彫刻家本郷新の類作の作風展開と木彫の関係に関する一考察 -「飛翔」から「浮遊」への展開について
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(2) 1. はじめに 彫刻家本郷新(1905-1980)は北海道札幌市出身の具象. 彫刻作家である。記念碑的な彫刻作品の制作を主軸とし て取り組み、終戦後すぐの 1950 年に全国で初めて街頭 に裸婦塑像を設置してから、90 点以上の作品が全国各地 に設置されている註 1。日本に野外彫刻が馴染みのない頃 から積極的に取り組んでいたことから、野外彫刻の先駆 的なモニュメント彫刻家として広く知られている。 また、. 左:図 1 《わだつみのこえ》,1950,ブロンズ,h.190×w.96×. 平和を主張する社会的な啓蒙活動にも尽力した。本郷を. d.75(cm),札幌彫刻美術館蔵. 代表する作品である《わだつみのこえ》. 図1. は 1950 年に. 中:図 2 《哭》,1978,樟,h.139×w.50×d.43.5(cm),札幌彫刻. 学生戦没者への慰霊像として制作されたブロンズ像であ. 美術館蔵. る。. 右:図 3 《遙かなる母子像》,1979,クルミ/チーク,h.226×. 本郷は作品のほとんどを塑造によって制作したが、木. w.73.5×d.64(cm),札幌彫刻美術館蔵. 彫や石彫やテラコッタの手びねり等の作品も制作してい る。これらの作品は、全本郷作品の中で数が少ないこと. 2. や、中~小型の作品が多いこと、塑造による写実的な表. 2.1 作品数と制作年. 現と対照的にやや簡略化した形態であることを理由に、 異色な取り組みとして認識されている。. 木彫作品の概説 本郷の木彫作品の数は、現在までに 18 点確認されて. いる註 2。これは本郷のブロンズ作品の数が、200 点を超. 本論文では、木彫の取り組みに注目している。本郷と. えていることからすると、圧倒的に少ない取り組みであ. 木彫の関わりにおいては、東京工芸学校在学時の師であ. ると言える。1975 年に彫刻家として 50 年の節目として. る木彫家の北原鹿次郎(1892-1939)や詩人で彫刻家の高. 開催した個展の図録の中で、自身の木彫作品の数につい. 村光太郎(1883-1956)に私淑したことがその草創期であ. て 10 点位であると述べている註 3。そのため、その後に制. ると捉えられる。彼らからは、彫刻の知識や技能の他、. 作された作品を考慮しても、木彫作品の存在は、ほぼ明. 精神面についても学び、後の本郷の活動や彫刻観に大き. らかになっているものと推定される。. く影響していたといえる。また、《哭》図 2 のような傑作 の創作や、最晩年に 2mを超える大型の木彫作品《遙か 図3. 制作年は、現在までに明らかとなっているもののうち、 1929 年に制作された自刻像のレリーフが最初であると. を完成させるなど、木彫は、本郷の彫刻. されている。その後、最晩年まで木彫作品を制作してい. 家人生において重要な軸の一つであったといえる。しか. るが、1934~1941 年、1950 年、1955 年、1957~1969 年、. しながら、本郷が野外設置したモニュメント彫刻作品の. 1978~1979 年と、取り組む時期にはバラつきが見られる。. 多くがブロンズを素材とする塑像であったことや、造形. また、木彫作品は、1 年間に 1~2 点制作されている。. なる母子像》. 方法として塑造を用いた作品の数が多いことから、作品 数が少ない木彫の取り組みは、代表作として名高い《哭》 以外に取り上げられる機会がほとんどない。そのためか、. 2.2 主な評価 最も高く評価されている木彫作品として、 《哭》が挙げ. 本郷の木彫についての議論は非常に少なく、本郷芸術に. られる。 《哭》には顔を掌で強く押さえつけ、息を詰まら. おける意義が未だ見出されていないといえるだろう。. せるような人の姿を部分的に簡略化して表現されている。. 本論考では、本郷が木彫に取り組んだ理由やねらいを. 1959 年 5 月に開催された毎日新聞社主催の「第 5 回日本. 紐解くために、本郷の塑造作品と木彫作品の両方に見ら. 国際美術展」に《衝哭》のタイトルで出品され、 「日本部」. れる同様な構成の作品に着目し、類作として捉え、作風. において「優秀賞」を受賞している。この展覧会を特集. の変化と素材や造形方法の関係について考察をしていく。. した記事の中で美術評論家の瀬木慎一は、平面立体問わ. 調査の中で関連性を想起させる作品として、横たわるポ. ず、多ジャンルの作家が多数招致されたが、現代の日本. ーズの人体作品が数点浮かび上がってきたことから、そ. の美術を感じさせる作家が少ないことを嘆く一方で、受. れらを一連の制作活動として捉え、関係性を整理し、作. 賞作家について次のように論評している。. 品の変化の過程を分析する。 作品同士の関連性とともに、. これらの作家たちの大部分は、具象から抽象への急. 一連の制作活動内での木彫作品に見られる作風の変化を. 激な変化をみせる現状のなかで、どちらにも偏在するこ. 捉えることで、本郷が木彫に求めた一端について迫りた. となく、明確な造形理念を根底において、個性的な画面. い。. をくりひろげている作家たちである。1. ). 「画面」という言葉が用いられているが、これは、本郷 以外の日本部の受賞者が、平面の作家であったことが理 2. 52. Journal of the Society of Art and Design, no.1, 2020.
