の問題に絞られる傾向にある。だが翻訳とは、

単なるコード変換、単なるラベル張替えの作業で はない。起点テクストを最小単位に分割すること 自体、そもそも不可能であると思われる。なぜな らば、単語や文がテクスト全体の中で果たしてい る機能まで見なければ、意味さえつかめないこと は多々あるからだ。また、既に述べたように、読 者や受容文化といったコンテクストまで考慮に入 れなければ、一つのテクストを翻訳することは本 来不可能である、とも言ってよい。

1.3. 機能主義的翻訳理論

 しかし1970年代に入ると、言語学は文単位を超 えたテクストを対象とするようになっていく。テ クストを複雑な言語的記号とみなし、テクスト内 の言語的つながりを言語学的に記述して言語間の 違いを研究するような、「テクスト言語学」が展 開する。テクスト言語学は、テクストの統一性に ついて記述する方法を発展させ、テクストの種類 によって異なるテクスト内外の特徴を研究した。

このような言語学の展開を受けて、翻訳学におい ても、テクストの機能に焦点を当てる機能主義的 翻訳理論が誕生していく。

 その先駆者となったカタリーナ・ライスは、

MOglichkeiten zLnd Gren2en der UbeTsθt2zengs−

kTitik(翻訳批評の可能性と限界) (1971)の中 で、テクストの構造が翻訳に影響を与えると主張 している。そして、テクストをその機i能によって、

新聞・論文など情報内容の伝達が重要な内容強調 型(inhaltsbetont)、文学・詩など表現方法が重 要な形式強調型(formbetont)、読者への作用を 重視した作用強調型(appellbetont)の3タイプ に分類する「テクストタイプ別翻訳理論」を展開

した13。これは、あらゆるジャンルの翻訳の批評 に用いることのできる客観的な基準を打ち立てる 試みと言える14。ライスは、起点テクストの機能

を目標テクストでも維持して訳すべきである、と 述べている。つまり、内容強調型では伝達する内 容を変えずに訳し、形式強調型では詩的表現を再 現し、作用強調型では読者への作用を起点テクス トと同様にするというように、テクストのタイプ によって、翻訳の手法が決定されるというのであ る。このような彼女の機能主義的翻訳理論に対し ては、実際にはテクストの第一の機能が常に明示 されているわけではないという批判もあるものの、

彼女の翻訳理論は、規範的ではない、記述的な翻 訳論への可能性を開いたと言えるだろう。

 起点テクストと目標テクストの機能の等価を求 めたライスに対し、ハンス・フェアメーアは、翻 訳の際に重要なのは起点テクストと目標テクスト の等価を求めることではなく、その都度の翻訳の

(8)

目的に即して目標テクストを作成することである、

という「スコポス(目的)理論」を提唱した。

 その後、ライスとフェアメーアは共同で

GTzendtegzLng einer αllgemeMen Trαns−

Lαtionstheorie(一般翻訳理論の基礎) (1984)

を著し、機能主義的翻訳理論を発展させることを 試みている。そこでは、翻訳者は起点テクストの 情報を受け取ってそれを解釈し、その解釈を目標 言語で表現するために、起点テクストと目標テク ストではそもそも伝達する情報が異なる、という ことが論じられる。翻訳とは、翻訳者による起点 テクストの解釈を前提とする、「起点言語文化に おける情報提供についての、目標言語文化におけ る情報提供」15であるという。このため、起点テク ストと目標テクストの等価を求めるのではなく、

受容文化における目標テクストの目的に沿った翻 訳がなされるべきであると、二人は主張し、それ によって「スコポス理論」をさらに進めることに

なった。

 また、ヴェルナー・コラーも機能主義的アプロ ーチを試みている。コラーは1Einftihrung in die Uberset2zengswissθnschaft(翻訳学入門)

(第1版1979年、第7版2004年)の中で、翻訳に とって重要なテクストジャンルという概念を導入 している。彼は、テクストを虚構テクストと実用 テクストに分け、両者には質的違いがあると結論 づけた。区別の基準としては、実生活に影響が及 ぶか否かという実際的な影響と、事実か否かとい う虚構牲、美的か否かという観点、言語内的・社 会文化的・テクスト間的意味の4点を挙げている。

そして、虚構テクストでは美的側面、実用テクス トでは事実関係に重点が置かれるなど、テクスト のジャンルによって翻訳の方法が異なると論じた。

 このように、翻訳学がテクスト言語学によって 拡大されたことにより、テクストの構成や一貫性、

テクストの分類といった重要な観点に注目が集ま ることになった。翻訳の実践上の問題が明確に規 定され、テクストの特徴が比較対照の中で記述さ れるようになる。ライスのテクストタイプ理論は、

