<原著論文>
スキル習得のインセンティブと産業組織
福間 比呂志 *
*………保健医療経営大学非常勤講師 E mail:[email protected]1.はじめに
1.1. 本稿の背景 多国籍企業(MNE1)の海外アウトソーシングや企 業買収による海外直接投資(FDI)が以前にも増して進 展する最中、依然として高付加価値の技術が必要な産業 や製品分野では、国内生産を維持する企業や産業は数多 く存在する。しかし、企業の海外生産(オフショアリング) が海外の非系列独立企業とのアウトソ-シング(外部委 託契約基づく外注生産)で行われる場合、差別化された 最終財の部品生産において、当事者間の契約に不完備性2 が存在するケースがある。例えば、部品が最終財に特有 な関係特殊(Relationship-Specificity)なものであれば、 海外の下請け企業は、契約決裂した場合、契約の不完備 性により部品の生産コストを回収できなくなる。このよ うな状況を踏まえると、市場参入を新規に検討している 潜在的な MNE が本国のみで生産するか、海外で生産の 一部や全てを行うかの判断(生産地域の決定)は、本国 と海外との賃金格差や資源の要素賦存度に基づく生産性 等、技術的な条件だけではなく、外部委託契約における 当事者間の交渉力に依存することになる。 実際、近年の理論研究は、国際間の技術格差が、企業 の多国籍化を生み出す要因とする伝統的な研究3…に留ま らない。最近の研究では、[7]Grossman…and…Hart…(1986) に基づく、契約の不完備性が、労働や資本の所有権の権 限配分の在り方を通して、企業の生産地域の選択に影響 を及ぼすことが分析されている4。しかし、これらの研 究では、最終財に必要な特殊部品の生産要素として労働 や資本が、中間財の生産に際して、事前に生産地域に外 生的に備わっていることが前提なっている。また、近年Abstract
Unlike…previous…theoretical…studies…of…international…trade…based…on…incomplete…contract,…I…introduce…a…model…in…the… presence…of…workers’…decision…on…taking…part…in…the…vocational…training…to…be…a…skilled…worker.…In…this…setting,…it…is… assumed…that…domestic…workers’…skill…enhances…the…final-good…producers’…productivity.…I…analyze…how…the…workers’… ex…ante…decision…affects…the…final-good…producers’…decision…about…the…way…to…manufacturing…the…final…good:…whether… to…produce…all…of…the…intermediate…inputs…in…a…wholly…owned…affiliate…in…the…domestic…country…or…partly…to…outsource… an…intermediate…input…in…a…stand-alone…supplier…overseas. (JEL…Classifications:…F16,…F23,…J24,…L14,…L22) Keywords:多国籍企業、FDI、オフショアリング、不完備契約、関係特殊性 1……Multinational…Enterprise の略である。本稿では多国籍企 業を MNE と呼ぶことにする。 2……ここでの不完備性とは、[7]Grossman…and…Hart…(1986)、[8] Hart…and…Moore…(1990)に基づいて、特定部品を特定の価 格で購入する等、当該部品の外部委託契約において、事前 に効率的な契約が書けないことを意味する。その理由は、 当該部品の関係特殊性のために、部品の品質を第三者が識 別し、立証できないことに起因する。 3……例えば、[9]Helpman(1984)を参照。 4…… 例えば、代表的な文献として、[1][2]Antràs…(2003,…2005) を参照。 5……例えば、厚生労働省主催の求職者支援訓練等がある。のグローバル経済の進展に伴い、国内の労働市場が国際 競争に晒されている中、職業訓練によって、高度な職業 人や技術者の養成等、人的資本形成の動きがある5。こ のような事前の人的資本形成は、事後的に国内企業の生 産性に影響を与えることになる。その結果、最終財の生 産過程において、国内労働者の事前のスキル習得の意思 決定は、スキルを有する労働者を投入して、本国で垂直 統合的な子会社から中間財を生産するか、海外の非系列 サプライヤーから外部委託により中間財を調達するかど うかの事後的な企業の意思決定(make-or-buy…decision) に影響を及ぼす可能性がある。 Grossman…and…Helpman…(2002,…2005)、…Antràs…and… Helpman…(2004)…等、不完備契約論的アプローチに基づ く、FDI や貿易パターンに関する理論研究では中間財 の生産要素を、労働に限定している。