【概要】2012年度の観光学部サマーセッション科目である「観光学実習」を阿蘇地域において 実施した。実習目的,実習フィールドとしての阿蘇地域,実習プログラム,実習参加者の募集, 現地実習での訪問先と実習概要について整理することにより,実習内容の構成を紹介するとと もに,実習による学生への教育効果および今後の実習の進め方に関する提案等について,報告 する。 目的 観光学部では学部開設以前の観光学部設置準の段階(2008年度)から,複数の観光学実習の 適地を探ってきた。その一つとして,東海大学農学部(阿蘇キャンパス)の所在する阿蘇地域 をフィールドとした「観光学実習」“グリーンツーリズム in 阿蘇”を企画し,2011年度春学期 のカリキュラムとして,2年次生を対象にサマーセッションを活用して現地での実習を初めて 実施した。2012年度はこの経験を活かし,新2年次生を対象にサマーセッション科目として2 度目の「観光学実習」“グリーンツーリズム in 阿蘇”を実施した。 この観光学実習は,学生のための教育プログラムとして,事前調査,現地実習,事後提案レ ポート作成の3段階のステップで構成している。 観光学実習の教育効果をさらに高めていくことを目的とし,これまでの取り組みを振り返り, 今後の取り組みに資する知見を整理したうえで,新たな提案を試みることとする。 1.実習内容の構成 (1)実習目的 観光学実習(阿蘇)においては,参加学生の募集に際して,阿蘇ならではの資源を活かした 新たな観光を発見する実習であることを謳っており,現地での観察および体験や地元関係者か らのレクチャー聴講を通して,阿蘇の新たな魅力を発見し,新しい視点から観光振興を考える ことを実習目的としている(注1)。 東海大学観光学部では観光に関するすべての領域に対応するため,大きく分けて4つの分野, すなわち,観光文化分野,レジャー・レクリエーション分野,サービス・マネージメント分野, 地域デザイン分野でカリキュラムを構成している。これらは相互に関連し合っており,明確に * 東海大学観光学部観光学科 実習報告
観光学実習(グリーンツーリズム in 阿蘇 2012)報告
屋代雅充
*分離できない部分もある。特に地域デザイン分野に関しては,各地域において様々な分野の特 質をいかに連携させ,地域の魅力を高めると同時に,住み心地の良い地域作りを目指すことが 重要課題とされる。したがって,阿蘇地域での観光学実習ではこれら4つの分野の中でも,主 として地域デザインに重点を置いている。雄大な大自然の環境を巧みに活かした農畜産業が あって初めて成立している阿蘇地域の景観の成り立ちと,そこで展開するさまざまな観光振興 および地域づくりのための取り組みを,学生自身に肌で実感させようという狙いがある。そこ で,実習の副題を「グリーンツーリズム in 阿蘇」としている(注2)。ただし,観光学実習(阿蘇) では,単にグリーンツーリズムに特化した実習を狙っているわけではない(注3)。 観光学実習(阿蘇)においては,阿蘇地域全体が有する多様な観光事象に着目し,それらが 有機的に連携することによって様々な観光的魅力が生み出されていることを現場で感じ取るこ とを重視する。さらに学生ならではの視点で,現地でこそ分かる観光現象を批判的に検討し, 新たな改善や提案を引き出すことを実習の目的としている。つまり,地域固有の資源をいかに 活かして観光と地域振興とを連携させているかを学習し,新たな提案を考えることがこの実習 科目の狙いである。 (2)実習フィールドとしての阿蘇地域 熊本県阿蘇地域振興局が管轄する「阿蘇地域」には,阿蘇市,南小国町,小国町,産山村, 高森町,南阿蘇村,西原村が含まれている。2011年度と同様に,観光学実習(阿蘇)のフィー ルドとして阿蘇カルデラの外輪山一帯とその内側を想定し,西原村,南阿蘇村,高森町,阿蘇 市,産山村の1市,1町,3村のエリアとした(図1)。 阿蘇地域においては,千年の歴史を有するとされる草原の火入れによる管理(野焼き)と肉 牛の放牧が大規模かつ継続的に行われ,二次的な自然の生態系を作り出している。この大草原 の広がる景観こそが阿蘇地域を特徴付ける重要な要素となっている。しかもそこには,こうし た環境が生み出した固有かつ希少な昆虫および植物も見られ,生態学的にも重要な地域とされ 図1 阿蘇地域の市町村と実習フィールドとの位置関係
