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外的刺激を用いた理学療法介入が有効であった随意運動機能と歩行能力に乖離がみられた前頭葉内側面損傷の1 例

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Academic year: 2021

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(1)理学療法学 第 47 巻第 3 号 255外的刺激を用いた理学療法が有効であった前頭葉内側面損傷の ∼ 264 頁(2020 年) 1例. 255. 症例報告. 外的刺激を用いた理学療法介入が有効であった随意運動機能と 歩行能力に乖離がみられた前頭葉内側面損傷の 1 例* 渡 邉   真 1)2) 阿 部 浩 明 3)#. 要旨 【目的】随意運動機能と歩行能力に乖離がみられた前頭葉内側面損傷例に対し,本現象の背景に運動開始 困難例があると推察し外的刺激を用いたアプローチを試み,症状の改善を認め屋内歩行自立を獲得したた め報告する。【対象】右前大脳動脈閉塞により左下肢の随意運動が著しく困難となったものの,移乗動作 や歩行時には明らかな支持性の低下がみられなかった 70 歳代の女性である。 【方法】視覚情報や聴覚情報 を活用した外的刺激を用いた理学療法を実施した。 【結果】外的刺激の提供によって運動開始困難には改 善がみられ,各種起居動作時の随意運動障害は改善し,歩行時の運動開始困難の改善が図れ,退院時には 屋内歩行自立までに至った。 【結論】前頭葉内側面損傷後に随意運動機能と歩行能力に乖離が生じた症例 に対して,外的刺激を用いた理学療法を実践することは,運動機能を改善させるうえで有効な一治療手段 となる可能性があるものと思われた。 キーワード 補足運動野,前頭葉内側面損傷,運動開始困難,歩行障害,外的刺激. 麻痺が出現することが知られている。そのほか,前大脳. はじめに. 動脈は SMA や帯状回および脳梁にも灌流しているた.  運動開始困難は,運動麻痺や運動無視がないにもかか. め,脳梁損傷に伴う拮抗失行や道具の脅迫的使用などの. わらず,一側上下肢で意図的な動作や行為が開始できず. 様々な症状が出現しうるが,これらの症状は SMA,帯. 1). 止まった状態となる症状である 。一般に,運動開始困難. 状回,脳梁を含めた損傷の場合にみられることがほとん. は補足運動野(supplementary motor area:以下,SMA). どで,脳梁の単独の症状とは言い切れず,前頭葉内側面. 損傷により生じる症候である. 2). 。SMA は大脳半球内側. 損傷例の行為の抑制障害として考えられている. 3). 。. 面に存在し,内的に開始された運動に反応するニューロ. SMA 損傷後のおもな症状として,自発性運動消失,強. 2) ンが多い 。その大部分のニューロンは運動の開始前に. 制把握,他人の手徴候,連続運動動作の障害,左右手の. 活動し,運動の準備に関与する. 2). 。SMA は前大脳動脈. 4). 。. 協調動作の障害などが知られている. が灌流している領域である。前大脳動脈領域梗塞では梗.  運動開始困難を呈する代表的な病態としてパーキンソ. 塞巣が前大脳動脈の末端に生じた場合,下肢優位の運動. ン病が挙げられ,視覚,聴覚,体性感覚の感覚刺激を用. *. The Effect of Physical Therapy Combined with External Stimulation for a Patient with Frontal Medial Infarction who Impaired Voluntary Movement: A Case Report 1)桑名病院リハビリテーション部 Makoto Watanabe, PT: Department of Rehabilitation, Kuwana Hospital 2)新潟医療福祉大学大学院義肢装具自立支援学分野 Makoto Watanabe, PT: Graduate School Niigata University of Health and Welfare, Prosthetics & Orthotics and Assistive Technology 3)一般財団法人広南会 広南病院リハビリテーション科 (〒 982‒8523 宮城県仙台市太白区長町南 4‒20‒1) Hiroaki Abe, PT, PhD: Department of Rehabilitation, Kohnan Hospital # E-mail: abehi0827@gmail.com (受付日 2019 年 7 月 13 日/受理日 2019 年 12 月 4 日) [J-STAGE での早期公開日 2020 年 3 月 30 日]. いた治療がなされている. 5). 。パーキンソン病患者の運動. 療法として,外的な感覚手がかりを利用した歩行練習 やトレッドミル歩行練習. 7). 6). などの様々な歩行練習の有. 効性が報告されている。視覚や聴覚などの外的刺激は大 脳基底核を介さない神経機構であるため,大脳基底核に 変性をきたすパーキンソン病にとって運動を誘発する情 報として有効であるとされている. 8). 。パーキンソン病に. お け る 外 的 刺 激 の 有 効 性 は 多 く 報 告 さ れ て い る が, SMA 損傷による運動開始困難例に対する具体的な理学 療法の内容や,経過についての報告は我々の渉猟し得る 限り少数の報告. 9)10). にとどまっており,具体的な理学.

