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広告クリエーターはいかにして企業課題を発見しているのか ―クリエーターによる経営者への課題ヒアリング場面の分析―

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広告クリエーターはいかにして企業課題を発見しているのか

―クリエーターによる経営者への課題ヒアリング場面の分析―

株式会社博報堂 

岡 田 庄 生

東京大学大学院 

小 川 豊 武

 広告会社の事業領域がクライアントの経営や事業の支援に広がると同時に、広告 クリエーターが直接経営者と対峙する機会が増えている。クリエーターによる経営 者への課題ヒアリングの会話場面を「エスノメソドロジー研究」と呼ばれる社会学 的アプローチで分析した。その結果、広告クリエーターは、①企業理念のアウトプッ トにトピックを絞る、②仮のアイディアを示して関心の在りかをモニタリングする、 といった技法を駆使して、経営者と共に相互行為的に経営課題を発見している事が 明らかになった。 【キーワード】 広告クリエーター 企業理念 経営課題 エスノメソドロジー

Ⅰ.研究の背景

 広告会社の事業領域が急激に広がる中で、広告クリエーターの役割が大きく変わりつつあ る。湯淺(2015)は、広告会社の事業ドメインが従来の広告制作領域から、生活者のあらゆ るタッチポイントを統合するブランド・コミュニケーションへと変化し、今後は商品・サー ビスや事業そのものを開発するビジネスデザイン領域へと拡張するだろうとした上で、「広 告会社とクライアントの関係は、ブランディング以上に経営課題に踏み込んだものへと深化、 発展」(湯淺、2015,37)すると指摘する。  そのような環境変化の中、従来は「受け手の心をとらえ、しかも広告目標を達成する広告 物を作り上げる」(岸ほか、2008,198)のが仕事とされてきた広告クリエーターの役割が徐々 に変わりつつある。特に変化が大きいのは、クリエーティブチームを統括するクリエーティ ブ・ディレクターと呼ばれる人々である。従来、クリエーティブ・ディレクターは「広告表 現の方向を定め、全体の管理・指揮・監督をする人」(岸ほか、2008,199)であると定義され ていたが、経営課題に踏み込む時代のクリエーティブ・ディレクターの役割はどのように変 化するのだろうか。  株式会社電通のエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターである古川(2015)は、 クリエーティブ・ディレクションという仕事は以下の4 つ、すなわち、①ミッションの発見、 研究プロジェクト報告(萌芽)

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②コア・アイデアの確定、③ゴールイメージの設定、④アウトプットのクオリティ管理で成 り立っていると述べている。②~④の活動については、従来からクリエーティブ・ディレク ターが担ってきた役割だと言う事ができる。しかし、ミッションの発見、すなわち広告キャ ンペーンそのものの目的については、従来は広告主が事前に決定し,広告会社の営業担当へ と説明される事が多かった。ところが古川は、クライアントから広告会社へのオリエンテー ション(広告キャンペーンの目的、予算等の諸条件)が以前に比べて漠然となっていると指 摘した上で、クリエーティブ・ディレクターがキャンペーンのミッションを発見する段階か ら関わる機会が増えたと述べている。  また、ユニクロや楽天、セブン&アイといった企業の経営者との業務経験もある株式会社 サムライのクリエーティブ・ディレクターである佐藤(2014)は、著書で次のように語って いる。「仕事を引き受けて最初に必ずやらなければならないのは、クライアントへの問診を 重ねること。抱えている問題を明らかにすると同時に、まだ表に出していない熱い思いや本 心を引き出して行く。それがクリエーティブ・ディレクションの第一段階になる」(佐藤、 2014, 20-21)。佐藤は、経営者が持つ漠然とした悩みの中から明確な課題やミッションを発見 するためには、クリエーティブ・ディレクターが営業やマーケティング・プランナーからの 指示を待つのではなく、自らが経営者と直接対峙する重要性を強く訴えている。つまり、ミッ ションの発見とは、経営者への「問診」の瞬間から始まっていると推察できる。  ところが、広告研究、とりわけクリエーティブ研究の分野では、広告制作物の研究や、広 告会社のクリエーター・マネジメント研究などは行われているが、広告クリエーターが企業 の課題を発見するプロセスに着目した経験的研究はほとんど行われていない。  そこで、本研究では、広告クリエーターによる経営者への「問診」、すなわち、経営者に対 する課題ヒアリングの会話場面を、社会学の一分野であるエスノメソドロジー研究の観点に 立ち分析を行った。その会話の中で広告クリエーターが企業課題をいかにして発見している のか、広告クリエーター特有の課題発見のプロセスを明らかにすることで、これからの時代 に求められる広告クリエーターの要素を解き明かす第一歩としたい。