翻訳学の統語構造への固執を打破し、テクストの 種類に関する研究や対照比較の契機となった。コ ラーの二つのテクストジャンルは、読者のテクス トに対する考え方に基づいており、翻訳はテクス ト内部の要素のみ考慮すればよいわけではないこ とを明らかにしている16。

 こうした機能主義的アプローチにより、翻訳学 はテクスト全体を研究の対象とし、ジャンルに分 類して論じるようになった。このため、文学テク ストも再び研究対象に含まれるようになる。また、

起点テクストと目標テクストの機能や目的、目標 テクストの読者にも注目したことから、原文志向 から訳文志向へと一歩を踏み出すことになる。あ くまでもテクストの目的・機能に沿った翻訳が重 要だとするアプローチは、それまでの「直訳」対

「意訳」という二項対立から翻訳論を解き放った。

しかし裏を返せば、これは機能への忠実を求める 理論だとも考えられる。このことは、機能主義的 アプローチが翻訳者の養成や翻訳の評価を主な目 的としていたこととも関係する。このように機能 主義的翻訳理論は、規範的で原文志向的な理論か

ら抜けきれないという面も併せ持っていた。

 以上、翻訳論・翻訳学の展開を概観してきたが、

それらこれまでの傾向に対しては、一般的に、起 点テクスト志向、規範的といった特徴を指摘する ことができるだろう。要言するならば、19世紀以 前の翻訳論は、ある言語から他の言語に訳された 翻訳文学の特定の問題についてなど、個別的で偶 発的なものであった。特に「直訳」か「意訳」か という問題は、長い間、翻訳や翻訳論の中心的課 題となっていた。翻訳とはそもそも可能なのかと いう点に疑問を呈する者もいた。だがこれらの問 題に対する結論は個人的見解によるものが多く、

理論的・体系的な学問であるとは言い難かった。

「原文への忠実」が要請されることもしばしばあ ったが、「意味するところ」「スタイル」「原語の 精神」「原作者の精神」等、何に対する忠実を求 めるのかという点で、見解に相違が見られた。

 20世紀に入ると学問化への要請が生じ、翻訳を

(9)

コード変換と捉える考え方、続いてコミュニケー ション行為とする見方が誕生する。そして「等 価」という概念に注目が集まり、その等価性も、

内容的(inhaltlich)、テクスト的(textuel1)、文 体的(stilistisch)、表現的(expressiv)、形式的

(formal)、動的(dynamisch)、機能的(funkio−

nell),コミュニケーション的(ko㎜unikativ)、

実践的(pragmatisch)など、多様な観点から論 じられるようになったが17、これらもやはり、理 想の翻訳に固執する起点テクスト重視の考え方で

はあった。このように、つまりはこれまでの翻訳 論・翻訳学は、「どう翻訳すべきか」を模索し、

「正しく、良い翻訳」の規則と原則を探求する規 範的なものだったと言える。また、言語学や比較 文学など他の学問領域の一部とみなされることも 多く、一学問領域として確立しているとは言い難 い状況であった。

2. 「トランスレー・−1ション・スタディ   ーズ」

 こうした流れに変化が現れたのが1970年代であ る。ベルギーとオランダで、「理論」から入るの ではなくまず「現実」にあるテクストを見て分析 することが提唱されると、イスラエルのイタマ

ー・ Cヴン=ゾハルが「多重システム理論」

(Polysystem theory)を展開し、翻訳学は経験的

(empirical)で記述的な研究を目指すようになる。

こうした新たな動きは、やがて「トランスレーシ ョン・スタディーズ」と呼ばれるようになり、研 究の対象も抽象的なものから特定のものへと移っ

ていく18。

2.1.初期

 「トランスレーション・スタディーズ」の先駆 けとも言えるジリ・レヴィは、ロシァ形式主義と チェコ構造主義の影響を受けつつ、文芸学の立場 から翻訳について論じている。レヴィは Die

litercvrische UbeTset2ZLng(文学的翻訳) (1963)