(2) 256. 理学療法学 第 47 巻第 3 号. 療法内容とその経過を報告することは,理学療法の臨床. 本症例の病巣を正確に特定するため,得られた T1 強調. において,治療プログラムを考慮することに資する情報. 画像を Statistical Parametrical Mapping 12(SPM12)soft-. となる可能性がある。. ware(The Welcome Trust Center for Neuroimaging,.  今回,我々は,右前頭葉内側面の梗塞により下肢の随. The Institute of Neurology at University College. 意運動が著しく困難となったにもかかわらず,歩行中に. London, London, United Kingdom)を用いて空間的標準. は下肢の遊脚が可能となることがあり,かつ,立脚期に. 化(図 1E)し,標準化された画像を Oxford Centre for. 膝折れなどの支持性が不良と考えられる所見が現れず,. Functional Magnetic Resonance Imaging of Brain. 平行棒内では軽介助にて歩行可能であった症例を経験し. Software Library(以下,FLS(http://www.fmrib.ox.ac.. た。本症例の脳画像所見から運動機能障害の背景とし. uk/fsl/) )を使用し,atlas として Harvard-Oxford Cortical. て,運動麻痺のみならず,運動開始困難が存在すると推. Structural Atlas,Harvard-Oxford Subcortical Struc-. 察し,運動機能を改善させる一手段として,外的刺激を. tural Atlas,JHU ICBM-DTI-81 White-Matter Labels,. 用いたアプローチを試みた。その結果,症状の改善を認. JHU White-Matter Tractography Atlas を参考に,病巣. め,屋内歩行自立を獲得し自宅退院することができた。. を詳細に特定した。病巣は上前頭回の皮質下を中心とし. 本症例に対する外的刺激を用いた理学療法の内容と経過. たもので,SMA およびその皮質下,前部帯状回から脳. について報告する。. 梁において広範に損傷し,深部の一部は放線冠に及び,. 症例紹介. 最後方部分の一部は中心前回皮質下および中心後回の皮 質下まで至っていた。.  呂律不良と左上肢のしびれがあり,近医を受診し,脳. 2)皮質脊髄路の走行と病巣との関連. 梗塞の疑いで当院を受診された 70 歳代の女性であった。.  拡散テンソル画像(以下,DTI)は 1.5 テスラ MR 装. 当院での頭部 MRI では右前大脳動脈領域に高信号域が. 置(1.5T Siemens Magnetom Essenza)を用い撮像され. 認められ,右前大脳動脈閉塞(脳血栓症)と診断され入. た。撮影パラメーターは echo time = 99 ms,repetition. 院加療となり,保存的加療が開始された。既往に両手首. time = 8.000 ms,flip angle = 90°,slice thickness =. の骨折,合併症に糖尿病,脂質異常症があった。. 3 mm with no gap,acquisition matrix = 128 × 128.  本症例の主訴は「左足が動かせない」であった。入院. with a voxel size of 1.797 × 1.797 × 3.0 mm,b value. 前の ADL はすべて自立されており,利き手は右であっ. 2 = 1,000 s/mm ,number of diffusion-encoding directions. た。22 病日(以下, “病日”については,脳梗塞再発日. = 12 であった。解析には FLS を用いて渦電流歪補正を. が明確でないため脳梗塞初回発症日からの日数を表記す. 行い,fractional anisotropy map(FA 画像)および mean. るものとする)に在宅復帰を目標としたリハビリテー. diffusivity map(以下,MD map)を構築した。補正後. ション(以下,リハ)を目的とし,当院の回復期リハ病. の DTI デ ー タ を DSI studio(CMRM, Johns Hopkins. 棟へ転棟された。なお,28 病日に再度 MRI が撮像され,. Medical Institute, Baltimore, USA)を用いて解析した。. 発症当初よりも梗塞巣の拡大を認めた。症状の増悪はな. 損傷半球および非損傷半球それぞれの関心領域(region. く,偶然,画像撮像により梗塞巣の拡大が判明したため,. of interest:以下,ROI)設定は中脳大脳脚と中心前回. 増悪のタイミングが不明であり,新たな治療などは施さ. として,それぞれが水平断面上で把握可能なスライスレ. れなかった。. ベ ル に て 設 定 し た。 図 1F に DTI に よ る 皮 質脊髄路 (corticospinal tract:以下,CST)の fiber tracking の結果. 1.神経放射線学的所見. (拡散テンソルトラクトグラフィー)を示した。図 1F. 1)病巣の同定. の mass(◁)は MD map で低信号域であった領域を.  図 1A および B に発症時ならびに再発時の拡散強調画. ROI 設 定 し mass と し て 描 出 し た も の で あ る。 そ の. 像を示した。このほか,62 病日に撮像された画像で,. mass は大脳縦裂近傍に位置し,損傷側の CST(⇨)は. 両側基底核にも新規のラクナ梗塞が確認された。しか. mass を避けるように走行し,皮質まで描出され,描出. し,28,62 病日の画像上での新規病変検出はあるもの. された非損傷側の CST(. の,なんら症状に変化はみられなかった。本症例は症状. され,肉眼的に明らかな左右差は確認されなかった。描. の増悪なく,偶然,画像撮像時に梗塞巣の増大が確認さ. 出された非損傷側の CST の描出数は 49,損傷側は 39,. れており,発症時の画像を使用しただけでは,貧困灌流. 3 tract volume は 非 損 傷 側 が 7,100.04 mm , 損 傷 側 が. に至りながら後に梗塞巣に至った領域が不明となると考. 3 6,267.02 mm であり,非損傷側の CST の描出線維数と. えられる。そのため,新規および拡大した梗塞巣ともに. volume がともに多かったため,一部,描出されない線. 把握可能な慢性期の第 141 病日に撮像された FLAIR 像. 維が存在することも推察されたが,CST が通過する. および T1 強調画像を図 1 の C と D に示した。また,. voxel における FA 値を Tract specific analysis(以下,. )とほぼ同等の走行が確認.