しかし、これらの モデルは、労働者のスキル等、人的資本が、中間財の生 産に際して財の調達地域に事前に備わっていることが前 提になっている。従って、労働者の事前のスキル習得の 意思決定とそれによる事後的な生産性の向上が、これら のモデルには反映されてない。また、部品サプライヤー が中間財の生産を行うための参加条件が、企業の生産地 域の選択に及ぼす影響が分析されていない6。また、部 品サプライヤーと最終財生産者の交渉力が任意のケース での分析がなされていない。 本稿では、Antràs…(2003,…2005)のモデルを拡張して、 財の生産に際して、労働者が事前に自発的なスキル習得 を行う条件を分析する。また、最終財の生産企業が部品 を外部委託によって海外から調達する場合に、部品サプ ライヤーが部品の下請け生産を行うための条件を考慮し ている。そして、これらの条件を踏まえて均衡における 企業の中間財の調達方法と結果としての生産地域の選択 方法を分析している。 従って、本稿の特長は、労働者が事前にスキル習得の ための職業訓練を行うことで現地企業の生産性が上昇す るという仮定と部品サプライヤーが下請け生産を行う条 件に基づいて、MNE の事後的な市場参入の在り方を分 析している点である。更に、国内企業と海外下請け企業 の中間財に関する契約における仮定を、Antràs(2003、 2005)より緩め7、海外下請け企業の交渉力が任意の場 合で、契約の不完備性が MNE の市場参入に及ぼす影響 を分析している点が本稿の主な貢献である。 以上を踏まえて本稿の主な結果を示す。最終財の資本 集約度が労働者のスキル習得の限界費用に比例すれば、 労働者はスキル習得を行う場合、企業の交渉力が大きく、 自国と外国との賃金格差が小さい場合は、企業は自国で の垂直統合生産を行う。一方、最終財の資本集約度の大 きさに依存して、労働者がスキル習得を行う場合、企業 の交渉力が小さく、自国と外国との賃金格差が小さい場 合は、企業は海外アウトソーシングを行うこと等が導き 出される。 1.2. 先行研究 Antràs…(2003)…では、企業の境界内で貿易が起こる条 件に関する研究である。そこでは最終財の要素集約度に 関する貿易パターンの分析が実証的・理論的に行われて いる。その際、Grossman…and…Hart…(1986)等で指摘さ れた中間財の関係特殊な事前投資が仮定されている。そ こでは中間財の生産に伴う不完備契約が、所有権構造に 影響を与えることが一般均衡論的になされている。その 結果、労働集約的な中間財は、垂直統合的な生産下で は、部品サプラヤーの交渉力を弱め、部品の過少生産の 度合が大きくなるため、非系列サプライヤーによる部品 調達(外部委託生産=アウトソーシング)が望ましいこ とが述べられている。同様のモデルを用いて、プロダク トサイクル理論…(Vernon,…1966)を動学的な部分均衡モ デルによって、理論的に分析したものが、Antràs…(2005) である。その結果、資本集約的な財は、垂直統合的に子 会社で生産されるが、労働集約的な財は非系列サプライ ヤーから調達(アウトソーシング)されることが述べ られている。更に、Antràs…and…Helpman…(2004)では、 以上の先行研究の流れを踏まえて、企業の生産性に異質 性を導入している。そこでは、Grossman…and…Helpman… (2002,…2005)等、伝統的な流れをくむモデルで仮定され てきた、生産性の同質性(対称性)を生産性の分布関数 の導入によって、崩し、物的資産の所有権に基づいて企 6……[1][2]Antràs…(2003,…2005)では、市場参入に際して、部品 サプライヤーは事前に最終財の生産者に対して、トランス ファー(部品生産のライセンス料)を支払うことを前提に 議論がなされている。しかし、部品サプライヤーが多数存 在するという競争条件により、部品サプライヤーは、部品 の生産によって得られる利得とトランスファーの額が等し い水準で、つまり、利潤ゼロで部品の供給を行うとモデル 化されている。 7……[1]Antràs…(2003)では、最終財生産者(リサーチセンター) と部品サプライヤーの交渉力が等しいと仮定されている。 一方、[2]Antràs…(2005)では、最終財生産者の交渉力が部 品サプライヤーの交渉力よりも強いと仮定されている。 8……財にはライフサイクルがあり、財は円熟期になるに従い標 準化され、賃金の低い国で生産される傾向にあるが、非標 準的な新製品は賃金の高い国で生産される傾向があるとす る理論。
業の参入方法の在り方が分析されている。その結果、労 働集約的な産業部門では、生産性が低い企業は、先進国 でアウトソーシングを行うが、生産性の高い企業は開発 途上国でアウトソーシングを行うことが述べられてい る。一方、資本集約的な産業部門では、生産性が小さい 場合は、先進国でアウトソーシングを行い、生産性が中 程度ならば、先進国で垂直統合的な生産を行うこと。更 に、生産性が高い場合は、開発地上国でアウトソーシン グを行い,生産性が極めて高い場合は、開発途上国で、 垂直統合的な FDI を行うことが述べられている。 1.3. 本稿の構成 次節では、モデルの技術的条件の詳細を説明する。3 節では、労働者の意思決定を踏まえた各参入方法によ る MNE の利潤を求める。4節では、MNE の外部委託 の参加条件を導出する。そして、MNE がいかなる条 件で財の生産方法を決定するかを考察する。5節では、 MNE の意思決定を踏まえて、労働者が職業訓練に参加 するための条件を考察する。そして最終節では、MNE と 労働者の意思決定が両立する生産方法の均衡を導出する。
