Title
沖縄航空訴訟事件
Author(s)
組原, 洋
Citation
沖縄大学地域研究所年報 = The Institute of Regional Study,
The University of Okinawa Annual Report(1): 52-78
Issue Date
1990-12-10
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/9872
沖 縄 航 空訴訟 事 件
ま え か き 本稿は, 1985年に脱稿 した まま発表 されず に いた ものである。 その後.沖縄大学地域研究所が設立 され,私 も 沖縄 における交通 システムの あ り方をテーマ と し て加わって きた。私が沖縄の交通 シス テムに関心 を もつよ うにな ったの は,本稿 に記 した沖縄航空 訴訟事件 に関与 して以来の ことである。 この度,同研究所か ら発表の機会 が与 え られた ので, ここに, 当時 のままの形で載せていただ く ことに した 。 1 私が沖縄航空株式会社の社長宮良正啓氏 には じ めて会 ってか らもう6年近 くになる。 私が沖縄 に最初 にきたのが1979年4月下旬 で, この とき那覇の金城共同法律事務所 で弁護士 と し て働 くことにきめ, 5月は じめか ら仕事をや り始 めた。 それか らちょっ とたって, 6月20日頃に, 遠い親戚の うちでおばあさんが亡 くなった。 その 親戚 は石垣 出身で那覇 に住んでいて,私が5
月に きた ときはアパ ー トがきま るまで4・-5日おいて もらったが, その ときは もうおばあさんは危 い状 態だった。親戚 といって も血 は全然つながってい ない し.全 うの もは じめてで, そんな私をよ くと めて くれた ものだ と今で も思 う。 おば あさんの葬 式が6月23日の慰霊 の日に自宅であった。私はか んちがい して黒のかわ りに白いネ クタイを してい って しまって. あわててはず したのをおぼえてい る。 この とき奥の方で大 きなダ ミ声で しゃべ って いるお じさんが いて. これが宮良正啓氏 だった。 私が弁護士だ とわか るとす ぐに事件の ことを話 し組
原
洋
始 めた。具体 的なことは何 もわか らなか ったが. 運輸省 の処分の無効確認を求めて行政訴訟をやっ ているようで. その際,損害賠償 は求 めず無効確 認訴訟一本 でい っているのだ とい うことを強調 し て いた。宮 良氏が帰 ったあ との口ぶ りでは.親戚 によ くは思われていないようだ った。大 きいこと ぽっか りいう人 だ とい った感 じ。訴訟マニアなの か なと私 は思 った。 私の記憶 ではそれか らす ぐだ った'よ うな気がす るのだが, 日記をみ ると8月27日に宮良氏が事務 所 にきた。 そ して9月5日.20日,26日.10月3 日とその後かな りひんぽんに来所 している。 いず れ も私一人 で応待 し, この うちの多分一 番最初の ときに一件 記録を預 った。 そ して, この記録をア パ ー トで寝 ころんで読ん だ.訴訟は既 に一審の大 づめまできて いた。原告である沖縄航空側が最終 準備書面を準備 しているところだ った。私はこの 下書 きの うち,述べ方の腑 つ ま り構成の仕方をち ょっと直 し,表現のおか しい と思 うところ も直 し た。疑 問点 もメモ した。 しか し, 多少かわ ったに して も基本的 には当初の F書 きと同 じものが法廷 に出 されている。 この準備書面の内容を,少 し長 いがその まま掲 げ る。被告は,運輸省大阪局長 である。 第一 本件却下処分がなされ るまでの経過 - ,最初 に不定期であ る旨の指導 を受けて不定期 と して申許 した事実 1 昭和47年5月15日沖縄 の 日本復帰 に伴 い,那 覇空港長が原告 に対 し. 復帰特別措置法 に基づ くものは総べて本省航空局の取扱い となってい ると指導 した。 そこで原告は同年6月 5. 6日 頃本省航空局 に行 き山本監督課長並びに奥洞補佐官.堀口係官.等に会い堀 口氏を通 じて. エ アータクシーの免許書 と運航明細書を提出 し. その指導を願 った ところ堀 口氏は免許書 と運航 明細書を見て
,
「素晴 しい免許だ.機種の限定 もな く.棟数の制限がない。 いったい宮良 さん は何機 ぐらい 持つのか」 と尋ねた。原告 (宮良) は必要 なだけ しか持ちません と答えた。 その時. 輿洞氏は原告のエアータクシーを 日本法の不定 期であると断言 し,不定期申請番の ヒナ形を与 え 「此の様 に作成 しなさい」 と指導 したのであ る。 その後上 申請書の作成が完了 した同年7月10 日頃に,本省か ら大竹氏 と玉置氏が来社 し, 申 請書を見て 「これを本省に持 ち帰 り局で手直 し て置 くか ら一週間後 に取 りに来なさい」 と言 っ て,申請書は両人が持ち帰 った。 原告はその一週間後 に上京 し, 奥洞補佐官に 会 った。 奥洞氏は原告に対 し.あ と3
日まって くれ と言 ったので3
日後 に手直 しされた申請書 を受け取 って帰 った。 手直 しされた申請書を清書 (タイプ) して申 請書 とは別 に運送約款.運航規程.整備規程 も 備え持参 し, (同年7月27日, 8日頃)3度上 京 し本省の担当官奥洞氏に提出 した。 ところが 奥洞氏は不定期の取 り扱 い管 轄 は 大 阪 航 空 局 (被告)である旨の指導 し, かつ運送約款.運 航規程,整備規程は提出 しないで申請書だけを 提 出 しな さい と指 導 した。 航 空 運 送 事業 を 営 ん で い る者 は, 航 空 保 安上右諸規程はな くてはな らぬ ものであ り,か つ航空局の承認を必要 とする ものであることを 原告は認識 しているので不思議 に思い, (ilぜで すか と尋ねた ところ, 奥洞氏は.「先に申請書だ けを出 して 日本の免許 に切替えてか らしか指導 は出来ない。切替えが済む までは貴方がたの運 航は米国のエアータクシーだか ら」 と言われた。 (現状運航でいい とい う解釈があった。) その時,同席の山本課長に対 して原告が 「西 銘代議士か ら話 しがあ り,今度南西航空は.短 い飛行場 に適 した航空機の援助を受けると聞い ていますが,私達 (原告)にも援助 して下さい。 私達が短い飛行場を多 く利用 しているのです」 と言 った ところ,山本課長はr
lつの飛行機を2
つに分ける訳 にはいかない。次 も援助がある。 次は貴方がたにする」 と言われた。 しか しいつ まで待 って も援助はなか った。 原告は同年8月9日被告 (大阪航空局)に,右 申請書を提出 した。 2 受理後 2週間 ぐらい立 って被告か ら原告に対 し申請書の内容説明の出来 る者の出頭を求めた ので,原告は出頭 しま した。 その説明会議の席 には,総務課長,監督係,航務課長,専任検査 課長,外1
名,原告側か ら宮良,阿嘉がその席 についた。 その会議の発言は,総務課長か ら次 のように切 り出された。
「沖縄航空の不定期申 請書の内容 にスケジュール表 (甲7号証)が記 載 されているのは,なぜか」。 これに対 し原告 (宮良)は.此の申請書は本省航空局が手を入 れ,指導 した ものである旨を述べた ところ,総 務課長は 「あ,それでは良い」 と述べ これで会 議は終 った。3
それか ら5
ケ月立 った昭和48年3