(3) 外的刺激を用いた理学療法が有効であった前頭葉内側面損傷の 1 例. 図 1 発症時と梗塞巣拡大時の拡散強調画像と FLAIR 像および T1 強調画像と空間的 標準化後の病巣の mapping,拡散テンソルトラクトグラフィー所見と FA 画像 A:拡散強調画像(発症時) B :拡散強調画像(梗塞巣拡大が確認された 28 病日) C :FLAIR 画像 D:T1 強調画像 E :空間的標準化後の病巣の templete 上への mapping F :拡散テンソル画像(DTI) ⇨:損傷側皮質脊髄路, :非損傷側皮質脊髄路, ▷:病巣(異常信号領域) G :Fractional anisotoropy(FA)画像. 257.

(4) 258. 理学療法学 第 47 巻第 3 号. TSA)の手法 11)12) で調査すると非損傷側では 0.55 ±. 無視が顕在化するものと考えられ,軽度の左半側空間無. 0.16,損傷側では 0.48 ± 0.17 であり,その比(FA ratio,. 視が存在するものと思われた。その他,全般性の注意障. 損傷側 FA/ 非損傷側 FA にて算出)は 0.87 となり,大. 害が認められ,理学療法中も注意散漫であった。また,. きな左右差を認めず,同様に CST の Waller 変性の程. 左手の強制把握がみられ,他人の手徴候もみられた。そ. 度. 13). を評価するために中脳大脳脚の FA map(図 1G). のため,左上肢は分離運動が可能であるものの他人の手. を肉眼的に確認したところ明らかな左右差は見出せな. 徴候により無目的な動きが出現し,日常生活における実. かった。さらに,損傷側と非損傷側の中脳大脳脚におけ. 用的な使用が困難な状況であった。そのうえ,本人の意. る FA 値を計測すると,非損傷側が 0.62 ± 0.20,損傷. 思とは無関係に左手を右手が,右手を左手が手伝うよう. 側が 0.55 ± 0.14 で FA 値の比(以下,FA ratio)が 0.88. な動きが出現し,このことで右手と左手を協調的に使用. となり,大きな左右差を認めなかった。TSA を用いた. できなくなり日常生活にて支障をきたす一要因となって. 研究. 14). に よ れ ば,FA ratio は 0.80 以 上 の 場 合 に は,. いた。この現象は一側の手が他側と反対目的に動作を行. 予後良好とされ,中脳大脳脚における FA ratio につい. う典型例ではないものの,片側手使用時に対側手に意図. ては,脳卒中後の運動機能の回復が良好な症例(0.87 ∼. しない動作が出現する症候であり,拮抗失行. 0.96)に対して回復が不良な症例(0.70 ∼ 0.82)では有. ると思われた。下肢においては,随意運動を要求しても. 15). 1)16). であ. されており,これらの先. その遂行が著しく困難であり,筋力の評価では,重力を. 行研究を参考とした場合,本症例の運動機能の回復は良. 除去した状態において関節運動が観察されない程度のき. 好であると予測された。これらの画像所見は本症例の随. わめて乏しい筋力と推定される状態であったにもかかわ. 意運動にかかわる主たる経路である CST には大きな損. らず,立位練習や歩行練習では膝折れが生じることがな. 傷がなく運動麻痺が出現しても軽度の麻痺である可能性. く支持可能で,また,左下肢を遊脚することが可能であ. が高く,現状では随意運動が著しく困難であるものの,. り,視覚情報を提示した際には,下肢の随意運動が出現. 重度の運動麻痺によって随意運動が困難になっているの. するなど,条件によって随意運動機能に大きな変化が生. ではない可能性を示唆するものと推察された。. じる所見から,運動開始困難が本症例の随意運動の障害. 意に低値を示すことが報告. の背景にあると思われた。 2.理学療法所見(22 病日). 3)起居移動動作時の評価所見. 1)神経症候学的所見.  基本動作では,起居動作は見守りで可能であったが,.   回 復 期 リ ハ 病 棟 転 入 後 の 初 回 評 価 時,Brunnstrom. 起き上がり時に左上肢でベッド柵を掴んでしまうと,そ. recovery stage(以下,BRS)では左上肢・手指がⅤ,. れを離せなくなってしまい,起き上がり動作の継続が困. 左下肢は随意運動が出現せず連合反応のみ観察されたた. 難となった。また,端座位へ移行する際には,左下肢を. め,検査基準に準じて判定した場合には,Ⅱに該当する. ベッド端に降ろすことなく動作を遂行するため,左下肢. 状 態 で あ っ た。 ま た,Stroke Impairment Assessment. が降りていないことに気付いていないような状態であっ. set の下肢運動項目(以下,SIAS-M)では,股・膝・足. た。下肢を降ろすように口頭指示して気付きを促すと,. 関節のいずれもまったく運動が観察されず,いずれも 0. 下肢をベッド端に降ろすことができず,そこから動き出. であった。感覚検査では左上下肢の表在,深部感覚軽度. せず,そのまま時間が経ち,次第に座位姿勢が後方に崩. 鈍麻を認めた。腱反射では上腕二頭筋,上腕三頭筋およ. れてしまい介助を要することがあった。さらに,本人か. び下. 三頭筋において軽度亢進がみられた。被動検査で. らは「動かない」などの内観が聞かれ,左下肢が自発的. は,左上下肢の屈曲伸展ともに他動運動に伴い抵抗が出. に動かせず,右上下肢を使用し,左下肢を他動的にベッ. 現し,パラトニア様であった。病的反射は陰性であった。. ド端に降ろす行動が観察された。. 2)神経心理学的所見.  移乗動作は,概ね見守りで可能であったが,左上肢で.  明らかな意識障害は確認されなかったが,HDS-R は. 掴んだ柵を掴むとそこから手を離せなくなる現象がみら. 27 点で見当識項目に減点を認めた。発話の問題はなく,. れたため,左上肢を離す介助が必要であった。一方で,. 理学療法時の指示を理解でき従命可能であった。三宅式. 随意運動が困難であるにもかかわらず,左下肢は移乗動. 記銘力検査にて,有関係= 8 − 8 − 8,無関係= 1 − 1. 作中に膝折れせず,さらに移乗のターン動作に伴い自ら. − 2 であり,記銘力障害がみられた。WAIS-R のスコア. 下肢をステップさせる様子が観察された。さらに,平行. は IQ76,VIQ89,PIQ68 で全般的な知能の低下がみら. 棒内の歩行では,移乗動作と同様に,左上肢を平行棒か. れた。線分抹消検査を右手で実施すると見落としはない. ら離せなくなる現象がみられたため,左上肢を離す介助. が,左手で実施した際には左側の見落としが出現した。. が必要であったが,歩行自体は見守りで可能であった。. これは慣れない左手の使用ではその使用に注意を向ける. 歩行時は左下肢の遊脚が可能で,歩行中の下肢の動きを. 必要があり,他のことに注意を払う状況下では半側空間. 観察する限り十分な分離運動が可能であった。そのう.