(3) 由であり、本郷もこのうちに含まれているものと想定さ. めのエスキースとしてつくられたと推測されるものもあ. れる。この論評に見るように、当時の日本の美術が、具. るが、他作品と類似しない作品も数多く、独立した作品. 象から抽象造形への変換期である中で、 《哭》は、具象と. として捉えられている。美術評論家の桑原住雄は本郷の. 抽象の中間的な造形における独自性が高く評価された。. 全身像において注目する作品が 3 系列あるとし、 「鳥を. また、1992 年 2 月開催の「日本近代木彫展‐継承・そし. 抱く女」シリーズ、「無辜の民」の連作、高さ 70cm 程度. て新たなる地平‐」(岡山県立美術館)においては、森川. の「裸婦の小品連作」を挙げている。桑原は「裸婦の小. 杜園(1820-1894)から神山明(1953-)までの、明治以降. 品連作」について、. の近代日本木彫から現代美術にかけての著名な木彫家の. 等身大の裸婦では到底写し出すことのできない、素. 作品が連ねる中で、本郷の《哭》が取り上げられている. 早い身振りや運動感をこの小品シリーズは鮮やかに採り. 註4. 出してみせるのである 4). 。その展覧会図録中では次のように評されている。 戦後の混乱の中から新たな生活を切り開こうとす. る時代の状況が抱える暗部を鋭くえぐり出した作品とな っている. 2). とモニュメントにはない、ドローイング的な軽やかさを 小品裸婦像の特徴として述べている。 着目する《裸婦》もこの小品裸婦に属する作品である。. 本郷没後においても、戦後の日本を象徴するような時代. 本郷の小品裸婦像はほとんどが立像である中で、《裸婦》. 性を有する作品として高く評価されていることが分かる。. は足を組み、 大きく背を反った他に類を見ない姿である。. また、2005 年に札幌芸術の森美術館にて開催された 「生誕 100 年. 本郷新展」では《哭》についての評価を. 見直そうとする試みがあった。展覧会図録に掲載されて いる《哭》についての論考註 5 においては、 《哭》に先行す る直彫り作品の例示や、ミケランジェロ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni 1475-1564)作品の造. 図 4 《裸婦》,1957,ブロンズ,h.35×w.75×d.21(cm),札幌彫刻. 形的な特徴と比較し、 《哭》のモニュマンとしての性質に. 美術館蔵. 迫る考察がされ、塑造によるブロンズ作品以外にもモニ ュメンタルな造形が求められた作品としての一面が述べ. 3.1 作品②《浮標》 木彫作品の《浮標》図 5 は、1957 年に制作された、木彫. られている。 ところで、 《哭》以前の評価に目を向けると、本郷は、. 作品の第 9 作例目である註 6。1958 年「第 3 回現代日本美. 1959 年 4 月開催の「近代木彫の流れ展」(国立近代美術. 術展」に出品され、1959 年「第 10 回秀作美術展」に選. 館)に招致されている。この展覧会は、その名の通り、明. 抜、出品されている。このことから、本郷の木彫作品の. 治以後の木彫家の作品が集められたが、この展示におい. 中でも、注目度の高い作品であったといえる。その形態. て本郷の《摩周の舞》が出品されている。展覧会の出品. は、頭部を後方に反らせ、臀部を支点に、体をくの字に. 者でもあった彫刻家の石井鶴三(1887-1973)は、本郷を. 曲げ、左足を上にして組んだポーズとなっている。全体. 含めた若い世代の出品作について次のように述べている。. 的に、なだらかな丸みを帯びており、頭部には顔が確認. 写実を離れて抽象から非具象の世界に進まんとす る傾向のものである. 3). できるが、手先や足先等の細部の造形は省略され、一塊 として表現されている。臀部の 1 点で支えるヤジロベエ. 時代の新しい傾向の取り組みとして注目されていたと推. のような構成が印象的で、空間に伸びた頭部と足部の様. 察できる。更に遡ってみると、1958 年の「第 3 回現代日. 子から、浮遊するような感のある形態である。本郷の全. 本美術展」に出品された《浮標》が、その年の秀作とし. 作品を収録することを目的として作成された 1981 年出. て選考され、翌年 1 月の「第 10 回秀作美術展」に招致さ. 版の「本郷新-彫刻集」に収録されているが、現在の所在. れている。《哭》の発表以前から本郷の木彫は注目され、. は明らかとなっていない作品である。. とりわけ 1958 年頃から高い評価を得ていたと言える。 3. 関連を想起させる作品-横たわるポーズの人体像. 3.2 作品①《裸婦》 図4. 《裸婦》. は、塑造による小品裸婦像である。. インターネット上での公開にあたり、 著作権保護のため掲載図版に 墨消し処理を施しています. 小品の裸婦像は、本郷が生涯において多数制作した様 式であるが、特に 1950 年代後半から 1960 年代初頭にか. 図 5 《浮標》,1957,樟,h.30×w.90×d.25(cm). けて多く制作されている。1950 年以降、大型モニュメン トの制作が盛んになることから、大型モニュメントのた 3 芸術学論集,第 1 号,2020 年. 53.