月19日.被 告は第 1回目の立入検査通知書を (総務課長. 監督係.航務課長.整備検査課長)持参 して来 社 した。 これに対 し原告 (宮良)は 「日本の航 空局の立入検査は此の様 に通告無 しに行なわれ るのですか」 と尋ねた ところ, 「いや,いや, 見 るだけにさせて下さい」 と返事があった。 し か し, これは聞き取 り調査であった。 手には各 乱 被告が提出 した要求資料 (乙10号証) (乙 11号証)を各 自手 に持 って調査 していた。乙10 号証.乙日号証については受けていないので不 知。 原告は被告が調査 して 日本法に合わせ るべき 右聞き取 り調査以外にも後 日指導がなされ るも の と思 っていたが. しか しい くら待 っても,そ の指導はなか った。 4 その後,昭和48年8月27日に第2回目の立入検査を行 う旨の通知書を約1ケ月前 に受 けて原 告はその準備を した。 その頃原告は重要な事を知 った。即ち監督官 安島氏か ら原告は 「現在申 請中の申請 書に記載 された機種及び概数 しか免許後は使用出来ない」 と聞かされて, びっくりしたのである。原告は エ7 -タクシーの免許では概数の制限は無 く, 機種の限定 もなか ったので同様な免許が受 けら れ るもの と思 っていたため,将来の事を考え, ジェッ ト機及 びターボ一機の申請書の差 し替え. (48年7月30日付)を した (乙6号証)。 その ジェッ ト機が宮古.石垣の飛行場で使用可能か どうかのテストフライトをした上で申請書の差啓をした。 5 第 2回の検査 (48年8月27日)が行なわれた 時.航務課長二鴨氏か らいきな り. rジェッ ト 横を使用す る事はどうか と思 う」 と意見 された の で,更に申請書の内容を変更す ることにな り. 監督官安 島氏の4日間の指導で.差 し替え用申 請書が出来上が り. それを (同年8月31日)付 けで監督官安島氏に同氏が立入検査中提出 したO それが9月1日付けの差替え受付 となっている 乙 7号証である。
6
その後原告は. 同年1
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月10日付の質問事項 (乙1
2
号証)の提出を求め られ ま した。 その中 で 日. 使用航空機の安定方策等」を求めてい るが,原告の免許が先に述べた様 に機種の限定 も概数の制限 もない事は被告は十分知 りなが ら 裁種変更等不安定であると述べているが,原告 はその様な矛盾を感 じなが らも受身の立場上す なおに該答弁書 (乙13号証)を提出 した07
その頃原告の購入後 (ドルニ ェー機) (甲2
5
号証)の那覇飛来に際 し.被告は着陸を拒否 し. 同様が強行着陸 した場合捕獲せよと那覇航務課 に命 じた。そのために原告は購入機 を台北 に一 時着陸させた。同機の整備 に当って 日米互認委 負会の協定 に基づ くと構造上の検査 (格納庫内 の整備が必要)を必要 としない ものであるのに 被告が原告の整備士に対 し 「ドルニェー機の検 査は那覇で受けるつ もりか,君達は格納庫のな い所で主席 して検査が通 ると思 うのか.免許に 傷がつ くぞ」 と精神的圧力を加えたため.整備 士達は原告がい くら言 って も同機 に手を付けて くれなか った。 そのため屑鉄同様にサ イパ ン島 のポクシ (米人) に売 った。 8 其の後安 島民に変 りに.佐古勉氏が着任 した。 同氏は原告の調査 もした ことも無いの に昭和49 年12月13目付の読売新聞の全国版 に原告を誹諌 した記事 (甲1号証)を記載 し.原告の信用を 失墜 させ経営を困射 こさせた。そ の 上 で 被 告 (佐 古)は.本省の輿洞,大阪航空局の三鴨の 指導 (運航規程,整備規程,運送約款を原告が 提出 した ら免許切替え後 でなければ指導 も承認 も出来ない と言われた こと) に反 した昭和50年 3月24日付業務連絡 (乙14号証)を求めて来た。 これに対 し原告は本省奥洞 と大阪航空局三鴨の 指導を重 くみて,総務関係のみに応えその他に ついては拒否 して提出 しなか った (乙15号証)。 9 原告は披告の矛盾 した不当な行為に怒 り同50 年 5月6日免許の促進並びに抗 議 の た め被告 (局)に出向いた。原告側は (宮良,津波,大 田,前原.阿嘉)氏の5
人だ った。 (佐藤局昆 次長,総務課長,航務課長.検査課長)合計1
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人の会議だ った。 この ときの会 議 の 前 に原告 (宮良) と被告 (佐藤局長.次長)が会い 「当 局 ・佐古氏が読売新聞で原告を誹誇 しているこ とはなんですか」 と尋ねた。佐藤局長 は rその 様 な事は知 らない」 と述べ次長 に向って,
「そ の様な事があったのか」 と尋ねた。次長がこれ を認めたので佐藤局長は言葉を替えて 「すまな い」と述べた。 二 ,定期であるとして曹鴫が本省 に移 った事実 (50年5月6日) 1 免許の促進方の右会議で原告 (宮良)が被告 (局長) に向 って, 「いったい 日本法の不定期 の運航免許で原告のエアータクシーの運航の様 に運航が出来ますか」 と尋ねた ところ.被告 (局 長)は黒坂を用いて 「単発機 であって も大型であって も不特定多数の乗客を取 り扱 う
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地点間 を反覆する運送は定期である」 と図解説明 し. 原告に向 って 「貴方がた く原告)の運航形態 は 定期である。従 ってその取扱い管轄は本省であ る」 と述べた。更に局長は 「地方局長が認め る2
地点間輸送は災害の時 しか認め られない」又 「此の法案は私が作成 した ものである。私がよ く知 っている」 と述べた。 そこで原告 (宮良) は,被告 (局長)に向 って 「局長か ら本省 に管 轄を移 して 下さい」 と申 し上げた ところ,局長 から次長 に命 じて本省 に電話 させ.取 り次いだO 局長が 「本省の担当官 ・浜 口氏に取 り次いであ るか ら東京 に行 って会いなさい」 と申されたの で原告等は大阪を発 った。 翌7日本省 にて浜口担当官 に会い,原告 (宮 良)は浜 口氏 に対 し 「佐藤大阪局長が原告の運 航形態は 日本法の定期であると断定 し,管轄は 本省であると指導 された。貴方 に取 り次いであ ると申されたが,連絡があ りま したかJ と尋ね たところ,浜 口氏は 「有 りま した」 と答えた。 その会合で,浜口担当管は 「困 った困 った」
を連発 し,原告等に向って 「個人的な意見だが もっと早 く来て くれれば良か ったのに」 と述べ たので, 「どう言 う意味ですか」 と原告 (宮良) が尋ねた ら,浜 口氏は 「私の時 になって此の様 な問題が持込 まれ る事に実は大変困惑 して いる のです」 と言 った。 又,浜 口担 当官は 「検討 して指示す るか ら」 と言われたので原告等は原告本社へ帰 ったO現 地沖縄では被告 (佐 古)氏が出 した読売新聞の 記事をは り出 して見たのか, それ とも人の口伝 えなのか,同 じ様な記事が沖縄 タイムス掛 こ 「沖縄航空は只今無免許飛行」 と云 う見出 しで 大き く報道 された。原告はそれに怒 り. タイム ス杜に抗議 した。其の結果タイムス杜は運輸省 航空局 に東京支局の記者を派通 し,真実を報道 する事を約束 した。その報道が昭和50年10月15 日のタイムス紙 (甲 5号証)である。 2 本省航空局の浜口氏は後 日指示をすると約束 したが,約束 も果さず担当官が中島氏に変 って いた。原告 (宮良)は油 ショックに依 り物価の 上昇す る中で此の様に免許を与えず重圧だけを 受ける状態では経営が出来ないと,
「本省の指 導のあるまで休業 します 」と口頭で休業を届け 出た。 (中島担当官に) 三 ,定期であるとされたのに被告が却下処分をな した事実 1 それか ら 1ケ月立 ったころ,今度は又逆に被 告 (大阪局)か ら (昭和51年4月20日)新 しい 局長名で申請書に対す る要求資料(
乙
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号証) を求め られた。 これに対 して,原告は三木総理 大臣あて陳情書 (甲2号証の2)を出 した。又 被告 (総務課)に対 し電話で 「前局長は原告の 管轄を本省であるとして管轄を本省に移 したで はあ りませんか。 なぜ管轄でもないのに資料を 要求 され るのですか.その様 な要求は受け られ ません」 と述べた。 2 その後被告か ら同年7月21日か ら23日迄の間 に立入検査を したいと通告 (甲3
号証)を して 来た。原告は管轄が本省であると云 う事 と社長 不在を理由に電話で立入検査の中止を申 し入れ たが被告はr
