新人ソーシャルワーカーが抱える「ネガティブな経 験」の検討
著者 孫 希叔
雑誌名 評論・社会科学
号 126
ページ 51‑72
発行年 2018‑09‑30
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000224
要約:経験知も技術も十分ではない新人ソーシャルワーカーは,《自分が描くイメージとの ずれ》に困惑し,《異なる価値観の押し付け》にも対抗できないまま,《良質な経験の不足》
にもどかしさを感じていた。彼らは自分の未熟さや心の弱さから生じる不安を解決しよう と《スタンスの違う思いとの妥協》や《他者に頼る行動》で対処していた。しかし,〈相談 相手や支持してくれる人の不在〉により《経験の共有の不足》や《振り返る能力の不足》
を補う機会を持たないまま,再び困難な状況に遭遇すると,精神的にも肉体的にも疲労し てしまい《自己への否定的な評価》といった悪循環が生じていた。
キーワード:新人ソーシャルワーカー,ネガティブな経験,ソーシャルワーク実践,質的 研究
目次
1.研究の背景と目的 2.研究方法
2-1.調査対象
2-2.データ収集期間と収集方法 2-3.データ分析方法
2-4.倫理的配慮 3.分析の結果
3-1.要因に関するカテゴリー 3-2.対処に関するカテゴリー 3-3.結果に関するカテゴリー 3-4.個人の特徴に関するカテゴリー 3-5.全体のストーリーライン 4.考察
4-1.個としての新人ソーシャルワーカーが感じる「ネガティブな経験」の構造 4-2.「ネガティブな経験」と向き合うために求められる視点
4-3.まとめと残された課題
────────────
†同志社大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程
*2018年6月29日受付,2018年7月2日掲載決定
論文
新人ソーシャルワーカーが抱える
「ネガティブな経験」の検討
孫 希叔
†51
1.研究の背景と目的
実践現場において,ソーシャルワーカーが様々な困難や葛藤,悩みやジレンマに直面 することは避けられない。そのため,日々の実践において,悩みを抱えながらその対応 に苦悩する生活相談員も少なくない。この際,遭遇した問題を解決しうる自分のレパー トリーが不十分で,そのストレスを対処するのにすぐに使える方法をもってない新人生 活相談員は,逃れることも解決することもできない状態に陥り,心身の疲労が積み重な ってバーンアウトともいわれる不適応を引き起こしてしまうこともよくある。もちろ ん,施設長などの指導的な立場にある人々からの研修や指導などが行われるものの,そ の成果が効果的な手がかりにつながらず,離職されてしまったという戸惑いの声を聞く ことも少なくない。
特に,「リアリティ・ショック」といった用語に表されるように,新人期の生活相談 員は,予測不可能な出来事や職務上の悩みや困難に遭遇しやすい時期であり,新人期に 抱えやすい困難や悩みと職場適応の関係は,入職初期の離職を予防する上でも検討を要 するものである。一方で,生活相談員のキャリア発達の分野においても,新人期におけ る経験は重要な意味をもつものである。すなわち,新人期は,学生から一人前のソーシ ャルワーカーとしてのキャリア移行期であり,この時期の経験はその後の成長を左右す るものと考えられる。したがって,新人期の生活相談員はどのような悩みを経験し,そ れをどう意味づけているのかをより詳細に検討する必要がある。
そのため,本研究では,新人ソーシャルワーカーが実践の中で感じている「ネガティ ブな経験」の背景にはどのような要因が考えられるのかを探索的に検討することを目的 とした。さらに,その結果を踏まえ,ネガティブな経験と向き合うために必要な視点に ついての検討も行う。そのために,実務経験3年未満の新人ソーシャルワーカー15名 を対象に,入職後から現在までを振り返り,実践の中で問題点を見つけたり解決策を導 き出すことが出来ず,行き詰まり感を抱えたまま,物事を否定的な方向で捉えている状 況に直面した際,それをどのように感じ考えたのか,実践の中での思考を詳細に語って もらった。
2.研究方法
2-1.調査対象
本調査の対象者は,社会福祉士の資格を取得した直後,相談援助職として初めて入職 して3年未満の生活相談員を対象に選定を行った。本研究では,特養に相談員として勤
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務している新人生活相談員15名(男性8名,女性 7名)の協力を得ることができた(表1)。
2-2.データ収集期間と収集方法
本調査のデータ収集は,2009年10月から2011 年11月までに半構造化インタビューによるデータ 収集を行った。インタビュー内容は,入職後から現 在までを振り返り,戸惑いや困難だったこと,その 際どのような判断や行動を行ったか,それをどのよ うに感じ考えたのか,実践の中での思考を詳細に語 ってもらった。インタビュー時間は60分程度で依 頼し,内容は本人の了解を得てICレコーダーに録 音した。
2-3.データ分析方法
本研究の分析には,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,M-GTA)
(木下,2003)を用いた。これは,本調査で得られたデータは,すでにプロセス的な性 格を持っており,コーディングを行うよりも,文脈を重視した分析を行う方が適切であ ると判断したためである。それに,ネガティブな経験を静的な状態ではなく,動的な変 化をともなう過程として,当事者の視点から明らかにする上で適していると考えたため である。なお,M-GTAに基づいた本調査の分析テーマは,「新人ソーシャルワーカー が抱えているネガティブな経験」と設定し,分析焦点者は「特養に勤務する新人ソーシ ャルワーカー」とした。
具体的な分析手順は,①語りの内容を逐語録に置き換えそれを熟読しデータに慣れ る。②テーマに関連すると思われる個所に着目し,データを文章または段落ごとに切片 化はせずに拾っていく。③着目した箇所の要点を整理し解釈を加える。④説明概念ごと に概念名を作成し,当該個所がどういう意味になっているか考える。⑤データは類似例 の確認,対局例の比較の観点から継続的に比較検討する。⑥生成した説明概念からさら にまとまりのあるカテゴリーを生成する。⑦相互の関連をストーリーラインとして文章 化する,というM-GTAに準じた方法で行った。
なお,分析の妥当性を確保するにあたり,データ分析過程においては,M-GTAによ る研究経験をもつ複数の研究者に指導を受けながら検討した。さらに,本調査の研究協 力者には逐語録を返却し,内容を確認するとともに,生成した概念とカテゴリーを用い て分析テーマの現象に対する説明を行い,研究協力者の思いに合致しているかを確認す
表1 研究協力者一覧 番号 性別 経験年数 基礎教育
1 男 2年6か月 4大卒
2 男 2年6か月 4大卒
3 女 2年6か月 短大卒
4 女 2年6か月 専門学校
5 男 1年7か月 4大卒
6 女 2年10か月 短大卒
7 女 1年7か月 4大卒