(5) 外的刺激を用いた理学療法が有効であった前頭葉内側面損傷の 1 例. 259. え,立脚期には膝折れなどの支持性の低下に伴う問題は. となった(図 2B) 。また,左下肢の支持性向上を目的に,. 観察されなかった。上記現象から,本症例の随意運動障. 右下肢でのステップ練習も実施した(図 2C) 。この際,. 害は,重篤な運動麻痺が主要因となって生じたものでは. 左下肢には膝折れなどの支持性の問題は観察されず,遂. なく,軽度の運動麻痺に運動開始困難が関与して出現し. 行可能であった。外的刺激が動作の合図になることか. ているものと推察した。. ら,下肢の随意運動を引き出すために動作が停滞した際. 目標および理学療法プログラム. には,目標物を提示してそこへ左下肢をあてるように指 示した。また,各種検査では随意的な運動がみられない.  前頭葉内側面損傷が確認された皮質脊髄路が保たれて. にもかかわらず,立位や歩行などの抗重力位となる姿勢. いる脳画像所見と,要求された随意的運動が不可能であ. でも十分な支持性を発揮できることから,その特性を活. るにもかかわらず,歩行中には支持性の問題や遊脚の問. かすよう,歩行練習を中心とした理学療法を実施した. 題が観察されないといった理学療法評価時の所見から, 本症例の随意運動障害の背景は,重篤な運動麻痺が主要 因となって生じたものではなく,運動開始困難によるも のと推察した。運動開始困難例の理学療法に関する報 告. 9)10). は少なく,一部では長期にわたり歩行が困難な 9)10). (表 1)。  表 2 には外的刺激が有効であった例を示した。 理学療法経過  起き上がりや各種の検査にて左下肢の随意的な運動が. ものの,歩行などの自動的な運動. 困難であったにもかかわらず,移乗動作では膝折れなど. 2) の獲得は早期に可能になると考えられている 。本症例. の問題は生じず支持性は保たれていたため,歩行練習. においては,注意障害の影響によって屋外歩行の自立は. は,転入初日より平行棒内から開始した。歩行開始時に. 困難な可能性が高いものの,屋内歩行の獲得は可能であ. 左下肢から振り出すことが難しかったが,その際に右下. ると推測し,屋内歩行の自立を目標として自宅への退院. 肢から振り出しはじめるように指示すると,左下肢の振. を長期ゴールに見据え介入を進めた。. り出しが可能となった。また,床に棒などの目標物を置.  理学療法は,起き上がりや移乗などの基本動作練習や. くことでも誘発可能であった。その後,歩行器での練習. 歩行練習を中心としたプログラムを立案した。介入方法. へ移行したが,歩行の途中や麻痺側への方向転換時に,. として,各種練習時に視覚刺激や聴覚刺激による外的刺. 突然,運動が停滞し再度開始することが困難となるこ. 激を用いて麻痺側下肢の運動を誘発することとした。. と,人とすれ違う際や部屋の環境に注意が向いてしまう. 症例が存在する. ことがあり,転倒リスクが高いと判断し,26 病日より 1.起き上がり動作時の問題に対する介入. 転倒リスクを回避しつつ,歩行練習を継続する目的で,.  起き上がり動作では端座位へ移行する際に,左下肢を. 免荷式リフト POPO(モリトー社製,以下,POPO)を. 随意的に動かすことができないことが問題となるが,こ. 使用することとした(図 2D) 。POPO は左右独立懸架の. の現象に対して左下肢を「動かしてください」と口頭指. サスペンションリフトで体重を免荷し,転落を防止した. 示しても動作は遂行困難であった。しかし,口頭指示で. うえで歩行練習が可能となる歩行器型のリハロボットで. セラピストの手を提示するなどして,なんらかの目標と. ある。POPO での練習開始当初,やはり左下肢の運動開. なる物に患者の左下肢をあてる(ぶつける)ように指示. 始困難が出現し,歩行開始が困難であったため,セラピ. すると自力で下肢が動くようになり,ベッド端に降ろす. ストが後方から POPO を押し,ステッピングを誘発さ. ことが可能となった(図 2A)。また,左上肢でベッド. せることで歩行開始を促すことを試みた。すなわち,転. 柵を掴むとそこから手を離せないという問題も生じてい. 倒を防止できる安全な環境でステップせざるを得ない環. た。この問題が生じた際には,セラピストが握手を求め. 境を提供することで,歩行を開始するきっかけを構築す. るように手を伸ばすことで離すことが可能となった。上. ることを試みた。また,注意障害の影響を回避するため,. 記現象はいずれも目標物があるときのみ可能で,目標物. 他患者が利用しない部屋を利用して理学療法を行うな. なしでは困難であった。. ど,課題にかかわらない外部刺激が少ない環境下での練 習を実施した。約 2 週間の練習により,39 病日には歩. 2.左下肢の随意運動を引き出すための介入. 行器を使用した場合には介助を必要とせず見守りで歩行.  前述のように外的な刺激を利用し,目標物を提示する. 可能となった。また,同日より杖などを用いないフリー. 工夫を凝らすことで,左下肢の随意運動を引き出すこと. ハンドの状態での歩行練習も開始した。しかし,歩行中. が可能であったため,座位・立位練習では目標物を提示. に注意が逸れてしまった際や,歩行距離が長くなるにつ. し,そこへステップする練習を実施した。実際に目標物. れ左下肢を引きずる様子が観察されることがあった。そ. がない場合には下肢を挙上することは困難であったが,. の際には一旦動作を停止させ,歩行時に「1,2」のリズ. ボールを足の前に転がすことで反射的に下肢挙上は可能. ムで声掛けをして聴覚的な刺激を与えると改善した。ま.