ただ有 りのまま,見せて くれれば 良いです。是非調査 したいJと強 く要望 した。 その後調査 日時が1ケ月ずれて昭和51年8月23 日か ら同月25日まで調査が行われた。 当時,原告は現地調査実施 についての通知書 (甲3
号証)の内容について, 「エアータクシ ー免許 による経営範囲は,航空法 による事業種 別 としての不定期航空運送 事業の免許により経 営可能であるとの結論を得たl旨であるので Tどこで結論を得たのかJ
「法的根拠が有 るの か.1と尋ねたところ.被告調査員7
名は,誰れ 1人 として解答せず.ただ出張 日的だけを主張 し,三鴨航務課長は資料要求杏を見せて,質問 に答えて くれ と言われた。原告 (宮良)は 「な ぜ管轄が違 うのに不定期の資料要求を受けなけ ればな らないのか。本省の中 島担当官に聞いてくれ」 と言 ったO本省の担当官中 島氏は何 も応 えなか ったの で原告は被告の資料要求 に応 じな か ったのである。 この とき,原告 (大田)は調 査官 に対 し原告か らの質 問 (甲4号証)を した ところ返答は後 日な され る旨の確 約を得た。 又 原告の石垣基地 も各営業所 も休業 しているため, 現地調査は出来なか った0
3
その後約4ケ月を経た後昭和51年12月27日に 原告は被告か ら本件却 下処分 (甲21号証)を受 けた。 第二 原告の主張 以 下の経 過 に基づき原告は次の通 り3
つの主 張をなす。 - ,被告の処分行為 は権限のない者 の処分で あ る。 理 由 (1) 原告の運航は, 1の地点 と他の地点 との間に あ らか じめ路線 を定 め一定の 日時 を定めて, そ の 日時 に従 って運航 していた ものであ り明 らか に航空法第2条1項 17号 に規定す る 「定 期航空 運送事業」.に該当す る内容の事業 であ った。(
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) 日本法の不定期の経営範朗 と, エアータクシ ーの経営範鴎の異なる点 について (イ) 日本法の不定期は, 1の地点 と他の地点 と の間に路線を定 め =]時 を定 めず」 その運航 は 「過2
回」を限度 とL r貸切輸送 に限 る」 即ち.不特定多数の乗客の取 り扱いは出来な い。 (甲13号証, 甲14号証, 甲15号証) (ロ) これ に対 しエアータクシーは1の地点 と他 の地点 との間に路線を定 め =]時 を定 める」 事が出来る。運航の回数に 「制限がない」 「不特定多数の乗客」の取 り扱 いが 出来 る。 (甲17号証) レ1 従 って1の地点 と他の地点 との間に路線 を 定 めて.不特定多数の乗客を過 に2回以上の 航空輸送をすれば定期であるといって過 言で はない。 (3)沖縄 におけるエアータクシーの形態 について (イ) 琉球列 島米国民政札 布令62号 (航空注) の施行 は1967年 7月 1日であ り.当時米国 では コン ミューターはエアータクシーのカテ ゴ リ内にあ り, エアータクシーの免許 では日 本法の定期及 び不定期の運 航経営が出来た。 原告 は現実 に, 12,500ポンド以 下の航空機に よる定期運送 を行 な っていた (甲2
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号証参照)。 (ロ)米国内では1969年にコソ ミューターをエ アータクシーよ り分離 (甲17号証の12貞参照) したが,沖縄 に於ては 日本復帰 に至 るまで変 更がな く現在米国 に於け るコン ミューターと 同様 な運航を して いた。又現在変更のあった 米国の エア-タクシーの運航 で さえ も, E]本 法 の尺度 で言 えば定期 である。 前記L
Z)
のレ
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回以上の航空輸送が出来 る。従 ってエアータ クシーは米国 に於て 「ナ ンスケ ジュル Iと呼 ばれて も, 日本法 の定期,不定期の定義にあ てはめれば定期である。 (4) 原告 は申請書に運送約款, 運航規程, 整備規 程を添付 して提出 したのであるが. 輿洞証人は 「運送約款,運航規程,整備規程 は免許切替え 後 でない と指導は出来ない。原告の運航は,負 許が切変 るまでは. エアータクシーであるから」 と政令24条15項 を指導 された。 この ことか らす れば, 奥洞証人 の証言 で言 う定期操縦士,運航 管理者 うんぬんは運航規程上の問題 であ り,逮 送の定義 によ って,定期 にあたれば定期操縦上 不定期 にあたれば事業用操縦士 と規定 し使用す れば良 い。従 って披告の奥洞証人の証言は,不 当な証言 である。 又 それ は免許切替 え後の指導 である。 (5)さ らに小型機.大型機を問わず定期操縦士の 運航す る定期便 の場合で も事業用操縦士の運航 す る定 期便 の場合 で も,航空法 第2条1項17号 で言 う定期の定義 は変 らない。従 って被告奥洞 証人の証言 は定期 の定義をカムフラー ジュした 不当な証言 である。 (乙5号証の運航スケジュ ール) (甲2
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号証) 以上 によって原告のエアータクシーの運航は日本法上定期 に該当 し,定期航空運送事業の取 り扱い管轄が本省航空局であることは余 りにも 明 らかである。 よって被告の処分は権限外の処 分である。 二,被告の行為 は沖縄の 日本復帰に伴 う特別措 置法並びに同法第53集 l項 に達反 した行為で ある。 理 由 ll) 沖縄の 日本復帰 に伴 う特別措置法の趣 旨は沖 縄県民を迎 えるにあた ってその県民が復帰 に際 して,混乱 と不利益を被むることのない様 にと 考慮 され制定 された法律である。従 って被告は 同法53条1項 で言 う免許の承継を速やかに行 な わず,復帰後5年の歳月が立 って, これを却下 処分に した事は特別措置法並びに同法53条1項 に反す る不当な ものである。
(
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)
被告は原告の運航を 日本法の不定期だ として 白か ら原告の申請書に手を入れ作成指導 し,完 成 した申請書を提出させた。そこで. 日本法 と 異なるエアータクシーの運航を暫定的に認めた これを速やか に免許 の承継 もせず, その法の異 なる原告の運航を立入検査 し. 白か ら手を入れ 作成 した申請書を却 下処分 に したその行為 は, 法の異なる法の処分に等 しく,特別措置法の精 神を骨抜 きに した脱法行為である。 又被告の上級官庁 (本省奥洞氏)の指導 「先 きに申請書だけを出 して 日本の免許 に切替えて か らしか指導は出来ない。切替えが済むまでは 貴方がたの運航は米国のエアータクシーだか ら」 と指導 された ことか らすれば速やかに免許の切 替え (承継)を して指導すべ きであった。 (3)又,被告の三鴨証人 に対す る訊問で f申請書 の表鰍 ま不定期申請であるが,内容が定期であ る場合, どの様 に取 り扱 って来たか」 との裁判 官の質問に対 し 「この様な申請を取 り扱か った のは初めてである」 と証言 した。以上の様な事 であるな らばその申請は本省が誤 って指導 した ことになる。従 って速やかに本省に返えせば よ いものを3
ヶ年半 も立 って,佐藤局長に変 って 初めて原告の運航は定期である。従 って管轄は 本省であると指導 された事実か らして も被告の 行為は不当な ものである。 被告はこのように して白か ら起 こした不当な 期間の経過を原告の行為によって遅延 したと主 張 しているが全 く不当な主張 と云 う他ない。 (4) 又上記の他 に油 ショックで物価が上昇する中 で各飛行場の整備及びター ミナル ビルの建設の 為 に原告の運航が不順 にさせ られ,経営 も苦 し い時期 に管轄を本省航空局だ.大阪航空局だと2
転3
転4