の中で、これまでの翻訳研究は規範的にすぎると

して、まず翻訳行為自体を記述することから始め るべきであると提唱した。そして翻訳作業を分析

し、①起点テクストの理解、②起点テクストの解 釈、③起点テクストの変換の3段階から成ってい る、と結論づけた。さらに、文学的散文、演劇、

詩の3ジャンルを取り上げ、翻訳の際の美的な問 題も記述的に論じている。一方で、翻訳では原作 と同じ芸術効果の達成が重要だと主張するなど、

「等価」を求める規範的な翻訳論も展開している。

 こうした翻訳学の流れに重大な転換が起こった のは、アントン・ポポヴィッチの試みによってで あった。ポポヴィッチは The Concept ShOft of

Expγession   in TTαnslαtio7z.Anαlysi8(翻訳分析

における『表現のずれ』の概念) (1970)におい て、翻訳によって失われるもの(10SS)ばかりで なく得られるもの(gain)もあると述べ、起点文 化と目標文化の規範の違いから、翻訳は本質的に 原作からの知的価値・美的価値の「ずれ」(shift)

を伴うものであると主張した。起点テクストに忠 実であろうと努力しても完全に等価な訳は不可能 であり、起点テクストと目標テクストの間の意味 の等価は成立しないか、成立するとしてもつねに 不安定な形でしか成立しないということを認め、

「ずれ」を翻訳プロセスに欠かせない要素として 受け入れたのである。この「ずれ」を引き起こす のは、翻訳の際に出会う2つの言語規範・文学規 範の相違であり、表現の「ずれ」を分析すること で、その翻訳のコンセプトや美的手段、その時代 の文学コンテクストや伝統も理解できるという。

そして、翻訳作品には2つの言語規範・文学規範 が並存しており、研究者はこれらを認識するよう 努めるべきであり、表現の「ずれ」を発見し、そ の意味や文体の解釈を行うことが、翻訳分析の最 も重要な観点である、と主張した。

 この、「ずれを受け入れる」という発想は、画 期的だったと言えるだろう。それまでの翻訳学が、

内容的等価にせよ、形式的等価にせよ、動的等価 にせよ、起点テクストを目標テクストの上位に置 き、両者の等価を追及するものだったのに対し、

翻訳は常に何らかの「ずれ」を伴うということを

(10)

前提として受け入れ、この「ずれ」が生じる原因 を探り分析しようとポポヴィッチが試みたことは 大きな転換であり、その後の翻訳学の展開に影響

を与えることになる。

 これとほぼ同時期に、「トランスレーション・

スタディーズ」(translation studies)という術語 を初めて提唱したのが、ジェイムズ・ホームズで あった。ホームズは、1972年にコペンハーゲンで 開催された国際応用言語学会の翻訳部門で The

Nα糀θαηd1W仇γθ(〜f Trαnseation Stzedees(翻訳

学の名称と性質) を発表し19、翻訳をめぐる状況 について、現在は多様な視点や立場が混沌として 存在しており、研究の対象も範囲も方法も術語も 定まっていないと指摘した。研究領域の名称につ いてさえ合意が見られないとして、「理論」に重 点を置く「翻訳理論」(translation theory)とい

う名称よりも、経験的な学問領域であることを示 す「トランスレーション・スタディーズ」がふさ わしい名称であると考え、「翻訳の現象をめぐっ て起こる問題の複合体」の全体に取り組む科学的 学問領域をそう呼ぶように提唱した。ホームズは この学問領域の目標として、①翻訳の現象を記述 する、②この現象を説明し予測するための一般的 な原則を確立する、の2点を掲げ、記述的な部門 を「記述的トランスレーション・スタディーズ」

(descriptive translation studies、 DTS)、理論的な

部門を「理論的トランスレーション・スタディー ズ」(theoretical translation studies、 ThTS)と区 別している。

 さらにホームズは、DTSを①作品重視の

(product−oriented)DTS、②機能重視の(func−

tion−oriented)DTS、③過程重視の(proc−

ess−oriented)DTSの3種類に分類した。①は、

現存する個々の翻訳を記述することに重点を置き、

原書と翻訳を比較分析(多数ある翻訳同士の比 較)することで、ある時代や言語、テクストタイ

プごとの翻訳コーパスを作成できるものである。

②は翻訳の受容文化での役割に焦点を当てた研究 方法であり、③は翻訳者の頭の中で実際は何が起 きているのかを研究する。一方ThTSは、 DTS

で記述されたことを基にして、翻訳とは何かを説 明し、今後どうなるのかを予測するための原則や 理論を発展させるものである。

 このようにホームズは、「トランスレーショ ン・スタディーズ」の研究対象、研究範囲、名称 を明確にし、その後の翻訳学の展開にも一つの方 向づけを与えることになる。ホームズ自身が自ら 全ての分野の研究をしたわけではなく、具体的な 研究方法や理論化の方法を詳しく論じることもな かっ,たが、「皆でそれぞれの分野の研究を進めて いき、一学問領域としてのトランスレーション・

