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[紹介] ヴィンフリート・ハッセマー著 現代刑法に おける製造物責任

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(1)

[紹介] ヴィンフリート・ハッセマー著 現代刑法に おける製造物責任

その他のタイトル Winfried Hassemer, Produktverantwortung im modernen Strafrecht, 2. Aufl., 1996

著者 山中 敬一, 前嶋 匠

雑誌名 關西大學法學論集

巻 47

号 4

ページ 658‑684

発行年 1997‑10‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00024521

(2)

ヴィンフリート・

ハッセマー著

現代刑法における製造物責任

Wi nf ri ed   Ha ss em er ,  P ro du kt ve ra nt wo rt un g  i m  m od er ne n  S t r a f r e c h t ,  

2.  Auf lage,

. F   C .   M ul le r  u r i s t i s c h e r   Verlag, 

19 96 , 

SS .  IX  84 

紹介者はしがき

ても扱われた︒ 以下に紹介するのは︑フランクフルト大学法学部教授︑ヴィ ンフリート・ハッセマーの﹁ハイデルベルガー・フォールム﹂ という小冊子として刊行されている叢書の第八六巻として一九 九三年に公刊された著書の第二版である︒第一版の序文に︑本 書を著すに至った背景が述べられている︒

﹁実務と学界は︑刑法の現代化と︑すでに長年の間︑取り

組んできた︒その際︑その基礎についても︑個別問題につい

一九九三年五月のバーゼルでの刑法学会

︹紹介︺

は︑﹃現代﹄刑法の諸相と諸対象を取り扱った︒立法者は︑

ーもちろん理論的には無意識のうちにではあるが︑

1

はや何年もの間︑刑法の現代化︵環境︑経済︑薬物︑組織犯

罪︶を推進し︑判例も︑この間︑より広い戦線︵コンテルガ

ン︑皮革スプレー︑木材防腐剤︶を展開した︒﹃危険社会﹄

という標語が時代批判的な論議を煽り立て︑動揺させ︑そし

て︑法体系︑とくに刑法への新たな諸要求に力強い推進力を

与 え

て い

る ﹂

ハッセマーの問題意識は︑このような﹁刑法の現代化﹂の中 前 山

嶋 中

︱ ︱ 八

︵ 六

五 八

(3)

現代刑法における製造物責任 で︑刑法学が展開してきたさまざまな原則や概念が拡張され︑ 新たな機能を与えられ︑また︑新たな概念用具が生み出されて きたが︑それが︑新たな問題を生み出し︑伝統的な原理や価値 を犠牲に供していることもまた否めないという点にある︒この ような危険社会における刑法の機能の拡張は︑環境刑法︑経済 刑法︑薬物刑法︑組織犯罪に対する刑法などのさまざまな分野 で見られるが︑ハッセマーは︑本書においてはとくに﹁製造物 責任﹂に関する刑法の役割を素材に︑﹁刑法の現代化﹂の問題 点を別挟し︑この分野における﹁刑法の謙抑﹂を求める︒それ は︑自由主義刑法が培ってきたさまざまな伝統的な保障原理を︑ このような﹁現代化

l

が掘り崩していく危険が明白だからであ

ハッセマーは︑本書の﹁第一部基礎﹂において︑現代刑法 る ︒

の特色や︑現代刑法の現象的な現れ方について叙述し︑﹁古典

刑法﹂と﹁現代刑法﹂とを対比して︑一般的には︑刑法が﹁脱

形而上化﹂され︑さらに︑法益保護︑予防︑効果志向の諸点で︑

現代刑法の典型的な特徴が現れているというのである︒それは︑

積極的﹁法益保護﹂を図るようになったこと︑﹁予防﹂におい

ても︑平等性や同一処遇の原則が崩れ︑刑法の特別予防・一般

予防への期待がますます高くなったこと︑また︑﹁効果志向﹂

一 九

六 五 九 が支配的な目的となり︑刑法が社会運動のための手段として用 いられることになったといった点に現れている︒

ハッセマーは︑刑法を個人的法益の保護を中心とする﹁中核

刑法﹂に限定し︑﹁現代化﹂が突きつける問題の解決のために

は ︑ ﹁ 刑 法 ﹂ で は な く ︑ ﹁ 介 入 法 ﹂

(I nt er ve nt io ns re ch t)

による

ペきだと主張する︒ハッセマーによれば︑﹁介人法﹂とは︑刑

法と秩序違反法の間︑そして︑民法と公法の間に位置し︑保障

および手続においては刑法に劣るが︑個人に対する処罰規定を

も備える法である︒

さて︑﹁第二部詳細﹂においては︑まず︑﹁因果関係﹂︵客

観的帰属︶が採り上げられる︒コンテルガン事件や皮革スプ

レー事件︑さらに木材防腐剤事件︵この第一審判決については︑

詳しくは︑山中・﹁フランクフルトこフント裁判所﹃木材防腐

剤判決﹄について﹂法学論集四四巻一号一三三頁以下参照︶を

例に︑その実質化・拡張・不明確化傾向が叙述され︑批判され

る︒次に︑﹁不作為責任﹂が採り上げられ︑ここでも︑﹁保障人

的地位﹂を根拠づける﹁危険な先行行為﹂要件の﹁危険﹂の内

容の不明確性や﹁過失﹂における﹁予見可能性﹂の不明確性を

批判する︒そして︑さらに︑複数の関与者がいる組織の中の誰

の責任に帰属するかという問題について︑刑法の原則によるの

(4)