2.モデル
2.1. 生産の技術的条件 世界は南北で構成され、北は先進国であり、南は開発 途上国とする。北に位置する企業(潜在的な多国籍企業: MNE)は、差別化された最終財の生産を独占的に行っ ている。この最終財は本国(北)でのみ消費され、海外(南) へは輸出されないものとする。ここで北の消費者の需要 関数を、 … (1) とする。ここで、…y は最終財の生産量、…p は最終財の価格、 λは市場規模を表す。εは代替の弾力性を意味しており、 である。ここで、… (0 <… …< 1)は製品差別化の度合 を表している。故に、ε> 1 である。 最終財の生産要素である中間財は資本集約的ハイテク 部品と労働集約的ローテク部品から構成される。生産関 数を次のように設定する9。 … (2) ここで、… は資本集約的なハイテク部品の投入量、 … は労働集約的なローテク部品の投入量である。そして、… (0≦ ≦1)は最終財の資本集約度の大きさを決め る外生変数である。 MNE は最終財の生産に要する資本集約的なハイテク 部品を本国(北)から必ず調達する。しかし、労働集約 的なローテク部品は北の完全子会社から垂直統合的に調 達するか、南に位置する MNE の非系列の部品サプライ ヤーから調達することが出来る10。 南から調達する場合、部品サプライヤーが当該中間財 の生産費用を負担することになる。そして、契約決裂時 の当該部品の所有権は部品サプライヤーにあるものとす る。また、部品サプライヤーとの部品調達では、地域間 の情報の不完全性により、当該部品の品質を第三者は判 別できない。そのため、事前に契約当事者間で有利にな るように、当該部品の生産量や価格に関する効率的な契 約を事前に書くことができない。事前に契約当事者間で 9……Antràs(2003,…2005)、Antràs…and…Helpman…(2004)と同 様の生産関数の設定である。本稿では MNE の生産性は全 て同質であるとする。従って、北の MNE の意思決定は、 最終財の当該産業全体の意思決定に等しい。そのため本稿の タイトルを、「~企業組織」ではなく「~産業組織」としている。 10… ここでは、分析を簡略化するために、MNE が南で中間財 を外部委託する場合は、関税や輸送コスト等の貿易に関す る費用を考慮しない。例えば、ソフトウェア開発産業では、 プログラムのコーディング作業等でインターネット等、通 信技術を利用した外部委託が広く行われており、この場合、 電機産業や自動車産業等に比べて、外部委託に伴う輸送費 は極めて小さい。また、中間財の輸入に関わる為替レート の大きさも影響しないものとする。 図1:部品の調達方法分かっていることは、両者の事後的な収益配分のみであ る11。当事者案で契約が決裂すると、資本集約的なハイ テク部品と労働集約的ローテク部品の間に関係特殊性が 存在するため、部品サプライヤーは、ローテク部品の所 有権財を保有しているにも拘らず、部品の生産コストを 回収できない。そのため、両者間で部品の生産に関する 過少生産(=ホールドアップ問題)が発生する。しかし、 契約が決裂すれば、最終財生産者(MNE)は本国(北) で、系列子会社による垂直統合的な部品調達という外部 機会が存在をもつ。系列子会社による部品調達では、部 品サプライヤーは、MNE の部局という位置づけであり、 情報の完全性により部品の品質が明らかである。そのた め契約の不完備性は発生しない。 また、最終財の生産に際して、1 単位の中間財の生産 には 1 単位の労働投入が必要であるものとする。但し、 本稿のモデルでは、簡便化のため中間財の投入によって、 最終財は自動的に生産されるものと考え、中間財の組立、 最終財の生産工程では別途追加的コストは発生しないも のとする。また、中間財の生産は労働投入によってのみ 行われると仮定し、設備投資等の事前の固定費を想定し ない。従って、最終財の生産費用に関して、中間財の入 手地域の賃金率が限界費用になる。このことは、部品サ プライヤーが部品を外部委託生産する場合にいても同様 である。ここで、北の平均的な賃金率を 、南の平均 的な賃金率を とし、前者は後者よりも高い水準にあ るものとする。( > ) 2.2. 労働者のスキル習得 MNE の生産活動に際して、本国(北)の労働者に関 して、事前に当初スキルが平均的な労働者が存在する。 しかし、それらの労働者は職業訓練により、高いスキル をもつ労働者になることが出来ると仮定する。このよう な労働者を高スキル労働者と呼ぶことにする。この訓練 の主催者は本国の政府とも考えられるし、本社 MNE で あるとも考えられるが、本稿では、主催者が何であれ職 業訓練の実施費用は労働者のスキル習得のコストのみで あると想定している12。そして、このスキル習得のコス トは訓練に参加する労働者が負うものとする。そして、 本国の労働者が職業訓練を受けるか否かは、MNE の参 入方法に応じて決まる、総労働所得に基づいて決定され るものとする。労働者が事前の職業訓練により高いスキ ルを身に付けた結果、事後的に得られる総労働所得に基 づいて、労働者が職業訓練に参加する条件を求める13。 