転 させ,時 を稼ぎ.その間に更に原 告の経営を圧迫 し経営が苦 しくな り.原告が休 業を申 し出た ところを幸いとして,強行 に立入 り検査を行 ない却下処分 に した不当なものであ る。 垂 らに被告のその態度は 「不定期 にさえも合 致 しなか ったのに,定期を主張す る原告の主張 は不当な ものである」 とす る・,つ らがまえた態 度であ り, この様な態度は国が国民に対 して取 るべ き態度 ではない。許 しがたき不当な態度で ある。 (5)原告は社会防衛上,好 ましか らざる者ではな い立証 (甲2
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号証参照) 原告の航空運送事業は離島 の た め の事 業で あ り住民 も原告の事業 に深 く期待 している。そ のため早急 に原告の免許切替を認めては しい旨 の要望があった。(
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)
沖縄人は白か ら望んで異民族の支配 下になっ たのではない。 日本国の敗戦処理を受けて異民 族の支配下に置かれたのである。 当然法の下で 総べての国民 は平等である。 その法の精神か ら して も沖縄の E]本復錨特別措置法は格差是正の 上に立 って制定 された ものである。従 って沖縄 法令 下で受けた免許は復娼特別法 によって当然 に免許の承継がな され指導 されるものである。 (7)又復帰がなか った ら原告は,そのまま経営が 継続出来た ものを,復帰 と言 う国の出来事の為 に沖縄人 (原告)は免許の切替え申請を しなければならないとされ.更 らに原告の運航が 日本 法の不定期だ,定期だなどと被告に管轄をタラ イ廻 しされた, その上に,更 らに被告の行な っ た飛行場の拡張整備. ター ミナル ビル建設工事 のために原告の運送経営が不順 にさせ られてい る状態を知 っていなが ら.考慮 もせず被告はこ れを逆に原告の運航経営が悪 くて 白か ら休業 し たのだ, 能力がないなどと却下処分の理由と し た行為は復帰特別措置法 に反す るものである。 (8) 沖縄の E]本復痛に伴 う特別措置法並 びに同法 に基 く政令24条15項の精神 と目的 は沖縄の 日本 復帰に際 し沖縄 に於ける免許を認め承継をスム ーズに行ない 日本法を速やかに指導す るために 制定 された ものである。 しか し政令では,国が 許可するしないの決定が出来 る様 になっている。 其の目的は沖縄の 日本復帰 に伴い国民大衆 に不 利益を与える者の除去を目的 とした条文である。 これを反対に,国民大衆 に不利益を与えない者 まで も許可 しなか った とす るな らばその法の精 神 と政令の目的に反 し,その結果免許の切替え ではな く沖縄人 (原告)は同 じ業を営むのに
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度 も免許申請を強い られた事とな り,何人 も法 の下では平等である日本国憲法14条 に反 し沖縄 人 (原告)を差別 した事にな りその行為は不当, 違法行為にあたる。 以上の様 な取扱いは沖縄の 日本復帰 に伴 う特別 別措置法の精神 に反 し並びに同法53条 1項で言 う免許の承継の趣 旨に反す る行為 である。 三 被告の行為は特別措置法に基づ く政令24条 15項の趣旨を骨抜 きに した脱法行為である。 1 政令24条15項 に基づき.原告は営業を継続 し ていた。原告は新規 に免許を申請 したのではな く,免許の切替を申請 したのだか ら,被告はこ れを速やかに処理すべき法律上の義務があった にもかかわ らず,いたず らに時間を引伸ば し, その間に以下に掲げる様な不当行為 をな し原告 の経営を圧迫 した。 この様な諸事実か らすれば 本件却下処分は仮 に形式的には整った処分であ るとして も,実質的 には政令24条15項 に違反 し ている。 2 披告が原告 に対 してな した不当な行為 仙 被告は前記の通 り昭和49年12月13日の読売 新聞に原告を誹誘 した記事を記載 し原告の社 会的信用を失墜させた。 (甲1号証参照) (2) 被告 は原告 に対 しては免許の切替 もしない のに,他社 に対 しては申請以前 にツインオッ ター2
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人乗航空機を援助 し原告の経営を圧迫 した 。(
3
)
被告の白石総務課長は原告が免許を有 して い る石垣 -与那国便を無免許だ との理由で運 航を停止 させ原告の経営 に損害を与えた。 (4) 復帰の 日まで原告が航空運送事業に利用 し ていた地対空無線周波数 (122.3メガ)を取 り上げ原告の運航 に支障を きた させた。 (5) 地対空,地対地用無線塔を設置 して電波使 用申請を した ところ電波局は原告 に対 し日本 免許 に切変 って免許 の写 しを添付 する様 に指 示 され周波数の割当を受 ける事が出来なか っ た。 その為 に無線塔 は屑鉄同様 にされ多大な 損害を受 けた。 この原田 は被告が速やかに原 告の免許の承継を しなか った為に起 きた もの である。 (甲24号証参鼎) 16) 被告は原告の フライ トプ ランを受理 してい るのに航空 自衛隊 にスクランブルを させ原告 の乗務員に精神的打撃を与えた。m
原告の購入機 (ドルニェー機)の那覇飛来 に際 し,被告は着陸を拒否 し, 同機が強行着 陸 した場合捕獲せ よと那覇航務課に命 じた。 そのため原告 の購入機は台北 に一時 着陸 させ た。 この様 に沖縄人の企業を差別 している。 被告が原告の整備士に対 し 「ドルニェ一機 の検査は那覇で受 けるつ もりか.君達は格納 庫のない所で整備 して検査が通ると思 うのか, 免許 に傷がつ くぞ」 と精神的圧力を加えた。 これは 「日米互認協定 に反す る」 間違 った指 導を して原告の輸入機を屑鉄同様 にな らしめ 原告 に多大な損害を与えた (甲2
5
号証)0I8)取扱 い管轄を本省航空局 と大坂航空局間で タライ廻 しに して4年半 の歳月が立 って後 に 被告が エアータクシーは不定期で経営が 可能 だ として立入検査を強行 し,復帰後5年立 っ て去tJF処分 に した不当な差別 した取扱 いであ る。 楓 被告の主張で原告を指導 した とあるが 指導を受 けた ことはない。現実 に前記の様 に エアータクシーは不定期 で経営が可能だ と し たのが昭和51年7月
3
日である (甲3
号証参 照)。従 って指導 した とは言えない。 第三 被告の主張及び被告の証拠 に対 す る原告の 反論 1 本省航空局 は原告の申請書 と運航規程,運送 約款,整備 規程の提出の際, 申請書だけを大阪 局 に出 しな さい。 その他 の規程 は免許後でない と指導は出来 ない と言われた事 と政令24条15項 で示 されている様 に国が 申請書を受理 された時 か ら旧免許が暫定的 に認め られ運航経営をな し ている業者を被告は速やか に 日本法 に基づ く免 許に替えて実質的 に指導すべ きを, その趣 旨と は裏腹 に新規 に事業申請す ると同様 に (資料要 求)取 り扱 った事は不 当な ものである。 2 取 り扱い管轄 (不定期か定期か)が本省 で さ え定 まっていない間に,改善及び資料要求,無 線設備の要求 などは不当な ものであ る。 (甲5 号証)3
本省で さえ, その取 り扱 いが (定期か不定期 か)決定 しえない中 に,地方局 の課長係 長名で 資料要求 とか,改 善要求 は早 まった行為ではな いか.不 当ではないか。 4 (甲3号証)被告の原告 に対す る現地調査通 知書の内容 にエアータクシーの経営は E]本法の 不定期で経営が可能 であるとす る根拠 のない通 知を した年 月 日 (昭和51年7月3
日付 )か らし て もその 日以前 の被告の要求 と指導は不当な も のであ る。従 って被告の主張 は総べて不 当な もの のである。5
(甲3
