九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
旧法期土地区画整理事業に関する計画史的研究
池添, 昌幸
九州大学人間環境学研究科空間システム専攻
https://doi.org/10.11501/3172377
出版情報:Kyushu University, 2000, 博士(人間環境学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
し
3. 3 土地区画整理研究における街区及び画地に関する論考
3. 3. 1 研究雑誌における計画理論の展開
まず、 考察の前提とした2つの時期区分の板拠について述べる。 戦前の街灰、 |白j地に関する 計i両論的研究は換地処分や法制、 財政といった実務技術研究と比較すると相対的に遅れていた。
計画論的研究では、 街区や両地の辺長や面積の提案及びその理論的恨拠を明らかにする研究が 中心であり、 こうした計阿珂論水準で土地区画整理の計画理論である標準設定型計両理論が 1933年の「土地区画整理設計標準」によって確立したと考えられる(表3.3)。 その後、 街氏、
F一一 1919 T8
第
期
第
2
期
._ーーー
1920 T9 1922 T11 1923 T12
1924 T13 1925 T14
1926 T15 1927 S2 1928 S3 1929 S4 1930 S5
1931 S6
1932 S7 1933 S8
1934 S9 1935 S10
1936 S11
1937 t S12
1938 S13
1939 , S14 1940 S15 1941 S16
1942 S17 1943 S18 1944 f S19
表3. 3 戦前の街区、 画地に関する論考一覧
詐区前画 古整
7理-関係法制度・設計標準 百匹有 dîí!í地ill築物i1:
特別jmi l|i j川 他一IllIjìよi!,1JÆ'
4,(:初のUtl!'x.IIIII瞥PR組 合ぷ言十 立 (相II}i)
.11震災復興土地区画整理設 方針
-土地区画整理私案(都市公論7-7) .,愛知県標準」愛知県都市計画諜
(都市創作2-9)
-土地区画笠理審査標準(都市公論10-5)
|社11111常生ppに付する低利融虫1t1別立f:
(多くの"(11111牧.PJlLH�r.r,-が全, '1へ114!'i'.{)
部物Ih..rl由171、 'ì�ll改11
(ill ある11111地の強制l制人がIIf能)
耕地幣J1Pi1: .r.1l1まi1�
(!lî'><)或での緋地税.Pf'.�11_)
-土地区画整理設計標準(都市公論16-6)
(組都市川 必11合 H11fWif;15後ー部にt変公化l JlJ.J1体b1!i1rが"fÍî�)
fljídí,írllll]tl: '�'í改11' 特)Jリn�lli,llïlhji.tのJi�1トー
|元同帯型JI�に1・Iする低利融資泌1".
萌覇孫:法制度の変遷、 コシック体全国棚準
全国 技術研究(緩誌記恵)
.,土地区画整理論(ー) (二) (三) J伊部貞吉 (建築雑箆)整理
.,土地区画 と宅地の利用J伊部貞吉 (都市公論13-4)
.,土地区画整理に於ける区画割と宅地の利用J (都市問路11・4)
.,区画墜理誘導講誌の11'震序一県市の区画整理係に 贈るJ石川栄耀(都市公論14-7)
.,土地受理筏術と法制j辻村建二(都市公論16-6) .,名古屋における土地区画整理換地の実際J
績岩伝七(都市公論16-6)
『区画整理』創刊 .,ロット割問答J中村納
(区画整理1・1、2、3、2-1、3)
- 住宅問題の再吟設昧標J中村納(都市公論18-2) .1土地区画整理 計 準を緩和J吉津覚次郎
(都市公論19-8)
.1区画整理の基礎問題J石川栄耀(都市公論20-10) . ,�築地細則中I画地標準jに就てJ中村納
区画笠理3-1)
.,土地区画笠理設計標準を中心としてJ深和会 (区画整理3-6、 7)
.,ロット割の研究j中村納 (区画整理4-3、5) .,土地区画整理設計と其の新傾向J渡遷孝夫
(区画空整理4-1)
.,区整平面計画J渡i塁孝夫(区画整理5-1)
.,土地区画整理の行くべき道JiK坂忠蔵 (区画整理7-12)
.,土地区画整理設計標準の再機討j長屋四郎衛門 (区画整理8-2、4、 9)
『区画重量理』廃刊
全国土地区画整理講習会・事業者大会
.第三回全国土地区画整理事業者大会 (区画整理1・1)
4砂第四回全国土地区画整理事業者大会 (区画整理2-6)
.第五回全国土地区画整理事業者大会 (区画整理3-8)
.第六回全国土地区画整理恵業者大会 (区画整理4-6)
.第七回全国土地区画整理恵尊重者大会 (区画整理5・7)
4砂第八回全国土地区画整理司事業者大会 .第一回土地区画整理論営会
(区画整理6-5、6-10)
4砂第九回全国土地区画整理事業者大会 (区画整理7-6)
.第二回土地区画整理講習会 (区画室H里8・11) .第三回土地区画受理講習会
(区画整理9・8) .・言亙言f標準、.7寄窃言匹言、
言凶宣m言L花関õ1ーる論考、υ宝固A:Z<'記事
ーー主�\ :"H'日昔r主E下台軒高I件昌信 AてYI1嘗- 日17'rli�てT掴u守d旦幅""白勺A__10A"l 都市公論(復刻版・不二出版1ω0-1992)、 区画書l!!(f賓室1)版・柏.房1991-1992)
-37-
|同地に関する計両論はr r地区間整理設計標準Jに対する評価や投小l函地面積の指定といった 新しい侃点からの研究がみられるようになる25)。 加えて、 この時期は19341-1ミのIfU去の改正によ るヒ地区間整珂の法的整備の完f、 1935年の「ほ画整理」の創刊、 さらに、 ]933年に第1 fnl全
同土地医l町整理事業者大会の開催といった土地区画整理の地方化が進展した時期でもあるo そ
こで、 1919年から標準設定型計阿理論が確立したと考えられる]933年までを確立期、 ]934イ|て
から「区阿整理」が廃刊となる1944年までを収数期として分析する。
次に、 分析対象である「都市公論Jr区画整理」の概要を述べるo r都市公論」は都市計断、