(4) 3.3 作品③《無辜の民 《無辜の民. 点に足を浮かせる構成は「メコン河」タイトル作品のみ. メコン河Ⅰ》 図6. メコン河Ⅰ》. は、塑造による「無辜の. の形態的な特徴であり、作品③を踏襲してつくられた作 品であることが明らかである。. 民シリーズ」作品の 1 点である。 本郷の無辜の民シリーズは 1970 年に制作された全 15 点の塑造による小作品群である。シリーズには共通して、 布を身に纏い、苦しみもがくような人の姿が表現されて いる。無辜の民シリーズは、ブロンズ像として、同年 7 月に銀座の日動画廊での個展に出展されている。また、 このうちの《無辜の民 虜われた人Ⅰ》図 7 と同じポーズ. 図 9 《無辜の民. の大作《無辜の民 虜われた人》が翌年に制作され、 「第. d.18(cm),札幌彫刻美術館蔵. メコン河Ⅱ》,1970,ブロンズ,h.33×w.75×. 2 回現代国際彫刻展」(箱根彫刻の森美術館)の出展を経 て、現在は開拓者慰霊碑《石狩−無辜の民−》図 8 として北. 3.4 まとめ. 海道石狩市弁天町石狩浜に野外設置(1981 年設置)され. 関連性を想起させる横たわるポーズの裸婦作品とし. ている。本郷は、無辜の民シリーズをアラブや中東、イ. て、 《裸婦》 、 《浮標》 、 《無辜の民. ンドネシア諸国における戦争下の人々の姿に魅かれ、抑. 民. 圧された人間の典型的な形態に昇華させて制作したこと. て、作品①は「小品裸婦」、作品②は「木彫」 、作品③④. や、小作品でありながらも、モニュメントとしての姿勢. は「無辜の民」として、それぞれ認識されている。これ. をもって制作したことを述べており. 註 7. 、本郷の捉える. メコン河Ⅰ》 、 《無辜の. メコン河Ⅱ》が挙げられるが、現在の位置づけとし. らの作品は、各カテゴリー内での作品理解は進められて. モニュメンタルな造形意識が、大型のものだけではなく、. いるものの、枠を超えるような共通理念や関連性につい. 表現のテーマ性や精神性に基づいていると考えられてい. ては、問われていない。各作品には、形態の類似性や近. 註8. る。また、人体をつくり、そこに直接布を巻きつけて. 親性が見られる一方で、技法や、 制作年の隔たりもある。. つくるという、他に類を見ない造形方法が用いられてい. 表1. るが、明瞭な社会性の表現から、本郷の最も代表的な作 品群の一つとして捉えられている。. 表 1 類似性が見られる横たわるポーズの人体作品のまとめ. シリーズ作品のほとんどが地山のない座像である。地. 作品名. 裸婦. 浮標. 山があるのは、本作を含む「メコン河」を題する 2 点の みである。. 図 6 《無辜の民. メコン河Ⅰ》,1970,ブロンズ,h.32×w.73×. 無辜の民 メコン河Ⅰ. 無辜の民 メコン河Ⅱ. 制作年. 1957. 1957. 1970. 1970. サイズ. h.35×w.75×d.21(cm). h.30×w.90×d.25(cm). h.32×w.73×d.22(cm). h.33×w.75×d.18(cm). 技法. 塑造. 木彫. 塑造. 塑造. カテゴリ ー. 「小品裸婦」. 「木彫作品」. 「無辜の民」. 「無辜の民」. 備考. ・他の小品裸 婦に類を見な い座像 ・《浮標》と同 年の作. ・木彫作品 9 作目 ・《裸婦》と同 年の作. ・「メコン河」 連作 1 作目 ・制作年が 《浮標》と 13 年の差がある. ・「メコン河」 連作 2 作目. d.22(cm),札幌彫刻美術館蔵. 4. 制作の展開についての考察. 4.1 目的と方法 本章では、各作品を結ぶものとして、各作品間に共通 左:図 7 《無辜の民 虜われた人Ⅰ》,1970,ブロンズ,h.25× w.40×d.48(cm),札幌彫刻美術館蔵 右:図 8 《石狩−無辜の民-》,1971,ブロンズ,h.100×w.320× d.230(cm),石狩浜(北海道石狩市). 3.3 作品④-《無辜の民 メコン河Ⅱ》 《無辜の民. メコン河Ⅱ》図 9 は「無辜の民シリーズ」. に属する作品である。作品③と同様、 「メコン河」の題が 用いられており、作品③に続くナンバリングがつけられ ている。また、地山が設けられていることや、臀部を支. する要素の掘り出しを目的とし、制作の展開の道筋を明 らかにする。 現在までに作品として掲載されている情報からでは、 相互の関係を探ることは難儀であった。しかし、調査の 中で、 《飛翔する裸婦 1》という作品が、作品①~④に類 する作品として新たに浮上した。 《飛翔する裸婦Ⅰ》図 10 は、現在刊行している作品集や 図録には掲載されていない裸婦塑像である。この作品は、 1958 年刊行の美術雑誌内、本郷の特集記事に掲載されて いる。この記事の中では、前後の作も紹介され、本郷は 4. 54. Journal of the Society of Art and Design, no.1, 2020.
(5) 高さ 1 尺(約 30 ㎝)横 3 尺(約 90 ㎝)註 9 で、作品①は高さ. 制作の経緯について次のように述べている。 三角形の頂点を下にした形をえらび、 『裸婦 1』を作. 35 ㎝で幅 75cm. 註 10. である。表記が異なることから厳密. るうちに、さらに単純化を求めて―『裸婦 2』を作った。. な比較はできないが、それほど離れた数値ではないと推. ―基本形を単純化して、―(飛翔する裸婦 1)―かるがる. 測できる。また、全体の傾きの違いが指摘できる。これ. と人体を宙に浮かしたいと考え始めた。―その単純さに. については、地山の形状を比較すると、 《裸婦》の方が厚. 加えてもう一つ複雑さや柔軟さをこめてみたいと思い、. いことがわかる。 《飛翔する裸婦》に至る制作展開におい. 『飛翔する裸婦』の仕事になった. 5). て同形状の作品の存在が示されていないことに加え、両. 《飛翔する裸婦 1》は《裸婦 1》《裸婦 2》続く作品であ 図 11. り、 《飛翔する裸婦》に向かう一連の作であった. 。 《飛. 翔する裸婦 1》についての記述は、先に示した資料の他 に確認されておらず、所在も不明である。. 作品の特徴が非常に近しいことからすると、《裸婦》は、 《飛翔する裸婦》制作の後に、地山に石膏直付けによる 再造形を行って制作されたと考えられる。表 2 考察の結果として、 《飛翔する裸婦 1》の次に《飛翔す. 