スタディーズを立ち上げていこう」と呼びかけ、

その後の研究への契機となったのだ。既に実際に 行われている翻訳とそれをめぐる現象を記述・分 析し、そこから理論を組み立てようという彼の主 張は、それまでの「こういう単語/文/テクスト の場合にはどう訳すべきか」という論の展開とは 正反対であり、ここでもまた一つの転換が起きた のである。

 ホームズの主張の影響を受けて翻訳研究を進め る者は多かったが、アンドレ・ルフェーヴルもそ の一人である。ルフェーヴルは Translating

POθtTy: Seve7z Stγαtegies and a Blzeepγint(詩の

翻訳一7つの戦略と青写真)(1975) の中で、

翻訳のプロセス自体やコンテクストが、原書や翻 訳に与える影響を研究することを目指した。そし て、ホームズが提唱した形にのっとり、古代ロー マの叙情詩人カトゥルスの詩とその翻訳数種類を 記述的に比較分析して、そこから理論を導きだそ うと試みている。ルフェーヴルは、翻訳では原書 の拡張及び圧縮が起こっており、その結果様々な レベルで歪み(distortion)が生じていると指摘 した上で、その歪みを形態的な歪み、意味や伝達 価値の歪み、統語の歪み、構造の歪みに分類して

いる。

 こうした初期の「トランスレーション・スタデ ィーズ」の立場に立ちつつ、これまでの翻訳研究 を概観し、今後必要な研究の方向性を示すことを 試みたのが、スーザン・バスネットである。バス ネットは Trα7zslαtion Stzedtθs(トランスレー

(11)

ション・スタディーズ) (第1版1980年,第3版 2002年)の中で、ルフェーヴルがこの術語を提唱 したとの立場をとりながら、「トランスレーショ ン・スタディーズ」の一学問領域としての独立性 を主張し、その範囲の輪郭を描くことも試みた。

2.2.多重システム理論

 このようにヨーロッパで翻訳学の新たな展開が 起こる一方で、イスラエルでも新たな傾向が生ま れていた。イタマー・イヴン=ゾハルは1978年の

The position(〜f transLαted liteTαtZLTe z〃ithin・the

titeγαry polysystem(文学の多重システムにおけ る翻訳文学の立場) の中で、これまで翻訳文学 が文学全体の中で果たした役割について論じられ ることがほとんどなかったこと、それどころか翻 訳文学が文学システムの1つと認識されることさ えなかったことを指摘した。そして、翻訳文学も 多重システム(polysystem)の中に位置づけられ 機能する、と主張している。

 この多重システム理論とは、彼自身が1970年に 提唱したもので、ある国の文学とは多様な文学シ ステムの複合体であるとの考え方である。大衆文 学や児童文学など、これまでいわゆる「文学」と は認められてこなかったものもまた、文学システ ムに属していると考える。当然、翻訳文学もこの 複合体を形成する一システムである。イヴン=ゾ ハルは、多重システムの中での翻訳文学の機能に ついて、革新的な場合と保守的な場合があるとし、

それぞれを一次的立場(primary position)、二次 的立場(secondary position)と呼んだ。そして、

ある国の文学が初期・弱体期・転換期にある場合 には、翻訳文学は革新的な役割を果たして文学の 規範を構築していき、成熟期にある場合には影響 力は少なく、周辺システムを構成するというよう に、目標文学の状況がいかに翻訳の果たす役割に 影響を与えるかを論じている。また、翻訳文学シ ステム自体も階層化しており、一次的立場にある テクストもあれば、二次的立場にあるテクストも あると述べている。

 彼はさらに、翻訳文学の地位が翻訳の規範や方

針に与える影響についても考察し、一次的立場に ある時には既存の慣習を壊すような訳が好まれ、

原作にできるだけ近づける努力がなされるが、二 次的立場にある場合は既存の規範がそのまま使わ れ、原作から離れる傾向にあると論じている。こ のようにイヴン=ゾハルは、翻訳文学が目標文化 システムに大きく左右されることを指摘し、翻訳 を静的な言語規範や文学理論から論じるのではな く、動的なシステムの中の一システムとして捉え 研究することを提唱した。

 こうして、それまで単語から単語へ、文から文 へ、テクストからテクストへと広がってきた翻訳 の捉え方が、文化から文化へと、決定的に拡大さ れたのである。ある一つのテクストについて翻訳 の問題を考えるのではなく、文学システム、文化 システムの中にテクストを位置づけ、その広がり のなかで翻訳についても考察する。すると、翻訳 行為に影響を与える様々な要素が視野に入ってく る。翻訳が、自身を文化の中に組み込み、そして 文化の中に受け入れられた瞬間であった。

