サクラの開花史料による11世紀以降の京都の気温の
推定
著者
青野 靖之, 小元 敬男
雑誌名
農業気象
巻
49
号
4
ページ
263-272
発行年
1994-03-10
その他のタイトル
Estimation of Temperature at Kyoto since the
11th Century Using Flowering Data of Cherry
Trees in Old Documents
農業気象 (J
Agr Met) 49
(4) ・ 263-272 ,1994
サクラの開花史料による 11 世紀以降の
京都の気温の推定
青野靖之
・小元敬男
(大阪府立大学農学部農業気象環境学研究室)
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Kyoto
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Using Flowering Data of Cherry Trees i
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temperature
, Prul1us jamasakura キーワード 気候復元, 京都. 3月平均気温,満開日,ヤマザクラ 1.はじめに 近代気象観測の開始前の期間(歴史時代)の気候を評価 する方法のーっとして,生物季節的な記録を用いるもの がある(河村, 1982) 。 日本の場合,特 lζ サクラの開花時 期は春季の気温にかなり影響されるので,この開花時期 の遅速による古気候の推定が以前から試みられてきた。 1993 年 4 月 3 回 全国大会にて発表 1993 年 8 月 20 日受付. 1993 年 12 月 24 日受理 日記なと、多数の古記録が書かれた京都 lé ついては, 田口 (1 939) ,荒川(1 955 , 1956) ,Arakawa (956) ,関口
(19
6
9
)などが,史料から長期間のサクラの開花時期 lと 関するデータを収集・整理し,春季の気温の変化を評価 した。 ところで,日本で現在最も一般的であり,また気象庁 による生物季節観測の対象にもなっている樹種のソメイ ヨシノ(Prul1 us yedoensis) は, 19 世紀半ば以降 iζ 全国 的 iζ 植栽されたものである(林. 1980) 。従って,歴史時 内ペ υ n h U η ノム M農業気象 代全般にはこれとは別の自生種が一般的であったと考え られる。史料を用いた上記の諸研究では,自生種の開花 時期と気温との正確な関係づけが成されず,また収集・ 整理されたデータ自体もそれほど連続していなかったこ とから,サクラの開花時期の遅速の世紀別の比較を通し て,気温の変化が推 iJlIJ されたに留まっている。 これらの他にも,古記録 iζ 記載された開花データと天 気日数とを関連づけたかなり詳細な解析が,主として 15~16 世紀を対象に行われた例がある(山本,
1967
;
Yamamoto
,
1971) 。 しかし, いわゆる『小氷期』にあ たる 17~19 世紀の京都については,依然としてデータ が余りまとめられておらず,そうした研究例もほとんど 見られない。 歴史時代全般にわたる春季の気温推移をより詳細に評 価するには,史料中で記述の対象となった樹種の開花時 期を,気温にかなり高い精度で、関係つける方法を見出さ ねばならなし、。その際には,可能な限り多くの古記録に よる開花に関するデータを用いる必要もある。 本研究では,古記録から調査したサクラの開花時期の データを用いて, 11 世紀以降の京都を対象に春季の気 温の推定を試みる。推定精度の向上を期すために,本 研究でも史料調査を行い,開花時期 iζ関するデータを増 加させる。今回は特に,これまでデタのほとんど収集・ 整理されていなかった 17~19 世紀についても調査する。 乙れらのデータを,以前から近畿地方で最も一般的であっ たと恩われる自生種のヤマザクラ (PrUllllSjamasakul
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)
の満開日と見なし, ζ れによる気温の推定方法を開発す る。今回は,小野ら(1 987 ,1988a
,
b) ,山田ら 0988),
小野・金野(1 990 )などが各種果樹の,また小元・青野(
1
9
8
9
),青野・小元 0990 , 1992) が花木の開花・満開 日の推定 iと用いてきた温度変換日数法を,逆に開花時期 による気温の推定方法として適用する乙とを試みる。乙 乙では,気温がサクラの開花にかなり影響するとみられ る 3 月の平均気温を推定した結果について述べる。 2. データ及び解析方法2
.