ている。 この実習フィールドの選定に際しては,熊本市内または阿蘇くまもと空港から車で外輪山の 内側に位置する南阿蘇村に入り,高森町,阿蘇市および産山村をおおむね4泊5日で巡ること を想定した。 (3)実習プログラム 観光学実習(阿蘇)では,全体の教育内容として①阿蘇地域に関する事前調査,②現地実習, ③事後提案レポート作成および発表と講評の3段階のステップで構成している。それぞれの概 要は以下の通りである。 ①阿蘇地域に関する事前調査: 阿蘇地域には様々な観光資源および観光施設が多数存在することから,それらの現況を把握 することを狙いとして,分担課題として表1に示す事前調査テーマを設けた。 テーマ(1)∼(8)については実習参加学生8名で一人2テーマずつを分担し,テーマ(A) ∼(D)については各学生がそれぞれ1テーマを担当することとし,文献,インターネット情報, パンフレット等を活用して事前調査を行わせた(注4)。 この事前調査結果をレポートにまとめ,それを事前ミーティングのなかで発表させ,情報を 全員で共有した。 さらに,阿蘇地域のカルデラ地形を立体的に把握できるようにするために,地形の3次元形 状を可視化することのできる杉本智彦氏作成のフリーソフト「カシミール3D」(注5)を2012年春 に改装されたばかりの代々木校舎4号館のコンピューター教室にインストールし,事前ミー ティングのなかでカシミール3D の操作実習を行った。また,(財)阿蘇地域振興デザインセン ターが編集している観光 PR 用の DVD を見る機会を設けるとともに,国立公園制度等7,9)につ いて講義を行った。以上の事前調査および講義のために,第1回ミーティング(5月17・21日), 第2回ミーティング(6月21日),第3回ミーティング(7月12日),第4回ミーティング(8 月4日)を実施した。 ②現地実習: 表1 事前調査課題としたテーマ一覧
2012年9月10日(月)∼15日(土)の5泊6日で現地実習を行った。実習のスケジュールを 表2に示す。 東京(羽田)からの航空運賃を軽減するために熊本市内の指定のホテルがセットされた航空 券を利用した。現地実習の内容については(5)で述べる。 ③事後提案レポート作成および発表と講評: 事前調査に加えて,現地実習で得られた情報や体験,さらに現地での観光関連組織等でのレ クチャーや質疑応答等を踏まえて,各自で考える阿蘇地域の魅力および問題点とその解決策に ついての提案レポートを提出させ,9月29日に発表会を開催した。各自の発表について,質疑 の後,講評を行い修正すべき点を指摘し,修正レポートを完成させた。 (4)実習参加者の募集 実習参加者の募集に際しては,2011年度の経験を踏まえ,現地での移動手段として貸し切り バスを利用することを断念し(注6),引率教員の運転で10人乗りのレンタカーを利用することと した。往復の航空運賃を含めた予算は約10万円(見積額92,000円)とした。2011年12月に他の 実習・研修プログラムと同様に説明会を行った。説明会への参加者数は約70名であった。しか しながら,実際に応募書類を提出した者は2012年1月12日時点で3名であった。高校までの学 習過程で地理を学ばないで入学してくる学生も多く,学生にとっては他の実習・研修先(特に 海外)と較べて「阿蘇」の知名度が意外と低く,費用の割に特別に魅力のある実習であるとは 思われなかったようである。 1月16日に二次募集をかけその結果1月25日までに合計5名の参加者を集めることができた。 さらに1月27日に追加募集を行っていたが,参加内定者のうちの1名が海外研修に内定したと いうことで阿蘇での実習を辞退したため参加内定者は2月13日時点で4名となった。そこで, 2月15日に1年次生のみでなく2年次生および3年次生をターゲットにして追加募集をかけた が,期限までに応募がなかった。4月6日にさらに募集をかけた結果参加内定者が6名となっ た。