ではなく︑会社法上の﹁義務の分配﹂によって帰属されている

と 批

判 す

る ︒

詳細は︑以下の紹介に譲るが︑ハッセマーの指摘するとおり︑

わが国における公害犯罪や監督過失の理論においても︑﹁因果

関係﹂概念︑その認定︑不作為犯の理論的根拠づけ︑あるいは︑

企業組織体における個人責任の割り出しなど︑いわゆる﹁現代

型犯罪﹂に対する刑法理論の︑古典的刑法理論からの逸脱の問

題は︑すでに一九七

0

年代から原則論的に︑あるいは具体的理

論に照らしてさかんに論じられてきている︒ハッセマーは︑ド

イツ刑法学におけるいわゆる﹁フランクフルト学派﹂の領袖と

いってもよい論客であり︑現代社会における刑法の機能の問題

について︑これまでも積極的に発言し︑その謙抑性を説いてい

る︒環境刑法についても︑フランクフルト学派は︑刑法による

環境の保護には反対しており︑有力な少数説として︑通説がつ

ねに論争しなければならない手ごわい相手である︒確かに︑現

代の危険社会において︑むしろ︑刑法も︑大規模災害や社会構

造の生み出す犯罪の予防のためには︑抽象的危険犯などの多用

によって︑法益侵害から遠く離れた行為をも処罰の対象として

いかなければ︑これらの犯罪には対処できなくなっているよう

な印象を受ける︒自由主義的な刑法を維持する必要性は︑否定

関 法 第 四 七 巻 第 四 号

することはできないが︑現代社会がその修正を迫っているので

はないかというのは︑最近の刑事政策の背景にある最も重要な

問題である︒刑法による環境保護を否定することは︑環境を危

険にさらす大企業に有利な主張である︒通説の側からは︑環境

刑法につき︑大企業のための鑑定を書いたフランクフルト学派

に属する学者がいるなどと皮肉られているが︑.このエピソード

は︑もともと個人の自由や権利を基調とする社会を志向するは

ずのフランクフルト学派が陥っている矛盾を表しているともい

える︒しかし︑他方︑通説の側も︑ハッセマーが︑本書で説い

ているような︑概念の不明確化や︑基本原理の修正などを手放

しで押し進めることが︑やがて自由主義的な刑法を掘り崩して

しまう危険があることを︑真摯に受け止め︑フランクフルト学

派の打ち鳴らす警鐘に耳を傾け︑それの批判を丹念に論破した

上で︑自己の正当性を主張すべきであろう︒イデオロギーの相

違であると片づけることは︑最も安易な︑非生産的な割り切り

本書の紹介によって︑わが国においても︑同様の問題に直面

しているポストモダン社会における刑法の機能の問題について︑

理性的で実りのある議論が展開される資料が提供されれば︑そ

の意図は達せられたことになる︒以下では︑﹁目次﹂の章立て で

あ る

二 ︱ °

︵ 六

0)

(5)

現代刑法における製造物責任

A 第一部

. 序

B

.今日の現代刑法の概念とあり方

I

.古典的刑法の特徴

I I

.現代の弁証法

ー.領

皿 現 代 刑 法 に 関 し て 新 し い こ と

2 .道

3 . 機

4 .諸問題

5 .コスト

C

.他の方法

﹈.刑事手続法

I I

.裁判所構成法

I l l

.実体刑法 ー.抽象的解決

ヒ ヒ

ム 日"

基 礎

を省略せずに︑それぞれの章・節の内容を要約するという形で︑

本書を紹介する︒本書の構成が一覧できるように︑はじめに

﹁目次﹂を掲げた︒

N

.因果関係概念

一般的因果性

2

.経験的な合法則的条件

m

.刑法学 3 .木材防腐剤 2 .皮革スプレー

I I

.判

1 .コンテルガン

2

.具体的解決

.  

 

9 9  

l v

.現代法のカテゴリー

A . 序 第二部

B

.因果関係の領域における帰属構造

l

1 .出発点 .

﹁ 客

観 的

帰 属

2

.懸案の因果関係の問題

3

.因果関係概念と因果関係の認定

論 詳

六六

介入法 中核刑法

(I nt er ve nt io ns re ch t)

(6)

m

.過失不作為

N

.中間結果

D

.複数の者への帰属

w

.背景と逃げ道 2

. 予 防

2 .先行行為

3 .明確性

4 .認識可能性

. 憲 法

m

.刑法の任務 1 システム

C

.不作為責任

I

.出発点

1 1

.保障人的地位

N

.中間結果

E

.製造物責任と刑法

I

.出発点

n

.人間・企業 3

. 結 論 い 合 法 則 的 条 件 の 不 認 識

⑯自然科学的認識利益と刑法的認識利益 団 盲 目 的 帰 属

>.因果関係の認定

ー.因果関係と自由心証

2 .不確実な中での決定

3 .外観による決定

4

. 結 論

V I

.中間結果 関

法 第 四 七 巻 第 四 号

I

.出発点

l l

.義務の配分

4 .結

~

ー.複合的な共犯関係

2 .義務の配分による帰属

3 .方法の変更

4

. 結 論

m

.複数の者への不作為の帰属

1 .出発点

2 .共同正犯による帰属

3 .努力義務

︵ 六

六 二

(7)

現代刑法における製造物責任 A .序論

私は︑とりあえず︑とりわけ以下の性質と展開を﹁現代﹂刑

法 と 理 解 す る ︒

刑法上の思考と刑法上の実践は

ー形而上学的構想から離反し︑経験的方法論に集中する︒

ー経験的方法への方向づけを︑とりわけ︑効果志向構想にお

い て ︑ 実 現 す る ︒

ーそれ故︑応報理論的構想よりも︑むしろ予防理論的構想を

優 先

す る

ー刑事立法者を拘束し︑彼の決定を︑例えば法益保護のよう

な原則でコントロールできるようにする︒

B .今日の現代刑法の概念とあり方

l

.古典的刑法の特徴

刑法は︑社会契約上の取決めを安定させ︑長期にわたって保

障する手段として︑自らの任務を負っている︒刑法は国民の自

由の限界を示し︑かつ保障しなければならない︒刑法は自由の

侵害とその効果に関する法である︒

2 .道具

六 六 ︱ ︱

‑ ︶

I I

.現代の弁証法

現代刑法は︑この伝統を﹁仕上げる﹂ことで︑それと縁を

切っている︒古典的刑法がすでに特徴づけていた諸傾向は︑現

代の形態をも特徴づけている︒これらの特徴は︑その背景から

離れ︑新たな環境をもち︑以前の対立者に巡り合うことはない︒

かくして︑現代刑法は︑結局︑古典的刑法とは異なった制度で

あ る

m

.現代刑法に関して新しいこと

ー.領域 ﹁刑事政策﹂は︑連邦共和国では︑ほぼ十年来︑非犯罪化で

はなく︑犯罪化を意味している︒刑事立法者が﹁実践の必要﹂

を認める領域は︑刑法総則や行刑ではない︒刑事法改革の中心

領域は︑刑法の各則と特別刑法の各則である︒ここでは︑改革

は︑刑罰威嚇を取り消しすことではなく︑その拡張や新設にあ

個人的法益の保護ではなく普遍的法益の保護が問題である︒ る ︒

例えば︑信用詐欺︵刑法二六五条

b )

に対する﹁現代の﹂刑罰

威嚇においては︑債権者の古典的財産保護と並んで︑経済的信

用の不当な供与によって経済全体に生じうる危険の防止という

~

(8)