 イヴン=ゾハルの論を受け、多重システム理論 をさらに展開させたのがギデオン・トゥーリであ る。トゥーリも翻訳を目標文化に属するものと捉 え、その中でアプローチしていくべきだと主張し た。1980年の The∧Natzeγe and Rote ofNorms in LiterαTy Trαnslation(文学翻訳における規範の 性質と役割) の中でトゥーリは、翻訳とは選択 決定行為であると定義し、翻訳行為に影響を与え る要素として規範(norm)2°を挙げて、社会や文 化の規範が翻訳の決定に与える影響について考察

している。翻訳には最低2つの言語と2つの文化 が関わってくるため、翻訳はそれぞれ2つの規範 システムに属する。トゥーリはこれらの規範を、

①初期規範(initial norms)、②予備段階規範

(preliminary norms)、③作業規範(operational norms)に分類し、①の初期規範が起点テクスト と目標テクストのどちらの規範に従うかを決定し、

②の予備段階規範が翻訳する物の選択決定と対象 読者の設定に関わり、③の作業規範が翻訳のプロ セスを支配する、と述べている。またイヴン=ゾ

(12)

ハルの多重システム論を踏まえ、翻訳の規範は目 標文学システムにおける翻訳文学の位置に左右さ れることも主張した。このようにトゥーリは、翻 訳者の選択決定を正しいか間違っているかという 判断基準で見るのではなく、その決定に何が影響

を及ぼしたのかを研究することを提唱した。

 試みに、翻訳するテクストの選択や決定に影響 を与える②の予備段階規範について、日本を例に 考えてみよう。世界中で膨大な点数が出版されて いる現代において、低迷する日本の出版業界は、

翻訳出版するテクストをどのように選んでいるの か。まず、起点テクストで使用されている言語が、

選択の際の第一の基準として挙げられる。日本で は英語圏からの翻訳が圧倒的に多く、ついでヨー ロッパ諸国の言語からの翻訳も比較的多いと言え る。だが中国語や韓国語からの翻訳は依然として 少ない。ここに、まず1つの規範が認められる。

次に、起点テクストが起点文化でどのように受容 されたのかという点もまた、翻訳の選択に影響を 与える。ある日本の児童書出版社では、起点テク ストを読み感想を報告するよう起点言語の母語話 者に依頼しており、その人物の判断により取捨選 択が行われる。そして、選ばれたものを今度は日 本語の母語話者が読んで要約し、感想や意見を編 集者に伝える。この意見を言う際には、例えばド イッの児童文学システムでは許容されている性的 な描写が日本ではタブーなのではないか、といっ たような点が考慮されたりする。その上で、編集 者が日本の読者を想定し、受け入れられる(二売 れる、利益を出す)と判断して初めて、翻訳者へ 翻訳の依頼を(その前に翻訳者を選ぶというプロ セスもある)行うのである。このように、少し考 えただけでも、これだけ多くの段階で起点文化と 目標文化の規範が翻訳テクストの選択・決定に影 響していることがわかる。そして、これらの段階

を経て実際に訳されることになった場合に、その 翻訳の過程にも、本稿の「はじめに」で記述した

ような問題や規範が関わってくるのである。

 このようなイヴン=ゾハルとトゥーリの多重シ ステム理論は、80年代を通じてトランスレーショ

ン・スタディーズの主流となり、それまでの「忠 実」や「等価」といった議論から翻訳学を解き放 ち、目標文化という新たなコンテクストでの目標 テクストの役割といった問題に、研究の視点は移 っていくことになる。トゥーリは「翻訳とは選択 決定のプロセスである」と定義し、その選択決定 の根底には起点言語・文化と目標言語・文化にお ける規範が存在していると論じたのであった。

2.3. 80年代以降

 さらに1980〜90年代には、どういった規範が翻 訳を左右するかという点に関心が集まった。テ オ・ヘルマンズ編集の The Mαnipzelatton of Literαtzere(文学の操作) (1985)では、トゥー リを始め、バスネットやルフェーヴルらが、トラ ンスレーション・スタディーズの観点から文学翻 訳について論じている。また、1990年にはイヴ ン=ゾハルが Polysystem Stzediθs(多重システ ム・スタディーズ) を、1995年にトゥーリが

