第 69巻 第 4号 1997年3月 153-171
会計原則の解釈における客観性の問題
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は じ め に 一般に,具体的な事実関係を確定する事実認 定と,個々の事実関係に適用すべき法規範を選択してその意味内容を解明する 法の解釈というこつの作業に分けられ,伝統的に,適用されるべき法規範を大 前提,具体的事実を小前提とし,法規範に事実をあてはめて判決が結論として 導き出されるという,法的三段論法方式によって理解されてきた。監査人の監 裁判における法の適用過程は, このような法的三段論法方式でとらえることができる 査意見形成過程もまた, 一般に認められた会計原則を大前提とし,経営者が と考えられる。すなわち, 行った会計処理を小前提とし,法規範たる会計原則に具体的事実たる会計処理 をあてはめて,監査意見が結論として導き出されるという形で,監査人の監査 意見形成過程を理解することができょう。 三段論法方式における大前提である法規範は,必ずしも一義 しカ〉しなカヨら, 的な演縛の前提となるのに十分な程度の明断さを具えているわけではない。 た,法律の条文に示された目的が解釈者にとって十分に一義的であるばあいは むしろまれであるとされる。 ま 監査人が判断基準として依拠する一 このことは, ム 一 品 般に認められた会計原則についてもある程度あてはまるであろう。つまり, (1) 田中成明著『法理学講義』有斐閣1994年, 305頁。 (2 ) 同様の見解として,瀧田輝巳著『監査構造論一会計における違反性と時間概念の研究 一』千倉書房1990年 3頁参照。尚,本稿は同著の第1章から示唆をうけているところ が多い。 (3 ) 碧海純一稿「現代法解釈学における客観'性の問題Jr岩波講座・現代法・現代法学の方 法』所収,岩波書底1966年, 12頁。-154ー 香川大学経済論叢 804 計原則の中には,そこに書かれている文言が多義的であいまいであったり,そ の目的が必ずしも一義的には明確とはいえないものが含まれている。そのよう な性格を有する会計原則を解釈する際には,どうしても監査人の主観性や価値 判断が入ってこざるを得ない。 そこで本稿では,そのような,価値判断が必然的に入り込む監査人による会 計原則解釈における客観性の問題を考察したいと思う。具体的には,会計原則 の一つである継続性の原則をとりあげ,まず,継続性の原則の目的ないしはそ れが要請される理由に関する様々な論者の見解を比較検討して,継続性の原則 の目的に関して必ずしも明確で一義的な解釈が存在するわけではないことを指 摘する。続いて,継続性変更のいわゆる「正当な理由」について,それを継続 性の原則の目的と関連させて考察する。最後に,それまでの検討・考察を承け て,会計原則の解釈における客観性の問題について,監査人による解釈を客観 化させるための諸条件の観点から若干の考察を加えたい。 II.継続性の原則に関する論争 L 継続性の原則の目的あるいは必要性 継続性の原則の目的あるいは継続性の原則が要請される理由に関しては,一 般に,財務諸表の期間比較可能性の確保と経営者による利益操作の排除の
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つ が挙げられることが多い。しかしながら,卑見によれば,継続性の原則の目的 ないしはその必要性について必ずしも明確で統一的な見解が存在するわけでは ないように思われる。そこで,ここでは,継続性の原則の目的ないしは必要性 に関する様々な論者の考えをみていくことにしたい。 (1) 財務諸表の期間比較可能性の確保 継続性の原則の目的あるいはそれが要請される理由として,まず財務諸表の 期間比較可能性の確保(以下,期間比較可能性の確保という)についての様々 な論者の考えをみていく。期間比較可能性の確保が継続性の原則の目的である か否かについては,それを積極的に肯定ないしは主張する論者と,消極的な立 場に立つ論者がいると考えられる。ここでは,まず,積極的に肯定する立場に805 会計原則の解釈における客観性の問題 -155ー 立つ論者の次のような見解を引用することにする。 「まず,財務諸表の期間比較性であるが,これは経営成績および財政状態の 動向を把握するための基本条件をなす。しかも,それらの動向把握は,利 害関係者が企業に対して意思決定を行うさいの不可欠の条件をなすもので ある。なぜならば,一期間だけの会計報告だけでは企業の状況把握,とり わけ将来性の推定が困難であるからにほかならない。したがって,企業会 計が,利害関係者に対し適合性(有用性)のある会計報告をなすことに基 本目的をおくかぎり,財務諸表は期間比較性をそなえていなければならな い。つまり,数期間の財務諸表を比較することによって企業の動向が把握 できるものでなければならない。 この期間比較性を確保するための手段が,継続性の原則にほかならない。 なぜならば,もともと数値の比較性は,測定基準ないし測定方法の同一性 を条件とするからである。