一般的利益が重要である︒

現代刑法の二番目の道具は︑抽象的危険犯という犯罪形態で

ある︒すでに刑法典を一瞥すれば︑抽象的危険犯は現代の犯罪

形態であるということが分かる︒

3 .機能

刑法の各則と特別刑法の各則における新たな犯罪化は︑刑法

の著しい拡張を必然的に伴い︑それにより中核刑法の意味を相

対的に弱めている︒

平等で︑謙抑的で︑比例しているという刑法による反動とい

う古典的性質は︑それに対して背後に退く︒不法を清算する代

わりに︑将来の不法を予防し︑あるいはその上︑将来の大規模

な障害を克服することが問題である︒

4 .諸問題

現代刑法の諸問題は︑互いに密接に関連しあっている二つの

観点の下にまとめられうる︒すなわち︑現代刑法がその現実の

執行を不十分にしか実現できないという危険と︑刑法が象徴的

機能に退くであろうという予測である︒

その間に︑現代刑法の中心領域︵とりわけ︑薬物︑環境︑経

済︶は常に﹁執行不備

( V o l l z u g s d e f i z i t

) ﹂を伴っている︑と

いうことが一般に知られている︒

関 法 第 四 七 巻 第 四 号

﹁執行不備﹂は︑法があるべきようには機能していないとい

うことのみを意味しているのではなく︑法とその適用が不平等

で不当な結論に至るということも意味している︒

単に量的で一時的な問題として説明される執行不備は︑現代

刑法においては︑長期にわたり︑刑法が単なる象徴的機能に退

き︑その現実の機能を結局失うであろうということになるに違

いない︒象徴的な刑法は︑短期的には傷口を和らげるが︑長期

的には破壊的である︒

5 .コスト

抽象的危険犯のコストは明白である︒法的処罰要件の緩和は︑

同時に︑被告人の防御の可能性と立法者による裁判官の指導と

の 緩 和 を 意 味 す る ︒

現代刑法においては︑いたるところで︑客観的帰属と主観的

帰属を細かい段階で︑かつ同時に︑合理的でコントロールしう

る基準によって可能にしていた解釈学上の区分が失われつつあ

るということが確認されうる︒

明確性の要請︵基本法一

0

︱ 一 条 二 項 ︑ 刑 法 一 条 ︶ も ︑ 現 代 刑

法の問題の焦点にある︒その都度変化している障害に相応に答

えうるため︑現代刑法は柔軟で包括的でなければならない︒明

確性の要請は︑柔軟で︑将来に向けて︑そして変化する問題状

︳ ︱

‑ 四

六 六

四 ︶

(9)

現代刑法における製造物責任 C .他の方法

I

.刑事手続法

現代刑法はすでに︑それが起訴便宜主義︵刑事訴訟法一五三 条以下︶を採用し︑広い範囲で現実化したことによって︑実体 刑法の処理能力拡大に応じた︒この原則がなければ︑現在の実 体刑法を手続において処理することはもはや確実に考えられえ

なかったであろう︒

もちろん︑特に審級数や証拠申請権の範囲に関して︑法治国 家刑事手続の保障をさらに制限することが考えられ︑そのモデ ルはすでに提示されている︒刑事訴訟における取決めをある程 度まで認め︑それを形式化して﹁表現する﹂可能性も︑現代刑

法を克服するための刑事手続法上の手段として考えられる︒

I I

.裁判所構成法

刑事訴訟法一五︱︱一条以下の起訴便宜的方法とは別の手段とし

て︑かなりの公判を非公開かつ簡潔に行わせるということが提 案された︒さらに︑裁判所から検察庁へ︑検察庁から警察へと 管轄のランクを落としたり︑制限したりすることが考えられう

る︒控訴︑上告︑違憲抗告を何らかの方法で制限することが考 況に向けて開かれた法に敵対するものである︒

︱ ︱

一 五

六六五 えられ︑すでにそれらすぺてが実行に移しはじめられた︒

実体刑法の一般的規定に関して︑刑事司法に︑その現実の処

理能力を一段と高まった問題解決の期待に合わせるという可能

性を開くといった方法は︑東ヨーロッパの刑法秩序の中に見受

けられる︒そこでは︑例えば︑一定の域に達しない一定の行為

を刑事司法の処理能力から排除するための手段として︑﹁社会

的危険性﹂という要件が用いられている︒

しかし︑他方では︑それが刑事司法に決定の余地を著しく拡

大させるに違いないということは明らかである︒それ故︑私の

見るところでは︑これは︑刑事手続法的な可能性や裁判所構成

法的な可能性が受けるのと同じ批判を受ける︒すなわち︑その

ような道具は非常に不明確で︑﹁規範の落とし穴

( N o

r m

e n

f a

l ie )

﹂ に な り う る ︒

2 .具体的解決

田 中 核 刑 法

まず最初に︑これは刑法を﹁中核刑法﹂に限定することを意

味する︒確かに︑古典的な個人的法益のあらゆる侵害がこの刑

法に属し︑我々の刑法が三

0

六条以下で常に含んでいたように︑ 皿.実体刑法

ー.抽象的解決

(10)

重大で︑不法内容において明白な危殆化もここに属する︒

もちろん︑刑法は︑まさに今日︑普遍的法益を放棄すること

はできない︒労働︑経済︑生産︑旅行︑いや日常生活における

ほとんどすぺての活動が複雑になり︑それによって侵害に対し

てより抵抗しえなくなった︒複雑な社会は諸制度を通じて組織

されており︑その存在はすべての個々人にとって重要で︑それ

故ーーそれ自体ーー保護されなければならない︒

⑯ 介 入 法 ( l n t e r v e n t i o n s r e c h t )

