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病院学
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9
9
2
年
1
月号
目 次
グラフ :第3
1回病院視察研究会
…….・..H・...…・………・…...・...…・… … … 7 巻頭言 :年頭所感一国民医療への貢献をめざして ーー・・…・・一…..・E・-諸橋 芳夫 15 正直者先生を礼賛する(諸橋会長の叙勲にあたり)…・・……… ...若月 俊一 19 論 説.医療学の求める行動倫理 … … ・ …...………一-左奈田幸夫 23 〈病院長幹部職員セミナー〉 シンポジウム 業務委託の対応 ー…・…・…………一 …・・・・ーーー…・・・………一 25 司 会 財 津 晃 発 表 者 山 本 辰J:f/安田尚之/富 岡 悟 〈医療紛争防止のためのセミナー〉 講 演 :今後の看護行政について …・…...…・・……・...・H ・-…・……矢野正子 53 〈全国事務管理・総務合同研究会〉 講演 :当面する病院経営管理の諸問題…・・…ーー………・・…...上回 侃 61 シンポジウムから :看護婦充足問題について一教育の実態-...…・…篠崎 きよ他 69 (全国放射線研究会〉 講 演:医療人の心得……・………...…...……・…...………・…… … 兵 働 貞 夫 75 講 演.患者に信頼される応対とは -ー…・ー…・・……… …...ー松 原下鶴子 85 第3
1
回病院視察研究会(北海道内4
病院視察記〉 ー… ……・………ー...91 日本病院管理学会への参加の勧め ……・…...・H・...……一・・・…・…杉 政孝 103 闘 筆:進物と書画・……・…一一・・…・・一-…・・……・………・…・……一-諸橋 芳夫 105 調査報告:再び「紹介患者比率」について ….• . • • • • • • • • • • • • • ………・・・小田 博 107 研究論文 :高知県における看護婦不足問題と将来展望………… 一 一 細 木 秀 美 他109 研究論文:リスクマネージメン卜と米国における法的規制 -………・… 浜 島 信 之 117 統一ドイツの病院視察記 …・………・・・…一-……波多野誠他123 医学情報とニューメディア ・・・・……・・…・ー……… ...奈 良 岡 功 他133 妓師の労働と余暇ー………・…………-………・………・…………・・…放射線研究会 139 川崎市日本鋼管病院見学記 ………・・………-・…・…・… 診 療 録研究会 145' 漫 佐 汗 疾 患 の 汗 縦 異 常 を 改 善 す 多
健保略称 強 ミ ノC 時 使 用 上の注意な どについ て は 系 { 寸 文書をご参照下さい。強力材ミ
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掴聞明感覇欄
同 嗣 凪 嗣 口 園 口 圃 嗣 務 然 と し た ナ ー ス ス テ ー シ ョ ン。 外 来 薬 剤 科 窓 口 見 学 終 了 後 、 戸 塚 守 犬 院 長 、 山 谷 秀 男 事 務 局 長 を は じ め 病 院 幹 部 ス タ ンフ を か こ ん で デ ィ ス カ ンシ ョ ン が 行われた。-.~
札 幌 循 環 器 ク リ ニ ッ ク ( 上 回 侃 理 事 長 ) 一 般 115床
札 帆 医 大 の 外 車[1病 院 と し て 循 環 総 疾 息 を 専 門 に と り あ つ かっている中 絞 病 院 で あ る。
ま ず 始 め に カ ン フ ァ レ ン ス ル ー ム で 、 上 回fJIl理 事 長 か ら 、 こ の 専 門 病 院 創 立 のーや 怖 と そ の ご 苦 心 につ い て の お 話を
ガ ン マ カ メ ラ 血管:.ì1!: Jj~ 袋;白 超 音 波 診 断 装iF[ 非常に4郎、スベースの中に各純の検11:機 器 が 配 置 さ れ 、 向j交の長会械がほどこされて いる。
中 村 記 念 病 院 ( 中 村IJ随 一 理 事 長 ) 一 般725床 脳 神 経 外 科 の 専 門 病 院 で 、 こ れ 伎 の 大 規 楳 専 門 病 院 は 他 に 類 が ない。大 学 か ら研修 に 医.r
m
が 派 遣 さ れ て く る と い う 病 院 で あ る。 こ の 玄 関 入 口 は 非 常 に 特 徴 的 で 、 繁 華 な 市 街 地の 雑 踏 か ら 、 抑 寂 な 病 院 空 間 に 引 き 入 れ る た め の中廊下のような 照 明 を 抑 え た 玄 関 を 通って 入 る と 、 広 い 明 る い 的 か な 病 院の内昔日が目のAIJ に 現 わ れ て く る。 ナ ー ス ス テ ー シ ョ ンの;容の右側にスタッフ 全 只 の 顔 写 真 と 名 前 が 掲 示 し で あ る。~
• Leksell Gamma Unit こ れ は 臨 床 用 と し て 日 本 で 始 め て 導 入 さ れ た と い う ガ ン7ナ イ フ で 、 │ 期 頭 し な い で 脳 手 術 を 行 う 装 誼 で あ る。ガン7線 ビ ー ム の 照 射 で 脳H重 傷 な ど の 治 療 を 行って お り 、 道 内 は も と よ り 内 地 か ら ま で 患 者 を J t め て い る。 血管泣 ;p~必や断層写兵でその適応を説明す る 中 村1)慎一院 長。
•
.
5市立旭川病院(柴田淳一院長)一般 482 床 , 精 神 100床 , 伝 染45床 ,[j~.守川と午米自Ij川にかこまれた景勝の 地にあり 1Jjl平 を 越 え る 広 大 な 燥 地 を 持 つ 、 こ の 地 の 地 域 医 療 の 中 心 と なって い る 医 療 セ ン タ ー で あ る。 ま ず 最 初 に 柴 田 淳 一 院 長 の ご 挨fg!があっ fこ。 病 院 のJlllil'には院長の拙かれた 大 作 の 絵 画 が か ざ ら れ て い た。 枚 目 和
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人 工 透 析 室
撮影・文 高 橋 政 棋
百瓦
1
年
頭
所
感
国民医療への貢献をめざしてー
諸 橋 芳 夫 *
新年おめでとうございます。 昨年は国外では中東における湾岸戦争の勃発,ソ連のク デター の発生, ソ連邦共和国の独立,共産党の解体。園内では海部内閣よ り宮沢内閣への政権交代,パブル経済の消滅,税収の大幅の減なと があった。一方日本の医療界にとっても厳しい情勢が続いた。この 中にあって,我が病院会のめざすものは,医の倫理の高揚,病院医 療の質と患者サービスの向上,病院経営の健全化,税制対策,病院 相互間と病院・診療所の連携の強化,地球環境保全であり,団結と 協調の下に,国民医療に貢献することである。 人件費の高騰と週休二日制の普及により,平成2
年度は元年度に 比L.急速に病院経営は悪化しており,従前から病院の医療は多数 の専門職を必要とする組織医療であり,労働集約型の高人件費比率51%
(全産業は7
.