そこで、労働者のスキル習得のコストを、最終財の資本 集約度の関数 C(η)とし、次のように定める。 従って、最終財の資本集約度は、労働者が職業訓練に 参加する際のスキル習得の努力水準を同時に意味する。 ここで、モデル分析の簡略化のために、この関数を線形 関数であるとし、 とおく。ここで、 …は正の定数とする。そして、MNE が中間財を調達するとき、労働者が訓練に参加すれば本 国である北には高スキル労働者と平均スキル労働者の二 種類の労働者が存在することになり、国内の部品会社は 高スキル労働者に高賃金… … を支払い、ハイテク部品 を完全子会社で生産する。そしてローテク部品を本国で 調達する場合、平均スキル労働者に低賃金… … を支払 い、ローテク部品を完全子会社で生産することになる。 一方、労働者が訓練に参加しない場合は、本国には平均 的な労働者のみが存在し、ハイテク部品もローテク部品 も平均的労働者が依然として生産を行うことになる。そ して、北の労働者が訓練に参加すれば、最終財の生産量 が中間財の投入 1 単位あたり… … 倍に上昇と仮定 する。また賃金率の大きさの序列を、次のように定める。 2.3. タイム・ライン 第一段階では、労働者は職業訓練を受けるか否かの決 定を行う。第二段階で MNE は労働集約的中間財(ロー テク部品)の調達地域の選択を行う。MNE が本国での 中間財の生産を選択した場合14、第三段階では、中間財 の生産量・価格および労働者の総所得が決定される。そ して、第四段階で最終財の価格、生産量および収益が決 11…Hart…and…Moore…(1990)…、Grossman,…Sanford,…and…Hart… (1986)等を参照せよ。 12…簡便化のために、主催者の職業訓練の実施コストに関する 条件等を考慮しない。 13…労働者個人が、事後的な総労働所得に基づいて、事前にス キル習得の意思決定を行うという状況は、多少奇異に感じ られる。しかし、労働者個人がスキル習得を行う動機付け は、労働者個人が単に高賃金で、特定の企業に雇用される ということではない。スキル習得を行う動機付けは、スキ ル習得によって産業全体で雇用が新規にどの程度生み出さ れ、労働者の総所得がどれ程増加するかに依存すると考え るのが自然である。労働者の総所得の増加は、産業全体の 経営業績が好調であることのシグナルと考えられるからで ある。 14…垂直統合を意味する。
定する。MNE が中間財の海外生産を選択した場合15、 第二段階で中間財の生産量と価格及び労働者の総所得が 決定され、第三段階で中間財の生産量が、第四段階で最 終財の生産量と価格が、第五段階で契約当事者間での収 益配分がそれぞれ決定される。本稿では、以上の流れを ゲーム理論の逆向き推論法(backward…induction)によっ て、最終段階から逐次的に処理して、第一段階における 部分ゲーム完全均衡を求める。 (1)式を価格 p について整理し、上の問題の式に代入 した後、(2)式を用いて、中間財の投入量:h,m に関す る偏導関数を求めることにより、最終財の価格… …は、 … (3) と求められる16。故に、最終財の生産量を… …とすると、 (1)式と(3)式より、次の最終財の生産量(=需要量) が求まる。 … (4) 従って、生産性が上昇すると、価格が低下し、最終財の 生産量(=需要量)が増加することが分かる。生産関数 (3)式に代入すると、次のように中間財の投入量が求ま る17。 … (5) 従って、このときの本国(北)の総労働所得… …は、次 のように内生的に求められる。 … (6) これは生産費用に等しい。従って、潜在的 MNE の利潤… …は、最終財の収益 R=… …×… …から生産費用を引 くと次のようになる。 … (7) 3.2. 本国(北)での部品調達 ‐ スキル習得なしの場 合 労働者がスキル習得しない場合、先に述べた企業の利 潤最大化問題は、… …を… …と変え、τ= 1 とすればよ い。従って、最終財の価格… …、本国(北)の総労働所 得… …および潜在的 MNE の利潤… …は、それぞれ次の ようになる。 … (8)
t
スキル習得の
意思決定
生産地域の
選択
中間財の生産
量の決定
収益配分の
決定交渉
最終財の販売
収益の決定
1t
2t
3t
4t
53.産業組織
3.1. 本国(北)での部品調達 ‐ スキル習得ありの場 合 労働者がスキル習得に参加する場合、本国(北)国内 の労働者のタイプは二つに分類される。このとき MNE は低賃金… …で労働集約的なローテク部品の生産を、高 賃金… … で資本集約的ハイテク部品を生産し、最終財 を生産する。このとき、企業の利潤最大化問題は次のよ うになる。 15…外部委託(アウトソーシング)を意味する 16…導出過程の詳細は、文末付録を参照せよ。 17…導出過程の詳細は、文末付録を参照せよ。… (9) … (10) 3.3. 南での部品調達 ‐ スキル習得ありの場合 MNE が本国で資本集約的な中間財を生産し、海外ア ウトソーシングで労働集約的な中間財を調達し、最終財 の生産を行う場合を考える。不完備契約の前提により交 渉は中間財の生産より後に行われるので、逆向き推論法 により、ゲームの最終段階における MNE と海外の部品 サプライヤーとの総収益の最適配分問題を求めることに なる。 ここで外部委託における MNE の収益配分率(=両 者の交渉力)を… …、部品サプライヤーの配分率を1-… …とする。