(6) 260. 理学療法学 第 47 巻第 3 号. 図 2 各種動作における外的刺激の提供による変化および歩行トレーニングと最終評価時の状態 A:端座位への移行 起き上がり時,①左下肢が残ってしまう.②手にあてるように口頭指示.③左下肢を降ろすことが可能 となる. B:端座位でのボールキャッチ 左下肢挙上時,①右手で上げようとする.②ボールを転がすと下肢挙上可能.③ボールを支えることが できる. C:立位でのステップ練習 左下肢挙上時,①左下肢挙上困難.②コーンに足を乗せるように指示.③挙上可能. D:POPO を用いた歩行練習 E:最終評価時の下肢挙上運動. た,歩行練習と並行して,39 病日より階段昇降練習を. ルに至ったと判断し,75 病日に病棟内での移動手段を,. 追加した。階段昇降は,比較的スムースに遂行できたが,. 歩行器を使用した見守りでの歩行へと変更した。病棟内. 時折,左下肢の昇段時に運動を自発的に開始できなくな. における食堂への歩行やトイレ歩行時には,時折,左下. り挙上することが困難となった。その際には右下肢から. 肢を引きずり,歩行が中断してしまう現象が出現し,見. の昇段に切り替えると再開可能となった。歩行での移動. 守る看護師やケアワーカーも困惑することがあったが,. が実用的ではなかったため,車椅子による移動が主で. その際には「1,2」のリズムを声掛けしてもらう対応を. あったが,理学療法士以外のスタッフで対応可能なレベ. 依頼した。.

(7) 外的刺激を用いた理学療法が有効であった前頭葉内側面損傷の 1 例. 261. 表 1 理学療法プログラム. 表 2 外的刺激が効果的であった事例 困難であった課題. 外的刺激の内容. 外的刺激後の変化. 起き上がり時に右下肢をベッド端に セラピストの手を提示して,ここに 下ろせない (足を)あててくださいと口頭指示 する. 下肢の随意的運動が起こり下肢を ベッド端まで動かすことが可能と なる. 右下肢を随意的に動かす(端座位で の股関節屈曲や膝の伸展運動). 患者の目の前に目標物となる台や ボールを提示して,その目標物まで 運動を起こすように口頭指示する. 随意的な股関節の屈曲や膝の伸展運 動が可能となる. 歩行時になかなか歩きはじめること ができない. POPO を使用して転倒を防止できる 環境下で後方から押す. ステッピング反応をきっかけとして 歩きはじめることが可能となる 歩行中に停滞することなく歩行し続 けることができるようになる(右下 肢が遊脚できずにひきずることがな くなる). 歩行中に右下肢を遊脚できず停滞し てしまう. 歩きはじめや歩行中に“いち” “に” “い ち” “に”と声かけを行う. 歩行中に停滞することなく歩行し続 けることができるようになる(右下 肢が遊脚できずにひきずることがな くなる).  起き上がり時の下肢の動きは,外部刺激を提示するこ. 理学療法最終評価(138 病日). とで即時的にみられるようになったが,当初は視覚刺激. 1)神経症候学的所見. の効果は持ち越しがなく,毎回,提示が必要であった。.  退院時の BRS は左上肢・手指ともⅤ,左下肢は随意. しかし,歩行機能の回復に伴い,自発的に下肢を動かせ. 運動が出現するようになり,検査上ではⅢ∼Ⅳレベルに. るようになり,その頻度が徐々に多くなった。. 達した(図 2E)。SIAS-M では股関節 3,膝関節 3,足.  144 病日に退院を迎え,病棟内での移動では,監視下. 関節 2 となり,股関節と膝関節は重力に抗せるまで改善. では杖を用いずとも歩行可能となり,歩行開始時の運動. したが,足関節の背屈は重力に抗せるまでの筋力に到達. 開始困難は改善したが,全般性注意障害が残存し,注意. しなかった。感覚検査では,左上下肢の表在および深部. が逸れてしまうと左下肢が引っ掛かり,躓いてしまうこ. 感覚とも軽度鈍麻で変化がなかった。腱反射は,上腕二. ともあったため見守りのレベルに留まった。しかし,自. 頭筋,下. 宅内での限られた空間で,かつ慣れ親しんだ環境での移. ア様であり変化がなかった。. 動は独力で可能であり,外泊練習を経て自宅内歩行は自. 2)起居移動動作所見. 立し,自宅へ退院した。これらの事象については通所リ.  起き上がりは,少しずつ外的刺激がない状態での動作. ハ担当者へ情報を伝達した。. が可能となり,最終的には視覚情報や声掛けがなくと. 三頭筋は軽度亢進し,被動検査ではパラトニ. も,左上肢でベッド柵を把持しても自力で離すこと,ま た随意的に左下肢をベッド端に降ろすことが可能となり.