Ⅱ.先行研究

 これまでの広告クリエーターに焦点をあてた研究のうち、広告主と広告クリエーターの関 係性に言及した研究はあまり多くないが、以下の3 つを先行研究として挙げる事ができる。  第一にクライアント企業と広告会社の関係性について、日米の広告クリエーターのアン ケート調査やインタビュー調査を通じて論じた小林(1998)の研究があげられる。小林(1998) は「〔日本の広告業界では〕『広告は表現から戦略へ』といわれながらも、〔米国に比べて〕本 格的な戦略型CD〔クリエーティブ・ディレクター〕は業界全体でも圧倒的に少ない〔 〕内 引用者注」(小林、1998,57)と述べている。日本のクリエーティブ・ディレクターはクリエーティ ブ部門における社内の職能ランクにすぎず、年功序列制度で手に入るものだと指摘した上で、

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経営戦略・マーケティング戦略を踏まえて広告表現戦略を考えるクリエーティブ・コンサル タントへと進化することが必要となると、説得的に論じている。業界の変化に先駆けて、広 告クリエーターの役割の拡大を指摘した研究ではあるが、具体的に広告クリエーターがいか にしてコンサルティングのような活動を行っているのか、その場面自体の分析はなされてい ない。  第二に、川戸ほか(2011)による、広告主企業における「優れた広告クリエーティブ」を 実践するために必要な組織能力についての研究があげられる。優れた広告クリエイティブを 実践している3 社(サントリー、キリン、アサヒ飲料)の広告宣伝担当者にインタビューを 行い、広告主としてのクリエーティブ・マネジメントについて調査している。それに加えて、 同研究では各社を担当する広告会社所属のクリエーティブ・ディレクターへのインタビュー も行われている。インタビューの中で、クリエーティブ・ディレクターは広告主との信頼関 係は「ゴールの共有によって厚くなる」(川戸、2011,109)と述べている。オリエンテーショ ンの中で、広告キャンペーンにおける認知度、好感度、生活提案などの具体的なゴールや、 広告で伝えたい事(what to say)を明確にすることが、良い広告主の条件だと示している。し かし、古川(2015)が指摘するような、オリエンテーションが漠然としている現在、広告主 と広告クリエーターはどのようにゴールを共有して信頼関係を醸成することが可能なのか、 その具体的なプロセスまでは明らかになっていない。  第三に、川村ほか(2013)による、広告クリエーターのマネジメント研究があげられる。 この研究では、広告会社内のトップ・クリエーターがどのようなクリエーティブ・マネジメ ントを望ましいと考えているかについて、インタビュー調査と国際比較を行っている。この 調査では20 名のクリエーティブ・ディレクターに対して行ったインタビューをもとに、ミク ロ組織論・マクロ組織論を使った分析が行われている。日本の広告会社と外資系広告会社お よびトラディショナルとデジタルの比較を通じて、企業文化や業界習慣の差異を論じている。 しかし、個々のクリエーターが実際にどのような作業を通じて課題を発見しているのか、そ の具体的な作業の内容には踏み込んでいない。  これらの先行研究では、主としてクライアント企業や広告クリエーターへの事後的なイン タビュー調査によって、クライアント企業と広告クリエーターの関係性の解明が図られてい た点に特徴があるといえる。こうした研究の意義は、広告会社の事業領域が拡大している昨 今において、広告クリエーターに求められる役割を明らかにする上でも、益々必要性が高まっ ているといえる。しかしながら、Ⅰ.で述べたように、広告クリエーターが企業課題解決の ための糸口を発見しているのは、他でもないクライアント企業との実際のやり取り(課題の ヒアリング)の場面のただ中であると考えられる。そうであるならば、事後的なインタビュー による研究の他に、広告クリエーターがクライアント企業と実際に会話を交わしながら課題 を見つけている場面そのものに注目した研究が求められてくるだろう。本稿はこのように、 実際のコミュニケーション場面を通して広告クリエーター特有の課題発見のプロセスを明ら かにする事で、上記3 つの先行研究をさらに継承・発展しつつ、次世代の広告クリエーター