号証)被告が原告 に出 した現地調査通 知書の内容 に 「エアータクシーの免許 による経 営範囲 は航空法 による不定期航空運送事業の免 許 により経営可能であ るとの結論を得た」 とし ているが,被告が原告の問い (どこで結論を得 たか。法的根拠が有 るのか) に答えないままに 現地立入検査 (調査)をな した ことは不当な も のであ る。 6 (乙10号証) (乙11号証) は送付を受けてお らず その成立を争 う。 7 (乙 3号証) (乙16号証) は同文です (重複) 原告は これを受けたが,管轄が本省か ら被告の 元に移 された事の通知 もな く,又定期 ・不定期 の判定 も明 らかでないか らこれが明 らか になる まで待 って下 さい と被告に電話 し. この提出を しなか った ものである。 8 (乙14号証) について本省航空局 と被告の三 鴨氏の指導 では諸規定の指導は免許切替後 でな い と指導 も承認 も出来ない と言 う事 とは裏腹な 資料の要求書であ りま したので (乙15号証)紘 務関係だけを提出 したのであって,被告の要求 が不 当な ものである故 に原告 はこの ように対応 したのである。 9 (乙12号証)についてそれを今になって考え て見れば,指導のためではな く原告を却 下処分 にす るための理 由作 りである事が明白である。 その内容 について原告の反論は次の通 りO
は反論 llI 使用航空機 の安定方策 について ④ 原告の使用中の免許 には機種の限定がな く機数 に制限がない。速やか に免許の切替 えが問題を解決す る。 ㊥ 長期休航は飛行場整備及 びタ- ミナル整 備のため多良間が1ヶ年,与那国が約1ヶ 年の立入禁lL 石垣・
宮 古飛行場 は指定時 間立入禁止の礼 原告の運航は止むを得な い長期休航の状態であ った。(
2
)
赤字解消方策 について ④ 新規 に免許を 申請す る者 の扱いな ら答えは赤字分の処理 については利益の一割だけ を赤字解消に向けます と答 えるで しょう。 しか し原告は現に経営 している者 である。 ㊥ 日本の免許を受けた者の赤字を国が保証 している例を聞いた事がない。 又赤字にな れば免許を取 り上げた例がない。原告だけ であるO従 って現 に運送業を してい る原告 を新規に免許を申請 した者 と同様 に取 り扱 った事になる。又 この行為は差別行為であ る。 (31 整備施設及び格納庫の建設計画 について (4)整備管理体制の確立計画について (5) 部品管理体制の確立及 び予備部品類の確保 計画について ① (甲10号証)南西航空が先 きに原告が県 か ら割 当を受けた敷地の半分 まで格納庫の 土台を作 って しまったので原告はエプ ロン が伸びるまで待 っている現状を充分 に被告 は知 っていた。整備士を置き整備体制を整 えていた。又,部品管理について も格納庫 内の設備なので総べての要求が満 されない 事情の中でも当然航空機の取扱 い者 として の常識を もって湿気 挨 り.磁気頬部品に ついて充分な管理を していた。又.期限の ある部品について も期限切れ した部品を使 用 した事はない。従 って部品 整備による 事故はなか った。 ㊥ その資金の調達は免許が切替われば,鶴 行か らも個人か らも株主か らも引き出せた。 しか し原告の免許 も切替えず, さらに悪い 宣伝を して通達方法をたずね る等は水道 コ ックを締めておいて F水はどこか ら持 って 来るか」 と尋ねるようなものである。
0
南西航空は6ケ年間自社の格納庫はなか った。又免許切替え後 に於いて格納庫は出 来たその例がある。 10 被告第4準備書面第13項 に対す る反論 (1) 原告のセスナ-4
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が宮古飛行場 に於て大 破 したとしているが,事実は着陸後 エプロン に向 うタクシー中に片脚が半分引込んだ。製造 上の欠陥によって起 きた極 めて小 さい事故を大 破であると過大な主張を しているものであるC 又多良間飛行場 に於けるアイランダーがオーバ ランしてエ ンジンよ り出火 した と主張 している が,出火など全 く無か った。 不当な主張 である。 この事故はパ イロッ トミスであ った。 (2)原告の運航管理,整備 管理が悪いと主張 し ているが.原告の責任 に当たる事故は2
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年間 に1度 もなかった。パ イロッ トミスは操従者 とその免許交付側 (被告)に責任の及ぶ もの である。又製造上の欠陥は被告の構造検査に 及ぶ ものであるO 南西航空は6ケ年間で片肺飛行 整備不良 (整備の管理が悪い)ノータムの注意を怠っ た。大破,飛行場 クローズ (運航管理が悪い) 離島エ ンジンス トノブ離陸断念飛行場 クロー ズ 整備不良(整備管理が悪い)等 の事故を起 こしている。 南西航空の場合は経営者 と整備管理,運航 管理者 に責任の及ぶ事故である。 横浜航空は不定期の2地点輸送業者である が.死亡事故を起 した業者であるに もかかわ らず定期業者 として衣替え した。 日航では操 縦士が酒気 の上で操縦 して事故を米国内で起 した。DC8型 (大破)此の様 な運航管理者 に及ぶ事故 も原告外の者がやれば通 るが,原 告はその様な管理者の責任 に及ぶ事故はなか った ものを逆にパ イロッ ト及 び被告 に及ぶ事 故を 日本法 にり トイ沖縄人 に対 して如何 にも 原告の運航管理が悪 くてたびたび事故が起き ているのだ, これをそのまま免許する訳には いかなか った と過大に報道 し原告を殺 して置 いて申請書を却下処分 にす るなどこの巧な不 当差別行為 は許 されてはな らない行為である。 (3)尚.原告の運航機材及び人妻は左の通 りで ある。 昭和4
6
年以降の技術者数及 び営業所並びに 員数波 与 垣石 多 革古′′ 那也 餐 整 ′ヾイ 技 照 那 良 備 傭 術 間〟 国′′ 間〟 士 士 ロ 考 ′′ 冒莱所 助辛 整 整
(
) ツト 及冒莱所び 〟 ′′ ′′ 五%. 昭和 〟 ′′ 〟 ′′ ′′ 和年4
年月4
昭8∼6
7
′′ 〟' 四′′ 〟 四〟 五′′ 五′′ 五〝' 七蛋 昭和4
年年4
和l昭月月9
∼9
7
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6
年以降使 用航空機 セスナ206型 6名乗 り2
機 " 207型 7名乗 り 1機 ドルニ ェtDoC18 A-1型 8名乗 り ビーチ ク ラフ トC18S型 目名乗 り パ イパーPA31型 6名乗 り クイ ンエア ー65型 目名乗 り セスナ310型 6名乗 り セスナカ ジナル 4名乗 り パ イパ ーセ ネカ 7名乗 り セスナ402型 10名乗 り アイラ ンダー 10名乗 り 機 機 械 機 械 機 械 機 械 1 1 1 1 l 1 2 2 1 その他 ドルニ ェ- 2機 は検査 が受 け られないた め使 用出来 なか った。 運航 と整備 につ いて 運航 には運 航管理者を定めていた。当初は 日吉正 八. 次 は清水千波. 次は閑,次 は大石の順 に 管理者 を置いて いた。 整備 の責任者 は 日吉正八 を長 と していた。 格納庫 については,県か ら土地の割当を受 け格納庫 の建設計 画 (甲10号証)をたてたが. 南 西航空が 自社 の格納庫敷 地を間違えて原告 の敷 地の半分 まで格納庫 の土台を作 って しま い. 原告 は エプ ロンが伸 び るまで待 っていた。 なお南西航空 は免許の切替 え後 に しか格納 庫 を作 っていない。 飛行前点検,飛行 後点検,定 期点晩 定敬軽侮 耐空検査 の為の整備,オーバーホール整備 も完全 に して いた。 又格納庫 を必要 とす る阜偏 は. 那覇. 名 古屋,調布 で行 な って いた。 航空機 (耐空 証明),操縦士 (免許証), 整備士 (免許 証)総 て国か ら認可 を受 けた者 のみを使用 して いた。 事故 の性 格及 び他社 との比率 ・責任 につい て 多良 間 ・波照 間でオ ーバ ラン (2匝D 原 因 パ イロ ッ トミス 宮 古着陸後 右脚が 半分 引込み飛行場 クロー ズ (1回) 原 因 航空機 の製造上 の欠 陥 による もの 原告が 責任 を負 うべ き事故 はなか った。 