学生一人あたりの負担額が予定よりも高くなると辞退者が発生してしまうことから,定員 の8名に達するまで,また履修登録に間に合う範囲(注7)で継続募集することとした。最終的 に4月27日時点で8名の参加内定者が決まり,結果的に実習実施時において2年次生のみと なった。8名の内訳は男子3名,女子5名である。 (5)現地実習での訪問先と実習概要 【1日目】 2011年度とは異なり,1日目に熊本市街の環境省九州地方環境事務所への訪問はせずに,2 日目に高森町にある環境省南阿蘇ビジターセンターでレクチャーを受けることとなった。これ に伴い1日目の午後は熊本市内で過ごすこととなった。羽田空港を出発し,昼前に阿蘇くまも と空港に到着し,そこから路線バスで熊本駅前のホテルに移動し,荷物を預けて熊本駅まで歩 いた。2011年3月の九州新幹線開業に伴って JR 熊本駅前が整備され,市電(路面電車)の線 路敷きに芝が多用されていて景観的に好印象をもたらしている点,駅前広場に設置された歩道
橋が駅舎の正面にまで達しているため,駅舎が引き立たなくなっている点などを,学生たちに 現場で解説した。 熊本駅前から市電を利用して熊本城に行き,城郭内を見学した。見事な石垣が随所に見られ, 熊本地方の優れた石工の技が,重要な文化財として,また観光資源として現代に残されている ことを実感することとなった。 【2日目】 2日目は熊本駅前から,予約していた10人乗りのレンタカーに乗り込み,引率教員(筆者) の運転で阿蘇地域に向かった。2012年7月に阿蘇地域は観測史上最大とされる豪雨に見舞われ, 各地で土砂崩れや水害が発生し,大きな被害を被っており,9月の実習に際しても,各地で通 行止めや復旧工事などの情報が提供されていた。このため,今回は俵山トンネルを利用せずに 国道57号(豊後街道)を利用し,阿蘇大橋を経由して南阿蘇村に入り,さらに東進して根子岳 を間近に望む高森町の「環境省南阿蘇ビジターセンター」を訪問した。ここでは,熊本市内の 環境省九州地方環境事務所からわざわざ来ていただいた統括官より国立公園行政に関するレク チャーをしていただき,さらにビジターセンターの解説員から阿蘇の自然について地形模型を 見ながら分かりやすく話を聞くことができ,ビジターセンターでの様々な取り組みについても レクチャーしていただいた。また屋外の野草園にも案内していただき,阿蘇の珍しい昆虫や植 物などの説明を受けた。 再び南阿蘇村方面に進路を変えて,南阿蘇村での観光拠点となっている「あそ望ぼうの郷くぎの」 (農産物直売施設,レストラン,土産物売り場,展望テラス,観光案内所などが併設されている) に立ち寄り昼食を済ませて,南阿蘇村役場(久木野庁舎)に向かった。「南阿蘇村役場企画観 光課」を訪問し,観光行政等についてのレクチャー聴講と質疑応答の機会を得た。 続いて「東海大学農学部(阿蘇キャンパス)」を訪問し,村田農学部長から学部の概要説明 を受け,キャンパス内の農場や畑,畜舎などを見学させていただいた。学生たちは牛を放牧す る阿蘇キャンパスの広さに驚くとともに,食品加工施設や乳製品の製造施設を見学し,阿蘇の 農産物の魅力を実感した。ただ,2011年度には見学可能であった畜舎への立ち入りが,その後 に九州各地で広まった牛の口蹄疫拡散防止の観点から,2012年度は制限されることとなった。 これに代わって農場内の各種作物の栽培について現場で各種の説明を受けるとともに,構内の 道路沿いの木に実っているブルーベリーの実やブドウを試食させていただいた。 夕方には,南阿蘇村役場から紹介していただいた民家2軒に男女に分かれて宿泊することと なった。2軒の民家は水田を隔てて50m ほど離れており,いずれも農家ではなかったが水田 に囲まれた農村地域の只中の家屋であった。夕食は女子が宿泊する方の家のベランダに集まり バーベキューで最大限のもてなしを受けた。 夕食後には民泊のご主人の運転で,最寄りの温泉(四季の里)まで連れて行っていただき温 泉にゆっくりと入ることができた。なお,温泉の入浴券は南阿蘇村の計らいで発行していただ き,全員の入浴料の負担が軽減された。 【3日目】 朝食前に民泊のご主人の案内で南阿蘇村の野外音楽堂アスペクタに案内していただき,そこ