(8) 262. 理学療法学 第 47 巻第 3 号. 表 3 一般的な錐体路徴候と補足運動野症候群と本症例の症状の比較 一般的症状. 本症例. 上位ニューロン障害 運動麻痺. あり. あり. 筋緊張. 痙縮. パラトニア様. 深部腱反射. 亢進. 軽度亢進. 病的反射. 出現. なし. 自発性運動消失. あり. なし. 強制把握. あり. あり. 他人の手徴候. あり. あり. 連続動作の障害. あり. あり. 補足運動野症候群. 自立に至った。移乗動作は,左上肢で掴んだ柵を自力で. 運動能力と,動作遂行中の左下肢の運動能力の乖離とい. 離すことが可能となり自立となった。歩行は , 杖や歩行器. う特徴から,SMA 症候群のひとつとして知られる運動. を用いずにフリーハンドで可能となったが,全般性注意. 開始困難. 障害の影響から病院内は監視レベルに留まった。. 主要因と考えた。表 3 に一般的な錐体路徴候と SMA 症. 3)神経心理学的所見. 候群の症状と本症例の症状を示した。介入時にみられた.  神経心理学的所見では,HDS-R は 25 点,三宅式記銘. 起き上がりでの左下肢の随意運動の障害は,口頭指示や. 力検査は有関係= 10 − 10 − 10,無関係= 2 − 2 − 4. 目標物などの外的刺激を提示することで明らかな改善が. と な り,WAIS-R で は IQ が 85,VIQ が 88,PIQ が 84. みられた。歩行開始時には,左下肢の遊脚が著しく困難. まで改善した。視空間認知では,検査上では見落としは. となることがあるが,視覚的刺激や聴覚的刺激といった. 消失したが,歩行時に人とすれ違う際や狭い通路では時. 外的刺激を与えることによって改善がみられた。. 折左側すれすれを移動することや,極まれにぶつかる場.  SMA 症候群のひとつとして知られる強制把握(いわ. 面がみられ,極軽度の左半側空間無視は残存していたと. ゆる本態性把握反応)は,前頭葉内側部の高次運動野,. 思われた。初期評価時には,端座位移行時に左下肢が降. とりわけ SMA の損傷により誘発されると考えられてお. ろせず,しかもそのことに構わずに起き上がろうとする. り,病巣半球の反対側の上肢に出現する. 様子がみられていたが,運動機能の改善に伴いみられな. のみの病巣では強制把握や運動保続のみで拮抗失行や他. くなった。また,全般性注意障害は残存し,目に入った. 人の手兆候を指す“intermanual conflict”を示さないと. ものに対して注意が向いてしまうと,遂行中の動作が停. しているが. 滞してしまうことがあった。左上肢の強制把握は入院生. いた。本症例の脳画像所見では SMA 損傷に加え,帯状. 活においては出現しなくなったが,外泊練習時の新たな. 回前部と脳梁に損傷が及んだ。運動開始困難を有する症. 環境場面では移動時に注意が向いたものに手が伸びるこ. 例では,脳梁損傷によって左右前頭葉内側面の連結が不. とや,入浴の洗体時に把持したものが離せなくなる現象. 十分になり,かつ右 SMA を含む右前頭葉内側面の損傷. がみられた。しかし,これらの事象に関しては自力での. は,意図に基づいた運動の開始を阻害する. 修正が可能であり,初期評価時にみられた動作困難とな. れている。また,帯状回前部は行動の開始と統合された. る状況からは脱却しており自立度として改善がみられた。. 運動の調整に大きな役割を果たすとされ. 考   察. 1)2)4)9)10)16‒18). を本症例の運動機能の低下の. 16). 。また,SMA. 17). ,本症例は intermanual conflict が生じて. 18). と報告さ. 17). ,SMA およ. び脳梁損傷に加え帯状回前部損傷も本症例の運動障害の 出現に関連しているものと推察した。.  本症例は脳画像上,皮質脊髄路の一部に損傷がみられ.  本症例の左下肢の随意運動障害に対しては,視覚・聴. たものの,多くの皮質脊髄路は損傷を免れており,主と. 覚刺激や POPO による外的刺激を用いてアプローチを. して前頭葉内側面の脳梁および帯状回から SMA にかけ. 進 め た。SMA は 内 的 に 開 始 さ れ た 運 動 に 反 応 す る. ての損傷がみられた。DTI 所見にみられた皮質脊髄路. ニューロンが多いのに対し,運動前野は外的刺激で開始. の残存は運動麻痺の程度が軽度で,良好な回復が期待で. された運動に反応する細胞が多い. きることを示唆している。また,理学療法評価上 BRS. る。また歩行において,障害物を跨ぐ際には前もって運. はⅡと判断できたが,立脚時に膝折れは出現せず自力で. 動前野が働くとされている. の支持が可能であった。これらのいわゆる左下肢の随意. 運動前皮質から一次運動野へ投射があり,運動前皮質は. 2). ことが知られてい. 19). 。運動を実行する際には.