ちなみ に南西航空 につ いてみれば, オ ーバ ラ ン (2Ld) 原因 パ イロ ッ トミス 片肺飛行 石垣 着 (1回) 原因 塵 備不良 那覇 着陸 ミス大破飛行場 クローズ (1回) 原因 ノー タムの注意 に反 したパ イロ ッ ト ミス 那覇 離 陸, エ ンジンス トップ離陸断念.飛 行場 ク ローズ (1回) 原因 並備 不良 これ らはいず れ も経営者 の運 航管理,整備管 理が恵 いため に生 じた 事故であ る。被告 は原 告 の部品管理, 整備 態勢が悪 い と主張す るが,被告が部品管理,整備態勢が良 い とす る免許 を切替え運航規程. 整備規程 の承 認 もされ た 南西航空 と原告の 事故の性格 か ら見て も原告 は免許 が切 り替え られ 諸規定 を指導 し承認 さ れれば南西航空以 上 に良 くな る事は明 らか で あ る。 日 原告 (沖縄)は第2次大戦の犠牲 とな って異 民族の支配 下に置かれてい る中 で, その沖縄人 の国籍が 日本人で あ ったため に航空 機を買 って も沖縄 では,所有権. 国籍登録 が出来 なか った。 国籍記号 も付 け られず そのため に原告 (沖縄 人) による航空事業が立 ち遅れ てい るので ある。 国籍記号, 航空機 の耐空 証明が生 れて初めて 傷 害保険が掛 け られ乗客の輸送 が 出来 るので あ る。 その為,原告 は, 米 国 の デ ラ ウ ヤ 州 に
(1
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年 に)
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万 ドルのU
S沖縄 航空 を設立 さ せ, 米国ナ ンバ ーを持 つ事が 出来たのである。 しか し民政村の担 当官が上陸用舟艇の機関長 出 身で, い っこ うに航空法 の制定 を しなか った。 12 原告の免許 は異民 族の 支配の Fで20数 年を掛 けて受 けた免許 であ り,又 原告 の赤字 は以上の 様 な状態 Fの経 費 であ る。 又史 らに 日本復帰 し て被告の悪 い取 り扱 いを受 け赤 字は増大 した も のであ り,従 って. この赤字 は国が 考慮 すべ き ものである。 披告が前記の様 に原告 を取 り扱 ってい るのだ か ら技術員 も一般職 員 も浮 き足 しだち し.他 の 職 場を求めて去 るの は当然 な事 であ る。 又此 の 様 な取 り扱 い内では総べて の充実 は出来 ない。 従 ってその総べ ての 責任 は被告 の行 為 によ るも のである。 第四 結 論 以上 によ り被告が原告 に対 して行 な った昭和 51年12月27日付,Lll卜処分 は無効 であ ること, これ に対 し被告の主張 には何 ら正当な理 由の な いことが明 らかである。 非常 に面白い事件 だ と私 は感 じた。 本 土か らく る人 が たい てい考 え るよ うに私 も又 「沖縄 らしさ」
とは何 か とい うことを考 え始めて いたが, ま さに 「沖縄人」 とい うことばが使 われ て い るこの書面 は大変興味深か った。
「第 二 原告 の 主張」.「第 三_: 被告 の 主張 及 び被告 の証拠 に対す る原告の反 論」 の中 には. 本 当か な と疑わ しく思 った り. そ の妥 当性 に疑問 を感 じる点 もか な りあ ったが.「第 - 本件却下処分 が な され るまで の経 過 」 に述べ られて い る事実 は, ウ ノばか りで固 めて は到底 書 けない ものだ と直感 した。 な る ほ ど, 宮 良 氏 の 「解 釈」 に従 って書かれ て い るのはその とお りだ ろ うが, あげ られ てい る事実 が本 当な ら, 少 な く とも何 らかの免許 が与 え られ るべ きだ った と思 っ た。 勝てておか しくはない。 ところが, 事務所 の弁護士 にきいて み ると,時 間がたちす ぎて いて タイ ミングが悪 い とい う。訴 訟 にす るよ り政治 的 に解 決す るのが ふ さわ しか っ た とい うこ とで あろ うか。 この訴 訟は 当時 本人訴 訟 と して宮 良氏 が直持法廷 Iこ出てや って いた。 し か し, ほんの一時 だが受任 した弁 護士 もお り,又, 事件 を検討 して受作 を断 わ った弁護士 もい る とき いたの で, それ らの方 々の ところで事情 を きいて みた。 共通 していたのは, 事件 の勝敗の見込 みが ど うこうい うことよ り, 寓 良氏個 人 に対 して好感 を もたなか った とい う点 を強調 された ことだ った。 確か に, 自分 の思 うところをわめ きち らす よ うな 印象 はあ り, 私 のよ うなの ら くら した人 間でで も なければ不愉快 に思 うのは無理 もないか も しれな い。 又. た また ま別 の 事件 で法廷 にい った とき弁 論中 のrlq良氏を見 た ことが あ るが,裁 判長が彼 に 好感 を持 ってい ない のは明 らか なよ うにみえた。 大声 をは りあげ る官 良民を煙 たが ってい る感 じだ っ た 。 ところで, も し本件却 下処 分が違法 ない し不 当 な らの であ るとい うの であれば. 当然, 不法行為 と してそ の責任 が問題 にな るはず で, 損害賠償 を 同時 に求 めないのはおか しい と私 は思 った。 それ で. その 旨宮 良氏 にい うと. では損 害額 を算定 してみ よ うとい って は じきだ して きた金額 が50何億 だ とい うのであ る。 内容 をみ る と非常 に大 ざ っぱ な もので. 本気 で この金額 を請求 してみ よ うとい うの だろ うか と思 った。 そ こで, では, この件 の ための印紙 代 を用意 で きるか とき くと, で き ると い う。 試 してみたい気持 もあ って. では もって き て くれ とい って帰 って も らった。 多分10月8E]の ことであ る。 しか し,以後宮 良氏 は姿 を見 せ な く なったO そのため, この件を受任す ること もtj:く, 宮良氏 との交 渉 も終 って しま ったかの よ うにみ え た 。 2 翌1980年 の
3
月一杯 で私 は弁 護士登録 を抹 消 し, 4月か ら沖縄 大学専任 講師 とな った。 そ して, 宮良氏か ら何 の連絡 もない うち に, 同年7月2日 この 事件 の- 審判 決が 出たO 沖縄航空側 の敗訴 だ った。 以下 にその新 聞記事 を掲 げ る (沖縄 タ イム ス1980年7月 3日)o 一審 の段 階 で宮良氏が力を入れて 主張 していた のは, 沖縄航空 が もっていたエ アータクシーの免 許 は, 日本法 上 不定期航空運 送事業 ではな く定 期の それ に該 当す るとい うことであ る。 それを, 不定期 だ. 定期 だ, いや不定期 だ とた らいまわ し にされた挙句バ ッサ リ切 られ て しまった とい う憤 り が あ る。 航空法2条1項17号の定 義では,定 期航空運送 事業 とい うの は, 2
地点 間に一 定 の路線 を定 め、一定 の 目時 によ り航行 す る航空横 によ って行 う航空運 送事業 とい うことにな ってい る。 沖縄航空 では. 路線 と日時 を定 め た切符を使 って営業 していた。 その切符 が証拠 と して提出 されてい る。 じゃ定期 じゃないか, とい うと, 判決 では そ うい うふ うに 考 えず. 次 の よ うIこ述べてい る (判 決理 由二2) まず原告 は, その経 営す る石 工ア ーククシー事 業が航空法 上の定期航空運送 事業 (同法2条1項 17号) に該 当す るので.原 告 は定期航空運 送 事業 者 と解すべ きであ り, したが って、前記規則240 条1項37号の 「定期航空運送 事業者以外 の者 」 に 該 当 しないの で,被告 は原告 の本件免許 申請 を却 下す る権 限を有 しない 旨主張 す るがこ 原告 を航空 法 上 の定期航空運送 事業者 に該 当す る とは認 め難 いので. 右原 告の主張 は採 用 しえない。 すなわち.H