したがって,各期間の財務諸表に期間比較性を 保たせるためには,同一の会計事実に対して同一の認識・測定基準ないし 方法が適用されていなIければならない。」 上記の見解においては,財務諸表利用者が企業について適切な意思設定を下 すためには一会計期間の財務諸表をよむだけでは必ずしも十分とは言えず,数 期間の財務諸表を比較してその趨勢をよみとらなければならないこと,そして そのためには,同ーの尺度ないし基準の下で財務諸表が作成される必要がある こと,それゆえに会計処理の原則及び手続の継続適用を要請する継続性の原則 が必要とされることが主張されている。 期間比較可能性が継続性の原則の目的ないしその存在理由であることを,上 記の見解と異なった角度から主張するものとして次のような見方がある。 「ところで,会計処理方法は,さきに例示したように複数に存在するところ (4 ) 山桝忠恕・ 23村剛雄共著『体系財務諸表論[理論編
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税務経理協会1992年, 135~136 頁。 (5 ) 同様の見解として,中村忠著『新稿現代会計学』白桃書房 1995年, 207頁を挙げること ができる。 (6 ) 吉田寛著『会計原理(第 2版)J中央経済社1995年, 74頁。-156ー 香川大学経済論議 806 から,一度採用した会計方法をみだりに変更しではならないという継続性 の要請が生ずる。この原則は会計数値の期間比較性を確保せしめたるため のものである。期間比較が可能であるようにすることは,実は損益計算の 相対的真実性を確保するためである。これは利益操作を禁止するというこ とよりもむしろ,方法の継続性が保たれなければ原価の期間配分とか費用 収益の期間的対応によって期間損益を決定することの社会的承認性を確保 することができないことを表明するものである。」 ここでは,継続性の原則が会計数値(財務諸表)の期間比較を確保せしめた るためのものであり,期間比較を可能にさせるのは相対的真実性(ここにおけ る相対的真実性とは,当該論者によれば,会計方法の選択適用が認められてい るうえで,ある一定の会計方法を選択しかっ継続したうえでの真実性を意味す る)を確保するためであるということ,そして動的会計のもとでは,方法の継 続性が保たれなければ(動的会計の特性である)原価の期間配分や費用収益の 期間的対応によって期間損益を決定すること自体社会的に承認され得ないとい う立場が主張されていると思われる。 続いて,期間比較可能性の確保が継続性の原則の目的であることについて, 消極的な立場に立つ論者の見解をみていくことにする。まず,最初の見解は, 毎期の収益額もしくは費用額が平準化(平均化)することが期間比較可能性に 資するという立場に立っているように思われる。それでは,その見解をみてみ ることにしよう。 「 一定の会計処理の方法および手続を毎期継続的に適用して作成された財 務諸表によっても,経営成績の期間比較がつねに必ず可能であるとは限ら ない。 例えば,減価償却の方法において定額法を採用した場合は,毎期の減価 償却費は等額であるから,すべての条件が同じ会計期間では,期間利益も 同ーとなり,したがって,期間比較は可能となる。しかし,定率法を採用 (7) 飯野利夫著『財務会計論(四訂版)~同文館 1994 年, 2 -32頁。
807 会計原則の解釈における客観性の問題 15iて した場合は,毎期の減価償却費は逓減するので,連続する会計期聞におい ては,他のすべての条件が同じであっても,各期間の利益は逓増すること になる。したがって,この場合には比較可能性は得られない。 このような事例はもちろん数少ないとはいえ,定率法が適用されている 場合も含めて,すべての場合を説明しうる継続性の原則についての理論が 要請されるのは当然のことである。」 上記の見解では,他のすべての条件が同じ会計期間の間では,定額法を採用 した場合には毎期の減価償却費が同額であるがゆえに期間利益が一致するが, 定率法を採用した場合には,減価償却費が逓減するがゆえに期間利益は逓増す るとし,たとえ前年度の同様の会計処理の原則ないし手続(この場合は定率法) を適用しでも比較によって経営成績を的確に判断することができないと主張さ れている。よって先ほど述べたように,この見解は,他の条件が同じであれば 収益もしくは費用が平準化することこそが,財務諸表が比較可能でトあるための 条件であるととらえているように思われる。したがって,この見解に従えば, 例えば,定率法を毎期継続適用したところで財務諸表の期間比較可能性を確保 することができず,それゆえ継続性の原則の少なくとも第一の目的を期間比較 可能性の確保とみることに消極的もしくは否定的な立場に立つことになる。 次に,同じく期間比較可能性を継続性の原則の目的とみることに消極的な立 場をとるものの,先の論者とは異なった角度からその立場を主張する論者の見 方をみていくことにする。すなわち,その論者は次のごとく言う。