刑法システムは︑それが果たすことのできない効果的な問題

解決の期待から解放される︑ということは︑同様に大きな意味

が あ

る ︒

この状況において︑現代化の諸問題に︑法律の現代化で答え

るという逃げ道が容易に思いつく︒

秩序違反法︑民法︑公法︑それに市場や被害者の自衛手段は︑

現代刑法自体が引っ張り込んだ多くの問題をはるかにうまく解

決したであろう領域である︒刑法の現代化につながった現代社

会の諸問題を特別な﹁介入法﹂で規制することが得策であろう︒

介入法とは︑刑法と秩序違反法の間で︑民法と公法の間で定着

し︑確かに︑保障と手続の調整に関して刑法より求めるところ

は少ないが︑その一方で︑個々人に対して徹底的というほどで

関 法 第 四 七 巻 第 四 号

はない処罰をも備えている︒そのような﹁現代的﹂法律は︑規

範的にあまり憂慮すべきものではないばかりか︑この法律は︑

実際︑現代社会の特別な諸問題に答えるのにより適しているで

あ ろ

う ︒

W 現代法のカテゴリー

これらの特別な諸問題は︑予防的効果の概念に移されうる︒

不法の清算ではなく損害防止︑処罰ではなくコントロール︑応

報ではなく補償︑過去ではなく将来が︑現代社会の諸問題への

相当で︑法的な解答のカテゴリーである︒刑法は︑そのような

問題を取扱うにあたって︑最後ないし周辺にこそ居場所がある

ということは自明のことである︒しかし︑刑法が間違って中心

に置かれているということは︑危険な製造物に対する責任を︑

司法がうまく処理しようとしていることを見れば明らかである︒

A

.序論

ここでは︑新たに生じる危険の諸問題が︑刑法上の概念を拡

張したり︑原則への拘束から解放されることによって︑克服さ

れ︑解決されるべき限りで︑刑法上の製造物責任は﹁現代的﹂

問 題 で あ る ︒

(11)

現代刑法における製造物責任 ー.出発点

1 .

﹁ 客

観 的

帰 属

行為と損害との因果関係の領域において︑あまり明確ではな

く簡単でもなかった古典的帰属解釈学は︑最近︑重要な反論と

修正を被った︒それらは﹁客観的帰属﹂という概念で何とかま

とめられうるが︑この位置づけによって正確に何が理解される

べきかは依然不明確である︒刑法上の製造物責任に関する従来

の判例が︑最近の﹁客観的帰属論﹂を避けて通り︑学界もまた

極めて謙抑的でいようと心がけていることは︑理解できる︒

2 .懸案の因果関係の問題

この謙抑性は合理的である︒今︑どの形態の﹁客観的帰属﹂ B .因果関係の領域における帰属構造 遅くとも連邦通常裁判所の皮革スプレー判決以来︑帰属要件 の脱形式化によって︑刑法は製造物の欠陥から生じる損害を予 防するために用いられうる法的道具になるべきであるというこ とが明らかである︒その際︑私は︑実質的刑法と形式的刑法と の概念上の厳密な規定と手続上の保障との撤回を︑﹁脱形式化﹂ と理解している︒すなわち︑伝統的解釈学的構造の柔軟化であ る ︒

六六七 論が刑法上の製造物責任の諸問題に︑いつかさらに押し進んだ 答えを与えうるのかを︑確実に判断することはできないであろ ぅー現在懸案の因果関係の諸問題がより簡単な型で提示され る︒すなわち︑結局それらはすべて︑刑法の意味において︑人 的行為による損害の︵少なくとも健康障害の︶惹起と言いうる ため︑経験的関連に関するどの程度の知識が必要かという問題 になる︒製造物責任を刑法においても認めようとする考え方は︑ すべて︑そのような知識の要求はむしろ小さくあるべきだとい う点で一致している︒

3 .因果関係概念と因果関係の認定

これら二つの表示の間には︑争いのある領域がある︒この領

域は︑他方また︑うまく区別され︑同じ注意が置かれなければ

ならない二つの部分領域がある︒一方は︑因果関係という実体

法的概念であり︑他方は刑事訴訟における因果関係の認定であ

る︒我々のような︑実体刑法と刑事訴訟法との結びつきが周知

である刑法の伝統においてでさえ︑他方の有利なように一方を

なおざりにするという考え方が見受けられる︒ここでのように︑

刑法上の中心概念の重要な輪郭が問題であるとき︑そのような

考え方は︑まさにひどい結論をもたらす︒

n

.判例

(12)

コンテルガン訴訟において︑アーヘン・ラント裁判所は︑

﹁そのような︵因果関係の︶判断に際して︑あらゆる理論的疑

いさえも排除する確実性はーいずれにせよ通常~考えるこ

とができず⁝⁝︵それ故︶自然科学的な証明に必要な客観的な

確証ではなく︑︵裁判官の︶主観的な確証のみが問題である

⁝⁝﹂︑ということを︑サイドマイドと新生児の重度の奇形と

の因果関係を認定する根拠にした︒

もちろん︑コンテルガン訴訟において︑証拠評価の範囲で︑

因果関係の問題に答える際︑二つの相違した鑑定人所見のどち

らに︑より大きな信用の価値もしくは蓋然性が証明されえたか

がまだ問題であった︒この限りで︑伝統的方法による因果関係

概念の客観化的運用の可能性は完全に取り除かれたわけではな

か っ

た ︒

それにもかかわらず︑裁判所は︑すぺての事実審裁判官が因

果関係の問題と外見上批判の余地なく取り組んでもよい領域へ

すぐに退いたーー判決結果の当該主観化に際し︑できる限り正

確な因果関係概念を求めて︑いらだっことを完全に取り除きう

るような︑内面的に得られる証拠評価の領域へである︒この戦

略は︑確かに︑短期間は成功した︒すなわち︑裁判官の確信は 1 .コンテルガン

関 法 第 四 七 巻 第 四 号

容易には揺さぶられえず︑客観的判断基準によっては反論し難

ぃ﹁内心の事実﹂である︒しかし︑分かりやすく︑しかも確認

できることを望んでいる刑事判例は︑長期間そうし続けること

は で

き な

い ︒

2 .皮革スプレー

皮革スプレー訴訟において︑事実審裁判所では︑疾病と具体

的に影響を及ぼしうる製造物の物質との関係は︑最後まで自然

科学的に証明できなかった︒それにもかかわらず︑若干の事例

で︑事実審裁判所が選任した鑑定人は︑諸懲候から因果関係を

医学的に十分証明しうると認めた︒証拠評価に際して地裁刑事

部はそれに従ったが︑因果関係は厳密な意味では証明されえて

い な

か っ

た ︒

裁判官はこの状況においても︑証拠調によって得られた彼の

確信に基づいて︑因果関係が証明されたとみなすことを妨げら

れていないということを︑連邦通常裁判所が上告で確認した︒

刑事部はこの措置を以下のように根拠づけた︒

﹁まずはじめに︑すべての損害事例で⁝⁝当該使用者達の

健康障害が各々皮革スプレーの使用によって⁝⁝惹き起こさ

れた︑ということが法的に誤りなく認定される︒地裁刑事部

は⁝⁝事件の原因が﹃個々の原料のありうる毒物学的作用の

︳ ︱

‑ 八

︵ 六

六 八

(13)