0
2
%
)
を示している。これに加えて平成3
年度は 人事院の給与改訂(
3
.
7
1
%
看護婦9
.
2
%
十α
のアップ)の 完全実施で一段と悪化し,病院の倒産が増加する恐れがある。厚生 省の発表する公的一般病院(
2
2
6
)
の移動年計による医業収支表をみ て,医療費改訂のあった一昨年4
月より病院経営は悪化の道をたど り,昨年7
月では甲表病院4
.
4
%
.
乙表病院6
.
2
%
と何れも赤字を示 している。補助金がなく,税金のかかる民間病院の経営はさらに困 難である。 今年は後半から国家公務員の四週八休で完全週休二日制の実施に 入るとされている。既に昨年4
月から国立大学附属病院は完全週休 二日制を実施し,国立病院も昨秋試行済みであるので,公務員に 習って,公的病院,私的病院も優秀な職員確保のためには週休二日 制に入らざるを得ないであろう。然、し乍ら病院は入院患者を抱えて いるだけに,外来は休んでも病棟は休む訳にはゆかない。週休二日 制の実施には人員増,経費の増を伴わざるを得ない。医療費を1%
上 げると国庫負担5
5
0
億円を要し目下国は財政不如意で財源がなく, 当会の要望する9
.
9
6
%
.
日本医師会の7
.
4
%
十
αの医療費の改訂は *もろはし よしお (社)日本病院会会長・総合病院国保旭中央病院院長 日本病院会雑誌 1992年l月1
5
(
5
)
16(16) 無理だと言うO 然し乍ら国家公務員の給与は財源を苦面してでも上 ;アている。 私は昨年「病院医療をめぐる諸問題」の論文を発表した。その中 に病院医療の特徴,病院経営の実態,医療費の動向,薬価問題,週 休二日制と看護婦等マンパワーの問題,公務員の給与改訂と完全週 休二日制の実施,対応策等について意見を述べた。 又,当会では昨年末,病院機能標準化マニュアノレを発刊し,会員 自身による自己評価を高めながら次第に第三者による評価に移行 L,病院医療サービスの全体的質の改善と向上をめざした。 一方,老人保健法の改正案が今年は実施される。医療法の改正も 今年は国会を通るであろうO 今年4月には医療費の改訂,薬価基準 の改訂,加重平均方式,建値制が行われる年である。 厚生省は医療費の伸びは国民所得の伸び程度をと容認しながらこ の数年間後者の伸び以下に強力に抑えてきた。その結果,医療機関 の整備は他国に遅れをとった。平成元年,
2
年とも健保組合,政管 健保,国保,自賠責保険等も大幅な黒字決算を示している。医学医 術薬学の進歩,国民所得の上昇,国民生活水準の向上とともに,医 療機関,健保組合,国保等保険者それぞれが調和のとれた経営がで きるようにあらねばならない。医療費を引き締めるだけが能ではな し 賃 金 上 昇 や ベ スアップに伴い,看護婦をはじめ必要なマンパ ワーの確保・労働条件の改善からいっても医療費を適正に上げるべ きである。「豊かな日本,貧しい医療」であってはならない。 この1
0
年間,人件費は42%
,物価は25%
上昇したのに医療費は 実質4
.
5
%
アップとあっては病院経営の健全化, 医療サービスの改 善,アメニティーの向上には大きな困難がある。 今年は猿年である。猿は木から落ちても猿であるが,病院がつぶ れては病院でなくなり,地域の人々の健康を守れなくなる。 国民医療を守るため,今年こそ病院経営健全化のため,相当額の 医療費のアップは必要である。 日本病院会雑誌 1992年l月l 小 野 肇 常 任 理 事 2岡 山 義 雄 顧 問 3.M北 博 文 副 会 長 4中 山 耕 作 副 会 長 5財 津 見 副 会 長 6諸 橋 芳 夫 会 長
7
若 月 俊 昌1
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会 長 8向野栄代議員会議長 9有 同 幸 了 参 与1
0
聾 島 正 出 型 事 11大 道 撃 常 任 理 事 12高 久 史 麿 参 勺 13岩 崎 栄 参 守ず盲
(社)日本病院会役員(平成3年11月22日撮影) 14守 因 子 常 任 理 事 15布 津 源 蔵 常 任 理 事 16牧 野 永 域 参 与 17竹 本 市 夫 理 事 18登 内 真 常 任 理 事 19中 村 了 生 理 事 2日 南 溢 理 事 21内海栄郎代議員会福嶋長 22梶 原 優 監 事 23村困寿本郎常任理事 24北 村 行 彦 常 任 理 事 部 品 橋 勝 二 委 員 長 26星 和 夫 監 事 27近 藤 慶 一 理 事 28岡 崎 通 常 任 期 事 29西能正一郎常任理事 30横 田 修 理 事 31遠 藤 香 苗 理 事 32小 山 田 恵 理 事 33芝 木 秀 俊 理 事 34相 馬 秀 臣 理 事 35伊 藤 研 常 任 理 事 36鍬 塚 登 喜 郎 理 事 37福 出 浩 」 理 事 38屋 源 之 助 理 事 39須 原 邦 和 理 事 日本病院会雑誌 1992年1月 40小 津 寛 二 常 任 理 事 41中 後 勝 理 事 42遠 藤 良 一 理 事 43島 出 恒 治 理 事 44中 川 一 与 一 常 任 理 事 45道 ト 忠 蔵 理 事 羽 田 中 稔 正 理 事 47木 津 彰 理 事 48北 原 次 一 郎 理 事 49宮 崎 柏 常 任 理 事 閃 高 橋 政 頑 委 員 長 51上 回 似 常 任 理 事1
7(17
)
3
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待 携
豪雪病
室雷除
諒倫
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領
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一
、
病
院
の
使
命
病 院 人 は 、 傷 病 者 の 定 め 巴 限 り 怠 き 費 情 と 責 任 を も っ て 鰻 替 の 努 力 を 訟 わ ね ば な ら な い .二
、
研
修
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教
育
病 院 人 は 、 た ゆ み 怠 き 研 修 巴 臨 み 、 医 術 の 錬 磨 と 医 道 の 高 婦 に 努 め る とt
も 巳 、 後 進 の 叡 育 に 力 を 尽 き ね ば 怠 ら 怠 い .三、医療記録の保管と守秘の義務
病 院 人 は 、 傷 病 者 の 医 療 記 録 を 完 備 し 、 こ れ を 確 実 巳 管 理 す る と と も 巳 、 傷 病 者 の 榔 密 は 正 当 怠 理 由 な く し て 漏 洩 し て は 怠 ら 怠 い .目、地域社会への協力
病 院 人 は 、 地 域 住 民 の 疾 病 予 防 及 び 健 康 構 造 の た め 巴 、 他 の 機 関 と 横 領 的 巳 協 力 せ ね ば 怠 ら 怠 い .五、病院の管理運営
病 院 人 は 、 病 院 の 管 理 運 営 に あ た り 、 い だ ず ら 巴 利 潤 追 求 を 目 的 と し た り 、 肢 漫 経 営 巳 流 れ て 、 病 院 の 信 頼 を 鍋 う こ と ガ あ っ て は な ら 怠 い . 社団法人日本病院 ー ....