1
史料調査 既往の研究(田口,1
9
3
9
;荒川,1
9
5
5
;関口, 1969) で 京都の史料から収集されたサクラの開花に関するデータ は,大部分が観桜会の日付として得られたものである。 関口 0969)は, こうした観桜会の日付をほぼ満開日と 見なして差し支えないとしている。近畿地方では以前か ら自生種のヤマザクラが最も一般的な樹種と思われるの で,本研究では史料によるデータを, ヤマザクラの満開 日を代表するものと考えた。 史料による満開日データは ζ れまでに 1000 年以上の 長期間について収集されてきたが,それでも 11 世紀以 降では 120 年分程度しか整理されていない。本研究では なるべく多くのデータを用いて歴史時代の気温を推定す る白的で, まず 11 世紀以降を対象とする史料調査を行 った。こ乙では既往の研究によるデータ lζ ,今回の調査 結果を加えることにした。 データ収集の対象とした古記録は,主 iC 歴代の天皇, 公家,僧侶,商家などによる日記と,それらを編纂した 年代記である。史料調査では, i) 京都における観桜会 や花見についての記述, ii) サクラの満開の状態を示す 記述, iii) 花見の後などにサクラの枝が贈られた事 lと関 する記述を収集の対象とした。乙れらの記述が見いだせ た日付を現行の太陽暦に換算し,既往の研究によるデ タ lζ 追加できるように整理した。調査では可能な限り樹 種についても留意し,たとえば古記録中で樹種が,開花 時期の阜いヒガンザクラ系統などと特定できた場合は, 乙れを採用しなかった。なお,同じ年 lζ 異なった日付の データが重複した場合 lζ は,後 iζ 述べるように,それぞ れのデータによる准定気温を平均することにした。2.2
温度変換日数;去によるヤマザクラの満開日 の推定 本研究では,温度変換日数の積算値を用いて最近のヤ マザクラの満開日を推定する方法を先 iζ開発しこれを 気温の推定 fC 応用する。ヤマザクラの満開日は気象官署 で観測されていないので,本研究では,京都市内でもヤ マザクラの比較的多い嵐山と醍醐寺の満開自について, 温度変換日数を用いた推定方法を検討した。嵐山と醍醐 寺の満開日は,過去の新聞のサクラだより記事から調査 した。気温データには京都地方気象台の日平均気温を用 L 、 fこ。 温度変換回数は, ある標準温度の下での植物の生育ま たは生長などの 1 日分の量lC対する,毎日の気温条件下 での 1 日あたりの量の相対値を示すものである。気象台 の日平均気温の絶対温度がむ K である z 日(通日)につい ては,温度変換日数 cts)i が次の式で計算される。(ts)i
=exp
(E,σ (Ti-Ts)IRTiTs} (1)ζ 乙で Ea は温度特性値(J
mol
-
1 ),
R はモル気体定数(8.314jdeg
-
1mol
-
1 ),
Ts
は標準温度(乙こでは288K を使用した)である。温度変換日数法では,上式の (ts)i をある起算日から積算し, ζ の値が,実際の満開日まで に要した平均積算値 iζ 達した日を推定満開日とする。 この方法では,温度変換日数の積算を始める起算日と, Ea の 2 つの適切な感温特性値を求める必要がある。本研 究では通日 1~80 日 cl 日間隔)の範囲の起算日と,2
0
~120kjmol-l (4kjmol-1間隔〉の範囲のι
との全て の組合せについて , 1966~90 年の 25 年聞を対象にヤ 7264-3
.
1
史料調査結果 今回の史料調査の結果. 63 点の古記録と 12 編の通記 ・年代記類などから延べ359 件のデ タを新たに得る乙 とができた。乙の内訳は i)観桜会・花見などに関する 記述が 291 件. ii) サクラの満開の状態のみを示す記述 が 55 件. iii) サクラの枝が贈られた乙とに関する記述 が 13 件である。また i )の中には満開の状態が併記され た例が 50 件分含まれている。乙れらのデータのうち, 同じ年で重複したものは約 30 年分あった。今回の調査 結果と既往の研究によるデータとを合わせると,満開自 に関するデ タは 11-19 世紀の 900 年間のうち, 実質 434 年分まで増やせた乙とになる。F
i
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.
1
IC 本研究で使用可能となった満開日のデータ数 サクラの開花史料による 11 世紀以降の京都の気温の推定 本研究では,気温の推定精度を確かめる目的で,気象 観測の行われた期間(観測時代: 1881 年以降)のヤマザ クラやソメイヨシノの満開日データを使用して気温の推 定を先に行い,実際の気温と比較する。と ζ ろで,気温 の推定の際,温度変換回数の計算 lζ 日平均気温の平年値 を用いると,毎年の気温の推定誤差がかなり出る乙とも 予想される。本研究では,そうした場合に気温の推定結 果を可能な限り高い精度で表す方法についても検討する。 上の様な気温の推定精度の検討後,同様の方法により 11-19 世紀の史料による満開日データを用いて気温の 推定を試みる。なお,歴史時代の気温の推定 lζ 使う適切 な起算日と温度特性値 Ea の組合せについては,史料に よる満開日のデータが京都の中心かそれに近い場所で得 られた場合は嵐山の値,同じく伏見など京都南郊の場合 には醍醐寺の値をそれぞれ用いた。史料 iとよる満開日デ ータが同じ年 iζ 複数重なって得られた場合には,それぞ れの J蒲関日による気温の推定値を平均し,当該年の推定 気温とした。3
.