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に求められる役割を明らかにする。

Ⅲ.分析方法――エスノメソドロジー研究のアプローチ

 先述したように本研究では、広告クリエーターがクライアントの抱える課題をどのように 発見しているのかを明らかにするために、一般的なインタビュー形式の調査とは異なるアプ ローチを採った。一般的なインタビュー形式の調査において、被調査者が調査者に何事かを 語る際、多くの場合は、何らかの意味で過去の出来事の「回顧」が行われていると考えられ る。しかし当然のことながら、被調査者が調査者の関心のある事象のすべてを認識、記憶し、 言語化して説明できるとは限らない。本研究のように広告クリエーターがクライアントに対 してどのようにヒアリングを行っているのかを解明することを目的とした研究の場合、事後 的なインタビュー形式よりも、実際にそうしたことが行われている場面を緻密に観察するこ とが有効であろう。このような観点から本研究では社会学におけるエスノメソドロジー研究 という観点から、広告クリエーターがクライアントに対して実際にヒアリングを行っている 場面を対象に、具体的なやりとりの分析を試みた。  エスノメソドロジー(以下、EM)とはアメリカの社会学者である Garfinkel によって考案 されたアイディアであり、「メンバーの方法論」を意味する(Garfinkel,1967)。メンバーの 方法論とは、研究上の方法論を指すのではなく、社会生活を送っている人々(メンバー)が 日常的な活動を遂行する上で実際に用いている方法のことを指している。そしてこの方法と は、ある活動をメンバー自身が理解可能にしている、そのやり方のことを指している。本稿 が対象にするビジネス上の面談が行われているような場面においては、例えば「質問をする」 「意見や感想を述べる」「アイディアの提示をする」などが、そのようなものとして、その場 に参加しているメンバーが理解できるように遂行されている。EM 研究とは、こうした行為 理解を可能にするメンバーの方法論を分析することを通して、社会に生きる人々が日常生活 をどのように秩序だったものにしているのかを解明していくことを目的とした、社会学にお ける1 つの学問分野なのである1)  本研究ではこうしたEM 研究の立場から、広告クリエーターが実際にクライアントに対し て面談を行っている場面3 ケースをビデオ・カメラで録画し、具体的なやり取りの分析を試 みた。次節では分析対象となるデータの概要について述べる。

Ⅳ.分析データについて

 本研究では2014 年 8 月から 2015 年 7 月にかけて実施した 3 組の経営者とクリエーターの 面談を対象に調査を行った。1 組につき約 2 時間の面談を 2 回設定し、合計 6 回、12 時間の 面談を行った。各回はすべてEM 研究を志向した分析を行うために IC レコーダーによる会話 の録音のみならず、ミーティング・スペースにビデオ・カメラを2 台設置してやり取りの様 子を録画し、クリエーターの身振り手振り、資料提示の方法、クライアント企業経営者の相