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日本病院会雑誌 1992年1月 18(18)[;鱗絹車窓枠桝剖
正 直 者 先 生 を 礼 賛 す る
諸橋会長のこの度の受章が,どんなにおめでた いことか,ことにわが日本病院会の全会員にとっ てどんなに有意義なことであるかについては,幾 度提言しでも過ぎることはない。しかし,私はす でにわが「日病・ニュース」にも,また,東大医 学部発行の「鉄門だより」にも書かせて頂いた。 今回はそれに若干付け加えさせて頂く。 先生のお仕事はもちろん,旭中央病院の建設を 始め.I
日病J
会長として,全国一万の,公私の病 院の向上のためにつくされた御努力である。しか し,私はその中で,とくにわが国の自治体病院の 発展に対する先生の御苦労を多としたい。思えば 「自治体」ができたのは,終戦後のまだ僅かな歴史 である。「三割自治」などとも言われているが,今 日それは「市町村J
だけで7
6
7
の病院をもってい る。全国の公的医療機関病院の56%
を占めてい る。先生はそれの指導者を兼ねている。 先生の近著「医を拓く」には,元国土庁長官で 有名な奥野誠亮先生が序文を載せている。その中 で,先生を.I
越後人特有のねばり強さJ
.
また「安 易に妥協しない強靭な性格」と評している。確か にそういう一面はある。私も同感である。 越後の長岡と言えば,幕末の長岡藩は剛健質朴 で有名だった。戊辰戦争で敗北Lたとは言え,一 時薩長軍に一泡もニ泡もふかした,藩の家老河井 継之助の「男の意気地」があった。河井は戦火の 長岡藩をあとにして流弾で死んだ。また諸橋先生 が郷土の先輩と仰ぐ.7G連合艦隊長官,山本五十 六元帥は大東亜戦争に反対していたため,陸軍に 暗殺されそうになった。しかも,戦争になったら 最後は必らず負けると言明していたという。そし て,南太平洋上,機上で戦死Lたのである。段棒高皇室長若月俊一
には,何か単なる「剛直」では害JIりきれない。清 潔な「男らしさjを感ずるのである。私は諸橋先 生の中にそれを見る。 だいぶ前の「日本病院会雑誌J
に,諸橋先生の 面白い随筆が載っている.I
正直者が馬鹿をみた 話」である。そのーは,中学一年の時先生が「こ の冬休み中,英語の教科書を読まなかった者は, 子を挙げよ」と百ったのに対し.5
0
名の級友中, 手を挙げたのは,彼一人だったという。その二は, これらは何れも昔の話ではあるが,長岡魂の中 勲一等瑞宝章を侃周の諸橋会長大学のポリクリニックの時,教授から.
I
こんなジ フテリアがあるものか」と叱られたのに対し,鏡 検してみたら, ジフテリア菌が出た。ところが, 傍の助手が「そんなこと教授に言ったら,教授の 機嫌が悪くなるからいけないとJ
.
ひどく叱られ たという。その三は,海軍軍医中尉として,空母 朔鶴に乗っていた時,艦長に対する批判がみんな 諸橋会長の略歴 本 籍 地 千 葉 県 旭 市 イ の1
8
6
3
現 住 所 千 葉 県 旭 市 イ の1
8
6
3
諸 橋 芳 夫 大正8
年3
月1
6
日 新潟県長岡市にて出牛 [学歴] から出た。それを聞いて怒った艦長が.4
.
5
0
人 昭和1
7
年9
月308
旧制東京帝国大学医学部医学 の士宮を集め.I
私を本当に山世主義だと思って 科卒業(医3
1
9
8
号) る者は手を挙げよ」と言ったので,思わず手を挙 昭和1
7
年1
0
月2
4
日 医師免許証第1
0
3
3
4
6
号をもっ げてしまった。挙手したのは,やはり向分一人 だったという。 いかにも諸橋先生らしい話だ。正直者が馬鹿を みないような世の中でありたいものであるという のが先生の結論である。 時あだかも,今8.私どもは医療の未曽有な転 換期に遭遇している。政府の「医療費抑制政策」 は,私どもの術院経-p,を,極度の困難に陥れてい る。「日出向」はすでに平年前, 医療費の即時アッ プ.9
.
9
6
%
を要求した。これに対l
.
