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2 『日本オーラル・ヒストリー研究』 第 15 号 (2019 年 9 月) 57
特集2 オーラルヒストリーのアーカイブ化を目指して Special Issue 2:Toward the Archive of Oral History
はじめに
Preface
蘭 信 三
ARARAGI Shinzo
本特集2「オーラルヒストリーのアーカイブ化を目指して」は、2018 年 3 月 17 日に上智大 学にて開催された日本オーラル・ヒストリー学会春季シンポジウムにもとづくものである。本シ ンポジウムは、特集に寄稿していただいた 3 名の報告者に加えあと 1 名の報告者と 1 名のコメ ンテータからなる充実したものであった。そこで、本シンポジウムのモデレータとして企画から 当日の司会まで担当した私から、オーラルヒストリーのアーカイブ化をめぐる動き、本特集のね らい、そしてシンポジウムで展開された議論を簡潔に紹介していきたい。 オーラルヒストリーのアーカイブ化/コレクション化は、英米では戦後すぐから始まっていた。 世界的に有名な米国コロンビア大学オーラルヒストリー・センターは、1948 年からオーラルヒ ストリーのアーカイブ化を始めており、現在そのコレクションは 1 万を超える膨大なものとなっ ている。また、80 年代以降のオーラルヒストリーの世界的潮流を牽引していったイギリスのポー ル・トンプソンは 1987 年からナショナル・ライフストーリーという組織を立ち上げ、今日まで に 28 ものテーマに関するプロジェクトで聞き取ったオーラルヒストリーを大英図書館のなかに アーカイブ化するという活動を展開してきた。 日本国内でも、戦後すぐからオーラルヒストリーのコレクション的なものが蓄積されてきた。 たとえば、宮田節子らは、友邦協会の協力のもと 1958 年から 10 余年にわたって朝鮮の植民地 統治に関わった朝鮮総統府の元官僚たちに聞き取り、そのオーラルヒストリーは、友邦協会編『朝 鮮近代資料集成(全 4 巻)』として刊行されている。その後、1963 年から内務官僚への聞き取 りを行った内政史研究会の速記録 231 回分は国会図書館憲政資料室にアーカイブ化されている。 また、日本における「下からの歴史」の嚆矢とも言える、戦前期から日本内地で生きた在日朝鮮 人女性に聞き取ったむくげの会は同会編 (1972)『身シ ン セ タ リ ョ ン世打鈴―在日朝鮮人女性の半生』という先 駆的な聞き取り集を残した。さらに、各地域女性史による女性への聞き取りが相当数蓄積されて きた。これらは、方法論的には素朴でかつ音声資料も備えられていない場合が多く、筆記録や報 告集によるアーカイブ化であったが、オーラルヒストリーのコレクション的なものとなる先駆的 な仕事であった[蘭 2015]。 オーラルヒストリーのアーカイブ化が本格化したのは、伊藤隆や御厨貴を中心とする「公人の オーラルヒストリー」プロジェクトである。それは 1997 年という早い段階から始まり、政治家58 蘭 信三 や官僚からの聞き取られた多数の「公人のオーラルヒストリー」がデータベース化されている。 また、東京外国語大学 21 世紀 COE プログラム『史資料ハブ地域文化研究拠点』の「オーラル・ アーカイブ班」においてオーラル資料の蓄積が試みられた。さらに、大阪社会運動協会で主に 1980 年代に聞き取られた労働運動家へのオーラルヒストリーが、2015 年末にウエブサイト上 に公開されている。 このようなオーラルヒストリーのアーカイブ化にむけた活発な動きを受け、日本で最初の本格 的な議論は、日本民俗学会 2010 年国際シンポジウム「オーラルヒストリーと『語り』のアーカ イブ化に向けて」であった。ここで民俗学、文化人類学、社会学、歴史学を横断する学際的で画 期的な取り組みがなされ、その成果は岩本通弥ほか編の同名の報告書として成城大学民俗学研究 所から刊行された。また、国立公文書館を中心にオーラルヒストリーのアーカイブ化にむけてす でに議論が積み重ねられており、2018 年の段階までの同館の取り組みや今後の方向性が検討さ れている。その現段階の成果は、長谷川貴志 (2018)「国立公文書館におけるオーラル・ヒストリー 事業の実施に向けた一考察」に詳しい。 しかし、英国や米国やそれにシンガポールなどではその「公的な仕組み」が定着しているにも かかわらず、日本ではその公的仕組みづくりが依然として課題のまま残されている。また移民研 究や地域女性史などでオーラルヒストリーに取り組んできた多くの人たちから、「研究室(や自宅) の貴重なテープをこのまま眠らせるのはもったいない。所蔵・活用が出来るような公的な仕組み をつくってほしい」という声を聞くことが少なくない。したがって、公的な機関が英米のように オーラルヒストリー・プロジェクトを組んで積極的なその収集と保存とデジタル化に取り組むプ ロジェクトづくりとその基盤整備が今なによりも望まれる。幸いにも、近年のアーカイブ学の展 開は目覚ましい。2004 年にはアーカイブズ学会が設立されたし、2008 年には学習院大学大学 院にアーカイブズ学専攻が開設された。それに、2016 年には次世代デジタルアーカイブ研究会 がアーキビストを中心に立ち上げられ、2017 年 5 月には全国学会であるデジタル・アーカイブ 学会が設立され、本格的な資料のアーカイブ化、デジタル化が動きだしている。 