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づち等も観察できるようにした。ケース毎の2 回の面談の内訳は、1 回目は企業課題のヒア リング、2 回目はそれに基づいた提案という流れで調査者側が緩やかな設定を行った。調査 対象者への依頼については、最初の2 ケースに関しては、執筆者の 1 人である岡田の元々の 知人であった寿司チェーン店の社長A とネイル・サロン会社の社長 B に依頼し、岡田の所属 する広告会社よりデザイナー出身のクリエーティブ・ディレクターX と、プランナー出身の クリエーティブ・ディレクターY にそれぞれ初対面で面談を行っていただいた。3 ケース目 については、今回の調査以前からすでに取引のあった徽章会社社長C とデザイナー出身のク リエーティブ・ディレクターZ に対して、改めて企業課題のヒアリングと提案の場を設けて 調査を行った。3 組の調査の概要を表1に示す。 表1 3 組の調査の概要 経営者 クリエーター 面談1 回目 面談2 回目 ケース1 寿司チェーン店 の社長A デザイナー出身のクリエー ティブ・ディレクターX 2014 年 8 月 12 日 2014 年 8 月 27 日 ケース2 ネイル・サロン 会社の社長B CM プランナー出身のクリ エーティブ・ディレクターY 2015 年 4 月 6 日 2015 年 4 月 16 日 ケース3 徽章会社社長C デザイナー出身のクリエー ティブ・ディレクターZ 2015 年 7 月 13 日 2015 年 8 月 6 日  本稿では報告書という性質と紙幅の都合から、EM 研究に即した詳細な分析は別稿を期す こととし、まずは上記3 つの事例の中からケース 1 の 1 回目の面談取り上げて具体的なやり とりの分析の簡略的な紹介を行うことにする。ケース1 を取り上げる理由は、上記の 3 ケー スの中では比較的にヒアリングと提案がスムーズに進行し、かつその後のビジネスへの発展 可能性も開かれていた点にある。そのような意味で本稿は成功事例のケース・スタディとい う性格を帯びているが、分析結果は代表性を担保するものではなく、あくまである固有の状 況下において1 人の広告クリエーターが用いた方法の一端を解明するものである。しかしな がらそうして得られた方法に関する知見は他の状況下での使用にも開かれたものであること を目指している。

Ⅴ.分析――クライアントの課題を発見すること

 本節では広告クリエーターがクライアント企業の抱える課題をどのようにして発見してい るのかに焦点をあてて分析を行う。分析にあたって最初に確認しておきたいことは、課題を 発見するという活動についてである。一般的なビジネス場面において、課題という言葉は「問 題解決へ向けて取り組むべき事柄」といった意味で用いられる。例えば、顧客から得た意見 が商品開発に活かされていないという問題が把握された場合、その解決のために部門間のコ

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ミュニケーションを改善することなどが課題として設定される。そのため、課題を発見する ためにはまずもって、①解決すべき問題を特定し、②その解決のために行うべきことを設定 するという少なくとも2 つの活動が必要になると考えられる。むろん広告クリエーターが課 題発見のために行っていることはこれらに限らず多様と思われるが、これらは課題発見とい うワークの中でも中心的な活動であることが予想される。以下ではこの2 つの活動を念頭に おいて、先述したようにケース1 の 1 回目の面談を対象に、クリエーター X が社長 A からど のように課題を聞き出していたのかを分析していく。 1.企業理念のアウトプットにトピックを絞る  本項では1 回目の面談において、クリエーター X が社長 A から経営上の問題をどのように して聞き出すことができたのか、そのやり方を明らかにする。先述の通り、本ケースの面談 は2 回に渡って行われ、各 2 時間、合計 4 時間行われた。クリエーター X は今回の面談に先 立って、岡田らとともにクライアントである寿司チェーン店のうちの1 店舗に視察を行った。 その際に、今回のクライアントの概要について簡単な説明を受けており、売上や収益等の経 営状況は順調であるということも聞いた。  ここで確認しておきたいことは、今回の面談を行う時点において、クリエーターX は社長 A がどのような経営上の問題を抱えているかについては把握していなかったという点である。 そのため、社長A の経営課題を発見し、その解決に向けた提案を行うためには、まずもって、 第1 回面談において、社長 A がどのような経営上の問題を抱えているのかを探り当てる必要 があったのである。しかしながら当然のことではあるが、クライアントが抱える問題には様々 なものがある。特に本ケースのように面談相手が経営者の場合、経営者が対処すべき経営上 の問題は企業の全域に渡って存在している。そのため、広告クリエーターは経営者が抱えて いるであろう複数の問題の中から、自身が対処可能なもの、すなわち提案を行えるものを特 定する必要があるのである。  こうした状況の中でクリエーターX が第 1 回面談の冒頭で行ったことは、先述した店舗視 察の際に撮影した写真を見せるということであった。クリエーターX は店舗視察の際に、店 舗の外装や内装の中から、自身が関心を持ったものを写真に収めていたのである。そうした 写真を社長A に見せる際に、クリエーター X は「僕はデザイナーなので、やっぱり、アウト プットだったり、そういうとこがすごい気になる」と言った2)。課題ヒアリングとして設定 された面談の冒頭において、このようにヒアリングする側であるクリエーターX が、自身が 何の専門家であるのかを相手に表明するということは、その後のヒアリングのトピックを絞 り込む効果を持つといえるだろう。さらに「アウトプット」という表現にも注意が必要である。 この「アウトプット」という表現は、ここではクリエーターX が撮影した各被写体、具体的 には店内にある装飾、メニュー、ロゴマークなどのことを指している。クリエーターX はこ の発言の後の会話の中で、ロゴマークやキャラクターを「企業理念を象徴するもの」と述べ ていた。すなわち、クリエーターX は自身が観察し写真に収めた被写体を、「企業理念」を「ア