各作品との関係を考察するためには、《飛翔する裸婦. る裸婦》を制作した際に再造形が加えられて、作品①が. 1》の位置づけを明らかにする必要がある。そのため、 《飛. 制作されたことが推定される。これにより、 《飛翔する裸. 翔する裸婦 1》と各作品との比較検証を行う。 《飛翔する. 婦 1》の制作年が 1957 年であると推定できる。. 裸婦 1》が記事の掲載文と写真のみでの確認であるため、 資料から読み取ることが出来る情報を基として、調査で. 表 2 《裸婦》と《飛翔する裸婦》の比較. 得られた作品①②③④の情報等とともに位置づけを試み る。なお、作品④は制作の順序として、作品③を踏襲し. 画 像 比 較. た作品であることが明らかなため、 作品④については《飛 翔する裸婦 1》との検証は省略する。. 共 通. 相 違. 図 10 《飛翔する裸婦 1》,制作年, 素材, サイズ不明 備 考. → 図 11. →. →. 資料における制作展開. 左から 1: 《裸婦 1》. 2:《裸婦 2》. 《裸婦》. 《飛翔する裸婦》 肢 体 構 成. ・頭部を左側に傾け、両腕を後ろに組む ・左足を上に、右足を下に組む ・両足先が反るように上方に向く. 造 形 痕. ・左大腿部の道具痕の位置 ・首の皺のような溝. サ イ ズ 年. 高さ 1 尺 横 3 尺 [h.約 30×w.約 90(cm)]. h.35×w.75×d.21(cm). 1958 年. 1957 年. 傾 き. ・足が浮いている ・地山が薄い. ・足が接地している ・頭部側の地山が厚い. ・資料掲載におけるサイズ表記が異なっている ・《飛翔する裸婦》の「年」が、制作年か、撮影時か定かではない ・《飛翔する裸婦》に至る展開の中に同ポーズの作品が登場しない ・石膏直付けによる地山の再造形により、角度を変えた可能性がある. 4.2.2 検証 2:作品②との関係 3:《飛翔する裸婦 1》. 4:《飛翔する裸婦》. 4.2 関係性についての検証 4.2.1 検証 1:作品①との関係 両作品は、制作年が近く、塑造作品であることも含め 関連性の高さを想起させる。ここで、《飛翔する裸婦 1》 の後続作である《飛翔する裸婦》に注目したい。 「飛翔す る裸婦」という題の作品は、現行の作品集等で調べても 確認できなかった。しかしながら、肢体構成や、頭部を 左側に傾け、両腕を後ろに組んでいる特徴も含め、その 形態の特徴が作品①と酷似していることが確認できた。 作品の表面にみられる特徴的な造形の痕跡を比較すると、 同じ位置にあることが確認できた図 13。このため、作品① と《飛翔する裸婦》が同じ形状の作品である可能性が高 いと考えられる。 一方で、作品サイズを比較すると、 《飛翔する裸婦》は. 木彫作品である作品②と塑造作品である《飛翔する裸 婦 1》は、技法や素材が異なっている。形状も、前者には 丸みを帯びた量感があるが、後者には粘土を用いた塑造 特有の凹凸と手びねりのような即興性が見られ、異なる 様相である。 本節第 1 項において、《飛翔する裸婦 1》が 1957 年に 制作されたと推定されたことから、 《浮標》とかなり近い 時期に制作されたと考えられる。肢体のポジションは、 頭部の向き、腕の位置、足先の方向に至るまで一致して おり、作品の形態的な特徴は近しいといえる。異なる素 材でありながら、同じの形態的特徴をもつ関係に対し、 本郷の木彫とエスキースの観点から考察していく。表 3 木彫作品の制作方法としては、木を彫り始めるよりも 前に、構想を練るためのドローイングやモデリングによ って、 エスキースを制作するのが一般的である。これは、 木の塊から不要な量を除きながら造形していく木彫制作 5 芸術学論集,第 1 号,2020 年. 55.
(6) では、やり直しがしにくいため、あらかじめ彫る形状を. 表 3 《浮標》と《飛翔する裸婦 1》の関係考察. 設定しておくと、狙いがつけやすく、取り掛かりやすい からである。本郷は、木彫作品《哭》の制作を振り返っ て次のように述べている。 あれはエスキースを作って、練って練ってあそこへ. 画 像 比 較. インターネット上での公開にあたり、 著作権保護のため掲載図版に 墨消し処理を施しています 《浮標》. 来たんですがね。6) 本郷の木彫制作においては、事前にエスキースを作って から木を彫るという手順を採用していたことが窺える。 《浮標》においても、事前に習作に取り組んでいた可能 性が示唆される。 上記の引用文から、 《哭》を制作するために、何度も試 行錯誤を重ねていることが読み取れる。しかし、その何. 考察. 内容. 《浮標》の エスキー スの有無. ・木彫作品《哭》において、作品構想のためにエスキースを制作 していたことから、その他の木彫制作においてもエスキースを制 作していた可能性がある. 《飛翔す る裸婦 1》 が《浮標》 のための エスキー スの可否. ・事前に素材を想定した完成像を構築してから取り組む習慣があ る 《浮標》に関する記述がな ・ 《飛翔する裸婦 1》掲載記事において、 い →《浮標》のためのエスキースではない. 備考. ・制作途中で、素材を変えることがある. 結果. ・《飛翔する裸婦 1》は塑造作品として制作されたが、木彫に方針 を変え、《浮標》を制作した →《浮標》にとって《飛翔する裸婦 1》は、形のきっかけとなった 作品である. 度も練ったとされるエスキースは作品集等には掲載され ていない。これは《飛翔する裸婦 1》が掲載されていな. 《飛翔する裸婦 1》. いことと同様の特徴である。それでは、 《飛翔する裸婦 1》 が《浮標》のエスキースであったのだろうか。 本郷は、事前の完成像構築の際には、最後の材質を想 定しているとし、 私は大体ブロンズが主になっているので、テラコッ タや木彫にしたいときは始めからそのつもりで仕事にと 7). 4.2.3 検証 3:作品③との関係 作品③と《飛翔する裸婦 1》では、構成要素が異なる ため、比較しにくいが、作品③の布部以外の肢体の構成 は似ている。 比較のために、作品③の石膏原型に注目する。作品③. りかかっている。. の石膏原型は図録等に写真が掲載されておらず、通常で. と述べている。 《飛翔する裸婦 1》が《浮標》制作のため. は目にすることはできないが、昨年 11 月中旬から札幌. の習作であったとするならば、作品の完成像については. 彫刻美術館にて開催された企画展「本郷新と『無辜の民』. 木彫を想定していたといえるだろう。