現代刑法における製造物責任 メカニズムにのみ︑あるいは︑少なくとも他の原料との組み 合わせにあり﹄え︑そしてあったということをはっきりと認 定した︒上告審を拘束したこの認定は︑因果関係を肯定する には十分である︒製造物に健康障害を惹起する特殊な適性を 与えた物質︑あるいは諸物質の組み合わせを自然科学的に正 確に確認することは⁝⁝今日まで不可能であったということ は︑そのことを何ら変更するものではない︒本件では︑原因 物質を突き止めること︑その毒性の作用方法を知ることは問 題ではなかった︒製造物の

1

たとえ詳細に解明されえなく

ても~容的特質が損害の原因であったということが法的

に誤りない方法で認定されるならば︑因果関係を証明するた

め︑まだそれ以上に︑なぜこの特質が損害の原因になりえた

のか︑したがって︑自然科学的分析と認識によれば結局何が

その原因であったのかが認定されることは必要でない⁝⁝﹂︒

それはプラックポックス構造である︒すなわち︑箱の︵組み

合わされた製造物の︶入口と出口は学問的にコントロールされ

ているが︑その中身ははっきりしない︒その製造物は︑特定の

被害と十分関連しているということが知られている︒この製造

物以外の有害要因が確実に排除されうるということが知られて

いる︒しかし︑どれが組み合わされた製造物内の有害要因かは

m

.刑法学

ー ニ

︵ 六

六 九

知られていない︒

3 .木材防腐剤

上級ラント裁判所は︑連邦通常裁判所が確かに以前に言及は

したが︑主には追及しなかった論証方針に好意的である︒すな

わち︑自然科学的方法論と法律学的方法論との区別である︒

もっと詳細に見れば︑フランクフルト上級ラント裁判所は︑

経験学的方法論と刑法的方法論との違いを決して説明しようと

はしない︒むしろ︑その区別は論証戦略的な価値がある︒つま

り︑それを区別することによって︑自然科学に因果関係認定の

外面性と客観性をあてがうが︑それによって同じ作業をする際

には︑事実審裁判官に内面性と主観性を留保することができる︒

客観化要求から刑事訴訟上の因果関係の決定を独立に保ってお

くため︑刑事部は︑方法論的区別を利用したのである︒

刑法学においては︑二つの上述の判決がいろいろと議論され

こ ︒

批判に際しては︑皮革スプレー訴訟において︑因果関係が

ひょっとしたら疑わしいということが証拠評価において述ぺら

れておらず︑したがって被告人達の有利にも考慮されなかった

ということが中心である︒

(14)

例えば︑プッペは︑皮革スプレー訴訟において︑スプレーの

どの成分がどのような条件の下に結果として肺水腫を伴いうる

かに関して︑自然科学的に根拠づけられた仮説は一度も存在し

ていなかったと指摘している︒

しかしまた︑皮革スプレー訴訟において︑因果関係の問題の

扱いに対する明確な賛同はほとんど存在しない︒見た限りでは︑

クーレンとアーメルンクのみが︑連邦通常裁判所が採った理論

的方法を明らかに好意的に受け入れている︒

これらの反応を見れば︑いずれにせよ︑刑法上の製造物責任

に対して刑法学は︑判例の展開に静観的な態度を取っていると

いう判断が許される︒

w

.因果関係概念

1 .一般的因果性

引用された判決とそれに賛同する刑法学的所見との中で見受

けられる因果関係構造は︑刑法解釈学において︑﹁一般的因果

性﹂というタイトルのもとで検討される︒

連邦通常裁判所は︑皮革スプレー判決において︑一般的因果

性の輪郭を明確に描いた︒個々の場合︑因果関係認定の基礎に され、そこではーー通常~原因と結果との間に関係が存在す

ることを︑それに関する疑いが合理的に排除されうるほど︑確

関 法 第 四 七 巻 第 四 号

一 三

率の高いものにしうる経験則が問題である︒因果関係の﹁一般

的﹂観念は大まかである︒この観念は︑例えば健康を障害する

製造物という状況において︑一般的経験則が不完全である︑ま

たは一般に認識されない︑ということを確認する︒しかしこの

観念は︑この事情から︑因果性判断も不完全な︑あるいはすき

があるとみなす結果を導き出すのではなく︑因果性判断を救い︑

そのために︑一般的関連で︑すなわちここでは︑プラックボッ

クス構造で十分としている︒

2 .経験的な合法則的条件

刑法上十分な因果関係に関する伝統的考えは︑常に︑理念的

に自然科学に対して妥当していたような︑因果関係の経験的な

認定可能性を中心にしていた︒因果関係は︑それが自然科学的

見地から肯定されうるとき︑刑法においても是認されうる︒

最高裁判例にとって

1

そして学界はここでは実際そこに

従ったがーー'︑刑法にとって十分な原因は︑ライヒスゲリヒト

公式集第一巻以来︑すべての結果の条件である︒この公式に対

して行われた批判には︑ここでは興味がない︒なぜなら︑その

批判は伝統的な刑法的因果関係観念の経験的性質に関係がなく︑

その性質を疑っていないからである︒それ故︑刑法学において

内容の乏しい等価公式を実り多いように補う方法として︑エン

0)

(15)