結果及び考察 青野・小元 ザクラの満開日の推定を地点別 iζ 行った。その結果の中 から,推定誤差 (RMSE 平均二乗誤差の平方根の値) が最も少なくなる場合の起算臼(以下,乙れを Ds と記す) と Ea の値を選び, 乙の組合せを気温の推定 lζ 使用する 乙と iとし fこ。 なお,本研究では京都市動物園 (1909-32 年)と京都 地方気象台(1934 年以降)で観測されたソメイヨシノの 満開日の推定も併せて行った。乙れは,サクラの満開臼 で気温を推定する方法自体の精度を,できるだけ長期に わたり確かめる目的のもので,こ乙で見いだした適切な 起算日と Ea を古気候の推定に使うわけではなし、。2
.
3
ヤマザクラの満開日による気温の推定 気温を推定する場合,サクラの満開日の遅速がどの期 間の気温を最も代表しているかがまず問題となる。伏木 測候所 0953 )や熊野(1 95 7)によると,気温の影響し始 める時期は満開日の場合でも開花田の場合と大差はない。 京都のソメイヨシノの開花日 iζ は 2 月下旬以降の気温 が最も影響するとみられる(小元・青野. 1989) 。一方, 京都のサクラの満開日は一般に 4 月上~中旬であり,気 温がサクラの満開 Bf乙影響するとみられる期間は 2 月下 旬から 4 月上旬までと考えられる。そのかなりの部分を 占める 3 月の平均気温の推定を,ヤマザクラの満開日を 用いて推定しようとした。 温度変換日数法の応用による平均気温の推定は以下の 手I1闘による。まず嵐山など,地点乙との起算日 Ds から最 近の平均満開臼 BN までについて,現在の日平均気温の 平年値 TNi を使って,標準温度 Ts
への温度変換日数の 平年の積算値 DTSN を以下のように計算した。 島v DTSN=L
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(2 ) ただし,平均満開日 BN 当日については,温度変換日数 の計算値の 112 を積算した。 次 lと,毎日の気温として,日平均気温の平年値 iζ 一定 の気温偏差 t1 T を加えた値 TNi +t1 T を考える。そして以 下の様に , Ds から j 年の満開日 Bj までの積算値を,最 も DTSNIζ近づけるような気温偏差 t1 Tj
を .-7-
+7
'
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(01"C 間隔)の範囲の t1 T から選び出した。 BjL
_
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x
p
(Ea (TNi+
t
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Tj -Ts)/ RTs (TNi+
t
1
Tj)} i=Ds ξ DTSN (3) そして (3) 式で求めた t1 Tj
を • J 年の満開日 lζ 気温が影 響する全期間の平均気温の推定平年偏差と考えた。乙乙 では各年の t1 Tj を 3 月平均気温の現在の平年値C7.6'C) iζ 加えた値を,その年の 3 月平均気温石1} の推定値とし た。を四半世紀 ζ とに示す。 11~13 世紀については,合計 68 年分とデータ数は全般的 iζ 少なし、。 15・ 16 世紀中は これまでにもかなりのデータが集められていた乙ともあ って,データ数はそれぞれ 78 年分, 76 年分と多くなっ た。 その後の 17, 18, 19 世紀では,それぞれ 68 年分, 41 年分, 55 年分と幾分少なくなる。しかしながら,特 に 18 世紀以降のデータには, ヤマザクラと明記された 例や, 今日のヤマザク ラの名所 iζ 関する例が多くなる。 従って,乙の時代では, ヤマザクラの満開日としてより 確かな, 質の比較的高いデータが得られたと考えられる。
3
.
2
各地点のサクラの満開自の推定結果 各地点のサク ラの満開日の推定 1<:: 適切な起算日 (Ds
) と温度特性値 Ea の組合せ, そしてその時の推 定誤差 (RMS E) を Tab!e1
IC 示す。各地点の 適切な起算日 Ds は, ヤ 7 ザクラの多い嵐山で 通日 49 日(2 月 18 日),
同じく醍醐寺で通日 48 日 (2 月 17 日)でほぼ一致した。また, 京都 地方気象台によるソメイ ヨンノの満開自の場合 も Dsが通日 51 日 (2 月 20 日)で,上記2 地点 のものにかなり近い。 一方,推定 iと適切な温度 特性値Eaは,嵐山と醍醐寺で 84kJ