(9) 外的刺激を用いた理学療法が有効であった前頭葉内側面損傷の 1 例. 263. 前頭葉の内側から投射するものと,外側から投射するも.  最終評価では,初期評価時にみられた起き上がり時で. のに分類される。内側には SMA や帯状回運動野があり,. の随意運動障害は改善し,視覚刺激や聴覚刺激なしでの. 外側には運動前野が位置している。本症例の脳画像所見. 起き上がりが可能となった。さらに歩行においては,運. では,前頭葉外側に位置している運動前野の損傷はみら. 動開始困難は改善し,杖,歩行器を使用せずとも歩行可. れなかったため,本症例に対する外的刺激は有効である. 能となった。本症例の神経心理学的検査所見では HDS-R. と仮定した。実際,起き上がりや座位・立位での下肢挙. では 2 点減点したものの,三宅式記銘力検査,WAIS-R. 上時の随意運動障害では,視覚・聴覚刺激により随意運. では幾分改善がみられ,視空間認知については見落とし. 動可能となった。視覚情報で動作が開始されない場面で. が消失するなどの改善がみられた。また,前頭葉内側面. は「動かしてください」ではなく「あててください」の. 損傷に伴う症候である強制把握が観察される頻度も少な. 声掛けが有効であった。「動かしてください」はより自. くなった。起き上がり動作時の左下肢の動きが改善した. 発的な要求となってしまい,自発的運動の生成にかかわ. 背景には,自己の左下肢に対する不注意が改善したこと. る前頭葉内側面損傷のある本症例にとって難易度が高. が関与していた可能性も考えられる。全般性注意障害は. く,動作が困難になったと考えられる。一方,「あてて. 残存しているものの,これらの要因の変化も関連して左. ください」という指示は,外的環境物へのキック動作を. 下肢に対する注意が可能となり,運動出現が可能となっ. 要求されており,運動前野の機能が保たれていた症例に. た可能性もある。よって,本症例の症状が改善した明確. とっては外敵刺激に応答する自動的な運動となり,その. な機序を追求することは困難である。それでも,外的刺. 影響を受けて遂行しやすかったものと考えられる。歩行. 激による聴覚刺激の声掛け,視覚刺激を用いて麻痺側下. 時の左下肢の随意運動障害もまた前頭葉内側面損傷によ. 肢を強制的に使用したこと,目標物を使用したステップ. る自発的な運動の開始が障害を受けたと考えられる。本. 動作や階段昇降にて,麻痺側下肢を使用したことによっ. 症例は左下肢から振り出しはじめることは困難であった. て起こる自発的運動を反復したことによって内発的な運. が,右下肢の振り出しに応じて左下肢を振り出すことは. 動が構築され,運動開始困難の改善に寄与した可能性が. 可能であった。また,歩きはじめると連続的に遊脚する. あると思われた。運動開始困難例に対して,非麻痺側下. ことが可能であった。一般的に歩行中は,腕や足の動作. 肢の動きを下肢装具によって制限して,強制的に障害肢. を意識することもなく半ば自動的に運動を継続すること. の使用を試みた症例報告では,短期間で下肢の随意運動. ができる. 20). 。これは歩行開始時には内発的な運動発現. の出現と,歩行動作開始時の問題の改善がみられたこと 9)10). 。しかし,非麻痺側下肢を軟性. の要素が強いのに対して,連続歩行時には自動的な歩行. が報告されている. 制御系の関与が多くなることを示しているものと思われ. 膝装具で固定し,麻痺側下肢の使用を強制するこの方法. る. 20). 。. は,非麻痺側の拘束を伴うため臨床応用には,いささか.  歩行開始時に遊脚が困難となるが,歩行が開始された. 難しい側面があると思われる。今回,我々が本症例に用. 後には連続的遊脚が可能となる特徴は,SMA 損傷に伴. いた視覚的刺激や聴覚的刺激を用いた介入は,日常場面. う歩行開始困難. 9)10). の特徴と一致する。座位,立位で. や理学療法中にも容易に導入でき,運動開始困難を呈す. の視覚刺激を用いた練習を行うと左下肢の随意運動が可. ると考えられる症例に,広く応用できる可能性があろう。. 能となるものの,それらの反復を通じても,歩行開始時.  本症例の左下肢の筋力の多くは重力に抗せるまでに改. の遊脚を引き出すことは難しく,外的な刺激の提供なし. 善したが,それ以上の改善はみられず,特に足関節背屈. では遊脚は困難なままであった。平行棒内歩行から歩行. の不十分さは残存し,最終的には運動麻痺の残存を認め. 器歩行での練習に移行したが,歩行開始時の遊脚の難し. た。過去の症例報告. さは出現しており,歩行が開始されても途中で運動が突. れていなかったため,この点においては特異的であっ. 然停滞してしまう場面がみられ,転倒リスクが高かった. た。ただし,先行報告の症例は明らかに皮質脊髄路損傷. ため,それを改善する目的として POPO を使用した。. がないと考えられる症例であり,本症例とは損傷領域が. POPO を使用し,強制的に歩行する環境を与え,あえて. 異なっている。本症例は TSA 所見にて軽度ながら左右. バランスを崩し,外乱刺激によるステップ反応を引き出. 差があり,一部の皮質脊髄路損傷が存在したため軽度の. すことで自動的な動きを誘発し,内発的な運動機能の代. 運動麻痺が残存したものと推察された。しかし,運動機. 償および再獲得を期待した。また,歩行時に「1,2」の. 能の検査所見よりも動作中の動きの方が良好である様子. リズムによる聴覚刺激を加えることで歩行のスムースさ. も観察されていることから,真の運動機能は SIAS や. も得られた。POPO での歩行練習をきっかけに,歩行練. BRS といった各種検査時の所見以上に高く,背景には,. 習の頻度を増やすことができ,このことが歩行器歩行の. 一部の残存した運動開始困難の影響によって内発的な運. 獲得に到達することに少なからず貢献できたものと思わ. 動が困難になり,検査時の運動機能が低く評価されてい. れた。. る可能性は否定できない。そして,本症例は一例の経過. 9)10). では運動麻痺の残存は認めら.