ギッシュの合法則的条件論が示されるのは全く正しい︒この理

論は何ら変わったことを述べていないが︑刑法的因果関係概念

に関するコンディチオ公式以上のものを述べている︒具体的な

事例で︑ある出来事が合法則的条件に基づいて実際に効力を生

じたとき︑それを﹁因果的﹂とみなしてもよい︒

﹁一般的因果性﹂という観念は︑合法則的条件論が特に強調

した点で︑すなわち︑刑法における因果関係の判断は︑関連す

る経験的法則の認識を前提とする︵このことがその理論にその

名を与えていた︶という点で︑因果関係概念の内容を稀薄にし

て い

る ︒

い合法則的条件の不認識

しかし︑製造物責任の状況は︑確実な経験的認識が不完全︑

または不確実であるということによってまさに特徴づけられて

いる︒すなわち︑現在存在する合法則的関係の認定は何も述ペ

ていないか︑または十分述べていないか︑もしくは信用されえ

ていない︒したがって︑刑法実務には二つの方法が残されてい

る︒すなわち︑︵製造物の新たな発展を刑法的に取り入れうる

ため︶実体刑法における伝統的因果関係概念を放棄するか︑あ

るいは︵従来の帰属水準に従って被告人達を処遇するため︶そ

現代刑法における製造物責任 3 .結論

︵ 六

七 一

の都度﹁疑わしきは被告人の利益に﹂という態度を取るかであ

る ︒

固自然科学的認識利益と刑法的認識利益

︵自然︶科学的認識利益と︵刑︶法的認識利益との違いは︑

実際︑それぞれの目的に基づいている︒すなわち︑前者は認識

の増加であり︑後者は判決の正当性である︒それ故︑プラック

ボックスの中身︵製造物内の有害要因を取り出すこと︶は︑刑

法的認識利益にとってーー自然科学的認識利益とは違って

l

重要ではない︒刑事手続においては︑何人も刑法的に意味のな

い知識を要求する権利はない︒

伺 盲 目 的 帰 属

プラックポックスの︵したがって︑成分と各々の要素の効果

において疑わしい製造物の︶構造は︑他の作用条件の排除が確

実に成功するときのみ︑刑法上受け入れることができる︒

私は︑重要な作用因子が完全には︑そして確実には知られて

いないとき︑他の作用因子がどのように確実に排除されうるべ

きか知ることができない︒確実に因果関係の責任を負わせるた

め︑事実審裁判官が重要な経験法則をもっていなければならな

いという従来の刑法的因果関係論の要求は︑ただわけもなく完

壁さを求めるがゆえのものではなく︑錯覚に陥らないための防

(16)

る ︒ 御 手 段 で あ る ︒

一般的因果性の認定は︑単なる因果関係の仮定以上のものに

はなりえない︒どのように行われようとも︑一般的因果性の認

定は盲目的な因果関係の認定であり︑盲目的な因果関係の認定

はその出発点からすでに被告人に不利な

( c o n t r a r e u m )

過ち

に対して抵抗力がない︒刑事裁判官は作用因子を︑彼がその効

果を人に帰属させようとするとき︑有害であると認めることが

できなければならない︒詳細に気を配っていない統計学的相関

関係では︑たとえそれが一般的にまだ非常に納得できるもので

あるとしても︑我々の刑法が依然要求しているような個人的帰

属にとっては不十分である︒

>.因果関係の認定

ー.因果関係と自由心証

実体刑法における因果関係概念の明確化の難しさに鑑みれば︑

一般的に因果関係を帰属しがちな最近の判例が︑概念を明確化

する努力から逃れようとし︑因果関係に関する裁判官の確信と

いう秘密に引き籠もるということは不思議ではない︒なぜなら︑

そこでは︑概念の明確化作業を強制されないですむと考えてお

り︑しかも有効な批判をほとんど覚悟する必要がないからであ

関 法 第 四 七 巻 第 四 号

この逃げ道は理解できる︒すぺての実体法的規制は︑裁判官

の証拠評価という媒体によってのみ具体的に事例を決定し︑ま

た︑この方法で規制の意味上の伝達内容をほとんど完全に失い

実体刑法と刑事訴訟とのこの関係は︑全く別のようには規定

されえない︒刑法の学界における完全に一般的な見解によれば︑

実際︑因果関係の存在に関する判断が裁判官の自由心証の内容

で あ

る ︒

2 .不確実な中での決定

刑事訴訟において侵害の惹起に関して不確実であることが誰

に有利に作用し︑誰に不利に作用するかは争われている︒

判例はこのことを︑証拠調が因果関係の問題に関して﹁不明

( n o n l i q u e t )

﹂になったときにも︑裁判官の確信形成に委ね

ているのに対して︑圧倒的な学説は﹁疑わしきは被告人の利益

に﹂という刑事訴訟の原則を持ち出している︒被告人が︑損害

を惹起したということに関して具体的な疑念が存在するならば︑

彼は侵害を惹起したという非難を免れなければならない︒しか

し︑その懐疑原則

( Z w e i f e l s p r i n z i p )

は︑判例によって︑裁判

官自身が因果関係の証明に関してまだ疑っていた場合のみが被

告人に有利な結果にならなければならないという趣旨に理解さ う

る ︒

︵ 六

七 二

(17)

現代刑法における製造物責任 もちろん︑そこから︑因果関係の認定は裁判官に思いのまま 委ねられうるということが推論されてはならない︒なぜなら︑ さもなければ︑自由心証権が完全に主観化されるからである︒ むしろ︑理由づけ義務の根拠と基準が︑判例と訴訟法学が展開 した制限である︒それよれば︑二重の理由づけ義務がある︒一 つは︑裁判官は自分の個人的確信を証拠評価に入れなければな らない︒もう︱つは︑因果関係の高い蓋然性の程度が客観的に も存在していなければならない︒

二番目の基準は︑もちろん︑刑法上の製造物責任の諸事例に

おける因果関係の問題にとって決定的なものである︒因果関係

の認定にとって十分であるためには︑有害物質と損害との因果

関係の蓋然性はどの位高くなければならないのか?

すでに幾つかの場所でほのめかされたように︑その際︑経験

的基礎に基づいた規範的論証によって進んでいる判決手続が問

題である︒経験的基礎︵すなわち︑因果関係の合法則的条件︶

は確実なものでなければならない︒なぜなら︑さもなければ︑

実際誤った︑したがって不当な帰属が排除されえないからであ

る︒そのような基礎に基づいてはじめて︑その後規範的な問題

が立てられうる︒すなわち︑具体的な事例において︑因果関係 れ

て い

る ︒

六 七

三 ︶

を高度に蓋然的とするため︑諸徴候がどの位強くなければなら

ないのか?

その際︑一方では確実な諸徴候と︑他方では障害がどれかの

物質によって惹起されえたという単なる外観との間で︑はっき

りと区別されなければならない︒すなわち︑前者は刑事訴訟の

証拠構想

( B e w e i s k o n z e p t i o n )

において許される状況証拠であ

り︑後者は十分な理由から許されないものとみなされた一応の

証 明

で あ

る ︒

3 .外観による決定

しかし︑実際︑判例がその根拠においても不確実な間接的状

況証拠を因果関係の証明とするとき︑証拠構想は製造物責任の

領域において︑刑事訴訟に対して︑一応の証明という形態を承

認しはじめている︒

因果関係の一応の証明が問題になるのは︑製造物責任の民事

訴訟において︑例えば﹁事後的な製造物の変化が実際排除され︑

あるいは⁝⁝少なくとも︑中間的な変化に対する根拠がないと

き︑または⁝⁝その製造物のさまざまな使用者達に︑もしくは

幾つかの場所で︑同じまたは類似の被害︑例えば特定の感染症

が生じたとき﹂である︒

連邦通常裁判所も皮革スプレー判決で同じ方向を述べた︒

>

(18)