からの眺望や,バブル期であった建設当初のイベント時の盛況ぶりについて話を伺った。朝食 後に近所のアスパラ農家まで徒歩で出向き,ビニールハウス内での草取りやアスパラの収穫体 験を行った。収穫したアスパラの一部を分けていただき,当日の夕飯に利用することとした。 この日は晴天が期待できたので,阿蘇パノラマラインを通って一気に中岳火口を目指し車で 阿蘇山ロープウェイの下駅まで行った。駐車場に車を置いて,阿蘇山ロープウェイに乗り,終 点の火口西で降りて中岳火口周辺で火口の様子を観察した。この日の火山活動は穏やかで火口 内の湯だまりをよく見ることができた。2011年度は運悪くロープウェイが点検整備のため運休 していて車で中岳火口まで上ったため,下りも車を利用せざるを得なかったが,2012年度は火 口から砂千里ヶ浜を経由するトレッキングルートを徒歩で巡ってから駐車場に戻ることができ た。砂漠のような荒涼とした砂千里ヶ浜でのトレッキングは,その静けさと相俟って非日常的 な観光体験の醍醐味を提供してくれた。 砂千里ヶ浜からロープウェイ下の駐車場まで歩き,車で草千里ヶ浜まで行き昼食を済ませて から乗馬のできる草原を堪能し,火山博物館の上側にある草千里展望所からの眺望を観察した。 南阿蘇村側に下山ルートを車で下り,阿蘇地域の中でも最も水量の豊富な「白川水源」を訪 れた。100円の環境保全協力金を支払って入場し,きわめて透明度の高い湧水池および水路を 見学した。湧水から少し上側に設置されている「足水場」は,2011年度には,その周りに足拭 き用の雑巾が多数干されていて,品格と美しさに欠ける点が気になったが,今回はそれらも除 去され快適な空間となっていた。さらに,白川水源に至る森の中の遊歩道の途中に,壁面が鮮 やかな水色で塗装された公衆トイレがひときわ目立っており,2011年の時と変わらず,大いに 違和感があった。水にちなんで水色にしたものと思われるが,安易な色彩選択は,落ち着いた 自然と清流の醸し出す雰囲気を台無しにしており,学生の多くもそのように感じていた。 直売物産館の「あそ望の郷くぎの」および地元のスーパーで自炊の夕食のための食材を調達 し,2011年度と同じ宿泊場所の移築古民家を生かした民宿「野わけ」に向かった。この民宿は, 久木野温泉「木の香湯」の近くにあり,徒歩数分で温泉に行けるのが魅力である。夕食には朝 収穫したアスパラをゆでて,おいしくいただくことができた。 【4日目】 この日は晴天に恵まれた。付近の白川での水害の爪痕を見届けた後,日本一長い駅名をもつ 無人駅の「南阿蘇水の生まれる里白川高原」駅に立ち寄り,のどかな農村地帯を走る南阿蘇鉄 道のトロッコ列車を見送った。次いで阿蘇地域で最古の歴史を誇る地獄温泉まで上り,その概 観を観察した。有料で入浴体験もできるのだが,時間が十分に無く入浴は見送ることとした。 一旦車で下ってから,阿蘇地域随一の観光利用客数を誇る阿蘇ファームランドに立ち寄り,米 塚の南側を通って阿蘇パノラマラインに合流して阿蘇市側に入った。途中で杵島岳の山腹が7 月の豪雨で大きく崩れ,土石や樹木が道路にまで落ちている箇所が多数見られた。山を下って 「JR 阿蘇駅」と「道の駅 阿蘇」を見学し,「はな阿蘇美」の農村レストランやバラ園および土 産物売り場を見学した。農村レストランについては昼食をバイキングで提供するようになって いたが,料金設定が高めのため学生たちにとっては魅力的には映らなかったようである。 車での走行中に奇妙な巨大建造物が目に入ったので,近づいてみた。それは水害対策のため