都市経営の啓蒙宣伝のために設立された「都市研究会」の機関誌で、 1918年から1945年まで刊 行された。「都市研究会」は内務省都市計画課の職員、 地方委員会職員によって構成され、 池 旧宏や後藤新平といった|円法成立に関わった人物がこの会の中心であった26)。 そのため、 主な 内容は都市計画全般にわたる研究、 報告記事に加えて都市計画関係の勅令や告/示、 公告が掲載 されている。 一方、「区画整理」は「上地区画整理研究会」によって発刊され、 当時唯 ーの仁 地区画整理専門の研究誌であったo その内容は、 旧法期土地区画整理の先進地域で、あった名古 屋市の記事が中心であり、 区l同整理技術者の同人誌的な性格が強いo この雑誌を通じて当時の
地方の技術者は、 1:地医阿整理制度や技術に関する先進事例にふれることができたと考えられ る。
続いて、 土地医阿整理に関する記事の内容について考察するo 1919年から1944年までの「都 市公論」において士地区画整理に関する記事は8]であり、 経年的な記事数の推移をみると震災 復興土地区画整理が行われた1924年と土地以両整理の地方化が進む1930年から1933年にかけ て多くなっている。 また、 1933年6Mには「区画整理特集号」が刊行されている(図3.3)0 記 の内容は、 初期には土地区画整理の啓蒙を目的とした記事が中心であるが、 1930年以降、 換 地処分等の実務技術や地方の土地区画整理の施行状況の報告が多くなっているo 執筆者は、 小 栗忠七(13記事)と石川栄耀(10記事)が突出しており、 それぞれ法制研究と実務技術に関す
15
10
192425 26 27 28 29 30 31 32 33 34' 35' 36' 37' 38' 39 40 41' 42' (年)
資料) r都市公t.al総目録
図3. 3 r都市公論」における土地区画整 理に関する記事の推移
表3. 4 土地区画整理に関する記事の内容
守政・語令 æ-
2o 15 21
76 54 104
i主)連載�2.は一つの記事とした。
「区画整理Jは総自録の区画整理に大分類されている記事とし、 小分類を次 のように再分頬した
一般:一般、 講座、 戦時体制 行政・法令 行政、 財政、法令、 司法 案務 実務、 換地処分、 強制執行、 移転繍f賞、 街路事業、 行政区画 測量、 不勘産登記、 事業計画、 車業境界、規定・規約
報告:神宮関係、 内務省、 統計、 協会全国連合会 計画:ロット割、 住宅、 駅前広1晶、 盛ti その他;人物、 その他
資料)都市研究会:都市公論1924-1942、 区画整理研究会:区画整理1935-1945
表3. 5 í都市公論」における街区、 画地に関する論考の提案内容
区画整理誘導講話 の順序
体についての体系的な方針を示す。
-居住地帯の設計に対しては、 保健及保安の計画、 安静区域の構成、都市美 構の計画方針が存在し得る。
-交差点や広場に関して海外の計画事例を紹介。
注)評而・提案の内事立、要約であり、Oが記事全体の概要、 ・がが街区友び面i面ご闘す吾記述である。
資料)都市研究会:都市公論1924-1942 題一肝一 整
画面区方
土地区画整理と宅 |伊部貞吉f1930)
地の利用 土地整理 制
土地区画整理設言 標準を緩和するこ と
医画整理の基礎問 題
る記事が大半を占めている。 街区、 画地の計画論に関する記事は伊部貞吉の「土地区画整理の 宅地の利用J 27)と吉沢覚次郎の「土地医師整理設計標準を緩和J 28)の2つであり、 法制や実 務の記事と比較すると極めて少ない。 伊部の論考は商地を計画全体を規定する単位とし、 その 積み上げによって街区や配列を決定するという標準画地に基づく独自の計画論を提唱してい る。 一般に伊部の計画論が全国標準の基礎となったとされており、 土地区画整理設計研究の第
入者であった。 この2つの記事の他には、 七地区画整理全般について述べている一般記事に おいて、 街区、 画地の計画に言及しているものがみられる(表3.5)。 その執筆者は、 中村納、
兼岩伝一、 石川栄耀といった愛知県の技師が多く、 計画論に関する議論は愛知県をli1心に展開 されていたと考えられる。 これらの論考の全体的な特徴は、 街区、 画地の形状と面積が最も 要であるという立場であり、 愛知県の3人を除くと その内容は公的に統ーされた1933年「上地 区画整理設計標準」や1927年「土地区画整理審査標準」に 準じて決定すべきであるという 主張
-39-
務省土地区画整 理設計標準を中心
にして
表3. 6 í区画整理Jにおける街区、 画地に関する論考の提案内容
土地区画整理設計 |渡遵孝夫(1938 と其の新傾向
注)評価・提案の
地、 道路、 公
である。 そのため、 これらの記事には岡地、 街区についての具体的な提案はなく、 伊部の計画 論に対 して肯定的な立場をとっている。 これは、「都市公論」が内務省主導の都市研究会の機 関誌であることが大きく影響していると考えられる。
方、「医阿整理Jの具体的な内容をみると、 実務者のための雑誌であるため、「都市公論」
と比較するとさらに実務技術に関する記事の割合が大きくなっている(表3.4)。 計画論に関す る記事において土地区画に関する体系的な論考は中村納のロット割研究のみで、 その他は住宅、
駅前広場、 盛場といった特定用途の計阿に対する提案である。 街区や画地に関する論考はロッ ト割研究の他に一般記事と換地処分に関する記事の中で言及されおり、 全部で8の記事が確認 できた(表3.6)。 このうち、 深和会の座談会記事を含め4つの記事が中村によるものである。
また、 大半の記事が1933年「土地区画整理設計標準」に対する評価を中心としている。 その内 谷は大きく2つに分けられ、 1つは、 深和会や長屋四郎右衛門の記事にみられる街路や公関、
小学校等の都市基盤施設の地区面積に対する割合及び配置の提案という都市計両的な論考であ り、 もう1つは、 中村による街区、 画地の計画論に関する提案である。 中村は 8連のロット割 研究において最小岡地に基づく提案を行っており、í t地区画整理設計標準」に対して批判的
、f場をとっている。「区画整理」誌とでは、 画地形状よりも同地而積に注目した論考が多いが、