﹁因果関係の客観的自然科学的証明が欠けているところでは︑

それは自由心証という方法で︑裁判官の主観的確信によって代 用されてはならない﹂︒刑法上の製造物責任状況における証拠

評価に対しては︑そこにほとんどつけ加えるものはない︒

刑事判例は︑刑事司法がその証拠評価を客観化することによ り︑刑事司法の明確性︑安定性︑透明性︑確認可能性を取り戻

している自由心証の適用に戻らなければならない︒

V I

.中間結果

刑法上の製造物責任に関する従来の判例は︑因果関係の認定 に際して︑損害原因についての納得のいく他の説明方法が欠け ているという蓋然性判断で十分だとしている︒このことは︑実 際確実で規範的に受け入れることのできる帰属にとって十分で

は な

い ︒

従 来 の 実 務 は ー 一 部 の 学 説 が 賛 同 し て い る が

︑ 刑 法 的

因果関係概念の脱形式化︵﹁一般的因果性﹂︶と︑証拠評価の主

観化︵﹁事実審裁判官の確信﹂︶とを実現した︒両者が競合する

ならば︑確実で確認しうる判例はもはや問題ではありえない︒

刑事司法は︑製造物責任の状況においても︑因果関係の合法 則的条件の知識を前提とする因果関係概念か︑または少なくと

4 .結論

関 法 第 四 七 巻 第 四 号

も︑第三の原因が関わっていることを確実に排除できる因果関

係概念に戻らなければならない︒そして︑刑事司法は因果関係

認定の客観的な手続に戻らなければならない︒

C .不作為責任

一 三

I

.出発点

従来の予測可能な問題の次元は︑連邦通常裁判所の皮革スプ

レー判決において︑最もはっきりと認識されうる︒

欠陥製造物を過失もしくは︵遅くとも︶故意に回収しないこ

とによる危険な健康障害の非難︵刑法二二三条 a ︑ 二 三

0

条 ︑

一三条︶が問題であった︒皮革スプレーの使用により︑一九八

0

年秋以来︑若干の事例で健康障害に至った︒それに基づき︑

その年の中頃以降いったん行われていた皮革スプレーの調製法

の変更

( R e z e p t u r a n d e r u n g ) が︑製造業者によって取り消さ

れた︒なぜなら︑そこに原因があることがあると推定されたか

らである︒しかしその後︑新たな損害事件が報告されたが︑

︵変更後︶最初の事件は一九八一年二月一四日に生じた︒一九

八一年五月︱二日に開かれた取締役会では︑もっぱらこのテー

マが取り組まれた︒その際︑取締役会は︑健康障害の原因が完

全に解明されるまで皮革スプレーの回収を指示しないという結

六 七

四 ︶

(19)

現代刑法における製造物責任 論 で 一 致 し た ︒

取締役達は︑八一年二月一四日と八一年五月︱二日との間に

報告された四つの損害事件では不作為による過失傷害で︑五月

︱二日後報告された三八の事件では危険な傷害︵一部は不作為

によって︑一部は作為によって︶として有罪判決を受けた︒

I I

.保障人的地位

1 .システム

判例は︑製造物責任の範囲で︑古典的類型の保障人的地位に

目を向けている︒いわゆる﹁先行行為﹂である︒

2 .先行行為

危険が認識可能となるや否や︑次の二つの刑法上の概念が関

係してくる︒すなわち︑過失︵関係者は危険を︑たとえ認識し

ていなかったとしても︑おそらく認識しえたであろうから︶と

不作為︵関係者は︑すでに自分の領域にない製造物を回収し︑

それによりこれをその作用において中性化することをしなかっ

たから︶である︒そして︑不作為責任を問うための正しい手が

かりは︑危険を根拠づけている先行行為である︒というのは︑

刑法上の製造物責任の可能性は︑この先行行為︑すなわち危険

な製造物を流通させることによってそもそも発生したからであ

る ︒

一 三

六七五 しかし同時に︑可罰性を根拠づけている先行行為について︑

どこに主眼があるかも明らかになる︒ほとんどすぺての場合︑

関係者は製造物を善意で

( b o n a

fi de )

市場に持ち込んだであ

ろう︒この時点で︑製造物の危険性を判断できる人はいない︒

したがって︑先行行為の理解に関して︑二つの批判的な問い

かけが存在し︑その答えが製造物責任の領域における可罰性の

限界を決定する︒すなわち︑﹁危険性﹂の概念とは何かであり︑

その認識可能性とはどういう関係に立つのか?

刑法学において︑第一の疑問に関して︑従来︑二つの見解が

主張されていた︒一方は︑一般に先行行為に基づく保障人的地

位が存在するのは︑不作為者が︑今まさに損害に転化しそうな

危険を︑義務に反した方法で以前に創出したときのみである︒

先行行為の義務違反性の要件は︑不作為者がすべての日常危険

な先行行為に対してではなく︑特別な注意を払うに値する先行

行為に対してのみ︑あるいは法的義務に反する先行行為に対し

てのみ責任を負わなければならないということを保証している︒

しかしとりわけ︑関係者には︑この解釈によって︑少なくとも︑

法に対する忠実と注意によって適時に︑損害回避のための作為

義務が彼にあるかどうかについて知識を得る機会が認められる︒

しかしそれに対して︑危険を根拠づける関係者の作為に際し

(20)