このとき、最終財の販売による総収益を… … 、MNE の収益を… …、海外の部品サプライヤーの 収益を… …とすると、… …=… …+… …が成立す る。また、海外アウトソーシングおける外部機会… …は 最終財の国内生産による利潤である。よって、MNE の 外部機会は… …、国内の労働者が訓練に参加しない場合 の利潤… …か、訓練に参加する場合の利潤… …の何れか になり、… …={… …,… …}となる。これは交渉ゲーム における威嚇点(thread…point)に相等する。 以上の設定に基づくと、MNE と海外の部品サプライ ヤーとの総収益の最適配分問題は、次の問題のナッシュ 交渉解を求めることに他ならない。 … よって、MNE と海外の部品会社の各収益配分は以下 のようになる。 … (11) MNE の利得は純レント( )と外部機会の和 に等しい。一方、部品サプライヤーの利得は純レントの みである18。従って、労働者が職業訓練に参加する場合 の MNE の利潤最大化問題は、… … となる。一方、ローテク部品の生産を受託する部品サプ ライヤーの利潤最大化問題は、 となる。従って、上記の問題を解くと価格… …は、 (12) となる19。このとき最終財の生産量… …は、 … (13) となる。生産関数より、MNE と部品会社の中間財の生 産量20は、… となる。よって本国の総労働所得… …は、以下のように 内生的に求まる。 (14) 従って、MNE の利潤は、次のようになる。 … (15) 同様にして、海外の部品サプライヤーの利潤は次のよう になる。 … …(16) 3.4. 南での部品調達 - スキル習得なしの場合 労働者がスキル習得しない場合、… … を… … と変え、 τ= 1 とすればよい。また、外部委託契約決裂時の MNE の外部機会は… …=… …となる。従って、最終財 の価格… …、本国(北)の総労働所得… …および潜在的 18…この理由は、交渉決裂後に部品サプライヤーに外部機会が 存在しないことに起因する。 19…式の導出過程は、(3)式と同様である。 20…式の導出過程は、(5)式と同様である。
MNE の利潤… … と部品サプライヤーの利潤… … は、それぞれ次のようになる。 … (17) … (18) … (19) … (20) 但し、… …は最終財の生産量を表し、 である。
4.企業の意思決定
この節では、MNE の南での外部委託(海外アウトソー シング)が行われる必要条件を踏まえて、本国(北)で の垂直統合生産と海外アウトソーシングが行われるため の最終財の資本集約度ηと MNE の部品サプライヤーに 対する交渉力φ、南北の賃金格差の条件を検討する。 4.1. 外部委託の成立条件 分析の準備のために MNE が海外アウトソーシングに より、海外サプライヤーからローテク部品を外部委託に より調達するための必要条件を考察する。この条件は本 国(北)での部品調達による利潤よりも、海外アウトソー シングによる利潤が大きいことが必要であり、 … (21) となる。この条件は労働者のスキル習得の意思決定に依 存しない。(21)の右辺を、… …とすると、 となる。これをηで微分すると、… … (22) となる。一方、部品サプライヤーの参加条件は、 … (23) となる。この条件は労働者の意思決定に依存しない。(23) の右辺を、… とすると、 … となる。これをηで微分すると、… … (24) となる。ここで、表現の簡素化のために、 … (25) とする。ωは外部委託において、収益分配比率で計った、 MNE と部品サプライヤーとの中間財の生産コスト比を 意味している。4.2. MNE の交渉力が大きいとき 交渉力φが大きい:… …のとき、… となる。故に、MNE の交渉力が大きいとき、(22)式 の符号は正となるので、… … は単調に増加する。 一方、(24)式の第二項は正となるが、右辺第 1 項との 大小関係で、… …のグラフの形状が定まる。以下、 ωに関する値の大きさに従って、図2の(ⅰ)~(ⅲ) の場合を分けて、… …のグラフの形状を考察する。 に 注 意 す る と、 以 下 の グ ラ フ を 得 る。 故 に、… …の範囲で MNE は海外(南)でアウトソー シングを行う。それ以外の範囲で MNE は北で垂直統合 的に生産を行う。 図2 まず、図2において…、ωが(ⅰ)の範囲にある場合、 すなわち、 … のとき、すなわち、ωが中程度のとき21、… … は 0< η <1 で下に凸になり、… … は単調な増加関数 になる。また、 21… ω≒ 0.5 のとき、これは南北の賃金格差… … が小さく、 MNE の交渉力φがあまり大きくないとき(φ≒ 0.5)、成 立する。 …図3 次に、図2において、ωが(ⅱ)の範囲にある場合、 となる22。このとき、… … は、0< η <1 の範囲 で減少関数になるが、… … は単調な増加関数にな る。このときωの範囲は中程度以上である。このとき、… … の範囲で MNE は海外アウトソーシング を行い、それ以外の範囲で MNE は北で垂直統合的に生 産を行う。 …図4 最後に、図2においてωが(ⅲ)の範囲にある場合、 すなわち、 22…ωが極端に小さくないとき、これは MNE の交渉力がφ≒ 1 とならないか、または賃金格差が小さくないとき成立す る。