DeseTmptive TrαnslαtZon Stzediesαnd Beyonel

(記述的トランスレーション・スタディーズとそ の先) を出版した。しかしながら、両者ともに 特に新しい点は見られなかった。

 こうした流れの一方で、トゥーリの理論が形式 主義的すぎるとして、多重システム理論から離れ る動きも生じる。バスネットやルフェーヴルらは、

翻訳をより広い文化的、歴史的枠組みの中で捉え ようと試み始める。翻訳は原作の反射ではなく屈 折だとする主張や、翻訳者の役割の重要性を強調 する意見などが生まれた。翻訳の倫理的な問題、

哲学的な問題、ジェンダーの問題にも注目が集ま るようになり、トランスレーション・スタディー ズは、他の学問領域の傾向からの影響も受けつつ、

翻訳の歴史や実践、哲学といった問題をも扱うよ うになっていった。

 90年代に入ると、カナダやインド、香港、中国、

アフリカ、ブラジル、南米などでも翻訳について 論じられるようになり、植民地主義との関連に焦 点が当てられて、翻訳には力の不均衡を反映する という負の側面もある、といった主張がなされた。

(13)

また、翻訳者の独立性と創造性がより強調される ようになり、翻訳とは一言語から別言語への伝達 であるだけでなく、テクスト間及び文化間の交渉 プロセスであると考えられるようになる。特に非 ヨーロッパ諸国では、忠実と等価という術語の再 定義や、翻訳者の可視性を重視する動き、翻訳を 創造的な書き直しと捉える考え方、といったアプ

ローチがとられている21。

 以上、第2章では「トランスレーション・スタ ディーズ」の成立と展開を概観し、それ以前の翻 訳論・翻訳学との違いを考察してきた。要約すれ ば、ポポヴィッチにより起点テクストと目標テク ストの「ずれ」が容認されて、それまでの「等 価」追求型の翻訳学からの転換が起こり、そして

ホームズが経験的で記述的な学問領域としての

「トランスレーション・スタディーズ」を提唱し、

翻訳学は「翻訳のあるべき姿」を求める規範的な アプローチから解放された。さらにイヴン=ゾハ ルやトゥーリの多重システム論により、翻訳学の 対象も、それまでの語/文/テクストから、文化 の中のテクストへと大きく広がった。こうして、

記述的かつ体系的で、しかも目標テクスト志向の 翻訳学が成立していったのである。

 このように、「トランスレーション・スタディ ーズ」は、選択決定に影響を与える目標言語・文 化・文学の規範を研究し、翻訳文学がある時代に どのような位置づけにあり、その時代の文化や文 学にどのような影響を与えたのかを、考察してい

くようになる。また、翻訳をめぐるあらゆる現象 を研究対象とするようになったことから、かつて の翻訳論では論じられなかった翻訳の受容の問題 や、政治的問題、倫理的問題などにも取り組むこ ととなった。こうして「トランスレーション・ス タディーズ」は、文化論の仲間入りを果たした。

記述的学問であるため、個々の事象の記述から体 系的な理論を導き出すことの困難さはいまも常に 存在し、研究結果をどのように翻訳の実践に役立

てていくかという課題もあるものの、多様な広が りを持つ一学問領域へと発展したのである。

3. 日本における翻訳論の展開と展望

 このような「トランスレーション・スタディー ズ」は、日本における翻訳論の展開の中に、どの ように位置づけられるだろうか。日本ではそもそ も、翻訳に対して「翻訳学」といったような体系 的で学問的なアプローチがなされることはほとん

どなく、その多くは、一翻訳者が経験談を語るも のや、誤訳を指摘するものであった。現在でも翻 訳に関する書物としては、「このような時にはこ う訳すべきである」といった規範的な見解を述べ たものが大半を占める。もちろんこうした翻訳者 の育成を目指すアプローチも重要であるが、翻訳 の批判や翻訳者の養成を目的とするだけでは、翻 訳をめぐる現象の一つの側面しか捉えることがで きない。このような認識からか、近年日本でも

「トランスレーション・スタディーズ」を紹介す る動きが見られ始めている。以下、日本での翻訳 論の展開を追ってみよう。

3.1. 翻訳への関心の高まり

 そもそも日本では、明治時代に入るまで、翻訳 についての記述はほとんど見られなかったが、文 明開化とともに西洋からの翻訳が大幅に増え、そ れに伴い翻訳に対する関心も高まった。当時は

「原文への忠実」はさほど重視されず、明治中期 に入ると原作の設定をすべて日本の文脈に置き換 える「翻案」という訳し方が登場する。坪内迫遥 は、翻訳よりも翻案を上位に置き、「外國臭味を 留めたらんは、翻案にあらずして無漸なる一種の 翻謹なり」と述べて、外国の作品を日本化するこ との重要性を論じている22。このような見解は、

