平成23 年 3 月 11 日 連発・直下型クライストチャーチ地震とCTV ビル崩壊が示した課題 「次の地震」に対して安全な構造物を確保する 建物のシートベルトの必要性 五十嵐 俊一 本年2 月 22 日のクライストチャーチ地震で崩壊し、多くの犠牲者を出した CTV ビルは、昨年 9 月の地震直後の応急被災度判定で安全であるとされていた。同じ惨事は、1999 年 8 月と 11 月 に相次いで発生した2 つの地震に際して、トルコ国イスタンブール近郊でも生じた。阪神淡路大 震災は、たまたま、コンクリートの建物の中に人が殆ど居ない時間帯に発生し、大きな余震も少 なかった。崩壊したフロアは多数あり、クライストチャーチ地震と同じ時間帯であれば、合計数 千人がCTV ビルと同様に潰れたビルに閉じ込められた可能性が高い。 応急被災度判定では、外見上損傷の無い建物について、次の地震に対する安全性は評価できな い。現行基準並みの強度があるかどうかを計算する現行の耐震診断でも費用と時間がかかる上に、 今回の地震のように、「次の地震」が現行基準の想定を超える場合があるので難しい。さらに、現 行基準並みにする補強には多額の費用と長期間の工事が必要になる。 現行の耐震基準と設計法では、免震、超高層なども含め、縦揺れ(上下動)は、水平の揺れに 比べて大きさも影響も小さいとして、ほとんど考慮されていないが、クライストチャーチ周辺の 地震記録は、上下動だけでも構造物を激しく破壊する強さとエネルギーを持つ。これは、地震記 録から計算した応答スペクトル、テレビ、新聞で報じられた被災した方々の数々の証言、地震時 の室内の様子が撮影されたビデオ、さらに、吹き飛んだような構造物の壊滅的な破壊状況、空前 の規模の液状化に現れている。 連発地震、直下型の大地震に対する安全確保は、喫緊の課題でありながら、現行の応急被災度 判定法、耐震診断法、及び耐震設計法では難しい。むしろ、自動車におけるシートベルトの着用 と同様に、大地震で建物が損傷しても生存に必要な空間を確保する安価で信頼できる措置を講ず ることを義務づけることが有力である。例えば、柱を高延性材で巻き立てる包帯補強(SRF 工法) は、施工が簡単で安価な上、大きな上下動や水平変形を受けた場合においても柱が圧縮破壊する ことを防止し、エネルギーを吸収し大きな荷重を支持する効果がある。これを利用し、主要な柱 を補強して倒壊しても壊滅せず生存空間を確保することができる。(以上 要旨)
1.応急被災度判定と耐震診断 2 月 22 日のクライストチャーチ地震で CTV ビルを始め多数の建物が崩壊し、多くの犠牲者を 出した。被災された方々に、専門家としてこのような惨事を繰り返さないよう努力する決意を申 し上げたい。報道によれば、このビルは、昨年9 月の地震後、市当局による応急被災度調査で使 用可能(緑)の表示を受けていたにも関わらず倒壊したことに、市民から責任を追及する声も上 がっている。市長は、所有者の責任であるとしているが、所有者は、管理や調査は専門家に任せ ていると言っているそうだ。 専門家は、応急被災度判定は、本震の80%程度の余震が来た場合に安全かどうかを判定するも ので、正規の耐震診断とは違うので仕方ないと見がちである。しかし、当局が一旦は、安全と表 示した建物が、半年も経たぬ内に壊滅した事実に対して、この説明は施設の使用者や一般の方々 には、理解し難いものであろう。応急被災度判定で安全とされたビルが崩壊し多数の人を犠牲に した惨事は、1999 年 8 月と 11 月に相次いで発生した 2 つの地震に際して、トルコ国イスタンブ ール近郊でも生じた。我が国でも同様の応急被災度判定法が用いられているので、近い将来、高 い確率で起こるとされる東南海、南海地震の連発などにおいても、十分起こり得る問題である。 現在の応急被災度判定は、「余震等による倒壊の危険性等を出来るだけ速やかに判定し、恒久復 旧までの間における被災建築物の使用にあたっての危険性を情報提供することによる2 次災害防 止を目的としている」旨がマニュアルに記載されている1)。中程度の地震の直後には、危険な建 物でも立ち入りたいと考える被災者が多いので、2 次災害防止効果が重要かも知れない。ただし、 この場合には、大きな余震が来て建物が倒壊する確率そのものが小さくなるので、2 次災害の危 険自体も小さい。本当の大地震を体験すると、仮に建物が損傷を受けていなくとも、屋根の下に 入りたくない、ましてや、寝たくないと強く思う方が多い。しかし、震災直後には、CTV ビルの ように危険を顧みずに救助を行う必要が生ずる。1999 年秋のイスタンブールでは、地震後一カ月 以上経過しても地震の恐怖から数十万人が野宿していた。そもそも、自分の家が安全でも、隣の ビルが倒れてきては危ないので、立ち入り禁止措置は、応急被災度判定により棟単位に行うので はなく、今回、ニュジーランド当局が実施したように地区毎に行う方が妥当だとも言える。 応急被災度判定は、大地震の直後においては、危険な建物への立ち入りを制限し2 次災害を防 止するというマニュアルに記載の目的よりは、軽微な損傷の建物の使用を促し、被災者住宅建設 戸数を抑えたり、避難所の収容人員を抑えたりする効果の方が大きいというのが現実である。現 に、CTV ビルでは、緑紙のビルが崩壊し、応急被災度判定は、災害を防止する効果が無かったこ とを示している。このような惨事を繰り返さない為には、損傷が少ない建物について、次の地震