8 男 2年1か月 4大卒
9 男 2年1か月 短大卒
10 男 2年1か月 4大卒
11 男 1年5か月 短大卒
12 女 1年7か月 専門学校
13 女 2年7か月 4大卒
14 女 1年7か月 4大卒
15 男 1年8か月 専門学校
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ることにより,真実性・妥当性を高める作業を行った。
2-4.倫理的配慮
本研究は,日本社会福祉学会の「研究倫理規定」に基づき研究を進めた。調査の実施 に当たっては,機縁法により研究協力者を募り,協力の意思のある研究協力者から直接 連絡を受けることで対象の選定を行った。最終的な研究協力者となった新人ソーシャル ワーカーに対し,研究の目的と方法,依頼する内容,研究参加の取り消しの自由,研究 協力者への倫理的配慮について記載した依頼書を提示し,説明を行い,承諾を得た。な お,面接調査により,研究協力者が精神的苦痛を受けないように配慮し,もしそうした 様子が見られる時は,中断ないし,中止することとした。さらに,現在の勤務先での経 験に限定して回答を求めるのが困難である場合は,回答に制約を設けないこととした。
3.分析の結果
分析の結果,新人ソーシャルワーカーが実践を行う上で経験する「ネガティブな経 験」は,11のカテゴリーと27の概念で構成されていた(表2)。分析では,認識の時系 列に沿うよう,契機,処理,結果の順にまとめ,最後に個人の特徴について語られたこ とを記述した。抽出されたカテゴリーは《 》,概念は〈 〉で示す。なお,( )は文 脈を明確にするために研究者が補った内容である。
3-1.要因に関するカテゴリー
3-1-(a).《自分が描くイメージとのずれ》
《自分が描くイメージとのずれ》とは,期待に胸を躍らせてデビューした新人ソーシ ャルワーカーが,思っていた理想と違いすぎる現実に,思わず「こんなハズじゃなかっ た」とつぶやくようなギャップに混乱を実感している状態である。これは,〈やっぱり 何でも屋〉〈施設の超裏の顔〉〈走り回る日々〉〈なじめない雰囲気〉の4つの概念で構 成されていた。
〈やっぱり何でも屋〉は,相談員として自分なりに幾らか期待を持っていた新人ソー シャルワーカーは,先輩の様子や状況をよく観察したり,自らが直接かかわる中で,良 くも悪くもやっぱり噂どおりだと認識していることである。
相談員は何でも屋だと言われているのは分かっていたんですが,本当になんでもかんでも 相談員のところに仕事がふられるんです。入退院の調整もやるし,送迎もやるし,電化製品 の修理もやるし,預かり金の対応もやるし,クレーム処理もやるし,あげくに職員の愚痴も
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聞きます。とにかく目に見えない裏の仕事ばかりで,やっぱり地味に思える時だってありま す。(中略)表立っては入所対応,相談援助って言ってますけど・・・。やっぱり何でも屋 だと思います。(no.13)
〈施設の超裏の顔〉は,目に見える表の部分での実践ではない,表に出ない裏方の仕 事が多く,どれだけの仕事量をこなしても,その実態が見えにくくつかまえにくい職種 であると認識していることである。
私自身,就活をしていた時の相談員のイメージは施設の顔でした。最前線で施設の宣伝を したりやなんかのトラブルに関わっているイメージだったんです。でも,実際に自分が相談 員になって印象はがらりと変わりましたね。実際の相談員っていうのは,どれも裏で調整ば かりで,施設の顔どころか完全に超裏方なんです。(no.8)
表2 新人ソーシャルワーカーが抱える「ネガティブな経験」の検討
カテゴリー 概念
要因
《自分が描くイメージとのずれ》
〈やっぱり何でも屋〉
〈施設の超裏の顔〉
〈走り回る日々〉
〈なじめない雰囲気〉
《異なる価値観の押し付け》
〈スジの通ってない説明〉
〈昔の基準を求められる〉
〈分かち合えない思い〉
《良質な実践経験の不足》
〈段取りの悪い自分への歯がゆさ〉
〈利用者の言動から受けるもどかしさ〉
〈一人で行う実践に対する恐怖や不安〉
〈慣れても出現する新たな不安〉
対処
《スタンスの違う思いとの妥協》
〈自分の意見が言えない〉
〈意に反した業務の受け入れ〉
〈与えられた仕事をこなすだけの実践〉
《業務の過度な一般化》 〈断片的な業務の遂行〉
〈制約を設ける〉
《他者に頼る行動》 〈先輩に頼る行動をとる〉
〈他者に解決してもらう〉
結果
《混沌とした不安》
〈味わえない達成感〉
〈やりたい実践ができない〉
〈ぼんやりする理想の相談員像〉
《切り替えのできない気持ち》
〈取り残されている感〉
〈逃げたい思いの高まり〉
〈曖昧な思いの持続〉
個人の特徴 《経験の共有の不足》 〈相談相手や支持してくれる人の不在〉
《振り返る能力の不足》 〈経験から学んだことを語れない〉
《自己への否定的な評価》 〈自己への評価が低い〉
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〈走り回る日々〉は,何かあるたびに右往左往して,とにかく言われたことを必死に こなすのが当たり前となり,自分が何をやっていてどう対応すべきかを立ち止まって客 観的に考える余裕を持てないでいることである。
上からは空きベッドについてプレッシャーをかけられ,あれやこれやと走り回ってます。
予定を調整して面接に行ったり,退院のカンファレンスを設定したり,そんな事ばっかりや っていたら,時に何やってんのかわかんなくなる事もあります。(no.2)
連携とか言われるけど,共有できる時間がとりにくくて,思う時にカンファレンスが開け ないことも正直にあります。(no.9)
〈なじめない雰囲気〉は,人間関係の輪に入り,溶け込めることができず,緊張と不 安で雰囲気に圧倒されてしまい,どのように接していこうかと悩んだり,気まずくなっ て居づらさを感じていることである。
憧れて就職したのに,実際に働いてみて,初対面や親しくない人のいる集団の中にすんな り入っていく勇気がなくて,自分が思っていたのと違うんで・・・。どうしてここを選んだ んだろうと後悔してしまって・・・。自分と気が合いそうな人もいなくて。どうしたらいい か悩んでます。(no.5)
3-1-(b).《異なる価値観の押し付け》
《異なる価値観の押し付け》とは,仕事の前に,先輩や上司から「なぜそのようなこ とをしなければいけないのか」「それをすることでどのような結果を得ることができる のか」といった説明を十分に聞けないまま,何かものを指示されたり指導されることに 対し,新人ソーシャルワーカーが「やらされている」という印象を受けて,自分自身が 納得しておらずやりたくもないのに,やらなければならない状況に追い詰められている 状態である。これは,〈スジの通ってない説明〉〈昔の基準を求められる〉〈分かち合え ない思い〉の3つの概念で構成されていた。
〈スジの通ってない説明〉は,先輩や上司との世代による認識のズレにより,新人ソ ーシャルワーカーが怒られて訳も分からないままにされることに萎縮してしまい,納得 できない事や理不尽なことでも受け入れてしまうことで,業務に入り込む気持ちが怯む ことである。