しかしながら、 《飛. -罪なき人々もう一つの現実-」註 11 において、全シリーズ. 翔する裸婦 1》は、その後《飛翔する裸婦》から再造形が. 作品とともにその石膏原型も初公開された。無辜の民シ. 加えられ《裸婦》としてブロンズ化されている。加えて、. リーズは、人体塑像に布を巻き付けて造形されたが、作. 《飛翔する裸婦 1》を掲載した記事註 12 内にある《飛翔す. 品③の石膏原型は、布が剥離しており、内側の裸婦の形. る裸婦》に向かう一連の取り組みの中に、 《浮標》に関す. を目視することが可能な状態であった。作品③の石膏原. る記述がないことから、木彫作品を完成像として想定し. 型と《飛翔する裸婦 1》を比較すると、頭部の向き、体躯. ていたとは考えにくい。この関係性を鑑みる際に、同記. の量感、手足の位置、全体のシルエットがほぼ一致して. 事内で本郷が自身の作品制作における素材の役割につい. いることが確認できた。相違点として、地山の厚み、全. て述べた箇所に、注目すべき一文がある。. 体的な傾き、 足部の傾きが挙げられる。 これらの差異は、. 作っている途中でこれはテラコッタにしてはだめ. 石膏直付けの際に再造形が加えられたものと考えられる. だと考えたり、これは木で別に作った方がいいとか等、. 表4. 途中で考えが変わることもある。それはその作品のもっ. れた裸婦が同じ形状のものであると考えられる。作品③. 。よって、 《飛翔する裸婦 1》と作品③の原型に用いら. ている効果が―よりはっきり出ると思ったり―につかわ. は石膏の《飛翔する裸婦 1》に、石膏に浸した布を巻い. しいと思ったときなのである 8). て再造形をし、これを原型としてブロンズ像にしたとい. この考え方を通して、改めて関係性を捉えると、 《飛翔す. う制作展開であったと推定される。また、 《飛翔する裸婦. る裸婦 1》は裸婦の塑像として取り組まれたものの、木. 1》 のサイズが、作品③の原型と同程度であると推定する。. 彫の方が「につかわしい」と考えた末、方針を変えて《浮 標》の制作に取り組んだという道筋を導き出すことがで. 表 4 《無辜の民 メコン河Ⅰ》石膏原型と《飛翔する裸婦 1》. きる。つまり、 《飛翔する裸婦 1》が《浮標》のエスキー. との比較検証. スとして制作されたのではないが、完成イメージの元と なっていたといえる。 したがって《浮標》と《飛翔する裸婦 1》は、方針転換 による派生的な木彫作品と、そのきっかけの作品として の関係性であると考察する。. 画 像 比 較 《無辜の民 メコン河Ⅰ》 石膏原型(布剥離状態). 《飛翔する裸婦 1》. 6. 56. Journal of the Society of Art and Design, no.1, 2020.
(7) 共 通. 肢 体 構 成. ・頭部が右を向いている ・右腕を膝あたりに添え、左足を上に右足を下に組む. 形 状. ・シルエットや、部分の位置がほぼ一致(足首以外) ※地山を除き、角度を調整した場合. 制 作 年 傾 き. 相 違. 備考. いて、制作時期と、造形意図の二つの視点から捉えてみ たい。 この三月は毎日、木を彫っていた―太い樹木を見て は寄りついて、その膚を撫で廻し梢を眺めては感動する。. 1970 年. 1957 年. (推定). ・胸と膝が同じくらいの高さ ・腕と膝が同じくらいの高さ ・地山が高い ・地山が薄い ・《無辜の民 メコン河Ⅰ》では、石膏直付けが行われた ・《無辜の民 メコン河Ⅰ》の足首には修正跡が見られる ・石膏直付けによる地山の再造形により、角度を変えた可能性が高い. 道端の材木置場では立止まり、さては朽木に眺め入るの である。―部屋の中でも街路の上でも、終日木のことを 考え、木のことを話しする。触覚神経が森の大群から、 机上の木片に、荒い木膚から、数学のような木目へと所 かまわず狂い廻る―9). 4.3 制作の展開における関連付け 類似性が想起される作品①②③④の制作の展開をま. この引用部分を掲載している新聞記事においては、1949. とめる。作品①においては、小品の裸婦塑造から単純化. 年以前は粘土の作品がほとんどであったが、木や石の作. を求めて《飛翔する裸婦 1》に変化し、続く作品として. 品を取り組むようになったことが記載されている。本郷. 《飛翔する裸婦》をブロンズの《裸婦》として作品化し. の木彫制作の時期については、2 章で述べたとおりだが、. た。作品②においては、小品裸婦からの展開であり、 《飛. 中でも、1950 年代後半は、作品数が多いことから、木彫. 翔する裸婦 1》をきっかけの型として、木彫に展化した。. へ関心が高く、意欲的に取り組んだ時期であるといえる。. 作品③④においては、1957 に制作した小品裸婦を用いて、. 造形意図については、元々の取り組みである、モデル. 石膏直付けによる再造形を施し、 「無辜の民」として作品. を用いた裸婦塑像制作にみる単純化の試みから探ってみ. ③に変化し、 続いて同テーマとして作品④が制作された。. たい。変化の過程を整理すると、 《裸婦 1》では、臀部と. したがって、作品①②③④は、いずれも小品裸婦から. 踵を着地させ、上半身、脚、足部による三角形の空間が. の発展形であり、 《飛翔する裸婦 1》を経由することが共. 構成されるポーズであった。 《裸婦 2》には頭部に変化を. 通点であるといえる。また同時に、未収録である《飛翔. もたせ、重心が後方へ移動している。同時に、上半身の. する裸婦 1》についての作品情報を推定することができ. ラインが直線的になり、空間に対して開きのある構成に. た。註 13. なっている。 《飛翔する裸婦 1》になると、地山がつくら. これまでの検証と考察の結果を次の表にまとめて図. れ、臀部でのみ支える構成になる。両腕が体躯と一体化 するような形状となり、三角形が組まれていてないこと. 式化し、関連性を示す。. が分かる。頭部から足部にかけてのラインもなだらかに 表5. なり、空間に大きくせり出している。また、部分は腕ら. 横たわる人体作品についての関連図. しさ、足らしさを残しつつも、写実性がほとんどないよ うに見られる。この変化から、モデルの個性は失われ、 裸婦という形象のみが残されるようになったことや、接 地点が多く、立体構造的に強固な構成への意識があった ものが、点で支える折れ線のような構成へと変化し、空. インターネット上での公開にあたり、. 間への広がりが意識されるようになっていったことがわ. 