政府は「財 源がない」の一点張りである。諸橋会長は,厚生 省のおえら方を[o[うにして‘「財源がなければ,頭 を使えJ
と喝破したという。いかにも諸橋先生ら しい名セリフだ。 だが,私どもはすでに官僚統制下にに入ってし まった。最近の情報によると,政府は,来年度の 税収減少分6
兆円を,社会保障費,とくに医療費 の圧縮によって,穴埋めLたいと言ったという。 かくて,私ともは諸橋会長を中心にして,公も 私も,一糸乱れぬ統率下に,必死の斗いを展開し なければならぬ,その故にこそ,この度の会長の 画期的な叙勲は,大きな社会的意義をもつものと 言えよう。 て医籍登録 昭和2
7
年6月118 医 学 博 土 の 称 号 を 授 与 さ る (東京大学第5
3
4
0
号) [職歴他] 昭和1
7
年1
0
月1
日 東京帝関大学庚学部付属病院 第 内 科 内 科 副 手 昭和1
7
年9
月3
0
日1
海軍軍医として軍籍にあり 昭和初年1
0
月1
5
日」主として航宅母艦勤務(終戦 時正七位海軍々医大尉〕 昭和2
4
年1
0
月181
東京大学院一学部文部教官(助 昭和2
6
年4
月308J手)
昭和2
7
年1
月1
日1
東京大学医学部文部教官(助 昭和2
7
年8月3
1
日J子) 昭和2
7
年1
2
月181
総合病院国保旭中央病院長に 就任 旭 中 央 病 院 当 初 病 床 数 は1
1
3
床 昭 和4
0
年より5
0
0
床, 平成元年8
7
6
床 過 去1
0
年間 現在に至る 」平均8
0
8
床 昭和3
8
年8
月1
日1
旭中央病院附属看護専門学校 現在に至る 」校長(看護婦養成) 昭和4
5
年2
月 lC社)全国自治体病院協議会会 現在に至る 」長(任期2年) (第11期日〕 昭和4
6
年3
月1
│日本内科学会評議員 昭和6
0
年2
月 」 昭和4
6
年3
月 現在に至る 昭和4
8
年8
月 現在に至る 昭和4
9
年4
月 現在に至る ]自治医大評議員 ]厚生省医療審議会委員(刑 期日) (厚生大臣委嘱) ]千葉大学肺研非常勤講師 昭和5
4
年9
月181
総合病院同保旭中央病院事業 現在に至る J管理者2
0
(
2
0
)
H本病院会雑誌 1992年l月昭和田年
4
月 ] 船 日 本 病 院 会 会 長 ( 任 期 昭和田年1
0
月3
1
日 中国黒龍江省中日友誼医院名 現在に至る3
年)(
3
期目) 誉院長 昭和4
3
年1
0
月2
4
日 厚生大臣表彰(国保事業) 昭和5
9
年4
月 厚生省将来の医師需給検討委 昭和4
4
年11'月3
日 千葉県知事表彰(国保事業推 員会委員(厚生省局長委嘱) 進〕 昭和5
9
年1
0
月 厚生省国立病院再編成検討委 昭和4
9
年1
0
月2
3
日 藍 綬 褒 章 受 賞 ( 医 療 ) 員会委員(厚生省局長委嘱) 昭和5
9
年7
月l
日 旭市名誉市民 昭和6
0
年1
0
月 厚生省看護制度検討委員会委 昭和6
0
年9
月3
0
日 中国黒龍江省栄誉公民(第 員(厚生省局長委嘱)1
号) (黒龍江省人民政府省 昭和6
0
年4
月 厚生省中間施設検討委員会委 長 侯 捷 〕 員(厚生省局長委嘱) 昭和6
3
年1
1
月2
日 中 国 遼 寧 省 栄 誉 公 民 ( 第 昭和6
2
年5
月 厚 生 省 医 療 機 器 懇 談 会 委 員1
号) (遼寧省人民政府) (厚生省局長委嘱) 平成ヌE年6
月2
1
日 中 国 吉 林 省 栄 誉 公 民 ( 第 昭和6
1
年1
1
月3
日 胸像建立さる(病院組合議会2
号) による〕 昭和6
1
年1
0
月8
日 中国北京医院名誉顧問(北京 平成3
年1
1
月b
日 勲 一 等 瑞 宝 章 親 授 せ ら る 医 院 長 蒋 謀 生 )ーーー・ー"ーーーーーーー_..ー.._..-ーー一一ーーー._.ー“ーーーーーーーー・ー目。ー・ーーーーー -'1
を
目
的
と
す
る
。
院
病
憲
章
一、病院は、社会機能の一環として、公共的医療サービス
を行う施設であり、地域の人々の健康と福祉を保証すること
二、病院は、生命の尊重と人間愛とを基本とし、常に医療
水準を保つことに努め、専門職的倫理的医療を提供するもの
と
す
る
。
三、病院は、利用しやすく、
E
っ、便益を人びとに公正に
分かち合うサービスを志向するものとする。
四、病院は、患者中心の医療の心構えを堅持し、住民の満
足を得られるように意欲ある活動をするものとする。
五、病院は、地域医療体系に参加し、各々のもてる機能の
連携により、合理的で効率的な医療の成果をあげることに努
め
る
も
の
と
す
る
。
一
九
八
五
年
社団法人
日本病院会
#
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亨扶桑薬品工業株式会社
製 造 発 売 元 22(22) 日本稿院会雑誌 1田4年 1月│薬価基準収載品│
< 論 説 >
医療学の求める行動倫理
シ ス テ ム 総 合 管 君 臨 議 員 左 奈 田幸夫
はじめに 医療施設特に病院の倫理綱領は.1
9
4
1
年1
1
月AHA
及びACHA
(米国病院管理者学会〉の両者 で制定されている。これは.1
9
5
7
年の病院組織と 経営 (Dr.Mac Eachern著)に詳しく解説され, わが国では.1
9
7
2
年病院管理大系第一巻に吉田幸 雄氏が訳出している。 筆者は,日本病院会病院憲章,医療関連サ ピ ス振興会倫理委員会に参画し医業経営コンサルタ ント協会役員である関係上医療サ ビスのマネ ジメントの革新的変貌に対応する医療と関連サー ビスの連接協力によるサ ピスの質向上即ち患者 の結果、outcome"と成果、performance"であ る便益、profit"と効用、tility"のための根本理 念をみなおし,サービス団体特にサービス要員の 行動倫理としての新しい行動基準を求めんとし た。まず健康に対する国民の認識とシステム医療 への医の倫理的思考とを歴史的に遡行して接近を 試みた。 現在の国民の保健医療に対する認識 医業倫理あるいは行動倫理は,わが国では昔か ら医簸,医訓,医道訓などで生命の尊厳人間の尊 重を基盤にして権利と責任(権力と義務)を説い ている。 道元禅師は面待の効果について接触(サ ビス 行為〕の効果をのべ,杉田玄白,前野良沢も医術 に対し自然治癒力によるサービスを重視してい る。要するにケアの受容納得には時聞をかけての 面待(接触)が効果ありと説いている。 故武見日医会長も科学としての医術と人間性, 社会性,宗教性,経済性,歴代の文化なと医療に は多くの原則的基盤があるともいっている。 昭和6
2
年内閣の世論調査では,次の如きアン ケート結果がでている。l
自分の財産は.1)健康.2
)
友人.3
)
家族 2 生活の価値とは.1)健康.2)平和.3)時 間 平成3年5月,総理府の「国民生活における世 論調査では.3
人に2
人は現在の生活に満足し約90%
が中流意識をもっており,ゆとりのあるウエ ルネスに充実感があるという回答が74%
もあり 過去最高であった。そして政府に対する要望とし ては,健康保証に対する社会保障や福祉の向上の 要請が39%
で3
年連続1
位であった。 人間生活に絶対必要なモノは食糧,住居,衣類, 医療,教育なとであるが,両アンケートからは, 生命の尊厳と人間尊重特に人対人との相互間の人 間サ ビス "humanservice"が基本原則であり, 健康とウエノレネスが人間としての最高の願望であ り,ニ ズとなっている。 人聞が人間の生活を保証しようとすると,そこ に人間関係の整合性が求められる。この生活の安 泰 、ecurity"には,生老病死から精神的悩み不 安をとり去ることも基本であろう。 平成3
年9
月「病院に対する意識調査J
が日本 病院会から提言も加えて発表された。それによる と最も望ましい病院へのアクセスとは近くに病院 があるからという理由が3
0
.