これは中村の影響であると考えられる。 しかし、 阿地や街区を単位とするという考え方は、
「七地民l珂整埋設計標準」と同様である。
また、iJ支迭孝夫の「区整平面計画J 29)は我が国において阿地重視型の計l町が採用される理 山を海外の集合形式との関係から解説している点で注目できる。 その内容をみると、 、F耐計!由i で先決であるのは、{画地と街廓の方向、 大さ、 形の決定であり、 道路網の大さ、 形もこれに よって決まるJ 30)とし、 画地と街区を計画単位として重視している。 街�割については「余 りに幾何学的整型派と一方は余りに不秩序な自然、派J 31) があるヒし、 今、 官きは {自然派色 濃厚1 32)であり、 地形等の状 況に応じた配 置であるのに対し、「我が周のぞれはいわば街区 整然たる
典派色なるに不拘家並雑然、として不経済地が生じているJ 33)ヒ主張している。 その理由を {各敷地が凡て閉鎖主義であって、 高い塀によって全く外部を遮断されていることで、 是は国 民性から引いては日本建築様式の然らしむ所であって一較にして変化するものではないJ 34) ヒ述べ、 このことが {一つ一つの ロットの形、 大さ、 向 きに関する考慮、が一層デリケートに行 わ安ければなれ均J 35)ことの理由としている。 さらに、 画地の集合形式について言及し、 外 国は{家屋の集合の後から宅地割が伴うJ 36)のしこ対し、 我カミ国は {まず画地に出 発し、 建物 が走jご従うJ 37)とし、 我が同で画地が重視されるのは国民性によるものであるとしている。
以上のように、「都市公論J r区両整理」において街区、 画地の計画論は、 1933年の「土地|メ 画整理設計標準」に対する評価研究が中心であり、 その立場は肯定的な視点から再検討する方 向へと転換しているものの、 街灰や両地の単体を重視し、 計画全体の基本とするという点で共 通している。 このような考え方は、 1933年以前に掲載された伊部貞吉の標準画地に基づく計画 論と1933年以降の中村納の最小岡地に基づく計画論の2人の考え方が大きく影響していると推 測される。 この意味で戦前の土地区画整理は一貫して街区標準、 画地標準を住宅地全体の計画 単位とする計画理論が中心であったと考えられる。
3. 3. 2伊部貞吉の標準画地論
ま ず、 伊部貞吉の標準画地論について考察する。 伊部貞吉の学術雑誌上の記事は「都市公論」
誌上の「土地区画整理と宅地の利用J (1930年)に加えて、「建築雑誌j誌上に掲載された「土 地区画整理論(一)(二) (三)J (1929年)と「都市問題」誌上に掲載された「土地区画整理に 於ける区画割と宅地の利用J * 13 (1930年)及び「郊外地整理発展の積極的方策J * 14 (1930年) があり、 この4つの記事を考察の対象とした。 このうち、「土地区画整理論J は約300ページの 研究論文であり、 全11節、 37項からなる。 他の3つの記事はこの論文を基礎として書カ亙れてお り、 第四節から第九節までを要約したものとなっている。
-41-
表3. 7 標準画地論における街区、 画地の計画概要
備考
第一種 住宅地
第二種 住宅地
第三種 住宅地 50�116m 50�124m 78�156m
25�29m 25�29m 39m
街区長は、 街区幅の2�4倍とする 第一種住宅 第二種住宅 第三種住宅
(小住宅) (中流住宅) (高級住宅)
間口 4�5m 10.5� 12.5m 17m
奥行 12.5� 14.5m 12.5� 14.5m 19.5m 面積 50�72.5sqm 131.3-I03.8sqm 331.5sqm
・整形配列法(同列式、 交列式、 幾何学的模掠式、 放射
式)、 不整形配列法を提案。
同亨lj式は、 地勢の手坦なる商業地又は工業地に於て 之を採用すべきである
交列式に於ては、 幹線道路に面しては矩形街区を其の 長軸が街路の方向と一致する様に配列
することが原則となる
.1 (a) fjffjj曲の裏合式複列に配列するときは、 厨地の背夜、
苦境界線を直通せしむる
主(b)画地のIftq方境界線は街廓の周辺に車交せしむる ( c )画地の境界線は鋭角に交差せしめること 住宅の規格(3段階)を提案し、 日光指向法による空地を付加 することで3段階の標準画地を提案している。
住宅だけでなく商庖の規格・標準画地も提案している。
「土地区画整理論Jの構成
第l節 緒論、 第2節標準画地決定の基件、 第3節 目光指向法 第4節 標準画地、 第5節 街路、 第6節 街区、 第7節 換地処 分、 第8節 建物の配列と画地割、 第9節 上地区画整理の施行万 法、 第10節 地価、 第11節 土地区画整理の実例
注) 1.住居地域に関する標準のみを示している。
2.配列・方針のイタリック文字は原文をそのまま引用し、 旧字体は新字体 に直している。 その他は筆者の要約。
資料)日本建築学会:建築雑誌(524・525・527号) 都市研究会:都市公論(第13巻4号)
東京市政調査会:都市問題(第10巻4号)
伊部貞吉の経歴をみると、 1916年に東京大学建築科を卒業後、 陸軍技手を経て警視庁建築監 督官に就任し、 早稲田、 新宿 ・ 浅草の大火跡土地区画整理事業の基礎案を作成している。 その 後、 1922年に内務省都市計画局に異動し、 束京近郊の土地区画整理組合の指導、 助成を行い、
震災復興計画においても内務省復興局の佐野利器、 笠原敏郎らの下で土地区画整理の基本調査 及び街区設計を担当した38)。 これらの土地区画整理の計画において「設訂の基準をみす建築的 要項に付いて定説のをぐJ 39)、 達観的に計画するしかなかったこ とが契機となって、 土地区画 整理設計の指針となる新しい計画論として「と地区画整理論Jを提案 している。
伊部の一連の研究記事にみられる街区、 画地に関する計画理論を、 ①街区、 画地の形状と面 積、 ②街区、 画地の配列方法(街区割、 画地割)の2点から考察する(表3.7)。
( 1 ) 街区、 画地の形状と面積
まず、 街区と画地の関係を「街廊(j建築穀地を基本として、 之を設計すべ、きであるJ 40) と
E
l.t: T 町
田 I
J!20 � 占ふ
第一種住宅 10
0
0 10
〆
/<;)\)(ふれら