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ウトプット」したものの一部として位置づけていたのである。  このようにしてクリエーターX はヒアリングのトピックを「企業理念」をどのように「ア ウトプット」しているのかといった内容に絞っていった。しかしながら、面談の後半までク リエーターX は社長 A が抱える問題をなかなか聞き出すことができなかった。会社の「企業 理念」は「シンボル」や「合言葉」のような形で従業員で共有できるようにルール化されて いるのかというクリエーターX の問いに対し、社長 A は経営理念や心構えなどをラミネート・ カードにして配布していると答えた。熟練の寿司職人にフォーカスした店づくりをしてはど うかというクリエーターX の意見に対しては、社長 A は 1 店に多い時は 300 人のお客様が来 ることもあるので、熟練の板前1 人のパフォーマンスだけで商品提供することは難しいと返 答した。これらのクリエーターX の質問や意見の中にも「企業理念」の「アウトプット」と いう考え方が用いられていることが分かるだろう。この他にもクリエーターX は様々な質問 や意見の提示を行ったが、社長A から明示的に問題の提示を引き出すことはできなかった。 2.仮のアイディアを示して関心の在りかをモニタリングする  しかし、面談開始後、2 時間が経とうとしていた時に、クリエーター X が「最後に一応」 と言い、気になっていた「アウトプット」の1 つである、店舗に飾られていた「顔マーク」(図 1)のロゴを撮影した写真を社長 A に示した。そして、「この顔マークは、結構出してるんで すか?それとも、そこまでこだわってないんですか?」という質問を行った。この質問はそ れまでの会話のトピックから鑑みて、その「顔マーク」が「企業理念を象徴するもの」とし て明確に打ち出されているのかどうかという意味を帯びたものと理解できる。それに対して、 社長A は、「あのねー、これが悩んでて」と自身が抱えている悩みの吐露を行った。一般的 に悩みとはその状態から脱することが望ましいとされるマイナスの意味を帯びた状態と理解 できる。そして、専門家からのヒアリング場面において、自身が悩みというマイナスの意味 を帯びた状態にあることを表明するということは、とりもなおさず、それが専門家へ相談し たい問題であることを示しているだろう。すなわち、社長A はここで初めて明示的に自身が 抱える問題の提示を行ったのである。  それでは、社長A はクリエーター X にどのような問題を提示したのだろうか。社長 A は 先に述べた「顔マーク」の他に、自社にはもう1 つ「会社マーク」(図2)があることを告げ、「ロ ゴなんか2 つもある必要ないと思ってるんですよ」と述べ、「でも、どっちに絞ろうかってなっ た時に、うーん、こうまよ、ま、正直迷ってます」と、若干の言い淀みも伴いながら、自身の「迷 い」の表明を行っている。この発言のすぐ前に社長A は他企業のロゴマークについて「ほん とはたとえば、日産ドーン、トヨタドーン、アップルドンとこう1 つじゃないですか」と述 べていた。すなわち社長A は「企業のロゴマークは 1 つに統一すべき」という規範的知識の もとで、自社が持つ2 つのロゴマークをどちらか一つに統一できていないという問題の提示 を行ったのである。