mo!-l と一 致した。気象台のソメイヨシノの場合は乙れよ りやや低く 68kJ
mo!-l であった。Tab!e
1 の適切な起算日(ム)と温度特性値 Ea の組合せを用いたときの満開日の推定結果 をFig.21<::示す。嵐山と醍麟寺の場合,適切な 起算日と Ea の選択に用いた 1966~90 年の間で は,満開日がかなり正確に推定できた。 RMSE は嵐山で 199 日, 醍醐寺で 164 日と,両地点とも 2 日以 下となった。さらに, 1965 年以前でも RMSE は各地点 で 178 日, 148 日であり,双方の期間の推定精度 iζ 遜色 は見られなかった。ヤマザクラの満開日の推定精度を見 る限りでは, 温度変換回数法の応用により,ヤマザクラ の満開日を使った 3 月平均気温の推定が可能な乙とが示 唆される。 一方ソメイヨシノの場合, 1966~90 年における推定 精度は RMSE で 2.1 3 日,またそれ以前の 1930~50 年 代についても RMSE が 25 目前後と特に大きな推定誤差 は見られなかった。以上より,乙の温度変換日数法自体 は,同一種ならば長い年数にわたって適用可能な乙とが 示された。なお, 1925 年頃以前については,推定満開 日が実際より遅い傾向が見られたが,乙れは樹齢が若く, 移植後間もない京都市動物園のソメイヨシノの満開日デ ータ(京都府測候所, 1934)を用いた乙とによるもので, 最初の 10 年間ほどは実際の開花が成木よりかなり早か ったことが推定精度 iζ 影響していると推測される。 象Tab
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観測時代における 3 月平均気温の推定精度 Fig.3.1ζ ヤマザクラ(嵐山)とソメイヨシノ(京都市動 物園・京都地方気象台) の満開自による 3 月平均気温の 推定値と, 実際の値の推移を示す。双方の場合とも,実 ハ hv際の気温の年々変動が概ね捉えられたが,年によ っては 1.C 以上の誤差も見られた。 こうした誤差の特徴を見るために, この両地点 の満開日を使った場合の推定値と気象台による実 際の値の関係を見た (Fig.4) 。乙れによると, 気 象台や嵐山の満開自による推定気温は, いずれも 1:1 の直線を中心にかなり散らばる傾向がみられ た。 1966-90 年の 25 年間の推定気温の RMSE は嵐山のヤマザクラの場合で 0.73.C ,ソメイヨシ ノの場合で o82.C であった。 乙のように気温の推定精度が余り良くなかった 最大の原因は,温度変換日数の積算値の計算iL, 日平均気温の平年値を用いたことによると考えら れる。温度変換日数は,気温 lζ 対する指数関数として計 算されるので,全く同じ期間の積算値でも,平年値と平 年偏差とを用いた場合と,日々変動する実際の気温を用 いた場合の聞には差が生じることになる。乙の両者の差 が大きくなった年ほど,気温の推定精度も悪くなるとみ られる。 と乙ろで Fig.4 で示した推定気温と実際の気温との比 較では,推定誤差は実際の気温の高低にかかわらず,図 中の 1
:
1 の直線の両側にほぼ均等に現れた。こうした傾 向は解析された期間で全般的iζ 認められ,また乙の図中 における+ ・ 一両側の推定誤差の現れ方の差は,嵐山と 気象台, 双方の場合とも平均して約 O.1 .C と小さかった。 従って,年ごとの気温の推定値をたとえば各年代 00 年) ごとに平均すれば,推定気温の年ごとの誤差がかなり相 殺され,乙れに対応する実際の気温の 10 年平均値 lζ 近 くなるものと考えた。 そ乙で,毎年の 3 月平均気温の推定値を 10 年ごとに 平均した値(以後,年代別平均値と記す)で表し,それを 実際の値と比較した (Fig.5) 。なお,と乙 iζ示した推定 値のうち黒塗りの印は,今回の解析で各年代 10 年中 5 年分以上の満開日データが使用可能となったものである。 ソメイヨシノの満開自による推定値の場合,満開日 IC 対 する樹齢の影響の考えられる 1910 年代以前を除くと, R ÍV1 SE が 0.22.C まで少なくなり,常 lζ04.C 以内の差し か見られなくなった。さらに,嵐山のヤ 7 ザクラの満開 自による推定値は, データの充分揃った 1950 年代以後 に限ると, 実際の気温と O.1 .C の誤差しか見られなくな り,極めて正確な結果が得られた。以上から, 歴史時代 の中でも満開日のデータが多く得られた年代についてな らば,推定気温を年代別平均値の形として,かなりの精 度で推定可能な乙とが示唆される。3
.