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駒山継続性の原則の第1の目的つまり期間的な比較可能性の確保の問題で あるが,この比較可能性とは,財務諸表を期間比較するにあたってその比 較が有意義にできるということ,つまり比較の「有意性」にほかならない。 l…たとえば,時折みられるように,定額法の採用は比較可能性をもたせ ることができるが,定率法の採用は比較可能性を破ることになるとの主張 があるけれども,もしも当該固定資産の減価の発生の度合いが,現実に,毎 期均等的でなく逓滅的であるならば,その場合には定額法よりは定率法の (8 ) 新井清光著『企業会計原則論』森山書庖1985年, 114~115 頁。-158ー 香川大学経済論叢 808 ほうが,減価の事実を忠実に反映することになるから,かえって比較の「有 意性」つまり比較可能性を得るための正当な方法といわなければならない。 比較可能性をこのように比較の「有意'性」という見地から考えるならば, 継続性の原則を遵守することは直ちに,または常に比較可能性の確保につ ながるとはいえない。……比較可能性の確保は継続性を遵守することに よって常に達成できるというものではなく,逆にその情況を正しく反映す る原則等に変更することによってこそこれが達成できることもあることを 認識すべきであろう。」 上記の見解においては,期間比較可能性を比較が有意義にできるということ, つまり比較の「有意性」と解釈し,その見地から継続性の原則を遵守すること が直ちに,または常に比較可能性につながるとは言えず,むしろ情況を正しく 反映する会計方法へ変更することが比較可能性の確保に資する場合があるとい うことが主張されている。 以上みてきたように,財務諸表の期間比較可能性の確保が継続性の原則の目 的であるかどうかについては,積極的に肯定する立場と消極的な立場が共存し, 必ずしも統一的な見解が存在しないことがわかる。卑見によれば,ただ
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っこ こで指摘しうることは,前者が会計処理の原則ないし手続を継続適用すること 自体に価値を置いていると考えられるのに対して,後者は各々の根拠が異なる にしても,継続適用すること自体には必ずしも価値を置いていないと考えられ ることである。(
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経営者による利益操作の排除 継続性の原則のもう1
つの目的として一般的に考えられるのは,周知のごと く経営者による利益操作の排除(以下,利益操作の排除と略する)である。卑 見によれば,財務諸表の期間比較可能性と比べて,利益操作の排除を継続性の 原則の目的ないしそれが要請される理由として解釈することに関しては,多く の論者の間でほぼ一致した見解が存在するように思われる。例えば,会計処理 (9 ) もっとも,利益操作の排除は継続性を要請する目的機能ではなく,継続性を遵守した結 果もたらされるに過ぎないとする見解もある。吉田寛著,前掲書, 73~74 頁。809 会計原則の解釈における客観性の問題 -159 の原則及び手続の継続適用が要請される理由に関する次のような見解は,概ね ほとんどの論者の共通の理解であると考えられる。 「継続性の原則の理論性の他のひとつは,利益操作の排除効果にある。同一 の会計事実にふたつ以上の処理原則または処理手続が認められていると き,適用される原則または手続の任意変更を認めれば,利益操作の余地を あたえることになる。なぜ、ならば,財務政策的な意図によって,利益の過 少表示または過大表示に好都合なように,処理原則や処理手続を使いわけ ることが,制度的に容認されることになるからである。」 もっとも,利益操作の排除が継続性の原則の目的ないし機能であることに共 通の理解があったとしても,その目的ないし機能が有効に働いているかどうか についてはむしろ否定的な見解が多いように思われる。以上,継続性の原則の 目的ないし必要性について様々な論者の見解を検討してきたわけであるが,次 にこれら継続性の原則の目的を達成する際に中心的な役割を果たすことになる と考えられる,いわゆる継続性変更の「正当な理由」について,継続性の原則 の目的と関連づけながら検討していくことにする。 2.. 継続性変更の「正当な理由」 周知のごとく,企業会計原則注解3において rいったん採用した会計処理の 原則又は手続は,正当な理由により変更を行う場合を除き,財務諸表を作成す る各時期を通じて継続して適用しなければならない」と規定されている。この ように r正当な理由」が存在しなければ継続適用が要求されるということは, 逆に言えば「正当な理由」が存在すれば継続性の変更が認められるということ になる。そして r正当な理由」が存在し継続性の変更が認められるということ は,仮に継続性を変更しても,そのことが継続性の原則の想定している目的の 達成を妨げることにはならないかもしくは,想定している目的をある意味で犠 牲にしてさえも継続性の変更がむしろ必要とされるということであろう。ゆえ (10) 山桝忠恕・潟村剛雄共著,前掲書, 136~137 頁。