航空法上 の定期航空運送 事業者 とは, 同法 上 の定期航空運 送 事業免許 (100条1項) を受 ゅ た者 と解 すべ きところ.原 告が本件 申請 当時 か ら現在 にいた るまで同法 上の 手続 によ り定 期航 空運送 事業 の免許 を受 けて いない こ とは その主 張 に照 ら し明 らか であ るうえ,原告 が高 等弁務 官か ら受 けて いた エアータク シー免許 を, イ;定 期航空運 送事業免許 とみなす 旨の法令 も存在 し ない以 上,原告 が右 定期航空運 送事業者 に該 当 す る と解す ることはで きない。 tj 又,仮 に,右 定期航空運 送 事業者 の免許 を受 けて いな くと も特 別措 置法施行 の際沖縄 県の区 域 内において適法 に航空法 の 定期航空運送事業に該当する事業をおこなっていた者 も,右定期 航空運送事業に該当す ると解 しうるとして も, 原告の石 工7-タクシー事業は次に述べ るとお り右定期航空運送事業に該当するとは認め難い ので, いずれに しても原告が前定期航空運送事 業者に該当す るとは解 し得ない。 llI すなわち.同法上の定期航空運送事業 とは 2点間に路線を定め一定の 日時 に運航す る航 空機 によってお こなう運送事業であ り.右事 業免許を受 けた者は. あ らか じめ免許 申請書 に記載 した一定の 日時 に従 った運送役務を果 すべ き公法上の義務を負 うと解 すべ きところ, 成立に争いのない甲第
7
,第1
2
,第2
2
号証の 1ない し3.第26号証,証人大田均.原告本 人尋問の結果を総合すれば.原告は右 エアー タクシー事業をおこな うにあた り, あ らか じ め運航のスケ ジュールを定め,航空券 を発売 し.事実上右 スケジュールに従 った運航をおこ こなっていた ことが認め られ る。(
2
1
しか し.成立に争いのない甲第9
,第1
7
号 証,乙第9
,第1
7
ない し第21
号証,証人奥洞 成男.同三鴨猛人の各証言及び弁論の全趣 旨 を総合すれば,高等弁務官のエアータクシー の許 可証並びIこ右 許可に関す る運営許可証. 運営明細書.公共の便宜及び必要 についての 許可証及 び原告提出の運航明細 申請書 (補足 資料を含む)中には,原告が運航 に際 し具体 的に一定の 目時 を定めて運送役務を提供す る 旨の記載のないこと. 1
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年1
2
月2
目付米 国民政府の広報 「ニュース リリース」中には, 原告は高等弁務官か らの認可証 により先島地 域内の各離島間で 「ノンスケジュール」のエ アータクシーサービスを行な うことができる 旨の記載のあること, 甲1
7
号証 (伊藤良平 「アメ リカゼネラル航空の現状」)では, ア メ リカ合衆国におけるコン ミュータ- (原告 は 右エアータクシー事業の形 態が右コン ミュ ータ一に該当す る旨主張 している。)は,定 期航空 と異な り,発着回数 ダイヤを企業が自 由に決定で きる旨の説明がなされていること が認め られる。 (3) として,右2しユlI認定の各事実 も,右2し
コ
(2)認定の各事定 と総合すれば, これを もって 原告が右 エアータクシー事業 に関 し,一定の 日時 に運送役務を果すべ き公法上の義務を負 っていた と認め るには不 十分であ り.他にこ れを認めるに足 りる証拠はIj:い。 次 に.沖縄航空がその主張の基本的根拠 として いる.「沖縄の復帰 に伴 う特別措置に関す る法律」 の53条1項の条文を掲 げる。 この法律 の施行前 に.本土法令の規定 に相当す る沖縄法令の規定 によ りされた免許,許可,車認. 登録, これ らの処分の取消 し. 申請.届出等の処 分又 は手続は,別 に法律 に定めがある場合及び沖 縄 と本土 との間において処分の基準が著 しく異な る等特別 の理由があ る場合を除 き.政令 (当該本 土法令が総理府令又は省令であるときは, それぞ れ総理府令又は省令.以下次条 ま で にお い て同 じ。)で定め るところによ り, それぞれ本土法令 の相当規定 によりされた処分又は手緩 とみなす。 この条文についての裁判所の判断は次の とおり であ る。 (判決理由三) 次 に,原告は,被告が特別措置法53条1項 によ り原告の右 エアータクシーに関す る高等弁務官の 許可の効力を沖縄の復帰後 も承継 し. 当然 に原告 に対 し航空法上の免許を与え るべ きであったにも かかわ らず,原告 に改めて免許 申請を させた うえ, これを新規の免許申請 と同様 に航空法の定 める基 準 に従 って審査 して却下 した ことは, 同法53条1 項 に達反 し,又,沖縄の復帰 に捺 し沖縄 の法人た る原告を不 当に不利益 に扱 った もので憲法14条に 違反す る旨主張するが,原告の右主張 も次に述べ る理由によ り採用できない。 すなわち 1 特別措置法53条1項は,同法施行前 に本土法 令の規定 に相当す る沖縄法令の規定 によりなされた免許等の処分は政令で定めるところによ り 本土法令の相 当の規定 によ りなされた処分 とみ なすことを原則 とす る一方,沖縄,本土間で処 分の基準が著 しく異なる等特別の理 由のある場 合は例外 として,み な し規定を適用 しない旨規 定する。 そ して,- ,_二判示の事実,前掲甲第9号証, 乙第1,及び第 5ない し第 8並びに第17ない し 第21号証,成立 に争いのない甲第13及び第14 (但 し書 き込み部分は除 く)号証.証人三鴨猛 人の証言 並びに弁論の全趣 旨によれば,復帰前 の沖縄ではエアータクシー免許のよ うに航空法 ヒ独立 の事業免許 としては規定 されて いない免 許が法令上独立 の免許 の種別 として規定 されて いた外,右 免許審査の基準,免許を与える際の 条件 について も航空法 上のそれ とは著 しく異 な っていた ことが認 め られ るうえ.航空法 との航 空運送事業の免許 に関 しては,航空機航行 上の 安全性 を確保す るため,国内でその審奄基準, 免許を与える際の条件等を均一化 し,右 事業の 範囲内容運営形態を全国的に統一する必要性 が極 めて高い ことを も考慮すれば.航空法関係の事 業免許 は同法53条1項の例外事項 に該当す ると 解すべ きである。 (因に,航空法関係の事業免 許については,同条 1項 の原則に従 って復帰前 の沖縄法令 の規定 によ りなされた免許等を本土 の法令 になされた免許 とみ なす旨の政令は存在 しない。) 従 って,原告が右 エアータクシー事業を沖縄 の復揺後 も継続す るためには,改めて航空法 上 の免許 申請 手続を とった うえ,右 申請につ き同 法規定の基準 による審 査を受 けなければならな いと解す ることは,同法53条 1項 に遵反す るも のではない。 2 もっとも本件の ように特別措置法53条 1項例 外事項 に該当す る場合,本 土法令の免許基準が 復描前の沖縄法令のそれよ り厳格であるとす る と,復帰前の沖縄法令 による事業免許を受けて いた者に,本土法令 に基 く新たな免許の取得, 延いては事業の継続が困難になる等の不利益の 生ず ることが 十分予想 され るところである。 し か し,本件却下処分のため原告に右 のような不 利益が生 じた として も,右不利益は,航空機の 航行上の安全性を確保す るため国内の航空法上 の事業免許の審査基準免許を与える際の条件等 を均一化 し,国内の航空運送事業の範囲,内容, 運営形態を統一す るとい う高度の公共の利益を 達成す るためには必要かつやむをえざる不利益 であ るので,右 不利益の発生を根拠 に本件却 ド 処分が憲法14条に遵反すると解することはでき ない。 沖縄航空は当然,一審判決を不服 として控訴 し た。控訴審でどのよ うな審理がなされたのか,私 は直接 には一切関知 していないが,判決は意外に はや く,翌1981年 1月27日に出ている。新聞を さが してみたが これ に関する記事は見当 らなか っ た。判決は一一審判決を全面的に支持 した ものであ る。判決理由の中で, 「琉球諸 島及び大東諸島に 関す る日本国 とアメ リカ合衆国 との間の協定」す なわちいわゆる沖縄返還協定の4条 4項の解釈が 示 されている