て︑日常的に不可避な行為に比べてより高い危険のみを示す行

為が問題であるということでも十分であるとみなされる︒この

要件は全く異なる種類である︒それは︑製造物責任を刑法に

よっても展開する必要性に広く応じている︒

3

.明確性

連邦通常裁判所は保障人的地位を事例において以下のように

根 拠 づ け た ︒

﹁製造物を流通させることによって︑その使用者達に対し

て義務に違反して危険を惹起する者は︑原則として︑この危

険が当該被害に実現されないということを保障しなければな

らない︒それは︑とりわけ︑規定通りに使用した場合︑使用

者達に

1

彼らの当然の予想に反して

1

健康障害発生の危

険が基礎づけられるという性質をもった消費財の生産と販売

に妥当する︒⁝⁝これによって危険を基礎づけている被告人

達の先行行為は︑客観的にも義務に違反していた﹂︒

連邦通常裁判所は︑実質上︑この判決において︑不作為の可

罰性要件としては︑先行行為が明白に義務に違反しているとい

う要件が必要だという見解から離れた︒この論証によれば︑可

罰的とするためには︑日常の危険が漠然と増加したことで十分

だとしている︒可罰性の要件としての単純な危険増加要素は︑

関 法 第 四 七 巻 第 四 号

それが実際に価値を認められるとき︑結果として︑関係者の不

安感を惹き起こすばかりか︑可罰性の著しい拡張をも伴うに違

い な

い ︒

日々新たな危険が﹁発見﹂されるといってよいほど︑技術進

歩の速い時代では︑不作為責任の保障人の要件は脱形式化され

る︒それは著しく危険な行為をしている者達を刑法でとらえ︑

刑罰を伴った損害防止義務を彼らに負わせている︒国民がいた

るところで新たな危険に不安を感じている状況を計算に入れて︑

刑法は︑作為要件の明確性と予測の確実性との保障を放棄して

いる︒それは確かにー﹁時代精神﹂への適応として

1

理 解

できるが︑長期にわたって構想され︑法治国家的な保障に志向

された刑事司法の意味においては時代錯誤である︒

不明瞭な威嚇によってではなく︑明確な指示によって︑刑法

は︑ここで望まれた予防的力を発揮することができるであろう︒

4 .認識可能性

しかし︑連邦通常裁判所が先行行為の危険性の認識をどのよ

うに決めているのかは︑さらに問題である︒

すなわち︑学界において争われている二つの見解に共通して

いるのは︑従来︑行為の危険性は事前に判断されなければなら

ないという前提である︒それによれば︑例えば︑取締役は︑自

(21)

己の会社の製造物を流通させることが︑流通の時点で︑客観的

義務違反として評価されうるときのみ

1

例えば︑この時点で

すでに製造物の健康障害的な作用が専門家達の間で知られてい

たため︑保障人として具体的に責任を負うであろう︒しかしそ

れは︑皮革スプレー事件では︑二月一四日後に供給されたスプ

レー容器に対してのみ正しかった︒

それにもかかわらず︑連邦通常裁判所は先行行為に基づく保

障人的地位を肯定した︒﹁被告人全員の先行行為は︑彼らが関

係会社の取締役として︑規定通りに使用した場合︑使用者達に

健康障害を惹起するおそれのある皮革スプレーを市場に出回ら

せ た と い う 点 に あ っ た ﹂ ︒

流通の時点で義務侵害が客観的に認識できなかったというこ

とは︑刑事部にとっては障害ではない︒

﹁先行行為の客観的義務違反性は︑行為者がすでにそれに

よって自己の注意義務を侵害し︑したがって過失で行為した

ということを前提にしていない︒⁝⁝この限りで危険結果の

法 的 否 認 で 十 分 で あ る ﹂ ︒

m

.過失不作為

保障人的地位と並んで︑その他に︑不作為過失による可罰性

は︑損害実現の客観的・主観的予見可能性と回避可能性を前提

現代刑法における製造物責任 としている︒行為者は︑自分の状況において︑保障人的地位に 基づく作為の要求も認識し︑それに従って行動する機会を客観 的に持たなければならず︑彼はまた自分の個人的能力に従って︑ 刑法によって援護された自分の義務に気づき︑遵守できなけれ ばならなかった︒

この要件は過失犯の帰属要件に置かれるべき︑刑法上の責任

主義の表明である︒刑法上の製造物責任においては︑取締役に

対する不作為過失の非難は︑供給されうる製造物が欠陥品で

あったということを彼が調査しなければならず︑かつ認識しう

るということに集中しているようである︒

関係者にとって︑過失要素に関して︑安定した予測の確実性

を根拠づけるという期待は︑見せかけだけであろう︒従来の関

連判決は︑可罰性要件を論じる際︑そのような期待に対して何

らきっかけを与えていない︒それは驚くべきことでもあろう︒

一方では︑なぜ判例は︑損害発生の予見可能性と回避可能性の

基準に関して︑以前︑判例が危険性の定義と認識可能性の基準

に関して取り去っていたもの︑すなわち可罰性要件の明確性を

確立すぺきであったのかは︑戦略上理解し難いであろう︒他方

では︑危険性基準について損なわれたものを︑過失基準につい

てどのように修復しうるのかは︑理論構成上根拠づけ難い︒

一 三

六 七

七 ︶

(22)

過失処罰の要素に鑑みても︑製造物責任における不作為責任

は漠然とした前提と結びついているということに変わりはない︒

N

.中間結果

最高裁判例は︑刑法的に処罰を加えられた危険な製造物の回

収義務を根拠づけている︒このために︑最高裁判例は過失に対

する刑法上の責任要件を二重に崩している︒すなわち︑保障人

義務が生じうる先行行為の危険性ははっきりとは決められない

ことと︑この危険性が事前に認識できるということはもはや問

題ではないことである︒

過失の主観的要件に関して︑この予測確実性の低下は︑もは

や修正できない︒

D

.複数の者への帰属

ー.出発点

我々の刑法文化においては︑個人責任がすぺての共犯責任の

原則である︒それは︑複合的な共犯構造の場合も︑すべての者

に自分の行為にふさわしいものが降りかかることを保証してい

る︒答責性が一括して量定され︑その後皆に配分されるという

理解での﹁企業責任﹂は︑少なくとも︑我々の刑法に反してい

る ︒

関 法 第 四 七 巻 第 四 号

① 

一 三

連邦通常裁判所の皮革スプレー判決は︑複数の者への帰属に

関して︑明らかにリーディングケースである︒この判決から︑

最高裁判例が複雑な帰属問題とどのように取り組もうとしてい

る︵おそらく今後も取り組むだろう︶のかが︑読み取れる︒

事例状況に基づき︑刑事部はここで特に二つの問題を答えな

ければならなかった︒

有限会社の個々の取締役は︑製造物監視と損害防止措置

の指示とを顧慮して︑情報と協力に関するどのような義務

があったのか?

②義務を負ったすべての者が全員一致で決定したときのみ︑

有害製造物を回収しえたならば︑被害を個人的に帰属させ

ることは可能か?

I I

.義務の配分

経営の領域で生じた出来事を︑この企業の複数の構成員に刑

法上帰属させることは︑刑法上責任を負わせられるべきすべて

の者にとって︑この企業内で何らかの特別な義務的地位に就い

ていることを前提にしている︒

ー.複合的な共犯関係

刑法上の製造物責任の根底には︑通常︑特に複合的な共犯関

係が存在しているため︑判例がまさにここで︑企業における義

︵ 六

七 八

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