~160~ 香川大学経済論叢 810 に,当然のことかもしれないが,継続性変更の「正当な理由」は,継続性の原 則が想定している目的ないし機能と密接な関連を有しているといえる。した がって,継続性の原則の目的に関する解釈が,何が「正当な理由」であるかを 決定する主たる要因となるはずである。さらに言えば,継続性の変更理由の規 制は継続性の原則の目的の達成のための手段となるはずである。 それでは i正当な理由」として考えられる事象にはどのようなものがあるの か。日本公認会計士協会監査委員会報告第
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号「正当な理由にもとづく会計処 理の原則又は手続の変更について」を参考にした次のような類型化を参考にし て以下の議論をすすめてみたい。 ① 法令,会計原則等の変更を正当理由とする法令依存型 ② 財務的健全性を正当理由とする保守主義型 ③ 変更による合理的結果を正当理由とする合理論型(または,事実・事 象とその写像一会計的表現ーとの一致を理由とする写実主義型) ④ 不正な意図(利益操作の目的)がないことを正当理由とする動機論型 ⑤ 変更による財務的影響が軽微であることを正当理由とする重要性論型 ⑥ 変更の回数が少ないことを正当理由とする頻度論型 ⑦ 実務上の簡便化を正当理由とする便宜論型 以下では,これらのうちで②保守主義型,③合理論型ないしは写実主義型, ④動機論型の変更理由について,主としてこれまで検討してきた継続性の原則 の目的と関連づけて検討していきたい。まず,②の保守主義型の変更理由につ いて。保守主義の原則も会計原則の1つであるが,真実性の原則が最高規範で あることには共通の理解があるとしても,企業会計原則(及び注解)という制 文法の中での,継続性の原則と保守主義の原則の聞の優先順位は必ずしも明ら かでない。おそらく,各々の状況下での経営者のそして監査人の判断によって, これら2
つの会計原則の聞のプレファランスが決定されるのだろう。 しかしながら,保守主義の原則が i他の一般原則のように,本質的に理論的 (11) 新井清光著,前掲書, 116頁。811 会計原則の解釈における客観性の問題 161 規範性をもつもではなしむしろ将来の危険から企業を守り,企業財政の健全 化をはかるというすぐれて実践的な要請を基盤にして成立したもの」であると すれば,保守主義の原則を楯にとった会計方針の変更が「正当な理由」にもと づくものであるか否かについての監査人の判断は,きわめて実践的な価値判断 を含むものであると言える。さらに継続性の原則の目的と関連づけるならば, 「適当に健全な会計処理」を行うことが,期間比較可能性(継続性の原則の目 的の
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つとして期間比較可能性を積極的に肯定する立場に立っているとして) を確保することより優先し,なおかつ意図的な利益の過少計上たる「過度の保 守主義」に陥ることなく利益操作が排除されているという条件が満たされては じめて,監査人は保守主義型の変更理由を妥当なものとして認めることになる のであろう。 続いて,③の合理論型ないし写実主義型の変更理由と④の動機論型の変更理 由をここでは一応,セットで考えることにする。というのは,もし④の動機論 型の変更理由を単独で認めることになれば,その場合期間比較司能性の確保は 継続性の原則の目的と全くみなされないことになるか,もしくは比較の意味を 比較の「有意性」ととらえて,継続性変更の影響を注記で示せばことたりると いうことになるからである。そして,その場合,継続適用すること自体の意味 は全く存在しないことになる。そこで,利益操作の意図が存在せず、なおかつ明 らかに合理的な会計方法への変更(合理論型)であるかないしは企業の財務内 容をより適正に表示する会計方法への変更(写実主義型)であることが正当理 由となる場合を考えてみたい。仮に利益操作の意図が存在しないとしても,会 計方法の変更が「正当な理由」ありとして認められるからには,同一の基準な いしは尺度にもとづいて作成された財務諸表を数期間にわたってよむことに よって企業の趨勢を把握することにより得られるベネフィットより多くのベネ フィットが,その変更によって得られなければならない。このように,利益操 作の意図の有無に関する判断を含めて,合理論型ないし写実主義型の変更理由 (12) 森川八州男著『財務会計論(改訂版)1 税務経理協会1992年, 57頁。~162ー 香川大学経済論叢 812 の妥当性に関する監査人の判断は,継続性の原則の目的の重要性との比較もか らんで実践的な価値判断を含むものとなるはずである。 III.会計原則の解釈における客観性 これまでみてきたように,継続性の原則の解釈には,特に継続性の変更理由 の妥当性を判断する際に,監査人のきわめて実践的な価値判断が含まれる。で は,そのような実践的な価値判断を含む解釈をできるだけ客観的にするにはど んな方法があるのか。以下においては,そのような会計原則の解釈における客 観性の問題について考えてみたい。そこでまず,法解釈の技法を参考にして, 継続性の原則の解釈を,文理解釈の段階と目的論的解釈の段階に分けて考察す る。 1. 文理解釈の段階 文理解釈とは,法文を構成する個々のことばの通常の意味および文法の諸規 則にかんがみ,法文が持ち得る意味を説明し,もしそれが不明噺であれば,そ の不明断さの範囲を示すこととされる。注解