での安全性をできるだけ正確に評価することが求められる。即ち、余震が本震を超える場合、及 び連発地震の危険性まで含めた安全性判定が重要になる。この意味で、無被害や軽微な損傷の建 物には、応急被災度判定で緑の紙を貼るのではなく、耐震診断を行う必要があると言える。 現行の耐震診断は、既存の建物の保有する耐震性能を現地調査と構造計算により数値で評価す る方法であると耐震診断基準に定められている2)。具体的には、構造耐震指標(Is値)等の数値 を計算し、これが基準値(通常0.6)以上であれば、現行基準並みの耐震性能を有すると判定する。 応急被災度判定法は、ボランティアでも短時間で出来るように配慮されているが、耐震診断は、 例えば、鉄筋コンクリートのビルの場合、専門家に依頼して、2 カ月程度の時間と数百万円程度 の費用が掛る。数百万棟あると言われる旧基準の建物の診断だけでも、数十兆円の費用と数百万 人月の専門家の作業時間を要する計算になってしまう。耐震改修促進法の強化、テナントに対す る重要事項説明に耐震診断の有無を加えるなどの施策で診断を促進する法制度が整備されている にも関わらず、民間ビルについては、診断を受けたビルが少ないのが現実である。 CTV ビルの崩壊が示すように、次の地震で、安全な建物を抽出する作業は、慎重に行われる必 要がある。これは、外見上被災があるかどうかを、さらっと見るだけの現行の応急被災度判定法 では無理である。また、現行基準並みの強度があるかどうかを計算する現行の耐震診断でも費用 と時間がかかる上に、今回の地震のように、「次の地震」が現行基準の想定を超える場合があるの で、難しいと言える。さらに、現行基準並みにする補強には多額の費用と長期間の工事が必要に なっている。以上を勘案すると、結局、CTV ビルの崩壊が示した課題に、現行の方法で応えるこ とは困難であると言える。 2.上下動 一方、この地震を契機に、構造物の安全性、崩壊メカニズム、地震動の特徴などが報道され、 広く関心を集めている。内外の専門家が、この地震と被害を調査分析し多数の意見を発信してい る。これに加えて、「直下型地震では、上下動は、応答加速度、エネルギーともに水平動を大きく 上回る」と言う点は重要である。 被災地周辺の地震記録は、ジオネットで公開され、この内、鹿嶋3)により、17 地点の観測点位 置、波形、最大値、及び5%減衰の応答スペクトルが示されている。この中で、CTV ビルの周囲 の6 地点及び同様の地盤条件と考えられる地点 HPSC の 7 つに注目し、上下動の加速度の最大値 と周期0.1 秒~2 秒の応答速度のレンジを阪神大震災の主要な強震記録(神戸海洋気象台、JR 鷹 取)とともに表―1に示す。最大加速度は2G 近く、応答加速度は 10G に迫るものまで、極めて
大きな上下動である。また、その応答速度も短周期帯で水平動を大きく上回り、一様に100kine (カイン)を超えるものもある。 表―1 クライストチャーチ地震と兵庫県南部地震で記録された上下動の特徴1)、2) 地点記号、名称 気象庁震度 (計測震度) 上下動 最大加速度 応答最大加速度 応答速度 PRPC
Pages Road Pumping Station 6強(6.1) 1.85G 5~9G 概ね100kine CCCC
Christchurch Cathedral College 6弱(5.9) 0.8G 2G程度
概ね一様に 30kine CHHC Christchurch Hospital 6弱(5.7) 0.6G 2G程度 概ね一様に 30kine REHS Christchurch Resthaven 6強(6.2) 0.5G 2G程度 概ね一様に 30kine CBGS
Christchurch Botanic Gardens 6弱(5.8) 0.35G 1G程度
概ね一様に 20kine HPSC
Hulverstone Drive Pumping Station 5強(5.4) 1.0G 2G程度