(10) 264. 理学療法学 第 47 巻第 3 号. を報告したものに過ぎず,我々が行った外部刺激を用い た介入が,長期的な運動機能や能力の改善に寄与する, 真に有効な介入であったかどうかについては,複数の症 例に対する治療効果を検証して明らかにしていく必要が あるだろう。 結   語  本症例は前頭葉内側面の脳梁および帯状回から SMA にかけての梗塞により左下肢の随意運動機能が困難とな り,一方で歩行能力が高く,両機能に乖離を認めた。こ の背景には運動開始困難が関与していると推定し,随意 運動機能の改善,歩行獲得を目的に,外的刺激を用いた 理学療法を実施した。その結果,随意運動機能の改善が 図れ,基本動作および歩行能力が改善し,歩行自立に 至った。随意運動機能と歩行能力に乖離がみられる前頭 葉内側面損傷例に対して外的刺激を用いた理学療法を実 践することは機能改善の一助となる可能性があると思わ れた。 倫理的配慮  本症例報告の趣旨を十分に症例に説明し,理学療法評 価および経過について記載することならびに写真の掲載 について同意を得た。また,ヘルシンキ宣言および厚生 労働省の「人を対象とする医学系研究に関する倫理指 針」などの医学研究に関する指針(註 2)に基づき対象 者の保護には十分に留意し,倫理的な配慮を行った。 利益相反  本症例報告について開示すべき COI はない。 文  献 1)石合純夫:高次脳機能障害学.医歯薬出版,東京,2014, pp. 61‒107. 2)沼田憲治(編) :脳機能の基礎知識と神経症候ケーススタ ディ.メヂカルビュー社,東京,2017,pp. 48‒113. 3)阿部浩明(編):高次脳機能障害に対する理学療法.文光 堂,東京,2016,pp. 123‒198. 4)虫明 元,丹治 順:行動の発現と運動のプログラミン グ.計測と制御.1994; 33: 255‒262. 5)日本理学療法士協会ホームぺージ 理学療法診療ガイド. ライン第 1 版(2011) .http://www.japanpt.or.jp/upload/ jspt/obj/files/guideline/14_parkinsons_disease.pdf(2019 年 11 月 18 日引用) 6)Rubinstein TC, Giladi N, et al.: The power of cueing to circumvent dopamine deficits: areview of physical therapy treatment of gait disturbances in Parkinson’s disease. Mov Disord. 2002; 17: 1148‒1160. 7)Pohl M, Rockstroh G, et al.: Immediate effects of speeddependent treadmil training on gait parameters in early Parkinson’s disease. Arch Phys Med Rehabil. 2003; 84: 1760‒1766. 8)竹内睦雄,野尻晋一,他:パーキンソン病患者の歩行障害 に対する教示法の実際.理学療法.2009; 26: 1448‒1455. 9)沼 田 憲 治, 中 林 か お り, 他: 下 肢 に 対 す る Modified constraint induced movement therapy の試み.理学療法 学.2007; 34: 34‒40. 10)Numata K, Murayama T, et al.: Effect of modified constraint-induced movement therapy on lower extremity hemiplegia due to a higher-motor area lesion. Brain Inj. 2008; 22: 898‒904. 11)Yasmin H, Nakata Y, et al.: Diffusion abnormalities of the uncinate fasciculus in Alzheimer’s disease: diffusion tensor tract-specific analysis using a new method to measure the core of the tract. Neuroradiology. 2008; 50: 293‒299. 12)Yasmin H, Aoki S, et al.: Tract-specific analysis of white matter pathways in healthy subjects: a pilot study using diffusion tensor MRI. Neuroradiology. 2009; 51: 831‒840. 13)Thomalla G, Glauche V, et al.: Time course of wallerian degeneration after ischaemic stroke revealed by diffusion tensor imaging. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2005; 76: 266‒268. 14)Yoshioka H, Horikoshi T, et al.: Diffusion tensor tractography predicts motor functional outcome in patients with spontaneous intracerebral hemorrhage. Neurosurgery. 2008; 62: 97‒103. 15)Kusano Y, Seguchi T, et al.: Prediction of functional outcome in acute cerebral hemorrhage using diffusion tensor imaging at 3T: a prospective study. AJNR Am J Neuroradiol. 2009; 30: 1561‒1565. 16)山鳥 重:神経心理学入門.医学書院,東京,1985,pp. 133‒137. 17)佐藤睦子,松本俊介,他:Intermanual conflict を呈した 左前部帯状回─脳梁病変の 1 例.失語症研究.1990; 10: 281‒286. 18)福井俊哉,遠藤邦彦,他:失書を伴わない左手観念運動失 行,左手拮抗失行左手間欠性運動開始困難症を伴った脳梁 損傷の 1 例.臨床神経学.1987; 27: 1073‒1079. 19)森岡 周:脳を学ぶ.協同医書出版社,東京,2014,p. 83. 20)高草木薫:大脳皮質・脳幹─脊髄による姿勢と歩行の制御 機構.脊髄外科.2013; 27: 208‒215..

(11)

図 1  発症時と梗塞巣拡大時の拡散強調画像と FLAIR 像および T1 強調画像と空間的 標準化後の病巣の mapping,拡散テンソルトラクトグラフィー所見と FA 画像 A :拡散強調画像(発症時) B :拡散強調画像(梗塞巣拡大が確認された 28 病日) C :FLAIR 画像 D :T1 強調画像

参照

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