少し仕事に慣れてくると,こうすればとか,結構,いろいろと自分で考えるようになるこ とが増えるんです。先輩もそろそろ自分の頭で考えなくちゃと言ってるし・・・。それで自 分もいろいろと調べていたら,「これは昔からこうやってるんで,今までにいろいろ試して はみたけど,結局これに落ち着いたんだよーと。そんなことはしなくていいんだよ!」と。
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そんな強い口調で言われてしまって・・・。先輩にもいろいろと事情はあるんでしょうけ ど・・・。(no.8)
〈昔の基準を求められる〉は,実践の場で思いもかけない状況に出くわし,ここでの やり方はこうだからと,学生時代に教わったセオリーとは異なるやり方を指導されるこ とによって戸惑いを感じることである。
私の(勤務する)施設は,月ごとに利用者のケースをまとめてるんですが,先輩が介護職 員に「書いてる内容がぜんぜんだめだ日記じゃないんだから書いてる内容がだめだから,プ ランが立てられない」と愚痴を言ってたんです。情報収集とかは,相談員が主体でやる仕事 ってイメージで思ってたんですけど・・・。うちでは本人からしなくて,ワーカーの記録み てやっていて,これってあり?って思いました。(no.14)
見るもの,聞くもの,全てが初めての出来事で,これまでの知識をあまり活かせないん で・・・。習ってきたものが間違いではないにしろ,使えないものだったと思うと悲しいん です。(no.12)
〈分かち合えない思い〉は,自らの状況に気の重さを感じながら,利用者への援助を 何とか続けようと気持ちを奮い立たせるものの,先輩と双方の意見の合致に至らず,十 分に援助を遂行していけないことにもどかしさを感じることである。
何を話しているのかがはっきり分からない入居者さんがいて,何とかしなければいけない と思うんですけど・・・。そこに時間取られて,仕事が遅くなって,また先輩に怒られるの も嫌なんで・・・。(no.2)
利用者さんの希望を叶えたいという思いは自分一人ではないと思います。利用者がこれが したいと望むのであれば,チームとして何とかしてあげるのが当たり前というか,そうしな きゃと思うけど・・・。考え方が違う人にそんなの言っても,気まずくなるし,ギクシャク してしまうんで,言いづらくて・・・。(中略)そんなことがあると,辛さより申し訳ない 気持ちになるんです,利用者さんに・・・。こっちの都合ばかり押し付けてしまってるんじ ゃないかって・・・。(no.12)
3-1-(c).《良質な実践経験の不足》
《良質な実践経験の不足》とは,新人ソーシャルワーカーが,問題に直面したとき,
「なんとか成果を出したい」と考えて精一杯実践したにもかかわらず,期待された結果 とは逆の結果が返されたことに,その問題を解決できる方法を見つけ出し,上手く対応 できた経験を積み重ねることができず,心身を壊しかけてしまったり,自分が否定され た感覚に陥って,自らの可能性はないと思ってしまう状態である。これは,〈段取りの
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悪い自分への歯がゆさ〉〈利用者の言動から受けるもどかしさ〉〈一人で行う実践に対す る恐怖や不安〉〈慣れても出現する新たな不安〉の4つの概念で構成されていた。
〈段取りの悪い自分への歯がゆさ〉は,自分の実践に自分なりの工夫を加え,その状 況に取り組んでいこうとするものの,その思いとは裏腹に状況は良くない方向に向かっ てしまうことに歯がゆさを実感していることである。
(看取り期の利用者のケアの)方向が見えない時にはカンファレンスは必要と思っていて も家族になかなか言えなくて,言葉を濁さなければならない状況で,主治医は主治医のやり 方があって,家族もそれぞれ思いがあって,利用者の気持ちに寄り添うような方向にもって いきたいんだけど,うまくいかなくてずるずると引きずって・・・。(no.7)
な ん か・・・(家 族 に)頼 り さ れ す ぎ て あ れ も こ れ も と 全 部 こ っ ち に 聞 き に く る ん で・・・どこに線を引いていいか,本当に難しいっていうのもあって,どうかかわっていい かわからなくて・・・。(no.14)
〈利用者の言動から受けるもどかしさ〉は,利用者の生活上の様々な相談に応じるな どどれだけの仕事量を懸命にこなしても,自分の頑張りを利用者に認めてもらえないこ とへの虚しさを募らせて,援助への不安や自信の無さを感じていることである。
誰よりも気を使い,言われたことはすべてその通りにして,自分なりには結構頑張ってい い仕事していたと思ってたんですが,同じことを先輩相談員にも頼んでいたことが後に分か って・・・,「ありがとう」って言われてても本音ではほとんど頼りにされていなかったん だなぁと思うと,なんか凹んでしまいます。一人前の相談員として認めてもらえないという か,どれだけの仕事をこなしても,自分って認められていないんだと,(中略)・・・虚しく て・・・。(no.10)
〈一人で行う実践に対する恐怖や不安〉は,独り立ちをした新人ソーシャルワーカー が,一人で実践を行う場面において,実践力が未熟であるために苦しみ,悩んでいる様 子が見られることである。
利用者にじっくり向き合って,その人に合ったかかわり方とかを考えるとパニックになり そうです。それに,いろいろと覚えることも多いし・・・,(中略)うまく対応すると言っ ても,なんとかパニックを落ち着かせようと,慌てながら相手が安心できそうな言葉を探し たりして・・・。(no.5)
面談をするとなると,中には理不尽な要求を出してきたり,クレームを出してくる家族も います。時には,名指しでクレームされたり,上司を通してクレームを入れられることもあ るんです。(no.8)
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〈慣れても出現する新たな不安〉は,先輩に見てもらわなくても自分で仕事ができそ うになったと思った新人ソーシャルワーカーが,先輩から教わった動き方を自分なりの 動き方へと少しずつ変えながら実践を試みるものの,物事がうまく進まず,出来ないこ とばかりと認識し,落ち込んだり不安を抱えていることである。
どんな不測の事態でも対応できるような柔軟さが必要だとよく言われるんですが,こっち も目の前のことでバタバタして十分じゃないというか・・・。突然オールマイティーにはな れないので,仕事が溜まっていくんですよね。このままでいいのかなって正直に不安なん で・・・。(no.11)
いろいろと理不尽なことを言ってくる家族がいて,本当は何を求めているのかなと考え て,何かしてあげたいと思ったんです。自分が解決しなきゃいけないことやし,でも,どう 考えても思いつかなくて・・・,もうそろそろ3年になるのに,まだまだ自分でちゃんと自 信を持て説明できないのが辛いというか,情けないというか,そうなんで・・・。(no.9)
3-2.対処に関するカテゴリー
3-2-(a).《スタンスの違う思いとの妥協》