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条4
項 の条文は次の通 りである。 日本国は,琉球諸 島及び大東諸島の合衆国によ る施政の期間中に合衆国の当局若 しくは現地当局 の指令 に基づいて若 しくはその結果 として行なわ れ,又は当時 の法令によって許可 されたすべての 作為又は不作為の効力を承認 し,合衆国国民又はこ れ らの諸島の居住者を これ らの作為又は不作為か ら生ず る民 事又は刑事の責任 に問 ういかなる行動 もとらない もの とす る。 沖縄の復帰前 に沖縄航空 に与え られた免許 も当 然前の 「作為」 に含まれ るわけであるか ら,ふつ うの人が この条文を読めば, この免許 も当然承認 され るはずではないか, とい うふ うに考え られる と思 う。 これに対 して控訴審判決は, この協定は 日本国 とアメ リカ合衆国間の国同士の約束 (条約)であって,沖縄航空株式会社 とい う-私法人の主 張の根拠 とはな らない, との趣 旨の ことを述べてい いる。 日本国 と しては この協定 を実施すべ く復帰 のための特別措 置法を制定 したのだか ら, それ で いけ とい うことであろ う。 日本国憲法98条2項 に. 「日本国が締結 した条約及 び確立 された国際法規 は, これを誠実 に遵守す ることを必要 とす る」 と あることとも関連 して,国際法を勉強 した ことの ない人 には判決理 由の趣 旨は非常 にわか りに くい か もしれ ない。滋定 で何の限定 もつけず に 「すべ ての作為又は不作為の効力を承認」す るとある以 上, これ と異 なる結果が生ず るのほおか しいでは ないか。 これが宮良氏 の基本的 な考 えである。 なお,時期は正確 にはわか らないが,沖縄航空 は1980年. 「法務大臣 (運輸省大阪航空局)
」
を被告と して損害賠償を求める訴を提起 してい る (那覇地方裁判所昭和55年(ワ)第212号). これは 先に書いたよ うに.却 下処分が遵法であるな らそ れによ って生 じた損害を賠償せ よとい うことで, 多*,時効完成 を阻止す ることを直接の 目的 とす るものだろう。 この事件は,無効確認訴訟の結果 が出るまで停止 とい うことになってい る。 3 私が再び宮良氏 に会 うようになったのは控訴審 判決後である。宮良氏は上告 した後.毎 日那覇郵 便局の私書箱を見 にい っては又次の 目をひたす ら に待つ長い毎 日をお くっていた。最 高裁の審理は. 特 に弁論が開かれ ない限 り, どのよ うに進んでい るのか当事者 に も全 くわか らず, ただ待 っている だけなのである。 宮良氏 と再会 したのがいつだ ったのか.正確 に はわか らない。 ただ, よ くおぼえてい るのは,礼 がアフ リカを旅行 した前後の ことである。 1981 年6月29日,米 ドルを買 うため.私 は那覇 にあっ たアメ リカ ン ・エキスプ レス銀行 に妻 と一緒 にい った。 この鋭 行 に妻の友人がいたのでその人 と話 しているとき,やは りここで働いていた石 島さん とい う人 に会 った。私が弁護士をや っていた とき くと,彼 はあ る事件 の ことを熱 っぽ く語 りだ した。 その事件 とい うのが沖縄航空訴訟事件 だ ったので ある。以後,宮 良氏 ・石 島氏 と, ときには私の妻 も一緒 になって会 うよ うになった。 は じめはアメ リカ ン ・エキスプ レス銀行 の隣のホテル内の喫茶 店や宴会場 で会 っていた。 コー ヒーだけで3
時間 も4時 間 もねぼ ることが多か った。 1982年 にな ってか らは宮良民の 自宅 で会 うよ うになった。当 時宮良氏が住 んでいたのはふ るぼけた家の2倍で, もう20年近 くも借 りて住ん でいる とい うことだっ た。建物 の外 に備えつ け られた階段 を昇 ってい く と入 口横 の ところに′J、さなにわ と り小屋があった。 こうい うもので も飼 っていない と寂 しくてや りき れ ない と自噸気味 にい う。 上告審が事実審理をす る ものではIj:く,憲法や 法令 の解 釈を主に問題 とす る関係 で,上告理 由書 には専 らその方面の主張が,私の印象では雑然 と 並べ られていた。 あたか も,主張 す る論点の数が ふえればふえ るほど勝訴の見込 も大 きくなる. と で もいいたげであ った。控訴審 まで には出ていな か った新 しい主張で裁判所 に認めて もらえそ うな ものは私の判断 ではなか った。 そ して,私個人の 考えでは, この事件の決め手は法律上の解釈が ど うこうい うことよ り, 事実の説得 力,つ まり.逮 輸省が どんなにひ どい ことを したか, どん なに不 当なことを したかを裁判官に説得 で きるか どうか にかか っていると思 っていたので, 上告審で もま ず負けるだ ろ うと思 った し.宮良民 に もそ ういっ た。 ち ょうどその頃,一 ・二審 では負 けたのに上 告審 で勝 った著名 な事件が あって, そ うい う例を 出 して宮良氏 は. 一 ・二審 で負けた とい うことは む しろそれだけ上告審 で勝つ見込みが大 きくなっ たのだ, などとい っていたが私 には到底 そのよう に思えなか った。 そ うい うわけで事件 よ りむ しろ宮良氏個人に興 味を感 じて会 っていた。第三者的 に見れ ば, とく に私 と話 したい とい うよ り, そ もそ も話を きいて くれ る相手がいないか ら私の ところへ きただけだ とい うことになるのだろ う。 実際そ うだ ったのだろう。 しか し.宮良民 と話 している最中にその よ うに感 じた こ とは一 度 もない。 若い私 にも本気で 話 して くれた。 だか らだ ろ うか.声が段 々 と大 き くなってい って, そ して私 も又,∴大 きい声の主 に はそれ につ り合 った声を出すので, もし他 の人が 見た らまるで罵言雑言を投げ合いなが ら喧嘩 して いるよ うに見 えた ことだろ う。 そ うい うや りと り が随分続 いたあ とは必ず,宮良氏 は妙 に声をやわ らげて,す まなか ったねえ, こんな声を出 して, 組原 さんの耳が とおいのできこえ ないん じゃない か と心配 になってついつい こん な声 になるん だか ら,許 してち ょうだいね, などとい うのである。 大 きな声 にな るのは私の耳 の ことを心 配 して では ないことな ど明 らか なんですがね。私 は大声を出 している宮良 さんが と くに好 きで,本当にそ うい う声を ききたい とい うだけの理 由か らわざと議論 の形 にもち こんだこともあった。苦 しみ, イライ ラは していて も,年齢を全 く感 じさせ ない若々 し さが この人 にはあ る。動乱期 む きの人だ なあ とい つも思 った。 ところで, この頃の議論 はいつ も同 じ内容だ っ た。 その意見の内容を知 りたい とい うだけな ら. ただの一度 で 十分 なので ある。 それを,私は飽 き もせず何度 もたたきこまれたのだ った。全 く,物 好 きといわれて も仕方が ない。 その内容 とい うのは特別措置法53条 1項の解釈 である。 まず,先 に掲 げた条文を もう一度読ん で みては しいO この事件 にあわせて読めば. 「この 法律の施行 前に, 本土法の規定 に相 当す る沖縄法 令の規定 によ りされた免許 は,別 に法律 に定めが ある場合及 び沖縄 と本土 との間において処分の基 準が著 しく異 なる等特別の理由が ある場合 を除 き. 政令で定 め る ところによ り, それぞれ本土法令の 相当規定 によ りされた処分又は手続 とみ なす