4
%
であり,機能分化 を含む医療法改正に対しては46%
がプライマリ ケア中心のゲートキーパー的施設を要望したのが57%
もあって,病院の内部構造の機能情報公開 (広告規制)と共にPR
不足を示している。 1992 1医療サービスの説明と納得の項では,説明は十 分が
5
7
.
3
%
もあったが, その31%
はその内容が 不満足(よく分らない〕であったと答えている。 病院の望ましい未来像については健康保証への関 心が高く健診が6
4
.
7
%
と多く,新治療法の研究開 発の4
1
.5%
をぬいている。 要約すると,高機能よりもケアサービス要員の 充足と定着,労働時間の改善など施設経営の安定 化と定着を求め法改正が医療費節減を目標とした り,健康保障のための予防などへの投資財源に対 して資源の限界を懸念している。 高機能施設については,病・診,病・病の連携 に注目しており,説明と納得の項では施設側とし て温かい親切さと医療紛争の原因をつくらぬよう 相互理解と協力が求められている。つまりサ ピ ス性の向上を要請している。 さらに今後の医療費負担については,市場経済 中心に技術の向上と人間尊重による国民のウエル ネス文化志向の健康投資財源の増加を提言して サ ピスの安定継続を求めている。 行動的哲学から医業サービスへの接近 東洋的には,徳とLての知と力或は道徳と知 性,理性とが学問となった思想があり,西欧にお いても,高い人格者でないと知力は発揮できない し仁者として善悪を判断する人は悪に加担する ような行動はとらない。即ち十戒的戒律に教えら れ,又儒教では仁術或は仁の道として慈悲或は慈 愛の心が求められている。1
9
4
0
年頃シュパイ Yア博士は,まず生命の尊厳 を教えるのが医療人としてのっとめであるとい い,同博士は厳格なクリスチャンであったが,こ の尊厳即ち生命への畏敬ということが,医療接近 への第一歩であると説いている。そのためにまず 医師の守るべき道徳律を確立しそれを社会にも 適応するのが真の医療サービス即ち全人的ケア サ ピス帆humanholistic care service"である と考える。 倫理とは,学・術・道の中の医道の哲学のこと であり,人間行動の道徳的指針 "indicator"とL て確立された行動の本質である。その道徳、、mo rality"とは,人対人の接触によって生れる人道 ないし集団(公衆)としての社会的行動倫理の法 目JIである。 医療サービスは,複雑なシステム的相互支援に よって成立するが,それはケアの利用者たるイノレ ビ イング可11being"状態の人の便益のために 最善をつくすために存在するのである。医療人或 は関連サービス要員は, もてる技術の集積部門を 統合された行動基準によって活動するのを原則と する。 医業経営の行動倫理としては根本に公共性のあ るサービスを利用者に供与する使命を果すのであ るが,常に質の向上をめざす教育訓練が必要であ る。それによって最良の経営 "management"と 最 適 の 効 率 性 、Effectiveness"に よ り 質 保 証 、Qualityassurance" (QA)を確保し,かっサー ビス要員自身も行動に満足しての人及び公衆に対 する使命を果すことである。 医療の関連サービスには,社会的,組織的職業 的なとへの道徳的制約を伴う個人的,集団的,経 済的,公衆的に整合性ある行動規範がある。さら に職業的或は専門職的倫理にも医術的,サービス 的或は施設利用サ ピスに係わる行動基準があっ てこれらにすべて整合性ある行動倫理が医療学の 倫現といわれるものである。2
4
(
2
4
)
日本病院会雑誌 1992年1月<病院長・幹部職員セミナー>
シンポジウム
業 務 委 託 の 対 応
平成
3
年
7
月
1
4
日(日)・サンシャインシティ・文化会館
て,先生からあとでお話をいただいた方がいいか 座 長 日 本 病 院 会 副 会 長 財 津 晃 と思うんですが,お変わりになりました。しかし シンポジスト1
日 本 病 院 会 給 食 委 員 会 委 員 山 本 辰 芳 2臨支主主官室喜
l
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安 田 尚 之 3 庚厚療生省関健連康サ政ー策ビ局ス指室導室課長 冨岡 悟 座長(財津) 日曜も早朝から,多少昨日よりは 減っておりますけれども,非常に熱心な方々のお 集まりをいただきました。最近の風潮といたしまL
て,何も日曜の朝早くからやらなくてもいい じゃないか,土曜Hの午後にやらなくてもいい じゃないかということなんですけれども, 日本病 院会はそのやらなくてもいいじゃないかという土 曜日の午後から,日曜日1
日をかけてこういう催 しをしたわけでございます。 幸いに大方の御賛同を得た証拠に,今日皆様方 のお集まりをいただいているわけでございますの で,厚く御礼を申し上げます。これというのも会 長はもと海軍でございまして,雀百まで踊り忘れ ずの通り,月月火水木金金の精神がまだとれない わけでございますので,そのようにご理解をお願 いいたします。 それでは早速ですけれども,本Hの「業務委託 の対応」ということで,お三人さんの講師のお話 をいただきまして,一つの方向を見出したいと考 えております。最初に講師のお三人さんのご紹介 を申し上げますが,まず第一にお断りをしておか なければならないのは,医療関連サ ピス室長を しておられました冨岡悟先牛が突然転進されまし お変わりになったからといって,急に新しい室長 の方にお願いをするわけにもいきませんので,当 然お話をいただくこととなります。 ご紹介は順序が逆になりますけれども,今のよ うなことで,医療関連サービス室の直前室長であ ります冨岡悟先生でございます。御卒業とか,あ るいは官歴につきましてはレジメに記載がありま すので,その方をご覧いただきたいと思います。 それから順天堂大学医学部の付属順天堂医院の 事務部長さんであられます安田尚之さんでありま す。医療関連のいろんな外部委託につきまして, 先見の明をお持ちでございまして,前任地の浦安 病院においてかなり外部委託についてのいろんな プロジェクトを強力に進められた方でございま す。今回の外部委託に対する対応ということを考 えました時に,委託をする方,ユーザーの立場と して直ちにお名前が上がったのが安田先生でござ いまして,幸いにお引き受けをいただきまして, そういった面での先達者としてのお話を今日伺う ことができると思っております。 それからお話の方は一番最初にしていただきま す日本病院会の給食委員会の委員でいらっLゃい ます山本辰芳先生です。ご退有は2
年前になりま すか,まだお若くていらっしゃるのでつい最近だ と思っていたんですが,国立医療センターの栄養 課長を最後としてご退宵になりまして,その後は 臼由な立場で給食,特に委託に関係することで, ただ日本病院会の給食委員会の中だけでなくて, まあこういっては何ですが,お役人という縛りか らときはなたれて,非常に水を得た魚のように自由なご活躍をしておられる方でございます。日本 病院会でいろんな委員会の委員を2,3やってお りますけれども,その中で特に熱を入れたのが給 食委員会でございまして,その席上で,私は昔か ら男子厨房に入らずという立場で貫いておりまし たので,本当に目新しいことばっかりでしたけれ ども,そのご指導をいただいた,多大なところが あると患っております。 この給食委員会で昭和