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歴史時代における 3 月平均気温の推定結果 次 lζ 史料iζ よる満開日データを用いて 3月平均気温 サクラの開花史料による 11 世紀以降の京都の気温の推定 日 19 日 o(
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7 E 日 (0 ・)@'H2 パ F4EuιEω 一戸 C 4ZEZ UL6Z 青野・小元の年代別平均値を推定した結果を述べる。 Fig.7
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Iと は 11 世紀から現在 IC 至る満開日の推移を,また (b)1ζ は同じ期間の 3 月平均気温の推定値の年代別平均を示す。 なお Fig.7 (b) では Fig.5 と同様 lζ ,各年代 10 年のう ち 5 年分以上の満開日デ タが得られ,計算方法自体の 招く誤差が少ないと考えられる年代を黒塗の印で表した。 以下では,気温の推移と推定精度の両方の特徴から, 便宜上,解析期間を11-13 世紀(期間1), 14-16 世 紀(期間IJ), 17 世紀~現在(期間皿)の 3 つに大きく分 けて,各々に関する推定結果と考察を述べる。1
)
11-13 世紀(期間I) 期間 I の推定結果の特徴を定性的に見ると,西暦 1200 年を中心とするおよそ 100 年間で,推定気温の高い年代 の多い傾向がみられた。これは,この期間中の満開日が 1156 年, 1212 年, 1246 年で 3 月中であったように, かなり早い年が多かったととiLよる。 山本(1 96 7),
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)は,古記録に記載された天気回数に よる京都の降雪率の推移から, 西暦 1200 年前後の冬季 はかなり温暖であったと評価している。今回の解析結果 も,乙の温暖な時代の存在を定性的ながら反映している ようにみられる。 と乙ろで,期間 I の推定気温の年代別平均値は大きく 変動する傾向にあった。推定気温の大きな変動は,各年 代の満開日デ タが少ない,あるいは満開日データの中 に異なった種や遠く離れた地点のものが多く混在した場 合 iと生じ,定量的な精度が悪い乙とを示唆すると考えら れる。 Fig.61ζ ,乙の推定気温の年代別平均値の標準偏 差を,世紀別にまとめて示す。 11~13 世紀の標準偏差 はいずれも 1 'c を超え,最近 100 年間の実際の気温によ る値 (0.7'C) 1ζ 比べるとかなり大きい。乙の原因は 1 年 代あたりの満開日データ数が 11~13 世紀でかなり少な い乙とによる。そのため,期間 I の推定気温の定量的な 意味は余りないと恩われる。乙の期間の満開日データを さらに充実させるにしても,現存している史料自体が限 られている上 IC ,古記録中で樹種も特定し難い。 結局,1
1
~13 世紀 iζ ついては, 温度変換日数法によるこれ以 上の気温の推定はかなり困難とみられる。 2) H~16 世紀(期間 U) 期間 E のうち,最初の 50 年間はデータ数が 1 年代中 5 年分未満と少なかったが,乙れ以後はほとんどの年代 で 5 年分以上得られ,乙れに伴い推定気温の変動も,期 間 11ζ 比べるとかなり少なくなった (Fig. 6) 。データ数 から見る限りでは,比較的高い推定精度が期待されたが, それでも特に 15 世紀中は,京都の様々な地点での満開 日データが混在しており,それによる推定気温の変動が 見られた。 期間 E における推定結果の概要は以下の通りである。 推定気温は 14 世紀後半 iζ 7'C 近くまで上昇する傾向が見 られた後, 15 世紀前半 IC は下降傾向 lと転じた。この時 期の推定気温は,京都内の様々な地点の満開日デ タが- 2
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混在した乙とから,大きく変動する傾向が見られた。 16 世紀前半には 4.5~52'C と,京都としては非常に低し、値 と推定された。これに対して, 16 世紀後半から 17 世紀 初頭にかけては相対的に温暖な条件が続いたと推定され, 特 IC 1550 年代や 1610 年代は各々 7. 7'C , 7.9'C となった。Yamamoto
(1 97 1)は京都の史料による降雪率とサク ラの開花データ iζ 基づいて, 15 ・ 16 世紀の冬季の気温変 化を推定した。乙れによると, 1430~40 年代の京都は 冬季, かなり寒冷であったが, その後 17 世紀初頭まで に冬季気温は 2.4'C 程度上昇したとされる。今回の結果 で 15 世紀中最も低い推定気温は 1470 年代の 52'C であ り, 17 世紀初頭の推定気温のピークの値との差は 2.7'C であった。乙の値自体は Yamamoto (197 1)の示した冬 季の気温上昇量 IC 近い。気温の推定の対象が春季か冬季 かといった違いがあるので,単純に比較できないが 2 ℃程度の気温上昇は 15~16 世紀の聞にあったと見られ る。ただし, 15 世紀中の推定気温の最も低い時期 iζ つ いては,両者 IC3