《スタンスの違う思いとの妥協》とは,新人ソーシャルワーカーは,先輩との価値観 や仕事のやり方が合わなかったり,長年勤めている先輩の意見が優先的に通るといった 状況に対し,理不尽さを感じていても,人間関係がぎくしゃくしてしまうのを避けよう と,そんなものだと妥協している状態である。これは,〈自分の意見が言えない〉〈意に 反した業務の受け入れ〉〈与えられた仕事をこなすだけの実践〉の3つの概念で構成さ れていた。
〈自分の意見が言えない〉は,意見を交わすような風土がない組織において,長年働 いている先輩がルーチンで行っている実践に「おかしいな」と思える部分が見えても,
素直な意見を上司や先輩に話すことで批判をされたり,空気が悪くなるのを避けよう と,なんの意見も発しないまま,まるく収めようとすることである。
(実践で)動きやすくするためにはどう進めたら良いか,ケアマネやリーダーに相談した りするんですけど,これっといった答えをくれるわけでもなくて,忙しいからとずっと待た されて解決できないままのことが多くて,結局はぎりぎりになってこっちが全部被ることに なるんだけど,そんなの言えなくて・・・。忙しいのはお互い様な ん で す け ど・・・。
(no.12)
(事故の対策で)提案しても受け入れてもらえないことがあって・・・。(中略)経験の長 い先輩には意見を言いにくいというか,意見を言っても,あまり変わらないので言わないで いるんです。一人ひとりの思いに違いがあるんで・・・。(no.10)
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〈意に反した業務の受け入れ〉は,相談員本来の業務ではないと思っていても,自ら の意図にかかわらず,自身の取る行動が周りの言いなりにならざるをえないことに,
「どうして自分がやらなきゃならないの」と反感を感じながら渋々仕事に取り組むこと である。
ケアマネもリーダーも,何か煩わしいことはとりあえず相談員にまかせりゃいい,という スタンスなんです。なので,誰もがやりたがらない仕事ばかりが舞い込んでくるんです。
(no.10)
そっか!普通(自動車)免許があれば生活相談員になれるのかと思ってしまう程,運転が 多いんです。(no.15)
何でもかんでも,介護職員の要望通りに動いてるんです。えっ!そんな事頼まないでよー 自分でやってよーって事まで頼まれたりして,時々,誰のための相談員なのかわからなくな るくらい・・・。(no.3)
〈与えられた仕事をこなすだけの実践〉は,上司の指示通りやらなければならない状 況に追い詰められた新人ソーシャルワーカーが,与えられた仕事を手際よくこなしてい くことが習慣化し,自分のやるべき仕事に主体的に取り組めない状況に,援助の自信の 無さや役割の疑問を感じていることである。
今はとりあえず,与えられた仕事をただこなしているに過ぎないんだけど。後ろからどん どんやらなければならない事が追いかけてきて,それに追いつかれないようにただ前を向い て走る事で精一杯なんで・・・。後ろを振り返る暇なんって,まったくないんです。(no.14)
よく利用者本位って言ってますけど,業務に追われたりすると,別に問題なければ,決め られたことをするだけでもいっぱいいっぱいです。とりあえず,自分の中で終わらせるべき 業務になっていることを,とにかくさっさと終えようと・・・。これでいいのかと迷う時も あるんですけど・・・。(no.11)
3-2-(b).《業務の過度な一般化》
《業務の一般化》とは,求められる職務を担えるだけの能力を自分が持っていないと 思った新人ソーシャルワーカーが,「それはそれで仕方ないことだ」と思い,自分の尺 度で仕事の範囲を決め,表面的な行動をとる状態である。これは,〈断片的な業務の遂 行〉〈制約を設ける〉の2つの概念から生成された。
〈断片的な業務の遂行〉は,上司や先輩などが仕事に対してどのような思いを持って 取り組んでいるのかを確認するより,表面的な事象をそのまま鵜呑みにし,先輩の実践 を黙々とこなすことである。
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先輩の説明とか話に違和感を感じることがあるんですが,どうせ下っ端だし言っても無駄 かなと思って。(中略)そもそも自分もあいまいなんで・・・何か言われたらこういう時は こうすればいいって思ってそのまますれば・・・。(no.13)
〈制限を設ける〉は,新人ソーシャルワーカーが「あれもやらなくては,これもやら なくては」と収拾がつかなくなった状況に,心身の負荷がかかりやすくなり,「自分の 限界はここまで」と線引きをすることである。
自分がやってる業務はとにかく幅が広いというか,事務作業も多いんです。なかでもご利 用者さんの状態確認をして,必要な支援をする事が一番大事かなと思うんですが,いくら思 っていても,できることとできないことがあるんです。(no.4)
送迎や事務,企画書,会議,いろいろと抱えてると,たまっていくだけで気が焦ってきま すし,提出物も追いつかなくて。適当なところで他の先輩や管理者に助けてもらって何とか こなせているので・・・。(no.11)
3-2-(c).《他者に頼る行動》
《他者に頼る行動》は,自らの実践につまずき,自分の考えに自信を持ち得ていない 新人ソーシャルワーカーが,本来であれば自らが解決するものであっても,自分で考え ることができず,他者の力を借りて行動していることに情けなさを感じている状況であ る。これは,〈先輩に頼る行動をとる〉〈他者に解決してもらう〉の2つの概念で構成さ れていた。
〈先輩に頼る行動をとる〉は,何をしても失敗するのではないかとやる気を失ってし まった新人ソーシャルワーカーが,新たな対応に困る状況に置かれると,どうしたらよ いかを先輩に相談に行き,そこで言われた行動を業務としてこなしていることである。
悪い方向へ考えがいってしまって悪循環になってしまうと,自分で決めたら失敗するかも しれないとか,相手にどうみられるんかなーと思ってしまうんです。それに,自分が考えて 決めたことでも,自信もって言えるほどじゃないし・・・,自分で考えるのが嫌になって,
誰かに頼りたくなるんです。そんな時はどうするかとかを先輩に聞いて,言われた通りにす れば大丈夫なんで・・・。(no.1)
〈他者に解決してもらう〉は,先輩からもらった助言で取り組んでも,問題の解決に 至らず,もっと対応が困難な状態に陥ってしまうと,新人ソーシャルワーカーは困難さ に対応しようと努力するより,上司や他者にその対応をしてもらうことで解決を図ろう としていることである。
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気を付けないといけない家族を何回か怒らせてしまったことがあって・・・。自分もなか なか冷静になれないものがあったので・・・。どうしましょうと悩んでも自分にはあれ以上 はできることがなかったので,先輩に状況を伝えて,代わりに対応してもらってて,まだそ の件は,先輩が全部対応してくれているんです。(no.5)
3-3.結果に関するカテゴリー 3-3-(a).《混沌とした不安》