翻訳では異国の要素を削除し自国の文学として読 めるようにすべきという、西洋の自由訳擁護の意 見に通じるものがあると言える。

 しかし、学術書の翻訳では、明治・大正・昭和 を通じて、直訳が主流だったと考えられる。これ に対し谷崎潤一郎は『文章讃本』(1934)の中で、

西洋から輸入された科学、哲学、法律等の学問に 関する記述について、「あ・云うものを読んで理

(14)

解する読者が何人いるであろうかと、いつも疑問 に打たれます。それもそのはず、彼等の文章は読 者に外国語の素養のあることを前提として書かれ たものでありまして、体裁は日本文でありますけ れども、実は外国文の化け物であります。そうし て化け物であるだけに、分らなさ加減は外国文以 上でありまして、あ・云うのこそ悪文の標本と云 うべきであります。実際、翻訳文と云うものは外 国語の素養のない者に必要なのでありますが、我 が国の翻訳文は、多少とも外国語の素養のない者 には分りにくい」23と述べている。このように谷崎 は、直訳批判の立場をとった。

 一方、三島由紀夫は『文章読本』(1959)の中 で、翻訳には対照的な二つの典型的な態度がある

と述べている。「一つは多くは個性の強い文学者 の翻訳になるもので、どうせ外国の文物、風俗が 完全にそのまま日本語に移されないということを 承知のうえで、自分の個性の強い歯で外国文学を 咀囎して、自分の個性の色あいに染めあげ、しか も原作者に対する自分の精神と感覚の深い底から の愛情をそのまま翻訳に移して、あたかも自分の 作品であるかのごとき癖の強い翻訳文を作る態度 であります。もう一つはオーソドックスなやり方 と考えられているもので、とうてい不可能ながら も原文のもつ雰囲気、原文のもつ独特なものを十 のうち一つでも、能うかぎり日本語で再現しよう とする、良心的な語学者と文学の鑑賞力を豊富に 深く持った語学者との結合した才能をもつ人が試 みる翻訳であります。」24しかしどちらが良いと断

じることはせず、「この二つの根本的に立場の異 なる翻訳文から、われわれが選択する場合、結局、

翻訳されたものが、日本文学と肩を並べ、日本文 学と同等の資格で存在し、もはや日本文学の一つ の宝としてもち出しても、不思議でないようなも のこそ立派な翻訳文ということが言える」25と主張 している。だが三島は、「日本文学と同等の資格」

とは何か、「日本文学の一つの宝」とはどのよう なものかについては、具体的に言及していない。

 このような発言は経験的かつ個人的な見解で、

ヒエロニムスやルターらが展開した直訳・意訳を

めぐる論争と似通っており、西洋で「科学的でな い」と批判された翻訳論と同様と考えられる。し かしやはり日本でも、1970年代になると、柳父章

らがより理論的な翻訳研究を試み始めている。

3.2. 「科学的な」翻訳研究の萌芽

 柳父は1976年、「翻訳とはなにか一日本語と翻 訳文化』の中で、「権」「自由」「社会」「彼女」な

どの翻訳語の成立事情を論じている。彼はそこで

「カセット効果」という独自の概念を提唱し、日 本の翻訳語の特徴を分析した。続く1977年には、

『翻訳の思想〜「自然」とNATURE〜』を著し、

natureという語の翻訳の問題を論じている。た だ一・組の言葉を取り上げただけでも、そこにどれ ほど重大な思想上の問題がはらまれているかに気 づくことを指摘し、今まで見過ごされてきた翻訳 語の問題について、歴史的に「自然」がどういう 意味をもってきたのか、それがnatureの翻訳語 として使われるようになり、どのような問題が生 じたかといった観点に基づいて考察した。さらに、

1982年には『翻訳語成立事情』、2004年には『近 代日本語の思想一翻訳文体成立事情』を執筆し、

翻訳研究を進めていく。また、鈴木孝夫も1990年 に『日本語と外国語』を著し、主に色彩語を取り 上げつつ国による文化の違いと言葉との関係を考 察している。

 これらの研究により、翻訳が単なる単語の置き 換え作業ではなく、一つの単語でさえ思想的・文 化的問題を孕んでいることが指摘された。とはい え、やはり20世紀前半の西洋における翻訳学のよ うに、これらは単語単位・文単位の研究であり、