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~40 年の違いが見られる。 一方,今回の解析では推定気温が 1500~40 年代のか なり長期 IC わたって 5'C 前後と低くなった。 Yamamoto (1 97 1)などによる冬季気温の推定結果にも, 1510 年前 後に気温の低い時代が示されてはいるが, 15 世紀中頃 ほどではなし、。しかし今回用いたデータ数は年代あた り 7~10 年分と多いため,推定気温の変動も少なく,計 算方法自体が招いた推定精度の低下も余り考えられない。 乙の時期 lとおける Yamamoto (1 971) の解析結果と,今 回の結果との聞の相違は,まず気温の評価時期が季節的 iζ 異なったことにより生じたと考えられる。実際に乙の 期間のデータを見ても, 1526 年 (5 月 8 日)や 1540 年 (5 月 1 日)のように,満開日が非常に遅れた年も幾つか ある。今回の 3 月平均気温の推定結果を見た限りでは, 16 世紀前半にはかなり寒冷な状況が続いた可能性が示 唆される。 と乙ろで, 乙の時期は御所内の観桜会に関するデータ が集中的 IC 得られた期間とも重なる。乙の時代の御所内 のサクラがヤマザクラより遅く開花する種であった場合, 推定気温は過小評価される。今回の史料調査では樹種を 特定できなかったが,上記のような過小評価が生じてい る乙とも否定できない。いずれにせよ, ζ の 16 世紀前 半については,今後,より詳細な調査・解析を要すると 考えられる。 推定気温が 1550 年代 iζ かなり上昇し,一旦下降した 後, 1600 年頃 iζ 再び乙れが上昇する様な今回の推定気 温のバターンは,先に述べた Yamamoto (1971) の冬季 気温の推定結果の他,Sweda
(1 992) による長野県木曽 地方のヒノキの年輸解析による 12~4 月の平均気温の推 。。青野・小元:サクラの開花史料による 11 世紀以降の京都の気温の推定 者については高温期が比較的一致し,変化量自体もほぼ 近い値 iζ 相当することが分かった。 逆 1 C1 7 世紀以後,主として 2 つの顕著な低温期が Fig
7
(b) から見い出せる。第 1 の低温期は 1690~1720 年 代で,推定気温は 4.8~5.4 0C の低い値 iζ 終始した。前島 ・田上(1 983) は,弘前における春の降雪率が1680 年代 lζ 一旦低くなった後, 1710 年頃にかけて急 iと高くなる 推移を明らかにし,特に 17 世紀末 ~18 世紀初頭の春は 低温であったと評価している。今回の推定気温の推移は, 弘前の降雪率の推移とほぼ対応しており,乙の時期の春 季の寒冷な状況を反映したものと考えられる。 期間皿で現れた第2 の低温期は 1810~30 年代で,特 lと 1830 年代 iζ は推定気温が 4.50 Cと,満開臼データを 5 年分以上使用できた年代としては最低の値となった。 1811~40 年の範囲における推定気温の平均値は 510 C で あり,現在の平年値( 1960~80 年代 )IC 比べ 2SC 低いも のである。 ζ のうち 1830 年代については,前島・田上 (1983) も弘前の春の降雪率の上昇を見いだしている。ま た Mizukoshi(1992)
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などは,古記録 IC 記載された天気回数 iとより,冬季の気 候が 1810~30 年代にかなり寒冷であったと評価してい る。ちなみに乙の時期の春季の寒さは,今回の解析結果 や前島・田上 0983)などの結果を総合すると, 17 世紀 末 ~18 世紀初頭の低温期とほぼ同程度とみられる。 なお,乙の 2 つの低温期同士で、あと 1 つ共通すること は,推定気温が年代中の満開日の全般的な遅れにより低 い値となったことである。たとえば 1700 年代では満開 日が 4 月下旬まで遅れた年が 5 年中 3 年,一方 1830 年 代でも乙れが 9 年中 6 年あったことから,推定気温が 5 ℃以下になったもので,各年代中で満開の著しく遅れた 定結果にも現れている。 3) 17 世紀~現在(期間皿) との期間の満開日のデータ数は 15 , 16 世紀 IC 比べる とやや少ないが,特 IC 18 世紀以降は古記録中でヤマザ クラと確かめられたデータや,嵐山など現在のヤマザク ラの名所でのデータが比較的多かった。推定気温の年代 別平均値の標準偏差の方も 18 , 19 世紀では 0.5~07o
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とかなり小さし、。 17 世紀はこれが LOOC と幾分大きいが, 乙れは 1612 年 (3 月 27 日)や 1619 年 (4 月 3 日)の満開 日が非常に阜く, 1610 年代の推定値が非常に高くなっ た乙とによるもので, 1620~90 年代に限ると標準偏差 は O.TC と他の 2 世紀とほぼ同じである。また,気象観 測初期の 1880 年代にも史料から 5 年分の満開日データ が得られたが,この年代における推定誤差は O.4OC とか なり小さかった。以上を総合すれば,この期間のうち少 なくとも 17 世紀後半以降の推定気温は,定量的に見て比 較的精度が高いと推測される。 期間 E の推定気温は概して低自に推移した。この期間 中で,前後の年代 iと比べて相対的に推定気温が高かった のは, 1600~30 年代 (6.4 ~790C), 1730 年代 C660C)
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1750~1800 年代 C59~6SC) , 1840 年代 C6.30 C)が挙げられる。 Maejima
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(1 983) は,青森県弘 前の降水頻度から月別の気温を推定した。それによると, 1660~80 年代と 1740~70 年代の 2 つの期聞における 3 月の気温が相対的に高いと評価された。本研究による 推定気温の推移を比べた場合,前者の高温期は,1
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年代に推定気温が幾分高くなった程度で C5TC),あま り認められなかった。特 IC 今回の推定気温の推移では, 1670 年代 IC 推定気温が 4.70 C とかなり低くなったが,そ の原因は明らかで、なく,さらに検討する必要がある。後1