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における「企業が選択した会計 処理の原則及び手続を毎期継続して適用しないときは,同一の会計事実につい て異なる利益額が算出されることになり,財務諸表の期間比較を困難ならしめ, この結果,企業の財務内容に関する利害関係者の判断を誤らしめることにな る。」という法文を,文理解釈するならば,同ーの会計事実について異なる利益 額が算出されることを原因として財務諸表の期間比較が困難となりその結果と して,企業の財務内容に関する利害関係者の判断を誤導するという好ましくな い状況が生み出される,と解釈されることになる。このように,法文を構成す る個々のことばの通常の意味および文法の諸規則にかんがみ法文の持ちうる意 味を説明する段階では,継続性の原則つまり会計処理の原則及び手続の継続適 用の要請の目的ないしは機能は,財務諸表の期間比較可能性の確保にあると解 (13) 碧海純一著『法哲学概論(全訂第二版)~弘文蛍 1989 年, 155頁。813 会計原則の解釈における客観性の問題 -163-釈されうると思われる。もっとも,注解3における「正当な理由」については, 文理解釈の段階ではその意味が不明断である。結局,文理解釈の段階では,継 続性の原則の目的ないし機能が財務諸表の期間比較可能性の確保にあること と,-正当な理由」はその意味するところが不明断であることが,認識される。 そして,この認識はおそらく価値判断ぬきの純粋な認識となる。ゆえにこの段 階での継続性の原則の解釈は非常に客観性が高いと考えられる。
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目的論的解釈の段階 もちろん,会計原則たる継続性の原則に関する解釈は文理解釈の段階で終わ るわけではない。文理解釈の段階の解釈では,-正当な理由」についてはその意 味の不明断さが認識されただけであるし,それになにより当該段階の解釈では, 継続性の原則の適用対象である問題領域の要請に応えているとはいえないよう に思われる。そこで,継続性の原則に対して文理解釈に加えであるいはそれを 出発点として次に目的論的解釈を施さねばならない。そして,目的論的解釈の 段階においては,解釈を行う者すなわちここでは監査人の実践的な価値判断が 混入してくることになる。ここにおいて目的論的解釈とは,-法規自体の目的・ 基本思想あるいは法規の適用対象たる問題領域の要請などを考慮しつつ,それ らに適合するように法規の意味内容を目的合理的に確定する」解釈といわれる。 例えば,継続性の原則の適用対象たる問題領域の要請を考慮して,継続性の原 則の目的ないしはそれが必要とされる主たる理由を,財務諸表の期間比較可能 性ではなく経営者による利益操作の排除であるとよみこむとすると,先に引用 した注解3
における法文を次のごとく解釈することも可能となる。 「……この注解3の記述において,前者の異なる利益額が算出されるという ことは,たんに後者の財務諸表の期間比較を困難にするということに対す る原因となるだけではなしそれ自体が,後者とは関係なく,企業経営者 (14) 田中成明著,前掲香, 312頁。 (15) 内川菊義稿「継続性の原則と商法計算規定(l)Jr同志社商学』第 35巻第 4号, 1983年, 23~24 頁。164ー 香川大学経済論議 814 の恋意的な利益操作をあらわすものとして,利害関係者の判断を誤らせる こと以上に,直接的に,利害関係者の利益そのものを害する危険性を包蔵 しており,したがって,この前者は後者のたんなる原因としてこれを軽く 取り扱うのではなく,前者を後者とともに並列的に,というよりはむしろ, 逆に,この前者の方を後者よりも重要視して,継続性の原則の主たる機能 は期間比較というよりはむしろ利益操作の防止にある,としてとらえるべ きであると考える。」 また,別の論者はさらに一歩踏み込んだ解釈を行い,会計処理の原則及び手 続の継続適用が要請されるつまり継続性の原則が要請される真意は比較可能な 財務諸表を得ることというよりむしろ,経営者の利益操作を排除し,財務諸表 の相対的真実性を保証するためであるとする立場にたち,注解