"1"第一
二種
住宅第三平副主宅盟主部貞吉「時画地論J
20 30間口(m)
1 忠
日|| 仁コ f糊吉 i側面蛸j
50
100
!第三種住宅地 第二種住宅地 第一極住宅地
150 200長辺(m)
図3. 4 標準画地論の標準画地 図3. 5 標準画地論の標準街区
位置づけ{街廓の形状並びに大きさを決定する基準となる建築敷地を標準画地と名付くるJ 41、
という標準画地を基本単位とした計画を原則としている。
次に、 標準画地を決定する要件として、 建物の種別及び規模を第 にあげ、 住宅と商府の規 格についてそれぞれ3つの段階に区分し提案している。 このうち小住宅については日暮里大火 跡 地区画整理地区内の調査をもとに規格を定めているが、 中住宅、 住宅については根拠を 明確に示していない。 さらに、 第 の要件を空地の規模とし、 日光指向法との関係から理論的 根拠にもとづき空地規模を定めている。 つまり、 住宅の種別及び規模と日光指向法を根拠とし て画地の規模を決定し、 標準両地の問 と奥行を提案している (図3.4)。 このことは、 耕地整 理 業による宅地開発に対して、 強い問題意識があったと考えられる。
さらじ、 街区の形状及び規模しこついては、〔単に其の局辺の長短のみによって、 其の優劣を
論ずべきものではなく、 街路構築上の経済的関係並に画地割りの状態を総合的に考慮して、 之 f定むべきるのでみるJ 42)とし、 幹線街路が直通する場合、 矩形及び方形街区を最も経済的 価値を有する形状としている。 そして矩形及び方形の標準街区の大きさの方針として、 街区の 幅(短辺) は標準画地の奥行に基づいて決定し、 長辺は交通上の便易と街路の延長による経済 的関係を考慮し、 短辺長の2---4倍を標準として決定するという方針を定めている。 しかし、
街区長辺の標準の根拠は説明されていない(図3.5)。
標準街区、 標準画地の辺長の設定数値をみると、 住宅の段階から1つの数値ではなく、 幅を もたせた提案となっている。
(2) 街区、 画地の配列方法
まず、 画地割についてみると、 3つの指針を定めている。
{ (a) 画地を裏合式複安ijに配列するときは、 画地の背後境界線を直通せしむること。
-43-
(b)両地の側方境界線は街廓の周辺に直 交せしむること。
(c)画地の境界線は、 鋭角に交差せしめ ざること。J 43)
これらの指針の根拠は{側方界線が関口に斜 行して、 敷地の前面が歪むと建築上非常に不便 で不経済である、 又背合せ後の境界線が一直線 にならないと便所汲取や勝手口用の路地を共同 して造れない不便があるJ 44)という主張であ り、 住宅の配置を画地割の基本としている。
次に、 街区割についてみると、 矩形街区の配 列方法として同列式、 交列式、 幾何学的模様プ 放射式の4つを提案しており、 格子状に配列す る同列式と幹線沿に街区長辺を配置する交列式
[ 同研J��
図3. 6 標準画地論の街区配列
を一般的に採用すべき街区割であるとしている(図3.6)。 但し、 同列式については単調な景観 となるため、 平坦な地形の商業地または工業地において採用すべきであるという条件を加えて いる。
尚、「土地区画整理論」では、 住宅の規格と街区、 画地の形状と配列方法 について主にアメ リカ、 ドイツ、 イギリスの事例及び専門家の提案する標準が紹介されている。 この中で海外の 電地樗j皐は、日可れも建築法規又は土地の実質的利用に郎して定められたものであって、 住宅 の型j式又は用途地位の別によって、 分類的にしめきる 、を慣例とするoJ 45)と記述されてお句、
標準画地を住宅の分類から案出するという考え方は、 海外の事例を参考 にしていることが分か る。 また、 形状や面積しこついては、{我国の標準画地の大きさが欧米諸都市のものに比して 小去るJ 46)ため、 具体的な標準設定において直接的に参考とした事例はみられない。 しかし、
理論的根拠の説明がない街区長辺の標準については、 紹介されている4つの事例が短辺の2---- 4倍となっており、 これを参考としたと考えられる。 さらに、 住宅の規格を3つに分類して定
めている点においてもドイツの方法と同様である。
以上のように、 伊部の標準画地論は、 我が国最初の体系的な土地区画整理の計画論として、
住宅の規格と空地を根拠とした標準画地に基づく計画を主張しており、 それまでの耕地整理一 業とは異なった、 宅地の利用を強く意識した計画論であるといえる。 しかし、「街区は建築致
地のj喜子子体J 47)であるとしながらも配列についてはて列背割を前提としており、 その従来:は 街区、 阿地の辺長と配列の方針を設定するに止まっている。 尚、 伊部は佐野利23に師'Hしてお り、 佐野が最も信頼を寄せる教え子の J人であった。 伊部の記事の中で、 標準困地の基礎とな る住宅の規模及び形状の設定は「住宅の規格」と表現しており、 佐野の影響が窺える48)o
3. 3. 3中村納のロット割研究
第2期の「灰阿整理」誌とにおいて唯一、 街区、 岡地の計画論を提案している中村制は、 l同 地の標準化ではなく最小画地を計画の基本としている。 本項では、 巾村の提案内容とその根拠 を考察し、 伊部の標準画地論と比較する。 診察の対象とした研究は、「ロット割問答J (1935、
1936年)、「ロット割の研究J(1938年)、「適地 ・ 地代 ・ 立地J(1937年)、「地域性と適地論<
西山氏に答ふJ(1938年) の4つである49)o
I-þ村納は都市計画愛知地万委員会の技師であり、 土地区画整理設計の実務の中から生じた問 題を契機として計幽論へと発展させてい
る。 このためロット割研究は、 標準画地論 のように体系的な研究ではなく、 計両kの 問題に対して解答を示すという形式が採ら れている(表3.8)。 ロット割研究における 提案の根拠は共通しており、 強い南面円照 に対する意識である。 これは、 ヒ地区間整 理事業を行うべき住宅地は ー団地として計 画すべき労務者向住宅地であると同時に、
各ロットは最低限の衛生条件を満たすこと が重要であるという主張に基づくものであ る。 このような主張は、 名占屋市では全f 宅の半分が労務者向住宅であり、「ぞの致