著作権保護のため掲載図版に 墨消し処理を施しています. かる。つまり、ここでの「単純化」とは、体躯のライン の強調及び空中への展開を目的とした、部分的な描写の 省略と構成要素の簡略化という意味を有していると考え られる。 一方、 《浮標》においては、 《飛翔する裸婦 1》に見られ るような、部分省略における一体化や空間への意識とい. ・《飛翔する裸婦 1》から木 彫への方針転換が意図され た ・《飛翔する裸婦 1》を元の 形として制作された. ・写実的な小品裸婦から、形 態の単純化により、ポーズ と形態が変化した ・ 《飛翔する裸婦》が再造形 され《裸婦》となった. ・ 《飛翔する裸婦 1》が再造 形され、 《無辜の民 メコン 河Ⅰ》石膏原型となった. ったことが進展し、体躯のラインがよりなだらかになり、 地山がなくなる代わりに、別素材での柱状の台座が設け られることで、より広い範囲の空中への展開が試みられ ている。また、 《浮標》における新たな展開として、量感. 5. 作風の変化と木彫の関係について-関連図を基に. 5.1 「単純化」と造形への意図. のある丸みを帯びた形態感への変貌が挙げられる。足首 を例に挙げると、 《飛翔する裸婦 1》では、細く荒く波打. 本郷は、塑造による裸婦を制作し、その後木彫に方針. つようにつくられていたものが、 《浮標》では太く、比較. を変更して《浮標》を制作した。木彫への変更意図につ. 的直線的につくられている。このような造形に変化した のは、本郷の木に対する関心の高さが影響していると考 7 芸術学論集,第 1 号,2020 年. 57.
(8) えられる。木彫は、必要な量を残していくという考え方. いことが推察される。. であるため、形における量の必然性に対する吟味が恒常. 本郷の木彫理念を読み解く手がかりとして、材木店で. 的に伴ってくる。可塑性のある粘土を材料とする作品が. の木材買い付け時のエピソードを採り上げたい。本郷は、. ほとんどであった本郷にとって、造形行為の転換によっ. 材木の専門店で二尺立方位の木を求めたところ、主人か. てもたらされる量に対する意識の違いが、丸みのある形. ら、どのような作品をつくるのかと問われたことに対し、. 態を誘発したと考えられる。. 驚いたという。. また、この一連の作品では空間への展開が求められて. 僕にしてみれば、二尺立方のものでさえあれば、そ. いる。量が残されることにより、丸みのある流線形のよ. の木に依って彫るものをきめて行く、また自らきまって. うな単純化により、重厚感よりも、ふくよかさに近い表. 行くのだとそう考えていた 12). 現となっている。本作のタイトルである「浮標」は海の. と述べ、塑造で制作した原型の寸法に合わせて、木を探. 上に漂う、位置を示すための標のことである。 《浮標》に. す当時の木彫家の習慣に苦言を呈している。. は、空中への希求と木を用いた単純化により、水に浮か. このように、原型を転写する方法に否定的な考えであ. ぶような浮遊感の表現へと変化したのではないかと考え. った本郷は、あらかじめ決めておいた完成イメージに近. られる。. づけるように制作するのではなく、木材を基準とした形. したがって、 《浮標》への展開では、木彫ならではの形. の決定づけを意図していたとわかる。木材は、形(太さ、. の必然性として、丸みや、太さなどの量感ある形態への. 量、捻じれ等)や、木目の方向や節の有無、硬さ等、使用. 変化(単純化)を求めたと考えられる。. するものによって性格が異なる。これらに合わせて制作 をすると、事前に想定していた形は、必然的に変形を伴. 5.2 制作方法と素材への意識. う。本郷が用いた素材の形状について、知ることは不可. 《浮標》には、《浮標》のためのエスキースではない、. 能であるが、 《浮標》は《飛翔する裸婦 1》よりも幅(長. 造形の元となる塑造作品がつくられていた。 《浮標》 と《飛. 辺)が長く、丸みのある形態であることから、使用した木. 翔する裸婦 1》の関係を基に、制作方法について考察し、. 材の寸法に合わせた変形がされたと推測することができ. 塑造と木彫の間にある、素材への意識を掘り下げたい。. る。本郷は、素材による制限までも、よさとして捉え、. 当時の日本における一般的に行われていた木彫制作. 作品に昇華させることを目的としていたと考察し、本郷. の方法について、彫刻家の新海竹蔵(1897-1968)は 1950. の木彫理念から、 「直彫」によってつくられた可能性が高. 年発行の『彫刻の技法』において、3 種類あると述べて. いといえる。. いる。. 本郷は、作品にとって「につかわしい」と思われた際. 木材を目の前において、表現したい内容を直接、墨. に素材を変更するとしている。塑造による小品裸婦像の. や朱墨で輪郭をとりながら彫っていくのが直彫(じかぼ. 展開に着目すると、 「小品裸婦」系列の完成形である《裸. り)の方法―原型を土でつくって、それを木にうつす。―. 婦》では、地山の角度の調整によって、作品の接地点が. コンパスという機械をつかって木にうつす。この三種で. 増えていることがわかる。これは、 《飛翔する裸婦》で求. す。10)(原文ママ). められた空中への展開に逆行する変化である。塑造では. 新海は、 「原型を土でつくって、それを木にうつす」技. なく、木彫において空中への希求が継続されていること. 法について、塑造の原型ができていることを前提とし、. から、木材の方が「につかわしい」とした理由について. 木材の底面を均した後の工程として、次のように説明し. は、木材を「直彫」することで得られる量感ある形態が、. ている。. 空中への展開に対して有効であったからと考えられる。. 素材の中心を見つけるために、サシガネをつかって、. また、塑造の最終素材であるブロンズと、比較すると木. 正面と側面に中心となる線を引きます。そして原型の側. の方が水に対する比重が軽い。ブロンズを主な素材とし. 面を素材に密着させて、長い筆、たとえば油繪用の刷毛. た本郷にとって、比較的に水に浮きやすい木を素材に用. などを用いて、原型のアウトラインをうつします。. 11). この技法は、原型の外形を素材に転写しながらの制作で. いたことも、 「浮遊感」を求めた取り組みにおいて効果的 であったといえるであろう。. あるが、すべてを厳密に写し取るのではなく、大まかな 量の設定のための手がかりとして原型を用いていること が特徴である。 《浮標》に至る経緯には、元となる塑像が. 5.3 《浮標》と無辜の民「メコン河」の繋がり 《浮標》には木材に合わせた変形が求められ、 《無辜の. あったことから、 「原型を土でつくって、それを木にうつ. 民. す」技法に近しいと考えられる。しかしながら、ポーズ. によって、母体の裸婦像を隠し、形象の概念化が意図さ. メコン河Ⅰ》は、新たに石膏に浸した布を巻くこと. の共通性はあるが、 《浮標》と《飛翔する裸婦 1》は、サ. れている。そのため、それぞれ異なる系列の展開として. イズが一致しておらず、転写を用いた制作を行っていな. 位置付けることが妥当であるといえるだろう。しかしな 8. 58. Journal of the Society of Art and Design, no.1, 2020.