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が rもし同一 の処理の原則等を期間的に継続してこなかったことから生ずる本来比較不能な ものを比較して,そこから何らかの意味を見出そうとすることの不可能である ことを説こうとするのであれば,継続性の原則の基本的要請である利益操作の 防止ないし相対的真実性との関連にまったくふれられていないものとして適当 でなど」と述べている。この見解は,会計処理の原則等の継続適用は財務諸表 の期間比較可能性につながらず,それゆえ継続性の原則の目的は利益操作の排 除ないし相対的真実性の保証であるとみなして注解3そのものをきびしく批判 している。 以上2人の論者の見解をみてきたことからわかるように,目的論的解釈の段 階においては特にこの場合おそらく法規たる継続性の原則の適用対象たる問題 領域の要請を考慮してか,実践的な価値判断が大きく入りこんでくる。 ところで,先ほど述べたように,継続性の変更理由を規制することは,継続 性の原則の目的を達成するための主たる手段となるはずである。つまり,継続 性の原則の主たる目的を利益操作の排除とみなし期間比較可能性を軽視する立 場にたっても,利益操作の排除とともに期間比較可能性を重視する立場にたっ (16) 飯野利夫稿「継続性の原則についてJ(黒沢清編著『新企業会計原則』税務経理協会1975 年,所収)。815 会計原則の解釈における客観性の問題 165-ても,いずれの場合においても想定する目的を十分に達成する手段たりえてい るか否かが,-正当な理由」であるか否かを判断するうえで肝要となる。例えば, 継続性の原則の目的として期間比較可能性を重視しないかもしくは会計処理の 原則等の継続適用によってはそもそも比較可能な財務諸表は得られないとする 立場からすると,先に引用した変更理由の類型化のなかの④の動機論型が「正 当な理由」として単独で認められる可能性が出てくる。反対に,継続適用によっ て期間比較可能性が確保でき,それを継続性の原則の目的とみなしうるとする 立場にたてば動機論型の変更理由がそれ単独で「正当な理由」と判断される可 能性はほとんどない。したがって,目的論的解釈の段階における価値判断は, 「正当な理由」であるか否かの判断に大きな影響を及ぽすことになる。 3 解釈の客観化のための諸条件 これまで述べてきたように,会計原則の解釈には必然的に実践的な価値判断 が含まれている。それでは,そのような実践的な価値判断を含む解釈が,解釈 者たる監査人の恋意に流されることなくできるだけ客観性のあるものとなるた めにはどのような方法があるのか。ここでは,社会科学における認識の客観性 の問題に関するマックス・ヴェーパーの見解を基礎にして,監査人の解釈の客 観化のための諸条件について検討してみたい。 ヴェーノTーは「社会科学的および社会政策的認識の『客観性u と題する論文 のなかで,社会科学者が学術的著作において自己の価値判断を披濯する際に守 らなければならないこつの条件を提示した。監査人が会計原則の解釈の中に自 らの価値判断を導入することと,社会科学者が自己の著作において価値判断を 表明することを,同次元のレベルで論ずることは必ずしも適切であるとは言え ないかもしれない。しかしながら,ヴェーパーの見解は監査人による会計原則 解釈の客観化の問題にも重要な示唆を与えると考えられる。 価値判断を披涯するさいに守らなければならない第一の義務について, ヴェーパーは次のごとく言う。 (17) マックス・ヴェーパー稿『社会科学的および社会政策的認識の客観性』徳永悔訳
166ー 香川大学経済論叢 816 「第一の義務は,どんな尺度によって現実が測られ,価値判断が導き出され るのかを,いついかなる瞬間にも,読者と自分自身とにあきらかにしてお くことである。しかし実際には,まったく別々の価値を,いっしょくたに 混ぜ、あわせて,理想と理想、のあいだの闘争に強いて目をつぶり Iどれにも 何かを提供」しようとする態度が,あまりにもしばしばめにつくのである。」 ここにおいてヴェーパーは,価値判断を表明する際には,その基準となる尺 度もしくは物差しを読者と自分自身に対して明らかにせよと主張している。し かしながら実際には,自らの価値の物差しをはっきり明示せず I理想と理想、の あいだ、の闘争」に日をつぶ、って「どれにも何か提供」しようとする態度があま りにもしばしば日につくと彼は言う。 このことを,継続性の原則,とくに会計方針の変更理由の妥当性を判断(解 釈)する際の監査人に当てはめて考えればどうなるであろうか。まず,極論で はあるが監査人と企業の経営者とで異なった価値理念(上位目的)を持ってい ると仮定する。つまり,監査人の側では財務諸表の有用性と信頼性(換言すれ ば,財務諸表の相対的真実直)を,経営者の側では期間利益の平準化をそれぞ れの価値理念として持っているとする。そうすると,監査人は,財務諸表の有 用性と信頼性という価値理念を実現させるための下位目的のーっとして会計方 針の継続適用の要請を措定し,さらに当該下位目的を達成させるための手段と して継続性の変更理由を規制することになる。他方で,経営者は期間利益の平 準化という価値理念を実現させるために,会計方針の変更理由を監査人とは異 なった観点から,むしろそれを創造しようとさえする。 このように監査人と経営者との聞で上位に置く価値理念が異なっているとす ると,それを実現させる手段の性格も自ずと異なってくる。つまりたとえば, ひとしく合理論型(写実主義型)あるいは保守主義型の変更理由といっても, 監査人の価値理念の実現に資する場合の当該タイプの変更理由と,経営者の価 値理念の実現に資する場合の当該タイプの変更理由が必ずしも一致するわけで (~ヴェーパー・社会学論集』現代社会学大系 5 育・木書庖,所収入 15 頁。 (18) この見解については,山桝忠恕・潟村剛雄共著,前掲害, 137頁参照。