概ね一様に 50kine SHLC Shirley Library 6弱(5.7) 0.5G 1G程度 概ね一様に 30kine 神戸海洋気象台波 6強(6.4) 0.33G 0.4G程度 極大で100kine JR鷹取駅波 7(6.5) 0.3G 0.1~1G 概ね一様に 20kine 梁、屋根、スラブの縦振動、柱の軸引張・圧縮などの構造物の上下方向の振動の固有周期は、 0.1 秒前後の短周期帯にあるものが多いことを勘案すると、上下動だけでも構造物を激しく破壊す る強さとエネルギーを持つことを示している。因みに、兵庫県南部地震では、上下動の最大加速 度は、0.3G 程度、応答速度も、極大で 100kine を記録する程度であり、短周期帯の応答速度は、 数カイン程度に留まっている4)。図―1に本地震のPRPC 地点の速度応答スペクトルを二乗して 計算した震動エネルギー(単位質量あたりの最大運動エネルギー)を兵庫県南部地震神戸海洋気
0 5000 10000 15000 20000 25000 0.1 1 10
NZ PRPC
JMA Kobe
固有周期 (秒) 震動エネルギー (cm2/sec2) 象台波のものと比較してプロットする。1秒前後を除いて全ての周期帯で神戸波を大きく上回る ことが分かる。上記の地震記録に示された強い上下動は、テレビ、新聞で報じられた被災した方々 の数々の証言、地震時の室内の様子が撮影されたビデオ、さらに、吹き飛んだような構造物の壊 滅的な破壊状況5)、6)、空前の規模の液状化に現れている。 現行の耐震基準と設計法では、上下動は、水平動に比べて大きさも影響も小さいとして、ほとん ど考慮されていない。超高層、免震、制震などの設計においても同様である。今後、直下型地震 が懸念される地域では、水平動だけでなく、加速度、エネルギーともにこれを上回り、1G を超え る上下動に対する対策を合わせて考える必要がある。 図―1 クライストチャーチ地震で記録された上下動の震動エネルギーと神戸記録の比較 注] 震動エネルギーは、速度応答スペクトルを 2 乗したものであり、単位質量あたりの最大運動エネ ルギーに相当する。NZ PRPC は、クライストチャーチの地震の観測点 PRPC の記録(表―1参照) から計算したもの、JMA Kobe は、兵庫県南部地震神戸海洋気象台の記録から計算したもの。また、 図―1の横軸(固有周期)は、対数目盛で表示している。3.安全確保 連発、都市直下型地震であるクライストチャーチ地震は、多くの犠牲とともに、現行の応急被 災度判定法、耐震診断法、及び耐震設計法では解決が困難な課題を示した。阪神淡路大震災は、 たまたま、コンクリートの建物の中に人が殆ど居ない時間帯に発生し、大きな余震も少なかった。 崩壊したフロアは多数あり、クライストチャーチ地震と同じ時間帯であれば、合計数千人がCTV ビルと同様に潰れたフロアに閉じ込められた可能性が高い。 大都市直下型地震、海洋型の連発巨大地震などが切迫する我が国は、早急に、これに対応する 防御策を確立し実施する必要がある。一つの新しい方法として、自動車におけるシートベルトの 着用と同様に、大地震で建物が損傷しても生存に必要な空間を確保する措置を講ずることを義務 づけることが有力である。具体的には、例えば、柱を高延性材で巻き立てる包帯補強(SRF 工法) は、施工が簡単で安価な上、大きな上下動や水平変形を受けた場合においても柱が圧縮破壊する ことを防止し、エネルギーを吸収し大きな荷重を支持する効果があり、有効な補強の一つである と考えられる。保有水平耐力ではなく、倒壊危険度と損傷度という新たな評価指標を用いて、柱 を中心に補強し、直接鉛直方向の支持力を確保する補強(軸耐力法)が実用化されている7)。こ の方法は、万一倒壊しても壊滅せず、生存空間を確保するという次の地震に対する実現可能な対 策として用いることができる。 参考文献: 1)(財)日本建築防災協会:被災建築物応急危険度判定マニュアル、pp1、1998.1 2)(財)日本建築防災協会:既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準同解説、pp1、2005.2 3)鹿嶋(2011.2.23):2011 年 2 月 21 日ニュージーランドクライストチャーチの地震の強震記録、 http://smo.kenken.go.jp/~kashima/node/69 4)日本建築学会兵庫県南部地震特別研究委員会:1995 年兵庫県南部地震強震記録資料集
5 )Weng Y Kam :DAY02 FIELD REPORT FROM THE CHRISTCHURCH 22 FEB 2011 6.3MW EARTHQUAKE: STRUCTURAL PERSPECTIVE
6)Weng Y Kam :DAY 03 FIELD REPORT FROM THE CHRISTCHURCH 22 FEB 2011 6.3MW EARTHQUAKE: CRITICALLYDAMAGED MULTI-STOREY RC BUILDINGS