の遊水池に設けられた「内牧遊水池水門(主ゲート)」の機械室建屋であった。コンクリート の水門の柱の上に設けられた巨大なログハウス風の機械室が,田園地帯の中で高々と立ち上 がっているため,不安定に見え景観的にも違和感をもたらしていた。その後,阿蘇地域随一の 展望台として著名な「大観峰」に上がり,雄大な阿蘇の眺望と大草原の広がりを体験した。好 天に恵まれ,阿蘇地域のカルデラ地形を望む大展望をほしいままにすることができた。大展望 を堪能した後,内牧温泉に下り,閑散とした温泉街を通り抜けて,宿泊先の手野集落の民宿に 向かった。阿蘇市役所からは当初,宿泊先として別の民宿を紹介していただいていたが土砂災 害の影響を受けたと言うことで急遽,より安全な場所にある民宿「清流」に変更した。 この民宿は翌日訪れる国造神社のすぐ近くにあり,建物も新しく清潔感も高く,さらに根子 岳への眺望も開けた小高い場所にあって,快適に宿泊することができた。ただ,宿のご主人の 案内により車で出向いた温泉は,阿蘇駅の近くにある「阿蘇坊中温泉夢の湯」であり,手野集 落から行くにはやや遠い印象を免れなかった。 【5日目】 民宿を出て,2011年と同様に「国造神社」で阿蘇神社の神官に来ていただいて説明を聞き, さらに手野名水会の会長に手野集落をガイドしていただき,昔ながらの農村集落や古墳の内部 を見学した。地元の空き家を利用して竹明かりの作品を制作販売している若手の工房にも寄り, 東京でのイベントにも出品しているとの話を聞いた。この集落ガイドツアーには一人につき 500円がかかるが,地元ならではの情報提供をするという意味では,必要な措置と思われる。 昼食は阿蘇神社の門前町である「水みず基き巡りの道」に店を構える食事処で,各自任意に済ませ た。2011年度は,(財)阿蘇地域振興デザインセンターの勧めで1,400円の地元合作定食を全員 で予約したが,特製のジャンボいなりが大きすぎるため飽きてしまうといった問題点があるこ とが学生より指摘されていたため,今回は学生が自由に食事のできる所を探すこととした。 水基巡りの道の大部分の店舗の前には湧き水が出ていて,これを活かした町並み作りと商品 開発が功を奏して,かつて廃れていた商店街を復活させている。昼食後2千年の歴史を有する 阿蘇神社を見学してから,「(財)阿蘇地域振興デザインセンター」に行き事務局長から地域振 興に関してのレクチャーを受けるとともに,水基巡りの道が現在の活気と景観を作り出すまで の取り組みについて話を聞いた。 その後,最後の宿泊場所としている小学校の廃校舎利用の宿泊施設「なみの やすらぎ交流館」 まで移動し,阿蘇市観光課と阿蘇市観光協会のスタッフに来ていただいて,食堂にてレクチャー を聴講し質疑応答の時間を設けた。 ここでの夕食は元校庭の一角に設けられたバーベキューハウスでのバーベキューであった。 阿蘇での実習の最後の晩ということで,学生たちはあっという間の実習期間を名残惜しんでい た。 【6日目】 現地実習の最終日である。宿泊利用した「なみの やすらぎ交流館」のスタッフから施設の 概要説明を聞き,第三セクターとして独立採算でしかも多人数向けに作られている宿泊部屋(元 教室)の利用促進のために様々な集客イベントを企画するなど,工夫を重ねていることを学ん
だ。 帰路,阿蘇くまもと空港に向かう途中で道の駅波野に立ち寄り,産山村の牧草地帯を経由し て城山展望所で阿蘇五岳の眺望を見届けてから,南阿蘇村へと向かった。途中,俵山トンネル を通り農産物直売施設でもある「萌の里」で昼食を済ませ,阿蘇くまもと空港でレンタカーを 返却した。 2.実習による学生への教育効果 (1)問題意識を持って現地に入ることの重要性の認識 本実習では,事前に阿蘇地域に関する観光の現況について机上調査させた。この作業を通し て現地に関する問題意識を醸成させることができる。つまり,現地に関しての様々な予備知識 が,現地に行ったときに目に入るものに対しての感度を高めてくれることによって,新たな発 見につながると考えられる。 学生たちにとって,表1に示す事前調査課題として課した各テーマは,阿蘇地域の観光を考 える上で重要な視点となった。こうした多面的な視点を持ち合わせることによって,新たに別 の地域での観光振興を考えようとする際にも,有用な手がかりが提供されることになる。 (2)合宿による相互信頼関係の強化 実習参加という同じ目的を待った学生たちが集い,合宿によって「同じ釜の飯を食う」こと になり,寝食を共にしたり同じ温泉につかったり,さらには課題を分担したりすることで,通 常の授業では得られない個性を相互に発見することとなる。その結果,実習が終わる頃には相 互にその個性を尊重し,同士としての信頼関係と絆のようなものが生まれてくる。