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― 38 ―  こうして社長A から明示的に問題が提示されたが、面談はそこでは終わらなかった。社長 A から問題が提示されたからといって、それがただちにクリエーター X が対処すべき問題な のかどうかは分からない。また、自身が対処すべき問題と判断できても、今度は次回の面談 でどのようにしてその解決へ向けた提案をするかについても検討しなければならない。そう した実践的な課題を課せられている状況下において、クリエーターX が行ったのは、問題の 解決に結びつきうる「仮のアイディアの提示」とでも呼べる行為である。この行為について は実際の会話の断片の分析を通して、その方法を明らかにしていこう。以下に示すのは、社 長A が 2 つのロゴマークに関する悩みを述べた後のやりとりである。 【断片(第1 回面談より)】3) 01 A: うん。あの新しいお店で、えー、やったんですよね。それはなんかあの(4.0) 02 X: なんかこれをパッと見た時に、おめん、お面があったら可愛いなとふと思ってっへ 03 へへへ 04 A: あーーー。 05 X: そういう風に愛着のある風に[持っていく方が良いかなーと思って。 06 A:     [あ、お面かー。それは良いですねー。それ良いなー 07 お面。 08 X: なんかその、[僕。 09 A:    [こうなんかこう、ね、ちょっと帽子で 10 X: そうっすねー 11 A: こうちょっとね。あ、それ良いかも 12 X: ちょっと可愛い感じに 13 A: あーーーなるほどね。○○寿司のお面、今度 90 周年で配ろうかなーーー。これです 14 ね、錦糸町。うん。でもね、それは僕はむしろ、プロフェッショナルな皆さんに相 15 談したいと思いますね。[どっちが良いかみたいなの  01 行目で A が「新しいお店」で「やった」と述べているのは、この断片の前に語られていた、 図1 顔マーク 図 2 会社マーク こうして社長A から明示的に問題が提示されたが、面談はそこでは終わらなかった。社長 A から問題が提示されたからといって、それがただちにクリエーターX が対処すべき問題なのか どうかは分からない。また、自身が対処すべき問題と判断できても、今度は次回の面談でどの ようにしてその解決へ向けた提案をするかについても検討しなければならない。そうした実践 的な課題を課せられている状況下において、クリエーターX が行ったのは、問題の解決に結び つきうる「仮のアイディアの提示」とでも呼べる行為である。この行為については実際の会話 の断片の分析を通して、その方法を明らかにしていこう。以下に示すのは、社長A が 2 つのロ ゴマークに関する悩みを述べた後のやりとりである。 【断片(第1 回面談より)】3) 01 A: うん。あの新しいお店で、えー、やったんですよね。それはなんかあの(4.0) 02 X: なんかこれをパッと見た時に、おめん、お面があったら可愛いなとふと思ってっへ 03 へへへ 04 A: あーーー。 05 X: そういう風に愛着のある風に[持っていく方が良いかなーと思って。 06 A: [あ、お面かー。それは良いですねー。それ良いなー 07 お面。 08 X: なんかその、[僕。 09 A: [こうなんかこう、ね、ちょっと帽子で 10 X: そうっすねー 11 A: こうちょっとね。あ、それ良いかも 12 X: ちょっと可愛い感じに 13 A: あーーーなるほどね。○○寿司のお面、今度 90 周年で配ろうかなーーー。これです 14 ね、錦糸町。うん。でもね、それは僕はむしろ、プロフェッショナルな皆さんに相 15 談したいと思いますね。[どっちが良いかみたなの 01 行目で A が「新しいお店」で「やった」と述べているのは、この断片の前に語られていた、 新規に出店した店舗で、「家紋」(図 2)の方の「ロゴマーク」を使用したことについてのエピ