のとき、(24)式の符号は正になり、… … は、0< η <1 の範囲で単調な増加関数になる。このときωの値は 極端に小さいことが必要である23。そして、… … の範囲で MNE は海外アウトソーシングを行い、それ以 外の範囲で MNE は北で垂直統合的に生産を行う。 まず、ωが(ⅰ’)…の範囲にある場合、 … となる。この条件は、…の値が小さくないときに成立 する24。このとき、 … は 0< η <1 で下に凸に なり、… … は単調な増加関数になる。そして、… … の範囲で MNE は海外アウトソーシン グを行う。それ以外の範囲で MNE は北で垂直統合的に 最終財の生産を行う。 …図5 4.3 MNE の交渉力が小さいとき MNE の交渉力φが小さい: のとき、… となる。従って、(24)式の符号は負になり、… … は単調な減少関数になる。一方、(22)の右辺の第一項 は正、第二項は負になるので、それらの大小関係で、… … のグラフの形状が決まる。以下、ωに関する 値の大きさに従って、図6の(ⅰ’)~(ⅲ’)の場合を 分けて、… …のグラフの形状を考察する。 23…ω≒ 0(南北の賃金格差… …が極めて大きいか、φの値が 極めて大きい:φ≒ 1)のとき成立する。 図6 図7 次に、ωが(ⅱ’)の範囲にある場合、すなわち、 のとき、つまり、ωの値が小さいときに不等式は成立す る25。このとき、… …は 0< η <1 で単調に増加する。 そして、… … の範囲で MNE は海外アウト ソーシングを行う。それ以外の範囲では、MNE は北で 垂直統合的に最終財の生産を行う。 24…MNE の交渉力φの値が小さく(φ≒ 0.5)、南北の賃金格 差… …が小さいときに成立する。 25…MNE の交渉力φの値がφ≒ 0.5、かつ南北の賃金格差… … が大きいとき成立する。
図8 最後に、ωが(ⅲ’)の範囲にある場合、すなわち、 が成り立つ26。このとき、… … は 0< η <1 で単調 な減少関数になるが、 … …より、 0< η <1 の範囲で海外アウトソーシングの参入必要条 件を満足できない27。 ◦ 命題 1:海外アウトソーシングの参入条件 1.交渉力φが大きい場合… ωが中程度以上の場合(南北の賃金格差… …が小さい場 合)、最終財の資本集約度ηが中程度(η≒ 0.5)であれ ば、MNE は海外アウトソーシングを行う。一方、ωが 小さい場合(南北の賃金格差… … が大きい場合)、最終 財の資本集約度ηが大きくないとき(η≒ 1 ではない)、 MNE は海外アウトソーシングを行う。 2.交渉力φが小さい場合… ωが中程度以上の場合(南北の賃金格差… …が小さい場 合)、最終財の資本集約度ηが中程度(η≒ 0.5)であれ ば、MNE は海外アウトソーシングを行う。一方、ωが 小さい場合(南北の賃金格差… … が大きい場合)、海外 アウトソーシングは行われない。 4.4 命題 1 の直観的解釈 MNE の交渉力が大きく、南北の賃金率にあまり差が ないとき、海外アウトソーシングによる MNE の利潤 は、最終財の資本集約度の大きさに伴って増加するが、 部品サプライヤーの利潤は、最終財の資本集約度の大き さに伴って減少する。そのため、最終財の資本集約度が 大きいとき、部品サプライヤーは外部委託契約を結ぶイ ンセンティブが弱まる。また、南北の賃金率の格差が大 きい場合、最終財の価格の低下を招くが、MNE の交渉 力が大きい場合は、MNE の利潤に大きな影響を及ぼさ ないので、最終財の資本集約度が極端に大きくない場合 に限り、MNE には海外アウトソーシングを行うインセ ンティブがある。一方、MNE の交渉力が小さく、南北 の賃金率にあまり差がないときは、ある程度、最終財の 資本集約度が大きくなければ、海外アウトソーシングに よる MNE の利潤は小さくなる。また、南北の賃金率の 格差が大きい場合、最終財の価格の低下が起こるため、 MNE の収益が減少する。従って、交渉力が小さい場合、 MNE は外部委託契約を結ぶインセンティブを持たな い。
5.労働者のインセンティブ
この節では、本国(北)の労働者の労働所得によって、 労働者がスキル習得を行う条件を考察する。仮に、スキ ル習得の学習コストをゼロとすると、 となるので、スキル習得の学習コストがゼロでも、スキ ル習得による生産性の向上が期待できなければ労働者は スキル習得を行うインセンティブを持たない。そのた め、労働者がスキル習得を行うための必要条件としてス キル習得により生産性の向上が十分期待できることが必 要である。生産性の向上が十分望めないとき、労働所得 の低下を招くので、労働者は職業訓練に参加するインセ ンティブを失う。従って、上記の条件を仮定して、以下 分析を行う。ここで次の仮定を置く。 ◦ 仮定:スキル習得による生産性の上昇率τは十分大 きい: この仮定の下では、MNE の参入方法の違いによる総 所得水準の大きさは、 となる。よっ て、労働者がスキル習得により、労働所得は高まるので、 スキル習得の学習コストとの比較に依存して、労働者が スキル習得を行うインセンティブがある。 26…ωの値が大きいとき(交渉力φの値がφ≒ 0、かつ南北の 賃金格差… …が小さい)に不等式は成立する。 27…η >1 の範囲で、参入の必要条件を満たす可能性があるが、 これは不可能である。5.1. 労働者が MNE の海外アウトソーシングを予想す る場合28 …が満たされる条件、すなわち、労働 者のスキル習得の参加条件、すなわち … (26) が成立する条件を考える。