6
1
年の4
月から委員会 の活動を始めました時に,どういう主旨でこの委 員会を運営するかというようなことにつきましで も,強力なご意見がございまして,大体その線で まとまったという経緯がございますので,そう いった点からもお話をいただけると思っておりま す。 以上,甚だ粗末で失礼なご紹介を申し上げまし たけれども,やっぱり病院のいろんな業務を外部 に委託するということですが,私の記憶が正しけ れば一番初めに病院,あるいは業界として取り組 んだのが,寝具だったと思っております。それま では布団や鍋釜をひっかついで夜逃げのような格 好で入院したという,東京だったかどうか知りま せんけれども,少なくとも私のおりました田舎で はそういう格好の入院が多かったんですが,昭和2
0
年に寝具の委託ということが始まりまして,こ れは病院だけでなしまた患者さんだけでなく, 非常な,恩恵であったことを私は思い出しているわ けでございます。 その次にやったのが,間違っておれば正してい ただきたいんですが,検査の外注であったと思い ます。最初の頃,検査の結果に対する信頼性とい うふうなことにつきましでも,非常に疑惑の目で 見られましたし,それから検査料のやりとりにつ きましても,とかく問題があったと恩っておりま すが,そういった時代を過ぎまして,最近では一 応信頼のできるデータが提供されているという具 合に思っております。 その後いろんな動きがありましたけれども,や はり昭和6
1
年3
月末に厚生省から給食について1
0
0
%
目前というかなり厳しいしばりがあったの が解放されまして, 部委託は構わないよという ことになりまして,早速外部委託をおやりになっ た病院もいくつか私は聞いておりますが,必ずし もうまくいったとは言えないというのが私の受け た印象でございます。 間違っておればまたお教え願いたいと思います が,そういったことで給食という医療に直接関係 がないと言い切れない,これは会長の持論です が,食ということは医療の一部である,切っても 切り離せないというご意見もありますし,全く私 もその通りだと思っておりますが,必ずLもお役 所の筋では,どうせ食べるんだから切り離したっ ていいんじゃないのというような話も聞いており ます。そういったことを乗り越えまして,だんだ んと給食の外部委託,それを受ける受託業者もぽ つぽつと増えているように聞いておりますし,そ ういったことが現在の給食の状態ですが,それを 機会にいたしまして,たくさんの医療関連サービ ス事業というものが名乗りをあげてまいったわけ でございます。 私はなかなか記憶ができないのでノートをして きたんですが,一例を上げますと,これは雑誌に 出ていたんですが,消毒滅菌,あるいは医療事務. これも比較的早かったと思います。それから経営 コンサルタント,患者の搬送,それから医療機器 のレンタノレ,患者の緊急通報,一つのサービス ネットを持ちまして,緊急の事態が出た時,たと えば一人暮らしのお年よりのような方の緊急事態 に対する通報,それからもうこれはすでに医療関 係者の手持ちの範囲を超えまして,いろんな健康 増進施設が出てまいりまして,サウナであるとか プールであるとか,美容院であるとか,かなり医 療とも関係L
ながらかなり離れたところで健康増 進施設というものがございます。 それから日本ではかなり遅れておりますが,老 人福祉に関する,いわば高級アパートといいます か,医者っきの高級アパートというようなことも ございますい病院とそういった高級老人アパー トの中間といったような,いろんなことが行われ ているということはもうすでにご案内の通りで す。花が一度に開いたようなと言ってもいいかと 思うんですが,それを統合するといいますか,ま とめる,健全な発育,発達を図るということで, ご承知の佐分利先生がまとめられました医療関連 サービス事業団といいますか,そのへんの名前は 必ずしも正確ではないんですが,そういう委託を 26(26) 日本病院会雑誌 1992年l月受ける事業の方々の集まりがすでに法人化されま して,これからの活躍が期待されるわけでごさい ます。 それの一方の受け皿といっては何ですが,行政 として今日お話をお願いしております医療関連 サービス室という,まあ室というんだから一つに まとまったものだと思いますが,おそらく官制の 上では一つの課とか,そういったものになってい ないと思うんですが,そういう打てば響くという ような格好のお役所がすでに発足いたしておりま す。 そういった医療関連サービスの, これについて もちろんかつて言われましたような重厚長大で, 病院の方で何もかも抱え込んで,あまりよく知ら ない院長がトップにおりまして,専門家でない事 務員を指揮していろんなことをやっていたという 状態から,これもすでに古い言葉になったと恩う んですが,軽薄短小の方へ行く,身軽になって小 回りがきくような医療経営をLたらどうかという ようなこと,これは大体その方向がいいのではな いだろうかということで,大方の暗黙のうちの理 解が得られると恩うんですが,そういった方向に 行くことによって,医療の曲がり角,転換期,低 医療費政策,そういった困難な時代を切り抜けよ うというのが現況でございます。 この演題を決めましたのも,どちらかというと 些か泥縄に近いようなことであるかも知れません けれども,それでも大方の病院で不慣れなところ を一度総復習Lまして,そして新たな展開を図る ということもいいんではないかと考えまして,こ の業務委託に対する対応ということで,一つのシ ンポを組んだわけでございます。くどくどと言っ ておるよりも実際にお話を願った方がいいと思い ます。先程ご紹介申し上げたのと逆の順序で,ま ず給食委員会の委員でいらっしゃいます山本先生 からお話をいただきます。どうぞ先生よろしくお 願い致します。 山本辰芳 ただいまは財津先生から過分のご紹介をいただ きまして恐縮に存じます。もともとこのような場 で先生方にお話申し上げるような立場でもござい ませんが,財津先生から,病院の業務の中でも特 に委託に関わりが深い現業部門の中で永年関わっ てきた,現場責任者といった立場での考え方,そ れからまた先程ご紹介いただきました本会の給食 委員会の委員として仕事をさせていただいた立場 から,率直に話をしなさい,ということでござい ますので,おこがましくは存じましたが,私は私 なりにお話をさせていただきたいと思います。 何分,私たちの職場というのが,あまり日当た りのいい職場環境にはございませんで,そういう 中で
4
0