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年代より)の双方ともにかなり上昇する傾向がみられた。 1830 年代の推定気温と 1980 年代の実際の気温との差は 340C であった。 Kawamura (1 992) は,史料によるサク ラの開花データを使って,金沢の 3 月平均気温を推定し た。 これによると 1826~37 年の 12 年間の平均値 iζ 対 して,最近の 3 月平均気温は 25"C 高くなっているとさ れた。今回の京都における推定結果では,乙の気温差が 金沢の場合より約 lO C大きい。乙の理由は,京都におけ るかなり顕著な都市昇温によると考えられる。小元・鰹 谷 0979)の方法では,京都の 3 月平均気温の都市効果 が 1980 年代については平均1.40 C と計算される。従って, 1830 年代から 1980 年代にかけての京都における推定昇 温量 340C のうち,都市昇温 iζ 起因した分1.40 C を除いた 残り 2.00C が, より大きなスケ ノレ(たとえば近畿地方を 含む中部日本)全体の昇温量とみる乙とができる。 期間皿については,今回の史料調査の対象とした以外 にも多くの史料類が現存している。調査した史料が多く なるにつれて,ヤマザクラの満開日データとして確実な ものも選択でき,それによって気温の推定精度も向上す ると考えられる。さらなる史料調査による満開日のデー タ数の充実と,ヤマザクラの満開日としてのデ タの質 の向上が,今後の検討課題として残った。 4. まとめ 史料から得られたサクラの開花に関する日付をヤマザ クラの満開日と見なし,乙れを使った 3 月平均気温の推 定を,温度変換日数法の応用により試みた。嵐山の最近 のヤマザクラの満開日デ タを計算 lζ 用いた場合,推定 値を年代別平均の形で表すと,推定誤差は RMSE で 0.1 ℃となり,温度変換回数を使った計算方法自体の推定精 度はかなり高い乙とが確かめられた。歴史時代の気温の 推定精度は確かめられないが,乙れは計算 IC 用いた満開 日データの量と質に大きく左右されると考えられる。 本研究では, 11 世紀から現在までの約 1000 年間を, 推定気温の推移と精度の両方の特徴から, 1 11~13 世紀, n 14~16 世紀,m;
17 世紀~現在の 3 つの期 聞に大きく分けて考察した。 期間 I については, 1200 年頃を中心とする高温期が 定性的に認められた。ただし,満開日データ数の不足か ら推定気温は大きく変動した。期間 lについて今回以上 の史料調査を試みたとしても,史料の現存状況からみて, 推定精度の向上は余り期待できない。 期間 E では,主として 15 世紀半ばまでの気温の下降 傾向や, 16 世紀半ばと 17 世紀初頭における気温の顕著 なピーク (TC 台後半)が認められた。期間 E ではデータ の不足による精度低下は余りないと考えられた。また, 1500~40 年代には,推定気温が 50 C 前後とかなり低く なったが,この期聞については,ヤマザクラとしての満 開日デ タの質についても含め,今後,さらなる検討を 要する。 期間 E では,特に 17 世紀後半以降の推定気温の変動 が総じて小さくなった。全体のデ タ量に加え,ヤマザ クラの満開日として確かと思われるデータが 17 世紀後 半以降は多いことから,推定精度はかなり高いと推測さ れる。推定気温は全般に低目で, 特 1<:: 1690~1710 年代 と 1810 , 30 年代は, 50C 前後の低温期であると示された。 1830年代以降, 京都では現在まで約 340 C 上昇し,乙の うち約 20C がより大きなスケーノレ全体の昇温量と慨算さ れた。 上記の期間n , m 共に,今回の調査対象の他にも史料 はまだ多数ある。今後,より慎重な史料調査により,ヤ マザクラの満開日データとしての質を良くする乙とで, さらに正確な推定結果が得られる可能性も高い。また今 回は,温度変換日数法を用いる際 iζ ,起算日を一定とし た。しかし観測時代では考えられないほどの顕著な気温 変化があった場合における起算日補正の必要性など,計 算方法自体について残された検討課題もまだあるといえ る。 資 料 古記録名(デ タを用いた期間) ,活字本の叢書名,発行 所のJI頃 iこ示す(年刊|頃)• 日記類 後二条師通記 0083-1099) ,大日本古記録,岩波書店 花園天皇康記(1 312 ー 132 1) ,史料大成,内外書籍. 日市守記 0356 ー 1364) ,史料纂集,続群書類従完成会 愚管記(1 358-1379) ,続史料大成,内外書籍 空華日用工夫略集 0382-1384) ,続史籍集覧,近藤出 版部 看聞御記(1 416-143 7),続群書類従,続群書類従完成 ぷ〉、 :nに. 満済准后日記( 1429-1434) ,向上. 蔭涼軒目録 (1436-1490) ,続史料大成,内外書籍 実隆公記 0476 ー1523),太洋社. 親長卿記(1 472-149 7),史料大成,内外書籍 御湯殿の上の日記 (1477 ー 1686),続群書類従.続群書 類従完成会田 宣胤卿記(1 488-150 7),史料大成,内外書籍. ハ H V 弓 I 『 nr ム青野・小元 . サクラの開花史料による 11 世紀以降の京都の気温の推移 言継卿記 0542 -1570),国書刊行会. 舜旧記(1 584-1610),史料纂集,続群書類従完成会. 義演准后日記(1 596 ー 1604),向上 時慶卿記(1 614-1637),京都府立総合資料館所蔵本(写 真本) 隔実記0638-1665) ,鹿苑寺 発恕法親王日記(1 668-1693), 吉川弘文館. 妙法院日次記 0694 一 173 7),史料纂集,続群書類従完 成会 本居宣長在京日記 (1753-1757) , 本居宣長全集,筑摩 書房 杉浦家歴代日記(1 783-1886),京都府立総合資料館所 蔵本(写真本)• 頼静子日記C1 819-1829) ,頼山陽全書,頼山陽先生遺 蹟顕彰会. 中山績子日記(1 857-1870) ,日本史籍協会叢書 他 39 点 適記・年代記類 史料綜覧 ・大日本史料(1188-1635) ,東京大学出版会 弁内侍日記(1 247-125 1),群書類従, 続群書類従完成 メh
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.