《混沌とした不安》とは,新人ソーシャルワーカーが自分の業務を処理する中で,相 談員としてかかわれた実感がなく,見通しを持てないことに反感や怒りを覚え,仕事に 対する動機が低減する経験をしている状態である。これは,〈味わえない達成感〉〈やり たい実践ができない〉〈ぼんやりする理想の相談員像〉の3つの概念で構成されていた。
〈味わえない達成感〉は,「どうにかしないといけない」という気持ちで試行錯誤を繰 り返しながら,ソーシャルワーカーとしての職務を追及していくものの,「無駄であ る」,「誰も頼りにならない」といった経験が蓄積されることで,次第に仕事そのものに 対する動機づけが低くなり,その成果を実感できず,「やりがいのなさ」を感じること である。
入職する前は,自分の能力を生かせるやりがいのある仕事をさせてもらえそうだという期 待感でいっぱいだったんですけど,いざ働いてみたら・・・何もかもできない自分ってすご く出てきて,どうにかしないといけないと思っても,先輩もなんか忙しくしていて邪魔者み たいな・・・教えてもらうとかそんなもなく,思っていたのとはぜんぜん違うんで・・・。
(no.4)
とにかく仕事でくたくたになってしまう日々が多いんですけど,正直,今日はいい仕事を した!と感じれる日は少ないんです。(no.1)
何かのトラブルがあると,その解決は相談員がすることになってるんで,ほかの職員の尻 拭いをしてあげていると感じる時もあるんです。無駄というか,どんな意味があるんだろー と思ったりするけど・・・。(no.5)
〈やりたい実践ができない〉は,やりたいと思っていた仕事をしたいと思って入った ものの,時間が経過するとともにできないことへの不安や恐れが頭をよぎってしまい,
いざ実行となると心を落ち着かせて進めていくことができず,尻込みしてしまうことで ある。
利用者さんにじっくりかかわりたいと思っていても,間違えることはできないし,自分で うまくいけるかって,迷ってしまって・・・。どうしたらいいかばかり考えて,実際にはな にもできない時が多くて・・・。(no.14)
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〈ぼんやりする理想の相談員像〉は,入職前に思い描いていた「いつも明るく元気で,
笑顔で優しい相談員」という理想のイメージが,日々の業務に追われるうちに,次第に 色あせていき,その姿になれるよう努力しても,今の自分ではどうすることもできない とぼんやりとしかイメージしていないことである。
やっぱ相談員っていいなぁーと思うよりは,現場のすさまじさっていうか大変さを身にし みて感じるんで・・・。自分が考えてた相談員って,甘かったんです。(no.3)
習ったことと先輩が教えてくれることが違うというか,よくわからなくてその理由を聞い てみるんですけど,あいまいで根拠もなく納得できない理屈だったんで・・・。ベテランの 先輩に相談してもあんまり変わらなかったんで・・・(中略)なんとなくの感じでやってる んだなーって感じ。自分が思ってたのとはぜんぜん違うんで・・・,これが現実かあと思い ました。(no.7)
3-3-(b).《切り替えのできない気持ち》
《切り替えのできない気持ち》は,実践の流れが掴みにくく,雰囲気や人に馴染めな い中で,何をしていいか分からない状態に陥った新人ソーシャルワーカーが,日々繰り 返されるネガティブな出来事に影響されて,心が不安定な状況に陥ってしまっているこ とである。これは,〈取り残されている感〉〈逃げたい思いの高まり〉〈曖昧な思いの持 続〉の3つの概念で構成されていた。
〈取り残されている感〉は,自分より多くのことをやりとげていく他のスタッフと比 べて,その職場の中で行き詰っている自分に対して,何をしてもうまくできず取り残さ れていると感じることである。
周りの同期などはどんどんやっていけてるのに・・・。なんだか自分だけつまずいてると いうか・・・(中略)そういう状態が続いていて,べつに自分なんて,ここにいてもいなく てもいいんじゃないかなって思うようになるんです。(no.6)
私もそれなりにやりたいことがあれば,その都度やらせて頂いているんですが,同期の子 に比べたら失敗ばかりの私なんで・・・。どうして他の人のように出来ないんだろうって自 分が情けなくて・・・。(no.9)
〈逃げたい思いの高まり〉は,うまくいかない人間関係,つまらない仕事,評価され ない環境など,すでに起こっている物事や経験に対して,否定的な気持ちを抱いていた 新人ソーシャルワーカーが,また同じような壁にぶつかり,「やはり自分の居場所はこ こではない」と仕事から逃げたいという気持ちを強く感じていることである。
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あれもこれもと思い出したときに,なんかいろいろ行き詰ったりとかして・・・。やっぱ り向いてないんじゃないか,とかいうのは思いましたね。相談員という仕事への適性という か,自分にはないんじゃないかって,そう思うと,このまま辞めたほうがいいのではないか とも考えたりします。(no.2)
ついていけないというか,なんかしんどいことが続いていたら,べつに自分なんて,ここ にいてもいなくてもいいんじゃないかな?って思うようになるんです。いろいろと神経使っ たりしてまで続けるほどではないような気もするんで・・・。(no.6)
〈曖昧な思いの持続〉は,実践に必要な基本的な姿勢や態度を学び,試行錯誤をしな がら経験を積み重ねていても,求められる判断基準の調整に追いつかず,ソーシャルワ ーカーになることへの不安や迷いが生じていることである。
いい具合に職場に馴染み,自分を見失うことなく続けられることができるんだろうかっ て,思ったりします。そんな時は,この仕事を続けた先,何年かの後のことを考えて,どこ まで腹をくくれるかとか思うんですけど・・・。だからと言って,ほかにやりたいなとかそ ういうこともなく,じゃあーこのままでいくのかっていう決心もないし・・・。(no.15)
なんだかシャッキットしない時,何か小さなことからでもいい,何とかしなければいけな いと思うけど・・・。応用をきかせなければならないことばかりなんで・・・。今の自分に はそんなできそうなことでもないんで・・・。(no.7)
3-4.個人の特徴に関するカテゴリー 3-4-(a).《経験の共有の不足》
《経験の共有の不足》は,成功事例や失敗談などを通して,仕事に対するイメージや 考え方を互いに共有することが少ないため,仕事に対するイメージが持ちづらい状態で ある。これは,〈相談相手や支持してくれる人の不在〉の1つの概念から生成された。
〈相談相手や支持してくれる人の不在〉は,新人ソーシャルワーカーが援助の限界や 戸惑いを抱え,どうしたらいいか悩んでいても,周囲から十分なアドバイスを得られな いことが多く,一人で抱え込んでしまい,仕事を継続させることに自信を持てずにいる ことである。
・・・いろいろ思い詰めていたらしんどくなって,このままじゃダメというか,間違って いるのかもという思いもあって,先輩に自分の思いを話したんです。そしたら,「そう?」