(9) がら、制作展開における共通性が得られたため、《浮標》. もちろんのこと、塑造による「浮遊」の表現の作品化を. と無辜の民「メコン河」作品との関係について見解を加. 再度試みたといえるだろう。無辜の民「メコン河」連作. えたい。. には、新たな要素を加えながらも《浮標》にも通ずる浮. 本章第 1 項において、 《浮標》は、頭部から足部にかけ ての長さが増した変形とともに、空中への希求があった. 遊感への試みが見られることから、塑造における再作品 化に木彫の取り組みが活かされたと考えられる。 本郷が晩年に綴った「彫刻十戒」という彫刻の訓示が、. と捉えられ、タイトルとの関係から、 《浮標》の空中への 展開は、 「浮遊感」に結びついていると考察した。これを. 本郷の著書『彫刻の美』に掲載されている。この内の一. 踏まえて、 《メコン河Ⅰ》における変化を捉えてみる。 《飛. つに彫刻を制作する際の素材に対する意識について記し. 翔する裸婦 1》からの造形の変化は、布を巻くこと以外. たものがある。. には、地山の厚みが加えられていることが挙げられる。. 良質の石や木は作者を助ける。作者がその素材に甘. これにより、足部と床の距離が離れ、全体が水平に近く. え、よりかかった分だけ形の次元は低くなる。石や木や. なるような角度の調整がなされている。この変化には、. 金属が美しければ美しいほど、これに抵抗することによ. 《飛翔する裸婦 1》に継承する空間への試みを捉えるこ. って形は高まる。そこから彫刻の美が醗酵する。13). とができる。また、タイトルに着目すると、無辜の民シ. 本郷は素材そのものに美があり、これが彫刻美にとって. リーズの各作品には「メコン河」「乾いた砂」 「アラブ」. 有用な要素となりうると捉えていることがわかる。さら. 「油田地帯」などの異なるタイトルがつけられており、. に、 「抵抗」という言葉を用い、素材のもつ美に向き合い. タイトルの違いから、群像としてだけではなく、各々が. ながら造形をすることによって自身の彫刻美を目指して. 自立した作品であることがわかる。 「メコン河」のタイト. いたのである。塑造から木彫に取り組むことによる造形. ルがつけられている作品は、類似する作品として採り上. 行為の変化とともに、素材のもつ美を作品の要素として. げた 2 点のみである。 「メコン河」とは、中国の国境から. 取り入れる意識がもたれていたといえるだろう。. ベトナム南部にかけて流れ、南シナ海につながる、東南. 本論考において、関連付けを試みた横たわるポーズの. アジアを流れる大河の名称である。形態的特徴とタイト. 人体像の作風展開に見られる塑造と木彫を往来した取り. ルの関係を鑑みると、 「メコン河」の 2 作品に見られる、. 組みには、 「浮遊」の表現を実現するための試行錯誤を読. 緩やかな傾斜をもった細長い形態には、川のイメージと. み取ることができ、塑造で始まった「飛翔」の表現が木. 横たわる人の姿イメージを併せもった、水流に身を任せ. 彫によって「浮遊」の表現として補完され、さらに木彫. るような人の姿を想像させる。これは、水に漂う様子を. における思案が塑造による新たな完成像に昇華されたと. 表現した《浮標》と近しい特徴であるといえるだろう。. 結論付ける。 本郷にとって、素材や技法を変えたことは、. 《浮標》と「メコン河」はそれぞれ水をイメージする. 興味や関心だけでなく、自身の求める美の実現に必要な. タイトルであること、 《無辜の民 メコン河Ⅰ》や《無辜. 手段であったことが理由の一つであるだろう。本考察が. の民. 本郷作品の理解につながる一助となれば幸いである。. メコン河Ⅱ》に空中における表現が継続されてい. ることを鑑みると、「メコン河」の 2 作品は、 《飛翔する 裸婦 1》から《浮標》で求められた「浮遊感」を継承した 展開があったと考えられる。. 謝辞. 6. を賜りました本郷新氏のご遺族様、札幌彫刻美術館学芸員様、. 最後となりましたが、本論考執筆に際して研究調査のご協力. おわりに 今回採り上げた、横たわるポーズの人体像に類する作. 品の展開を捉えると、 《飛翔する裸婦 1》までの過程で求. 引用図版の作品集及び雑誌の出版社ご担当者様へ深く感謝申し 上げます。. められた空中への意識が、 《裸婦》では求められずに安定 感のある形で完成となり、一方の《浮標》では、空中へ の展開が引き継がれ、さらに「浮遊」というテーマへの. 註. 展化が確認できた。この「飛翔」から「浮遊」への展化. 1 三輪望:「あいさつ」,『札幌彫刻美術館所蔵. には、木彫を用いたことによる素材や造形方法の変化が. 録』,財団法人札幌彫刻美術館,1 頁,2005 より. 関係していることが考察されたことから、本郷の塑造か. 2 『札幌彫刻美術館所蔵 本郷新作品目録』 (13 点)と『本郷新. ら木彫への造形方法の変更は、本郷が求める空中への意. 彫刻集』(16 点)において、木彫作品として収録されているもの. 本郷新作品目. 識を実現させるために必要な手段であったと捉えられる。. を照合して算出した。(※同一作品は 1 点とした)(※後に再造. その 13 年後に、《無辜の民 メコン河Ⅰ》において、《飛. 形されたと推測される作品や、模刻された作品を含めると、全. 翔する裸婦 1》が布を纏った人の像として作品化された。. 20 点である). 形態の変化から無辜の民という新しいテーマの形象化は. 図録『札幌彫刻美術館所蔵. 本郷新作品目録』,財団法人札幌. 9 芸術学論集,第 1 号,2020 年. 59.