資料のデジタル・アーカイブ化が急速に進む今こそ、オーラルヒストリーのデジタル・アーカ イブ化(Oral History Digital Archives:OHDA)も含め積極的に取り組むべき時が来たかと思わ れる。このような日本における OHDA の「公的な仕組み」作りにむけて、現状認識と問題提起 をするのが本シンポジウムのねらいであった。本シンポジウムでは、オーラルヒストリーのアー カイブ化に造詣の深い社会学者、歴史学者、移民研究者、アーキビストに登壇してもらい、その 公的な仕組みの可能性と課題について論じた。なお、特筆すべきは、当シンポジウムは JOHA だ けでなく、日本移民学会、総合女性史学会等々の関連学会、さらには公立図書館とも連携し、領 域横断的な取り組みとした点である。ご協力いただいた両学会、皆さまに感謝申しあげる。 登壇者と報告題目は以下のようである。現代史の若手牽引者である安岡健一氏(大阪大学)の 「オーラルヒストリーを受け継ぐために-飯田市歴史研究所での経験から」、地域女性史の研究に 長く貢献してきた宮崎黎子氏(地域女性史研究会)の「地域女性史とオーラルヒストリー-その 展開と保存の可能性をめぐって」、本テーマに関わってもっとも中核的な活動を行ってきた小林 多寿子氏(一橋大学・社会学)の「オーラルヒストリーとアーカイヴ化の可能性- 2012 年質的 データアーカイヴ化研究会調査より」、移民研究者として北米図書館で実際にそのアーカイブ化
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に携わってこられた森本豊富氏(早稲田大学)の「北米におけるオーラルヒストリーのデジタル アーカイビング- UCLA JARP Collection を中心に」である。これらの報告をうけて、アーカイ ブ学者としてデジタル・アーカイブ化について幅広く発言し、いまもっとも活躍している福島幸 宏氏(京都府立図書館)が目の覚めるような論点整理とコメントを加えられた。本特集で明らか にされているように、OHDA に向けての論点は多々あるが、すでにその議論はある段階に達して いるという認識を持つことが出来た。本特集から、最先端の議論が見て取れよう。 さて、オーラルヒストリーのアーカイブ化は、日本のオーラルヒストリー研究を牽引してきた 桜井厚の方法論の系譜にあるもの(私もその一人であるが)からすると違和感がある、と思われ るかもしれない。というのは、桜井は、聞き取りの場や、聞き手と語り手とから紡ぎ出される一 つひとつのオーラルヒストリー作品の個別性や構築性をとても大事にしているからである。それ はある意味で、アーカイブ化という試みと対立していると理解されうるかもしれない。実証主義 的なオーラルヒストリー作品はアーカイブ化と相性がよく、御厨らの大きな貢献の一つはその アーカイブ化にあったが、社会学で中心的な対話と構築性を重視するオーラルヒストリーはアー カイブ化と相性が悪いと。しかし、だからといってアーカイブ化を断念するのはあまりに惜しい ことである。あるいは、一つひとつの作品が、どのような方法論的視点で、どのような聞き取り の場で、どのような相互作用の過程で聞き取られ、どのように編集されたのかというメタデータ を補うことでその困難は乗り越えられるかもしれない。方法論的にデジタル・アーカイブ化に もっとも難しい立場に立つ JOHA が本シンポジウムを主催し、中心となって取り組むことで、デ ジタル・アーカイブ化はより適切でみのり多い試みとなりうると思われる。 最後に、特集が、日本移民学会、地域女性史研究会、そして JOHA の学会員だけでなく、広く 読まれ、オーラルヒストリーのデジタルアーカイブ化に向けての取り組みへの関心を広く共有さ れ、具体的な基盤整備に向けて寄与する一歩となることを願う。 [参考文献] 蘭信三,2015,「オーラルヒストリーの展開と課題-歴史学と社会学の狭間から」大津透ほか編『岩波 講座 日本の歴史 第 21 巻 史料論』岩波書店,209-241. 岩本通弥・法橋量・及川祥平編,2011,『日本民俗学会 2010 年国際シンポジウム オーラルヒストリー と「語り」のアーカイブ化に向けて-文化人類学・社会学・歴史学との対話』成城大学民俗研究所. 大門正克,2017,『語る歴史、聞く歴史-オーラル・ヒストリーの現場から』岩波新書. 酒井順子,2003,「私の「Oral history」体験と日本における「オーラル・ヒストリー」の発展の可能性」 東京外国語大学大学院地域文化研究科 21 世紀 COE プログラム「史資料ハブ地域文化研究拠点」『史 資料ハブ:地域文化研究』,22-30. 桜井厚,2002,『インタビューの社会学-ライフストーリーの聞き方』せりか書房 . ――,2012,『ライフストーリー論』弘文堂. 長谷川貴志,2018,「国立公文書館におけるオーラル・ヒストリー事業の実施に向けた一考察」『北の丸 -国立公文書館報』第 50 号:31-56. 廣川和花,2016,「医療アーカイブ試論-研究倫理・医療情報・スティグマの観点から」『歴史学研究』 952 号 (2016 年 12 月号 ):13-24. 御厨貴,2002,『オーラル・ヒストリー-現代史のための口述記録』中公新書 . ―――,2007,『オーラル・ヒストリー入門』岩波書店 .
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