こうした経 験はその後の人生において欠くことのできない重要なセンスとなるものと思われる。 3.今後の実習の進め方に関する提案 (1)レンタカー利用の経費節減効果と配慮事項 阿蘇地域での観光学実習では経費的な問題から参加学生を集めるのに苦労する。レンタカー を用いることで,以下のような経費的な問題を軽減することができる。 ①参加人数に応じた大きさの車を借りることによって,一人当たりの負担額が大幅に変動しな くて済む。 ②引率教員が運転手を兼ねるため,特に運転手の人件費を無視することができる。 ただし,レンタカー利用の場合には,安全第一で考えておく必要があり,運転者の体調や眠 気に応じて,即座に運転を休止し休憩を取ることができるように,関係者間で合意しておく必 要がある。 (2)各回の実習経験をフィードバックして次の実習に活かす 2011年度の実習経験を踏まえ,今回は宿泊施設に関する条件や農作業体験について見直しを 図り,快適な宿泊とともに,自ら収穫した作物を新鮮な状態で食べられるようにすることがで
きた。こうした改善サイクルを少しずつでも年々重ねていくことが,実習をより効果的なもの としていく上で,重要と考えられる。 (3)ヨーロッパ水準のグリーンツーリズムを目指して 我々が目指すべきグリーンツーリズムの手本はヨーロッパにある。宗田好史(2012)10)や金 丸弘美(2012)11)が指摘するように,EU 諸国では農村地域でも良好な景観を保全するための 規制があり,勝手に建築物の意匠を変更したり看板を掲出したりするようなことはできない。 しかも農産物の品質を保証する認証制度が厳格に適用され,それを提供する宿泊施設やレスト ランが明確に分かるようになっている。宿泊施設は日本の民泊のように,民家の一室をそのま ま利用するのではなく,あくまでもツーリストを快適にもてなすために農家とは別のベッド ルームとシャワールームを用意していてプライバシーも保たれ,日本のビジネスホテルよりも 快適で個性もあるという。 つまり,美しい景観の中で快適に宿泊でき,しかも間違いなくおいしい食事やワインが提供 される仕組みが用意されていることが,グリーンツーリズムを定着させている。阿蘇地域にお いてもイタリアなどでの実例を参考に,国や県をも巻き込んでより水準の高いグリーンツーリ ズムの実現を目指した取り組みの推進を期待したい。 謝辞 観光学実習(阿蘇)を実施するために,阿蘇地域の様々な組織や方々に協力をお願いした。 ここに記して謝意を表したい。 環境省九州地方環境事務所(後藤統括,杉田様),環境省南阿蘇ビジターセンター(井上様), 南阿蘇村企画観光課,阿蘇市観光まちづくり課,阿蘇市観光協会,(財)阿蘇地域振興デザイ ンセンター(坂元事務局長),なみの・やすらぎ交流館,南阿蘇村の民泊の皆様,阿蘇市手野 集落の民宿の皆様,阿蘇神社の神官(宮川様),手野名水会(山城会長),東海大学農学部(阿 蘇校舎),およびこれらの組織等のスタッフの皆様。 補注 (注1)観光学実習(阿蘇)の募集要項には,実習目的として以下のように記している。「阿蘇は日 本を代表する観光地です。阿蘇くじゅう国立公園の入口にある農学部と連携し,阿蘇の恵み“大 自然,水,温泉”と“農作物,羊や牛たち”とを資源とした新しい観光を発見する実習です。雄 大な阿蘇の中の探勝コースの確認や,農作業体験,地元で観光振興や地域づくりに活躍する方々 の話の聴講などを通じて,阿蘇の新たな魅力を発見し,新しい視点から観光振興を考えます。実 習初期には眺望景観の簡易 CG 作成手法も習得します。」 (注2)グリーンツーリズムとは,農山漁村地域で,そこの自然,文化,人々との交流を楽しむ滞 在型の余暇活動である。日本では農水省が1992年6月に公表した「食料・農業・農村政策の方 向」の中で位置づけられており,「地域全体の所得の維持・確保を図る観点から多様な就業の場 を創出するための施策として,都市にも開かれた美しい農村空間の形成にも寄与するグリーンツ ーリズムの振興を図る」とされている。1995年に農林漁業体験民宿業の振興を中心に据えたグリ ーンツーリズムの推進を図るための法律「農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関