続史愚抄(1 269-1773) ,国史大系, 吉川弘文館 後鑑(1384-1568),同上 頼山陽全伝(1 811-1832), 頼山陽全書頼山陽先生遺 蹟顕彰会. 孝明天皇紀 (1857-1865) , 吉川弘文館. 他 6 編 既往の研究で使われた資料の詳細は,田口C1 939)が 示している。 引用文献 青野靖之・小元敬男, 1990 ・ チノレユニットを用いた温度 変換日数 lとよるソメイ ヨシノの開花日の推定.農業気 象,45
,243-249.
青野靖之・小元敬男,1
9
9
2
ヤマツツジ・ フジ ・ アジサ イの開花田の推定農業気象, <l7,2
3
3
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2
4
0
.
荒川秀俊, 1955: 京都における観桜の記録から推定され る気候の変動.地学雑誌, 64 , 31-32. 荒川秀俊,1
9
5
6
京都における観桜の記録から推定され る気候の変動(補遺). 地学雑誌,65
,55-56
Arakawa
,
H.
,
1956: C
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Kyoto. よ Meteorol,13
,
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99-600
.
伏木測候所, 1953 伏木における桜花期の気象分析 研 究時報,5
,1
4
7
-158.
林弥栄, 1980 サクラ 100 選ニューサイエンス社, 東京,pp.128
河村 武,1
9
8
2
季節現象の観測と気候の解明への応用 天気,29
,559-57
4.
Kawamura
,
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,
1992:
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,52-57.
熊野羊太郎, 1957: 下関における桜(そめいよしの)の開 花日, 満開日の予想について 産気調報,20
(
2
)
,75
-78
京都府測候所,1
9
3
4
京都の桜の満開期 iζ 就いて.産気 調報, 4 , 87-93.Lausch
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,A. and Lauscher
,F.
,1981:
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前島郁雄・田上善夫,
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臼本の小氷期の気候につい てー特 IC 1661 年 1867 年の弘前の天候史料を中心 iζ一 気象研究ノー ト,第 147 号,8
1
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8
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Ma勺 ima , 1.
and Tagami
,Y.
, 1983・ Climateof
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小元敬男・青野靖之,1
9
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速度論的手法によるソメイ ヨシノの開花臼の推定農業気象,45
,25-3
1. 小元敬男・鰭谷 憲,1
9
7
9
気象官署のデータからの都 市気候効果の消去の試み農業気象,35
,93-96
小野祐幸・金野隆光・ 田村良文,1
9
8
7
永年作物の感温 特性 iζ 関する研究(第 1 報),果樹の開花における感温 特性園学要旨昭 62 秋,72-73
.
小野桔幸・金野隆光・田村良文・鴨回福也・杉浦俊彦・ 奥野隆・ 浅野聖子,1
9
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永年作物の感温特性iζ 関する研究(第 2 報), ナシの開花期予測,園学要旨昭 63 春,1
4
2
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1
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3
小野祐幸・金野隆光・田村良文 ・岩垣 功・高原利雄・ 山田彬雄,1
9
8
8
b 永年作物の感温特性に関する研究 (第 3報),カンキツの開花期予測.園学要旨昭 63 春,3
0
-31
小野祐幸・金野隆光,1
9
9
0
温度変換日数法による果樹 の生育予測について.中国・四国の農業気象,3
,8
7
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-213目 関口 武,1
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京都の桜花史料の気候学的意義国 東京 教育大学地理学研究報告,13
, 175ー 190.Sweda
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田口龍雄, 1939: 日本の歴史時代の気候に就いて(二)•
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227
1-農業気象 山田彬雄・小野祐幸・金野隆光・上野 勇, 1988: カン キツ類の開花における感温特性の品種間差異について. 園学要旨昭 63 秋,