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新規に出店した店舗で、「家紋」(図2)の方の「ロゴマーク」を使用したことについてのエピソー ドを指している。「それはなんかあの」の後の4 秒の沈黙は、その時の様子について思い出そ うとしていたり、あるいはそれについての見解を整理しようとしていると見て取れる。それ を受けて、02 行目でクリエーター X は「なんかこれ」(図 1)を、「パッと見た時」にと前置 きをしてから、「お面があったら可愛いなとふと思って」と述べた。この「パッと見た時」や 「ふと」という表現から、ここでクリエーターX は、「仮のアイディアの提示」を行っている といえるだろう。重要なことはここでクリエーターX が提示した仮のアイディアは、社長が 悩んでいる図1 の「顔マーク」の用途に関するアイディアであったという点である。すなわち、 クリエーターX は単に思いついたこと述べているわけではなく、自身のアイディアを社長 A が抱える問題の解決に結びつきうるものとして提示しているのである。  これに対して社長A は 04 行目で「あーーー」と驚きを示し、06 行目において「あ、お面かー。 それは良いですねー。それ良いなー」と述べて、クリエーターX の仮のアイディアに対する 肯定的な評価を表明している。「それは良いですねー。それ良いなー」と語尾を言い換えてい る箇所については、「それ良いですねー」が相手への賛同を含意するのに対し、「それ良いなー」 が率直な自身の感想の表明を行っているように見て取れる。08 行目でクリエーター X が「な んかその、僕」と、何らかの話を開始することの前置きと聞ける発話をしたのに重なるよう にして、09 行目で社長 A の「こうなんかこう、ね、ちょっと帽子で」というアイディアが被 せられている。こうした行為の連鎖には注意が必要である。ある話し手が何らかのアイディ アの提示を行った場合、聞き手にはそれに対して何らかの応答をすることが義務的に求めら れるだろう。その1 つの例が、先に見た、社長 A が行っていたような肯定的な評価など、「評 価を示す」という行為である。しかし、それに続けて、聞き手も話し手のアイディアに沿う ようなアイディアを重ねて提示するような行為はもはや義務とはいえない。それは、聞き手 が話し手のアイディアに強い関心を持っていることを示していると理解できるだろう。この ようにして、社長A はクリエーター X の仮のアイディアに肯定的な評価を示した後に、自身 もその流れに沿ったアイディアを提示することによって、いわば実演的にクリエーターX の アイディアに強い関心を持ったことを表明していたのである。  このようにして示された社長A による強い関心は、後に課題解決へ向けた提案を行うこと が志向されているヒアリングの場面においては、とりわけ重要な意味を帯びてくる。当然の ことながら、クリエーターX には自身が 2 回目の面談で提案しようとしている内容を、社長 A に受け入れられやすいものにすることが求められるだろう。そのための方法には様々なも のが考えられるが、その1 つとして、クライアントが肯定的な評価や高い関心を示したアイ ディアの方向性に沿った提案を行うという方法があるだろう。そうであるならば、1 回目の 面談におけるクリエーターX の主要な目的は、もはや社長 A が抱える問題の特定のみではな く、その解決の方向性として、社長A がどのようなアイディアに関心を示すのかを探り当て るということにもあったと考えられる。こうしてクリエーターX は企業理念のアウトプット というトピックに絞って社長A から問題を引き出し、かつその解決策へ向けた仮のアイディ

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アを示して社長A の関心の在りかをモニタリングすることで、課題ヒアリングという活動を 遂行していたのである。