-167二一 会計原則の解釈における客観性の問題 817 はない。実際のところ生じている疑念は,経営者の側で,先に挙げたタイプの の変更 変更理由のうち,特に保守主義型の変更理由と合理論型(写実主義型) 理由の旗印のもとに期間利益平準化のための利益操作が行われているのでない たとえ監査人の側で,経営者による会計方針の変更に かというものであろう。 その価値判断の尺度もしくは 物差しとなった価値もしくは理想(つまり,保守主義の立場かあるいは写実主 義ないしは簡便主義の立場か等) 「正当な理由」が存在すると判断したとしても,
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-を明らかにすべきである。経営者が財務諸表 に注記する会計方針変更の理由と,監査報告書における監査人の側での会計方 針変更の「正当な理由」がいつも常に一致すると,監査人が本当に自らの価備 の尺度にもとづいて判断を下したのかあるいは,経営者の示す変更の理由にた もし後者の場合であれば,監査人は だ追随しただけであるのか判然としない。 に強いて自をつぶって rどれにも何か提供」 「理想、と理想とのあいだ、の闘争」 しようとする態度をとったことになるのではないだろうか。 したがって,経営者の側と監査人の側で変更理由の中身が異なっていたとし として ても,監査人は経営者の示す理由と異なった変更理由を「正当な理由」 監査報告書に記載することもあえて辞さないという覚悟が必要かもしれない。 会計方針の変更を行う経営者の真の意図が会計表現の改善にあるの ム 京 もっとも, ではなく,企業利益の平準化にある場合には経営者は、実。をとるために, 計方針の変更の理由をめぐって監査人と争うようなことは避けるだろう。 そういう場合でも,監査人が経営者との摩擦を回避するためか, らの価値判断を明確に示すことなく経営者の示す理由にただ追随するよりは, むしろ少なくとも監査人の解釈(判断)の客観性という観点からはましでろう。 ともあれ,監査人による会計原則の解釈が実践的な価値判断を不可避的に含む の客観性を担保するためには, 判断が導き出される源となった物差しないしは尺度が明らかにされる必要があ しか 自 しなカ宝ら, その価値 その解釈(判断) ものであるかぎり, る。 次に,社会科学者が価値判断を表明する際に守らなければならない第二の義 鳥羽至英著『監査基準の基礎[第 2 版J~ 白桃書房 1994 年, 381頁。 (19)OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
-168- 香川大学経済論叢 日 曲 務についてヴェーパーは次のように言う。 818 '"..考える研究者が発言をやめ,意欲する人聞が発言しはじめているのだ ということ,いいかえれば,議論はどこでは理性に,どこでは感情に訴え ているかということ。これをいつもはっきりさせておかなければならな し ~oJ ここでヴェーパーは,第二の義務として自他に対する認識と評価の明確な区 別を要請している。換言すれば,自己のそのときどきの論述のうち,どの部分 が純粋に論証されたものないしは経験的な事実認定であり,どの部分が実践的 評価であるかを自他に対して明確に示さなければならないことを要請してい る。 では,継続性の原則の解釈にこの第二の義務を当てはめて考えるとどうなる のか。継続性の原則の対象となる継続性の変更が一般に公正妥当と認められる 会計処理の原則及び手続から,同じく公正妥当と認められるものへと変更され た場合であることは評価ぬきの純粋に客観的な認識と言えよう。そして,変更 後の会計処理の原則及び手続が一般に公正妥当と認められる由縁たるその正当 性じ当該変更そのものの正当性が別のものであるとする理解もまた認識の範 鴎に含まれるのではないかと思われる。ところが I当該変更の正当性を論証す るための「正当な理由J (例えば,先入先出法から後入先出法への変更を論証す る場合の「正当な理由」として名目利益の排除による財務健全性の確保,つま り保守主義)が当該変更後の原則等の正当性を裏づける理由(例えば,
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正 当性を裏づけている保守主義)ともなっていることに着目するならば,正当な 原則等聞の変更であるかぎり(つまり継続性の対象となる変更であるかぎり) そこには変更の正当性を論証する正当な理由が自ら存在していると考えざるを えないのではないかと思われるりといった見解は,認識を越えた評価であると 考える。ヴェーパーが危慎したのは,このような評価が誤って認識の名の下に 表明されることだ、ったように考えられる。 (20) 徳永拘前掲訳稿, 16頁。 (21) 新井清光著,前掲書, 117頁。819 会計原則の解釈における客観性の問題 -169ー ところで,会計上の判断は,会計行為の指針をめぐる判断,いいかえれば, いかに会計すべきかの当為判断(Sollensurteil)が主題である。