地は場末にありJ I建物が粗末であるJ 50) という現状に対する問題意識から生じてお り、 これが最小画地を提案する根拠となっ ている。
提案の内容をみると、 最小画地は面積30
表3. 8 íロット割問答j及び「ロット割研究」
の概要
-45-
ロット割問答
問 | 内谷
1 I fI:'-t;地の位小のロット山干!'fはどれくらいでしょうか
2 I fl:屯地には*1'4'道路と|対北道路とどちらが良いでしょうか
*1'4'道路に山する{I二宅IÎ1Jロットの奥行、ÌÞ-川11の批小限度はどの 3 I くらいでしょうか
4 ・*1'財道路に副するA>/:小限ロットに住宅をillてたいのですが如何
|なる川取にすれば以も他山的なイ1:宅が{�fられますか
5 I尚北道路は住宅地としては令然不IÎJjきでしょうか
6 I作屯IÎJj 1-.地に:ijtける道路には如何なる配l起が必要でしょうか 7 Iロy 卜に対する送付U卜.の良行は如何なる},I,(ですかそして之は科
|学的に似拠のあるものでしょうか
8 I労働.fd1:'-t;rÎ1Jロットには如何なる11:立が必止さでしょうか
9 |117i紙作宅IÎ1J 1..地は如何にすれば完全に白紙{I-:宅地として発注さ
目せることができるでしょうか
イ1:宅もできょうし小光尚},1;もできょうとぷーったロットは如何な 10 I るn:立が必�でしょうか
11 Ilm}J1;街IÎJjのロットの奥行、i企び!日111はどの似がよいでしょうか r!î動'lj:Ú町{、劇場、;寺町咋;のロットの面相はどの悦が適、'íでし 12 I 、 , n
ょっ刀 7
13 I ìillìllJに山.する1:助川ロットは如何なる形状が良いでしょうか
.臨i岳地に於ける大1:業}11ブロックの大きさはどのf\1:が良いでし
14 Ilょっ刀、、 .
15 I不格形ブロックのロット訓は如何にすべきでしょうか
16 I 1-.地の起伏は如何に利川すべきでしょうか 17 I {I:宅の出|利には如何なる配胤が必2t・でしょうか
表3. 9 口ッ卜割研究における街区、 画地の
計画概要 北画道路
表
3尺
に面する画地の場合
・最小限度4.5 m (2間半) -最小限度1O.8m (6間) -最小限度99 F (30坪)
ただし間口9m (5間)、 奥行10.8m (6間)が理想 .東西に長軸を持つ街区において街区短辺に間口 を設けるロット割は採光、 換気上から不良となる
「適地論Jの考え方を基盤としている。
住宅地には東西に長軸を持つ街区が向くという視点か ら論を展開している。 (探光、 換気等の保険衛生上)
最小限ロyトは建築工学ポケットブック(佐藤功ー) 及び佐野利器氏住宅論を理論根拠としている。
・間口、 奥行、 面積の最小限度からロットの形質について 備考 15問X6問、 4問X7.5問、 3問X10問、 2.5問X12聞の4つの
場合が考えられるが、 正方形に近い5間X6聞が理想である と提案。
-平行問辺形や五角形など不整形街区のロット割について も提案をおこなっている。
資料)土地区画整理研究会:区画整理(第1巻1号-3号、 第2巻1・3号、
6間建物部分 間+間+尺噌E'
内,ι 吟唱l》
岨短辺幅は画地奥行の2倍
裏 2問
6
問
1問
間+間十尺
司1 内t qd
1間
半
南面道路 第4巻3・5号)
図3. 7 東西道路に接する口ッ卜上の建物、
空地の最小限度
注) 1.住居地域に関する標準のみを示している。 2配911・方針のイタリツ ク文字は原文をそのまま引用し、 旧字体は新字体に直している。
その他は筆者の要約。
坪、 間口2間半(4.5m)、 奥行6間(lO.8m) と設定しており、 その根拠として面積について は既往研究の提案、 間口及び奥行については住宅の間取りを示している(表3.9)。 また、 理想 的宅地は間口5間(9m)としている。 5問x 6聞の画地形状は、 伊部の提案では画地面積が 小住宅と中流住宅の中間に相当し、 形状が正方形画地を理想、としていることから中流住宅に相 当している。 さらに、 ロット割研究では空地についての検討 が詳細に行われている点に特徴が ある。 最も強く主張しているのは、 道路を空地と位置づけ、 住宅地は東西道路にすべきである という点であり、 これに応じて住宅配置と空地の関係を検討している(図3.7)。 このような允 地方位と道路の関係についての検討は、 伊部の提案にはみられない独自の視点である。 一方、
街区の形状や配列に関する記述は、 街区短辺を奥行2倍とすることと道路方位に関連する街lメ の方向を検討するに止まっている。 すなわち、 街区の形状や配列は適切な画地によって必然、的 に決定されるという考え方である。 尚、 研究の中で海外の事例は全く紹介されていない。
このようにロット割研究は、 現状の労務者向住宅の衛生的改善という問題意識から、 阿地の 形状及び道路、 方位との関係に重点を置いた計画論を展開しており、 伊部の標準画地論と異な った特徴がみられるが、 個々の画地が計画の基本的単位となるという視点は一致している。 こ
のため、 具体的提案は画地の最小面積、 間口、 奥行の設定を行っており、 標準と最小という相 違があるものの一両地の形状を重視した計画論である。
以上、 2人の計画論の内零及び根拠を考察した。 ところで、 l章で論じたように土地区l町整 理事業のように相対的に大規模な住宅地を計画する場合、 その基準となる考え方は2つある。
lつは個々の画地の形状を基本的単位として重点を置き、 これに基づき街区、 住区の計画を行 う原単位重視型、 もうlつが個々の画地、 街区よりもその集合形式に重点を置く、 集合単位 視型である。 2人の計画論はいづれもlつの画地の形状と面積を基準としており、 前者の考え 方、 即ち、 原単位重視型に基づいているといえる。 集合形式については、 結果的に、 二列背割 問の画地割、 格子型配置の街区割を暗黙的に採用しており、 背割線に路地を設けるといった付 加的な提案に止まっている。
すなわち、 土地区画整理事業の計画理論はごく限られた研究事例と内務省によって提案され た全国標準によって確立し、 これらの数少ない情報をもとに実際の計画が立案されていたと考 えられる。 尚、 海外の計画事例が紹介されているが、 計画理論を構築する上での影響は皆無で あったと考えられる。
3. 4 全国標準における標準街区及び標準画地の特徴
1933年に内務省通牒として「上地区画整理設計標準J(以下、「設計標準J)が提案されるが、