する法律」が施行され,その2年後の1997年には全国で700数十軒もの民宿が登録された2)。し かしながら,日本のグリーンツーリズムの水準は,ヨーロッパのそれと較べるとかなり劣ってい るのが現状である10,11)。 (注3)もとより地域の観光事象は,あらゆる分野が関連し合って成り立つきわめて複雑なシステ ムによってできあがっており,その一部だけを取り上げてみても,地域の全体像をとらえること は不可能である。関連するあらゆる要素が相互に関わり合って,地域という大きなシステムを生 み出しており,単に要素が集積しているだけではなく,各要素が相互に関係し合いながら全体と して固有の特質を生み出しているのである。つまり,要素還元主義では捉え難い性質を,地域の 観光現象は備えている。 (注4)阿蘇地域では(財)阿蘇地域振興デザインセンターが中心となって阿蘇地域の市町村境界 を越えて広域の観光振興・地域振興に取り組んでおり,「阿蘇カルデラツーリズム」を広域連携 のための観光振興のキーワードとして掲げその中で「グリーンツーリズム(農村)」,「タウンツ ーリズム(まち)」,「エコツーリズム(自然)」を観光振興の柱としている。さらに世界ジオパー ク認定を目指した動きも活発化しており「ジオツーリズム(地形・地質)」も観光振興の要の一 つとしている。 (注5)カシミール3D は杉本智彦が作成したフリーソフトで,国土交通省国土地理院発行の各種デ ジタル地形図(地図画像,メッシュ標高など)のデータを使って,全国の任意の場所における地 形景観をパソコン上で瞬時に描画する機能を有している3,4,5)。 (注6)現地での移動手段として貸し切りバスを利用すると,少なくとも1日5∼6万円の費用が かかり25名以上の参加者数がないと一人あたりの学生負担が大きくなりすぎること,さらに農村 や山岳地域の狭隘な道路の通行ができないこと,適当な駐車場が確保しにくいこと,宿泊施設へ の送迎時間の調整が困難なこと,天候による視察コースの日程変更が困難なことなど,阿蘇地域 ならではの観光事象をきめ細かく確認する上で好適な手段とは言えない。国内における実習・研 修の参加費は学生にとっての最大の関心事であり,これが少しでも高くなると募集人員の確保が 難しくなる。 (注7)サマーセッション科目の履修登録期限は他の科目よりも遅く設定されている。2011年度の 実習参加学生の意見では,10万円を超えるか否かが参加を左右する判断基準となっており,こう した定員の確保は非常に重要となる。 参考文献・引用文献 1)佐藤誠 編著,1993,『阿蘇グリーンストック 農と命の危機のなかで』,石風社 2)農林水産省構造改善局 農政部構造改善事業課 監修,1997,『グリーンツーリズムのすすめ 季 節の風の中で』,大蔵省印刷局 3)杉本智彦,2002,『カシミール3D 入門』,実業之日本社 4)杉本智彦,2002,『カシミール3D GPS 応用編』,実業之日本社 5)杉本智彦,2003,『カシミール3D パーフェクトマスター編』,実業之日本社 6)佐藤誠 監修・(財)日本交通公社 編集,2004,『魅せる農村景観 デザイン手法と観光活用への ヒント』,ぎょうせい,pp.92-102 7)加藤峰夫,2008,『国立公園の法と制度(自然公園シリーズ3)』,古今書院 8)阿蘇カルデラツーリズム博覧会実行委員会・(財)阿蘇地域振興デザインセンター 企画・編 集,2011,『阿蘇ゆるっと博 公式ガイドブック』,ウルトラハウス 9)環境省自然環境局 監修・(財)国立公園協会・(一財)自然公園財団 編集・発行,2012,『自然 公園への招待 国立公園・国定公園ガイド』(第4版),(財)国立公園協会・(一財)自然公園財 団 発行
10)宗田好史,2012,『なぜイタリアの村は美しく元気なのか 市民のスロー指向に応えた農村の選 択』,学芸出版社
11)金丸弘美,2012,『イタリア・スローフードの始まり 明確なコンセプトを持って選定する』, 「地方行政」2月16日,時事通信社