とあっさり聞き流され,「そこまで気にしなくていい,ほかのみんなもそういう時期ってあ るから。そのうち,できるんだから」と言われたんです。それからは何かあると,先輩に相 談しても,どのみち分かってくれないだろうと思って・・・。まぁ,最低怒られないように すれゃいいって思ったんです。(no.13)
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3-4-(b).《振り返る能力の不足》
《振り返る能力の不足》とは,新人ソーシャルワーカーが基本的な姿勢や態度を学び,
試行錯誤をしながら経験を積み重ねていても,その経験にどのような意義を待つかを考 えたり,自己の実践の過去・現在・未来の意味を見いだすことが追いつかず,ソーシャ ルワーカーとしての能力に不安や迷いを抱えている状態である。これは,〈経験から学 んだことを語れない〉の1つの概念から生成された。
〈経験から学んだことを語れない〉は,新人ソーシャルワーカーが日常業務の中で自 らがどのように実践をしているかを自分自身の言葉によって語ることが少ないため,周 りとの仕事に対するイメージや考え方が十分に共有できず,自己の実践を他者との対話 を通して新たな意味を見出せていないことである。
利用者さんにじっくりかかわりたいと思っていても,間違えることはできないし,自分で うまくいけるかって,迷ってしまって・・・。どうしたらいいかばかり考えて,実際にはな にも話せない時が多くて・・・。(no.14)
3-4-(c).《自己への否定的な評価》
《自己への否定的な評価》とは,自分らしい実践とは何かを見出せずにいた新人ソー シャルワーカーが,思いのほか何もできない自分に気づかされ,これ以上「努力しても 報われない」という思いから,無力感に苛まれたり,自己評価が低くなって,そこから 生じる否定的な心境を抱えている状況である。これは,〈自己への評価が低い〉という 1つの概念から生成された。
〈自己への評価が低い〉は,技術の未熟さに対する不安や知識不足に対する自己嫌悪 感を覚え,先輩と自分の視点とのずれや違いから自信を無くすなど,実践の未熟さから くる落ち込みを自覚していることである。
相談員にはある種のセンスが必要だと思います。単に,経験を積めば身につくっていうも のでない何かです。持って生まれたモノといっても良いですかね。良く観察力とか視点とか 言ってますが,そのあたりが優れている人が実際にいるんで・・・。私はまったくセンスゼ ロなんで・・・。(no.3)
(利用者の)知りたいことや納得できないことは,カンファレンスをする必要がないと言 われてもやりたいんだけど・・・。何かできないのか,どうしたらよかったのか,答えが見 つからなくて・・・。(no.4)
3-5.全体のストーリーライン
臨床経験の少ない新人ソーシャルワーカーは,業務や職場環境に慣れておらず,経験
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知も技術も十分ではないため,《自分が描くイメージとのずれ》に困惑し,《異なる価値 観の押し付け》に対抗できず,《良質な実践経験の不足》が加わる中で,業務がスムー ズにできない重圧感を経験していた。こういった状況に,《経験の共有の不足》や《振 り返る能力の不足》,さらに《自己への否定的な評価》が強く影響していたため,《業務 の一般化》や《スタンスの違う思いとの妥協》,《他者に頼る行動》をとりながら,状況 の改善を図ろうとするものの,自分の持っている力を発揮することができず,これから の方向性が見えなくなり《混沌とした不安》や《自己への否定的な評価》を払拭するこ とができずにいた。これらは,新人ソーシャルワーカーが専門職として十分な援助を実 施できていないと感じながら業務に取り組む過程で相互に影響しあってネガティブな経 験への認識を強めていた。
4.考 察
本調査では,新人ソーシャルワーカーが実践の中で感じる「ネガティブな経験」の状 態について,その構造と背景となる要因を探索的に検討した。以下,結果を概観し,そ こから明らかになったことに基づいて,「ネガティブな経験」を捉える際に求められる 視点について検討する。
4-1.個としての新人ソーシャルワーカーが感じる「ネガティブな経験」の構造
ソーシャルワーカーにとって新人期は,ソーシャルワーカーとしての自己像の模索の 出発の時期であり,専門職として成長していく基盤をつくる極めて重要な時期といえ る。同時に,この時期は,新しい環境において専門的知識・技術・責任・新たな役割,
そして人間関係に直面するため,身体的にも精神的にも,知的にも大きなチャレンジが 求められ,ストレスフルで不安定で刺激を受けやすい時期である(谷口2013)。本研究 においても,期待を基に理想とするイメージを抱き,やりたいと望んだものを仕事にす るため,自分なりに努力していく姿が描かれていた。それは,新人であるがゆえに自分 が思い描く職業の価値が自分以外の誰かに役立ち,しかもそこに自分自身が存在する意 味があることを見いだそうとするものであった。
しかし,新人ソーシャルワーカーは,自らの実践のなかで《自分が描くイメージとの ずれ》につまずき,現実とのギャップに苛まれていた。また,「新人指導」や時として
「慣例」の名を借りた《異なる価値観の押し付け》に違和感や不安を切り捨てず,「こん なハズじゃない」という思いから「反感」や「怒り」を自覚することにより,業務に対 する動機づけが低減する経験をしていた。さらに,このように自らの考えを否定された ような経験を積み重ねることによって,優れた実践を行える感受性やスキルを磨くこと
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ができず,《良質な実践経験の不足》が生じていた。
言うまでもないが,ソーシャルワーク実践においては,固有の価値,知識,技術がそ の実践の基盤となるものである。そして,援助者となるためには,これらをバランス良 く身につけることが求められる。しかし,新人ソーシャルワーカーの場合,「知ってい る」ことと,その価値と知識を駆使し,自らの実践の中でやりたいことが「行える」こ ととは必ずしも一致しない場合が多く,自らの役割をどのように果たしていけるかがイ メージできなかったため,状況の改善に向けての方法を工夫することができず,見通し をもたないまま戸惑っている実態が見受けられた。これについて山田(2009)は,「適 応した人間の特徴の一つは,絶えず移りゆく経験に対して,柔軟に自己概念が変化して いく流動性にある。常に変化していく現実に即応しつつ変化していくということであ り,現実を受け止めつつ柔軟に自分を変えていく強さが求められる。しかし,そうは言 っても「やりたいこと」ができないという現実を受け止めることは大きな痛みを伴う体 験であるために,難しいであろう。」と述べている。この視点にたつと,新人ソーシャ ルワーカーが自らの望む「やりたいこと」が実現できないことから生じる「焦り」を処 理したり,「やりたいこと」に「折り合いをつける」ことができず,悶々と考えてしま い,実践に踏み込めなかったり,立ち止まってしまっている姿がしっくりくるイメージ として連想できる。そして,新人ソーシャルワーカーが抱く「やりたいこと」へのこだ わりが強いほど,自分だけの視点に捉われてしまい,結果としてそれが叶わなくなった 時に,すべてが無駄であり,「自分は向いてない」といった認識をもたらしていたと考 えられる。