(10) 彫刻美術館,2005. 術出版社, 126 頁,1958. 本郷新:『本郷新 彫刻集』,株式会社求龍堂,1981. 6) 匠秀夫:本郷新対談「彫刻 50 年 本郷 新」,『本郷 新』,現. 3 匠秀夫:本郷新対談「彫刻 50 年 本郷 新」,『本郷 新』,現代. 代彫刻センター,47 頁,1975. 彫刻センター,47 頁,1975. 7) 本郷新:「技法問答 彫刻は素材・イメージ・技術の密接な. 4 1992 年 2 月 14 日~3 月 15 日まで岡山県立美術館にて開催さ. 関連がつくる空間構成」,『美術手帖』,第 140 号, 株式会社美. れた展覧会。幕末から現代に至る 34 名の作家による 63 点の作. 術出版社, 127 頁,1958. 品で構成された。. 8) 7)に同じ. 図録『日本近現代木彫展-継承・そして新たなる地平-』,岡山. 9) 本郷新:「彫刻雑感 木・石・土」,『彫刻の美』,中央公論. 県立美術館,1992. 美術出版,176 頁,1980. 5 今井里江子: 「《哭》をめぐって」,『生誕 100 年 本郷新展』,. 10) 新海竹蔵: 「木彫」,『彫刻の技法』,株式会社美術出版社,77. 札幌彫刻美術館,124 頁,2005. 頁, 1950. 6 制作年が明らかとなっている 16 点中の 9 作品目。 (制作年不. 11) 10)に同じ. 84 頁. 明の作品 2 点は除く). 12) 9)に同じ. 177 頁. 7 註 3 に同じ. 13)本郷新:「彫刻十戒―思いつくままに」,『彫刻の美』,中央. 45 頁. 8 先行研究を参考にしたが、具体的には、塑造によって人体を制. 公論美術出版,202 頁,1980. 作し、型取りによって石膏像にした後、石膏に浸した布を巻き 付ける方法(石膏直付け技法)が用いられた。(実見調査より) 井上みどり:「情熱と行動の彫刻家・本郷新−野外彫刻にかけ. 図版典拠 図 1-4、6-9 筆者撮影. た 74 年の生涯−」,『生誕 100 年 本郷新展』,札幌彫刻美術館,12. 図 5 本郷新:『本郷新 彫刻集』,株式会社求龍堂,1981 撮影:. 頁,2005. 藤本四八,本郷秀樹. 9 本郷新: 「技法問答 彫刻は素材・イメージ・技術の密接な関. 図 10、11 本郷新:『美術手帖』,第 140 号, 株式会社美術出版. 連がつくる空間構成」,『美術手帖』,第 140 号, 株式会社美術. 社,1958. 出版社, 126 頁,1958 10 札幌彫刻美術館「所蔵品展」出品リストより. 会期:2020 年. (2020 年 5 月 15 日原稿受付,2020 年 11 月 10 日採用決定). 2 月 20 日~6 月 21 日 11 2019 年 11 月 15 日~2020 年 2 月 12 日、札幌彫刻美術館にて 開催された企画展である。この展覧会では、本郷の「無辜の民」 シリーズ全作品が一堂に出品され、同時に周辺史料も同時に展 示された。この内、初公開となるシリーズ作品すべての石膏原 型も隣接するフロアにまとめて展示された。(2019.12.12-18 筆 者実見調査) 12 註 9 に同じ 13《飛翔する裸婦 1》について推定された、キャプションは次の 通りである。 制作年:1957 素材:石膏 サイズ:(約)h.32×w.73×d.19(cm). 引用文献 1) 瀬木慎一:「国際展の与えるものと日本の方向=さらに果敢 な反抗を=」,『美術手帳』, 第 160 号,株式会社美術出版社,3 頁, 1959 2) 図録『日本近現代木彫展-継承・そして新たなる地平-』,岡 山県立美術館,62 頁, 1992 3) 石井鶴三:「近代木彫の流れ」,『石井鶴三全集』,第 11 巻, 株式会社形象社,173 頁,1988 4) 桑原住雄:「本郷新の世界」,『本郷 新彫刻 50 年展カタロ グ』,現代彫刻センター,14 頁,1975 5) 本郷新:「技法問答 彫刻は素材・イメージ・技術の密接な 関連がつくる空間構成」,『美術手帖』,第 140 号, 株式会社美. 10. 60. Journal of the Society of Art and Design, no.1, 2020.
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