その基礎となった提案は、 既往研究において2つの主張がみられる。 一つは、 伊部貞吉の「土 地区画整理論」が基礎となったとする考え方である51 )。 もう一つが、 石川栄耀らの愛知県都市 計画課技師によって1925年に提案された「区画整理設計室手記J(以下、 愛知県標準)を基礎 とする主張である52)。 また、「設計標準」以前にも内務省によって1924年に「土地区画整理私 案J(以下、「私案J)と1927年に「土地区画整理審査標準J(以下、「審査標準J)が提案され ている。 いずれも法制化されず指針を示すに止まっているが、 内務省の3つの案は雑誌「都市 公論」に掲載されており、 地方の技術者に大きな影響を与えたと考えられる。 その内容は、 小 学校や公園といった施設、 下水道等の都市基盤から換地設計まで土地区画整理設計の全般にわ たって設計の標準が示されている。 この中で街区及び画地の標準設定は、 街区の辺長や画地の 間口、 奥行長に関する数値による設定と形状や配列に関する文章による方針の2つの内容から 構成されている。
ここでは、 3つの全国標準と提案及び伊部の標準画地論や愛知県標準の提案を比較し、 標準 設定型計画理論の成立過程を考察する(表3.10)。
-47-
表3. 10 全国標準3案の街区標準及び画地標準の概要
nN・.y...,...y...... 石川・九戸市立川.. ...,.�...-....九川、.v ...川λ .�.�.','."';" �.'.�.�.�.� ... .:.'?";"".',芯�...T.'品川;.;L;'�.;.;.;・;:�J.��:;:;:�::;t.;�;:'::
特1級 1級 2級 3級 4級l�泌m 特1級 1級 2級 3級
長辺160・200140・160120-140100-120 8-0100f;灘3間口30-40- 20--30 12--20 6--12 M短辺60--80 50--60 40--50 30--40 20--301l懇i奥行街区短辺の二分のーを標準とする。
沼
1.矩形を標準とするも土地の状況に依りでは直線又は幽線的の不整形と為すも妨 形状 げざる。 2矩形に非ざる場合に於いても画辺の交角は直角に近からしむる。
1幹線道路に沿ふ街廓は其長辺を之に並行せしむる。
配列2.前号以外の街廓は主として地形、方位、風向及眺望の関係を考慮して配置する。
3湖海其の他の風致ある水辺、鉄道、専用軌道、堤防の類に直後せしめざる。
・街廓の大きさは将来再分割を要せざる横決定するものとする。
・将来商業地としての利用を予測せらるる土地は三級四級に依る。
配予Ij1.各街廊内の裏界綜は直通せしむる。2側方界線は道路境界線に直交せしむる。
奥行 裏合わせとなる画地の奥行は夫々の後する道路の路線価を参酌し之を決定する。
・画地の大きさは間口四米(二間)未満又は奥行九米(五間)未満若くは面積三十三 平方
;米(+坪)未満となさざること。
0・将来商業地としての利用を予測せらるる土地は商業地域内三級、 四級に依る。
4寺1級 1級 2級 3級 4級 間口30--40 20--30 12--20 6---12 4-- 奥行30--40 25--30 20--25 15--20 10・4 鉄道、新設軌道、堤防の類に直後せしめざる。
著しき斜角部は之を現徐し道路又は植樹地とすること。
1.裏界線は街廓内に付直通又は連続せしむるものとし周囲の道路の性質を参酌し 配列 て其の位置を定むる。 2側方界線は道路境界線に直交せしむる。
三級以上の画地は南北の方向に奥行を取る。
:'=:l樹木多き土地に在りでは平坦なる場合に於いても特 に奥行大なる形を選ぶ。
i・二階建を普通とする地方に在りでは四級画地は奥行大なる形を選ぶ。
菜園地其の他特 別の計画ある土地に付いては別に考慮する。
いる。
資料)都市研究会:都市公論(第 7巻7号19241'手7月、 第10巻12号1927年5月、 第16巻6号1933年6月)
3. 4. 1形状的特徴
「設計標準J r審先標準J I広案」の3案について形状的特徴を比較する。 数値による設定を みると、「設計標準」と「審査標準」の街区辺長及び岡地間口、 奥行長は全く問機の値となっ ている。 しかし、「審査標準」では街区短辺を指定し、 岡地奥行は街区短辺の二分のーとして いるのに対し、「設計標準」では両地奥行長のみを指定している。 一方、「私案」では画地奥行 長を最小幅員との関係からlつの数値のみを設定しており、 街区については長辺長を短辺長の 2.5倍から6倍と設定している。 3つ案の設定数値の共通した特徴は、 ①街区、 岡地ともに大規 模な区画になる従って正方形に近い形状となる、 ②街区短辺(岡地奥行)は同様の設定となっ ている、 という2つの点である。 しかし、 街区短辺の設定数値は「私案」が6m間隔、「審任標 i隼J I設計標準」が10m間隔によって単純に等級を区別している。 これは、 両地と街区の関係 の大きい街区短辺を基本として、 困地問[J、 街医長辺を決定しているためと考えられる。
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|第三樋住宅地 | 第二種住宅地 |
| 第一様住宅地 | o o � ----__[_--50 一」一一一一100 一一」ーー一一一150 200長辺(m)l_ _
注)土地区画登理設計得準と土地区画量産理審査標準の街区療準は同じであり、
土地区画聖理設計棟準の短辺は画i也奥行の2倍としている。
図3. 8 全国標準における街区標準の比較
(E)に副mm叩
30
10
国
土地区画整理審査標準 土地区画整理設計標準轍
伊部貞吉川票準画i也論J
。
。 10 20 30 40 50
間口(m)
i主)土地区画整理設計偲準と土地区画'整理審査標準の画地保lf,は同じであり、
土地区画整浬審査傍準の奥行は街区短辺の2分の1と設定している。
図3. 9 全国標準における画地標準の比較
おり、その基本となる街区短辺は 「私案」に基づいて設定されたと考えられる。さらに、「審 査標準」から 「設計標準Jにかけて、街区中心の設定から画地に中心の設定へと変化しており、
この間に発表された標準画地論の影響が考えられる。しかし、画地形状における標準画地論の 影響は極めて小さいといえる。
3. 4. 2配列的特徴
街区、画地の配列に関する方針をみると、街区では、「審査標準Jにおいて幹線沿の街区は
-49-
表3. 11 全国標準3案の比較 年
1924
1927
1933
設計標準 街区標準 街区割L関する方針
「私案j 長さ→短軸の2.5-6倍 幹線道路との関係
「審査標準j 3用途地域別に長辺 ・ 幹線道路との関係 短辺の5段階の標準 地形風向眺望等に対
→範囲設定する考慮