このように,新人ソーシャルワーカーが「ネガティブな経験」を抱えていたとして も,他職種とのつながりや援助関係において,アドバイスや方向づけを求められる場合 も少なくない。すると時として,新人ソーシャルワーカーには,受容的にただ聞くだけ ではなく,その状況に積極的にかかわり,焦点を絞った対応をしていくことが求められ ることもある。ここで,程度の差はあれ,ある程度の自信をもって「何ができるのか」
を自分で考えることができ,さらに「これまでの経験を活かせた」と感じる実践ができ ると,このままの自分でも仕事をやっていけそうと考えるようになる。White(1959)
は,「何かに対する興味を満足させるため,もしくは達成感を得るために,自己目的的 に行動している状態」を内発的動機づけと定義し,それを引き起こす源泉の一つとして 有能さに注目している。それによると,「人間は根本的に環境との相互作用に効果的で ありたいという『有能さへの欲求』を持っており,その欲求が満たされた際の主観的な 感情が有能感であり,有能感が充足されることにより行動が持続される。」としている。
すなわち,新人ソーシャルワーカーが自らの実践において,このような感覚を持てるの であれば,自身の実践力向上への意欲も高まる効果が期待できるはずである。
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本調査のなかでも,新人ソーシャルワーカーは,どうにかやりがいや自信を見いだそ うと,自分の中で真に大事と思っているものでなくても《スタンスの違う思いとの妥 協》をしながら,当然,相談援助の一部になる業務を担ってきていた。あるいは,自身 が必ずしも望んでいない役割や業務であっても,上司や先輩の決定にある程度身をゆだ ね,うまく折り合いをつけていこうと《他者に頼る行動》をとりながら職場適応を試み る姿も見受けられた。とは言っても,これらの行為は,「このままでいいのか」という 疑問を切り捨てることができないまま,「言っても無駄,仕方がない」と諦めたり「そ もそも自分の理解があいまいかも」と気兼ねしてしまい,自己の意見を抑えている様子 と重なり合っていた。捉え方の一つとして,新人ソーシャルワーカーのこのような行動 は,それぞれの意見や価値観を話し合うことで,かえって対立が表面化してしまい,収 拾がつかなくなるのを避けようとしたかもしれない。しかしそれによって,自分自身に とっての分かりにくさや意見の出しにくさ,動きにくさが解決するどころか,むしろ時 間の経過とともに状況が複雑化し,自分一人の力ではとても解決できないような事態を 招いてしまい,自らのやるべき事に集中できずにいた。そして,それまでの努力が空回 りしてしまう結果に,《混沌とした不安》を覚えている様子がうかがえた。これにさら なる追い打ちをかけたのが,《切り替えのできない気持ち》であった。新人ソーシャル ワーカーは,現場の多忙な状況において,気がかりな事柄があっても,気がかりなま ま,次の行動に移行していくことに,自分自身が苦しくなり,前向きに取り組みたいと 思っていても,「誰にも頼りにならない」といった否定的な認識によって,その前向き な気持ちが阻害されていた。さらに新人ソーシャルワーカーが感じる「ネガティブな経 験」はさらなる拍車をかけられ,状況をより悪くしていたと考えられる。それは,〈相 談相手や支持してくれる人の不在〉により,周囲と類似する経験を共有し相互理解を深 めることができなかったために,自らの《振り返る能力の不足》を補う機会を持たない まま,ふたたび同様の状況に遭遇すると,精神的にも肉体的にも疲労してしまい《自己 への否定的な評価》といった悪循環が生じていたからである。
次第に,新人ソーシャルワーカーは,自分の感情や思いの置き場が定まらないまま,
周りの状況や言葉に振り回され,動揺するなかで気持ちのまとまりがつかなくなり,実 践に対する方針や自らの方向性を見出せなくなっていたと考えられる。その結果,実践 への魅力を失ってしまったり,人間関係づくりに行き詰ってしまい,専門職としての生 き方の根幹に関わるような価値観のゆれを感じるなど,個人に与える影響は実に大きい ことが理解できる。そう考えると,新人ソーシャルワーカーが抱える「ネガティブな経 験」は,これから援助専門職としての道を歩もうとする新人ソーシャルワーカーの前に 立ちはだかる大きな「壁」であるといっても過言ではない。そして,この壁をうまく乗 り越えることができないと,新人ソーシャルワーカーの疲弊は強まり,ひいては,実践
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を継続しようとする意欲さえ失いかねないことも容易に想像できる。それは,実態とし て新人ソーシャルワーカーが実践の効果を十分に発揮できず,実践の意義を見失ってし まっていたり,辞職を考えるほどのストレスを感じたりすることが見受けられるからで ある。
4-2.「ネガティブな経験」と向き合うために求められる視点
近年の動向として,多様な役割が求められている中,ソーシャルワーカーが抱える戸 惑いや困難,不全感を抱くといった問題の象徴としての「ネガティブな経験」は,さら に複雑化し,深刻な状況につながりやすいことが推察できる。とくに,不安定な状況の 新人ソーシャルワーカーのことを鑑みると,常に起こり得る可能性のある「ネガティブ な経験」にいかに対応していくか,という論点が重要となる。
若宮(2007)は,「ワーカーのセルフ・エスティームの低下,葛藤や無力感への直面 によるパワー・レス状態は比較的自然な感情である。」としたうえで,「ワーカーは決し て聖人君子ではなくクライアントに対して肯定的感情・ミッションと同時にバイアスや 時には否定的感情をもつ存在であること,つまりワーカー以前にエゴイスティックな感 情すら有する一人の生活者・人間としての自己を認める視点が重要である。」と述べ,
「ワーカー自身の考えや感情に自信をもつことも重要」であるとしている。そもそも対 人援助につながる業務において,利用者と援助者それぞれを満たすことができることを 実践しようとすれば,時としてわずらわしいことや面倒なことは生じうるものである。
これについて,佐藤(2006)は,「しかし,この厄介なことを相手と一緒にやっていく なかで,初めてお互いを大切にできる」とし,お互いがお互いの違いに気づき,指摘で き,尊重し合え,共有できる関係になることが,対人援助の責任を果たす上で重要だと する。そのために,当たり前にみえる対人関係の問題に気づき,対人関係がもつ意味を 再発見,確認し続けることが,援助専門職に必要」であると述べている。これらの指摘 は,新人ソーシャルワーカーのありのままの感情を否定したり逃げ出したりせず,主体 的に捉え,模索することによって,より納得できる対人援助職としての自分の生き方が 見えてくるということを示唆しているものと考えられる。すると,そこに求められるの は,対人援助職の「自己覚知」であることに気づく。これについて,空閑(2000)は,