 Ⅵ.結論――今後の研究に向けて

 本稿では、広告クリエーターが経営者と対峙して経営課題を発見するプロセスを、実際の 会話場面の分析を通じて明らかにする研究の一部を紹介した。紙幅の関係で1 回目の面談の 様子しか紹介できていないが、このやり取りの中で広告クリエーターは、①数ある経営者の 課題の中から企業理念のアウトプットにトピックを絞りながら、②経営者の悩みに対してそ の場で仮のアイディアを示し、関心の在りかをモニタリングするといった技法を駆使してい る事が分かった。実は、クリエーターX は 2 回目の面談で、この時のモニタリングで得た反 応を生かしたロゴを使った広告のような制作物を提示し、経営者の課題をさらに深める事に 成功している。今回の調査では、クリエーターX が単に経営者が現時点で抱える悩みを聞き 出すだけでなく、仮のアイディアを提示したり、広告物にして見せたりと刺激を与える事で 経営者の課題を具現化していく様子を、観察することができた。つまり、経営課題の発見とは、 経営者の頭の中に既に定まっている課題を広告クリエーターが言い当てるようなものではな く、経営者と広告クリエーターとの相互行為の中で構成されていくものであると推測できる。  そうした仮説を検証するためにも、今後の研究では本稿で紹介した社長A とクリエーター X の 2 回の面談で行われた一連のプロセスをさらに詳細に分析すると共に、他の 2 組の経営 者とクリエーターの面談場面の分析も行い、広告クリエーターが経営課題を発見する方法論 を提示したいと考えている。  また、実務者や研究者の間では「問診」や「課題のヒアリング」と大まかに分類されてい たクライアントと広告クリエーターの実際の会話場面をつぶさに見る事で、広告クリエー ター特有の思考プロセスを解き明かす可能性を見出す事が出来た。広告クリエーターの課題 ヒアリング場面をEM 研究というアプローチで研究する事が可能であるという方法面での示 唆を示した点も、本研究の意義であると考える。本来、広告研究は学際的な研究であり、多 面的なアプローチでの研究を取り入れながら進化を続けてきた分野である。本研究を、単な る1 人の広告クリエーター分析に終わらせずに、事業領域が広がる広告会社のコアコンピタ ンスとしてのクリエーティブの有用性や、クリエーティブ人材育成への示唆が得られる研究 へと昇華させていきたいと考えている。 <謝辞>  本研究は、日本広告学会研究プロジェクト(萌芽課題研究プロジェクト)の助成を受けたものです。研究の 採択にあたっては、研究プロジェクト委員の先生方に大変お世話になりました。構想段階では佐藤達郎先生 (多摩美術大学)、藤崎実氏(アジャイルメディア・ネットワーク)より個別に貴重なご助言をいただきました。 分析段階では小宮友根先生(東北学院大学)、三部光太郎氏(千葉大学大学院)より個別に詳細なコメントを いただきました。また本郷概念分析研究会、社会言語研究会の皆さまにも多くの有益なコメントをいただきま した。コメントを活かした本格的な研究成果については別稿を期したいと思います。

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<注> 1)EM 研究に関する日本語による詳細な解説書としては、前田ほか(2007)などを参照されたい。また EM 研究におけるワーク・プレイス研究の解説としては、水川・池谷(2004)、池谷(2004)などを参照されたい。 2)以降、本文中の発言の引用については、分析に支障がない範囲で、言い淀みや言葉のつかえなどを改めた 箇所がある。 3)トランスクリプト内の A は社長 A、X はクリエーター X を表している。使用記号については、カッコ内の 数字は音声が途絶えている秒数を表している。また、[ は 2 人以上の参与者の発言の重なりが開始してい る時点を表しており、それに合わせて改行を行っている。 <参考文献> 池谷のぞみ(2004)「エスノメソドロジーとフィールドワーク」山崎敬一編『実践エスノメソドロジー入門』 有斐閣。 川戸和英・伊吹勇亮・川村洋次・妹尾俊之(2011)「研究プロジェクト報告 広告クリエイティブ・マネジメン トの成功要因と組織能力の探究」『広告科学』(54)。 川村洋次・川戸和英・佐藤達郎・伊吹勇亮(2013)「トップ・クリエーターにとっての望ましいクリエイティブ・ マネジメントに関する国際比較研究」『広告科学』(58)。 岸志津江・田中洋・嶋村和恵(2008)『現代広告論』有斐閣。 小林保彦(1998)『広告ビジネスの構造と展開――アカウントプランニング革新』日経広告研究所。 佐藤可士和(2014)『今治タオル 奇跡の復活』朝日新聞出版。 古川裕也(2015)『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』宣伝会議。 前田泰樹・水川喜文・岡田光弘編(2007)『ワードマップ エスノメソドロジー――人々の実践から学ぶ』新曜社。 水川喜文・池谷のぞみ(2004)「エスノメソドロジーの方法(2)」山崎敬一編『実践エスノメソドロジー入門』 有斐閣。 湯淺正敏(2015)「広告会社の事業ドメインの拡張とイノベーション」『日経広告研究所報』、282 号、32-38。 Garfinkel, Harold (1967) Studies in Ethnomethodology. Prentice-Hall.

<問合せ先> 岡田 庄生 株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 小川 豊武 東京大学大学院学際情報学府 博士課程 〒107-6332 東京都港区赤坂 5 - 3 - 1 株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 岡田 庄生 E-mail: shoo.okada@hakuhodo.co.jp

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