テクスト全体が扱われることはなかった。しかし、

これまで見てきたように、翻訳の問題はテクスト の中のある単語、ある文を取り上げて論じるだけ では不十分である。テクストレベルのコンテクス トや、テクストの置かれた文化的コンテクストも 考慮し、翻訳に影響を与えた言語規範、文学規範、

文化規範などを分析し、さらには翻訳自体が受容 文化に与えた影響をも考察して初めて、翻訳とい う異文化間コミュニケーション行為の全体像が立

(15)

ち上がってくるのだ。そしてそうした試みは、既 に日本でも始まっている。

3.3.近年の翻訳論の傾向

 北條文緒は『翻訳と異文化一原作との〈ずれ〉

が語るもの』(2004)の中で、「トランスレーショ ン・スタディーズ」を端的に紹介し、「原作と翻 訳とのあいだにみられるずれというミクロの現象

を取り上げ、そのなかに異文化間摩擦が見られる のではないか」26という話題提起を行っている。北 條は、「どのような箇所にずれが生じ、それがな ぜ生じているのか、そのずれが重なって、(中略)

原作と翻訳とのあいだで何か微妙な差が生まれて いるのではないか」27という観点から、ランダムに 選択した英語の原作と日本語の翻訳について、比 較対照を行った。

 また斎藤兆史は『翻訳の作法』(2007)におい て、20世紀に入ってから日本と英米の翻訳の主た る関心事がだいぶ違っていると指摘している。そ して、日本の翻訳論が、主として(1)いかに西洋の 文物をうまく受容・紹介するかという幕末以来の 関心と、(2)西洋語、とくに英語をいかに正確に訳

し、そしていかに有効に学ぶか、という明示中期 以来の語学学習上の関心を中心に展開された一方 で、英米では「トランスレーション・スタディー ズ」が20世紀後半に成立したと述べ、バスネット の定義を紹介している。

 トランスレーション・スタディーズの紹介が行 われる一方で、機能主義的アプローチの紹介もさ れている。藤濤文子は2007年、『翻訳行為と異文 化間コミュニケーションー機能主義的翻訳理論の 諸相一』と題し、ライスやフェアメーアの理論を 紹介した。そして、翻訳を異文化間コミュニケー ションと捉え、翻訳に影響を与える要因を、言語 の差、文化の差、コミュニケーション状況という 3つの観点に分けて、具体的な作品の翻訳を取り 上げつつ考察している。また、翻訳とは翻訳者が 主体的に判断決定する行為であることを実証し、

翻訳テクストの評価でもそのような翻訳観にたつ ことが有用であると主張している。藤濤はライス

やフェアメーアの理論に基づきつつも、翻訳者の 育成を目指し規範的な論を展開するというよりは、

実際にある翻訳の分析を試みており、トランスレ ーション・スタディーズの目指す記述的アプロー チをとっていると考えられる。

 このように、日本でも規範的な翻訳理論から、

記述的な「トランスレーション・スタディーズ」

への転換が起こっていると言える。「誤訳」、つま り起点テクストと目標テクストが「等価」でない、

と指摘する起点テクスト志向のアプローチから脱 却し、起点テクストと目標テクストの「ずれ」の 原因を探る研究や、翻訳に影響を与える要因を分 析する研究などが進められ始めている。「トラン スレーション・スタディーズ」の観点からの研究 を進めていくことで、翻訳者の養成にも、言語・

文学・文化といったより広い視点からテクストを 捉え翻訳するという姿勢が、取り入れられていく のではないだろうか。

 もちろん、欧米諸言語と日本語はそもそも語彙 も統語構造もかけ離れており、一語一・語対応させ て訳すことはほぼ不可能であるため、何を「ず れ」とみなすのかを判断するのは難しいことも予 想される。また、メディアの発達によって異文化 への理解が促進されたとはいえ、依然として文化 間の違いは大きく、日本人にとって未知の要素も 多い。しかしだからこそ、そのような言語の差、

文化の差があってもなお行われる翻訳とはどのよ うなものなのか、差を乗り越えるためにどのよう な方法がとられているのか、あるいはどのような

「ずれ」が生じているのか、何が翻訳の選択決定 を左右しているのかといった観点から、日本にお ける翻訳を研究することが、きわめて重要となっ てくる。また、「ずれ」を引き起こす要因が多様 であるがゆえに、生じる「ずれ」の姿も多彩なも のとなる。こういったことを分析していくことは、

「トランスレーション・スタディーズ」の理論的 枠組みをさらに拡大させてゆくことにもなるだろ う。とりわけ、読者に子どもを想定するという特 殊性をもつ児童文学では、その翻訳に際し一般的

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