そして,当為判断 は認識判断と価値判断の合成であり,価値判断を所与のものと前提すれば,認 ω) 識判断の検証可能性にてらして,当為判断の成否を検証することができる。 ヴェーパーによれば,社会科学的認識は,価値理念(価値判断)によって初め て対象が定められる。つまり価値判断によって認識が促される。企業の経営者 の場合もまず最初に価値理念(価値判断)があり,その価値判断を基礎におい て会計をめぐる周囲の状況(企業をとりまく社会的・経済的な諸要因や企業内 部の諸要因)に関する認識判断(事実判断)を行ったうえで,適用すべき会計 方法が選択される(すなわち,当為判断がなされる)ことになると考えられる。 ヴェーパーが強く主張しているのは,ここにおける価値判断と認識判断(事実 判断)との明確な区別だろう。つまり,価値判断が先行しているから,それと 事実判断を区別せよという要求が必要となるのである。当該企業の会計をめぐ る周囲の状況が経営者の価値理念の実現にとって不都合で動かしがたいもので ある場合には,経営者は価値判断と認識判断を混同させて,自ら価値理念の実 現にとって都合のいいように認識判断をゆがめ,その結果として当該状況に適 合しない誤った当為判断がなされる可能性が十分にあるといえよう。 監査人の価値理念が財務諸表の信頼性と有用性にあると仮定すれば,このよ うな場合に監査人は経営者をして自らの価値理念を修正せしめるとともに,価 値判断と認識判断を峻別させて,適切な当為判断を促す必要がある。このよう な形で経営者による会計原則解釈の客観性を担保することは,監査人のひとつ の役割ではないかと考えられる。さらに言えば I会計行為の結集である財務諸 表も,監査行動の結集である監査意見も,いずれも,会計原則の実践的解釈に
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ついての責任が集約されたもの」であるならば,このような監査人の役割は, (22) 青柳文司著「新版会計学原理』中央経済社1979年。 106頁。 (23) 住谷一彦・小林純・山田正範共著 Iマックス=ヴェーバー』清水害院209真。 (24) 向上容, 210頁。 (25) 瀧田輝巴著,前掲書, 22頁。-170ー 香川大学経済論叢 820 結果として監査人自身の会計原則解釈の客観性を担保することになるのではな いかと考えられる。
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結びに代えて 本稿では,継続性の原則を例に挙げて,監査人による会計原則の解釈には実 践的な価値判断が不可避的に入り込んで、くることを指摘するとともに,そのよ うな価値判断を含む監査人の解釈(判断)が監査人の恐意に流されることなく できるだけ客観性のあるものとなるための諸条件について議論してきた。そし て,その議論の基礎においたマックス・ヴェーパーの社会科学における客観的 ω 認識のための条件についての見解は,概略つぎのような考え方であった。まず, 社会科学的認識は価値理念によって初めて対象が定められる,つまり,価値判 断によって認識が促される。そして,価値判断が先行して存在しているから, それと事実判断を区別せよ,という要求が必要となる。要するに,担会科学的 認識を生み出す営みには不可避に価値判断が作用することを自覚しつつ,それ と事実判断を不断に区別すること(ヴェーパーは,これを「価値自由の原理」 とよぶ)が,社会科学的認識の客観性のために必要条件のひとつであるとヴェー ノfーは主張する。さらに,ヴェーパーは,事実の分析(事実判断)から政策(当 為判断)を論理的ギャップなく取り出すことは不可能であると主張し,そして, そうであるがために当為判断を下す際には事実判断に先行する価値判断の基準 となる物差しつまり価値基準を明示することが,客観的認識のために必要とな るとする。 ここに挙げた客観的認識のための諸条件は,認識を行う者が心がけるべき努 力目標であって,いわば客観的認識の「主体的」条件で、あるといえる。したがっ て,会計原則を解釈(認識)する際の監査人に当てはめて考えてみた場合でも, (監査報告書に記載される会計方針変更の「正当な理由」と経営者がしめす「変 更理由」が異なるという巽常な場合を除けば)それは具体的な形で表面に現わ (26) ここで示した要約は,次の文献に基づいている。住谷一彦・小林純・山田正範共著,前 掲¥'t}, 203~210 頁。821 会計原則の解釈における客観性の問題 -171-れることのない精神(倫理)規定というべきものかもしれない。そういう意味 で,本稿で議論した方途は,本来主観的であることを免れえないかもしれない 監査人の判断から主観的な部分をまったく取り除くことによって,それを純粋 に客観的なものとすることを目標とするものではけっしてない。しかしながら, 「主観的なものを客観化したり,消去したりすることよりも,むしろ主観的な ものを客観的にみつめる態度が学の向上に資するのではないか」というスタン スで監査判断の合理化・客観化の方途を探求する研究もあながち無益ではない と考えられる。 (27) 青柳文司著,前掲舎, 109真。