ここで不等式の左辺は、常に 労働者のスキル習得の努力水準ηの減少関数である。一 方、右辺は、MNE の交渉力φが大きい… とき、ηの増加関数になり、φが小さい… とき、ηの減少関数になる。以下、二つの場合に分けて 考察する。 5.1.1 交渉力が大きい場合 η= 1 のとき、(26)式の条件は満たされ、 が成り立つので、任意の… …で、労働者のス キル習得の参加条件は満たされる29。従って、MNE の 交渉力が大きく、スキル習得による生産性の上昇率が十 分大きい場合、低い努力水準ηで労働者はスキル習得に 参加するインセンティブをもつことが分かる。そして、 スキル習得の限界費用… …は、必要なスキル習得の努力 水準(最終財の資本集約度)の境界値: … をより 小さな水準に近づける。そのため、労働者のスキル習得 への参加のインセンティブを低下させる。 5.1.2. 交渉力が小さい場合 MNE の交渉力φが小さい場合、必要なスキル習得の 努力水準(最終財の資本集約度)が境界値: … 以 上でなければ、労働者はスキル習得に参加するインセン ティブを持たない。またφの値が小さいほど不等式の右 辺は大きくなる。一方、不等式の左辺は小さくなるので、 φの値が小さいほど、努力水準の境界値… …は小さ く、φの値が大きいほど、… … の値は右にシフトす る。同様に、スキル習得による生産性の上昇率τ、市 場規模λの向上は不等式の左辺は大きくさせる。故に、 これらの値の上昇は、努力水準の境界値… …を増加 させる。また、スキル習得の限界費用… の上昇は境界値… … を減少させる。さらに、南北の賃金格差の拡大 は不等式の左辺を小さくさせるので、これらのηの範囲 は南北の賃金格差が大きいほど拡大する。 28…この場合の市場規模λは十分大きいものとする。 29…この条件はφ≒ 1 のとき、成り立つ。 …図 8… …図 9 5.2. 労働者が本国での MNE の垂直統合的な生産を予 想する場合 … が満たされる条件、すなわち、労働 者のスキル習得の参加条件、 … (27) が成り立つ条件を考える。(27)の左辺も右辺もスキ ル習得の努力水準ηの増加関数である。(27)式の左 辺は、ηに対して下に凸の関数になるので、スキル習 得の限界費用… … の値が市場規模λやスキル習得によ る生産性の上昇率τよりも、十分小さい場合、任意の… …で、労働者のスキル習得の参加条件は満 たされる。一方、スキル習得の限界費用… …の値が大き い場合、すなわち、η= 1 のとき、
が成立する場合30、労働者は必要なスキル習得の努力水 準が、(27)式の左辺と右辺を等しくする水準:… … 以上でない限り、スキル習得に参加するインセンティブ を持たない。また、スキル習得の限界費用… …の値が中 程度の場合、すなわち、η= 1 のとき、 が成立する場合、労働者は必要なスキル習得の努力水 準が、(27)式の左辺と右辺を等しくする水準が… … と… … の 2 か所存在し、 の範 囲で、スキル習得に参加するインセンティブ条件が成り 立つ。 ◦ … …の値が大きい場合 に参加するインセンティブをもつ。 B.MNE の交渉力が小さい場合… …、必 要なスキル習得の努力水準(最終財の資本集約度) が、ある程度大きくなければ、労働者はスキル習 得に参加するインセンティブを持たない。 C)MNE の交渉力、スキル習得による生産性の上昇率、 市場規模の大きさは、必要なスキル習得の努力水 準(最終財の資本集約度)の境界値を増加させる。 2.MNE の垂直統合的な生産を予想する場合:スキル 習得の限界費用の大きさに比例して、必要なスキ ル習得の努力水準(最終財の資本集約度)が大き くなる場合に、労働者はスキル習得に参加するイ ンセンティブをもつ。 5.3. 命題 2 の直観的解釈 MNE が海外アウトソーシングを行う条件が満たされ るとき、MNE の交渉力が大きい場合も小さい場合も、 最終財の資本集約度は中程度以上で、極めて大きい場合 を除いて十分な産業全体での労働所得に見合った総賃金 を期待できるので、労働者は求められるスキル習得の費 用を回収できる。従って、労働者にはスキル習得のイン センティブがある。このとき労働者は企業全体で十分な 所得を期待できるので労働者のスキル習得のインセン ティブと MNE が海外アウトソーシングを行うインセン ティブは両立する。一方、MNE が本国で垂直統合生産 を行うとき、スキル習得の努力水準は最終財の資本集約 度の増加に伴って増加し、そのとき労働所得は増加する。 そのためスキル習得の限界費用に見合ったスキル習得の 努力水準でなければ、スキル習得の費用を回収できない。
6.均衡