「設計標準J 3用途地域別に長辺・ 特になし 短辺の5段階の標準
→範囲設定
注)太字は新たに標準・方針として加えられた方針 資料)帝都復興事業誌:東京市役所編(1932.3)
画地標準 画地割に関する方針
特lこなし 特になし
3用途地織別に間口 ・ 裏界線の直通 奥行の5段階の標準 領IJ方界線の直交
→範囲設定 最 小 限画地の設定
3用途地域別に間口・ 裏界線の直通 奥行の5段階の標準 側方界線の直交
→範囲設定 3級以上の画地の考慮 最小限画地の設定 樹木ある画地の考慮
2階建画地の考慮
都市研究会:都市公論(7-7 1924.7、 10-12 1927.5、 16-6 1933.6)
長辺を配置する、 地形や風向、 眺望を考慮して配置するという方針がみられる。 幹線沿の街ほ に関する方針は、「私案」において既に同様の方針があることから、「私案Jに もとづき「審査 標準」の方針が決定されたと考えられる(表3.11 )。 これは、 標準画地論におけるに交列式に 相当しており、 標準l珂地論が具体的な根拠を示していると考えられる。 一方、「設計標準Jで は街区に関する方針はみられない。 また、 商地に関する方針をみると「審査標準」では背割線 を直通すること、 側方界線は道路境界線に直交することという2つの方針を定めているが、
「設計標準」では「審査標準Jにみられた2つの方針に加えて、 方位、 建物を考慮、したより詳 細な内容となっている。 尚、「審査標準」における2つの方針は標準両地論における画地割の 方針と全く同様の内容となっている。 このように、 配列に関する方針においても「審査標準」
から「設計標準Jにかけて街区Ijl心の設定から画地に重点を置いた設定へ変化していることが 分かる。
以上、 3つの全国標準の街区、 画地に関する標準を比較したが、 それぞれの関係は以下のよ
うに整理できる。
①街区短辺及び画地奥行の数値による標準は、 1934年の「私案」に基づいて設定されている。
②街区長辺及び画地問口の数値による標準は、 1927年の「審査標準」において確立するが、 街 メ形状に関する基本的な方針は「私案」に基づいている。
③街区配列に関する方針は、「審査標準Jで詳細に示されいるが、「設計標準」では削除されて おり、 重要視されていない。
④画地配列に関する基本的な方針は、「審査標準」において示されるが、「設計標準」ではさら に詳細な方針へと発展している。
つまり、 街区については「私案Jにおける標準を基礎として「審食傑準Jにおいて維ιし、
方、 両地については「審査標準」で最初に考慮され、「設計標準」ではより詳細な)J針がイ、j
加されている。 また、 伊部貞吉の標準|町地論は、「設計標準JとのiR接的な連関はみられない が、 岡地を電視した計阿への転換といっ点で影響をうえていると推測される。
ところで、 3つの全国標準では、 街区、 岡地の辺長と方針を示しているだけで、 その板拠は 述べられていない。 唯一、「私案」の提案の際、 内務省都市計画局第二技術課がwrロットJの 大さに関する信頼す可き基礎j 53)と題する記事の中でアメリカの都市で採用されている岡地 の基準を報告しているが、 これは「将来立案の指針の基礎J 54)とすることを目的としており、
参考資料としての性格をもつにすぎない。 すなわち、 全同標準の根拠については、「上地医l面|
整珂論」以前の「審査標準」において街区標準及びl面地標準が確立しており、「士地区画整理 論」が全国標準の直接的な根拠となったとは考えられない。
3. 4. 3全国標準の初源 -震災復興区画整理方針一
3. 4の胃頭で述べたように既往研究において全国標準の基礎となった提案には「愛知県標 準」と「土地区阿整理論」という2つの異なる知見がある。 このうち、 伊部の「土地区画整理 論」の提案と全同標準との連関については既に考察し、 街区標準及び画地標準に対する影響は 小さいことを示した。 続いて、「愛知県標準」との関連について考察する。「愛知県標準Jが雑 誌「都市創作」に掲載されるのは1926年であり、「私案」と「審査標準」の聞に提案されてい る。「愛知県標準」と「審査標準Jの共通点は、 街区の辺長を 3つの用途と等級に区別して設
定している点である。 しかし、 形状は大きく 異なっており、「愛知県標準」の短辺は、 l 級と2級が 3級、 4級よりも大きく設定され ているのに対し、 長辺は逆に 3、 4級の方が 大きく設定されており、 短辺と長辺の大きさ が比例関係にある審査標準とは根本的に異な っている(表3.12)0 さらに、 画地は道路を 種別化し、 これに応じて間口を決定しており
「審査標準Jのような用途別の設定はみられ ない。 しかし、 間口の大きさについては、 4 m、 6m、 12mを基準にしている点で「審食
表3. 12 I愛知県標準jにおける街区標準及び 画地標準の概要
-51-
区画整理設計室手記(愛知県都市計画課設計室編 1925年9月)
間口 奥行
甲種街路:電車軌道あるものにして、 大体幅員 12問、 13間半、 15問、 18間 乙種街路:電車軌道敷けるも人車道の区別ある
ものにして、 大体幅員6問、 8問、 9間 丙種街路:入車道の区別なきも自動車取締令施行
規定第三条による自動車歩行有効幅員 以上あるものにして幅員1間半、 2間 丁種街路:自動車走行不可能なるも建築線以上あ
るものにして幅員1間半、 2間
柱)住居地域に関する提案のみを掲載している。
資料)都市創作(1925年9月 2巻9号)
標準」との関連がみられる。 すなわち、「愛知 県標準」は、 街区の等級別設定と岡地問口長と いう2点で「審査標準」と連関があると考えら れるが、 街区形状や画地の設定方法は独自のも のであったと考えられる。
次に、 1924年に提案された「震災復興土地|メ 画整理方針Jとの関係から全国標準の提案の根 拠を考察する。
「震災復興土地区画整理方針」における街区、
画地の標準設定の方法は、 ①街区長辺を短辺の 倍数によって設定、 ②画地奥行を道路最小幅 によって段階的に設定するという点で「私案J と全く同様である(表3.13)。 さらに、 配列に ついても全く同様の方針となっている。「私案J との相違点は、 ①街区長辺が2倍から4倍であ る、 ②「震災復興土地区阿整理方針」の2等か ら5等地の画地奥行が小さい、 ③l等地及び2 等地の道路最小幅員が8mであるという3点の みである。「震災復興土地区画整理方針」にお いて街区、 画地の規模が「私案」より小さくな っているのは、 ①土地区画整理を行うべき被災 地の多くが住宅密集地区で、 従前の画地が狭小 であった、 ②事業を早急に完了する必要があり、