自己覚知を「援助者が自己の価値観や感情などについて理解しておくこと」と定義し,
「援助者としての自らの専門性の維持,向上のために,またクライエントとの援助関係 構築のためにも必要不可欠である。」と,その必要性を述べている。確かに,新人ソー シャルワーカーが専門職としての認識の低さと自信のなさを恐れるあまり,自分の実践 を見直すことを避けてしまうことは,これまで以上の力量発揮が求められる今日におい ては容認できない姿勢である。そう考えると,新人ソーシャルワーカーが,専門職とし
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ての自分をコントロールするためには,自分の依って立つ価値観について知っておくこ とが必要であり,援助者でありたいと思いながら,ジレンマや不安,葛藤を抱え,そこ に戸惑ってしまっている自分と向き合うことが,その始まりであると考える。
以上を踏まえると,新人ソーシャルワーカーが「ネガティブな経験」と向き合うため には,実践の場で実感する「ネガティブな経験」を否定したりそこから逃げ出したりせ ずに,主体的に捉え,模索することで,より納得できる自分の生き方が見えてくるとい った「ネガティブな経験からの回復」が期待できる視点をもつことが必要である。つま り,どのようにそれを乗り越え,一人の専門職としての自己を認識するようになったの かという主体的な側面に焦点を当てる視点が必要なのである。それは,ネガティブな経 験を捉え直すための視点の交渉である。まず,ネガティブな経験を,対人援助専門職で あるがゆえに,その向き合った先の他者,あるいは状況と重ね合わせることによって多 層的に形成された自分自身に,異質的な相互作用が操作的に押しつけられている状態と して理解することである。そして,その状況や場面によって,その層の中にある一つの 役割の使い分けをすることが重要であることに気づくことである。そこには,自己の主 体性が否定されていないし,かえって自ら考えられる力を持つことが求められ,必ずし も固定的なものではない自己を認めることが重要である。そして,自分の先輩たちをモ デルとして自らを社会化し,それぞれの領域での先人たちとつきそいあうという対人援 助職としての成長の第一歩となるような方法を模索していくことである。大切なのは,
その向き合った先の他者,あるいは状況との中での相互作用によって,多面的な役割を 遂行しつつ,自由に変容していくという主体性を持った専門職としての自己である意識 を自らが再認識することである。すなわち,自分自身にとってその向き合った先の他 者,あるいは状況がいかなる場合であってもポジティブな経験だけが重要なのではな く,両方ともが自分にとって大事であると認識することである。それにより,期待と現 実がかけ離れていることで受ける衝撃からの回復だけではなく,迫りくる状況や局面に 対処する専門職としての自己を確立していくことが可能となり,「ネガティブな経験」
を伴いながら,相互行為を通して,調和する柔軟性を身につけていくことが期待できる のである。
4-3.まとめと残された課題
本調査においては,協力者の発言内容から実践の中で困難をきたしていると感じるネ ガティブな経験の実際を明らかにすることを試みた。ネガティブな経験の中には,実践 への魅力を失ってしまったり,職場内で利用者中心の支援が保たれていないと感じたり するなど,対人援助職としての生き方の根幹に関わるような価値観の揺れを感じさせる ようなものもあれば,技術や知識の習得に伴って乗り越えられるようなものもあり,新
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人ソーシャルワーカー個人に与える影響は様々であることが明らかとなった。
今後は事例を通して,新人ソーシャルワーカーはどのような状況でネガティブな経験 を抱き,どのような苦しみや辛さを感じるのか,さらにそれにはどのような要因が影響 しているのかなどをより実証的に検討する必要がある。
参考文献
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木下康仁(2003)『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践的研究への誘い』弘文堂.
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Novice Social Workers with neither enough empirical knowledge nor skills were puzzled by
“the deviation from the image originally held” and were unable to stand the “imposition of dif- ferent values,” and they thus felt frustrated with the “lack of good experience.” They were trying to resolve the anxiety arising from their immaturity and weak minds by “compromising with the thoughts of different perspectives.” and “relying on others.” However, if they encountered diffi- cult circumstances again without having the opportunity to compensate for the “lack of experi- ence sharing” or the “lack of the ability to reflect” due to the “absence of someone to consult or who can be a support,” they became exhausted mentally and physically, thus causing a vicious circle of “negative self-evaluation.”
Key words: Novice social workers, Social work practice, Negative experiences, Qualitative re- search
Analysis of “Negative Experiences” in Social Work Practice of Novice Social Workers
Heesook Son
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