最後に、MNE の意思決定と労働者の意思決定が両立 する条件を考察することにより、産業組織(労働者の意 思決定と MNE の参入方法)の均衡を求める。 MNE の交渉力φが大きく、南北の賃金格差が小さい 場合は、MNE は本国での垂直統合生産を行う。この場 合、最終財の資本集約度ηが労働者のスキル習得の限界 費用に比例すれば、労働者はスキル習得に参加する。ま た、MNE の交渉力φが大きく、南北の賃金格差が大き い場合は、MNE は海外アウトソーシングを行う。この とき労働者はスキル習得に参加する。これは、スキル習 得の限界費用に依存しない。一方、MNE の交渉力φが 小さく、南北の賃金格差が小さい場合は、MNE は海外 アウトソーシングを行う。この場合、労働者のスキル習 得のインセンティブ成立条件は、最終財の資本集約度の 大きさに依存する。また、MNE の交渉力φが小さく、 …図 10 ◦ … …の値が中程度の場合 …図 11 ◦ 命題 2:労働者のスキル習得の参加条件 1.MNE の海外アウトソーシングを予想する場合 A)MNE の交渉力が大きい場合… 、必 要なスキル習得の努力水準(最終財の資本集約度) が極めて大きい場合を除き、労働者はスキル習得 30…この不等式は、市場規模または差別化の度合いαが十分大 きい場合に成立する。南北の賃金格差が大きい場合は、MNE は本国での垂直 統合生産を行う。この場合、最終財の資本集約度ηが労 働者のスキル習得の限界費用に比例すれば、労働者はス キル習得に参加する。以上を要約すると下記の表を得る。 ◦ 参入方法の分類 ηの値 φの値 大きい(中程度以上) 大きい 垂直統合 (賃金格差… が小さい) スキル習得 ηがスキル習得の 限界費用に比例す る。 スキル習得しない ηがスキル習得の 限界費用に比例し ない。 小さい 外部委託 (賃金格差… が小さい) スキル習得 資本集約度ηが大 きい スキル習得しない 資本集約度ηが小 さい ηの値 φの値 小さい(中程度以下) 大きい 外部委託(スキル習得) (賃金格差… …が大きい) 小さい 垂直統合 (賃金格差… が大きい) スキル習得 ηがスキル習得の 限界費用に比例す る。 スキル習得しない ηがスキル習得の 限界費用に比例し ない。
7.終わりに
以上、労働者のスキル習得の事前の意思決定と事後的 な MNE の生産方法との関係について議論してきた。そ の結果、最終財の資本集約度が小さい場合、MNE の交 渉力の大きさに関わらず、本国の労働者がスキル習得を 行う条件を分析できた。特に、南北の賃金格差が大きく、 スキル習得の限界費用に伴って、最終財の資本集約度が 大きくなる場合は、本国の労働者は事前にスキル習得を 行うインセンティブをもつ。一方、賃金格差と MNE の 交渉力が共に小さくても、最終財の資本集約度が大きい 場合は、労働者は事前にスキル習得を行うインセンティ ブをもつ。また、賃金格差は小さいが、MNE の交渉力 が大きい場合では、スキル習得の限界費用に伴って、最 終財の資本集約度が大きくならなければ、労働者のスキ ル習得の事前のインセンティブを引き出すことはできな い。このように、最終財の資本集約度の大きさが、労働 者の事前のスキル習得の意思決定に影響を及ぼす結果、 MNE の利潤は最終財の資本集約度の大きさの影響を受 けることになる。従って、労働者の事前のスキル習得の 有無は、均衡において外部委託の交渉力の大きさに間接 的に影響を及ぼすことになる。このことは、MNE の市 場参入の在り方に影響を及ぼすことなる。このように本 稿と先行研究との違いは、スキル習得による人的資本形 成の条件を内生的に導出し、その結果、最終財の生産 企業の生産地域の意思決定にこれが影響を及ぼす点であ る。 最後に、本稿の課題について述べる。本稿のモデルで は、中間財を外部委託で調達した場合の輸送コストを無 視できるほど小さいものと捉えている。そのため海外ア ウトソーシングと本国での垂直統合生産の企業利潤の比 較で、輸送コストの影響が考慮されていない。また、労 働者が職業訓練に参加するための意思決定が、MNE が 海外アウトソーシングを行うために必要な参加条件に影 響を及ぼさないモデルなっている。従って、海外での外 部委託生産に輸送コストを導入することによって、均衡 における企業組織は異なる可能性がある。更に、競争均 衡の条件を利用して、賃金率の内生化を行えば、財市場 と労働市場の一般均衡論的な分析が可能になる。このと き、最終財が外国でも消費される場合に関税等の輸送費 をモデルに導入し外国の経済厚生を検討した上で、外国 政府の海外企業誘致をすべきかどうか等の分析が可能に なる。これらの点は、今後の課題にしたい。◦ 付録((3)と(5)式の導出) (1)式を(3)式に代入すると、MNE の利潤は、 となる。これを、h,m で偏微分すると、最適化の1階条 件は、 となる。よって、①÷②より、 従って、①と③より、 故に、再び(3)を用いて、価格は、 と求められる。次に、③式を生産関数:(2)式に代入す ると、 そして、これを変形すると、次の労働集約的中間財の要 素需要が得られる。 従って、③と④より、次の資本集約的中間財の要素需要 が得られる。 ◦ 参考文献 [1]Antràs,…Pol…(2003).…“Firms,…Contracts,…and…Trade… Structure.”…Quarterly…Journal…of…Economics,…118,… 1375–1418.… [2]Antràs,…Pol…(2005).…“Incomplete…Contracts…and… the…Product…Cycle."…American…Economic…Review,… 95,…1054–1073.… [3]Antràs,…Pol,…and…Elhanan…Helpman…(2004).…“Global… Sourcing.”…Journal…of…Political…Economy,…112,…552– 580.…
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