従前の土地所有・権利関係を大きく変更することができなかったことが理由としてと考えられ 表3. 13 r震災復興土地区画整理方針」の街区
標準、 画地標準の概要 震災復興土地区画整理設計方針 (1923年12月)
幅 居住地域-商業地域 54m (30問) 長辺 区画の長剥!の長さは共同軸のて倍乃至
問倍と為すこと
敷地奥行 1 36 1 27 1 B 1 14.4 1 10.B 1 道路最小幅員 IBIBIB I6 1 4
イ.区画の配列を定むるに当たりでは在来の地 下埋設物並下水設備等を考躍し支障 なき道路は成可く之を存置し新たに開設すべ き街路の基準とすること
ロ区画の長軸は成可く主要道路に平行せしむ る様区画の配列を定むること
建築物の奥行並開設すべき道路の最小幅員は 地域並土地の実状を参酌し之を決定する。
資料)帝都復興事業誌:東京市役所編(1932年3月)
(E)に凶mMW
酔震災復興土地区画整理方針 1等地
ι '1等地+土地区画整理私案
30
20
10 :土地区画繋理審査標準
辻地区画整理設計標準
0 o 10 20 30 40 50
出土地区画整理審査恨準の奥行は街区短辺の二分のーと段定しである。 間口 (m)
図3. 10 r震災復興土地区画整理方針」と 全国標準の画地標準比較
る55)。 このため、「私案」では画地の規模を若干大きくしたと考えられるが、「私案」の内容は
「震災復興土地区画整理方針」を基礎として決定していることは明らかである。
従って、 全国標準の成立過程を解明するためには「震災復興土地区画整理方針Jの根拠が重 要となるが、 伊 部貞吉の記事の中に次の記述がある。
「東京及び横浜の区画整理前における街廓は、 大体に於て、 合理的建築敷地即ち標準[ljJj 地の大きさに基いて定められたものでないから、 其の大きさも大小一様でなく、 土地
の利用上著しく不使であった。 従って、 過大なる街廓に随伴する不規則、 狭小なる路 地は、 日常の交通及び衛生に/UJし、 不便、 有害であるのは勿論のこと、 火災其他の非 常時には、 保安上危険極りなき状態を呈して居った。 そこで、 区j/J画整理の設計を為す に当って、 第 一に街廓割りに付いて考慮、しなければならなかった。 然しながら、 其の 当時は、 先決問題たる標準画地に付いて充分考究されて居なかった為め、街廓の標準 的大きさを宕むる上に於て、 大なる不便を感じたのである。 而も、 整理の急を要する 場合、 建物の規格を考究し、 之に基いて標準画地を決定するという様な余裕は全然な かったのであって、 不本意ながらも、 達観的に之を決定するより他に無かったのであ る。J 56) (下線は著者)
この記述の中で「達観的」に決定されている標準画地は、「震災復興士地区画整理方針Jと ふく同様のものであり、 伊部によって「震災復興土地区岡整理方針」が作成されたことが分か る。 つまり、 最初の設計標準である「私案」の街区辺長及び画地奥行の数値設定は、 伊部が経 験的に推定した標準に基づいているといえる。
方、 伊部はその後、「不本意Jな震災復興土地区画整理方針に対する反省から、 住宅の規 格に基づく理論的な恨拠をもっ標準画地に基づく提案を行っている。 しかし、 既に考察したよ うに、 ここで示された街区、 岡地の辺長の数値設定は1933年の「設計標準」では採用されてい ない。 伊部貞吉は1929年まで内務省技師であったことから「審査標準Jの作成に携わったと推 測されるが、 この時期に既に「土地区画整理論」を完成させていたかは疑問であり、 また、
1929年に大蔵省営繕管財局技師へと異動したため、 1933年の「設計標準Jの作成に は直接関わ っていないと考えられる57)。
以とのように、 伊部の標準画地論が全国標準に与えた影響は小さく、「審査標準J及び「設 計標準」は伊部が自らの経験によって推定した「震災復興士地区画整理方針」と愛知県の技術 者によって独自に考案された「愛知県標準」との折衷によって決定されたと考えられる。 この ように理論的根拠があいまいなまま、 街区標準及び画地標準を計画の基本とした標準設定型計 画理論が確立したと考えられる。
-53-
3. 5 まとめ
本章は、 戎が国のk地区画整埋事業における街|玄及び岡地のri十両瑚論を標準設定別1汁IÙIÎ用論 と位置づけ、 1933年以前を確立期、 以後を収数知!と区分した1-_で、 その成立過紅を、 ①雑誌記 事の論考における計阿論の特徴、 ②全国標準の比較とその線拠、 以上の2つの考察によって明 らかにした。 また、 計画理論の 成立過程の予備的な考察として、 郊外地開発型上地医|岡整理事 業の歴史的展開を整現するとともに、 具体的計l珂案の実態分析における視点を明確化した。 そ の結果、 以下の知見が得られた。
( 1 )旧法における土地区画整理は郊外地の宅地開発を日的とした郊外地開発型土地区l同整理f
業を前提として制度化されており、 戦前の土地区画整理事業は12条認口Jによる組合施行上 地区画整珂事業が中心であった。 さらに、 12条組合施行土地反画整理事業の計四 分析では 次の3つの随伴的条件の考慮が必要であることを示した。
①宅地開発目的の耕地整理事業との計画的関連
②計画段階における農地利用の考慮
③戦後上地区画整理法への移行に伴う事業完了の時間的制限及び農地改革の計画への影響
( 2) I都市公論J I医画整理J にお いて街区、 画地の計両論は、 1933年の 「設計標準」に対す
る評価研究が中心であり、 その立場は肯定的な視点から再検討する方向へと転換して い るものの、 街区標準及び|岡地標準を設定すると い う方法を前提として い た。 この中で独 自の計画論を展開してい るのは1933年以前に掲載された伊部貞吉の標準画地に基づく計 画論と1933年以降の中村納の最小岡地に基づく計画論の2つの研究のみであった。 伊部 と中村の計両論は画地の面積、 間口、 奥行を計画の基本としており、 標準と最小と い う 相違があるものの一画地の形状を重視する基本的な考え方は同様であった。 以上より、
我が国の街区及び画地に関する論考では岡地重視型の計画論が展開されて いることを明 らかにした。
( 3 )全国標準は街区中心の設定から画地に重点を置 い た設定へと変化して い ることを明らか にした。 さらに、 全国標準成立の基礎となったの は 、 伊部貞吉が内らの経験によって推 定した「震災復興土地区画整理方針」と愛知県による「愛知県標準」であり、 理論的根 拠があいまいなまま、 画地標準及び街区標準を計画の基本とした標準設定 型計l南理論が 確立することとなった。