年間も仕事をしておりますと,何となく ひがみ根性と言いますか,多少独断と偏見が強く なる傾向にあるわけでございまして, もし何かそ ういう点が強く出ているようでございましたら, あらかじめお許しをいただきたいと思います。 さてそれでは話を進めたいと思いますが,抄憶 にありますように,給食委員会ができました経緯 が直営原則が見直されたことから,委託に対して どのように対応すればいいのかといったことから の出発であったわけでζさいました。したがって 本委員会が今日までいろいろな提案を申し上げて きたわけですが,その過程がまさに本日のテ マ である業務委託の対応である,と受け止めたいと 思うわけであります。 したがって少し話がくどくなるかと思いますけ れども,そういう過程の中で討論されました内 容,そしてまた最終的な結論を出す前に足元を しっかりと固めておく,そういった意味から原理 原則に関わるところをまず初めに話させていただ きたいと恩います。 今更私が申し上げるまでもございませんが,最 近の経営環境が非常に厳しくなっておる,そう いった中から経営改善の つの手段として委託が 当然のように広がってきたわけでありますが,こ れは何も医療だけに限りませんで,産業界全般の 問題であるということでございましょう。 ただその中で病院給食が,ご承知のように,ま ずい・冷たい・早いといったような表現で,あま り評価が芳しくない,そういったことが大きな動 きの中心になったものでしょうが,委託を考える 時というのは,まずーっは,収支率が悪化してき たときか,次には労務管理が非常に煩わしいと き,一般に病院給食関係の労務管理というのは病 院の中でも労務環境があまり芳しくないことも 日本病院会雑誌 1992年1月 27 (27)あって管理者の方々にとっても悩みの多い職場と いえます。 三つ日には減量経営をめざすということがあり ます,この場合の委託は必ずしも問題があったか らというだけではなくて,経営の考え方自体を変 更しようという立場のものである,ということで すから前2者とは趣きを異にします。 そしてこのような問題が重なって委託というも のが考えられるようになったということなんです が, しか
L
そういった問題が必ずしも委託によっ て解決できるかというと,そういうものでもない というわけでありましょう。そこで直営であって も委託であっても,要は患者さんにとってプラス かマイナスかということしか評価基準はないと私 達は,考えているわけでありますが,ただなぜ委 託なのかというところを一つ考えてみたいわけで す。そして,その委託への対応を誤らないために, その判断某準となるべき物差しづくりが必要と考 えました。そして,その具体的提案に先だって社 会の動き,社会背景というものを正確にとらえま せんと,目の前に現れた現象だけで考えるという のは早計に過さる。改善の手段として果たしてそ ういう動き,そういう考えh
が妥当なのか,私ど もは委託に対して門戸が聞かれたというのは厚生 省の一つの決断であろうと思うわけであります が,その考えの中心になるものは, こういった社 会の動きの中で競争の原理を取り入れ,その競争 の原理の, jlで活力を見出そうということであろう と,私どもは推測するわけでありますが,その結 果委託をしたところ,あるいはしなかった直営病 院でも種々の調査報告からもこういった改善のあ とが認められています。 さて,図1
は大蔵省ソフ卜ノミ yクスフォロー アップ研究会報告の中でしめされたもので「第一 次情報化段階と第二次情報化段階の比較ですが, 委託に対して門戸が開かれた環由ともなるべき背 景といいますか,私どもが,それがあくまでも競 争の原理によるものだとして率直に受け止める, 単に直営と委託の比較論と言ったものではなく て,そういう原理原則に伴う,そして社会の必然 的な動きの中で当然進むべき つの道としてこれ は考えるべきであるということを示唆するもので あります。こういった一連の動きは経営にたづさ わる皆様方には周知のことではございましょう が,栄養管理責任者のレベルにあっても重要な認 識でなければならないでしょうO 要は現在私達はこの第二次情報化段階に入って いるということなんでありますが,ただこれはこ の時代からそういう考え方にどんどん進みつつ あったということであって,必ずしも現在すでに1
9
0
0
年を越えたわけでありますが,全項につい て,右へ移っているということではございません が,少なくとも右へ右へ動いているということは たL
かであります。 この第二次情報化段階が,いわゆるニューパラダ イムということでありますが,その中に入ってい るのは実はアメリカだけで, ヨーロッパであると か,日本は未だこちら側にいる,つまり我が国の 現状は未だ第一次情報化段階に止まっている部分 が多い。この事実が民間活力の導入の必然性を示 しています。 つまり,1
,内院給食が委託に門戸を聞いた深閑で ありましょう。そして,徐々にこちらに移りつつ ある,そういったようなことが実態のようでござ います。 それではなぜ日本とアメリカの間に,あるいは ヨーロッパとアメリカの聞に時代格差があるのか というのは,やはり豊かになった時代が,年代が 違うということであるようであります。このこと は私とももある程度認識しておりませんと,そう そうに右へ移れば直ちにそれがうまく改善できる のだと孟いますと,必ずしもそうでない部分も 多々あります。 と言いますのは,我々の社会の仕組みにしまし ても,病院給食ーっとってみましでも,そこまで 成熟してない,あるいは業界の内容にしまして も,まだ理論のノらは急速に進んでおりますけれと も,実態が伴わないという部分がございます。そ ういった面で左から右へ移っていく簡にいたしま しでも,先程申し上げましたように,アメリカが 豊かになりましたのは1
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5
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年代ですL
,それか らヨーロッパ先進諸国が豊かになったのは1
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年代,そして我が岡の場合は1
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7
0
年代から豊か になってきたわけでありますから,その間の2
D
年の差というのはそう簡単には埋まりません。や はり日・米構造協議にも見られますように,第 28(28) 日本病院会雑誌 1992年l月図1 第一次および第二次情報化段階の比較 第一次情報化段階
│
第二次情報化段階 年 代1
9
6
0
~7
0
年 代 特徴 [技術J
Q 第 1~3 世代コンビュ タ ②産業主導型 @効ヰ刊L
幽ー化。 [思想] ①デカルト的近代合理主義の性格残す。 ②ハード・パス。 ③ア卜ミズム(原子論的思考) ④科学技術偏重 喧理論的知識中心の情報概念 [社会] ①計画重視。 ②大きい政府 ③集権化傾向 嘩情報の量的増大 ⑤情報産業の発展 ⑥ 均 供 給 ⑦手段と Lての人間 ⑧コミュニケーνョン論による人間関係の 再発見へ。1
9
8
0
~ ①第5世代コンビュ タ指向へ ②生i
l
i
主導型と産業主導型の均衡へ。 ③多様化, 自由化,ネットワーク化。 ①近代合理主義の限界超える方向 ③ソフト・パスへ ③ホロニズム。 ④科学技術と心の均衡(ハイテク・ハイタッチ〕へ。 ⑤理性・感性を含むより広い情報概念 ①競争重視へ ②簡素で効率的な政府へ。 ③自由化,分権化傾向。 喧情報の質の高度化,多様化へ ⑤産業,生活,社会の情報化の進展へ ⑥多様な選択へ。 ⑦目的と Lての人間へ。 ⑧人間関係の再組織へ(個人と集団,社会の新しい 関係へ) 「高度情報社会のパラダイムJ(
1
9
8
5
)
より抜粋 次情報化段階での産業宇一導型から生活主導型と産 業主導型の均衡へと明らかに移っているアメリカ と,ようやくうつりかけている日本とでは中々か みあわないのも無理もないようです。 つまり,これからは,生産者優先から消費者優 先へということでしょうか。これを見ましでもあ ちらはすでにこういう感じで入っておりますが, 米ーっとっても日本はまだ産業主導型の中にいて 徐々に動きつつあるという段階でありましょう。 それから次に思想の方でみますと,やはり同じ 流れの中で,近代社会の発展をささえてきた思想 が デ カ ル ト 的 近 代 合 理 主 義 と 言 わ れ て お り ま す が,言うなればアトミズム論と思うわけでありま すけれども,それがホロニズムつまり調和の方向 にすすんで行く。それから又心の問題を重視する 方向に大きく動いてきた。いわゆる感性に関する 部分というのが重要になってきたと思うわけであ ります。 それから次の社会現象の中で重要なものは,こ の計画重視から競争重視へ移ってきたこと,これ が や は り 我 々 に 直 接 大 き な 影 響 を 与 え る 動 き に なってきたものだというふうに考えております。 私どもの世界,医療はもちろんですが,病院給 食一つを考えてみましても,ニューパラダイムの 中にあって厳しい競争の中,質の問題が重要視さ れ種々の選択が迫られることとなるのだというふ うに社会背景をとらえたいと思っております。そ ういうことを根底において,委託の問題も考えて おきませんといけないんじゃないかと手ムどもはj思 うわけであります。 そういった中で,私どもが委託の問題を考えて いこうとするわけでありますが,はたして私とも が問題にしておることが委託によって全て改善で きるのかというと,なかなかそうもいかない部分 も結構あるわけです。そこには正しい競争の原理 が働かないといけないわけですが,そこで私ども は委託を考える時に問題点、をきちんと分析をした 上で判断する。こういった認識にもとついて物差 しっくりに入ったわけです。さて,そこで病院給 食の基本理念という項目のところをご覧いただき 日本病院会雑誌1
9
9
2
年1
月2
9
(
2
9
)
たL、と思います。 私どもが病院給食管理基準を策定をしようと思 い立ちましたのは,今申し上げましたように物差 しを一つ一つしっかりしておこう,やはり悪い病 気を発見するに
L
ましても,健康とは何か,病気 とは何か,そういうところがしっかりしておりま せんと,それらの比較でもってはたしてこれがい いとか悪いとかという判断がつきません。言うな れば検査数値の正常値のようなものでして,それ を判断材料にすればよい,ですから病院給食病院 栄養管理業務とは一体どういうものだ,その点、を まずしっかり押さえておきませんと,まずい・つ めたい・はやい,といった単なる感性の部分だけ で判断をしていい悪いというのは,これは早計に 過ぎるということでございましょうo そこで,これはその基準の中で,基本理念とし て,まとめたものですが,即ち「業務の円滑な実 践にあたってはシステム化が必要であるが,その 基本的な構造規範というべきものが,ここでいう 基本理念であるJ
.
というふうに位置づけをL
て みまL
た。そして,それには二つあって,まずー っは「人聞が生きるための食事の質と量を充足す ること」。そして病院にあっては「患者の疾病治療 のための栄養の質と量をコントロールすること」 ということでありますが,これがいわゆる「理」 の部分ですね。 もう一つは「食事は文化である」として,やは り文化性を持たないのは食事ではなく館だという ふうに位置づけているわけでありますが,後者は 「情」の部分と言いますか,感性に訴える部分なん ですね。そして患者さんが評価をされるのは,こ の感性に訴える部分で評価をされるわけでありま す。まずい・つめたい・はやい,といった評価は 正にこれからのものでありましょう。 たLかに,患者さんに,当院の給食はどうでし たかとお伺いをしましでも.I
いや大変美味し かったJ
.I
大変温かくて良かったJ
.
あるいは「食 器がきれいで非常に感じよく食べることができま した」といったことが普通で,ここの病院の食事 療法は非常に見事でございますと言っていただい たことはございません。 これは当然と言えば当然のことでしょうが,た だ病院の食事というものには,この二つが揃わな ければ意味がないということをもう一度確認をし ておきたいのです。まあ何はともあれ冷たいから 温かくしようといった努力が悪い筈がありません が.1
の部分をカットしたような形,いい加減に したままで2
の部分だけを改善しても,それは改 善にはならないということを銘記したいわけであ ります。 私は,受託業界の方々にもお話を申し上げてい るんですが,たとえば今の業界の方々は,元々が いわゆる産業給食ですね,社員食堂であるとか, そういった方面の経験は非常に豊かな会社が多う ございます。ですからサービスに関してはそれだ けのノウハウをお持ちなんですが,その人々にそ ういうノウハウを有効に活用してくださいという ことと同時に,その前に「病院給食というのは今 まで皆さんがおやりになった産業給食とは全く別 の産業である,そういうふうにまず考えて下さ い。つまり,病院給食を,皆さんの産業給食の延 長線上において少し難しい部分として存在するも のではありません,全く別のもだ,その上に皆さ んの今まで培ってこられたノウハウを上積みをし て下さいJ
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そのように申し上げているわけであ ります。そうでないと,何となく表面的なサービ スと言いますか,まずい・冷たい・早いというこ とだけが病院給食改善の全てのように恩われるん じゃないかということを恐れるわけです。 又,一方,一般の国民の方々の評価といいます か,中でも特に医療サービスの改善,向上につよ い関心をお持ちの方々の評価の中にも少々理解を 求めたいこともいくつかあったわけです。その一 例として高名な文筆家であるE先生が「心温まる 病院キャンベーン」とかいうことで活動されてお られますが,一連の評論活動の中で大変厳しいこ 意見も当然ございますが,その結果,病院に対し て,医療に対して関心を一般の方がお持ちいただ くようになったこととか,又病院関係者にとって も大きな刺激になったこともあわせて大変有りが たい苦言と受とめるわけですが,ただ病院給食に 関して申し上げますならば,そのご意見の中で些 か気になることがいくつかございました。例えば 食事時間でありますが,これはE先生だけではあ りませんで,病院関係者の方々の中にももともと 給食時間というものを社会生活で一般の人達が普 30(30) 日本病院会雑誌 1992年1月通食べている時間と全く離れた時間,要するに社 会生活を送っている普通の方々の食事時間に出す のが当たり前だというふうに非常に厳しく書かれ ていたことがございました。 そしてまたそういった改善をやろうと思えば, 栄養部門だけで,すぐにでも出来ることではない のか,要するにそれをやらないというのは早く帰 りたL、からだけだと言ったようなご意見でした。 何かお前は人間じゃないというぐらい,私どもに は非常に厳しく聞こえたわけであります。夕食を